ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 終章「愛と絆」1/3

10年近く前。
私が、ウルティマオンラインというゲームをプレイしていた時に、作成した作品です。
作品の内容は、今(2015年)の、ウルティマオンラインの仕様とは異なります。
作品の世界観は、当時(2004年近く)の記憶を頼りに執筆しています。
ウルティマオンラインを、当時からプレイされていて、そして今でもプレイされている方。
そして、既に引退されていて、当時を懐かしく思っていられる方。
興味がございましたら、ご一読頂ければ幸いと存じ上げます。
なお。
ウルティマオンラインの世界を、小説に転じているため、実際のウルティマオンラインの世界(仕様)とは、違う部分が多々あります。
例えば、人間は不死ではないなど・・・。
それを踏まえて、お読み頂ければ幸いです。

また、終章に至っては、残虐描写ではありませんが、殺人のシーンが出てくるために、レーティングを「青年向け」にさせて貰っております。

ムーングロウに到着したダルバスとライラ。2人を待ち受ける運命とは・・・?

終章(1/3)


 眩いばかりの朝日を受けながら、帆を張った旅船が海上を進んでいた。
白い帆は、朝日を眩いばかりに反射しながら進んでいる。
目的地であろう進路の先には孤島が見え、到着まであと僅かとも思えた。
 甲板の上には、行商人や旅人達で溢れかえり、目的地への到着に、期待と不安が交錯するような雰囲気が流れていた。
 その人々の中に、モヒカンの大柄な男と、ブロンズ色の長い髪の女性がいた。
ダルバスとライラである。
先日の朝、ブリテイン港を出発したダルバス達。
ダルバス達は、他の乗船客と同様に、甲板から目的地を眺めていた。
「ようやく到着ね。ムーングロウか。久しぶりね」
ライラは、なびく髪を押さえながら、孤島を見つめている。
「俺も久しぶりだぜ。あいつら、元気にやってんのかねぇ?」
ダルバスは、ムーングロウにいる友人を思いだしているのだろうか。懐かしげな視線を送っていた。
2人は、様々な交錯があるのだろう。
各々の思いを胸にしていた。

「おぅ、ライラ。ムーングロウって言えば、おめぇが昔通っていた学校があるんだよな?やっぱり、懐かしいんじゃねぇのか?」
ダルバスは、ライラを横目に呟きかける。
「そうね。私は二回行ったわ。最初は、お母様が魔法を使っていたから、やっぱり自分もそうなんだと思って、何となく行っていたのよね。でも、本気で行ったのは次よ。あの事件の後ね」
ライラは、ベスパードラゴン襲撃事件を思い出す。
ロランとセルシアが、ドラゴンたちにより命を奪われた。
復讐の念に燃えたライラ。自分に出来るのは、魔法でしかない。
母セルシアも、魔法によりドラゴンと戦った。
それ故に、ライラは再びライキューム研究所へ赴き、血の滲むような努力をしたのだ。
納得するまで修行をし、満足がいくまでの実力を身につけてから、ライラはダルバスと共に、今回の旅に出た次第となる。
「長かったわね・・・。でも、これからよ。私達は、必ず仇を討つ。ブリテインで得た、新しい出会いを、私は無駄にはしない。ナオ・・・、みんな・・・。待っていてね・・・」
ライラは、先日ブリテインで起こった様々な内容を思い返し、出会った人々に誓っているようだ。

「それより、ダルバス。ムーングロウには、あなたのお友達がいるっていうから、ここまで来たのよ?。そろそろ、教えて頂戴な?」
ライラは、別段、ダルバスの友人に対しては気にしていなかったが、ここまで来たのだからと、詳細を求めた。

「あぁ。ムーングロウにはな、旧知の友がいるんだ。覚えているか?幼なじみのキリハだ。奴の馴れ合いでな。キリハは、大の犬好きだったろ?それを介して、俺達は付き合いがあったって事だ。まぁ・・・キリハの野郎も、今じゃ、天国で愛犬と暮らしているんだろうけどもな」
ダルバスは、昔を思い浮かべながら、ライラに説明する。
「あぁ。そう言えば、ダルバスと仲の良かったキリハがいたわね。私は、物心が付いた時には、殆どお付き合いはなかったけれど・・・。知らなかったわ、亡くなっていたのね」
ライラは、あの事件以降に、ダルバスの友人が、他に亡くなっていた事を知り、ショックを受けているようだった。
「ま、仕方がねぇだろ?俺だって、おめぇが失った友人の全てを知っている訳じゃねぇからよ・・・」
ダルバスは頭をかく。
ベスパーの事件で、命を失った人達は数え切れない。ダルバスもライラも、数多くの知人、友人を失った。それら全てを、お互いに知りうるのは不可能といっても仕方がないのかもしれなかった。

「でも、犬好きの友人同士が慣れ合うっていうのもわかるけれど、そこで、なんであんたが絡んでくるの?」
ライラは疑問に思う。
「あぁ。奴等は、よくベスパーに遊びに来ていたからな。キリハが、俺の友人を紹介するっつーんで、俺も、奴等と仲良くなったって訳さ」
ダルバスは、当時を思い出す。
ダルバスの両親を事故で失った後に、キリハは、このムーングロウの友人を引き連れてきては、一緒に大はしゃぎをしたものだ。
何度かの付き合いをするうちに、ダルバスも彼らとの交流が出来て、文通をするまでに至っていた。
「ふ~ん。それは、よくわかったけれど、そのお友達っていうのは、私達の旅の目的っていうのはわかっているの?古代竜と戦うのよ?そんな、阿呆みたいな話につき合ってくれるのかしら?」
相手を良く知らないライラは、率直な疑問をダルバスにぶつける。
「俺も、文通をしていてわかったんだけどな。ライラの魔法の事も伝えていたんだ」
ダルバスは、申し訳なさそうにライラを見つめると、話を進める。
ライラは、少しだけ眉をひそめるも、ダルバスの次の言葉を待っているようだ。
「その話を奴等はな。全く気にしないようでな?いいから、取り敢えずは来いとの返事を受けた訳だ。勿論、こちらは決死の覚悟という旨を伝えてあるんだがよ。それ以降の、返信はねぇ。まぁ、返信を待つ前に、こっちが出発していることもあるんだがな?」
ダルバスは、事の経緯をライラに説明する。
「なるほどねぇ・・・。要は、雲を掴むような話に、私はあんたに着いていっているわけね?」
ライラは、まさに雲を掴むような表情でダルバスを見つめる。
「か・・・勘違いすんなよ?少なくとも、奴等夫婦の旦那は、戦士だ。嫁も調教師っていう話は聞いているからな?」
ダルバスは釈明する。
「ふーん。戦士と調教師・・・ね。あなたを信用しない訳じゃないけれど、古代竜との決戦に、役に立つのかしら」
普段は、毒舌なライラだが、ライラは本気で悩んでいるようだ。
「お、おい!俺を・・・というか、友人を信用出来ねぇのか!?」
ダルバスは声を荒げる。
「信用しない訳じゃないけれど。当たり前じゃない。私達のせいで、他の人達を巻き添えに出来る?」
ライラは、もっともな意見を述べた。
「まぁ・・・そうだが。でも、それを理解してでの手紙が来たんだ。希望を持って会いに行ってみようぜ?」
ダルバスは、ライラを説得するのに必死だ。
「ま、それもそうね。取り敢えず、会ってみても損はないかもね?それで、駄目であれば、私達だけで何とかするしかないわね」
ライラも、何とか納得する。
「ところで、キリハの友人て、なんていう人達なの?」
ライラは当然の質問をする。
「あぁ。奴等はココネ夫妻っていうんだ。旦那はココネ。嫁はピヨンだ」
ダルバスは、ココネ夫妻の説明をする。
「奴等は、凄まじいほどの動物好きでなぁ。犬は勿論、ネズミなども愛玩しているらしいぜ?」
ダルバスの説明に、ライラは眉をひそめる。
「犬はともかく・・・。ネズミ?食用だったらわかるけれど、違う・・・のよね?」
ライラにとって、ネズミのイメージは良くないのだろう。
「さぁ?俺にも、よくわからないけどな。ともあれ、喰う目的で飼ってるとは思えんけどな」
ダルバスも、そこまで詳しい訳ではない。ライラの嫌悪感に、首を傾げていた。
「ネズミ・・・。この船倉にも、探せば一杯いるんじゃないの?食べたいとも、思わないわね」
ネズミを飼うという神経が理解できないのだろうか、ライラは身震いをするふりをしてみせる。
「ま・・・。まぁ、いいじゃねぇか。ネズミが俺達を襲うように調教しているわけでもねぇだろ?価値観の違いは、今は置いておくことにしようぜ?」
ダルバスはライラを宥める。
「わかっているわよ。私だって、好きこのんでネズミは食べたくはないからね?」
ライラは、渋々承諾をしたようだ。

「ま、取り敢えずはムーングロウに到着してからだな」
ダルバスは、目の前の大陸を見つめる。
 大陸は、ブリタニア本土からの離島となる。
しかし、遠目に見ると、ムーングロウの街はそれなりの広さを持っており、活気のある街に見えた。
「もうすぐね。ムーングロウにも、結構美味しい食事はあるのよね。今日は、ムーングロウの街を散策して、夜は美味しいものを食べるのもいいかもね?」
ライラは、昔来たムーングロウを思い出しているのだろうか。
気持ちは、観光気分になっているようだった。

 すると。
船の上から、到着寸前のムーングロウを見ていた一行から声が漏れる。
「おい。随分デカい鳥だな。なんだありゃ?」
一人の行商が、傍らにいた人物に声をかける。
「ん?鳥?・・・あれ、本当に鳥か?」
声をかけられた旅人は、荷物から望遠鏡を取り出し、空に焦点を合わせる。
「・・・。鳥じゃないな。・・・なんだ!あれはっ!」
旅人は、望遠鏡を覗きながら、とまどいを見せる。
 周辺の騒ぎを耳にし、ダルバスとライラは、ムーングロウ上空へ視線を配らせた。
「あ・・・っ!」
「あれは・・・!」
ダルバスとライラは、同時に声を上げた。
それは、紛れもなくドラゴンだった。
赤い羽根を持ったドラゴン。それは、ムーングロウから外れた、郊外の上空を飛行していた。
ダルバス達の記憶は、瞬時として事件の時に舞い戻る。
これから、ドラゴン達がするであろう所業。
当時の記憶が、瞬く間に脳裏によぎる。
ムーングロウの街からは、けたたましい警鐘が鳴り響くのが聞こえた。
が・・・。
今見えるのは、ドラゴン単体だ。
複数ではない。
無論、古代竜の姿は見えなかった。
ドラゴンは、ムーングロウの街に攻撃を仕掛ける様子もなく、悠然と郊外の空を旋回している。
暫く眺めていると、ドラゴンは北西の空へと姿を消していった。
それを眺めていたダルバス達。
「ダルバス・・・っ!」
ライラは、騒然とならぬ様子でダルバスを見つめる。
「あぁ。見たぜ。あの時のドラゴンかもしれねぇ・・・!」
未だ、意味がわからず、ざわつく甲板をよそに、ダルバスは頷く。
「まさか・・・!」
ライラは、最悪の事態を想定した。
無論、それは、ドラゴンがムーングロウを襲撃するのではないかということだ。
しかし、それは少し無理があった。
今、襲来したドラゴンは一頭だけであり、街を襲撃するのには不可能にも見えた。
一頭だけであれば、衛兵達にやられてしまうことだろう。
それに、ドラゴンは、一時姿を見せただけであり、ムーングロウの大陸を一廻りすると、その姿を消してしまった。
正直、何をしに来たのすらわからなかった。
 甲板には、ざわめきが流れていた。
「なんだ?あれは?鳥にしては、大きかった様だし・・・」
「馬鹿!あれは、ドラゴンじゃないかっ!ほらっ!数年前に、ベスパーを襲撃した・・・!」
「だったら、何故ムーングロウを襲撃しない?あれは、ただのデカい鳥だったんじゃないのか?」
「まぁ。いいだろ?少なくとも、俺達やムーングロウを攻撃していないんだから」
「そうそう。たとえ、ドラゴンだったとしても、こっちの人間はドラゴンを刺激しなければ、ベスパーのようには、ならんだろうよ。気を付けような?」
甲板にいる人々は、それぞれの思いを述べる。
ダルバス達は、それを苦笑しながら見ているしかなかった。

「今の、どう思う?」
ライラは、ダルバスにこっそりと話しかける。
「わかんねぇ。確かに、攻撃の意図は見られなかったが、そう簡単に奴等が現れるとは思えねぇからな」
ダルバスも首を傾げる。
「偶然・・・。と、思いたいけれど、見逃したくはない光景よね」
ライラも、突然の出来事に悩んでいる様子だ。
「ま、悩んでいても仕方がねぇ。別に、実害が出た訳でもねぇ。このまま、上陸するとするか?」
ダルバスの提案に、ライラは素直に応じる。
「そうね。取り敢えずは、上陸してから、様子を見ましょ?」

 船内のざわめきをよそに、旅船はムーングロウ港に到着する。
船は、ゆっくりと桟橋に接岸すると、帆をたたみ、碇を降ろすと着岸した。
タラップが降ろされ、期待と不安が入り交じった雰囲気の中、乗船客は船を後にする。
ダルバスとライラも、馬を引きながら、タラップを降りてくる。
 桟橋には、様々な人達の交錯が混じり合い、何ともいえない雰囲気が漂っていた。
「ようやく、ムーングロウへ到着したわね」
ライラは、懐かしい雰囲気を味わおうとしているのだろうか、町並みを見渡すと、深呼吸をしていた。
ダルバスも、何となくは覚えているのだろう。少し変わった、ムーングロウを思い出しているようだった。

 ムーングロウの街は、周囲を鉄柵で覆われているのが特徴的だ。ブリテインのように、立派な石造りの城壁などはない。
離島故に、街に大きな施設はないが、街の北西には、ライキューム研究所などの魔法施設があり、魔法の所在有無にかかわらず、往来する人達は存在していた。
 他にも、街と島の各所を繋ぐ、いわゆるワープゾーンなるものもあった。
これも、人知の域をを越えているのだが、街の内外には、足を踏み入れると、瞬時に別の場所へ移動できる施設があった。
これは、ムーンゲートと似た構造を持っているのだが、これは、あくまでも島内部での話だ。
そして、ワープゾーンは一方通行であり、逆の方向へは戻ってくることが出来ない仕組みになっている。
街の住民は、この不可思議な力を利用し、島の内部を行き来していた。

