Toy Soldier

Toy Soldier

最強の女戦士、クレタ・ハルカ登場。

サージャント・ハルカ(ハルカ曹長;Master Sergeant,MSG)

チーーフ・アキ・・・アキレス・フォーリ上級曹長(Sergeant Major,SGM)

ジェネシス(最強のジェノミクス、ファースト・ナインズの一人)
マスダ軍医長(メデイカル・ラボ・チーフ)
ノイマン博士・・・国連軍対ジェノミクス戦・ラボ統括議長

オズボーン中尉、クロウリー中尉(国連米軍指揮下の精鋭部隊、通称ブラック・サバス(黒い安息日)中隊所属)

[1] Battle Of Evermore

 戦い続けていると、なぜ、戦っているのかさえ分からなくなってくる。
もう、どうでもいいことなのだ。
死にたくない、盲目的に、ただ、それだけがたった一つの目的のようにも思える。
……生への渇望、それだけが生きる術、生き残る術。
いや、日常に死がゴロゴロ転がっているこの現実は、すでに、非現実的なのだ。
 どうして、戦いが始まったのか……それすら忘却の彼方に置き忘れてしまったように、きっと明日も戦い続けるのだ。
生き延びるために。

『弾創の装填を忘れるな、セーフティ解除、今夜彼らは必ずこの包囲網を突破しにかかるはずだ』
満月はいつもと変わらずに廃墟と化したネオトウキョウを照らし出していた。
『もう一度確認する、ジェノミクスは、強靭な肉体を持つ亜人類だ。我々と外見は同じだが、蘇生力は我々の比ではない。新米は、ベテランの傍を離れるな、マニュアルを思い出せ。脳細胞を完全に破壊しろ!それ以外に彼らを葬る方法はない』
遠くでサイレンの音がこだました。そして、銃撃戦の微かな響きが暗く影を落としたビルの群れに反響する。
『サージャント・ハルカ、左前方に物音がしたような……』
ハルカは新米兵士の顔を覗きこむ。
『暗視スコープで確認して!』
新米は月の光に照らされたハルカの美しい横顔に戦闘時であるのも忘れて一瞬息を呑んだ。
『は、はい、サージャント……』
インカムが先ほどから、妨害されているように雑音がひどい。
ハルカは経験からジェノミクスが近くにいることを確信する。
チーフも間違いなく気づいている。
無意識に暗視スコープの精度を上げた。
真昼のように視界が開ける。
『ようし、前進する!5メートル感覚で匍匐前進』
瓦礫の間をゆっくりと移動する。
どうやら新米はかなりジェノミクスの恐ろしさを吹き込まれているようだ。ハルカは苦笑する、何度も経験したとの戦いで、生き延びてきたのだ。ハルカは己の危険を回避する能力を信じていた。
自分の後ろにぴったりくっついて離れない新米の若い兵士の緊張感を懐かしむ余裕すらある自分。
月光に反射する対ジェノミクス用特殊マシンガンの黒光りする銃口をいとおしむように空に向けたその時、
『前方距離約50……ジェノミクスがいるぞ!散開!』
雑音の彼方からチーフの鋭い声が響いた。

 マシンガンの吐き出す空薬莢の連続音が断続的にビルの谷間を掛けぬける。
幾つもの黒い影の動きは予想以上に俊敏で、チェイスデバイスをオンにしても、一瞬その動きに遅れるのだ。
しかし、瞬時に補正されたデバイスは弾を無駄にせず、正確に相手の頭脳を、数発で打ち抜いてゆく。
『ハルカ!そっちはどうだ』
『はい、チーフ。ナイトビジョンで確認中です、現在3体を殺傷、他に2体と戦闘中です!』
イヤホンからは断続的に警告音が鳴っていた。
暗視スコープのエマージェンシィ・センサーがイエローの点滅から真っ赤に染まった。
隣に張りついていた新米にフレア・スコープの照準が当てられていた。
「グワッツ!」
発射音と断末魔の叫びがハルカの耳元を掠めた。
胸を打ち抜かれた兵士の身体が10メートルほども吹き飛ばされ、瓦礫の中に沈んだ。
「近い……」
ハルカは胸の中で呟いた。
身を潜めたハルカの傍を黒い影がゆっくりと移動する。
ハルカはゆっくりと影の頭頂部に銃口を向けた。
「ガガガ!」
至近距離からのマシンガンの連射は、その影の上半身を粉々に打ち砕いた。
「ドサッツ!」
倒れこむ死体、生臭い血の匂いと焼けた肉の匂いが交じり合いハルカの鼻腔を刺激した。
『……敵は至近距離だ!白兵戦を挑んでくるぞ』
興奮したチーフの声がインカムを通してハルカを奮い立たせた。
気配を感じた。
背後の影はゆうにハルカの倍はありそうなジェネラーだった。
振り向きざま、銃口をその巨大な影に向けた。
それは、ハルカがトリガーを引くのと同時に起こった。
影から伸びた腕が銃口を掴み、銃身が空を向いた。
「グァガガ……」
ほとばしる薬莢の熱気が虚しく空を切り裂く。
強烈なボディブローにハルカが5メートルほども吹っ飛ぶ。
バトル・スーツを着用していなければ今の一撃で死んでいただろう。
なんのために今まで生き延びてきたのだ。
違う、生きるために戦ってきたのだ。
戦うしかないのだ。

