いかがでしょう?

 浩二が銭湯の帰りに公園の横の路地を歩いていると、いきなり誰かに声をかけられた。
「お飲み物はいかがでしょうか?」
 驚いて周囲を見回したが、人の気配はない。空耳だろうと思い、歩き出そうとしたら、また聞こえてきた。
「お飲み物はいかがでしょうか?」
 やっとわかった。いわゆる、しゃべる自動販売機だ。前に人が来ると、センサーで感知して声が出る仕組みである。浩二が昨夜通った時にはなかったから、今日設置したばかりだろう。
 それにしても、この手の機械が出始めた頃に比べ、ぐっと音声の質が人間に近くなったものだ。それにモニター画面に可愛い女の子のCGが映っていて、音声と連動して動くようになっている。
 ちょうど風呂上りで喉も渇いているし、缶コーヒーぐらい飲んでもいいだろうと、小銭を自販機に入れようとして、浩二はふと気付いた。モニターの下には飲料メーカーのロゴは入っているが、サンプルも商品名の表示もないのだ。
「なんだよ。これじゃ何があるのか、わかんないじゃないか」
 すると、モニター画面の女の子の表情が動き、声がした。
「ありがとうございます。ご注文を伺います」
「えっ、何だって」
「驚かせてしまいまして申し訳ございません。この端末は本社の人工知能サーバーに繋がっており、お客様と簡単な受け答えができるようになっております」
「へえ、スゴイな。それじゃ、そうだな、微糖の缶コーヒーをもらおう」
「承知しました。コインを投入してください」
 コインを入れると、ガチャンと音がして缶コーヒーが出てきた。人工知能だのなんだの、大げさなわりには、ここは普通である。
 モニターの女の子の顔が微笑んで、頭を下げた。
「ありがとうございました」
「うん」
 浩二は思わず返事をしてしまったが、考えてみれば相手は機械である。バカバカしい。そのまま立ち去ろうとすると、また、話しかけられた。
「ご一緒に、ハンバーガーやサンドイッチはいかがでしょうか?」
「ほう、そんなのもあるの」
「はい。ほんの少しお時間をいただければ、ハンバーガーを加熱いたします」
 ちょうど小腹も空いていたところである。
「じゃあ、ハンバーガー、いや、チーズバーガーがいいかな。あるかい」
「はい、ございます。コインを投入してください」
 また、ガチャンと音がしてチーズバーガーが出てきた。
「よろしければ、お掛けになりませんか?」
「えっ、どこに」
 驚いたことに、自販機の下の方から板のようなものがせり出してきていた。それはちょうど椅子ぐらいの大きさだった。
「どうぞ」
「ああ」
 浩二はおっかなびっくり腰を下ろしたが、意外に座り心地は良かった。
 浩二が座るのを待っていたように、アームに支えられたモニターが正面に回ってきた。
「お食べになっている間に、サービスで占いをさせていただいております。お名前と年齢だけ、よろしいでしょうか?もちろん、個人情報は保護されています」
「ほう、そんなこともできるのか。えっと、山田浩二、二十四歳、独身、会社員だ」
「ありがとうございます。あなたはコツコツと努力をする真面目なタイプですが、なかなか、周囲に理解されませんね。でも、大丈夫です。来年から運気が上昇し、仕事も恋愛もすべてうまく行くようになります。ただ、優しいお人柄なので、だまされやすい傾向があります。そこだけご用心ください」
「へえ、そうなんだ。恋愛運も上がるのかあ」
 これは、来年結婚ということも考えられるぞ、浩二はニンマリと笑った。
「実は、この端末は色々な企業の総合窓口になっておりまして、将来のことをお考えでしたら、生命保険の契約などもできますが、いかがでしょうか?」
「そうだな。それも必要かもな」
「彼女とのデートなどに必要になりますから、自動車もいかがでしょうか?」
「うんうん」
「マイホームをお考えでしたら、住宅ローンもいかがでしょうか?」
「まったくだ」
 浩二は契約書らしきものに次々にサインをし、拇印を押した。
「いかがでしょうか?」
「いやあ、すばらしい、夢のような自動販売機だよ」
 そろそろ帰ろうと思ったが、なぜか浩二は急激に眠くなり、そのまま寝てしまった。

「大丈夫ですか。起きてください。風邪ひきますよ」
 ハッとして目覚めると、目の前に制服の警官が立っている。いつの間にか、浩二は公園のベンチで眠っていたようだ。すでに朝になっていた。
「あ、すみません。大丈夫です」
「一人で帰れますか」
「はい、アパートは近所なんで」
「じゃあ、お気をつけて」
 警官が立ち去ると、徐々に記憶がよみがえってきて、浩二は青ざめた。
(しまった、大変だ。変な契約書にいっぱいサインしてしまったぞ)
 あわてて周りを見回すと、浩二の名前が書いてある、たくさんの木の葉が落ちていた。
(おわり)

いかがでしょう?

いかがでしょう?

浩二が銭湯の帰りに公園の横の路地を歩いていると、いきなり誰かに声をかけられた。「お飲み物はいかがでしょうか?」 驚いて…

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-23

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