記憶なし娘

 昔話をよく読みます。
 何故なら一作2~3分で読めるから、という単純な理由からです。この理由が不純かそうでないかは、わかりませんがとにかく書き綴る作品もなるべく短いものを書くようにしております。
 通勤、通学で読める感じが自分にとってベストと思いました。
 稚拙な文章だとは思いますが、是非読んでみてください。

【登場人物】
・蘭(らん)・・・傷つき記憶喪失のところを君子夫人に助けられる。
・君子 桜(きみこ さくら)・・・君子家の夫人。記憶喪失の娘を助け、後に蘭と名付ける。
・君子 陽一(きみこ よういち)・・・君子家の長男。蘭を気に掛ける。
・君子氏(きみこ)・・・君子家の長。世界的企業の創業者の家系であり、現在社長。
・口兄 十太(くちあに じゅうた)・・・中年と初老の間くらいの男。

この娘は何故記憶喪失なのか?その過去に真実という光がともされたとき・・・

 君子桜は、夫の会社の婦人会の帰りだった。
「奥様はいつも、会合に出るとお疲れの表情をなさいますね」
 と運転手がバックミラーを横目で見た。
「恥ずかしいわ」
 桜は手鏡で自分の表情を確かめた。それをバックミラーで見た運転手は慌てて
「申し訳ありません」
「いいのよ。私も主人もあのような堅苦しいところは苦手。あの会合に出席されていた他の奥様方も、本音では面倒と感じているかもしれないわ」
「はぁ」
 K市とH市の境を流れる月見川沿いの堤防の上を走る道路を、桜の乗る自動車は自宅に向かっていた。
 辺りは既に夕闇が漂い、西の空はわずかに太陽の残光を残していた。取って代わるように月の存在感が増していた。
 すると
「ごめんなさい、停まって」
 自動車を停めると、桜は降車し、過ぎた道を小走りで戻り堤防の影に腰をかがめ
「手を」
 と運転手を呼んだ。
 運転手が駆けつけると、女の子が倒れており
「死んでいるのでしょうか?」
「病院へ、急いで!」
 運転手は、勤続八年になるがこのとき初めて桜の荒げた声を耳にした。女の子を抱き上げると、呼吸によって胸が上下していることがわかった。土や血で汚れた女の子を後部座席に乗せようとしたが、ためらい桜の顔をちらりと見た。
「早く!」
 女の子を座席に乗せ、K市の病院に向かった。
 ライト点けると、女の子の傷があまりにもひどいのを見て
「なんてこと・・・」
 と絶句した。女の子は出血だけでなく、火傷していた。左頬のあたりから首、肩、腕と爛れていた。
 女の子は苦しみながら、助けを求めるように手で宙をかいた。それがあまりにも
「可哀想で・・・」
 桜はその手をとり
「大丈夫よ。すぐに病院ですからね」
 と意識がない女の子に呼びかけた。

 女の子は、栄養失調、神経衰弱、右肘の靭帯損傷と骨折、体の至るところに擦り傷、そして火傷を負い、二ヵ月入院した。さらに、日常的に虐待をされていたのか、古傷やアザが至る所にあった。
 意識を取り戻した女の子は、看護師の
「お名前は?」
 という簡単な問いであったが、首を傾げながら記憶の奥底をさらうように沈思するも
「・・・わかりません。思い出せません」
 記憶喪失だった。
 警察の事情聴取でも、女の子は、看護師の問いと同じようなことを繰り返し
「どこの誰なのか、全くわからない」 
 のであり、唯一わかることは、身長と体重と性別だけだった。
 年齢は六歳から九歳くらいだろうと推測された。
 やせ細っていた体に栄養が満ちると、顔に赤みが差し、それを見て桜は
「あら、可愛らしい。何かわかるまで、家で預かることにしましょう」
 そういって夫に相談すると
「そのほうがいい」
 と妻に同意した。
 名前がないと不便ということから、桜は女の子に、蘭、と名前をつけた。
 その名前が気に入ったのか
「ありがとうございます」
 年齢に似合わないほどの気遣いをみせた。
 蘭は、君子家で預かることになった。
 君子家は世界的企業の創業者である。現在も企業のトップとして君臨し、政財界に強いパイプを持ち、その力をもってあらゆる方面から蘭の身元の調査を行った。
 蘭がK市の君子家の邸宅に預けられたのは、退院してすぐのことだった。
 小さい傷はほとんど目立たなくなったが、火傷跡が残り、それは皮膚をひっぱり目立たせた。
 君子家の家族の前で
「蘭ちゃん、と呼んであげてね」
 と桜が紹介をすると、夫がまず挨拶をし、次に息子の陽一が
「よろしくね、蘭ちゃん」
 優しく微笑み、蘭の頭をなでた。
 陽一は他県の私立中学の二年生であり、このとき夏休みで戻ってきていた。八月が終わりを迎えると
「では学校へ戻ります」
 寄宿舎へ戻って行った。そして休みごとに帰省し
「大きくなったね」
 と蘭の成長を微笑ましく思った。
 蘭を預かって、五年経ったが、全く手掛かりがつかめなかった。
 君子夫妻は、蘭への愛情が家族のものとなんら違うところがないことを確認し、蘭を養女として、正式に迎えた。
 そのときから、君子蘭となった。

