ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 終章「愛と絆」2/3

10年近く前。
私が、ウルティマオンラインというゲームをプレイしていた時に、作成した作品です。
作品の内容は、今(2015年)の、ウルティマオンラインの仕様とは異なります。
作品の世界観は、当時(2004年近く)の記憶を頼りに執筆しています。
ウルティマオンラインを、当時からプレイされていて、そして今でもプレイされている方。
そして、既に引退されていて、当時を懐かしく思っていられる方。
興味がございましたら、ご一読頂ければ幸いと存じ上げます。
なお。
ウルティマオンラインの世界を、小説に転じているため、実際のウルティマオンラインの世界(仕様)とは、違う部分が多々あります。
例えば、人間は不死ではないなど・・・。
それを踏まえて、お読み頂ければ幸いです。

また、終章に至っては、残虐描写ではありませんが、殺人のシーンが出てくるために、レーティングを「青年向け」にさせて貰っております。

トリンシックに到着した一行を待ち受ける運命とは・・・?

終章(2/3)


 トリンシックの街はかなり大きかった。
規模としては、ほぼブリテインと同じくらいだろう。
街の周りには、堀の水路が張り巡らせれていた。
ブリテインのような、城壁で囲まれた街ではないが、この堀の水路が、外敵から街を守っているのだろう。
水路は、街の内部にも張り巡らされていて、随所を橋で繋いでいた。
桟橋から、町中へ足を運ぶダルバス達。
今まで見た事のない町並みに、辺りを興味深げに見つめていた。
「大きな街ね。ブリテインと同じくらいの規模かしら。でも、水路が多いのは、ベスパーに似ているかもね」
ライラは、初めて訪れるトリンシックに、興味津々のようだった。
「私も始めて来たけど、ムーングロウとは別格みたいだね」
ピヨンも、旅の醍醐味を感じているのだろうか、周囲の雰囲気に圧倒されているようだった。
 トリンシックの町並みは、整然と組まれたレンガで構成されていた。
城塞という意味では、ブリテインとは比較にならないものの、街全体は堀で囲まれ、レンガ造りの町並みは、かなり強固とも言えるかもしれない。
港の傍らには、釣り師のギルドなどもあり、それなりの発展を見せる地域でもあった。

 ダルバス達は、ダルバスを先頭に、桟橋から北側へと足を運んでいた。
「まだ?宿はどこなの?」
辺りを散策しているダルバスに、ライラは、わざと催促していた。
「うっせぇなぁ。俺だって、この街は初めてなんだよ!調べた時は、この辺だったと思うんだがなぁ・・・」
ダルバスは、ライラの牽制を無視すると、今宵の宿を探していた。
ダルバスが、辺りを見渡していると、それらしき宿を発見する。
「お。これじゃねぇか?」
ダルバスは、馬の歩を進めると、宿らしき前で足を止めた。
建物の看板には「錆びた碇」と書かれていた。
店の名前からは想像は付かなかったが、宿屋らしくロウソクの絵が描かれており、宿屋との判断が付いた。
ダルバスは、ノイから降りると宿の中に足を運ぶ。
そして、宿で間違いがない事を確認すると、ライラ達を促していた。
「おう。ここで、間違いねぇみたいだぜ?ほら、早速宿泊しようぜ?」
ダルバスは、ライラ達を促す。
ダルバス達は、宿の前に、馬とユニコーンを繋ぐ。
「結構、立派な宿ね。ブリテインで泊まった、スィート ドリームズと同じ規模かもね」
ライラは、目を輝かせていた。
「・・・。もしかして、高い?」
ピヨンは、目の前の高級宿に対して、警戒をしていた。
「・・・わからねぇ」
ダルバスも、ここまで高級な宿とは思っていなかったのだろう。ピヨンの心配に、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「取り敢えず、入ってみようぜ?財布との相談は、それからだ」
自分が案内した宿を、さすがに無下にも出来ない。
ダルバスは、先陣を切って宿に足を踏み入れる次第になる。
 宿は2階建てで、高級なものだった。
何人ものベルボーイが往来し、来店する来客達を歓迎していた。
「おう。今夜一晩泊まりてぇんだがよ。3部屋ほど空いているかい?」
ダルバスは、コンシェルジュへ問いかける。
「はい。空いております。お一人様1000バーツですが、宜しいですか?」
コンシェルジュは、値段表をダルバス達の前に指し示す。
その金額に、ダルバスは驚きを隠しきれないでいた。
「お・・・。以外と安いんだな」
ブリテインでは、2500GPほど取られた宿だったが、同じような宿でも、こちらは半額以下だったからだ。
「どういたしますか?」
コンシェルジュは、ダルバスに回答を求める。
「いいんじゃねぇか?ピヨン。そっちは、どうだい?」
「ちょっと、高いけど。まぁ、いいかな。久しぶりのココネとの旅だしね」
ピヨンも、この値段には満足しているようだった。
「そうか。それなら、良かったぜ」
ダルバスも、胸をなで下ろしていた。
「へぇ・・・。私には、意見を聞かないんだ」
ライラは、ダルバスへ冷たい視線を送っていた。
「いや・・・。だってよぅ。ブリテインと同じ規模の宿だぜ?あの時より安けりゃ、おめぇも、文句はねぇだろうがよ・・・」
ライラの突っ込みに、ダルバスは返答に困っていた。
「そう。ピヨンの事は気にするくせに、私は無視なわけね?」
ライラの言葉に、ダルバスは慌てる。
「お・・・おい!ピヨン達と旅をするのは、初めてじゃねぇか!そりゃ、気にするっての!」
ダルバスは、ライラの態度に、慌てて釈明をしていた。
「あは。ねぇ。ダルバス。少しは、ライラの気持ちもわかってあげなよ。ライラは、ヤキモチを焼いてるの」
ダルバス達のやり取りを見て、ピヨンは可笑しさが隠しきれないとでも言うように、ダルバスに声を掛ける。
「はぁ?ヤキモチ?なんでだ?」
ダルバスは、訳がわからないとでも言うように、ライラを見つめる。
「・・・。最近、あんたを燃やしていなかったわね。これ以上、私に恥をかかせるんだったら・・・」
ライラはそう言うと、秘薬を取り出す振りをする。
「待てっ!わかった!わかったから!・・・。おう!そう言う訳だ。とっとと、部屋の手配を頼むぜ!」
ダルバスは、訳がわからないとでも言うように、コンシェルジュへ部屋の手配を頼む。
その様子を理解したコンシェルジュ。
「わ、わかりました。では、早速お部屋の手配をいたしますので、宿泊帳へご記入願います。
コンシェルジュは、精一杯笑いを堪えながら、ダルバス達を促していた。
(ねぇライラ。あんた達は、本当に別々の部屋でいいの?)
ピヨンは、小声でライラに話しかけていた。
(何言ってんのよ。これが、私達の旅のスタイル。余計な事は言わないで?)
ライラは、ピヨンの言おうとしている意味は理解していたが、気丈に跳ね返していた。
(・・・。ゴメン。まだ、早かったかな)
ピヨンは苦笑すると、それ以上の画策をすることはなかった。

 その後、ダルバス達は宿の宿泊台帳に記帳すると、各々の部屋に案内される。
一行は、自分たちの荷物を纏めると、宿のロビーへと集まっていた。
「さて・・・。後は、ココネの野郎が帰ってくるのを待つだけだな」
ダルバスは、ロビーに設置してある円卓テーブルの椅子に腰を掛けると、呟いた。
「・・・。そうね」
ダルバスの発言に、ピヨンは心配そうに答える。
ピヨンの体は、心なしか震えているようだった。
無理もない。最愛の夫が、得体の知れない人物を追いかけているのだ。
そして、自分達が仮定したとはいえ、その対象が凶悪であろうコウダイなのだ。
ピヨンの不安は、計り知れなかった。
「ね。ピヨン。信用してあげましょ?あなたの、大事な伴侶ですからね?」
ライラは、ピヨン傍らに座り込むと、ピヨンの肩を抱える。
「うん。わかってる。でも・・・」
ピヨンは、気丈な態度を見せるも、ライラにしがみついていた。
 時刻は、既に夕刻を迎えていた。
宿に差し込む光は、申し訳なさそうに姿を消しかけていた。

 その頃。
ココネは、コウダイの後を追っていた。
なんと、ココネはコウダイの後を追いながら、トリンシックの街を後にしていた。
そして、今まさに、ココネは最大とも言える危機に直面していたのだ。
 ココネの前には、一頭のドラゴンが羽ばたいていた。
「くそ・・・。これまでか・・・」
目の前に羽ばたくドラゴンは、ココネを凝視していた。
ココネは、愛用の剣と盾を構える。
ココネの装備は、ピヨンが繕った、ドラゴンの炎に耐える装備だったが、初めて対峙するドラゴンには勝てる気がしなかった。
獲物を構え、ドラゴンと対峙するココネ。
しかし、ドラゴンはココネに攻撃することはなかった。
それでも、ココネは最大級の危惧を抱いていた。
「すまない。ピヨン・・・」
既に、死を覚悟していたココネ。
せめて、一太刀でもと、ドラゴンを睨み付けるココネ。
その時だった。
ココネは気が付く。
ドラゴンの瞳は、攻撃の意思を見せていなかった。
むしろ、ドラゴンの瞳は、じゃれるネコのように、好奇心に満ちていたのだ。
これは、ピヨンが様々な動物に対して調教を行っているのを見ていたから故に、ココネは理解した。
このドラゴンは、自分に対して敵意を持っていないのだと。
「俺を・・・食わない・・・のか?」
ココネは、恐る恐るドラゴンに手を差し出していた。
すると、ドラゴンは地上に降り立つと、差し出した手を甘噛みして、甘えるようにココネに頬ずりをしていた。
固い表皮を持つドラゴン。
ゴリゴリと、その顔を、ココネの顔へと押しやっていた。
「信じられん・・・」
ココネは、恐怖と驚嘆が交じった表情で、ドラゴンを迎えていた。
「なぁ。お前は古代竜なのか?」
甘えるドラゴンに、ココネは声を掛ける。
無論、ダルバス達に話を聞いているとはいえ、ココネに古代竜の記憶はない。
目の前にいるのは、赤い羽根を持つドラゴンだった。
「クルル?」
ココネの問いに、ドラゴンは理解が出来ないようだった。
ドラゴンの態度に、ココネは次第に動物好きの本性を現してゆく。
「あ。あはは。お前達は、可愛いんだな」
頬ずりを続けるドラゴンに、ココネは安心感を露わにする。
ドラゴンの喉元を撫でると、ネコのように甘えてくるドラゴン。
ココネは直感する。
ドラゴンは、本当に人間を攻撃する事は無いのだと。
動物を愛するココネには、あまりにも愛しく思えて仕方がなかった。

 時を少し戻そう。
ココネは、コウダイの後を追っていた。
トリンシックの桟橋から町中に入ると、そのまま街の外へと足を運ぶココネ。
ココネは、そこで追跡を中断しようと思うも、あまりも何もしないコウダイに、ココネは追跡を中断しなかった。
コウダイは、騎乗生物に乗る事もなく、トリンシックから北西へと足を運んでいた。
遠巻きに、ココネはコウダイの後を追う。
その時だった。コウダイが両手を上げ、何かしらの合図を送ったと思うと、一頭のドラゴンがコウダイの頭上を飛来したと思うと、コウダイはそのドラゴンに乗り移り、そのまま北西へと消えてしまった。
ココネは呆然とするも、コウダイが去ったと思われる方向に足を運ぶ。
そして、暫く足を運ぶと、一つの洞窟から複数のドラゴンが蝙蝠のように出入りしているのを確認していた。
ココネは、その洞窟へのコウダイの出入りは確認できなかったが、これ以上の捜索は危険と判断し、引き返す事を決断する。
しかし、洞窟から飛び出したドラゴンを確認した故に、ドラゴンと対峙する事になってしまった。

 ドラゴンと、対峙するココネ。
しかし、攻撃の意図どころか、甘える仕草を示すドラゴン。
頬ずりするドラゴンを手放すのを惜しむかのように、ココネはその場を後にする。
コウダイは、恐らく洞窟の中にいるのだろうが、それを確認する術はない。
時刻は、既に夕暮れを過ぎていた。
ココネは、駆け足でトリンシックの街を目指していた。
ココネが、背後を振り返ると、未だに複数のドラゴンたちが空を乱舞していた。
ダルバスから話を聞いた通り、空に様々な種類のドラゴンが舞っていた。
しかし、ドラゴンの視界に入っているであろうココネには、意も介する事もないようで、悠然と空を舞っていた。
ふとココネは、疑問に思う。
ムーングロウでは、ドラゴン単体が現れただけでも警鐘を鳴らしていたのに、ここトリンシックではそのような素振りがない。
確かに、トリンシックからかなり離れた場所であったので、街からは確認が出来ないのかもしれない。
それでも、ドラゴン達は、トリンシック近くまで飛来する事はないのか。
ココネは疑問に思いながらも、足早にトリンシックへと向かっていた。

 ココネがトリンシックにたどり着いた時には、既に日は落ちていた。
トリンシック港へたどり着くも、当然ダルバス達の姿はない。
ココネは、通行人に近くの宿を尋ねてみた。
「あぁ。すまんね。近くに宿はあるかい?」
通りすがりの人物に声を掛けるココネ。
「旅人かい?だったら、少し北に行けば、錆びた碇って宿があるよ」
通行人は、道の先を指さす。
「そうか。ありがとう」
ココネは礼を言うと、宿を目指す。
程なくすると、宿を発見し、その中へ足を運んだ。

「ココネ!」
宿に入ると、真っ先に出迎えたのはピヨンだった。
ピヨンは、椅子から立ち上がると、ココネに抱きついていた。
「無事で・・・良かった・・・」
ピヨンは、ココネに抱きつくと、安堵の息を漏らしていた。
「遅くなって、悪かったな。心配を掛けたかな?」
ココネは、抱きつくピヨンの頭を撫でていた。
「おう。無事で何よりだぜ。俺達も心配していたんだぜ?まぁ、こっちに来いや?」
ダルバスは、ココネを迎えていた。
しかし、ダルバスとライラは警戒していた。
ココネが、コウダイに操られて帰ってきたのではないかと。
ダルバスは、ライラに目配せを走らせる。
ライラは無言で頷くと、ココネに近づいた。
「もぅ!ココネ!ピヨンに心配かけさせるんじゃないわよ!」
ライラはそう言いながら詠唱すると、問答無用でココネの顔面に火の玉を放った。
無論。加減はしている。
しかし、一瞬とはいえ、ココネの顔面は炎に包まれていた。
「うあぁぁぁっ!」
突然の出来事に、ココネは顔面を押さえつけ悶絶する。
「ちょっ!何するのよライラ!」
ピヨンは、ココネの心配をするも、ライラの行動に激昂していた。
「待って!」
激昂するピヨンを牽制すると、ライラはココネの様子を観察していた。
ココネは暫く顔を押さえていたが、程なくすると顔をあげる。
「ライラ・・・。どういう意味だ?」
さすがのココネも、ライラを睨み付ける。
その様子を、ダルバスは苦笑しながら見ているしかない。
「ふぅ・・・。良かったわ。ココネはコウダイに操られていないみたいね」
ライラは、苦笑いを浮かべると、ココネを見つめていた。
「え・・・?」
ライラの発言に、ピヨンは言葉を失う。
「あぁ。御免なさいね。コウダイに操られていたとすれば、今のような衝撃を与えれば元に戻ると言う事。でも、ココネは操られていなかったようね?」
ライラは、ココネの様子を観察すると、コウダイに操られていない旨を説明していた。
「なるほどな。それが確認方法か」
状況を確認したココネは、ライラの説明に納得がいっているようだった。
「・・・やりすぎ。もう少しで、グレイシーを呼んじゃう所だったよ?」
ピヨンは、ライラの行動に憤慨していた。
「しかし・・・。毎回これでは、身が持たないな」
ココネは苦笑していた。
「おぅ。ライラと行動を共にするんだったら、これは当たり前の行動だ。俺は、何度焼き肉にされたかわからんぜ?」
ダルバスはそう言うと、腹を抱えて笑い転げていた。
「・・・。周知しておくよ」
ココネは、改めてライラの存在を認識しているようだった。
「あ。あはは。悪気は無いのよ?コウダイに、操られて帰って来たのであれば、確認が必要でしょ?」
ライラは、自身の行った行動に、賢明に釈明をしていた。
「だったら、魔法じゃなくてもビンタでいいじゃない。やりすぎ」
ピヨンも、ライラの取った行動に、理解し得ないという表情を浮かべていた。
「ご・・・。御免なさい」
ライラは、いつもダルバスに行う行動を、他人にしてしまった事を謝罪していた。
「ま、まぁ。ともあれ。俺はコウダイに操られていない。これは、理解して貰えたかな?」
ココネは、しょげるライラを擁護すると、自分が操られていない様子を見せる。
「まぁ。ライラとダルバスの夫婦喧嘩は、修羅を見るんだろうね」
ピヨンは、ダルバス達を見つめると、肩をすくめて見せていた。
「ちょ・・・!私達はそんな・・・!」
ライラは、ピヨンの発言を遮る。
「はいはい。あなた達の痴話喧嘩を、こちらに飛び火させないで。・・・で?ココネ。コウダイを追跡して、何か収穫はあったの?」
ピヨンはライラをあしらうと、収穫をココネに求める。

 ピヨンの発言に、ココネは緊張した表情を見せる。
その様子に、一同に空気が張りつめる。
 ココネは、コウダイを追跡した一部始終を説明した。
街だけでの追跡ではなく、それ以上の追跡をした事。
そして、コウダイの追跡は中断したが、ドラゴンとの遭遇。
そして、ドラゴンと対峙したはいいが、攻撃されるどころか、懐かれてしまった事など。
ココネは、全ての内容を、ダルバス達に説明する。
「正直、生きた心地がしなかったよ。ドラゴンが目の前に現れた時は、死を覚悟したからな」
ココネは、自分が体験した内容を話すと、本音を吐露していた。
「もぅっ!なんで、そんな危険を侵したのよ!死んじゃったら、どうするの!?」
ピヨンは、ココネの話を聞くと、涙を浮かべながらココネに抗議していた。
「悪い悪い。コウダイが、あまりにも何もしないので、つい、深追いをしてしまったよ」
ココネは、ピヨンの肩を抱きながらも釈明していた。
「にしても、コウダイは、ドラゴンに乗って去っていったか・・・。こりゃ、決定的かもな」
ダルバスは、ココネを心配するピヨンを見ながら呟いていた。
「そうね。コウダイは、ドラゴンを操る力を持っている。これは、否定しようがないかもね」
ライラも、ココネの話を統合すると、確信を得ているようだった。
「どうするよ。コウダイは、何をしようとしている?」
ダルバスは、現状を理解しながらも、コウダイの行動に疑念を抱いていた。
「・・・危険かもね。もしかしたら、コウダイは次の行動に移ろうとしているかもしれない」
ライラは腕を組むと、コウダイの危険性を示唆していた。
「危険?どのような?」
ピヨンは、ライラを促す。
「もちろん。仮定でしかないけれど。私達への攻撃。反撃とでも言った方がいいのかな。もしくは、また、どこかの街への攻撃ね」
ライラの、物騒な見解に、一同は青ざめる。
「おいおい。それは、あまりにも早急な考えじゃねぇか?」
ダルバスは、ライラの意見に否定的な態度を見せていた。
「かもね。でも、用心する事はないわ?私達は、コウダイが操っていたであろうドラゴンを倒してしまった。要は、数が減った訳ね。その補充にコウダイが洞窟・・・。ダスタードなのかしら?そこへ向かったとすれば?」
ライラは、仮定を組み上げる。
「待ってくれ。やはり、その仮定では説明がつかねぇだろうよ。そんな、ちまちました事をしているんだったら、何故コウダイはどこかの街を狙わねぇんだ?ムーングロウにいた時、コウダイはあの街を襲ってもよかったんじゃねぇか?」
ダルバスは、早急な判断はなるべくしないようにライラを牽制していた。
「そうね。ダルバスの言う通りよね。・・・私にも、これ以上の推測は出来ないわ?」
ダルバスの牽制により、ライラは素直に落ち着きを取り戻す。
「ねぇ。こういう考え方も出来ないかな」
ピヨンの発言に、ダルバス達の視線は集中する。
「ベスパーでの襲撃で、コウダイは満足したんじゃない?でも、人々の恐怖や混乱を招きたいという衝動を抑えきれず、コウダイは悪戯にドラゴンを使役して、街々ををパニックにする。それが楽しくて、ムーングロウでもその様な事をやっていたんじゃない?でも、邪魔をしたダルバス達がドラゴンを殺してしまった。だから、コウダイはしつこくダルバス達を狙ったり、また嫌がらせをしようとしているんじゃない?」
ピヨンの発言に、ダルバス達は目を見開いていた。
「確かに・・・。一理あるな」
ダルバスは、ピヨンの発言に納得がいくように頷いていた。
「だとしたら、相当、陰湿な性格ね・・・。コウダイの体に触った時の感触と一致するわ?」
ライラは、苦笑いを浮かべていた。
「まぁ。悩んでいても仕方がない。取り敢えず、今日は休まないか?ダルバス達がよければ、明日俺がコウダイを追跡した所まで案内しよう」
ココネは、今日は休む事を提案する。
「そうだな。恐らく、ココネが今日追跡した場所は、ダスタードに間違いねぇ。万端の準備をして、明日はダスタードに乗り込む事にするか」
ダルバスは、ココネの意見に賛成の意を見せていた。
「秘薬は十分。装備も問題ないかしらね?」
ライラも、自分とダルバスの装備を確認すると、問題がない事を確認していた。
その様子を見ていたダルバス。
「おう。ライラ。本当に大丈夫なんだよな」
ダルバスは不安そうに、ライラへ声を掛ける。
「え?何がよ?不安要素は沢山あるけれど、今、これ以上の用意は出来るの?」
ライラは、ダルバスに問いかける。
「いや・・・。やっぱりよぅ。一番怖いのはドラゴンの炎だ。俺やココネは鋼鉄の鎧を纏っているから、まだなんとかなるかもしれねぇが。おめぇやピヨンが纏っている鎧は、ピヨンが繕ってくれたとはいえ、ドラゴンに燃やされたら・・・なぁ?」
ダルバスは、ライラとピヨンの軽装を危惧していた。
「なるほどね。あんたの言う事も確かだわ。・・・ねぇピヨン?あなたを疑う訳ではないけれど、あなたが作ってくれた装備の性能を確認してもよいかしら?」
ライラは、申し訳なさそうにピヨンへ同意を求めていた。
「え・・・。えぇ。構わないけど。ドラゴンの炎を浴びてみるの?どうやって?」
ピヨンは、ライラの提案に同意を求めるも、とまどいを見せていた。
「うふふ。忘れたの?私は魔法使いよ?じゃ、悪いけれど、皆さん?宿の外に出て貰えるかしら?」
ライラはそう言うと、一同を宿の外に促していた。
 宿の外に出ると、既に陽は落ち、闇が街を支配していた。
ライラは、人気がない宿の路地裏へ足を運ぶと、人がいない事を確認していた。
「ここなら、大丈夫ね」
ライラは、辺りを確認すると秘薬を取り出していた。
「何をするの?」
ピヨンは、ライラの行動を観察していた。
「いい?今から私は魔法を使うけれど、それは私が知りうる最強の炎の魔法。それを、私自身にかけてみるよの?」
ライラは、そう言うと、ピヨンに笑みを浮かべていた。
「最強の魔法って・・・!死んじゃわない!?」
ピヨンは、ライラの行動に慌てていた。
「普通の状態だったら・・・ね。でも、今はあなたが作ってくれた防具があるでしょ?それを、信じているのよ?」
ライラはそう言うと、魔法の詠唱に入る。
「カル・ヴァス・フラム!」
ライラが詠唱するなり、自身の右手を自分自身に押し当てる。
すると、爆音と供に、ライラの体が炎に包まれていった。
「なっ!」
一同は、炎に包まれるライラに、驚愕の視線を送っていた。
ライラは、炎に包まれながら悶絶の声を上げていた。
「ぐ・・あ・・・。あぁっ!」
ライラは、自身にまとわりついている炎を消し去ろうと、暴れ回る。
「おい!水だ!早く水を!」
ココネは、辺りを見渡すも水は見あたらない。
ライラは、炎に支配されていたかのように見えていた。
しかし・・・。
ライラは炎を振り払い、自ら炎を消し去ると、肩で荒い息をしていた。
「ライラ!大丈夫か!」
ダルバスは、すかさずライラの肩を抱きかかえていた。
しかし、ライラの様子を確認すると、外套や鎧などに延焼は見られなかった。
「だ・・・。大丈夫。かなり熱かったけれどね。・・・ふぅ。火傷をするかと思ったわ?」
ライラはそう言うと、立ち上がる。
「ライラ・・・。大丈夫?」
ピヨンは、心配そうにライラを見つめていた。
「大丈夫よ。確かに、ピヨンが作った物は最高のようね。死ぬほど熱かったけれど、ほら。私は、殆ど無傷よ?多少の火傷はしているけれどもね?」
ライラは、苦笑を浮かべると、ほぼ無傷な事を、ピヨンに示していた。
「もぅ!やっぱり、ライラはやりすぎ!試しとは言え、死んじゃったらどうするのよ!」
ピヨンは、ライラに抗議の視線を送る。
「あ、あはは。やりすぎって言うのはね、こういう事を言うのよ?」
ライラは、すかさず詠唱すると、同じ魔法をダルバスに放つ。
間髪おかず、炎に包まれるダルバス。
「ぐあぁっ!」
予測はしていたが、ライラの突っ込みにより炎に包まれるダルバス。
しかし、それはダルバスの外套を燃やしたに過ぎなかった。
炎に包まれていたダルバスだが、程なくして炎は鎮火をした。
ダルバスの外套に損傷はなく、肌を露出していた部分にだけ、軽い火傷を負ったようだった。
「・・・の野郎。相変わらず、容赦ねぇぜ・・・」
ライラの行動に、ダルバスは相変わらずの様子を見せていた。
その様子を、ココネ達は呆然と見ているしかない。
「俺・・・。ピヨンと結婚して正解だったかも・・・。ライラとだったら、俺、離婚申し立てをしているかもしれないな・・・」
ココネは、本音とも冗談とも取れぬ発言をしていた。
「・・・。ま。いつも、こんな調子だ。ライラの取り扱いは、要注意だぜ?」
ダルバスは、焦げた頭髪を撫でながら、苦笑を浮かべていた。
「でもまぁ。ピヨンの作った防具は凄いわね。最強の魔法でも耐えるとはね」
ライラは、ダルバスの様子をふざけて無視してみせると、ピヨンが作った防具を確認していた。
防具自体に、炎の損傷はなく、強固な鎧を確認する事が出来た。
ダルバスとライラの外套も、炎に強いのだろう。損傷は、殆ど見受けられなかった。
「よかった。設えた甲斐があったよ」
ライラの行動に、動揺しつつも、ピヨンは自信作を提供した事に、満足しているようだった。
「お~。熱ぃ。まぁ、これで少しは安心か?とっとと、晩飯を食って、明日に備える事にしようぜ?」
ダルバスは、自身の火傷を魔法で治療していた。
「ほら。おめぇは、大丈夫なのかよ」
自分の治療ついでに、ライラへの治療も施していた。
「・・・大丈夫よ。あ・り・が・と」
治療をするダルバスに、ライラはダルバスの頬へ唇を送っていた。
「・・・気持ち悪ぃなぁ・・・」
ダルバスは、ライラの治療を終えると、迷惑そうにライラから離れていた。
「くくっ!じゃ、宿に戻ろうか。今宵は、旨い飯を食って、明日の鋭気を養おうじゃないか」
ココネは、ダルバス達のやり取りに苦笑いを浮かべると、夕食の提案を促していた。
「あ。それなんだけれどもね。私は、夕食は軽く済ますだけでいいわ?」
ライラは、ココネの提案に、自分の意見も提案する。
「え?ライラは、晩ご飯食べないの?」
ピヨンは、ライラの発言にとまどいを見せる。
「あぁ。全く食べない訳じゃないわよ?でもね?ほら、コウダイが怪しい動きを見せているでしょ?だから、私は見張りのために、今夜は、このトリンシックを見張っていたい訳。お腹一杯食べちゃったり、お酒を飲んだりしたら、見張るのも大変だからね?」
ライラは、自身がコウダイの見張り役を務める事を提案する。
その時だった。
「この、大馬鹿野郎がっ!」
ライラの提案を聞き、ダルバスは怒鳴り声を上げた。
「な!?何よ!?」
ダルバスの突然の怒声に、ライラはダルバスを凝視する。
「馬鹿言ってんじゃねぇっ!てめぇは、病み上がりじゃねぇかっ!それに・・・その・・・おめぇは女だ。夜更かしは、肌への大敵だろうがっ!・・・。コウダイへの監視は俺がする。おめぇは、今夜は気にせずに寝ていろってんだっ!」
ダルバスは、そう言い放つと、ライラに背を向けてしまっていた。
「ちょ・・・」
ダルバスの様子に、何と返事をしたがよいか悩むライラ。
その様子に、ピヨンは機転を利かせる。
「ライラ。ダルバスの気持ちもわかってあげなよ。これは、ライラを愛するダルバスの思いやりよ?」
ピヨンは、ダルバスの気持ちを汲むと、笑いを押し殺していた。
「うるせぇっ!」
ダルバスは、ピヨンの気持ちにも、言葉を荒げていた。
「・・・わかったわ。・・・。ありがとうね?」
ライラは、ダルバスの意図を汲むと、ダルバスの背中に体を寄せていた。
ダルバスは、それに対して何の反応も見せないでいた。
「・・・ま、取り合えず宿に戻ろうか。ダルバス達の意図はともかく。食事をしようか?」
ココネは、一連の流れを見て苦笑を浮かべるも、皆へ休息を促していた。
「そうね。美味しい食事を頂きましょ?」
ライラは、ココネの提案に頷いていた。

 一同は、程なくして宿に戻ってくる。
そして、楽しい夕食を頂く事になった。
出てきた食事は、トリンシック港近く故の、海産物がメインの食事だった。
色とりどりの魚。それらを、焼いたり煮たり揚げたりした料理。
無論、肉料理も豊富だった。
牛、豚、鶏などの料理は、ダルバス達の舌を楽しませていた。
しかし、普段であればお酒を嗜むのだが、今宵だけはそれはなかった。
今夜を警戒するダルバスに遠慮をしたこともあるが、やはり皆コウダイに警戒をしていた。
それ故に、酒を嗜んだり、大量の食事を食する事を控えていたのだ。
「ふぅ。美味しかったわね。特に、お魚は絶品かもね」
ライラは、満足げに口元をナプキンで拭いていた。
「私も、久しぶり。普段は、お野菜主体の食事を心がけていたからね。たまにはいいかもね」
ピヨンも、食事に満足がいっているようだった。
「俺は、もっと肉が喰いたかったな。魚もいいけどなぁ?」
ココネは、食事の味には満足しているようだったが、やはり、普段あまり食べさせて貰えない肉を所望しているようだ。
「好きなだけ食べれば?そのかわり、明日からは相当絞るけんね」
ピヨンは、ココネの発言に睨みを利かせている。
「まぁ、旨かったな。じゃ、俺は湯浴みをしたら、宿の外で監視をさせてもらうぜ?まぁ、お前らは自由にしていてくれよ?」
ダルバスはそう言うと、席を立ち自分の部屋へと後にしてしまう。
その様子を見送る一行。
「なんだか、申し訳ないな」
ココネは、ダルバスの背を見送りながら呟いていた。
「いいのよ。気にしないで頂戴ね?一度言い始めたら、あいつは聞かないからね?」
ライラは苦笑しながらも、ダルバスの背を見送っていた。
「ライラは、ダルバスの事をよくわかっているんだね」
ピヨンは、興味津々にライラを見つめていた。
「そりゃそうよ。私達は、幼少の頃からの付き合いだからね。って、ピヨンが思っているような意味合いではないわよ?」
ライラは、ダルバスとの付き合いを説明するが、意味違いな旨を、慌てて釈明していた。
「あは。私も、よくわからないで勝手な事を言っているけど。ゴメンね。でも、あなた達は、私達から見ると、相当な仲よ?何故、結婚していないのかが不思議な位・・・ね」
ピヨンは、相変わらずの様子だ。
「それは・・・その・・・。私達は、幼なじみで、良く分かり合っているからねぇ・・・?それなら、キスの一つや二つ位は・・・」
「しません。愛していない相手などとキスなどする?」
ピヨンは、ライラの語尾を否定していた。
「・・・。相変わらずね。もぅ!とにかく、今夜はダルバスが守ってくれるから!私達も休みましょう?」
ライラは、ピヨンからの攻撃から逃れるように席を立つと、そのまま自分の部屋へと足を運んでしまった。
ライラを見送るココネ達。
「おまえなぁ・・・。人の事情に首を突っ込みすぎなんじゃないか?」
ココネは、呆れながらピヨンに文句を言う。
「何よ。あんただって、先日ダルバス達に、無理矢理キスをさせたじゃない」
ココネの文句に、怯む様子もないピヨン。
「まぁ、そうだけどな。でもなぁ・・・?」
ココネは、あまりに露骨なピヨンの態度に、やや納得がいっていないようだった。
「いいの。あの手の奥手な彼らには、若干の荒療治が必要なの」
ピヨンは、自分の行いに絶対の自信を見せている。
「ま。お前がそう言うのなら、止めはしないよ。でもまぁ、程々にな」
ココネは、ピヨンの態度を見ると、諦めたように頷いていた。
「さ。私達も、部屋に行こ。明日の準備もしなくちゃね」
ピヨンは、ココネを促すと、部屋へ足を運んでいった。

 その頃。
ダルバスは、手早く湯浴みを終えると、厳重な装備を調え、宿の外へと足を運んでいた。
ライラ達が部屋に入るのを雰囲気で感じ取り、ダルバスは誰にも気付かれぬように部屋を後にした次第だ。
 宿の外は、漆黒の闇だった。
既に、街の中を徘徊する人も少なく、静寂が辺りを支配していた。
ダルバスは、宿の前に置いてあった長椅子を宿の影に移動すると、腰を降ろして付近を伺っていた。
辺りには、静寂しかなく、地にも空にも動くものは見あたらなかった。
空には、2つの月が鎮座し、ダルバスの影を優しく照らしている。
 ダルバスは、今までの出来事を考えていた。
ベスパー襲撃事件から、今に至るまで。
ダルバス達は、復讐という念から旅に出発した。
しかし、旅を通して出会った仲間や、旅の根拠の考え方など。
それらを考えると、ダルバスの思考は乱れていた。
本当の敵は何なのか。ドラゴンなのか、コウダイなのか。
皆と、思慮思案して来たが、相変わらず決定打がない。
仮定だけで見れば、コウダイが黒幕なのだが、やはり決定打がない事に、ダルバスは思い悩んでいた。
「わからんな・・・。古代竜・・・。コウダイ・・・」
ダルバスは、色々と考えても見るも、結論が見いだせない事に頭を抱えていた。
ダルバスの脳裏に浮かぶのは、炎に包まれるベスパーだった。
そして、逃げまどう人々や、ドラゴンの餌食になる住民や友人達。
まさに、地獄絵図だ。
しかし、ココネの話を聞く限りでは、ドラゴンは友好的で、人を襲うなどとは無縁の存在に思えた。
でも、それをコウダイが操ったとなれば・・・。
ダルバスは、悩めば悩むほど頭を抱えるしかない。
恨み違いで、ドラゴンや古代竜を攻撃して良い物なのか。
辺りを警戒しながら、悩んでいると、気が付けば数刻の時が流れていた。

 月は、既に水平線に消えかけていた。
完全に深夜を迎えたのだろう。
ダルバスは、斧を握りしめながら深いため息をついていた。
空を見上げるも、ドラゴンやコウダイの姿はない。
緊張を保ち続けるダルバスだが、やはり、睡魔がダルバスを襲う。
眠気と戦いながら、ダルバスは警戒を続けていた。
 その時だった。
宿の入り口が静かに押し開かれる音が聞こえる。
ダルバスは、斧を握りしめると、音の先を確認していた。
「ダルバス・・・」
声の主は、ライラだった。
突然の来訪者に、ダルバスは驚いていた。
「お・・・。おめぇ、何で・・・?」
驚くダルバスに、ライラはダルバスの口を塞いでいた。
「ほら。大きな声を上げない。皆が、起きちゃうでしょ?」
ライラはそう言うと、ダルバスの横に座り込んだ。
「いや、寝ていろって」
突然のライラの訪問に、ダルバスは慌てていた。
「目が覚めちゃったのよ。早く寝てしまったせいね。それに、私だって緊張しているのよ?・・・いいから、私も一緒に見張りをさせなさいな?」
ライラはそう言うと、辺りを見渡していた。
「いや・・・しかし・・・なぁ・・・」
自分が見張りをすると行った手前、釈然としないダルバスだ。
「うっさいわね!あんたは、私の・・・。まぁ、いいわ。あんたはあっち。私はこっち。お互いに見張りをしましょ?」
ライラはそう言うと、ダルバスと背合わせになり、トリンシックの街を見張る事になる。
宿から、北と南を観察するダルバス達。
会話はなかった。
黙々と、地と空を見張るダルバス達。
空には満天の星が瞬いていて、ダルバス達に優しい光を注いでいた。
「・・・ねぇ。この状況って、ムーングロウでの天文台・・・。天体望遠鏡の時みたいね」
ライラは、辺りを警戒しながらも、ダルバスに呟いていた。
「・・・そうだな」
ダルバスは、ぶっきらぼうに答える。
ライラは、ダルバスの背にもたれかかる。ダルバスは、今、鋼鉄の鎧を装備している故に、ダルバスの温もりを感じる事はなかった。
「トリンシックで見る夜空は、ムーングロウと同じみたいね。綺麗だわ・・・」
ライラは、美しい夜空に魅入っていた。
「おいおい。星空もいいけどよ。警戒も頼むぜ?」
ダルバスは、ライラの意図を汲みながらも、苦笑を浮かべていた。
「いいじゃない。私の予感だけれども、多分、コウダイは今夜に現れる事はないわ?」
ライラは、自分の率直な意見を述べる。
「何でだ?」
「う~ん。説明のしようがないわね。私の感でしかないわ?」
「それじゃあなぁ・・・」
ライラの答えに、答えようがないダルバス。
「そうね。感・・・だけれども・・・。コウダイは、私達を警戒しているのはなくて?私達が、彼を疑っている事に気が付いている。だからこそ、慎重にならざるを得ないのじゃなくて?トリンシックに着いた直後は、私達がコウダイを警戒しているのも、コウダイはわかっているんじゃないかしら」
ライラは、言葉に詰まりながら自分の心境を説明してみせる。
「は~ん。そんなもんかねぇ。俺だったら、敵と見なした人物だったら、速攻攻撃しに行くがな」
ダルバスは、遠回しな考えは苦手な素振りを見せる。
「そりゃ、あんたは脳みそ筋肉馬鹿だからね。でも、相手の思慮を少しは考えた方がいいんじゃなくて?」
ライラはクスクスと笑っていた。
「うっせぇなぁ。俺は、面倒な考えは苦手なんだよ」
ダルバスは、ライラの意見に迷惑そうに答えていた。
「ま、猪突猛進のあんただからね。私の意見も、少しは尊重しなさいな?」
ライラは、そう言うと、再びダルバスの背にもたれかかっていた。

 ダルバス達は、その後殆ど会話はなかった。
夜空を警戒するも、時は経ち、水平線には太陽が上り始め、星々はしらみがかった空に、残念そうに消え入ろうとしていた。
「あ~。気持ちいい朝ね」
ライラは、ダルバスにもたれかかりながらノビをしていた。
「警戒するだけ、無駄だったか」
ダルバスは、眠い目をこすりながら答える。
「残念だけれどもね。でも、無駄じゃないわ?用心することに越した事はないからね?」
ライラは立ち上がると、再びノビをしていた。
「ココネ達も、もう少ししたら起きるだろ。僅かしかねぇが、俺達も少しだけ寝るとしようぜ?」
ダルバスも立ち上がり、休憩する事を促す。
「そうね。ちょっとだけ休んだら、朝ご飯食べましょ?」
ライラも、ダルバスの提案に頷いていた。
ダルバス達は、宿に戻ると、つかの間の安眠をすることになった。

 ダルバス達がつかの間の安眠をしていると、ココネ達に起こされる事になる。
「おい。ダルバス。朝だぞ」
「ねぇ。ライラ。朝よ。朝ご飯食べよ」
ココネ達は、申し訳なくも思うも、ダルバス達を起こしていた。
ココネ達に起こされたダルバス達は、各々の部屋から足を運ぶ。
「お・・・。おう。悪ぃな・・・」
「起こしてくれて・・・ありがと・・・」
ダルバスとライラは、半覚半睡とも言える状態なようだ。
部屋から出てきたライラに、ピヨンは悪戯っぽく尋ねた。
「ねぇ。昨夜、あんたダルバスの所に行ったでしょ。どうだった?」
ピヨンは、ライラの行動に気が付いていたのだろうか。容赦のない質問を浴びせていた。
「どう・・・って。一緒に見張りをしていただけよ。ピヨンが思うような事はないわ?」
さすがのライラも、ピヨンの攻撃に慣れてきているのだろうか、平然とした態度を装っていた。
「そうなの?つまんないな」
ピヨンは、ライラの返答に憮然としていた。
「ほら、ピヨン。つまらん詮索はするなよ。ほら、朝飯を食べような?」
ココネは、早速のピヨンの行動を牽制すると、食事をする事を促していた。

 ダルバス達は一階へ足を運ぶと、用意された朝食を摂る事にした。
「結局、昨夜はなにもなかったみたいだな。見張りをお願いして悪かったな」
ココネは朝食を摂りながら、ダルバス達へ目を配る。
「あぁ。気にしないでいいぜ。途中から、ライラも加わってくれたからな」
ダルバスは、気にする事もなく朝食を頬張っていた。
「それで。これからどうするの?早速、ダスタードという洞窟へ行く?」
ピヨンは、皆に次の行動を伺う。
「そうね。準備は出来ている。このまま出発しても、構わないわよ?」
ライラは、出発の意図を見せていた。
「俺も、構わねぇぜ。取り敢えず、ダスタードに向かって、様子を見てみてぇしな?」
ダルバスも、ライラの提案に賛成している。
「あなた達の準備は大丈夫なのかしら?時間は沢山ある。ここトリンシックで必要なものを用意しなくてもいいのかしら?」
ライラは、ココネ達に準備の有無を問いかけていた。
「大丈夫だ。俺達も、万端の準備はしているつもりだ」
ココネはそう言うと、ピヨンを振り返る。
「うん。大丈夫だよ。グレイシーは、既に回復しているし、ドラゴンの炎対策もしているからね」
ピヨンも、問題ない旨を伝える。
「そうか。じゃ・・・。修羅場を迎える可能性があるが、俺達に付き合って貰えるかい?」
ダルバスは、ココネ達の覚悟を確認すると、最後になるであろう旅の確認を伺う。
「当たり前だ。俺達は、悪戯にお前の旅に参加するんじゃない。俺達の目的は、キリハへの恨みを晴らす事だ。今更、危ないから着いてくるなと言ったら、俺はお前を切るぜ?」
ココネは苦笑しながら、ダルバスに答えていた。
「私も同じ。今更、私達の存在を云々言うんであれば、グレイシーをけしかけるからね」
ピヨンも、ココネと同じ意見なようだ。
「そう・・・。ありがとう。ダルバスは、良い友人に恵まれたわね。私からも、改めてお願いするわ?・・・。今後も宜しくね?」
ライラは立ち上がると、深々と腰を下げていた。
「もう!今更何よそよそしい態度を取っているのよ!既に、私達は仲間。そんな、謙虚な態度を取らないで!」
ピヨンは、ライラの行動を理解しながらも抗議の姿勢を見せる。
「あはは!ありがとう!じゃ、改めて・・・。宜しくね?ピヨン?」
ライラは、改めて遠慮をしない旨をピヨンに示していた。

