ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 終章「愛と絆」3/3

10年近く前。
私が、ウルティマオンラインというゲームをプレイしていた時に、作成した作品です。
作品の内容は、今(2015年)の、ウルティマオンラインの仕様とは異なります。
作品の世界観は、当時(2004年近く)の記憶を頼りに執筆しています。
ウルティマオンラインを、当時からプレイされていて、そして今でもプレイされている方。
そして、既に引退されていて、当時を懐かしく思っていられる方。
興味がございましたら、ご一読頂ければ幸いと存じ上げます。
なお。
ウルティマオンラインの世界を、小説に転じているため、実際のウルティマオンラインの世界(仕様)とは、違う部分が多々あります。
例えば、人間は不死ではないなど・・・。
それを踏まえて、お読み頂ければ幸いです。

また、終章に至っては、残虐描写ではありませんが、殺人のシーンが出てくるために、レーティングを「青年向け」にさせて貰っております。

ついに、諸悪の根元であるコウダイを倒した一行。物語は、終盤を迎えます。

終章(3/3)


 ダルバス達は、壁にもたれ掛かりながら深い眠りに落ちていた。
すると、そこに一人の衛兵が訪れていた。
「皆様・・・。起きて頂けますか・・・?」
衛兵は、眠り込んでいるダルバス達へ、遠慮しながら声を掛けていた。
すると、目を覚ますダルバス。
気が付けば、時刻は昼を迎えていた。
それでも、全然眠り足りないダルバス。
しかし、道ばたで寝ている訳にもいかない。
ダルバスは、目を覚ます事になる。
「おい・・・。お前ら起きろ・・・。寝るなら宿だ」
ダルバスは、一行の体を揺すると、夢から引きずり出していた。
一行は、眠い目をこすりながら目を覚ます事となった。
それを確認する衛兵。
「お休みの所、申し訳ございません。リンゴ隊長が、あなた様達をお呼びです。一緒に、来て頂けますでしょうか?」
衛兵は、丁寧な対応でダルバス達に接している。
「リンゴ隊長が?何の用だ?」
ダルバスは、首を傾げる。
「さぁ。私にもわかりかねますが、リンゴ隊長のもとにはリスタ隊長もおられます。さぁ。ご案内しますので、私に付いてきてください」
衛兵は、一行を促していた。
一行は、訳もわからぬまま、衛兵に付いてゆく事となった。

 程なく歩くと、衛兵は詰め所へと一行を案内していた。
すると、リスタが現れる。
「おお。ダルバス殿達。探し回ったぞ」
リスタは、嬉々としてダルバス達を迎えていた。
しかし、リスタも相当疲労困憊の様子で、その顔には疲労の色が濃く現れていた。
「一体、なんのご用かしら?」
ライラは、リンゴに呼ばれた事を疑問に思っていた。
すると、詰め所の奧からリンゴが現れる。
「おお。お疲れの所すまない。君達がダルバス達だね?」
リンゴは、一行を見つめる。
「そうだ。この者達が、この街を救ったのだ」
リスタは頷く。
その言葉に、一行は驚いていた。
「俺達が、街を救った?」
ココネは、驚きの声を上げていた。
「そうだ。君達は、ドラゴンを追い払い、首謀者までもを捕まえ、そして街の救護にまであたってくれた。感謝する」
リンゴはそう言うと、ダルバス達に深く頭を下げていた。
「ちょ・・・、ちょっと待ってくれ!俺達は、コウダイを追いかけていただけだ。街を救ったなんて・・・なぁ?」
ダルバスは、ライラを振り返る。
「そうよ。それに、私達がコウダイを刺激しなければ、トリンシックは襲われなかった。逆に、私達は責められるのではなくて?」
ライラは、自分たちのせいで、街が襲われてしまったと感じていた。
「いや、それもリンゴ隊長と話したのだがな。今回、コウダイがトリンシックを襲わなかったとしても、いつかはベスパーの時のように、どこかの街を襲っていただろう。もし、そうなれば、その街は壊滅するに違いないのだ。要は、早いか遅いかの違いだ」
リスタは、ライラを納得するよう説明をしていた。
「しかし・・・なぁ?」
ココネも腕を組み、ピヨンと苦笑するしかないようだ。
「そう謙遜しなくてもいい。私は、君達にお礼がしたいのだ。・・・とは言っても、街の宝物庫は焼かれてしまった。なので、これから君達を住民に紹介し、今夜は盛大な慰労会を開こうと思っている。いかがだろうか?」
その言葉に、一行は戸惑いを隠せなかった。
「私達を紹介?止めた方がいいんじゃない?」
ピヨンは、手を振り辞退する。
「そうよ。私達は、別に誉められたくてやったんじゃないからね?」
ライラも、難色を示しているようだ。
「でもまぁ。夜の酒と肉はありがてぇがな。ここ数日、まともな食事をした覚えもねぇしな?」
ダルバスは苦笑する。
「我も、そこまではいらぬと思うのだがな・・・」
リスタは、ダルバス達に何か報償を与えるとは思ってもいたが、自分も含め住民に紹介されるのは、戸惑いを覚えていた。
「何を言っている。リスタ隊長も尽力してくれたのだ。一緒に紹介させてもらうぞ?」
リンゴは、慌てる一行を見ると笑みをこぼしていた。
どうやら、ダルバス達に選択の余地はないようだった。

「では、住民達を街の会議所へ集めるのだ」
リンゴは、廻りにいる衛兵達に、住民の招集を促していた。
「はっ!」
衛兵達は、駆け足でその場を後にする。
「こりゃ・・・。参ったね・・・」
ダルバスは頭を掻く。
「さて。君達はお疲れだろう。住民が集まるまで、時間がかかる。ここの湯浴み場で、疲れと汗を流すがいい」
リンゴは、時が来るまで休む事を促していた。
ダルバス達は、自分の体を見つめる。
ダルバス達の体には、ドラゴンの返り血や、その他の汚れが多数付着していた。とても、清潔とは言えない状態だった。
ダルバス達は、ありがたくリンゴの好意を受け取る事となる。
 程なくして。
ダルバス達は、体の汚れを落とし、新しい服に着替えるとさっぱりとする。
「ようやく湯浴みが出来たね」
ピヨンは、満足げに髪をならしていた。
「さっぱりしたぜ」
ダルバスも、ようやく汚れを落とせた事に満足しているようだ。
「しかし・・・。更に眠気が・・・」
ココネは、襲い来る睡魔と戦っていた。
「ねぇ。住民が集まるまで、まだかかるでしょ?また、少し眠らない事?」
ライラは、少しでも体力を回復する提案をする。
「我も、少し睡眠が必要なようだ。僅かな時しかないが、失礼して眠らせて頂こう」
リスタはそう言うと、机に突っ伏し、即座に寝息を立て始めていた。
一行は、リスタに苦笑いを浮かべると、リスタにならい、寝息を立て始めていた。
リンゴは、その様子をみると、なるべく音を立てないように、人払いをしていた。

 それから数刻。人々が集まった旨を、一人の衛兵が報告しに戻ってくる。
「リンゴ隊長!街の住民。ほぼ全てが会議場へ集まりました!」
衛兵は、リンゴに報告する。
「ご苦労。貴様らも疲れているだろう。交代で休息をとるがいい」
リンゴは、疲労している衛兵に、休むよう促していた。
「さて・・・。お休みの所申し訳ないが、起きてもらえるか?」
リンゴは、皆の体を揺すり起こしてゆく。
「う~。眠い・・・」
ココネは、まだ眠たそうだった。
しかし、短い時間とはいえ、2度睡眠を取った事により、一行の体力はそれなりに回復しているようだった。
「すまないな。では、住民達が待っている。行くとしよう」
リンゴは、一行を促す。
ダルバス達は、あまり気が進まないものの、リンゴに付いてゆくしかなかった。
 詰め所から、街の中央へ足を運ぶ一行。
すると、目の前には大きな建物が見えてくる。
ドラゴンの攻撃は受けていたようだが、石造りのため、内部への被害は少ないようだった。
 中に入ると、トリンシックの住民達が、好奇の目で出迎えていた。
その視線に晒されながら、一行は壇上へ案内されていた。
「柄じゃねぇんだがな」
ダルバスは、住民達の視線を苦笑して受けるしかなかった。
「皆様!お静まり下さい!」
衛兵が声を張り上げると、ざわめきは消えてゆく。
そして、リンゴがリスタ達の前に立つ。
「トリンシックの復興でお忙しいところ、ここに集まって頂き感謝する!しかし、私は是非諸君に知って頂きたい人物を紹介する!」
リンゴは、ダルバス達の脇に逸れると、再び声を上げた。
「しかし!その前に、今回の事件により亡くなった方達への哀悼を込めて、黙祷を捧げたい!」
リンゴはそう言うと、黙祷を促す。
「黙祷!」
衛兵が声を上げると、そこにいる全員が黙祷を捧げていた。
その中からは、すすり泣く声が響き渡っていた。
暫くすると、衛兵は声を上げる。
「黙祷終わり!」
それにより、再びざわめきが場内に広がっていった。
「静粛に!」
衛兵は声を上げる。
そして、リンゴは再び話し始める。
「先日、ドラゴン達により、このトリンシックは壊滅的な被害を被ったのはご存じだろう!しかし!それを収束させたのが彼らなのだ!そして、勘違いしないで欲しい!この度の事件は、裏に首謀者がいる!その者がドラゴンを操り、このような惨劇をもたらしたのだ!従って、ドラゴンに罪がないことを理解して頂ければ幸いだ!」
リンゴの発言に、場内にはどよめきが流れる。
「まさか・・・。ドラゴンに恨みを寄せるのは、筋違いだというのか・・・」
「首謀者?どうやって?」
「何を言っても、死んだ者は帰ってこないよ・・・」
住民達は、各々の感想を漏らしている。
「静粛に!」
衛兵は、住民達に静まるよう促す。
再び、場内には静寂が訪れる。
「そして!彼らは、ドラゴンと戦い!そして、首謀者をも捕まえた!私は、彼らがいなければ、トリンシックは全滅したと判断する!従って、事態を収め、かつ復興に協力してくれた彼らを、英雄として紹介させて頂きたい!」
リンゴの発言に、場内からは盛大な拍手が沸き上がっていた。
その様子に、ダルバス達は恥ずかしそうにしているようだ。
「まず最初に!ブリテインの衛兵隊長!リスタ・クライシス!隊長としての彼の統率がなければ、事態の収束は不可能であったろう!」
リスタは、軽く頭を下げる。
「そして、戦士兼魔法使いの、ダルバス・ランド!彼は、斧と魔法を巧みに操り、ドラゴンを一掃した!」
ダルバスは、住民達を窺う。魔法使いと言う言葉に、やはり動揺を隠せない人達がいるようだ。
「そして、ダルバスの妻である、ライラ・ルーティン!彼女は、卓越した魔法を使いこなし、ここにいる彼らをサポートした!」
「違っ・・・!」
その勘違いした発言に、ライラは慌てるも、今の状態ではどうしようも出来なかった。
「こちらは、戦士である、ココネ・ワカリモ!超絶の剣捌きで、ドラゴン達と戦った!」
ココネは、軽く頭を下げる。
「そして、ココネの妻である、ピヨン・ワカリモ!彼女は、超越した技でユニコーンを操り、見事ドラゴンを撃退した!」
ピヨンは、ココネの腕に自身の腕を絡めていた。

 ダルバス達は、理解した。
この、リンゴという人物は、かなりお調子者だという事を。
確かに、隊長格である以上それなりの人物なのだろうが、リンゴは、リスタから聞いた情報を誇張や自分の考えを混ぜているようだった。
ダルバス達の紹介も、結構曖昧で、実際に活動していたダルバス達を見ていないのに、適当な説明を放っているようだった。
無論、悪意はないので、ダルバス達は苦笑いを浮かべるしかなかった。

「以上が、この街を救った英雄達である!諸君!盛大なる拍手で彼らへ賞賛を送って欲しい!」
リンゴがそう言うと、場内には溢れんばかりの拍手が鳴り響いていた。
「ライラおばさーん!助けてくれてありがとう!」
子供が、声を上げていた。
ライラは、その子供に見覚えがある。
「おばさん・・・。くくっ・・・」
ダルバスは、隣で笑いを堪えていた。
「うっさいわよ!」
ライラは、ダルバスの腕をつねっていた。
「痛ってぇっ!」
ダルバスは、笑いながらそれを受け止めている。
「さあ。皆から祝福をうけるといい」
リンゴはそういうと、ダルバス達を民衆の中へと誘っていった。
ダルバス達は、促されるがままに、壇上から降りていった。
すると、人々は瞬く間に、ダルバス達を取り囲んでいた。
「ありがとう!ありがとう!私の妻は、ドラゴンに殺されてしまったが、あなた達がいなければ、私も殺されていた事だろう!」
一人の男性が、リスタに涙を流しながら感謝の意を述べていた。
「ねぇ。ママとパパは?おじちゃんたちが、助けてくれたの?どこにもいないんだけど・・・」
男の子は、ダルバス達が両親を助けてくれて、どこかにいると信じ切っているようだった。
ダルバス達は、その真摯な瞳を、まともに受け止める事は出来ないでいた。
「おぉ・・・。若人よ。儂の大事な婆さんの遺影をありがとうよ・・・」
一人の老人が、ココネに近寄ってくる。
「あぁ。爺さんか。婆さんの遺影は大事にしてくれよ?」
ココネは、恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。
「ねぇっ!私の子供達と夫がいないのっ!どこかで見なかった!?」
一人の女性は、自分の子供達と夫の姿容姿を説明すると、見覚えがないかどうか、ダルバス達に迫っていた。
「・・・いや。すまねぇな。見覚えはねぇ」
ダルバスは、皆を窺うが、答えは首を横に振るだけだった。
「そんな・・・」
女性は、その場に泣き崩れてしまっていた。
 すると、ダルバス達を歓迎していた民衆だが、やはり失った人達の数が多いのだろう。
徐々に、その場には悲しみの雰囲気が流れてゆく。
中には、ダルバス達へ近づき、身内の安否を問おうとする者もいるが、聞いても無駄な事はわかっている。
その場で、諦めの表情を浮かべる者も少なくなかった。
「・・・」
ダルバスは、その様子を見ると、思わず涙を流していた。
自分は、なんて無力なのだろうと。
何が英雄だ。そんなもの、クソ喰らえだと思う。
これだけの仲間に恵まれながら、それでも悲しむ人達が沢山いる。
無論。それは、自惚れでしかない事は理解していた。
自分や仲間達は、万能ではない。
しかし、ベスパーの時もそうだったが、また同じ結末を迎えたと思うと、悔し涙が溢れてゆくのだった。

 その時。
沈黙していたリスタが口を開いた。
「多くの民の命が失われたか・・・」
リスタは、住民に取り囲まれながら呟いていた。
「そうね・・・。願わくば、今一度、彼らに会わせたいけれどね」
ライラは、ポツリと答える。
無論、それは無理だとライラは考える。
仮に出来たとしても、死んだ人間が生き返るはずもない。
「いや・・・」
リスタは、それに否定するような答えを返していた。
「何よ?まさか、死者を生き返らせるとでもいう訳?」
ライラは、苦笑しながらリスタに問いかける。
「まさか!その様な事は出来はせぬ。ただな・・・」
リスタは、思い当たる節があるのだろうか。沈黙すると、悩んでいるようだった。
ライラは、リスタが何を考えているかがわからずに、目の前にいる民衆の相手をするしかなかった。
 暫くすると、リスタは決断したかのように、リンゴを呼んでいた。
人混みをかき分け、リンゴはリスタのもとへやってくる。
「どうした?英雄?」
リンゴは、リスタを茶化すようにしていた。
「いや。それはよい。それより、ここにいる民衆で、身内や知人友人恋人を失った人達を選別してはくれぬか?要は、被害者がいない人物を、建物の外に出して欲しいのだ」
リスタは、リンゴにお願いをする。
「なんだと?どういう意味だ?」
リンゴは、リスタが何を言おうとしているのかを理解しかねていた。
「実はな・・・」
リスタは、自分が行おうとしている事を、リンゴに説明する。
「まさか・・・。その様な事が出来るのか!?」
リンゴは、リスタからの説明を受けると、リスタに目を見張る。
「可能だ。しかし、これは・・・。まあよい。選別は可能か?」
リスタは、リンゴに決断を迫る。
「わかった。直ぐに始めよう」
リンゴは、近くの衛兵に指示を出すと、リスタの思惑通りになるよう行動を促していた。

「あ?何が起きている?」
ダルバスは、衛兵達が動き、人の流れを感じていた。
「皆様!誠に申し訳ございませんが、前方の垂れ幕をご覧下さい!」
衛兵は、壇上の上に掲げられた、垂れ幕に注意を促していた。
そこには、先ほどリスタが指示した内容が記載されており、人々はそれを確認すると、記載内容には関係ない人物達は、会議場から退場しているようだった。
「どういう事?」
ピヨンは、ココネにしがみついている。
 そして、程なくすると、会場にいた半数ほどの民衆が会議場を後にする事となった。
会議場の外では、衛兵達が皆に自宅や避難所へ帰る事を促しているようだった。
ダルバス達は、垂れ幕を確認するも、何が起きているのかがわからない。
会場には、被害者達が残っているようだった。
 その時だった。
リスタは、ダルバス達に話しかける。
「皆の者。これから起こる事態を、慌てないで見ていて欲しい」
リスタは、真摯な趣でダルバス達に話しかける。
「あ?何が起きるっていうんだ?」
ダルバスは、リスタが何かをしようとしている事は理解したが、その先が読めないでいた。
その質問に、リスタは多少の躊躇いを覚えながらも答えていた。
「これより・・・。死者を蘇らせる」
リスタは、ポツリと答えていた。
その言葉に、一同に衝撃が走っていた。
「・・・え?今、何と?」
ライラは、信じられないとでも言うように、問い返していた。
「言い方に語弊があるのは認める。無論、本当に死者が蘇るのではない。死者の魂を、この場に呼び寄せると言った方が正しいかもしれぬ」
リスタは、苦笑しながら答えていた。
「そんなこと・・・。出来るのか?」
ココネは、リスタが何をしようとしているのかが理解できなかった。しかし、リスタが嘘を言うはずもない。ココネは、悩んでいた。
「無論だ。しかし・・・」
「なんだい?」
ダルバスは、言葉に詰まるリスタに問いかける。
「我が今から行おうとしているのは、パラディンの能力でも特殊なものでな。いわば、禁呪ともされているものなのだ。だが、その戒めはない。禁呪とはいえ、使ってはならぬものでもないのでな・・・」
リスタは難しい表情を浮かべると、覚悟を決めたように、民衆の中へと足を運んでいた。

「皆の者!信じられぬかもしれぬが、今一時だけ、失った者との再開をさせようぞ!」
リスタは、民衆の中で声を張り上げていた。
その内容に、廻りからは意味がわからないといった視線が投げかけられる。
「皆の者!すまぬが、少し廻りとの間隔をあけて欲しい!これより、死者との交流を始める!」
リスタの発言に、廻りからは、更に意味がわからないといった雰囲気が流れていた。
しかし、街を救った英雄の言葉には、信憑性があった。
住民達は、リスタの指示に従い、それなりの間隔を保っていた。
それを確認するリスタ。
リスタは、パラディンの能力を解放する事になる。
「死して、この世を彷徨う死者達よ!我に集え!いざ反魂(はんごん)の時!・・・ノーブルサクリファイス!」
リスタが、パラディンの能力を解放した時だった。
リスタの体からは、眩いばかりの光が解き放たれていた。
それは、神々しく、眩しいものの決して不快な感じはなかった。
それを見ていたライラは、両親の事を思い出していた。
可能なら、今一度会いたい。その一心だった。

 暫くすると、リスタから発せられた光は消え失せてゆく。
すると、辺りからは驚愕の声が発せられていた。
「あ・・・あんた!」
一人の中年女性が、傍らにいる人物へ目を見張っていた。
その人物は、紛れもなくドラゴンに殺された夫だった。
しかし、その人物の姿は、完全なものではなく、まさに霊体の状態だった。
体は透けていて、実体はない。
それでも、夫は妻に声を掛けていた。
「すまない・・・。俺は、死んでしまったようだ。俺は、お前を見守る事しか出来ない・・・」
男性の霊体は、妻にたいして申し訳なさそうに項垂れていた。
「そんな・・・!あんた!戻ってきておくれよ!」
女性は、涙を流しながら懇願していた。
「俺の幸せは、お前が幸せになる事だ・・・。願わくば再婚をして、幸せに・・・」
男性の霊体は、そう言うと徐々に姿を消してゆく。
「あんた!あんたあぁぁっ!」
女性は、消えゆく夫にしがみついていた。

 この現象は、同時に起きていた。
会場に、騒ぎが起きていた。
既に亡くなった、伴侶、恋人、知人、友人が現れたのだ。
会場は、一瞬にしてパニックに陥っていった。
「あなた!」
霊体となった女性は、一人の男性にしがみつく。
しかし、既に女性の肉体はない。
しがみつく男性の空を掴むと、女性の霊体は寂しそうに男性を見つめていた。
「お前・・・っ!」
男性は、目の前に現れた女性の霊体に、言葉を失っていた。
「会いたかった・・・」
女性は、男性にしがみついていた。
しかし、この女性は、既に安置所で死体となって発見されていた。
男性は、混乱しながらも、これはリスタが放った特殊能力なのだと理解する。
「すまないな。俺だけ、生き残ってしまった。結婚を約束したというのに・・・」
男性は、霊体の女性を優しく抱きしめていた。
「私、あなたと一緒にいたい!でも、もう・・・。逝かなくては・・・。ゴメンね?幸せになってね?愛しているわ・・・」
女性の霊体は、徐々に薄れてゆく。
「おいっ!待ってくれ!逝かないでくれっ!」
男性の言葉も虚しく、女性の霊体は消えていってしまった。

「お母さん?」
一人の子供の脇に現れた母。
「坊や・・・」
母親は、寂しげな目で息子を見つめていた。
「お母さん!抱っこ!」
既に、母親の死体を確認していた子供だが、目の前に現れた母親に甘える子供だった。
しかし、霊体である母親に飛びつくも、それは虚しく空を切るだけだった。
「・・・ごめんね。坊や・・・。私は、あなたを抱きしめて上げる事が出来ないの・・・」
母親は、切ない表情を浮かべると、涙を流していた。
「ママ!なんで!?それに、パパはどこに行ったの!?」
子供は、辺りを見渡すも、父親の姿を確認する事は出来なかった。
「パパはね。もう既に逝っているの・・・。お前は、このトリンシックの孤児院で、みんなと楽しく過ごすのよ・・・?」
そう言うと、母親は息子の頬へ唇を送っていた。
「そんな!やだよ!お母さん!抱っこしてよ!」
母親の霊体を前に、駄々をこねる子供。
「ごめんね・・・。幸せに・・・なって・・・ね・・・?」
母親の霊体は、そう言うと、徐々に姿を消してゆく。
「ママ!消えないで!どこに行くの!?」
子供は、消え去る母親の霊体にすがっていた。

 このような事態が、会議場の至る所で展開されていた、
それを見て、ダルバスは唖然としていた。
突如現れた死者達。
それは、会場をパニックに陥らせていた。
そして、ライラを振り返ると、ライラは驚愕の目を見張っていた。
「お母様・・・。お父様・・・」
ライラの目の前には、セルシアとロランの霊体があったのだ。
「ライラ・・・」
目の前にいるセルシアは、ライラに優しい笑みを浮かべていた。
「ライラ・・・。強くなったな・・・」
隣にいるロランも、優しい笑みを送っている。
「そんな・・・。まさか・・・。お母様?お父様?」
ライラは、思わず両親へと歩み寄る。
しかし、霊体故に両親の温もりを感じる事は出来なかった。
「ライラや・・・。よく、頑張りましたね。私達は、常にあなたを見守っていたわ?でも、もういいの。あなた達は、ベスパーに戻って、普段の生活に戻りなさい・・・。ダルバスとね・・・」
セルシアの霊体は、ライラに優しく語りかける。
「そんな・・・お母様・・・。お母様ぁっ!」
ライラは、涙を浮かべると、セルシアに抱きつこうとしていた。
しかし、それは適わない。
「ライラ・・・」
セルシアは、悲しい瞳をライラに送っていた。
「ライラ。お前は十分に強くなった・・・。そして、ベスパーの仇もとってくれた・・・。それに、よい人も・・・」
ロランは、そう言うと、ダルバスを見つめていた。
「おっ!おいっ!」
ダルバスは、ロランの視線を真っ向から受け止めると、戸惑いを隠せないでいたようだ。
「もう・・・。御父様ったら・・・」
ライラは、顔を赤らめる。
「お前が、こっちに来そうになった時には、大変だったんだぞ?ダルバスが、お前を助けようとしているのに、まだこっちに来るには早いってな。セルシアと、一生懸命に抑えたのだからな」
ロランは、ライラが襲撃され、瀕死になった時に、ライラの魂を押さえ込んだ事を説明していた。
「それでは、やはり・・・。ありがとう。お父様。お母様・・・。私、まだ未熟みたいね?」
ライラは、涙を流しながら、両親からの愛を受け止めていた。
「さぁ。行きなさい。私達もそろそろ・・・ね?」
セルシアの霊体は、ロランとひとつになってゆく。
「・・・お母・・・様?」
ライラは、ロランと一体になるセルシアの霊体見つめていた。
「ライラや・・・。幸せになるのですよ?」
「ライラ・・・。たくましく生きるのだぞ?私達は、常にお前と供にある・・・」
2人の霊体は、ともに混じり合うと、ライラの目の前から消えゆこうとしていた。
「いやあぁぁぁぁぁっ!逝かないで!お母様!お父様ああっ!」
ライラは、絶叫すると2人の霊体にしがみついていた。
しかし、ライラの懇願虚しく、セルシアとロランの霊体は、その場から姿を消す事になる。
ライラは、消えてしまった両親の影を抱きしめると、嗚咽を上げながら泣き崩れていた。
「お母様。お父様・・・!」
ライラは、その場に拉がれている。
「ライラ・・・」
ピヨンは、ライラの肩を優しく抱きしめていた。
その腕の中には、嗚咽を上げるライラがいる。

 見ると、会場の中には、死した人々が溢れかえり、生者は驚きを隠せない様でいた。
しかし、悲しみに拉がれながらでも、事態を理解しながら、亡き者への成仏を願っているようだった。
「ありえねぇ・・・」
ダルバスは、騒然とした会場を見渡しながら呟く。
人々は、目の前に現れた霊体に驚愕し、そして消えてゆく霊体に声を震わせていた。
しかし、その様子を不思議そうに見ている人達もいた。
その人達の前には、霊体は存在しておらず、何故自分の前には現れないのかと、不思議そうな表情を浮かべていた。
恐らく、残念な話だが、その人達は、自分が思っていたより、相手が自分の事にたいする思い入れが弱かったのかもしれない。
故に、霊体は現れていないのだろう。
 ダルバスは、自分にも霊体が現れないのを理解していた。
前に、ライラとムーングロウの天体望遠鏡の前で交わした会話を思い出していた。
ライラは、両親との再会を願っていたが、ダルバスは、その行為は逆に悲しみが強くなると語った。
故に、ダルバスは、無意識のうちに亡くなった両親や友人などを思い出していなかったのだ。
 リスタは、自分が行った行動にたいし、考え込んでいた。
悩んだ挙げ句、この能力を発動したが、果たしてそれが本当に正しかったのか。
死者達は、霊体となって、思い入れのある人物の前に現れるが、無論生き返った訳ではない。
伝えたい事を告げると、霊体は再び姿を消してしまう。
果たして、生者にとって、それが幸せな事なのか。
淡い期待を抱かせて、それは裏切りにならないだろうか。
リスタは、廻りを見渡しながら、悩むしかなかった。

 すると、人々がリスタの廻りに集まり始める。
「ありがとう。もはや、二度と会う事は適わないと思っていたが、言いたかった事を伝える事が出来た。感謝します」
男性は、涙を流しながらリスタに跪いていた。
「このような事があるとは思いませんでしたわ?最後に会えて良かった・・・。ありがとうございます・・・」
女性は、リスタの手を取ると、感謝の意を込めていた。
 次々に、人々はリスタにお礼の言葉を発し始めていた。
リスタは確信する。
自分は、間違った事はしていなかったのだと。
「リスタ。よかったな」
リスタの心中を察していたのだろう。ココネは満足げな笑みを浮かべると、リスタの肩を叩いていた。
リスタは、それに対して無言で頷いていた。
「リスタ・・・」
ライラは、涙で赤くなった瞳でリスタに話しかける。
「ありがとう。もう二度と会えないと思っていたご両親に会えたわ?あなたに、こんな素晴らしい力があるとはね?悲しい思いもしたけれど、でも、嬉しいわ?」
ライラは、まだぐずりながらもリスタに礼を述べていた。
「そうか・・・」
リスタは、何と声を掛けたらよいかわからずに、ただ頷いていた。

 暫くすると、どよめいていた場内は、落ち着きを取り戻していた。
皆の視線は、リスタに集中している。
ほとんどの者が、感謝と安堵の表情を浮かべていたが、中には物足りなそうな表情を浮かべる者もいた。
「凄い技だな・・・。これが、パラディンの能力か・・・」
リンゴは、今目の当たりにした事が、未だに信じられなかった。
そして、後悔もしていた。
リスタを信じなかった訳ではないが、やはり半信半疑だったところは否めない。リンゴは、過去に失った友人を思いだしていなかったのだ。故に、リンゴは友人の霊体と遭遇できなかった。
 リンゴは、リスタ達を促し、再び壇上へと導いていた。
「諸君!これが、英雄リスタの力だ!ご満足頂けただろうか!?」
リンゴが叫ぶと、拍手が沸き上がっていた。
中には、感極まって泣き出す者もいる。
その中、リスタは手を挙げて声を発していた。
「皆の衆!我に出来るのは、これが精一杯だ!中には、更に悲しい思いをしてしまった人もおるかもしれぬ!しかし、理不尽な理由で亡くなっていった死者に会いたいという気持ちは、皆一緒なはずだ!皆の衆!これからは、大変かもしれぬが、リンゴ隊長のもと、トリンシックの復興に力を注いで頂きたい!ブリテインからも、増援や物資を供給する事を約束する!以上だ!」
リスタはそう言うと、後ろに下がっていた。
途端に、会場には拍手が沸き上がる。
「へへっ!格好いいじゃねぇか。リスタ?」
ダルバスは、リスタを茶化している。
「我は、隊長として、当然の事をしたまでだ。帰還次第、約束を果たさねばならぬ」
リスタは毅然とした態度で応じていた。
「けっ!相変わらず、堅物だねぇ」
ダルバスは苦笑するしかない。
 すると、リンゴが話しかけてくる。
「さぁ。これで十分だろう。お前達の紹介は十分だ。そろそろ、引き揚げよう」
リンゴは、一行を促すと、会場を後にする。
そして、暫く盛大な拍手を受けた後、それに送られながら会議場を後にしていた。
中からは、まだ拍手が鳴り響いていた。

「凄かったね」
ピヨンは、まだ鳴りやまぬ拍手に、恥ずかしがっているようだ。
「柄じゃねぇんだがなぁ?」
ダルバスも、なにかくすぐったい表情を浮かべていた。
 既に、日は傾き、夕暮れを迎えていた。
街を囲む堀の水には、鮮やかな夕日が映えている。
「さて。ご苦労だった。今夜は盛大にいこうではないか」
リンゴは、無事に事を終えた事に、胸をなで下ろしていた。
「それにしても、リスタは凄いね。あんなことが出来るんだ」
ピヨンは、感激した様子でリスタを見つめていた。
「まぁ。パラディンの能力故だな。それに、この能力は、そうそう使う機会もない。それに、もう一度会わせてくれと言われても、この能力は霊体一人に対し、一回だけだ。その後、再び呼び寄せる事は出来ぬのだ」
リスタは、この能力の特徴を説明する。
「でも、それってさ。人間の霊体だけが対象なの?ペットなどの動物は?」
ピヨンは、今まで何匹もの動物を使役し、寿命や病気などの理由で失ってきた。
「無論。可能だ。自分の意思と、亡くなったペットの意思が向かい合っている事が前提だがな」
リスタは頷く。
「そうなんだ・・・。失敗したな。動物は無理って思っていたから、さっきは思い出しもしなかったよ」
ピヨンは、悔しそうな表情を浮かべていた。
「ははは。ならば、後でもう一度ピヨン殿の為に、この能力を使ってみせよう。お主が求めるペットの霊体が現れるとよいのだがな」
リスタは、ピヨンに提案する。
「本当!ねぇ、ココネ!後で、みんなに会えるかもよ!?」
ピヨンは、目を輝かせている。
「そうだな。俺も前に飼っていたペットにも会いたいしな」
ココネも、もしかしたら会えるかもしれないという気持ちで、期待をしているようだった。

 皆が雑談をしていると、程なくして、詰め所へと到着する。
「さぁ。宴が始まるまで、今暫く時がかかるだろう。皆は、ゆっくりくつろいで待っていてくれ」
リンゴはそう言うと、準備のために、詰め所の奧へと消えてゆく。
それを見ながら、一行は深いため息をついていた。
「終わった・・・のよね?」
ライラは、ため息と供に、今回の旅が終了した事に虚脱しているようだった。
しかし、ダルバスはライラの言葉に警戒を促していた。
「いや。まだ安心しねぇほうがいい。コウダイは、既に瀕死だが、奴の裁きを見届けるまでは、安心は出来ねぇ」
ダルバスは、まだ警戒を緩めていないようだった。
「そうね。御免なさい?油断は禁物よね?私達の旅は、ベスパーまで帰らないと終わらない。・・・で。リスタ。この後の、コウダイの処遇はどうするおつもりかしら?」
ライラは、油断していた自分を戒めると、リスタに窺う。
「それなのだがな。我も悩んでいるのだ。投獄するのは簡単だが、見張りを操られては、簡単に脱獄が出来てしまうであろう。だからといって、首を跳ねて処刑というのも・・・な」
リスタは、未だに悩んでいた。
コウダイは、即処刑と言えるほどの罪を犯している。
しかし、前代未聞とも言える、大犯罪者からには、今後、もし同じような犯罪者が現れた時の対処方法として、コウダイからの情報が欲しかったのだ。
従って、すぐさまコウダイの処刑を考えるのには、躊躇いを覚えているのも否めなかった。
「それなら、流刑でいいんじゃないか?」
悩むリスタを見ると、ココネは提案する。
「そうね。どこかの孤島に、コウダイを流刑にする。定期的に、コウダイへ生活物資を送るだけで、人やドラゴン達と隔絶した生活を強いれば、コウダイは手も足も出ないんじゃないかな?」
ピヨンも、ココネの意見に賛同していた。
「なるほど・・・」
リスタは、考える。
仮に、どこかの島へ、コウダイを流刑にしたとして、定期的に物資を送る。
そして、コウダイの観察として、一人だけ島に送り、コウダイからの情報を得る。
観察員が操られたとしても、武器の携帯を制限すれば、戻ってきた観察員を引っぱたいて正気を取り戻せばいいだけの話になる。
「ふむ・・・。良い考えかもしれぬな。考えておこう」
リスタは、取り敢えずコウダイの処遇は、後で考える事にしていた。

 すると、リンゴがダルバス達のもとへと戻ってくる。
「お待たせしたな。宴の準備は出来た。さあ、お前達を慰労するための宴だ。せいぜい楽しんでいってくれ」
リンゴは、一行を促すと、宴の場へと案内していった。
「やれやれ。ようやく、まともな飯にありつけるな。今日は、遠慮なく飲み食いする事にしようぜ?」
ダルバスは、嬉々としてリンゴに付いてゆく。
そのダルバスに、一行は苦笑しながら付いてゆくしかなかった。