 陽一はG大学を卒業し、K市に戻った。そのとき二十二歳。
 蘭は地元の高校に通っていた。君子夫妻を、お父様、お母様、と呼ぶが陽一のことは、お兄様とは呼ばず
「陽一さん」
 と言って慕っていた。その感情は兄妹のもとではなく、君子夫人は
「もしや・・・」
 と思っていた。
 蘭は、好き云々という言葉は一切口に出さないが、ときおり、陽一への接し方にあえて振り切るようなものが含まれていることを、君子夫人は見逃さなかった。
「蘭ちゃん、もしかしたら陽一に恋愛感情を抱いているかもしれないわ。だって、あえて淡々としたり、鉄を切断するような態度は、感情が揺れ動いている証拠。義理とはいえ兄妹だからと自分を諌めているとしか思えませんわ」
 と夫に相談すると
「陽一はあの通り、全く表情の読めないやつだが、仮に二人がそういう感情を互いに抱いていたとしたら、二人にまかせようじゃないか」
「許してくださるの?」
「許すも何も、私とお前だって、両親の反対を押し切ったじゃないか」
「そうね」
「そうだよ、ふふ」
「ふふふ」
 君子夫人の見立てはまさしくその通りで、蘭が高校を卒業したその日のうちに、陽一は両親に
「お話したいことがあります」
 いつもと違いこわばった表情であった。
 すると、話しの席には蘭もおり
「お父さん、お母さん、僕と蘭の、結婚を前提とした交際を認めてください」
 陽一と蘭は、頭を下げた。
 夫妻としてはようやく、胸のつっかえが取れたように晴れ晴れとした気持ちになった。
 
 蘭が大学を卒業した翌月に二人は婚姻届をだした。
 君子夫人が蘭を発見して既に十四年もの歳月が経っていた。
 二人の婚姻はメディアをにぎわせた。
 君子家の御曹司のお相手が、君子家の養女として育てられ、しかも身元不明の娘であること、そして左頬の火傷跡が、メディアに様々な憶測をもたらした。
 テレビで二人の姿が流れたが
「なんにも恥じるところはない」
 陽一は強気だった。
 さあ来るなら来い、といった心構えで待っていたが一週間も経たずして、他のニュースに取って代わられた。
 しかし蘭の様子に揺らぎを感じた陽一は
「なにかあったら遠慮なく言うんだよ」
「えぇ」
 その表情には陽一への気遣いが見てとれ、言うに言われぬ事情があるのではと思い、信頼のおける部下に蘭の様子を見張らせた。すると幾日もせぬうちに
「中年の男性と会っていた?」
「はい」 
 蘭は君子家から北にある月見川に掛かる橋のたもとから堤防を下り、草の生い茂る場所で、その中年の男となにやら話していたようで
「あいにくと内容までは聞き取れませんで」
「どのような関係に見えた?」
「男のほうが一方的に話をし、奥様は首を横に振ったりして、なにやら要求されそれを拒んでいたように見えました」
 部下はそのときの写真を見せた。
 男は年齢五十から六十歳といったところで、頭部がやや寂しく、遠目からでもわかる程横幅があり、腹はかなり出てい、表情は自分の下心をそのまま浮かび上がらせたようで、恥というものが欠如していた。
 陽一は、そのような人間の表情を見るのは生まれてこの方初めてだったが、嫌悪した。
 仕事中、蘭とあの男のことが頭から離れず、自宅に戻る車中では、蘭と出会った時のことを思い出していた。
 