 その時だった。
店の扉が開かれ、一人の戦士らしき人物が店内に入ってくると、辺りを見渡していた。
プレートメイルに身を包んだ男性は、店内を散策していた。
「ここにおるかな・・・?」
戦士の人物は、店内を見渡している。
その様子を見ていたダルバス達は、驚きの声を上げる。
「お・・・?おぉ!?リスタの旦那?」
ダルバスは、その人物に目を見張っていた。
「リスタ・・・隊長!?何で・・・?」
ライラも、その人物を確認すると、信じられないと言った感じで視線を送っていた。
その言葉に気が付いた男性。
「お・・・おぉ!ダルバス殿とライラ殿ではないか!探し求めたぞ!我はリスタだ。忘れてはおらぬよな!?」
戦士は、自身をリスタと名乗ると、再開を喜んでいるようだった。
「リスタ隊長・・・。ここでお会いするとは・・・?」
ライラも、突然の訪問者に驚いている。
「ああ。ダルバス殿達から別れて、色々とあってな。私は、ダルバス殿達を追いかけていたのだ」
リスタは、ダルバス達を追った旨を説明していた。そして、ようやく会えたといった感じで、安堵の息を漏らしていた。
「あぁ?俺達を追いかけていた?何でだ?」
ダルバスは、リスタとの再開に喜びを覚えていたものの、リスタの意図がわからなかった。
「そうね。リスタ隊長とお会いするのは嬉しいけれど、何故ここへ?」
ライラも、ダルバスと同じ考えなのだが、警戒心を露わにしていた。
それは、コウダイの存在だった。
今まで、コウダイは予期せぬ行動で人を操っていたと思われていた。
それ故に、ダルバス達に慣れたリスタを操っているのと疑っていたのだ。
「どうしようかしら・・・」
ダルバスとライラは、お互いに目配せをしあい、どのようにするか悩んでいた。
「魔法を使ったら、またピヨンに怒られそうだし・・・。でも、隊長相手に、いきなりビンタも・・」
小声で悩みながら、腕を組むライラ。
「お・・・。おい。どうした?」
突然沈黙してしまったダルバス達に、ココネは不思議がる。
「どうされたのかな?」
リスタも、ダルバス達の様子に疑問を感じているようだ。
「かなり、嫌だけれど・・・。少しなら・・・、本当に少しなら・・・仕方がないか」
ライラは自問自答で納得すると、ダルバスとココネに声を掛けた
「ねぇ。ダルバス。ココネ。ちょっと、向こうを向いていてくれるかしら?」
突然のライラの言葉に、ダルバスとココネは理解が出来ない。
「あ?どういう意味だ?」
「どういう事だ?」
ダルバスとココネは、疑問の声を上げる。
「うっさいわね!とっとと、向こうを向けって言ってんのよ!」
ライラは声を荒げると、ダルバスとココネを一喝する。
そのライラの形相に、ダルバスとココネは、ライラに背を向けざるを得なかった。
「何の話をしているのかな?」
リスタは、ライラの様子が理解できないようでいた。
「・・・いい?リスタ隊長?見なさい!」
ライラは、覚悟を決める表情を浮かべて立ち上がると、唐突に自身のスカートをめくり上げる。
リスタの目の前で、一瞬とはいえ自身の下着を露わにさせるライラ。
「・・・っ!」
リスタはライラの行動を目の辺りにすると、すかさずライラに対して背を向けてしまう。
「ラ・・・。ライラ殿!何を突然・・・!?」
突然の、あり得ないライラの行動に、リスタはとまどいを隠せないでいた。
「ライラ!何やっているの!?」
この行動には、ピヨンも動揺を隠せないでいるようだ。
「・・・。大丈夫なようね・・・。確認をするのにも、恥ずかしいったら、ありゃしないわ?」
ライラは、顔を赤らめながらも、服装を手直ししていた。
「・・・。振り返っても宜しいかな・・・?」
リスタは、ライラに背を向けながら問いかける。
「いいわよ。・・・。御免なさいね。私も、こんな変態じみた真似をしたくてやっているんじゃないのよ?」
ライラは、苦笑を浮かべながらリスタに答えていた。
ライラに背を向けながらでも、ダルバスはライラの意図を理解していた。
「おぅ。俺らも振り返ってもいいか?」
ダルバスは、ライラに問いかける。
「構わないわよ」
ライラは答える。
「・・・で?リスタの野郎は、操られていねぇんだな?」
ダルバスは振り返ると、ライラに核心を求めていた。
「えぇ。大丈夫みたい。いつもの、リスタ隊長みたいね」
ライラはそう答えると、おかしそうに笑いを堪えていた。
「で?リスタ隊長。本日の、ライラのパンツは何色だったんだい?」
ダルバスは、ライラの行動を理解すると、悪戯げにリスタに問いかける。
「し・・・知らぬ!私は、ライラ殿の・・・を見てはおらぬ!」
リスタは、慌てふためいて釈明していた。
「こりゃ、大丈夫だ。確かに、操られていねぇな。はははっ!」
ダルバスは、腹を抱えながら笑い転げていた。
その様子を見ていたピヨン。
「・・・確かに、いきなり魔法を浴びせるのはやり過ぎとは怒ったけど、これはこれで異常じゃない?考えられないよ。でも何でスカートなんかめくったの?」
ピヨンは、ライラの思考回路が全く理解できないとでも言うように呆れ返っているようだ。
「あぁ。この間もちょっと話したでしょ。このダルバスの馬鹿が、リスタ隊長の前で同じ事をやらかしたのよ。その時の隊長の反応が同じであれば、大丈夫かな・・・ってね。ほら、昨日もピヨンに怒られたじゃない?魔法でいきなりココネを・・・なんてね?だからといって、いきなりリスタ隊長にビンタも・・・ねぇ?」
ライラは、慌てて釈明をしている。
「だからって、さっきの行動もどうかと思うけど。・・・今わかった。ライラは恥女なんだね。あり得ない」
ピヨンは、ふざけて軽蔑の眼差しをライラに送っていた。
「・・・。一体、何の話か、私にはわかりかねるのだが・・・」
リスタは、あまりの出来事に茫然自失としていた。
「あぁ。悪かったな。俺らも、ムーングロウや、ここトリンシックへ来てからよ。色々な事があったんでな。んで、おめぇさんにも、ちょいと疑いがあったもんで、試させてもらったんだ」
ダルバスも、一連の出来事を見て、腹を抱えているようだ。
「よく、わからぬが・・・。ところで?貴様らの連れを紹介して頂けぬかな?」
相変わらず、理解出来ないリスタだが、恥ずかしさを誤魔化すように、リスタはココネとピヨンの紹介を促していた。
「あぁ。前にも話したかもしれねぇが・・・。奴等はムーングロウの住民だ。俺らのドラゴン討伐に力を貸してくれる友人だ。おう。おめぇら、自己紹介しな」
ダルバスは、ココネとピヨンへ挨拶を促す。
「あぁ。俺は、ムーングロウの街で、衛兵の手伝いをしている、ココネ・ワカリモって言うんだ。あんたも衛兵かい?今後も宜しくな?そして、こっちは俺の伴侶だ」
ココネは、リスタに挨拶をすると、ピヨンにも挨拶を促していた。
「初めまして。私は、ピヨン・ワカリモ。調教師をしているよ」
ピヨンも、ココネに促されるままに挨拶をしていた。
「そうか。ダルバス殿のご友人なのだな。申し訳ない。こちらも、挨拶が遅れたようだ。私は、ブリテインのブラックソン城の衛兵隊長を勤めさせて頂いている、リスタ・クライシスと申す。ダルバス殿達とは、所縁あっての付き合いとなる。今後とも、お見知り置きを」
そう言うと、リスタは恭しくココネ達の前に跪いた。
リスタの発言を聞き、ココネは慌てふためいた。
「ブリテインの隊長格?さっきから、隊長という言葉は認識していたが、そこまでの大物!?ダルバス!お前、何をしたんだよ!?」
ココネは、あり得ない人物の登場に、慌てふためいていた。
「くははっ!先日も話しただろう?嘘じゃねぇぜ?ってまぁ。自慢にもならんが。俺は、このパラディンリスタに捕まって、牢屋ぶち込まれて、試合して、一緒に飲み食いした仲って訳さ。はははっ!」
ダルバスの話に、ココネは話を思い出していた。
ダルバス達の旅の軌跡。
疑っていた訳ではないが、ダルバス達の旅の事実を突きつけられると、ダルバス達の旅の軌跡を再認識させられていた。

「それで?色々と気になる言葉があったのだが・・・。我が操られていた・・・だと?」
リスタは、聞き慣れない言葉に関心を示していた。
「あぁ。それならね。一応、事の終始を説明しておいた方がいいわね。ちょっと時間がかかるけれど、お時間は大丈夫かしら?」
ライラは、リスタに確認する。
「大丈夫だ。じっくりと、事の経緯を教えて頂こう」
リスタは、ライラに説明を促す。
「わかったわ」
ライラは、ブリテインを出発し、ムーングロウに着いてから、ここまでの経緯を事細かく説明し、自分たちが導き出した見解も説明してゆく。
リスタは、その説明を興味深げに聞き、質疑応答などをしている。
全ての説明を終えた時には、数刻の時が経っていた。
「なるほど。それで、ライラ殿はあのような事をされたのだな?」
リスタは、全てが納得したかのように頷いていた。
「そうね。私は、皆から変態と見られてしまったみたいだけれどもね?」
ライラは苦笑いを浮かべる。
「さて、今度はそっちの番だぜ?リスタ隊長は、何で俺達を追いかけてきたんだい?」
「そうね。リスタ隊長の真意を教えて頂けます事?」
ダルバスとライラは、リスタがここに来た理由を求めていた。
「ああ。それなのだがな。まず、貴様らが旅立った後の話からさせて頂こう。それに、思い当たる節もあるしな」
リスタは、そう言うと、思い返すかのように、リスタの旅立ちを話始めた。



 時は、ブリテイン港からダルバス達を見送った後だった。
「隊長。なんか、凄い人達でしたね」
リスタの脇に控える衛兵は、一連の流れを思い出しているのだろうか。海原に消えるダルバス達を見つめていた。
「そうだね。でも、ライラさんなら必ず帰ってくるから大丈夫!だって、約束したもん!」
ナオは、リスタの横で、ライラ達の生還を信じて止まぬようだった。
「うむ。私達も、良い経験をしたのかもしれぬな。戦士のダルバスに、魔法使いのライラか。しかし・・・」
リスタは、言葉に詰まっていた。
リスタは思い悩む。ダルバスの強さと、ライラの魔法を駆使したとしても、本当に古代竜討伐など可能なのか。
ダルバス達の前では、絶対に言わなかったが、やはり不可能とも思えていたのだ。
短い期間ではあったが、ダルバス達を、友人の様に感じているリスタ。
それを、もし失ったらと思うと、やりきれない気持ちになる。
「・・・隊長?」
沈黙するリスタに、衛兵は声をかける。
その様子に、リスタは見えなくなった船を、無言で見つめていた。
「何よ?隊長は、ライラさん達を信用出来ない訳?私は、ライラさんを信じているからね?必ず帰って来るよ?その時には、私達のユニコーンの角亭で、たーくさんのお料理で、ライラさん達と、リスタ隊長とで祝宴をするの!楽しみね!」
ナオは、リスタの意図を感じ取ったのだろう。ナオも不安はあるが、精一杯の自信を見せていた。
「そうですよ。ダルバスさん達を信じてあげませんか?そして、帰ってきた時には、盛大にお迎えしようではありませんか」
マスターも、ナオの言葉に賛同している。
「しかし・・・な」
リスタは、本音は言わないが、不安を隠しきれない様子を醸し出していた。
「何よぉ。だったら、リスタ隊長も、ライラさん達と一緒に行けば良かったじゃない」
ナオは、煮え切らないリスタにふてくされている。
「こ、こら!隊長相手に何を言っているの・・・!申し訳ございません。リスタ隊長。この子の無礼をお許し下さい」
マスターは、ナオの対応に詫びを入れていた。
「何さ!リスタ隊長の意気地なし!あなたの化け物じみた力で、ライラさん達に力を貸せば、鬼に金棒じゃな・・・むぐ」
リスタに暴言を吐くナオの口は、マスターにより塞がれる事になる。
「失礼いたしました。では、私達はこの辺で・・・」
マスターにより、その場を後にするナオ達を、リスタは複雑な気持ちで見送っていた。

「隊長。そろそろ我々も・・・」
ダルバス達の見送りを終えた衛兵達は、次の指示を伺っていた。
「あ。あぁ、すまぬな。さて、そろそろ我々も仕事に戻ろう。貴様らも、今日も街の治安維持と、鍛錬に勤めるのだぞ。では、私は公務があるのでな、一足先に帰らせて貰うぞ」
リスタはそう言うと、早々にその場を後にする。
リスタに敬礼を送りながら見送る衛兵達。
「なぁ。本当は、隊長はダルバス殿達の事が心配なんじゃないか?」
「俺もそう思った。それに、隊長とほぼ互角に渡り合える人物なんて、今まで副隊長以外いなかったしな。寂しいんじゃないか?」
「はぁ~。俺も、早くリスタ隊長の様になりたいな~。パラディンも、奧が深いな」
衛兵達は、リスタの後ろ姿を見送りながら、各々の感想を言い合っていた。

 リスタは、城の職場に戻ると、早速書類の整理を始めていた。
書類の種類は様々で、ロードブリティッシュ城への報告書類や、住民台帳、犯罪者記録、ブラックソン城の備蓄管理、街の修繕費の捻出などがある。
リスタは、膨大な書類を前に、黙々とペンを走らせていた。
そして、犯罪者記録を開いた時に、リスタはため息を漏らしていた。
記録帳には、大小様々な犯罪が記載されている。
些細な窃盗や喧嘩や酔っぱらいの介抱。そして、中には人命をも奪いかねない犯罪などだ。
記録帳には、フィンドとグランの名があった。
既に刑は執行され、2人には、懲役2年の実刑判決が出されているようだ。
本来であれば、即処刑ではあったものの、ライラの懇願により処刑は免れ、牢で服役するに至る。
リスタは思い出し、少し後悔を覚えていた。
ダルバスに挑発を仕掛け、刃で襲いかかったフィンド達。確かに、それに激昂して彼らを半殺しにしたダルバスにも非はあるのだが、いくら法とはいえ因果関係を調べずに、ダルバスを投獄してしまったのは、やり過ぎだったのではないかとも思っていた。
しかし、それがなければ、リスタとダルバスは出会っていなかったに違いない。
リスタにとってダルバスは、最高のライバルともいえる。
それを思うと、複雑な気持ちにならざるを得なかったのだ。
しかし、悩んでいても仕方がなかった。
公務は、山のようにある。
公務をこなしている事数刻。
気が付けば、時刻は昼を迎えていた。
「ふむ。それでは、ちょっと休憩をするか」
リスタは席を立つと、食堂へ足を運ぶ。

 食堂は、既に衛兵達が昼食を楽しんでいるようだった。
朝食と昼食は、城の料理長が献立を考えており、自分の好きな食事を注文する事は出来ない。
夕食は、食事の選択の余地があり、夕食の時は、各々好きな物を注文しているようだった。
リスタは、既に用意されている昼食を手に取る。
今日の昼食は、羊脚の焼き肉と、パン、トマトスープ、ミルクだった。
用意されてから、多少時間が経っているからだろうか、料理は少し冷めているようだ。
リスタは、食事が載せられたトレイを持つと、空いている席に座る。
その時。
「あ。隊長お疲れ様です。私達も、ご一緒してもよろしいですか?」
リスタが振り返ると、数名の衛兵達がいた。
「おお。勤務ご苦労。構わぬぞ。さぁ、座るがいい」
リスタは、嬉しそうに部下達へ座る事を促す。
それを聞くと、衛兵達は嬉々としてリスタを取り囲んだ。
「リスタ隊長。先日は残念でした。もう少しで、ダルバス殿に勝てたのに、まさかの引き分けとは残念でありません」
一人の衛兵が、食事をしながら、先日のダルバス達との試合の話をする。
「まぁ、隊長が許可したとはいえ、2対1だろ?あの、ライラ殿がいなければ、隊長の圧勝さ」
他の衛兵が、残念がる衛兵を窘めていた。
「まぁ。貴様らの言う事もわかる。ただな、ダルバス殿は、私のような特殊な能力は持っていない。私は、公平な試合だったと思っているがな。言い方を変えれば、ライラ殿に攻撃魔法を許可していたら、私は間違いなく負けていた事だろう」
リスタを気遣う衛兵達に、リスタは素直な意見を述べていた。
「まさか・・・。そんなこと・・・」
他の衛兵達は、とまどいを見せていた。
「ただな・・・。それだけの力を持ってしても、果たして古代竜に勝つ事が出来るのか。・・・古代竜にたどり着くまでには、それ以外のドラゴンとも戦わねばならぬだろう。本人達は、試練と受け止めるかもしれぬが・・・。過酷すぎるよの」
確かに、リスタはドラゴンと戦った事が無い故に、ドラゴンの力量はわからなかった。
しかし、ベスパーの事件や、古代竜と遭遇して殆どの人が帰ってこないと言う話を聞くと、並大抵の力で勝てない事は理解していた。
「せめて、ダルバス殿が、私と同程度のパラディンの力を持っていれば・・・」
リスタは呟いていた。
リスタは、ダルバスと試合をした時に、ダルバスは力としての力量や戦士としての力は一級品だが、それ以外の取り柄がない事を認識していた。
無論、その力量は、普段ブリタニアで生活するには申し分ないほどの力量だ。
リスタも、その力を持ってして、ブリテインの平和を守るための衛兵になって欲しいとも思ったくらいだ。
しかし、それでも、ダルバスとリスタの戦力だけで見ると、総合的に見るとリスタの方が上だろう。
リスタは、戦士以外で、パラディンという特殊能力を持っている。
ダルバスに、他に取り柄がないのが残念でならなかった。
「恐れながら、隊長。意見を述べても宜しいでしょうか?」
リスタの様子を伺いながら、一人の衛兵が声を上げる。
「なんだ?申してみよ」
リスタは促す。
「その・・・。リスタ隊長は、ダルバス殿達をお追いになられてはいかがでしょうか」
リスタは、その発言に心底驚いた。
「な・・・っ!」
心を見透かされたのかと思ったからだ。
「意見具申。私も、そう思います。隊長の友、ダルバス殿は、隊長の力を必要としているのではと思います」
他の衛兵も、その意見に賛同している。
「恐れながら、私もそう思います。それに、隊長のパラディンとしての力は、普段では発揮できません。ご自身の本当の力量を試すには良い機会かと思います故」
次々に、衛兵達からの申し出を受けるリスタ。
「貴様ら・・・」
リスタは、突然の事に、言葉を失っていた。
「ただし。必ずご生還される事が前提であります!自信がなければ、行かれない事を所望します!」
中には、やや挑発的な提案をする衛兵もいるようだ。
「いや・・・。しかし・・・。私がいなくなったら、誰がここを守るのだ?最悪私が死んだとしたら?」
リスタは、部下からの突然の提案にとまどいを隠せないでいた。
「いえ。必ずご生還されるのが前提です。無理だと思われましたら、非情でもダルバス殿達を捨ててでもご帰還願います」
衛兵が発したこの一言に、リスタは激昂した。
「この大馬鹿者が!私に、行けと申すのに、その様な中途半端な覚悟で行けと申すのか!決死の覚悟をしているダルバス殿達に、どのような面を下げてゆけばよいというのだ!ふざけるのも、大概にするがよい!」
リスタは立ち上がると、衛兵達を睨み付けていた。
「しかし、リスタ隊長は、ここブラックソン城の要であります。万一の事を考えますと・・・」
一人の衛兵が、申し訳なさそうに申し立てる。
「馬鹿者が!貴様ら、いざ戦になったら、そんな事を言っていられるのか!決死の覚悟で向かう戦場に、情け容赦などないのだぞ!生きて帰ってこられぬ覚悟がないのなら、行くなと?それでも、行って生きて帰ってこいだと?貴様ら、腑抜けるのも大概にするがいい!」
リスタは激昂すると、思わず机を叩き付けていた。
「も・・・。申し訳ございません。その・・・。迂闊な発言をお許し下さい」
衛兵達は、その場にひれ伏していた。
「・・・まぁよい。悪かった。貴様らは、私の意を汲んでの思いやりの発言をした事はわかっている。・・・厳しい事を言いすぎたようだ。すまぬ」
リスタは、部下達に謝罪をすると、立ち上がるように促した。
「隊長・・・」
リスタの態度に、衛兵達は不安そうな視線を送っていた。
「何、気にするな。早く昼食を摂り、午後の鍛錬に励むがよい」
リスタの発言により、衛兵達は食事をするも、なかなか喉を通らないようだった。
「隊長・・・。先ほどは、ご無礼な意見、誠に申し訳ございませんでした」
衛兵の一人から、謝罪の言葉がリスタに送られる。
「気にする事はない。こちらも、貴様らの思いやりを理解してやる事が出来ず、すまぬな」
リスタは部下に謝罪をするも、部下達の提案も気になっていた。
「・・・。貴様ら、本当に私がいなくなっても、問題はないか?」
リスタは、改めて部下達に問いかける。
「・・・。問題がないといえば語弊になりますが、パラディンの鍛錬以外では、殆ど問題はないかと・・・。フィード副隊長もおられるので・・・」
衛兵は、遠慮しがちに答えていた。
「そうか・・・。考えておこう」
リスタはそう言うと、その場を後にしてしまった。

 仕事に戻ると、書類の山を片付けてゆくリスタ。
そして、ある程度の目処が付くと、近くの衛兵に、副隊長を呼ぶように指示を送る。
「すまぬが、副隊長をここへ呼んで欲しいのだが」
「はっ!」
リスタの命令に、衛兵はすぐさまその場を後にする。
暫くすると、一人の男性がリスタのもとへと脚を運んできた。
「おぉ。フィード。忙しいところすまぬな」
リスタは、副隊長であるフィードを迎え入れる。
「いいのね。それより、どうしたのね?」
フィードは、リスタの突然の呼びかけに首を傾げていた。
「あぁ。フィードも、私と同じパラディンだが、調子はいかがかな?」
リスタは、当たり障りのない質問をフィードに投げかけている。
「何を言っているか、わからないのね。フィードは、フィード。パラディンの鍛錬は、毎日の事なのね」
フィードは、意味がわからないとでも言うようだ。
「くくっ!相変わらずの、なまりと言うか、方言なのだな。やはり、直らぬか?」
リスタは、フィードの独特の口調に笑いを堪えている。
「仕方がないのね。私の故郷である、レイクオースティンでは、このような口調が当たり前なのね?今更だけど、文句あるのね?」
フィードは、リスタの指摘に、やや憤りを感じているようだった。
「いや。すまぬ。貴様を呼んだのは、他でもない」
リスタはフィードに釈明を求めると、話を進める。
「何なのね?」
フィードは、先を促す。
「それでなのだが・・・。フィード。暫く、貴様にブラックソン城の隊長を務めて貰う事は出来ぬだろうか?」
リスタは、単刀直入に意見を申し立てる。
「・・・。どういう意味なのね?」
「いや・・・。実はな・・・」
リスタは、事の一部始終をフィードにうち明ける。
自分は、ダルバス達の後を追いたい事。そして、その友人達を守りつつ、一緒に戦いたい事など。
「・・・なるほどなのね。隊長の気持ちもわかるのね」
フィードは、リスタの説明を聞くと頷いていた。
「貴様なら、私の後任にもなれる。さほど、難しい話ではないと思うが・・・」
リスタも、この内容をお願いするには、多少の後ろめたさはあった。
無論、自分都合での話になるからだった。
「・・・。わかったのね。でも・・・。俺も、部下の衛兵達と考え方は同じなのね。・・・。約束する事。・・・違う。誓う事。リスタは、必ずここブラックソン城へ戻る事。これを誓えれば、隊長代理を承るのね」
フィードは、リスタから聞いた衛兵達の気持ちを汲んだのか、同じような素振りを見せていた。
「・・・誓おう。私は、必ず生きて帰ってくる。オリジン神に誓ってだ」
リスタは、フィードの前に跪くと、フィードの手を取り甲に唇を送る。
「・・・わかったのね。リスタの意思は、受け取ったのね」
フィードは、リスタの意思を受け取ると、隊長代理の役を受ける事を承知していた。
「ありがとう。私が不在の間も、宜しく頼む。私のやり方は、わかっているな?厳しいが、愛情を忘れずにだ。しかし、それでも私が死んだりした時には、フィードに全てを任せ・・・」
リスタが言葉を発した時だった。
フィードの、右手が、リスタの顔面を捉えていた。
「がっ!」
渾身の一撃だった。
リスタは、部屋の壁に叩き付けられる。
「誓いは?たった今立てた誓いはどこにいったのね?生きて帰ってくると誓ったリスタが、既に死んだ時の話をしている?ふざけんじゃないのね!?」
フィードは、リスタを睨み付けていた。
「リスタは、既に誓いを破ったのね。ここで息果てるか?」
フィードは、獲物を抜くと、リスタに滲みよる。
「わ・・・。わかったっ!すまぬ!私の覚悟が足りなかったようだ!考えが甘かった!許してくれ!」
リスタは、自分の迂闊な発言を理解すると、フィードに謝罪を行っていた。
「・・・。わかればいいのね。隊長のくせに、同期として恥ずかしいのね・・・」
フィードはそう言うと、獲物を納め、リスタに背を向けていた。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。

 リスタとフィードは同期だった。
お互いに、ブラックソン城へ配属され、日々の勤務に追われながら、パラディンとしての資質を磨き、お互いに切磋琢磨してきた。
そして、数々の功績をあげながら、リスタは隊長へ。フィードは副隊長となっていたのであった。
リスタとフィードは、お互いの立場に不平不満はなかった。
というか、同期故か、立場を気にせずに、このような会話が出来るのも事実だった。
リスタが隊長でも、フィードは妬む事もないし、それが当然だとも思っていた。
だからこそ、このような平等な対話が可能なのかもしれなかった。

 フィードは、リスタの覚悟を理解していた。
先日の、ダルバス達との試合も話で聞いて知っていたし、ダルバス達の目的も話では聞いていた。
そして、リスタがこのような行動を起こす事も、ある程度は予測していたのだ。
だから故に、フィードは、リスタに対して厳しい態度を取っているのだ。
これが、無関心な他人であれば、古代竜討伐などの旅に、歯止めは掛けない事だろう。
だから故に、フィードはリスタに誓いを促していたのだ。
「リスタの覚悟。確認したのね。なら、急がないといけないのね。・・・ダルバス達の行き先はわかっているのね?」
フィードは、覚悟を決めたかのようにリスタに問いかける。
「あ・・・あぁ。きゃつらは、ムーングロウへ渡った後に、トリンシックへと向かうと聞いた」
リスタは、ダルバスから聞いた情報を、思い返していた。
確か、ムーングロウで仲間と合流した後に、トリンシックへと向かうと聞いていたのだ。
しかし、道中の詳しい場所は聞いておらず、漠然とした行き先だけだった。
「了解したのね。なら、善は急げなのね。おい!そこの衛兵!」
フィードは頷くと、側にいた衛兵を呼びつける。
「はっ!フィード副隊長!何のご用でありましょうかっ!」
側にいた衛兵は、すかさずフィードの元へ駆け寄ると、敬礼を送っていた。
「明日の朝一番で、ムーングロウ行きの船の切符を手配するのね。急ぐのね」
フィードはそう言うと、船の切符の手配を衛兵に促す。
「はっ!ただいま!」
衛兵はそう言うと、駆け足で走り去っていった。
「リスタ。早急に準備をするのね。リスタの出発は、明朝。問題ないのね?」
フィードは、リスタが逃げられないように固める準備を見せると、不敵の笑みを送っていた。
「あ・・・あははっ!まさか、貴様がここまでしてくれようぞとはな。・・・感謝する。よくぞ、私の最後の背を押してくれた。感無量だぞ」
リスタは、同期のフィードに最大の感謝の意を込めて、フィードの肩を抱きしめていた。
「気にするななのね。リスタが帰ってくれば、それが皆の一番の喜びなのね」
フィードは、リスタの抱擁に覚悟を決めているようだった。
「さぁ。このことは、皆に報告せねばならぬ。一同を、中庭に集めてくれぬか?」
リスタは、フィードに命令を下していた。
「了解なのね。早速、部下達を中庭に集めるのね」
フィードはそう言うと、駆け足でその場を後にしていた。

 暫くすると、先日ダルバスと試合をした中庭には、ブラックソン城に勤める全員の衛兵達が集められていた。
リスタは、その中央へと脚を運ぶ。
そして、声を大にして、これからの目標を皆に伝えていた。
「皆の者!忙しいところ申し訳なかった!私は、所用で暫くこのブラックソン城を後にすることにする!」
リスタの声により、中庭にどよめきが走る。
「静かにせよ!・・・私は留守にするが、その後見人として、ここにいるフィード副隊長を、暫定的な隊長として迎える事にした!皆の者!私が不在の間は、フィードを隊長とし、ブリテインの治安維持に勤めることと、パラディンへの修練は欠かさぬように!」
リスタは、周りにいる衛兵達を見渡すと、新たな隊長であるフィードに仕えるように声を上げていた。
その時だった。
「リスタ隊長!頑張ってくださいよ!見事、ダルバス殿達とともに、古代竜の首を土産に戻って来てくださいね!」
「隊長!くれぐれも無理はなさらずに!ご自愛を!」
「我らパラディンの力を、ドラゴン共へ!ダルバス殿と一緒に、ベスパーの仇を!」
「隊長~。愛しているぜ~!絶対に、帰って来てくれよ~っ!」
「嫌だとは言いたくないが!隊長の意見を尊重します!くれぐれもお大事に!」
「古代竜と戦うなんてっ・・・!行かないでくださいっ!」
集まっていた衛兵達から、リスタへの様々な交錯が交じった発言が掛けられていた。
その様子には、リスタも苦笑せざるを得ない。
噂とは、早いものだ。
既に、リスタの行動目標は、衛兵達に知れ渡っているようだった。
「皆の者!聞くがよい!既に、皆の周知の通り、私は先日試合をした、ダルバス殿への旅の同行となる!旅の目的は、過去にベスパーを襲撃したドラゴンたちへの報復行為となる!しかし、案ずるな!私には、私をも打ち負かすほどの戦士ダルバスと、魔法に卓越したライラ殿がいる!そして、パラディンの私がいれば、何の不安があろうか!この、ブリタニアの治安を脅かすドラゴン共を成敗して、必ずやこの地に帰ってくる事を、私は誓う!それまで、貴様らは街の治安維持と、フィードに習ってパラディンの道を切磋琢磨するのだ!わかったかっ!」
リスタは大声をあげ、部下達の士気を上げる。
「はっ!畏まりました隊長!ご武運を祈ります!」
衛兵一同からの敬礼を受けるリスタ。
「私は、今から隊長ではない!今後はフィードが隊長だ!・・・。最後の命令だ!私が帰るまで、フィードの命に従うように!以上だ!」
「はっ!」
場を離れるリスタに、衛兵達は最大限の敬意を込めて敬礼を送っていた。
中には、涙を流す衛兵もいた。
その様子を見て、フィードはリスタに声を掛けていた。
「いいのね?引き返せないのね?」
フィードは、不安そうに声をかける。
「構わぬ。これが、我が選んだ道だ。隊長という座を退いたとしても、後悔はせぬ」
リスタは、決意を露わにしていた。
「くくくっ!何をそんな弱気な事を言っているのね?とっとと、古代竜なりなんなりをぶっ殺して、戻ってくるのね。俺は、隊長なんて面倒くさい役を演じているのは嫌なのね。早く、戻ってくるのね?」
フィードはそう言うと、リスタの肩を抱きしめていた。
「くくっ!損な役割を押しつけてしまって、申し訳ないな。私がおらぬ間は、貴様に頼むぞ?」
リスタはそう言うと、同期のフィードの肩を抱きしめていた。
「さぁ。これが、切符なのね。今夜は早く準備して、明日に備えるのね」
フィードはそう言うと、懐から明日の船の切符を取り出す。
「感謝する。では、早速明朝に出発させて頂こう」
リスタはそう言うと、切符を受け取りその場を後にする。
リスタの背後からは、隊長としてのエールが鳴り響いていた。
それらを後に、リスタはブラックソン城へと消えていった。

 リスタは、思い悩んでいた。
啖呵を切って旅立ちを宣言したはいいが、ダルバス達の行方がわからないでいたからだ。
文を出すにしても、滞在先がわからない。
一応、ダルバスからは今後の予定は聞いてはいたが、漠然としたものだった。
旅の予定としては、明日ムーングロウへ渡り、ムーングロウ中の宿屋を探すつもりだった。
しかし、宿で見つからない場合、ダルバス達はムーングロウにいるという友人の所にいる可能性が高かった。その場合、見つけるのは不可能に近いだろう。
また、リスタは、ムーンゲートを使用して、イルシェナーへの旅の経験はあるが、ブリタニア各地への旅行経験は、ほとんどなかった。
 恐らく、ダルバス達の旅の終点はトリンシックなのだろう。
しかし、そこから先の予定は聞いていなかったのだ。
それならば、ムーングロウは経由せず、トリンシックへ先回りしたほうが良いのではないか。
しかし、ダルバス達が、どの位ムーングロウへ滞在するのかわからない故に、その考えも危ぶまれた。
「仕方ない・・・」
リスタは呟くと、城の図書室へと脚を運ぶ。
 膨大な書物の中から、リスタは数冊の本を取りだした。
リスタが調べようとしているのは、ドラゴンの所在だった。
取りだした本の多くは、トリンシック近辺の伝記が記されたものになる。
ドラゴンの所在がわかれば、ダルバス達へ追いつくには、最終的にそこへ向かえばよいと考えていたのだ。
 書物を読みふける事数刻。
「これか・・・!」
リスタは、書物に書かれていた伝記に目を見張った。
書物には、トリンシックのムーンゲートから北西の辺りの山中に、ダスタードという洞窟があると記載されていた。そして、そこにはドラゴンらしき挿絵が記載されていたのだ。
リスタは、文献を読み進んでゆく。
すると、意外な内容が記載されていた。
それは、昔、ドラゴンと人間は友好的な関係で、人や街を襲う事などないと書かれていた。
しかし、ドラゴンの力は強大で、例え人間を襲わないとしても、人間がドラゴンに襲いかかった場合は、紅蓮の炎で瞬く間に焼き尽くしたという。
「どういう事だ?」
リスタは、伝記と現実の矛盾に首を傾げる。
ダルバス達の話やベスパー襲撃の話を聞くと、ドラゴン達は、問答無用で街に襲いかかってきたという。そして、人間がドラゴンを先制攻撃して怒らせたと言う話も聞いていない。
本来、人を襲う事などはないと言う伝記だが、リスタにはこの矛盾はわからなかった。
「まぁよい。ダルバス達の行き先は、大方見当が付いた。では、出発の準備でもしよう」
これ以上考えていても、答えがないのはわかっていたので、リスタは書物を本棚へ戻すと、自室へと向かっていった。

 部屋に戻ると、リスタは旅の準備を始める。
武具の手入れをし、旅に必要であろう物を、手際よくバックパックに纏めていった。
明日は早朝の出発だった。この日は、早めに就寝する事になる。

 翌朝。
リスタは、城の厩舎へ向かうと、自分の馬を連れ出していた。
ダルバス達は、移動を馬で行うようだったので、リスタも自分の愛馬で移動する事にしたのだ。
「いいこにしていたか?長い旅になるかもしれぬ。エルザ、宜しく頼むぞ」
リスタは、エルザの頭を撫でると、エルザに跨った。
そして、鞭を入れると、ブリテイン港へ向かった。

 港には、フィードの姿があった。
「おぉ!フィード!見送ってくれるのか!」
リスタは下馬すると、嬉しそうにフィードに声を掛ける。
「当たり前なのね。同期の仲間が危険な旅に出るのね。見送りは、当然なのね」
フィードは、リスタを快く迎えていた。
「では・・・。行って来るぞ。私が留守の間、ブラックソン城を頼むぞ」
リスタは、友に握手を求め、フィードもそれに応じていた。
「では、行って来るのね。これ以上の、言葉や会話は必要ないのね」
フィードはそう言うと、リスタに背を向けて歩き始める。
リスタは理解していた。
あまりに短い見送りだが、長くなればなるほど、別れが辛くなる。
リスタは、ダルバス達との別れの時を思い出していた。
別れを惜しんで、ナオなどは、半ベソでライラを送り出していたものだ。
「ありがとう!別れは言わぬ!必ず帰還する事を誓うぞ!」
リスタは、去るフィードの後ろ姿に声を掛けていた。
フィードは、一瞬振り返ると頷き、そのまま去っていった。

 短い送別だった。
リスタを乗せた船は、港を離れ、一路ムーングロウへと向かう。
乗船客は様々で、行商の者や、恋人達。一人旅をする者などだ。
船旅は、丸一日かかるらしい。
リスタは、久々の休息も兼ねて、ゆっくりと休む事にした。
 しかし、船は順調に進んでいるようだったが、天候が思わしくないようだ。
揺れる船の中で、リスタはやや不安を隠せないようだ。
次第に、波と風は強まり、豪雨が船を襲う。
川に浮かぶ木の葉の様に翻弄される船。
船が、海面を跳ねるたびに、乗客からは悲鳴の声が上がっていた。
リスタは、この事態にじっくりと耐えていた。
今までの、パラディンとしての鍛錬が、ここで力を発揮しているようだった。
 港を出てから、半日ほど経っただろうか。依然、嵐は収まる気配を見せない。
船室の扉のすき間からは、海水とも雨水ともわからない水が浸入してきていた。
さすがのリスタも、危険を感じ始めたのだろうか。立ち上がると、船長の元へと脚を運ぶ。
大きく揺れる船内は、リスタの脚を取り、まともに歩くのも困難を極めていた。
船室から、雷鳴轟く甲板に出るリスタ。
かなり気を付けないと、そのまま海に放り出されてしまう。
船の外壁にしがみつくように、リスタは操舵室へと向かった。
そして、ようやく操舵室へたどり着くと、操舵室の扉を開けた。
その先には、舵を必死に操る男性がいた。
「あ~。ここに来ちゃ駄目だ旦那ぁ!危険だから、部屋で大人しくしていてくれ!」
梶を必死で操る船長は、操舵室に入ってきたリスタを怒鳴っていた。
「あ、あぁ。すまぬな。あまりにひどい天候なのでな。心配になってしまったのだ」
リスタは、釈明をする。
「前方に三角波!あぶねぇっ!取り舵一杯!」
船長は叫ぶと、梶を力一杯回す。
船は大きく傾き、船倉の荷物が転がる音が聞こえ、リスタもたまらず壁に転がり込んでしまう。
「だ、大丈夫なのか!?」
これには、さすがのリスタも不安になる。
このままでは、転覆してしまうのではないのかと。
「信用しろって!俺たちゃ海の男には、朝飯前ってもんよ!ほら、また大きな波がくるぜ旦那ぁ!捕まってろよ!」
船長は声を発した瞬間、船は大波に乗り上げると、そのまま海面に落下する。
激しい衝撃に、操舵室にある物は、散々な状態になっていた。
そして、船は再び大波を乗り越え、落下をしていた。
その時だった。
バキバキッ!という、木のきしむ音が聞こえたと思うと、激しい衝撃が船体を襲った。
「何事だ!」
リスタは、突然の出来事に緊張をしていた。
船体に穴でも空いたのだろうか。そうなれば、沈没は免れない。
「船長!帆が!帆がやられた!」
一人の船員が、慌てて操舵室に駆け込んでくる。
「なんだと!俺は、操舵から手を離れられねぇ!てめぇらで何とかしやがれ!」
船長は振り返るも、迫り来る波を回避するので精一杯だった。
「サー!」
船員は答えると、持ち場に戻ってゆく。
「くそ・・・。推進力が落ちた!そこの旦那!危険だから、あんたはとっとと船室に戻ってくれ!」
船長は、リスタに船室へ戻るよう促す。
「了解した。何やら大変な事態が起きているようだ。指示通り、避難をさせて頂く」
リスタは、素直に船長の指示に従う。
ここは、ベテランの船員に命を預けるしかなさそうだった。
 操舵室から外に出ると、そこには凄惨な光景があった。
帆が折れ、船室の上にのしかかっていたのだ。
これでは、この嵐が止んだとしても、航行不可能になり、難破するのは目に見えていた。
リスタは対策を考えるも、船の知識は皆無だ。
成り行きは、船員達に任せるしかなかった。

 リスタは船室に戻ると、嵐が収まるのを待つしかなかった。
他の乗客達は、絶望的な表情を浮かべている。中には、泣き出している客もいた。
 更に半日くらいが過ぎただろうか。
嵐はようやく収まりかけ、水平線には、新たな陽が上り始めていた。
リスタは、恐る恐る甲板に出ていた。
すると、既に復旧に勤しむ船員達がいた。
「不幸中の幸いだぜ。帆が海に落ちていたら、どうしようもなかった」
船長は、船室にもたれかかっている帆を見ながら、安堵のため息を漏らしていた。
「大丈夫なのかな?」
リスタは、船長に話しかける。
「おぉ。先日の旦那か。大丈夫も何も、ご覧の有様さ。これじゃ、航行すらままならんね」
船長は、苦笑いを浮かべる。
「何か、微力ながらでも手伝える事があれば手伝うが?」
リスタは、復旧の手伝いを提案する。
「あぁ。心配すんねぇ!船の事は、俺達に任せろってんだ。旦那は、船室で休んでいてくれ。もし、力が必要だったら、そん時は頼むぜ。旦那は、力がありそうだからな」
船長はそう言うと、リスタに船室へ戻るよう促していた。
「おら!このままじゃ、船が流されちまう!てめぇら!ぼうっとすんな!碇を降ろして船を固定しろ!それと、お前!乗客に迷惑をかけちまった!詫びを入れてこい!」
船長は、言葉を荒げながら船員に指示を送っている。
リスタは、この場にいては邪魔になると判断し、再び船室に戻る事にした。
それと一緒に、一人の船員も船室へと入ってくる。
「皆様!誠に申し訳ございません!先日の嵐のために、本船は甚大な被害を被ってしまいました。しかし、ご安心下さい。復旧は順調に進んでおります。お急ぎのお客様には、誠に申し訳ございませんが、今暫くお待ち頂ければ幸いです。なお、水と食料は豊富に積んでありますので、気兼ねなく召し上がって頂ければと思います。それと、甲板は危険ですので、極力出ないようお願いいたします!」
船員は、心配する旅客に丁寧な態度で説明をしていた。

 リスタは、予測外の出来事にとまどいを覚えていた。
一刻も早くダルバス達を追いたいのに、思わぬ足止めをくらってしまったのだ。
自然が起こした出来事とはいえ、リスタは焦りを感じ始めていた。
このままでは、間に合わないのではないか。
ダルバス達は、ドラゴンに殺されてしまうのではないか。
焦るリスタだったが、慌てても何も解決しない事に気が付き、リスタは普段のパラディンの鍛錬を思い出して、静かに瞑想を始める。
いかに、今の自分を落ち着かせるかが、今の自分にとって大事かを理解したからだった。
心を落ち着かせ、無心の状態に入るリスタ。
この瞑想は、ライラが行う瞑想とは違い、リスタ個人のやり方だ。
すると、リスタはふと思い起こしたかのように目を覚ます。
そして、気が付いた。
自分は、なんという慢心をしていたのだろう。
リスタは、自分が行けば、ダルバス達の役に立て、ドラゴンすら打ち勝てると思っていた。
逆に言えば、自分がいなければ、ダルバス達は何も出来ないと言う事だった。
「愚劣な・・・。慢心だったな。これも、我の自惚れ故か・・・。我も鍛錬が足りぬと言う事か」
リスタは、瞑想から覚めると、苦笑しながら一人舌打ちをしていた。

 その時だった。
船室のドアが勢いよく開けられたと思うと、船長が声を上げた。
「おい!そこの旦那!悪ぃが、手を貸してくれんか!」
船長は、リスタを指さすと、助けを求める。
「いかがされた!」
リスタは、機敏に反応する。
「帆を立て直してぇんだが、あまりに重たくて立て直せねぇんだ!力を貸してくれ!」
船長はそう言うと、リスタに助けを求めていた。
「了解した。すぐに行く」
リスタは立ち上げると、すぐさま部屋を飛び出していった。
「他にも、問題がない奴がいたら助けてくれ!人数は、多いほどいいからなっ!」
船長は、室内にいる旅客達に声を掛けると、船室を飛び出していった。
すると、殆どの旅客達が船長の後を追う事になる。
無論、少しでも早くこの状態から復帰して、ムーングロウへ向かいたいからだった。

 リスタが外に出ると、船員達が帆に縄を張り、立て直そうとしているところだった。
しかし、帆は重く、まして雨水を吸い込んだ帆は、かなりの重量となっているようだ。
帆は根本から折れている訳ではなく、3分の1ほどの根本を残して折れてしまっている。
船員達は、帆を立て直してから、残っている根に帆を縛り付けて、航行可能の状態に持ってゆくのが目的なようだった。
 状況を理解したリスタは、船員達に加わり、一緒に縄を引っ張る。
しかし、相当な重量なようで、多少は持ち上がるものの、それ以上引き上げるのも困難に思えた。
それ以外にも、旅客達が加わり、船長の合図とともに引っ張るが、なかなか上手くいかない。
途中までは、引き上げられるのだが、それ以上は困難を極めていた。
しかも、下手をすれば、帆はバランスを崩し、海に落としてしまう危険性もあった。
帆を失えば、船は航行できない。それだけは、避けなければならなかった。
「そこまで!無理をするな!」
現状を見ていた船長は、合図と止め、一度帆の引き上げを中断していた。
「畜生・・・。ここまで重いとは・・・」
船長は、甲板に腰を降ろすと、頭を抱えていた。
それを、心配そうに見つめる船員と旅客達。
「船長!諦めるのは止めましょう!もう一度挑戦しましょう!」
船員は、項垂れる船長を叱咤激励すると、再挑戦する事を促していた。
「・・・野郎共。いい心がけじゃねぇか。わかった!野郎共!もう一度挑戦するぞ!配置につけ!乗船している旦那方も頼む!力を貸してくれ!」
船長は叫ぶと、再び帆を立ち上げる事を提案していた。
無論、リスタや旅客達は快く応じていた。
 その時。
リスタは決断していた。
今こそ、パラディンの力を発揮するべきだと。
リスタは、倒れている帆を敵と認識するようにしていた。
そして、さりげなくパラディンの能力である敵対集中を発動していた。
周りにいる人物は、帆を引き上がるのに集中していて、リスタの挙動に気が付く者はいなかった。
リスタは、続いてコンセクレイトウェポンという技を発動する。
これらの技は、リスタの身体能力を上昇させ、腕力などを増強させるものとなる。
そして、船長の合図が入る。
「いいか!俺の合図に合わせて引くんだ。・・・それ!」
船長が号令を入れると同時に、皆は力を合わせ一斉に縄を引く。
すると、先ほどとはうって違い、帆は中に浮き始める。
「その調子だ!そら!」
浮き上がった帆を見つめると、船長は次々に号令を入れてゆく。
しかし、その様子に不思議な感覚に襲われる者達がいた。
それは、リスタの前後にいる者達だった。
リスタの前にいる人物は、強烈な力に引かれ、自分の体が後ろに引かれるのを感じていた。
そして、リスタの背後にいる人物は、合図とともに引くのだが、前方のリスタの引きが強く、縄は弛んでしまう。これでは、自分や後列が引っ張っている意味があるのか。
だが、まさか、それがリスタの特殊能力とは理解できず、皆は一生懸命に帆を立て直すしかなかった。
そして、ゆっくりとだったが、帆は垂直に立て直されてゆく。
そして、完全に帆が立った時。すかさず船員達が、帆の根に折れた帆を固定し始めていた。
「よし。もう大丈夫だ!お客の皆さん!ご協力に感謝します!本船は、これより最終調整をさせて頂きます!それまで、今暫くお待ちを!力を使って、お腹が空いているでしょう!船内にて、無料の食事を提供させて貰いますので、皆様は、出船までの時間をご歓談頂きたい!」
船長はそう言うと、再び旅客達を船内に戻る事を促していた。
「おい!そう言う訳だ!ご尽力頂いた人達に、最高のもてなしをしてやれ!」
船長は、傍らにいた料理人に声を掛けると、すぐに準備をするように命令していた。
「サー!」
料理人は、すぐさま行動を開始している。
 リスタは、その様子を見て、胸をなで下ろしていた。
これで、ようやくムーングロウへ向かう事が出来る。
なお、リスタのパラディンの能力は、誰にも気付かれている様子はなかった。
無論、ここにいる大衆達は、パラディンの能力や、魔法の能力など見た事がなかったからに過ぎない。
暫くすると、旅客達に料理が振る舞われていた。
豪華とはいえないが、無料で頂くには申し分ない料理だった。
時刻は、既に昼を越えている。
空腹を覚えていたリスタは、ありがたくこの食事を頂いていた。
 既に、ブリテインを出発してから、1日半が経過していた。
本体であれば、既にムーングロウへ到着している事となる。
リスタ達は、船の修繕を待ち、出発を待つしかなかった。

 そして、既に深夜を迎えようとしていた時だった。
船員が、船室に入り込んでくる。
「皆様。大変大変長らくお待たせいたしました。無事、修理を終えた本船は、ただ今よりムーングロウへ出航いたします。ご迷惑をおかけいたしました。しかし、本船は万全の状態ではございません。予定より、かなり遅れてしまう事をご容赦願います」
船員は、辺りを見渡していた。
旅客達は、既に寝入っている者達もあり、あまり大声は出さないようにしているようだ。
リスタも、この報告を聞き、安堵していた。
そして、今後、どのようにしてダルバス達を追えばよいのかを画策していた。
そして、考えているうちに、リスタは疲れのせいか、眠りに落ちていった。

 翌日。
リスタは、かなり深い眠りに落ちていたのだろう。
目を覚ましたのは、昼近い時間だった。
「迂闊だったか・・・。このような寝坊をするとは・・・」
リスタは、普段は絶対にしない寝坊に、苦笑しながら目を覚ましていた。
しかし、無理のない事かもしれなかった。
普段はしない船旅故の揺れと、予測外のトラブル。
リスタでなくても、疲労困憊してしまうのも無理はない。
事実、他の旅客達も、まだ寝入っている者達がいた。
 その時。
客室の扉が開かれたと思うと、船員が入ってくる。
「皆様。大変長らくお待たせいたしました。本船は、間もなくムーングロウ港へ到着いたします。道中のトラブル、誠に申し訳ありませんでした。皆様、お忘れ物などなきよう、ご注意願います」
船員はそう言うと、着岸の準備で、その場を後にしていた。
寝ていた人達も、その雰囲気を感じ、起き上がると下船の準備を始めていた。
 そして、程なくすると、船はムーングロウの港へ着岸する。
甲板に出てみると、嵐の凄まじさが、改めて感じられる。
折れた帆は、無理矢理といった感じで補強され、これ以上の航海は不可能に思えた。
船体の損傷も非道かった。
何かにぶつかったのだろうか。船体には、無数の傷があり、穴が空かなかったのが不思議にも思えた。
これには、船長や船員達も身震いをしているようだった。
この船が、これ以上の航海を続けるのは、相当な修繕が必要だろうと思われる。
しかし、リスタは、取り敢えずムーングロウへたどり着いた事に安堵していた。
そして、船員達には申し訳ないが、その場を後にする事となった。

