≪王様≫の恋と人魚の卵
○登場人物○
≪王様≫……自分には大き過ぎる王冠を背負って歩いている、素直で元気な男の子。自分のための〝約束〟を宿した物に囲まれている。
≪白詰兎のぬいぐるみ≫……真っ白く小さな毛玉がある特殊な毛並みをしたぬいぐるみ。非常に柔らかい。大らかで真面目。
≪金のティースプーン≫……柄の部分に宝石粒があしらわれた、豪華な子ども用のティースプーン。でも常に動き回るため全体に傷が入っている。仲間想い。
≪古い洋燈≫……燃料の要らない洋燈。傘の部分や支柱部分は煤や錆で汚れているが、光を守る硝子部分の綺麗さは群を抜いている。のんびり屋。
≪図鑑≫たち……≪王様≫の先生たち。厳しい性格もいれば、優しい性格もいるし、全てが≪王様≫の健やかな成長を願っている。
そこは≪王様≫への〝約束〟で囲まれた、〝魔法〟の国。
その国には、≪王様≫と、≪王様≫を特別に優先する〝約束〟が宿った物しかいませんでした。
≪王様≫は冒険が大好きで、自分で歩けるようになった頃から、見たことの無い面白くて不思議なものを発見しに行く冒険に出るのを日課にしていました。
困難を払うために用意した、軽くで丈夫な木の棒と、お弁当と、赤ん坊の頃から一緒だった仲間と連れだって、お城の中からその周辺まで、いろんなところに出かけます。
この国には≪王様≫以外には、誰も人はいませんが、≪王様≫を取り巻く物の中には、強い〝約束〟が宿っている物がいくつかあって、彼らは宿っている〝約束〟に従って動いています。
≪王様≫の傍にはいつも、紅玉と藍玉、二つの色の違う眼を持った、もこもこと小さな毛玉が特徴をした≪白詰兎のぬいぐるみ≫と、
柄に色とりどりの宝石の粒が施された、子ども用の≪金のティースプーン≫と、
傘は支柱は煤や錆びで汚れていますが、中に宿る光を守り続ける硝子の部分は澄んだ泉と同じ一点の曇りも無い≪古い洋燈≫が、
いつでも後を付いて、先にもなって、≪王様≫が物心ついた時から一緒でした。
お城には五つの庭があって、迷路のようになったものから、薔薇だけを集めた小さなものまで、その様子は様々です。
中でも、いくつもの階段を登って進み続けた先にある、お城の中でも一番高い塔の先付近にある、五番目の空中庭園に行くのが、今の≪王様≫の目標でした。
絵画室と貴賓室を抜けた、四階の空中庭園の真ん中からしか様子が見えない五番目の庭には、まだ見たことの無い花々が咲いているのでしょう。
それ以外なら、人っ子一人いない広大な食堂を抜けた先にある、日用品に使う薬草や簡易菜園に、年に一度だけ来る月夢蝶の羽化の瞬間を見るのも目標です。
暖かな時期から、寒い時期にかわる丁度境目の時にだけ来て、他の昆虫が眠りに入るのと入れ替わりに、刺すように冷たい空気の世界へと飛び立って行く月夢蝶の誕生の瞬間は、どんなに素敵なのだろうかと、今から胸が躍ります。
お城の周辺の街については、一月前に、正確な地図作りを終えたので、もう迷子の心配はありません。
お城から離れた場所にも怖がらずに行けるようになったので、少しだけ大人になった気分になった≪王様≫は、いつも使っていた子ども用の椅子から、普通の大きさの椅子を使って食事を摂ることにしたのですが、普通の大きさの椅子には、両手両足を上手に使ってよじ登って座われませんでした。
気持ちは大人になっても、お城の扉も、窓も、銅像も、絵画も、みんな≪王様≫の首が痛くなるほどに見上げないと、天辺まで見えません。
それに≪王様≫にとっては、自分の王冠は大きすぎて、いつも頭からずり落ちます。
なので、王冠の縁に施された蔦の絡まった金の装飾に空いた小さな穴と、反対側の縁も同じように施された蔦の模様にある穴とを、柔らい、少し伸びもする桃色のリボンで結んで、≪王様≫は自分には大きすぎる王冠を、背中に斜めに背負って歩いていました。
もし、冒険の最中に見付けたものの中で、わからないものがあったら、それを≪王様≫は≪図鑑≫たちに訊きに行きます。
≪図鑑≫と言うのは、≪王様≫がわからないことを何でも教えてくれる、他とは違った少し特別な〝約束〟を宿した物たちで、≪ぬいぐるみ≫たちは、自分たちから話したり、自分で何かを考えたりはしませんが、≪図鑑≫たちは、それぞれに意思も持っていて、≪王様≫が物事を正しく理解出来るよう、≪王様≫が見付けて来た文字や単語の意味を、丁寧に教えてくれるのです。
