鬼は贄に恋をした

鬼と少女の恋物語。

叶いそうで叶わない、儚いようで少し愉快な、そんな恋物語。

鬼と少女、出会う


 オドロ山には鬼が住む。

 力は強く、凶暴で、大人の男が束になっても敵わない。
 大地を揺らしやってくる鬼は、簡単に麓の村を地図から消した。
 麓から少し離れた村の人々は、鬼を怖れて降伏した。

 毎月捧げる捧げ物。
 食べ物、酒に、女に、金品。
 鬼が喜ぶものであれば、村人は何でも捧げると約束した。

 鬼も暴れるのが好きな訳ではない。
 鬼はただ、食べ物が、酒が、女が、金品が欲しかった。
 寝転んだままで手に入るのなら、わざわざ暴れるつもりもない。
 鬼は村では暴れない事を約束した。

 月日が流れ、すっかり捧げ物が舞い込む生活にも慣れた頃。
 
 贄として捧げられた、一人の少女が鬼の元にやってきた。


 鬼への捧げ物を収める鬼のほこらで、正座をして待っていたその少女。



 黒い髪はぼそぼそとして、埃を被って見窄らしい。
 こけた頬は枯れ木を思わせ、見苦しい。
 ぼろぼろの着物はところどころが破れており、くすんだ肌をさらけ出している。
 今まで鬼に捧げられた、血色の良い女とは違う。
 絞りに絞られ枯れ果てた村に、僅かに残された残りかすのような少女だった。



 鬼はちょこんと座る少女を見下ろし、深く溜め息をついた。

 いよいよ潮時か。
 今の村からはもう十分な捧げ物は期待できまい。
 次に満足いくだけの捧げ物がなければ、違う村に暴れに行こう。
 
 一応は残りかすでも人間の少女。
 遊び道具にしてもいいし、食ってしまってもいい。
 米の詰まった俵と、肉を包んだ葉を抱えて、鬼が少女に手を伸ばそうとしたその時。

「おにさま。にえは一人で歩けます」

 少女は唐突に顔をあげ、鬼の顔を真っ直ぐに見上げた。
 見窄らしく、貧相な、残りかすのような少女。
 しかし、その黒々とした虚ろな瞳だけは、煌々と不思議な光を宿し、何故だかとても美しかった。
 それはまるで鬼が遠くの海でかつて見た、黒真珠のように。
 いや、星の瞬く夜のように。
 ただただ美しかった。

 その瞳を一目見た時、鬼はかつて一度だけ味わった事のある感覚を覚えた。

 とくん、と胸を打つ奇怪な熱。

 鬼はかつて麗しき姫に抱いた、その感情の名をすぐに理解した。



 ―――俺はこの娘が恋しい。



 鬼はたったの一目で、残りかすの贄(にえ)の少女に、深く深く恋をした。

鬼と少女、話す


 鬼は供物を抱えて山を登った。
 少女は鬼が抱えずとも、後からよたよたついてきた。
 今まで贄として捧げられた女は、隙さえあらば鬼から逃げだそうとした。

 鬼の住処に居たる山道、歩きながら鬼は少女に問うた。

「娘、お前、名は何という」

 少女は短い歩幅で、足をとたとた必死に動かしながら、振り返った鬼の顔を真っ直ぐに見上げて答えた。

「にえに名前はございません。にえはおにさまのにえにございます」

 名前のない人間など、鬼は今まで見た事がなかった。

「名がない? お前の親は、お前に名を与えなかったのか?」
「にえはにえにございます。おにさまのにえになるため、生まれました。故に名など必要ありませぬ」

 淡々と、言い聞かせられたかのような言葉を連ねる少女。
 生まれた時から贄にするため育てられた少女。
 もっと育った娘が今までは贄として捧げられていた。
 捧げる贄がとうとうなくなり、村人達は少女を恐る恐る捧げたのだろう。

「お前以外に贄は居なかったのか」
「申し訳ありません。村に年頃の娘はもうおりません。次の月には必ずや若い娘を用意いたします。こたびはこのにえでご勘弁ください」

 やはり村は限界であった。
 贄として捧げる為に育てた少女を、育つ前に差し出すしかない。
 それ程に村は飢えていた。
 覚えさせられた言葉を淡々と紡ぐ少女の目には光はなかった。

 いつもの鬼なら「潮時か」と呆れ、次の月の村人の出方次第では、村を潰す事を考えただろう。
 このようなやせ細った子供を差し出した事に怒り狂ったであろう。
 しかし、鬼は贄の少女に恋をした。
 鬼は此度の贄に満足していた。

「名がないとは不便であろう。何と呼んだものか」

 鬼は前をむき直し、上を見上げて考えた。
 娘、と呼ぶのも味気ない。
 しかし、改めて名を付けるとなるとこそばゆい。
 悩んだ末に、鬼は少女に問い掛けた。

「お前に名をやろう。何と呼べばよい」
「にえはにえにございます」
「それは名ではなかろう」
「にえに名前はございません」
「だから名をやろうと言っている」
「にえはにえにございます。にえに名などいりませぬ」