 リスタは、船を降りると町並みを見渡す。既に、時刻は昼を迎えていた。
当然、ダルバス達の姿はなかった。
予定より、1日半のロスとなっている。
「さて・・・。どうしたものか・・・」
リスタは腕を組んだ。
ムーングロウは、リスタにとって初めての土地なので、右も左もわからない状態だった。
リスタは、取り敢えず街を散策する事にした。
港から出ると、そこには出船所があった。
リスタは、その中に入ると、近くの人物に声を掛けた。
「すまぬが、旅の者だ。この街にある、宿などを教えて頂けないだろうか?」
大工道具を持つ男性は、リスタに対して快く対応する。
「ああ。旅の者か。だったら、街の北には『ムーングロウ学生寮』。南には『学者の宿』がある。好きな方に泊まるといい。あぁ、それと。この島に来たのなら、一度ライキューム研究所へ足を運ぶのもお勧めするよ。ま、魔法が嫌じゃなければだがね。それと、島の東にある天体望遠鏡もお勧めだ。野郎一人でも気にならないのなら、一見の価値はあるのでは?あと、この街の南になるが、動物園がある。そこも必見だな」
男性は、宿の所在と、この島の観光場所をリスタに教える。
「了解した。色々と情報をすまぬな」
リスタはそう言うと、出船所を後にする。
リスタは、男に言われた通りに、街の北を目指す。
街の周囲は、鉄柵で覆われていて、城壁に囲まれていたリスタには、物珍しくも思えた。
暫く歩くと、宿らしき建物が見えてくる。
建物の脇には、血で染まった寝具などが置かれていて、一軒宿には見えなかった。
宿の看板には、ムーングロウ学生寮との記載があり、先ほどの男性が教えてくれた宿と確認していた。
リスタは、その光景に多少躊躇するも、宿の中に足を踏み入れる。
宿の中には、コンシェルジュ一人しかおらず、ベルボーイ達の姿はない。
「すまぬが、つかぬ事をお伺いしたい」
リスタは、コンシェルジュへ問いかける。
「はい。なんでございましょうか?」
コンシェルジュは、丁寧な対応でリスタを迎えていた。
「ここに、ダルバス・ランドと、ライラ・ルーティンと言う者は、宿泊しているだろうか?」
リスタは、ダルバス達の所在を確認する。
「あぁ。その方達でしたら、先ほどご出立されましたよ?」
コンシェルジュは、宿泊台帳を確認すると、既に出発した旨を伝える。
「なんだと。で?彼らはどこに行ったのだ?」
リスタは、コンシェルジュに詰め寄る。
「さぁ・・・。そこまでは、わかりません」
コンシェルジュは、リスタを訝しんでいた。
リスタが来たタイミングは、先日ライラが何者かにより、殺されかけたのだ。
事情を知らないコンシェルジュは、リスタに情報を流す気はなかった。
「先ほど・・・。なのだな?」
リスタは念を押す。
「えぇ。数刻前ですね。でも、行き先は・・・」
確かに、コンシェルジュもダルバス達の行き先まではわかっていなかったが、先日の事件を考えると、詳細を話す気はなかった。
「そうか。情報を感謝する」
リスタは、残念な表情を浮かべると、諦めざるを得なかった。
と、その時だった。
リスタは、先ほど出船所の男性から聞いた、ライキューム研究所の話を思い出していた。
「そうだ。なら、ライキューム研究所とやらは、どこにあるか教えて頂けるかな?」
リスタは、コンシェルジュに問いかける。
「ああ。それなら、この島の北西にありますよ。街の西側から出て、道沿いに進めばすぐに着きますね」
コンシェルジュは、ライキューム研究所の場所を説明する。
「了解した。すまぬな」
リスタはそう言うと、ムーングロウ学生寮を後にする。
ライキューム研究所は、魔法を教える場所だと聞いていた。
そこならば、ライラと一緒にダルバスもいるのではと考えた次第だった。
 僅かなタイミングで、ダルバス達と入れ違いになったリスタ。
まだ、このムーングロウにいると確信し、リスタはエルザに跨ると、一路ライキューム研究所へと足を運んでいた。

 街を出て少しすると、道は真っ直ぐ北へ向かっていた。
リスタは、早足で道を進む。
すると、驚きの光景が目に入ってくる。
それは、地面や木々が、焼けこげていたのだ。
これはダルバス達がドラゴンと戦った跡だ。無論、リスタには知る由もなかった。
地面には、ドラゴンが流した血痕が大量に残っていて、見る者を震撼させる。
「何だこれは・・・」
リスタは、血痕の後を追い、海沿いの崖下を覗き込んだ。
そして、そこには信じられない物体が存在していた。
それは、ドラゴンの死体だった。
この街の衛兵が、死体の扱いに困り、そのまま海に投げ捨てたのだろう。
リスタは、実物のドラゴンを見た事はなかったが、文献などを読み、大体の想像は付いていた。
ドラゴンは、首を一刀両断されており、胴体の傍らには、ドラゴンの頭が浮遊している。
「これは・・・。まさかダルバス殿達が・・・?」
リスタは、当然のごとく、ダルバス達の関与を考えていた。
普通の衛兵ですら、ドラゴンと戦うのは躊躇するだろう。
このような事をするのは、ダルバス達しかいないと想像していた。
しかし、リスタには一つ疑問が浮かび上がる。
それは、ドラゴンは人間を襲わないと言う事だ。
だとすれば、たまたま飛来したドラゴンを、ダルバス達は問答無用で殺害したというのか。
乱暴者のイメージが強いダルバスだが、ダルバスの性格からすると、それは考えにくかった。
リスタは考えるが、無論答えなど導き出せない。
ドラゴンの死体を頭に焼き付けると、リスタは再び歩を北に向けた。

 暫く歩くと、ライキューム研究所が見えてくる。
リスタは馬を降りると、建物の中に入る。
建物の中は深閑としており、殆ど人の気配はなかった。
図書が沢山並んだ部屋には、数人の人物が読書にふけっており、それ以外の人物は見あたらない。
リスタは、中を散策するも、ダルバス達を見つける事は出来なかった。
建物内の隅々を探して廻るが、やはりダルバス達の姿はないようだ。
仕方がないので、リスタは建物の北の出口へ向かう。
その時だった。
リスタの足下が、不思議な光に包まれたと思うと、周りの景色が一変した。
「なっ!?」
リスタは、突然の出来事に驚愕する。
ライキューム研究所にいたはずのリスタは、突如見知らぬ場所へ移動したのだ。
これは、ムーングロウ内を移動できる、文様の上に乗ってしまったからに過ぎない。
リスタは、その様な物があるとは知らず、文様の上に足を運んでしまったのだ。
「・・・何が起きた・・・!」
リスタは、無意識のうちに獲物を引き抜くと、辺りを警戒していた。
この様子を、ダルバス達が見たら、腹を抱えて笑い転げるに違いなかった。
リスタは、辺りを警戒すると、自分が迷路のような生け垣の中にいる事に気が付いた。
そして、遠くにはムーングロウ港が見える。
足下には、文様が描かれたパネルがあり、リスタは恐る恐る、その文様から抜け出していた。
生け垣は低く、獲物を抜いたリスタは、かなり目立つ存在だった。

 その時だった。
「おい!そこのお前!町中で獲物を抜いて、何をするつもりだ!・・・。見ぬ顔だな。所属はどこだ!」
一人の衛兵が、リスタを問い詰めてきていた。
リスタも、普段取りの衛兵の格好をしている。衛兵は、怪訝な目つきでリスタを見つめていた。
「あ・・・あぁ。私は、ブリテインのブラックソン城の・・・隊長を勤める、リスタ・クライシスだ」
リスタは、今のところ隊長ではないのだが、説明するのも面倒と、普段の役職を明かしていた。
「ほぅ。隊長殿が、このような場所で、意味もなく獲物を引き抜くとは。・・・嘘を言うな!貴様、衛兵ではないな!?ブラックソン城の隊長などと言う大物の人物が、このような場所で、その様な挙動をするはずがない!貴様!衛兵や隊長の振りをして、何をするつもりだ!」
衛兵は、自らの獲物を引き抜くと、リスタに詰め寄ってきていた。
「待て!これが証拠だ!」
リスタは、慌てて獲物を収めると、自身の名前と役職が刻印された、タグプレートを差し出した。
衛兵は、乱暴にそれを引ったくると、確認する。
すると、衛兵の顔は、見る間に青ざめていった。
「こ・・・。これは、まさしくブリタニア政府が発行したもの。・・・。大変失礼いたしました!ご無礼をお許し下さい!」
衛兵は、タグプレートを恭しくリスタに返すと、その場に跪いていた。
「構わぬ。私にも非があるようだ。街の治安維持のために、貴様の行動は間違っていない。こちらも悪かった。お詫びする」
リスタは、衛兵に立ち上がるよう促していた。
「しかし・・・。リスタ隊長。なぜ、このような行動を?もしかして、ムーングロウの治安を脅かす者でもいたのですか?」
リスタの立場は理解した衛兵だが、やはり、先ほどのリスタの挙動には首を傾げていた。
「いや、そのような訳ではない」
リスタは、事の一部始終を説明する。
それを聞いた衛兵は、可笑しさを堪えきれないようだ。
「リスタ隊長は、ムーングロウには慣れていらっしゃらないようですね」
衛兵は、このムーングロウの島の特徴を、事細かくリスタに説明する。
「・・・。なるほど。そう言う事だったか。いや、すまぬ。私は大馬鹿者だったようだ」
リスタは、説明を聞くと、自分が無知だった事を詫びていた。
「いえ。知らなかったのであれば当然です。お気になさらないで下さい」
衛兵も、ようやく事態を理解し、安堵の息を漏らしていた。

 その時、リスタは思いつく。街の衛兵であれば、ダルバス達を見た事があるのではないかと。
リスタは、ダルバス達の風貌を説明し、見た事があるかどうかを尋ねてみた。
すると、衛兵から意外な言葉が帰ってくる事になる。
「ええ。ダルバス殿ですよね。存じておりますよ。かなり大変な目に遭われたみたいですね」
衛兵は、宿でダルバスの連れのライラが、何者かにより襲撃され、瀕死の重傷を負った事を説明した。
そして、襲撃者は何者かにより殺害され、一時的にダルバスに容疑がかかった事なども説明する。
「なんだと・・・。その様な事が・・・」
事の内容に、リスタは驚愕していた。
そして、ムーングロウ学生寮の脇に置いてあった、血まみれの寝台の理由も理解する。
「それで?ライラ殿を襲撃した者は殺害されたと言う事だが、その犯人は見つかっておらぬのか?襲撃した者の意図は?」
犯人はダルバスではないと言う事だったが、真犯人はどこにいるのかが気になる。
「それは・・・。まだ調査中でして、皆目見当が付いていないと言うのが現状です」
衛兵は、残念そうに答えるしかない。
「そうか・・・」
気にはなるが、自分には管轄外の場所だ。隊長としての権限で、ある程度の命令は下せるが、今それをしてしまうと、ムーングロウに勤める隊長の顔に傷が付きかねない。リスタは、事の成り行きは衛兵達に任せる事にした。
「それで?彼らの行き先など聞いておらぬか?」
これが、リスタにとって一番欲しい情報だった。
「ええ。聞いていますよ。この街の南にある動物園に行くと言っていましたね。数刻前の話ですので、急げば追いつくのでは?」
話を聞き、衛兵は急ぐよう促す。
リスタはそれを聞き、追いつけるかもしれないと言う事を理解した。
「なるほど。わかった。早速向かってみる事にしよう」
リスタは、衛兵に礼を述べると、先を急ごうとするが、馬をライキューム研究所に置いてきてしまった事を思い出す。
「しまった・・・。馬は、ライキューム研究所か・・・」
走り出そうとするリスタを、衛兵は呼び止める。
「待ってください。先ほどもご説明した通り、瞬時にライキューム研究所へ行く事も出来ます。こちらです。着いてきてください」
衛兵はリスタを促すと、一つの文様の前へ案内する。
「この上に乗れば、瞬時にライキューム研究所内部へ移動できます。・・・では、旅のご無事をお祈りしております」
衛兵は、リスタに敬礼を送っていた。
「感謝する」
リスタはそう言うと、恐る恐る文様の上に足を踏み入れる。
すると、瞬時にリスタはライキューム研究所内へ姿を現していた。
「・・・。未だに信じられぬな」
リスタは、周りを見渡し苦笑いを浮かべると、まだ確認していないライキューム研究所の奧へと足を運ぶ。
外に出ると、宿泊施設があり、その奧は断崖絶壁の崖から海を臨む事が出来た。
しかし、やはりダルバス達の姿はない。
「やはり、動物園か・・・」
リスタは、辺りを見渡しながら建物の中へ戻ってくる。
すると、一人の人物がリスタに声を掛けてくる。
「誰かをお捜しかな?」
声の方へ振り返ると、そこには初老の男性が立っていた。
ダリウスだった。
「ああ。ちょっと、人捜しでな」
リスタは、ダルバス達の特徴を説明する。
「おお!ライラ君の知り合いかね!」
ダリウスは、目を丸くすると、突然の来訪者に驚いているようだ。
「ご存じなのか!」
リスタも、予想外の人物に驚いている。
「実は・・・」
リスタは、事の内容を、簡潔に説明してみせる。
「なるほど。私も、その話なら、ライラ君から聞いている。あなたが戦力に加わるのであれば、申し分ない」
ダリウスも、ライラ達との内容を、事細かく説明し始めた。
しかし、興奮したダリウスの説明は異常に長く、早くダルバス達を追いたいリスタは、苦笑しながら待つしかなかった。
暫くすると、ようやくダリウスの説明は終わる。
「な、なるほど。よくわかった。感謝するぞ。では、先を急ぐので失礼する」
まだ話し足りないであろうダリウスを制すると、リスタはその場を後にしようとする。
「ちょっと、待ちなさい。ライラ君やダルバス君に会うのなら、これを渡してくれないかね?」
ダリウスはそう言うと、バックパックをリスタに手渡す。
「これは?」
リスタはバックパックを受け取る。
「秘薬だよ。君には、薬草と言った方がいいかね。ライラ君達には必要な物だ。渡して頂けるかね?」
ダリウスは、リスタにバックパックをライラ達に届ける事をお願いする。
「承知した。必ず渡す事を約束する」
リスタは、ダリウスの気持ちを察すると、ダリウスの好意を受け取っていた。
「必ず、帰ってこいと伝えておいてくるかね。勿論、そなたもな」
ダリウスは、ライラ達の事をよほど心配しているのだろう。その瞳には、不安が宿っていた。
「無論、伝えさせて頂く。私も、ライラ殿達と必ず帰る事を誓おう。では、先を急ぐので失礼させて頂く」
リスタは、ダリウスの心に敬意を込めて敬礼を送ると、その場を後にする。
ダリウスは、心配そうな目で、リスタを見送るしかなかった。

 リスタは、ライキューム研究所の外に留めてあったエルザに跨ると、一気にムーングロウの街を目指した。
そして、街の中に入ると、南口から動物園に向かう。
時刻は夕暮れを迎えていた。
程なくして、夜が訪れるだろう。
出来れば、それまでに合流を果たしたかった。
 街から馬を走らせると、道ばたに置かれていた椅子に、腰掛ける男性を確認する。
旅人だろうか。青いローブを纏い、椅子に腰を掛けながら、何か悩む様な様子を見せていた。
リスタは、少し気になるも、その男性の脇を通り過ぎる。
 その時だった。
リスタは、体を後ろに引きずられるような感触を覚える。
「うぉっ!?」
何事かと、馬を止めるも、それ以上の感覚はなかった。
一瞬、椅子に座っている男性から、縄でも投げられて体を拘束されたのかとも思ったが、体を確認するも、その様な事はなかった。
リスタは、男性を確認すると、その男性は舌打ちをするような素振りを見せて、その男性はムーングロウの方へと足を運んでいってしまった。
「・・・気のせいか?それにしても、少し気味の悪い人物だな・・・」
リスタは男性を訝しむも、それ以上悩む事はなかった。
そのまま、南下して動物園を目指していた。
無論、その人物がコウダイである事などとは、今のリスタには知る由もなかった。

 程なくして、リスタは動物園に到着する。
既に、陽は落ちかけていて、辺りは闇に包まれようとしていた。
松明が灯されている動物園に入ると、様々な動物がいる事に、リスタは驚いていた。
中には、ドラゴンと酷似したドレイクという動物などもいて、見ていて飽きはこなかった。
しかし、動物園のどこを探しても、ダルバス達の姿はなく、動物園で飼われている狼達の遠吠えが響き渡っていた。
「間に合わなかったか・・・」
リスタは、苦虫を噛みつぶした表情を浮かべていた。
リスタは推測する。
恐らく、ダルバス達は、このムーングロウにいるという、友人達の所へ向かったのだろう。
しかし、小さい孤島とはいえ、その中から探し出すのは不可能とも思えた。
「仕方あるまい。今夜は、ダルバス殿達が泊まった宿に、私も世話になる事にしよう」
もしかしたら、一度泊まった宿に、ダルバス達が戻ってくるのかもしれないという淡い期待を抱く。
リスタは呟くと、再びムーングロウの街へと戻ってゆく。

 リスタが、ムーングロウの街へ戻ってきた時には、既に漆黒の闇が訪れていた。
リスタは、ムーングロウ学生寮へ到着すると、宿の手配をし、今夜は宿泊をする事にした。
簡単な夕食を済ませ、ダルバス達がここを訪れるのを待つが、やはりダルバス達は現れなかった。
仕方がないので、リスタは早めの就寝をする事となった。
しかし、リスタは寝付けないでいた。
先日、この宿で起きた凶行。
リスタは知らなかったが、今寝ている部屋は、先日ライラが泊まっていた部屋だ。
まさに、この部屋で凶行は起きたのだ。
リスタは、今日集めた情報を、頭の中で整理するも、纏まらない。
しかし、ダルバス達の身に、何かが起こっている。襲いかかろうとしている、何かがある。
それだけは、理解していた。
「一体、何が起ころうとしているのだ・・・」
布団の中で、何度も寝返りをうつリスタ。
しかし、考えれば考えるほど、リスタの目はさえていくばかりだった。
その夜。リスタは、ドラゴン達に襲われるダルバス達の悪夢を見ながら悶え続ける事となった。

 翌日。
目が覚めたのは、昼過ぎだった。
まさに、半日以上寝てしまった事になる。
先日の船からの疲れと、ダルバス散策の疲れが残っているのか。
リスタは、目を覚ますと、自嘲的な笑みを浮かべざるを得なかった。
「・・・鍛錬が足りぬな。くっくっくっ・・・」
リスタは、自分の不甲斐なさに、自虐をするしかないようだった。
 リスタは、すぐさま宿を後にすると、再びライキューム研究所へ赴き散策する。
しかし、どこにもダルバス達の姿はない。
ダリウスも、どこかに行っているのだろうか。見つける事は出来なかった。
リスタは思い出す。
このムーングロウには、もう一つの観光地があるということだ。
それは、天文台である、天体望遠鏡があるということだ。
リスタは、それを思い出し、街の東へと足を運ぶ。
暫く馬を走らせると、天体望遠鏡が姿を現すが、やはりそこにダルバス達の姿はなかった。
リスタは、天体望遠鏡に興味を示すが、このギミックじみた機械が何を表すのかを理解する事は出来なかった。
 仕方がないので、再び動物園へと足を運ぶリスタ。
動物園に着いた時には、既に夕刻を迎える前となってしまっていた。
動物園を散策するも、やはりダルバス達の姿はなかった。
動物園を後にし、近隣にある住宅の周りを散策するも、皆目見当が付かない。
まさか、一軒一軒を探して廻る訳にもいかない。
夕刻を迎えた住宅地には、どこからともなく、犬たちの鳴き声が響き渡っていた。
木々に囲まれた住宅地を散策するリスタ。
とある一軒家の前には、落雷で両断された樹木を見るも、まさかそれがライラが放った魔法故だとは思いもしなかった。
 この時、ダルバス達は既に、トリンシックへ渡っていた。
リスタは、まさに入れ違いでダルバス達を追っている事になる。
犬たちの遠吠えも、ロジャーとクーネルのものであり、無論、リスタに理解する術もない。
「既に旅立ったのか・・・。仕方あるまい。トリンシックへ向かうとするか・・・」
リスタは呟くと、躊躇なくムーングロウ港へ馬を走らせていた。

 ムーングロウの街へ到着すると、時刻は深夜を迎えていた。
このような時間に出船する船はあるのかと疑問にも思ったが、リスタは出船所へ足を運ぶ。
「すまぬが、トリンシックへ行きたいのだが、この時間でも船はあるのかな?」
リスタは、船の有無を確認する。
「ええ。ありますよ。間もなく、午前丁度に出船する船があります。ご乗船されますか?」
出船所の店員は、間もなく出船する船がある旨をリスタに伝える。
「おお。そうか。では、手配をお願いしても宜しいか?」
リスタは、乗船の手続きをお願いする。
「了解しました。では、1000GP頂きます」
リスタは、提示された金額を支払うと、早速船に乗り込んだ。
そして、程なくして、船はムーングロウ港を離れると、一路トリンシックへと向かっていた。
 今回の船旅は順調で、嵐に見回れる事もなく、夜の海を進んでゆく。
旅程は半日ほどだ。
リスタは、船の中で一夜を過ごす事となった。
揺れる船の中で、リスタは何とも言えない夢にうなされながら、トリンシックへと向かっていた。

 翌日の早朝。
船は、無事にトリンシック港へ到着する。
無論。リスタには初めての地となる。
興奮と期待が満ちた旅客達に交じり、トリンシックの大地を踏みしめるリスタ。
リスタは、早速ダルバス達の捜索を始める事にした。
まずは、宿の確認だった。
着岸した船の固定をしている船員に話を聞くリスタ。
「すまぬが、この街での宿を探している。どこか、心当たりはあるかな?」
リスタが船員に声を掛けると、船員からは快い答えが返ってくる。
「あぁ。この近くだったら『錆びた碇』っていう宿がある。丁度、この港から北に行った所だ。そこそこにいい宿だぞ?」
船員は、リスタに宿の所在を教えていた。
「そうか。感謝する」
リスタは、礼を述べると、急いで宿へ馬を走らせていた。
ダルバス達がそこにいるかはわからなかったが、これを逃すと、ダスタードまで追わなければならないと危惧する。
間に合わなければ、大切なライバルを失いかねなかったのだ。
 リスタは、馬に鞭を入れると、北を目指した。
すると、程なくして「錆びた碇」と書かれた宿を発見する。
リスタは、エルザから下馬すると、すがる想いで宿の扉を開けた。
宿の前には、何となく見覚えのある馬達と、ユニコーンが繋がれていた。
リスタは、僅かな期待を込め、宿の扉を開いていた。
「ここにおるかな・・・?」
リスタは呟くと、店内を見渡していた。
すると、そこには、まさにダルバス達がいたのだ。



「・・・以上だ」
リスタは、事の経緯を事細かに説明していた。
自身の説明で、喉が渇いたのであろう、リスタは水で喉を潤していた。
リスタの説明が終わり、ダルバス達は我に返る。
「なるほどな。しっかしまぁ、俺達を追って来てくれたのは嬉しいが、リスタ隊長も、かなり危ねぇ目に遭ってきたんだな。謝罪するのも変だが、悪かった。ありがとうよ?」
ダルバスは、リスタの話を聞くと、リスタの気持ちに感謝を述べていた。
気が付くと、既に時刻は正午を越えていた。
皆は、それほどまでにリスタの話に聞き入っていた事になる。
「でも、本当にいいのかしら?隊長の座を退いてまで、私達に力を貸してくれるのかしら?」
ライラは、リスタの行動に申し訳なさそうにしていた。
「いや。別に退いた訳ではない。一時的に、隊長の座はフィードに任せてあるだけだ。無事にブラックソン城へ戻れば、また元の状態に戻るだろう」
リスタは、ライラの心配を払拭してみせていた。
「なら、いいけれど・・・」
ライラは、何とか納得するしかなかった。
「そうだ。ライキューム研究所にいたダリウス殿から、これを預かっている。受け取ってくれ」
リスタはそう言うと、秘薬の入ったバックパックを差し出した。
ライラは、それを受け取り、中を確認すると目を見張る。
「もの凄い数の秘薬の量じゃない!」
そう言うと、バックパックをダルバスにも見せつける。
「はぁ。こりゃ、ざっと見ても、各種500以上はあるんじゃねぇか?」
ダルバスも、その量に驚いているようだ。
「それと。言付けを預かっている。・・・必ず帰ってこい・・・とな」
リスタは、興奮するライラ達に言付けを伝えていた。
「もう・・・。ダリウス先生ったら・・・」
ライラは、思わぬダリウスからの贈り物に涙ぐんでいた。

「それにしても、ダルバス殿が、この短期間で魔法を使えるようになったなど、驚きだな」
リスタは、ダルバスの成長ぶりに驚きを隠せないでいた。
「いや。使えるっつったって、ライラの半分以下だ。正直、本音を言えばまだまだって所だな」
ダルバスは、謙遜とも本音とも取れる発言をする。
「あんたねぇ。何度言ったらわかるのよ。普通で考えれば、かなり上出来な方なのよ?」
ライラは、未だに納得のいっていないダルバスを窘めている。
「それと。ライラ殿。そちらは、襲撃され瀕死になったと伺っているが、もう、大丈夫なのか?」
ダルバスを窘めるライラに、リスタは不安そうな視線を送っていた。
「ええ。大丈夫よ。ある意味、いいタイミングだったわ。ダルバスが魔法を使えなかったら、私は既に死んでいたわね」
ライラは苦笑いを浮かべるしかない。
「そうか・・・。一体、何者の仕業なのだ?先ほどの話を伺うと、コウダイという人物が怪しいと?」
リスタは首を傾げる。
と、その時、自分もコウダイらしき人物に遭遇した事を思い出す。
「そうだ。先ほども、少し話したが、ムーングロウでの話だ。私は、ムーングロウの街から、動物園へ向かう際に、コウダイらしき人物と、遭遇したかもしれぬ。一瞬、体を引かれる感じがしたのだが、結局わからずじまいだがな」
その話を聞き、ダルバス達は頷いていた。
タイミング的にも合うからだった。
「間違いねぇな。コウダイだ」
ダルバスは頷いている。
「もしかして、コウダイはリスタ隊長を操ろうとしたってこと?そして、私達の殺害を試みようとしたのかしら」
ライラは、それを想像すると身震いをする。
リスタの強さは、十分にわかっているつもりだ。それを、殺意を持って接しられたら勝ち目は薄いような気がしたのだ。
「だがよう。確かに、リスタの旦那は操られそうになったみてぇだが、何故失敗したんだ?先日の船の時のように、コウダイは泥酔でもしていたのか?」
ダルバスは、先日の船の中で、泥酔したコウダイが、船員に何かをしようとして、失敗した様な光景を思い出していた。
「まさか。ありえないわよ。まさに、私達が動物園で別れた直後の話よ?大急ぎで酒を煽ったとしても、時間的に無理があるんじゃない?・・・ま、その前に、コウダイは普段はお酒は飲まないでしょうけれどね?」
ライラは、否定しながらも皮肉を込めている。
「先ほどから、操る。という言葉が出てくるが、本当にそれは真なのか?」
リスタは、人が人やドラゴンを操るなど、俄には信じられない話だった。しかし、ダルバス達の話を統合して、自分が体験した事も考えると、それも否定できないでいる。
「そうね。あくまでも、私達の予測でしかないけれども、リスタ隊長が体験した事も考えると、確信は深まるばかりね」
ライラは、確信するように頷いていた。
「でもよ。話は戻るが、何でコウダイは、リスタ隊長を操るのに失敗したんだ?」
ダルバスは、再び疑問を投げかける。
「さぁ・・・。わからないわね」
ライラも、腕を組むしかない。
「もしかしたら・・・だが。私がパラディンであるからかもしれぬな」
リスタは口を開く。
「どういう意味だ?」
「パラディンというのは、聖職者でな。修行の際に、精神力を鍛えるのだ。それは、何事にも動じない心や、誘惑や色情などへの耐性。その修行を行っているからこそ、コウダイとやらの妖しき術にはかからなかったのではないだろうか」
リスタは、修行の様子を説明する。
「なるほど・・・。一理あるかもしれねぇな」
ダルバスは頷いている。
「それなら、俺達はかなり心強い味方を手に入れたんじゃないか?」
ココネは、そのやり取りを聞いていて声を上げる。
「なんで?」
ピヨンは、ココネに説明を促す。
「リスタ隊長が操られないと言うのであれば、万一我々が操られた時に、隊長に渇を入れて貰えればいいんじゃないのか?女性陣に、暴力というのも気が引けるがね」
ココネは、ピヨンとライラには申し訳なさそうにしている。
「そうなると、一番注意が必要なのはダルバスね」
ライラは、ダルバスを見つめる。
「あ?俺が?なんでだ?」
ダルバスは、ライラの発言の意図がわかりかねていた。
「一応、今回の旅は、あんたがリーダーみたいなもんでしょ?あんたが操られたら、それに気が付かない私達に、どんな指示を出すかわからないからね。もっともそうな理由で、私達に馴染んでいたり、指示をされたら、騙されかねないわ?」
物騒な発言だが、ライラの説明にも一理ある。
「まさか・・・。今は操られていないよね」
ライラの説明を聞き、ピヨンはダルバスへ疑念の視線を送っていた。
「お・・・おいおい!俺はまともだっつーの!」
ダルバスは、ピヨンに手を振り慌てて釈明していた。
その時。
「ダルバス!」
ライラの声に振り向いた瞬間、ライラから放たれた火の玉が、ダルバスの顔面を直撃していた。
「熱ぃっ!」
顔面を押さえ、悶絶するダルバス。
「うん。大丈夫みたいね」
悶絶するダルバスを見ると、ライラは苦笑しながら安堵しているようだ。
店内に、人はいない。それ故に、ライラは毎度の事をしている事となる。
「・・・相変わらずの様だな」
リスタにとっては見慣れた光景ではあったが、相変わらずのダルバスとライラに苦笑していた。

「それより、本当に俺達が操られたとしたら、どのようにして確認する?」
ココネは、起こりえる現実を危惧していた。
「そうだな・・・。毎回燃やされていちゃ適わねぇし・・・」
これには、ダルバスも考えざるを得ない。
「簡単じゃない?魔法は論外にしても、ちょっと強く相手を叩けばいいんじゃない?」
ピヨンは、魔法というか、ライラの予測不能な行動を危惧しているのか、素手で相手を刺激する事を提案する。
「でも、どのようなタイミングで確認するのかしら?定期的に叩き合っていたら、私達の顔は腫れ上がってしまうんじゃなくて?」
ピヨンの意図を理解したライラは、多少皮肉を込めて反論する。
「取り敢えず、別行動をした後に確認しないか?お互いが合流した時に、コウダイに操られているかを確認するために、ビンタで確認する。痛いが、仕方がないんじゃないか?」
ココネは、一番無難とも思える提案をしていた。
「そうねぇ。確かにそれが一番だけれども・・・。隊長も引っぱたくわけ?」
ライラは、リスタを見つめると、躊躇する素振りを見せていた。
「いや。気にしないで欲しい。確認の際は、遠慮なく私の頬を叩いて貰って構わぬ。・・・それと、先ほども話したが、私は既に隊長ではない。故に、私の事を隊長と呼ぶのは止めて欲しいのだ。私の事は、リスタ。呼び捨てで呼んで頂けぬだろうか。ココネ殿と、ピヨン殿も気にせず私の名を呼んで欲しい」
リスタは、一同に自身が隊長という役職を忘れて欲しい事を促していた。
「わかったわ?リスタ?じゃ、今後は遠慮なくビンタを送らせて貰うからね?ま、リスタなら魔法でも大丈夫そうだけれどもね?」
リスタの提案に、ライラはふざけて対応をしていた。
「多少の手加減は、お願いしたいが・・・」
ライラの対応に、リスタは苦笑している。

「ま、コウダイの操り対策はこんな感じか?皆が合流する時は、ビンタ大会だな」
ダルバスは、原始的な方法だが、話が纏まった事に納得がいったようだ。
「確認に抵抗する者がいたらどうする?」
ココネは万が一を想定している。
「簡単だ。袋叩きの刑に処す。それこそ、疑い全開だからな?ま、ライラやピヨンが操られない事を祈るぜ?」
ダルバスは、苦笑している。
「ま・・・。まぁ、仕方がないか。とにかく、コウダイに接触しないのが一番だな」
ココネは、これから起こりうるであろうビンタ合戦に戦いていた。

 その時だった。
ピヨンは、リスタをしげしげと見つめている。
「どうされたのかな?」
リスタは、ピヨンの視線に気が付くと、声を掛けていた。
「リスタ隊・・・。リスタの装備も弱いよね」
ピヨンは、リスタの装備を見ていた。
リスタの装備は、純銀のプレートメイルなのだが、ダルバスが装備しているバロタイトの装備より劣って見える。しかも、兜や外套もなく、ドラゴンの炎を受けたらひとたまりもなく思えた。
「ねぇ。リスタ。みんなを見て。私達は、対ドラゴン用の装備をしているの。炎対策ね。・・・ちょっと待って。今、あんたの外套とかを繕うから」
ピヨンはそう言うと、リスタの返答を待つ間もなく、バックパックから生地を取り出すと、裁縫を始めていた。
「ピヨン殿?」
突然の、ピヨンの提案と行動に、リスタは見ているしかなかった。
「ははっ!リスタ殿の装備は、不十分だとさ。ピヨンは、それが不満なんだろう。・・・って、俺も普段はムーングロウの隊長に従っている。こんな、言葉遣いは失礼だったか・・」
衛兵ではないが、普段はムーングロウで役所勤めしているココネ。
成り行きとは言え、自分の言葉遣いにとまどいを覚えていた。
「構わぬ。既に、我らは目的を一緒とした仲間だ。その様な事は、気にせぬでもよい」
リスタは、ココネを仲間と思い、気にしていないようだった。
「そ・・・。そうか。では、リスタ。今後とも、宜しくな。おぉ・・・。無礼講とは言え、リスタ隊長がブリテインに戻ったら、怖いなぁ・・・」
ココネは、わざとリスタに聞こえるように、呟いていた。
一同からは、失笑が沸き上がる。
 すると、早速仕事を終えたのだろうか。ピヨンから、満足げな声が上がる。
「はい。出来た。リスタ、これがあんたの外套。炎に強いよ?それと兜。リスタと、ココネとダルバス!あんた達、頭丸出しじゃない。これも使ってね」
ピヨンはそう言うと、外套と兜を男性陣へ手渡した。
「お・・・。悪ぃな」
ダルバスは、兜を受け取ると、早速被ってみる。
普段、兜を付ける習慣がなかったダルバス。
被ってみると、かなりの違和感を覚えていた、
顔は、密閉された空間にあり、視界は確保できるものの、口や鼻は覆われ呼吸に違和感がある。
とはいえ、呼吸不能な訳ではなく、自身が吐き出す息が、兜の中に蒸れ返っていた。
「こりゃ・・・」
ダルバスと、ココネは、今までにない感触にとまどいを隠せないでいた。
「ふむ。いい感じではないか。これなら、ドラゴンから炎の直撃を受けても大丈夫なようだな」
ダルバスとココネが難色を示す中、リスタはこの防具に好印象を見せていた。
「ほんと?そう言ってくれると、嬉しいな!」
ピヨンは、リスタの感想に狂喜乱舞していた。
それを見たダルバスとココネは、苦笑しながら黙るしかなかった。
リスタは、今までに様々な武具の経験があるのあろう。それ故に、この装備の価値を理解しているようだ。

「さて・・・。準備は出来たようだが・・・。出発するか?」
ダルバスは、ピヨンから貰った兜を脱ぐと、時計を確認する。
時刻は、既に午後2時過ぎを廻っていた。
「・・・。長話をし過ぎたかしらね」
ライラは、時計を見ると苦笑していた。
「ここから、ダスタード近辺まで行くと、到着は夕刻になるだろう。・・・どうする?」
ココネは、一同を促していた。
「でもなぁ・・・。今日の話は、必要悪だぜ?無駄な事はしていねぇと思うが・・・」
ダルバスも、今日の話は必然と思っていた。
「・・・ともあれ、ちょっと、食事をしない?お腹ペコペコだわ?」
朝食後から、同じテーブルに座りっぱなしの一同。
ライラは、遅い昼食の提案を促していた。
リスタも、先日の夜、船の中で摂った食事が最後だった。かなりの空腹を覚えている。
「そうだな。まさに、腹が減っては戦は出来ぬ。私も、かなりの空腹だ。少しだけ食事を頂きたい」
リスタも、ライラの提案に乗ってきていた。
「ま、仕方ねぇか。じゃ、昼食を摂る事にしようぜ?」
ダルバスは、皆の意見を聞くと、昼食を摂る事にした。

 そして、簡単な食事を済ませるダルバス達。
特に、リスタはかなり腹を空かせていたのだろう。
普段のリスタの様子からは想像が付かないような食事をしていた。
瞬く間に、目の前の皿を空けてゆくリスタ。
一同は、唖然としてリスタを見つめていた。
「すまぬな。先日から、殆どまともな食事をしておらぬかったからな」
食事を終えると、リスタは恥ずかしげな笑みを浮かべていた。
「いや。いい食いっぷり。見ていて、こっちが気持ちいいよ」
ココネは、リスタの食事の食べ方に満足がいっているようだった。

「それで?これから、ダスタードに突入する?」
ピヨンは、腹を抱えている男性陣に、やや呆れ顔の表情を浮かべる。
「そうだな。コウダイの様子も気になるし、遅くなれば期を逃しかねねぇからな」
ダルバスは、出発の意図を見せる。
「私も、賛成。そろそろ、コウダイが動き出してもいいころだわ?」
ライラは、ダスタードに入ったであろう、コウダイを危惧していた。
「準備は万端。おれらも、問題はないよ」
ココネも、出発の意図を見せている。
「私も、問題はない。出発せぬか?」
リスタは、自身の獲物を確認すると、問題がない旨を伝える。
「そうか。わかったぜ。じゃ、リスタの旦那。合流早々悪ぃが、早速行くぜ?本当は、今夜、皆で食事をして、交流を深めたかったんだけどな?」」
ダルバスは、リスタを気遣いながらも、出発を提案していた。
「構わぬ。ココネ夫妻殿は、既に我達の仲間だ。気にしないで頂きたい」
リスタは、気にしない素振りを見せる。
「あは。嬉しいな。リスタは気さくな人なんだね」
ピヨンは、リスタの態度に喜んでいる。
「まぁ。見事、目的を達成できたら、うちに寄ってくれ。最高の肉料理を提供させて貰おう」
ココネも、リスタとピヨンの反応を見て、快く思っているようだ。
「いい感じね。リスタが受け入れられて良かったわ?じゃ、出発するわよ!?」
ライラは、今の雰囲気に大変満足すると、号令を発する。
「おぉっ!」
一同は、ライラの号令に喊声を上げていた。

 一同は、宿の外に足を運ぶ。
陽はまだ高いが、程なくすれば夕暮れを迎える事だろう。
「よし。じゃ、出発をしようぜ?ココネ。先導は頼んだぜ?」
ダルバスは、ノイに跨ると、先日コウダイを追跡したココネに、道案内を任せていた。
「任せとけ。ダスタードの入り口までだが、案内させて貰おう。ピヨン。すまないが、俺の言う通りに進んでくれ」
ココネは、ピヨンが操るユニコーンの後ろへ騎乗すると、先導を預かっていた。
「わかった。コウダイにも気を付けてね」
ピヨンは、ココネの指示に従う意思を見せている。
「よし。いつどこで、コウダイやドラゴンに遭遇するかわからねぇ。みんな!気を付けてくれ!それじゃ、出発だ!」
ダルバスの合図とともに、ココネを先頭にして、一同は馬を走らせる。
 トリンシックの街を疾走し、街の西口から街を出ると、そのまま北西へと馬を走らせる。
ダスタードまでは、舗装された道などなく、木々が生い茂る中、馬を走らせてゆく。
ココネを先頭に、付いてゆくダルバス達。
辺りを警戒するも、ドラゴンやコウダイの姿はない。
鬱蒼とする森を、疾走する事わずか。
目の前に、丘陵が見えてきていた。
すると、ココネはユニコーンの歩を止めるよう、ピヨンに指示していた。
「ここら辺だな。俺は、先日そこら辺で、ドラゴンと遭遇したんだ」
ココネは、ユニコーンから降りると、当時の現場へと足を運んだ。
「ドラゴンと対峙したのは、ここだ」
ココネは、山肌に背を向けると、当時の様子を再現していた。
ダルバス達は、空を伺う。
夕暮れを迎えた空には、ドラゴンどころか、鳥一匹すらの気配を感じなかった。
しかし、ココネの話では、この先にあるダスタードからは、蝙蝠が飛び出すが如く、ドラゴン達が乱舞していたとの事だ。
今は、その様子はない。
「まだ、早いか?」
ダルバスは、空を見上げている。
「わからん。昨日、怒濤の如く出てきたドラゴンは、はたしてコウダイの仕業なのか。それとも、自然現象なのか・・・」
ココネも、こればかりは、わからなかった。
「取り敢えずは、ダスタードへ向かってみぬか?真相を確認せねば、何とも言えぬだろうからな。ただし、慎重に・・・だがな」
悩むココネに、リスタは先へ進むよう促していた。
「・・・。リスタは、結構大胆なんだな。いや・・・。隊長の意見を尊重すべきなのかな」
ココネは、リスタの意見に苦笑している。
「ま、それが正解かもね?私達には、実戦経験はないからね。経験豊富な、リスタに従った方が賢明かもね?」
ライラは、リスタの意思を尊重している。
「なら、先へ進むか?ダスタードは、この先じゃねぇか?」
ダルバスは、丘陵の先を見据える。
夕日に染まった丘陵は、鮮やかな陽を照らし出していた。
「行こう。昨日の様子では、ドラゴンが人を襲わないのはわかっている。危険がないとは言わないが、警戒しながら進まないか?」
ココネも、リスタとダルバスの意見に賛同していた。
「わかった。じゃ、気を付けて行きましょ」
ピヨンも、ココネに合わせる。
「ライラ。大丈夫か?頭は痛くないか?」
ダルバスは、ライラを気遣う。
「大丈夫よ。さぁ、行きましょ?」
ライラは、ダルバスの気遣いに感謝しながら、皆を促していた。

 一行は、ダルバスを先頭にして、歩を進めてゆく。
丘陵を右にしながら歩を進めてゆくと、程なくして斜面に大きな口を開けた洞窟が皆を迎えていた。
「これが・・・。ダスタード・・・」
ダルバスは歩を止めると、眼前に広がる洞窟に目を見張る。
洞窟の規模は、かなり大きいようで、騎乗生物に乗ったまま入る事が出来るようだった。
しかし、ダルバスには違和感があった。
ブリテインにいた時に、ダルバスは街の北にあるデスパイズという洞窟に行った事があるのだが、その時は、入り口の前に立っただけでも、洞窟の奧から、モンスター共の異様な雰囲気を感じ取る事が出来た。
しかし、このデスパイズでは、その様な雰囲気は感じられない。
逆に言えば、中に何がいるのかすら、予測できない感じだった。
「あまり、違和感は感じぬな」
リスタも、同じ事を考えているのだろうか。現状の雰囲気に、拍子抜けしているようだ。
「ねぇ。ココネ。ここって、本当にダスタードなのよね?」
あまりの違和感に、ライラはココネに問いかける。
「あ・・・。あぁ。先日は、この洞窟から、おびただしい量のドラゴンが飛び出していたんだ。間違いはない」
ココネは、戸惑いながらも、この場所で間違いがない旨を伝える。
「グレイシーは万全だよ」
ピヨンは、グレイシーから降りると、戦闘準備をしているようだ。
「待て。取り敢えず、俺が中に入ってみる。確認したら、すぐに戻って来るからよ」
ダルバスは、声を潜めると、自身が偵察する旨を皆に伝えた。
「ダルバス・・・!」
ライラは、ダルバスの行動に不安を示していた。
「大丈夫だ。ちらっと、覗くだけだ。おめぇが、リスタに下着を見せた時のようにな?」
ダルバスは、心配するライラを茶化して誤魔化している。
「あれは・・・っ!もぅ・・・。本当に、少しだけよ?中を確認したら、すぐに戻ってくる事。約束できる?」
ライラは、ダルバスの安否を気遣いながら、約束を促していた。
「あぁ。約束する。例え、コウダイを見つけたとしても深追いはしねぇ。俺も、操られたくねぇからな?」
ダルバスは、心配するライラに約束をしてみせる。
「本当?あんた、時々暴走するからね。信じて、いいのね?絶対に、ドラゴンに先制攻撃を仕掛けたり、コウダイを見つけても、平常心でいら・・・」
ライラが、心配をしている時だった。
ダルバスは、ライラを強引に引き寄せると、ライラの唇へ自身の唇を重ねていた。
ライラは、一瞬身を強ばらせるも、ダルバスに身を任せていた。
「俺を、信じてくれるよな?」
ダルバスは、ライラの瞳を見つめると、ライラに問いかける。
「・・・。もぅっ!この卑怯者!わかったわよっ!信じてあげるから、とっとと行きなさいよ!」
ライラは、ダルバスを押し放つと、ダルバスに背を向けてしまう。
その様子を見ていたリスタ。
「これは・・・。やはりか。くくくっ!」
リスタは、ダルバス達のやり取りを確認すると、満足げな笑みを浮かべていた。
ココネとピヨンも、この様子に揶揄を入れることなく、優しげな笑みを送っていた。
ダルバスは、それを感じ取ったのだろう。
「じゃ、行って来るからよ。すぐに、戻ってくるぜ?」
恥ずかしさを感じながら、ダルバスはダスタード内部へと足を運んでいた。
すると、ライラが声を掛ける。
「あぁ。ちょっと、待ちなさいな。あんた、忘れている事がない?」
「忘れている事?」
ダルバスは、ライラが何を言おうとしているかがわからなかった。
「はぁ・・・。やっぱり、まだ未熟ね。・・・第1サークルを思い出してご覧なさい?洞窟の中は、真っ暗よ?」
ライラは、ダルバスに魔法を思い出す事を促す。
「洞窟・・・。真っ暗・・・。あ。あぁ、そうか!暗闇でも目が見える、暗視の魔法があったな!」
ダルバスは、今まで魔法の鍛錬はしてきたが、それは屋外や、陽の入る室内だけだった。それ故に、暗闇で恩恵が受けられる魔法の力を意識した事はなかったのだ。
「でもね。前にも教えたけれど、暗闇で視界が確保できるのは、あんたの資質故なの。資質が低ければ、あまり視界は確保できない。もし、魔法での視界確保が厳しいのであれば、ランタンを併用する事ね?」
ライラは、ダルバスがどれだけの視界を確保できるかがわからないため、魔法とランタンの使用を促していた。
「わかったよ。思い出させてくれて、ありがとうな。じゃ、行くぜ?」
ダルバスは、そう言うと、早速自身に魔法をかけ、ダスタード内部へと足を運んでいた。
ライラ一行は、ダルバスを不安そうに見送る事しかできなかった。