お城の外で不思議なものを見付けた時は、それが持って帰れそうなものの時は、慎重に手に取って持って帰り、手には取れないほどに大きく重く、持って帰ることも出来ない風景や不思議な出来ごとなどの場合は、お気に入りの手帳に細かく描いて写し、よく観察もして、思い出しもして、得た特徴を書き記し、≪図鑑≫たちの所に持って行きます。
そうすると、≪図鑑≫たちは、自分たちの中に記された、この世界についての全ての情報の中から、該当するものを探し出して《王様》に教えてくれます。
≪図鑑≫たちは、≪王様≫が書き写して来た文字が汚いと、綺麗に書きなさいと注意して、≪王様≫に次の発見の糸口もくれますが、ただ一点、汚れたり、破れたりするのをとても嫌って、お城の図書室からは一歩も出たがりません。全部がそうです。
こればかりは、≪王様≫が、説明のしにくいものの事を教えてもらおうと、≪図鑑≫の一つを外に出そうとしても、≪図鑑≫は拒否して、≪王様≫の手の中から逃げ、図書室の至るところに隠れてしまいます。
そうなると、しばらくは≪王様≫がどんなに宥めても出て来ません。他の≪図鑑≫も、同じです。
それが≪図鑑≫の特徴であり、他の物とは違う〝約束〟と、その〝約束〟を果たすために必要な特徴なので、≪図鑑≫たちだけは≪王様≫の要望に拒否を示すことが出来るます。
≪王様≫は、そんな仕組みのことなど全く知りませんが、何度頼んでも、引っ張っても≪図鑑≫が図書室からは出ないことを承諾して、≪王様≫は、お城のこと、お城の周りで起こるもののこと、庭に来る不思議な生き物のことは、全部、《図鑑》たちから教わりました。
そうやって、≪王様≫が知らない物事を知るための冒険に向かう時、≪ぬいぐるみ≫は≪王様≫の身を守る盾になり、支えになり、
≪金のティースプーン≫は≪王様≫の行く先をや周囲を調べて、他に危険が無いかと警戒し、
≪古い洋燈≫は見通しの効かない場所で、≪王様≫たちの周りと行く道を照らします。
彼らはいつでも、≪王様≫と一緒ですし、≪王様≫も彼らが大好きです。
≪王様≫は、≪王様≫が健やかに過ごせるように〝約束〟に従い続ける物に囲まれ、いつまでも飽きることなく、驚くようなことばかりが起こるお城とその周囲を探検し、≪図鑑≫から必要な知識を得て、≪ぬいぐるみ≫たちと遊び、夜は絶対の安全が〝約束〟されたお城の中で、安心して眠ります。
また朝が来れば、広間の食卓に≪王様≫の身体のことを第一に考える〝約束〟に従って用意された食事が並んでもいるでしょう。
それを食べて、また≪王様≫は冒険に出かけるのです。
或る日≪王様≫は冒険に出掛ける以外にも本を読むのが大好きになり、図書室に溢れるほど納められていた本を次々と手に取っては読み始めました。
まだ難しい文字は読めませんが、冒険だけでは知るのことの出来ない物事を知ることが出来て、想像の力が強まります。
本に親しくなった≪王様≫は、程なく、辞書の使い方も覚え、知らない言葉を発見して勉強することの面白さを知りました。
玩具や遊具は、自分の部屋やお城の西にある二つ目の庭に行けば、いくつもありますが、辞書は、今まで知らなかったものを知るための手助けをしてくれる唯一の物です。
≪ぬいぐるみ≫たちのようには動きませんが、充分です。いつでも≪王様≫の傍の机の上にあって、≪王様≫が本を読むのを助けてくれます。
けれど、≪王様≫は、自分の周りの一番の不思議に気が付きました。
本当なら、お城と呼ばれる場所には、もっともっと人がいて、お城の周りにも人がいて、お城からずっとずっと離れたところにも人がいるはずなのに、
この国には、誰もいません。
街も、山も、川も、森も。本で読むものと何も違いはありませんが、そこに住む生き物は、どれも少しおかしくて、何より人が一人もいません。
≪王様≫の家族がいません。
人は独りでには生まれないことは、本で知りました。人が生まれるには、家族が必要です。でも、≪王様≫は自分の家族を知りません。
気が付いた時には、人は《王様》だけでした。
それに物が独りでに動いています。本当なら、物は自分では動きませんし、話もしません。
勿論、食事だって独りでに現われるものでもないのです。
≪図鑑≫たちは、≪ぬいぐるみ≫たちが独りでに動き、食事が独りでに現われるのは〝約束〟があるからで、難しく言えば、〝約束〟は〝魔法〟とも言うのだと教えてくれました。
ここは〝魔法〟がたくさん施された国で、お城の中では、特に≪王様≫のことを一番に考えた、≪王様≫のためなら何でも揃う〝魔法〟がいっぱい施され、その作用で今までがあったのだと、≪図鑑≫たちは教えてくれました。