 勿論、ダルバスは、このような生活風習に慣れている訳ではない。
経験、といっただけでの感覚になるのかもしれなかった。
「さて、どうするよ。ブリテインの時の様に、今夜の宿探しから始めるかい?」
ダルバスは、愛馬のノイに跨る。
「そうねぇ。でも、まだ朝よ?もう少ししてからでもいいかもね」
ライラもダルバスに習い、ラッキーに乗馬した。
「そうするか。じゃ、取り敢えず街をぶらつく事にするか?」
ダルバスは馬の歩を進める。
「あ、それなら、ちょっとライキューム研究所へ行ってもいいかしら?これといった目的はないけれど、久しぶりに行ってみたいのよね」
ライラは提案する。
「おお。別に構わねぇぜ。俺は、ライキューム研究所には行ったことがねぇ。道がわからねぇから、案内よろしくな」
ライラは頷くと、先頭になって歩き始める。

 桟橋から街の中へ歩を進めると、やや騒然となっていた。
多数の衛兵達が駆けずり回り、住民達は道に集まって、空を見上げていた。
「さっきのは一体・・・」
「また戻ってはこないだろうな」
「話には聞いたことがあるが、あれがベスパーを襲撃したというドラゴンだったのか?」
住民達は、ドラゴンを目撃したことにより、騒然となっているようだ。
各々の不安を抱えながら空を見据えていた。
 ダルバス達は空を見上げる。
既にドラゴンは去り、戻ってくる気配はない。
とはいえ、時間をおいて、ベスパーの時のように、群れで襲われるかもしれないという危機感はあった。
しかし、それを危惧して隠れていても仕方がなかった。
ダルバス達は、街の中を進む。

 すると、不思議な光景が現れた。
街の中央には、まるで迷路のような生け垣があり、その中には何かの文様が描かれたタイルのようなものが設置されてあった。文様の種類は様々あり、不思議な風景だった。
「おいライラ。ありゃなんだ?」
ダルバスは、生け垣の外から文様を指さす。
「ああ、あれね。あれは、この島のあちらこちらを繋ぐゲートの様なものよ」
「ゲート?それって、ムーンゲートの様なものか?」
「そうね。似ているけれど、ちょっと違うわ。ムーンゲートは、行き先を自分で決められるでしょ?でも、この文様は、行き先は1つだけ。しかも、入ったら戻ってくることは出来ないの。戻るためには、またこちらへ繋ぐゲートを探して入るしかないわね」
ライラは説明する。
「へぇ。便利なのか、不便なのかわからん代物だな」
ダルバスは首を傾げる。
「そうね。折角だから、楽してライキューム研究所へ行きましょうか?」
ライラはそう言うと、生け垣の中に馬を進める。
生け垣は多少入り組んだ構造になっているが、生け垣の高さは低く、全体を見渡すことが出来る。
「なんで、こんなに入り組んだ構造になっているんだ?」
ダルバスは不思議そうに、ライラの後に付いてゆく。
「さぁ?そこまでの理由は、私にもわからないわね」
そう呟くと、ライラは生け垣の北側に存在する文様へとたどり着いた。
文様は花をモチーフにしたような柄で、他の文様も独特の柄があるようだ。
「さ、これよ?この文様の上に乗れば、瞬時にライキューム研究所へ行けるわよ?」
そう言うと、文様の上に乗るよう、ダルバスを促す。
「・・・ちょっと、怖ぇなぁ。ムーンゲートすら殆ど使ったことがねぇからな」
多少躊躇するダルバス。
「何言ってんのよ!これだけ大きい図体して。ほら、じゃ、私が先に行くから、付いてくるのよ?」
そう言うと、ライラはさっさと文様の上に馬を運ぶ。
すると、ライラが文様の上に乗った途端、文様が少し光ったかと思うと、既にライラの姿はなかった。
「すげぇな・・・。また、魔法で隠れたりしたわけじゃねぇよなぁ・・・」
ダルバスは、ブリテインでリスタと試合をしたことがある。その時に、ライラは魔法を使って、今のように瞬時に姿を隠していたことを思い出す。
「ま、勘ぐっても仕方ねぇか」
ダルバスは呟くと、恐る恐る文様の上へ馬の足を乗せてみた。
すると、文様は輝き、一瞬のうちにダルバスの廻りの風景は、見慣れぬものとなっていた。
「どう?簡単でしょ?」
振り返ると、そこにはライラがいた。
「お・・・おぅ」
ダルバスは、不思議な現象に少々戸惑っているようだ。
「ま、何度か使えば慣れるわよ。で・・・。ここがライキューム研究所よ。この雰囲気、全く変わっていないわね」
ライラは馬を降りると、壁際に馬を待機させる。
ライキューム研究所は、黄土色の煉瓦で堅固な造りになっており、建物の内部には噴水や女性騎士の彫像などのオブジェがあった。
今いる建家には、いくつかの部屋があり、その中には様々な図書が見えていた。
「へ~。魔法を学ぶ所って聞いていたから、もっとオドロオドロしい所を想像していたんだが、立派な建物じゃねぇか」
ダルバスは率直な感想を述べる。
「何よ!オドロオドロしいって。魔法は、立派な勉学なのよ。変な想像しないで頂戴な」
ライラはそう言うと、建物にある部屋へと足を運ぶ。
「久しぶりに覗いてみましょうね」
部屋の中には、大量の本棚があり、所狭しと書物が詰め込まれていた。
部屋には数名の人間がいて、読書にふけっていた。
「ここにいる奴等は、みんな魔法使いを目指しているのかい?」
ダルバスは、廻りにいる人物達を眺めながらライラに問いかける。
「必ずしもそうって訳ではないわ。勿論、魔法使いを目指している人達もいるけれど、あまりいないわね。大抵が、魔法についての調査や研究をしている人。後は、ムーングロウの住人が暇つぶしに読書をしに来ている位かしらね」
「は~ん。暇つぶしに読書って、魔法に抵抗がないのかねぇ?」
ダルバスは、ブリテインでの出来事を思い返していた。
ブリテインでは、基本、魔法は忌み嫌われている存在だった。
例外的に、リスタとその部下達や、一部の人達は魔法に対して肯定的だったが、異例とも言えよう。
「ムーングロウは、昔からこのライキューム研究所があったみたいだから、多少は魔法に対する偏見を持たない人達もいるようね。まぁでも、殆どの人達はやっぱり魔法を嫌悪しているのも否めないけれどね」
ライラは苦笑を浮かべる。
「ちなみに、ここは魔法の学校のような場所だから、魔法を使用しても大丈夫よ。ほら、あそこでも・・・」
ライラが部屋の奥を指さすと、一人の若い男性が、何やら詠唱する素振りをすると、魔法を発動させようとしていた。
しかし、なかなか上手くいかないのか、悩んでいるようだった。
「まだ見習いさんみたいね」
ライラは温かい目で男性を見つめていた。

「しっかしまぁ・・・。魔法使いになるには、これだけの書物を読み漁んねぇといけねぇのか」
ダルバスは、多少呆れ顔で膨大な量の書物を眺めている。
「基本的にはそうね。でも、それはただの知識でしかないわ。魔法を使うには資質がものをいうからね。ぶっちゃけ、資質のある人には、魔法の使い方を教えるだけで使えることもあるそうよ?書物からの知識は、魔法を使う際の補助的な知識ね」
ライラは、初めて母から魔法を教わった事を思い出していた。
優しかった母セルシア。ライラは、少し込み上げるものを感じていた。
「なるほどなぁ。勉強嫌いの俺には、ここは牢獄のような場所だな」

 ダルバスは苦笑すると、適当に一冊の書物を手にすると、本を開いてみた。
(最初に。マントラとは、音として口から紡ぎ出される事で、ある種の魔力を発する力の言葉の事である。音が、ある種の魔力を持つのだ。音に、意味があると言い換えてもよい。我々は、時にその語を組み直して解釈することがあるが、その際の・・・)
本の内容は、どうやら魔法の発声の仕方が書かれているのだろうか。
ダルバスには良く理解出来ないようだ。
「あ~、頭痛ぇ・・・。おめぇ、よくこんなもん理解出来んなぁ」
ダルバスは、本をライラに手渡す。
「あはは。脳みそまで筋肉のあんたには難しいかもねぇ?・・・これは、魔法の基礎を綴った書物になるわね」
ライラは、ページをめくると、昔を思い出しているのだろうか。小さい声で魔法の言葉を発している。
それを聞いていたダルバス。
「イン・マニ?なんだそりゃ?」
ライラの発声を真似してみるダルバス。
すると。
「え!?今、あんたなんて言ったのよ!?」
ライラはとても驚いた様子で、ダルバスを凝視していた。
逆に驚くダルバス。
「お!?何そんなに驚いてんだ?」
「いいから!もう一回言ってみて!」
ただならぬ表情のライラ。ダルバスは、仕方なくもう一度発声してみる。
「イン・マニ。でいいのか?」
ライラが何に驚いているのかを探るダルバス。
「信じられない・・・。じゃあ、ヴァス・フラム。これも言える?」
ライラは信じられないといった面もちで、ダルバスに謎の言葉の発声を促す。
「だから!一体なんなんだって言ってんだ!」
「早く言えって言ってんのよ!」
ライラは、ダルバスの言葉を遮ると、再び発声を促した。
「何だってんだ一体・・・。ヴァス・フラム・・・で、いいのか?」
ダルバスは、ふてくされながらライラの発した言葉を真似してみせた。
「・・・あり得ない。じゃあ、ヴァス・イリィエル・レェル、は言える?」
ダルバスの困惑を無視すると、ライラは次の発声を促した。
ダルバスは観念したのか、ライラに付き合うことになる。
「ヴァス・イエル・レル」
ダルバスは、何とか真似を試みる。
「違うわよ!ヴァス・イリィエル・レェルよ!」
「ヴァス・イエル・レル」
ダルバスも真似ようとするが、何故か不可能なようだ。
「やっぱり、これは無理か・・・」
ライラは腕を組むと、一人悩み始めた。
「何だってんだ・・・」
ダルバスは、突然のライラの様子を訝しげに見ている事しか出来なかった。
「でも・・・、いや・・・、あり得るかしら・・・、違う・・・、でも・・・、やってみる?いや・・・」
自問自答を繰り返すライラ。
「お~い。戻ってこいよ~」
思いにふけるライラに、ダルバスは声をかける。
「・・・」
返ってきた答えは沈黙だった。
苦笑いするしかないダルバス。仕方がないので、ダルバスはライラが戻ってくるまで待つことになる。
 長い沈黙の後、ようやくライラは口を開いた。
「ねぇ、ダルバス。ちょっと御免なさいね?」
そう言うと、バックから秘薬を取り出すと、魔法の詠唱を始めた。
すると、掌には火の玉が現れる。
「御免ね?」
言うや否や、その火の玉を突然ダルバスの顔面に叩き付けた。
いつもの、ライラがダルバスへ突っ込みを入れる時の様に、火力の加減はしていない。
ダルバスの顔は、瞬く間に炎に包まれた。
「ぐあぁっ!」
静まりかえった室内に、ダルバスの悲鳴が響き渡る。一斉に廻りからの視線を集めることとなった。
ダルバスは、顔面を押さえつけると、床に蹲り悶絶した。
やがて炎は消えるが、ダルバスはまだ顔を押さえていた。
「て・・・てめぇっ!いきなり何しやがる!いつもの時より、全然威力が違うじゃねぇかっ!・・・俺、何か怒らせるような事したか!?発音が出来なかった事に、腹を立ててんのか!?」
起き上がると、ライラを睨み付ける。あまりの火力だったのか。ダルバスの頬には火傷が出来ていた。
「だから、最初に御免なさいねって言ったじゃない」
ライラは、悪びれる様子もない。
「だからって・・・っ!」
「いいから、話を聞きなさいな。結構真面目な話なのよ?」
ライラはそう言うと、バックパックから、ニンニク・薬用ニンジン・蜘蛛の糸の秘薬を取り出すとダルバスに手渡した。
「何なんだよ・・・」
むくれているダルバス。
「あとこれ。懐にでも入れておいて」
そう言うと、ライラは自分の魔法の書をダルバスに渡した。
「いい?最初に言ったあんたの言葉。イン・マニ。それを、この秘薬を握りしめながら言ってご覧なさい?」
「あぁ?俺に魔法使いの真似事させようってのか?」
憤りがまだ残っていたが、突然のライラの行動と提案に首を傾げるダルバス。
「そうよ。やってご覧なさい?」
ライラはダルバスを促す。
ダルバスは、断るとまた火の玉が飛んでくるような気がしたのか、仕方なく魔法の書を懐にしまうと、ライラの言う通りにしてみる事にした。
ダルバスは、秘薬を握りしめる。
「イン・マニ」
ダルバスが言葉を発した瞬間だった、手の中の秘薬が熱を帯び、ダルバスの掌からは小さい煙が上がった。
「信じられない・・・!」
ライラは、今起きている現象を、現実ではないかのように見ていた。
「お・・・おい!こりゃ何だ!手の中で秘薬が燃えたんじゃねぇのか!?」
ダルバスは、突然の出来事に慌てふためいている。
「・・・いい?ダルバス。私の言う通りにして」
慌てるダルバスを、ライラは宥める。
「ゆっくりと、手を開いて・・・そう。ゆっくりよ?」
ライラはダルバスを促すと、ダルバスはそれに従う。
ダルバスが手を開くと、小さな青白い光の玉が浮かんでいた。
「こ・・・これは・・・魔法?馬鹿な!」
驚愕を隠しきれないダルバス。
「そうしたら、さっき火傷したところがあるでしょう?そこの前まで、この光の玉を持ってゆくの」
驚愕するダルバスを無視すると、ライラは次の動作を促した。
ダルバスは、恐る恐る光の玉を自分の頬の位置まで持ち上げる。
「そしたら、光を傷口に押し込むイメージで手をかざしてみて」
素直に従うダルバス。
すると、光の玉は、ダルバスの頬に吸い込まれてゆく。
「こ・・・これは・・・」
「まだよ!喋らず動かずじっとして!」
ライラはダルバスを制すると、成り行きを見守った。
光の玉は、ダルバスの頬の中で発光していたが、暫くすると、その輝きは失われていった。
すると、火傷を負ったダルバスの傷口は、ゆっくりと消えていった。
その様子を見ていたライラ。
「こんな事って・・・。まだ信じられない・・・」
事が終わり、呆然と立ちつくすライラ。
「動いて・・・いいんだよな?」
ダルバスも興奮覚めやらぬ様子でライラを問う。
「・・・いいわよ」
ライラは静かに答える。