 ダルバスは、ダスタード内部へと足を運ぶ。
すると、驚きの光景が開けていた。
洞窟の内部は、円形の巨大なドーム状になっており、かなり広い空間が広がっていた。
これならば、かなりのドラゴンたちが生息が可能だろう。
ダルバスは、慎重に歩を進める。
魔法が効いているせいか、視界に困る事はなかった。
しかし、やはりダルバスの魔法力故か。視界は、真っ昼間と同じとは言えない。それでも、ランタンで片手を奪われる事を考えると、格段に良かった。
 ダルバスは、辺りの気配を伺う。
すると、複数の息吹を感じ取る事が出来た。
それは、動物ともモンスターとも言える息吹だ。
しかし、それには敵意や悪意は感じ取れない。
何かが、興味げにこちらを見ている。
それも、かなりの数だった。
ダルバスは、ピヨンが繕ってくれた兜を被ると、斧を構えながら、辺りを警戒していた。
 その時だった。
ダルバスは、背後に気配を感じ取ると、慌てて振り返る。
ダルバスの目の前には、信じられない光景があった。
いつの間に、ダルバスの背後に現れたのだろう。
ダルバスが振り返ると、そこには3頭ほどのドラゴンが羽ばたいていた。
「なっ・・・!」
ダルバスは、突然の出来事に、思わず斧を振りかざそうとしていた。
しかし、先ほどのライラの牽制と、ココネの話を思い出すと、最後の一歩を踏みとどまっていた。
ダルバスは、目の前のドラゴンを注視する。
ダルバスが覚えているドラゴンたちは、ベスパーを問答無用で攻撃するものや、ムーングロウで戦ったドラゴンだった。
無論、今も攻撃されると思い、身構えていた。
しかし。
ドラゴン達は、ダルバスの目の前にフワリと降り立つと、興味津々な眼差しでダルバスを見つめていた。
しかも、よくよく確認すると、ダルバスの前にいるのは、白と黒のドラゴンで、もう一頭は、先日ムーングロウの動物園で見たドレイクと思われるものだった。
2頭のドラゴンと、ドレイクに囲まれるダルバス。
ダルバスは、冷静になるよう、自分を宥めていた。
ドラゴンは、自分たちにとって永遠の仇と思い込んできた、
しかし、今回の旅を経験して、必ずしもそうではないと言う事を経験している。
そして、今、自分の目の前にいるドラゴンたちは、ダルバスに攻撃をしてこない。
ダルバスは、ベスパーの惨劇を思い出しながらも、ドラゴン達への攻撃を躊躇していた。
しかし、それでも、ダルバスの脳裏には、ドラゴンの餌食になるズィムやリウが蘇る。
それが、例えコウダイが関わっていたかもしれないとはいえ、ダルバスの思考は激しく乱れた。
「うおおおぉぉっ!」
ダルバスは、絶叫すると、手にしている斧を、地面に叩き付けていた。
斧は、地面を粉砕すると、激しい粉塵を上げていた。
「クルッ!クルリャー!」
目の前にいたドラゴン達は、ダルバスの行動に驚いた様子で、数歩後ずさっていた。
しかし、それでも、ドラゴン達はダルバスに攻撃の意図を見せないでいた。
ダルバスは、その様子を確認すると、いても立ってもいられない気分になる。
「何でだっ!なんで、お前らは俺を攻撃しないんだあぁぁぁっ!」
ダルバスは、絶叫しながら現実に困惑していた。
これが、問答無用で、ドラゴンが襲いかかってくるのであれば、復讐や抵抗などの理由を付けて、無慈悲な攻撃をくわえる事も出来るのだが、これでは、あまりにダルバスの意図とは異なる。
予測不能な現象に、ダルバスは悲鳴を上げるしかなかった。
その時だった。
「ク~・・・?」
一頭のドラゴンが、荒れるダルバスに、遠慮しがちに顔を近づけてきていた。
まるで「どうしたの?」とでも言うように、ドラゴンはダルバスに頬をすり寄せていた。
「そんな・・・。そんな、馬鹿な!」
ダルバスは、ドラゴンの表皮を感じながら、パニックに陥っていた。
自分の街であるベスパーを攻撃したドラゴン。
それが、これほどまでに優しい生き物だったとは。
正直、受け入れるのは不可能だった。
「お前らを殺すなんて・・・っ!うわあぁぁぁっ!」
ダルバスは、甘えるドラゴンを拒絶すると、一目散に、ダスタードの出口へと走り去っていった。

 ダスタードから飛び出してきたダルバス。
夕焼けの陽を感じながら、ダルバスは荒い息をしていた。
「ダルバス殿!大丈夫か!」
リスタは、ダルバスの容体を伺う。
リスタの心配とは裏腹に、ダルバスには掠り傷一つない。
「あ・・・。大丈夫だ。怪我はねぇ・・・。でも・・・。畜生!ちきしょうっ!」
リスタの問いに、ダルバスは、荒い息をしながらも、ダルバスは地面に座り込み地面をたたき込んでいた。
「ダルバス・・・。何があったの?・・・でも、取り敢えず・・・。ゴメンね?」
ライラは、ダルバスを気遣うも、瞬時にライラの両手が、ダルバスの両頬を捉えていた。
パーンパーンと言う音が、ダスタード内にも響き渡る。
「痛ってぇ!」
ダルバスは、突然のライラの平手打ちに、顔面を押さえ込む。
「・・・。操られていない・・・みたいね?」
ライラは、安堵の表情を浮かべる。
「・・・迂闊だったぜ。そうだった。個別行動をした後は・・・。こうなるんだったよな」
ダルバスは、皆の取り決めを思い出すと、苦笑いを浮かべていた。
「ま、そう言う事。・・・で?あんたは、ダスタード内で、何を見たの?」
ライラは、初の確認に腹を抱えながらも、ダルバスがダスタード内で見た内容を説明するよう促していた。
「あ・・・。それなんだがな」
ダルバスは、痛む頬をさすりながらも、自身が経験した内容を説明する。

「やはりか。俺と同じ体験をしたようだな」
ココネは、ダルバスの話を聞き、深く頷いていた。
「・・・困ったわね。私達、何をしにここまで来たのかしら」
ライラも、この現状には、かなり困惑をしていた。
無論、それは、今回の旅の目的を、根底から覆す内容だからだ。
宿敵であるドラゴンは、どう見ても敵には見えない。
勿論、真相が定かではないので、必ずしもドラゴンは敵ではないとも判断できない。
もしかしたら、他の要因があって、ドラゴンはベスパーを襲撃したのかもしれないのだ。
「いかがいたす?私には、判断が付きかねるが?」
リスタも、予測外とも言える状況に、困惑しているようだ。
「・・・。取り敢えず、洞窟に入ってみない?コウダイがいるかもよ?」
ピヨンは、悩む皆を促している。
取り敢えずは、何かの目的を作らなくてはいけないと思ったからだ。
「そうよね・・・。折角ここまで来たのだから、一応ダスタード内部を散策してみない?」
ライラは、ピヨンの提案に賛成をしている。
「そうだな。じゃ、リスタ、ココネ、ピヨン。着いてきてくれるか?」
ダルバスは、一行に最終確認を促す。
「無論だ。ここで引き替えされたり、置いていかれたりしたら、我の旅の意味もなくなるのでな」
リスタは、獲物を確認すると覚悟を見せていた。
「あいかわらず、くどい奴だな。当たり前に決まっているだろう?」
ココネは、呆れる様子を見せながらも、苦笑している。
「・・・。そうか。皆、ありがとよ。じゃ、早速入ろうぜ?」
ダルバスは、皆に感謝を述べると、一同に着いてくるよう促していた。
それに続く一行。
 ココネ達は、ランタンに火を灯し洞窟内へ足を運ぶ。
すると、ダルバスから聞いた話通り、目の前には巨大な洞窟が開けていた。
「これは・・・。広いな」
ココネは、実際の様子を見て、思わず声を上げていた。
「うむ。我が思っていた物とは大分違うみたいだな」
リスタも、興味げに洞窟の中を見回していた。
一同は、洞窟の内部は、迷路のようになっているのだろうと思っていたが、ここダスタードは、その様な構造にはなっておらず、ただっ広い空間が開けていた。
「ドラゴン達が、襲って来る事はねぇとは思うが、それでも十分に気を付けてくれよ?」
洞窟の内部に興味津々な一同に、ダルバスは警戒を促していた。
ダルバスの言葉に、一行は戦闘態勢のまま、ダルバスに付いてゆく。
 その時、ライラは複数の視線に気が付いた。
「見て!」
ライラは、洞窟の頭上を指さす。
一同は、ライラに促されるがまま、洞窟の頭上を見上げる。
しかし、ランタンの光だけでは、洞窟の天井を確認する事が出来なかった。
「ほら!ドラゴンがいる!見えない?」
ライラは、頭上を指さすと、ゆったりと飛んでいるドラゴン達を確認していた。
リスタは、神経を集中させると、確かに洞窟内にいる息吹を感じ取る。
しかし、それを目で確認する事は出来なかった。
「わからぬな。確かに、何かはいるようだが・・・。それに、敵意や悪意なども感じ取れぬ」
リスタは、蝙蝠が飛んでいるのだろうという感じで、ドラゴンを認識する事は出来なかった。
「俺も・・・。見えねぇな」
ダルバスは、暗視の魔法を自身にかけているが、魔法力の違い故だろう。ライラのように、遠くまでは見渡せないでいた。
「見えないね。ココネ。見える?」
ピヨンも、ランタンの明かりだけでは、遠くまで見えないのだろう。ココネにも、視界を伺っていた。
「いや・・・。気配は感じるが・・・。見えないな」
ココネも、暗闇の中、目を懲らすがドラゴン達の姿を捉える事は出来なかった。
「まぁいい。ドラゴン達は、やはり俺達を襲う事はねぇみてぇだ。慎重に進もうぜ?」
ダルバスは、頭上にいるであろうドラゴンに警戒しながら、歩を進めてゆく。

 慎重に歩を進めてゆくダルバス達だったが、洞窟の東側にたどり着くと、物陰から水が流れてくるのを確認する。
「湧き水か?ありがたい。喉を潤すか」
ココネが、湧き水に手を伸ばしたその時だった。
物陰から、ココネはいきなり何者かによって引きずり込まれた。
「うおっ!」
悲鳴を上げ、ココネはその正体を確認する。
すると、目の前には、水の精霊がココネの腕を握りしめていた。
「ココネ!」
ピヨンは叫ぶと、グレイシーに攻撃指示を出そうとしていた。
「こいつは!水の精霊!」
ダルバスが叫んだその時だった。
水の精霊は、ココネの腕を持ち、振り回すと、そのままココネを壁に投げつけた。
鈍い音を立て、ココネは地面に転がり落ちる。
それと、ほぼ同時だった。
ダルバスとリスタとグレイシーは、水の精霊に襲いかかった。
ライラは、魔法の詠唱を始める。
しかし、即座にダルバス達の攻撃を回避する水の精霊。
そして、水の精霊が何か言葉を発したと思うと、突如現れた稲妻がリスタを貫いていた。
「がっ!」
全身を走り抜ける衝撃に、リスタは思わず身を硬直させていた。
「ま、魔法!?」
ライラは、突然の出来事に驚きを隠せないでいた。
魔法は、人間が使うもので、動物やモンスターが使うとは思ってもいなかったのだ。
「この野郎!」
ダルバスは、硬直するリスタを脇目に、水の精霊へ襲いかかる。
ダルバスが斧を振るうと、斧は、水の精霊の右腕をたたき落としていた。
そして、間髪おかず、グレイシーの角が、胴体へ深く突き刺さる。
水の精霊は、グレイシーを振り払おうと足掻くも、貫通した角は簡単には抜けなかった。
その時だった。
「ピヨン!グレイシーをどかして!」
ライラは叫ぶと、魔法の詠唱を始めた。
慌てて、グレイシーを自分の元へ戻すピヨン。
「魔法が使えるとはね。なら、もっと上級の魔法を味わいなさい!ヴァス・オゥオト・グラゥヴ!」
ライラが右手を翳すと、先ほどリスタを見舞った稲妻より遙かに大きい稲妻が、水の精霊を襲った。
稲妻の直撃を受けた水の精霊は、体が水分で出来ているせいだろう。内側から眩いばかりの光を放つと、爆発して水しぶきをまき散らしていた。
その様子を、ダルバス達は息を呑んで見つめていた。
ライラが操る魔法の威力を、改めて目の辺りにしたからだった。
爆死したであろう水の精霊。
ダルバスは、リスタに駆け寄る。
ピヨンは、ココネに駆け寄っていた。
「リスタ!大丈夫か!」
ダルバスが駆け寄ると、リスタは何とか平静を保っていた。
「だ、大丈夫だ。魔法を喰らったのは、初めてだが、なんとかな・・・」
リスタは、痺れる体を押さえながら苦笑していた。
「ピヨン!そっちは!?」
ダルバスは、ピヨン達を振り返る。
「あ、あぁ。大丈夫だ。投げられはしたが、あいつはあまり力はないようだな。大丈夫だよ」
ココネは、心配するピヨンを制すると、立ち上がり無事な様子を示していた。
その様子を見て、ダルバスとライラは安堵の息を漏らしていた。
「しっかし、こんな所で水の精霊に襲われるとはな」
ダルバスは、爆発した水の精霊の残骸を眺めていた。
すると、水たまりの中に光り輝く宝石を確認する。
ダルバスは、土の精霊を倒した時の事を思い出していた。
あの時は、土の精霊の残骸の中から、ルビーを入手していたのだ。
今回も、その類であろうと、ダルバスは慎重に宝石を手に取った。
宝石はサファイアで、ダルバスの手の上で、優しい青白い光を放っていた。
「なるほどな。こりゃ、入手困難な訳だぜ」
ダルバスは、サファイアをライラに手渡した。
「これは・・・。ダリウス先生から拝借したものと同じ物・・・。そう。これが、水の精霊のコアになるのね」
ライラは、改めて精霊達の構造を理解しているようだ。
「これは、おめぇが持っていた方がいいだろ。まぁ、2つは必要ねぇと思うがな」
ライラは無言で頷くと、サファイアをバックパックにしまい込む。

「しかし、驚いたな。ドラゴンは敵ではないと思いたいが、それ以外の敵がいたとはな。とは言え油断大敵か。迷惑を掛けてしまったようだ。すまない」
ココネは、自分の迂闊さが、皆に迷惑を掛けた事を謝罪する。
「気にすんな。おめぇが、湧き水に気が付かなければ、俺も同じ行動をしただろうよ。ま、問題なく勝てたんだから、結果よしでいこうぜ?」
ダルバスは、しょげるココネを励ましている。
「でも・・・。まさか、魔法を使うモンスターがいるとは思いもしなかったわ?」
ライラは、水の精霊が放った魔法に驚きを隠せないでいた。
「博識のライラですら、知らなかったとはな。ライキューム研究所では、その様な勉強はしなかったのか?」
ライラなら、魔法の事なら何でも知っていると思っていたダルバス。
「・・・そうね。確かに、伝記には、その様な話があったような・・・。忘れていたわね。殆ど、おとぎ話みたいな感じだったしね」
ライラは、ぼんやりと思い出しながら、苦笑している。
「私も、魔法を初めて喰らったが、かなりのものだな。パラディンとしての能力で、副隊長のフィードと手合わせをしたこともあるが、これは、全くの別物だ。すまぬ、私も不覚をとったようだ」
リスタは、初めての魔法の感触に、驚きを隠せないようでいた。
「何。気にすんな。ライラと一緒に行動していれば、いつでも攻撃魔法の体験は出来る事だぜ?」
ダルバスは、リスタの意見を聞くと、ライラを揶揄していた。
「そうね。じゃ、もう一発見舞うわね?」
ライラはそう言うと、魔法の詠唱を始める。
「お、おい!冗談で言ってんだぞ!?」
ライラの様子を見て、ダルバスは慌てる。
「イン・ヴァス・マニ!」
ライラは、治癒魔法を詠唱すると、リスタの胴体へと放った。
すると、痺れが残っていたリスタの体は、見る間に回復してゆく。
「・・・。これが、ライラ殿の魔法の力か・・・」
ライラの挙動に、一瞬警戒するも、体が治癒される感覚に、リスタは驚きを隠せないでいた。
「はい。ココネにも」
ライラは、ココネにも治癒魔法を施していた。
「おぉ・・・。痛みが引いてゆく。これが、魔法か・・・」
魔法に対して寛容ではないココネだったが、実際に魔法を受けてみて、危険ではない事を認識していた。

「さて、いつまでも同じ場所にいるのは危険だ。そろそろ、先に進むとしようぜ?」
魔法に感心する一行へ、先に進む事を促すダルバス。
「そうね。ライラ、ココネを治療してくれてありがとう。獣医学じゃ、人間の治療は出来ないからね」
ピヨンは、ライラへ礼を述べる。
「いいのよ。気にしないで頂戴な?それに、もし私に不測の事態が起きたら、ダルバスも治癒魔法が使えるから、安心してね?」
ライラは、ピヨンの礼に恥ずかしそうに答えていた。
 すると、その時だった。
一行に、待っているとも、遭遇したくないとも言える事態が襲いかかった。
一筋の風が、ダルバス達を襲うと、遙か上空から数頭のドラゴンが舞い降りてきていた。
ドラゴン達は、ダルバスの意思とは関係無しに、目の前に降り立つ。
「こいつが・・・。ドラゴン・・・」
リスタは、高まる興奮を押さえつけると、注意深くドラゴンを注視していた。
「・・・」
ピヨンは、グレイシーの戦闘態勢を維持しながら、無言でドラゴンを見つめていた。
「ダルバス。気持ちはわかるけれど、落ち着いてね」
ライラは、今にもドラゴンへ襲いかかりそうなダルバスを宥めている。
 一行は、ドラゴン達と対峙しながら警戒するも、やはりドラゴンからの攻撃はない。
すると、一頭のドラゴンが声を発する。
「クルック~」
そのドラゴンは、首を傾げながら、ライラの前へ顔を差し出していた。
その瞳には、怒りや攻撃の色はなく、目の前に現れた人間に対して興味津々と言った色を浮かべていた。
ライラは、恐る恐るドラゴンの顔に触れてみる。
ドラゴンの表皮は固く、温もりは殆ど感じられず、は虫類故であろう故の冷たい感触がライラの掌に伝わっていた。
ライラの脳裏には、コウダイから伝わってきた、両親が殺害される光景が浮かび上がる。
ドラゴンであれ、古代竜であれ、彼らは両親や友人達を殺害した。
それを思うと、気が狂いそうなほどの怒りと憎しみが込み上げてくる。
しかし、目の前にいるドラゴン達は、ライラの気持ちを裏切るかのように、人なつっこさを見せていた。
とても、人間を襲うようには見えないのだ。
ライラも、ダルバスと同じ気持ちなのだろう。
複雑な心境になりながら、ドラゴンの顔を押し放っていた。
「クル?」
押し放されたドラゴンは、首を傾げると、一行を見つめていた。
 それを見ていたピヨン。
ダルバスを押しのけると、自らがドラゴンとの接触を試みていた。
「お・・・おい。ピヨン・・・」
突然の、ピヨンの行動に、ココネは慌てる。
「大丈夫」
ピヨンは、短く答えると、ドラゴンに近づく。
ダルバスとリスタは、その様子を見ながら、いつ何が起きても良いように、戦闘態勢を崩す事はなかった。
「ねぇ。あなたたち、私達に何を求めているの?」
ピヨンはそう言うと、一頭のドラゴンの頭を撫でてみる。
すると、ドラゴンは、ピヨンに甘えるように首を絡めてきた。
「あは。あんたたちは、本当に優しい子なんだね」
ピヨンは、ドラゴンの首を抱えて首筋を撫でる。
「ク~・・・」
ドラゴンは、甘えた声を上げながら、ピヨンの肩に首を預けていた。
「信じられねぇ・・・」
ダルバスは、この状況に目を見張っていた。
ライラは、心配そうにしながら、ダルバスにしがみついていた。
「ねえ。お腹空いていない?ほら、これあげるから」
ピヨンはそう言うと、バックパックの中から乾草肉を取り出す。
すると、目を輝かすドラゴン達。
「クリャ~!」
「ほら、がっつかないの。はい、お食べ」
ピヨンは、手渡しで乾草肉をドラゴンの口元へ持ってゆく。
ドラゴン達は、ピヨンの手を噛まないように、優しくそれを受け取っていた。
その時、皆は確認する。
ドラゴンが口を開くと、そこには鋭利な歯が見えていた。
もし、あの歯で噛み付かれなどしたら、ひとたまりもないだろう。
しかし、ドラゴン達は、その歯でピヨンを傷つけないよう気を付けながら、乾草肉を受け取っているようだ。
 その様子を見て、ライラは皮肉めいた言葉を発する。
「参ったわね。これじゃ、私達の旅は、全くの無意味だったって事ね。何しに来たのかしら?」
甘えるドラゴン達を見て、ライラは両手を上げて見せていた。
「いや・・・。まだ、結論づけるのは早くねぇか?」
ライラの様子を見て、ダルバスはライラを否定する。
「・・・わかっているわよ。コウダイ・・・というか、私達に襲いかかった不可思議な事の究明よね」
ライラは、真面目な顔に戻ると、ダルバスの言おうとしている事に意を返していた。
「そうだ。まだ、コウダイを見つけちゃいねぇ。奴は、恐らくこのダスタード内部にいるはずだ。何をしようとしているかを突き止めなければならねぇな」
ダルバスは、ライラが茫然自失になっていない事を確認すると、安堵の息を漏らしていた。

 その時。
ドラゴンに食べ物を与えていたピヨンは、ある行動に移っていた。
「ほら。美味しい?いいこね。ほら、もっとお食べ?」
ピヨンは、調教用の鞭を取り出すと、ドラゴンと距離を狭めていった。
ココネは、それを見て、すぐさま理解した。
ピヨンは、ドラゴンを調教しようとしている。
その様な、前代未聞の行動をするピヨンに、ココネは不安を隠しきれない。
「お・・・。おい、ピヨン。大丈夫なのか?」
ピヨンの行動を理解したココネは、不安げに言葉を送る。
「多分・・・ね。ほら、いいこね。可愛い!」
ピヨンは、甘えるドラゴンの首を抱きしめると、調教を始めていた。
 ピヨンの調教術は、いかに相手の心を開かせる事だった。
それには、まず、こちらから心を開かなければならない。
ピヨンは、未知なるドラゴンの恐怖を覚えながらも、それを深層心理の奥深くに押し込め、愛情を持ってドラゴンに接していた。
ピヨンは、ドラゴンの首を抱きしめると、体を任せていた。
すると、冷たい表皮とも思えたが、体を密着させると、少しではあるがドラゴンの温もりを感じる事が出来る。
「あったかいね。ゴメンね。いきなり入ってきて驚かせちゃったね」
ピヨンは、ドラゴンの首もとを掻いてみる。
「クリャ~。クルックルッ!」
ドラゴンは、非常に甘えた声を上げると、ピヨンにもたれかかっている。
他のドラゴン達も、その様子を見て、ピヨンに甘えようとするが、その図体の大きさ故に、これ以上ピヨンに加重を掛けるのを躊躇っているようだ。
「・・・うん。大丈夫かな。ねぇ、あんた、私の子にならない?」
ピヨンは、普段の調教通りに、ドラゴンを手懐けさせていた。
ドラゴンは、それを理解したかのように、ピヨンの頬に舌を這わせていた。
「まさか・・・。こんなことが・・・」
ドラゴンを調教したピヨンを見て、ココネは驚愕の表情を浮かべていた。
ココネは、今までピヨンが数多くの動物やモンスターを調教するところを見てきたが、さすがにドラゴンまでをも調教してしまったのには、開いた口が塞がらなかった。
「こんな事って・・・」
ライラも、口元を押さえると、現実を受け入れられないと言う表情を浮かべる。
「あは。ライラも驚いているようね。でも、私があんたの魔法を見た時と同じよ?信じられないでしょ?って言うか、さすがにこの状況には、私も驚いているけど」
ピヨンは、悪戯っぽい笑みを浮かべると、再びドラゴンへ話しかける。
「じゃ。一緒に行こ?」
ピヨンはそう言うと、自分に付いてくるよう促す。
すると、ドラゴンはピヨンの後に続く意思を示していた。
「いい子ね。じゃ、あなたには名前が必要だね。そうだね・・・。ここは暗いし、明かりも欲しいから・・・。あんたの名前は、ブラックライトでどう?」
ピヨンは、嬉々としながら、ドラゴンへブラックライトと命名していた。
「クルッ!」
ドラゴンは、ピヨンの意図を読んだのかどうか。嬉しげな声を上げていた。
「お・・・、おいピヨン」
ドラゴンを調教してしまったピヨンに、ココネは不安げな声をあげる。
「何?どうかした?」
初めて、ドラゴンを調教して満足げなピヨン。ココネの不安げな言葉に訝しんでいた。
「いや。ドラゴンを調教したのはいいんだが・・・。こいつを、家まで持って返る気か?飼えないぞ?というか、でかすぎるし、ご近所様とムーングロウの衛兵達に、どうやって説明すればいいんだ?」
ココネは、現実を考えると、ドラゴンのお持ち帰りは不可能と判断していた。
「・・・そうね。確かに、あんたの言う通り。困ったね」
ピヨンは、初めてドラゴンを調教して舞い上がってしまっていたが、ココネに現実を突きつけられると、頭を抱えていた。
 その様子を見ていた一行。
「私には、計り知れぬ世界だな・・・。ドラゴンを調教して、飼い慣らそうとはな・・・。こら!これは、私のバックパックだ。甘噛みはよしてくれるかな?」
リスタは、甘えるドラゴンをあしらいながら、ココネ夫妻のやり取りを見て苦笑していた。
「俺もだぜ。まさか、俺達の仇であろうドラゴンを調教しちまうとはな。しかも、持って帰ろうとしていやがる」
ダルバスは、他のドラゴンがリスタに甘えるのを見ながら、何とも言えない笑みを浮かべていた。
「もう、いいわ?ドラゴンに対しての怒りや憎しみなど、面倒くさくなっちゃったわよ」
ライラは、この様子を見ながら、落胆と諦めの交じった表情を浮かべる。
「だな」
ダルバスも、ライラと同じ考えなのだろう。
あまりに、平和的というか、友好的なドラゴンに、ダルバス達は半ば呆れながら付き合うしかなかった。

 ピヨンに調教されたドラゴン。
他のドラゴン達も、ピヨンに懇願の視線を送るが、さすがにピヨンはそこまでは対応できなかった。
「ゴメンね。そんなに沢山のお友達を作る事は出来ないの。また来るから、それまでは、このブラックライトの相手をさせてね?」
ピヨンはそう言うと、ブラックライトに自分の側へ待機するよう命じている。
「本当に、連れて帰る気か?」
ココネは、ピヨンに不安げな声を上げる。
「ううん。この子には可哀想だけど、一応トリンシックへ帰るまで。街に連れて帰ると騒ぎになっちゃうからね。その時は、リリースするよ」
ピヨンは、現実を理解すると、寂しそうに答えていた。
ピヨンは、一度手懐けた動物を手放すのは辛かった。
それは、自宅で飼っている犬たちを思い出す。
一度は、人間に飼われた犬たち。それを、人間は放棄したのだ。犬たちは、人間に裏切られたと思ったであろう。
処遇は違うが、ピヨンは、一度手懐けた動物やモンスター達を、その様な事にはしたくはなかったのだ。
しかし、今回は話が少し違う。
今回は、野生のドラゴンを、調教という能力の元に、懐かせたに過ぎない。
仮に、それをリリースしたとしても、ドラゴンは野生に帰るだけの話だった。
それでも、やはり裏切り行為をしているような気がするのは仕方がない事か。

「取り敢えずは、この場所で自由にするようにするよ」
ピヨンは、リリースこそしないものの、自分たちへの同行はしない旨を一行に伝える。
「お?なんでだ?折角調教したんだ、せめて、このダスタード内だけでも一緒に散歩すりゃいいじゃねぇか」
ダルバスは、ピヨンの意図がわからないでいた。
「・・・。コウダイ遭遇の時故かしらね」
ライラは腕を組む。
「どういう事かな?」
リスタも、意味がわからないでいた。
「考えてみて。もし、私達がドラゴンを引き連れながら、コウダイと接触したらどうなる?コウダイは、ドラゴンを操れるのは、自分だけと思っているはず。それが、私達がドラゴンを使役していたら?コウダイは、全力を持って、私達を叩き潰しに来るのではなくて?」
ライラは、コウダイ遭遇時の危機を説明する。
「・・・。やっぱり、ライラは凄いな。その通りだよ。私も同じ考え。ブラックライトは、迂闊に連れて行くと危険と判断したの」
ピヨンは、ライラの推測に舌を巻いている。
「クルリャ?」
ブラックライトは、一行の会話を理解したのか出来ないのか。不思議そうな声を上げていた。
ピヨンは、ブラックライトの頭を、優しく撫でていた。

「まぁ、そう言う事ならわかった。ドラ・・・。ブラックライトとの扱いは、おめぇに任せる事にするぜ?じゃ、そろそろ出発しねぇか?」
ダルバスは、傍らにある水の精霊の死骸を見つめながら、先へ進む事を促す。
「そうね。他のモンスターに襲われても面倒だからね」
ライラは、辺りを見渡す。
他の者には見えていないだろうが、巨大な蛇や蜘蛛などが、こちらを伺っているのを、ライラは確認していた。
洞窟の上空には、相変わらずドラゴンが舞っており、こちらを興味深く伺っているのがわかる。
「さ。行こうぜ?」
ダルバスはそう言うと、足を先に進めていた。
「ブラックライト。ゴメンね?私達が戻るまで、お友達と一緒にいてね?」
ピヨンはそう言うと、ブラックライトに、この場に留まる事を指示していた。
「クルキャ~!」
ブラックライトは、ピヨンの指示に従うと、フワリと空に舞い上がっていった。
その様子を、未だに信じられないといった表情で見送る一行。
一行は、ダルバスを先頭にして、更に洞窟の奧へと足を運んでいった。

 ダルバス達が、洞窟の北西へ足を運ぶと、階下へと続く通路が現れる。
一行は、用心しながら足を運ぶ。
階下へ到着すると、そこには表層とは裏腹に、かなり狭い空間があった。
天井は低く、とても、ドラゴンが飛び回ることが出来る表層ではない。
「狭ぇな・・・」
ダルバスは、辺りを見渡す。
すると、奥の方にドラゴンの姿を確認する事が出来た。
飛ぶ事は出来ないので、皆は地面の上を歩いているようだ。
やはり、ドラゴン達は、突然現れたダルバス達に、興味深げな視線を送っている。
恐らく、表層にいるドラゴン達は、寝る時にはこの層へ来て羽を休めるのかもしれなかった。
その様子を見て、ライラは疑問の声を上げる。
「ねぇ。なんか、おかしくない?」
「何がだ?」
「これだけ、ドラゴンが友好的なのに、なぜ、他の人間はこの洞窟に・・・というか、ドラゴンに接しないのかしら?確かに、ドラゴンは危険だという認識はあったけれど、それはベスパーの事件があったからじゃない?ベスパーの事件の前も、ドラゴンは危険という認識だったのかしら。だったら、何故?」
ライラは立ち止まると、新たな疑問を感じ始めていた。
ライラの問いに、一行も立ち止まる。
「そう言われりゃ、そうだな」
ダルバスも、ライラの問いに腕を組んでいた。
「確かに、うっかりこの洞窟に入ってしまう者がいても、不思議じゃないしな。それで、ここまで人懐っこいドラゴンと接したら、必ず噂になりそうなものだよな」
ココネは、ドラゴンの優しい瞳を思い出している。
「でも、古代竜を見て帰った者はいないともいうんでしょ?」
ピヨンは、古代竜だけが危険な可能性がある事を考えていた。
「ふむ。それだとしたら、既に私達の気配は古代竜に知られているのではないか?何故、襲って来ぬ?襲う気があるのであれば、他のドラゴン達に指示を出しているのではないか?」
リスタは、ピヨンの考えに疑念を抱いていた。
「それは・・・。わからない」
ピヨンも、確信がないのだろう。言葉に詰まるしかなかった。
「まぁ。俺達も、ベスパーの事件があるまで、ドラゴンという存在すら認識していなかったからな。ここトリンシックはどうだかはわからんが、ドラゴンが友好的か危険なのかなど、考えた事もなかったからな」
ダルバスは、ベスパーがドラゴンに襲われるまで、その存在の認識すらしていなかった事を示唆する。
「まぁねぇ。それを言っちゃ、身も蓋もないけれどね」
ライラ自身も、ドラゴンの話など、おとぎ話の世界と思っていたのだ。それが、突然襲ってきたドラゴン。それは、危険視しても仕方がないとも言えた。
「ま、考えていても仕方がねぇんじゃねぇか?取り敢えずは、古代竜を拝もうぜ?この先にいるんじゃねぇか?」
ダルバスは、悩む皆を促すと、足を先に運んでいた。
一行も、ダルバスに続く。
「クル?」
「クルリャ?」
ダルバス達が、ドラゴンの目の前を通り過ぎるも、やはりドラゴン達は不思議な声を上げていた。
勿論、攻撃してくる事はない。
ここには、白や黒のドラゴン達がいるようだ。
見た目でもわかるが、上層にいた赤いドラゴン達よりは格上のようで、似てはいるが、体つきはかなり違うようだった。
ダルバスは、ムーングロウへ渡航した際の、ドラゴンとの戦闘を思い出す。
あの時は、ドラゴン単体だったからよかったが、今はドラゴンに囲まれている。
攻撃こそ受けていないが、これが戦闘となったとすれば、勝ち目がない事は目に見えていた。
ベスパーを、集団で襲ったドラゴン。
それが、今ここで再現されたらと思うと、身震いをするしかなかったのだ。
首を差し出すドラゴン達に、ココネ夫妻は愛情を持って接しているようだ。
ピヨンは、手持ちの食料を与えていたり、ココネはドラゴンの頭を撫でている。
既に、ドラゴンへ対しての警戒心は無くなっているようだった。
リスタも、じゃれるドラゴン達のあしらいに困り、迷惑そうな顔をしている。
しかし、ライラだけは別だった。
現実を受け入れ難いように、抵抗こそしないものの、甘えるドラゴンに気を許す事はなかった。
「もう・・・。邪魔よ。いい子だから、大人しくしていなさいな?」」
甘えるドラゴンに、油断する素振りを見せないライラ。
無論、ダルバスも同じ考えなのだが、ライラの様子を見ると、苦笑せざるを得なかった。

 暫く歩くと、階下へ続く道が現れる。
皆は、無言で頷くと、ダルバスの後へ続いた。
階下へ足を運ぶと、そこには更に狭い空間が現れる。
恐らく、この洞窟の最下層なのだろう。
狭い空間には、ドラゴン達がひしめき合う息吹を感じる事が出来た。
緊張する一行。
ダルバスは、目を凝らして辺りを警戒すると、皆にランタンで照らすよう促した。
リスタ達が、ダルバスに促されるままランタンを翳すと、そこには予想通りというか、信じられないというか・・・。
「あ・・・あいつはっ!」
ダルバスは、ランタンの灯に照らし出された一頭のドラゴンに、驚愕の視線を送っていた。
ダルバスの声に、一同はダルバスの視線の先を追った。
すると、そこには今まで見た事がない色のドラゴンが地面に座っていた。
桃色の羽を持つドラゴン。
古代竜だった。
古代竜は、他のドラゴンと比べると2倍近い大きさを持ち、他のドラゴンと比べると、格段の違いを見せていた。
「ダルバス!」
ライラは、ダルバスに緊張した声を投げかける。
「わかってんよ。古代竜だ。間違いねぇ」
ダルバスはそう言うと、自らのランタンに火を灯し、相手を確認する。
確認すると、ダルバスは確信をした。
間違いない。あれは、ベスパーを襲った古代竜なのだと。
辺りを見渡すも、それ以外の古代竜の姿はなかった。
ドラゴンの寿命はわからないが、数年前の話だ。
ダルバスは、ベスパーに現れた古代竜は、今目の前にいるのが当時のドラゴンと認識していた。
ダルバスとライラには、ベスパーを襲撃された時の記憶が瞬時に蘇る。
古代竜により、両親を失ったライラ。
ドラゴン達により、友人を失ったダルバス。
瞬時に、怒りが沸き上がるのだが、今まで推測してきた事を考えると、行動にブレーキがかかる。
「くそ・・・。どうすればいい・・・」
ダルバスは、斧を握りしめながら息を荒くしている。
「待って。攻撃はしないで・・・。相手に、敵意はないわよ・・・ね?」
ライラは、ダルバスを牽制しながら古代竜を伺う。
既に、こちらの存在はわかっているのだろう。
古代竜は、他のドラゴンと同じように、興味津々な目でこちらを伺っていた。
「攻撃は・・・、してこぬようだな」
リスタも、ダルバス達の緊張を受け止めたのであろう。戦闘態勢を崩さず、古代竜を見つめていた。
「あれが・・・。古代竜。大きいな。・・・ピヨン。俺の後ろにいてくれ」
ココネは、攻撃の意図を見せない古代竜を見ながらも、警戒は緩めずに、ピヨンへ注意を促していた。
「だ・・・。大丈夫。あんたと、グレイシーもいるからね」
ピヨンは、そう言いながらも、あまりに大きい古代竜を前に、体の震えを隠すように、ココネの背後に回っていた。

 一行は、古代竜を目の当たりにして言葉を失っていた。
すると、既にこちらに気が付いているのであろう。
古代竜は、ズシズシと大きな足音を響かせながら、ダルバス達に近寄ってくる。
緊張が張りつめる一行。
「グル?グルリャ?」
古代竜は、人一倍大きい顔を、ダルバスの眼前に付きだしていた。
その瞳には、怒りや敵意などは見受けられなかった。
他のドラゴンと同様。好奇心に満ちたネコと同じように、目の前のダルバスに興味津々といった表情を浮かべていた。
ダルバスは、顔を付きだしている古代竜の頬に手を差し伸べる。
表皮は冷たいが、じっくり触っていると、ドラゴンの温もりも感じ取れた。
すると、じゃれるように首を絡めてくる古代竜。
こうなっては、古代竜に攻撃を仕掛ける事など出来ない。
ダルバスは、パニックになるしかなかった。
「くそっ!くそったれがあぁぁぁっ!」
ダルバスは怒鳴るも、先ほどのように武器を地面に叩き付ける事はしなかった。
それは、相手を驚かせてしまう事がないようにとの、判断だった。
「グルル~?」
古代竜は、ダルバスの反応がわからないとでも言うように、ダルバスの頬に舌を這わせていた。
「止めろ!止めろおぉぉぉっ!俺達は・・・!ライラと俺は・・・!何をしにここまで来たんだあぁぁっ!」
ダルバスは、古代竜の行動に拒絶の意思を見せながら、思わず涙を流していた。
「ダルバス・・・」
ライラは、ダルバスの様子を見ると、何と声を掛けてよいかわからないでいた。
「ね・・・。ダルバス・・・。取り敢えず、落ち着きましょ。ね?」
ライラは、拳で地面を叩き付けているダルバスを促すと、落ち着くよう宥めていた。
その様子を見ていた一行。
皆も、ある意味拍子抜けなのだろう。
激しい戦闘を覚悟していた。
しかし、宿敵であるドラゴンや古代竜は、あまりにも友好的だった。
敵討ちどころか、仲良くなりに来てしまった事になる。

 しかし、一行は気を抜いてはいなかった。
それは、コウダイの存在だ。
リスタは、ダルバス達をよそ目に、この空間を確認する。
「む・・・?」
リスタが目を配らせると、洞窟の奧に、外套や寝袋があるのを確認した。
「このような場所に、我々人間の生活道具があるのか?」
リスタは、古代竜とじゃれ合うダルバス達を呼びかけると、奧にある不自然な光景を指さした。
「あれは・・・」
ダルバスは、じゃれる古代竜をあしらうと、リスタが指さす先を見つめていた。
確かに、そこには不自然ともいえる、人間の生活臭が漂っていた。
「まさか・・・っ!」
ライラが、警戒を露わにした時だった。

「くっくっくっ・・・。まさか、本当にあなた達がここまで来ようとはね」
突然の言葉に、一行は辺りを見渡す。
すると、古代竜の背後に、一人の男性が椅子に腰を掛けていた。
青いローブを纏い、椅子に腰を掛けている男性。
紛れもなく、コウダイだった。
「コウダイ・・・!」
一行は、誰しもなく声を発していた。
「遅かったですね。待ちくたびれましたよ。くっくっくっ・・・」
コウダイは、見下したような視線で、一行を見つめていてる。
「コ・・・。コウダイ!てめぇ・・・。なんで、こんな所に・・・!」
ある程度、予測はしていた物の、やはり驚愕を隠しきれないダルバス。
「・・・何でですって?それは、あなた達が、一番わかっているのでは?」
コウダイは、椅子に深く腰を据えながら、挑発的な言葉を送る。
「・・・。まるで、俺達の行動を見透かしていたかのような発言じゃねぇか。どういう了見だ?」
ダルバスは、コウダイを警戒する。傍らには、古代竜がコウダイに甘えている。
「最初は、ムーングロウの動物園で、ダルバス達がベスパーの出身だと知った時。そして、その時のライラの対応ですかね。その時に、何となくあなた方の行き先が予測出来たのですよ」
コウダイは、冷ややかな視線を一行に送っていた。
「・・・。やっぱり、私達の推測は、恐らく間違っていなかったのでしょうね」
ライラは、コウダイを見据える。
「くくっ!ライラが私の事を疑っているのは、既にわかっていましたよ。ったく、ダルバスを殺すのに失敗するとはね」
コウダイは、そう言うと苦笑いを浮かべていた。
「すると・・・。やっぱり・・・っ!」
ライラは、コウダイの発言により、一連の終始が繋がる事を理解していた。
「貴様。今言った事は真か?」
リスタは、獲物をコウダイに向ける。
「怖い怖い・・・。そうですよ。私が、最初に殺そうとしたのはダルバス。しかし、ライラは失敗した。仕方がないので、役立たずのライラは、街の住民に殺害をお願いしたのですがね、くくっ!それすらも失敗するとはね。ま、奴は失敗した罰として、私自ら殺してあげましたがね」
コウダイは、大胆にも自らの犯行を告白する。
「殺害をお願いしただと?嘘を申すな!その様な事、許諾する人間などいるわけないであろうが!」
リスタは、コウダイの話を否定する。
「おやおや・・・。既に、気が付いていたと思っていましたがね。私の思い過ごしでしたかね・・・。特にライラ。あなたは、動物園でお会いした時に、既に気が付いている様子でしたが?」
コウダイは、挑発的な目でライラを見つめる。
「・・・本当にそんな事が出来るとはね。あなたは、人や動物を操る事が出来るのでしょう?」
ライラは、コウダイの視線をはね除けるかのように、今までの出来事に符号が一致する事を確信していた。
「その通り。ライラを操ったのは私。ったく、ダルバスを殺し損ねるなんて、この役立たずが・・・」
コウダイは、悪びれる様子もなく、自身が行った行動を認めていた。
「待て。てめぇが推測したのは認めるが、何故この場所がわかる?俺は、てめぇに行き先など話していねぇぜ?」
ダルバスは、斧を構えながらコウダイに問い詰める。
「あぁ。それなら、ダリウスのジジイを操った所、ダルバス達の行き場所を突き止めたのですよ。全く、相変わらずよく喋るジジイでした。おかげで、もれなくダルバス達の目的がわかったという次第で・・・。くっくっくっ・・・」
コウダイの発言に、ライラは青ざめる。
「まさか、あんた。ダリウス先生までもを・・・っ!」
ライラは、「相変わらず」と言う言葉が気にもなったが、ダリウスの生死の方を危惧していた。
「大丈夫ですよ。あんなジジイ。殺しても何の価値もないですからね?」
コウダイは、大胆な発言をしているにも関わらず、平然とした態度を見せていた。
「一つ答えろ。なぜ、俺を殺そうとした?」
怒りに体が戦慄いているダルバス。しかし、真実をコウダイが語るまでは、動こうとはしなかった。
「あぁ。簡単な話ですよ。あなたは、私の友達を殺したでしょう?仕返しですよ」
コウダイは、周りにいるドラゴン達を指さしていた。
「馬鹿野郎!ドラゴンが襲ってくれば、反撃するに決まっているじゃねぇか!しかも、あれがてめぇの仕業なら、自業自得じゃねぇかっ!何故、俺達を攻撃した!」
ダルバスは、コウダイに斬りかかりたいのを抑えると、怒鳴り声を上げる。
「何故?あぁ、理由などありませんよ。ま、強いて言えば、私がドラゴンとムーングロウの街で、人々を恐怖に陥れて遊んでいたのを邪魔されたからとでも理由を付けておきましょうか」
コウダイは、ほぼ気まぐれでダルバス達を襲ったという。ライラは、それを聞くと、怒りを爆発させていた。
「そんな理由で人を襲うなんて!許せない!」
ライラは、秘薬を取り出すと魔法の詠唱を始める。
「待て!」
リスタは、すかさずライラから秘薬を取り上げると、魔法の詠唱を中断させる。
「なんでよ!邪魔しないでよ!」
ライラは、怒りの視線をリスタに送っていた。
「復讐で、人を殺傷する事は、ブリタニアの法では許されておらぬ。・・・それに、まだコウダイには聞かねばならぬ事が沢山あるようなのでな」
リスタは、ライラを宥める。
それを、コウダイはいかにも愉快といった様子で眺めている。
「これはこれは・・・。ブリタニアの法が、私を守るとはね。では、衛兵さん。私を逮捕しますか?」
コウダイは、足を組み余裕の表情を浮かべると、リスタを挑発している。
「貴様・・・!」
コウダイの挑発に、リスタも怒りを感じている。
「ま、リスタもライラも落ち着いてくれや。まだ、こいつが地獄へ堕ちる前に、肝心な事を聞いてねぇ」
ダルバスは、ライラとリスタを宥めると、コウダイに斧を突きつける。
「コウダイ・・・。俺らの街、ベスパーを襲撃したのは、てめぇの仕業だな?」
ダルバスは、沸き上がる怒りを何とか抑えつつも、今回の旅の内容の核心に迫っていた。
「あぁ。ベスパーね。あれは楽しかったですね。逃げまどう人々。燃えさかる町並み。ドラゴンに八つ裂きにされる、平和ボケした住民達。いい光景でしたよ?でも、今思えば、住民を全滅させて、建物も全て破壊するまでやればよかったですかねぇ?くっくっくっ・・・」
コウダイは、当時の光景を思い出しながら、さもおかしいとでも言うように手を叩いていた。
「て、てめぇっ!」
ダルバスは、コウダイに襲いかかりたい気持ちを、精一杯に抑えているが、既に限界が近い様子だった。
「最っ低・・・」
ピヨンは、コウダイの様子を見ると、まるで汚物でも見るような視線を送っていた。
「お宅のワンちゃん達。可愛かったですよ?ま、ダルバス達を殺すには、火力不足でしたがね。・・・あぁ、そうそう。ダルバス達の殺害に失敗したからといって、あのワンちゃん達は殺さないのでご安心を。私は、犬好きですからね」
ピヨンの視線にも、コウダイは可笑しさを隠しきれないとでもいうようにしている。
「このゲス野郎が・・・!よくも、汚らわしい手で、ロジャーとクーネルに触れやがって!」
ココネは、獲物をコウダイに突きつける。
「くっくっくっ・・・。怖い怖い」
コウダイは、ココネの怒りの眼差しを受け止めると、ふざけて両手を上げて見せている。