けれど≪王様≫は、その〝約束〟が何なのかもわからないし、誰が自分の身の周りの物に〝約束〟を宿らせたのかも知りません。
≪王様≫の家族はどこにいるのでしょう。
≪王様≫が≪図鑑≫たちに訊くと、図書室の書棚の中でも一番高い棚、今の≪王様≫の手では間違いなく届かない棚にある、歴史書と言う本に、今までのこの国で起こったことが書かれてあることを教えてくれました。
けれど、≪王様≫がどんなに望んでも、お城の中では、≪王様≫が使うことで怪我をしてしまいそうなものは用意はされない〝約束〟があります。今の≪王様≫の身体で高い書棚に手が届くような高さの梯子は、勿論、用意されません。
更に、今の≪王様≫が読めるよりも、もっと、もっと難しい文章が、歴史書の中には溢れるほど記されていることも≪図鑑≫たちは教えてくれました。
仮に、図書室でも高い書棚のところにある歴史書に手が届いても、それを読むには、≪王様≫はもっと、賢くなっていなければなりません。
≪王様≫の身体が、今よりももっと大きくなって、梯子なんかが無くても本が取れて、もっと知識を得て、本に書いてある内容を充分に理解出来るようになった時、歴史書を手に入れることが出来るのだと、≪図鑑≫たちは、全部が口を揃えて、教えてくれました。
《王様》は、少し悲しくも怖くもなりましたが、《ぬいぐるみ》に大きくなってもらい、
自分の部屋のとても大きなベッドの中で、大きくなった《ぬいぐるみ》に抱きつき、、
枕元で、《王様》の涙を乾かそうと、《古い洋燈》が灯す、静かで優しく光に照らされ、
天蓋に浮かび上がった夜空と、そこに吊るされた星の飾りの間を、わざと大げさに飛び交って踊る《金のティースプーン》の姿を見ていたら、
心に生まれそうになっていた、冷たく、寂しい、虚ろな気持ちは、どこかに行ってしまいました。
いろんなことを言う≪図鑑≫たちが、全部揃って同じことを言うのは、よっぽどのことです。
また朝になれば、大好きな桃のジャムの朝食が待っています。
明日は、飲み物にココアかハニーミルクかを選んでも良かった日です。
食事が済んだら、また冒険に行かねばなりません。
自分の家族について知りたくなる前に、東の方に豊かな麦畑と湖とを見付けたので、新しい発見をしに行かねばなりません。
水辺の生き物については全然知らないので知らなければ、面白くない。
それに、お城の四番目の庭である、四階の天覧室と絵画室との間にある空中庭園にも、珍しい四つ目の陸ガニがいたのを見た気がしたのですが、日も落ちかけていましたし、陸ガニがすぐに薔薇の垣根の中に引っ込んだのと、まずお城の中に陸ガニがいるわけはないと思ってしまって、よく確認しませんでした。
もしあれが本当に陸ガニなら、普段は、街の中でも森に近い場所の水路に、小さな二つ目のものしかいないはずの陸ガニが、
どうやって四つ目の、しかも、お城の中に入って来たのか、その真相を突き止めたい。そっちのことも不思議で、不思議で仕方ありません。
そのうち、背も大きくなって歴史書の棚にも手が届くでしょう。
たくさん勉強していれば、言葉をいっぱい覚えていけるでしょう。
たくさんの事を知って、物事を正しく理解出来るようになれば、歴史書を手に取って、この国で何があったのか、自分の家族はどこなのかが、わかるのです。
このまま過ごしていれば、いつか全てがわかるのです。
そう理解すると、≪王様≫は、何時の間にか目を閉じて、≪ぬいぐるみ≫の腕を掴んでいた力を緩め、健やかな寝息を立てて始めました。
≪ぬいぐるみ≫は≪王様≫を優しく抱え直して、頭を撫で、
≪金のティースプーン≫は踊るのを止めて、星の飾りの一つの付いたまま、《王様》を見守り、
≪古い洋燈≫は、ゆっくりと硝子の中の光を消して、天井まである大きな窓から降る、白く清廉な月灯りが≪王様≫の周りを包み込むのを助けました。
お城の図書室では、≪図鑑≫たちが、≪王様≫の〝心〟に変化が生まれ始めたことに喜び、けれど、これから≪王様≫が抱えて行くであろう迷いを、どうやって導くかを心配し、自分たいの役目の終わりに向けて一歩踏み出した嬉しさと寂しさを話し合っていたため、図書室の灯りは遅くまで消えませんでした。
≪王様≫の恋と人魚の卵
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
※掲載は不定期です。
※児童書を書いて見たくて、やってみました。至らないところもあると思いますが、最後まで読んで頂けたら幸いです。