 覚えた言葉を復唱する。本当に少女は贄としてだけ育てられた、生まれながらの贄であった。
 鬼は困った。
 黒く美しい瞳はまるで黒真珠のよう。
 そして、星を抱く、深く暗い夜のよう。
 鬼はふと思いつき、振り向かずに少女に言った。

「では、お前は『よる』だ。俺はこれからお前を『よる』と呼ぶ」

 言ってから鬼は後悔した。
 こそばゆい。
 小恥ずかしい名を考えてしまった。
 取り消そうか。もう「にえ」や「娘」で良いのではないか。
 そう思った矢先、少女はぽつりと呟いた。

「おにさまはにえに名を下さるのですか?」

 鬼は歩きながら振り返った。
 少女は鬼を見上げていた顔を、今は下に向けていた。

「とうさまかあさまは言いました。にえに名などいらないと」

 鬼は奇妙な感情を覚えた。
 今まで鬼が感じた事の無い感情。
 どこか寂しげな表情を見た。
 いやそもそもそれは寂しさを現す表情なのか、どうして少女の姿が寂しそうに、鬼の目に映ったのか。

 鬼は後に、この感情が「憐憫」というものなのだと知る。

 ただ、鬼はその時、今与えようとした名を、少女から取り上げてはいけないという事だけは、本能で理解した。

「俺が決める事だ。お前の名は『よる』。俺が与える」
「おにさまからものをいただくなど、畏れ多いことはできませぬ」

 少女は頑なに贄として振る舞うよう教育されているようだった。
 焦れったくなり、鬼は強く言った。

「これは命令だ。受け取れ。俺の贄なら命令には従え」
「おにさまのご命令であれば、ちょうだいいたします」

 違う、そうじゃない。
 押し付けたい訳じゃない。
 しかし、今更撤回する事は、鬼の自尊心が許さなかった。
 
「それで良い。おい、よる」
「なんですかおにさま」
「呼んだだけだ」
「そうですかおにさま」

 何を言っているのだ俺は。鬼は顔が熱くなるのを感じて、歩調を速めた。
 鬼は贄の少女、よるに恋した事を認めているが、決してそれを悟られたくは無かった。
 しかし、それでも無性に呼びたくなる。鬼は再び、思うがままに、前を向いたまま呼びかけた。

「おい、よる」

 返事が来なかった。
 鬼は思わず振り向いた。
 今まで後ろに必死でついてきていた少女が真後ろにいない。
 逃げたか。ついてくると思って目を離したのは迂闊だったか。
 しかし、目を凝らしてそれが勘違いであると気付いた。

 地面にうつぶせで倒れている、よる。
 どうやら転んだらしい。
 のそりと起き上がり、よるは膝を少しだけさすって、よたよたと歩き出した。

「おい、よる。怪我はないか」
「もうしわけございません。もうしわけございません。お手をわずらわせてもうしわけございません」

 よるは虚ろに呟きながら、鬼の方へと歩いてきた。
 再び鬼の胸を、ぎゅっと見えない手が締め付けた。
 気付けば鬼は、右肩に担いだ俵を降ろしていた。そして、よるの元に歩み寄ると、ひょいと空いた右肩に、よるを軽々と担ぎ上げた。
 俵よりもずっと軽い。まるで、枯れ木のようだった。
 よるの表情は見えない。しかし、少し固まった後に、よるはぱたぱたと手足を動かした。

「おにさま。にえは歩けます。おにさまのお手をわずらわせるなと、とうさまかあさまが、おささまが。おろしてください。にえは」
「お前は『よる』だと言ったろう。あと、俺の手を煩わせたくないのであれば、少しの間黙って担がれていろ」

 よるはそれっきりぴたりと黙った。
 鬼の命令には従うよう、言い聞かされて生きてきたのだろう。
 そうじゃない。
 鬼は自身の傲慢さに、ほんの少し歯噛みした。

「……おい、よる」
「……」
「おい、よる」
「……」

 よるは一言も喋らない。

「返事をしろ」
「なんですかおにさま」
「何故返事をしない」
「おにさまが黙れと……」
「……言ったかそんな事。言ったな、そう言えば。だが、違う。あれだ。えっとだな」

 鬼は自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。

「俺が『よる』と呼んだら黙れと言っていたとしても、必ず返事をしろ。分かったな、よる」
「はい。おにさま」
「お前の名前は『よる』だ。分かったな、よる」
「はい。おにさま」
「供物は俺が運ぶ。だから、お前も俺が運ぶ。文句はないな、よる」
「はい。おにさま。ですが、おにさまのお手をわずらわせるなど」
「黙れ。お前の村の長や親の言う事など忘れろ。お前は俺の命令だけ聞けば良い」
「……」
「何か不満か」
「……」