 桜は陽一の出産後、子供が出来なかったこともあり、蘭を家で預かることを決めたのは、そのような経緯もあったらしく、夫婦ともに本当の娘のように接した。陽一も当初は妹のように接していたが、蘭が中学、高校とその体つきがいよいよ女性らしく成長するにあたって
「義理とはいえ妹の体つきをじろじろとみるのは、みっともないことだ」
 と自分を戒め、何事もないような表情を崩さなかった。
 思春期を迎えた蘭は自分の皮膚に残る跡を見られたくない、とおもう気持ちが生まれたものか、陽一が夏休み等で学校から自宅に戻ると、いつも跡を手で隠し、逃げてしまう。陽一がその腕を取り
「何故、隠すの?」
「隠してなんか・・・」
 蘭の腕から、震えと肌の柔らかさが伝わり、さらに芳しい香りが鼻孔を伝い頭を刺激した。陽一は自分の肉体の起きつつある変化を精神で押さえることが困難になっていくことを自覚しつつあった。この時自分の中の男の部分がもたげた。
 蘭を女として見た。しかし彼女からこぼれる言葉は
「見られたくない」
 そういって陽一を見ようともしない。夜の闇が深ければ深いほどに月はその輝きを増すように、蘭への想いは募る。
「僕のことが嫌い?」
 蘭は首を横に振り、顔をそむけた。そのときまだ大学生であった陽一は感情を抑えきれずに、手を上げそうになった。
「わかった、もういい」
 陽一は声を荒げ、蘭のことを忘れようと他に彼女をつくった。その彼女との間に恋愛感情は生まれ互いの肉体も溶け合ったものの、それ以上の深い結びつきを得ようと努力すると、蘭の責めるような顔が浮かび邪魔をした。
 ある日。冬休みに自宅に戻るのも億劫になり、躊躇った。家に帰ればいやでも蘭と顔をあわせなければならいからだ。しかし、K市に戻った。しかし、家には帰らず月見川の堤防で寝転がっていると、上のほうから女性の声がした。誰もいないとおもったのか、女性の声は向こう岸に届くほどだった。
「陽一さん、陽一さん。あなたは太陽であり、私は月。私はあなたが存在してはじめてその存在を主張できる。あなたが居ないと私は耐えられない。でも耐えないといけないの。私は君子家の方々に本当によくしていただいている、これ以上甘えるわけにはいかないわ・・・」
 最後の方は声が滲み、よく聞き取れなかった。陽一はその誰に言うでもない告白を驚きを持って聞き、堤防の上に立つ蘭を見上げると、蘭もそれに気付き涙をながしながら左頬の跡を手で隠し、口許が震え逃げ出した。
 陽一は堤防の坂を駆け上がり、蘭に迫った。蘭を抱き寄せ、耳元に囁いた。すると蘭は自らの肉体、精神もうなにもかも陽一に委ねた。
 それから二人は、周囲にその想いを秘めつつ、育んでいった。
 
 陽一は自宅に到着すると、蘭に月見川で蘭と中年男を見かけたことを話した。
「何でもないの。本当よ」
「わかった。だけど本当に何かあったら遠慮はいらない、僕に言うんだよ」
 このように言ったが、陽一はあの男性のことを調査するため、部下に
「再び、蘭とあの男が密会する可能性がある。そのときあの中年男のあとをつけて身元を確認してほしい」
 と指示を与えた。
 しかし翌朝、蘭は姿を消した。かわりに手紙があり、蘭の苦しい胸中がしたためられていた。
 手紙に目を通した両親は、両目に熱いものが込みあげていた。とくに夫人は
「あそこで倒れておいたのはそんな理由があったのね」
 と声の震えがとまらなかった。陽一に向き直り
「いいわね、蘭さんを探しなさい。そして、守りなさい」
「はい。何をしてでも、どんなことをしてでも、今度は僕が蘭をこの家に迎えます」
 いつにない冷淡な声音であった。
 蘭の携帯に、メールが届いた。内容は