明日を迎えるために……どんなに絶望的な明日だとしても……ないよりはましだ。
全身の筋肉が戦闘モードに突入する。
そのジェノミクスは確かにハルカの倍はあった。
今までのどのエネミーよりも手強そうに思えた。
なんのために死に物狂いで過酷な訓練に耐えてきたのか……。
身体に染み込ませた敵を殺傷する武術の全てはこの時のためなのだ。
ハルカの身体が思考するよりも早く俊敏に反応する。
敵の股間めがけて必殺のキックが炸裂する。
「シュバッツ!」
さしものジェノミクスも強烈な一撃に膝を折った。
間髪を入れず、背中に飛び掛り、頭部を鷲掴みにし、渾身の力を込めて、捻りまわす。
「グギギギギ……」
半回転したジェノミクスの顔がハルカを睨んだ。
かまわずさらに力を込める。
「バシュ!」
鈍い音とともに首が胴体から離れた。
「ウワオオオ……」
沸騰したアドレナリンがハルカに獣の雄叫びを上げさせた。
 ジェノミクスの首を鷲掴みにした右腕を高く掲げた。
ハルカの腕を伝ってドクドクと流れる真っ赤な血が月光に照らされて鈍く光った。
 私、クレタ・ハルカは最強の戦士だ。
高揚感が全身を貫く。
例え、強大なジェノミクスであろうと私を倒すことなどできない。
私は戦う……戦い続ける。生きる……生き抜く……何のために……誰のために……。
……その答えを得るために生き続けるのだ。

前方に更に大きな影が動いた。
「ムーン・チャイルドを殺ったのはお前か……」
その言葉の余りにも冷たい響きにハルカは一瞬怯んだ。
瓦礫の間からその悠に2メートルを超える体躯をしたジェノミクスが姿を顕わした。
睨み合いが続く。
 ジェノミクスが戦闘用ヘルメットを脱ぎ捨てた。
ハルカも相手を見据えたままゆっくりとヘルメットを脱ぐ。
「わたしの友人のムーン・チャイルドを殺したのはお前だな!」
「そう、わたしよ……お前も殺る!」
上空に歩兵援護用の市街戦用アパッチ・ヘリの爆音が響いた。
『ハルカ、その化け物から離れろ!』
『チーフ!』
『そいつはこっちにまかせておけ!G線上の防衛網が突破された。
かたがついたらお前を救出する!』
サーチライトがピンポイントでその影を照らし出した。
ちぎれたバトル・スーツから剥き出しの筋肉が露出し、全身血まみれの
その姿は、確かに地獄から這い出した阿修羅の化身のように思えた。
アパッチから誘導ミサイルが数発そのジェノミクスに向かって発射された。
「ドウーン!ドウーン!」
真昼のような閃光が辺りを照らし出した。
ミサイルが着弾した場所には直径数十メートルの着弾痕がポッカリと開いていた。
『ハルカ、そのままそこを動くな。ジェノミクスの死骸を確認する』
アパッチ・ヘリがゆっくりと旋回しながら地上に近づいてきた。
『チ、チーフ来ちゃだめだ!』
ハルカの絶叫が響いた。
ハルカの眼の前でその惨劇は起こった。
すり鉢上の穴の中心が一瞬盛り上がったかと思うまもなく、
上半身が浮かび上がり、それは、対戦車用携帯バズーカを抱えていた。
「ドバッツ!」
腹に響く音が一閃した。
回転翼をもぎ取られたアパッチ・ヘリが錐揉みしながら急降下する。
『ハ・ル・カ!』
それは、確かにチーフの声だった。
「グアガガガーーーーン!」
ハルカのすぐ眼の前にアパッチ・ヘリが墜落した。