 鬼は肩に担いだよるの顔を見る。
 口をぎゅっと結んで黙るよるの顔を見て、自分の言葉を思い出し、鬼はしまったと目を逸らした。

「おい、よる」
「なんですかおにさま」
「……融通が利かんな、お前。確かに黙れと言ったが、俺が呼びかけたら、名前を呼んだ時以外も必ず答えろ」
「はい、おにさま」

 律儀に鬼の、親の、村長の命令を守るよる。
 しかし、融通は利かないらしい。
 鬼はふうと溜め息をついて、少しだけ自分の態度を改めた。

「……もう二度と『黙れ』とは言わん。好きに喋れ」
「はい。おにさま。ありがとうございます」

 今後、よるに命令する時は気をつけよう。
 鬼がそう心に決めて、ふんと鼻息を鳴らした時、よるは肩の上で久しく自分から口を開いた。

「よるに、よるの、名前を、くださり、ありがとうございます。おにさま」
「……不便だから与えただけだ。お前の為じゃない」
「それでも、よるは、うれしゅうございます」

 それは本心か。それとも鬼を喜ばせる為に、村の人間に教えられた言葉なのか。
 たとえ、それが打算だとしても、鬼にはその言葉が妙に心地良かった。

鬼と少女、食べる


 贄の少女、よるを連れて、鬼は自身の住処に戻る。
 そして、荷物を住処の端に置くと、よるを抱えてきた分、置いてきてしまった荷物を取りに戻る。

「おい、よる。これから捧げ物を取りに戻る。留守番していろ」
「はい、おにさま」

 よるはこくりと頷き、そのまま止まった。

「そこの椅子に座ってていいからな」
「畏れ多いです」
「座れ。命令だ」
「はい、おにさま」

 いちいち命令しないと、よるは遠慮して何もしようとしない。
 少しずつよるの扱い方を覚え始めた鬼だったが、少し物寂しさを覚えた。
 鬼は一旦よるを置いて、山をおりる。

 残る捧げ物を取り、足早に鬼は住処に戻った。

 戻った鬼が住処を眺めると、よるは椅子に座っていなかった。
 窖を見渡してもどこにもいない。
 鬼は慌てた。担いだ荷物を放り投げ、窖を探し回る。

「おい、よる!」
「はい、おにさま」

 杞憂であった。
 窖の外から、のそのそとよるは顔を出した。どうやら外に出ていたらしい。
 鬼は眉間にしわを寄せた。

「よる。留守番していろと言ったろう」
「申し訳ございませんおにさま」

 よるはむぐむぐと動かしていた口から、何かを取り出し、手に隠す。
 謝っては居るが、叱られた事に落ち込んだ様子はなく、ただ謝るべき場面だから謝ったかのような、淡々とした口調。
 鬼は苛立った。
 しかし、何よりよるが口から出したものが何か気になった。

「今何を隠した。出せ」
「はい、おにさま」

 よるは叱られるのを怖がる子供の様に、何かを隠す事はない。悪びれる様子もなく、素直に手に隠したものを差し出した。
鬼がそれを手に取る。
焦げ茶色の、縮れたそれは、鬼も見た事のあるものだった。

「何かの根っこ、か? お前、こんな物を食っていたのか」
「申し訳ございません」
「怒ってない。腹が減ったのか?」
「はい、おにさま」

 よるは素直に頷いた。
 手のひらにのせた固く、薄汚れた木の根を、鬼はまじまじと見つめる。

「お前、こんなものを日頃食っているのか」
「はい」
「うまいのか」
「たくさん噛めます。お腹が空きません」

 鬼は試しに木の根を口に入れてみた。
 苦く、土の混じった根は、ざらざらと髭が舌を撫で、とてもじゃないが食えたものじゃない。鬼は思わずぺっと吐き出した。
 よるは鬼が吐き出した木の根を、さっと素早く拾い直す。そして、すぐさま口に放り込んだ。

「あ、こら! ぺっ、しなさい、ぺっ!」
「もったいにゃいにゃふ」
「こら、よる! 出せ! 命令だ!」

 よるは少しだけ眉間にしわを寄せ、ぺっと木の根を吐き出した。

「そんな物を食べるんじゃない。腹が減ったなら飯にするぞ」
「はい、おにさま」

 よるは再び木の根を口に入れる。

「違う! そうじゃない!」

 よるは不思議そうに口から木の根を出した。
 不思議そうに木の根と鬼を交互に見るよる。鬼は気付いた。

「お前、米は食わないのか」
「おこめはにえにはもったいないです」

 よるは木の根を見つめながら、ぼそぼそと言った。

「にえは『しぬ』ために生まれてきました。ごはんは『いきる』ひとのためにあります。とうさまかあさま、おささまが言いました」

 生まれた時から贄だった少女、よる。
 彼女は十分な食事も与えられてこなかったのか。
 少女は一体、どのように育てられてきたのか。
 枯れ木のようにやせ細った少女を見下ろし、鬼は眉間にしわを寄せた。