 ダルバス達が、宴の間に足を運ぶと、ダルバス達は目を疑った。
そこには、宮廷料理を彷彿させる料理が並んでいた。
ブリタニア中の、各種名産料理をはじめ、多彩に彩られた料理達。
肉・魚・野菜。これらの料理が、テーブルの上には、所狭しと並べられていた。
そして、やはりブリタニア中から集められた、見た事もないような酒も陳列していたのだ。
「こりゃ・・・凄ぇ・・・」
ダルバスも、この光景には、目を見張るしかなかった。
一行も、驚いたように、その場に固まっていた。
「さぁ。今宵は、お前達の慰労会だ。遠慮なく、楽しんで欲しい」
リンゴは、驚くダルバス達を見ると、満足したように促していた。
しかし、この料理の量は、とてもダルバス達で食べきれる量ではなかった。
まさに、今ある食料全てを差し出している様にも思えた。
「リンゴ隊長・・・」
リスタは、思い悩むもリンゴに声を掛ける。
「ん?どうした?英雄?」
リンゴは、不思議そうな表情を浮かべる。
「言いにくいのだが・・・。その・・・。これだけの料理は、我らだけでは食べ切れぬ。このトリンシックでは、ドラゴン達の襲撃により、飢えている者もいよう。その者達に、分け与えてはくれぬか?」
リスタは、リンゴの気持ちに感謝しながらも、申し訳なさそうに提案していた。
「・・・そうか。そうだな。わかった。私が軽率だったようだ。さすが、ブリテインの隊長を務めるリスタだ。常に、民衆の事を考えているのだな。私も、見習わなければならないようだ」
リンゴはそう言うと、苦笑を浮かべていた。
リンゴは、料理を取り分け、家を失った者達へ料理を配るよう、衛兵達に指示を出していた。
その様子に、衛兵達は安堵の表情を浮かべていた。
英雄であるリスタ達に、大盤振る舞いをするのはよいが、これはやり過ぎなのではと思っていた衛兵達だったのだ。
そして、あっというまに、目の前の料理達は運ばれて行く事になる。
ダルバス達の前には、最初に並べられていた料理の、ごく一部が残る事となった。
それでも、ダルバス達の腹を満たすには、十分すぎるくらいの料理だった。
「さて!それでは、遠慮なく楽しんで欲しい!英雄達に乾杯だ!」
リンゴは、上機嫌で杯を上げていた。
一行は、それにならい、杯を空けていた。
杯の酒は、疲労困憊しているダルバス達の五臓六腑に染み渡ると、至福の一時を与える事となる。
「か~っ!たまんねぇなぁっ!」
ダルバスは、目の前にある香ばしい料理を、フォークで串刺しにすると、口へ運んでいた。
ライラは、ダルバスの様子に苦笑しながらも、食事を口に運ぶ。
「・・・美味しいわね。ここ数日、まともに食事をしていなかった事もあるけれど、絶品だわ?」
ライラも空腹を覚えていたのだろう。言葉を失うと、食事に夢中になっていった。
 これは、他の人達も同じような事が言えた。
リスタ・ココネ・ピヨン・リンゴ。
皆は、我を忘れたかのように、目の前の食事を掻き込んでゆく。
それは、トリンシックでの戦いと、その後の救助が、どれだけ大変だったかを物語っていた。
一行は、目の前にある皿の料理を、貪るように食べていった。
そして、程なくすると。
「ふぅ・・・。少し、はしたなかったかしら?」
ようやく、満足したのか。
ライラは、ナフキンで口元を拭いながら、恥ずかしげな笑みを浮かべていた。
「あはは。ライラ。ほっぺ。お弁当が残っているよ?」
ピヨンも口元を拭うと、ライラの頬に食事が付いている事を指さしていた。
慌てて、それをふき取るライラ。
「いや・・・。本気で旨かった。空腹と疲労は、最高のスパイスとも言うが・・・。って、失礼だったかな」
ココネは満足するも、失言しかけた事に釈明している。
「ははは。満足して頂けて何よりだ。落ち着いたかな?」
リンゴは、一行が腹を抱えている様子を見ると、満足しているようだった。
「さぁ。後は、ゆっくり落ち着いて食事をしてくれ。もう少し料理は続くからな」
リンゴは、残りの料理を提供するよう、促していた。

 ようやく腹の虫を収めた一行は、和やかな雰囲気の中、食事を楽しんでいた。
「それにしても、壮絶な旅を続けて来たようだな」
リンゴは、一行に話しかける。
「そうね。お世辞にも、楽な旅ではなかったわね?」
ライラは、ダルバスとの旅を振り返る。
ベスパーが襲われ、ダルバスと旅立ち、様々な局面を迎えながらも、ようやく今に至っていた。
無論、まだコウダイの不安は払拭は出来ないでいたが、当面は大丈夫だろうと、安堵の息を漏らしていた。
「リンゴ殿は、このトリンシックで隊長の座についてからは長いのかな?」
リスタは、リンゴと同じく隊長格だ。リンゴの身の上話を促していた。
「いや。それほどでもない。まだ、隊長に就任してから1年ほどだな。隊長という任が、これほどまで大変だとは、思わなかったよ」
リンゴは苦笑を浮かべていた。
「まぁ。我も最初はそうだった。我は、既に5年ほど勤めさせて頂いているが、日々精進の毎日だしな」
リスタも、謙遜しながらも、苦笑している。
「まぁ、とにかくよ。俺は、このリスタと試合をしたんだがよ?このリスタときたら、化けもんじみた力を持っていやがる。正直、勝ち目はねぇって思ったんだがよ。それでも、引き分けになっちまった。こんな、化けもんに勝てる奴っているのかねぇ?」
程良く酔いが回っているのだろう。ダルバスは、リスタとの関係を自慢げに披露していた。
「正直。魔法の知識を得た貴様とは、対等に戦えるかは計り知れぬな。ブリテインに戻ったら、是非もう一度手合わせを願いたいものだな」
リスタは、ダルバスとの試合を思い出すと、興奮を隠しきれないでいるようだった。
「ったく。この、脳みそ筋肉馬鹿達が・・・。本当に馬鹿なんだから・・・」
ライラは、お互いの力を鼓舞し会うダルバスとリスタを見ると、呆れた表情を浮かべていた。
「俺も、リスタと手合わせ願いたいな。いつもは、ムーングロウの隊長に指示されて動いているが、俺も一応戦士だ。本当の強者と手合わせを願いたいものだ」
ココネも、リスタとの手合わせを望んでいる。
「は?あんた、馬鹿じゃない?あんた、リスタが瓦礫の中から出てきたのを覚えているの?あんたは、その時、瓦礫の中で瀕死だったじゃない。そんなあんたが、リスタに挑もうなど、百億年早いのよ!」
ピヨンは、ココネの様子に揶揄を入れている。
「それは・・・っ!わかってはいるが・・・」
ココネも、その突っ込みには黙り込むしかない。
「はははっ!まぁ、よいのではないか。今回の功績は、お前達の適材適所の労故だと思う。トリンシックの街を救ってくれた事に感謝するぞ?」
リンゴは、一行の様子を確認すると、改めて感謝の意を述べていた。
「いや・・・。まぁ・・・なぁ?」
ダルバスは、ライラを見つめる。
「ま。気にしないでちょうだいな。私達は、やりたい事をしただけ。英雄なんて称号はいらないことよ?」
ライラはそう言うと、大きなあくびをしていた。
 やはり、一行の疲れは取れていないのだろう。
食事と酒が入った事により、一行は再び眠気と疲れを感じ始めていた。
「眠い・・・」
ココネは、既にその場で眠り落ちそうな様子だった。

「頃合いか・・・」
リンゴ自身も、疲労困憊しているのだろう。一行の様子を見ると、今夜の宴を終了する事を近くの衛兵に促していた。
「さて。では、宴もたけなわとしようか。お前達には、部屋を用意してある。今夜は、ゆっくり休んでくれ」
リンゴは、眠りに落ちそうな一行を促すと、今夜の就寝場所である部屋へ案内するよう衛兵に指示を出していた。
一行は、落ち着いた事により、強い睡魔に襲われていた。
衛兵の案内に従い、詰め所の奧へと足を運んでいた。
部屋は、3部屋用意されている。
衛兵は、リスタとココネ達と、ダルバス達へと部屋を案内していた。
既に、疲れているのだろう。
リスタとココネ達は、お互いに手を振ると、部屋に入っていってしまった。
取り残されるダルバスとライラ。
「え・・・と・・・」
ダルバスとライラは、お互いに見つめ合う。
残った部屋は1つしかない。
恐らく、リンゴは先ほどの演説で勘違いをしているように、ダルバスとライラが夫婦だと思い込んだままなのだろう。
それに、否定する暇がなかったダルバス達。
その勘違いを受けたまま、今に至るようだった。
「ね・・・。ねぇ。他に部屋はないの?」
ライラは衛兵に伺いを立てる。
「あ・・・。他の部屋は、同胞達が使っていますので・・・。空いてないですね」
衛兵は、申し訳なさそうに答える。
すると、ダルバスは口を開いていた。
「あぁ。俺は構わねぇぜ?俺は、さっきの机で寝るからよ。じゃ、ライラ。また、明日な?」
ダルバスは、有無を言わさずその場を後にする。
「ちょ・・・っ!」
ライラは、慌ててダルバスの後を追う。
「あんたねぇ!ここ数日、まともな睡眠を取っていないでしょ?それを、今日も机につっぷして寝るつもり!?」
ライラは、ダルバスの意図を認識しながらも抗議していた。
「いいんだよ。俺は、ここで寝るから、おめぇはゆっくり休めや?」
ダルバスは苦笑している。
「はぁ・・・。ここまで、あんたが馬鹿だっとは・・・」
ライラは、ふざけて頭を抱えていた。
「あんたは、私が瀕死のときには、同じ部屋で寝ていたでしょ?今は、安静にして休息を取らなくちゃいけないじゃない。明日、コウダイと何が起こるのかがわからないのよ?ほら。私は気にしないから・・・その・・・一緒に寝ましょ?」
ライラは、ダルバスの視線から逃れるようにすると、自分の部屋で寝るよう促していた。
「・・・わかったよ。じゃ、先日と同じように、俺は寝袋で寝る事にするわ」
ダルバスは、苦笑を浮かべると、ライラの提案に頷いていた。
今回の旅では、砂漠などの野営では、既に同じ場所で夜を供にしてきたダルバス達。
それを思うと、ダルバス達は同じ場所での就寝を理解する事となっていた。

 部屋に入るダルバス達。
普段は、衛兵の寝所となっているのだろう。
部屋の中はこざっぱりとしていて、余計な物は置かれていなかった。
「ふ~。ともあれ、激動の数日だったな。ライラ、おめぇも、疲れているんじゃねぇか?」
ダルバスは、寝台に腰を降ろすと、あくびをしていた。
「そうね。でも、一番のショックは、ベスパーの事件を再現された事かしら」
ライラも、ダルバスの横に腰を降ろすと、遠い目をしていた。
「そうだな・・・。まさか、古代竜を追いながら、コウダイという存在が現れるとは、想いもしなかったぜ・・・」
ダルバスは、ベスパーの惨劇と、トリンシックの惨劇を重ね合わせて思い出していた。
「でも、私達は、旅の目標を達成できた。そして、お母様とお父様とも会う事も出来た。上出来じゃないかしら?」
ライラはそう言うと、目を潤ませていた。
「ライラ・・・」
ダルバスは、ライラの潤んだ瞳を見つめると、改めて自分たちの旅が間違っていなかった事を認識していた。
 旅は長かった。
ベスパーを出立してからは、ありとあらゆる現象が、ダルバス達の前に立ちはだかっていた。
灼熱と極寒の砂漠を抜け。
ブリテインでは、様々な事件に巻き込まれ。
ムーングロウに到着してからは、コウダイの事件に巻き込まれていた。
今思えば、良く切り抜けてきたものだと思っていた。
しかし、これらの事件は、ライラや仲間のの助力無しでは切り抜けられなかっただろう。
ダルバスは、改めてライラと仲間の存在に感謝していた。
「何よ?何を考えているの?」
ライラは、沈黙しているダルバスに、悪戯っぽい視線を送っていた。
「いや・・・。よく、ここまで俺達は来られたな・・・てな。正直、おめぇが古代竜討伐の計画を持ち出した時には、おめぇの気が違っちまったんじゃねぇかとも思ったんだが・・・。おめぇは、正しかったようだ。結果はどうあれ・・・。俺達は、悲願を達成したのかもしれねぇな」
ダルバスは、長い旅程を振り返ると、ようやく旅の終わりが見えてきている事に、安堵をしていた。
「うふふ・・・。私達、旅を始めてから、かなり変わったというか、成長したというか・・・。変貌したかもね?」
ライラは、自分たちの変わりぶりに、言葉が見つからず苦笑していた。
「まあな。今回の旅は、かなりいい経験になったと思うぜ?俺も、魔法が使えるとは思いもしなかったし、まさか、黒幕がコウダイだとも思わなかったからな?このような、推測をしながらの旅は、普通は出来ねぇんじゃねぇか?」
ダルバスは、今回の旅を振り返っていた。
「それは、私も同じ。ねぇ。ダルバス。私、最初はお嬢様していたわね。でも、私はあなたに付いてゆく事により、成長が出来た。そして、さっきご両親に会った時に、私は理解したわ?私は、殻から抜け出せたんだ・・・てね?あんたのおかげよ?」
ライラは、ダルバスを憂い気な目で見つめている。
「それは、俺も同じだ。おめぇが一緒にいてくれたおかげで、俺は、どれだけ助かった事かな。まぁ、迷惑ばかり掛けて、しょっちゅう怒られているがな・・・」
ダルバスは、頭を掻く。
「馬鹿ね。そんなの、昔からじゃない。何を今更言っているの?」
ライラは、ダルバスにもたれ掛かる。
「なぁ、ライラ・・・。その・・・。言いにくいんだが・・・」
ダルバスは、言葉に詰まっている。
「なぁに?」
ライラは、ダルバスにもたれ掛かりながら目を瞑っている。
「その・・・。俺達もいい歳だ。あ~・・・その~・・・。ベスパーに帰ったら・・・」
ダルバスは、言葉に詰まりながら悶えていた。
ライラは、ダルバスの意図を汲んでいた。
「うふふ。結婚でもする?」
ライラは、悪戯っぽくダルバスに笑いかける。
「そ・・・っ!」
ダルバスは絶句する。
しかし、ダルバスは男の威厳を保つかのように、なんとか取り繕っていた。
「そっ!そうだ。俺と、結婚して・・・くれないか?」
ダルバスは、今までに見た事がないほど顔を赤らめると、ライラに求婚していた。
「いいの?私は、あなたと結婚したら、文句がある度に、あんたを燃やすかもしれないわよ?」
ライラは、ダルバスの腕の中でクスクスと笑っている。
「か・・・。構わねぇ・・・。まぁ、容赦はして欲しいがな・・・」
ダルバスは、思わずライラに求婚した事に、恥ずかしさを隠しきれなかった。
「私達は、今まで、いつも一緒にいたものね?私も、ようやくあなたの大切さがわかったわ?」
ライラは、ダルバスに唇を重ねる。
「ライラ・・・」
ダルバスは、ライラを優しく抱きしめていた。
「ゴメンね?ダルバス。私、あなたが、いつも側にいながら、あなたの事を何も考えていなかったみたい。ありがとう。今回の旅で、あなたがどれだけ私の事を考えてくれていたかがわかったわ?」
ライラも、ダルバスにしがみついていた。
「俺も、同じだよ。ライラが死にそうになるまで、お前の存在意義がわからなかったとはな。俺も、愚かだったぜ・・・」
ダルバスは、腕の中にいるライラの温もりを抱きしめていた。
「ライラ・・・。結婚してくれるか・・・?」
ダルバスは、腕の中にいるライラへ問いかける。
「うん・・・」
ライラは、ダルバスの腕の中に抱かれながら頷いていた。
「ライラ・・・」
ダルバスとライラは、見つめ合いながら、何度も唇をかわすと、重なり合っていった。

 翌日。
ダルバス達は、昼頃に目を覚ます事になる。
一行は、相当疲労困憊していたのだろう、
目が覚めた時にも、まだ眠そうな感じだった。
しかし、リスタだけは別だった。
既に、早い時間に起床していたのだろう。
復興に立ち上がっているトリンシックに、リンゴと供に士気を上げているようだった。
「奴は、無敵かよ・・・」
ダルバスは、リスタの行動を見ると、苦笑していた。
「おぉ。ダルバス殿。目覚めたか」
リスタは、嬉々としながらダルバス達を迎え入れる。
「あぁ。寝坊して悪かったな。リスタは、これからトリンシックの復興へ協力するのかい?」
ダルバスは、リンゴと一緒に活動するリスタを見ると、今後の予定を窺う。
「いや、それはない。我の目的は、貴様と供にある。貴様らが直ぐに出立するのであれば、我もそれに従おう」
リスタは、あくまでも自分はダルバスと供にする事を強調していた。
「そうか。だったら、リスタの目処がたったら、出発しねぇか?コウダイの事も気になるし、ドラゴン達がダスタードに入れなくなっているのも忍びねぇからな」
ダルバスは出発を促していた。
「そうか。なら私は問題はない。それに、ダスタード復興の件は、既にリンゴ隊長に話してある。直ぐに準備が出来る事だろう」
リスタはそう言うと、リンゴを呼びつける。
「どうした?ダスタードへ出発するのか?兵の準備は出来ているぞ」
リンゴは、この時を予測していたのだろう。準備が出来ている旨を伝えていた。
「ありがたい。助かるぞ」
リスタは周到に用意された準備に、感謝を述べていた。
「では、早速出発するのか?」
リンゴは、近くの衛兵を呼びつけると、用意していた衛兵達を集めるよう指示を出していた。
「そうだな。では、早速出発するとしようか」
リスタは、ダルバス達に出発を促す。
「わかった。じゃ、衛兵達が集まり次第、出発する事にしようぜ?」
ダルバスは頷く。

 程なくすると、20名程度の衛兵達が集結していた。
衛兵達の手には、様々な掘削用の道具が握りしめられていた。
しかし、衛兵達は緊張の色を隠せないでいるようだ。
いくらドラゴンが危害を加えないと言われても、先日のドラゴン達は凶暴だった。
その巣窟へと向かうのだ。緊張は仕方がないとも言える。
「大丈夫だ!もはや、ドラゴンは敵ではない。安心するのだ!」
リスタは、衛兵達の緊張を感じ取ったのだろう。衛兵達に、叱咤激励を送っていた。
「では出発だ!」
リスタの号令のもと、一行はダスタードを目指す事になる。
 ダスタードへ向かうダルバス達。
鬱蒼とした森の中を歩きながら、ココネはふと声を上げた。
「そういえば。トリンシックの住民や衛兵達は、普段はダスタードへ行かないのかね?」
ココネは、優しいドラゴン達を思い出していた。
「ここ十数年の話じゃないかしらね。昔は、やはり人間との接触はあったんじゃないかしら?」
ライラは答える。
「古代竜を見て、帰ってこなかった人達・・・。それは、コウダイの仕業なんだろうね」
ココネは、古代竜がコウダイに操られて人間を襲う場面を想像すると、悲しみが込み上げてきていた。
「まぁ。優しいとはいっても、あの姿だからなぁ?知らない人間にとっちゃ、やっぱり驚異なんじゃねぇか?」
ダルバスは、古代竜の大きさを思い出していた。
もし、ドラゴンの事を知らない人間の前に古代竜が現れたら、誰でも逃げると想像していた。
「優しい子達なのにな・・・」
ピヨンは、寂しげな声を上げている。

 一行が雑談をしながら歩いていると、程なくしてダスタードへと到着する。
ダルバス達に緊張が走る。
それは、コウダイの所在だった。
辺りを確認すると、そこには、ブラックライトの上で、身動きが取れないでいるコウダイを発見できた。
リスタは、兵を止めるとその場に留まらせる。
「大丈夫のようだな・・・」
リスタは、コウダイを窺っている。
コウダイは、こちらに気が付いているのだろう。ダルバス達を見ると、何とも言えない笑みを浮かべているようだ。
「どうする?接近するか?」
ココネは、まるで汚物を扱うような視線を送っている。
「・・・。俺が行く。俺が操られたら、問答無用でぶっ飛ばしてくれや?」
ダルバスは、一行の先陣を切る事を伝えていた。
「ダルバス・・・」
ライラは、ダルバスに不安の視線を投げかけていた。
「何。大丈夫だ。俺が操られたら、遠慮なく魔法をぶち込んでくれよ?」
ダルバスは、ライラを抱きしめていた。
その様子を、ピヨンは首を傾げて見ている。
普段のライラ達ではない。これは、もしかして・・・。
ピヨンはウズウズするも、今は、その様な突っ込みをしている場合ではない。
ダルバスの成り行きを見守るしかなかった。
「コウダイ・・・」
ダルバスは、慎重にコウダイのもとへと足を運ぶ。
コウダイは、多少の治癒を施したとはいえ、やはり息絶え絶えだった。
「ダル・・・バス・・・」
コウダイは、力無くダルバスを見つめていた。
見ると、コウダイに与えた食料と水は既になく、コウダイは瀕死の状態だった。
ダルバスは、そのコウダイの様子を、何とも言えない気分で見つめていた。
そして、コウダイに触れてみる。
コウダイからは、あの嫌な思念は伝わってこない。
ダルバスの掌には、ケロイド状になった、コウダイの皮膚の感触だけが伝わっていた。
「コウダイ・・・」
ダルバスは呟く。
本来であれば、このままコウダイの首をたたき落としてやりたかった。
理不尽な理由で、ベスパーとトリンシックを襲撃し、数多くの人命を奪ってきたコウダイ。
恩赦の施しようがなかったのだ。
しかし、ダルバス達は、コウダイの壮絶な生き様を知っている。
もし、自分がコウダイと同じ立場になったら、自分は同じ過ちを犯してしていたのだろうか。
人という人に裏切られたと思い込み、人知を越える能力を手に入れたら、果たして自分も自分を抑制できたのか。
それを考えると、コウダイに対しての一方的な恨みは持ちにくかったのだ。
 しかし。
ダルバスは、コウダイを許す事は考えていなかった。
どういう理由であれ、コウダイは許すべからぬ所業を行った。
そして、コウダイに対して、何らかの結末を迎えさせない限り、ダルバス達の旅に終わりはないのだった。
「コウダイ・・・。てめぇ、俺を操れるか?」
ダルバスはそう言うと、徐にコウダイの体を抱きしめていた。
「なっ!?」
一行に、戦慄が走っていた。
「構わねぇ・・・。やってみろや?」
ダルバスは、コウダイを離す事はない。
「くっくっくっ・・・。そう来るとはね・・・。そう言われて、素直にあなたを操るとでも?」
コウダイは、今の時点では人を操る事が出来ない事を理解していた。
故に、その内容を隠していたのだ。
「そうか。じゃ、これならどうだ?」
ダルバスは、斧を構える。
「てめぇは、既に処刑されてもおかしくねぇ。なら、俺がてめぇに引導を渡してやんよ。コウダイ・・・。散々迷惑を掛けてくれたな。てめぇには、慈悲の余地などもねぇ・・・。せめてもの情けだ。一瞬で楽にしてやんよ。・・・じゃあな」
ダルバスは、斧を構えると、コウダイに振りかざした。
そして、何の躊躇いもなく、コウダイの喉元へ斧を振り落としていた。
「・・・っ!」
ダルバスの無表情の一撃に、コウダイは慌てる。
ダルバスの一撃が、自分の喉元に届く前に、コウダイはダルバスを操ろうとしていた。
しかし、ダルバスを操る事は出来なかった。
そして、ダルバスの斧は、コウダイの喉元を捉えていた。
激しい衝撃を、喉元に受けるコウダイ。
コウダイは、死を感じ取っていた。
自分は、ここで死ぬのだと。
憎い人間に、自分は殺されるのだと。
コウダイは、衝撃を感じながら、過去を走馬燈の如く思い出していた。

 そして、特に強く思い出していたのが、エレンだった。
幼いコウダイに対し、母親のように優しかったエレン。
コウダイの脳裏には、優しく微笑みかけるエレンの姿があった。
(ねぇ。コウダイ?今日は、何して遊んでいたの?)
(今日はね!トンボを追いかけていたんだよ!?ねぇ、エレン先生。知ってる?トンボってね、目の前で指をグルグルすると、目を回して簡単に捕まえられるんだよ?)
(そう。じゃ、今日も大量にトンボを捕まえたのね?)
(うん!後で、エレン先生にもあげるからね!)
(あはは・・・。それは、ちょっと・・・ねぇ?)
コウダイは、幼少の頃のエレンを思い出していた。
それ以外にも・・・。
(こら、コウダイ!居眠りとは何事かね!)
(あ・・・。ごめんなさい。ダリウス先生・・・)
コウダイの脳裏の蘇っていたのは、ダリウスだった。
(毎日の勉強が大変かね?いいんだぞ?たまには、友達と遊んで、講義も休んでいい。子供は、遊ぶのも勉強なのだからな?)
(いえ・・・。ごめんなさい。それより、僕、早く魔法を使いたい!)
(ははは。まだ、早い。魔法は危険だ。私の教鞭を理解したら、使わせてあげよう)
(ちぇ!早く魔法使いになりたいのに・・・)
(慌ててはならんよ。さぁ、今日の教鞭は・・・)
コウダイの脳裏には、厳しくも優しいダリウスが現れていた。
「エレン先生・・・。ダリウス先生・・・」
コウダイは、ダルバスの斧の直撃を受けながら、呟いていた。

 しかし、ダルバスの斧は、コウダイの首を両断する事はなかった。
ダルバスが、コウダイに近寄る前に、ダルバスはライラへ魔法の詠唱を促していたのだ。
それは、コウダイの体に対し、物理抵抗を上げる魔法だった。
従って、ダルバスがコウダイの首に斧を叩き付けても、コウダイの首は守られる事となる。
そして、ダルバスも、コウダイに対して渾身の一撃を加えていた訳ではない。
ある程度の、加減は施していた事になる。
 しかし、それでもコウダイの首には、かなりの衝撃が加わる。
一瞬窒息しそうになりながら、コウダイは走馬燈を見る事となっていた。

 すると、コウダイは思いも掛けぬ様子を見せる事になる。
「エレン先生・・・。どこにいるの?僕、何がなんだかわからないんだけど・・・」
コウダイは、ダルバス達を見渡している。
「ねぇ。エレン先生を知らない?ここはどこ?」
コウダイは、不思議そうな視線をダルバスに送っている。
「はぁ?何言ってやがる!今更何を言ったって、てめぇの罪は逃れられねぇんだよ!地獄で後悔するんだな!」
ダルバスは、もう一度コウダイの首へ斧を見舞っていた。
無論、それはコウダイの首を両断する事はない。
「うわあぁぁぁっ!何するんだよぅっ!ゲホッゲホッ!エレン先生!エレン先生!助けてよぅ!」
コウダイは、ブラックライトの上で蹲ると、泣き崩れていた。
「なんで、僕・・・。こんな所に・・・」
コウダイは、泣き崩れながら呟いていた。
「この野郎・・・。この期に及んで、惨めな命乞いか?」
ダルバスは、にじみよる。
「ひっ・・・。ダリウス先生・・・。魔法で、こいつをやっつけて・・・。体が痛い!動けないよぅっ!」
コウダイは怯えると、ダリウスの名を呼んでいた。
それに意を返す事もなく、ダルバスは斧を構える。
すると。
「待って!」
ピヨンが、ダルバスを制していた。
「なんだよ!こんなの、コウダイの演技じゃねぇか!」
ダルバスは、ピヨンの制止に文句を放っていた。
「いいから!」
ピヨンは、ダルバスを窘める。
「お・・・おい・・・」
ココネは、ピヨンの行動に難色を示していた。
すると、ピヨンはコウダイの戒めを解くと、ブラックライトからコウダイを解き放っていた。
そして、コウダイの頭を優しく抱き留めると、涙を流していた。
「おねえちゃんは誰?エレン先生や、ダリウス先生はどこにいるの?」
コウダイは、ピヨンの腕の中、不思議そうな表情を浮かべていた。
「コウダイ・・・。辛かったね。苦しかったね・・・。でも、もう安心していいんだよ?ここには、あなたの敵はいないから・・・」
ピヨンは、優しくコウダイの頭を抱えていた。
その様子に、一同は唖然とするしかない。
「何が起きていやがる・・・」
ダルバスは、斧を収めると、この様子を注意深く伺っていた。
「・・・幼児退行」
ライラは、ポツリと呟く。
「あ?なんだそりゃ?」
ダルバスは、意味がわからないとでも言うように、ライラに問いかける。
「強い負念や、ストレスが加わる事による、現実逃避ね。要は、自分はここにはいられない。いてはいけないという思念が、子供の頃に逃げてしまう逃避行動よ」
ライラは、泣きじゃくるコウダイを見ると、苦笑していた。
「要は、心がガキに戻るっていうことか?」
ダルバスは、信じられないとでもいうように、コウダイを見つめている。
「その通り。コウダイは、無敵とも思える力を持っていたと考えていたのでしょうね。でも、それはうち砕かれた。そして、あんたの一撃により、それは確実なものとなった。故に、コウダイは、幼児退行を起こしたのでしょうね・・・」
ライラは、ピヨンの腕の中で拉がれるコウダイを見ていた。
そして、確信していた。
コウダイは、もう、人やドラゴンを操る事は出来ないだろうと。

「・・・ね?コウダイ。落ち着いて?エレン先生や、ダリウス先生は、ここにはいないの」
ピヨンは、荒れるコウダイを宥めていた。
「嘘だ!そんな事を言うお前は、死んでしまえ!」
コウダイは、無意識ながらでも、人を操れる事を認識しているのだろうか。ピヨンへ乱暴な言葉を放つ。
その言葉に、一行に緊張が走る。
ココネは、直ぐにピヨンを宥めようとしていた。
しかし。
ピヨンは、操られる事はなかった。
「そんな、乱暴な事を言うんじゃないの!引っぱたくわよ!」
ピヨンは、コウダイを窘めていた。
「あれ・・・?僕、眠たくなって来ちゃった。おかしいな・・・。へへ・・・。おねえちゃんも暖かいね・・・。エレン先生・・・」
コウダイはそう言うと、瞬く間に、ピヨンの腕の中で寝息を立て始めていた。
ピヨンは、コウダイを抱えながら、無言の涙を流していた。
「なんなんだ・・・」
ココネは、ピヨンとコウダイを見ると、呆然としていた。
「恐らく、ピヨンが操られている心配はないわね」
ライラは、ピヨンの腕の中にいるコウダイを触れてみる。
コウダイからは、前に感じた嫌な思念を感じ取る事はなかった。

「・・・。さて、どうするよ?」
一連の流れを見て、ダルバスは苦笑すると、リスタへと窺っていた。
「・・・。例外はない。無罪はあり得ぬ」
リスタも、今の様子を見て戸惑ってはいるものの、実刑判決を決めていた。
「どうするの?」
ライラは、リスタがコウダイをどのように扱うのかを窺っていた。
「・・・。前に、ココネ殿が提案していた、流刑を適用しようと思う。人が訪れぬ所であれば、コウダイも人を操る事は出来ぬであろう」
リスタは、考え倦ねた故の決断をしていた。
本来であれば、この場で処刑されてもおかしくないコウダイだった。
しかし、コウダイが犯した罪は、幸か不幸か。あまりに、前代未聞の罪だった。
故に、リスタはコウダイを流刑とし、コウダイの様子を観察処分とすることにしたのだ。
「流刑・・・か。それには、本当に人が寄りつかない場所でなくてはならないぞ?」
ココネは、リスタに詰め寄る。
「場所は考えてある。ここトリンシックの南の島には、武勇の神殿がある。その廻りに、いくつかの孤島があるのだ。そこへコウダイを連れてゆくつもりだ」
リスタは、地図を広げると、一行に場所を説明する。
「なるほど・・・。いい場所かもしれねぇな」
ダルバスは腕を組む。
「でも、絶対に人が来ないとも言い切れないでしょう?対策はあるのかしら?」
ライラは、既にコウダイは人を操れないと考えていたが、万が一を考えると、少し不安だった。
「一応、島の廻りには柵を作るつもりだ。そして、ブリタニア政府の監視下として、立ち入り禁止の看板などを立てるつもりだ。無論、無断侵入する者がおれば、罰則の対象とする」
リスタは、今後の予定を説明する。
「なるほど。それなら、大丈夫かもしれないな。でも、どうやって連れてゆくんだ?トリンシックから、船での輸送となるのか?」
ココネは、コウダイの輸送手段を画策していた。
「それなのだがな。困った事に、先日のドラゴンの襲撃で、船は全て燃やされてしまったのだ。急いで、船を造船するにも、かなりの日数が必要になるであろうな・・・」
リスタも、こればかりはどうしようもなかった。
「それなら、方法はあるよ」
話を聞いていたピヨンは口を開く。
「どうやって?」
誰ともなく、ピヨンへ質問する。
「この子を使うの」
ピヨンは、ブラックライトを指さした。
「なるほどな。ブラックライトに、コウダイを運んで貰う算段か」
ダルバスは、感心したようにピヨンを見つめる。
「そう。今のコウダイは、子供に戻っている。拘束の必要はないんじゃないかな。落ちない程度に、ブラックライトと繋いで、その島へ運んで貰うの」
「でも、どうやって行き先を指示するのかしら?」
ライラは、行った事のない場所にどのように行くのかを悩んでいた。
「大丈夫。伝書鳩みたいなものかな。それと、調教師の能力みたいな物があるの。それは心配しないで」
ピヨンは、その様な扱いには慣れているのだろう。心配のない旨を伝えていた。
「そうか。それなら急いだ方が良いかもしれぬな。コウダイは、いつまでもこの状態ではあるまい。もとに戻る前に送ってしまわぬか?」
リスタは、幼児退行してしまっている、コウダイを見つめていた。
子供に返ったコウダイは、目覚めると、火傷の痛さに再び泣き声を上げていた。
「そうね・・・。子供を苛めているみたいで嫌だけれど、仕方がないわよね・・・」
ライラは、複雑な気分でコウダイを見つめている。
「それなら急ごうぜ?衛兵達を待たせても申し訳ねぇからな」
ダルバスはそう言うと、早速コウダイに近づく。
コウダイは、ダルバスに恐れおののくと、恐怖の表情を浮かべていた。
「い・・・嫌だ!来ないで!止めて!」
コウダイは、ダルバスから逃げようとするも、火傷により皮膚と筋肉が引きつっていて、まともに動ける状態ではなかった。
「子供に返ったお前に、罪がねぇのはわかっているがよ。・・・。罪を償えや?コウダイ?」
ダルバスは、情けを掛けぬよう注意していた。
コウダイを、ブラックライトの上に載せると、落ちないようにブラックライトと縄で固定した。
「おい!悪ぃが、手持ちの食料と水を、全部コウダイにくれてやってくれねぇか?それと、着るものも頼む」
ダルバスは、仲間と、衛兵達に呼びかける。
すると、リスタは衛兵達に説明すると、それを回収し始めていた。
程なくすると、結構な量が集められる事となった。
「これだけあれば、数ヶ月は持つな」
ココネは、集められた食料と水を見つめていた。
ダルバス達は、空いているバックパックを出すと、それを詰め込んでゆく。
そして、それをブラックライトにつなぎ止めた。
結構な重量だったが、ドラゴンのブラックライトには問題ないとも思える。
「ま、その後は、定期的に供給される食糧を喰うか、自給自足してもらうしかねぇな。・・・さて。準備は出来た。ピヨン。後は頼むぜ?」
ダルバスは、固定したローブを確認していた。
「待って」
ライラは声を上げる。
「どうした?まだ何かする事があるのか?」
ココネは、不思議そうな声を上げる。
「せめてもの情けよ。コウダイを治癒するわ?リスタ。構わないかしら?」
ライラは、毅然とした視線を送りながら、リスタへ許可を促していた。
「・・・。いいだろう。それに、このままでは、死んでしまうかもしれぬからな」
リスタは、コウダイの治癒を許可する。
「わかった。じゃ、少し待ってね?」
ライラは、コウダイの側へと足を運ぶ。
コウダイは、ライラに対しても恐怖の表情を浮かべていた。
「やだ!やだよう!エレン先生。助けてよぅっ!」
コウダイは、逃れようとするも適わなかった。
「本当は、この場で殺してやりたいんだけれどもね・・・」
ライラは、子供に返ったコウダイに、情けの心が出ないよう、あえて殺意を口にしていた。
ライラが治癒を始めると、徐々にコウダイの火傷は消えてゆく。
しかし、負傷箇所が全身に渡るのと、数日放置された事により、コウダイの体の一部は壊死を起こし始めていた。
ライラは、懸命に治癒魔法を放つも、完治は不可能だった。
しかし、走る等の運動は問題はなく思えた。
完治できなかったのは、皮膚の一部分のみであり、生活するには全く問題がないともいえる。
「これで、大丈夫よ。孤島での生活に支障はないでしょうね」
ライラは、すぐさま瞑想に入ってゆく。
「これが・・・。魔法・・・。ダリウス先生・・・」
コウダイは、傷が癒えた事に、不思議そうな表情を浮かべていた。
ダルバス達は、コウダイの様子を、何とも言えない感情で見つめるしかない。
「それでは、早速お願いしてもよろしいかな?」
リスタは、ピヨンへコウダイを搬送するよう促す。
「わかった。じゃ、ブラックライト。お願いね」
ピヨンは、ブラックライトに指示を与える。
「クルッ!」
ブラックライトは、ピヨンの指示を確認したのだろうか。
コウダイを乗せて、大空へと羽ばたいていった。
その背中からは、悲鳴を上げるコウダイがいたが、ダルバス達は難しい表情でそれを見送るしかなかった。