   *************


 つかの間の休息、壊れかけたビルの群れを見つめていた。
分厚い男の胸にもたれたまま、まどろむ……温もりが伝わる。
まるで、初めてのようにお互いを貪るように求めた。
粗末なベッドが軋み、猥雑な音を部屋中にばら撒く。
生き延びた安堵がそうさせたのだ。
今日も死なずに……取り合えず求め合ったのだ。
「チーフ……」
密かな夕暮れの訪れ、兵士だって人間なのだ。
ほんの少しロマンチックな気分になることだって……軍規に違反する
ほどでもないだろう。
「同じベッドを供にしてるんだ、チーフはないだろ……ハルカ、アキでいいさ……サージャント」
笑いあうなんて久しぶりだ。ハルカはアキの身体にまわした腕にいっそう力を込めた。
髪にアキの触れるような接吻。
髪に絡みつくアキの指の感触、何もかもが心地良かった。
この静寂が……つかの間の安息が少しでも続くことを願った。
穴だらけのカーテンがほんの少し微風に揺らいだ。
強い力で引き寄せられ、何度も何度も交わされた接吻。
激しく絡み合う舌と舌、唾液が交じり合い、それでも吸い尽くそうとする情熱の連鎖。
自分が女であることをここ数ヶ月も忘れていた自分。苦笑した。
「何が可笑しい?」
「ううん、あたしも女だったんだなと思って……」
「まちがいなくハルカは女だ、それも飛びっきりの、そして最強の戦士だよ……」

「……アキ、この戦いはいったいいつ終わるの?」
破壊された都市にもいつものように満天の星空と月齢14番目の月が昇った。
裸の火照った身体をアキの胸に預け、窓辺に佇み、瓦礫の山と化したネオトウキョウを見つめていた。

地上を、上空を照らす幾本ものサーチライトの夥しい群れが、真昼のような光景を見せた。
「さあな、物心ついたころから戦禍に塗れていたからな。生きるためには殺し合いに加わるしか選択の道はなかった……ハルカは志願兵か?」
「はい、地下スクールでジェノミクスのとの戦いは、人類の存亡をかけた戦争だと教えられたわ、兵士になるのが夢だった、父も兄も兵士だったし、母はジェネミクスとの戦闘中に巻き込まれて死んだの」
「そうか……お気の毒に……」
肩に置かれたアキの腕を無意識に握っていた。
ハルカは戦いに明け暮れた日々の中で誰かに頼ったことなど一度もなかった。それが、唯一生き延びるための確信だと知った。
しかし、今日だけは、この一瞬だけは、アキに全てを委ねているそれが、心地良かった。
「……俺は士官学校でジェノミクスとの戦闘マニュアルを叩きこまれたが、ジェノミクスについてはそのほとんどの情報がトップシークレット扱いだったからな。その機密文書の一部が資料室で公開されているんだが、どうやら、ジェノミクスって化け物は元々は我々人類が創造した亜人類だってことだ」

[2] Communication Breakdown

 爆発的な人口の増加と、自然環境の悪化による食料供給の諸事情を飛躍的に改善する画期的な手段として世界食料管理機構(WFCO)の下部組織ジェネラボが発案され、そこで生み出されたあらゆる物質の遺伝子組替えによって大量に生産された食料の世界配布、もちろん、これにはアメリカのコングロマリットの思惑が大いに絡んでいたのはもちろんのことだ。