「・・・何故ベスパーを襲ったの。なんで、両親を殺したのよ!」
ライラは、コウダイへの殺意を賢明に堪えながら、コウダイを睨み付ける。
「何故?理由はないですよ?別に、首都ブリテインでもよかった。ただね。あの美しい町並みが無惨にも崩壊するところが見たかったのと、平和で仲良く暮らしている呑気な人間共を、恐怖のどん底に陥れたら、さぞ楽しいだろうと思ったにすぎませんね」
コウダイは、自らが犯した犯行を悪いとは思っていないのだろうか。
まるで、旅行で楽しかった一時を話すように語っている。
あまりに屈託のないコウダイに、一同は一瞬怒りすら忘れかけていた。
「貴様・・・。自分が何を語っているのかわかっておるのか?」
リスタは、コウダイの態度に多少呆れ顔を見せる。
「何か悪い事でも?これは、あなた達が悪いのですよ?」
コウダイは、一行を指さす。
「は?俺達が悪い?意味がわからんが」
いきなり、場違いな指摘をされて、ココネは首を傾げる。
「そう。あなた達『人間』がね!」
コウダイは、そう答えると、コウダイの表情は怒りの形相へと変貌した。
「くっ・・・」
一行は、コウダイからの攻撃を警戒して身構えた。
しかし、今のところコウダイは攻撃を仕掛ける素振りは見せてはいなかった。
「人間が悪い?どういう意味かしら?」
ライラは、コウダイが言おうとしている真相がわからなかった。
「くっくっくっ・・・。いいでしょう。どうせ、あなた達は、ここ『桃源郷』で死ぬ運命です。冥土の土産に話して差し上げましょう」
コウダイの発言に、全員が震撼とした。コウダイは、古代竜を操って殺害する意思があるのだと。
コウダイは、その様子を見ると、不気味な笑みを浮かべていた。
「私はね。人間が憎いのですよ・・・」



 時を遡る事20年ほど。
コウダイは、ムーングロウにあるライキューム研究所にいた。
まだ幼いコウダイ。
コウダイは、孤児だった。
幼いうちに、両親は事故で他界し、まだ乳飲み子だったコウダイは、トリンシックにある孤児施設へと預けられていた。
そして、言葉を覚え5歳を迎えた時だった。
その頃、ライキューム研究所では、孤児の迎え入れと教育にも力を入れていた。
コウダイがいた孤児施設は、その時すでに満杯に近くなっており、ライキューム研究所が手を差し伸べた事により、コウダイはここにやってくる事となった。
 しかし、コウダイは不満を抱えていた。
トリンシックにある孤児施設には、友達が沢山いたのだ。
それを、無理矢理引き裂かれた形となってしまった。
ライキューム研究所へ送られたコウダイ。
無論、そこには友達達はいなかった。
研究所の先生は、そのようなコウダイを、何とか皆の輪に入るように努力をしていた。
すると、他の子供達が、コウダイを取り囲み、一緒に遊ぶように提案をしていた。
まだ子供のコウダイ。
すぐに、周りの事も達に順応して、和気藹々とした時間を過ごす事になる。

 このようにして、コウダイは、ライキューム研究所での生活に馴染んで行く事となる。
優しい先生達。愉快な仲間達。
それは、コウダイがトリンシックにいたことを忘れさせるほどの楽しい時間だった。
時には悪戯をして、先生にこっぴどく怒られたり。時には、子供達と喧嘩をして殴り合いになったりなど。
その様な当たり前の経験をしながら、月日は流れていった。
 そして、コウダイが7歳になった時だった。
コウダイは、ライキューム研究所の図書館にいた。
図書室には、数名の大人達がいて、聞き慣れぬ言葉を発していた。
無論、それが魔法の言葉などとは知る由もない。
 ライキューム研究所の孤児施設は、別に魔法を教えるための施設ではない。
従って、子供達の魔法の資質を調べたり、魔法の教育を行ったりしている訳ではなかったのだ。
コウダイは、昔からこの施設の目的が気になっていた。
そして、話を聞いた事もあるのだが、魔法を使うなどという説明を受けても、いまいち理解が出来ないでいた。
 そして、コウダイは魔法という物に興味を持ち、しばしば図書室で大人達を観察していたのだ。
コウダイは、大人の横にちょこんと座ると、その様子をまじまじと観察していた。
大人達は、子供であるコウダイの興味気な視線に苦笑いを浮かべるも、熱心に勉強に取り組んでいた。
「イン・ロア・・・。よし、この位なら問題ないな」
大人は、コウダイの横で、発声の確認をしていた。
「ねぇ。イン・ロアって何?」
コウダイは、屈託のない笑顔を浮かべると、大人に尋ねる。
「な・・・っ!坊や!お前、今の発音が出来るのか!?」
大人は、突然コウダイが発した発音に驚きを隠せないでいた。
「え?何?僕、変な事言った?」
コウダイは、驚く大人に無邪気に笑いかける。
 無理もない。
魔法の発声は、ある程度資質がない人間にしか出来ないからだった。
資質が無かったとしても、ある程度の練習により魔法の発声は可能だ。
しかし、コウダイは、何の練習や知識もない状態で、魔法の発声をしてのけたのだ。
無論、コウダイは、今自分が発声した言葉が、魔法と繋がるなど知りもしなかった。
「そうか・・・。なら、この言葉を真似てご覧?ウァス・サンクトゥ。言えるかい?」
大人は、驚きながらも、魔法の発声をコウダイに促していた。
「アス・サンクト」
コウダイは、何が起きているかもわからずに、大人の指示に従い発声を試みる。
しかし、この発声は無理なようだった。
「・・・。第2サークルは無理か・・・。第1サークルまでかな・・・」
大人は腕を組む。
「ねぇ。今のは出来た?」
コウダイは、自分が発声した言葉の成果を誉めて貰いたく、大人に滲みよる。
「あ・・・。あぁ。坊やには難しかったかな。ちょっと、駄目だったみたいだよ?」
大人は、コウダイが第1サークルの魔法の発声を成功した事に驚いているようだったが、第2サークルの詠唱が出来ない事に、胸をなで下ろしていた。
無論。自分が猛練習を重ねて、ようやく第2サークルの発音が出来たのだ。それを、あっさりと子供に抜かれたくなかったからに他ならない。
「でもね?坊や。よくお聞き?君は、魔法が使えるかもしれない。この事を、孤児院の先生に話してご覧?」
大人は、子供への嫉妬もよくないと思ったのか、コウダイの資質を確認させるべく、先生へ話す事を促していた。
「うん!わかった!僕、魔法使いになれるの?」
この時のコウダイには、魔法使いとは何かなど、知る由もなかった。
「ははは。それは、坊や次第だ。さ、私も勉強が忙しい。先生に確認してご覧?」
大人は、優しい目でコウダイを見つめると、再び魔法の練習へと没頭していった。

 コウダイは、大人の言葉を聞くと、一目散に先生の所へ向かっていった。
「ねぇ!エレン先生!イン・ロアってわかる?魔法の言葉なんだってよ!?」
駆け込んできたコウダイは、一人の女性に魔法の言葉を放つ。
エレンと呼ばれた女性は、ライキューム研究所で働く職員だった。
魔法を得意としながらも、孤児院での職務を果たしていた。
性格は明るいが、子供達への教育は、愛と厳しさを使い分ける人物だった。
短髪の黒い髪で、いつ汚れても構わないような割烹着に身を包んでいた。
「な・・・!」
驚きを隠せないエレン。
「ねぇ。コウダイ。もう一度発声・・・。いえ、言ってみて?」
突然の事態に、エレンは落ち着いて対応する。
「うん。イン・ロアでしょ?でも、これって何の意味があるの?」
コウダイは、自身が魔法の発声をしているとは理解できず、首を傾げていた。
「・・・。それはね。暗闇でも目が見えるようになる、魔法の言葉なの。よく、発声出来たわね」
エレンは驚きを隠しながら、コウダイへ優しく説明する。
「そうなの?だったら、夜でも、安心してムーングロウの街へ行けるね!」
コウダイは、屈託の無い笑みを浮かべると、エレンに抱きついていた。
「・・・ねぇ。コウダイ。あなたは、魔法が使えるかもね。どう?少し勉強をしてみる?」
エレンは、コウダイの資質を探るべく、魔法の勉強を促していた。
「うん!僕、魔法使いになりたい!どうやったら、勉強出来るの?」
コウダイは、目を輝かしながらエレンに視線を送る。
「そう、急がないの。明日にでも、先生を紹介してあげるから、ちょっと待ってね」
目を輝かすコウダイに苦笑すると、エレンはコウダイを窘める。
「ねぇ。僕、夜なら目が見えるんでしょ?だったら、エレン先生を今夜ムーングロウの街まで連れて行ってあげる!いつもは、ランタンなんでしょ。街までの買い物なら、僕に任せてよ!もう、日が暮れるよ?僕を使ってよ!」
コウダイは、魔法の知識が無い故に、既に魔法が使えると思い込んでいるようだ。
それと、コウダイはエレンに対して、特別な思い入れがあるようにも見えた。
「あはは。ありがとう。でもね?先生には、ムーングロウでの街で、大事な事があるの。ランタンで大丈夫だから、安心してね?」
エレンは、興奮するコウダイの頭を優しく撫でると、コウダイの頬に唇を送っていた。
「ちぇっ!なんだよ。僕も、早く魔法を使ってみたいのに・・・」
コウダイは、すぐ魔法が使えない事に不満を述べていた。
「魔法はね。言葉を発するだけでは駄目なの。秘薬とかが必要になるからね。まぁ、明日先生を紹介するから、今日は戻りなさい?」
エレンは、不満そうにしているコウダイを宥めていた。
「わかったよ。じゃ、エレン先生。約束だよ?明日から、魔法の勉強をさせてくれるんだよね?」
コウダイは、名残惜しそうにエレンの元を離れる。
「はいはい。約束するから。今日は、部屋に戻りなさい?」
エレンは、優しい笑みを浮かべると、コウダイに部屋へ戻るよう促していた。
「・・・わかった」
コウダイは、一度エレンにしがみつくと、その場を後にする。
それを、見送るエレン。
「まさか、あの子に・・・ねぇ?」
エレンは、宿舎に帰るコウダイの背を見送りながら、改めて感嘆を漏らしていた。

 翌日。
コウダイは、エレンに呼ばれ、図書室へと足を運ぶ。
すると、そこには一人の男性がいた。
「紹介するわね。この人は、ダリウス。ダリウス・ワイズ先生。このライキューム研究所の権威でもある人」
エレンは、ダリウスをコウダイに紹介する。
「権威だなんて、止めてくれたまえ。エレン君。初めまして。ダリウスだ。今日から、君の講師を務めさせて頂くよ?」
ダリウスは、コウダイに握手を求める。
「初めまして!ダリウス先生!宜しくお願いします!」
コウダイは、嬉々としてダリウスの握手に応じていた。
「ほほっ!やる気満々だね。こちらも、嬉しいよ。君のような、才能のある子を手がけられるとはね」
コウダイの意欲に、ダリウスは満面の笑みを浮かべていた。
「先生!僕、魔法使いになりたいんだ!どうすれば、ダリウス先生のようになれるの!?」
コウダイの瞳は、ダリウスに釘付けになっていた。
「やる気満々なようだね。でも、お聞き?魔法使いへの道のりは険しい。そして、誰しもが魔法使いに慣れる訳じゃない。わかるかね?」
ダリウスは、興奮するコウダイを窘める。
「うん!僕、頑張る!」
コウダイは、真摯な瞳でダリウスを見つめていた。
「はは。これは、参ったね。では、早速教鞭といこうか」
ダリウスは苦笑すると、早速授業を開始した。
 ダリウスは、魔法の基礎から教え込んで行く。
コウダイは、食い入るようにダリウスの教鞭に没頭していった。
 ダリウスの教鞭は、お世辞にも優しいものではなかった。
今まで教えた事に対して、コウダイが答えられないと、それに対してダリウスは二度と教える事は無かった。
わからないのであれば、もう一度復習し、コウダイが答えられるまで、教鞭が先に進まない事も多々あった。

 その様なやり取りが、1年ほど続いたある日。
コウダイは8歳を迎えていた。
この辺りから、コウダイを取り巻く環境は変わり始めていた。
「なぁ。コウダイ。今日は、何をして遊ぶ?」
孤児院の仲間が、コウダイに遊びを持ちかけていた。
「あぁ。ゴメンな。今日も、ダリウス先生の所へ行かなくちゃ」
コウダイは、申し訳なさそうに、仲間へ詫びを入れていた。
「何だよ。また、魔法かよ。気持ち悪ぃな」
仲間はそう言うと、他の仲間を誘い、外に出ていってしまった。
「仕方ないよな・・・」
コウダイは、そう呟くと、再びダリウスの元へと足を運んでいた。
 コウダイは、暗い面もちでダリウスの元へ向かった。
「よく来たね。では、今日も始めようか」
ダリウスは、コウダイを迎え入れる。
教室には、他にも数名の人物がいて、ダリウスの教鞭を待っているようだった。
人数は数人だが、老弱男女様々なようだ。
しかし、ダリウスはコウダイの様子に気が付いていた。
「コウダイ。どうしたね?」
ダリウスは、コウダイに声を掛ける。
「いや・・・。気にしないでください。先生」
コウダイは、伏し目がちに答える。
「ふむ・・・。君も、友達と遊びたい盛りだろう。いいのだぞ?無理して、毎日講義に出なくても?」
ダリウスは、コウダイの心境を読みとると、無理に講義に出ないよう示唆する。
「いいんです。私と、彼らは違うのですから」
コウダイは、この辺りから、友人達と自分の格差を意識し始めていた。
魔法へ対しての意欲を見せる自分と、孤児院という囲いに守られて、好き放題している友人達。
コウダイは、自分の存在意義を確認し始めていた。
「ふむ・・・。そうかね。では、教鞭を始めさせて頂こう」
ダリウスは、コウダイに対して多少の危惧を感じ始めていた。
魔法に対して、どん欲なまでの意欲を見せるコウダイ。
しかし、コウダイは知識すら吸収していく物の、魔法の資質が殆ど無い事に気が付いていた。
こればかりは、ダリウスもどうしようもなかった。
出来るだけの努力はするが、魔法の資質は、人それぞれだった。
果たして、コウダイの魔法の力をどれだけ伸ばせるのか。
そして、その限界を知ったコウダイは、どのような思いをするのか。
それだけが、ダリウスには気がかりだった。

 そして、その数日後。
ダリウスは、コウダイを呼びつけた。
「なんでしょう?ダリウス先生?」
コウダイは、不安とも期待とも言えぬ雰囲気で、ダリウスを見つめている。
「君を呼んだのは、他でもない。そろそろ、君にも実戦が必要だと思ってね」
ダリウスは、表現のし難い笑みを浮かべると、コウダイに魔法の実戦をする事を促していた。
「実戦!?では、私は魔法を使ってもよいのですね!」
ダリウスの言葉に、コウダイは狂喜乱舞する。
「ははは。その通りだ。では、私が今まで教えた事を思い出し、第1サークルの魔法を使ってみなさい」
ダリウスは、コウダイに魔法を使う許可をした。
 このライキューム研究所内では、誰が何の魔法を使用するのに制限はなかった。
しかし、ダリウスの元に管理されている人物や生徒達は、ダリウスの許可無く魔法を使用する事は禁じられていた。
ダリウスは、コウダイに対して、ようやく魔法の使用を許可した次第になる。
「へへっ!ようやく、魔法が使えるなんて・・・」
コウダイは、嬉々としながら魔法の準備を始める。
魔法の巻物を懐に入れ。秘薬を握りしめ。そして、詠唱を始めた。
「イン・ロア!」
コウダイが詠唱したその時だった。
握りしめていた秘薬が煙となった瞬間、コウダイの視界は、明るいものとなった。
「お・・・。おぉっ!」
コウダイは、感嘆の声を上げる。
コウダイの視界は明るくなり、日中であるにもかかわらず、全てが鮮明に見えるようになっていた。
「成功したようだね」
ダリウスは、満足げな笑みでコウダイを見つめていた。
「はい!初めて、魔法を使いました!」
コウダイは、初めて成功した魔法に、興奮を隠しきれないでいた。
しかし、ダリウスは試練をコウダイへ投げかける。
「では、第2サークルである、ウァス・ウィズ。これは、どうかな?」
ダリウスは、コウダイの能力で危惧していた、次のサークルの魔法の発動を促す。
コウダイは、言われるがままに、魔法の発動を試みる。
「アス・ウジュ!」
発声を真似てみるも、コウダイに発声は出来なかった。
その後、何度も繰り返すが、詠唱に至る事はなかった。
「なんで・・・」
コウダイは、現実を目の当たりにすると、困惑を隠しきれないでいた。
「ふむ。やはり、君は第1サークル止まりなようだね」
ダリウスは、コウダイの力量を確認すると、腕を組んだ。
「先生!こんなことって・・・!」
コウダイは、納得がいかないように、ダリウスへ抗議する。
「ふむ。納得がいかないのも無理はない。だがね、今まで、私が教鞭した内容を思い出して欲しい。魔法の資質には、個人差がある。こればかりは、努力ではどうしようもないのだよ。残念だが、君は魔法こそ使える物の、第1サークルが限界なようだね」
ダリウスは、冷静な判断をすると、コウダイへ現実を伝えていた。
「そんな・・・」
コウダイは、現実を受け入れられないとでも言うように、首を振っていた。
「落ち込む事はない。魔法を使う者は、必ず通過する道だ。だから、今自分が出来る限りの努力をするのだ」
落ち込むコウダイを、ダリウスは宥めていた。
「今出来る事・・・」
コウダイは、ダリウスの言葉を真摯に受け止めていた。
「そう。大事なのは、上を目指す事ではない。今、自分の力量で、どれだけの事が出来るのかが大事なのだよ」
ダリウスは、優しい目でコウダイを見つめていた。
この時コウダイは、ダリウスの言葉がとても暖かく感じていた。
今が大事。
その言葉が、挫折し掛けていたコウダイの心に、強く揺さぶりを掛けていたのだ。
「・・・。わかりました。ありがとう、ダリウス先生。僕、もっと努力をする。無理かもしれないけど、第2サークルまでの詠唱が出来るようにするね!そして、今できる第1サークルでも、何が出来るか、考える事にするよ!」
コウダイは、ダリウスに語りかける。
「その調子だ。日々、精進し続けなさい」
ダリウスは、コウダイの様子を見ると、胸をなで下ろしていた。
コウダイが、自暴自棄になってしまうのを恐れていたからだ。

 コウダイは、ダリウスの元から離れると、自室へと足を運んでいた。
そして、部屋に戻ると、今自分が出来る事を考え始めていた。
第1サークルの魔法だけでは、出来る事は限られている。
それでも、コウダイは悩んでいた。
すると、1年前の事を思い出していた。
エレンの事だった。
エレンは、今でも夜遅くに、ムーングロウの街へと足を運んでいる。
ランタンを使用するのもいいが、ランタンを使用せずに、自分がエレンの手を引いて行く事を思いついたのだ。
無論、エレンは魔法が使える故に、暗視の魔法が使えていた。しかし、エレンはそれをしてしまうと、魔法使い故の偏見を受けてしまうが故に、魔法の使用は控えていたのだ。
しかし、子供のコウダイには、そこまでの考えは思いつかなかった。
今思っているのは、エレンから誉められる事しかなかった。
 時刻は、夕暮れを過ぎていた。
エレンは、今夜も夜のムーングロウの街へ足を運ぶだろう。
コウダイは、エレンが出発する前に、エレンの元へと足を運んでいた。

「エレン先生!」
コウダイは、エレンの元へ近寄ると、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「あら、コウダイじゃない。どうしたの?」
突然現れたコウダイに、エレンは優しい笑みを浮かべていた。
「ねぇ先生!僕、ついに魔法を使ったんだよ?夜でも目が見える魔法さ!」
コウダイは、胸を張り自慢していた。
「へぇ!凄いじゃない!これで、コウダイも魔法使いの仲間入りね!」
エレンは、コウダイの報告を聞くと、嬉しそうな声を上げた。
「うん!でね?今夜も、先生はムーングロウの街へ行くんだろ?僕が、手を引いていってあげるから、今夜はランタン無しで行こうよ!」
コウダイは、エレンがどれだけ驚くかを期待しながら提案をしていた。
「え?えぇ・・・。それは、嬉しいけど・・・」
エレンは、コウダイの提案を受け、戸惑いを見せていた。
「ほら!もう出かけるんでしょ?見えなくても、大丈夫!僕が連れて行ってあげるから!」
コウダイは、エレンが戸惑いを見せるのも気にせずに、エレンの手を引っ張っていた。
「そ・・・そうね。じゃ、街までのエスコートをお願いしちゃおうかしら?」
エレンは、コウダイの真摯な瞳に負けたかのように、コウダイの同行を許可していた。
「ほんと!?じゃ、早速行こうよ!」
コウダイは、エレンの手を引っ張る。
「もう!少し待って。大人には、準備ってものが必要なの。少し待っていてね?」
エレンはそう言うと、自室に戻ってしまう。
コウダイは、早くエレンが出てこないかと、いてもたってもいられなかった。
程なくして。
着替えたエレンが、コウダイの前に現れる。
短いスカートに、胸元を強調した服装に着替えたエレン。
「あれ?先生、着替えたんだ。それに、なんかいい匂いがする・・・」
コウダイは、普段教室にいるエレンとは違う雰囲気に、戸惑いを覚えていた。
「うふふ。ありがと。じゃ、コウダイ君?ムーングロウの街まで、エスコートをお願いね」
エレンはそう言うと、コウダイの手を取る。
「う・・・うん。じゃ、見てて?・・・イン・ロア!」
コウダイが魔法を詠唱すると、暗闇だった辺りが、コウダイの目には多少明るく見えていた。
コウダイの魔法力は弱い。しかし、魔法を使えない人間からすれば、闇夜の視界は雲泥の差があることだろう。
「こっち。手を放さないでね?」
コウダイは、エレンの手を握りしめると、嬉々としてライキューム研究所を後にした。
エレンは、無邪気なコウダイの様子を見て、苦笑しながら付いてゆく。
エレンにとって、コウダイは可愛い教え子なのだ。
「ほら。石があるよ。気を付けてね」
コウダイは、自分がエレンの手を引いている事に満足しているのか、足下を事細かに説明している。
「うふふ。コウダイは、白馬の王子様みたいね。私を、街まで案内してね?」
エレンは、無邪気なコウダイに手を引かれながら、教え子の成長に笑みを浮かべていた。
「勿論!ほら、もうすぐ街に着くよ!」
コウダイは、エレンの手の温もりを感じながら、ムーングロウの街へと導いていった。
 ライキューム研究所を出発する事、数十分。
コウダイ達は、無事にムーングロウの街へ到着した。
街の中に入ると、街の随所には明かりが灯され、視界に困る事はない。
「コウダイ。ありがとうね。でも、夜は遅いから、あなたはライキューム研究所へ戻りなさい?」
エレンは、コウダイに戻るように促していた。
「え~。帰りはどうするの?僕も一緒に行くよ」
コウダイは不満そうだ。
「いいの。私は、帰りが遅くなるから、あなたは帰って寝ていてね?」
渋るコウダイを、エレンは宥める。
「・・・わかった。心配だけど・・・」
コウダイは、既にエレンの目付役と思っているのだろう。
それでも、渋々と了解する事となる。
「じゃ、気を付けて帰るのよ?また、明日ね」
エレンは、そう言うと、夜のムーングロウの街へと消えていってしまった。
コウダイは、エレンに言われた通りに、ライキューム研究所へと足を運ぶ。
しかし、コウダイは、エレンがムーングロウの街で何をしているのかが気になって仕方がなかった。
コウダイは、立ち止まると、エレンの指示を無視して、再びムーングロウの街へと戻っていった。

 街に戻ると、エレンの姿はなかった。
コウダイは、エレンの姿を探す。
そして、暫く歩くと、街の中心にある生け垣のような場所でエレンを発見した。
エレンの傍らには、一人の男性がいて、エレンは仲睦まじげに男性と談笑していた。
「先・・・生・・・?」
コウダイは、エレンの現状を固唾を呑んで見守っていた。
暫くその様子を見守っていると、エレン達は生け垣から足を運ぶと、街の南西へ向かっていった。
コウダイは、エレンに見つからないように、その後を追う。
そして、エレン達は、学者の宿と書かれた宿へ姿を消してしまった。
コウダイは、その様子を見て、胸騒ぎを覚えていた。
たまらず、コウダイはエレン達が入ったであろう部屋の外へ足を運んでいた。
その窓から、中を窺うコウダイ。
窓には、カーテンが引かれていて、中の様子を窺う事は出来なかった。
しかし、僅かなすき間があり、コウダイはそのすき間に集中する。
すると、そこには男女の営みが展開されていた。
耳を澄ませば、あられもない声を上げるエレンがいた。
コウダイは、その様子を確認すると、見てはいけないものを見たかのように、すぐさまその場を後にする。
そして、少し離れた鉄作にもたれ掛かる。
「先生・・・」
まだ、幼いコウダイでも、今見た大人の世界は、何となく理解が出来た。
幼心ながらでも、エレンに恋心を抱いていたコウダイ。
しかし、その恋心は容赦なく打ち砕かれた事となる。
エレンは、自分の物ではない。
自分が、エレンに気に入られようとしてとった行動は何だったのか。
コウダイは、無意識のうちに涙を流していた。
コウダイは、鉄作にもたれながら嗚咽を上げていた。
その時だった。
「おい。坊や。こんな時間に、何をしている?」
話しかけたのは、衛兵だった。
こんな深夜に、子供が泣いているのを不審に思ったのだろう。衛兵は、優しくコウダイに接していた。
しかし、コウダイはそれすらも鬱陶しく思ったのだろう。思わず、声を荒げていた。
「うるさい!僕に近寄るな!お前なんか、海に飛び込んでしまえ!」
コウダイは手を振り上げると、衛兵に怒鳴り掛けていた。
と、その時だった。
衛兵は、ビクンと体を戦慄かせると、何も言わずに街の外へと足を運んでゆく。
「・・・?」
コウダイは、衛兵相手に言い過ぎて怒られるかと思ったが、衛兵の行動に疑念の視線を送っていた。
フラフラと、衛兵は街の外へと足を運ぶ。
コウダイは気になり、衛兵の後を追った。
すると、衛兵は崖っぷちまで足を運ぶと、何の躊躇いもなく崖下へと飛び込んでいった。
「な・・・っ!」
コウダイは、崖っぷちに駆け寄ると、思わず崖下を見下ろしていた。
すると、そこには、既に息絶えた衛兵が波に打たれているのを確認していた。
「まさか・・・。そんな・・・」
コウダイは、崖下で息絶えた衛兵を見つめていた。
「え・・・衛兵!大変だ!衛兵が飛び降りた!」
コウダイは、声を荒げると、近くにいた衛兵達を呼び寄せる。
程なくして、衛兵達がコウダイの元へと駆け寄って来ていた。
「これは・・・」
衛兵達は、同胞が崖下で息絶えているのを見守っていた。
「愚か者が・・・。足を滑らせて、滑落したか」
諦めの表情を浮かべる衛兵達。
「坊や。通報ありがとう。後は、我々が処理する。辛かったろう。でも、もう家に帰るんだぞ?」
衛兵は、コウダイの頭を撫でると、家に帰るよう促していた。
コウダイは、無言のままその場を後にする。
 コウダイの脳裏には、様々な思考が入り乱れてしまっていた。
エレンへの、切ない思いは打ち砕かれ。そして、目の前で起きた自殺とも取れる衛兵の行動。
幼いコウダイには、あまりに衝撃的な事が立て続けに襲いかかり、理解するのは困難を極めていた。
「先生・・・」
コウダイは、一人呟きながらライキューム研究所へと姿を消していった。

 翌日。
ダリウスの講義に、コウダイの姿はなかった。
先日のコウダイの様子から、自暴自棄になったとは思えないダリウス。
ダリウスは、不審に思い、講義が終わるとエレンの元へと足を運んでいた。
「エレン君。ちょっと、いいかね?」
ダリウスは、エレンを呼び止める。
「あら。ダリウス先生。どうかしました?」
教室の後かたづけをしていたエレンは、ダリウスを振り返る。
「実は、コウダイ君なのだが、講義に来なかったのだよ。何か、心当たりでもあるかね?」
ダリウスは、教室内を見渡すも、コウダイの姿は確認できなかった。
「ええ。実は、私も気になっていたの。今日は、この教室にも来ていないみたい」
エレンも、多少気にはなっているようだ。
しかし、生徒達が授業をさぼって、どこかに遊びに行ってしまう事はよくある。
今回も、その類だろうと思っていたのだ。
だが、ダリウスの講義となると話は別となる。
コウダイは、よほどの事情がない限り、ダリウスの講義に出席しない日はなかったのだ。
しかも、無断欠席など、今まで一度もした事はなかった。
「ふむ・・・。体調でも崩しているのか・・・。何か、心当たりでもあるかね?」
ダリウスは、エレンに問いかける。
「さぁ・・・。あ、でも昨日の夜、初めて暗視の魔法が使えたって言うので、ほぼ強引にランタン無しで、ムーングロウの街までエスコートされたわね」
先日を思い出すと、エレンは苦笑していた。
「ふむ・・・。確かに、昨日第1サークルの使用を許可したが・・・。夜風にでもあたって、風邪でも引いたのかね」
ダリウスは、腕を組む。
「直ぐに帰るよう促したから、どうかしら・・・」
エレンは、まさか恋人との営みを、コウダイに見られていたなどとは思ってもいない。
「私、ちょっとコウダイ君の部屋を見て来ますね。何かわかったら、そちらへ窺いますから」
「そうか。頼むよ?」
ダリウスは、首を傾げながらもその場を後にする。

 エレンは、手早く作業を終えると、コウダイの部屋へと足を運んだ。
「コウダイ?いるかしら?」
エレンは、扉をノックする。
しかし、中からの反応はない。
数度ノックするも、反応が無いため、エレンは扉を開けてみる事にする。
「コウダイ?入るわよ?」
扉を押すと、施錠はされてなく、扉は音もなく開いた。
「コウダイ?」
エレンは部屋の中に入ると、寝台で蹲ったままのコウダイを確認する。
「ちょ・・・っ!大丈夫!?具合でも悪いの!?」
エレンは、すかさずコウダイの元へと駆け寄った。
「先・・・生・・・」
コウダイは、うつろな眼差しでエレンを見つめていた。
エレンは、コウダイの額に触れると、熱を確認していた。
そして、腕を取り脈拍を確認する。
しかし、熱はなく、脈拍は多少早い程度だった。
 コウダイは、エレンを直視できなくなっていた。
大好きなエレン。普段であれば、エレンに抱きついて甘えていたことだろう。
しかし、今はそれが出来ないでいた。
それに、先日の衛兵の不可解な行動。
コウダイは、先日の夜から、エレンの事と、衛兵の事とが頭の中で交錯し、パニック状態になっていたのだ。
幼い子供の心にダメージを与えるには、十分すぎる程の出来事だった。
コウダイは、一睡も出来ぬまま、今の姿勢のまま過ごしていた。
「ねぇ・・・。コウダイ。何があったの?昨日、真っ直ぐ帰ったのよね?」
エレンは、コウダイを抱きしめながら問いかける。
それが、コウダイへの更なるダメージになるとは思いもしない。
「・・・ほっといて。御免なさい。授業さぼっちゃった。ダリウス先生にも、後で謝りに行くから・・・」
心が抜けてしまったかのように、コウダイは呆然としていた。
いつもの、無邪気なコウダイは、ここにはいなかった。
「・・・そう?本当に具合が悪いところはないのね?」
エレンは、コウダイに何があったのかが非常に気になったが、無理に聞き出すと、更にコウダイが引っ込んでしまう可能性を考えて、これ以上の追求はしなかった。
「うん。大丈夫・・・」
コウダイは、ポツリと答える。
「わかったわ。私は、これから夕食の準備をするから、晩ご飯は食べるのよ?」
エレンはそう言うと、部屋を後にしようとした。
 その時。
「・・・衛兵が、僕の目の前で死んだんだ。崖から飛び降りて・・・」
エレンの後ろ姿に、コウダイは呟く。
「え!?」
突然の、コウダイからの言葉に、エレンは驚いて振り返る。
「僕が、海に飛び込んじゃえって言ったら・・・。本当に・・・」
コウダイは、先日の出来事を説明していた。
「まさか、そんな事・・・。衛兵さんには可哀想だけど、不運な事故よ。偶然よ」
エレンは、コウダイが衛兵の死を目の当たりにしたことにより、コウダイが塞ぎ込んでいると認識していた。
「僕が、殺したんだよ。あんな事、言わなければ・・・」
コウダイはそう言うと、大粒の涙を流していた。
エレンは、コウダイの元へ戻ると、優しくコウダイを抱きしめていた。
「コウダイは、優しい子ね。大丈夫よ。そんな子が人を殺すなんて出来ないわ?」
コウダイの頭を優しく撫でるエレン。
「でも・・・」
コウダイは、先日の内容が脳裏に焼き付いてしまい、なかなか振り払う事は出来なかった。
「でも、なんで衛兵さんにそんな乱暴な事を言ったの?怒られちゃうわよ?」
普段は無邪気で優しいコウダイ。なぜ、コウダイがその様な発言をしたのかを不思議に思っていた。
「それは・・・っ!」
まさか、エレンの成り行きを見て、感情が高ぶっていたなどとは言えない。
コウダイは、沈黙するしかなかった。
「いいのよ。ともかく、見たくないものを見ちゃったのね。衛兵さんには、気の毒だけどね・・・」
見たくないものを見た。これは、エレン自身の事をも指すのだが、さすがにコウダイはそれを言う事は出来なかった。
「うん・・・」
コウダイは、エレンの温もりを感じると、徐々に落ち着きを取り戻していった。
冷静に考えれば、死ねと言われて、素直に死ぬ人間などいるはずがない。
衛兵の死は偶然だったのだろうと、少しずつ思い始めていた。
「落ち着いた?」
エレンは、腕の中で身を強ばらせていたコウダイが、徐々に力が抜けていくのを確認していた。
「うん。御免なさい・・・」
コウダイは、エレンに身をまかせていた。
「さ。私は、夕食の準備をするから、落ち着いたら食堂に来るのよ?」
エレンは、コウダイの涙の跡を優しく拭き取る。
「わかった。ありがとう、エレン先生」
コウダイはそう言うと、少しだけ笑みを浮かべていた。
エレンは、それを見てホッとしているようだ。
「じゃ、また後でね?」
エレンはそう言うと、コウダイの部屋を後にする。
コウダイは、複雑な心境で、エレンを見送るしかなかった。

 エレンは、夕食の準備前に、ダリウスの元を尋ねていた。
「おぉ。コウダイ君は、大丈夫かね」
ダリウスは、エレンを迎え入れる。
「それがですね・・・」
エレンは、コウダイの身に何が起きたかを説明した。
「なるほど・・・。そんなことが・・・」
ダリウスは腕を組む。
「偶然なんでしょうけど、あの子にはかなりのショックだったみたいね。まぁ、私達大人だって、目の前で人が死んだりしたら驚くものね」
エレンは、コウダイの心中を察すると、難しい顔をしていた。
すると、ダリウスは何かを考えているようだった。
「ダリウス先生?」
エレンは、ダリウスに問いかける。
「ああ。すまないね。事情はわかった。私も、コウダイ君の様子を気遣うようにしよう」
ダリウスはそう言うと、その場を後にする。

 ダリウスは、一人図書室へと向かっていた。
ダリウスが気になったのは、コウダイが衛兵に対して海に飛び込めと言い、衛兵は直後に海に飛び込んだという点だ。
ダリウスは、先日コウダイへ魔法の使用許可を行っている。
もしかしたら、魔法との因果関係があるのかもしれないと思っていたのだ。
しかし、今まで魔法を使ったり、魔法の影響で人を指示して操るなど聞いた事もなかった。
ダリウスは、偶然の出来事とも思いながら、取り敢えず調べてみる事にしたのだ。
 大量の書物を読みふけること数刻。
やはり、魔法の影響ではない事を確認していた。
恐らく、偶然なのだろう。衛兵は、何かしらの理由で崖っぷちに立ち、足を滑らせるとか、崖にある何かを取ろうとして、滑落死してしまったのだろう。
コウダイは、まだ子供だ。コウダイの発言にも、衛兵はたいして気にしていなかったのかもしれない。

 その時だった。
ダリウスは、人の気配に気が付き顔を上げた。
そこには、コウダイが申し訳なさそうに立っていた。
「おお。コウダイ君。話は聞いたよ。嫌なものを見てしまったみたいだね」
ダリウスは、コウダイを気遣うと、椅子に座るよう促す。
「ダリウス先生。御免なさい。講義を無断欠席してしまいました」
コウダイは、頭を下げる。
「気にしなくてもいいんだよ。出席は義務じゃないしな。それより、落ち着いたかね?晩ご飯はすませたのかね?」
ダリウスは、コウダイを気遣っていた。
「大丈夫です。食事はすませました。少し落ち着いたので、明日からはまた教鞭をお願いします」
コウダイは、自身が復活した旨をダリウスに示していた。
「いいのかね?完全に落ち着くまで、休んでいても構わないのだよ?友達とも、遊びたいのではないかね?」
直ぐに復帰しようとするコウダイを、ダリウスは宥めていた。
「いえ・・・。大丈夫です。明日からも、よろしくお願いします」
コウダイは、何か決意したかのように答えていた。
「そうかね・・・。まぁ、コウダイ君の意思に任せよう。好きにしなさい」
ダリウスは、コウダイの様子を見ると、好きにさせるしかないと判断していた。
「わかりました。では、先生。お休みなさい」
コウダイは、ダリウスに挨拶をすると、自室へと戻っていった。
ダリウスは、その様子を見て、コウダイが普段通りに戻る日も、そう遠くないと感じているようだった。

 コウダイは、覚悟を決めていた。
自分が、こんなに弱気になるのも、己の意志や根性が弱いからだと。
ならば、もっと魔法の勉強に励んで、己を磨こうと思ったのだ。
無論、自分はこれ以上の魔法が使えない事はわかっている。
しかし、ダリウスの言葉が励みになり、今出来る事を一生懸命になろうとしていた。
エレンの事も、かなりの衝撃的な事実だったが、これ以上深く考えない事にする。
しかし、この決断がコウダイの運命を、大きく左右する事になるとは、本人も気が付いていなかった。

 それからというもの。
コウダイは、昼の授業を終えると、午後はダリウスの講義を受けるという毎日を続けていた。
その様な生活を、数ヶ月行ってた頃、コウダイは思いもしない目に遭う事となった。
「よう、コウダイ。また勉強の毎日か?なぁ、久しぶりに俺達と遊ばないか?」
一人の孤児院の仲間が、コウダイに話しかけてくる。
「あ、今日もダリウス先生の講義があるから・・・」
コウダイは、仲間の誘いに難色を示していた。
「たまには、いいだろうよ。ほら、これ見て見ろよ。緑の棘っていうんだけど、これをムーングロウの南にある畑に埋めると、地面の中に住んでいる珍しいウサギが出てくるっていうんだ。お前も、見てみたくないか?」
仲間はそう言うと、緑の棘を自慢げにコウダイの前に差し出していた。
「楽しそうだけど、でも・・・」
コウダイは、早くダリウスの元に行く事しか頭になかった。
「なんだよ!折角誘ってやってんのによ!俺達より、あんな気色悪い魔法野郎の方がいいのかよ」
この言葉に、コウダイも頭に血が上っていた。
「ダリウス先生の事を、悪く言うな!」
コウダイは、思わず目の前にいる仲間を突き飛ばしていた。
「なんだ?やんのか?この勉強ひよっこ野郎が!」
取っ組み合いをする2人。しかし、他の仲間も加勢して、コウダイは袋叩きに遭う事になる。
こうなると、コウダイに勝ち目はなかった。
コウダイを気の済むまで攻撃すると、仲間達は去ってゆく。
「行こうぜ。こんな奴、相手にするだけ時間の無駄だ!ほら、緑の棘が欲しい奴は俺に付いてきな!」
地面に蹲るコウダイ。しかし、コウダイは勉強道具だけは守らなくてはと、それだけは手放さなかった。

 それからは、コウダイにとって孤児院は、徐々に安息の場ではなくなってゆく。
コウダイがライキューム研究所内を歩いていると、いきなり石や生卵などを投げつける孤児が現れ始めたのだ。
「何するんだ!」
コウダイは、相手を追いかけるも巧みに逃げられてしまう。
先日、コウダイが誘いを断り、喧嘩になったのが引き金になったのだろう。
コウダイへの嫌がらせは、日々エスカレートしていった。
何かを投げつけられるのは当たり前になり、そして、それは巧妙だった。
子供達は、大人にばれぬよう、コウダイへの虐めを行う。
そして、コウダイはその事実をどの大人にも伝える事はしなかった。
大人に頼れば、自分の負けになってしまう。もっと、精神的に強くならなければ。
コウダイは、その一心で子供達からの攻撃を耐えていた。
既に、彼らは仲間と呼べる存在では無くなっていた。
事実上、コウダイの周りに仲間はいなくなっていった。
 虐めは、更にエスカレートし、コウダイの部屋に忍び込んだ子供が、コウダイの勉強道具を持ち出して焼き払うなどのこともする。
それでも、コウダイは耐えた。
子供達は利口だった。既に、コウダイに対しての肉体的な攻撃は殆どしなくなっていた。
それは、コウダイが傷だらけになれば、自分たちの虐めが発覚するからだった。
無慈悲な子供達は、ジワリジワリとコウダイを精神的に追いつめていった。
それすらも、コウダイはジッと耐えている。
「おい!コウダイ!魔法なんか使いやがって!お前は、人間のクズ以下だな!」
「あ~、キモいキモい。うわ!臭っ!お前、湯浴みをしているのか?こりゃ、動く生ゴミだな!」
「おい!気持ち悪い魔法使いがいるぞ!皆で退治しようぜ!」
「おい!お前何でコウダイと一緒にいるんだよ。お前も腐っちまうぞ。ほら、こっちに来いよ!」
「あ~。今日も、コウダイは、あのキモいジジイの所に行っているようであります!ライキューム研究所は、魔法使いに占拠されてしまうのでありましょうか!」
「ほら、魔法を使えるんだろ?やり返してみろ!あはははっ!」
子供達からの、容赦ない攻撃は止むことなく、コウダイの精神力を日々削り取ってゆく。
そして、それをコウダイは耐え抜いていた。
エレンやダリウス達には、決してその事実を明かす事はなかったのだ。

 しかし、それが仇となった。
心の中では、いつかは助けてくれるだろうと思っていたコウダイ。
直に助けは求める事はしなかったものの、精神的な後ろ盾にしていたエレン。
それはある日、突然失われる事となる。
ある日の朝だった。
教室の前に立つエレンは、皆に衝撃的な発言をする。
「おはよう。みんな。突然だけど、私がみんなの勉強を教えるのは今日まで」
エレンは、教壇に立つと皆を見渡していた。
「え?どういう・・・事?」
コウダイは、エレンの発言の核心を求めていた。
「・・・。私は、結婚したの。そして、この子も・・・、いるからね」
エレンはそう言うと、お腹をさする。
その瞬間、コウダイの体に稲妻が走るような衝撃を覚えていた。
「いままで、みんなありがとう。楽しかったわ?」
エレンは、皆にお礼を述べる。
しかし、コウダイの耳にはエレンの言葉は届いていなかった。
ただ、呆然と事の成り行きを見守るしかなかったのだ。
 エレンは、コウダイの気持ちに気が付いていた。
コウダイが、自分にたいしての気持ちは理解していた。
しかし、こればかりはどうしようもない。
エレンは、前から恋人がおり、幼いコウダイの気持ちを理解しつつも、大人の世界を歩むしか無かったのだ。
茫然自失になるコウダイを理解しつつも、エレンは話を進めるしかなかった。

 その後。
コウダイは、エレンがいなくなったライキューム研究所で、相変わらず虐めに耐え抜いていた。
しかし、心の後ろ盾を失ったコウダイは、徐々に虐めに耐えきれなくなってしまっていた。
「やい。この気持ち悪い魔法使い!やれるもんなら、やってみな!」
「生卵なら、大丈夫だろ。ほら、喰らえ!」
無抵抗のコウダイに、子供達は容赦のない攻撃を浴びせ続けていた。
それに耐えながら、コウダイは考えていた。
自分は、何のために産まれ、なんの為に生きているのだろう。
生卵の直撃を受けながら、コウダイはエレンの事を考えていた。
幼い恋心を、エレンに感じていたコウダイ。
しかし、それは、はかなくもうち砕かれていた。
エレンは、自分の気持ちに気が付いていてくれたはずだ。
なら、何故・・・。
 そして、今自分を攻撃している子供達の事も考える。
最初、このライキューム研究所へ来た時は、皆で仲良くする事が出来た。
しかし、今はそれはなく、全員が敵に回ってしまっていた。
自分は、自分のやりたい事をしたかっただけ。
自分から、相手に攻撃や嫌がらせなどをしたこともない。
それなのに、自分は虐めの対象になってしまっている。
コウダイは、思い悩む。
自分は、何か悪い事でもしたのかと。
・・・否。
悪い事などしていない。
エレンへの、一方的な恋心も理解しているし、孤児達への悪意や敵意も無かった。
「ほら。反撃してみろよ!この、魔法使いが!」
子供が、コウダイに生卵を叩き付けたその時だった。
「うわあぁぁぁぁぁっ!」
コウダイは、発狂すると無我夢中で相手に殴りかかっていった。
思わぬ反撃を受けた相手。
よろめくと、コウダイの拳を顔面に浴びる事となった。
しかし、周りの子供達がそれを許さない。
コウダイを皆で羽交い締めにすると、容赦のない攻撃を加えていた。
「生意気なんだよ!魔法使いの分際で!ゴミが!お前は、ここから出ていけ!」
顔面や腹を、子供達の拳が襲いかかる。
「ほら。やり返せるなら、やってみろよ!」
徒党を組んだ子供達は、容赦のない暴力をコウダイに浴びせる。
その時だった。
「やってみろ?くくっ!喰らえ!イン・ポア・イリェエム!」
コウダイは、もみくちゃになりながらも、何とか秘薬を掴み詠唱をすると、掌に現れた光の矢を、目の前にいる子供の顔面に叩き付けた。
「ぎゃああぁぁぁっ!」
子供は、両手で顔面を押さえると、その場に蹲る。
すると、コウダイを取り囲んでいた子供達は騒然となった。
コウダイの魔法攻撃を受けた子供は、血を滴らせながら蹲っていた。
みると、コウダイが放った光の矢は、子供の右目を貫いており、多量の血を流していた。
その様子を子供達は確認すると、騒然となった。
「た・・・大変だ!魔法使いのコウダイにやられた!」
子供達は、蹲る仲間を見捨てると、蜘蛛の子を散らすように四散してゆく。
コウダイの前には、血を流しながら蹲る子供しかいなくなってしまっていた。
コウダイは、呆然とその様子を見ているしかなかった。
しかし、暫くすると、コウダイの心の中には優越感が広まっていった。
これは、天誅なのだと。
自分は、悪い事をしている子供達にたいして、天誅を下したのだと。
自分は、悪い事などなにもしていない。これは、裁きなのだという錯覚を覚えていた。