「さて。早速作業に取りかかるとしよう」
リスタは、作業を開始する事を促していた。
ダルバス達は、それに頷く。
「だったら、待って。あの瓦礫は、あまりにも大きすぎるわ?少し、小さくしない事?」
ライラは、ダスタードを塞いでいる瓦礫を指さす。
瓦礫の中には、巨岩も交じっており、とても数人の人間では動かせないようだった。
ダルバス達は、ライラが魔法で巨岩を小さくしようとしているに気が付いた。
「確かにな。じゃ、任せたぜ?」
ダルバスは、ライラに任せる事にした。
「リスタ。衛兵さん達を、少し下げて頂けるかしら?粉塵が飛ぶと思うからね?」
ライラはそう言うと、詠唱体勢に入る。リスタは、すかさず衛兵達にダスタードの入り口から離れるよう指示を出していた。
「ヴァス・オゥオト・フラム!」
ライラが、瓦礫に魔法を掛けると、瓦礫は大爆発を起こして四散する。
「おぉっ!」
衛兵達は、その様子に目を見張っていた。
そして、数回魔法を打ち込むと、瓦礫は粉々になり、人間の手によって運び出す事が可能になっていた。
「凄い・・・。あの力で、ドラゴンと戦ったのか・・・」
衛兵達は、初めて見る魔法の力に驚いているようだ。
ライラは、瓦礫のすき間から、奧を覗き込んでいた。
目を凝らすと、中のドラゴン達は無事なようで、突然の爆発音に驚いているようにも見えた。
「さあ。大丈夫よ。作業を始めましょ?」
ライラは、皆を促している。
 そして、撤去作業が始まった。
ダルバス達と衛兵達は、掘削道具を手に、粉々になった瓦礫を取り除いてゆく。
中には、砕き切れていない岩などがあり、それはライラが召還した、土の精霊の役目となっていた。
一行は、更なる崩落を注意しながら作業をしていた。
しかし、固い岩盤なのだろう。これ以上の崩落はなかった。
作業をする事数刻。
ダスタードの入り口を埋めていた岩塊達は、撤去されていった。
それを真っ先に喜んだのは、ドラゴン達だった。
中に入れず、ドラゴン達は、人間が行う作業を、遠くから眺めていたのだろう。
「クリャ~!クルリャ~!」
どこからともなく飛来すると、喜びの声を上げながら、我先にとダスタードの中へ飛び込んでいった。
「う・・・うわっ!」
衛兵達は、思わず身構えていた。
しかし、当然ドラゴン達は攻撃をしてくる事はない。
中には、ダスタードへ入らずに、衛兵の前に舞い降りると、沢山の人間に興味津々の表情を浮かべるドラゴンもいた。
「抑えよ!絶対に、攻撃してはならぬぞ!」
リスタは、動揺する衛兵達に、指示を出していた。
「よかった。これで、この子達も安心して休めるね」
ピヨンは、ドラゴン達がもとの生活に戻れた事に、安堵の息を漏らしていた。
「でも、まだやり残した事はあるわ?」
ライラはそう言うと、暗視の魔法を自身に掛けると、ダスタードの内部へと足を運んでいた。
「お・・・おい。ライラ・・・」
ダスタードの中へ足を運ぶライラを見ると、ダルバスは思わず声を掛けていた。
そして、ダルバスも暗視の魔法を自身に掛けると、ライラの後を追う事となる。
その様子を見た、一行は、ランタンに火を灯すと、それに続く事となっていた。

「おい。ライラ。やり残した事ってなんだ?」
ダルバスは、ライラに追いつくと首を傾げていた。
「そうね。ドラゴン達の治療と言った方がいいかもね。先日の戦闘で、ドラゴン達は負傷しているでしょ?裂傷とかだったらまだいいのだけれども、あんた達は、ドラゴンの指を叩き切っているじゃない。それを治療するのよ」
ライラは、先日の戦闘で、ドラゴンを殺害しなくとも、戦士のダルバス達はドラゴンの指を奪っていた事を示唆していた。
「・・・。ライラ凄い。私も、そこまでは思いつかなかったよ」
ピヨンは、ライラの思いやりに声を震わせている。
「まぁ。これは、人間の愚考が犯した尻ぬぐいね。さ、負傷しているドラゴン達を探して、呼んでくれるかしら?」
ライラは、調教師であるピヨンへ、ドラゴンの選別を促していた。
「わかった。ちょっと、待ってね」
ピヨンは、負傷しているドラゴンを探し見つけると、自分たちのもとへ降りてくるよう誘導していた。
 程なくすると、足を失ったドラゴンや、裂傷を負ったドラゴン達が舞い降りてくる。
「ゴメンね・・・。痛かったでしょう?今、治療してあげるからね・・・」
ピヨンは、負傷したドラゴン達を確認すると、涙を流していた。
人間と、ドラゴンで、理不尽な理由で戦いをし、傷ついている。
多くの人命と、ドラゴンの命が失われた事により、ピヨンはドラゴン達への言葉を失っていた。
「さぁ。こちらへおいでなさい?」
ライラは、ドラゴン達へ言葉を掛けると、ドラゴン達はライラのもとへと集まってくる。
「クリャ~・・・」
「ク~・・・」
ドラゴン達は、負傷している事により、痛みを感じているのだろう。
弱々しい声を上げ、ライラ達に訴えているようだった。
ドラゴン達を見ると、その傷跡は様々だった。
指や足を失っているもの。
翼を切り裂かれ、飛翔するのも困難なもの。
胴体を、切り裂かれ、内臓が見えているドラゴンもいた。
それらは、全て自分たちが放った攻撃故だった。
ライラは、悲痛な表情を浮かべながらも、ドラゴンへ治癒魔法を放っていた。
そして、ダルバスもライラにならう。
2人は、一丸となって、ドラゴンの治癒を行っていた。
ピヨンも、獣医学で治癒を行うものの、今までした事がないドラゴンへの治癒は戸惑いを隠せないでいた。

 暫くすると、ライラ達は、ドラゴンへの治癒は終了する。
指や足を失っていたドラゴンも、ライラとダルバスの治癒魔法により、復元する事が出来たようだ。
「クックリャ!クルリャ!」
ドラゴン達は、傷が癒えた事により、喜びの声を上げている。
そして、治療を施したライラ達に感謝しているのだろうか。首を巻き付けたり、甘噛みをするなどして甘えていた。
「ふぅ・・・。これで、コウダイというか、私達人間の尻ぬぐいは出来たわね」
ライラは、甘えるドラゴンの頭を撫でながら、満足げな笑みを浮かべていた。
「よかった・・・。ゴメンね。痛かったよね・・・」
ピヨンは、甘えるドラゴン達を受け止めると、優しく頭を撫でていた。。
 一行は、ドラゴン達の治癒を終えると、ダスタードから出て来ていた。
ドラゴン達は、去る一行を惜しみながら、一緒に付いてきているようだ。
「さ・・・。私達の事はいいの。お家に帰りなさい?」
ライラは、名残惜しそうにしているドラゴンの頭を撫でると、付いてこないよう促していた。
「クル~・・・」
ドラゴンは、一行から離れる気配はない。
 そのライラ達に、リスタは近寄る。
「終わったようだな?」
リスタは、甘えるドラゴンをあしらうと、ライラへ窺う。
「えぇ。終わったわ。これで、私達人間が犯した過ちを、精算出来たのではなくて?」
ライラは、苦笑を浮かべていた。

 その時だった。
遙か向こうの海上から、一頭のドラゴンが舞ってくる。
ブラックライトだった。
「あ!帰ってきた!」
ピヨンは、ブラックライトを迎えていた。
ブラックライトは、ピヨンの前に舞い降りると、ピヨンに甘えていた。
ブラックライトの背には、既にコウダイの姿はなかった。
「かなり早かったね。もう、コウダイを送ってきたの?」
ピヨンは、あまりに早いブラックライトの帰還に驚いていたが、コウダイを孤島に送ってきたのだろうと信じていた。
「これで・・・。終わったわね。後は、私達は帰るだけ・・・」
ライラは、事が終わった事に対し、虚脱していた。
思わず、その場に崩れ落ちていった。
「お・・・おい!ライラ!」
ダルバスは、思わずライラを抱きかかえていた。
ダルバスの腕の中で、ライラは優しい笑みを浮かべていた。
「うふふ。ありがと。私も、まだ弱いわね?」
ライラは、ダルバスの首にしがみつくと、唇を重ねていた。
「・・・はぁ~。なるほど」
ココネは、ダルバスとライラの様子を見ると、思わず含み笑いを浮かべていた。
「間違いないね」
ピヨンも、この様子に確信を持っているようだった。
しかし、今はダルバス達に揶揄を入れる事はない。
ココネ達は、暖かい眼差しで、ダルバス達を見つめる事となる。

「さて・・・。我々の勤めは終わったようだ。そう、判断してもよいのかな?」
リスタは、ダルバスとライラへ話しかける。
「そう・・・だな。思い残した事はねぇ。そうだろ?ライラ?」
ダルバスは、優しくライラを地面へと立たせると、問題がない事を窺う。
「そうね。これで、私達の悲願は達成できた。・・・思い残す事はないわ?」
ダルバス達は、回想する。
当初。自分たちの目的は、古代竜の討伐だった。
しかし、それは見当違いで、諸悪の根元はコウダイだった。
優しいドラゴン達を、傷つけはしたものの、諸悪の根元であるコウダイを討伐できた。
ダルバス達が考える、ベスパーの復讐は成し遂げられたのだ。
「・・・。帰ろうぜ?故郷ベスパーにな?」
ダルバスは、ライラの肩を抱き寄せる。
「うん・・・。でも、帰りには、ナオ達とパーティーを開かなくちゃね?」
ライラは、帰路に楽しみがある事を思いだし、嬉々とした表情を浮かべていた。
 その様子を、リスタとココネ夫妻は暖かい目で見つめていた。
「さあ!凱旋だ!全ての結末は迎えた!胸を張って、故郷を目指そうではないか!」
リスタは、事の結末に満足すると、声を張り上げていた。
「おぉっ!」
ダルバス達と、衛兵達は声を上げると、一路トリンシックの街へと足を運んでいた。

 トリンシックの街へ帰ると、リンゴが一行を迎えていた。
「おぉ!戻ったか!それで?事は無事にすんだのか?」
リンゴは、無事に戻った衛兵達を見ると、安堵の息を漏らしていた。
「ああ。問題はない。貴様達の衛兵は、よく尽力を尽くしてくれた」
リスタは、一連の話をリンゴに伝えていた。
「なるほど。コウダイとやらは、流刑に処したのか。まぁ、このあとの処遇は、リスタに委ねるしかあるまい。ともあれ、よくこのトリンシックの街へ尽力を頂いた。感謝するぞ」
リンゴは、リスタの肩を抱きしめていた。
「それで?この後はどうするのだ?」
リンゴは、既に出立の意思を見せるダルバス達へ問いかける。
「それなんだがよ・・・」
ダルバスは、腕を組む。
「ねぇ。ココネ、ピヨン。あなた達は、このままムーングロウへ帰る?」
ライラとダルバスは、このトリンシックから、ブリテインへ帰るつもりだった。
ライラは、ココネ達との別れが近づいている事を理解している。
「う~ん・・・。どうするよ?ピヨン?」
ココネは、シャドウに預けている、ロジャー、クーネル、ゴージャスが気になっていた。
「そうね・・・。でも、このような機会はまずないんじゃない?久しぶりに、ベスパーに行ってみたいな」
ピヨンは、ダルバス達の旅に続く事を決意していた。
「そうか?まぁ、シャドウの奴だったら、大丈夫だとは思うがな。ま、いいか。ダルバス。俺達も、お前の故郷のベスパーに行くぜ?キリハの墓参りもしたいしな」
ココネ達は、最後までダルバスに同行する旨を伝える。
「お。いいのかい?」
ダルバスは、ココネ達が最後まで付いてきてくれる事に、喜びを隠せないでいた。
「嬉しいわ?私達の故郷まで来てくれるのね?」
ライラは、ベスパーでココネ達の交流をした事はなかった。
ココネ達が、ベスパーに来てくれるという事に、喜びを覚えていた。
「我も、ベスパーに行こうと思っているのだが・・・」
リスタは、遠慮がちに声を上げていた。
「え?リスタも、ベスパーに来て頂けるのかしら?」
ライラは、驚きの声を上げる。
リスタは、この後ブリテインに帰れば、そこでお別れと思っていたのだ。
「まぁ。私がこの旅の出立を考えたのは、貴様らへの助力を考えたからに過ぎぬ。従って、旅の終わりまで助力を勤めさせて頂ければと考えていたのだがな。まぁ、これは言い訳に過ぎぬ。我も、旅行などを殆どしていない。たまには、息を抜いて、貴様らの故郷であるベスパーを見てみたいと言った方がいいのかもしれぬな。はははっ!」
リスタは、苦笑しながらも本音を打ち明かしていた。
「おめぇら・・・」
ダルバスは、ココネ夫妻とリスタの提案を聞き、涙が流れそうになっていた。

「お前達の結束は強いのだな。羨ましい限りだ」
リンゴは、その様子を見ると、憂い気な目で、ダルバス達を見つめていた。
「しかし、どのようにして帰路に就く?船は既に、壊滅していて、ブリテインまでの航路はないぞ?」
リンゴは、船便がない事を懸念していた。
「あ・・・。そうだった・・・」
ココネは、船がない事を思い出していた。
「いいんじゃない?もう、私達には、急ぐ理由がないし。歩いて行こうよ?」
ピヨンは、徒歩でブリテインへ向かう事を提案する。
「ははっ!俺と、ライラは慣れているが、おめぇらは大丈夫なのか?ま、リスタは問題ないだろうがな?」
ダルバスは、既に徒歩でブリテインへ向かう事を考えているのだろう。ココネ達へ心配を送っているようだ。
「ムーンゲートが開いていればいいんだがなぁ・・・。ピヨン、行けそうか?」
ココネは、徒歩でのブリテイン移動に難色を示している。
「問題ないよ。どのみち、ブリテインまで行かなければ、ムーングロウへ帰れないんだからね。行くしかないでしょ?ここで、船の復旧を待っているんだったら、とっととブリテインと、ベスパーに行かない?」
ピヨンは、問題のない事をココネに伝えている。
「そうか・・・。なぁ、リンゴ隊長。ここのムーンゲートは開きそうにもないのかい?」
ココネは、諦めきれずも、リンゴに問いかける。
「残念だが、先月開いたのを確認したが、今は開きそうにないな。それに、満月も近くはない」
リンゴは、残念そうに首を振る。
「そうか・・・」
ココネは、首を項垂れていた。
「まぁ。そんな事気にするなよ。陸地伝いの旅も楽しいものだぜ?皆で囲むキャンプなど、それなりに楽しいだろうしな?」
ダルバスは、項垂れるココネに、徒歩での楽しさを伝えていた。
「まぁ・・・。そうだな。ドラゴンなどの危険もない事だしな。わかった。行くとしよう。道案内は、頼んだぜ?」
ココネは諦めたかのように、ダルバスへ道案内をお願いしていた。
「はははっ!我も、このような旅は初めてだ。宜しく頼むぞ?」
リスタも、このような仲間との旅が楽しくて仕方がないのであろう。
平和な旅へ、期待を胸に膨らませているようだった。
「わかった。じゃ、早速出発するかい?」
ダルバスは、一行を促していた。
「ちょっと、待ってくれ」
その様子を見ていたリンゴは、ダルバス達を引き留めていた。
「どうしたのかしら?」
ライラは、リンゴを見つめている。
「これからの旅路は、長いものになるだろう。食料と水を持っていくがいい。それに、馬とユニコーンとドラゴンの餌もな」
リンゴは、衛兵に指示すると、それらを持ってくる事を指示していた。
「リンゴ隊長。よろしいのか?必要物資が届くまで、まだ時間がかかるであろう。我らの事は、気にせずともよいのだぞ?」
リスタは、既に物資が足りなくなっているトリンシックへ危惧を抱いていた。
「構わないよ。我らの英雄だ。帰還途中に、飢え死にでもされたら、私はオリジン神に地獄に落とされてしまう事だろう。気にせずに、持っていってくれ」
リンゴは、笑顔を浮かべると、物資を持っていくよう促していた。
「・・・。かたじけない。ブリテインに到着したら、最大限の物資の供給を約束する」
リスタは、リンゴに跪いていた。
「やめてくれよ。同じ隊長じゃないか。リスタの援助の約束を頂いた事に、感謝するよ。さぁ。早くブリテインに向かって出発してくれ。そして、俺達を助けてくれよ?」
リンゴは、リスタに出発を促していた。
「わかった。感謝する」
リスタはそう言うと、その場を後にしていた。
一行も、それに続く。

 一行は、トリンシックの街の西へ足を運んでいた。
「さぁ。当初の目的地は、リスタの故郷でもあるブリテインだ。先を急ごうぜ?」
ダルバスは、一行に旅の始まりを促していた。
「どれくらいかかるの?」
ピヨンは、旅程をダルバスに尋ねる。
「そうだな。3週間位はかかるかもしれねぇな。まぁ、途中の天候などにも左右されるだろ?気長に旅を楽しもうぜ?」
ダルバスはそう言うと、先導を勤めると、馬を走らせ始めていた。
それに続く、一行。
 ダルバスとライラにとっては、思いも寄らぬ行進となっていた。
目指すは、ブリテイン。そして、ベスパーだった。
一行は、目的を果たしたダルバスとライラのもと、一路ブリテインを目指す事となる。

 途中。ダルバス達は、何度もキャンプを張りながら、ブリテインを目指す。
風雨にさらされながらも、楽しいキャンプをする事もあった。
道に迷いながらも、地図を確認しながら、ブリテインを目指す。
船が用意できれば、このような旅を強いられる事もなかったのだが、それでも、一行はこの旅を楽しみながら続ける事となる。
ダルバス達の旅を邪魔する者は、既になく、旅をする事3週間弱。一行は無事にブリテインへ到着していた。

「この活気は懐かしいわね」
ライラは、そう遠くない前にブリテインを訪れているのだが、それでも、今までの経験を考えると、このブリテインを久しいと思っているのだろうか。懐かしげな目で、街を見渡していた。
 時刻は、夕暮れを迎えようとしていた頃だった。
ブリテイン第一銀行の前には、行商達がたむろしており、毎度ながらの喧騒を醸し出していた。
すると、一行は廻りからの奇異の視線を受けている事に気が付いた。
直ぐに、理由がわかった一行。
それは、ドラゴンのブラックライトの存在だった。
「しまった・・・。連れてきてしまったな・・・」
ココネとピヨンは、顔を見合わせていた。
ブラックライトは、初めて見る人間の町並みに、興味津々にしているようだった。
「待ってて。街の外で待機させるから」
ピヨンは、すぐさまその場を後にしようとする。
「待て。その心配はないだろう」
リスタは、民の様子を確認していた。
見ると、人々の視線は、あくまでも奇異と興味であり、恐怖の視線を送っている者は殆どいなかった。
「ドラゴンが怖くないのか?」
ココネは、ブラックライトを見つめる。
「いや。既に、伝書鳩での伝令が伝わっているのだろう。それが、民に公開されたのだ」
リスタは、リンゴの配慮に感謝していた。
リンゴは、ドラゴンは驚異の対象ではない事と、近日中に帰還するリスタ達がドラゴンを引き連れてきても、攻撃などしないよう認めた(したためた)のだろう。
そして、その伝令は、フィード副隊長により、衛兵とブリテインの民へ公開されたのだった。
「それにしても・・・。目立つな」
ココネは苦笑する。
「だったらよ。街の西の方に、厩舎がある。一度、そこへ預けねぇか?」
ダルバスは、ブラックライトを厩舎へ預ける事を提案する。
「あ。それはいいかもね。夜とか、宿の外に待機させてあっても、迷惑になるかもしれないからね」
ピヨンは、厩舎へ預ける事に賛成していた。
「わかった。じゃ、こっちだ。付いてきな」
ダルバスは、一行を厩舎に案内していた。
 そして、厩舎にたどり着くと、そこにいた調教師は目を丸くする。
「こ・・・。これが、おふれにあったドラゴンか・・・」
調教師は、初めて見るドラゴンに、言葉を失っていた。
危険ではないと知らされていても、やはり驚愕は隠せないようだ。
「おう。この間は、馬具を貸してくれてありがとうよ。じゃ、早速だが、こいつを預かってくれるかい?」
ダルバスは、苦笑しながら調教師にお願いをしていた。
「お、おぅ。わかった。いつまで預かりゃいいんだ?」
調教師は、恐る恐るブラックライトに触れてみる。
「クリャリャ?」
調教師は、ピヨンと同じ雰囲気を出しているのだろう。ブラックライトは、調教師に甘えていた。
「そんなにかからないよ。明日までかな」
ピヨンは、同業者に対し、安堵の笑みを浮かべている。
「わ・・・。わかった。あんたも調教師なんだな。俺も、長く調教師をやっているが、ドラゴンを持ってきた奴は初めてだぜ・・・」
調教師は、ピヨンに苦笑いを浮かべていた。
「それじゃ、私達も馬を預けていきましょ?」
ライラは、騎乗生物も預ける事を提案する。
「そうだね。じゃ、ブラックライト。グレイシー。いいこにしていてね?」
ダルバスとライラは、ピヨンにならうと、ノイとラッキーを厩舎に預ける。
「じゃ、そろそろ街に戻りましょ?」
ライラは、一行を促していた。

 再び、町中に戻るダルバス達。
「それでは、皆の者。我は、一旦ブラックソン城へ帰る事にする。これから、トリンシックへの援助の指揮を取らねばならぬのでな。それと、流刑にしたコウダイの処置をしなければならぬ」
リスタはそう言うと、そのままブラックソン城へと、馬の歩を進めていった。
「は~。リスタの野郎も、大変だよなぁ・・・。戻るなり公務かよ・・・」
ダルバスは、走り去るリスタを見送ると、苦笑いを浮かべていた。
「さぁ。私達のする事はわかっているわよね?」
ライラは、悪戯っぽい笑みを浮かべると、街の東へと足を運ぶ。
無論、行き先は、無論ユニコーンの角亭となる。

 一行が、ユニコーンの角亭へ足を運ぶと、すでに開店しており、客は少ないものの、活気を見せ始めていた。
ダルバス達は、その店内へと足を運ぶ。
「あ!いらっしゃいま・・・せ?」
一人の女性が、ダルバス達を迎え入れながら、驚愕の表情を浮かべていた。
「ナオ・・・。ただいま。帰ってきたわよ?」
ライラは、目の前の女性に語りかける。
「嘘・・・。ライラさん・・・?帰ってきてくれたの!?」
ナオと呼ばれた女性は、思わずライラに飛びついて来ていた。
「本当に、帰って来たんだよね?」
ナオは、ライラにしがみついていた。
「ええ。約束通り、私・・・私達は、帰ってきたわ?」
しがみつくナオを、ライラは優しく抱きしめていた。
「よかった・・・。私、ライラさん達を忘れた事はなかったんだよ?ドラゴン達に殺されてしまうかもしれないってね・・・。でも、よかった・・・」
ナオは、ライラにしがみつくと、うれし涙を流していた。
 その時だった。
「おぉっ!ダルバスさんじゃないですか!」
カウンターの奧にいた男性から、ダルバスへ声をかける人物がいた。
「マスターか!久しぶりだな!」
ダルバスは、マスターへ景気のよい挨拶を送っていた。
「おめでとうございます!おふれを見て、ダルバスさん達が悲願を達成したことを確認しましたよ。心配しました。・・・。無事にご帰還されたようですね。・・・。ところで、お連れの方達達は?」
マスターは、ココネ夫妻の紹介を促す。
「あぁ、彼らはな。ムーングロウに住んでいる、俺達の友人だ。今回の旅では、一役も二役も活躍しれくれた連中だぜ?」
ダルバスは、友人であるココネ夫妻を、自慢げに披露しながら、自己紹介を促していた。
「初めまして。ココネ・ワカリモという。普段は、ムーングロウで衛兵達の手伝いをしている。今回は、微力ながらでも、このダルバスへの手伝いをさせて貰った」
ココネは、マスターがダルバスの行動を知っていると思い、自身の立場を紹介していた。
「私も初めまして。ココネの妻のピヨンだよ。調教師をやっているの」
ピヨンも、控えめながらも自己紹介を行う。
「なるほど。ダルバスさん達の、ご友人なのですね」
マスターは、カウンターから出てくると、握手を交わしていた。
ココネ達も、それに快く応じていた。

 その様子を、ナオは嬉々としながら見つめていた。
「よかった!ライラさん達が帰ってきた!・・・ねぇ。おふれを見たけど、帰ってきたって事は、古代竜を倒して来たんでしょ?」
ナオは、ライラの腕を掴みながら、屈託のない笑みを送る。
「そ・・・。そうね。でも・・・。ちょっと、違うわね」
ライラは、当初考えていた結末とは違う事に、言葉を濁らせていた。
「え?ライラさん達は、古代竜をやっつけたんじゃないの?」
ナオは、ライラの様子に首を傾げている。
トリンシックから発信されたおふれは、ベスパーの事件と、ドラゴンが危険ではない旨を伝えてあったらしく、詳細は伝わっていない様だった。
「おぅ。ナオちゃんよ。事の詳細は後だ。一応、俺達は目的を果たして帰ってきた事を宣言する。それより、突然ですまねぇが、今夜の晩飯を期待していいかい?」
ダルバスは、今宵の晩餐を盛大に行う事を促していた。
「え?う・・・うん。そうね!ライラさん達が帰って来たんだもん!今夜は、楽しみましょ!?」
ナオは、戸惑いながらも、事の事態を理解したのであろう。戻ってきたライラ達に、狂喜乱舞すると、早速料理の注文を、容赦なくマスターへと送っていた。
それには、マスターも苦笑せざるを得ない。
すぐさま、調理を始める事となる。

「おう。じゃ、俺はリスタを呼んで来るからよ。おめぇらは、暫く楽しんでいてくれや?」
ダルバスは、不在のリスタを呼びに、ブラックソン城へ、足を運ぼうとしていた。
「あぁ。それなら、私も一緒に行くわ?」
ライラは、食事を一旦終了すると、ダルバスの後を追おうとしていた。
しかし。
「もおっ!何を言っているの?あなた達は、お客でしょ?リスタ隊長は、私が呼んでくくるから待ってて!」
ナオは、ダルバスの行動を遮ると、ダルバスの返答を待つ事もなく、走り去ってしまった。
「・・・。素早いな」
ダルバスは、走り去るナオを見ながら、苦笑を浮かべていた。
「ははは。ナオも、ダルバスさん達が帰ってきた事により、よほど嬉しいようですね」
マスターは、料理を提供しながら、ほくそ笑んでいた。
「そうか・・・。なら、遠慮はしねぇでおくことにしよう。マスター!遠慮なく、最高の料理と酒の提供を宜しく頼むぜ?乾杯だ!」
ダルバスはそう言うと、一行に杯を掲げていた。
一行は、それに会わせ杯を空けてゆく。

 ダルバス達の旅は、完全に終わったのだ。
後は、ベスパーに帰るだけ。
そして、ココネ達も久しぶりの充実感に身を任せていた。
 程なくして、リスタも合流する。
既に、副隊長フィードへの指示は終えたのであろう。
翌日には、大量の物資と人材をトリンシックへ送る準備が出来ているようだった。
「すまなかったな。我も、ここに帰って来たからには、隊長としての任を逃れる訳にはいかぬからな」
合流したリスタは、申し訳なさそうに詫びを入れていた。
「仕方がないでしょ?リスタも、隊長の責があるからね?」
ライラは、目の前の料理を頬張りながら、リスタに食べる事を促している。
「にしても、リスタがブラックソン城の隊長とはな・・・。って、俺、ここにいながらこのような言葉遣いでいいのかな・・・」
ココネは、自分の身の振りを疑っていた。
「構わぬ。我らは、仲間だ。地位や身分などの壁は、我らには関係あるまい。今まで通りで接してくれるのが一番だ」
リスタは、現状に満足しているのだろうか。杯を、気持ちよく煽っていた。
「リスタは、気持ちのよい人なんだね。ありがとう」
ピヨンは、リスタの空いたグラスへ、お酒を注いでいる。
「あはは。その・・・この人も気さくな人なんだね。でも・・・」
ナオは、初めて見る、ダルバスの連れへ、どう声を掛けてよいかわからないでいた。
「あ・・・。悪いな。奴等は・・・」
ダルバスは、ココネとピヨンの紹介をする。
「こいつらは強ぇぜ?ココネは戦士だ。怒らせると、刃が吹っ飛んでくる。そして、嫁のピヨンは、調教師だ。こいつも怒らせると、宿に掲げてあるユニコーン同様に、ユニコーンの角が吹っ飛んでくるから気を付けろ?」
既に酔いが回っているのだろう。
ダルバスは、ココネ夫妻を、冗談めいた内容で紹介していた。
それを、ココネ達は苦笑いしながら見つめているしかない。

 夜の楽しい宴はこれからだった。
一行は、ダルバス達の旅の話へと没頭してゆく。
「まあ。さっきは、ナオ殿が迎えに来てくれて、助かったぞ。あの、フィードの堅物と来たら、我が戻ってきたというのに、ダルバス達を故郷ベスパーまで送り返すまで帰って来るなと申していたからな。確かに、そのつもりだったのだが・・・。トリンシックへの物資と人材の輸送を命じた後は、とりつくしまもない状態でな。ナオ殿が来なければ、私は路頭に迷っていた事だろう」
リスタは、フィードがまだ旅を終えていないリスタに対してとった態度に苦笑している。
「あは。話は聞いたけど、フィード副隊長も、リスタの事が大事なんだね」
ピヨンは、見た事がないフィードを想像している。
「トリンシック・・・?聞いた事はあるけど・・・。どこにあるの?」
ナオは、その所在を確認していた。
「ああ。トリンシックはね、このブリテインから、遙か南西の位置にある街よ。街の規模は、ブリテインと同じ位じゃないかしら?」
ライラは、トリンシックの街のイメージを説明する。
「ふ~ん。街が、堀で囲まれているんだ。ここブリテインじゃ、想像がつかないね」
ナオは、ライラの説明に、想像を膨らませているようだ。
「じゃあ、ライラさん達は、トリンシックの近くで、古代竜をやっつけたってこと?」
ナオは、以前聞いた話をもとに、ライラ達の結末を考えていた。
「いいえ。私達は、古代竜とは戦ってはいないわ?」
ライラは、ナオを諭すように説明を始める。
 ナオから見て、自分たちの旅がブリテインから始まった事。
そして、ムーングロウにたどり着き、ダルバスの魔法の発見。
その後には、ドラゴンと遭遇しての戦闘。自分が豹変し、ダルバスを殺そうとしたり、何者かにより襲撃され死にそうになったり、コウダイという怪しい人物との接触。
そして、最終的にコウダイと接触し、トリンシックの街での、ドラゴンとの激しい戦闘。
最後には、黒幕であったコウダイを流刑にしたことなど。
ライラに限らず、旅を供にした一行は、事細かく旅の内容をナオに話していった。
ナオは、それを興味津々といった感じで聞き入る事になる。

「へぇ・・・。じゃ、悪い人は、そのコウダイさんって人なんだね」
一通りの説明を受けたナオは、考え深げに呟いていた。
「まぁな。俺達も、まさかドラゴン達が、あんなに友好的だとは思わなかったからな」
ダルバスは、当初の目的とはかけ離れた結果に、遠い目を見せていた。
「でも、嬉しい!リスタ隊長は、あの後、本当にライラさん達を追っかけてくれたんだね!?」
ナオは、リスタに尊敬の眼差しを送っていた。
ダルバス達を、ブリテイン港から見送った直後。
ナオは、リスタの煮え切らない態度に、やや無礼な発言を放っていた。
反省はしているものの、リスタがその後にライラ達を追ってくれたのは、ナオにとってとても嬉しい話だった。
「まぁ・・・。そうだな。ナオ殿の意見も気にはなったが、やはり・・・その・・・な」
リスタは、ナオの言葉を受け止めながらも、本心を打ち明けにくいようだった。
「私達が、古代竜に勝てる訳ない・・・。かしらね?」
ライラは、リスタの心を見抜くかのように発言する。
「・・・っ!」
その言葉に、リスタは言葉を失っていた。
「いいんだぜ?それが、当然の考えってもんだ。気にすんなや?」
ダルバスは、苦笑いを浮かべながら、リスタの空いたグラスへ酒を運んでいた。
「でもね。リスタが来なかったら、私達全滅してたかもよ?」
ピヨンは、リスタにたいして真摯な眼差しを送っている。
「そうだぜ?リスタの指揮がなければ、俺達はバラバラになっていたかもしれないからな。特に、ダスタードからの脱出の時や、その後のトリンシックへの突入前は、リスタの指示がなければ、俺達は焼き肉になっていたかもしれないな」
ココネは、ドラゴンのブレスでくたびれている外套を見つめる。
「そう言って頂けると助かる。感謝する。持つべき者は・・・」
「仲間だぜ?!」
礼を述べるリスタの語尾を、ダルバスは繋げていた。
それには、リスタも苦笑せざるを得なかった。

