人生に絶望してしまいそうな君へ
「死にたい・・・。」
仕事帰りの地下鉄のホームで、何度この言葉を頭の中で呟いたことだろう。
今はもう、こうやって現実離れした言葉を呟くことで、ほんの少しだけ、ほんの少しだけだけど、やり場のない現実から目をそらして自分を慰めることしかできないのだ。
「あぁ・・。死にたい・・・。」
社会人になって、もう6年が経ち、気が付けば僕はもうそろそろ30歳になる。
誰がこんな未来を想像していただろう。こんな箸にも棒にもかかないような人生のストーリーを。
僕は、小さい頃から特別優秀な子ではないけど、特別ダメな子でもなかった。
中学も高校も、大学も、可もなく不可もなく、ただ流されるように毎日を平々凡々と過ごしていたし、これからもそうやって人生を過ごしていくのだろうと思っていた。
そこそこ綺麗な奥さんと、子供が3人、大きくて立派なわけじゃないけど庭付き一戸建ての家を買って、少し大きな犬なんか飼っちゃったりして、休みの日には家族で緑あふれる公園でハイキング、お昼ご飯はもちろん奥さんが作ってくれたサンドイッチをみんなで美味しそうに口いっぱいにほうばって、子供が大きくなったら家の庭でBBQをしながらみんなでお酒を飲みながら夜遅くまで語らう・・・。僕が定年を迎えたころには、子供たちはみんなそこそこいい企業に勤めて役職までもらっちゃって、僕は子供たちに買ってもらった土地でひとりタバコを吸いながら、趣味で育てている有機野菜たちを幸せそうな眼差しで見つめて余生を過ごす・・・。なんて幸せで平凡な・・・、
キキキキキーーーーーッ!!
電車が止まり、僕は現実に引き戻される。人波に流されながら、やっとの思いでつり革につかまり、僕は糸の切れた操り人形のようにうなだれる。
ポンポン。
「んっ?」
急に肩を叩かれた僕は、誰が見てもわかるような不機嫌そうな顔を作って肩を叩いた誰かを睨みつけた。
「君、今死にたいって言ってたでしょ?」
僕が見た方向には、満面の笑みを浮かべた男が立っていた。明らかに伊達メガネっぽい黒ぶちのメガネをかけていて、背格好は僕とほとんど同じくらいで、真っ黒なスーツ。きっと人懐っこい笑顔なんだろうけど、今の僕には悪意に満ちた顔にしか映らなかった。そんな風にしか他人を見れないほど心がやつれている自分が嫌いだ・・・。
「・・・誰ですか?急に。」
「あっ、僕?誰って言われてもなぁ・・・。それよりも、君、死にたいって言ってたよね?」
(なんなんだこいつは・・・。いつから僕のことを見てたんだ・・・。気味が悪いなぁ。絶対なんかの勧誘だ。ツイてないなぁ、疲れてるのに・・・。)
僕は、正直この満面の笑みの男が何者かなんてまったく興味がなかったので、とりあえずどうこの場をやり過ごすかだけを考えた。
「わかってるよ。君、すごく疲れているんだよね?だからそんなに時間は取らせないよ。君の降りる駅のベンチで1分だけ時間をくれないかな?もし僕が変なやつだと思ったら、すぐに大声を出して逃げればいいよ。ねっ?」
マイペースに交渉してくるこの黒ぶちメガネの男は、なんかやっぱりミョーに人懐っこくて・・・、まぁそれ以上に僕が疲れているってことを理解してくれていたことがなんだかすごく嬉しくて・・・僕は思わず首を縦にふってしまった。
「・・・いいけど、ほんと1分だけっすよ。」
それを聞いた黒ぶちメガネの男はさらに口角をあげ、満面の笑みを浮かべて、
「やったーー!ありがとうーーー!」
といい、僕に握手を求めてきた。
僕はイヤイヤながらも右手を差し出し、彼の握手に応じた。彼の手はとても温かく、この数年でいつの間にか冷め切った僕の右手にエネルギーを送ってくれているようだった。
プシューーーー。
ドアが開くと同時に、たくさんの人たちに押し出されるように僕たちはホームに降りた。
(一体、なにを言われるんだろう・・・。でも、嫌ならすぐに逃げることだって出来るし、ここなら人はたくさんいるし、なんとかなるよな。)
僕は、こみ上げてくる不安を抑えるのに精一杯になりながら、一番初めに目に入ったベンチに腰を下ろした。
腰を下ろしたと同時に、黒ぶちメガネの男は口を開いた。
「ねぇ、さっき死にたいって言ってたよね。」
「あぁ、言ったよ。僕はもう疲れてしまったんだ・・・。」
「良かったーーー!!聞き間違えじゃなかったんだね!!」
いきなり大喜びする彼に面をくらった僕は、これ以上にないだろうってくらいの驚き顔で彼のほうを向いたまま固まってしまった。そんな僕にお構いなしに彼は嬉しそうに、僕が想像もしていなかった言葉を続けた。
「ねぇねぇ、それならさ、その命、僕にちょうだい!!このままだと明日死んでしまいそうな子がいるんだ!!その子はどうしても生きたいって願ってて、僕もその子に生きて欲しいと思ってる。その子はきっと何十年か後に世界を変えるようなスゴイ事を成し遂げると思うんだ!!僕は天使だからわかるんだ!!その子がどれだけの才能をもってこの世に生まれてきたかってこと!!ねぇ、いいでしょ?」
興奮してまくし立てる彼の言葉を僕は固まったまま聞き流す。
(やばい・・・、まったく意味がわからない・・・。天使??・・・なんだそれ??)