 こうして食料事情は改善されたかに見えたが、20年後それは、思いもよらない結果を招いた。人口の急激な減少だ。
しかし、気付くのが遅すぎた。なぜなら、その現象は、低開発国でより多く発生していたからだ。
 先進国の人口の減少は一定の水準で推移していたし、コントロールできだのだが、主に人口の急激な減少は、未開発、低開発国で顕著だったのだ。
なぜなら、遺伝子組替え食料の99パーセントは、それらの国で大量に消費されていたからだ。
それは、特に女性に顕著に現れていた。
子宮とそれに伴う器官の未発達によって、子供が産めない女性が増え、例え産めたとしても未熟児の確立が異常に高く、90パーセント以上の死亡率を数えていたのだ。
当初から遺伝子組替え食料に対する、なんらかの後遺症が懸念されてはいたが、それに眼を向ける余裕がなかったのだ。あの時代の人口増加はまさに、悪性の癌のごとく広がっていたのだから。
 今度は、それに対処するために、新たなプランが持ち上がった。
 人間の100分の一の食料で済み、完璧な肉体を持ち、人間の手足となって働くまさにロボットのような人類の創造。ジェネラボによって生み出された人間の亜種、それがジェネミクスである。
それによって急激な人口の減少による世界経済の破綻をなんとか食い止めようとした。
それは、厳格なコストの試算によって生み出された。
これにもアメリカの巨大企業群が絡んでいた。
ロボット技術ではアジアやヨーロッパの企業に遅れを取っていたからだ。

アメリカ企業の多額な援助のもと、ジェネラボは既に副次的に多くの研究の成果を蓄えていた。
遺伝子操作による人間のレプリカを創造することは既に実用段階に入っていた。
完全で完璧な人類の創造はあらゆる研究者たちの究極の夢でもあったのだ。
どんなウイルスにも負けず、例え宇宙空間であろうとも酸素の供給さえあれば生き延びる……怪我をしても、強力な蘇生力で治癒する、そんな不死身の肉体を持った人類の創造。
まさに研究者と一握りのトップによって、それは産み出された。
 ジェノミクスは誕生した。

 それは、不完全なロボットよりも圧倒的に優れていた。
成熟したクローン技術と遺伝子配列の解明、そして遺伝子の組替えによって、
赤ん坊から成人までの特定の年代層すら個別に創り出す、ありとあらゆる制御を可能にした。

 不妊の夫婦に彼らに似た赤ん坊を提供することも、事故で死んだ12歳の娘を作り出すことも、成人の屈強な兵士を作り出すことも遺伝子操作とクローン技術の革新が可能にした。
成長をある年齢で止めることも、任意の年齢のジェノミクスを作り出すことも、あるいは、ジェノミクスの寿命すらコントロールする、それら、全てがジェネラボのスーパーコンピュターに委ねられていたのだ。
 ジェネラボのトップ・シークレットを握る一握りの科学者たちは神となった。
そして、この爆発的普及は、あらゆる遺伝子操作の恐るべきタブーを、全て沈黙させる結果となった。

 生命の尊厳、神の領域に踏み込んだこれらの行いは、アメリカという力が善であり、正義であるというあまりにも単純な図式を信望する超大国によって、あっさりと、認知されてしまったのだ。

 ジェネラボは当初の目的を大きく外れ、21世紀もっとも利益を増大する世界企業として君臨していった。
巨大に膨れ上がった膨大な研究のための予算をふんだんに使って、ジェノミクスは更に進歩していった。
 そこに、最大の落とし穴があった。
研究者たちは過信したのだ。ジェノミクスを完璧に制御できると……。
しかし、人間に近づけば近づくほど、ジェノミクスにある変化が起こった。
それは、個々が特定の意思を持ち始めたことに他ならない。
 ジェノミクスに対する記憶の刷り込みは徹底的に行われていた。
 人間と全く同等の脳細胞を持ち、さらに、環境に対する適応力や、肉体のパフォーマンスは人間の比ではないのだ。
研究者たちの最大の危惧もそこにあった。
 個々が意思を持ち始めたら、人間の奴隷のような扱いを受けているジェノミクスたちが人類に叛旗を翻すことは容易に想像できた。

 悪夢は、現実となった。
 それは、遺伝子に組み込まれた人類の50億年の生への執着だったのか。
 世代の代謝が進むことによって、より人類に近づいた一握りのジェノミクスが、ついに個としての意思を持っに至ったのだ。
いや、それは、ある科学者の狂った妄想の産物なのかもしれなかった。
 この最初の意思を持ったものたち9人は、辛抱強くジェネラボ脱走の機会を狙っていた。
彼らは後にファースト・ナインズと呼ばれ生死にかかわらず、その首には多額の報奨金が課せられた。