「さあ!食べて?飲んで?」
ナオは、旅の話を聞くと、改めてダルバス達の旅が壮絶だったのかを理解していた。
それを労うかのように、ナオは料理を勧めていた。
「うふふ。ありがと。相変わらず美味しいわね?」
ライラは、勧められるがままに、料理を口に運んでいた。
確かに、ここ数週間。乾燥パンや、乾し肉などしか口にしていない。
一行は、貪るように食事を掻き込んでいった。
「それで・・・。ダルバスさん?約束は、守ってくれた?」
ナオは、悪戯っぽい笑みを浮かべると、ダルバスに滲みよる。
「約束?・・・あぁ・・・まぁな」
ダルバスは、このブリテイン港から出発する際に、ナオと交わしていた約束があった。
それは。
1つは、ライラを泣かせない事。
2つは、お互いに死なないで、ライラと一緒に帰ってくる事。
ダルバスは、約束を思い出すと、悩み始めていた。
2つ目の約束は、現時点で果たしている。
しかし、1つ目はというと・・・。
少なくとも、何度もライラの涙は目にしている。
しかし、それは、ライラとの絆を裏切ったものでは・・・?
ダルバスは沈黙してしまっていた。
「あ・・・。もしかして、約束破ったの?」
ナオは、ダルバスとライラを見比べると、それはないと確信しながらも、ふざけてダルバスに詰め寄ってみていた。
「あぁ。私はね。ダルバスに襲われたの。気が付いたら、服を脱がされて、一糸まとわぬ姿にされていたのよね。さすがに、その時・・・、私は泣いたわ?」
ライラはそう言うと、おかしそうに笑っていた。
「ばっ、馬鹿野郎!あれは、コウダイの仕業じゃねぇかっ!」
突然の濡れ衣に、ダルバスは声を荒げる。
「でも、あんた。私の裸を見たでしょ?」
ライラは、意地悪くダルバスに畳みかける。
「・・・」
ダルバスは、それに答える気配は見せなかった。
「ナオ。大丈夫よ。私もダルバスも、今回の旅で成長したからね。私達は、ナオとの約束を果たしていると思うわ?」
ライラは、隣にいるナオの頭を優しく撫でていた。
「そう・・・。みたいね」
ナオは、ライラとダルバスの様子を確認すると、間違いがない事を確信していた。
それに、心なしか、前よりライラとダルバスの雰囲気が違うようにも思えていたのだ。
「おう。それによ、ライラは今回の旅で成長したんだぜ?」
ダルバスは沈黙を破ると、悪戯げにナオに語りかける。
「なんつったって、このライラは、リスタ隊長にパンツを見せたがるほどの変態に成長したからな!」
ダルバスはそう言うと、腹を抱えて笑い転げた。
「なっ!我は、ライラ殿のパ・・・。いや、下・・・など!」
ダルバス達の様子を見ていたリスタは、突然向けられた矛先に戸惑うしかない。
「え?嘘でしょ?」
ナオは、ダルバスの言う事を信じる事が出来ないでいた。
「・・・。まぁ。一応本当かな。ライラは恥女みたいだからね」
ピヨンは、笑いが堪えきれないといった感じで、ライラに揶揄を送っていた。
「あんたたち・・・。土の精霊の頭突きを貰いたいのかしらねぇ・・・?」
ライラは、ふざけて怒りの形相を浮かべていた。
「おぉ。ライラが怒った!・・・。実は俺も、見たかっ・・・」
ココネが、ふざけて呟いた時。ココネは、ピヨンに羽交い締めにされていた。
一行に、失笑が溢れかえる。

 その後。
ダルバス達は、色々な旅行談などで盛り上がる。
気が付けば、既に深夜を迎えていた。
店の中には、他の客達の足は遠のき、今いるのはダルバス達と、数組の客達だけだった。
「あ~。久しぶりに楽しい酒だ・・・。ヒック!」
ダルバスは、楽しげな笑みを浮かべるも、足下がおぼつかなくなってきている。
立ち上がろうとしようとも、足がふらついていた。
「ほら。馬鹿ね。いい気になって飲み過ぎてんじゃないわよ?」
ライラは、酩酊し始めているダルバスを介抱していた。
「あれ・・・?」
ナオは、その様子を見ると、思わず口元を抑えていた。
「行くところまで行ったか?いつの間に・・・?」
ココネも、その様子を伺うと、含み笑いを浮かべていた。
「やったね!もう、ゴールしたのかもね!」
ピヨンも、その様子を見ると、興奮を抑えきれないでいた。
「やっぱり・・・!」
ナオは、狂喜乱舞すると、ダルバス達へ抱きついていた。
「ちょ・・・っ!」
ライラは、突然のナオの行動に戸惑いを見せていた。
「ねぇ・・・。ライラさんとダルバスさんは・・・!」
ナオは、目を爛々とさせ、ウズウズしながら、興味津々な目で見つめていた。
ダルバスは、その視線を満足げな目で受け止めている。
「ほんと?本当!?」
ナオは、ダルバスの視線から確信を得ると、ライラに興味深げな視線を送る事になる。
「・・・あ~もぅっ!わかったわよ!ナオ!ピヨン!聞きなさいな!・・・その・・・私とダルバスは・・・。ベスパーに帰ったら、結婚するの!わかったかしら!?」
ライラは、観念したかのように、ダルバスと結婚する旨を、皆に伝えていた。
「素敵!おめでとう!ライラ!」
ピヨンは、純粋に幸せの言葉を、ライラ達へ贈っていた。
「こりゃ、再びベスパーへ祝福へ訪れる手間が省けたな。ベスパーに着き次第結婚式か。こりゃ、めでたい」
ココネも、冗談めいた発言をしている。
「前からも、何となく理解はしていたが・・・。我も、結婚式に参加させてはくれぬか?」
リスタも、この事態に喜んでいるようだった。
それには、ライラも戸惑いを隠せないようだ。
「もぅ!ベスパーに帰ったからといって、直ぐに式を挙げられる訳じゃないのよ!?その・・・。急ぎはするとは思うけれど・・・」
ライラは、祝福を受ける事に恥ずかしさを感じながら、手元にいるダルバスを頭をボコボコ殴っていた。
「あ~。お嬢様?痛ぇんですが?」
ダルバスは、恥を隠すライラの行動に、ふざけて文句を放っていた。
その様子に、一同からは失笑がこぼれ落ちる。

「でも、いいな。ライラさん達は、ようやく一緒になれたんだね!?」
ナオは、ライラにしがみつく。
「ようやく・・・って。そうね」
ライラは、否定する事もなく、しがみつくナオを抱きしめていた。
「いいなぁ。私も、いい人が欲しいな。でも・・・」
ナオは、ライラ達を羨ましそうに眺めながらも、こころなしか、視線は遠くを眺めている様だった。
「どうしたの?」
ライラがナオに問いかけた時だった。
「おう。なら、いい人がいるじゃねぇか」
ダルバスはそう言うと、ナオをリスタの前に立たせると、ナオのスカートをめくり上げる仕草をする。
「きゃあっ!」
ナオは、めくり上げられそうになった、スカートを抑える。
「ダルバス・・・。燃やされたいのかしら?」
ライラは、苦笑を浮かべる
「ダルバスさん・・・。最低・・・」
ナオは、スカートの裾を抑えると、意地悪くダルバスを睨み付ける。
「ちっ!残念だな。おう、リスタの旦那よ。ナオちゃんのパンツは何色だったかい?」
ダルバスは、ナオの視線を無視すると、リスタに問いかける。
「ば・・・。馬鹿な事を申すな!わ、我はその様なものは見ておらぬ!」
リスタは、突然の出来事に、パニックになっているようだ。
「じゃ、次はライラかな?」
ダルバスは、リスタの様子に満足すると、ふざけてライラのスカートに手を掛ける。
「・・・。どうやら、コウダイと一緒に地獄に落ちたいようねぇ・・・?次にやったら、殺すっていったわよね?・・・ヴァス・フラム!」
ライラは、秘薬を取り出すと、問答無用で火の玉をダルバスの顔面に放っていた。
「ぐあぁぁっ!熱ぃっ!」
ダルバスは、顔面を抑えると悶絶する。
「こ・・・。これでこそ、ライラだ」
ダルバスは、炎を振り払うと、ライラへ唇を重ねていた。
「・・・っ!この、馬鹿っ!」
ライラは、ダルバスへ平手打ちを放っていた。
パーンと言う音が、ユニコーンの角亭に響き渡るが、ダルバスとライラには、笑みがこぼれていた。
「へへっ!」
ダルバスは、ライラの瞳から視線を外す事はなかった。
「あはっ!あははははっ!?」
ダルバスと、ライラは、思わず笑い声を上げていた。
これは、無論両者の気持ちを汲んだ事もあるが、それ以前に、ようやく旅の終末を迎えている事への安堵感が大きかった。
 ダルバス達は、目的を見事果たし、そして将来の伴侶を獲得した。
そして、廻りには良い仲間に囲まれている。
ダルバスとライラにとっては、至福の一時なのだろう。
ダルバスとライラは、人目もはばからず唇をかわすと、笑い声を上げていた。

「これは・・・。やはり熱いな。なぁ、ピヨン。俺達も、ここでキスを・・・」
ココネは、ふざけてピヨンに詰め寄る。
すると、途端にピヨンから平手打ちが送られる事になる。
「・・・馬鹿っ!」
ピヨンは、ココネに平手打ちをすると、そっぽを向いてしまう。
その様子を見ていた、ナオとリスタは暖かい眼差しを送っていた。

 その後。一行は話に没頭してゆく。
そして、時間は深夜を迎えて頃に、宴もたけなわとなった。
「はぁ~っ!楽しかったわね!目的を果たして、ナオと会えたのは最高よ?」
ライラは、満足げな笑みを浮かべていた。
その隣には、既に酩酊しているダルバスがいた。
「あは。よかった!突然だったけど、本当に嬉しかった!」
ナオは、ライラにしがみつく。
そして、思いついたように、ライラに問いかけていた。
「ねぇ。ライラさん達は、明日にでも出発するの?・・・。その、前にも話したけど、私ライラさんの故郷である、ベスパーに行ってみたい。・・・結婚式を見たい・・・」
ナオは、ライラにしがみつきながら、懇願するような視線を送っていた。
「え・・・。えぇ。それは、構わないけれど・・・。私も、是非ナオをベスパーに招待したいわ?でも、お休みは取れるのかしら?」
ライラは、ナオに来て欲しいのは本心だったが、突然ブリテインに帰還した自分たちにスケジュールを合わせられるのかが心配だった。
「それは・・・。多分・・・。一応、マスターにも話してあったから・・・」
ナオは、不安げな視線をマスターに送る。
「わかっているよ。あまりに突然だけど・・・。店は心配しないで。行ってきなさい」
マスターは、優しげな表情を浮かべると、ナオに出発を促していた。
「え・・・。本当!?いいの!?明日から、来らんなくなっちゃうんだよ?」
ナオは、マスターの言葉に詰め寄っていた。
「ダルバスさんは、私とこの店の恩人だ。それに、ナオはライラさんの友人でしょ?・・・しょっちゅうじゃ困っちゃうけど、行って来なさい」
マスターは、快くナオを送り出していた。
「本当!?ありがとう!マスター!」
ナオは、マスターの心遣いに狂喜乱舞していた。
マスターは、突然の出来事にもかかわらず、ナオへの休みを許可していた。
「さぁ。今日は、店じまいをしなくてはね。明日は、出発だろう?早く、準備をしなさい」
マスターは、ナオへ出発の準備を促していた。
「・・・。ありがとう。マスター。私、必ず帰ってくるからね?」
ナオは、目尻に涙を浮かべると、マスターにしがみついていた。
「ははは。さて、そろそろ店じまいだ。申し訳ないが、今日はお開きにさせて頂いても、宜しいですかな?」
マスターは、しがみつくナオを引き離すと、一行に退店を促していた。
「あぁ。深夜まで申し訳なかったですわね?本当に楽しかったわ?」
ライラは、席から立ち上がると、マスターに腰を屈めながら礼を述べる。
「では、マスター。勘定はいかほどになるのかな?」
リスタは、自身の財布を取り出すと、勘定を促していた。
「リスタ・・・。何を考えていらっしゃるのかしら?」
ライラは、リスタの行動を察すると、一人での支払いを拒絶する意思を見せていた。
「これは、貴様らへの凱旋祝いだ。払わせて頂けぬかな?」
リスタは、ライラの挙動を見ると、苦笑している。
「はぁ?あんた馬鹿?あんたも、今回の功績者でしょ?何を、格好つけているのよ?ここは、割り勘でいきましょ?」
ライラは、リスタがこの場を持つ事に反発している。
「あぁ。それなら、お気になさらずに。今宵の飲食は、全て当店のおごりとなりますので・・・」
マスターは、ライラ達のやり取りを見ると、悪びれもなく伝えていた。
「はぁ!?」
誰ともなく、声を上げていた。
「・・・。聞いてください。ダルバスさんとライラさんは、私とこのお店の恩人です。そして、その彼ら達が、荒唐無稽とも言える旅を果たしてきました。リスタ隊長。私は、ブリテイン港で約束をしましたよね?帰ってきたら、盛大にお迎えしようと・・・。私は、そのお約束を果たしただけです。・・・いいじゃないですか。このような事は、滅多にないのですからね。それに・・・」
マスターは、ナオを見つめる。
「ライラさんの友人となったナオを、新たな地であるベスパーへと導いてくれるのです。ナオ。楽しんできなさい?」
マスターは、ナオへ優しげな視線を送っていた。
「マスター・・・」
ナオは、マスターと視線を合わせられずにいた。
「ははっ!格好付けてしまったかな。でも、リスタ隊長。ちょっと・・・」
マスターは、リスタに耳打ちする。
「先日、ブラックソン城での食事会ですが、この宴での会費を差っ引いてでも、お釣りが来るんですよ。これ以上、頂く訳には・・・ね?」
マスターは、リスタに耳打ちすると、苦笑を浮かべていた。
「・・・。なるほどな。承知した」
リスタは、事情を理解すると、納得した笑みを浮かべていた。
「お願いいたします。ナオを、無事にここへ戻してください・・・」
マスターは、リスタに付け加える。
「承知した。公私混同になるかもしれぬが、約束しよう」
リスタは、マスターへと耳打ちをする。
「何?何の話をしているの?」
ナオは、マスターとリスタの様子を訝しんでいる。
「気にしないでいいよ。リスタ隊長には、ナオの旅を守る事をお願いしただけだからね」
マスターは、悪びれる事もなく、話の内容を伝えていた。
「・・・?そうなの?」
ナオは、首を傾げるしかなかった。
「皆の者。今宵の宴は、マスターのご好意により、ご馳走になることになった。不平不満もあるとは思うが、今宵は馳走に預かろうではないか?このような、豪華絢爛な食事は、滅多に食す事は出来ぬ。マスターに敬意を表し、晩餐を預かろう!」
リスタは、マスターの意を汲むと、ダルバス達へ素直にこの善意を受け取るよう促していた。
「ったく。相変わらず、マスターはお人好しなんだな。・・・悪ぃな。じゃ、今回もご馳走になる事にするわ」
ダルバスは、マスターの人柄に感謝の意を込めている。
「本当よ?今度来た時には、私達が、美味しい店を紹介するって言ったのに。また、ご馳走になってしまうとはね?・・・。でも、ありがとう。私達を祝福してくれて、嬉しいわ?」
ライラは、素直にマスターの好意を受け止めていた。
「お気になさらずに。私としては、あなた方が、喜んでこの店に戻って来てくれる事が、一番の報酬なのです。あなた達は特別ですよ。次に来てくれた時は、歓迎しますので、是非宜しくお願いいたします」
マスターは、あくまでも謙虚な姿勢で、ダルバス達を迎えるようだった。
「マスター殿・・・」
リスタは、謙虚なマスターに、申し訳ないような視線を送っていた。
しかし、マスターはその視線から逃れるように、厨房へと足を運んでいってしまう。
一行は、マスターの寛大さを認識しながら、翌日への思いをはせる事になっていた。

「さあ。今日は休みましょ?・・・って。今日の宿を取っていなかったわね」
ライラは、休む事を提案しながらも、今宵の宿を取っていなかった事を思い出していた。
時間は、既に深夜を迎えていた。これから、空いている宿を探すのも難しいとも思える。
「それなら、またブラックソン城へ来られぬか?空いている部屋はあると思うがな」
リスタは、一行にブラックソン城へ泊まる事を促していた。
「いいのかい?今回は、おめぇと試合をした訳じゃねぇんだがな?」
ダルバスは、リスタの提案に乗り気だが、少々躊躇いを覚えているようだ。
「構わぬ。既に深夜だ。これから宿を探すのも大変であろう。気にせずに、城に泊まって頂きたい」
リスタは、一行に城に泊まる事を勧める。
「わかったぜ。じゃ、リスタに甘える事にするかい?」
ダルバスは、一行を見渡す。
「私は構わないわよ?もう遅いけれど、今夜はナオと一緒にお話しながら寝ましょ?」
ライラは、傍らにいるナオに微笑みかける。
「うん!嬉しい!旅の話を、沢山聞かせてね!それと、ピヨンさん!今夜は宜しくね!」
ナオは、女性陣と床を供にする事に、目を輝かせていた。
「あは。こちらこそ、よろしくね?ナオ?」
ピヨンは、無邪気なナオに、優しい笑みを浮かべていた。
「ははは。宿泊先が決まって何よりだ。じゃ、ナオ。明日は出発なのだろう?寂しいが、行ってきなさい」
マスターは、ナオに出発を促している。
「マスター。ありがとう。でも、取り敢えず、明日の朝は準備をしなくちゃいけないから、ここに戻ってくるね?」
まだ、出発準備が出来ていないナオ。
ユニコーンの角亭に部屋を借りているナオは、翌日準備の為に戻ってこなくてはならなかったのだ。

「さて。では、そろそろ出発する事にせぬか?」
リスタはそう言うと、一行をブラックソン城へ導いてゆく。
それを、マスターは安堵の笑みを浮かべながら見送っていた。
ダルバス達は、勝手の知った道のりだがココネ達は初めてとなる。
暗闇に浮かび上がるブラックソン城を目の当たりにすると、その光景に思わず唾を飲み込んでいた。
「これが・・・。ブラックソン城・・・」
ココネは、無意識のうちにピヨンを自分の傍らに手繰り寄せていた。
城の構造自体が古いのだろう。
月夜に照らし出されるブラックソン城は、なんとも言えぬ雰囲気を醸し出していた。
「ほら。何、警戒しているのよ。ちょっと、見た目はアレだけれども、別にお化け屋敷じゃないわ?」
ライラは、ココネ達の様子を伺うと、苦笑いを浮かべていた。
「こっちだ」
リスタは、一行を城内へ案内する。
 城内へ入ると、一人の男性がリスタを迎え入れていた。
「リスタ。楽しんできたのね?」
リスタの前に現れたのは、フィード副隊長だった。
「おぉ。フィード。まだ、起きていたのか。トリンシックへの支援調整は終わったと思っていたが?」
リスタは、深夜まで起きていたフィードに、驚きを隠せない様でいた。
「問題ないのね。既に、増援の船は直ぐに出航するのね。明朝には、他の全ての便がトリンシックへ出発するのね。それと、コウダイとやらの処置も、聞いた話では危険なので、既に衛兵を送って封鎖処置を行っているのね」
フィードは、全ての手配が住んだ事を、リスタに報告していた。
「そうか。すまなかったな。貴様が働いている間に、私は楽しんでしまっている。申し訳なかったな・・・」
リスタは、自分の行いを反省するように項垂れる仕草を見せていた。
「・・・。やっぱり、リスタは馬鹿なのね。リスタはダルバス達をベスパーに送り届けるのが役目。『途中で』休むのは当たり前なのね。・・・『隊長として』命ずる。リスタは直ぐにこの者達と休んで、とっととベスパーに行くのね!」
フィードは、苦笑を浮かべると、近くの衛兵に、リスタ達を部屋へ案内するよう促すと、その場を後にしてしまっていた。
それには、リスタも苦笑せざるを得なかった。
 フィードの本音は、直ぐにでも面倒くさい隊長の仕事など放棄したいのであろう。
しかし、名目上の隊長であって、本当の隊長がリスタなのはわかっている。
だが、リスタ達は、空前絶後とも言える事件を解決してきた。
そして、リスタはダルバスとライラの故郷である、ベスパーへ行こうとしている。
無論。これは、リスタの物見遊山である事は承知の上だった。
しかし、フィードはリスタに世界を見て貰いたいという気持ちもあり、このような態度を取っているのだ。
リスタも、それは承知している。
故に、リスタはこの状況に甘んじている事となっていた。

 フィードの登場に、一行は戸惑いを見せていた。
「お・・・おい。リスタ。今の人物は?」
ココネは、フィードの説明を求めていた。
「ああ。前にも話したが、奴は副隊長のフィードという者でな。一応、今は名目上の隊長を任せている。・・・なに、気にするな。信頼の置ける人物だからな」
リスタは、苦笑すると、あまり深くは語る事はなかった。
(なまりがあるわね。どこの出身かしらね?)
ライラは、ダルバスへ耳打ちする。
(さぁなぁ・・・。どこだろうなぁ・・・)
ダルバスも、ライラの問いに明確な返答をすることは出来なかった。

「リスタ・・・隊長。こちらが、ダルバス殿達の部屋となります」
案内していた衛兵が、一行を部屋に案内する。
その場所は、先日ダルバス達が運び込まれた、救護室だった。
「た・・・隊長は、ご自身のお部屋で休まれますか?」
衛兵は、今は隊長ではないリスタへの言葉を選びながら、リスタを窺っていた。
「いや。私も、この部屋で休む事にしよう。ご苦労だったな。下がってよいぞ」
リスタは、衛兵の気遣いに感謝しながら、衛兵を下がらせていた。
「はっ!」
衛兵は、リスタに敬礼を送ると、その場を後にする。
その様子を、ココネはなんともいえない表情で見つめていた。
「はぁ~。やっぱり、リスタは偉い人なんだな・・・」
ココネは、フィードや、他の衛兵達の態度を見ると、改めてリスタがブラックソン城の隊長を務めているという事を認識していた。
「くっくっくっ。何を今更言ってんだよ。ちなみに、俺がここで寝るのは二度目だぜ?ま、あんときは、リスタとの試合の後で、お互いに満身創痍だったがな?」
ダルバスは、部屋を見渡す。
ここには、リスタと試合をした時と同じ部屋があった。
救護室とはいえ、今は怪我人はおらず、ただの空き部屋となっていた。
試合直後は、その打ち上げとして、宴会場のような盛り上がりを見せていた部屋だが、今はランタンの明かりが部屋を優しく浮かび上がらせていた。
 ライラは思い出す。
ここで、出発前の宴をした事を。
そして、ナオの一言がライラの脳裏をかすめていた。
(これで、本当にナオ達との最後のお食事になるわね)
(そんなことないよ。確かに明日でお別れは寂しいけど、古代竜をやっつけたら、またここに戻って来るんでしょ?その時に、また一緒にご飯食べよ?)
前向きでなかったライラに、屈託のない笑顔を浮かべながら、前向きを示唆してくれたナオ。
ナオの言葉がなければ、もしかしたら、ライラは自分やダルバスにたいして、後ろを向いたままだったかもしれなかった。
ライラは、考え深げに、救護室を見渡していた。
「ライラさん・・・?」
ナオは、ライラの様子に気が付くと、ライラの服を掴んでいた。
「あ・・・。あぁ。大丈夫よ。・・・。ね、ナオ。前に、あなたがここで私に言ってくれた言葉を覚えている?」
ライラは、ナオの瞳を見つめると問いかけていた。
「え?・・・えと・・・。楽しい話を一杯したのは覚えているけど・・・。私、ライラさんに何か言った?」
ナオは首を傾げるも、ライラの心を動かした発言をしたのは覚えていないようだった。
「うふふ。いいのよ。でもね?あなたは、この場所で私を前向きにしてくるよう励ましてくれたのよ?」
ライラは、ナオを優しく抱きしめる。
「う~。苦しいですぅ・・・」
ナオは、ライラの腕の中で、恥ずかしげな笑みを浮かべていた。

「さぁ。夜も更けた。そろそろ休まぬか?」
リスタは、ライラ達の様子を伺うと、就寝する事を提案する。
「そうね。私も久しぶりにお酒を飲んだから眠い・・・」
ピヨンは、今にも寝崩れそうなようだった。
「お・・・。おい」
ココネは、ピヨンを支えている。
「ははっ!酔いもあるが、やっぱり長旅の疲れもあるか。とか言う、俺もさすがにきついわ。じゃ、今夜はリスタに甘えて寝る事にしようぜ?」
ダルバスは、疲れと酔いの回っている一行を見ると、寝る事を促していた。
「旅を急ぐ必要はない。今宵は十分な睡眠を取って欲しい。早起きなどせず、ゆっくり休養されよ」
リスタは、ゆっくり休む事を一行に促していた。
「わかったわ。取り敢えず・・・。ふあ・・・。眠いわね。じゃ、お休みなさい?」
ライラは、ナオとピヨンを、隣の救護室へ誘導すると、部屋を後にしていた。
それを見送るダルバス達。
「じゃ、リスタ、ココネ。俺達も寝ようとしようぜ?特に、リスタは帰ってきてからの公務で疲れているだろうからよ?」
ダルバスは、リスタへ視線を送っていた。
「いや、我は隊長故の・・・。いや、そうだな。まだ、旅は途中だったな。今宵は休むとしよう」
リスタはそう言うと、ダルバスの配慮を意識したのであろう。素直に布団へ潜り込んでいった。
ダルバスはその様子を確認すると、ランタンの灯を吹き消し、眠りに落ちていった。

 その頃。
ライラ達の部屋では、話が続いていた。
「ねぇ。ライラさんは、何でダルバスさんと結婚をすることにしたの?」
ナオは、布団の中から興味津々な様子で語りかけていた。
「それは・・・。まぁ、いいか。色々とあってね?」
ライラは、観念したかのように、事の成り行きを打ち明ける。
 ライラがダルバスを意識し始めたのは、ライラが襲撃者に襲われ瀕死になった時だった。
その時に、ダルバスが初めて自分にたいしての愛情を見せてくれた事。
他にも、前回ここブリテインを訪れた時に、ライラが虚心し崩れ落ちた時に見せたダルバスの優しさや、ダルバスが自分と同じく魔法を使える事がわかった時から、何となくは気になってはいたが、決意には至らなかった事。
しかし、お互いが気になり始めてからは、雪だるまの如くお互いの気持ちが重なり合っていった事など。
ライラは、赤裸々に話をする事になる。
「私、気が付かなかったよ。トリンシックで事が終わった後に、あんたとダルバスの部屋が足りなかったなんてね。私達も、満身創痍だったから、とっとと部屋に入っちゃったからね?」
ピヨンは、決定的な場面を捉えられなかった事に、後悔を見せていた。
「もぅ!そんなところは、詮索しないで!」
ライラは、相変わらずのピヨンの詮索に、戸惑いを見せていた。
「でも。嬉しいな。私、ライラさんとダルバスさんの結婚式が見られるんだ。・・・ライラさんのお嫁さん姿・・・綺麗だろうな・・・」
ナオは、ライラ達の結婚式を想像すると、うっとりとした表情を浮かべていた。
「何言ってんのよ。ムーンゲートが開いていない以上、ちょっとした旅が待っているのよ?まだ、旅は終わりじゃないわ?」
ライラは、話を逸らそうとして、現実の厳しさを突きつけていた。
「あは。大丈夫よ。ナオはライラが守ってくれるんでしょ?ここまでの大所帯に膨れあがったからね。結婚式が楽しみね!」
ピヨンは、これからの旅の事を考えながらも、大所帯での仲間でライラとダルバスを祝福できる事に喜びを覚えているようだった。
「まぁ・・・。ね」
 ライラは、今回の旅を振り返る。
ダルバスとは、幼い頃から今まで、色々な付き合いがあったが、まさか結婚に至るとまでは思ってもいなかった。
しかし、自分が今まで他の異性との付き合いを介しても、結婚を考える男性は現れなかった。
無論、ダルバスも例外なく論外だったのだが、今回の旅で、ダルバスがいかに自分に近い存在で、且つ大切な存在なのかを思い知らされたに至る。
ダルバスが、昔から自分の事をどう思っていたかはわからない。
しかし、ライラにとってダルバスは、もはや掛け替えのない人物になってしまっていたのだ。
勿論、ダルバスも同じ考えだったのだろう。
「結婚式かぁ・・・。考えた事もなかったな」
ライラは呟く。
今まで、何人かの友人の結婚式に参加したが、皆幸せそうな様子で周囲に祝福されていた。
そして、まさか自分がその様な事を迎えるとは、思ってもいなかったのだ。
「純白のウェディングドレスに身を包んだライラさん。そして、祝福させて頂く私達。・・・楽しみね!」
ナオは、ライラの気持ちを読んだのだろうか。ライラ達の結婚式を想像していた。
「ねぇ。やっぱり、結婚を申し込んだのは、ダルバスからなの?それとも、積極的にライラからいったのかな?」
ピヨンは、興味津々な様子を見せていた。
「ダルバスからよ。もしかしたら、前から考えていたのかもしれないわね?」
ライラは、トリンシックで、ダルバスから求婚を受けた事を思い出していた。
「それってさ。ダルバスは、昔からあんたの事が気になっていたんじゃないの?」
「さあ・・・。私は、わからなかったわね。まぁ、仲が良かったのは認めるけどね?」
ライラは、昔はダルバスに対しての恋愛感情はなかったことをほのめかしていた。
「ふ~ん・・・。もしかして、ダルバスちゃんは、可哀想だったのかも?」
ピヨンは、勝手に想像しながら、ライラを揶揄していた。
「そんな事言われてもねぇ?私・・・達には、わかりようがないわ?」
これには、ライラも反論せざるを得ない。
「あはは。でも、いいじゃない?いままで色々とあったにしても、ライラさんとダルバスさんは結婚をする。羨ましいな・・・」
ナオは、寝台の中からライラを羨ましそうに見つめている。
「ねぇ。ナオ?あなたは、その様な人はいないの?」
ライラは、不思議そうにナオに問いかける。
「私?・・・いたときもあったけど・・・。今はいないかな。お店の常連さんで、仲の良い人はいるけど、それは別だからね。・・・みんな、酔っぱらいばかりだしね」
ナオは、普段から接しているお客を思い出すと、苦笑を浮かべていた。
職業上、男性と接する機会は多いものの、決定的な人物を見つけられないようだった。
「おかしいわねぇ?ナオは魅力的な女性よ?何で、いい人が現れないのかしら?」
ライラは、不思議そうな表情を浮かべる。
「そんな事、言われても・・・」
困るナオ。
「そうだ。リスタ隊長なんかどう?お給金もよさそうだし、堅物だけれども誠実な人よ?」
ライラは、ふざけながらリスタを勧めてみる。
「え!?リスタ隊長?・・・。えと・・・御免なさい。その・・・。私には釣り合わないんじゃないかな・・・」
ライラの冗談に、ナオは真面目に返していた。
「あはは!冗談よ。でも、リスタはいい人よ?これからの旅も一緒になるし、少しは観察してみたらいいんじゃないかしら?」
ライラは、固くなるナオに冗談を投げかけていた。
「そうだよね。そうすれば、私達の間には独身の人がいなくなるからね。よし。ナオ!ベスパーに到着するまでに、リスタを落としなさい!」
ピヨンは、ライラの冗談に乗りながら、ナオをからかっている。
「もぅ!ピヨンさんったら!私、そんな気ないですからね!」
ナオは、冗談とはわかっていても、ふざけてむくれて見せていた。
「あはは。ゴメンゴメン。ライラにも怒られたけど、私、この手の話が好きなんだよね。冗談きつかったらゴメンね?」
ピヨンは、悪びれる事もなく笑い声を上げていた。
「まぁいいわ?そろそろ寝ましょ?明日からは、ベスパーまでの旅路が待っているからね?」
ライラはあくびをすると、寝る事を促していた。
「ベスパーまでは、どれくらいかかるの?」
ナオは、旅路を想像する。
「そうね。前にも話したけれど、2週間くらいかな。まぁ、今回は馬があるから、かなり早くなると思うけれどね」
ライラは、ブリテインからベスパーまでの帰路を想定している。
行きは、ダルバスが全てを仕切っていたが、帰り道は覚えている。
難所である砂漠を越えられれば、問題はないと思える。
「わかった。旅も殆どしたことがないからね。楽しみね!」
ナオは、ライラの言葉を聞くと、布団に潜り込み楽しみ気な笑みを浮かべていた。
「ナオ。明日は、ユニコーンの後ろに乗せてあげる。可愛いよ?」
ピヨンは、ナオに優しく語りかける。
「ユニコーン・・・。馬にすら私殆ど乗れないのに、大丈夫かな・・・」
不安げなナオ。
「大丈夫。馬と同じだからね」
「うん・・・」
やはり、不安は隠せないようだった。
「さ。寝ましょ?ナオは、明日の朝、準備をしに行かないといけないのでしょ?」
ライラはそういうと、枕元にあるランタンの灯を吹き消した。
ナオは、まだ話足りないのだろうか。
消えゆく明かりに、名残惜しそうにしていた。

 翌日。
ダルバス達は、ブラックソン城の前に集まっていた。
しかし、帰路を急ぐ必要はない。
朝食を摂り、十分な余裕を持っての集合となっていた。
 ナオは、朝食後にユニコーンの角亭へ戻り、出発の準備を整えてきていた。
「ナオ。準備は大丈夫かしら?少し、長い旅になるけれど、食料や水や携帯品などは揃えられた?」
ライラは、荷物を抱えてきたナオに問いかける。
「う・・・。うん。大丈夫。結婚式の服も持ってきたしね」
見ると、ナオは大量のバックパックを抱えていた。
取り敢えず、生活必需品と、ベスパーで必要となるであろう品を、目一杯持ってきているようだった。
「ナオ殿・・・。重たくはないのかな?」
リスタは、重装備のナオを見ると、苦笑を浮かべていた。
「だ・・・。大丈夫です。・・・多分」
既に、ナオは大量の荷物に押しつぶされそうになっている。
「ほら。こっちによこしなさいな。・・・ナオは、旅慣れしていないようね?」
ライラは、クスクスと笑うと、ナオのバックパックを、ラッキーの上に載せてゆく。
「あ・・・。御免なさい。ライラさん・・・」
ナオは、目一杯荷物を持ってきてしまった事に反省の色を浮かべていた。
「いいのよ。じゃ、出発しましょ?」
ライラは、気にすることなく出発を促していた。
「それでは、ダルバス殿。この先は、貴様に任せて構わないのだな?」
リスタは、エルザに跨るとダルバスに旅程を促していた。
「おぉ。構わねぇぜ。慈悲の神殿がある砂漠が大変だがな。まぁ、水と食料と毒消しさえ確保していれば問題はねぇだろ」
ダルバスは、手持ちの荷物を再確認していた。
「砂漠ね・・・。ムーングロウの大陸にはないからな。ちと、緊張するな」
ココネは、初めて赴く地へ、緊張を隠せないでいた。
「そうね。前にベスパーへ行った時は、ムーンゲートを使って行ったからね」
ピヨンも、徒歩での移動に緊張を露わにする。
「大丈夫よ。確かに、砂漠はキツいけれど、数日あれば抜けられるからね?」
ライラは、緊張するココネ夫妻を宥めていた。
「それじゃ、出発するか!」
ダルバスは、出発する事を促していた。
朝日に照らし出されるブラックソン城を見上げると、屋上にはフィードの姿を確認する。
「フィード・・・」
リスタは、あえてこの場には来ないフィードを確認すると、敬礼を送っていた。
それを確認したフィードは、敬礼を送り返していた。
「なんとも言えねぇが・・・。リスタよ。おめぇ、いい人達に恵まれているな?」
ダルバスは、敬礼を送るフィードを見つめながら、リスタに語りかけていた。
「・・・。そうかもしれぬな。我は、部下や仲間達に恵まれているようだ」
リスタは、屋上から立ち去るフィードを見ながら答えていた。