「よし、飯にするぞ。よる、中に入れ」
「はい、おにさま」
「その根は捨てろ。お前に米を食わせてやろう」

 よるは手に握る木の根をじっと見てから、珍しく無表情を崩して鬼を見上げた。

「おにさま。にえにはもったいないです。にえはしぬために生まれてきました。ごはんはいきるひとのためにあります。にえはごはんをたべてはいけません」

 よるの言葉には心がない。刷り込まれた言葉を淡々と紡ぐ。
 鬼はその言葉に奇妙な苛立ちを覚えた。

「お前はよるだ。贄ではない。だから食え。命令だ」
「よるはにえです。にえはたべてももったいないです。おにさまのごはんがちょっとになります。たべれません」

 命令だ、と言えば大体話を聞いていたよるが、珍しく強情に首を横に振る。
 それ程強く刷り込まれたことなのか。鬼は渋い顔でよるを見下ろした。
 するとよるは、鬼を見上げ返してくる。
 そして、珍しく自身から言葉を発した。

「どうして、おにさまはよるに、ごはんをくれようとするのです?」

 よるは真っ直ぐに鬼を見上げて、心底不思議そうに尋ねてくる。

「おにさまは、よるに、よるの、名前をくれました。おにさまは、どうしてよるに、くれるのです?」

 鬼は困った。
 一目見た時から好きになった。だから、優しくしているのだ。
 そんな事を、人間の娘っこに言える筈もない。

「おにさまは、よるをすぐに食べないのですか。すぐに食べるのに、よるに、くれるのは、もったいないです。おにさまのごめいわくはだめです。おにさまを困らせるなと、とうさまかあさま、おささまは言いました」

 鬼は困った。人間の娘っこに困らされている。
 どうやら、よっぽど強く言い聞かされているらしい。
 納得するまで一切食べ物を口に付ける気はないようだ。

 鬼は頭を抱えて悩んだ。

「おにさま。おにさまはどうして、よるに、くれるのです?」

 よるは、鬼が、よるに何かを与える事で、得をしていると分からないと納得しないだろう。よるに鬼が何かを与える事は一体鬼にとって何の特になるのだろうか。勿論、「好きだから」という答えはない。
 鬼は悩みに悩んで、遂に閃いた。

「……お、お前のようなやせっぽちは食ってもうまくないからな。太らせてから食おうという魂胆だ」
「……ふとったよるより、おこめのほうがおいしいのでは?」

 よるが珍しく怪訝な表情で問い掛ける。
 
「米よりも人間の方が美味いのだ。だから、米でよるを太らせ、後で食う。その為に、俺はお前に飯を食わせるのだ」
「なるほど」

 これだと、よるという名前を与えた理由にはならなかったが、よるはどうやら納得したらしい。

「それじゃあ飯にしよう」
「おてつだいします、おにさま」
「そうか。じゃあ、中に入れ」
「はい、おにさま」

 鬼はよるの手を引こうと、小さな手に手を伸ばそうかと思ったが、少し照れ臭くなって、ぐいと優しく背中を押した。

鬼、飲む


 オドロ山には鬼が住む。

 当然ながら、他所の土地にも鬼は住む。
 オドロ山に、他所の土地から鬼が二人やってきた。

「久しぶりだねオドロの」
「酒を持ってきたぞ」

 女の鬼と、少年の鬼。酒を手土産に、鬼二人はオドロ山に遊びに来た。
 少年の鬼は、東の山に住んでいる。故に鬼達からは「東の」と呼ばれていた。
 女の鬼は、迷いの森に住んでいる。故に鬼達からは「迷いの」と呼ばれていた。
 鬼達には名前がない。鬼の数は少ないので、呼び合う必要がそもそも無かった。彼らのように集まり飲み交わす事は稀である。

 オドロの鬼は唐突な来客に慌てた。
 鬼は気紛れ。気の向くままに、勝手にやってくる。
 オドロの鬼には、贄の少女、よるを隠す時間が無かった。

 ばったりと、よると二人の鬼は出会ってしまった。

 物珍しそうに迷いの鬼は少女を見下ろす。

「おやまぁ。人間のおチビさんが」

 少女より少し背が高いくらいの東の鬼は、真っ直ぐ少女を眺めて、にやりと笑った。

「こりゃいい。酒の肴にもってこいだ。ちょいと肉付きは悪そうだが」

 よるは首を傾げた。
 以前の枯れ木のような少女はいない。鬼に食事を与えられ、まだ痩せてはいるが、よるは多少は頬に肉がついてきていた。
 よるに手を伸ばす東の鬼の腕を、オドロの鬼は強く握った。

「手癖が悪いな東の」
「おう、そう怒るなオドロの。悪かったよ。お前のものを勝手に食いやしないさ。これから飲むが、食わないのか?」
「こいつは食わん。……いや、今は、な」