―― 一時間後にあの川のところで待っている。今度こそ金を持ってこい。さもないと、君子家にも多大な迷惑を掛けることになる。

 卑劣極まりないものだった。
 一時間後に、陽一は月見川に出向いて行った。中年男は橋のたもとにいた。
 あらわれた陽一を見て、別段驚く風でもなく
「あいつのかわりにご主人さんですか。まぁ誰でもいいわ。金持ってきました?」 
 その言葉にはなんら悪びれるところがなかった。
「金は一銭もだすつもりはない」
 堤防の下に鬱蒼と生い茂る草が月見川から吹く風に揺られ草達は互いに触れ合いながら音を立てた。
「金を出さないならそれで全然かまわないけど、本当にいいの?君子家の醜聞になること、俺言っちゃうよ。大変なことになっちゃうよ」
 投げやりな物言いであったが、このときの陽一は全てを捨てる覚悟もあり、懐にはナイフをしこませていた。家族と人生を捨ててでも、蘭を取り戻そうと決意していた。しかし、この中年男の目的は金であり、いまの話し方を聞いて
「この男は恐るるに足らず」
 そう思った。似たようなタイプの人間を何人も目にしていたからだ。このタイプの人間の投げやりな感じはポーズであり、千切れそうなロープであっても目の前にあれば掴まずにはいられないのだ。
「暴露したらいい」
「強がりはやめておきなよ、君子家はとんでもないことになるぞ」
「君子家がとんでもないことになる、というのはあなたの頭の中だけのことで、現実では大したことにはなりませんよ。そのような脅しをいちいち丁寧に対応してたら、私達のような企業は切りが無いんですよ」
 中年男の表情が焦りを帯びてきた。
「暴露したいのなら、存分にどうぞ。あなたは、金もとれず、社会的にも抹殺されて終わるだけです」
 とめどなく流れる汗を中年男は手でぞんざいに拭い、陽一を憎々しく睨んでいたかとおもうと、強張った笑いを浮かべ
「あいつから、聞いているんでしょ?」
「ええ、全て知ってます」
「だったら、ちょっとだけお金を用立ててもらえないものかね」
「何のために?」
「俺は、あいつの父親だよ。ちょっとくらい金をくれたっていいもんだろ」
 と声を荒げた。
「口兄十太さん、僕はね、あなたと、あなたの奥さんを許さないですよ」
「あんたじゃ話しになりゃしない。俺の娘を出せ」
 陽一は首を横に振り
「もうお話しすることはありませんので、これで」
 堤防を上がりきると、振り向き
「もし、また何か言ってきたら、今度は言葉だけではすみませんので、理解しておいてください。借金で首がわまらないらしいので、今度はないのかもしれませんけど」
 十太はもう何も言えず、これからどうしたらいいのか、それだけが頭をよぎった。