 暫くの間、お互いの沈黙が続いた。
先に口を開いたのはダルバスだった。
「なぁ・・・。やっぱり、今のって・・・魔法だよな?」
不安そうな表情のダルバス。
「・・・そうよ」
ライラは短く答える。
「俺・・・魔法使いになっちまったのか?」
今起きた現実に、ダルバスの声は震えていた。
何かとんでもない扉を開けてしまった。パンドラの箱を開けてしまった。その様な感覚がダルバスを襲っていた。
見ると、ダルバスの足はカタカタと震えている。普段のダルバスでは、絶対に見ることが出来ない光景だった。子供が、気持ちの悪い虫を触ってしまい泣きそうな顔。それが今のダルバスの表情だった。
「正直・・・今でも信じられないけれど・・・。あなたには魔法の資質が少しあるようね」
ライラは、頭の中を整理しながら話をする。
「なんで・・・」
泣きそうになっているダルバス。
「始めに気が付いたのは、あなたが魔法の言葉を口にした時よ。魔法の言葉の発声は、魔法を使う上での必須事項なんだけれど、魔法の資質が無い人は、発音すら出来ないのよね」
そう言うと、ライラは先ほどダルバスが広げた書物を見せる。
開いたページには、魔法の言葉らしき文字が書いてあったが、ダルバスに読むことは出来なかった。
「読み方はわからなくても構わないわ。問題は、この魔法の文字を発声出来るか。出来なければ魔法は使えない。ただ、この発声は、練習によってはある程度可能なの。でも、あんたは簡単に発声した。この意味がわかる?」
震えるダルバスに、ライラは問いかけた。
「お・・・おう。俺にも、魔法が使えるって事か?」
気持ちを落ち着かせようとするが、まだダルバスは興奮と恐怖が入り交じったような状態だった。
「そう。ただし、高位の魔法は使えない。さっきのヴァス・イリィエル・レェルは、高位魔法の発音なの。これの発声が出来なかったということは、高位魔法は使用不可能と判断していいわ。あなたが使える魔法は、下位魔法になるでしょうね」
説明していて、ライラは興奮を覚えていた。
例え、下位魔法のみにしても、多少の魔法が使えれば、古代竜との戦闘に大きな恩恵をもたらす可能性が高いからだ。
「な・・・なるほど」
ダルバスは、まだ足の震えが止まらないようだ。
「これは、神様からの贈り物かもしれないわね。いい?ダルバス?あなたが魔法を使えるって事は、古代竜討伐に大きく前進したってことなのよ?」
ライラはダルバスに説明する。
「それに、ダルバスも言っていたじゃない。ブリテインでリスタ隊長と試合をした後に、リスタ隊長のパラディンの能力を聞いたでしょ?その時に、ダルバスは自分も何か特技が欲しそうにしてたじゃない。パラディンは無理みたいだけれど、魔法でも十分役に立つ事よ?」
ライラは気持ちが高ぶるのを感じていた。
まさか、こんな身近に魔法が使える人物がいたとは想像も出来なかったからだ。
当然、ダルバスも自分が魔法を使えるかなど試したこともなく、まさに青天の霹靂だった。
「俺が・・・魔法使い・・・」
ようやく気分が落ち着いてきたのだろうか。ダルバスは一人呟く。
「そういえば、俺がさっき使った魔法ってのは、ライラが前に使ったのと同じなのか?」
「いいえ。私が使用したのは、上位魔法よ。あなたが使用したのは、下位ランクの回復魔法ね」
そういうと、ライラは書物を開くと、魔法の違いを説明した。
「なるほど・・・ってことは、さっき俺に火の玉をぶつけたのは、怪我をさせて、俺自身に魔法で回復させるためだったのか?」
ダルバスは、火傷した頬をさする。
「そうよ?少し怪我をしていないと、回復魔法の効果が確認できないからね?」
ライラは悪びれる様子もない。
「だったら、最初に言ってくれよ!火の玉なんぞ浴びなくたって、斧か何かで指先なりをちょっと傷つければいいだけの話じゃねぇか!」
当然の文句を言うダルバス。
「あ、あはは。御免なさいね。あまりの出来事に、そこまで考えが廻らなかったわ?」
ライラはバツが悪そうに髪の毛を弄る。
「まぁいい。それで?俺が使えるのは、今の魔法だけか?」
ダルバスに魔法の知識はない。どのような魔法が存在するかも殆どわかってはいなかった。
「まあ、今のは初歩段階ね。実際に使うには、少し勉強もしないといけないし、練習も必要ね」
ライラはそう言うと、本棚を漁り始めた。
すると、大量の本を取りだすと、バックパックにしまい込んだ。
「お、おい。持っていっていいのかよ?」
焦るダルバス。
「大丈夫よ。ここライキューム研究所に登録してある人物であれば、持ち出しても大丈夫なの。当然返却はしないといけないけれどね?」
それを聞き、ダルバスは青ざめる。
「もしかして、おめぇ・・・。俺に勉強させるつもりじゃねぇだろうな?」
勉強は苦手なダルバスだ。
「あらぁ?わかっているじゃない。魔法が使えるとわかった以上、基礎をみっちりたたき込んでやるから覚悟しなさいよ?」
ライラは、挑戦的な目でダルバスを見つめた。
「か、堪忍してくれよ!勉強なんぞしたくねぇ!」
ダルバスは悲鳴を上げる。
「うっさいわね!男ならグダグダ言わない!」
ライラは、これからの事を考えると楽しくて、嬉しくて仕方がなかった。
魔法を使う人間の気持ちを理解してくれる人がいる。まして、それが旅の相方ともなれば尚更だった。ダルバスの意思は考慮されていないようだが。
「は~。いらん能力を見つけちまったなぁ~」
肩を落とすダルバス。
「いいじゃない、いいじゃない。さ、それじゃ先輩として、このライキューム研究所を案内するわね。付いていらっしゃい?」
既に、先輩・後輩気取りのライラ。
小躍りするように、部屋から出ていってしまった。
ダルバスも、喜ぶべき事なのかもしれないが、今後の事を考えると足取りも重くなってしまっていた。

 部屋から出てきたダルバス達。
「取り敢えず、大体の説明をしておくわね。今私達がいる場所は、図書室ね。ご覧の通り、何部屋かあって、膨大な書物が保管されているわ」
廻りを見渡すと、同規模ほどの部屋がいくつかあり、その部屋の中には沢山の書物が見て取れる。
「そして、この奧は教室。ここには、たまに先生が来て、魔法の教鞭をしてくれるのよ?」
ライラは、奧に足を運ぶと教室を指差した。
教室は左右に2部屋あるようだ。
中に入ると、教室は無人で誰もいなかった。
「たまに先生が来るって事は、いない時はどうやって勉強するんだい?」
素朴な疑問をライラに問うダルバス。
「ああ。基本魔法はね、自習というか独学なのよね。でも、たまに先生が来ると長期滞在されるので、その時に一気に学ぶのよ」
納得がいったダルバス。
「なるほどねぇ。じゃ、今は先生がいないから、俺は勉強する必要もないと」
ダルバスは、なんとか勉強から逃げようと必死の態度を取る。
「何言ってんの?あんたの先生は、わ・た・し!覚悟しておきなさいよね?」
無論、ライラはダルバスを逃がすつもりはない。
「逃げられねぇか・・・」
がっくりと肩を落とすダルバス。
「ま、今は堪忍してあげる。さ、次よ?」

 ライラが教室を出ようとしたその時だった。
一人の男性が教室に入ってくる。
それを見たライラは、思わず声を上げた。
「あ・・・!ダリウス先生!」
ライラは、思わずその人物へと近寄っていった。
「おぉっ!ライラ君じゃないか!久しぶりだね。元気にしていたかね?あれから、ベスパーの復興は進んでいるかい?」
ダリウスと呼ばれた人物は、懐かしげな目でライラを出迎えた。
「先生こそ、お元気でいらっしゃいました?相変わらずご壮健で嬉しいわ?おかげさまで、ベスパーは復興して問題ありませんことよ?」
ライラは尊敬の眼差しでダリウスを見つめている。
ダリウスは中年を越えた年齢らしく、頭髪には白髪も交じっているようだ。
緑色のチュニックと、頭にはサークレット。そして手にはスタッフを握りしめていた。
「ははは。もう年だがね。さて・・・」
ダリウスは、何かをライラに言おうとしている。
「・・・また先生の得意技かしら?」
ライラは構える姿勢を見せた。

「その通り。では、呪文というのは、ある種の動作と呪文、秘薬と意思により、パース内のリソースを召還し、変質させて行使するものだ。秘薬はリソース召還の為の鍵であり、鍵を用いて扉を開ける役割を果たす。アレッサンドロの呪法は、擬似的にこの鍵を生成し、扉に刺しっぱなしにする事で、扉を開放したままにする術であるという。但し、扉といってもそこの教室にある扉のように確たる姿がある訳ではないから、複数の呪物で扉を十分に大きくしなければ、呪文を成立させることが出来ない。この扉は、途方もなく広く広大な世界の中で、ちょっぴりの穴を開けた程度では何も起こらない。・・・では質問だ。穴はどこまで広げる事が出来る?どこまで伸ばすことが出来る?」

ダリウスによる突然の滑舌に、ダルバスは耳を疑った。
ライラは、恐らく慣れているのだろう。この滑舌をしっかりと聞いているようだ。
「答えを言いますわね?パースの話が出ている以上、パースの中までが限界ですわ?」
ライラは、この滑舌の攻撃に屈することなく答えを言い放った。

「見事な類推だ。しかし、それはアレッサンドロ呪法に限ったものであると注意しておこう。アレッサンドロの呪法は、世界法則が変わらぬのであれば、各エレメンタルプレーンだけに留まらず、イセリアル界や、その他の我々の存在するプレーンの周辺全てに作用する。ある種の死霊呪法や聖なる力にも影響を与えるだろう。どのパースでもその様な呪法が存在し、活用されている。このパースでは未発見ということだ。・・・質問は?」

ライラは少し思い悩む。このようなやりとりは久しぶりなのだろう。一瞬の沈黙が流れた。
「穴を開けずに呪文を使用することは出来ないのかしら?」
ダリウスはニヤリとほくそ笑むと、嬉々として滑舌を続ける。

「可能だろう。主物質界の希薄な力を用いればいい。但し、主物界の呪文要素は、希薄なので、一人で行使できる力には限度がある。大きな力を用いたければ、複数の術者が協力して1つの術を行使したり、力を分け合って呪文を成立させねばならぬだろう。・・・では質問だ。アレッサンドロ法では、秘薬を低減出来ない呪文はありえるかね?」

質問の答えを探すライラ。しかし、ダルバスはそれを遮った。
「だあぁっ!いきなりなんなんだ!なんつー滑舌だ!話の内容にも付いていけねぇじゃねぇかっ!」
悲鳴を上げるダルバス。
「ははは。すまないね。つい、悪い癖が出てしまったようだね」
ダルバスの様子を見たダリウスは、笑い声を上げた。
「ダリウス先生は相変わらずねぇ。でも、答えることが出来てよかったわ?ダルバス、この先生はね、授業で教えたことを、このように一気に並べ立てて、生徒を試すのが趣味なのよ?」
ライラは恩師の紹介をする。
「趣味・・・って。俺は絶対に、生徒にはなりたくねぇな・・・」
ダルバスは、ふざけてダリウスと距離を取ってみせる。
「ところで、お連れのこの男性は?」
離れるダルバスに、ライラへ紹介を求める。
「あ、彼はですね。旅の相方ですわ。ほら!ダルバス!きちんと挨拶位しなさいな?」
ライラは、自己紹介をするようダルバスを促す。
「お、おう。俺はダルバス・ランドって言うんだ。宜しくな」
躊躇しながら自己紹介をするダルバス。
「ダルバスさんですか。良い名ですな。初めまして、ダリウス・ワイズと申します。ライラ君の講師を務めさせて頂きました。以後、お見知り置きを」
ダリウスは腰を屈めると、丁寧な挨拶を交わす。
「お・・・おう。こちらこそ、宜しくな」
ダルバスは、講師イコール勉強と結びつけたのだろう。少し苦手意識を見せた。
「ほら。そんなに警戒しない。教えるのは、私なんだから」
ライラは、警戒するダルバスを窘めていた。
「冗談じゃねぇぞ。いくらおめぇが教えてくれるっつっても、さっきの会話を理解しねぇと魔法は使えねぇのか?無理!ぜってーに無理だ!」
明らかに動揺しているダルバス。
2人の会話を見ていたダリウスは、ダルバスに反応した。
「む?もしかして、今ここにいるのは、魔法の勉強をしにきたのかね?」
ダリウスは、しげしげとダルバスを観察した。
「い・・・いや。そういうつもりで来たんじゃねぇがよぅ・・・。その、成り行きってもんがあってな・・・」
ダリウスに勉強させられると思ったダルバスは、言葉を濁す。
「いや、これは驚いた。どう見ても戦士の姿なのに、魔法が使えるのかね」
ダリウスは、驚きを隠せないでいた。
ダリウスが今まで見てきた生徒達は、ダルバスのように体格の良い人物も多数いたが、戦士と魔法兼用の生徒は殆ど見たことがなかった。
「ライラ君。ダルバス君はどれほどの使い手なのかね?」
「それなんですけれどね・・・?」
ダリウスの質問に、ライラは事の終始を説明した。
もともと魔法などとは無縁だった生活と、偶然にも先ほど発見してしまった経緯などだ。
「なるほど。では、本当にまだ生まれたてのヒヨコなのだね」
ダリウスは、興味ありげにダルバスを見つめた。
「いや・・・俺は・・・その・・・」
ダルバスは、本当に勉強が嫌なのだろう。ダリウスの、舐めるような視線から逃げるようにしていた。
「勉強が嫌いかね?」
ダリウスは意地が悪そうに、ダルバスを問う。
「そりゃ・・・。勉強が好きって奴はいねぇだろうよ」
ダルバスは、ぶっきらぼうに答える。
「ふむ。そんなこともないがね?少なくとも、ここにいる人達や生徒は、自ら学びたくて来ているようだが?無論、ライラ君もな?」
ダリウスは、今は無人の教室だが、生徒達がいる時の部屋を想像しているのだろう。普段の教室を思い出しているようだ。
「そりゃ・・・そうだが・・・」
ダルバスは、決してダリウスと視線を合わせようとしない。
「ははは。冗談だ。話を聞けば、君はいきなり魔法が使えたそうじゃないか。それなら、ライラ君に簡単なことだけを教えて貰えばいい。勿論、多少の勉強は必要にはなるが、それほど苦になるほどではないはずだ。魔法を使いたいのなら、すこ~しだけ努力をしてみるのも良いのではないかな?」
ダリウスは優しくダルバスを諭した。
「それでもなぁ・・・」
渋るダルバス。
「ねぇ、あんた馬鹿?って、既に馬鹿だったわね。ダリウス先生が、こんな優しい言葉をかけてくれることって、あまりないのよ?先生の言う通り、私が基礎をわかりやすく教えてあげるから、そこまで警戒しないで貰えるかしら?」
ライラは、煮え切らないダルバスを叱咤激励する。