 一行は、ブリテインを出発する事になる。
その際、ピヨンはブラックライトを厩舎から連れ出す。
ダルバス達は、奇異の視線を浴びながらの出発となった。
「凄い・・・。これが、ドラゴン・・・」
ナオは、ピヨンが率いるブラックライトに釘付けになっていた。
「可愛いでしょ?怖がる事はないよ。おとなしいからね」
ピヨンは、初めて調教したブラックライトを、自慢げに披露していた。
ナオは、恐る恐るブラックライトを触ってみる。
「クルル?」
ブラックライトは、ナオに首を傾けると、優しい視線を送っていた。
「あはは!ドラゴンは怖いっていうイメージを持っていたけど、ダルバスさん達の言う通り、優しい子なんだね!」
ナオは、優しげな視線を送るブラックライトを見ると、思わず首もとに抱きついていた。
「クリャ!クリャリャ!」
ブラックライトは、無邪気なナオを見ると、思わずナオに首を絡めて甘えていた。
「う~ん!可愛い!」
ナオは、優しいドラゴンにしがみついていた。
一行は、それを優しく見守っている。
「さ。行きましょ?」
ブリテインの北口に到達していた一行を、ライラは促していた。
ナオは、ピヨンが操るグレイシーの背に跨る。
ユニコーンのグレイシーは、通常の馬に比べるとやや大きい。
ピヨンとココネとナオを乗せても問題はないようだった。

 一行は、ベスパーを目指して出発した。
途中にある沼地を迂回しながら、一行は北東を目指して旅を続ける。
そして、砂漠に足を踏み入れるも、何度もキャンプをしながら旅は続いた。
 砂漠の旅は、お世辞にも楽なものではなかった。
しかし、ダルバス達は、過去に設営したキャンプ地を見つけると、その場で夜を明かしながら、昔話に華を咲かせるなどして旅を楽しんでいた。
旅慣れしていないナオなどは、大変ながらも斬新な経験をする事で、辛さなどは殆ど感じていないようだった。
「はぁ・・・。ダルバス達は、本当に大変な旅をしてきたんだな」
ココネは、キャンプの中で呟く。
「このキャンプ地はね、ダルバスが斧で作った物なのよ?ったく、こんな事が出来るのであれば、採掘師にでもなって、鉱石を採った方が生活が楽になるんじゃないかしら?」
ライラは、ダルバスがこのキャンプ地を作った事を、誇らしげに自慢していた。
「・・・ダルバスさんは、ライラさんの自慢なんだね」
ナオは、ダルバスが作ったキャンプの中で、羨ましそうな視線を送っていた。
なお、ダルバスはキャンプに必要な薪を拾いに、リスタと供にキャンプを離れていた。
「・・・。そうかもね。私は、ダルバスにわがままばかりを言いながら、このキャンプで過ごしたわ?でも・・・」
ライラは、このキャンプでダルバスと過ごした事を思い出していた。
古代竜への復讐の塊で過ごしたこの地。
それでも、ライラの意識は弱かったのかもしれない。
魔法を極めた自分と、戦士を極めたダルバスがいれば、何とかなると思っていたのは否めなかった。
しかし。
その後に出会った人々達。
そして、あらゆる経験。
それらがなければ、自分とダルバスはここにはいなかっただろう。
他人からしてみれば、他愛のない経験なのかもしれない。
しかし、ライラとダルバスにとっては、宝石以上の輝きを持つ経験をしてきたのだ。
ライラは、この奇遇とも言える出会いや経験に感謝を感じていた。
「ライラさんは、ダルバスさんといい経験をしたんだね。羨ましいな・・・」
ナオは、寝袋にくるまりながら、ライラに優しい笑みを浮かべている。
「まぁ・・・。そうね。私も、少し前とはいえ未熟だったわ?」
ライラは、恥ずかしげな笑みを浮かべている。
 すると、ダルバスとリスタが、大小様々な枯れ木を運んで戻ってくる。
「おう。待たせたな。これなら、今夜は問題ないぜ?」
ダルバスとリスタは、枯れ木をキャンプ地に運び込んでいた。
「じゃ、早速乾し肉を焼きましょうかね」
ライラはそう言うと、持ち込まれた枯れ木の下に手を差し込むと、魔法の詠唱を始める。
「ヴァス・フラム!」
すると、瞬く間に枯れ木は燃え上がってゆく。
「いいな。やっぱり魔法って便利なんだね」
ナオは、感心した様子でたき火を見つめていた。
「うふふ。そうね。本当は、一家に一台の魔法使いがいればね?」
ライラは、ふざけて冗談を放っていた。
「まぁ、使い方次第だな。ダルバスとライラの夫婦喧嘩を想像したら・・・。修羅だな」
ココネは、ふざけてダルバス達を揶揄していた。
「おう。俺は、それを承諾しての求婚をしたんだ。ライラを怒らせたら・・・。お~、怖ぇ!俺の葬式の時には、俺の肉が振る舞われるからよ。美味しく、俺を食べてくれよ?」
ダルバスは、ふざけてライラにたいして両手を上げて見せていた。
「・・・。大丈夫よ。焼いた後は、魔法で冷凍して保存しておいてあげるからね?」
ライラは、ふざけてダルバスに不敵な笑みを浮かべていた。
その様子に、一行からは失笑が溢れる事になる。

 このような旅を続けながら、一行は砂漠を抜ける事になる。
幸いにも、サソリに毒をくらったり、砂漠故の寒暖に倒れる人物はいなかった。
そして、砂漠を抜けてから1週間ほど旅を続ける一行。
ようやく、一行はベスパーに到着する事となった。

「ここがベスパー・・・。綺麗・・・」
ナオは、水路が張り巡らされている、美しい町並みに目を奪われていた。
「凄いな・・・」
「綺麗・・・」
ココネとピヨンも、久しぶりに訪れるベスパーに感動を覚えていた。
ベスパーの町並みは、朝焼けに照らし出されながら、黄金の光を放っていた。
 一行が到着したのは、早朝だった。
朝日に照らし出される、ベスパーの橋と水路は、朝靄が立ち込めていて幻想的な光景がダルバス達を迎えていた。
それは、まさにダルバス達の帰還を祝福するかのように、優しい光を放っていた。
「・・・帰ってきたわね」
ライラは、ダルバスにしがみつく。
「あぁ・・・。帰ってきたな・・・」
ダルバスは、朝焼けに照らし出されるベスパーの町並みを見つめながら、ライラを抱きしめていた。
そして、ダルバスとライラは、深い口づけを交わしていた。
 ようやく、目的を果たして故郷に帰ってきた。
それは、ダルバスとライラの充実感を満たすには十分だった。
ライラは、朝焼けのベスパーを感じながら、涙を流しながらダルバスと唇を交わす。
ダルバスも、感無量という感じで、ライラを離さなかった。

「さぁ。私の家に来ない事?街で宿を取ってもいいのだけれども、皆さんお疲れでしょ?私の家で休まない事?」
ライラは、ようやく自分の故郷へたどり着いた事に、安堵を覚えていた。
そして、自分の家で休む事を促していた。
ライラの家は貴族だった。
主であるロランがいなくなった後でも、従事達が家を護っている。
ダルバス達一行を迎え入れるのも、問題はなかった。
「ダルバスの家やキリハの家は行った事があるけど、ライラの家は初めてだね」
ピヨンは、ライラの家を想像していた。
「大したことない家よ。さ、こっち。付いていらっしゃい?」
ライラはそう言うと、一行を促していた。
「待ってくれ」
ダルバスは、ライラの行動を遮っていた。
「何よ?」
ライラは不思議そうな表情を浮かべる。
「その・・・。ブラックライトだ。ブリテインでは大丈夫だったが、ここだと・・・なぁ?」
ダルバスは、ドラゴンであるブラックライトを見つめる。
「あ・・・。そうか」
ライラは自分が迂闊だった事を認める。
 ベスパーは、ドラゴンの襲撃により壊滅状態にされている。
それが、コウダイの仕業だったとしても、人々はドラゴンの印象を良くは思っていないのだ。
今は、まだ早朝かつ街の入り口なので、人目には付いていないが、程なくすれば街には人が溢れかえるだろう。
その時に、ドラゴンが目に付けば、騒ぎになるのは間違いなかった。
「一応、各都市には伝令を出しているが・・・」
リスタは、ブリテイン帰還時に、今回の事件の内容を各都市へ伝書鳩にて伝えてはあったが、ベスパーの住民達の気持ちを考えると、強くは言えないでいた。
「厩舎はないの?」
ピヨンは、辺りを見渡していた。
「あまり大きくない街だからね。厩舎はないわ。それに、あったとしても・・・」
ライラは、人々がドラゴンを恐れている事を考えると、それも難しいと感じていた。
「どうする?街から少し離れた場所に待機させておくか?」
ココネは、ピヨンに提案する。
一行の視線は、ピヨンに集まる事となった。
暫くの沈黙が流れる。
「・・・ううん。リリースする」
ピヨンはポツリと答えた。
「もともと、ダスタードからトリンシックに帰る際に、リリースするはずだったからね。惰性でここまで連れてきちゃったけど・・・」
ピヨンは、寂しそうにブラックライトを見つめている。
「ピヨン・・・。いいの?」
ライラは、遠慮がちに問いかけていた。
一行は、ブラックライトと一緒に旅をしてきた事を思い出す。
トリンシックからここまでの間、ブラックライトは終止甘えた様子で、一行を和ませてくれた。
ピヨンの心境を考えると、一行も複雑な気持ちになる。
「まぁ。家に連れて帰っても、どのみち飼う事は・・・なぁ?」
ココネも腕を組む。
「いいの。それに、この子もお友達がいないと寂しいだろうからね」
ピヨンは、ブラックライトの頭を優しく撫でていた。
「ク~?」
ブラックライトは、憂い気なピヨンの視線を、不思議そうに見つめている。
「ここまで連れて来ちゃってゴメンね。やっぱり、お友達と一緒がいいよね」
ピヨンは、ブラックライトの首を抱きしめていた。
「・・・さぁ。お行き。お友達の所に帰りなさい・・・」
ピヨンはそう言うと、ブラックライトの使役を解放していた。
「クリャ~・・・」
ブラックライトは、その事を理解したのか、寂しげな視線をピヨンに送っていた。
「また会いに行くからね」
ピヨンは、ブラックライトにダスタードへ帰る事を促す。
すると、ブラックライトはフワリと飛び立つと、ダルバス達の上空に舞い上がった。
そして、名残惜しそうに、いつまでもダルバス達の上空を旋回していた。
一行は、複雑な思いでブラックライトを見つめる。
しかし、暫くするとブラックライトは、空の彼方へと姿を消していった。
ピヨンは、憂い気な目でそれを見送っている。
「ピヨン・・・」
ライラは、心配そうにピヨンの肩に触れる。
「大丈夫。お別れしただけだからね。その気になれば、また会えるしね」
ピヨンは、にじむ涙を振り払うと、無理に笑顔を作っていた。
「そうだな。暫くしたら、またダスタードへ行ってみような」
ココネは、ピヨンを抱きしめる。

「それじゃ、行きましょ?」
ライラは、一行を促していた。
寂しい気分はあったが、取り敢えずは落ち着かなければならない。
一行は、ライラに促されるままベスパーの街に足を運んでいた。
 街の中は、随所が橋で繋がれており、他の街では見られない光景だった。
ダルバス達は、橋を幾つも渡りライラの家を目指す。
皆は、珍しい光景に目を奪われながらも、ライラに付いていった。
街の北へ足を運ぶと、大きい家が目立ち始める。
この辺りは、貴族の家が多く建ち並び、裕福層が住む場所でもあった。
「さ。これが、私の家よ」
ライラは、一軒の民家の前で足を止める。
そこには、かなり大きな家が建っていた。
「これか!?」
ココネは、驚愕の声をあげていた。
ライラの家は、想像よりかなり大きく、立派だった。
石材と木材を組み合わせた4階建ての家で、庭には大きな花畑や樹木などが植えられている。
庭の中央には池があり、そこには観賞用の魚も泳いでいるようだった。
「豪邸だな」
リスタも、これには苦笑せざるを得ないようだ。
「ライラさんって、凄い人だったんだ・・・」
ナオは、目の前の豪邸に言葉を失っている。
「さぁ。遠慮はいらないわ?上がって頂戴?」
呆然とする一行を、ライラは家の中に招き入れる。
家の中に入ると、そこには豪華絢爛な装飾があちらこちらに施され、これらも一行の目を引く事になっていた。
ダルバスは、昔から見慣れているのだろう。
驚く一行に、苦笑を浮かべていた。

 すると、家の奧から声を掛ける人物がいる。
「ライラお嬢様じゃないですか!お戻りになられたのですね!」
そこには、初老の男性がいた。
「ええ。ただいま。留守の間、ありがとうね。何か、変わった事でもあって?」
ライラは荷物を床に置くと、男性に問いかける。
「いえ。これといって何も。お嬢様がお出かけになられてから3ヶ月ほどですが、ルーティン家は健在でございます」
男性は、恭しくライラに腰を屈めていた。
「そう。それはよかったわ。バーリアル。友人達を招待したの。これから何日か滞在するわ。お部屋の案内と朝食の用意をお願いね」
ライラの前に現れたのは執事なのだろう。ライラは、慣れた様子で初老の男性であるバーリアルへ指示を出していた。
「畏まりました。それにしても、ライラお嬢様が無事にお戻りになられ、感無量でございます・・・。見事、悲願を達成されたので?」
バーリアルは、無事に戻ってきたライラとダルバスを窺うと、その成果を窺っていた。
「そうね。私とダルバスは、ベスパーの仇を取ったわ。古代竜を倒した訳ではないけれど・・・。話すと長くなるわね。詳細は、後でお話しする事よ?」
ライラは、満足げな笑みを浮かべると、とりあえず他の皆を休ませる事を促していた。
「承知いたしました。直ぐにお部屋とお食事の準備をいたします」
バーリアルはそう言うと、その場を後にしていた。
その様子を見ていた一行。
「・・・貴族だ」
ココネは、ライラのやり取りを見ると、何ともいえない表情を浮かべていた。
「ライラは、お金持ちだったんだね。私達、ここにいていいのかな・・・」
ピヨンも、普段のライラとは違う様子を見て、戸惑いを隠せないでいた。
「あ、あはは。気にしないで頂戴な。私は私。いつも通りよ?」
ライラは、バーリアルとのやり取りを見せた事に、多少の後悔を覚えながらも、普段通りの自分を取り繕っていた。
「おう。これが、いつものライラだ。ルーティン家のお嬢様だからな。おめぇら、頭が高いぜ?」
ダルバスは、緊張する一行にたいして冗談を送っていた。
「もぅっ!何を言っているのよ!私はお父様の七光りに預かる気はないわ?でも・・・」
ライラは言葉に詰まる。
「どうしたの?」
ナオは、噤んでしまうライラに問いかける。
「私も、お嬢様していては駄目ね。このままじゃ、また昔に戻ってしまうわ?ダルバス・・・。あなたと旅をして、それがよくわかったからね」
ライラは、自分がお嬢様でわがままであった事を、深く反省していた。
そして、ダルバスのおかげで、その事に気が付かされた事に感謝をしていた。
「・・・そうか。でも、気にしなくてもいいんだぜ?お前は貴族だ。わがままをしろとは言わねぇが、今まで通りの振る舞いでいいんじゃねぇか?」
ダルバスは、ライラの熱い視線を感じながらも、今まで通りにする事を促していた。
「いいの。今後は、私がこの家を継いでいかなければいけない。考え方を変える事にするわ?」
ライラは、自分の身の振りを考え直す事を決意しているようだった。
「くははっ!ライラ。成長したな。今頃、おめぇの親父とおふくろは、天国で笑って見守っている事だろうよ?」
ダルバスは、ライラの決意をくみ取ると、優しい笑みを浮かべていた。
「そうだといいけれどね。もう、ご両親には会えないけれどね・・・」
ライラは、トリンシックでセルシアとロランの霊体と遭遇した事を思い出していた。
セルシア達は、常に供にあると言い残し旅立っていった。
ライラは、常に両親に護られている事を感じながら、これからの生活を考えていた。
ルーティン家を護る事。
そして、ダルバスと結婚して一緒に生きて行く事。
それが、両親への餞になると考えていたのだ。

 程なくすると、他の執事達が現れる。
バーリアルに指示されて来たのだろう。
「お部屋の準備が整いました。皆様、お荷物を拝借いたします。お部屋へ案内いたしますので、私達に付いてきてください」
執事達は、各々の荷物を担ぐと、部屋へ案内していた。
「え?え?え?」
ナオは、突然の出来事に戸惑いを見せていた。
「大丈夫よ。ほら、部屋に案内するから付いていらっしゃい?」
ライラは苦笑すると、ナオを促していた。
 一行が案内されたのは、家の3階だった。
3階は客間となっているようで、複数の部屋があった。
そこに案内される一行。
部屋の中には、装飾健美な空間が広がり、一行の目を引いていた。
「凄い・・・。トリンシックの宿とは比較にならない・・・」
ピヨンは、あまりに豪華な部屋に絶句していた。
「私、この部屋で寝るの?」
ナオも、自分の部屋を見ると、言葉に表せない表情を浮かべていた。
「ブラックソン城では、このような贅沢は出来ぬな」
リスタも、自分の部屋を見ると、思わず苦笑いを浮かべていた。
 部屋は広く、贅沢な空間が用意されていた。
寝台には豪華な天蓋がかけられていて、布団も柔らかいながらも、弾力があるものだった。
家具も、金銀の装飾が施されていて、触れるのも恐ろしいくらいだった。
「気にしないでいいわ。多少乱暴にあつかっても、壊れないし、傷が付いてもいいからね?」
ライラは、すくみ上がる一行を宥めていた。
その時だった。
ダルバスは、一行の様子を確認すると声を上げる。
「俺は、一旦家に帰る事にするわ。朝食を食ったら、家に帰って状態を確認してぇからな」
ダルバスは、驚く一行を目にすると、苦笑を浮かべていた。
「そう?だったら、私も一緒に行くわ?」
ライラは、ダルバスと一緒に行動する事を提案する。
「いいのか?お前は折角家に帰ってきたんだ。執事達の相手をしなくていいのかい?」
ダルバスは、ライラの行動を心配している。
「いいのよ。それに・・・。準備もあるから・・・ね?」
ライラは、自分たちの結婚式の準備がある事をほのめかしていた。
「・・・そうか。わかったよ」
ダルバスは、ライラの肩を抱き寄せていた。

 一行が、自分の部屋に入り、荷物の整理をしている時だった。
「お待たせいたしました。朝食の準備が整いましたのでお集まり下さい」
バーリアルは、一行のもとへ足を運ぶと、朝食を摂るよう促していた。
「ありがとう。突然の帰還なのに、申し訳ないわね?いつもありがとうね」
ライラは、バーリアルへお礼を述べる。
「は?・・・はい。では、下でお待ちしておりますので・・・」
バーリアルは、普段とは違うライラの態度に戸惑いながらも、その場を後にする。
「おめぇ・・・。本当に、変わろうと努力しているんだな」
ダルバスは、いつもの執事に対する態度を変えたライラに、驚いているようだった。
「お嬢様は止めたの。相手をいたわる気持ち。下座の心とでもいうのかな。難しいけれど、私は変わらなくちゃね?」
ライラは、悪戯っぽい笑みを浮かべると、ダルバスの腕にしがみついていた。
「そうか・・・。応援するぜ?困った事があったら、いつでも言って・・・」
ライラは、ダルバスの発言を口づけで塞いでいた。
「当たり前。というか、私の相談を無視したら、燃やすわよ?」
ライラは、ふざけて挑発的な視線をダルバスに送っていた。
「・・・俺、求婚したの失敗したかもな・・・」
ダルバスは、ふざけて頭をかいていた。

 一行は、ライラに促されるまま、朝食の席に着いていた。
用意されていたのは、スクランブルエッグに、ソーセージ。そして、コンソメスープにパンなどだ。
夜通し歩き続けでベスパーに到着した一行。
旅の途中では、乾し肉や乾燥パン、チーズなどしか口にしていない。
久しぶりの料理に、一行は貪るように朝食を口にしていた。
「どう?美味しいかしら?」
ライラは、心配そうに一行へ声を掛けていた。
「あたりまえじゃない!こんな美味しい料理、私でも作れるかどうかわからないわよ」
ピヨンは、口元を拭うと満足げな笑みを浮かべていた。
「美味しいな。ライラさんは、毎日このような料理を食べていたんだね。私の店も、もっと頑張らなくちゃな」
ナオは、美味しい朝食に、店の味を考え直しているようだった。
「どうってことないわよ。まぁ、執事の腕がいいのかもしれないわね」
ライラは謙遜を見せていた。
「でも、ライラ。結婚したら、あんたが食事を作らなくちゃいけないんだよ。料理出来る?」
ピヨンは、結婚後の生活に不安を覚えている。
「大丈夫よ。こう見えても、私はお母様から色々と教わっているからね。なんだったら、今夜のお食事は私が振る舞おうかしら?」
ライラは、久しぶりに料理の腕を振るおうとする。
「・・・おめぇの料理か?あれを料理と呼べるのは、おめぇだけなような・・・。俺、腹を下したような気がするぜ?。おぅ、おめぇら。今夜は胃薬を持参しとけや?」
ダルバスは、ふざけて一行に薬を用意する事を促す。
「ちょっ!馬鹿言わないでよ!お母様ほどではないかもしれないけれど、普通の料理くらい出来るのは知っているでしょ?」
ライラは、ダルバスの冗談に、慌てて釈明してみせる。
「そうか?俺が喰わされた料理は、得体の知れない肉が炭になった物と、腐った卵を使った料理だった記憶があるぜ?」
これは事実だった。
ただし、その話はダルバス達が幼少の頃の話だった。
ライラとままごとじみた遊びをしていた時に、ライラが作った料理を食べた事があるのだ。
しかも、食料庫からの調達ではなく、廃棄された食材を調理したので、食べさせられたダルバスはたまったものではない。
無論、その時ダルバスは腹を下していた。
そして、当然ライラは、セルシアにこっぴどく怒られた事になる。
「あ・・・あれは!まだ、私達が子供の頃じゃない!変な頃の話を持ち出さないで頂戴!」
ライラは幼少の頃を思い出すと、思わず顔を赤らめていた。
その様子を、ナオは羨ましそうに見つめていた。
「ライラさんとダルバスさんは、昔から仲良しだったんだね。いいな・・・」
ナオは頬杖を付くと、ダルバス達のやり取りを眺めている。
「ま、さっきのは冗談だ。ライラの作る料理も結構いけるぜ?今夜を楽しみにしていてくれや?」
ダルバスは、笑い声を上げていた。
「ま、そう言う事。久しぶりに腕が鳴るわね。楽しみにしていてね?」
久しぶりに作る料理なのだろう。ライラは、楽しみにしているようだった。

「さて。俺は、ちょっと家に行って来る。おめぇらは、夜通し歩いて疲れてんだろ。休むなり、街を散策するなりしていてくれや?」
そう言うと、ダルバスは席を後にする。
「あ。待って。私も一緒に行くわ?」
ライラは、急いでダルバスの後を追う。
その場には、ココネ夫妻と、リスタ、ナオが残されていた。
「熱々だな・・・」
家から出て行くダルバス達を見送りながら、ココネは暖かい笑みを送っていた。
残された一行は、朝食を終えると、取り敢えず落ち着くために部屋で休憩をする事となる。

 ダルバスとライラは、ダルバスの家へと向かっていた。
「私があなたの家に行くのも、久しぶりね」
ライラは、ダルバスの手を取ると歩みを合わせていた。
「そうだなぁ。今まで、色々とあったが、俺はライラの家にはよく行ったが、そっちが俺ん家に来る事は、あまりなかったものな」
ダルバスは、ライラの家からの支援を受け取りにはよく行ったが、ライラ自身が自分の家に来る事は少なかった事を思い出す。
「私、これからあなたの家で過ごすのよね。楽しみだわ・・・」
ライラは、ダルバスと結婚したあとの生活を想像している。
「おいおい。俺の家は貧乏だぜ?おめぇも、俺の生活を知っているだろう?いいのか?」
ダルバスは、貴族のライラと貧困の差を不安に思っていた。
「わかっているわ。それに、私達の家は近所じゃない。生活習慣は、気にならないのではなくて?それに、あなたと一緒であれば・・・ね」
ライラは、ダルバスの腕を強く組むと、決意の笑みを浮かべていた。
「そうか・・・。ライラ。ありがとうよ」
ダルバスは、ライラの温もりを感じながら、自宅を目指していた。
 程なく歩くと、高級住宅層を抜け、農地が現れてくる。
その一角に、ダルバスの家はあった。
木造の平屋で、お世辞にも敷地面積は広くはなかった。
ダルバスは、鍵を取り出すと、家の扉を開けていた。
「・・・ふ~。久しぶりに帰って来たな」
ダルバスは、家の中を見渡す。
無論、主はダルバスのみで、迎える人間はいない。
家は、無言でダルバスを迎え入れていた。
家の中は、樹木伐採用の農機具が溢れかえり、あまり生活感は見られなかった。
部屋の奥には、粗末な寝台が設けられており、ダルバスはそこで生活をしていた。
水回り空間も、粗末なもので、放置された食器などが散乱しているようだった。
「相変わらずね。でも、ここで生活するのも悪くないわね」
ライラは、苦笑を浮かべながら、ダルバスの家の中を見渡していた。
「いいのかい?ここは、おめぇの家とは雲泥の差があるぜ?後悔は、その・・・。していねぇよな?」
ダルバスは、ライラと結婚すれば、この場所で生活する事に戸惑いを感じていた。
「いいのよ。私も、昔はここでよく遊んだしね。まぁ、ダルバスのご両親がいた時の話だけれどもね」
ライラは、幼少の頃を思い出す。
ダルバスとライラは、よくこの家で遊んでいた。
そして、ダルバスの母親が申し訳なさそうに差し出したお菓子などを口にして、ダルバスや他の子供達とよく遊んだものだった。
その様子を思い出すと、ライラはふと思いついたように言葉を発していた。
「・・・コウダイも、幼少の頃は、お友達と一緒に遊んだんでしょうね・・・。何を間違ったら、あのようになってしまうのかしら・・・」
ライラは、コウダイの記憶を読みとった事と、コウダイの話を聞いた事により、自分達の過去とを比べていた。
「さぁな・・・。でも、コウダイは純粋だったんじゃねぇか?それ故に、人から受けたダメージが受けきれなかったんじゃねぇかなぁ・・・。今思えば、可哀想な奴だったかもしれねぇな・・・」
ダルバスは、子供に戻ってしまったコウダイを思い出していた。
幼児退行を起こしたコウダイは、純粋無垢だった。
そのような子供が大人になり、平然と大量虐殺を行うなど信じたくない事実ではあった。
「ね・・・。ねぇ。ダルバス。子供と言えば、私・・・」
ライラが口を開こうとしたその時だった。
突然、ダルバスの家の扉が開かれていた。
「ライラさん!」
扉を開けたのは、ナオだった。
「ナオ!どうしたの!?」
ライラは、突然現れたナオに、驚きの視線を送っていた。
「あはは!御免なさい。ライラさんの家にいても退屈だったんで、ダルバスさんの家まで来てみちゃった」
ナオは、興味深げにダルバスの家の中を見渡していた。
「悪かったな。俺も、自分の家が気になっていたからよ。まぁ、問題ねぇか?いつもの通り、貧乏家屋だぜ?」
ダルバスは、ナオを迎え入れると、苦笑いを浮かべていた。
「そんなことないよ。立派なお家じゃない?ここなら、食事の支度や湯浴みも出来るし、ライラさんとの生活も大丈夫ね!」
ナオは、満足げにダルバスの自宅を見渡していた。
その様なナオに、ライラは優しげな視線を送っていた。
「それで?他のみんなはどうしているのかしら?」
ライラは、ココネ夫妻とリスタの様子を伺う。
「あ。あの人達は、街を見て回っているみたい。私も、執事さんにこの場所を聞いてきたんだよ?」
ナオは、一行がベスパーの街を見て回っている事を伝えていた。
「そう。なら、よかったわ。私達も、彼らを置いて出てきてしまったからね」
ライラは、一行の行動を確認すると、安心していた。
「ま、俺の家の確認は出来た。この後、どうするよ?」
ダルバスは、自宅に問題がない事を確認すると、次の行動をライラに促していた。
「そうね。だったら、今夜の食事の準備に付き合ってくれないかしら?今夜は、腕を振るうわよ?」
ライラは、久しぶりに料理をする事に、意欲を見せているようだった。
「素敵!私も、ライラさんの手料理を食べてみたい!私も付いていっていい?」
ナオは、目を輝かせると、同行の許可を求めていた。
「うふふ。もちろんよ。ナオも、料理の手伝いをお願いね?」
ライラは、無邪気なナオに優しげな笑みを浮かべる。
「うん!私、一杯お手伝いするからね!ユニコーンの角亭でも、よくやっているから私を使ってね!」
そう言うと、ナオはライラの腕にしがみつく。
「ところで、ダルバスは何を食べたいのかしら?出来る限りの事はするわよ?」
ライラは、ダルバスの趣旨を窺う。
「あ~。俺は、おめぇが作るものなら何でも・・・なぁ?」
ダルバスは、恥ずかしげな笑みを浮かべると、頭を掻いていた。
「了解。あんたの好きな物は、鳥の薫製とリブステーキね。任せておいて?」
ライラは、クスクスと笑うと、ダルバスの好みを確認していた。
「・・・凄い。やっぱり、ライラさんとダルバスさんは、以心伝心で繋がっているんだね」
ナオは、驚いた表情を見せている。
「うふふ。まぁ・・・ね。私達も、付き合いが長いからね?」
ライラは、満足げな笑みを浮かべる。

「さ。じゃあ、買い物に出かけましょ?」
ライラは、ダルバスとナオを促す。
「うん!行きましょ!?」
ナオは、ライラの手を取ると無邪気にはしゃいでいる。
 一行は、街の港近くにある市場へと足を運んでいた。
ここには、肉や魚を始め、パン屋や農家などがあり、賑やかな活気を見せていた。
港が近い故に、朝水揚げされた魚たちは、新鮮な状態で売られているようだ。
「へぇ・・・。お店の仕入れは、いつもマスターがやっていたからわからないけど、朝の市場って凄いんだね」
ナオは、ブリテインでも行く事がなかった朝の市場に、興味津々の様子だった。
「ベスパーはね、小さい街だけれど、海に面しているのと、川が沢山あるからね。美味しい魚が沢山あるのよ?」
ライラは、通りに並ぶ商品を物色しながら、今夜の献立を考えているようだ。
 そして、市場を一通り廻ると、必要な材料を買い求めていた。
食材は、肉類、魚類、野菜、各種香辛料などだ。
ダルバスは、ライラが買い求めた食材を両手に、満足げな笑みを浮かべていた。
「結構買い込んだな。へへっ!夜が楽しみだぜ」
ダルバスは、ライラの久しぶりの手料理に期待を寄せていた。
「あまり期待されると、こっちも緊張するわね」
ライラは、久しぶりに料理をする事に、やや緊張を覚えていた。
「大丈夫よ!私も、お手伝いするからね!」
ナオは、ライラの緊張を読みとると、サポートする旨を伝えていた。
「うふふ。ありがと。じゃ、一旦家に戻りましょ?」
ライラは、ダルバスとナオを促すと、一路帰宅する事にした。

 家に帰ると、そこには誰もいなかった。
ココネ夫妻とリスタは、ベスパーを見て回っているのだろう。
ライラは、購入した食材を食料庫へしまい込むと、ナオに語りかける。
「ねぇナオ。あなたは、ベスパーの街を見て回らなくていいのかしら?」
その言葉に、ナオは少々戸惑いを覚えていた。
「え?えぇ。興味はあるけど・・・。ライラさん達は、どうするの?」
ナオは、ライラ達がベスパーの街を案内してくれるのだろうと思っていたのだが、予想外の対応に戸惑いを見せていた。
「ああ。勿論、案内はさせて貰うけどね?」
ライラは、ナオの気持ちを汲んだのであろう。街の案内をする事を示唆していた。
しかし、ナオは気が付く。
「あ・・・。そうか・・・。御免なさい。私、ライラさんに付きっきりじゃ駄目だったね。その・・・。準備があるんだもんね。じゃ、私、少し散歩してくるね」
ナオは、ライラとダルバスが、結婚式の準備をしなくてはならない事に気が付き、その場を後にする。
「ナオ・・・。ありがと?」
ライラは、気を利かせてくれたナオの腕を掴み引き留めると、額にキスを送る。
「もぅ・・・。恥ずかしいよ・・・」
ナオは、ライラからわざと強引に離れると、家を後にしていた。
それを、ダルバスとライラは、優しい目で見送っていた。

「さて・・・。早く準備をしないとね?ナオ達が帰ってしまうわ?」
ライラは苦笑を浮かべると、ダルバスに微笑みかける。
「そうだな。でも、どうするよ?どこで結婚式をする?誰を呼ぶ?」
ダルバスは、ライラへ求婚して承諾を得たとはいえ、結婚式の準備までは考えていなかった。
「そうね。私は、あまり話を大きくしたくないわ。今ここにいる人達だけで行わない?場所も、私の家で行いたいの」
ライラは、質素に式を挙げたい事を望んでいた。
「そうだな・・・。俺も、友人達や親戚もドラゴン・・・。コウダイに殺られちまったからな」
ダルバスも、式に呼べる人物が殆どいない事を認識していた。
「私もよ。ライキューム研究所にいた友人はいるけれど、今じゃ探すのも大変だからね」
ライラは、ライキューム研究所にいた友人を思い出す。
「いいんじゃねぇか?俺達には、ナオ達がいる。皆は、ブリテインやムーングロウから来てくれている。それだけでも、幸せと思おうぜ?」
ダルバスも、身内だけでの挙式に賛同していた。
「そうね。じゃ、早く話を進めましょ?バーリアル。いるかしら?」
ライラは、バーリアルを呼びつける。
「何でございましょうか。ライラお嬢様?」
ライラに呼ばれると、すぐさま屋敷の奧からバーリアルは現れる。
「忙しいところ御免なさいね。・・・それでね、あなたに話しておきたい事があるの。少し長くなるけれど、お時間は大丈夫かしら?」
ライラは、事の全てを話そうと、バーリアルへ窺っていた。
「勿論でございます。お嬢様のお話を頂戴出来ますか?」
バーリアルは、恭しく腰を屈めると、ライラの話を聞く体勢に入っていた。
 ライラは決意を固めると、事の詳細をバーリアルへ説明する。
それは、ダルバスとの結婚の話だけではなく、自分たちの旅の始まりから終わりまでだった。
ブリテインでの出来事や、出会った人々達。
ダルバスが魔法使いになった事。
旅の途中での、様々な出来事。
ベスパーを襲ったドラゴンは、コウダイが原因だった事。
そして、紆余曲折しながら、ライラはダルバスと結婚する事を決めた事。
ライラは、余すことなく旅の全てを、バーリアルに話していた。