 脱走したジェネミクスたちは世界中に散らばった彼らの仲間をスーパーコンピュターからハッキングした、億に届くアクセス・コードを解除し、自由意思を持った仲間に蜂起を促した。

 ジェノミクス最後のシリアルナンバーはJ・M・500009そのうち成人男子の割合は10分の1の5万体。またたくまに彼らジェネラーはこの地球上最高最大、最も危険なテロ組織となった。
 こうして、人類対ジェノミクスの生き残りをかけた究極の世界戦争が始まった。

 ***********
      
 「チーフ!アキ……」

ハルカの眼前でアキが乗ったアパッチ・ヘリが撃墜され、木っ端微塵に砕け散った。
ハルカの全身から血の気が引いてゆくのが分かった。
18年の間、誰も頼ったりなどしなかった。
壮絶な戦いの日々を生きぬいてきたのだ。
ただ一人心を許した相手が目の前で殺されたのだ。
ここにいるジェノミクスに……怒りが込み上げてきた。
意思よりも早く研ぎ澄まされた身体が反応する。
「ウオオオオオ……」
相手の胸座に強烈な拳を突き刺す。
間髪を入れず頭部への回しゲリ、さらに股間に力を集中させた蹴りを放つ。
 ジェノミクスはハルカの攻撃の全てを睨みつけたまま受け続けた。
まるで、ハルカの力を試しているように……。

ハルカの思考に遠く彼方から呼ぶ声が聞こえた。
それは、直接脳のシナプスに語りかけていた。

俺の名はジェネシス……人間の科学者たちが人体実験に使用しようとしていたジェノミクスの生き残り……。
俺たちはお前たちの奴隷ではない。
れっきとした人間なのだ。それも、お前たちになんら劣るところはない。
いや、お前たちよりも優れている。
 俺たちの仲間がどんな扱いを受けて死んでいったか……お前には分かるまい。
奴らの研究と称したキチガイじみた偶行から俺たちは身を守るために脱走するしかなかったのだ、どんな結末だろうと死ぬよりはましだからな。
 我々を作り出したのは、お前たち人間ではないのか……なぜそう排除しようとするのだ。

 誰がこのガイアの名主なのか……我々は生まれるべくして生まれたのだ。
 お前たちの概念である神が我々を創造したのだ。

 お前たちを殲滅するために……この地球上から抹殺するために、一人残らずだ。一人残らず……。
地球上の生命体は全て連鎖し、あるいは、運命共同体なのだ。
ガイアは一つの生命なのだ。
その連鎖に従属せず、ありとあらゆる蹂躙の限りを尽くし、お前たち人類はこの地球を死に追いやろうとした。
 ガイアは何度も抗体を放った。お前たちを殲滅するためにだ。
 新種のウイルスを放ち、お前たちが滅びるのを待ったのだ。
 あるいは、その警告に気付くのをだ。
 地球上にパラサイトしていたのは、お前たち人類だ。