 暫くすると、先生達が駆け寄って来る。
「これは・・・。非道い!早く治療しなければ!」
先生は、秘薬を取り出すと、光の矢が刺さった子供に、素早く魔法治療を行う。
程なくして、光の矢は消え去り、治療は終わったようだ。
「大丈夫か!目は、見えるか!?」
先生は、子供の様子を伺う。
「・・・。右目が殆ど見えない。・・・コウダイにやられたんだよぅ・・・」
子供はそう言うと、先生にしがみつき号泣していた。
「・・・。コウダイ。お前は、このライキューム研究所で、一番やってはいけないことをしたな。覚悟しておけよ・・・!」
先生は、コウダイを睨み付けると、子供を救護室へと運んでゆく。
 その時。コウダイは我に返る。
先生の言う通り、自分は忌諱ともいえる行動を取ってしまったのだと。
ここ、ライキューム研究所内では、ダリウスの許可があれば魔法の使用は出来るが、無論、それは人に危害を及ぼさないのが前提だ。
これは、ダリウスの師弟関係になった時点で、最初から教えられていた事だった。
しかし、コウダイは、その掟を破ってしまった。
コウダイは震える。この後、ダリウスからどのような処罰が待っているのだろう。
しかし、コウダイは考える。
自分は、本当に間違った行動をしたのだろうか。
確かに、相手の目を奪ったのはやり過ぎかもしれない。
でも、反撃をしなければ、いつかは自分は虐め殺されてしまったのではないだろうか。
コウダイは、ダリウスの戒めにも疑問を覚え始めていた。

 程なくすると、ダリウスが現場に現れる。
「コウダイ。話は聞いたよ」
現れたダリウスの表情には、怒りの形相が表れていた。
「先生・・・」
コウダイは、偉大なる恩師を前に、縮こまっていた。
「何故、身内にたいして、攻撃魔法を放ったのかね?」
ダリウスは、怒りを抑えながらも、コウダイに質問する。
「そ・・・。それは・・・」
コウダイは、観念したかのように、今までの虐めの経緯を説明する。
「ふむ・・・。なるほどな。・・・この、大馬鹿者が!」
ダリウスは、コウダイの説明を聞くと、怒りを爆発させた。
「私の教鞭を聞いていなかったのか!いかなる理由があれ、魔法の資質を持たぬ者に、攻撃魔法を放ってはならぬと言ったではないか!これが、戦争にでもなってみなさい!魔法の力を持たぬ者は、魔法使いの前では無力なのだぞ!それだけ、魔法の力が危険だと教えたというのに、お前は!」
ダリウスは、コウダイを前に息を荒くしていた。
「す、すみません!先生!」
コウダイは、ダリウスの前に跪いていた。
「・・・。確かに、お前にたいして苛めていた子供らにも非はあるだろう。そして、お前はそれに対して誰にも相談せずに我慢を続けてきていた。それは、認めよう」
ダリウスは、コウダイの気持ちも汲もうとしているのか、言葉を選んでいるようだ。
「で、では先生。私は・・・」
コウダイは、すがる思いでダリウスを見上げる。
「ならぬ。お前は、忌諱ともいえる過ちを犯した。本来であれば、相手の目を潰したお前を衛兵に突き出すところだが、相手にも非はある。従って、お前を私との師弟から外すことにする」
ダリウスは、コウダイに対して死刑宣告とも言える内容を突きつけていた。
ダリウスも辛いのだろう。
しかし、喧嘩や虐めとはいえ、このライキューム研究所内での魔法の闘争は厳禁としていた。
それを破ったコウダイを許す事は出来なかった。
「そんな・・・。先生。恩赦を・・・」
コウダイは、ダリウスにしがみつく。
「駄目だ。例外はない」
ダリウスは、懇願するコウダイを振り放っていた。
「・・・」
コウダイは、ダリウスの様子に沈黙するしかなかった。
「それに・・・。私も、次の場所に行かなければならないのでね。どのみち、コウダイの教鞭は近いうちに出来なくなるのだよ・・・」
ダリウスは、コウダイの心境はよくわかっているつもりだった。なので、自身が近いうちにライキューム研究所からいなくなる事を示唆していた。
「そうですか・・・」
コウダイは項垂れる。
「残念だが、このような事態により、師弟関係は無くなった。でも、私は既にかなりの事を君に教えている。後は、それをどう活かせばいいか考えるだけではないのかね?」
落ち込むコウダイを、ダリウスは宥めていた。

 しかし、コウダイの心境は、ダリウスが考えているものでは無かった。
コウダイの心にあるのは、裏切りだった。
エレンに捨てられ、仲がよかった仲間にも裏切られ。そして、恩師と敬っていたダリウスすら、自分を捨てた。
この時に、コウダイの心には新たなものが芽生えていた。
それは、憎悪だった。
全てに裏切られた。
皆と仲良くしていたかったのに、一方的に捨てられた。
コウダイの心には、逆恨みとも言える憎悪が芽生えていたのだ。
「くっくっくっ・・・。わかりました。そうやって、みんなは私を裏切って捨てていくんですね。結局、ダリウス先生も、私の心境をわかってくれなかった。さようなら、先生・・・」
コウダイは、そう言うと、フラリとその場を後にする。
「お・・・。おい、コウダイ君・・・」
ダリウスは、立ち去るコウダイを引き留める事が出来ず、その後を見送るしかなかった。

 コウダイは、部屋に戻ると直ぐに出発の準備を始めていた。
既に、この場所は自分の居場所ではないと考えていたのだ。
 しかし、それを邪魔する者が現れる。
突然、コウダイの部屋のドアを開け放つと、数人子供が現れていた。
「この野郎!仲間の目を潰しやがって!敵討ちだ!」
そう言うと、数名の子供達がコウダイの部屋になだれ込んでくる。
これには、コウダイも構えるしかなかった。
「ふざけるな!お前らが仕掛けてきたからだろう!?」
コウダイは、理不尽な敵討ちに戸惑っていた。
「うるさい!敵討ちだ!覚悟しろ!」
子供達は、棒きれを振りかざすとコウダイに襲いかかっていた。
「くそぉ!お前なんか、死んでしまえ!」
コウダイは、憎しみの表情を浮かべると、子供達に声を放つ。
すると、コウダイに襲いかかっていた子供の一人が、突然攻撃を止めると、そのまま宿舎の外へと足を運ぶ。
突然の出来事に、子供達は唖然としていた。
「お・・・おい。どこに行くんだよ・・・」
そして、戦意を失った子供達は、その後を追う。
向かったのは、ライキューム研究所の北にある岬だった。
子供達は、その後を追うと、驚愕の現実を目の当たりにする。
フラフラと歩いていった子遠は、そのまま何の躊躇いもなく崖下へと落下していった。
「・・・え!?」
後を付いていった、子供達は、何が起きたのかすらわからないといった感じで、呆然としていた。
 この様子を見ていたコウダイ。
この時に、直感する。
もしかしたら、自分には、他人を操る能力があるのではと。
過去に、ムーングロウの衛兵が死んだ事を思い出していた、。
あの時は、自分が海に飛び込んでしまえと言った直後に、衛兵はその通りの行動をした。
しかし、やはり偶然だとも思い込んでいたのだ。
それでも、今の現象を確認すると、コウダイは自分の能力に確信を持っていた。
崖下に落下していった子供にたいしては、既に慈悲の心など無かった。
自分にたいして、害をなす人物が消えた。
むしろ、喜びすら覚えていたのだ。
「もしかして・・・」
コウダイは呟く。
自分は、魔法より強い能力を秘めているのでは。
それを確認するには、目の前に絶好のターゲットがいた。
「おい。お前。そいつを、突き落としてみな」
コウダイは、手を翳すと、子供の一人に命令する。
すると、相手は無表情になり、相手の子供に襲いかかっていた。
何が起きたかわからない子供。
突然襲われた事により、無抵抗のまま崖下へ落ちていった。
 残ったのは一人だった。
既に、コウダイの支配下にある子供。
「よくやった。じゃ、お前も死ね」
コウダイは指示すると、崖下へ飛び込むよう促す。
相手は、それに抵抗する事もなく、崖下へと足を運んでいた。
 その様子を見ていたコウダイ。
「間違いない・・・。僕は、人を操れるんだ。これなら・・・!」
コウダイは、自分の能力を再認識すると、目を輝かせていた。
既に、人を殺したという罪悪感は無く、自分の敵を排除した満悦感と、神にも近い能力を手に入れた事に、コウダイは驚喜していた。
 コウダイは、人を殺した事など意に介する事もなく、現状に満足した。
「あはは!これなら、全て僕の思い通りに・・・。あ~はっはっはっ!」
コウダイは、大空を見上げると、高笑いをしていた。

 ライキューム研究所を出発しようとしていたコウダイだが、暫くは留まる事にしていた。
それは、自分の能力がどれだけの物かを確認するためだった。
自分は、どこまで人を操れるのか。どれだけの事をさせる事が出来るのか。
それを、確認するためだった。
 既に、数人の子供達が死体で発見され、騒ぎにはなっていたが、無論、コウダイの仕業とは誰も思わない。
事件は、子供達が遊んでいて、うっかり崖下に滑落して死亡したとの見解がなされていた。
 コウダイは、なるべくダリウスと遭遇しないようにしていた。
自分の能力が暴かれると思ってはいなかったのだが、ライキューム研究所一の博識をもった人物だ。
どんな疑いを持たれるかが、わからなかったからだ。
 コウダイは、ばれぬように、自分の能力の実験を行っていた。
それは、どれだけ相手を操れるかと言う事だった。
コウダイは、試しに先生を操ってみる。
簡単な事だった。操った後、本を机に持ってくる様指示をするというものだ。
すると、操られた先生は、我を失ったかのように、コウダイの指示に従う。
そして、操りの戒めを解いた後には、雲に包まれたかのような表情を浮かべるのだ。
 他にも、同時に複数の人間を操れるかの実験も行う。
これは、難しかった。
大人となると、同時に操るのはほぼ不可能だった。
しかし、子供となれば2人くらいは操る事が出来る事を確認する。
これは、やはり精神力の違いだろうか。
精神力の弱い子供であれば、かろうじて2人くらいであれば操れる事を確認していた。

 そして、コウダイが一番気になっていたのが、人間以外の存在だ。
人間以外も、操れるのか。
コウダイは、ライキューム研究所の外へと足を運ぶ。
そこには、牛や馬など、人間の家畜となる動物たちがいる。
そして、攻撃性の高い、モンバットと呼ばれる吸血蝙蝠なども徘徊していた。
コウダイは、モンバットを操る事を試みる。
すると、気が付いたのは、コウダイが言葉を発しなくても、思念を送るだけで、モンバットはコウダイの命に従うと言う事だった。
試しに、コウダイはモンバットを鹿に襲いかからせてみる。
すると、鹿は抵抗するも、瞬く間にモンバットの餌食になっていった。
「くっくっくっ・・・。これなら・・・」
コウダイは、笑みを浮かべていた。

 そして、月日は経っていった。
コウダイは、ライキューム研究所を後にして、5年以上の月日が流れていた。
コウダイは、誰にも気が付かれないように、ライキューム研究所を後にしていた。
既に、コウダイの事を覚えている人物はいないだろう。
ダリウスさえ、コウダイの印象は強かった物の、既にいなくなったコウダイの記憶は殆ど無いに違いない。
13歳となるコウダイ。
コウダイの姿は、トリンシックにあるダスタード内部にいた。
「おや。久しぶり来たね。ほら、食事だよ」
コウダイは、ランタンを翳すと、傍らにいた巨大な生物に指示をしていた。
それは、紛れもなく古代竜だった。
「グアアァァッ!」
古代竜は、コウダイの指示を受けると、洞窟に侵入した人間に襲いかかっていた。
そして、餌を与えたコウダイは、戻ってきた古代竜を抱きしめると、満足げな笑みを浮かべていた。
「お前は最強で最高だな。いつまでも、僕の味方でいてくれよ?」
コウダイは、操りの呪縛から古代竜を解き放つと、古代竜の頭を撫でる。
「グルル・・・?」
呪縛から解き放たれた古代竜は、今自分が行った事を覚えていなかった。
しかし、目の前には、いつも自分を可愛がってくれるコウダイがいた。
古代竜は、コウダイに甘える事となる。
「人間共め・・・。覚えていろ・・・」
コウダイは、暗闇の中、ドラゴン達への歪んだ愛情の中、自分を裏切った人間達に復讐する日を待ち望んでいた。

 コウダイが、このダスタードを訪れたのは偶然だった。
ライキューム研究所から離れたコウダイは、暫くあてのない旅を続けていた。
出発当時は、所持金や所持品も殆どなかったが、人を操る事で容易に調達が出来る。
適当な人間を操って、全財産を持って来させればよかったのだ。
 その様な事をしながら、コウダイはブリタニア各地を巡っていた。
時には徒歩や船で。
タイミングよく、ムーンゲートが開いていれば、それを利用する。
そして、故郷であるトリンシックへ戻った時に、コウダイはこのダスタードの存在に気が付いたのだ。
興味本位でダスタードを訪れると、そこで沢山のドラゴン達と遭遇する。
最初は驚いたものの、ドラゴンが友好的だとわかると、コウダイはここを暫くの間、自分の拠点とする事に決めた。
そして、純粋なドラゴン達は、コウダイの思念により、簡単に操れる事も確認する。
ドラゴン単体を操り、そこら中の空を飛び回る事も覚えた。
古代竜を操れば、古代竜に命令して他のドラゴン達も一緒に操れる事も確認する。
その様な生活をしているうちに、コウダイは自分の住処を桃源郷として考えるようになっていった。
自分とドラゴン達だけで、憎い人間はいない夢の様な居場所。
そして、興味本位で足を踏み入れる冒険者を餌にする場所。
コウダイは、それらを考え、この地を愚かな冒険者が訪れる桃源郷として、アドベンチャーズ シャングリラと命名する。
それは、自分以外の何人たりとも侵してはならない聖域と思い込んでいた。
従って、コウダイは自分以外の人間を排除する事にしていた。
ダスタードに侵入する者がいれば、例外なく排除を行う。
無論。この時のコウダイに、慈悲の心など無い。
侵入した人間がいれば、喜んで殺していた。

 その様な生活をする事数年。
コウダイの心境に変化が現れ始めていた。
それは、焦燥感だった。寂しさと言ってもいいかもしれない。
ドラゴンに囲まれている毎日。
それは、それで構わないのだが、人が恋しくなっていたのだ。
とはいえ、大嫌いな人間と馴れ合うつもりはない。
それでも、コウダイも人間だ。
人間である性(さが)なのだろう。久しぶりに、人間達の姿を見たくなっていたのだ。
確かに、生活物資の調達などで、近くの街へ行く事はあるのだが、コウダイは最低限の行動だけで、なるべく人とは接していなかったのだ。

 コウダイは、手始めに、故郷であるトリンシックへと向かった。
コウダイが、ライキューム研究所へ送られた頃から、かなりの年月が経っていた。
コウダイは、既に22歳を迎えていた。
子供の頃の記憶からは、かなり違う町並みに変貌していた。
しかし、コウダイがいた、孤児院は健在だった。
自分を、ライキューム研究所へ捨てた孤児院。
コウダイは、笑みを浮かべると、その中へと足を運ぶ。
 建物の中は、かなり変わっているようだった。
しかし、コウダイはその様な事は、全く気にしていなかった。
「ああ。お客さんかい?何かご用かな?」
孤児院に入ると、一人の男性が声をかけてくる。
「そうですね・・・。用事はありますよ?では、お願いしましょうか。全ての窓、出入り口を閉じて、この建物を焼き払ってください。皆とあなたが死ぬまで、この扉を開けてはいけませんよ?」
コウダイは、目の前の男性を操る。
そして、孤児院の外へと足を運ぶ。
暫くすると、孤児院の中から煙が立ち上り、中からは悲鳴と絶叫が響き渡っていた。
その様子に、衛兵達が駆けつけてくる。
「おい!火事だ!水を持ってくるんだ!・・・おい!この扉を開けろ!死にたいのか!」
衛兵達は、必死に扉をこじ開けようとするが、施錠してあるのだろうか、扉を開ける事に苦戦しているようだった。
 その様子を、コウダイは清々しい気持ちで見物していた。
自分を捨てた、孤児院など燃えてしまえ。中にいる人間共も同罪だ。
「くっくっくっ・・・。いい眺めですねぇ・・・」
コウダイは、焼け落ちる孤児院を眺めながら、ほくそ笑んでいた。
暫くすると、中からの悲鳴は聞こえなくなり、全焼した孤児院は豪快な音を立てて崩れ落ちていった。
孤児院から出てくる人物は、誰もいなかった。
全員が、焼け死んだのだろう。
衛兵達は、消火に追われていたが、コウダイは満足げな笑みを浮かべると、その場を後にしていた。

 人と接する事を望んで、外界に出てきたコウダイ。
しかし、それはいきなりの大量虐殺だった。
そして、コウダイは満足していた。
下らない人間共を駆除してやった。人と接すると言う事は、このような事なのだとも思い込む。

 この時から、コウダイの暴走は始まる事となる。
各地を転々とし、気に入らない人物がいれば、操り殺害をする。
欲しい物は、何でも手に入った。
持ち主を操り、持って来させればいい。そして、その後に殺せばよかった。
様々な悪事を繰り返すコウダイ。
しかし、それがコウダイの仕業などとは、誰も思わない。
 時には、ゲームのような楽しみ方もしていた。
一人の人物を操り、街の治安を守る自営団を呼び出すと、操った人物を人質にとり、自分を攻撃すれば、人質を殺すなどという、楽しみ方もしていた。
自営団は、四苦八苦しながら人質を取り戻すも、これはコウダイの作戦だった。
勝手に、自分でシナリオを作り、人質と自営団を翻弄して楽しむコウダイ。
最終的には、全員を皆殺しにして証拠隠滅を計っていた。
 この時、コウダイは、ただ殺すだけでは面白くないとも考え始めていた。
コウダイは、罠箱を作れる人物を操り、最高の罠箱を手に入れる。
そして、それを銀行前などに放置し、うっかり開けた人物が爆死するのを見て楽しんだりしていた。
 すでに、コウダイにとって人間は、狩りの対象でしかなかった。
どれだけ面白い方法で、殺せるか。
コウダイは、それだけを考えて生きて行く事になる。

 そして、コウダイは、壮大な計画を思いついていた。
それは、人間をチマチマ殺していては面白くない。
折角なら、街ごと破壊してしまおうと思ったのだ。
 コウダイは、すぐさま行動を開始した。
ダスタードへ戻ると、早速古代竜を操り、他のドラゴン達へ命令を下させる。
程なくすると、百頭近くのドラゴンが集結する事になる。
コウダイは、古代竜に跨ると、ダスタードから飛び出し、ブリタニアの空へと駆け上がっていった。
当面の目標は、品定めだ。
ブリタニア各地の街を廻り、どの街を壊滅させるかを探さなくてはならない。
 ドラゴンの飛行速度は速い。船の数十倍の速度で移動が出来る。
コウダイが、ブリタニア全域を廻るのには、さほど時間はかからなかった。
最初は、問答無用で首都ブリテインとも思ったのだが、首都故に衛兵の数が多い。
壊滅させる事は出来るだろうが、こちらの被害を考えると、多少の躊躇いがある。
ならば、ブリテインの次に大きい、トリンシックはどうだろうか。
コウダイは悩むも、一応、先日孤児院を皆殺しにしていて、あまり面白みはなさそうに見えた。
それならば。
コウダイは、過去にベスパーへ赴いた事を思い出していた。
水路に囲まれ、美しい町並みだった。それに、やや田舎故か平和ボケしたような人達がいたのを思い出していた。
あの美しい街が壊滅し、燃えさかったらさぞ美しいのではないか。
平和ボケした人々が、バタバタと死んでいったら、さぞ楽しいのではないか。
コウダイは、それを想像すると、背筋が踊るような興奮を覚える。
 この時、コウダイは決断していた。
攻撃するのは、ベスパーだと。
コウダイは、躊躇することなくベスパーへと向かった。

 コウダイは、複数のドラゴンと供に、夜のベスパー上空へと現れる。
ベスパーの街からは、ドラゴンを確認た物見塔から、けたたましい警鐘が鳴り響いていた。
空から見つめていると、警鐘に導かれて、民家などから沢山の人が現れていた。
「くっくっくっ・・・。ゴミ共が・・・」
コウダイは笑みを浮かべると、まず、耳障りな警鐘を止める事にした。
コウダイが、古代竜へ指示をすると、古代竜は他のドラゴンへと指示を促す。
すると、一頭のドラゴンが、物見塔へ狙いを定める。
そして、ドラゴンは物見塔全部を焼き払うかのように、下から上へと炎を放った。
瞬時に、燃え落ちる物見塔。無論、警鐘を鳴らしていた人物は、声を上げる暇もなく焼け落ちていった。
「あ~はっはっはっ!これは楽しい!ほら!人間が沢山いるぞ!お前達!皆殺しにしろ!」
コウダイは、古代竜に指示を下す。
その途端、ドラゴン達は、無差別にベスパーの街を攻撃していた。
 瞬く間に、ベスパーの街は炎に包まれて行く。
逃げまどう人々。
中には、果敢に立ち向かってくる戦士や衛兵もいるが、空を舞うドラゴンに為す術がなかった。
中には、弓を使ってドラゴンを仕留める衛兵もいたが、数には勝てない。ドラゴンを仕留めた衛兵は、他のドラゴンの餌食となっていた。
コウダイは、この光景を見て、自分が神にでもなったような錯覚を覚えていた。
「私は神だ。何故、このような事を早くやらなかったのか・・・」
古代竜に跨り、遙か上空で眼下を見下ろすコウダイ。
至福の優越感を味わっていた。
 惨劇を眺めていると、一人の男性が果敢にもドラゴンに立ち向かっていった。
斧を振り回し、ドラゴンへ応戦を試みるも、なかなか旨くいかないようだった。
そして、他の人物がその男性の制止を振り切ると、そのままドラゴンの餌食になってしまう。
コウダイは、腹を抱えて笑い転げていた。
斧の男性は、他のドラゴンからの攻撃から逃れるために、建物の影に引きずり込まれたようだった。
コウダイは、その男性がいつ出てくるかと見守っていたが、出てくる気配がない。
飽きたコウダイは、他の惨状を探していた。
 この時、コウダイが見た男性は、紛れもなくダルバスだった。
そして、この時、ダルバスは建物の影から古代竜を確認していたのだった。
コウダイが乗った、古代竜。
無論、この時のダルバスには、コウダイの存在など知る由も無かった。

 コウダイが、他の惨劇を探している時だった。
突如、激しい雷鳴を轟かせ、一筋の稲妻がコウダイの脇をかすめた。
「なっ!」
コウダイは驚く。
一歩間違えれば、自分に稲妻が直撃したかもしれないのだ。
コウダイは、稲妻の落雷地点を確認する。
すると、一頭のドラゴンに命中している事が確認できた。
空を見上げると、空は晴天で、雷雲は確認できなかった。
「魔法か・・・」
コウダイは、魔法こそ殆ど使用できないが、ダリウスの教鞭により、その様な魔法の存在を認識していた。
もう一度、地面を見下ろしてみると、どうやら一組の男女がドラゴンと戦っているようだった。
女性は魔法使い。男性は弓使いのようだ。
見ていると、稲妻の直撃を受けたドラゴンは瀕死のようで、弓使いの男性に止めをさされてしまったようだ。
「・・・許せませんねぇ。これは、考えなければ・・・」
コウダイは、古代竜に指示すると、近くの小高い建物の上に降りるよう指示する。
そして、コウダイはそこに降り立つと、古代竜に攻撃の指示を与えていた。
そして、その時に、最高の見物をしたいので、他のドラゴンにこの男女への攻撃はしないよう指示をだしていた。

 古代竜は、今し方ドラゴンを倒した男女の元へ向かう。
相手は、ライラの両親である、ロランとセルシアだった。
突然現れた、巨大な古代竜へ、ロランとセルシアは身構えていた。
「くっくっくっ・・・。楽しませてくださいよ・・・?」
コウダイは、ロラン達を見据えると、これからどれだけ楽しい見せ物があるのかとゾクゾクしていた。
暫くすると、セルシアがハープを演奏し始めていた。
それに反応する古代竜。
戦意を喪失すると、そのままセルシアの前で羽ばたいていた。
「これは・・・。考えなければ・・・」
コウダイは、戦意を喪失した古代竜へ新たな指示を送っていた。
すると古代竜は、ロラン達の頭上をフワリと舞い上がり、振り返りざまに自身の尾を振り放つ。
古代竜の尾は、軽々と民家を粉砕すると、そのままセルシアをも吹き飛ばしていた。
コウダイは、確実な手応えを感じ取っていた。
「やった!よくやった!」
コウダイは、手を叩くと驚喜する。
見ていると、セルシアは既に絶命したのだろう。
その亡骸を抱えながら、ロランは古代竜へ怒りの言葉を放っているようだった。
「そうそう。もっと怒れ!最高の殺し方をしてやる!」
コウダイは、怒れるロランを見ると、最高の興奮を覚えていた。
 ロランは、セルシアの亡骸を地面に置くと、手持ちの弓を古代竜へ放っていた。
しかし、古代竜に矢は届くも、あまりに固い表皮に困惑しているようだった。
「まだ・・・。まだだ、まだ、反撃するなよ?」
コウダイは、古代竜へ指示を送る。
すると、ロランの矢は尽き、肩で荒い息をしていた。
それでも、反撃しない古代竜に、ロランは疑念を抱いているようだ。
「馬鹿が・・・。古代竜に勝てると思っているのですかね・・・。さぁ、死ね!」
コウダイが、古代竜に指示を与えると、古代竜は紅蓮の炎を持って、ロランを焼き払う。
ロランは、悲鳴を上げることもなく、焼き崩れていった。
その様子を見て、コウダイは背筋を震え上がらせていた。
「すばらしい・・・。最高だ!人間共よ!恐怖の中で死ぬがいい!」
コウダイは、古代竜を呼び戻すと、再びベスパー上空へ向かう。

 ベスパー上空から下を見ると、燃えさかる町並みが鮮やかだった。
ドラゴン達は、容赦なく街と人間を襲っている。
コウダイは、それを満足げに見学していた。
やがて、水平線から陽が昇り始める。
「これくらいで許してやりますかね・・・」
コウダイは、満足げにベスパーの町並みを見下ろしていた。
既に、街の大半は炎に包まれ、逃げまどう人々も殆どいなかった。
建造物も、ドラゴンのかぎ爪により大半が破壊されていた。
「ま、いいでしょう。さ、帰りますよ」
コウダイは、古代竜へ指示をする。
すると、他のドラゴン達もそれに続いた。
燃えさかるベスパーを後にすると、コウダイはダスタードへと向かっていた。

 ダスタードへ戻ってきたコウダイ。
コウダイは、古代竜の呪縛を解き放った。
その途端、ドラゴン達は不思議な声を上げ始める。
「クル?クルル?」
「クリャ?ク~リャ?」
「グ~?グリャ?」
ドラゴン達は、各々辺りを見渡している。
コウダイが、ドラゴン達を操っている間、ドラゴン達の記憶はない。
洞窟の中とはいえ、違う場所に突然現れたと認識したドラゴン達は、戸惑いを隠せないでいた。
「くっくっくっ・・・。所詮、強いとはいっても、純朴なドラゴンか。これからも、よろしく頼みますよ・・・」
コウダイは、戸惑うドラゴン達を見ると、不敵の笑みを浮かべていた。
「でもまぁ。これほど楽しいとはね。人間への恨みを果たせてよかった・・・。暫くは、堪忍してあげましょう・・・」
コウダイは、満足げな笑みを浮かべ、寝袋に入ると安らかな眠りへと落ちていった。

 それから数年の間。
コウダイは、ドラゴンを操るも、目立った攻撃を仕掛ける事はなかった。
しかし、ベスパーでの事件が知れ渡っているのだろう。
コウダイが操るドラゴンを見ると、人々はパニックになっていた。
それが、とても面白く、コウダイは定期的に色々な街へと足を運び、人々が恐れる姿を見ては楽しむ生活を続ける事となる。

 そして、コウダイはムーングロウでも、同じ事を繰り返していた。
ドラゴンを連れてくれば、人々は恐れ戦き警鐘を鳴らしてくれる。
その様な事をしている時だった。
一人の男性から、声を掛けられる。
「おい!そこの旦那!そこはあぶねぇ!早く、衛兵のいる街に戻るんだ!」
コウダイは、声の主を確認する。
そこには、一組の男女がいた。
ダルバスとライラだった。
コウダイは、舌打ちをする。
人が、折角ムーングロウの街を恐怖に陥れて楽しんでいるというのに。
しかし、ここで反抗してしまっては意味がない。
コウダイは、素直に街へと足を運ぶ。
その時、コウダイは暫く人間を殺していない事を思い出した。
いい機会だ。自分邪魔をする人間は、殺さなくてはならない。
コウダイは、街の中に入る振りをすると、ドラゴンへダルバス達への攻撃指示を放っていた。
ドラゴンは、コウダイの指示を受けると、すぐさまダルバス達への攻撃を開始していた。
今まで、一般人がドラゴンに勝てた事などない。
ダルバス達は、為す術もなく殺されるだろう。
そう、思っていた。
しかし。
コウダイの考えとは裏腹に、ダルバス達は、ドラゴンの首を両断すると、勝利してしまっていた。
「まさか・・・!」
コウダイに衝撃が走る。
ダルバス達を見ていると、彼らは勝利を喜んでいるようだった。
それは、コウダイにとって、屈辱でしかない。
程なくすると、ダルバス達が近寄ってくる。
「ふむ・・・。なるほど。これは、考えないといけませんね」
コウダイは、空を見上げながら考え込んでいた。
それは、ドラゴンを殺した、ダルバスへの復讐だった。
すると、ダルバスが話しかけてくる。
しかし、コウダイは適当にあしらうと、次の段階のために、その場を後にする。

 この後、コウダイはありとあらゆる手段を用い、ダルバス達の殺害を試みる。
ダルバスと仲のよいライラ。
コウダイは、彼らを夫婦か恋人の関係と受け止めたのだろう。
彼らの一部始終を、こっそりと確認して行く。
そして、ライラが、ムーングロウの街で一人になった時に、コウダイはライラを操り、ダルバスの殺害を指示していた。
内容は、暗殺。そして、それが失敗した時は、色仕掛けで殺す事。
コウダイは、それをライラに指示していた。
操られたライラは、我を忘れたかのように、ダルバスの元へと向かう。
しかし、ライラの腕力では、ダルバスを崖下へ突き落とす事は出来なかった。
そして、色仕掛けも、ダルバスの機転により失敗する事となる。
 その後も、ライラやダルバスを狙うも、ことごとく失敗する事となる。
焦るコウダイ。
今までは、この様な事はなかった。
どのように仕留めればよいのか。
コウダイは、画策していた。
すると、後を付けていた動物園にて、コウダイはダルバス達の意外なルーツを知る事となる。
それは、ダルバス達がベスパー出身だということ。
そして、ライラは、自分が仕掛けた行為にたいして疑念を抱いていると言う事だった。
この時、コウダイはダルバス達に警戒をし始めていた。
 もしかしたら、ダルバス達は、桃源郷であるダスタードまで来るのではないか。
そして、ライラに自分の能力を暴かれてしまうのではないか。
コウダイは、この時に、初めて自分の敵になるかもしれない存在を理解していた。
そして、ダルバス達と別れたその後、一人の衛兵らしき人物を見つけ、それを操ってダルバス達の殺害を計ろうとするも、何故か操る事は出来なかった。
無論、この時の人物はリスタとなる。
 悩むコウダイ。
コウダイは、再びダルバス達を探しに戻る。
そして、その翌日。
ダルバス達の姿を確認する事が出来た。
一軒の民家から、2頭の犬を引き連れ出てくる男性。
その背後には、ダルバスとライラの姿を確認する事が出来た。
コウダイは、犬を引き連れる男性の後を追う。
そして、動物園の前まで来た時に、その男性と接触を図ったのだ。
無論、ココネとロジャーとクーネル達だ。
最初、コウダイはココネを操ろうと思っていたが、自宅にはダルバスを始め、複数の人間がいると考えていた。
先日、ダルバスは魔法によって、ライラを正気に戻している。
また、同じ事があれば、簡単に回避されてしまうと考えていたのだ。
従って、火力不足とはわかっていながらも、引き連れている犬2頭に、攻撃を任せる事にしたのだった。
「可愛いワンちゃんですね・・・」
コウダイは、さりげなくロジャーとクーネルに近寄り、頭を撫でて見せる。
「お・・・。ありがとう」
ココネは、突然の人物に驚きながらも、自分の犬を可愛がってくれる人物にお礼を述べていた。
「いえいえ。お散歩の邪魔をしてしまいましたね。では・・・」
コウダイは、この時既に、犬たちを操っていた。
無論、それは直ぐにはばれないようにだった。
家に帰ったら、ダルバス達を襲え。
そう、指示していたのだ。
そして、それは実行される事になる。
ダルバス達に襲いかかる犬たち。
しかし、それは未遂に終わってしまった。
コウダイはその様子を確認すると、一路ムーングロウの街へと戻っていった。

 コウダイは、ライラやダルバスが魔法を使える事を認識していた。
ならば、ライキューム研究所にいる、ダリウスなら何か知っているのではと考えたのだ。
十数年ぶりに訪れた、ライキューム研究所。
そこには、昔と同じ雰囲気が流れていた。
そして、コウダイがこのような人生を歩み始めるきっかけとなる場所だった。
しかし、コウダイには後悔の念はなかった。
コウダイにとって、この場所は、忌々しい過去の記憶でしかない。
吐き気を催しながら、コウダイはダリウスを捜す事となる。
 そして、教室の中へ足を運ぶと、そこにはダリウスがいた。
「どなたかな?」
ダリウスは、教室に入ってきた人物を窺う。
長年の月日は、ダリウスを老けさせていた。
コウダイも、一瞬ダリウスとは気が付かなかった。
しかし、ダリウスの声は衰えることなく、自分の目の前にいる人物はダリウスだと確信が持てていた。
「はて・・・。どこかで見たような・・・?どこかで、お会いしたかな?」
ダリウスも、何となくコウダイを覚えているのだろうか。記憶の片隅から、情報を手繰り寄せているようだった。
「答えろ。ダルバス達の目的は?」
コウダイは、ダリウスの様子を無視すると、突然ダリウスを操り始めた。
ダリウスは、体を戦慄かせると、コウダイの指示に従っていた。
「ダ・・・。ダルバス君達は・・・。これから・・・。トリンシックに・・・ある・・・。ダスタードへ・・・行って・・・。古代竜・・・を・・・倒す・・・のが・・・目的・・・だ」
コウダイは、ダリウスの発言に納得がいっていた。
やはり、ダルバス達は、ベスパーの敵討ちの為に、ダスタードへと向かっているのだと。
「いつ行く?」
「わから・・・ない。そこまでは・・・聞いて・・・いない・・・」
ダリウスは、苦しそうに喘いでいる。
これは、今まで見た事がない現象だった。
魔法使いダリウスの、精神力故だろうか。
現状に、抗おうとしているようにも見えた。
「そうか。では、今起きている事は全て忘れろ」
コウダイはそう言うと、ダリウスの呪縛を解き放とうとする。
しかし、コウダイはもう一つ付け加える。
「それと、過去の記憶にある、コウダイ・コウメイという人物を忘れ・・・て下さい。・・・さようなら。ダリウス先生・・・」
コウダイはそう言うと、ダリウスの呪縛を解き放った。
「・・・はて。何のご用だったかな?」
ダリウスは、頭に軽い頭痛を感じるも、目の前の人物に語りかけていた。
本当は、殺してやろうと思っていた。
しかし、久しぶりに会った恩師は、あまりにも老齢だった。
今まで、人間にたいして憎悪と嫌悪しか感じなかったが、ダリウスの姿を見ると、コウダイの心は揺れていた。
人の命など、虫けら以下のように扱ってきたコウダイ。
最大の憎悪を、ダリウスに向けていたコウダイ。
しかし、今だけは、最大の恩師であったダリウスを殺す事は出来なかった。
一瞬ではあるが、ダリウスとの師弟関係を思い出していたのだ。
唯一、コウダイが人間の心を取り戻した瞬間かもしれなかった。
「・・・いえ。通りすがりの者です。気になさらないでください」
コウダイは、ダリウスの側から離れる。
「ふむ。そうかね・・・」
ダリウスは、何が起きたかがわからぬまま、コウダイを見送るしかなかった。
既に、ダリウスの記憶からはコウダイの事は消し去られていた。
恐らく、永遠に思い出す事はないだろう。

 コウダイは、急いでライキューム研究所を後にする。
この時、コウダイは決意していた。
ダルバス達の決戦は、ダスタードで行うしかないと。
様々な交錯はあったが、ダルバス達が一番苦しめそうな場所として、そして、自分が楽しめそうな場所は、そこしかないと思っていたのだ。
コウダイが、ダリウスに会い、人間の心を取り戻したのは、一瞬だった。
今は、既になく、コウダイの頭には、どのようにしたら、ダルバス達を楽しく殺せるかで心が一杯になっていた。
 コウダイは、急いで船の手配をする。
本来であれば、連れてきていたドラゴンに乗り、ダスタードまで帰るのだが、先ほどダリウスを操った事により、ドラゴンの呪縛は解いてしまっていた。
やむなく、船で向かう事にしたのだ。

 しかし。
船に乗り込むと、予想だにしなかった人物達に遭遇する事となる。
それは、ダルバス達だ。
ムーングロウから、トリンシックへの便は、一日数本出ている。
急げば、先回り出来ると思っていたコウダイ。
予想より早く追いつかれていた事に、驚愕していた。
今、ダルバス達を殺す事は出来るのだろうか。
コウダイは考える。
今、自分を守るドラゴンはいない。
それならば、仕方がない。
疑われているかもしれない。
ならば、ここは仲良くしておくべきなのではと。
従って、コウダイは食事の提案をすることになる。
ダルバスは、ライラと新婚旅行をしていると言うが、それが嘘なのもわかっていた。
その嘘が、何のためかは何となく理解はしていたが、コウダイにも確証はなかった。
やがて、コウダイは、ダルバス達により酔い潰される事となってしまった。
しかし、コウダイにとっては、疑われているかもしれないという気持ちはあったが、懐かしい想い出に浸る事も出来たのは否めない。
ダルバス達は、偽りの優しさを見せていたのだが、コウダイは、一瞬でも本当に楽しいと思っていたのだ。
自分を取り囲み、皆が優しくしてくれる。
これは、孤児院での楽しかった一時を彷彿とさせていた。
本当に、自分が求めていた一時。
しかし。すぐさま、コウダイは否定する。
このようなもの、直ぐに裏切られるに決まっている。
自分には、人間にたいする恨みしかないのだと。
コウダイは、酒の勢いで意識が朦朧としながらも、側を通りかかった船員を操り、ダルバス達の殺害を行おうとしていた。
「殺せ・・・。ダルバス達を・・・。殺せ・・・」
コウダイは、なんとか船員を操ろうとするが、言葉すらまともに発せなかった。
完全に、不覚を取ったコウダイ。
船員は、異様な雰囲気を感じ取ると、逃げてしまっていた。
普段、酒に慣れていないコウダイ。
意識は、そのまま闇へと墜ちて行ってしまった。

 程なくして。
コウダイは、船室の隅で目を覚ます事となる。
揺れる船内を確認するも、ダルバス達の姿はない。
痛む頭を抱えながら、コウダイは船室を後にする。
外に出ると、眩いばかりの陽光が、コウダイを迎えていた。
「くそ・・・。こんな事になるとは・・・。考えなくては・・・」
コウダイは、不覚を取った事に後悔していた。
その傍らにはダルバス達が座っていたのだが、コウダイには気が付く由もない。
そのまま、船首にある椅子へ足を運ぶと、コウダイは横になる。
海風が気持ちよい。
暫く、横たわるコウダイ。
しかし、ダルバス達により、それは邪魔される事になる。
ダルバスは、追い打ちを掛けるように、ワインボトルを押しつける。
さすがに、コウダイは観念したのか、それから逃げるしかなかった。

 ダルバスから離れると、コウダイは船室へと戻る。
「くそ・・・。考えなければ・・・。どうすればいい?」
コウダイは、ダスタードでダルバス達を迎え撃つ事を考えていたが、どのように調理すればよいかを考えていた。
ダルバス達を迎え撃つには、先を急がねばならなかった。
トリンシックに到着する頃には、夕暮れを迎えている事だろう。
コウダイは、船を降りたら、そのままダスタードへ向かう決断をしていた。

 程なくすると、船はトリンシックへと到着する。
コウダイは、怪しまれぬようダルバス達とともに下船した。
ダルバス達の今後の所在を窺うと、ダルバス達はトリンシックの街で一泊するようだった。
コウダイは、胸をなで下ろすと、先回りするためにダスタードへと急ぐ事となる。

 街から離れ、鬱蒼そした森の中を進むと、一頭のドラゴンが飛来しているのを確認する。
コウダイは、これ幸いと、ドラゴンを操り乗り込むと、ダスタードへと急いだ。
しかし、これが仇となる。
コウダイの行動は、尾行していたココネに見られていたのだ。
これは、コウダイがドラゴンを操る事が出来るという、決定的な証拠となってしまっていたのだ。

 コウダイは、尾行されていた事などつゆ知らず、ダスタード内部に到着する。
ドラゴンを呪縛から解放すると、一人最深部へと足を運んだ。
「さて・・・。待ちますか。来なさい。あなた達なら、特別にこの桃源郷であるアドベンチャーズ シャングリラで死ぬ事を許しますから・・・」
コウダイは、そう呟くと一人静かに息を潜めるのだった。
これといった戦略がある訳ではない。
戦闘になれば、古代竜やその他のドラゴンで、十分な勝ち目が見えていたからだった。
こうして、コウダイは、ダルバス達を待つ事となった。



コウダイが、自身の過去を明かすと、一行に何とも言えぬ沈黙が流れていた。
暫くすると、ピヨンが口を開いた。
「可哀想な人・・・。人を支配したり、殺したりする事でしか、幸せを感じなくなってしまったんだね・・・」
ピヨンは、哀れんだ目でコウダイを見つめていた。
「可哀想?これは、おかしな話。私は現状に満足しているのですよ?今だって、あなた達がどれだけの恐怖を覚えて死んでいくのかを楽しみにしているというのに・・・」
コウダイは、ピヨンからの哀れみの目を、おかしそうにしているようだ。
「なら、なんでダリウス先生は殺さなかったのかしら?あなたにとって、一番憎むべき存在ではないの?」
ライラは、ダリウスを殺さなかった理由を問いただす。
「それは・・・」
コウダイは言葉に詰まる。
「どんなに憎んでも、恩師は恩師。殺せないわよね?私だって、無理だわ?」
ライラは、コウダイの本心を突いていた。
「・・・うるさい小娘達ですね。・・・決めました。今、ここであなた達を皆殺しにしてあげてもいいのですが、余興を考えました。くっくっくっ・・・」
コウダイは、思いついたかのように含み笑いを浮かべていた。
「余興だと?」
リスタは声を上げる。
「そう。あなた達に、私を止める事が出来ますかね・・・。あなた達には、余興の中で死んで貰いましょう」
そう言うと、コウダイは椅子から立ち上がる。
一行は、コウダイに対して攻撃態勢を取っていた。
 すると、コウダイは素早く古代竜の背に跨り、古代竜を操ると、その場から飛び出していった。
この階層は狭いとはいえ、無理をすれば低空飛行は可能だ。
古代竜は、ダルバス達の頭上ギリギリをかすめると、上層へと向かってゆく。
「待ちやがれっ!」
ダルバス達は、慌ててコウダイを追いかけていた。
しかし、その時だった。
辺りの空気が一変した。
辺りの空気は、一気に殺意に満ちていったのだ。
廻りを見渡すと、他のドラゴン達はダルバス達に対し、敵意をむき出しにしていた。
無論、これはコウダイが古代竜を操ったからだった。
古代竜は、他のドラゴン達に、ダルバス達への攻撃指示を出していたのだ。
「やだ・・・」
ピヨンは、走りながらも身を強ばらせていた
すると、ドラゴン達は一斉に襲いかかってくる。
「まずい!逃げるんだ!」
リスタは一行を促す。
すると、ドラゴン達は一斉にブレスを放つ。
ブレスは、容赦なくダルバス達に襲いかかり、ブレスがかすめると、外套から煙が上がっていた。
狭い空間故に、ドラゴンが上空からかぎ爪で襲う事は出来ない。
逃げる後方からは、容赦のないブレスだけが襲いかかってきていた。
 襲いかかるドラゴンから、ダルバス達は一つ上の階層へとかけ出していた。
すると、ライラが魔法の詠唱を始める。
「何やってやがる!多勢に無勢だ!勝ち目はねぇぞ!」
ダルバスは、魔法の詠唱をするライラを、無理矢理連れて行こうとしていた。
「待って!今、足止めを掛けるから。・・・イン・サンクトゥ・グレイヴ!」
ライラは、下層に向かい手を伸ばすと、そこに魔法の障壁が現れた。
この魔法は、一時的な結界で、あらゆる物を遮蔽する性質をもっていた。
ダルバス達を追いかけるドラゴン。
目の前に殺到するも、障壁により、行く手を阻まれてしまっていた。
「さ、逃げるわよ!」
ライラは、ダルバスを促すと、先に行ったメンバーを追う。
 しかし、この階層にもドラゴン達は多数存在していた。
容赦のないブレスが、四方八方から襲いかかる。
ブレスをかわしながら、一行は上層を目指す。
唯一の幸いは、空間が狭い事と、ドラゴンは鈍足だった。
従って、至近距離にドラゴンがいても、かぎ爪と噛み付きの射程距離を意識していれば、ブレス以外の攻撃を受ける事はない。
しかし、やはりドラゴンのブレスは驚異だった。
「くそっ!かわしきれねぇ!」
ダルバスは、一頭のドラゴンから放たれたブレスの直撃を受ける。
ダルバスは、途端に外套で全身をくるむと、ブレスを浴びた。
「ぐああぁっ!」
悲鳴を上げるも、炎に耐性のある外套は、ダルバスの身をしっかり守っていた。
「ダルバス!大丈夫か!がああっ!」
ダルバスを助けようとしたココネも、ブレスの直撃を受けてしまう。
「おのれぇ!」
リスタは激昂すると、敵対集中を発動する。
そして、目の前のドラゴンに襲いかかっていった。
しかし。
「駄目えぇぇっ!」
ピヨンは叫ぶと、リスタに体当たりして攻撃を中断さていた。
「ピヨン殿!何故だ!」
リスタは、ピヨンの行動に戸惑っていた。
「殺したり、傷つけたりしたら駄目!この子達は、操られているだけなの!」
ピヨンは、涙を流しながらリスタに懇願していた。
「しかし・・・。このままでは・・・!」
リスタは、襲いかかるブレスから、とっさにピヨンを抱き抱えると回避する。
「リスタ!ピヨンの言う通りだ!今は、多少の傷を覚悟で、強行突破するしかねぇっ!」
ダルバスは、ブレスをかわしながら、先にかけ出していた。
一行は、その後を追うしかない。
 そして、表層へ一行は脱出する。
ライラは、先ほど同様に、階下への障壁を張り巡らせる。
この空間が、一番危険な場所だった。
上空には、沢山のドラゴン達が、ダルバスを狙っていた。
気配は感じる物の、至近距離まで来なければ、ドラゴンの所在は確認できない。
ライラは、全てが見えるが、他の人間には不可能なのだ。
暗闇の中、いきなり目の前にドラゴンのかぎ爪が現れたら、回避は不可能にも思えた。
途端に、ライラは魔法の詠唱を始める。
「ヴァス・ウァス・サンクトゥ!」
詠唱と同時に、一行の体は魔法の光に包まれる。
「これは・・・?」
ココネは、体に変化を感じ取っていた。
「今かけた魔法は、物理的な力を緩衝する魔法よ。ドラゴンのかぎ爪を完全に遮断する訳では無いけれど、万一の時には役に立つはずよ?」
その時、リスタは一行を促す。
「皆の者!壁沿いに逃げるがよい!」
リスタは、洞窟の壁を指さす。
壁に接している事により、少なくとも壁側からの攻撃はなくなる。
これは、リスタが衛兵故の知恵だった。
戦闘時には、いつどこから敵に攻められても大丈夫なように、普段から模擬戦などで訓練を行ってきた。
それが、今実戦で役に立つ事となった。
しかし、暗闇にかわりはない。上空からの攻撃には、十分な注意が必要だった。
すると、程なくしてドラゴン達の攻撃は開始される。
上空からのブレスは容赦なかった。
一行は、何度もブレスの直撃を受ける。
「うあぁっ」
ブレスの直撃を受けたピヨンは、悶えつつも、まとわりつく炎を振り払う。
ライラとダルバスは、走りながら魔法を詠唱し、傷ついた一行を治癒しながらの逃走となっている。
第1サークルの治癒魔法では追いつかない。ダルバスは、ライラから貰った、魔法の巻物を使用しながら治癒を行っていた。
すると、ドラゴンのかぎ爪が、ダルバスの頭部をかすめていた。
「うぉあっ!?」
ドラゴンのかぎ爪は、壁を大きくえぐり取り、再び空へと舞ってゆく。
もし、かぎ爪がダルバスの頭部を直撃していたら、恐らく命はない。
ダルバスは、ライラに提案する。
「ライラ!さっき、足止めをした魔法を、空中に展開する事は可能か!?」
空からの攻撃は、先ほどの魔法で凌げるかもしれないと考えたのだ。
「可能だけれど、大量には無理よ!あの魔法は第7サークルの魔法なの!連発したら、直ぐに精神力が空になってしまうわ?でも、良い考えね。やってみるわ!」
ライラはそう言うと、一行が走ってゆくやや先にの上空に、障壁を展開する。
すると、障壁の下を走り抜けている時だけは、障壁はかぎ爪とブレスを遮断していた。
「・・・凄いな」
ココネは、ライラの魔法に感心していた。
「感心している場合じゃないでしょ!早く逃げなくちゃ!」
ピヨンは、ココネに逃げる事を促す。
「少しでも攻撃が出来れば、もう少し楽なのだが・・・。仕方あるまい!皆の者!出口はあそこだ!私に続け!」
先頭を走るリスタは、一行を出口へと導いてゆく。
ライラは、何度か空中に障壁を展開すると、ライラの精神力はもう少しで底を尽きそうになっていた。
「これ以上、障壁は張れないわ!急いでっ!」
ライラは叫ぶと、一行を急がせていた。
その後、何度もブレスを浴びせられる一行。
しかし、出口までようやくたどり着くと、朝日が昇る外の世界を窺う事が出来た。
「脱出だ!」
誰ともなく声を上げると、一行はダスタードから飛び出してきていた。
辺りは、既に明るくなってきており、朝を迎えていた。
しかし、ダスタードから脱出したとはいえ、危険は去っていない。
ドラゴン達は、ダルバス達を仕留めようと、一斉にダスタード内部から飛び出してくる。
すると、ライラは最後の精神力を振り絞ると、魔法を発動させていた。
「ヴァス・オゥオト・フラム!」
ライラが、洞窟の入り口上部へ向けて魔法を放つと、天井が大爆発を起こし、入り口は崩落した岩塊によって塞がれていった。
轟音をたて、大小様々な岩塊が雪崩を起こす。
程なくして、入り口は完全に塞がれてしまった。
こうなれば、ドラゴン達は出てくる事が出来ない。