 全ての話を終えた時には、数刻の時が経っていた。
その話を聞き終えたバーリアルには、目尻に涙を浮かべていた。
「おぉ・・・。ライラお嬢様が、こんなにも立派に成長なさって帰って来られた・・・。ロラン様とセルシア様も、感無量でございましょう・・・」
バーリアルは、感極まった様子で、ハンカチで目尻を押さえていた。
「バーリアル・・・」
ライラは、感動しているバーリアルに、何と声を掛けてよいかわからなかった。
「ダルバス様。ライラお嬢様を、宜しくお願いいたします。このバーリアル。死ぬまでお供をさせて頂く所存でありますので・・・」
バーリアルは、ダルバスの前に跪いていた。
「おっ!おい!やめてくれよ!ライラは、俺の所に嫁ぐんだ。その・・・なぁ?」
ダルバスは、救いの視線をライラへ送る。
「そうよ。バーリアル達には、この家を護って貰うけれど、私はダルバスの所へ行くの。勿論、この家にも顔を出すし、家の存続も続けるけれど、私は私。あなた達は、このルーティン家を護ってちょうだいな?」
ライラは、バーリアルを宥めている。
「畏まりました。・・・では、挙式の準備はいかが致しましょうか?当家で行うのであれば、少々準備が必要となります故・・・」
バーリアルは、ライラの意図を汲むと、挙式の準備を促していた。
「そうね。招待した友人達も、長くは滞在できないでしょうし、ここ数日で行いたいわね。ダルバスも、問題はないかしら?」
ライラは、ダルバスの調整を促していた。
「あぁ。俺は、全く問題はないぜ。呼びたい仲間は、既に揃っているからな。極端な話、今すぐ・・・でもな?」
ダルバスは、ライラの肩を抱き寄せると、ふざけて見せている。
「承知いたしました。では、お急ぎとの事ですので、早速ライラお嬢様のウェディングドレスの調達をさせて頂きます。今、洋服店の者を呼びますので、少々お待ちを」
バーリアルは、他の執事を呼び寄せると、早速準備を始めていた。
「いよいよね!」
ライラは、挙式の準備が始まった事に、期待の目でダルバスを見つめていた。
「そうだな・・・」
ダルバスは、恥ずかしげな表情を浮かべると、ライラと視線を合わせられないでいた。
その様子に、ライラはダルバスの腕にしがみついていた。
「お・・・。おぅ。忙しくなりそうだからよ。俺は、ちょっと出かけてくるぜ?」
ダルバスは、居たたまれなくなったかのように、その場を後にしようとする。
「何よ?どこへ行くの?」
ライラは、突然のダルバスの様子に、訝しんでいる。
「ほら・・・。結婚式には必要な物があるじゃねぇか。その調達だぜ?ほら、手をだしな」
ダルバスは、ライラの手を強引に取ると、それを確認する。
「ああ。なるほどね。当たり前と言えば当たり前だったけれど、私も気にしていなかったわ?」
突然の結婚式故に、ライラも忘れていたのだろう。
結婚指輪だった。
「その・・・。婚約指輪は用意できなかったが・・・。なんだったら、ダスタードで手に入れたサファイアでも指輪にするかい?」
ダルバスは、罰が悪そうにしている。
「いいのよ。気にしないで頂戴な?それに、無理に指輪など用意しなくてもいいことよ?私も、結婚指輪の用意はしていないからね?」
ライラは、自身がダルバスへ送る指輪を用意していない事にも、躊躇していた。
「構わんよ。俺が送る物を受け取ってくれればいい。時間もないしな。気にしないでくれ」
「でも、やっぱり私だけが貰うってのも、問題があるわね」
ライラは、本来の結婚式の流れから外れている事に問題を覚えていた。
「いいんだぜ?気にすんなや?」
ダルバスは、気にする様子もない。
「駄目よ。指輪をしていないあんたが、誰かに口説かれたらどうするの?あんた、私を捨ててそっちに行っちゃうんじゃないの?」
ライラは、悪戯っぽい目で、ダルバスを見つめ上げる。
「ば、馬鹿野郎!そんなこと、あるわけねぇじゃねぇかっ!」
ダルバスは、即否定する。
「ま、時間はないけれど、私も迂闊だったわね。さ、指輪を買いに行きましょ?」
ライラは、すぐさまお互いの指輪を買いに行く事を促す。
「お、おい。おめぇの、ウェディングドレスはどうするんだよ?」
ダルバスは、時間がない事に難色を示していた。
「大丈夫よ。直ぐに決めるからね。・・・バーリアル。ちょっと、出かけてくるわ?悪いけれど、洋服店の人は少し待たせて置いて頂けるかしら?」
ダルバスとライラの様子を見ていたバーリアルは、状況を理解したのか、恭しく膝を屈めていた。
「さ。行きましょ?」
ライラは、ダルバスの手を取ると、強引に家を後にしていた。

 ダルバス達は、ライラの家から少し南に下ると、銀行の先にある宝石店を目指す。
「ちょっと、待ってくれ」
ダルバスは、銀行の前で足を止めると、銀行へと足を運ぶ。
ライラは、ダルバスの魂胆に気が付いたのだろう。ライラも、銀行の中へと足を運んでいった。
ダルバスは、預金してある口座から貯金を下ろしているようだった。
そして、ライラも現在の所持金では、婚約指輪の購入や、結婚式の資金が足りない事を理解していたので、当面の資金を用意する事となった。
「豪勢な指輪は、用意できねぇが・・・」
ダルバスは、自分の懐を確認すると、ライラへ苦笑を浮かべていた。
「いいのよ。あなたの・・・その・・・。私への気持ちを貰えれば・・・ね?」
ライラは、恥ずかしそうな笑みを浮かべると、ダルバスと腕を組む。
「そ・・・。そうか。じゃ、宝石屋へ行こうぜ?」
ダルバスは、ライラと腕を組みながら、銀行の側にある宝石店へと足を運ぶ。

 銀行から外へ出ると、その側には宝石店があった。
普段のダルバスからすれば、無縁の場所でもある。
「宝石店ね・・・。私、殆ど入った事がないわ?」
ライラは、宝石店の前に立ち止まると、高級感が溢れる店内を見渡していた。
「お?おめぇ、宝石店に来た事がねぇのか?」
ダルバスは、意外そうにライラへ問いかける。
「無い訳ではないけれど・・・」
ライラは、言葉に詰まっていた。
来た事が無い訳ではない。
セルシアと来た事もあるし、昔付き合っていた男性と来た事もある。
しかし、ベスパーの事件以降、ライラは殆どお洒落などを気にせずに、魔法などの鍛錬に励んでいた。
それ故に、ライラは装飾品などを気にする事もなく、今に至っていた。
しかも、セルシアと来た時はセルシアの買い物であったし、過去の男性と来た時も、一方的に貰うだけだった。
ライラは、自分が欲しいと思ったり、誰かに贈りたいと思った物を探した事はなかったのだ。
それに、昔、他の男性と来た事があるなどとは、さすがにダルバスへ言う事は出来ない。
「以外だな。お嬢様のおめぇなら、常連だと思ったんだがな」
ダルバスは、意外そうにライラを見つめている。
「まぁ、来た事が無い訳ではないわ?さ、入りましょ?」
ライラは、自分を誤魔化すかのように店内へと足を運ぶ。ダルバスも、それに続いた。

 店内へ足を運ぶと、そこには豪華な空間が広がっていた。
店内のショーウィンドウには、眩いばかりの宝石や、装飾品が飾られていた。
店員は、恭しくお辞儀をすると、無言のままダルバス達を迎え入れる。
店員達は、むやみに客へと声を掛ける事はない。
売り込みや、声掛けなどは無粋の行為となる。
「はぁ・・・。俺には無縁の世界だと思っていたが・・・」
ダルバスは、店内を見渡していた。
「こんなものよ。さ、指輪の注文をしましょ?」
ライラは、ダルバスと腕を組み直すと、店内を散策する。
 店内には、宝石単体でも売られており、種類は様々だった。
宝石の種類は、ルビー、サファイア、エメラルド、アメジスト、トルマリン、アンバー、ダイヤモンド、シトリンなどがメインとなる。
これらの宝石を、指輪やネックレス、イヤリングなどに加工し販売しているようだった。
無論、宝石単体での購入も可能だが、大抵の客は、アクセサリへ加工して購入するのが一般的なようだ。
 ダルバス達の視線は、無意識のうちにルビーへと集中する。
「小せぇな」
ダルバスは、苦笑を浮かべる。
「そうね。私達が持っている、ルビーとサファイア、それにアメジストとトルマリンは、これより・・・ね?」
ライラも、ダリウスから拝借している宝石や、自力で手に入れたルビーやサファイアと比べると、売られている宝石が陳腐とも思えているのだろう。思わず、ダルバスと苦笑を浮かべていた。
「まぁ、俺が贈ろうとしているのは、これらの宝石じゃねぇ。これ以外に、何か欲しい宝石はあるかい?」
ダルバスは、ライラへ優しく微笑みかける。
「いいのよ何だって。極端な話、そこら辺に転がっている石ころでもいいわ?」
ライラは、ふざけて見せている。
「お?そりゃ、助かる。じゃ、店を出て、足下に落ちている石にするわ」
ダルバスも、ライラの冗談に乗る。
「でもね?指輪の土台は、超高級なプラチナじゃないと駄目よ?」
ライラは、ふざけて自身の左手を差し出す。
「・・・堪忍してくれ」
その様子に、ダルバスはふざけて項垂れて見せていた。
「しかし・・・、まぁ・・・」
ダルバスは気を取り直すと、1つの宝石を見つめていた。
そして、徐に店員を呼びつける。
「何か、ご入り用でしょうか」
店員は、恭しくダルバス達のもとへと訪れる。
ダルバス達の様子を見て、すぐさま意図を理解したのだろう。店員は、次の用件を待っているようだった。
「おう。これを見せてくれねぇか?」
ダルバスは、ショーウィンドウの中にある、1つの宝石を指さす。
それは、ダイヤモンドだった。
「畏まりました」
店員は、ショーウィンドウの鍵を開けると、大小様々なダイヤモンドを取り出していた。
「あんた・・・。いいの?」
ライラは、ダルバスが選んだダイヤモンド達を見つめると、驚嘆の声を上げる。
 ブリタニアで取り引きされている宝石は様々あるが、一番高価な物はダイヤモンドだった。
無論、サイズや度合いによっては、他の宝石達より価値が下がる事もあるが、基本的に、ダイヤモンドは高価なものとなる。
ダルバスは、ライラの言葉を遮ると、早速選定に入っていた。
大小様々なダイヤモンドに、ダルバスは自分の懐と相談しているようだ。
ライラは、ダルバスが得意な値切り交渉を始めるのではないかと思っていたが、さすがにこの場では行わないようだ。
ダルバスは、ライラには聞こえにくいように、店員と交渉をしている。
もしかしたら、値切り交渉もしているのかもしれないが、ライラには知る由もない。
 ライラは、その様子を見ると、意図的にその場を離れる。
自分が側にいては、ダルバスも店員と相談がしにくいだろうと踏んだのだ。
そして、ライラ自身も、他の店員を呼びつけると、指輪の相談を始めていた。

 暫く、ダルバスとライラは秘密の相談を、店員と続けていた。
そして。
「おう。おめぇのサイズは幾つだ?」
「ダルバス。指のサイズを教えて?」
ダルバスとライラ、同時に声をかけあっていた。
その様子に、お互いに苦笑を浮かべる。
「7号よ」
「17号だ」
お互いに、サイズを確認し合うダルバスとライラ。
「それじゃ、土台は7号で頼むぜ?」
「17号でよろしくね?」
ダルバスとライラは、指輪の注文を進めていた。
 そして、一通りの注文を終えたダルバスとライラは、顔を見合わせていた。
「なぁ・・・。指輪の注文って、こんな流れでいいのか?俺、おめぇの要望も聞いていねぇし・・・」
ダルバスは、初めての出来事にしどろもどろしている。
「さぁ?いいんじゃない?本当は、お互いにどのような指輪がいいか、話し合って決めるみたいだけれどもね?」
ライラも、ダルバスの様子に苦笑を浮かべている。
「いいのか?おめぇが、気にいらねぇ指輪になるかもしれねぇぜ?」
ダルバスは、不安げな表情を浮かべていた。
「いいのよ。私だって、あんたの好みなど聞いていないでしょ?お互いに、指輪を交換するまで楽しみに取っておきましょうね」
ライラは、自分とダルバスを相手にした店員を見渡していた。
確かに、店員達は不思議な表情を浮かべている。
普通の婚約者同士であれば、お互いにどのような指輪がよいのかを確認しながら購入するからだった。
ダルバスとライラは、それを行わずに、指のサイズだけを確認しあい、お互いに勝手に決めてしまった事になる。
「いいのかなぁ・・・」
ダルバスは、頭を掻く。
「いいじゃない。それに、お互いの好みは、わかっているのではなくて?」
ライラは、ダルバスの腕にしがみつくと、体を寄せていた。
「まぁ。それなら、いいけどよう。・・・おい。指輪はいつ出来上がる?」
ダルバスは、店員に問いかける。
「お急ぎとの事ですので、今日の夕方には納品可能です。指輪の土台も、いまある在庫で可能ですので」
店員は、今日中にでも納品可能な旨を伝えていた。そして、ライラが注文した指輪も同じ事を確認する。
「そう?じゃ、ダルバス。夕方もう一度ここに来ましょ?じゃ、お願いね?」
ライラは、ダルバスの手を取ると、店を後にする。

 時間は、まだ午前中だ。
しかし、そろそろ昼を迎えようとしている。
日中の陽ざしは中空にあり、穏やかな陽ざしがダルバス達を迎えていた。
「さて。どうするよ?」
ダルバスは、ライラの手を握りしめ直すと、今後の予定を窺う。
「そうね。ナオやピヨンやリスタはどうしているのかしら。取り敢えず、一度家に戻らない事?」
ライラは、帰宅する事を促す。
「そうだな。俺も腹が減ったし、一旦帰るか」
ダルバスとライラは、ひとまずライラの家へ帰る事にしていた。
ダルバスとライラが家に帰ると、そこにはココネ達とリスタとナオがいた。
「あ。お帰りなさい!」
ナオは、満面の笑みを浮かべると、ライラ達を迎え入れる。
「御免なさいね。本当であれば、ベスパーを案内してあげたかったんだけれど、私達の準備もあったからね」
ライラは、申し訳なさそうに詫びを入れていた。
「いいの。ライラ達は、私達がいるあいだに準備をしなくてはいけないのでしょ?逆に、急がせて申し訳なかったね」
ピヨンも、事の内容に申し訳なさそうにしていた。
「我に気にする事はない。こちらも、このような事は初めてなのでな。時間をかけて楽しませて貰う事にしよう」
リスタも、今後の対応に柔軟な対応をする素振りを見せていた。
「それより、おめぇら。午前中は、どこに行っていたんだい?」
ダルバスは、放置してしまっていた仲間達を労う。
「ああ。俺達は、適当に散策させてもらっていたぜ?何度か来ているが、やっぱりこのベスパーは綺麗な街だな。俺とピヨンで、リスタとナオを案内させて貰ったから、主要箇所は見て回ったと思うぞ?」
ココネは、記憶を頼りに、ベスパーの案内をした事を報告する。
「そうだったの。申し訳なかったわね。おかげで、こちらの準備も整ってきたわ?私達の挙式は明日になりそうね」
ライラは、ダルバスとの挙式の準備が進んでいる事を報告する。
「早っ!今日着いて、翌日!?大丈夫なの?」
ピヨンは、急展開する挙式の準備に不安の声を上げていた。

 その時だった。
「さあ。皆様。お疲れでございましょう。昼食の準備が整いましたので、今お持ちいたします」
振り返ると、バーリアルが一行の前で畏まっていた。
「ありがとう。それと、洋服店の人は待たせているのかしら?だとしたら、申し訳ないので、私とダルバスは先にそちらを優先する事よ?」
ライラは、待たせてしまっている人物を気にしていた。
「お気になさらずに。彼らには、今昼食を提供している所ですので・・・。ライラ様達が食事を終えた後で大丈夫でございます」
バーリアルは、洋服店の店員を気にするライラを見ると、優しげな笑みを浮かべていた。
「そう・・・。じゃ、急いで昼食を頂きましょうね」
ライラは、一行に昼食を摂る事を促していた。
 昼食は、パン、挽肉を炒めた物。そしてサラダなどで一行の腹を満たす事になる。
食事を摂りながら、ライラは翌日に提供される料理などを考えていた。
「ねぇ。明日は、私達の挙式だけれども、あなた達、何を食べたいの?今からであれば、何でも用意出来るわよ?」
ライラは、一行に視線を送る。
これには、一行も戸惑いを隠せない。
「いや・・・。何を、と言われてもなぁ・・・?」
ココネとピヨンは顔を見合わせる。
「何でもいいよ。私。ライラさんとダルバスさんの結婚式を見られるだけで十分だからね!お料理も楽しみだけど、やっぱり、ライラさんのお嫁さん姿が見られれば、私それで十分!」
ナオは、摯実な瞳をライラに向けている。
「我も、気にせぬぞ?むしろ、挙式の時にライラ殿の突っ込みである火の玉が、ダルバス殿へ炸裂している姿を見せて貰う事が・・・。くくっ!」
リスタは、今まで見てきたダルバスとライラの関係を思い出しているのだろう。そのような様子や関係を見る事の方が、楽しみにしているようだった。
「あんたたち・・・。ある意味、馬鹿ね」
ライラは、旅で得た仲間を愛おしい目で見つめていた。
「ま。俺達の結婚式だ。こんな流れでいいんじゃねぇか?ま、挙式中の火の玉は勘弁して貰いてぇがよ?」
ダルバスは、良き仲間に恵まれた事に、感無量と言った感じだった。
「まぁ、いいわ。明日は、思う存分、食べて飲んでね。最高の料理を用意させて頂くからね」
ライラは、まさに感無量といった感じだった。

 そして、一行は食事を終えると、一休みする事にした。
ダルバスとライラは、明日の挙式の為に、ドレスなどの準備に入っていった。
一行が、自室で休んでいる間、ダルバスとライラは、洋服店の店員達と、服の採寸を行う。
すると。
「ねぇ。私も手伝っていい?」
そこに現れたのは、ピヨンだった。
「お?別に構わねぇが?」
手伝いに現れたピヨンに、ダルバスは嬉しげな表情を浮かべる。
「そうだったわね。ピヨンは、裁縫も得意としているのよね」
ドレスの採寸を行っていたライラは、ピヨンが対ドラゴン用の装備を繕った事を思い出す。
ピヨンの機転が利かなければ、恐らくダルバス達は、ここにはいないことだろう。
洋服店のスタッフ達は、戸惑いを見せるも、ライラの発言により、一緒にドレスを繕う事になる。
「ごめんなさいね。あなた達の仕事を奪う訳じゃないのよ?でも、ここにいるピヨンも、裁縫に関しては天下一品だからね」
ライラは、戸惑うスタッフを宥めていた。
 作業は急ピッチで行われていった。
なにせ、帰還した翌日に挙式というスケジュールだ。
この前代未聞の結婚式に、廻りは慌ただしくなっていた。
バーリアルは、他の従事達に指示を放つと、料理や内装の準備に追われていた。
 挙式自体の規模は、質素なものだ。
だが、それでも突然の準備に、一行は駆け足にならざるを得なかった。
「なぁ。本当にこれでいいのか?急ぎすぎやしてねぇか?」
ダルバスは、準備の様子に追われる人々を見ると、首を傾げる。
「そうね。確かに、急いでいるわ。ナオ達を待たせても申し訳ないしね」
ライラも、急ピッチで進んでいる挙式の準備を見ると、苦笑を浮かべていた。
「他に、呼ぶ連中はいねぇのか?俺は、友人や親族は、ほぼ全滅しているから関係ねぇが・・・」
ダルバスは、ベスパー事件の時に、ほぼ全ての友人や知人を失っている。
「こちらも同じよ。まぁ 、遠い親戚などはいるけれど、既にベスパーにいなかったりするからね。いいんじゃない?もし、私達の結婚式を見つけてくれて、祝福してくれる人達がいれば、歓迎しましょ?」
ライラも、ほぼ全ての友人達をベスパーの事件で失っていた。それ故に、ナオ達を優先して準備を進める次第になる。
「そうか。ならいいけどよぅ・・・。ま、俺達を祝福してくれる人達はいる。嬉しい事じゃねぇか」
ダルバスは、ライラの肩を抱き寄せる。
「そうね。私達・・・。幸せね」
ライラは、ダルバスにしがみついていた。
「ベスパーの仇は取った。これからは、ベスパーの復興と供に、一緒に生きていこうぜ?」
「そうね。派手な生活はいらない。この街のために・・・。頑張っていきましょ?」
ダルバスとライラは、ようやく自分たちの生活を取り戻し、そして将来の目的を持った事に安堵していた。
明日の挙式を迎えた事により、ダルバスとライラの結束は、確実な物へとなっていった。

 挙式の準備は、急ピッチで進んでいった。
ドレスの準備も既に終了し、ライラは試着をして満足がいっているようだった。
細かい修正などは、ピヨンが率先して行い、ライラが戸惑いを覚えるほどだった。
挙式に呼ばれる人物達も、今回の旅の友だけではなく、近所などへ触れ込む事により、それなりの人数が集まりそうな感じだった。
 夕刻には、発注した結婚指輪も完成し、ダルバス達の元へと届けられる事になる。
指輪は、ダルバスとライラは秘密にしており、明日の挙式での指輪交換までの内緒となっていた。
 ライラの自宅内部は、既に挙式の準備が整いつつあり、庭には沢山の椅子と机が配置されていた。
そして、挙式には必須である神父の手配も完了していた。
この神父とは、グランドマスターを意味していた。
普段であれば、人気のない場所で、オリジン神の教えを説いて廻っているが、大きな祭り事やこのような結婚式がない限り、人前に姿を現す事は少なかった。
突然の挙式故に、バーリアルはグランドマスターを捜すのに四苦八苦したが、何とか見つけて呼ぶ事が出来た次第になる。

 そして、時刻は夕暮れを迎えていた。
ライラの姿は、台所にあった。
「うふふ。久しぶりね。さぁ、腕を振るうわよ?」
ライラは、昼間に調達した食材を前にすると、興奮気な笑みを浮かべていた。
「私も手伝っていい?」
ナオは、遠慮がちにライラの脇に佇んでいた。
「えぇ。勿論。じゃ、早速だけれど、下ごしらえをお願いしてもいいかしら?」
ライラは、ナオへ食材の下ごしらえをお願いする。
「うん!わかった!ユニコーンの角亭でもやっているからね。じゃ、取り敢えず、この魚を三枚に下ろせばいいのかな?」
ナオはそう言うと、目の前にある食材を捌いてゆく。
ナオの手さばきは見事なもので、魚や野菜などを手早く捌いていった。
「凄いわね。これは、私も負けてはいられないわ?」
ライラは、ナオが捌いてゆく食材を手に取ると、手早く調理を進めていった。
それを見ている一行。
「意外だな・・・」
ココネは、ナオとライラの様子を見ると、呆然とした表情を浮かべていた。
「ナオ殿が、ここまで出来るとはな・・・。ブラックソン城での、料理人になって欲しいものだ」
リスタも、普段のイメージとは違うナオを見て、驚きを隠せないようだった。
「あらぁ?リスタは、ナオにご執心かしら?いいのよ?お持ち帰りしなさいな?ね?ナオ。女をアピールするのよ!」
ライラは、驚くリスタに対してナオを前面に押し出していた。
「ば・・・馬鹿な!私は、ナオ殿に対してそんな気持ちなど・・・」
「ちょ・・・!私はそんな・・・」
リスタとナオは、ライラの発言により、距離をとってしまう。
「駄目よ?今回の旅で、リスタとナオにはいい関係になって貰うって決めたんだからね」
ピヨンは意地悪い目で、にじみよる。
「リスタ。年貢の収め時だな。あんたも、生涯独身という訳にはいかないだろう?ここに、いい女がいるじゃないか?」
ココネも、ふざけてリスタに詰め寄っていた。
「もぅっ!いい加減にして!リスタ隊長は・・・その・・・。いい人だけど・・・」
ナオは、周りからの冗談に耐えかねたのか、言葉を荒げていた。
「・・・」
リスタも、ナオの様子を見ると、沈黙せざるを得ないようだ。
「あはは!ナオは、夜の仕事をしているのに純情なんだね。可愛い!」
ピヨンは、思わずナオを抱き寄せていた。
「う~。ピヨンさんったら~」
ナオは、ピヨンの腕の中で身じろぎできないでいた。
「ま、ブリテインに戻ったら、ブラックソン城でのコックなりを勤めて、リスタの心を射止めればいいんじゃないか?」
ココネは、互いのやり取りを苦笑しながら腹を抱えていた。
「い・・・。いや。例えであっての話でな・・・」
リスタも、戸惑いを隠せないでいる。

「はいはい。お惚気はお終い。じゃ、ナオ。手伝ってくれるかしら?」
ライラは、戸惑うナオに助け船を出す。
出来上がった料理を、皿に盛りつけると、持って行く事を促していた。
「旨そうだな」
ダルバスは、蒸気漂う料理を見ると、喉を鳴らしていた。
「どう?あんたも知っているとは思うけれど、これがお母様から受け継いだ私の料理。少しは、進歩したかしら?」
ライラは、恥ずかしげに料理をダルバスの前に披露していた。
「上出来だ。つか、早く喰わせろや?」
ダルバスは、ふざけて盛られた料理に対しつまみ食いをする仕草を見せていた。
「はいはい。手づかみは駄目よ?じゃ、先に机に着いていてね。もう少し、料理はあるからね?」
ライラは苦笑を浮かべると、台所に集まっていた仲間達を、席に着く事を促す。

 程なくすると、全ての料理が机に並べられていた。
料理は、サラダや魚料理や肉料理など。様々な料理が用意されていた。
「すごいな・・・。全て、極上の食材じゃないか」
ココネは、料理もさることながら、その食材の良さ故に、改めてライラが貴族である事を認識していた。
「さ。遠慮無く食べてね。でも、食べ過ぎてお腹を壊して、明日の挙式を休んだりはしないでね?」
ライラは冗談を述べると、一行に食事をする事を促す。
 一行は、目の前の料理に興味津々の様子で食事を始める。
その様子に、ライラは不安げな視線を送っていた。
「旨ぇな。ライラ、腕を上げたな」
ダルバスは、満足げな笑みを浮かべると、目の前の料理を掻き込んでゆく。
「美味しいね。これが、ライラのお母さんの味なんだね」
ナオも、普段食べ慣れているユニコーンの角亭とは違う料理に、考え深げなようだった。
「意外だな。ライラが、これほどまで出来るとはな。今度、ピヨンの料理も食べてみて欲しいものだ。こいつのも、自慢だぜ?」
ピヨンは、ライラの料理を誉めながらでも、ピヨンを立てて見せている。
「これなら、我が部下達も満足いくであろう。今度来た時は、是非お願いしたい物だ」
リスタも、満足がいったように、料理を口に運んでいた。
 皆の感想は、お世辞ではないようだ。
それは、皆の料理の食べ方が、それを物語っていた。
「そう。良かったわ?それに、リスタが食べている料理は、ナオが殆ど作ったものよ?リスタのお口に合って、良かったわね?ナオ?」
ライラは、ふざけてナオに語りかける。
「え・・・?その・・・。まぁ・・・」
ナオは、突然振られた矛先に、戸惑いを見せていた。
「リスタ。ブリテインに帰ったら、ナオがこの料理を作ってくれるから、毎日ユニコーンの角亭に通いなさいな?あぁ。勿論、ナオをブラックソン城へ呼んで作らせてもいいことよ?」
ライラは、ナオとリスタの意識を強めようと、わざと冗談を投げかける。
「ば・・・馬鹿な!ナオ殿を、そのような理由で呼びつけるなど、あり得ぬ!」
リスタは、ナオとの視線を逸らすと、赤面していた。
「ははっ!ようやくリスタも、人間らしいところを見せたじゃねぇか!ん?ナオが気になるかい?」
酒の入ったダルバスは、リスタをからかう。
「もぅ!ダルバスさん!?」
ナオは、リスタとダルバスのやり取りを見ると、むくれて見せていた。
「ダルバス殿・・・。冗談は・・・」
「冗談じゃないよ。リスタも幸せになりな?ライラ達みたいにね」
ピヨンは、リスタの言葉を遮る。
「・・・」
沈黙するリスタ。
「あははっ!ゴメンね。私も、このような話が好きだから、ライラとナオには怒られたんだよね。余計なお節介かな?」
ピヨンは、ふざけてばつが悪そうにしている。
「でも、ナオのお料理はお気に召された事かしら?」
ライラは、料理の感想をリスタに求める。
「まぁ・・・。その・・・。旨いのは認める」
リスタは、ボソッと答えていた。
「また、食べたいかしら?」
意地が悪い笑みを浮かべると、ライラはリスタへ問いかける。
「まぁ・・・。そうだな・・・」
リスタは、ライラとナオとの視線を外すと、無下に嫌とも言えず、困ったように答えていた。
「ナオ。聞いた?リスタ隊長は、ナオの料理にご満悦よ?」
ライラも、多少酒が入っているのだろう。ナオに詰め寄っていた。
「もぅっ!やめてっ!そんな、無理矢理なんて・・・!気持ちは嬉しいけど・・・っ!」
ナオはそう言うと、席を立ち家の外にかけ出していってしまった。
その様子に、一行はやりすぎてしまった事を認識する。
「やりすぎたな・・・」
ココネは、走り去るナオを見ると、反省した表情を浮かべた。
ライラは、ナオの様子を見ると、青ざめていた。
「しまった・・・」
そう言うや否や、ライラはナオの後を追いかけていた。
「お、おい。ライラ」
ダルバスの制止を振り切り、ライラはナオの後を追いかけ、家の外へとかけ出してゆく。
ココネ夫妻とダルバスは、苦笑しながら見ているしかなかった。
特に、リスタは苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべるしかない。

 ライラは、家の外にかけ出すと、ナオの所在を確認する。
時刻は既に、陽が落ち、夜の帳が落ちていた。
月明かりと街灯を頼りに、辺りを見渡すと、橋の上にナオの姿を確認する事が出来た。
ナオは、橋の欄干に腕をもたれ掛かると、遠い目で中空にある2つの月を見つめていた。
「ナオ・・・」
ライラは、遠慮がちにナオへ近寄る。
ナオは、その様子を見ると、逃げる事もなくライラを迎え入れていた。
「ナオ。ゴメンね。悪ふざけが過ぎたかしら・・・」
ライラは、ナオを刺激しないよう近寄る。
「ライラさん・・・。ううん。ゴメンね。私、感情が高ぶっちゃって・・・。折角の、ライラさんの晩餐を壊して御免なさい・・・」
ナオは、申し訳なさそうに、首を項垂れていた。
「いいのよ。私達も、ダルバスとの結婚を前に、周りを気遣う事が出来なかったみたい。冗談の度が越えていたみたいね。謝るわ。本当に御免なさい」
ライラは、真摯な態度でナオに謝罪していた。
「ううん。いいの。みんなが、私やリスタ隊長の事を思ってしてくれたことだからね。でも・・・。その気持ちは嬉しいけど・・・」
ナオは、月の光を優しく受け止める川のせせらぎを眺めながら呟く。
「ナオ・・・」
ライラは、ナオに何と声を掛けて良いかわからずに、その場に佇みしかなかった。
 暫くの沈黙が流れる、
そして、沈黙を破り、ナオが呟く。
「私ね・・・。子供が産めないかもしれないの。それに、もう男性とお付き合いなど・・・」
ナオは、ポツリと呟いた。
「え?それって・・・?」
ライラは、ナオの意外な発言に、戸惑いを隠せないでいた。
「・・・。詳しくは話せないけど・・・。ライラさんなら話しても・・・。私ね、昔付き合っていた男性に非道い事をされて・・・。その・・・。あれの時に・・・。非道い事を・・・。だから、もう男性なんて・・・!」
ナオはそう言うと、声を堪え大粒の涙を流しながら、ライラに抱きついていた。
「もう・・・嫌・・・。私、人の幸せを見ている方が楽なの・・・。自分の幸せだなんて・・・!」
ナオは、ライラの前で崩れ落ちると号泣していた。
「そう・・・。だったの・・・」
ライラは、全てを理解すると、泣き崩れるナオを抱きしめていた。
同じ女性として、ナオの苦しみは壮絶だったものは理解できる。
ライラは、ナオの苦悶を想像すると、ナオを優しく抱きしめる事しか出来なかった。
「ライラさん。御免なさい!折角の心遣いを、私、無駄にしちゃった!リスタ隊長がいい人なのはわかっているけど、でも・・・!」
ナオは、自分のせいで、挙式前夜の雰囲気を壊してしまった事に謝罪していた。
「いいのよ。それより、御免なさい。そして、ありがとう。辛かったでしょう?よく、話してくれたわね?」
ライラは、涙を流すナオを、力強く抱きしめる。
ナオは、ライラの温もりを感じながら、ライラに身をまかせていた。
「ライラさんなら・・・。でも、少しすっきりした。いままで、殆ど人に話していなかったから・・・。話を聞いてくれて、ありがとう・・・」
ナオは、自分の秘密を明かした事に対して、開放感を覚えているのだろうか。秘密を明かしたライラに対し、満足げな笑みを浮かべると、涙を流しながらライラにしがみついていた。
「辛い思いをしたのね・・・。御免なさい。私は、そんな事があったなんて、知らなかったから・・・」
ライラは、ナオの頭を優しく撫でながら抱きしめるしかない。
「ううん。いいの。・・・。明日が楽しみね!ブーケトスは、絶対に私が取るからね!男性との付き合いは嫌だったけど・・・。そうも言っていられないからね!私にも、幸せを頂戴!?」
ナオは、涙を振り払うと、毅然とした表情を浮かべてみせる。
「ナオ・・・!」
ライラは、ナオの態度を見ると、止めどもない涙が溢れていた。
思わずナオを抱きしめると、ライラは涙を流しながら言葉を発する事が出来ないでいた。
 暫くの時が流れる。
「大変な思いをしたみたいだけれど・・・」
ライラは、ナオを抱きしめながら語りかける。
「?」
ナオは、ライラの発言の意図がわからないでいた。
「私は・・・ね。魔法使い。この意味が、わかるかしら?」
ライラは、悪戯っぽい笑みをナオに送る。
「どういう事?」
ナオは、ライラの笑みを受けながら、不思議そうな表情を浮かべる。
「ブリテインでの、治療院を思い出して?私は、何をしたかしら?」
ライラはそう言うと、秘薬を取り出し詠唱を始める。
「あ・・・。そう言う・・・」
ナオは、理解したように、安堵の笑みを浮かべていた。
ライラは、ナオの下腹部へ手を翳していた。

 程なくすると、ライラとナオは、家に戻ってくる。
一行は、緊張した面もちで迎える事となる。
「お・・・おい・・・」
ダルバスは、不安げに声を掛けていた。
「あぁ。御免なさいね。ほら、ナオも純情でしょ?私達の悪ふざけが過ぎたみたいね。ま、大丈夫な事よ?さ、食事を続けましょ?」
ライラは、何事も無かったかのように、食事を勧めていた。
「御免なさい。私も、色々あって混乱していたの。大丈夫よ!さ!リスタ隊長!私の料理が気に入ったんでしょ?ブリテインに帰ったら、私のお店に来てね!サービスするからね?」
ナオは、何事もなかったかのように、リスタへ酌をしている。
その様子を見ていたココネ。
「・・・。女って、強いな・・・」
ココネは、ふざけて身震いをしてみせていた。
「今頃わかったの?詳細はわからないけど、ナオは修羅を踏んできたわね」
ピヨンは、ココネのメガネをふざけて取り上げると、ナオに照準を合わせていた。
 ライラとナオは、無論、詳細を明かす事はしなかった。
しかし、一行は何となく事情を理解したのか、それ以上の詮索をする事はない。
ダルバス達は、ライラとナオの食事に舌鼓を打ちながら、夜の食事を楽しむ事になる。
明日は、ダルバスとライラの挙式があるとはいえ、一行は、旅の困難を振り返りながら、楽しい宴をすることとなった。
 そして、宴もたけなわになると、一行は湯浴みをし、就寝する事となる。
今夜は、各々準備された部屋に泊まり、明日を楽しみにしていた。
ナオは、ライラと一緒に寝たかったが、ダルバスがいるために断念せざるを得ないようだ。