「ねぇ、いいでしょ、ダイスケくん!!」
「・・っ!?」
僕はさらに頭を混乱させた。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って!!!なんで僕の名前知ってんの!?」
「だからぁ、天使だからだよ。ほんと君って全然柔軟性無いね!昔からよくあるでしょ、こんなパターンの物語。それと一緒!最近はこっちの世界でもよくある話だから、別に全然驚かれないと思ってたけど、知らない人もいるんだね。」
(イヤイヤ・・・、知ってるけどさ。なんか神様みたいなのが現れてその人の夢を叶える手伝いをしてくれる話とか、僕だって見たことくらいあるよ。でも、この人、どっからどう見ても普通の人だし、周りにも見えてるでしょ、この人。普通はさ、僕にしか見えてなくて、僕が独り言みたいに喋ってて、それで周りに不思議そうに見られるとかってパターンでしょ。しかもそもそも天使のくせに命よこせってなんだよ・・・。)
「あー、そうそう。僕は天使だけど、君との会話も僕の姿も、ほかの人に丸聞こえだし丸見え。」
自称天使の黒ぶちメガネの男は笑顔で話す。
(イヤイヤ・・・、騙されるな。名前くらいは調べられるだろう。そもそも天使ってなんだよ。)
僕は混乱した頭を必死で落ち着かせようと自分に言い聞かせた。
そんな僕にお構いなしに、自称天使は胸ポケットからメモ帳のようなものを取り出して、そこに書いてあるであろう情報を読み出した。
「ヨシダ ダイスケ、 昭和60年8月9日生まれのA型、身長171cm、体重58キロ、小・中・高と・・・うーん、なんかパッとするような情報ないですねぇ。あぁ、大学時代はギャンブルにハマっちゃったんだ・・・。あるよねー。あーあーあー、大学、全然行ってないじゃん。このあたりからズレ始めたんだねー。・・・それで、周りが内定をもらって、やっと焦りだした頃には既に興味のある企業の募集は終了。なるほど!それでなんとか起死回生を狙って完全歩合で実力主義を売りにしている今の営業会社に勤めたってことね。ここだよねぇ・・・君の人生狂わせたのは。君の性格じゃ営業なんて向いてないもんね。ほうほう・・・それでも4年目くらいまではなんとか頑張ってたんだね。たくさん自己啓発本も読んでるし、営業本も読んでるねー。うーん、やっぱり合わないことすると生命エネルギーの消費すごいね。あー、それで2年前から新しく来た所長と合わなかったんだね。うわっ、死ねとか言われちゃってるじゃん。嫌われてるねー。みんなの前で毎日怒鳴られているんだね・・・。うーん、それでだね。死にたいなんて言ってたのって。かわいそうに。でも、理由も流れも完璧だね!」
言い切った後にまた満面の笑みで僕のほうを見る。やっぱりこの笑顔は悪意に満ちた笑顔だ・・・。僕の初めに感じた感情は正しかった。そしてまだ状況を把握しきれない僕に彼は続けた。
「えーと、それじゃあ命の受け渡しは明日の朝8時で大丈夫?君の死因は何がいい?何も指定がなければ、こっちで勝手に考えるけど・・・。あっ、大丈夫。関係のない人には絶対に迷惑かからないような死因にするから安心して。」
「ちょっと待って!!誰も了承してないし、いきなりそんなこと言われても全然ピンと来ないんですけど!!」
僕は必死で彼の暴走を止めようとするが、自称天使は矢継ぎ早に僕を責めてくる。
「えっ?だってダイスケくん、君が死にたいって言ったんだよね?もし、心から死にたいと思ってなかったとしても、君は今、自分の命の価値をほとんど感じていないよね。極端な話だけど、君がもし明日いつもと変わらずに目覚めることが出来て、いつもと変わらずに会社にいくことが出来たとしても、君はきっと感謝しないよね。それどころか君は『くだらないなぁ』とか『最低だ』なんて考えながら、貴重な一日を終えていく。正直、僕は嫌だな。僕の目の前には未来に大きな希望をもって、一日一日を心から感謝して過ごしている、明日目が覚めることだけを心から望んでいる子がいるのに・・・。それなのに君は、」