 それを見ていたダリウス。
「そういえば、さっき旅をしていると聞いたが、どこへ行くのかね?もしかして、新婚旅行の途中かね?」
当然のように勘違いをするダリウス。
「ちょっ!違いますわ。これとは、ただの幼なじみなだけですわ?」
「またかよ・・・」
2人は即座に否定する。
「ふむ。違ったか。これは失礼した。・・・ところで、どこまでの旅行なのかね?」
ダリウスは、何の屈託もなく質問する。
この質問も、結構困りごとだ。
隠す必要もないのだが、相手の反応と説明が厄介だからだ。
しかし、ライラは恩師に対して隠し事も失礼と思い、全て包み隠さず話をした。
 ライラの話が終わると、ダリウスは悲痛な表情を浮かべた。
「なるほど。ついにこの時が来てしまったのだね」
ダリウスは、ライラが二度目にここを訪れた時の事を思い出していた。
その時のライラは、並々ならぬ覚悟でやってきたのだ。
そして、何かに取り憑かれたかのように、日々寝る間も惜しみ努力をしていた。
ダリウスは、その様子を見ていて、何となくは察していたのか、ライラの努力にも応えていた。
ライラは二度目の訪問の理由を明らかにはしていなかったが、ダリウスは薄々感づいていたようだった。
「やっぱり、前に私がここへ再び訪れた時に、気が付いていらっしゃったのね」
ライラは複雑な表情をしている。
恩師には、いらぬ心配をかけたくないからだった。
「確信があった訳じゃないがね。あの事件の後だ。何となくは気が付いてはいたよ」
ダリウスは辛そうな表情をしている。
「この話を他の人にすると、大抵は気が違ってしまったと思われるか、不可能だと言われますけれど、先生のご意見はいかがです?」
ライラは、恩師の意見を伺う。
この質問には、ダリウスも言葉を失う。
勿論、無謀な挑戦だと思っているからだ。
「実はね。私もためらってはいたんだよ。ライラ君が力や知識を身に付けるほど、それは君の死期を近づけるんじゃないかってね」
ダリウスは、遠回しに、古代竜打倒が困難な事を示唆する。
「でも、私達は・・・」
反論するライラの言葉を、ダリウスは遮る。
「わかっている。私には、君を・・・君達を止める資格などない。私は信じることにしよう。可愛い教え子が、見事悲願を達成するとね」
ダリウスは、覚悟を決めたようだ。
「それでは・・・」
ライラは、恩師に声を求めた。
「あぁ。行ってきなさい。ライラ君の力量は、既に私を越えている。もう、私が教えることなどない・・・、と言いたいところだが・・・」
そこで、ダリウスは口をつぐむ。
「どうしたのかしら?」
ライラは、ダリウスを見つめた。
「まだ、教えていない事がある」
ダリウスは、暫し悩むと口を開いた。
「教えて貰っていない事?」
ライラは、確かに魔法の書が埋まっていないことには気が付いていた。
ただ、ダリウスの教えでは、さほど問題はないとの事だったので、ライラも気にしていなかったのだ。
「そうだね。私も必要ないと思っていたので、これといった意味もなく、教えていなかったのだよ」
ダリウスはそういうと、自身の魔法の書をライラに見せた。
「これだ。第8サークルの呪文だ」
ライラは、自分の魔法の書と見比べる。
見ると、4つ程の魔法が、ライラの魔法の書からは欠落していた。
「これは・・・?」
ライラは、恩師の魔法の書と見比べる。
すると、驚くべき事が判明した。
ダリウスの魔法の書には、4大精霊を召還できる魔法が記述されていたのだ。
それは、地水火風の精霊を、各々召還出来るというものだった。
ダリウスは、この魔法の使役には、色々と手間がかかるのと、普段使用できなくても別段問題がなかったので、この魔法は教えていなかったのだ。
「これ以外にも、召還魔法はあるが、魔法力さえあれば、それは何とかなる旨を教えたことがあるのを覚えているかね?しかし、地水火風の精霊は、特定の条件が揃わないと召還が出来ないのだよ」
ダリウスは、ライラに魔法を教えていた時の事を思い出しているのだろうか、ダリウスとライラは、昔の授業のように会話を続けた。
「はい。先生。覚えていますわ。それで?特定の条件とは?」
ダリウスの話に、食い入るライラ。
「それが問題になるね。精霊を召還するには、精霊のコアとなる宝石を持っていなければならない。例えば、土の精霊を召還して使役するには、良質のルビーなどが必要になるんだよ。しかし、それを入手するのは容易ではない。だから、私はこの4大精霊の召還術を教えなかったのだ」
ダリウスは、精霊の召還の難しさを説明する。
ダルバスは、この話を聞いていたが、正直理解不能という感じで、既に蚊帳の外だった。
「訳わかんねぇぜ・・・。やっぱり俺、魔法使いにはなれねぇかもな・・・」
一人ぼやくダルバス。
「でも、その宝石さえ手に入れば、精霊達を召還・使役して戦力にすることが出来るって事ですわよね?」
ライラは恩師に問いかける。
「そうだ。召還された精霊達は、召還者の命に従う。古代竜と戦うのであれば、非常に心強い力となるだろう。宝石が手に入れば・・・の話だがね」
こればかりは、ダリウスもどうすることも出来ない。
精霊が宿る宝石など、そこら辺の宝石店などに行っても手に入るはずがなかったからだった。
 と、ライラは思い出す。
先日ブリテインにいる時に、ダルバスから貰ったルビーを思い出したのだ。
ダルバスが土の精霊から回収してきたルビー。あれは、どうなるのだろうか?
見た感じ、既に精霊の魂は抜け、ただの美しいルビーに慣れ果てていたようだが。
死んでしまったルビーなど仕方がなかったが、何となくライラは話をしてみた。
「ねぇ先生。これって、先日土の精霊から取ってきたルビーなんですけれど、既に死んでいるから、これじゃ使い物にならないわよね?」
そういうと、ライラは大事にしていたルビーを、バックパックから取り出し、ダリウスに見せてみた。
「なんだと!?本当かね!」
ダリウスは、ライラの差し出した見事なまでのルビーを食い入るように見つめた。
「既に死んでいるわ?」
ライラは諦めの表情を見せる。
しかし。
「これは・・・凄いぞ!真新しい、土の精霊のコアではないかっ!私が持っているコア達よりも素晴らしい!」
ダリウスは、興奮しながらルビーを調べる。
「え・・・?それって、既に死んでいるのではなくて?」
ライラは、ダリウスの言っている意味がわからず、思わず身を震わせた。
ルビーが死んでいないということは、危険物を今まで自分の懐に入れていたことになると思ったのだ。ライラは、思わずダルバスを睨み付けた。
「お・・・おいおいっ!俺だって、そんなのわかんねーっつーのっ!おめぇだって、わかんなかっただろ?」
様子を見ていたダルバスは、慌てて釈明をする。
そんなやりとりをよそに、ダリウスは宝石に魅入っている。
「素晴らしい・・・。ここまで綺麗なコアは見たことがない・・・。これなら・・・」
完全に、魔法の世界に溶け込んでしまっているダリウス。
ライラは、説明を求めるべく、ダリウスに声をかけた。
「え~っと。先生?興奮するところ申し訳ないのですが、ご説明頂けます?」
「あ・・・あぁ。すまなかったね。ライラ君!これは素晴らしい物だよ!君は、これを死んでいると表現したが、それは違う。確かに、土の精霊の魂は、このルビーには存在しないが、それは死んでいるという表現は間違っている」
興奮覚めやらぬようすで、ダリウスは説明する。
「え・・・と・・・。どういう事かしら?」
ライラも、この部分に関しての知識はない。恩師への説明を求めた。

「このルビーはね、土の精霊が憑依するのに特化した宝石なんだよ。そして、何らかの原因で、具現化した肉体が壊された。それによって、同時に魂も抜けるのだが・・・。別にこの宝石が死んだ訳ではない、このルビーはただのエーテルの器にしかすぎない!そして、大宇宙に存在するワームホールを通過し、それはニュートリノとなって、新たなエーテル界に入ってくるのだ!ニュートリノは、時空を超越するものと言われている。それこそが、精霊の命の源!そして、ルビーなどの宝石は地中に眠っている。それを、宇宙から飛来したニュートリノの影響を受け、ニュートリノは地下に溜まっている水と反応すると発光して、いや、そもそも魂の存在とは、極微の世界から発生し・・・、いや、更にニュートリノの存在は、井戸水と共鳴してラドンガスを発生させる、それが地震のメカニズムとなって・・・!」

興奮しているのだろうか、再び滑舌になり始めたダリウス。
既に、ダルバスはパニック状態のようだ。
「ちょっ!ちょっと!御免なさいね。私もそこら辺の話はよくわからないわ。もう少し簡潔にご指導頂けると助かりますわ?」
興奮するダリウスを宥めるライラ。
ライラも、色々と勉強しているが、久しぶりのダリウスの教鞭には付いていけないようだ。
「・・・。久々に、私の話も聞いて欲しかったのだがね」
気持ちよく演説していたところに、水を差されてやや不満なダリウスなようだ。
「まぁ、いいだろう。要は、その宝石は、再び土の精霊の魂を入れるには、十分すぎるほどの上物ということだ。正直、驚いたよ。ライラ君が、その様な物を持っているとはね?」
ダリウスは、手渡されたルビーを見つめる。
ダリウスは、4大精霊を召還するために、各々の宝石を持っているが、土の精霊を召還するルビーも、ここまで立派なものではなかった。
「それっていうのは、そのルビーを持っていれば、土の精霊が召還できるということかしら?」
ダリウスの説明に、ライラは目を輝かせる。
新しい戦力が出来れば、古代竜討伐への道が近くなるからだ。
「その通り。百聞は一見に如かず。証明してみせよう。付いてきなさい」
ダリウスはそう言うと、建物の外へ足を運ぶ。
ライラとダルバスは、それに付いていった。
正直、ダルバスは話に付いていけないといった感じで、既に精神的疲労で疲れ果てているようだ。
「おう。ライラよう。ごめん。俺、魔法を使える自信ねぇわ」
ダルバスは苦笑すると、本心を打ち明ける。
「大丈夫よ。ダリウス先生や、私の言っていることがわからなくても、魔法は使えるから、心配しない事よ?」
弱気になるダルバスを励ますライラ。
「そうか?正直、言葉の意味すらわかんねぇんだけどな」
ダルバスは、恥ずかしげに頭をかく。
「問題ないわよ。ほら、置いていかれるわよ?急ぎましょ?」
ライラは、足早にダリウスの後を追う。ダルバスも、苦笑いを浮かべながら追うしかなかった。