 東の鬼は目を丸くして、よるに顔を寄せた。

「太らせてからってか? いや、珍しい。お前が人を飼うとはな」
「そうそう。いつも、人はすぐ食っちまうもんねぇ、オドロのは」

 からからと笑い、迷いの鬼がしゃがんでよるに視線を合わせた。

「おやまぁ、こりゃ可愛いねぇ。磨きゃ光るよこの子は。太らせて食うつもりなら、もっと美味そうな人間やるから、あたしにこの子くれないかね?」
「やらん」
「ぶー。つれないねぇ。ま、なら仕方が無い」

 迷いの鬼は人間の子供が大好き。
 たくさんの人間の子供を飼っているという変わり者である。
 彼女に見つかる事を一番オドロの鬼は危惧していた。
 しかし、思いの外あっさりと引き下がる迷いの鬼に、オドロの鬼はようやく安心した。

 鬼三人のやり取りを見ていたよる。危うく食われそうになっても、慌てる素振りは一切見せない。

「みなさん、おにさまなんです?」
「おう、そうだぜ。鬼様だ。様付けたぁ良い心がけだチビ」

 東の鬼がわしわしとよるの頭を撫でる。
 それでも表情一つ変えずに、よるはそれ以上口を開かなかった。
 オドロの鬼もこれ以上よるの事を深く聞かれるのも困るので、住処の奥を指差し、渋い顔で二人の来客に言う。

「飲むんだろう。ほら、入れ」

 へいへい、と、そそくさ鬼は酒の樽を肩に担いでに住処に踏み居る。
 その様子を住処の入り口でじっと見ているよるにも、鬼は声をかけた。

「よる。お前も入れ」
「はい、おにさま。おじゃまにならないところでいます」
「構わん。俺のそばに居ろ」

 鬼はよるから目を離す訳にはいかなかった。
 やってきた二人もまた鬼。目を離せば何をしでかすか分からない。
 鬼は気紛れで、我が儘なのである。
 
 住処の奥で、三人の鬼はでんと置かれた酒とつまみを囲んで、飲み会を開催した。

「しばらくぶりだね。そいじゃま、乾杯」
「かんぱーい」
「……しかし、しばらく音沙汰無かったのに、急に何でまた」

 オドロの鬼は不満げに杯に口を付ける。
 東の鬼はくっく、と笑って柄杓で酒をあおった。見た目は少年だが、東の鬼も立派な大人である。

「いいじゃねぇの。暇だろどうせ」
「あたしんとこで収穫祭があってねぇ。新しい子供が二人入ってさ。そのお祝いさ」
「そりゃ景気のいいこって」

 ぐいと酒をオドロの鬼があおると、東の鬼はからからと笑った。

「オドロのはやりくり下手だからなぁ。すぐ食い潰しちまうよな。ちっとは後先考えた方がいいぜ」

 呆れ顔で干し肉を咥えながら、迷いの鬼は東の鬼を見る。

「あんたも他所のこと言えんでしょうに。三つ村潰しといてさ」
「お前がやりくり上手なだけだよ。よくもまぁ、潰さずにひとつの村を保てるもんだ」
「コツがあんのさ。ま、馬鹿にゃ一生分からんだろうがね。それより……」

 迷いの鬼の視線が、オドロの鬼の後ろに立つよるに向く。

「お嬢ちゃん。立ってないでこっちにおいで。ほら、お姉さんのお膝に座んな」

 オドロの鬼はすぐさま食って掛かった。

「おうコラ迷いの。人の贄に手ぇ出すな」
「食いやしないさ。愛でるだけだってぇの」

 迷いの鬼は決して子供は食わない。
 オドロの鬼もそのこだわりを知っていたし、悪くはされないと分かっていたが、しかしどうにも癪に障る。
 オドロの鬼は胡座を掻いた自身の腿をぱんと叩いて、よるの方に顔を傾けた。

「おい、よる。こっちに来い」
「よるちゃんってーの。よるちゃん、おいで。お姉さんの方が優しいからね。ほら、肉をやろう」
「おいそりゃ俺んとこの肉だろうが」
「ケチな事言いなさんなってオドロの。なにさ、ヤケにムキになるねぇ」
「ムキになってねぇ」

 ふん、と鼻息を鳴らし、オドロの鬼はそっぽを向く。
 二人の言い争いをけたけた笑いながら眺める東の鬼はぐいぐい酒を飲んでいき、早速出来上がっている。
 騒がしい鬼達をきょろきょろと見回しながら、よるは少し渋い表情で、口元に手を当てた。

「おにさま、よるは、どうすればよろしいのでしょう?」
「俺んとこに来い。命令だ」
「やだまぁ怖い。大丈夫だよ、よるちゃん。お姉さんとこおいで。そっちの怖い鬼さんから守ったげるから」

