死期折々

桜の木の下で

暖かい風が長い髪を揺らす
柔らかな陽射しを浴びて君はどこか幸せそう
足取りも何だか軽くてこのまま空に飛んでいけそうだね
こんな陽気に惑わされて少し迷子に、遠回り
ずっと探してた場所は地図にはない此処に在った
それは正に春の訪れの象徴
芳しい香りに、鮮やかに咲く満開の花
ハラハラ舞い落ちる花びらはほんのりピンクのハート型
木陰に腰を下ろして、見上げれば厳かで美しく
思わず溢れた涙はきっと麗しい姿に感動したから
春になったら新しい柔らかな白いワンピースを着よう
一緒に選んでくれた、この青空に映えるワンピース
少し長い裾が春風にユラユラ揺れてご機嫌そう
お昼時、のんびり陽だまりと戯れ合うのも悪くない
例えるならこの季節は始まりの季節
同時にひとつの事が終わる季節
どことなく切なさを孕んだ今年は、眩しい
私の吐息で吹き上がるたんぽぽの綿毛
勇敢に飛び立つ彼らはきっと来年には新しい地に咲く
掌いっぱいの桜の花びらを宙に向かって投げてみた
途端に視界はピンクに染まり花びらが頬をくすぐる
四つ葉のクローバーを探して、シロツメクサで花冠を作って
前は二つだった影が一つになった今も
想い出手繰り寄せるように花々と戯れる春の日
そっと幹にもたれかかると少しヒンヤリ冷たい
てんとう虫が私のバッグにブローチみたいに止まってる
気付けば花びらに埋もれた私
綿毛は飛び散り四つ葉も踏みにじり
花冠はせめて被せてワンピースだけは汚さないで
今年もまた、春がやってくる
誰が此処に座ることになるのだろう?
私はもう、そこにはいない
桜の木の下で暖かな土に覆われて貴方を待ってる

花火を見上げて

耳に心地良い下駄の音
夏の夜は遅くて短いから私は好きだ
朱色の浴衣に漆黒の帯を締めて、髪には簪を
纏めた髪を留める簪の飾りが月明かりに照らされている
サラサラ流れる静かな水の音
澄んだその河の岸辺にポツリポツリと浮かぶ光
蛍光色、言葉通りに輝く蛍に感嘆の声を洩らす一時
一匹、二匹、三匹、四匹…数えきれない小さな光
遠くから聴こえる虫の鳴き声もまるでBGMのよう
光の元を覗き込む刹那、水面に映る無邪気な笑顔
静かに水に手を忍ばせて光る掌を見つめてはしゃぐ
音は立てずに、ゆっくりと
繰り返されるその動作はまるで子供のようで
ドンと一つ、大きな音が鳴り輝く夜空
真昼の太陽のように輝き散る花火に目を奪われる
掌に光を乗せたまま、夜空を彩る幻想に胸を焦がす
水音を立てて手を引き抜くと纏わり付くような儚い光
驚き喜ぶ君の瞳は穏やかな蛍光色に染まる
大きな音が彩る夜に、静かに静かに近付く刻
蒸し暑さに扇子を取り出し扇ぐ動作は誘うよう
じんわりと汗ばんだ肌が生きている証
短冊に記した想いも蛍の光のようね
儚くも脆い、叶わぬと知っていた願い
一際大きな花火が咲いて、真っ暗闇に静まり返る
水面を見つめる顔はいつしか水底へと
着崩れた浴衣も乱れた髪もそのままに
世の果てに流れ行く一つの魂
この岸辺で草むらに身を潜めて
どうか乱れた姿は見ないで下さい
夏の暑さで身が消えるまで、私はここでかくれんぼ

落葉との戯れ

暑さは何処に消えたのか
すっかり涼しくなったこの頃
青々とした山の木々はそれぞれにそれぞれが色付く
恋をしたように真っ赤に、古本のページのように黄色く
この季節の木々は少しだけ騒がしく自己主張
時折落ちる実の、鼻をつく臭いも御愛嬌
焼いて食べれば甘くて美味な小さな幸せ
色んな形、色んな大きさ、木の実も葉も競い合う
少し泥臭い落ち葉が積もる森の香りも平気よ
秋は実りの季節、泥を纏う香りは努力の証拠
これはしおりに、これは飾りに…あれこれ拾って思案
美しくなくて良いんだ、個性的なフォルムが好き
歩き回る落ち葉の上はまるで絨毯のようで
軋むような音も軽快な音も何だか楽しい気持ちになる
山の上の遠い遠いどこかで鳥が鳴いている
何を伝えるための鳴き声なのかは、まだ理解出来ない
泣いているのか、笑っているのか、それとも怒りなのか
落葉の季節、紅葉の季節
遠く深い山の中で落ち葉が大地で紅葉する
落ちるのは木の実のようなフォルム、綺麗でしょ?
あの鳥も痛い痛いと鳴いているのか落ちる葉も痛いのか
落葉の時に、大きな木の実が熟す
落ちそうで落ちない太い枝に絡み付くように実って
いっそ美しく落葉のように散れたら幸せなのに…
ここは遠く深い山の中
美しい紅葉、落葉、実る木の実
そのどれもに似ていて異なるその姿は
誰かに落とされるまで決して落ちることはない
染まった葉は乾き木々のざわめきも静けさを取り戻す
ポツンと実る大きな…
やがてゆっくり確実に落ち始める実
青々と茂り、夏を乗り越えるでもなく
小さな芽から息吹いたわけでもない、その実は
ドサリと崩れ落ち今も誰かをそこで待っている

雪化粧の君

小さな窓から見える景色が変わった
零度を下回る今日、一面に広がる銀世界
手を取り合って外に駆け出した時の横顔には満面の笑み
鼻の頭と頬を真っ赤に染めて純白に触れる君
白馬の王子様でも見つけたような、そんな目で見ている
その手は沢山の命を生み出した
ある時は、雪だるまの親子
またある時は、雪うさぎのカップル
決して孤独だけは作らないその手は
多くの命を生産する度に赤く染まり膨れる
やがて生産に飽きた君は
新雪を踏み締める時のくぐもった音と遊ぶ
気付けば辺り一面が小さな足跡まみれになっていた
降り始めた粉雪は、徐々に量を増していき
彼女の周りに小さな山をいくつも作った
掬っては投げ、浴び、時には倒れ込み全身で味わう雪
冷たく染みていく服をさえ気に掛けないで
まるで雪と愛し合うかのようにずっと戯れている
独つに生産されることも知らず
粉雪はやがて吹雪に変わり、凍てつく寒さ
睫毛を凍らせて頬を鼻を手を赤らめて雪に夢中
最期に新雪だけで作ったかまくらを、プレゼントしよう
柔らかく降りたての粉雪で作った君のお城
吹雪が強くなり風が唸る中、雪は足跡を消す
美しい雪化粧と共にお城に閉じ篭った無邪気な君
まだ雪は降り始めたばかりで少なくとも数週間降り続く
高く積もり新雪は重みを増して君の赤味を純白に変える
その手も、やがて真逆に彩られるだろう
季節に恋をした君の歩んだこの物語は
雪解けと共に美しいまま語り継がれるだろう

君の好きな季節に
愛した恋したその季節に
永遠に君を閉じ込める方法

死期折々

死期折々

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • ホラー
  • 成人向け
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2015-01-25

Copyrighted
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  1. 桜の木の下で
  2. 花火を見上げて
  3. 落葉との戯れ
  4. 雪化粧の君