 向かったのは、ライキューム研究所の北側だった。
建物を抜けると、そこには講師や生徒達の宿泊施設がある。
規模は結構大きく、20人ほどは寝泊まりが出来るのではないだろうか。
ダリウスは、その建物の脇を通り過ぎると、海岸の岬まで足を運んだ。
「ここなら、大丈夫だろう。施設の中で魔法を使っても構わないのだが、強力な魔法や危険な魔法は、屋外の方が安全だからな」
そう言うと、ダリウスは海岸の岬に立つ。
「ライラ君。良く見ていなさい。これが、土の精霊の召還だ」
ダリウスは、ライラから受け取ったルビーを地面に置くと、魔法の詠唱を始めた。
ライラ達は、固唾を呑んでダリウスの様子を見守る。
詠唱を始めてから数秒後。ルビーに異変が現れ始めた。
ルビーの中心が、明るく輝いたかと思うと、どこから現れたのだろうか。大中小様々な岩塊が、ルビーを中心として突如として現れる。
「なんだ!あれは!」
ダルバスは声を上げるも、ライラに制止される。
見ていると、岩塊は程なくして、人のような形になった。
「あれは・・・土の精霊!デスパイズで見た、土の精霊じゃねぇかっ!」
ダルバスは、ブリテインの北にある、デスパイズという洞窟へ、腕慣らしに行ったことを思い出す。
その時に遭遇したのが、この土の精霊だった。
思わず、斧を構えるダルバス。
その様子を見ていたのだろう。ダリウスは声を上げた。
「彼は、私の意中にある。私が攻撃指示を出さなければ、人に対しての攻撃はしない。安心しなさい」
ダリウスはそう言うと、土の精霊に対し、指示を出しているようだ。土の精霊は、指示に従い意味もなく地面を歩いていた。
「凄い・・・。こんな事が出来たなんて・・・」
ライラは口を押さえながら驚愕していた。
「本当に、攻撃してこねぇんだよなぁ・・・?」
ダルバスは警戒を解くことはない。
「ふむ。では、この精霊を攻撃してみるかね?心配はいらない。こちらは攻撃指示を出さないので、遠慮なく攻撃してみなさい」
ダリウスは、ダルバスに土の精霊を攻撃してみるよう促す。
「・・・いいんだな?」
ダルバスは念を押す。
「もちろんだ。君じゃなくても、ライラ君の魔法でもいい。この土の精霊を攻撃してみなさい」
ダリウスは、気に留める事もないようだ。
「待って。今度は、私が魔法攻撃してみる」
突然のライラの発言に、戸惑うダルバス。
「お!?魔法でやっつけてみるのか?俺の、斧の方が良くないか?」
ダルバスは困惑していた。
「いいから。私の魔法も信用しなさいな?今までの旅で、私の攻撃魔法を見たこともないでしょ?」
ダルバスは、ライラの意図を汲んだようだ。
確かに、ライラの回復魔法や支援魔法は見てきたが、攻撃系の魔法は、ダルバスに突っ込みを入れる時の火の玉の魔法くらいしか見ていないからだった。
「わかったよ。是非披露してくれや?」
ダルバスは両手を上げると、ライラに託した。
ライラは、ダルバスの言葉を受けると、全霊を込めて魔法の詠唱を始めた。
「いい?ダルバスも既に人ごとじゃないのよ?魔法を良く見ていなさい?・・・ヴァス・オゥオト・フラム!」
ライラは魔法の詠唱をすると、土の精霊に向かって手をかざした。
すると、瞬時に土の精霊の体内部から光が発したと思うと、強烈な爆発音が響き、土の精霊は大爆発を起こした。
「なっ・・・!」
ダルバスは、突然の出来事に目を見張る。
爆煙と粉塵が舞う中、爆煙が消えてゆく。
ダルバスが確認すると、そこには粉々になった土の精霊がいた。
既に、絶命しているのだろう。粉々になった破片の中には、あのルビーだけが輝きを放っていた。
「これは・・・」
ダルバスは、驚愕していた。
1つは、ライラが放った魔法の威力だ。
ダルバスは、デスパイズの洞窟で、油断したとはいえ、顔面を殴られるなどの痛い思いをした。
それを、ライラは魔法の一発で、土の精霊を木っ端微塵にしてしまったのだ。
そして、もう1つは、これだけの魔法攻撃の威力にもかかわらず、ルビーは無傷で存在していたということだ。
それを見ていたダリウス。
「さすが、我が教え子のライラ。よくやったね」
ダリウスは満足げな笑みを浮かべると、ライラのもとへやってくる。
「先生・・・」
ダリウスは、ライラの横に来ると、いかにも愛おしいかのように、ライラの頭を撫でる。
ライラは恥ずかしそうにしていた。
「これが、精霊の召還術だ。そして、強くなったね、ライラ君。これから教えるから、よく覚えていきなさい」
ダリウスは、感無量とでも言うように、ライラを見つめていた。
「はい・・・!ありがとうございます!」
ライラは、率直にお礼を述べる。
「それでは、一旦教室に戻ろうか」
ダリウスは、一行を促すと、教室へと足を運んだ。

「では、いいかな?精霊の召還術は、クァル・ヴァス・クロスレェン・イリィエル等の発音が大事だ。これは、先ほどの土の精霊を召還する魔法だ。発声してみなさい」
教室に戻った、ライラ達。
授業が始まった。
「クァル・ヴァス・クロスレェン・イリィエル。これで、宜しいかしら?先生?」
ライラは慎重に発声すると、出来具合をダリウスに確認する。
「・・・完璧だ。先ほども言ったが、君は既に私を追い越している。その調子で頑張りなさい」
ダリウスにとって、これほど嬉しいことはないのだろう。目尻にうっすらと涙を浮かべながら喜んでいた。
「カル・ヴァス・コロレン・イリャル・・・。くそ、ちょっと違うな」
ダルバスは、何とか発声しようとするも、どうにも難しいようだった。
それを見ていたダリウス。
「そうだ。その心が大事なのだよ。向上心。勉強がいくら苦手でも、向上心があれば、なんとでもなる。精進しなさい」
ダリウスは、悔しげなダルバスを見ると、優しげな笑みを浮かべた。
「なっ・・・!違う!俺は別に・・・」
今の授業に、何となく没頭していたダルバスだが、見抜かれたことにより、恥ずかしさを隠しきれないでいた。
「ダルバス・・・。やる気になったようねぇ・・・?でもま、脳みそまで筋肉のあなたに、このような上位魔法は無理よ?でも、下位魔法なら、私が全身を持って教えてあげる。今夜は・・・寝かせないわよ?」
それに気が付いたライラは、意味深な言葉でダルバスに詰め寄る。
「か・・・堪忍してくれ!俺は、勉強は嫌なんだよっ!」
少し、魔法に対して興味を示したダルバス。しかし、それにより突っ込みを入れるライラに対して、恥じらいを隠せないダルバスがいる。
その様子を、ダリウスは微笑んで見ていた。

「ライラ君達が、ここを出発するのも、そう遠くない話なようだね」
ダリウスは呟く。
「え?えぇ。恐らく長居はしないと思いますけれど」
ライラは、今後の予定を画策する。
ここムーングロウの街に滞在するのは数日だろう。
その後は、ダルバスの友人であるココネ夫妻を訪れる予定だ。
「だったら、餞別を渡そう。受け取りなさい」
ダリウスはそう言うと、懐から出した物をライラに手渡した。
「これは・・・?」
ライラが受け取った物を確認すると、ライラは驚愕の声を上げた。
「これは、宝石!?もしかして・・・」
ライラは、恩師ダリウスが差し出した宝石を見つめる。
ダリウスの掌の上には、サファイア、アメジスト、トルマリンがあった。
「そう。残りの、水・火・風の精霊を使役するための宝石だ。持っていきなさい。水の精霊は、サファイア。火の精霊はアメジスト。風の精霊はトルマリンが必要になる」
ダリウスは、優しい目でライラを見つめている。
「そんな・・・。頂けませんわ!これも、先生が一生懸命に集めた物なのでしょう?」
ライラは、宝石をダリウスに返す意思を見せる。
「勘違いするんじゃない。これは、君に貸すんだ。だから、目的を果たしたら、必ず返しに来なさい?いいね?」
ダリウスの発言に、ライラの視界は霞んだ。
ライラは、ダリウスの意を汲むと、嗚咽を上げてしゃがみ込んだ。
「先生!・・・先生!ありがとう・・・ございます!必ずお返しに、ここへ伺いますから・・・!」
そう言うと、ライラはダリウスの足に跪くと、ひれ伏した。
「頭を上げなさいライラ。私は、その様な事は望んでいない。私が望んでいる事は、君達が、無事に宝石を返しに来る事だけなのだよ。行きなさい。私の可愛い教え子よ」
ライラは、顔を上げると大粒の涙を流しながら、頷いていた。
「ありがとうございます!ありがとうございます!必ず、このご恩は必ずお返します事・・・!」
その様子を見ていたダルバス。
「あ~。仕方ねぇなぁ・・・。俺も、ダリウスの旦那の言う通り、ちょっくら頑張ってみるかね?ま、勉強なんて、死んでもしたくはなかったけどもよ?ま、たったさっき、魔法の世界を知った俺だからな。この、鬼馬鹿ライラに、付き合ってみてもいいぜ?」
ダルバスは、頭をかきながら、泣きじゃくるライラを見ている。
「はぁ!?鬼馬鹿!?どこの誰を言ってんのよ!」
顔を上げると、喰ってかかるライラ。
「さぁ。誰だろうなぁ?」
ダルバスは、素知らぬふりをする。
その様子を、ダリウスは笑いを堪えて見ていた。
魔法に卓越したライラと、戦士兼ヒヨコの魔法使いダルバス。
彼らを見ていると、なんとなくだが、古代竜討伐という悲願も達成できるような気がするダリウスだった。

「私は、出来の良い生徒を持って幸せだ。これなら、ライラ君の目的も達成できると信じよう。ライラ君、良い相方に恵まれたな」
ダリウスは、半ベソとダルバスへの怒りが交じったライラへエールを送る。
「・・・。そう・・・言って頂けると助かりますわ。この宝石にかけて、ここにお返しすることを誓いますわね?」
ライラは真面目な表情を作ると、ダリウスへ誓った。
「おう。こいつはよ、宝石大好きなんだ。放っておくと、この宝石共は、ライラのアクセサリーにされちまうかもしれねぇぜ?」
ダルバスは、ライラとダリウスと茶化す。
「・・・今までは、火の玉ですんだけれど、今度は爆発の魔法をくらいたいのかしらねぇ!?」
冗談を言うダルバスを睨み付けるライラ。
「おっと、それは堪忍だぜ?さすがに、ここで木っ端微塵になりたくねぇからな?」
ライラの突っ込みに、悪びれる様子もないダルバス。
その様子を見ていたダリウス。
「幸せそうだな。私はまだ、その様な人を見つけていない。羨ましい限りだ」
ダリウスは、率直な感想を述べる。
「幸せそうなって・・・。そんな」
ダルバスとライラは同時に声を上げる。
そして、お互いを見ると、不自然に顔を逸らすのだった。
「くっくっくっ。まぁいいのではないか。ライラ君。この先何があるかはわからないが、ともあれ、必ず生きて元気な姿を見せるようにな?勿論、ダルバス君と一緒に・・・な?」
ダリウスはライラを諭した。
「も・・・勿論ですわ?必ず、この宝石は先生の元へお戻しすることよ?」
ライラは、戸惑いながらも恩師へ返事をする。
「あぁ。気にすんな。この鬼野郎は、そう簡単にはくたばらねぇからよ?」
ダルバスも、悪びれる様子はない。
「そうか。それならいい。私は待つことにしよう。とはいえ、この後用事があるので、ここはおいとまさえてもらおうかね。それでは、ライラ君。吉報を待っているよ?」
そう言うと、ダリウスは、ライラ達の前から立ち去っていった。
「先生・・・。先生!必ず、私達は帰ってきますからね!」
叫ぶライラに対して、後ろ向きで手を振るダリウス。
恐らく用事などないのだろう。この雰囲気に居たたまれなくなって、この場を後にした感じがした。

 ダリウスが見えなくなるまで見送っていたダルバス達。
お互いに、どのような言葉をかけていいかわからなかった。
先に口を開いたのは、ダルバスだった。
「おい、鬼の泣き虫野郎。とっとと、俺に魔法を教えろや」
相変わらずのダルバスだ。
「な・・・鬼の泣き虫って、あんたねぇ!少しは、場の空気って物を汲んでよね!」
デリカシーのないダルバスに、抗議するライラ。
「うっせぇなぁ。いいから、とっとと魔法の事を少しでも教えろや?この機会を逃したら、俺はやる気を無くしちまうぜ?」
教えを乞う身のダルバスだったが、この時ばかりは、わざとライラを挑発してみせる。
「・・・ふ~ん。そう言う事言うの。いいわよ?容赦しないからね!」
ライラは不敵な笑みを浮かべると、ダルバスを睨み付けた。
それを見たダルバスは。
「え・・・と・・・。嘘。ウソです。御免なさいライラ様!」
ダルバスは、ライラの形相を確認すると、嬉しげな表情を浮かべ、降参の意思を見せる。
「あんた・・・後悔させてやるわよ?さあっ!今すぐ、図書室へ戻るわよ!?」
ライラは、ダルバス引きずるようにして、図書室へ向かっていった。
ダルバスは、満足げな笑みを浮かべながら、観念したかのように、ライラへ付いていくしかなかった。

 再び、図書室へ戻ったダルバス達。
「それじゃ、いい?魔法の基本から説明するからね?」
ライラは、無理矢理ダルバスを椅子に座らせると、魔法のレクチャーを始める。
意外にも、ダルバスは素直に教えを乞う姿勢を見せている。
「・・・。どうしたのよ?いやに、素直じゃない」
抵抗を見せないダルバスに、逆に不信感を覚えているライラだ。
「うっせぇなぁ。俺にだって、極々僅かにやる気が起きる時があんだよ!ほら、とっとと説明しな!」
ダルバスは、ライラの訝しみを一蹴すると先を促す。
「天変地異でも起きるんじゃないかしら・・・。まぁ、いいわ。魔法って言うのはね、地水火風の精霊の力を借りて・・・」
ライラは、魔法の基礎となる内容を、色々とダルバスに教えてゆく。
それに、意外にも真面目に付き合っているダルバスがいた。
「・・・と、いう訳なの?ここまではいい?」
一段落説明した後に、内容を確認するライラ。
「ああ。なんとなくな」
確かに、ライラの説明はわかりやすく、ダルバスにも理解が出来た。
「それでね、今のような基礎を覚えるのも大事なんだけれど、もう1つ大事なことがあるのよね」
そう言うと、ライラは秘薬が入ったバックパックと、魔法の書をダルバスに手渡した。
「さっきも説明したとおり、魔法を使うには、秘薬と、この魔法の書が必要になるわ。そして、魔法の書は常に所持していなければ魔法は使えない」
「おう。それはさっき教えて貰ったからよ。大丈夫だぜ?」
ダルバスは頷く。
「そして、大事な事というのは、あなたの資質の確認。確認するのは2つ。1つは、あなたの魔法力。要は、あなたの精神力がどの位あるのかということ。2つは、あなたがどこまでの魔法を使用出来るかということね」
ライラはそう言うと、魔法の書を開いてみせる。
「いい?これが、今現在確認されている全ての魔法よ。見て、1から8までの数字があるでしょ?これは、サークルと言って、魔法のランクを表すの。数字が小さい方が下位魔法で、数字が大きい方が上位魔法ね。今回確認するのは、あなたがどこまでの魔法を使えるのかになるわね」
ライラは、サークルを指さすと、ダルバスに意味を説明する。
「そうすると、魔法の種類は8個あるってことだよな?」
まだ魔法の世界に慣れていないダルバス。
「違うわよ。魔法の種類は、1サークルにつき8種類。従って、8サークルある訳だから64種類あることになるわね」
ライラは、魔法の書をめくると、様々な魔法があることを説明する。
「例えば・・・。私があんたをよく燃やしていた魔法はこれになるわね。第3サークルの2番目ね。そして、さっき私が土の精霊に使ったのは、第6サークルの3番目の魔法・・・これね」
ライラは、魔法の書のページをめくると、1つ1つ確認をする。
「は~ん。結構な数があるんだなぁ。これ、全部覚えねぇといけねぇのか?」
さすがのダルバスも、大量の魔法に難色を示す。
「その必要はないわ。あなたは、上位魔法は使えないみたいだから、下位魔法だけ覚えればいいことよ?話が戻るけれど、それを確認するために、秘薬と魔法の書を手渡したって訳」
そう言うと、ライラは立ち上がる。
「さ、もう一度外に出ましょ?ここで魔法を発動してもいいのだけれど、攻撃系の魔法をここで炸裂させる訳にはいかないからね?」
ライラは、外に行くようにダルバスを促した。
「実践って事か。そっちの方が、俺にもわかりやすいな。じゃ、とっととやってみようぜ?」
ダルバスは、一応熱心にはなっていたが、やはり机の前に付きっきりというのが辛いのだろう。喜び勇んで部屋を出ていってしまった。
ライラは苦笑すると、ダルバスの後を追った。