 よるは二人の鬼を交互に見て、目を伏せた。
 何やら困っているらしい。
 どうしたのだろうか、と鬼が気になりよるの方を向くと、よるは小さな声で尋ねた。

「とうさまかあさま、おささまが言いました。おにさまのいうことを聞くようにと。よるは、おにさまのいうことを聞きます。よるは、どちらのおにさまのいうことを聞くのです?」

 よるは言いつけを言われたままに守る。
 確かに、よるに命令しているのは、二人とも鬼である。
 むっとして、オドロの鬼は言った。

「そりゃ、お前は俺の贄なんだから、俺の命令を聞くのが当然だろう」

 いやいや、と迷いの鬼が手を振った。

「あたしも鬼だよ? よるちゃんの父様と母様と長様がそう言うなら、あたしの言う事聞いてもいいんだよ」

 げらげらと笑いながら東の鬼が酒をがばがばと呑む。

「おい、てめぇふざけんなよ」
「おお怖い。よるちゃん、やっぱこっち来な。大丈夫だって。お姉さんも鬼だから、そっちの鬼の言う事聞かなくても、怖い思いしないよ」

 ぐっ、とオドロの鬼は歯噛みする。
 確かに人間のように、迷いの鬼を黙らせる事はできない。
 喩え女の鬼であっても、力はほぼ同じくらい。
 争うとなるとそれはもう殺し合いだ。オドロの鬼もただでは済まない。
 人間の娘一人を巡って、殺し合う程に、オドロの鬼は非合理的ではなかった。
 迷いの鬼は手招きする。

「ほら、おいで。命令とか気にしないで。よるちゃんが好きに決めな」

 オドロの鬼もそれに従うしかなかった。
 しかし、妙にオドロの鬼は苛ついていた。
 よるに目を付け、手を出そうとしている迷いの鬼に対してではない。
 後ろで未だに悩んでいるよるに対してである。

 鬼ならば誰でも良いのか。今の感情が子供じみたヤキモチである事には、オドロの鬼はまだまだ気付けなかった。

 よるは更に困ったようだった。
 普段の無表情から、目が垂れる。珍しい表情に、オドロの鬼の苛立ちは、驚きにたちまち吹っ飛ばされた。

「すきにきめる?」

 よるはいつでも、人からの言いつけを守り続ける。
 そこに彼女の意志はない。
 鬼は今まで見てきたよるの言動を思い返し、気付く。

 よるは贄である。死ぬために生まれた食物(しょくもつ)である。
 生きるか死ぬかさえ選ぶことを許されなかった彼女に、何かが選ぶことが許される筈がなかった。
 よるは選び方を知らないのだ。

 オドロの鬼は、きゅっと傷む胸に手を当て、ぐっと唾を飲み込んで、立ち上がった。
 そして、よるの方へと歩み寄る。
 よるは鬼の顔を見上げた。
 鬼はよるを見下ろした。

「よるはどうしたい?」
「よるはおにさまのいうことを聞きます」
「よるはどっちの鬼様のいうことを聞きたい?」
「どちらのいうことを聞けばいいです?」

 らちが明かない。鬼は髪を掻き乱し、半ばやけになっていった。

「じゃあ、こうだ。俺達は今、この瞬間だけ鬼じゃない。人間だ。そう思え」
「おにさまがにんげん?」
「そうだ。じゃあ、俺と、あっちの女、どっちのところに座りたい?」

 よるは交互にオドロの鬼と迷いの鬼の方を見た。
 そして、無言でオドロの鬼の服の裾をぎゅっと掴んだ。
 
 オドロの鬼は衝撃を受けた。
 まるで、後頭部を金棒で殴られたかのような衝撃だった。

 鬼は贄に恋している。
 それは鬼も気付いていた。
 しかし、鬼はより一層、贄の少女が恋しくなった。

 鬼はよるをひょいと抱えて、元の位置に座り直す。置物のように、オドロの鬼の足に乗せられたよるは、きょとんとしてオドロの鬼を振り返った。

「酒は駄目だがつまみくらいなら食えるな。たんと食え。無礼講だ」
「ぶれいこう?」
「人間同士ってことで飲み食いしようってって事だ。酒の席に贄だ主だ命令だなんざ、無粋の極みってもんだろう」

 いよいよフラフラし始めていた東の鬼は、吹き出す様に笑って手を打つ。

「ちげぇねぇや! しかし、オドロのの口からそんな言葉が出るたぁな! よし、チビ! 大いに呑めや食えや!」
「呑んじゃ駄目だろ。いやぁ、残念よるちゃん。まぁ、この席の途中でも、気が向いたらこっちにきな」