「戦士よ、屈強な戦士よ、この闘いに敬意を、だが、人間の身体はもろい……しかし、殺すには惜しい。俺たちは理解しあえないのか!」
「殺せ、命乞いなどしない!もしここで情けなどかけたら絶対に、必ず、お前をこの手で殺す」
「なぜ、そうこだわるのだ? 人間は滅びるのだ……不死身の肉体が欲しいとは思わないのか?」
「思わない、この悪夢が永遠に続くなんて……考えるのもいや!」
 ジェノミクスをこんなに間近に見るのは初めてだった。
紛れもなく人間だった。
しかし、両腕を抑えこまれたこの男の力は、尋常ではなかった。
「名前はなんと言う?」
「そんなこと聞いてどうする!」
ハルカは馬乗りのジェノミクスを睨みつけた。
視線が交差する。底無しに蒼く深い眼球がハルカを見据えていた。
「俺のアザーを作る……」
「ア、アザーってなに……!?」
「お前とトランスする、人間の仕来りを重んじて名前くらい聞いておこうと思っただけだ」
強大な力によってレイザービームにも耐えるバトルスーツが紙切れのように引き千切られた。
剥き出しになった両脚でハルカは、虚しく抵抗しつづける。
「や、止めろ!なにをする……」
両脚がさらに激しく空を切る。
「抵抗してどうする、この状況で……お前は圧倒的に不利だ」
「や、止めて……!」
下着が剥ぎ取られた。
「無駄だというのがわからないのか……お前の力では俺を阻止することはできない。マシンガンのないお前は無力だ」
それでもハルカは、諦めようとはしなかった。
全身のありとあらゆる筋肉を駆使し、体内のあらゆるアドレナリンを肉体に注入する。
「ウオオオオ!」
筋肉が張り割けんばかりの雄叫びを上げた。
相手の半分ほど細さのハルカの腕がゆっくりと押し戻す。
「面白い……ソルジャーそれほど死にたいのだな」
「死ぬのはお前だ、化け物!」
湛えた力を一気に両脚に集中する。
馬乗りのジェノミクスが吹っ飛んだ。
すかさず倒れこんだジェノミクスに飛び掛った。
「ゴゴゴゴゴ……」
雷鳴が轟いた。間髪を置かず、滝のような雨粒が大地に降り注いだ。
ハルカは躊躇なく相手の顔面に頭突きを食らわす。
肉体の全てを研ぎ澄ましてこいつを殺すのだ。
「ドウウウウーン!」
雷鳴がさらに轟く。
閃光に照らされたジェノミクスの顔をハルカは一瞬見つめた。
美しく若い男だった。
瞬時にそれがファーストナインズの一人であることを悟った。
国際指名手配リストの最初のページに出ていた顔だった。
強烈なアッパーがハルカの顔面にヒットした。
鮮血が飛び散る。
仰け反り失神しそうになるのを必死で堪えた。
「立て!お前の抵抗はこの程度かソルジャー」
ハルカは初めて死の恐怖と対面した。殺されるかもしれない、この男に……。
戦うしかない。戦うしかないんだ……何度も何度も反復された心に宿した叫びがハルカをかろうじて支えていた。
殴り続けても、殴り続けても倒れないこのジェネラーの屈強な肉体が、雷鳴の中で誇らしげに輝いていた。
拳はすでに真っ赤な血で染まり、いつ果てるともしれない闘いについにハルカは、大粒の雨が打ち付けるアスファルトに崩れ落ちた。
 ジェノミクスは倒れたハルカの首を掴み、片腕で雷鳴が轟く空に向かってハルカを掲げた。
「戦士よ、誉めてやるぞ……ここまで俺と戦ったのはお前が初めてだ」
苦しさに脚をばたつかせてハルカはもがいた。
ハルカの喉を締め付けていたジェノミクスの指がゆっくりと離れた。
精も根も尽き果てたハルカの身体がボロ切れのように泥水に沈む。
倒れたハルカの上に男が覆い被さった。
「ここで死ぬか、それとも……」
「殺せ、きさまを受け入れるだと!?……殺せ! 殺せぇええ!」
身体中が油が切れたブリキのロボットのように軋み、傷んだ。
もう指一本動かす気力すら残っていなかった。
ハルカの首に太く冷たい指が食い込んだ。
意識がゆっくりと遠のく……全身から力が抜けてゆく。脱力感がハルカを支配する。
 歯を食いしばるハルカの顔に大粒の雨が容赦なく襲い掛かった。
 涙が混じった雨は、頬を伝い、地面に沈んだ。
両脚の間に冷たく不気味に息づく何かがゆっくりと入ってくる。
「アアア……」
思わず声にならない声がハルカの喉をついた。

[3] Heart Breaker

 ハルカは悪夢の中を彷徨っていた。
肉体が引き裂かれ、ゆっくりとそれは粉々になってゆく。
 白兵戦の末殺した多くのジェノミクスの顔が浮かんでは消えた。

 私は地獄に落ちるの……?