 先ほど、ダリウス達といた場所に戻ってくるダルバス達。
「それじゃ、練習も兼ねてやってみなさい。魔法の文字は読めないだろうから、発音は私が教えてあげるわね?最初は第1サークルからね」
ダルバスは、ライラに促されるがままに、魔法の詠唱を試みる。
詠唱された魔法は、かける対象が必要なため、対象は傍らにあった石に対して行う。
魔法の発声に慣れていないダルバス。発声を失敗するも、何度もやり直して練習をした。
そして、コツを覚えると、詠唱は少しずつではあるが、滑らかなものへとなっていった。
すると。
ダルバスが魔法を詠唱した時だった。ダルバスが握りしめていた秘薬に変化が起こらなくなる。
「ん?詠唱失敗か?それに、何か目眩もするが・・・。まあいい、もう一度・・・」
再び詠唱するも、秘薬に反応はなかった。
「ああ。ここまでのようね」
ライラは、納得したかのように頷く。
「これは、一体どういう事なんだ?」
ダルバスは首を傾げる。
「これが、確認したかったもう1つの内容よ。今のあなたには、魔法力。いわゆる精神力が空っぽの状態になっているの。魔法を使用するには、精神力が必要になるの。慣れないうちは、精神力が落ちると、立ちくらみや目眩が起こることがあるので、気を付ける事ね。それと、今の感覚を覚えておきなさい?どの魔法をどれくらい使えば精神力が空になるのか。古代竜と戦うのであれば、闇雲に魔法を使っていたら、すぐに精神力は空になるからね?」
ライラは、今のダルバスの現象を説明してみせる。
「なるほどな。確かに、ちょっとフラフラするぜ。これは、どうすればいいんだ?」
ダルバスは、ふらつく頭をさする。
「精神力は、少し休めば回復するわ。それ以外にも、瞑想をすることによって回復を早めることが出来るわね。ただ、今のダルバスでは瞑想は難しいでしょうから、普通に休んでいた方がいいでしょうね」
ライラはそう言うと、地面に座って休むことを促した。それに従うダルバス。
「ふ~。やっぱり、そう簡単にはいかねぇな。詠唱の際に舌を噛むこともあるからな」
ため息をつくダルバス。
「ちなみに、言っとくけどね。あんたは、かなり幸運な方よ?いきなり、魔法詠唱が出来る人なんて、まずいないのよ。私は、自分で言うのも難だけれども、産まれ持った素質が高かったから、ダルバスの様にあまり苦労はしなかったけれどね?」
ライラは、魔法の詠唱が、いかに困難かをダルバスに説明する。
ダルバスはそう言われ、確かに先ほど図書室で、なかなか魔法の詠唱が出来ないでいた青年を思いだした。
「そう・・・なのか?」
「そうでなければ、私はあんたの魔法の資質を見た時に、あんなに驚きゃしなかったわよ。仮にダルバスが魔法の資質を殆ど持っていない状態で、魔法を使用しようとしたら、相当な努力が必要になるのよ?1つの魔法の詠唱を会得するだけでも、数ヶ月はかかるんじゃないかしら。というか、それが普通だわ?」
ライラは、ダルバスがいかに恵まれているかを説明する。
ダルバスも、いまいち理解出来ていないのだろう。他の人の苦難を見ていないが故に、自分の能力が未だにわかりかねていた。
「ってことは、誰でも努力すれば、魔法は使えるってことか?」
当然の疑問だった。
「いいえ。まず、殆どの人は、どんなに努力をしても魔法は使えない。例え、努力して魔法の発声が出来たとしても無理ね。使えるのは、多少の資質がある人や、あんたのように類い希な資質を持っている人。そして、私やダリウス先生のように、産まれた時から完全な資質を持った人達よ」
ライラは、魔法を使用できる人間は希有なことを示唆する。
「なるほどなぁ。俺も、突然こんな事になっちまったから、いまいちありがたみがわからねぇんだよな」
頭をかくダルバス。
「ま、あんたも少し魔法が使えるようになるみたいだから、今後は振る舞いに気を付けなさいな。間違っても、喧嘩なんかに魔法を使っちゃ駄目よ?」
ライラはダルバスに念を押す。
「わかってんよ。喧嘩はこの拳だけにするぜ?」
「というか、喧嘩すんなって言ってんのよ!またブリテインにいた時みたいになりたい訳?」
ライラは、ダルバスがブリテインの酒場で喧嘩をしたことを思い出す。あの時は、売られた喧嘩とはいえ、ダルバスは相手を半殺しにしてしまったのだ。それ故に、ライラがどれだけ苦労したかわからない。
「わかってるって。さて、そろそろ精神力も回復したんじゃねぇか?おっぱじめようぜ?」
ダルバスは、ライラを窘めると練習再開を促す。
「わかってんのかしら。全く・・・」
ライラは、立ち上がると、服に付いた砂をはらう。
 再び、練習を開始するダルバス達。
つっかえながらでも、1つ1つの魔法を試すダルバス。
途中、何度も精神力を回復しながら、練習は続いた。
そして、第3サークルの魔法の使用を確認し、第4サークルの魔法を試みるところまでたどり着いた。
「結構いい感じじゃねぇか?」
得意げのダルバス。
「いい気になってんじゃないの。まだ、魔法の成功率は3割ほどじゃない。練習あるのみよ」
そう言うと、ライラは第4サークルの魔法の発音をダルバスに教える。
意気揚々と、教えて貰った発声を試みるダルバス。
しかし。
「ヴァス・ア・ノク」
「違うわよ。ヴァス・アン・ノックス、よ」
ライラは間違いを指摘する。
「ヴァス・ア・ノク・・・。くそ、難しいな。ヴァス・ア・ノク・・・。ちきしょう、出来ねぇぜ」
ダルバスは不思議がっている。
「・・・どうやら、ここまでみたいね」
ライラは、納得したように頷く。
「どういう事だ?ヴァス・ア・ノク・・・くそっ!」
発声出来ないことに、苛立ちを感じているダルバス。
「あなたが使用できる魔法は、第3サークルまでって事。もっと練習してみないと、まだわからないけれど、多分ここまでが限界でしょうね」
ライラは、一応の目処がたった事に安心感を覚えていた。もともと下位魔法しか使えないとわかっていたので、今の段階では上出来ともいえた。
「いや、俺はまだ出来るぜ?ヴァス・ア・ノク・・・ヴァス・ア・ノク・・・、ちきしょう!何で出来ねぇんだ!」
今までが順調だった故に、いきなり出来なくなった事に、ダルバスは納得がいっていない様子だった。
「ね。ダルバス聞いて?さっきも説明したけれど、魔法の資質は人により様々なの。これは、ダルバスの力不足とかではなくて、ダルバスの資質がここまでしかないってことなのよ。ダルバスの頑張りが足りないとかじゃないわ?」
ライラは、納得のいっていないダルバスを宥める。
「そう言われてもな。悔しいぜ」
もともと、負けず嫌いなダルバス。自分の能力の限界を認めたくはないようだ。
「ま、今日初めてでこんなに出来る人もまずいないんだから、それだけでも満足しましょ?さて、ここでもう1つ、教えるというか確認する事があるから、ちょっと秘薬バックと魔法の書をよこしなさいな」
ライラは、まだ納得のいっていないダルバスに求める。
「他に、何の確認をするんだ?」
ダルバスは荷物を渡すと尋ねた。
「それはね。私とあなたの違いを試すのよ。要は、魔法力の違い。威力の違いと言った方がわかりやすいわね」
そう言うと、ライラは秘薬を取り出す。
「今から、私とダルバスで、同じ魔法を使用するの。そして、その威力の違いを理解して貰うのが目的ね。じゃ、第1サークルの、魔法の矢で比べてみましょ?」
ライラが詠唱を始めると、ライラの掌の上には、眩い光の矢が出現する。
「じゃ、これを石に命中させてみるわね」
そう言うと、ライラは足下にある拳大ほどの石を目掛けて魔法を放った。
魔法は石に命中し、カーンと言う小気味の良い音を立てると、崖の方へ飛び、そのまま海に落下していった。
その様子を見ているダルバス。先ほど練習の時に放った時は、そこまでの威力はなかったような気がした。
「さ。ダルバス。あんたもやってみなさいな?」
ライラは、道具一式をダルバスに手渡す。
魔法書を見ながら、必要な秘薬をバックから取り出すと、ダルバスは詠唱を始める。
程なくすると、掌に光の矢が出現した。
しかし、ダルバスには見当違いな思い込みがあった。
それは。力ではライラに負けたくない。と、いうことだ。
ダルバスは、掌の矢を振りかざすと、力一杯石に叩き付けた。
その瞬間、光の矢は明後日の方向へ飛んで行き、消えてしまった。
「なっ!?」
ダルバスは、予想外の出来事に目を見張る。
それを見ていたライラ。
「はぁ・・・。あんた、力ずくでなんとかしようとしたでしょ」
ライラは、ふざけて頭を抱えてみせる。
「あんたね、魔法は力づくで何とかなるものではないの。難しい言葉を使うけれど、魔法はエーテルの塊であって、腕力などの力云々ではどうにもならないのよ?」
魔法の特徴を、改めて説明するライラ。
「そんなこと・・・」
ダルバスは、今自分がしようとしたことを、見事に言い当てられて言葉を失う。
「確かにね。光の矢や、火の玉などは、ある程度慣れれば、投げつけるという意味合いでは使えるけれど、力一杯やって命中したとしても、効果は全く同じ事よ?さ、もう一度やってご覧なさい?」
ライラが説明したことは、よくありがちなのだろう。それ故に、ダルバスを揶揄することはなかった。
「・・・ちっ。わかったよ」
ダルバスは苦笑いを浮かべると、再び光の矢を手の中に出現させる。
そして、今度は練習通りに、石に向かって矢を放った。
矢は、ダルバスの手から放たれると石に命中する。
すると、コンッという音を立て、石は少し転がった。
それを確認したライラ。
「どう?これが、魔法力の違いね。あんたは悔しいかもしれないけれど、これが魔法力の力の差よ?」
ライラは、ダルバスが負けず嫌いなことを知っている。だからこそ、現実を教えたのだ。
「確かに・・・悔しいぜ。これほどまでとはな」
ダルバスは、苦虫を噛みつぶしたかのような表情を浮かべると、足下に転がっている石を見つめていた。
「でもね、ダルバス。さっきも言ったけれど、これはあなたの努力云々ではどうにもならないのよ。問題は、今あなたが使える能力を、どれだけ最大限に引き出されるか。それが、一番大事なことなのよ。力の高い魔法使いとどう並ぶか、ではなくね?」
ライラは、ダルバスの今の心境をよく把握しているのだろう。言葉を選びながら、慎重にダルバスを納得させようとしていた。
「要は、修行と勉強あるのみって、言いてぇんだよな?」
ダルバスは、恨めしそうな目でライラを見つめる。
「まさに、その通りね。というか、クドいようだけれども、今日一日で、ここまでの魔法を会得する人は、まずいないのよ?それに感謝して、明日からも励みなさいな?」
未だに、自分がどれだけの資質に恵まれているかが理解出来ないダルバス。精一杯やったつもりで、早くも限界が見えてしまった。
魔法の資質が僅かしかない人達からすれば、よだれが垂れるほどの現象なのだが、ダルバスには、まだそれがわかっていないようだった。
「ま、今日はさすがに疲れたわね。お昼ご飯も抜きだったからね。今日は、ムーングロウに戻って、美味しい物でも食べましょ?」
ライラは、ダルバスが相当疲れていることを理解していた。
大嫌いな勉強をさせ、初めての魔法の訓練。疲れていないはずがなかった。
「そうだな。ちきしょう。明日こそは、必ず第4サークルの魔法を使いこなしてみせっからな?」
事情を理解はしているものの、諦めることが出来ないダルバスだ。
「はいはい。ま、頑張ってちょうだいな?じゃ、取り敢えずムーングロウへ帰りましょ?」

 ライラ達は、ライキューム研究所内部に戻ると、留めてあった馬達に乗り込む。
「夕刻まで、まだ時間があるわね。ライキューム研究所から、ムーングロウの街までのゲートはあるけれど・・・。どう?ちょっと疲れているかもしれないけれど、帰りは徒歩で行ってみましょうか?」
ライラは、ダルバスの気晴らしにでもなればと提案する。
「お?いいねぇ。俺も、ムーングロウの大陸は、あまり知らねぇからよ。寄り道でもしながら帰ることにするか?」
ライラの提案に、ダルバスも快く応じていた。
「じゃ、行きましょうかね。とは言っても、小さな島ですからね。それほどの距離は無い事よ?」
ライラはそう言うと、ゆっくりと馬の歩を進め、ライキューム研究所を後にする。