 一行は、その様子を確認するも警戒は解けないでいた。
既に、数十頭のドラゴン達は外に出てしまっている。
いつ攻撃されても、おかしくないのだ。
「気を付けろ!まだ、沢山いるぞ!」
ココネは、周囲を飛び交うドラゴンを確認すると、警戒を促していた。
時刻は、既に朝を迎えている。
飛び交うドラゴンを確認するには十分だった。
見渡すと、30頭ほどのドラゴン達が、空を舞っていた。
すると、遙か上空を舞っていた古代竜が舞い降りてくる。
その背には、コウダイの姿がある。
「くっくっくっ・・・。ようやく脱出出来ましたか。死なないでよかったです。これから始まる余興には、ぜひあなた方にも参加して欲しいですからね・・・」
コウダイは、そう言うと不敵の笑みを浮かべる。
「なんだと?今のが、余興じゃねぇのか!?」
既に、満身創痍なダルバス。これから、コウダイが何をするのかがわからなかった。
「なにをふざけた事を。あなた達は、ダスタードから出てきただけではありませんか。余興はこれからですよ。くっくっくっ・・・」
コウダイは、さもおかしいとでも言うように、古代竜の上で腹を抱えている。
「貴様!何をするつもりだというのだ!」
リスタも、全身に火傷を負いながら、コウダイを問い詰める。
「くっくっくっ・・・。あなた達は、既に私の掌で踊らされているのですよ。それすらも、わからないとは・・・」
コウダイは、リスタの問いかけにも、まともに取り合う気はないようだった。
「ふざけた事を申すのではない!既に、貴様の所業は確認した!ブリタニアの法のもと、貴様には制裁を下す!」
リスタは叫ぶも、空を舞うコウダイにはどうしようもなかった。
「くっくっくっ・・・。それでは、見せて差し上げましょう。私の能力の素晴らしさを!」
コウダイは叫ぶと、辺りにいるドラゴン達へ指示を送る。
「さぁ、始めろ!私に操られしドラゴン達よ!踊れえぇぇぇぇぇっ!」
コウダイは、そう叫ぶと、一斉に南東の空へと飛び立っていった。
「まっ!待てっ!」
リスタは叫ぶも、無論待つはずもない。

 その様子を、一行は慌てて追いかけようとする。
「待ってっ!」
制止したのはライラだった。
「ライラ!急がねぇと、コウダイを見失っちまうじゃねぇか!」
ダルバスは、先を急ごうとする。
その時だった。
「ふむ・・・。ライラ殿の言う通りだ」
リスタは、ライラのもとへと戻ってくる。
「なんでだ!急がないと・・・!」
ココネも、ライラ達の意味をわかりかねていた。
「そうだね。グレイシーも治療しないといけないし」
ピヨンも、ライラの意図を汲んだのか、グレイシーから降りると、直ぐにグレイシーの治療を始めていた。
「なるほど・・・。そう言う事か・・・」
ココネもグレイシーから降りると、ライラの意図を汲んでいた。
「そう。私達は満身創痍。そして、私もダルバスも、精神力は空っぽ。今、コウダイ達のドラゴンに突入していったって、そのまま焼き殺されるのがオチだわ?」
ライラは、唇を噛みしめる。
本音は、かなり悔しかった。魔法力さえ十分にあれば、このままコウダイを追撃できたかもしれない。
ライラは、自分の不甲斐なさに、唇から血を流していた。
それを理解したリスタ。
「ライラ殿。気にする事はない。それに、我々は、ライラ殿の魔法の助けがなければ、ダスタードから脱出は出来ていなかったかもしれぬ」
リスタは、唇を噛みしめるライラを気遣っていた。
「・・・。ありがと。そう言われると、助かるわね」
ライラは、素直にリスタの気持ちを受け入れている。
「それより、コウダイが言っていた余興って、なんなんだろ?」
ピヨンは、傷ついたグレイシーを手当てしながら首を傾げていた。
 そして、その答えは直ぐにわかる事となる。
遙か向こうの、トリンシックの街から、けたたましい警鐘が聞こえてきたのだ。
「まさかっ!」
ダルバスは叫ぶ。
「間違いないみたいね。コウダイは、トリンシックの街を襲う気のようだわ!」
ライラは、トリンシックの方面を見つめる。
「急がないと!トリンシックの街がやられてしまう!」
ココネは、立ち上がると、直ぐに行動を開始しようとしていた。
「待てっ!」
リスタは、ココネを制止している。
「なんでだよ!リスタ!あんた、衛兵の隊長だろ!街が襲われていても、見て見ぬ振りをするのかよ!」
ココネは、思わずリスタの前に立つと、リスタを睨み付けていた。
「この、大馬鹿者が!我々を見よ!このような、満身創痍な状態で、何が出来ると申すのだ!体勢も立て直せぬまま、敵陣に突入していっても全滅必死!助けられる者も、助けられぬではないか!」
リスタは、ココネを叱咤していた。
「でも・・・っ!」
ココネは、トリンシックの方を見据えると、いつ火柱が上がるかと気をもんでいた。
「ココネよ。落ち着けって。ここは、百戦錬磨のリスタ隊長の指示に従おうぜ?頭に血が上っても、何にもいいことは、ありゃしねぇからな」
ダルバスは、失った友人であるリウを思い出していた。
リウは、両親が殺された復讐心の塊で、ダルバスが制止するのも聞かず、ドラゴン達へ特攻していった。
勝ち目がない戦いに、飛び込んでいったのだ。
その結果、リウは帰らぬ事となる。
今でも、リウの気持ちは汲むが、やはりあれは、状況判断を誤ったとしか言えない。
勇気と無謀は違うのだ。
今、ドラゴン達へ突撃するのは、後者の無謀に匹敵していた。
「くそっ!わかったよ・・・」
ココネは、諦めたかのように、地面に腰を降ろす。

 崩れ落ちたダスタードの奧からは、ドラゴン達の雄叫びが響き渡っていた。
この、遮蔽された空間でも、コウダイからの呪縛は効果が残っているのだろう。
ドラゴン達は、外に出ようと、躍起になっているようだった。
しかし、完全に崩落した出口は、それを許す事は決してなかった。
「しばらく待ってね?精神力が回復したら、私とダルバスで、全員を治癒するからね?」
そう言うと、ライラは瞑想状態に入る。
それにならい、ダルバスも座り込み、精神力の回復を計っていた。
皆は、焦れったい気持ちを我慢しながら、体勢を立て直す事を考えていた。
 暫くすると、恐れていた通り、トリンシックの街から炎と煙が立ち上がっていた。
それでも、一行は、ライラ達を待つしかなかった。
待つ事10分ほど。ようやく、ライラが瞑想から目を覚ましていた。
ライラは、すかさず全員へ治癒魔法を施していた。
致命傷を負った者はいないが、それでもかなりの火傷を負っていた。
「ピヨン。これは、あなたの成果だわ?あなたが機転を利かせて、私達の防具を作ってくれていなければ、今頃私達は焼き肉になって、ドラゴン達のお腹の中にいた事でしょうね」
ライラは、治癒を行いながら、ピヨンにお礼を述べていた。
「そんな・・・。いえ、ありがとうライラ。繕った甲斐があったね」
ピヨンは、素直にライラからの謝辞を受け止めていた。
「まあ。俺も女性陣にお礼を言おうかね。ピヨン。このような防具をありがとう。そしてライラ。俺は、魔法を改めて見直したよ。脱出の際に、ライラとダルバスが治癒魔法を施してくれなければ、途中でくたばっていただろうからな。魔法にたいして偏見の目を持っていたが、それは間違いなようだ。許してくれ」
ココネは、素直な意見をピヨンとライラに述べていた。
「何よ。私へのお礼より、ライラへのお礼の方が長いじゃない」
ピヨンは、恥ずかしさを隠すように、わざとヤキモチを焼いてみせる。
「いいのよ。その言葉だけでも嬉しいからね?」
ライラはそう言うと、ココネにも治癒を施していた。
そして、全員の治癒を終え、ライラは再び瞑想に入る。
今の治癒で、かなりの精神力を消耗してしまったからだ。
そして、暫くするとライラの精神力も回復した。
「お待たせ。じゃ、急ぎましょ。トリンシックが大変な事になっているみたいだからね」
ライラは、一行を促す。
「これで、体勢は整った。皆の者!突撃だ!」
リスタは、無意識のうちに隊長に戻っていた。
そして、ここにいる仲間を信頼しているのだろう。
一行にたいして、突撃の指示を与えていた。
「おぉっ!」
一行は喊声を上げる。

 ダルバス達は、炎が上がるトリンシックへと疾走していた。
誰も言葉を発する事はない。
ただただ、街へと急ぐしかなかったのだ。
 馬を走らせる事わずかだった。
一行は、燃えさかるトリンシックの街へと到着する。
「まさか・・・。そんな・・・」
ライラは、言葉を失っていた。
トリンシックの光景は、ベスパーがドラゴンに襲われた時と同じ光景だった。
燃えさかる町並み。逃げまどう人々。
その時だった。
ダルバスは絶叫していた。
「うおぉぉぉぉっ!コウダイ!どこにいる。出て来やがれやあぁぁぁっ!」
ダルバスは、ドラゴンが飛び回る空へ向けて、絶叫する。
しかし、コウダイからの反応はない。
ドラゴン達は、辺り構わずブレスを放ち、かぎ爪で住民達を襲っていた。
ベスパーの時と違うのは、ドラゴンの数だった。
ベスパー襲撃の時は、100頭近いドラゴンがいたのだが、今は30頭前後だろう。
無論、これはライラがダスタードの入り口を塞いだからに他ならない。
もし、それが出来ていなければ、かなりの数のドラゴンが、トリンシックの街を襲っていた事になる。
 衛兵達も出動してくるが、やはり空を飛んでいるドラゴンに対し、攻撃は難しいようだった。
「どうする。ドラゴンを攻撃してもいいのか?」
ダルバスは、ピヨンに問いかける。
「そんな事言われても・・・」
ピヨンは、答えに詰まっていた。
ドラゴンは、コウダイの被害者だ。それは、わかっている。しかし、ドラゴンを倒さなければ、もっと多くの人命が失われてしまう。
ピヨンは、言葉を失ってしまっていた。
ココネも、その様子を見ると、なんと声を掛けたらいいかわからなくなってしまっていた。
 この時、リスタは決断していた。
それは、ドラゴンを倒す事だった。
少し前まで、ドラゴンはリスタに甘えてくる存在だった。
しかし、たとえコウダイの仕業とはいえ、これ以上、ブリタニアの人民の命が失われるのは許せなかった。
リスタは、心苦しいが、ドラゴンへの攻撃を決意していた。
「ピヨン殿・・・。心中辛いのは理解申し上げる。しかし、このままでは、民の命が失われてしまう。ドラゴン達に罪がないのはわかっているが、私としてはこの状態を無視する事は出来ぬ。申し訳ない。ドラゴン達を駆除させて頂く」
リスタはそう言うと、ピヨンの返答を待つ間もなく、ドラゴンへ特攻していった。
「リスタ・・・」
ピヨンは、リスタを止める事も出来ず、見送る事しか出来なかった。

 リスタは、敵対集中を発動する。
ターゲットは、赤い色を持つドラゴンだった。
しかし、空を舞うドラゴンにはどうしようもない。
威嚇を行うも、ドラゴン達が降りてくる気配はない。
その時だった。
一頭のドラゴンに、稲妻が突き刺さる。
ドラゴンは、体中をパチパチと放電させると、力無く地面に落下してきていた。
これは、ライラが放った魔法だった。
リスタは、その期を逃さず、墜落してきたドラゴンの首を両断していた。
「ライラ殿!感謝するぞ!」
リスタは、ライラに礼を述べると、次のドラゴンへと駆け寄っていった。
その様子を、コウダイは遙か上空から確認していた。
「くっくっくっ・・・。思ったより、馬鹿ではなかったようですね。きちんと、体勢を立て直して来ているじゃないですか。ほら、お前達。活きのいい餌がいますよ。食事をしてきなさい・・・」
コウダイは、古代竜へ指示を与える。そして、古代竜は他のドラゴンへと指示を与えていた。
 すると、数頭のドラゴンがリスタに襲いかかる。
それを確認したライラ。
バックパックからリュートを取り出すと、徐に演奏を始めていた。
美しい音色が、辺りに鳴り響く。
すると、リスタに襲いかかっていたドラゴンは、一斉に動きを止める。
戦意を失ったドラゴン達は、リスタの前で静かに羽ばたいていた。
その時だった。
「のがすかよ!」
ダルバスは、近くの民家の屋根に登っていた。
そして、屋根から飛び上がり、斧を振りかざすと、ドラゴンの胴体を両断していた。
断末魔を上げながら、ドラゴンは地に落ちてゆく。
しかし、ダルバスの顔はうかなかった。
それは、望まぬ殺生をしているからだった。
本来であれば、戦ったり殺したりする必要のないドラゴン。
それを、殺傷しているのだ。
ダルバスの心境は複雑だった。

 その様子を見て、ピヨンは涙を流していた。
「やめて・・・。やめて・・・」
どうしようもないのは、わかってはいるが。優しいドラゴン達が殺されてゆくのをピヨンは涙を流しながら見つめているしかなかった。
「ピヨン・・・」
ライラは、ピヨンの様子を見ると、何とも言えない気持ちになっていた。
それでも、ライラは、ダルバスやリスタの為に、魔法や沈静化を放つしかない。
ピヨンを見ていたココネ。
「ピヨン・・・。悪いが、俺も参戦させて貰うぞ?お前の気持ちもわかるが、このままでは、トリンシックは壊滅してしまう」
ココネは、申し訳なさそうに、ピヨンに語りかける。
「・・・うん。あんたが、そう言うなら止めない。でも・・・っ!」
ピヨンは、ココネの意思を受け止めながらも、大粒の涙を流していた。
「悪いな。今は、一刻を争う。・・・すまない」
ココネは、すがりつくピヨンを振り払うと、リスタ達のもとへと駆け寄っていった。

「遅れてすまない!俺も戦うぞ!」
ココネは、ダルバス達と合流した。
少し離れたところからは、ライラが魔法と演奏による援護をしている。
ドラゴンを倒したとはいえ、まだ沢山のドラゴン達が空を舞っている。
全部を駆除するのは、至難の業とも言えた。
「ココネ!ピヨンはいいのか!?」
ダルバスは、襲いかかるドラゴンのかぎ爪をかわしながら、ココネを振り返る。
「大丈夫だ!ピヨンならわかってくれる!」
ココネは、ドラゴンに応戦しながら答えていた。
「気を付けろ!攻撃のタイミングは、奴がかぎ爪で襲いかかってきた時だ!避けるんじゃねぇ。そのまま、足を叩き切るんだ!」
ダルバスは、初めてドラゴンと戦うココネとリスタに、戦闘のコツを促していた。
「承知した!」
リスタは頷くと、ドラゴンへと襲いかかっていく。
 ドラゴンの攻撃対象は、徐々にダルバス達へと集中してゆく。
住民や建物を攻撃していたドラゴン達は、コウダイの指示により、ダルバス達へと集まってきていた。
ドラゴン達は、容赦なく襲いかかってきていた。
「ちきしょう!捌ききれねぇ!ぐあぁぁっ!」
ダルバスは、襲いかかるドラゴンをあしらうも、ブレスの直撃を受けてしまっていた。
その直後、一頭のドラゴンがダルバスに襲いかかる。
そして、ダルバスの右肩を食いちぎっていった。
「ぎゃあぁぁぁっ!」
ダルバスは絶叫を上げると、その場に倒れ込んでしまった。
「ダルバス殿!」
リスタは、ダルバスに駆け寄る。
すると、バロライトで作られた鋼鉄の鎧ごと、ダルバスの肩はえぐり取られていた。
これでは、まともに斧を持つ事すら出来ないだろう。
「ダルバス!」
その様子を見ていたライラは、即座にダルバスのもとへと駆け寄ってくる。
「お願い!援護して!」
ライラは、即座にダルバスの治癒を施そうとしていた。
「ライラ!こっちだ!」
ココネは、近くの民家へダルバスを引きずるように搬送していた。
ライラはそれに続く。
「皆の者!暫くは、我に近づくのではないぞ!」
リスタはそう叫ぶと同時に、凶戦士の技を発動する。
見る間に、リスタの体は隆々とし始め、凶戦士化した。
「うおぉぉっ!ドラゴン共め!皆殺しにしてやる!」
そう言うと、リスタはドラゴンへと突撃していった。
 ライラは建物の影に隠れると、すかさずダルバスへ治癒魔法を施していた。
ダルバスの肩からは、止めどもなく血が流れ落ち、下手をすればそのまま腕が千切れ落ちてしまいそうな程の重傷だった。
「ち・・・。ちきしょう・・・」
ダルバスは、横たわりながら苦悶の表情を浮かべる。
「落ち着いて!もう少ししたら、傷は塞がるから!」
ライラは、悶えるダルバスを押さえつけていた。
しかし、今回の傷は、裂傷や骨折などではない。
食いちぎられているのだ。
回復までは、少し時間がかかる。
 すると、その時だった。
建物の前にドラゴンが舞い降りると、中にいるダルバス達へブレスを放つ。
「きゃあぁぁぁっ!」
重傷のダルバスごと、そこにいる全員がブレスを浴びる。
ライラは、炎を振り払い、ダルバスを引きずるとドラゴンからの死角へと移動した。
「この野郎!」
ココネは、建物の入り口に駆け寄ると、中を覗くドラゴンに攻撃を仕掛けていた。
再び、ブレスを放つドラゴン。
ココネは、それを盾で受け止めると、炎の中、刀をドラゴンの口の中に突き刺す。
悲鳴を上げるドラゴン。たまらず、空へと逃げていった。
しかし、ココネの右腕は焼け崩れ、非道い火傷を負っていた。そして、引き抜く時にドラゴンの歯に触れたのだろう。ココネの腕は引き裂かれ、骨が見えていた。
「くそ・・・。これじゃ、武器が持てない・・・」
ココネは、入り口を警戒しながらも、ダルバスのもとへ足を運ぶ。
「ココネ・・・!」
ライラは、ダルバスへの治癒を施しながら、ココネの惨状に目を見張った。
「大丈夫・・・じゃないな。ライラ、すまないが、俺にも治癒を頼む・・・」
ココネはそう言うと、ライラの前に崩れ落ちてしまった。
ダルバスは、まだ完治していない。
ライラは、動揺の色を隠せなかった。
「俺に・・・。任せろ・・・」
ダルバスは、左手で秘薬を掴むと力無く詠唱を始める。
程なくすると、青白い光の玉がダルバスの掌に現れた。
「ほら・・・。俺に、近寄ってくれ・・・」
ダルバスは、ココネを促す。
「わかった・・・」
ココネは、意識を失いそうな状態だったが、かろうじてダルバスに近寄る。
そして、ダルバスはココネの治癒を行っていた。
しかし、ダルバスの魔法力は弱い。完治には至らなかった。
「・・・ちっ!もう一回だな」
ダルバスは、再び治癒魔法を詠唱すると、ココネに治癒を施す。
すると、ココネの傷跡は跡形もなく消え、痛みも引いていった。
「ダルバス・・・。大丈夫?」
ライラは、ダルバスが魔法を使う様子を、心配そうに見ていた。
「大丈夫だ。俺には、ライラがいるからな・・・」
ライラはそれを聞くと、恥ずかしそうに視線を逸らしてしまっていた。
「お熱いところをもっと見ていたいところだが、俺は行くぜ?ダルバス、ありがとうな」
ココネはそう言うと、外へとかけ出していった。

 その頃。
リスタは苦戦していた。
いくら凶戦士化したとはいえ、多勢に無勢だった。
空を舞うドラゴン。
上空からは、無数のブレスがリスタを見舞っていた。
しかし、それでもリスタは戦う。
ドラゴンが急降下してくれば、そのかぎ爪を全て叩ききっていた。
そして、複数のドラゴンが近寄れば、パラディンの技である、ホーリーライトを発動して、近くのドラゴン達を吹き飛ばしていた。
ドラゴンへ攻撃が届かない場合は、足下にある瓦礫を空に舞うドラゴンへと叩き付けていた。
リスタは凶戦士化していたが、前にダルバス達と試合をした時とは力の加減が全く違っていた。
試合の時は、ダルバスを殺害することは出来ないため、それなりの力の加減を行っていた。
しかし、今は容赦などない。
ドラゴンに対して、殺意全開で挑む次第となっていた。
リスタが投げつけた瓦礫は、ドラゴンへ命中する。
だが、それがドラゴンへの致命傷となる事はなかった。
よろめいて、リスタの前に墜落するも、リスタは決定的な一撃を与えられずにいた。
それ故に、ドラゴンにとどめを刺すのは、一人では難しかった。
リスタは、徐々に体力を削られてゆき、かなりの劣勢を迎えていた。
「おのれ・・・。もはや、これまでか・・・」
リスタは、建物を背にして息を荒くしていた。
そのリスタに、一頭のドラゴンが襲いかかる。
リスタは、それに応戦しようとするが、体力の消耗が激しく、間に合わなかった。
その時。
リスタへ襲いかかるドラゴンに、その背後からココネが斬りつけていた。
ドラゴンの左羽の一部を切断すると、ドラゴンは揚力を失い、バランスを崩すと地面に落下していた。
「リスタ!大丈夫か!」
ココネは、リスタへと駆け寄る。
羽を切られたドラゴンは、無理矢理羽ばたくと、再び空へと舞って行ってしまった。
「ココネ殿!すまない。助かったぞ」
リスタは息を整えると、ココネに礼を言う。
しかし、安心したのはつかの間だった。
一頭のドラゴンが、リスタ達の真上へ現れると、ココネに襲いかかっていた。
不意を付かれたココネ。
気が付くと、目の前には、ドラゴンのかぎ爪が襲いかかっていた。
死を覚悟するココネ。
その時だった。
「駄目えぇぇっ!」
叫び声が聞こえたと同時に、ココネに襲いかかってきていたドラゴンの胴体に、ユニコーンの角が突き刺さっていた。
声の主は、ピヨンだった。
 ピヨンは、ドラゴン達と激しい戦闘をするココネ達を見ていた。
しかし、このままでは愛する夫が死んでしまう。
それは、ドラゴンを殺すより辛い事だった。
ピヨンは、夫の窮地を見ると、たまらずグレイシーに攻撃指示を出していた。
ドラゴンは、ココネの目の前で、グレイシーの角で串刺しになっていた。
だが、絶命した訳ではない。
グレイシーの角から逃れようと、ブレスを吐きながら悶え苦しんでいた。
「すまない・・・。ピヨン」
ココネは呟くと、ドラゴンの首を一閃していた。
そして、ピヨンは駆け寄ってくる。
「ココネ・・・大丈夫?私・・・私・・・!」
ピヨンは、ココネの安全を確認すると同時に、ドラゴンへ攻撃してしまった事への罪悪感が混ざり、その場に泣き崩れてしまっていた。
「ピヨン・・・」
ココネは、ピヨンに掛ける言葉を失っていた。
その時だった。
「この大馬鹿者が!ここは戦場だ!・・・泣き崩れる者など足手まといでしかない!戦う気がなければ、とっとと去るがよい!・・・我は、貴様を死なせたくないのだからな!」
リスタは、あえて厳しい言葉を選んで、ピヨンを叱咤していた。
無論、それは戦闘慣れしていないピヨンを気遣うものだった。
戦場とは、決して甘いものではない。このままでは、ピヨンはドラゴン達の餌食になるかもしれなかった。
故に、リスタは厳しくピヨンに接していたのだ。
「しかしな。今の行動には感謝する。貴様の助力がなければ、夫は死んでいたであろう。だが、これ以上戦う意思がなければ、邪魔になるだけだ!すまぬが、街の外から、我々の結末を傍観して頂きたい」
リスタは、ピヨンの心を傷つけぬよう、ピヨンへ次の行動を促していた。
「・・・ううん。ごめんなさい。リスタ・・・隊長。私の考えが甘かった。私は、人間と動物の共存が夢だった。でも・・・」
ピヨンは言葉に詰まっていた。
「ピヨン・・・」
ココネは、ピヨンの肩を抱きしめる。
「でも・・・。今は、そんな事言ってられない。そんな事を言っていたら、ココネが死んじゃうかもしれないし、みんなや、トリンシックの人達も死んじゃうかもしれない・・・。私、戦う!」
ピヨンは、涙を振り払うと、戦う意思を見せていた。
「そうか・・・。その言葉に、偽りはあるまいな?虚栄であれば、今すぐこの場を離れるのだな」
リスタは、優しい目でピヨンを見つめていた。
生き物にたいして、最大の愛を見せるピヨン。
今の決断が、どれだけ簡単でないのかは、リスタは理解していた。
しかし、今は生死を分ける事態になっている。
綺麗事を言ってはいられないのが現状だった。
「約束・・・する。私達や、トリンシックの住民に危害が及びそうだったら、ドラゴンを、攻撃・・・。・・・。する」
ピヨンは、語尾に詰まりながらも、リスタに約束をしていた。
「あいわかった。では、一緒に戦おうぞ!」
リスタは、ピヨンの意図を申し訳なく思うも、戦闘続行を促していた。
 その時だった。
リスタ達の背後から、ドラゴンが襲いかかる。
「来たぞ!」
リスタが叫んだその時だった。
リスタ達は、ドラゴンからの攻撃を緩和するために、建物にたいして背を向けていた。
それが仇となった。
リスタがもたれ掛かっている建物を、真上から尾で叩き崩したのだ。
一瞬のうちに、リスタ達は瓦礫の中へと消えていってしまった。

 その様子を見ていたコウダイ。
「くっくっくっ・・・。いい眺めですねぇ・・・。それでも、誉めてあげますよ。今まで、ここまで善戦した人間はいなかったですからね・・・」
コウダイは、倒れてゆくダルバス達を眺めると、満足げな笑みを浮かべていた。
「さて、彼らが立ち上がるまで、また他の住民を殺して楽しむ事にしますか・・・」
コウダイは、ダルバス達をなぶり殺しにするつもりだった。
いきなり殺してしまっては、面白くない。
今回の旅を、死ぬほど後悔させてから殺すつもりだったのだ。
コウダイは、数頭のドラゴンをダルバス達の攻撃用に残すと、他のドラゴン達とともに、トリンシックの街への攻撃を再開していた。

 その頃。ダルバスは、ようやく治癒を終えたところだった。
「はい。これで大丈夫よ」
ライラは、ダルバスの傷口を確認する。
傷口は再生され、既に痛みもなくなっていた。
「おう。ありがとうよ。これで、また戦えるってもんだ」
意識が朦朧としていたダルバスだが、今は完全に回復している。
ライラは、自身の火傷を治療していた。
「すまねぇな。迷惑をかけちまった」
ダルバスは頭を掻く。
「いいのよ。それより、白紙になった巻物を出して。もう、治癒魔法の巻物は殆どないのではなくて?」
ライラは、ダルバスが使用した治癒魔法の巻物を出すよう促していた。
ダルバスは、直ぐにでもリスタと合流したかったが、体勢を立て直さなければならないと思い、ライラの指示に従っていた。
「2分だけ、時間を頂戴」
ライラはそう言うと、大急ぎで、白紙の巻物に治癒魔法の魔法の文字を記入していった。
そして、書き終わると、すぐさま瞑想に入っていた。
暫くすると、ライラは瞑想から覚めていった。
「お待たせ。そしたら・・・。ヴァス・ウァス・サンクトゥ!」
ライラは、魔法を詠唱した。
「お・・・これは」
ダルバスには、覚えのある魔法だった。
リスタと試合をした時に、術者を中心に、その廻りにいる人達の物理的な力を緩衝する魔法だった。
「それと、もう一つ。・・・エクス・ウァス!」
この魔法は、個人の敏捷性を上げる魔法だ。
これも、ダルバスには馴染みがあった。
「これでよし・・・と。ある程度は、有利に戦える事よ?さ。急ぎましょう!」
ライラはそう言うと、立ち上がる。
 その時だった。
一頭のドラゴンが、ダルバス達のいる建物に、上空から体当たりをしたのだ。
一瞬にして、豪快な崩落音とともに建物は崩壊する。
「きゃあぁぁぁっ!」
「くそぉっ!」
ダルバス達は、為す術もなく瓦礫の下に埋まってしまっていた。
しかし。
ダルバスは、ライラに覆い被さると、瓦礫の重みに耐えていた。
奇跡的に、ライラは無事なようだった。
しかし、瓦礫の重量はかなりなもので、ダルバスは、いつ力尽きても不思議はない状態だった。
「ライ・・・ラ。大・・・丈夫か・・・!」
ダルバスは、歯を食いしばると腕に力を込める。
「だ、大丈夫よ。それより・・・!」
ライラは、生き埋めになり、自分たちが今にも押しつぶされそうな事に気が付いていた。
「ライラ・・・。すき間があれば・・・逃げて・・・くれ!俺は、もう・・・っ!」
ダルバスの腕は、ブルブルと痙攣し、今にも崩れ落ちそうだった。
ライラは、すかさず魔法を詠唱する。
「ウァス・マニ!」
ライラは、ダルバスへと魔法を放っていた。
「どう?これなら瓦礫を持ち上げられない?」
ライラが施した魔法は、一時的に腕力が上昇するものだった。
「これなら・・・何とか・・・なるかもしれねぇ!だが・・・時間の問題だ。これ以上・・・この瓦礫を持ち上げる事は・・・出来ねぇ・・・!ライラ・・・!このままでは・・・おめぇも潰されて・・・しまう!何とか・・・逃げてくれ!」
見ると、ダルバスは脂汗を流しながら、瓦礫の重量に耐えていた。
ダルバスは、自分を犠牲にしてライラを逃がそうというつもりだった。
「・・・馬鹿ね。死ぬ時は一緒よ?」
ライラは、歯を食いしばるダルバスへ唇を重ねる。
「でもね?今死ぬ気はないわ?・・・クァル・ヴァス・クロスレェン・イリィエル!」
ライラは、ルビーを瓦礫のすき間に転がすと、土の精霊を召還する。
すると、途端に土の精霊が実体化する。
その弾みで、瓦礫は持ち上がっていった。
ライラは、土の精霊に指示を送ると、土の精霊自身に重なっている瓦礫の撤去を命じていた。
土の精霊は、難なく瓦礫を取り除くと、ダルバスの上にある瓦礫をも撤去する。
程なくして、ダルバスにのし掛かっていた瓦礫は取り除れていた。
「ふぅ。助かったぜ。土の精霊が、こういう事でも役に立つとはな」
ダルバスは立ち上がると、ライラの手を取っていた。
「ありがと。ダルバス、怪我はない?」
ライラは、ダルバスを確認するも、鎧のおかげだろうか。重い思いはしたものの、傷はかすり傷程度なようだった。
「あぁ。大丈夫だぜ。ったく、建物ごと壊しに来やがるとはな。派手な事をしやがるぜ・・・」
ダルバスは、上空を見上げる。
今、ダルバス達の上空を舞っているのは、数頭のドラゴンだけだった。
他のドラゴン達は、相変わらず街を攻撃していた。
「舐めやがって・・・。俺達をなぶり殺しにするつもりらしいな」
ダルバスは、遙か上空にいるコウダイを睨み付ける。
「取り敢えず、リスタ達と合流しましょ?纏まらないと、戦いにならないわ?」
ライラはそう言うと、辺りを見渡していた。
すると、一軒の建物が崩落しているのを確認する。リスタ達の姿は確認することが出来なかった。
そして、その傍らには、グレイシーに乗ったピヨンが右往左往しているのを確認していた。
「まさかっ!」
ダルバス達は、急いで瓦礫に駆け寄っていた。
しかし、他のドラゴン達がダルバスに襲いかかる。
ライラは、すかさずリュートを演奏して、ドラゴンの動きを止めていた。
「邪魔すんじゃねぇっ!」
ダルバスは、空中で羽ばたいているドラゴンに、斧を投げつける。
斧は、ドラゴンの腹部に直撃すると、大きく腹をえぐっていた。
そして、ライラは止めとばかりに、ドラゴンへ魔法を叩き込む。
ドラゴンの体は、大爆発を起こすと、四散してしまった。
ドラゴンの、大量の血を浴びるダルバス達。
しかし、その様な事は気にしていられない。
恐らく、リスタ達は瓦礫に埋もれてしまっているのだろう。事は、一刻を争っていた。
ダルバス達は、瓦礫の前で戸惑うピヨンに声を掛ける。
「ピヨン!ココネは、この中か!」
ダルバスは、ピヨンに駆け寄ると問いただしていた。
「ダルバス!ドラゴンが、ココネ達を!」
ピヨンは、グレイシーの角を操りながら、瓦礫を撤去しようとするも、なかなかうまくいかない事に苛立ちを覚えていた。その目には、涙がにじんでいる。
「ココネ!リスタ!」
ライラは、土の精霊を呼び寄せると、瓦礫の撤去作業の準備を始める。
ダルバス達は、瓦礫に駆け寄ると、赤い外套がすき間から見えるのを確認していた。
間違いない。この下に、リスタ達はいる。
ライラは、瓦礫を撤去するよう土の精霊に指示を与えていた。
その時だった。
「うおぉぉぉっ!」
瓦礫の中から叫び声が聞こえたと思うと、瓦礫がガラガラと音を立て、リスタが姿を現した。
「なっ!?」
ダルバスとライラは、驚愕の視線をリスタに送っていた。
「リ・・・リスタ。大丈夫か!」
ダルバスは、リスタに駆け寄る。
「信じられない・・・」
ライラは、目の前にある瓦礫を見つめていた。
先ほど、ダルバス達は同じように生き埋めになったが、腕力の上がる魔法を持ってしても、瓦礫を持ち上げる事が出来なかったのだ。それを、リスタはいとも簡単に持ち上げて、脱出していたのだ。
「あぁ。大丈夫だ。少し、気を失ってしまっていたようだがな。瓦礫があまりに重いので、瓦礫にたいして敵対集中を発動し、凶戦士化した事により、持ち上げる事が出来たようだ。それより、ココネ殿を早く助けなくては!」
リスタは、すかさず瓦礫の撤去を始めていた。
ライラの土の精霊も、それを手伝っていた。
「相変わらず、化けもんじみた怪力だぜ・・・」
ダルバスは苦笑いを浮かべていた。
それを見ると、ピヨンも女性故、非力ながらも手作業で、瓦礫の撤去を手伝っていた。
「ココネ!お願い!無事でいて・・・」
ピヨンは、リスタと土の精霊と一緒に、最愛の夫を捜す事になる。
 すると、2頭のドラゴンがその隙を逃さず襲いかかってくる。
ライラは、それを確認すると、再びリュートを奏でていた。
すると、2頭のドラゴン達は、ダルバス達への攻撃を中断すると、お互いに戦いを始めていた。
「なんだ?仲間割れか!?」
ダルバスは、突然のドラゴンの行動に驚いていた。
「あぁ。あれはね、扇動といって、一時的に同士討ちをさせる技なのよ。暫くは、安心していいわ?でも、用心していてね?」
ライラはそう言うと、瞑想に入っていった。
程なくすると、ココネが瓦礫の中から救出される。
すると、ピヨンは思わずココネに抱きついていた。
「よかった・・・。生きていたんだね・・・」
ピヨンは、ココネとキスをしていた。
しかし、意識はあるものの、息も絶え絶えといった感じだ。
「ピヨン。悪ぃな」
ダルバスは、瀕死のココネにしがみつくピヨンを引き離すと、すかさず治癒魔法を施す。
「くそ・・・。さっき、回復して貰ったのに、何も出来ないうちに瀕死になるとはな・・・。皮肉なもんだ・・・」
ココネは力無く呟いていた。
ダルバスが治癒魔法を数回掛けると、ココネは辛うじて回復を果たしていた。
「おう。リスタよ。おめぇも無事じゃあるめ?」
ダルバスは、リスタの負傷箇所を確認すると、治癒魔法を放っていた。
「すまぬな。不覚をとったようだ。感謝するぞ」
リスタも、素直にダルバスからの治癒魔法を受けていた。
それと同時に、ライラも瞑想から覚めていた。
ダルバス達の上空では、ドラゴン達の激しい戦闘が繰り広げられていた。
互いにブレスを放ち合い、かぎ爪で引っ掻き合い、既に満身創痍だった。
「すげぇな・・・」
ダルバスは、その様子を固唾を呑んで見守っていた。
既に、他のドラゴン達は街の攻撃に加わり、ダルバス達の廻りにはドラゴンはいなかった。
「苦しめるのも可哀想だ。ライラ、楽にしてやれよ?」
ダルバスは、魔法で止めを刺す事を提案していた。
「そうね・・・。本当は、ドラゴンを殺したくないけれど・・・。扇動が解けたら、また襲いかかってくるからね。・・・御免なさい・・・」
ライラは呟くと、稲妻の魔法を連唱すると、2頭のドラゴンに止めを刺していた。
ライラは、悲しそうな表情を浮かべていた。
本来であれば、人間と共存が可能なドラゴン。
それが、コウダイによりその生活は破壊されてしまったのだ。
ライラは、再びコウダイに対しての怒りが込み上げてきていた。
「ピヨン殿には申し訳ないが、仕方あるまい・・・。ピヨン殿。すまぬな・・・」
リスタは、ピヨンに申し訳なさそうな視線を送っていた。
「・・・ううん。仕方がないよね・・・」

 コウダイは、稲妻により倒れるドラゴン達を確認していた。
「・・・許せませんね。ここまでするとは・・・。これは、予定が狂いましたね。彼らには、もっと苦しんで貰わなくては・・・」
コウダイは、古代竜に指示を出すと、街への攻撃を中止し、ダルバス達を襲うよう指示を出していた。
引き連れてきていたドラゴンは、ダルバス達により、半数近くを失っている。
しかも、ダルバス達の攻撃により、負傷しているドラゴンも多数いるのだ。
本来であれば、ダスタード内にいる全てのドラゴンを引き連れてくるつもりだったが、ダスタードの入り口を塞がれた事により、予定よりもかなり少ない数になってしまっているのも否めなかった。
それでも、これだけの数がいれば楽勝と考えていたコウダイ。
予定が狂い始めた事により、コウダイは焦りを見せ始めていた。
 しかも、コウダイには大きな誤算があった。
それは、チームワークという事だった。
コウダイは、今まで、自分が手に入れた、人やドラゴンを操るという能力のみに頼ってきた。
しかし、それは自分が求める一方的な力でしかない。
それに対し、ダルバス達は各々の力加減を確認し、ドラゴンへと立ち向かってきていたのだ。
ダルバスであれば、戦士と魔法の力。
ライラであれば、極めた魔法の力と音楽の力。
リスタであれば、パラディンとしての力。
ココネであれば、ダルバスと同じ戦士としての力。
ピヨンであれば、調教師と裁縫師としての力。
 コウダイは、どのような力であれ、自分が人やドラゴンを操れる事により、どのような力にも立ち向かえると信じてきていた。
しかし、それは、暴力的な力一辺倒であり、様々な力が集まった時、それがコウダイにどのような影響を及ぼすのかとは、考えた事はなかった。
 ダルバス達は、様々な能力とチームワークのもと、コウダイの喉元に近づきつつある。
コウダイは、その事態を理解していなかった。

「くっくっくっ・・・。後悔の念に晒されながら死ぬがいい」
コウダイは、ドラゴン達へ指示を放っていた。
そして、コウダイはダルバス達が、どれだけ良い声を上げながら死んでゆくのかを確認すべく、古代竜の高度を下げていった。
「くそったれがあぁぁっ!また、襲いかかって来やがった!」
再び、ダルバス達は、修羅を迎える事となる。
また、罪のないドラゴン達を殺傷しなければならないのか。
一同は、覚悟を決めていた。
その時だった。
「もう、ドラゴン達は殺したくないの!何か、方法はないの!?」
ピヨンは、感極まった声を上げていた。
「そんなこと・・・っ!」
一行は、ピヨンの無謀とも言える提案に固まっていた。
しかし。
ライラは、先日ムーングロウで戦ったドラゴン戦を思い出す。
あの戦法なら・・・。
「ダルバス!このルビーを、古代竜・・・。いえ、コウダイの前まで投げつけて!」
ライラは、叫ぶとダルバスにルビーを手渡す。
今、ダルバスには腕力が上昇する魔法が掛けられていた。
上空にいるコウダイには、問題なく届く距離と思えた。
「お・・・おぅ。わかったぜ!」
ダルバスは、ルビーを受け取ると、上空にいるコウダイへ向けて狙いを定める。
「いい!?絶対に失敗はしないで!」
ライラは、ダルバスに注意を促す。
ダルバスは、その注意を受け止めながら、細心の注意を放っていた。
旋回しながら降りてくるコウダイ。
慌ててはいけない。
細心の注意を払いながら、ダルバスはルビーを空に向けて投げ放っていた。
ダルバスの放ったルビーは、寸分違わず古代竜の目の前に現れる事となる。
「ん・・・?なんですか?これは?」
コウダイは、一瞬目の前に現れたルビーに目を奪われる。
その時だった。
ライラは、魔法を発動させていた。
「クァル・ヴァス・クロスレェン・イリィエル!」
ライラが、魔法を詠唱すると、瞬時に土の精霊が現れる。
そして、落下しながらも古代竜の首もとにしがみついていた。
 突然現れた土の精霊。
古代竜は、突然の重量に体勢を崩し、落下し始めていた。
「なっ!?」
これには、コウダイも戸惑いを隠せなかった。
古代竜に、上昇の指示を与えるも、石の塊である土の精霊に突然しがみつかれては、どうしようもなかった。
瞬く間に、古代竜とコウダイは、地面へと落下する事となった。