「わかってるよ!!今、自分がどれだけしょうもない毎日を過ごしてるかなんて、自分が一番わかってる!!でも、どうしたらいいかわかんないんだよ!!僕だって、本当はもっと毎日に感謝して生きてたいし、もっともっと希望をもって生きたい。その子がどれだけ優秀かわからないよ。もしかしたら、僕がこれから生きるよりも、代わりにその子を生かしてあげたほうがいいのかもしれない。だからって・・・だからっていきなり死んでくれってなんなんだよ!!そんなんで死ねるかよ!人のこと馬鹿にするのもいい加減にしろよ!!悪ふざけが過ぎるんだよ!!人の命を馬鹿にするな!!!」
僕は大声で怒鳴ってすぐにベンチを立ち、足早に改札に向かった。自称天使の彼は黙って僕を見つめ、その場を離れる僕に何も言わなかった。いや、言えないくらいのスピードで僕が逃げたんだ。帰り道、僕はあいつに言われたことを思い出して歩きながら静かに泣いていた。
家についてからの僕は、ほとんど抜け殻状態だった。
おもむろに枕元に置いてあるケータイのホームボタンを押して時間を確認する。
(もう夜中の1時30分か・・・・)
いつもなら仕事で疲れているせいもあって12時を回る前に眠ってるのに。今日だけは違った。心がザワザワしていて、とてもじゃないけど寝れない。ずっとあいつの言
葉が頭から離れないんだ。
「命をちょうだい」
「生きたくても生きれない子がいる」
もし、あいつが本当に不思議な力を持っているのだとしたら、僕は明日の朝8時にはこの世にいない。顔も見たことのない誰かを生かすために僕の命が使われる。
本当にそんなことがあるのか。
わからない。・・・わからないけど、死ぬって思ったら怖くて仕方がない。僕はなんて都合がいい人間なんだ。目の前の日々に絶望したフリをして、自分が変わることもせずに、誰かが、何かが、助けてくれると思っていた。心のどこかで、自分は特別で、選ばれた人間で、絵に書いたような幸せを当たり前に手に入れることが出来ると本気で思っていた。今の生活は僕の問題ではなく、僕の才能に気づいていない誰かや何かの問題だとばかり思っていた。
それが、実際はどうだ。
誰かや何かが都合よく助けてくれるどころか、急に現れた訳のわからないやつに命をくれって言われてる・・・。
なんなんだよ。僕の人生・・・。
・・・また、涙が溢れてくる。
(死にたくない・・・・死にたくない・・・・)
無意識のうちに呟いた瞬間に、心の中で何かが弾けて涙が一気に溢れ出し、僕は布団の中で声をあげて泣いた。
どのくらい泣いただろう。
泣きつかれたせいだろうか。僕の頭はぼーっとしていた。
その時、ふと僕の頭の中に、今まで僕がお世話になってきた人たちの顔が代わる代わる浮かんできた。
父さん・・・母さん・・・先生・・・仲の良かった友達・・・昔働いていたバイト先の店長・・・
そして、なぜかわからないけど、嫌いで嫌いでしょうがなかった人の顔も・・・、そんな人にさえも今は何故だか感謝の気持ちが溢れてくる・・・。
「あぁ・・・これが死ぬってことなのかなぁ。」
僕の心は今まで感じたことのない温かい感情で包まれていた。
(・・・そうだ!どうせ死ぬのが怖くて寝れないんだから、お世話になった人たちに手紙を書こう。)
ケータイで時間を確認する。
(午前4時・・・。よし、まだまだ時間があるな。)
僕はルーズリーフに最期のメッセージを書いた。
一人一人、丁寧に。
少し恥ずかしかったけど、最期だからと、普段なら絶対に言えないような感謝の思いを綴った。
父ちゃん、母ちゃん、兄ちゃん、妹、会社の同僚、後輩、数少ない友達・・・・。
不思議なほどに溢れてくる涙を拭いながら・・・。
すべて書き終えて時計を見ると、まだ午前6時05分。
迎えるであろう最期の瞬間までの時間を持て余した僕は、また布団に寝転がって天井を見つめた。
その時、ふとあることを思いついた僕は、急いでまた机に向かいルーズリーフを取り出した。
(・・・・午前7時3分。)
僕は急いでシャワーを浴び、スーツ姿に着替え、いつも会社にいくために乗る地下鉄へと走った。
地下鉄の改札を抜け、昨日あいつと座ったベンチまで走った。
(やっぱりいた!!)