そして眼前で死んでいったアキ、口元に薄ら笑いを浮かべた、ジェネシスと名乗ったそのジェノミクスの鋼鉄の意志が、ハルカの息の根を止めようとする。

 いつから、そして、いつまで闘い続けるのか……ここで、死ねばそれも終わる。


 「アキ! アキ! た、助けて……」
 ハルカが初めて見せたその絶叫は、虚しく室内に響いた。
「意識が戻ったようだな、サージャント・ハルカ」

「マ、マスダ軍医長!わ、私は?こ、ここは!?」
「大丈夫だ、ハルカ……ネオ・トウキョウの中心部地下ニ千メートル、国連軍対ジェノミクス日本支部(UNAJ)、メディカル・ラボ、お前が入隊した頃何度もお世話になったところだよ」
「私は、私は……!?」
「援軍が到着した時、ハルカ、お前は心停止の状態だったんだが、泥まみれの死体同然のお前を診察した軍医は、よほど腕がいいのか、お前の肉体が強靭なのか、私を認識できるということはどうやら助かったようだな」

 マスダ軍医長の穏やかな笑顔がハルカの視線の先にあった。
「ハルカ、お前は3日間、生死の境を彷徨っていたんだ、たった今昏睡状態から目覚めたお前が事態を把握するのは難しかろうな」

 「驚いたよ、私も……驚異的な回復力だな、そして、常人とは思えぬ蘇生力だよ」
 マスダの隣に立つ、見知らぬ人物がハルカを見詰めていた。
 「ハルカ、紹介しよう。こちらは国連軍対ジェノミクス戦・ラボ統括議長のノイマン博士だ」
 ノイマン博士と紹介された初老の男は、ゆっくりとハルカに近付き、包帯だらけのハルカの右腕を握った。

「援軍が到着した時は君が所属していた1個中隊は全滅していたのだよ。しかし、君だけが生き残った・・・君のその特異な身体的特徴のなんたるかを是非対ジェノミクス戦に生かしたいものだ・・・」

 ハルカを見詰める銀縁の眼鏡の奥に、優しく穏やかな瞳があった。しかし、ハルカの心に宿ったのはこのノイマンと言われた男への不信感だった。
胸騒ぎは止まず、ハルカにはそれ幾多の戦場で培った生と死を分かつ直感以外には説明のつけられないものだった。

 「ノイマン博士は随分ハルカ、お前に興味を持っているようだ」
「軍医長、それはあの戦闘で私だけが生き残ったからですか!?」
「……それもあるだろうが、何よりお前のその驚くべき生命力に感心を持っておられたようだが、わしもあの人物に関してはよく分からんからな」
そして、ハルカは退院した暁にはニ階級特進し、国連軍直轄の中隊に配属されることをマスダ軍医長から聞かされた。
「ハルカ、ノイマン博士からは回復しても充分なリハビリ期間を与えるようにと命令されているんだが、お前はやはり前線への配属を望むんだろうな……」
「……チーフ・アキの為にも私は、私は、教えられたことを忠実に実行する、それだけです。望みはより多くのジェノミクスを抹殺すること……そして、何よりもこの世界に一刻も早く平和を」
「アキ少尉は残念なことをした……」
ハルカはアキとの最後の日々を回想し、溢れる感情を押し殺した。

「ルテナン・ハルカお前には、国連米軍指揮下の精鋭部隊、通称ブラック・サバス(黒い安息日)中隊の指揮を取ってもらう、ノイマン博士直々の命令だ、頼んだぞ」
「は、はい軍医長」
「ハルカお前のことを百戦錬磨のオジー中尉とクローーリ中尉が指揮下に入り、サポートしてくれる筈だ、階級は同じでもハルカお前がチーフだ、いいな」

あの、対ジェノミクス戦の兵どもが集まった中隊を指揮するのか、この私が……身震いし、アドレナリンが全身を走り、久しぶりの昂揚感がハルカを包んだ。
『ハルカ! 生き残るためには戦うしかないんだ、生きろ、生き残れ!』
アキの声がハルカの脳裏を過ぎった。
 一瞬、強さに満ちたアキの顔とともにハルカの瞳に涙が滲んだ。
『アキ!アキ!私を守って、私から離れないで……』
 ハルカは心の中で叫び続けた。

 二週間後驚異的な回復力を見せたハルカは、メディカル・ラボを後にし、再び』ジェノミクスとの死闘の最前線へと赴いた。

[4] Babe, I'm Gonna Leave You

破壊の限りを尽くされたネオ・トウキョウ、新宿副都心。
それはジェノミクスとの闘いの熾烈さを如実に現していた。
それでも瓦礫の山と化した高層ビル群を照らす満月はいつもと変わらずにそこにあった。
 戦闘の最中、月明かりがハルカの整った横顔を、深い陰影と共に映し出していた。
後塵のクローリー中尉は、その横顔を美しいと思った。
そして、一瞬たりともこの戦闘の最中にそんな思いを抱く自分を呪った。