 しかし。古代竜は、力強く羽ばたくと、地面への激突を何とか免れれていた。
その首には、土の精霊がしがみついている。
その背には、コウダイがいた。
「くっくっくっ・・・。これは、やられましたね・・・。それほど、この古代竜に殺られたいとはね・・・」
コウダイは、古代竜の上から、ダルバス達に不敵の笑みを浮かべていた。
「馬鹿野郎が・・・。てめぇは、既に袋のネズミなんだよ!覚悟しな!」
ダルバスは斧を構える。
土の精霊は、古代竜の首から離れることなく、古代竜を地へ繋いでいた。
古代竜は、足掻くも、力一杯締め付けている土の精霊を振り放す事は出来ないでいた。
「覚悟しな。コウダイ。年貢の収め時だな」
ダルバス達は、コウダイに滲みよる。
「くっくっくっ・・・。あなたがたは、まだ現状を理解していないようです。この、古代竜を抑えたとはいえ、まだ多数のドラゴン達がいるのですよ・・・」
コウダイはそう言うと、残ったドラゴン達へ、総攻撃を促していた。
すると、瞬時に、ドラゴン達はダルバス達へと攻撃を開始していた。
それは、今までにないほどの猛攻だった。
複数の方向から、ダルバス達はドラゴンからのブレスを受ける事になる。
「散れ!散るのだ!」
リスタは、ブレスから逃れるよう、一行に指示をしていた。
コウダイから、距離を置く一行。
しかし、ドラゴンからの攻撃は止む事はなかった。
ライラは、コウダイに魔法攻撃をしようとするが、ドラゴンからの攻撃を回避するのに精一杯で、魔法の詠唱は困難を極めていた。
「くそったれがあぁぁっ!」
ダルバスは、襲い来るドラゴンのかぎ爪を叩き落とすも、ブレスからの攻撃は回避出来ないでいた。
ドラゴンからのブレスの直撃を受けるダルバス。
悶絶しながら、地面を転げ回っていた。
「おのれぇっ!」
その様子を見ると、リスタは古代竜への敵対集中を発動していた。
しかし、これが仇となる。
敵対集中は、決まった個体が対象となる。
それ以外からの攻撃は、リスタは気が付きにくくなり、逆にリスタへのダメージ過多となるのだ。
古代竜へ立ち向かうリスタ。
しかし、それを妨げるかのように、他のドラゴン達が襲いかかっていった。
リスタへ、ブレスと、かぎ爪が襲いかかっていった。
ブレスと、かぎ爪の攻撃を同時に受けるリスタ。
全身を炎に包まれながら、右足のアキレス腱をドラゴンのかぎ爪が奪っていった。
「がはあぁぁっ!」
リスタは、足を奪われた事により、地面に転がり込む。
「リスタ!」
ダルバスは、リスタへと駆け寄る。
リスタは、アキレス腱を奪われた事により、右足を激しく痙攣さえていた。
「不覚をとった・・・。すまぬ・・・」
リスタは、何とか立ち上がろうとするが、不可能なようだった。
「ライラ!援護してくれ!」
ダルバスは叫ぶと、ライラに援護を要請していた。
「わかった!」
ライラは叫ぶと、ダルバス達の頭上へ、魔法の障壁を展開していた。
魔法の障壁は、ドラゴンからのブレスや物理攻撃などを遮断する。
「待ってくれよ。リスタ。今、治癒を施すからな」
ダルバスはそう言うと、リスタへの治癒を試みる。
「すまぬな・・・」
リスタは、ダルバスの治癒を受けながらも、盾で外部からの攻撃を回避しようとしていた。

「小賢しい真似を・・・」
コウダイは、古代竜の首にまとわりついていた土の精霊を、ようやく振り払うと、再び空へと舞ってゆく。
眼下には、苦戦するダルバス達がいた。
コウダイは、勝利を確信すると、止めを刺すよう、廻りのドラゴン達へ合図を送る。
その時だった。
一頭のドラゴンが、古代竜へと襲いかかる。
「なっ!?」
操っていたと思っていたドラゴンが急に襲いかかり、コウダイは古代竜を急旋回させると回避していた。
そして、古代竜へ襲ってきたドラゴンを、ダルバス達へし向けるよう指示を出す。
しかし、ドラゴンは古代竜への攻撃を止めようとはしなかった。
「まさか!そんな!」
今までになかった現象に、コウダイは慌てていた。
しかも、ドラゴンは、古代竜を狙っているのではなく、コウダイを狙っているようだった。
「グアァーッ」
ドラゴンは、その瞳に怒りを宿すと、コウダイに襲いかかる。
コウダイは、逃げ惑いながらも、なんとかドラゴンを鎮めようとしていた。
しかし、いくら試みるも、ドラゴンが鎮まる事はなかった。
 すると、ダルバス達を襲っている、ドラゴン達からの攻撃が弱まってゆく。
ダルバス達は、何事かと空を見上げていた。
「ライラ。また扇動をかけたのか?」
ダルバスは、ライラに問いかける。
「いいえ。そんな暇なかったわ?」
ライラも不思議そうに、古代竜と1頭のドラゴンを見上げていた。
しかし、攻撃が弱まったとはいえ、止まった訳ではない。
襲い来るドラゴン達に、ダルバス達は再び身構えていた。

 これは、コウダイの思念が乱れたからに過ぎない。
ドラゴンからの攻撃を回避するのに必死で、古代竜へ回避以外の指示が出せなくなっていたのだ。
従って、ダルバス達を攻撃しているドラゴンにたいして、古代竜からの指示は行き渡らなくなる。
 コウダイは決意した。このままでは、自分がやられてしまう。
「あいつを殺せ!」
コウダイは、目の前のドラゴンを殺すよう、古代竜に指示を放つ。
しかし、その指示は間に合わなかった。
コウダイが古代竜に意識が向いた瞬間を、ドラゴンは逃さなかった。
ドラゴンは、コウダイに対し、紅蓮の炎を放つ。
コウダイは、回避する間もなく、ブレスの直撃を受けてしまっていた。
「があああぁぁっ!」
コウダイが纏っているローブは焼け落ち、コウダイは炎に包まれていた。
そして、鎧を着ていたとはいえ、それは革製品だった。炎はそれすらをも焼き払っていた。
全身の皮膚が焼けただれ、激痛がコウダイを支配していた。
「ぐ・・・あ・・・。古代・・・竜。奴を・・・殺せ・・・」
コウダイは、意識が遠のきそうになる中、なんとか今を切り抜けようと、古代竜に指示を放っていた。
その時、再びドラゴンはブレスを放つ。
しかし、その攻撃はコウダイには命中せず、古代竜の顔へと命中していた。
すると、突然古代竜の動きが停止した。
そして、他のドラゴン達も、ダルバス達への攻撃を停止していた。
「クル?」
「クルリャ?」
ドラゴン達は、不思議そうな表情で声を上げていた。
それを見ていたダルバス達。
「一体、何が起きていやがる・・・」
リスタの治療を終えたダルバスは、再び警戒していた。
「まさか・・・。いえ、間違いないわね」
ライラは古代竜を見つめると、確信したかのように頷いていた。
「どういう事?」
ピヨンは、ライラに説明を促す。
「今、ドラゴンが古代竜に攻撃をしたでしょ?恐らく、コウダイからの呪縛が解けたのではないかしら」
ライラは、操られている者は、何かしらの衝撃を受ければ、正気になる事を思い出していた。
「なるほど・・・。でも、また直ぐにコウダイが操ってしまえば、ドラゴンからの攻撃は再開されるんじゃないのか?」
ココネは、ドラゴン達への警戒を緩める事はなかった。
「そうよ。まだ、安全とは言えない。さ、今のうちに、体勢を立て直しましょ?」
ライラは、負傷した仲間へと、治癒魔法を施し始めた。

 しかし、ライラ達の警戒とは裏腹に、古代竜の背には、気を失っているコウダイがいた。
古代竜は、何故自分がここにいるのかを戸惑っていたが、自分の背中にはコウダイが横たわっている事に気が付いた。
何年もコウダイと一緒に過ごした古代竜。
大好きなコウダイを落としては死んでしまう。
古代竜は、ゆっくりと旋回し、地上を目指していた。
すると、地上には、先ほど見たダルバス達を確認していた。
同じ人間なら、コウダイを何とかしてくれるに違いない。
古代竜はそう思うと、ダルバス達のもとへ降下していった。
「来るぞ!」
近寄る古代竜に、ダルバス達は身構える。
リスタは、敵対集中を発動し、ライラは魔法の詠唱体勢に入る。ピヨンは、グレイシーを構えさせていた。
そして、古代竜が射程距離に入ると、一行は総攻撃を仕掛けていた。
しかし。その時だった。
コウダイを攻撃していたドラゴンが、ダルバス達の前を高速で羽ばたいてゆく。
ダルバス達は、ドラゴンの羽により吹き飛ばされてしまった。
「なっ!こっちも攻撃すんのかよっ!」
ダルバスは立ち上がると、ドラゴンを睨み付けていた。そして、再び特攻しようとする。
「待って!様子が違う!」
ピヨンは、そう叫ぶと皆に攻撃中止を促していた。
一行は、ピヨンの言葉に訝しむも、2頭のドラゴンを見つめていた。
すると、ドラゴンはゆっくりとピヨンの前に降り立っていた。
一行に、緊張が走る。
しかし、この時既にピヨンにはわかっていた。
「あなた・・・。ブラックライトね・・・。間違いない!ブラックライトだ!」
ピヨンはそう言うと、目の前のドラゴンの首にしがみついていた。
「クルル~」
ドラゴンは、ピヨンへ甘えるように、ピヨンの体へ首を巻き付けていた。
「まさか・・・。そんな・・・」
ココネは、驚きを隠せないでいた。
ドラゴンである、ブラックライトは、既に古代竜の支配下にあると思っていたのだ。
「そうか・・・。あんたは、古代竜が私達に襲いかかる気がない事を、教えてくれたんだね。優しい子・・・」
ピヨンは、ブラックライトの頭を優しく撫でていた。
その様子に、一行は呆然としていた。
「そうだ!コウダイはどうなっているのだ!」
リスタは、コウダイの所在を探す。
すると、その時。
古代竜が、一行の前に進み出ると、振り返りコウダイの様子を見せていた。
「グル~・・・」
古代竜は、背にいるコウダイがどうなっているのかを心配するような声を上げていた。
すると、古代竜の背には、焼け崩れたコウダイの姿があった。
「コウダイ・・・!」
誰ともなく、声を上げる。
見ると、コウダイは死んでいる訳ではなかった。
全身を焼かれ、苦しそうな声を上げていた。
その様子を見て、誰も声を発する事は出来なかった。
誰がこのような結末を予測できたのか。
一行は、暫くの間、苦悶の声を上げるコウダイを見つめているしかなかった。
「・・・取り敢えず、コウダイを降ろさぬか?奴は罪人だ。裁きを受けて貰う」
リスタは、沈黙を破り口を開いた。
「そうね・・・。でも、直接触れるのは危険だわ?操られる可能性があるからね」
ライラはそう言うと、土の精霊を召還する。
そして、土の精霊を操ると、コウダイを古代竜の背から降ろしていた。
「グル・・・。グリャ~・・・」
古代竜は心配そうに、コウダイの頬を舐めていた。
古代竜は、コウダイが自分を操って、このような事をしていた事など、微塵足りの記憶もなかった。
コウダイに甘える古代竜を見ると、一行は、やり切れない気分になっていた。
「よいか!奴は、対象に触れなくても操られると心得よ!仲間内で不審な動きをする者があれば、容赦なく殴り飛ばすがよい!」
リスタは、コウダイに対して、最大の警戒を促していた。
コウダイを見ると、既に虫の息だった。
辛うじて目を開くと、恨めしそうな視線を、ダルバス達に送っていた。
「お、おのれ・・・!。この・・・ような・・・事に・・・なるとは・・・。雑魚の・・・分際で・・・私に・・・たてを・・・つくとは・・・。考え・・・ねば・・・」
コウダイは、息も絶え絶えな状態で、ダルバス達を睨み付けていた。
既に、この状態では、人やドラゴンを操る事は出来ないのだろう。
ダルバス達や、古代竜が操られる気配はなかった。
「さて。このような状態でも、拘束が必要だ。私が縛り上げるので、その後に、私を殴り飛ばして欲しい」
リスタはそう言うと、ロープを取り出し、コウダイの拘束を計っていた。
「待ってくれ。それは、俺にやらせてくれ」
ダルバスは、リスタを制すると、自身がコウダイを拘束するよう提案していた。
「いいのか?危険かもしれぬぞ?」
リスタは、ダルバスの提案に難色を示している。
「いいんだよ。リスタを試合以外でぶん殴んのも、気が引けるしな」
ダルバスはそう言うと、リスタからロープを受け取る。
「さて。コウダイ。年貢の収め時だ。観念しな」
ダルバスは、コウダイを睨み付ける。
コウダイは、それに抵抗も出来ず、ただ沈黙を続けていた。
ダルバスは、警戒しながらコウダイの体に触れる。
しかし、その感触は、警戒していたものとは違っていた。
以前、コウダイの体に触れた時は、ありとあらゆる負の思念が流れ込んできていたのだ。
今回、リスタにコウダイの拘束をさせないのは、あのような不快な思いをさせたくなかったからだった。
しかし、ダルバスがコウダイの体に触れるも、あの時の嫌な感触は全くなかったのだ。
「・・・」
ダルバスは沈黙する。
「ダルバス・・・。どうしたの?」
ライラは、ダルバスが操られてしまったのではと、警戒をしていた。
「いや・・・。なんでもねぇ」
ダルバスはそう言うと、素早くコウダイを拘束していった。
「終わったぜ?」
ダルバスがそう言うや否や。
一筋の稲妻がダルバスを襲った。
「がっ!」
稲妻の衝撃に、一瞬身を強ばらせるダルバス。
「・・・。大丈夫みたいね」
ライラは、ダルバスが操られていない事を確認していた。
「こ・・・、この野郎!いつもの火の玉じゃねぇじゃねぇかっ!」
突然の魔法攻撃に、ダルバスはライラに抗議する。
「あ・・・あはは。ほら、今のあんたは、炎の耐性があるじゃない?だから、たまには違う魔法もどうかなってね?」
ライラはおかしそうに笑っている。
「相変わらずなのだな・・・」
リスタは、その様子を見て苦笑するしかなかった。
 しかし、談笑はしていられなかった。
目の前には、諸悪の根元ともいえるコウダイがいる。
「リスタ。コウダイをどうするつもりだ?」
ココネは、リスタに問いかける。
「本来なら、即処刑に処すところだが・・・」
リスタは、考え込んでいた。
あまりにも、前代未聞の事件を起こしたコウダイ。
どのように処したらよいのかを考え倦ねていた。
それに、既にコウダイは、全身を焼かれていて、何も施さなければ既に死が見えている。
その時だった。
「ねぇ。リスタ。コウダイの処刑は、少し待って頂けない事?それに、このままではコウダイは死んでしまうわ。少しだけ、治療を施しても構わないかしら」
突然のライラの提案に、リスタは動揺する。
「ラ、ライラ殿!こやつは、貴様らベスパーの仇となる人物だぞ。それに恩赦を施すと申すのか?」
リスタは、ライラが何を考えているのかがわからなくなっていた。
「そういう訳ではないけれど・・・」
ライラ自身も悩んでいたのだ。
コウダイが犯した所業は、決して許されるべきではなかった。
しかし、コウダイの過去を知り、コウダイの感情を考えると、同情の念も浮かび上がってきていた。
苛められたり、人から捨てられたコウダイ。
これが、もし自分に同じ事が起きていて、コウダイと同じの能力があったとすれば、果たして自分もコウダイと同じになっていたのか。
そう考えると、ライラはコウダイの処刑に戸惑いを覚えていたのだ。
 これは、ダルバスも同じようだった。
恐らく、コウダイの過去の話を聞いていなければ、問答無用でコウダイの首を跳ねていた事だろう。
ダルバスも、難しい表情を浮かべていた。
「・・・承知した。しかし、治癒は最低限にしてもらいたい。コウダイは、このままでは死んでしまうであろう。それを防ぐだけの、治癒をお願いしよう」
リスタも、ダルバス達の心境を汲んだのだろう。
コウダイへの治癒を促していた。
「わかったわ」
ライラはそう言うと、コウダイへ近づく。
そして、コウダイの傷跡を確認した。
コウダイは、ドラゴンのブレスにより衣服は焼かれ、既に裸に近い状態だった。
全身は、ケロイド状態になり、魔法でも完治が出来るのかが危ぶまれる。
既に、体力の限界を迎えているのだろう。
コウダイは、苦悶の声を上げながら気を失っているようだった。
ライラは、慎重に確認すると、各部位ごとに第1サークルの治癒魔法で、最小限の治療を施す。
第4サークルの魔法では、効果が高すぎるからだった。
これで、コウダイが目を覚ませば、会話くらいは可能だろう。
「さ、これでいいわ。ダルバス。私を引っぱたいてくれるかしら?」
ライラは、自分が操られていない事を証明するために、ダルバスへ促していた。
「お・・・。おう・・・」
ダルバスは躊躇する。
無論、それは今までライラに手を挙げた事などなかったからだ。
僅かな沈黙の後、ダルバスは魔法の詠唱を始めた。
そして、掌に現れた氷塊を、ライラの顔へと押しやっていった。
これは、前にライラが操られた時に行った方法だ。
これなら、問題ないとも思えたのだ。
瞬時に、ライラの顔は氷に包まれる。
「冷たっ!」
ライラは、思わず顔を覆っていた。
「・・・。大丈夫そうだな」
ダルバスは、安堵の息を漏らす。
「大丈夫よ。操られていないわ?」
ライラは、顔をさすると、ダルバスへ笑みを送っていた。
その笑みは、ダルバスが自分を気遣ったという感謝の意味も含んでいる。
ダルバスは、ライラの視線から逃れると、辺りを見渡していた。

 トリンシックの街は、ドラゴン達が放ったブレスにより、炎の街へと化していた。
コウダイの呪縛から解き放たれたドラゴンは、既にダスタードへと舞い戻っていき、既にドラゴン達の姿はなかった。
しかし、依然街の中からは、悲鳴と絶叫が響き渡り、騒然とした雰囲気が辺りを支配していたのだ。
「リスタ!俺達も、救護活動に廻ったほうがいいんじゃないのか?」
ココネは、一連の事態が落ち着いた事により、トリンシックの街を救う事を提案していた。
「無論だ。だが・・・」
リスタは、コウダイを見つめる。
既に、コウダイの意識はなく、拘束されている。
しかし、それでもリスタは、コウダイに危機感を覚えていた。
このまま、コウダイを放置して、全員がトリンシックへの援護へと廻ってしまったら、コウダイが目を覚ました時に、何が起こるのか、予想がつかなかったのだ。

 その時だった。
「おいっ!こっちだ!ここにも、ドラゴンがいるぞ!早く、駆除するんだ!」
数人の衛兵達が、古代竜のもとへ駆け寄ってくるのを確認する。
すると、瞬く間に衛兵達が古代竜とブラックライトを取り囲んでいた。
「おい!そこは危険だ!早く、その場を離れるんだ!」
一人の衛兵が、ダルバス達に避難するよう促していた。
ダルバス達は、その様子を見ると、苦笑するしかなかった。
「リスタ。頼むぜ?」
ダルバスは、事の終止を収めるために、リスタを促していた。
「落ち着け!我は、ブリテイン、ブラックソン城の隊長を務める、リスタ・クライシスというものだ!」
リスタはそう言うと、自身の証であるタグプレートを、目の前にいる衛兵に手渡していた。
それを受け取る衛兵。
そして、それが本物である事を確認していた。
「リスタ隊長!お勤めお疲れ様であります!しかし、そこにいるドラゴン共は、大変危険であります!即刻避難される事をお勧めします!」
衛兵は、襲いかかってこない古代竜と、ブラックライトに疑念を抱きながらも、避難を促していた。
「心遣い感謝する。だが、このドラゴン達は、貴様らに危害を加える事はない!理解を得るのは難しいかもしれぬが、今は詳細を話している時間はない!貴様らは、直ちに住民への救護にあたるのだ。そして、二度とドラゴン達へ、攻撃をせぬよう、トリンシックの衛兵隊長へ伝えてくれ!そして、隊長へ私が会いたがっている事を伝達して欲しい!」
リスタは、状況を簡潔に説明すると、トリンシックの衛兵に命令を下していた。
「は?・・・はっ!畏まりました!リスタ隊長!」
衛兵達は、リスタの発言に違和感も覚えるも、確かにここにいるドラゴン達は攻撃を仕掛けてこなかった。
それに安心したのか、リスタの命を受け、トリンシックの街へと消えていった。
「さすがだな。リスタの権力を思い知らされたぜ」
ダルバスは、衛兵への統率力を見ると、改めてリスタが高い地位にいる事を認識していた。
「今は、その様な事を言っている場合ではあるまい。我々も、早く救護活動に廻らねばならぬ。ダルバス、ライラ、ココネ、ピヨン。我ら、衛兵達に力を貸してはくれぬだろうか」
リスタは、真摯な眼差しで、一行を見つめていた。
「は?てめぇ、馬鹿か?何を今更。そんなの、当たり前じゃねぇか?」
ダルバスは、呆れ顔でリスタを見つめていた。
「本当。あんたは、脳みそまで筋肉なのね。私達が、このまま、はい終わり。で帰ると思っているのかしら」
ライラも、リスタの発言に呆れ顔を見せていた。
「リスタ・・・。あんたは、仲間であり、隊長だ。そして、俺は普段からムーングロウを守るための仕事をしている。それは、ここでだって、同じだろうが。ったく・・・。早く、命令してくれよな?」
ココネも、リスタの煮え切らない発言に、苛立ちを覚えているようだ。
「リスタが隊長であろうがなかろうが。私は、止められたって、この惨状に立ち向かうよ。力を貸す貸さないじゃない。ここで、救護活動をしなかったら、私達はコウダイと同じ」
ピヨンも、リスタの発言に呆れていた。
その皆の様子に、リスタは感動を覚えながらも、迂闊な発言をした事に後悔を覚えていた。
「・・・。そうか。すまなかった。既に、我らは仲間だったな」
リスタは、一行に頭を下げる。
「しかし・・・」
リスタは、拘束されたコウダイに視線を送る。
無論、一行が救助活動をしている間に、コウダイが逃走する事を心配していたのだ。
仮に投獄したとしても、衛兵を操られてしまえばそれまでなのだ。
「それなら、心配いらないよ」
ピヨンは、リスタに話しかける。
「心配はいらぬだと?何か、方法でもあるのかな?」
リスタは、ピヨンに問いかける。
「ねぇ。ブラックライトを思い出してみて?ブラックライトは、コウダイの思念に操られなかった。それは、古代竜を介しての操りだけど、多分、私がブラックライトを使役している限り、それは同じ事だと思うの」
ピヨンは、他に使役や支配をしている者がいれば、それをコウダイが操るのは不可能と感じていたのだ。
しかし、それにライラは危惧を覚えていた。
「待って。それならば、古代竜は下のドラゴン達を使役・・・統率していた。コウダイは、古代竜以下のドラゴンは、操れないって事になるのでないかしら?」
ライラは、ピヨンの提案に危険がある事を示唆している。
「それは・・・。でも、ブラックライトは、既に私の意中にあるのよ?問題があるのかしら」
ピヨンも、ライラの意見を受け止めるも、確信が持てないでいた。
その様子を見ていたダルバス。
「あ~。多分・・・だが。問題はないと思うぜ?」
2人の会話に割り込むダルバス。
「どういう事かしら?」
ライラは、ダルバスの発言に訝しむ。
「さっきな。コウダイを拘束した際に、奴の体に触れたろ?そん時だがよ。奴の体から、あの気色悪ぃ感触が伝わって来なかったんだ。これっていうのは、今時点では、コウダイは操る力を失っていると、判断できねぇか?」
ダルバスは、横たわるコウダイを指さしていた。
「そんな事って・・・」
ライラは、コウダイを見つめていた。
そして、恐る恐るコウダイに指を這わせる。
「お・・・おい・・・」
ダルバスは、それを警戒しながら見つめていた。
しかし、ライラはコウダイの体に触れるも、先日のような負の思念に襲われたり、頭痛を覚える事はなかった。
「・・・確かにそうね。今は、ただの『普通の人』みたいだわ?」
それに習い、ピヨンとココネも確認を行っていた。
「そうね。感じないね」
「別人のようだな」
ココネとピヨンも、確認を行うと、問題のない事を認識していた。
「ふむ・・・。私にはわかりかねるが・・・。でも、すまぬな」
リスタは、問題ないとは思いながらも、ホーリーライトを発動していた。
それにより、吹き飛ばされる一行。
「ぐぁっ!」
「きゃあぁぁっ!」
一行は悲鳴をあげながら、地面に転がり込んでいた。
「・・・。操られてはおらぬようだな」
リスタは、苦笑を浮かべる。
「お・・・おう。問題ないぜ」
ダルバスも苦笑しながら、体を起こしていた。
「まったく・・・。コウダイに近寄る度にこれじゃ、適わんな・・・」
ココネは、ピヨンに手を差し伸べていた。
「でも、確認は取れたね。恐らく、今のコウダイには、人やドラゴンを操る力はない。私は、コウダイをブラックライトに乗せて、ダスタードの前で待機させようと思うの」
ピヨンは、一行がトリンシックの街での救護活動を行う間、コウダイの身柄をブラックライトへ預ける事を提案していた。
「なるほどな。ま、多分大丈夫だろうぜ。だがな、もしコウダイがブラックライトを操って、俺達に襲いかかってきた時には、覚悟をしてもらうぜ?」
ダルバスは、可能性は低いが、万が一を考えると、最悪の結末を示唆していた。
「・・・。構わない。それは、私が状況判断を誤ったとしか言えないからね」
ピヨンは、力強く頷いていた。
「では、話は纏まったようだな。では、ピヨン殿。コウダイの搬送をお願いしても宜しいかな?」
リスタは早速、コウダイの搬送を促していた。
「わかったわ。ピヨン、こちらへブラックライトの背を向けて貰えるかしら?」
ライラは、土の精霊に、コウダイを持ち上げるよう指示すると、ブラックライトの背に載せようとしていた。
ピヨンは、ブラックライトに指示を出すと、コウダイをその背に載せていた。
そして、コウダイの逃走を考えて、コウダイの胴体とブラックライトの首を、ロープで固く締め付ける。
そして、救助活動が長引く事を考え、食料と水を、コウダイが摂取しやすい場所へ固定した。
「いい?お家の前で、待っていてね?そして、コウダイを落とさない事。お家の入り口は塞がれているけど、私達がなんとかするから、それまで待っていてね?」
ピヨンは、ブラックライトに指示を出すと、ブラックライトは名残惜しそうに、その場を後にする。
そして、その場に佇んでいた古代竜も、その後を追っていた。

「さぁ!トリンシックの住民は、我らの助けを求めている!既に、ドラゴンの驚異はない!皆の者!各々救助にあたるのだ!」
リスタは、一行に命令を下していた。
「おぉっ!」
一行は、リスタの号令により、燃えさかるトリンシックの街へと四散していった。
既に、ドラゴンに怯える事はない。
ダルバス達は、目に付く負傷者を見つけると、各々救護にあたってゆく。

 ダルバスは、燃えさかる民家の横を通り過ぎると、その中から泣き声が聞こえてくるのを確認していた。
すぐさま、燃える民家に飛び込むダルバス。
中には、幼い子供が一人泣いていた。
「お母さん!どこに行ったの?熱いよぅ・・・!」
泣き叫ぶ子供。
「もう大丈夫だ!ほら、ここにいては危険だ!逃げるぞ!」
ダルバスは、子供を抱え込む。
すると、豪快な音を立て、民家は崩落を始めた。
ダルバスは、外套に子供をくるみながら、民家を飛び出していた。
まさに、間一髪だった。
少しでも遅れたら、この子供は焼け死んでいた事だろう。
そして、炎に耐性のある外套に子供をくるんだ事により、子供には、殆ど火傷はなかった。
「おいっ!大丈夫か!」
一人の衛兵が、ダルバスのもとへと駆け寄ってくる。
「あぁ。大丈夫だぜ。この子を頼む!俺は、他の救護にあたるからよ!」
ダルバスは、衛兵に子供を押しつけると、再びトリンシックの街へと姿を消していっていった。

 ライラは、燃えさかる町並みを駆けずり回ると、唖然としていた。
この光景は、紛れもなくベスパーと同じだったからだ。
「お母様。お父様・・・」
ライラは、コウダイの思念から見た、両親が亡くなる光景を思い出していた。
同じような事を、二度と繰り返してはいけない。
その思いで、ライラは生存者を捜して、辺りに気を配っていた。
すると、その時だった。
ひとつの瓦礫の中から、うめき声を確認する事になる。
見ると、瓦礫の中に、数人の人間が埋まっている事を確認する。
ライラは、すかさず土の精霊を召還する。
そして、瓦礫の撤去を始めていた。
程なくすると、大人の男女と、その下にいた幼い子供を確認する。
瓦礫の中から出てくる男性。
「ひっ!?今度は化け物!?」
男性は、土の精霊を確認すると、傍らにいた女性と子供を、自身の後ろに追いやっていた。
ライラは、その様子を確認すると、土の精霊を解き放っていた。
「大丈夫よ。助けに来たわ。あなた達は、夫婦と、その子供かしら?」
ライラは、相手を警戒させぬよう、優しい笑みを浮かべていた。
「あ・・・あぁ・・・。おまえ・・・。いや、あなたは、魔法使いなのか・・・?」
男性は、助けてくれたライラを魔法使いと認識しながらも、恩人に乱暴な言葉は送らないようだった。
「そ。でもね、あなた達は、負傷している。我慢してね?」
ライラはそう言うと、問答無用で治癒魔法を放っていた。
それに抵抗できない、家族達。
「お母さん。このおばさん。暖かいよ・・・。気持ちいい・・・」
子供は、ライラの治癒を受けると、うっとりとした表情を浮かべていた。
「おば・・・っ!」
情け容赦ない子供の発言に、ライラは苦笑いを浮かべるしかない。
「ねぇ?坊や?私は、お・ん・な・の・こ!おわかりかしら?」
ライラはそう言うと、ふざけて子供の頬をキュッとつまんでみせていた。
「あはは!おばさん。手も温かい!助けてくれて、ありがとう!」
子供は、無邪気な笑みを浮かべると、ライラの手を握りしめていた。
ライラは、その様子を確認すると、安堵の息を漏らしながら次の負傷者を捜す事となる。

 ココネは、燃えさかる町並みを走っていた。
しかし、人々は既にどこかへ避難しているのだろうか。負傷者を見つける事が出来ないでいた。
その時、一人の老人が、燃えさかる民家の前でウロウロしていた。
「どうした?爺さん?」
ココネは、老人に声を掛ける。
「おぉ・・・。突然、家を燃やされてな。慌てて、家を飛び出してきたんじゃが、家の中には、婆さんの遺影があるんじゃよ。せめて、それだけでも持ってきたいのじゃが・・・。これでは・・・」
老人は、燃えさかる自宅を目の前に、どうしようも出来ないでいた。
すでに、民家は崩落寸前で、手の施しようがないように見えていた。
しかし、ココネは何とかしようと、決意をしていた。
「そうか。だったら、待っていてくれ。俺が、取ってきてやる」
ココネは、外套に身をくるみ、老人へ家の構造を窺っていた。
そして、遺影のある場所を確認すると、ココネは燃えさかる家の中へと突入していった。
 家に飛び込むと、既に崩落寸前だった。
壁と天井は炎に包まれ、辺りには狂気に満ちた炎が燃えさかっている。
ココネは、老人に言われた場所へと足を運ぶ。
そして、老人の伴侶と思われし、女性の遺影を確認した。
既に、亡くなっているのだろう。
遺影に描かれた老齢の女性は、優しい笑みを浮かべていた。
ココネは、それを懐にしまい込む。
そして、まだ持ち出せる物がないか、辺りを見渡していた。
すると、寝室の傍らに、大きな箱を確認する。
良く見ると、箱には施錠が掛けられており、何かしら大切な物が保管されているようだった。
ココネは、その箱を持ち上げると、建物を後にする。
しかし、箱は重く、ココネは四苦八苦しながら、箱を外に運び出そうとしていた。
そして、家の入り口にたどり着いた時だった。
家は、豪快な崩落音とともに崩れ落ちる。
「うあぁぁぁっ!」
ココネは、燃えさかる木材とともに、下敷きになってしまっていた。
「若人どの!」
老人は、下敷きになったココネに哀れみの視線を送っていた。
しかし。
ココネは死んではいなかった。
ココネは、ドラゴンの炎すら耐える外套を身に纏っていた。
ココネは、のし掛かる燃える木材を押しのけると、瓦礫の中から這いずり出していた。
「おぉっ!」
老人は、感嘆の声を上げる。
「熱っち~。焼け死ぬかと思ったぜ。・・・ほら。爺さん。あんたの大事な、婆さんの遺影だ」
ココネは、懐から遺影を老人に手渡す。
「おぉっ!婆さんじゃ!・・・よかった!焼けていなかったのじゃな・・・」
老人は、遺影に頬ずりをすると、涙を流していた。
「それと。これも、爺さんの大事な物なんじゃないか?」
ココネは、寝室に置いてあった箱を老人に手渡す。
「これは・・・!金庫じゃないか!よく、これまで持ってきてくれたとは・・・!」
老人は、予想以上の収穫に、驚いているようだった。
「そうか。よかったな。じゃ、俺は次に行かないといけない。婆さんの遺影を大切にしてくれよ?」
そう言うと、ココネはその場を後にしようとする。
「待ちなさい!これだけの事をしてくれたんじゃ。お礼をさせて欲しい。・・・金庫を持ってきてくれたな。これは、私は捨てて逃げてきたのじゃ。これは、お前さんのものじゃ。持っていって欲しい・・・」
老人は、金庫の鍵は持っていたのだろう。金庫を開けると、その中身をココネに持っていくよう促していた。
金庫の中には、数十万GPとも取れる現金が入っていた。
「儂の命と、婆さんの遺影から考えれば安いもんじゃ。持っていって欲しい・・・」
老人は、ココネに、現金全てを持っていくよう促していた。
「悪いな。爺さん。俺は、金が欲しくて人助けをしているんじゃないんだよ。その金は、老後に備えて使うんだな」
ココネは、目の前の現金に唾を飲みながらも、受け取りを拒否していた。
「そんな事、言わずに・・・。ほれ、持って行きなさい!」
老人は、去るココネを追いかけると、無理矢理ココネのポケットへ現金を押し込んでいた。
それには焦るココネ。
「わかった!じゃ、今あんたが押し込んだ分だけを頂く!じゃあなっ!」
ココネは、突然の老人の行動に戸惑いながらも、次の現場へと足を急がせていた。

 ピヨンは、街の北側を奔走していた。
グレイシーの背に乗りながら、負傷者を捜す。
しかし、この地域は、あまりドラゴンからの被害を受けていないのだろうか。
建物等の損傷は見受けられず、落ち着いた雰囲気が流れていた。
「来すぎちゃったかな・・・」
ピヨンは、街を振り返る。
そこには、燃えさかる町並みがあり、ピヨンは引き返す事を決めていた。
その時だった。
「あっ!格好いい!」
一人の子供が、ピヨンに声を掛けてくる。
「ねぇ。おねぇちゃん。この動物はなんて名前なの?」
すると、一人の男の子が、ピヨンに近寄ってきていた。
「あぁ。この子はね。ユニコーンっていうんだよ」
ピヨンは、ユニコーンから下馬すると、男の子にグレイシーを紹介していた。
「へえ・・・。格好いいな。おいっ!みんな!ユニコーンがいるぞ!こっちに来いよ!」
男の子が声を掛けると、中から沢山の子供達が溢れかえってきていた。
これには、ピヨンも動揺を隠しきれない。
「え・・・?え・・・?え・・・?」
瞬く間に、ピヨンとグレイシーは子供達に囲まれる事となる。
 すると、子供達の後から、一人の女性が現れる。
「こらこら。興奮しないの。ほら、建物の中に帰りなさい?また、ドラゴンが襲ってくるわよ?」
女性は、子供達を窘めていた。
「もう、ドラゴンはいないも~ん!僕、ユニコーンの方がいい!」
子供達は、見慣れぬユニコーンに興味津々なようだった。
「あの・・・。この子達は?」
ピヨンは、目の前の女性に尋ねる。
「あぁ。ここは孤児院なの。何かしらの事情で、親を亡くした子供達が集まる場所。ちょっと前に、火事で悲惨な目に遭ったけど、今は石造りの建物になって、子供達を守っているわ?」
女性は、立派な孤児院を自慢げに披露していた。
「ねぇ。おねえさん。おいらにも、ユニコーンに乗せてくれよ!」
子供達は、珍しいユニコーンに興味津々だった。
そして、子供達はユニコーンの体に触れると、その様子に興奮していた。
「ゴメンね。この子に乗れるのは、女性だけなの。でも、この子は、優しいから・・・可愛がって・・・くれるなら・・・」
ピヨンはそう言うと、大粒の涙を流していた。
数年前までは、ここトリンシックでも、沢山の孤児院がいたのだろう。
しかし、それはコウダイの憎しみによって虐殺された。
今、自分を取り囲んでいる、無垢な子供達。
それが、意味もなく殺されたと思うと、ピヨンにはやり切れない思いが込み上げてきていた。
ピヨンは、グレイシーを子供達へと解放していた。
せめて、この場だけでも、当時の子供達への供養となればと考えていたのだった。
ピヨンは、その様子を見ながら、大粒の涙を流すしかなかった。
「あなた・・・?」
女性は、ピヨンの尋常ではない様子に、不安げな声を掛けるしかなかった。

 その頃。
リスタは、燃えさかる町並みを疾走していた。
「生存者はおらぬか!助けに来たぞ!」
リスタは、声を荒げながら、生存者を捜していた。
道ばたには、ドラゴンのブレスにより、焼けこげた死体が並んでいた。
凄惨な光景に、リスタは息を荒くしながら生存者を捜す。
その時だった。
「リスタ隊長!」
一人の衛兵が、声を掛けてきていた。
リスタは、慌てて馬のエルザへ停止を促していた。
「何事だ!生存者はおるのか!」
リスタは、衛兵に問いかける。
「いえ!トリンシックの隊長である、リンゴ隊長が、リスタ隊長へお目通し願いたいとの事です!」
衛兵は、トリンシックの街の衛兵を仕切る、リンゴ隊長との連絡が付いた事を伝えていた。
「おぉっ!そうか!では、案内願いたい!」
リスタは、ようやくこの地を取り仕切る隊長に会える事に、安堵の息を漏らしていた。
「こちらです。付いてきてください」
衛兵は、リスタを促すと、先を歩き始める。
暫くすると、街の北にある衛兵の詰め所へと到着した。
すると、中から一人の人物が現れる。
「おお!そなたが、リスタか。私は、トリンシックの衛兵隊長のリンゴだ。さぁ。こちらへ入られよ」
現れたのは、トリンシックの衛兵隊長であるリンゴだった。
「お初にお目にかかる。ブリテインの衛兵隊長を務めさせて頂いている、リスタ・クライシスと申す」
両者は、握手を交わしていた。
「さぁ。こちらへ入られよ。今、飲み物を用意しよう」
リンゴは、衛兵に飲み物を持ってくるよう促していた。
「すまないな。殆どの衛兵が、街の救助へ廻っているのだ」
リンゴは、詰め所の中を見渡す。
中には、数人の衛兵しかいなかった。
「気にせずとも良い。それより、話があるのだ」
リスタは、事件の内容を話そうとしている。
「やはり、ドラゴン襲撃の事か?」
「そうだ。実はな・・・」
リスタは、一連の騒動の流れを説明していた。
もともと、ドラゴンは凶暴ではなく、むしろ人間に懐いていると言う事。
そして、事件の首謀者はコウダイである事。
故に、ドラゴンを見かけても、攻撃をしてこない限りは手を出さないで欲しいとの事。
そして、事件は既に解決し、首謀者であるコウダイは、もうここにはいないと言う事。
「・・・なるほど。俄には信じがたい話ではあるが・・・。リスタがそういうのであれば、間違いはないのだろう」
リンゴは腕を組む。
「我も、コウダイが人やドラゴンを操るなど、最初は信じられなかったが、実際に目の当たりにすると、否定は出来ぬな」
リスタは苦笑いを浮かべている。
「そうか。なら、我々に出来る事は何かあるか?必要であれば、衛兵をお貸しする事にしよう」
リンゴは、リスタへと提案する。
「今は構わぬ。今は、負傷者への救助が必要だ。しかし、それが終わったら、我々に助力をお願い申し上げたい」
「何をすれば?」
「先ほども話したが、ダスタードには大量のドラゴンがいる。それが、入り口を塞いだ事により、出る事も入る事も出来なくなっている。既に、ドラゴンの驚異はない。従って、塞いだ入り口の復旧をお願いしたいのだ」
リスタは、ライラによって塞がれたダスタードの復旧をお願いしていた。
「なるほど。それなら、事が落ち着いたら、兵を回す事にしよう。それまでは、すまないが、リスタもトリンシックの救援活動に加わっていただけるかな?」
「無論だ。では、早速救助に向かう事にしよう」
リスタはそう言うと、立ち上がる。
そして、ひとつ付け加えた。
「そうだ。我々の仲間に、魔法を使用して救助にあたる者もいる。もし、その光景を見かけたとしても、衛兵達に尋問など行わぬよう伝えてはくれぬだろうか?」
リスタは、ライラやダルバスが魔法を使用して、衛兵達に咎められる事を危惧していた。
魔法は犯罪ではないが、知らない者からすれば、恐怖の対象になる可能性があるからだ。
「魔法!?その様な者が本当にいるのか?・・・まあいい。伝えておく事にしよう」
リンゴは、リスタの仲間を警戒するも、街の救助活動をしてくれているのならと、リスタの提案を受け入れていた。
「感謝する。では、私は救助活動に戻らせて頂く。落ち着いたら、また宜しく頼むぞ」
そう言うと、リスタは詰め所を後にする。
リンゴは、リスタを見送りながら、今リスタがお願いした事を、他の衛兵へ早急に伝えるよう指示を出していた。

 街は、今だ炎に包まれていた。
木造の建物は、殆どが倒壊し、中には焼け死んでしまった者もいるだろう。
しかし、ダルバス達は、懸命な救助活動を行っていた。
幸か不幸か。ダルバスとライラは、既に経験済みで、どのような場所に負傷者がいるかを理解していた。
トリンシックの街は広いとはいえ、被害は全体には及んでいなかった。
これは、ドラゴンの数が少なかった為だろう。
ベスパーの時のように、百頭近いドラゴンに襲われていたら、ここトリンシックも壊滅状態になっていたに違いなかった。
それでも、死者の数は、街全体の1割を越えているかもしれなかった。負傷者は数え切れないと言った方が良いかもしれない。
衛兵達は、街の堀の水路から水を運ぶと、街の消火活動にあたっていた。
リスタは、脇目も振らずパラディンの能力を発動すると、巨大な桶に水を汲み、衛兵達に水を配給していた。
リスタの不思議な力に、奇異の視線を送る衛兵もいたが、リスタは気にすることなく、救助に励んでいる。
 ダルバスとライラは、地下室を見つけると、ドラゴンは去った事を伝え、可能なら街の救助へ参加するよう伝えて廻っていた。
ココネとピヨンも、負傷者を見つけては、グレイシーの上に患者を乗せ、治療院へと運搬してゆく。
 その様子を、リンゴは感心した様子で眺めていた。
リスタが説明した人物は、紹介されなくても判断が付いた。
魔法を使用しているライラとダルバス。
ユニコーンを引き連れている、ココネ夫妻。
普段は、見かける事がない人物達だったからだ。
そして、ドラゴンから街を守ったダルバス達。
リンゴは、改めてダルバス達へ感謝を感じているようだ。

 救助活動は、夜を徹して行われた。
夜が明けても、まだ瓦礫の下で救助を待つ人達は沢山いた。
そして、再び夜が訪れ、また朝を迎える。
ダルバス達と衛兵達は、不眠不休で救助作業を行っていた。
そして、襲撃から4日目の朝。
ようやく、全ての人達が救出される事となる。
しかし、死者の数も多く、安置所には、ドラゴンの犠牲となった死者が溢れかえっていた。
炎は既に鎮火し、町中には絶えず焼け焦げた臭いが充満している。
 街は、悲しみに包まれていた。
中には、今だ行方がわからない人物を捜して、声を張り上げている人もいた。
安置所の前には人々が殺到し、自分の身内や友人などを捜しては、悲痛な声を上げている。
ドラゴンのブレスに焼かれた死体は、既に原型はなく、本人と断定するのは難しい。
人々の怒りや憎しみは、ドラゴンへ向かってる。無論、それは筋違いなのだが。
しかし、これはベスパーの時とは違い、既に首謀者はわかっている。
この後説明があれば、住民達は向け場のない怒りの矛先で悩む事になるのだろう。

「終わったわね・・・」
ライラは、乱れた髪を手で整えている。
「あぁ・・・」
ダルバスは、朝日に照らし出される焼け落ちた町並みを、悲痛な眼差しで見つめていた。
「リスタは、まだ動いているのか?」
ココネは、辺りを見渡している。
「さっき、リンゴ隊長と一緒にいるのを見たよ。何か、話でもあるんじゃないかな」
ピヨンは、街の北を指差していた。
 ダルバス達は、ようやく目処が付いた事に、安堵の息を漏らしていた。
「う~っ!さすがに疲れた!眠い!」
ココネは、思わず地面に腰を降ろしていた。
4日を、ほぼ不眠不休で活動したダルバス達。体力の限界は、とうの昔に越えていた。
一行は、ココネにならい、地面に腰を降ろす。
そして、近くの壁にもたれ掛かると、誰ともなく寝息を立て始めていた。

 その頃。
コウダイは、ブラックライトの上にいた。
ピヨンが、ブラックライトをこの場所に運んだ直後、コウダイは目を覚ましていた。
そして、僅かではあるが、自分に治癒が施されているのを確認した。
「くっくっくっ・・・。馬鹿な事を。私に止めを刺さなかった事を後悔させてあげましょう」
コウダイは、ブラックライトを操り、自分を振り落とすよう操ろうとした。
しかし、ブラックライトは何の反応も示さなかった。
コウダイは、思い出す。
このドラゴンは、自分を攻撃したドラゴンだと。
コウダイは舌打ちをすると、ダスタードの入り口で待機しているドラゴンを操る事を試みる。
しかし。
ドラゴンは、何の反応も示さなかった。
「何故だ!?」
コウダイは、何度か試みるも、いつものようにドラゴンを操る事が出来なかった。
体をよじるも、全身に激痛が走り、意識が飛びそうになる。
治癒を施してあるとはいえ、最低限だけのようで、今だ自分が瀕死に近い状態である事を確認していた。
そして、コウダイは最悪の事態を危惧していた。
「まさか・・・」
それは、自分の能力が使用できなくなったのではと。
そうなると、コウダイは自分の存在意義を見失う事となる。
今までは、人やドラゴンを操る事でしか生活が出来なかった。
もし、それが出来なくなるとすると、コウダイは何をしたらよいかがわからなくなってしまっていた。
しかし、コウダイは考え込む。
これは、自分が負傷しているからなのだと。
前回、ダルバス達に酔い潰された時も、船員を操れなかった。
今回も、その類なのだろうと思い込む事にした。
そして、口元に置いてある食料と水に気が付いた。
コウダイは、苦笑しながらも、それを口にするしかなかった。
このような処置をしてあると言う事は、ダルバス達はまたここを訪れるのだろう。
コウダイは、諦めて時が経つのを待つしかなかった。


※文章があまりに長すぎたため、終章は3部に分けさせて頂きます。
この後のお話は、3/3でお楽しみ下さいませ。

ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 終章「愛と絆」2/3

予想以上に文章が長く、終章は3部に分けさせて頂きます。
続きは「ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 終章「愛と絆」3/3」よりお楽しみ下さいませ。

ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 終章「愛と絆」2/3

ウルティマオンラインという世界の中での、お話となります。 モンデイン城にある、宝珠の破片。 その中にある、ブリタニアという世界。 ベスパーという街がドラゴンに襲われました。 ドラゴンへの復讐の念に燃えた、主人公であるダルバスとライラ。 ムーングロウで得た、新たな仲間達と、トリンシックへ到着したダルバス達。 事態は、彼らが予想していた結末を、大きく変貌させていきます。 彼らは、この事態を、どのようにして乗り越えてゆくのか。 ドラゴン達との、激しい戦い。 果たして、ダルバスとライラは、ベスパーの仇を取る事が出来るのか。 物語は、最終局面を迎えます。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-01-27

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