「おいっ!!」
僕は、自称天使の黒ぶちメガネの男に話しかけた。
「おっ、おはよー。」
相変わらずの笑顔でこっちを見る。
「ここにいると思ったよ。」
肩で息をしながら僕は言う。
「あぁ、ダイスケくんならきっと来てくれると思った。」
ベンチから立ち上がり、僕のほうに歩みを進めながら天使は言う。
「お前が言う、才能のある子、本当に世界を救うような人間になるんだろうな?」
僕はいつにもなく、語気を強めて言う。
「もちろん。」
自信満々の表情で笑う天使を見て、僕は観念して静かに笑った。
「わかったよ。それならこの命、くれてやる。」
「ありがとう。」
天使も笑う。
「ひとつだけ、お願いしてもいいか?」
僕は、最期に書き上げたルーズリーフをポケットから取り出して天使に渡した。
「お前がもし、これからも死にたいと思っている人間の命を、生きたいと思っている人間に与えてくっていう仕事を続けていくんだとしたら、命の受け渡しの交渉をする前に、その目の前の死にたいと思っている人に、それを読ませてあげてくれないか?」
天使は、僕の渡したルーズリーフを開き、中身を確かめた。
「人生に絶望してしまいそうな君へ
はじめまして。こんにちは。
この手紙を読むってことは、今もしかしたら君は、人生に絶望してしまっているのかもしれないね。でも、そのことはいいんだ。僕も同じだったから。生きるってことは、簡単なことじゃない。思い通りにならないことのほうが多いのが人生なのかも知れないから。
恋愛も、勉強も、仕事も。だからこそ、どんどん不安になって、自分に自信が無くなっていって、いつの間にか、誰かの期待に応えなければ自分は価値のない人間だ、とか、誰かに認めて貰えなければ、生きている価値がない、とか考えるようになってしまう。
僕はいつもそう思っていたし、結局はどれも満たすことが出来ないまま、僕は毎日毎日自分を責め続けた。そしたらね、勝手にこんな言葉が口をつくようになっていったんだ。
『死にたい』
死ねたらどんなにラクなんだろうって。そう考えているときだけ、ほんの少し、気持ちがラクになったりしてね・・・。
不思議だよね。本当は、誰かに『ありがとう』って言ってほしいだけなのに。本当は誰かに『あなたがいないとイヤ』と言ってほしいだけなのに。本当はもっと楽しく生きたいだけなのに。
君は今、様々なことに打ちひしがれて、僕なんかには想像もつかないようなつらく苦しい毎日を過ごしているかもしれない。
いじめ、いやがらせ、暴力、差別、偏見、陰口、仲間はずれ、世の中ほんといろいろあるよね。だけど、僕は最期の最期に気付くことが出来たんだ。
『別に、今いる環境が僕の世界のすべてじゃない。』ってこと。
僕は今の会社で全然上手くいってなくて・・・・。成績も、人間関係も。だから自分なんて価値のない人間だって思っていたし、価値のない人生だって思ってた。だけど、事実はそうじゃない。今の会社で上手くいっていないから、僕の人生がダメなわけじゃない。仕事も会社も世間を見渡せば、いくらでも、どんな業種でもあるのに。勤めた会社を辞めることは逃げることで、恥ずかしいことだと思ってしまっていたんだ。学校もそう。言ってしまえば家庭環境だってそう。周りが見えずに自分の未知なる可能性を殺していたんだ。
そう、環境を変えることは逃げることなんかじゃない。新しい世界に出会うための勇気ある一歩なんだ。
今君が置かれている環境で、自分を責めて希望を持てずに日々を過ごしてしまっているなら、それは、君の人生の価値があるかないかを問われているのではなくて、ただ単に環境を変えるタイミングなのかもしれない。新しい君の才能と出会うチャンスなのかもしれないよ。
でも、もしかしたら君は今、新しい世界に出会うための勇気も出ないほどに打ちひしがれてしまっているかもしれない。そんなときは、胸に手を当ててみて。
心臓の音が聞こえるでしょ。僕は昨日、一晩中死ぬことについて考えていたんだ。暗い部屋で、テレビもつけずに、ベッドに横になってさ。静かな部屋でふと気づいたんだ。
ドックン、ドックン、って。あー、心臓が動いてるって。