 迷いの鬼は心底残念そうに苦笑した。
 そして、ほんの少しおかしそうに笑って、オドロの鬼を一瞥した。

「……なるほど」

 その小さくぽつりと零れた言葉は、オドロの鬼に聞こえる筈もない。
 ぱんと手を打ち、迷いの鬼は、仕切り直しに声を上げる。

「そいじゃあ、今日は人間四人で楽しく呑み食いすんぞ!」
「おう!」


 相変わらずの無感情な無表情で、よるは首を傾げていた。



 長い長い夜が始まる。
 宴は東の鬼が酔いつぶれ、眠ってしまう瞬間まで続いた。

少女、お返しする


 オドロ山の鬼の宴会。
 少年の見た目、東の山に住む鬼は、酔いつぶれて寝てしまった。
 女の鬼、迷いの森に住む鬼は、その様子を見てくたびれたように大欠伸した。

「はぁ、あたしも疲れたなぁ。ちょいと休ませてもらうよ」

 ごろんと寝転び迷いの鬼は目を閉じた。
 よるから目を離せないオドロの山に住む鬼は、酒の量を抑えていた。
 冴えた鋭い目をようやく細めて、安心したように息を吐いた。

「面倒臭い奴らだ」

 下を見下ろすと、足元に座るよるが、不思議そうに鬼を見上げた。
 特別何かを口に付ける訳でもなく、じっと鬼達の間に座ったまま、時折絡んでくる鬼達の問い掛けに答えるだけ。オドロの鬼が、無難に乗り切り良くやったと褒めてやりたいくらいに大人しくしていた。
 住処の外はすっかり暗くなっていた。

「よる、眠くはないか」
「はい、おにさま。おにさまとおしゃべりしていたので、眠くないです」
「そうか。しかし、うるさい奴らだろう。疲れなかったか」
「はい、おにさま。おにさまもおにさまも、よるにおしゃべりしてくれて、よるは嬉しゅうございます」

 そう言って、よるはのそのそと鬼の膝からおりようとする。
 鬼は咄嗟によるの肩を抑えて引き留めた。

「おにさま?」
「……もう少し此処に居ていい。お前も疲れたろう。少し休め」

 よるが離れてしまうのが寂しい。……とは、とても言えない鬼であった。
 しかし、やはり気恥ずかしく、鬼は「まぁ」とそっぽを向く。

「俺のひざより布団がよければ行けばいい。子供はもう寝る時間だ」

 よるは視線を上にあげ、何かを考えるように止まった後に、鬼を見上げた。

「ごめいわくではないです?」
「軽い人間の娘一人、鬼にとっては木の葉同然よ。迷惑なものか」
「でしたら、よるはおにさまのおひざに、いたいです。おにさまは、とってもあたたたかいので」

 鬼はきゅんと胸を締め付けられた。
 そして、何より意外に思う。

「今日はいやに素直だな。それは今日の俺は人間だからか?」
「おにさまのおひざに乗るのはおそれおおいです。でも、おばあさまは、ひとのおひざには、乗ってもよいといいました。よるは、おばあさまのおひざが、すきです」

 そうか、と鬼はよるの頭を撫でた。
 鬼であるが故に、今までよるは遠慮をしていた。
 分かってはいたが、改めて気付く。

「よる。別に鬼の膝に乗るのは畏れ多い事ではない。今日が終わって俺が鬼に戻っても、乗りたければ乗せてやる」
「ほんとうです?」
「ああ」
「あしたもいいです?」
「ああ」
「あさっても?」
「……まぁ、気が向いたらな。ずっと乗せてもいられないからな」
「はい。それでも、よるはうれしゅうございます」

 今日はやけに積極的なよる。鬼は意外すぎて驚いた。

「お前はお婆さまとやらの膝が好きなのか」
「はい。おばあさまはやさしいのですきです」
「他の大人は優しくないのか。父様母様長様というのは」

 よるは少し黙る。
 そして、鬼を見上げて言った。

「とうさまかあさま、おささまは、たいへんなので、よるにはかまってられません。よるは、にえなので、だれもかまってくれません。おばあさまだけ、よるにかまってくれます」
「そうか」

 鬼の贄として育てられた少女。
 誰からも構われる事なく、死ぬためだけに生まれてきた。
 鬼はよるの今までを知らない。
 果たして少女はどれ程哀れに、僅かな人生を生きてきたのだろうか。
 鬼が哀れむように見下ろすと、よるは無表情で鬼を見上げて、言った。

「おにさまは、よるにかまってくれるので、すきです」

 鬼は思わずよるを抱き締める。
 よるは不思議そうに首を傾げた。

「おにさま?」
「わ、悪い。痛かったか?」
「あたたたかいです。いたくないです」

 身体を包む鬼の腕に、よるは顎を乗せる。嫌だとは思わなかったが、妙なこそばゆさに鬼は思わずぶるりと震えた。
 甘えてくれているのだろうか。鬼は少し嬉しくなって、抱き締める力を少し強めた。