 ライキューム研究所を出ると、道は真っ直ぐに南へ向かっていた。
進む右側には大海原を眺めることが出来て、爽やかな海風が吹き込んでいた。
ダルバスとライラは、馬の歩を合わせながら、ゆっくりとムーングロウへと足を運んでいた。
「ねぇ、ダルバス。この後の予定はどうしようかしら?」
間もなく夕暮れを迎えるであろう海を見つめながら、ライラはダルバスに呟きかける。
「あ~。そうだなぁ。ココネの野郎には、近いうちに俺達が行く旨を伝えてあんだけどよ。正確な日付は伝えていねぇ。それに、今日は、俺にとって人生をひっくり返されたかのような出来事が起きたからな。短期間でもいい。その・・・もう少し、俺の修行に付き合っちゃくれねぇかい?」
ダルバスは、少し恥ずかしそうにライラへお願いをする。
「・・・。きもっ!ダルバスがきもいわ!あんた、私にそんなお願いをするなんて、どうかしちゃったんじゃないの!?」
ライラは、真摯な態度を示すダルバスに対して、ふざけてみている。
「お・・・おめぇなぁっ!俺だって、マジになるときゃあんだよ!ちっきしょ~。明日こそは、ぜってーに第4サークルを極めてみせるぜ!」
ライラは、あまりの変貌ぶりのダルバスを、暖かい目で見ていた。
しかし、ライラは確信していた。ダルバスは、これ以上の上位の魔法を使えることはないと。
ライラは、今までダルバスのような人達を沢山見ていたからだ。
資質だけは、どうしようもない。努力だけでは解決が出来ないのだ。
ライラは、それを良く理解していた。
しかし、それを誇張すればするほど、ダルバスは意固地になることだろう。
ライラはそれを利用して、ダルバスに努力させるつもりだった。
ダルバスが出来るだけの、最大限の能力を開花させ、古代竜との決戦に挑むつもりだ。

 海岸沿いの道を歩くダルバス達。
「おう。今夜の宿は、格安で頼むぜ?ブリテインの時のように、贅沢されちゃたまったもんじゃねぇぜ?」
「ったく。あんたには、旅を楽しむって余裕はどこにもないのね?」
ライラが皮肉を返した時だった。
それは、何の前触れもなく襲いかかってきた。
ダルバスの頭上を、大きな影がよぎっていった。
ダルバスは、頭上を見上げる。
その瞬間。ダルバス達は、言葉を失った。
驚くのも無理はない。
頭上には、ドラゴンが舞っていたからだ。
「なっ・・・!」
「まさか・・・」
ダルバスは、すぐさま空を見渡す。
ドラゴンは何頭いるのか。ムーングロウは大丈夫なのか。
程なくして、ムーングロウの街からは、警鐘が響き渡るのを確認した。
しかし、ドラゴンは、今朝同様1体だけだった。
それも、今朝と同じく、付近を旋回しているに過ぎない。
今のところ、攻撃の意図は見られなかった。
「ダルバス!」
ダルバスに踵を返すライラ。それを受け止めるダルバス。
「わかってる。だが・・・」
ダルバスは、空を舞うドラゴンを追う。空を舞っている以上手出しは出来ない。
それに、攻撃を仕掛けてきている訳でもないので、ダルバスはどうしたらいいかわからなかった。
「どうする?」
ライラは、ダルバスに意見を求める。
「なぁ、ライラ。飛んでいる相手でも、魔法を当てることは可能か?例えば、さっき使った、土の精霊を倒した魔法とかは?爆発させりゃ、あいつも落ちてくるんじゃねぇか?」
ダルバスの提案に、ライラは難色を示した。
「距離にもよるわね。この距離だったら、ギリギリ不可能では無いけれど・・・。一撃では倒せないかもね。下手にムーングロウの町中などに落ちて、暴れられたら目も当てられないわ?」
ライラはもっともな意見を述べる。

 すると、ダルバス達が進んでいた道の先に、一人の男性が椅子に腰掛けているのが見えた。
ドラゴンが攻撃してこないとはいえ、あまりに無防備な男性。
ダルバスは、遠巻きに声をかけた。
「おい!そこの旦那!そこはあぶねぇ!早く、衛兵のいる街に戻るんだ!」
このままでは、一般市民にまで危険が及ぶかもしれない。
ダルバスは、ベスパーの事件を思い出すと、避難を促した。
ダルバスの声が聞こえたのだろうか、男性はそそくさと街の中へと消えていった。
「なんつー呑気な野郎だ・・・」
ムーングロウの緊張感のなさに呆れるダルバス。

 すると、ダルバス達が立ち止まっていると、あまりに予想外な事が、ダルバス達を襲った。
今まで空を舞っていたドラゴンが、ダルバス達を目掛けて急降下をし始めたのだ。
「なっ!?」
ドラゴンは、何の躊躇もなく、ダルバス達に炎を放つ。
ダルバスは、とっさにライラの馬ごと体当たりをして炎を回避した。
これは、ダルバスがベスパーで、ドラゴンの攻撃を体験したから故の、突発的な行動だった。
2頭の馬は、大きく体勢を崩すと、ダルバスとライラを地面に放り出した。
悲鳴を上げる、ダルバス、ライラ、ラッキー、ノイ。
しかし、それによって、彼らは炎の直撃を防ぐことが出来た。
幸い、ダルバス達と、馬達に怪我はないようだ。
しかし、付近にある木々は勢いよく燃え、ブレスの威力の凄まじさを物語っていた。
「大丈夫か!ライラ!」
ドラゴンを警戒しながら、ライラを気遣うダルバス。
「え・・・。えぇ。大丈夫よ。ありがとう」
ライラは、素早く立ち上がると、ドラゴンを警戒する。
すると、ダルバスは躊躇することなくライラに言葉を放つ。
「ライラ!リスタ作戦だ!」
そう言うなり、ダルバスはドラゴンへ突進していった。
リスタ作戦。それは、先日ブリタニアに寄った際に、ダルバス達は街を守る衛兵隊長のリスタと試合をしたことがある。その際の試合は、古代竜との戦闘を模擬した試合だった。
ライラは、戦士であるリスタを古代竜に見立て、魔法で姿を隠しての戦闘となった。
そして、ダルバスを、どのようにして魔法でサポートするかが課題の試合だったのだ。
 ライラは、すぐさま理解すると、魔法を詠唱すると姿を消した。
しかし、ダルバスは突撃していったはいいものの、空を舞うドラゴンにはどうしようもなかった。
ダルバスは、ベスパー襲撃事件を思い出していた。あの時も、空を舞うドラゴンにはどうしようもなく、ひたすら逃げ回るしかなかったからだ。
あの時の屈辱は忘れていない。
ダルバスは、リスタとの模擬戦を思い返していた。
どうすれば、ドラゴンに攻撃が出来るか。
そして、ふと閃いたのだろうか、ダルバスは姿を消しているライラに、声をかけた。
「ライラ!悪ぃが、魔法の書と秘薬を手放して、俺に貸してくれ!」
それを聞いたライラは、一瞬意味がわからなかったが、姿を消したまま秘薬の入ったバックパックと呪文書を足下に置く。
ライラは、動いたり喋ったりすることはないので、姿を現すことはない。
ダルバスは、とっさに道具を受け取ると、ドラゴンの攻撃を回避しようと必死になる。
ドラゴンは、ダルバスを捉えようと、何度もかぎ爪を振りかざしながら襲いかかっていた。
ダルバスは、それを斧で応戦しながら回避していた。
ダルバスは意識していなかったが、ベスパー事件の時は、このような戦い方は出来なかった。
応戦する斧には、時折ドラゴンの指に対しての決定打の感触がある。
気が付けば、ダルバスはドラゴンの指を数本叩き切っていた。
しかし、ダルバスもドラゴンと戦い慣れている訳ではない。
ダルバスの隙をうかがうと、ドラゴンは強烈なブレスをダルバスに見舞った。
ブレスの直撃を受けるダルバス。
ダルバスの体は、瞬く間に炎に包まれていった。
外套は焼け落ち、鎧が露わになる。
「ぐああああっ!」
ダルバスは、身悶えると地面の上を転がった。
しかし。
ダルバスは、すぐに体勢を立て直す。
ダルバスは、バロライトの鎧を身につけていた。
無論、完全に炎を防ぐ訳ではないが、この鎧はダルバスの体を賢明に守ってくれているようだ。
しかし、無論無傷ではすまない。
鎧で覆われていない部分には、火傷が出来て、かなりのダメージがあった。
もう一度、ブレスの直撃を受けたら危険かもしれない。
ダルバスは斧を構える。
ブレスの一撃で死ななかったダルバスに、ドラゴンは爪で仕留めようと、急降下を始めた。
その時。
ダルバスは何やら詠唱を始めた。
すると、急降下するドラゴンの前に、突如として石の壁が空中に出現した。
間髪おかず、ドラゴンは石の壁に直撃すると、石壁を粉砕した。
すると、ドラゴンは気を失ったかのように、そのまま地面へと落下した。
ズズーンという、激しい落下音をたて、ドラゴンは地面に横たわる。
 これは、ダルバスがリスタと試合をした時を参考にしたものだった。
ダルバスがピンチになった時に、ライラは石壁を作り出す魔法で、ダルバスへの攻撃を遅らせようとした。しかし、リスタはその石壁に突撃して、自爆をしてしまったのだ。
それを、ダルバスは応用してみた次第だった。
 しかし。ドラゴンはすぐに起き上がり、羽ばたく姿勢を見せる。
その時だった。ダルバスは背後に気配を感じる。
「返して貰うわね?これ、あいつの前に放り投げて!」
ライラは姿を現すと、ダルバスから秘薬バックと魔法の書を取り返す。そして、ルビーをダルバスに手渡した。
そして、颯爽と詠唱を始めた。
その瞬間、ダルバスは理解したのだろう。ルビーを、飛び立つ寸前のドラゴンの真正面へ放り投げた。
「クァル・ヴァス・クロスレェン・イリィエル!」
ライラが唱えたのは、紛れもなく、ダリウスから教わった、土の精霊の召還魔法だった。
土の精霊は、瞬時にドラゴンの前に出現すると、ドラゴンの首にしがみつく。
飛び立とうとするドラゴン。しかし、土の精霊にしがみつかれてしまっては、それも難しい。ドラゴンは、悶絶しながら、土の精霊を振りほどこうとしていた。
「ダルバス!今よ!」
ライラは、ダルバスに号令をかける。
ダルバスは、無言で返事を返すと、ドラゴンへ突撃していった。
ドラゴンは、しがみつく土の精霊をかぎ爪で粉砕すると、再び空へ舞おうとしていた。
「ざけたことやってんじゃねぇぞっ!おらぁっ!」
飛び立つドラゴンを逃さず、ダルバスは地を蹴ると、斧をドラゴンの首もとに叩き付けた。
渾身の一撃を込めた斧は、ドラゴンの首を両断すると、ドラゴンは絶命した。
首を両断されたドラゴンは、悲鳴を上げることもなく、ズズンと地に崩れ落ちる。
地面には、崩れ落ちた土の精霊の破片の中に、ルビーが輝いていた。

 ダルバスは、地に落ちたドラゴンを暫く見つめていた。
そして、ルビーを手に取る。
ダルバスの心境は、正直信じられないといった感じだった。
突然襲われたドラゴンだったが、まさか勝利出来るとは思ってもいなかったからだ。
夢でも見ているような感じだった。
すると。
「ダルバス!」
背後から声をかけてきたのは、ライラだった。
ライラは、興奮覚めやらぬ様子で、ダルバスを見つめていた。
「ねぇ・・・。私達・・・。ねぇ?」
ダルバスにすがるような視線を送るライラ。
「あ・・・。あぁ。勝っちまった・・・ようだな?」
ダルバスも、あまりの出来事に、未だに理解し難いのだろう。呆然と、ドラゴンの死体を見つめながら、ルビーをライラに手渡した。
「凄い・・・。これなら・・・出来る!私とダルバスなら、ベスパーの仇を討てる!凄い!ダルバス!まさか、あんたが魔法を使って機転を効かすなんて!あんたと一緒に来て正解だったわ!?」
ライラはそう言うと、思わずダルバスに抱きついた。目尻には、うっすらと涙さえ浮かんでいた。
これには、困惑するダルバス。
「あ~ライラよ。俺も嬉しいんだが、ちょっと、この状況は・・・なぁ?」
ダルバスは、恥ずかしそうにしながら、少しだけライラの頭を撫でてみせる。
「何よ?私はあんたに感謝しているのよ?さっきも、突き飛ばして貰わなければ、私は焼け死んでいたかもしれないし・・・」
そう言うと、ライラは恥ずかしげにダルバスから離れる。
「ま・・・まぁ、いいじゃねぇか。勝てたんだしよ?でもま、古代竜となると話は別だ。にしても、全くの無力ではない事を知ったんだからいいじゃねぇか?おい!ラッキー!ノイ!こっちにこいや?」
ダルバスも、ライラの対応に対して、恥じらいを感じているのだろう。強引に話を逸らしていた。
ダルバスの呼びかけに対して、素直に戻ってくるラッキーとノイ。
「ほら。取り敢えず、衛兵達が来る前に、街に戻ろうぜ?俺達がドラゴンをやっつけたなんて知られたら、また面倒な事になりかねねぇからな?」
ダルバスは、そうライラを促すと街に戻ることを薦める。
「・・・そうね。そうしましょ?」
ライラは短く答えると、ラッキーに跨る。

 しかし、ダルバス達には疑問が残っていた。
「ねぇ。何で、あのドラゴンは私達を襲ったのかしら」
ライラは、ゆっくり馬の歩を進めながら、ダルバスに問う。
「・・・わからねぇな。俺達の経験からすれば、ドラゴンは街を襲うものだ。何で、俺達がまた襲われたのかはわからねぇ」
無論、これは、ダルバスの率直な意見だった。
偶然だとは思いたいが、2度もドラゴンに襲われるなど、普段ではあり得ないからだ。
「これは、私の気のせいかもしれないのだけれども、あのドラゴンって、本当に敵意や悪意があって、私達を襲ったのかしら」
ライラは呟く。
「あぁ?それ以外、何があるっつーんだ?腹が減ったから、俺達を喰おうとしたんだろうがよ。ブリテインの北にあるデスパイズっていう洞窟に行った時も、あの中にいた化け物達は、俺を喰おうとしたんだぜ?」
ダルバスは、ライラの意図に、意も返す気がない。
「そうよねぇ・・・」
ライラは、呟きながらダルバスの後を付いてくる。
2人が歩いていると、数名の衛兵達とすれ違う。
恐らく、ドラゴンの行方を捜しに行くのだろう。
ドラゴンの死体が発見されれば騒ぎになる。
ダルバス達は、それにはあえて触れずに、ムーングロウの街へと足を運んだ。