 そして、翌日。
挙式は昼からだった。
一行は、朝起きると、用意された朝食を頂く事になる。
そして、その後は挙式前故に、色々な準備に追われる事となっていた。
「ナオ、ピヨン、ココネ、リスタ。御免なさいね。私達、これから準備が大変なの。あなた達も、準備はあるでしょうけれど、挙式までは御免なさいね?」
ライラは、執事達と一緒に動きながら、一行を相手に出来ない事に謝罪をしていた。
「いいって、いいって。俺達の挙式の時もそうだったからな。綺麗な花嫁衣装を見せてくれよ?」
ココネは、気にすることなく、準備することを促していた。
「我も正装をしなくてはならぬのでな。礼装武装とはいえ、こちらも準備が必要だ。楽しみにしておるぞ?」
リスタは、騎士パラディンなりの礼装準備をしているらしかった。
「私も、ドレスの準備が必要だからね。ね、ピヨンさん。一緒に、ドレスを着よ?」
ナオは、ピヨンと一緒にドレスアップする事を促す。
ココネとピヨンは、礼装を持ってきていなかったので、先日、ライラのウェディングドレスと一緒に礼装を調達していた。
「勿論。ドレスがほつれたりしていたら私に言って。直ぐなおしてあげるからね」
ピヨンも、ナオと一緒に準備する事を喜んでいるのだろう。嬉々として答えていた。

「じゃ、悪ぃな。俺達は行って来るからよ」
ダルバスは、はしゃぐ一行を後目に、ライラとその場を後にする。
 屋敷の中は、挙式の準備前で、従事達が慌ただしく往来していた。
挙式に用意する料理や、挙式に参列する人達を捌くためにその準備に追われる者。
この挙式に参列する人達は、決して多くはないが、従事達は万全の支度に追われているようだった。
「なんだか、申し訳ないわね・・・」
ライラは、突然帰還して、その翌日に挙式を上げる事に、申し訳なさそうな視線を送っていた。
「まぁ。そうだな。こんな事、普通はねぇからな」
ダルバスは、ライラの手を取りながら呟いていた。
 確かに、普通の結婚式では、考えられない行程だ。
普通であれば、挙式の数ヶ月前位から話を進め、少しずつ予定を立てるものだ。
それを、ダルバス達は、たった一日での突貫挙式をしようとしているのだ。
無論、これは友人達のためである事は否めない。
ベスパーまで来てくれた友人達。
長く滞在していて欲しいが、無理も言えない。
従って、流れとはいえ、ダルバスとライラは、急遽挙式を上げる次第になっていた。
 しかし、ダルバスとライラには、わだかまりは無かった。
無茶な流れなのは理解しているが、極端な話、お互いには結婚式を挙げる必要などなかった。
お互いの気持ちを理解し、ダルバスがライラへ求婚して、ライラが承諾してお互いが交わった時点で、ダルバスとライラは夫婦だった。
今回の挙式は、ベスパーへ来てくれた友人達への振る舞いの一環と言っても過言では無いのかもしれない。
しかし、やはりこのような節目は大事だった。
形式上の結婚式とはなるが、ダルバスとライラには、必要な儀式となるのかもしれなかった。

「ライラお嬢様。それでは、ドレスの着用をお願いいたします。ダルバス様は、あちらへ・・・」
バーリアルは、ライラへドレスの着用を促していた。
「わかったわ。じゃ、ダルバス・・・。後で・・・ね?」
ライラは、ダルバスへ視線を送ると、バーリアルに引かれながら個室へと入っていった。
「ダルバス様。こちらへ」
ダルバスは、他の執事へ呼ばれると、個室に案内されていた。

 ダルバスは、個室へ案内されると、そこには洋服店のスタッフがいた。
「ダルバス様。それでは、挙式用の服にお召し替え願います」
スタッフは、恭しくダルバスに近寄ると、早速服を差し出していた。
「お・・・おぅ」
ダルバスは、真新しい挙式用の服を見ると、畏まってしまっていた。
ダルバスの前には、先日新調した、真新しいスーツが用意されている。
無論、ダルバスも冠婚葬祭用のスーツは持っているが、まさか、自分がこのようなスーツに袖を通すなど考えた事もなかった。
ダルバスは、緊張した面もちで、袖に腕を通していた。
 そして、服を改めると、そこには普段とは違うダルバスが存在していた。
「いかがでしょうか?」
スタッフは、ダルバスの前に姿鏡を置く。
その鏡の前には、ダルバス自身が自分を疑うほどの紳士がいた。
「・・・。これが、俺かよ?くっくっくっ」
ダルバスは、自分自身の姿を見て、思わず苦笑を漏らしていた。
そこには、鎧を纏った普段の自分の姿はなく、礼装に身を纏ったダルバスがいた。
「お似合いでございますよ?」
スタッフは、お世辞とは思えない雰囲気で、ダルバスを誉めていた。
「そうか?」
その様子に、ダルバスもまんざらではないようだ。

「さぁ。ライラ様も、お召し替えが済んだご様子です。こちらへ・・・」
従事は、着替えが済んだライラの報告を聞き、ダルバスを部屋の外へ連れ出す。
そこには、純白のドレスに身を包んだライラがいた。
「・・・」
ダルバスは、声が出なかった。
普段のライラからでは、想像が出来ないライラがそこにいた。
清楚で楚々としたライラは、恥ずかしそうな表情を浮かべると、ダルバスと視線を外していた。
「似・・・。似合う・・・かしら・・・」
ライラは、ダルバスを前にすると、恥ずかしそうにしていた。
「・・・あぁ。ライラ・・・。綺麗だ」
ダルバスは、呆然としながらも、目の前に佇むライラへ、率直な感想を述べていた。
「本当?あんたの口から、綺麗だなんて言葉、殆ど聞いた事がないのだけれど?」
ライラは、恥ずかしげな笑みを浮かべると、嬉しそうな表情を浮かべる。
「ま。今だけか?女は化けるって言うからな。これが終われば、いつもの小汚いライラに戻るだけだがな」
ダルバスは、照れ隠しのために、普段のダルバスに戻っていた。
「へぇ。あんたの、そのスーツも、似合ってはいるけれど、普段の木こりに戻ればムサいおっさんね!」
ライラも、普段とは違うダルバスにときめくも、ダルバスに合わせて照れ隠しをしている。
「おっさんって・・・てめぇっ!」
ダルバスは、ライラの突っ込みに、思わず反論していた。
「はいはい。お二人様。惚気は後で頂きます故・・・。指輪の準備は問題ありませんか?」
バーリアルは、ダルバスとライラを抑えると、挙式の準備を促していた。
「・・・大丈夫よ」
「大丈夫だ」
ダルバスとライラは、お互いに視線を合わせると苦笑を浮かべていた。

 外の様子を伺うと、既に近所の人達が集合しているようだった。
突然の挙式にもかかわらず、集まってくれた人達へ、ダルバス達は感謝を覚えていた。
しかし、これには理由がある。
それは「英雄の帰還」だった。
バーリアルは、ライラ達がベスパーの仇を取った事を大々的に触れて廻ったのだろう。
良く見ると、近所の人間だけではなく、知らない人達も訪れているようだった。
噂が広まるのは早い。
それに、ブリテインから発信した情報も知れ渡っていたのだろう。
ダルバス達の活躍を知った人々は、続々とライラの家へ集まりつつあった。
「お料理が、足りるかしら・・・」
ライラは外の様子を伺うと、心配そうな声を上げバーリアルを振り返る。
「ご心配なく。食材は、大量に用意してあります故・・・。料理が足りないようでしたら、直ぐに追加をいたします」
バーリアルは、問題がない旨をライラに伝えていた。

 すると、一人の人物がライラの家へと招き入れられていた。
その人物は、赤い外套を纏い、物静かにしていた。
グランドマスターだった。
その手には、オリジン神の教えが綴られた教典が携えられていた。
グランドマスターは、ダルバス達に視線を送ると、軽く頭を下げていた。
ダルバス達との会話は無かった。
ただ、グランドマスターから発せられる気は、何とも言えぬ重厚感がある。
グランドマスターは、執事に導かれると、奧の部屋へと姿を消していった。
「はぁ・・・。あれが、グランドマスターねぇ・・・。俺も、友人の結婚式で見た事はあるが、ここまで至近距離で接した事はねぇからなぁ?」
ダルバスは、グランドマスターの後ろ姿を見ると、思わず感嘆の声を上げていた。
「私もそうね。友人の挙式で何度か見たけれど・・・。他人事だったものね」
ライラも、グランドマスターが発する、何とも言えぬ気を感じると、複雑な表情を浮かべていた。
すると、ダルバスは思い立ったようにライラへ問いかける。
「そう言えばよ。おめぇの、バージンロードは誰が相手をするんだ?おめぇの親父は・・・」
ダルバスは、既にライラの父親であるロランがいない事に気が付いていた。
「あぁ。それは、バーリアルにお願いしたわ?勿論、お父様では無いけれど、知っての通り、バーリアルは私が産まれる前から、この家に尽くしてくれていたからね。私にとっては、掛け替えのない人物なのよ?」
 バーリアルは、ルーティン家において、昔から尽くしていた従事だった。
ライラが子供の頃は、忙しいロランやセルシアに代わって、ライラの面倒や教育などを行ってきていた。
今では、家にいる従事達を纏める役割を担う事になる。
「そういや、そうだな。俺も、バーリアルにはよく叱られた記憶があるぜ?」
ダルバスは、幼少の頃、ライラの家に来て悪戯をしては、バーリアルに叱られたものだった。
「ま、そう言う事。バージンロードの相方は、気にする事なくてよ?」
ライラは満足げに、バーリアルを振り返っていた。
バーリアルは、他の執事達への指示で奔走している。
「・・・。お父様。いいわよね?見ていてくれているかしら?」
ライラは、窓から空を見上げる。
「大丈夫だろ。おめぇの親父さんなら、わかってくれるさ」
ダルバスは、ライラの横に立つと、優しく肩を抱き寄せていた。
「そうね・・・」
ライラは、ダルバスに身をまかせる。

 程なくすると、挙式の始まりとなっていた。
緊張するダルバスとライラ。
家の外を窺うと、予想以上の人々が集まっていた。
それは、一目英雄を見て、祝福しようとする人達だった。
そして、その中には、ココネ夫妻と、リスタとナオがいた。
友人達は、用意された席に座ると、いつダルバスとライラが現れるのかを、目を爛々とさせて待っているようだ。
「・・・。いよいよね」
「あぁ・・・。そうだな」
「あなたと一緒になるなんて・・・。旅の前では、考えもしなかったわ?」
「俺もだよ。ライラ・・・。幸せになろうぜ?」
そう言うと、ダルバスとライラは、唇を重ね合わせる。
「さぁ。皆様がお待ちかねです。挙式の始まりとしましょう」
バーリアルは、先に式壇へ向かうよう、ダルバスに促していた。
「お・・・。おぅ」
ダルバスは、戸惑いを見せながらも、家の扉を開けた。
すると、一斉に拍手で迎え入れられる事になる。
「いいぞ!ベスパーの仇を取った英雄!幸せになれよ!」
「素敵!ライラのお婿さんがあなたなのね!」
「みんな、心配していたんだぞ!よくぞ帰ってきた!」
「ありがとう!仇を取ってくれたんだね!」
「ドラゴンは強かったんだろう!よく、根絶やしにしてきてくれた!」
「ダルバスさん!私の事覚えている?昔、よくライラと遊んだじゃない!」
「婆さんの仇を取ってくれてありがとうよ。ワシは、こんなに嬉しい事はないぞ!」
「ランド家とルーティン家に栄光あれ!」
ダルバスは、住民からの突然の祝福に、かなりの戸惑いを感じていた。
確かに、ダルバス達の目的は、ベスパーの敵討ちであり、報復であった。
しかし、それは街を上げての話ではなく、ダルバスとライラだけでの話だった。
無論、このダルバス達の目論見を知っている人達はいたが、当初は荒唐無稽な話としか捕らえれていなかったのが現状だった。
「おめぇら・・・」
ダルバスを迎え入れられる声援に、ダルバスは眩しそうな表情で受け入れていた。
そして、バージンロードの脇を歩くと、ダルバスはグランドマスターがいる祭壇へと向かった。
周りの拍手を受けながら、ダルバスはライラを待つ事になる。

 程なくすると、純白のドレスに身を包んだライラが現れる。
すると、式場にいた全員から、感嘆の声が溢れていた。
ライラは、恥ずかしそうにうつむきながらも、バージンロードへと足を運ぶ。
そして、その傍らにはバーリアルが、ライラの手を恭しく取っていた。
式場にいる人々。そして、ライラを知っている人々は、普段とは全く違うライラの姿を見て、声を失っていた。
そこには、お嬢様をしていたライラの姿はなく、まさに「嫁入りした」ライラがあった。
「ライラさん!すっごく綺麗!幸せになってね!」
声を失う人々を無視するかのように、ナオは歓喜の声を上げていた。
ライラは、ナオに視線を送ると、僅かな微笑みを見せていた。
「ライラ!綺麗よ!自信を持って!」
ピヨンは、声を張り上げると、ライラへ祝福の言葉を贈っていた。
ライラは、仲間の女性陣からの祝福を受けながら、バージンロードを進む。
そして、程なくすると祭壇へと到着した。
そこには、ダルバスとグランドマスターがいる。
ダルバスとライラは、グランドマスターの前に佇み、グランドマスターの声を待つ事になる。

 暫くの沈黙が流れる。
ダルバスとライラは、お互いの視線を逸らすことなく、グランドマスターの言葉を待っていた。
「ダルバス・ランド。汝は、ライラ・ルーティンを、生涯の伴侶として迎え入れる事を誓うか」
グランドマスターは、低い声で、ダルバスに問いかける。
「誓う」
ダルバスは、躊躇う事もなく誓いの言葉を放つ。
「そして、雨風や、いかなる困難に立ち向かいつつ、そして、様々な誘惑に負けることなく、ライラを生涯守り抜く事を誓うか」
グランドマスターは、更なる誓いをダルバスに求める。
「勿論だ。誓うぜ?」
即答するダルバス。
「ライラ・ルーティン。汝は、ライラ・ランドとして、生涯の伴侶を勤める事を誓うか」
グランドマスターは、ルーティン家からランド家へ嫁ぐ事を促す。
「はい。誓います」
ライラは、戸惑うことなく誓いを立てる。
「様々な困難が立ちはだかったとしても、汝はダルバスと歩む事を誓うか」
「はい」
ライラは、毅然として答えていた。
「では、お互いの愛の証を見せよ」
グランドマスターは、ダルバスとライラへ、お互いの口づけを促していた。
その言葉に、ダルバスとライラは、何の躊躇もなく口づけを交わしていた。
「ライラ・・・。愛しているぜ?」
「ダルバス・・・。私もよ?」
ダルバスとライラは、互いの唇を交わしてゆく。
その途端、式場からは盛大な拍手が送られていた。
「素敵!ようやく、ゴール出来たね!」
ピヨンは、ダルバス達の口づけを見て、狂喜乱舞しながら手を叩いていた。
「ライラさん!私も、嬉しい!私もいつか・・・!」
ナオは、自身の過去もあるが、やはりその様な幸せになりたいのであろう。涙を流しながら、ライラ達を祝福していた。
「ダルバス殿!良い伴侶に恵まれたな!幸せになるのだぞ!」
リスタも、思わず立ち上がると、ダルバス達に対して、盛大な拍手を送っていた。
 長い口づけを終えたダルバスとライラ。
盛大な拍手を前に、恥ずかしげな笑みを浮かべていた。

「愛の証を確認した。では、その証を交わすのだ」
グランドマスターは、結婚指輪の交換を促していた。
ダルバスとライラは、懐から指輪を取り出すと、お互いに差し出していた。
ダルバスが用意したのは、ダイヤモンドの指輪だった。
そして、その土台はプラチナ製となる。
それを見たライラは、目を見張っていた。
ダルバスは、相当な無理をしたのだろう。
最高級のダイヤモンドと貴金属。
恐らく、ダルバスの全財産を使い果たしたに違いない。
 ライラが用意した指輪もダイヤモンドだった。
そして、土台もプラチナだった。
ライラは、ダルバスに対して嫌みにならない程度の物を選んだつもりだったが、まさか、ダルバスと同じ物になるとは思ってもいなかった。
しかし、ダルバスとライラは、お互いが用意した指輪を見ると、満足げな笑みを浮かべていた。
これは、お互いが理解し合えてきたからなのだろうと。
「さぁ。指輪の交換をするのだ」
グランドマスターは、指輪の交換を促す。
「へっ。まさか、同じ物を用意するとはな」
「私も驚いたわ?・・・ありがとう」
ダルバスとライラは、指輪を手にすると、互いに交換し合っていた。
 その途端。
瞬く間に、式場は拍手の嵐に包まれていた。
「最高だ!英雄同士の結婚だ!こんな幸せな事ってあるのかよ!」
「これで、ランド夫婦の誕生ね!素敵よ!」
「ダルバス!キリハの分まで幸せになれよ」
ココネ夫妻は、声を張り上げる。
「羨ましい!ダルバスさん!ライラさんを泣かせたりしたら、承知しないからね!絶対に、ライラさんを幸せにしてあげてね!」
ナオは、ハンカチを取り出すと、飛び上がりながら大きく手を振る。
「ダルバス殿!ライラ殿!良きつがいの夫婦になられて、我も嬉しいぞ!是非、ブリテインへの手みやげ話とさせて頂くぞ!」
リスタも、感極まった様子で、声を張り上げていた。

「さあ。皆の祝福を頂きながら、祝福を供にするがいい」
グランドマスターは、ダルバスとライラを、群衆の中へ戻る事を促していた。
「ありがとう。あなたの席もご用意してある事よ?さ・・・。こちらへ・・・」
ライラは、グランドマスターの手を取ると、主賓席へと導く。
グランドマスターは、素直に応じると、席へ腰を降ろしていた。
 そして、ダルバスとライラが、群衆の中へ戻ると、一行は瞬く間に取り囲んでいった。
「良い結婚式になって、良かった!ライラさん、素敵よ!?」
真っ先に、ライラへ飛びついてきたのはナオだった。
「うふふ。ありがと。私も、ナオ達に祝福されて嬉しいわ?」
ライラは、ナオを抱きしめると、優しげな笑みを送っていた。
「感無量だな。まさか、ダルバス達の旅に付き合って、最後に結婚式で締められるとはな。予測が出来なかったが、こんな嬉しい結末を迎えるとはな」
ココネは、改めて旅の結末を認識していた。
「くははっ!俺だって、こんな事になろうとは、予測していなかったぜ。まぁ・・・。俺は、前からライラの事が・・・なぁ?」
ダルバスは、ココネからの祝福の言葉を貰いながら、自分がライラをどう思っていたのかをほのめかしていた。
無論、ライラには聞こえないようにだが。
「我も、貴様達の幸せを頂けて、こんなに嬉しい事はないぞ。この挙式が終わった後は、今回の旅で力を付けたダルバス殿との手合わせを、是非もう一度お願いしたい物だ。そして、旅を終えた暁に、是非、我をうち負かせて欲しいものだな」
リスタは、最高の幸せを手に入れたダルバス達へ、リスタなりの祝福の言葉を贈っていた。
「次の幸せは・・・。あなた達の子供ね!」
ピヨンは、次なる幸せを、ライラ達へ求める。
「ははっ!そうだな。俺も、早く子供が欲しいからな」
ダルバスは、笑いながら答えていた。
「まぁ・・・。その・・・。近いうちに・・・ね?」
ライラは、顔を赤らめながら対応する。
「ん?どういう事だ?まだ、俺達には・・・」
ダルバスが、首を傾げた時だった。

「私も祝福させてもらいましょうか」
その言葉に、振り向くダルバス達。
「あなたの命を取ってね!」
振り向きざまに、鈍い音が響いた。
ドッ!
「ぐ・・・」
ダルバスは、短い声を上げる。
「え?」
ナオは、突然の出来事に短い声を上げる。
そして、ダルバスはゆっくりと、その場に倒れ込んでいった。
「ダル・・・バス・・・?」
ライラは、崩れ行くダルバスを呆然と眺めていた。
「ライ・・・ラ・・・」
ダルバスは、取っていたライラの手を、力無く手放すと、その場に倒れ込んでゆく。
「・・・え?」
ライラは、何が起きたのかわからず、茫然自失となる。
そして、声の主を振り返ると、そこには驚愕の人物がいた。
そこには、青いローブを纏った男性がいた。
「まさか・・・!」
ココネ夫妻は、思わず口元を覆っていた。
そこには、紛れもなくコウダイが佇んでいた。
そして、倒れたダルバスの胸元には、一本の剣が貫通していた。
倒れたダルバスの体からは、止めどもない血が流れ出す。
ライラは、コウダイとダルバスを見比べ、両手で顔を押さえると、思わず絶叫を上げていた。
「いやあああああぁぁぁぁぁっ!」
ライラは、その場に打ち拉がれる。
それと同時に、式場からは人々の悲鳴と絶叫が溢れ返し逃げ惑う事となる。

「くっくっくっ・・・。この時を、待ちわびましたよ?ダルバス?ライラ?」
目の前にいるコウダイは、ライラ達に対して、不敵な笑みを浮かべる。
しかし、ライラはパニックになり、ダルバスの体を揺さぶりながら、懸命に声をかけ続けていた。
「コウダイ!貴様!なぜ、ここにいる!」
リスタは、自身の獲物を引き抜き、ダルバスとライラの前に立ち、コウダイと対峙していた。
リスタの礼装は、結婚式とはいえ、武装したものとなる。
「簡単な話ですよ。あなた達が、私を運んだドラゴン。どこかに運ぼうとしていたみたいですが、途中で縄が解けてしまってね。私は、海上に落下してしまったのですよ。それを、たまたま航海していた漁船に助けられた次第で・・・。くっくっくっ・・・。あなた達の、帰る場所はわかっていたのでね。まぁ、先回りさせて貰った次第と言う事です」
コウダイは、悪びれる事もなく、リスタ達へ事の事実を伝えていた。
「まさか・・・。ライラがあんたの治療を施したのが徒になるなんて・・・!」
ピヨンは、怒りに震える。
そして、コウダイを送ったと思った、ブラックライトの帰還が早かった事を思い出す。
ブラックライトは、コウダイを送ったのではなく、途中で落としてしまったが故に、早く帰ってきてしまったのだと。
「気が付かなかった・・・っ!」
ピヨンは、自分が浅はかだった事を思い知ると、思わず唇を噛みしめる。
 ライラを振り返ると、コウダイへの怒りの前に、ダルバスへの心配が優先していて、こちらには気にも留めていないようだった。
「この人がコウダイ・・・」
ナオは、話には聞いていたが、初めて見るコウダイに目を見張っていた。
 すると、ライラが声を張り上げていた。
「ダルバス!目を開けてよ!どうしたのよ!ふざけている場合じゃないでしょ!?起きてよ!バーリアル!急いで、秘薬と魔法の書を持ってきて!」
ライラは、横たわるダルバスを揺さぶると、声を荒げていた。
見ると、ダルバスの背には、深々と剣が突き刺さり、それはダルバスの体を貫通していた。
コウダイが放った剣は、ダルバスの心臓を貫いているのだろう。
ダルバスは、声もなく、その場に横たわっていた。
そして、瞳は閉じ、声や呼吸を発する事もない。
 この時に、一行は理解した。
コウダイの剣は、ダルバスの命を奪ったのだと。
幸せな結婚式を、一瞬で地獄へと覆したコウダイ。
目の前にいるコウダイは、満足げな笑みを浮かべていた。
「くっくっくっ・・・。無様で楽しいですねぇ。結婚式が、葬式になる・・・。最高じゃないですか。あ~はっはっはっ!」
コウダイは、天を仰ぐと高笑いをしていた。
すると、リスタが声を張り上げる。
「ココネ!人払いをせよ!」
リスタは、ココネに指示を送ると、即座に敵対集中を発動する。
そして、ココネはそれを直ぐに理解する事になる。
それは、リスタがコウダイの処刑を行おうとしている事だ。
「すまない!ここは危険だ!直ぐに式場を後にしてくれ!」
ココネは、声を張り上げると、その場にいる人物を、ライラ宅の敷地から追い払う。
無論、既に危険を認知している人々は、直ぐにその場から逃げ出していた。

 瞬く間に、式場からは、参列者達は消えていった。
その場に残っているのは、ライラ達と従事。そして、グランドマスターだった。
従事達は、グランドマスターを守る様に取り囲んでいる。
グランドマスターは、逃げる様子もなく、この様子を悲痛な眼差しで見つめていた。
コウダイは、その様子を気にする事もなく、高笑いを続けている。
リスタは警戒をする。
コウダイが、また人やドラゴンを操って、自分たちに攻撃をするのではと。
 しかし、リスタの警戒をよそに、コウダイに操られているような人物は見受けられなかった。
リスタは、自分が操られているのかもしれないとも考えるが、周りの様子を理解できる自分を考えると、それも考えにくかった。
その様子を、コウダイは含み笑いを浮かべながら見つめていた。
「貴様・・・!」
リスタは、コウダイに滲み寄る。
「あぁ。私の用事は済みました。それとご安心を。既に、私の能力は使えないのでね。後は、ご勝手に。くっくっくっ・・・。でもね。これで、私を打ち倒したと思ったら、笑止千万。この様な俗世が続く限り、私と同じような人物が現れ・・・」
ほくそ笑むコウダイに、リスタは容赦しなかった。
「うおぉぉぉっ!」
リスタは、雄叫びを上げると、容赦なくコウダイの首を跳ね飛ばしていた。
コウダイは、抵抗することなく、リスタの刃を受けた。
華やかだった式場に、コウダイの血しぶきが舞う。。
コウダイの首は両断され、不気味な笑みを浮かべたまま、地に転がり落ちた。
「・・・っ!」
ピヨンは、その様子を見ると、思わずココネの後ろにしがみついていた。
「ひっ!」
ナオも、突然の予測外の出来事に、声を失っていた。
「・・・」
コウダイの処刑を行ったリスタも、あまりの展開に沈黙せざるを得なかった。



 全ては終わった。
コウダイという、諸悪の根元は絶たれた。
しかし。
それの代償は、あまりに大きな物だった。
ベスパーとトリンシックの壊滅。
純粋なドラゴン達の命。
そして、ダルバス。
 ライラは、何度も治癒魔法をダルバスへ施すが、ダルバスが戻ってくる事はなかった。
ダルバスの亡骸を前に、ライラは、ただ打ち拉がれるしかない。
ライラは期待していた。
自分が、瀕死になった時、ライラは両親の霊体により救われた。今回も、ダルバスの両親が、あの世へ旅立つダルバスの魂を引き留めてくれるのではないのかと。
しかし。ライラの懇願は適わず、ダルバスは天に召されてしまった。
「ダルバス・・・っ!」
ライラは、ダルバスの亡骸を前に、泣き崩れるしかなかった。
これには、一行も何と声を掛けて良いかわからず、立ちつくすしかない。
リスタは、ベスパーの衛兵を呼びつけると、コウダイの亡骸の処理を促していた。
そして、リスタは最大級の後悔をしていた。
無論、それは、コウダイを流刑などせずに、その場で処刑していれば良かったと言う事だった。
リスタは、事務的な処理を終えると、思わず声を荒げていた。
「くそったれがあぁぁぁぁぁっ!」
普段は冷静なリスタ。それが、感情を荒げた事により、一行はリスタの感情を理解する事になる。
「リスタ隊長・・・」
ナオは、涙を浮かべながら、リスタを気遣っていた。
「こんな事って・・・」
ピヨンは、ダルバスに拉がれるライラを見ると、言葉を失っていた。
「あり得ない・・・。こんな事が許されてたまるかってんだっ!畜生がっ!この世に、神なんているのかよ!」
ココネは、思わず地面を殴りつけていた。

「嫌よっ!嫌っ!あんた、私と結婚したじゃない!なんで、勝手に逝こうとしてんのよっ!あんた、私を助けてくれたじゃない!私も、今、助けるからね!」
ライラは狂乱すると、無我夢中でダルバスへ治癒魔法を施す。
しかし、ダルバスは既に絶命している。
誰が見ても、ライラの行動には無理があった。
「・・・。ライラさん。落ち着いて・・・。ダルバスさんはもう・・・」
ナオは、取り乱すライラを宥めようと、話しかける。
「何よ!あんたまで、私達の幸せを邪魔するの!?邪魔をするのなら、容赦しないわよ!?」
ライラは、ナオの制止を振り切ると、ナオへ攻撃魔法の詠唱を始める。
「止めろ!」
リスタは、ライラの秘薬を取り上げると、魔法の詠唱を中断していた。
「嫌よ!嫌あぁぁぁっ!」
ライラは、髪を振り乱しながら魔法の詠唱をしようとしていた。
しかし。
「リスタ隊長!止めないで!いいの!ライラさんが、私をどうしようと・・・っ!」
ナオは、リスタから強引に秘薬を取り戻すと、ライラへ手渡していた。
「この・・・っ!邪魔をするのなら・・・っ!」
ライラは、秘薬を取り戻すと、詠唱を始める。
「・・・っ!」
ナオは、ライラからの攻撃魔法を覚悟していた。そして、その結果がどうなろうとも、ライラのためならとも決意を固める。
・・・。
しかし。
ナオが、恐る恐る目を開けると、そこには目に涙を浮かべたライラがいた。
「・・・。ナオ・・・」
ライラは、思わずナオを抱きしめていた。
「ライラさん・・・」
ナオは、ライラに身を任せる。
「御免なさい!あなたは、優しい子・・・。ごめんね。私は、あなたを傷つけてしまうところだった・・・」
ライラは、逆にナオに身を任せると、涙を流しながら項垂れかかる。
「・・・。ううん。いいの。ダルバスさんは・・・。いえ・・・。今は泣いていいの。思いっきりね・・・」
ナオは、腕の中にいるライラを、優しく抱きしめる。
「ありがとう・・・。ナオ・・・。ダルバス・・・っ!」
ライラは、優しいナオの腕に抱かれながら、止めどもない涙を流していた。

 一行は、ライラとナオの様子を見ると、かける言葉を失っていた。
既に、諸悪の根元となるコウダイはいない。
しかし、ライラへのダメージは、相当なものになる。
一行は、拉がれるライラが落ち着くまで、待つしかなかった。

 どれほど待っただろうか。
ライラは、ナオの腕の中で眠った様にしていた。
しかし、程なくしてライラは、ナオの腕の中から目覚める事になる。
「ダルバス・・・」
ライラは、横たわるダルバスの亡骸に近寄る。
「・・・。ありがとう。私を愛してくれて・・・。私も、あなたを愛しているわ?そして、さようなら・・・。私・・・達も、幸せに・・・なる・・・か・・・ら・・・ね・・・?あなたの・・・」
ライラは、涙に詰まりながら、ダルバスへ唇を重ねる。
 その様子を、一行は悲痛な表情で見つめるしかなかった。
「ライラ・・・」
ピヨンは、大粒の涙を流しながら、その様子を見守るしかない。

 皮肉な事に、コウダイの目論見通り、結婚式場は、斎場へと役割を変える事となる。
従事達とリスタ達は、ほぼ無言のまま斎場を作り始めていた。
避難していた参列者達も、事態を理解したのか、戻ってくるとその様子を呆然としながら見つめていた。
バーリアルは、従事達と供に、ダルバスの亡骸を家の中に運ぶ。
そして、ライラは、ダルバスが着ているスーツを、普段着ているダルバスの服へと着替えさせた。
ライラの瞳から、涙が途切れる事はなく、無言のまま作業を続けていた。
ダルバスは、急遽用意された棺の中へ収められると、ライラは、自身のウェディングドレスを一緒に収める。
無論、これはダルバスが天国で寂しい思いをしないように。そして、自分を忘れないで欲しいとの計らいだった。
リスタとココネ夫妻とナオは、黙々と斎場造りをしていた。
誰も口を開く事はなかった。
沈黙した斎場に、時折指示を出すバーリアルの声だけが響く。

 誰が、このような結末を想像出来たであろうか。
突然の災厄に、人々は戸惑いながらも、徐々に現実を受け止めてゆく。
ダルバスの死。そして、コウダイの存在。
二度と、このような悲劇が起こらぬよう、人々は、ダルバスの冥福と、そして平和を望むしかなかった。

 斎場が用意できたのは数刻後だった。
式場としての基盤は出来ていたので、さほど時間がかかる事はない。
人々は、一旦自宅に帰ると、喪服に着替えていた。
ココネ夫妻とリスタとナオは、喪服の持ち合わせが無いために、ライラの家から拝借する事となる。
結婚式と同時に葬式が行われるという前代未聞の出来事に、人々の心境は複雑だった。
 ダルバスの棺には、花を始め、様々な物が添えられてゆく。
ココネとピヨンは、家の台所を借りると、ダルバスの好物だった鳥の薫製とリブステーキを作り、それを収める。
ナオは、酒が好きだったダルバスのために、近所の市場からワインを購入すると、棺に入れていた。
リスタは、最高のライバルと認めたダルバスのために、自身の剣を収める。
そして、ライラはウェディングドレスの他に、魔法の書と秘薬。そして、ブリテインでダルバスに買って貰ったイヤリングを収めていた。

「これなら、ダルバスさんは、天国で寂しい思いをしないですむね・・・」
ナオは、ポツリと呟く。
ココネ夫妻とリスタは、無言のまま頷いていた。
「みんな・・・。ありがとう。ダルバスは・・・良い友人に・・・恵まれて幸せだ・・・わ?」
ライラは、友人達の心意気に、再びその場に拉がれてしまう。
「ライラさん・・・」
ナオは、拉がれるライラに寄り添う事しか出来なかった。
 その時だった。
リスタは、申し訳なさそうにライラへ話しかける。
「ライラ殿・・・。我が、トリンシックで見せた能力を覚えているだろうか。今なら、今一度あの能力を解放する事も出来るが・・・」
リスタは、トリンシックで死者を呼び寄せた技を、もう一度使用する事を提案している。
しかし、ライラは既にその事を考えていたのだろう。ライラの回答は、意外な物だった。
「ありがとう。でも・・・。遠慮しておくわ。ダルバスは、既に私と供にあるからね。声は聞こえないし、姿は見えないけれど・・・。ダルバスに未練を残させるより、今、私に出来る事は、早くダルバスを天国に送ってあげる事。引き留められないわ?」
ライラは、目を潤ませながらも、毅然と答えていた。
「ライラ殿・・・」
リスタは、ライラの覚悟を理解すると、言葉を失う。
「ライラは強いんだね。ダルバスも、幸せだと思うよ?」
ピヨンは、ライラの心の強さに感心する。
「まぁ・・・ね。ねぇ、ダルバス?私、直ぐにはそちらへ行く事は出来ないけれど、いつか必ずそちらへ行くからね。それまで、浮気しちゃ駄目よ?」
ライラは、棺の中にいるダルバスへ、最後の口づけを交わしていた。
一行は、その様子を見ると、涙を堪えきれないでいた。