 しばらくの沈黙。
 あまりにも大人しい。よるは寝てしまったのだろうか。
 鬼が気になり顔を覗き込もうとすると、よるは鬼の腕に顎を乗せたままで口を開いた。

「おにさま」
「何だ、よる」

 よるの口が動く度、腕がこそばゆい。
 しかし、よるから話してくれる珍しい機会。鬼はそれを咎めなかった。

「おにさまも、おにさまも、おにさまも、おなまえ、ないです?」

 よるの言う「おにさま」は、恐らく今は眠っている二人の鬼も指しているのだろう。

「ああ。鬼は人間ほど多くはない。名などなくとも困らないからな。住む土地の名で呼べば事足りる」

 よるは再び黙った。
 どうしたのだろうか、と鬼は気になる。
 
「それがどうしたんだ?」
「よるは、おにさまと、おにさまと、おにさまがいらっしゃるとき、おにさまを、なんとお呼びすればいいです?」

 「おにさま」ばかりでややこしい。
 確かに、鬼が複数集まる中で、「おにさま」ではどの鬼か分からない。

「む……まぁ、そうある機会じゃあないが、鬼同士が呼ぶように、『オドロ』で構わない」
「それは、このお山のおなまえです?」
「そうだが」
「おやまに、おにさまがいらっしゃるときは、おやまはなんとお呼びすればいいです?」
「山は山でいいだろう……どうした、何が言いたい?」

 鬼が聞けば、よるはすぐに答えた。

「おにさまは、よるに、おなまえをくれました。おにさまは、よるに、ごはんをくれました。よるも、おにさまに、おかえししたいです」

 鬼は目を丸くした。

「よるが、俺に?」
「はい」

 よるは鬼を振り返り、上目遣いで見上げた。

「よるは、おにさまみたいに、たくさんものをもってないです。おにさまに、おかえしするもの、もってないです。だから、よるは、おにさまに、おなまえ、おかえししたいです」
「俺に、名前を? よるが?」
「はい」

 意外な申し出。鬼は驚き目をぱちくりとさせる。

「ごめいわくです?」
「め、迷惑などではないぞ!」
「おにさまが、おにさまのときは、おそれおおいけど、いまなら、おにさまに、おなまえ、おかえししても、おそれおおくないです?」
「畏れ多くない!」
「おなまえおかえししてもいいです?」
「いい!」

 鬼は若干興奮気味に答えた。
 そこでうーんと迷いの鬼が唸ったのを聞き、慌てて声を押し殺した。

「よる。お前は俺にどんな名をくれるのだ」

 よるは言う。

「おにさまは、よるに、よるをくれました。よるは、さいごにきます。あさ、いる、よるで、よるをくれるのは、いるです。だから、おにさまは、いるです。いるさまです」

 鬼はよるの言葉の意味が今ひとつ分からなかった。
 
「いる?」
「いるです。おいるです」
「……お昼?」
「はい。おいるです」

 よるの言いたい事を鬼はこう解釈する。
 鬼はよるに、「夜」という名を与えた。
 夜は一日の「最後」にくる。
 一日は「朝」から始まり「昼」を経て、そして「夜」へと移ろいゆく。
 「夜」に繋がるのは「昼」。だから「鬼」は「昼」。

 変わった感性だな……

 鬼は少し困ったが、人の良いなりのよるが、自分から与えてくれた名前だ。
 鬼に名は無い。必要がないから。
 しかし、それでも、与えられて、嬉しくない筈がなかった。

「俺の名は『ひる』か」
「はい、『いる』さまです」
「いる、じゃなくてひる、だろう」
「はい、いる、さまです」

 はたして「ひる」が言えないのか、どうしても「いる」というよる。
 ふう、と軽く息を吐き、鬼は微笑みよるの頭をそっと撫でた。

「そうだな。俺の名は『いる』だ」
「はい、いるさま。あしたからも、いるさまと呼んでもいいですか?」
「ああ、いいぞ」

 不思議と今日だけは、鬼は素直になれた。
 今日だけは、鬼ではなく、人間だからなのだろうか。
 鬼はよるから、「いる」という名をお返しされた。

「いるさま」
「なんだ、よる」
「なんでもないです」
「なんだそれは」

 よるが、いるの腕の中に再び顔をうずめる。
 普段は生気を感じさせない、よるの身体が、今宵はやたらと温かく感じる。
 
「良い夜だ」
「よるは、いいこです?」
「良い晩だ、という意味だ」
「はい、たのしかったです」
「そうか」

 久しい来客から始まった、人間として過ごした宴の夜。
 鬼は久しく夜を、宴を、楽しいと思った。
 そして、初めて与えられた、よるから貰った名前を、ぼそりと口の中で繰り返しながら、住処から僅かに覗く夜空を見上げた。

鬼は贄に恋をした

まだ続きます

鬼は贄に恋をした

オドロ山には鬼が住む。 人は鬼を怖れて、毎月鬼に供物を捧げた。 食べ物、酒に、金品色々。 時には生け贄として女子供を鬼に捧げた。 ある日鬼に捧げられた、一人の少女。 鬼は少女を一目見て、一瞬で恋に落ちてしまった。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-26

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Copyrighted
  1. 鬼と少女、出会う
  2. 鬼と少女、話す
  3. 鬼と少女、食べる
  4. 鬼、飲む
  5. 少女、お返しする