バカみたいな話だから、信じなくてもいい。途中からさ、心臓から『生きろー!生きろー!』って言われているみたいで、妙に泣けてきてね。『俺がお前の全身にパワーを送ってやるからなー!お前は安心して生きろ!』って、僕が死ぬことを考えていた一晩中、僕の心臓は僕を生かすことだけを考えて動いてくれているんじゃないかって気分になったんだ。
その時に『あー、こんなに近くに僕の味方がいてくれてたんだぁ』って気づいたんだ。そしたら急に、『俺もお前の味方だぞー!俺も俺も俺も俺も俺も俺も俺も!!!』って右手も左手も肺も足も目も口も鼻も、体中の器官や細胞が一斉に話しかけてくるんだ。みんな、僕のこの命を生かすために、今まで一度も文句を言わずに働いてくれた・・・。そう思ったらもう涙が止まらなくて・・・。僕は身体の一つ一つの器官や細胞に感謝したんだ。『ありがとう。僕にはこんなにたくさんの仲間がいたんだね。気づかなくてごめんね。』って。そしたら少しだけ体があったかくなった気がしたんだ。
僕の命は脆くて弱くて、すぐにへこたれてしまうけど、だから僕にはこれだけたくさんの味方がいて、パワーを送ってくれているんだ。君の心臓はなんて言ってる?
きっと『生きろ!』って言ってくれてるんじゃないかな。日常じゃ気づかないくらいの声の大きさかもしれないけど。君が聞きたいと望むなら必ず聞けると思うな。君の体が送ってくれている命のエールが。
もし、君の意思が生きることを諦めようとしたとしても、もし君の心がクタクタになったとしても、心臓の音が聞こえるうちはまだ大丈夫。死を選ぶ必要なんてない。
逃げてもいい。休んでもいい。泣いてもいい。怒ってもいい。閉じこもってもいい。君のその経験が、次の命を守るための知恵になるんだ。君が有名になれなくてもいい、君が成功者になれなくてもいい、君が大金持ちになれなくてもいい、クラスで一番になれなくても、社長になれなくても。君のその経験が、君と同じように苦しんでいる人を救い、その繋がった命の先に、世界を変えるような子が生まれるかもしれない。何世代先になるかわからないけど、きっとそうなるんだ。だから、どんな人生だろうと、命のバトンを繋ぐんだ。君はその重要な役割を持って生まれてきたのかもしれないんだから。
僕は、明日も生きたい。それがどんな明日でも。でも、僕の命は今日でおしまい。だからこそ、君には生きて欲しい。どんな明日になろうとも。僕の生きたかった明日を。
僕の人生は、このままではなんにも成し遂げることが出来なかった人生で終わってしまう。だから君にお願いしたい。生きて、命のバトンを繋いでください。君が生きて命のバトンを繋いでくれれば、何世代かあとには、僕は何十人も、いや、何百人もの命のバトンを繋いだトップランナーになれるってことだから。
それだけで僕は救われます。それだけで僕はこの人生を生きたことに心から感謝できる気がします。
君ならきっと僕の願いを叶えてくれると信じています。
出会ってくれて、ありがとう。
これからの君が、毎日キラキラに輝きますように。」
読み終えた天使は顔を上げ、僕のほうを見てまた笑った。
「とてもいい手紙だね。」
僕も、彼に負けじと最高の笑顔を作って言った。
「ありがとう。」
天使が右手を差し出し、僕はそれを握った。
「ダイスケくん、ここからまたはじめよう。」
「えっ?っていうことは??」
天使はいたずらな笑顔で僕に言う。
「いやー、もう8時過ぎちゃってるでしょ??」
僕は時計を確認し、また天使の顔を見る。
「じゃあ、その才能あふれる子の命は??」
僕は恐る恐る天使に聞いた。
「あっ、それは大丈夫だった!ほら!」
天使は僕を指差して笑う。
「・・・はっ?」
「ダイスケくん、早く出勤しないとまた上司に怒られちゃうぞー!それじゃまた!!」
天使はそれだけ言って改札の方に向きを変えて歩き出した。
僕はまったく状況が飲み込めないまま、ただただ天使の後ろ姿を見ているしかなかった。
「あっ!そういえば君が朝方にみんなに書いていた手紙、あれも良かったよー!今日普通郵便で出しておいてあげるから!!」
振り返って言い放ったあとの天使の笑顔は、どう見ても悪意しか感じることが出来なかった。
《終わり》
人生に絶望してしまいそうな君へ