 蘭の手紙には、君子夫妻と陽一への感謝から始まり、記憶喪失は嘘だったことと、生家でのことがしたためられていた。
 蘭の本名は口兄南子。父親は口兄十太、母親は蘭が五歳のおりに他界。男手ひとつで蘭を育て
「とても優しい父でした」
 あの姿と言動しか知らない陽一は、信じがたいものもあった。
 母親が他界して一年経った頃、父親はユリという女性を蘭の前に連れてきて
「今日からお前のお母さんになる、いい子にするんだよ」
 そのときの父親と継母は、蘭にとってとても優しい両親であった。しかし、それが一変する出来事が起きた。継母が流産し、その原因が蘭である、と継母は決めつけ、虐待が始まった。父親は見て見ぬふりをし、次第にエスカレートしていく暴力と育児放棄によって、蘭は生気を失っていった。
 二人の間にどのような話しあいが行われたのか、定かではなかったが、ある日、父親が
「一緒にドライブに行こう」
 蘭は長いこと自動車に揺られ、到着した場所は
「暗くて月明かりもない、寂しい夜でした」
 であり、父親に呼ばれ振り向くと
「いきなり顔や体が焼けるように熱く痛くなって・・・」
 蘭の身元を隠そうとしてなのか、蘭の顔を焼いた。おそらく硫酸だったのだろう。
 それをみた父親は、蘭の悲鳴に怖くなったのか、それ以上見てられなくなったのか、鬱蒼と生い茂る山に蘭を投げ捨てた。
 蘭はどこをどう移動したのか、月見川の堤防までたどり着き
「お母様に助けていただかなければ、いまの私はありませんでした」
 記憶喪失だった時期は、助けられてから十日間程で、その後記憶は回復したのだったが、もし記憶が戻ったことがわかれば父親に迷惑がかかると考え記憶喪失を貫いた。それほどに父親の優しい記憶が蘭の支えでもあったのかもしれない。 
 口兄十太が蘭と接触を図ってきたのは、結婚後のことだった。
 継母であるユリが自宅でテレビを観ているときに、陽一と蘭の結婚報道が出たときに
「あのこ、南子?」
 十太が蘭をみて
「ああ、南子だ。生きてやがったのか」
「そんなことどうでもいいわ。とにかくラッキーだわよ。あんな金持ちと結婚したんだ。あんた、金取れるわよ。いくら名前変えたって言ったって、DNA鑑定でもすれば確実だし、それをネタに脅し掛ければいくらでも金取れるわよ」
「おお、その通りだ」
 継母の消費癖、十太の事業の失敗によって巨額の借金を抱えていた。
 手紙の最後には
「身勝手なことをして迷惑をかけること、お許しください。身に過ぎた生活、優しさを与えて頂いたこと、一生忘れません。私は君子家の方々に迷惑しか及ぼさないのです。なにとぞ、私を探さないでください。」
 と締められていた。

 陽一が蘭を発見したのは、失踪から九ヵ月が経過していた。この間、陽一は時間のあるときは自ら出向き、蘭の向かいそうな場所を探したりしていた。様々な調査機関を総動員していたが、足取りが掴めなかった。
 強い焦りを覚えたころ、陽一の電話に
「奥様を発見しました」
 仕事を放り出し、陽一は母と一緒に蘭のいる場所に向かった。そこはK市から一千キロ離れた東北のある県の病院だった。
 病室に入ると、蘭は弱々しい表情でベッドに横たわっており、君子夫人は
「まぁ、初めて会ったときのような・・・」
 とその姿に目頭が熱くなった。
 二人を見た蘭は顔をそむけ
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 と呪文のように力なく唱えるだけだった。そんな蘭の手を取り陽一は
「蘭、僕の方こそ謝らないといけない。申し訳なかった。一緒に戻ってくれ」
「ですが、ご迷惑がかかります」
 そう言って、布団の中に隠れた。
「僕のこと嫌い?」
「好きです・・・」
「僕も」
 すると君子夫人も
「私もよ。あとお父様も」
 と化粧が崩れることを気にせずに涙が頬を濡らした。その表情を見た陽一は
「お母さん、顔、変ですよ」
 こらえきれずに笑っていまい
「こんなときに、もう」
 その笑い声に蘭も顔をだし
「ふふっ、ふ」
 と笑った。その笑顔に夫人も笑いだし、三人で声を上げ笑っていると
「ここは病室、お静かになさってください」
 看護師に怒られた。
 蘭は君子家に戻ることを
「ご迷惑をおかけするとは思いますが、よろしくお願いいたします」
 そういって決心した。これに安堵したのか、君子夫人は
「そうそう、私の初孫はどこ?」
 そう言って、ベビールームに行ってしまった。
 陽一と蘭はそれを見て、また二人して笑みを浮かべた。

-完-
 

記憶なし娘

 読んでいただいてありがとうございました。
 昔話の手なし娘はハッピーエンドで終わります。
 このハッピーエンドの安心感というものは
「何事もなく今日一日が終わった。」
 といった日常につながるものがあるように思えます。
 最近のニュースを見ていると、平凡な日常があることが奇跡なんだな、と思うようになりました。
 とはいえ、時々舌打ちをするようなこともありますが・・・
 

記憶なし娘

昔話の手なし娘を下地にして書いてみました。 何故、娘は傷ついていたのか?そして記憶喪失なのか? 君子家の人々の優しさに触れつつ、娘は不自由なく成長していくのだが・・・

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-27

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