 葬儀は、つつがなく執り行われた。
ダルバスの妻となったライラが喪主となり、葬儀は進んでゆく。
グランドマスターは、ダルバスの冥福を祈り、教典を読み上げる。
グランドマスターも、まさか結婚式の役目が、葬式の役目に代わるとは思いもしていなかったのだろう。
戸惑いを隠せない様子で、教典を手にしている様だった。
そして、短い葬儀が終わると、ライラは参列者へ謝辞を述べていた。
「皆様・・・。このような内容になってしまい、御免なさい。本当は、結婚式だったのだけれど、このような結末を迎えてしまって・・・。でも・・・。それでも・・・。私とダルバスは、これだけの人に囲まれて幸せよ。勿論、望まぬ結末だったとは言え・・・ね」
ライラは、参列者を見渡す。そして、一息入れると言葉を続ける。
「私は、ダルバスの妻であり、ライラ・ランド。私の余生は、ダルバスの家で過ごす事にするわ?皆様、よければ遊びに来てね。私と、ダルバスで・・・。お出迎え・・・する・・・こと・・・だから・・・」
そこまで言うと、ライラは感極まった様子で、涙を流し言葉に詰まっていた。
「ライラ・・・」
ピヨンは、ライラの苦悩を痛いほど理解していた。
しかし、ピヨンは何もして上げる事は出来なかった。
「皆様・・・。ダルバスの・・・事は・・・忘れないで・・・。私の愛しい人・・・」
そこまで言うのが限界だった。
ライラは、その場に崩れ落ちると号泣していた。
ナオとピヨンは、すかさずライラの元へ足を運ぶと、泣き崩れるライラを介抱していた。
 斎場に集まった人達からは、すすり泣く声が響き渡る。
ダルバスとライラを昔からよく知っている人。そして、よく関わりのあった人達。
その人物達は、わき目も振らず涙を流していた。
そして、一目英雄を見ようと訪れた人達も、このような結末を迎えた事により、すすり泣いていた。

 一通り落ち着くと、ダルバスの棺は運ばれる事になる。
その場にいた男性達は、ダルバスの棺を皆で担ぎ上げる。
そして、棺は、ダルバスの家の裏庭へと運ばれていった。
一行は、ほぼ無言のまま墓穴を掘り始める。
ライラを始め、女性陣もそれに参加しようとしたが、リスタとココネに止められてしまっていた。
程なくすると、棺を収められる穴が完成する。
それを見ていたグランドマスター。
「お別れの時が来た。これが最後になる。お別れをしたい者は、棺の小窓から挨拶をするといい」
グランドマスターは、最後のお別れを告げていた。
 参列者達は、各々、棺の小窓からダルバスの死に顔を確認すると、冥福の祈りを捧げていた。
そして、参列者達がお別れをした後、ライラ達もダルバスへのお別れをする事になる。
「ダルバス・・・。キリハからの繋がりとはいえ、お前は最高の仲間だったぜ?俺は、お前みたいな友人に出会えて幸せだよ。天国で、先にキリハと宴会をしていてくれ。俺も、いつかは行くから、その時は仲間に入れてくれよ?・・・。さよならは言わない。あの世で会おうぜ?・・・またな!」
ココネは、ダルバスと出会えた事に感謝を述べると、あえて毅然とした態度で棺を後にする。
「ダルバス。あんた、本当にいいお嫁さんを貰ったんだね。こんな事になって残念だけど、私、ライラを見習ってココネと一緒に生きるね。ベスパーに、ライラへ会いに来た時は必ずあんたにも・・・会いに行くから。天国で・・・私達を見守って・・・いて・・・」
ピヨンは、言葉に詰まると、思わずココネにしがみつきながら号泣していた。
「ダルバスさん・・・。ライラさんを愛してくれてありがとう。私も嬉しかった・・・。でも・・・っ!私、こんな結末を望んではいなかった・・・。このままじゃ、ライラさんがあまりにも・・・っ!」
ナオは、ダルバスの棺を覗き込むと、思わず本音を吐き出していた。
「・・・でも。これが現実・・・。私、可能な限りベスパーに来るね。そして、ライラさんを励ます!私、ライラさんの生活はよくわからないけど、それでも良いよね。ダルバスさん・・・?」
ナオはそう言うと、棺に抱きつくと、大粒の涙を流していた。
「ダルバス殿・・・。まさか、こんな結末になろうとはな・・・。しかし、貴様の意思は受け継いだ。我は、前にも増して、ブリタニアの治安維持に勤めようぞ。貴様との結束は決して忘れはせぬ。我がそちらに行く時には、必ずお互いの決着を付けようぞ。それまで、天国での鍛錬を怠るのではないぞ?・・・さらばだ!」
リスタは、棺の中にいるダルバスに対して、最大級の敬礼を送っていた。
「ダルバス・・・」
ライラは、棺の中のダルバスを見つめる。
「私達は、昔から幸せだったのかもしれないわね。それに気が付いたのが、ごく最近だなんて、皮肉な話だわ?ダルバス・・・。愛しているわ?あっちで、私を待っていてね?それに、私達の・・・」
ライラは、短いお別れをダルバスへ伝えると、棺に抱きついていた。
そして、程なくすると、ライラは大声を上げながら涙を流し、ダルバスへの別れを告げていた。

 埋棺は、男達の手で行われた。
掘られた穴に、ダルバスの棺は安置される。
そして、男達は、無言のまま土を棺の上に放り込む。
ライラ達は、涙を流しながら、地面に消えてゆくダルバスを見つめていた。
そして、程なくすると、ダルバスの棺は、完全に地中へと姿を消していた。
この時点で、まだダルバスの墓標はない。
突然の出来事故に、そこまでの用意は出来なかったのだ。
しかし、ダルバスの墓標は、ライラが後で用意するのだろう。現時点では、問題はなかった。
 ライラと、ダルバスの仲間達は、埋められた棺の前に佇むと、ダルバスの冥福を祈り黙祷を捧げていた。
他の参列者達もそれに習う。

 参列者達は、無言のまま葬儀を後にしていた。
ライラ達は、自宅へ戻ると、茫然自失となる。
既に、結婚式と葬式は終わり、グランドマスターと参列者達の姿はない。
ライラ達は、椅子に座り込んだまま、誰も声を発する者はいなかった。
 時刻は既に夕暮れを過ぎ、夜を迎えようとしていた。
すると、バーリアルが遠慮がちに声を掛ける。
「皆様・・・。このような事態になり、大変お疲れと存じ上げます。ご夕食はいかが致しましょうか・・・」
バーリアルは、夕食の提供を促していた。
「・・・。通夜になるわね。ねぇ、ダルバス?まだ、そこにいるんでしょ?何が食べたい?」
ライラは、ダルバスの霊体がそこにいると信じながら、ダルバスに問いかける。
無論、答えはない。
「そう・・・。盛大にやって欲しいのね。うん。あんたなら、そう言うと思ったから。わかったわ。今夜は寝かせないわよ?覚悟しなさいな!?」
ライラは、ダルバスと会話をする素振りを見せると、バーリアルへ指示を放つ。
「バーリアル!今夜は、ダルバスの通夜よ!ダルバスは、盛大に送り出して欲しいみたい。昼間の食材が残っているでしょう?豪快に料理を弾んでくれないことかしら!?私も、腕を振るうわよ!」
バーリアルは、そのライラの様子を確認すると、満足げな笑みと涙を浮かべていた。
「畏まりました。ダルバス様も、さぞお悦びでございましょう」
そう言うと、バーリアルは直ぐに行動を開始する。
「ライラさん・・・。強いんだね」
ナオは、ライラの毅然とした態度を見ると、思わずライラを見つめていた。
「そう?だって、ダルバスが、とっとと旨い物を喰わせて、天国へ送ってくれって言っているからね。妻の私は、それに答えるのは当然の事だわ?」
ライラは、「妻」という言葉を強調すると、おかしそうに受け流している。
無論、それはライラが無理をしているのは、誰の目に見ても明らかだ。
そして、一行はライラの気持ちを汲むと、動き始める。
「ねぇ。私もお料理手伝ってもいいかな」
ピヨンは、通夜の料理の手伝いを提案する。
「あ!私も!ずるい!ピヨンさん!抜け駆けは許さないよ?」
ナオも、悪戯っぽい笑みを浮かべると、手を挙げていた。
「ははっ!じゃあ、俺も手伝おうか。男の料理とはいえ、少しは出来るぜ?」
ココネも、手伝いに挙手していた。
「ふっ!我も、料理くらいは出来る。ダルバス殿の餞に、刃意外の餞別も送らせて貰えぬかな?」
リスタも、通夜の料理を作る事を提案していた。
「あんた達・・・。うふふ・・・。ダルバスは幸せね。よし!食材は勝手に使いなさい!あんた達の、料理をダルバスに食べさせるのよ!その代わり・・・。美味しくなかったら・・・わかっているわね?」
ライラは、ふざけて魔法詠唱の素振りを見せた。
一行は、ライラの行動に苦笑を浮かべると、すぐさま準備に取りかかっていた。

 各々は、自分が作る事が出来る、最高の料理を作り上げてゆく。
程なくすると、机の上は、あらゆる料理で賑わっていた。
「こりゃ、凄いな」
ココネは、作り上げられてゆく料理に目を見張る。
「これなら、ダルバスさんも満足ね!」
ナオは、満足げな笑みを浮かべながら、料理を運んでいた。
そして、準備が整うと、一行は再び机の前に集まっていた。
「通夜の割には、人数が少ないわね。バーリアル!あなた達も、お食事に参加頂けないかしら?」
ライラは、執事のバーリアル達へ、一緒に通夜を過ごす事を促す。
「畏まりました。では、ご相伴預からせて頂きます」
バーリアルはそう言うと、他の執事達を呼び寄せる。
 暫くすると、従事達は集まり、10人ほどの人数となっていた。
「さ。今夜は盛大にいきましょ?しみったれていたら、ダルバスは気持ちよく旅立てないからね?」
ライラは、一行に食事を促す。
そして、ライラはダルバスの枕飯を用意し、ダルバスの霊体へ供えていた。
「ダルバス。飲んでくれ」
ココネは、ダルバスの枕飯にワインを用意する。
そして、自身のグラスへワインを注ぐと、一気に煽っていた。
 最初は、静かな食事だったが、やがて会話は活発になってゆく。
「しかし、今回の旅は大変なものであったな」
リスタは、話の口火を切る。
「そうね。3ヶ月ほどの旅にもなったけれどね。目的を達成できてよかったわ」
ライラは、リスタの意図を汲むと、会話に参加していた。
「でも、まさかなぁ。古代竜との戦闘を覚悟して行ったら、コウダイという黒幕がいたとはな」
ココネは旅を振り返ると、思わずため息を漏らしていた。
「締めが緩かったけどね」
ピヨンは、ブラックライトがコウダイを落としていた事に気が付かなかった事を後悔していた。
「ピヨン・・・。気にしなくていいわ?誰にもわからなかったからね」
項垂れるピヨンを、ライラは慰める。
「でも、コウダイって人は、なんであんな人になっちゃったの?」
ナオは、聞いた話と、実際に見た凶行を思い出すと、思わず身を震わせていた。
「さぁ・・・。コウダイから話は聞いたけれど、幼少の頃が原因なようね」
ライラは、ダスタードで、コウダイから聞いた話を思い浮かべていた。
コウダイは、最初は皆と仲良くしていた様だった。
しかし、1つの歯車が狂い始めた事により、コウダイの人生は大きく変化していった。
そして、それは最悪の結末を迎える事になったのだ。
「コウダイは、この様な俗世が続く限り、私と同じような人物が現れるって言っていたね。本当かな」
ピヨンは、コウダイが死に際に放った言葉を思い出す。
「あり得ぬ話ではないな。無論、コウダイの様に人やドラゴンを操る能力を持つ人間など、まず現れぬだろうが、コウダイと同じような境遇に遭い、方法は違えど、同じような凶行に走る人物が産まれても不思議はないであろう」
リスタは、今まで様々な犯罪者達を見てきていた。そして、平和とはいえ犯罪が無くならない世界。そして、人間同士のしがらみ。それらを考えると、新たな犯罪者が産まれても不思議はないと、リスタは考えていた。
「心が弱かったのかもしれないな。・・・いや。逆に強かったからか?自分は負けない。負けてはいけないという気持ちが強かったが、それは叩き折られてしまった。そして、それが幼少の頃だったから、修復は出来なかったんじゃないかな」
ココネは、コウダイの話を思い浮かべる。
「二度と、このような事件には関わりたくないね」
ピヨンは、ポツリと呟く。
「でも、なんでコウダイはここに現れたの?既に、人を操る能力は無いって言っていたじゃない?むざむざ、殺されに来たような?」
ナオは、現れたコウダイに首を傾げる。
「・・・。まさに、殺されに来たのかもしれないわね」
ライラは、腕を組む。
「どういう事?」
ナオは、首を傾げる。
「コウダイは、人やドラゴンを操ることでしか生き甲斐を感じていなかった。そして、その能力が無くなったことにより、路頭に迷ったのでしょうね。コウダイは、ダルバスを殺すのも勿論だったのだけれども、誰かに自分を殺して欲しいきっかけを求めていたのかもしれないわね」
ライラは、中空を見つめていた。
「そうなのか?」
ココネはライラへ視線を送る。
「わからないわ。多分・・・ね」

 暫くの沈黙が流れる。
「ああ、そうだ。ねぇ、ココネ、ピヨン。1つ、お願いしても良いかしら?」
ライラは沈黙を破ると、ココネ達に話しかける。
「何?」
「ムーングロウに帰ったら、ライキューム研究所にいるダリウス先生に、これを渡して欲しいのよ」
ライラは、3つの宝石を差し出していた。
「これは・・・。精霊を召還する宝石だったか?」
ココネは、改めて、その立派な宝石に目を見張っていた。
「そう。この宝石は、今回の旅で、ダリウス先生から拝借している物なの。帰りは、ムーングロウを経由して帰ってこなかったから、返しそびれてしまったのよね。私の代わりに、お願いしてもいいかしら」
「いいよ。近くだからね」
ピヨンは、ライラから大事そうに宝石を受け取っていた。
「それと・・・。今回の旅の顛末も伝えて頂けるかしら。コウダイが倒されるまでを・・・ね」
ライラは、ダリウスに、ダルバスとライラが一緒に戻ってくる様言われた事を思い出すと、思わず言葉を詰まらせていた。
「うん・・・。わかった。必ず伝えるよ」
ピヨンも悲痛な表情を浮かべると、宝石を大事そうにしまい込む。
「まぁ、後で文も認めるから、直に返しに行けない事を謝罪しておくわね」
ライラは、直に手渡しできない事を後悔している。

「さあっ!食べて!飲んで!みんなで、ダルバスを送り出しましょ?」
ライラはそう言うと、落ち込み掛けている雰囲気を取り戻そうとする。
「ダルバス!あんた、もっと食べなさいよ!ほら、ワインが好きでしょ?もっと飲みなさいな?」
ライラは、枕飯に置かれていたワインを自身が飲み干すと、新たに注ぎ直していた。
「ライラさん・・・」
ナオは、強い意志を見せるライラを見つめると、今は、自分も涙を流してはいけないと認識する。
「ほら。ダルバスさん?もっと、食べて?鋭気を養わないと、天国まで体力が持たないよ?」
ナオは、ダルバスに用意された料理を取り替えると、新たな料理を並べてゆく。
「くくっ!ダルバス殿には、元気良く旅立って貰わねばな。どれ、ブラックソン城で歌われている、城歌でも歌わせて貰おうか」
リスタは席を立ち上がると、ブラックソン城に古くから歌われている軍歌を歌い始めていた。
歌の歌詞と旋律は勇ましいものであり、ダルバスの旅立ちを鼓舞するかの様にリスタは歌い続ける。
一行はリスタにならい立ち上がると、聞いた事のない歌だったが、それに合わせながら歌っていた。
勇ましく力強い歌声は、一行に力を与えるだけではなく、ダルバスの冥福を祈る鎮魂歌でもあった。
リスタの歌に合わせているうちに、一行の瞳からは止めどもない涙が流れてゆく。
しかし、それでもリスタに合わせて声を合わせるライラ達。
腕を振るいながら、ダルバスの鎮魂を祈っていた。
一行は、ダルバスの冥福を祈りながら、盛大な通夜を終える事となった。

 翌日。
一行は、朝食を終えると、ロビーに集まっていた。
家の窓からは、前日の騒ぎを忘れたかの様に、優しい朝日が差し込んでいた。
街に掛けられた橋の水路も、眩いばかりの陽光を反射し、朝霧を幻想的に照らし出している、
 それでも、先日の通夜を終えて、一行には表現しがたい雰囲気の中、沈黙が続いていた。
「さて・・・。どうする?」
ココネは、思い雰囲気を破ると、口を開いていた。
「帰ろう・・・ね」
ピヨンは、残念そうな表情で、帰還の意図を示していた。
「我も、帰らねばな・・・」
リスタも、悲痛の表情を浮かべる。
 現実は非情だった。
本来であれば、ダルバスとライラの結婚式を祝福したいが故に訪れた一行。
それが、主役でもあるダルバスは、既にこの世を旅立ってしまっていた。
既に、ここにいる必要が無くなってしまったのだ。
しかし。
ナオだけは、違う反応を見せていた。
「私は・・・。もっと、ベスパー・・・。ううん。ライラさんといたい・・・」
ナオは、遠慮がちにライラを見つめる。
「ナオ・・・」
ライラは、ナオの瞳を見つめる。
「ライラ殿。我らに出来る事は何かあるかな?何かあれば、何なりと申して欲しい。急いで帰る必要もないのでな」
リスタは、ここにいる限り、最大限の助力を施す事を提案していた。
そして、理由を付けて滞在する期間を伸ばそうともしている様にも見えた。
「そうだ。帰るとは言っても、今すぐじゃない。何か手伝えるか?」
ココネも、ライラの心境を理解すると、手伝いすることを提案する。
「本当は・・・。ダルバスの生死に関わらず、皆にはもっと滞在して欲しかったけれど・・・。大丈夫よ。後は、私だけでなんとか出来るから・・・。ありがとう」
ライラは、一行の心遣いを汲むと、礼を述べていた。
「ライラさん・・・」
ナオは、目尻に涙を浮かべながら、ライラを心配していた。
「ゴメンね?ナオ。私は大丈夫。本当であれば、ナオを・・・ナオ達を。このベスパーをもっと案内してあげたかったけれど・・・。暫くは・・・ゴメンね?」
ライラは、今後の事を考えると、友人達を長く引き留める事は出来ない旨を示唆する。
「・・・わかった。私達は帰るよ。ライラの事も心配だけどね」
ピヨンはそう言うと、ライラに抱きついていた。
「ピヨン・・・。ありがとう・・・」
ライラは、ピヨンの体を優しく抱きしめていた。
「ライラ殿は、コウダイの被害者だ。ブリタニア政府に、何かしらの援助が出来るようかけあってみるつもりだ。その・・・。金銭的に何とかなる話ではないが・・・な」
リスタは、離れていても、何かしらの援助が出来る事を示唆していた。
「ありがとう。でも、大丈夫よ?私・・・達の幸せは、あなたも幸せになる事。ナオのことは冗談にしても、あんたも、早く幸せになりなさいな?」
ライラは、くすぐったい様な笑みを浮かべると、リスタに意地悪い笑みを浮かべる。
「・・・。善処する」
リスタは、ナオと視線をそらすと、そっぽを向いてしまっていた。
「・・・帰るか。本当は、もっとここにいたかったけどな・・・」
ココネは、陽光が差し込む朝霧を見つめると、目を細めていた。
「こんな事にならなかったら、私ももっとライラさんといたかった・・・」
ナオは、残念そうにライラを見つめる。
「ゴメンね。私も、またブリテインやムーングロウへ行くわ?直ぐにとは言えないけれど、約束するわね」
ライラは、一行に視線を送ると、約束の決意を見せていた。
一行は、その様子に沈黙せざるを得なかった。

 その時だった。
家の外で、大声が響き渡っていた。
「号外だ!ミノックのムーンゲートが開いたぞ!」
窓の外を見ると、数人の人間が声を大きくして号外を流していた。
「これはいい。歩いてブリテインまで帰ることを覚悟していたからな」
ココネは、タイミングの良さに目を輝かせていた。
「よかったわね。そう言えば、そろそろ満月だものね。うふふ。ダルバスが気を利かせたのかしら?」
ライラは、久しぶりに開いたムーンゲートに、安堵の息を漏らす。
「私、ムーンゲートって、使ったことがないの。本当に、一瞬でブリテインや、他の地へ行けるの?」
ナオは、自分にとって未知の世界であるムーンゲートに不安を感じている様だ。
「大丈夫。本当に、一瞬だからね。心配しないで大丈夫だよ。不安なら、リスタに手を繋いで貰って入れば?」
ピヨンは、不安を見せるナオを宥めながらからかっていた。
「そ・・・そうだな」
リスタは、多少戸惑いを見せる。
「さ。それでは、ムーンゲートが消えてしまう前に、出発しましょ?ムーンゲートは、ベスパーとミノックの間辺りにあるの。森の中にあるので、わかりにくいけれど、案内するわ?」
ライラは、一行の帰還を促す。
「そうだね。でも、この後どうするの?既に、未亡人とはいえ、あなたはダルバスの妻。この家に住むつもりなの?」
ピヨンは、今後のライラの身の振りを確認する。
「私は、ダルバスの妻よ?勿論、今後はダルバスの家で生活をするわ?勿論、ルーティン家も護らなくてはいけないので、それも考えるけれどね」
新婚早々、未亡人になってしまったライラ。基本、立場はランド家に属するのだが、事態が事態故に、ルーティン家の事も考えなければならないのも事実だった。
「はぁ~。今後のライラを考えると、大変そうだな。本当にいいのか?俺達は手伝うぜ?」
ココネは、今後のライラの苦難を考えると、暫く滞在することを促していた。
「大丈夫よ。人数が必要な訳じゃないからね。落ち着いたら、そちらへ遊びに行く事よ?」
ライラは、ココネの提案を丁重に断ると、大丈夫な事を示唆する。
「わかった。私は、一旦ブリテインに帰るね。でも、約束よ?いつとは言わないけど、必ずブリテインに遊びに来てね?」
ナオは、ライラが一人になりたいことを理解していた。
心を許している友人とはいえ、事態が事態だ。
ナオは、ライラの心を汲むと、あえて別れを告げていた。
「うふふ。そうね。また会いましょ?」
ライラは、ナオの気遣いに気が付くと、笑みを浮かべていた。
一行は、ナオの雰囲気に気が付くと、それ以上滞在の意思は見せないでいた。

「じゃ。ダルバスに別れを告げようぜ?」
ココネは、一行にダルバスの墓参りを促していた。
一行は、無言で頷くと、ダルバスの家を目指す。
 ダルバスの家の裏には、ダルバスの棺が埋まっている。
先日埋棺された地面は真新しく、まだ土が盛り上がっていた。
「ダルバス・・・」
ライラは、ダルバスの元へと足を運ぶ。
そして、花を添えるとしゃがみ込み、涙を流していた。
「あなた・・・。ナオ達が帰るわよ・・・。でも、また来てくれるから、心配しないでね。私も、これから、あなたの側にいるから・・・」
ライラは涙を流しながら、現状を報告する。
一行は、ライラの後ろに佇むと、手を合わせながらダルバスへ黙祷を送る。
 暫くの時が流れる。
黙祷から覚める一行。
「じゃあな。ダルバス。またな!」
ココネは、ダルバスの墓を一蹴すると、あえて背を向けていた。
「ココネ・・・。ダルバス・・・。またね?」
ピヨンは、ココネの様子を伺うと、それにならっていた。
「さらばだ。ダルバス殿!」
リスタは、ダルバスの墓前に敬礼を送る。
「ダルバスさん・・・。さようなら・・・」
ナオは、涙を堪えながら、ダルバスの墓前を後にする。
「みんな・・・。ありがとう・・・」
ライラは、一行の様子を見ると、礼を述べていた。
そして、後ろ髪を引かれながらも、一行はダルバスの家を後にすることとなる。

 程なくすると、一行はムーンゲート前に到着する。
ムーンゲート前には、既に様々な人達が待機していた。
ムーンゲートは、ゲートキーパーと呼ばれる役人が管理しており、ある程度の人が集まると、順番に各地へのゲートを開いて通行させている。
見ていると、楕円形のムーンゲートからは、入るだけではなく、ゲートの中から現れる人も多数いた。
ムーンゲートから現れた人々は、この未知の力に、驚愕の表情を浮かべている人も少なくなかった。

「お別れだね・・・」
ナオは、寂しげに遠くのベスパーの町並みを見つめていた。
「ライラ。元気を出してとは言えないけど。その・・・頑張って」
ピヨンは、目尻に涙を浮かべると、ライラの手を取っていた。
「ありがとう。・・・頑張るわ」
ライラは、ピヨンの手を握りしめると、目を細める。
「何。また遊びに来るさ。ライラは強い女性だからな」
ココネは、ピヨンの肩を抱き寄せると、優しい視線をライラへ送っていた。
「ライラ殿・・・」
リスタは、何か声を掛けようとしているが、言葉が見つからない様だった。
「次のムーンゲートまでだもんね。一ヶ月くらいかな?私、必ず来るからね!」
ナオは、無理に笑顔を作ると、次の再開を約束していた。

「みんな。お礼を言わせて頂戴。・・・私とダルバスの旅に付き合って頂けてありがとう。あなた達がいなかったら、目的は達成できなかったわ。こんな結末になってはしまったけれど、ダルバスも喜んでいると思うわ?」
一行は、真摯にライラを見つめる。
「ココネ、ピヨン。あなた達は、最高の友人だわ?私も、ダルバスを通じて、あなた達に出会えて幸せよ?あなた達も、末永く幸せになってね。そして、たまには遊びに来てくれたら嬉しいわ?」
ライラは、ピヨンとココネを抱きしめていた。
ピヨンは、ライラの腕の中で涙を流すしかなかった。
「リスタ隊長。あなたにも、随分お世話になったわ。まさか、私達を追いかけてきてくれたなんてね。嬉しかったわ?今回の旅では、あなたの指揮がなければ、私達は全滅していたかもしれないからね。改めて、お礼を言うわ。ありがとう」
ライラは、リスタの手を取ると、固い握手を交わす。
「気にすることはない。我は、自分の意志で動いただけだ。我も、貴様達に会えて嬉しかった。何か助力が必要であれば、いつでも便りを寄こして欲しい。可能な限り、援助させて頂こう」
リスタは、これでお別れではなく、今後も友人として親交を深めることを約束していた。
「ナオ。私達の結婚式のために、ここまで来てくれてありがとうね。途中の砂漠や風雨などは、決して優しくはなかったけれど、よく来てくれたわ?本当は、引き留めたいけれど、今は・・・御免なさいね?」
ライラはそう言うと、優しくナオを腕の中に抱え込んでいた。
「ライラさん・・・。私・・・私・・・っ!」
ナオは、ライラの中でひたすら嗚咽を上げていた。
「お別れね。でも、ムーンゲートが開けば、いつでも私達は会えるからね。さ・・・涙を拭いて?」
ライラは、ナオの涙を拭き取る。
「うん・・・」
ナオは、まだぐずるも、強引に涙を振り払っていた。

「ブリテインへ向かいたい人はいるか!間もなく、ジェローム行きのゲートを開放するぞ!」
ゲートキーパーは、ブリテイン行きのゲートを閉めることを促していた。
「さあ。また、会いましょ?その時には、私も立ち直っていると思うから・・・」
ライラは、ムーンゲートへと一行を誘っていた。
「私達も、一旦ブリテインに向かうね。このまま、ムーングロウ行きのゲートに入ってもいいんだけど、ブリテインに行ってから、もう一度ムーングロウ行きのゲートに入ることにする」
ピヨン達は、ナオ達と一緒に、一度ブリテインへ向かうことを決めていた。
「え?大丈夫なの?」
ナオは、ココネ夫妻の行動に戸惑いを見せていた。
「いいんだよ。俺も、最後までリスタ達といたいし、それに、ブリテインは殆ど見て廻ったことが無いからな。まぁ、ムーンゲートが消えるまでの間だ。少しだけ見て、帰るつもりだよ」
ココネは、少しだけブリテインを見て回ることをほのめかしていた。
「そう。なら、急いだ方がいいわね。ほら、行き先を変えられてしまうわ?」
ライラは、寂しいながらも、一行の帰還を促していた。
「ライラさん・・・。またね?」
ナオは、ライラにしがみつくと、そのままリスタ達とムーンゲートへと足を運ぶ。
「ライラ!またな!」
「また来るからね!」
「再開を楽しみにしているぞ!」
「・・・ライラさん。お元気で・・・」
一行は、いつまでもライラと一緒にいたい気持ちを抑えると、ムーンゲートへと足を運んでいた。
そして、ムーンゲートは、不思議な光を発すると、一行をブリテインへと運んでいった。

 そこには、ライラだけが残されていた。
今まで、自分を気遣ってくれていた友人達は、既にブリテインの地を踏んでいるだろう。
「ありがとう・・・」
ライラは、遠い地へ運ばれた友人達へ、感謝の言葉を贈っていた。
ムーンゲートの前で賑わう人達を後目に、ライラはベスパーへと足を運ぶ。
そして、途中小高い丘を見つけると、その頂へと足を運んでいた。
 空は快晴で、心地よい風がライラを迎え入れていた。
「うふふ。この風は、どこから吹いているのかしら?」
ライラは、地面に腰を降ろすと、心地よい風を受け入れていた。
風は、ライラを慰めるかの様に、木々や草花を優しくそよいでいる。
その風を受けながら、ライラは暫く目を瞑っていた。
「ねぇ。ダルバス?そこに、いるんでしょ?」
ライラは、ダルバスの霊体へと語りかける。
「私ね。あなたの子供を授かったの。言おうとしていて、なかなか言えなかったけれど・・・」
ライラは、お腹を触ると、その鼓動を感じ取ろうとしていた。
風は、その言葉に応えるかの様に、ライラへ優しく語りかけている様だった。
「あなたの子よ?私、大事に育てるからね?」
ライラはそう言うと、空を見上げながら一筋の涙を流していた。
「私も、強くならなくちゃね・・・。見守っていてね。私もいつかそっちへ行くから・・・。それまで・・・。さようなら。ダルバス・・・」
ライラは、ダルバスとの決別を口にする。
「それでね・・・?。この子の名前は、私が愛したダルバス・・・。それで、いいわよね?」
ライラの言葉は、風が優しく運んでゆく。

 風は、ライラを優しく包み込んでいた。
ブリタニアの大地を流れる風は、気まぐれで自然のままだった。
鳥たちは、風に乗り、空を謳歌する。
木の葉達は、気まぐれな風に翻弄され、空を乱舞する。
時には、風は暴風となり、生きとし生けるものの生命を脅かすこともある。
 しかし、風は全てを知っていた。
この世の森羅万象を知り尽くし、風はどこにでも入り込む。
その先々で、風は全てを見ていた。
風からすれば、ライラやコウダイ達の諍いなど、些細なことでしかないのかもしれなかった。
宝珠の中に存在していると言われているブリタニア。
モンデイン城に転がっている宝珠の破片の中で、ブリタニアが生成された時から、風はそれを見守っていた。
そして、これからも、風はあらゆる事象を見守り続けるのだろう。
風は、今日も気まぐれにブリタニアの大地を駆けめぐっていた・・・。


編集後記

※この内容は、私のHPから転用しています。
したがって、この編集後記は、星空文庫様へ登録時への内容とはやや異なります。
この編集後記の内容は、私のHPを訪れる人のみにわかるように制作した物になります。
編集後記は、参考までに一読頂ければ幸いと存じ上げます。
消していない理由は、序章・中章・終章へ繋がる意味合いとして残しております。


この物語(終章)は、フィクションであり、多少ノンフィクションでもあります(苦笑
はい。
読んで頂ければ、おわかりになる方もいるかもしれません。
終章では、ほぼフィクションでありながら、僅かながらの「リアルネタ」が含まれています。
それは、勿論「コウダイ=公台さん」の性格(犬好きや椅子好き)。
そして、HPネタ(過去のRPで、公台が人を操るというネタ)。
他にも、メガネ夫妻ネタ(リアル家の内容や、犬たち(名前や生い立ち)とハムスター(ネズミ)ネタなど)になります。他にも馴れ初めなど・・・。
後、RPネタでの「セリフ」使用など。
HPネタと、リアルネタを混在させてある部分が多数存在します。
もし宜しければ、過去のRPの記事と、照らし合わせて読み返して頂ければ幸いです。

また、今回のシナリオは、若干ですが、ややアダルティにしてあります。(本当に若干ですが
それは、男女のしがらみや、それ故の描写など。
序章や中章では、殆どなかった表現を盛り込んであります。

まぁ、それはともあれ・・・。
はい。疲れました(苦笑
中章を仕上げてから、一気に終章の執筆となります。
終章の執筆は、ほぼ4ヶ月近くかかりました。
途中、PCの故障などで停滞した時もありますが、それでも長い(苦笑
正直、こんな長編小説を書くなど、想像もしていませんでした。
 最初は、直ぐ終わるだろうと、UOのゲームタイムを1ヶ月ほど購入したのですが、それでも間に合わず・・・。
何度か、購入した次第になります。
 特に苦労したのは、後半になりパーティメンバーが増えたこと。
今までは、ダルバスとライラだけだったので問題は無かったのですが、メンバーが増えたことにより、会話ネタに悪戦苦闘(苦笑
「てめぇら、用事が終わったら、とっとと帰れ」にしたかったのですが、さすがにそうもいかず(苦笑
まぁ。愚痴を言っても仕方がない。
本当の愚痴を見たい方は、下記から見て貰いましょう。

終章ネタバレ
http://nuklai.web.fc2.com/uo/third-2.htm
ここには、執筆中の愚痴や突っ込みが記載されています。
序章と中章では作りませんでしたが、執筆中や校正時に、これは変だろうと思うところを、私自身が突っ込みをしてあります。
宜しければ、ご覧下さいませ。


ともあれ・・・。長かった・・・。
もう、こんな事はしたくはないと思っていますが・・・。
ネタがあれば「外伝」なる物を執筆してみたいと思っている自分が嫌だったり(苦笑
「リスタ」や「ナオ」などは、外伝のネタには、もってこいかも・・・?
「い・・・。いや・・・。我のネタには触れないで貰おうか。我には、話すことなど何もないのだからな(爆」
「私の私生活を根ほり葉ほりなんて最低!止めてよね?」
と、言われそうなので・・・。
暫くは、沈黙するかもしれないです。

ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。
長くなりましたが、本編はこれで終了です。
ご愛読、ありがとうございました。
また、ブリタニアの地でお会いすることを願っています。

ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 終章「愛と絆」3/3

予想以上に文章が長く、終章は3部に分けさせて頂きました。

序章を執筆してから、10年の月日が流れてしまいました。
中章と、この終章を執筆したのは、ごく最近となります。
終章の執筆に至っては、4ヶ月もの日数がかかってしまいました。

ウルティマオンラインですが、既に引退しており、ここ数年プレイしていませんでした。
小説執筆のために、久しぶりにログインしてみたのですが、既に家は朽ち果て、UOの仕様は変わり果てていました。
せめて、家のアイテムは、銀行にしまっておけば良かったかな・・・と(涙

編集後記にもありますが、中章と終章の執筆は、かなりシンドイものがありました。
しかし、機会があれば「外伝」なる物も作ってみたいと思います。
また、久しぶりにUOに入ったので、また再開できればなとも思っております。

ご愛読、誠にありがとうございました。
またブリタニアの地で、お会いできる事を、楽しみにしております。

ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 終章「愛と絆」3/3

ウルティマオンラインという世界の中での、お話となります。 モンデイン城にある、宝珠の破片。 その中にある、ブリタニアという世界。 ベスパーという街がドラゴンに襲われました。 ドラゴンへの復讐の念に燃えた、主人公であるダルバスとライラ。 そして、ついに諸悪の根元となるコウダイを倒す事が出来たダルバス達。 悲願を達成したダルバス達は、これよりベスパーに帰還します。 目的を果たした一行は、皆に祝福されるのか? 物語は、エンディングを迎えます。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-01-27

Copyrighted
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