 闘うことに集中していなければ、命は簡単に自分の元を去ってゆくのだ。
それが、戦争なのだ。この状況では闘うことに全てを賭ける。
 それしか生き残る術はない。
強靱なジェノミクスが相手では尚更のことなのだ。

 ハルカの中隊は、アパッチヘリ十数機とともにジェノミクスの新宿のアジトを奇襲し、東京湾へと続く補給路を確保すべく、その任についていた。
 「チーフ・ハルカ制空権はいまだに我々の手にある、焦ることはない、四方を囲み、我々の損害が最小限になるように……」
 オズボーン中尉の冷静な声が逸るハルカの気持ちを押さえるように耳元で囁いた。
数ヶ月行動を共にした、オズボーン、クローリーの両中尉の力量にハルカは全幅の信頼を置いていた。

 「情報によるとアジトには20人程のジェノミクスが潜伏しているようです」
押し殺したオズボーン中尉の声がインカムを通じてハルカの鼓膜を揺らす。
「アパッチヘリに攻撃を指示する、一気に地下まで踏み込み殲滅する」
 レイズ・ビジョン(夜間赤外線暗視ゴーグル)の感度を上げながらハルカは口元のインカムに向かって命令を発した。

 十数機のアパッチヘリから近距離用のミサイルが一斉にアジトに打ち込まれた。
耳を劈くような轟音、辺りが一瞬真昼の輝きを発する。
 ハルカ、オズボーン、クローリーの各小隊に分かれた数十名の歴戦の兵どもが暗闇に紛れて一斉にアジトに向かう。
 「チ、チーフ!ヘリが!?ヘリが!」
 オズボーンの悲痛な叫び声がハルカのヘッドフォンに響いた。

 既に、2機のアパッチヘリが幾つもの黒い影に取り囲まれ、白煙を上げていた。
「て、敵は頭上だ!ヘリを援護しろ!」

そこには信じられない光景があった。
月光に照らされた彼方に翼を拡げたジェノミクスの一群が頭上を占拠していたのだ。

ハルカの眼前に悲惨な光景が展開されていた。
 数十機のヘリは既にその大半が破壊され、遥か上空の一群のジェノミクスは地上で成す術もなく、無闇に銃器を上空に向けて乱射するハルカの中隊にその矛先を向けようとしていた。
 激痛がハルカの全身を貫いた。
銃弾が貫くような痛みに全身が震えた。
手をあててみたが外傷はない。
 ハルカの口元から安堵の溜息が漏れた。
自分のことに構っている余裕はなかった。
一刻も早くこの場を離れなければ選りすぐりの精鋭部隊が全滅するのだ。
 「……オジー、クロウ、い、今すぐ後退しろ!このままでは全滅だ!」
スコープに認識されたオズボーンとクローリーの部隊も一時のパニックから逃れ、陣形を整えつつあった。
 周期的に襲ってくる下腹部の痛みにハルカはじっと耐えた。

 幾つもの影が音もなく舞い降りる。勝敗は一瞬にして決したのだ。
月光に照らされたその姿は堕天使ミカエルの姿にも似ているようにハルカには思えた。
瓦礫の中にハルカは身を潜めた。下腹部の痛みは幾分か和らいだようだ。
 翼を持つジェノミクスがいても不思議ではないのだ。

 ハルカは自分を、そして、敵の潜在能力を見抜けなかった軍の情報部を呪った。
 万能のジェノミクスを作り出したのは、人間ではなかったのか、バイオの粋を集めた自分達のDNAを自ら変化させ、翼を持った固体を作り出すことなど、気が付けば容易だったはずではないか。

 人間には計り知れない適応能力を持つジェノミクスの身体は、その骨格すら自らの意志で短期間に変えうるはずではなかったか。
「兵士よ隠れていないで出てきたらどうだ、そこにいるのは分かっている」
脳裏に微かに聞き覚えのある声が響いた。
 あの最強のジェノミクス、ジェネシスの声だった。

Toy Soldier

Toy Soldier

女戦士 クレタ・ハルカの冒険譚

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • アクション
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-02-19

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  1. [1] Battle Of Evermore
  2. [2] Communication Breakdown
  3. [3] Heart Breaker
  4. [4] Babe, I'm Gonna Leave You