 町中に入ると、一人の男性が空を見上げていた。
確認すると、それは先ほどダルバスに街へ避難しろと言われた人物だった。
青いローブを纏い、戦士なのだろうか。一振りの剣と盾を所持しているようだ。
「おう。大丈夫だったかい?ドラゴンはどっかに行っちまったようだ。安心していいぜ?」
ダルバスは、挨拶代わりに話しかけた。
「ふむ・・・。なるほど。これは、考えないといけませんね」
男性は、ダルバスの挨拶に気が付いているのかいないのか、空を見上げながら呟いていた。
その様子を、ダルバスは訝しむ。
「おう。もうドラゴンはいねぇから、安心しろって」
ダルバスが再び話しかけると、男性はフラリと振り返りダルバスに顔を向けた。
「ドラゴンがいなくなった?そうですか・・・。くっくっくっ・・・」
男性は、ダルバスに不気味な笑みを浮かべると、その場から立ち去ってしまった。
「・・・なんなんだ、あいつは。折角心配してやったっていうのによ。薄気味悪ぃ野郎だぜ。ったくよう」
立ち去る男性を、ダルバスは気味悪い目で見送っていた。
「変な人ね。この街の住民じゃないのかしら?」
ライラも、男性の異様さを気味悪がっているようだった。
「まぁいいぜ。ドラゴンの件では、これといった被害が出ていねぇみてぇだからな。さ、行こうぜ?」
ダルバスは、ライラを促すと街の中へと歩を進めた。

 街に入ると、陽は傾き、そろそろ夕暮れという時だった。
「明日も、ダルバスを調教しなければならないわね。今日は、ダルバスの調教の為に沢山の秘薬を使ってしまったことだし、ちょっと、秘薬の調達をしないといけないわね」
ライラは、秘薬が残り少ないことを呟く。
「俺の調教って・・・!まぁいい。俺も、今後秘薬が必要なんだろ?俺も、調達することにするわ。店はどこだ?案内しろや?」
ダルバスは苦笑いを浮かべながら、ライラを促す。
「あぁ、こちらよ?付いていらっしゃいな?」
そう言うと、ライラは馬を歩かせる。
それに付いて行くダルバス。
程なくして、街の中心部付近にたどり着くと、ライラは馬を降りた。
「ここよ。これからも、あんたも無縁では無い場所になるから、覚えておきなさいな?」
そう言うと、ライラは店の中に足を運ぶ。ダルバスもそれに続いた。
店内は結構広く、高価な秘薬などは、ガラステーブルの中にしまわれていて、それなりの高級感が溢れる店だった。
「いらっしゃいませ。何をお求めでしょうか?」
カウンターから店員が声をかける。
「そうね。薬草全種類を200個と、魔法の書を1つ。それに、ペンを2本と無地の巻物を64枚下さるかしら」
「はぁ?・・・わかったよ」
それを聞いた店員は、怪訝な表情を浮かべながらも、言われた通りの物を用意し始める。
ダルバスは、店員の様子を見逃さなかった。ライラへ小声で囁く。
「あぁ?なんだ、あの感じの悪ぃ店員はよ?」
ダルバスは、無礼な態度の店員にやや怒りの目を向けていた。
「ああ。私が、魔法の書とペン、それに無地の巻物を求めたからね。この意味がわかるかしら?」
ライラは、逆にダルバスへ問いかける。
「いや・・・。わからねぇ。なんでそれが、店員の態度を悪くする要因になるっていうんだ?」
ダルバスは首を傾げた。
「全く・・・。今日も教えたでしょ?魔法を使うには、魔法の書が必要だって。その魔法の書を買うって言うことは、何を意味するのかしら?」
ライラの説明に、納得がいったダルバス。
「そうか。自分は魔法使いですっていうことを明かすようなものか」
「そうよ。このようなことは、今後しょっちゅうあるから、その度に腹を立てないでね?」
ライラは、注文の際に、秘薬をあえて薬草と表現したが、やはり店員にはばれているようだった。
「なんだかなぁ。魔法使いが嫌いなら、そんな商品置かなければいいじゃねぇか」
ダルバスは憤慨している。
「まぁまぁ。それでも商売なのよ。まして、ここはライキューム研究所があるムーングロウだからね?相手も仕方がないと思うしかないのでしょうね」
ライラは、ダルバスを宥めていた。
暫くすると、商品が集められ、ライラの前に置かれた。
「おいくらかしら?」
ライラは、何事もなかったかのように尋ねる。
「5954GP」
店員はぶっきらぼうに答える。
ライラは眉をひそめることもなく、金を店員に支払った。
すると、ライラはダルバスを振り返ると問いかける。
「ねぇダルバス。あんたは『練金術』をするのに、どれくらい薬草が必要なの?」
ライラから、不思議な言葉が飛び出す。
「はぁ?」
ダルバスは、ライラを訝しむが、すぐに気が付いた。
これは、ダルバスも魔法使いと思われぬ為の配慮なのだと。
練金術とは、薬を調合する職業を指す。錬金術でも、薬草を使って薬を作り出すからだ。
「あ、あぁ。俺も全ての薬草を200個貰おうかね」
とっさにダルバスも機転を利かせた。
「200?これからのこともあるし、500個は必要なんじゃない?」
ライラは、これからの修行に、相当な秘薬を消費することを示唆する。
「そ、そうか。なら500で頼むわ」
戸惑いながらも、ダルバスは頷いた。
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
ダルバスには掌を返すような態度を取る店員。
ダルバスとライラは、苦笑いしながら待つしかなかった。
暫くすると、秘薬がダルバスの前に持ってこられる。
「14000GP頂きます」
その金額に卒倒するダルバス。
「14000!?高くねぇか?」
ダルバスは、秘薬の相場など知る由もなかったので、その金額に驚いていた。
「ダルバス・・・」
ライラは、無言でダルバスに圧力をかける。
「わ、わかったよ!ほら、金だ。受け取りな」
ダルバスは渋々と店員に金を渡した。
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
ダルバスにだけは丁寧な態度の店員。
ダルバス達は、店を後にした。

「は~。14000GPが、いきなり飛んでいくとは思わなかったぜ。修行も、金がかかんだなぁ」
ダルバスは、肩を項垂れる。
「ま、お金がかかるのが嫌であれば、自分で採取してくる事ね。秘薬は、そこら辺に生えているからね」
そう言うと、ライラは地面を指さす。
町中にはあまり無いが、街から少し外れると、秘薬は至る所に自成している。
それらを採取して売ることにより、生計を立てている人も少なくなかった。
「それも面倒くせぇしな。まぁ、当面は店から買うことにするか」
ダルバスは諦めたようだ。

「それより、今夜の宿はどうするよ?俺は、この街にはあまり詳しくねぇからな。どこか、安くて程度の良い宿は知ってんのかい?」
夕暮れを迎えたムーングロウの街。目の前にある迷路の生け垣は、夕日を受けて柔らかな緑の光を放っていた。
「それなら、私がライキューム研究所からここへ遊びに来ていた時に、たまに利用していた宿があるの。こっちよ。付いていらっしゃい?」
ライラはそう言うと、馬の歩を街の北東へと運んだ。
暫く歩くと、宿が見えてくる。
宿の看板には、ムーングロウ学生寮と書かれてあった。
「ここって、宿なのか?学生寮って書いてあるようだが?」
ダルバスは、宿とは見えない建物を見上げる。
「大丈夫よ。学生寮というのは名ばかりよ」
そう言うと、ライラはラッキーを宿の前へ繋ぐと宿の中へ入っていった。

 宿の中は、質素な造りだった。
平屋の宿は、部屋も数部屋しかなく、お世辞にも豪華とはいえない。
「ここはね。さっきも話したけれど、私がライキューム研究所で修行していた際に、街へ遊びに来た時などに利用していた宿なのよ?」
ライラは、懐かしそうに宿の中を見渡す。
一緒にいた仲間と、楽しく過ごした夜。
ライラは、少し目を瞑ると、当時を思い出しているようだった。
「なるほどな。要は、ライキューム研究所の生徒達の為の寮って意味合いで、学生寮って名前なのか」
ダルバスは納得する。
「ま、それは名ばかりね。一般の人も、勿論利用できるわ?」
そう言うと、ライラは早速宿の手続きを始めた。
「ちょっといいかしら?今日宿泊したいんだけれども、お部屋は2つ空いています事?」
ライラはコンシェルジュに声をかける。
「はい。空いております。一泊250GPですが宜しいですか?」
ダルバスは、金額を聞いて驚いた。それは、相場よりかなり安かったからだ。
一般的な宿では、大体が500GP前後。高い所になると、2000GPを越えるところもある。
「あぁ?250GP?安いな」
ダルバスは喜ぶも、多少の不安もあった。
「大丈夫よ。宿の名の通り、ここは学生寮。要は、貧乏学生用の宿でもあるのよ」
ライラは、ダルバスの意を汲んだのだろう。問題のない事を説明する。
「まぁ、おめぇがいいなら、いいけどよぅ」
ダルバスは、ブリテイン滞在時を思い出す。
ライラは、我先にと、高級宿に先走ったからだ。
しかし、今ではそんな素振りは見せない。確かに、ダルバスの事も気遣っているのかもしれないが、逆にダルバスは恐縮しているようだった。
「なぁ。ライラ。本当に、この宿でいいのか?」
ダルバスは、恐る恐るライラに尋ねる。
「いいのよ。私も久しぶりに、この宿に泊まりたいしね?何より、あんたが恐れているような高額な宿は、ムーングロウにはないのよ」
ライラは、ダルバスが言いたい事を理解しているのだろう。当たり障りのない返事を返す。
「そうか。ならいいけどな」
「それじゃ、宿泊の手続きをしてもよろしいかしら?」
ライラは、コンシェルジュに話をすると、手続きを済ませる。
「それでは、お部屋にご案内致します」
コンシェルジュは、ダルバス達を部屋に案内する。小さい宿故に、ベルボーイはいないようだった。
程なくして、ダルバス達は、部屋の前に案内される。
「ライラ様はこちら。ダルバス様はこちらとなります」
コンシェルジュは、そう言うとその場を後にした。
「おう。晩飯はどうすんだ?ここで食えるのか?」
疑問に思うダルバス。
「あぁ。それならね。私に考えがあるの。それに、このムーングロウの街には、お食事処や酒場はないのよね。大丈夫。この宿であれば、食事は出来るわ?後で声をかけるので、それまで湯浴みでもして疲れを取りましょうね?」
そう言うと、ライラは自分の部屋に入っていってしまった。
仕方がないので、ダルバスも自分の部屋に足を運んだ。
 部屋の中は、簡素な物だった。
部屋は小さく、小さい寝台が1つと、机と戸棚が1つだけの物。
巨体のダルバスには、気持ち狭い部屋かもしれなかった。
 ダルバスは、自分の荷物を床に放り投げ、ベッドに横たわる。
今日一日で、様々な事があった。
ムーングロウへ到着し、いきなりドラゴンを発見。
ライキューム研究所へ行けば、自分に魔法の能力がある事を知り。
ライラの恩師であるダリウスとの再開。
いきなりの魔法修行で、自分の実力を知り。
帰り道では、ドラゴンと遭遇し、まさかの勝利。
今日一日で、ダルバスは様々な経験をしたことになる。
思い返せば思い返すほど、ダルバスの思考は乱れた。
逆に言えば、ライラも同じような感じなのだろう。
ムーングロウに来た事により、ダルバス達の道先が見え始めて来たような気がしていた。

 そんな事を考えている時。
ダルバスの部屋を、ライラがノックした。
「ダルバス?ちょっと、いいかしら?」
ダルバスは、ベッドから体を起こすと返事を返す。
「おう。いいぜ。入ってくれや」
ダルバスは不思議に思った。まだ、湯浴みもしていないし、夕食の時間には、まだ早いと思ったからだ。
ダルバスの疑問をよそに、ライラは部屋に入ってくる。
「夕食の前に、やっておきたい事があるのよね」
そう言うと、ライラは先ほど購入した魔法の書を見せると、意地悪い笑みを浮かべた。
「さて。くつろいでいたところ可哀想だけれど、今日最後の授業をするわね?」
ライラはそう言うと、机の前の椅子に腰を下ろす。
「最後の授業?まだ、魔法の練習を続けるつもりか?この部屋の中で?」
ダルバスは、体力と精神力は問題なかったが、ライラのタイミングに驚いていた。
「いいえ。これは、あなたのお勉強。実践ではないわ?というか、実践するのは私」
ダルバスは、ライラが何を言いたいのかがわからなかった。
「では、授業開始。この魔法の書。何のために買ってきたかわかる?」
ライラは、魔法の書をダルバスに差し出した。それを受け取るダルバス。
「そりゃ、俺用に魔法の書が必要になるからだろ?」
ダルバスは、まだ魔法の知識が少ないために、あまり難しく考えていなかった。
先ほど、ライラが魔法の書を買ったのも、ドラゴン戦で魔法の書を受け渡しするのが大変だったからとしか、認識していなかった。
「半分正解。半分間違いね。じゃ、ダルバス。魔法の書を開かないで、今あんたが火傷をしている部分を魔法治療してご覧なさい?イン・マニの発声は覚えているでしょ?」
ライラは、新しい魔法の書で、ダルバス自身の傷の回復を促す。
「あぁ?どういう意味だ?」
ダルバスは、ライラの意図がわからない。
「いいから、やれって言ってんの」
ライラの言葉に、ダルバスは従うしかない。
必要な秘薬を、先ほど購入した中から取り出すと、ダルバスは自身の治療を試みる。
そして、ダルバスが魔法の詠唱をすると。
「ん?何も起きねぇな。失敗した訳でもなさそうだが?」
不思議そうなダルバス。
ダルバスが、いくら詠唱をしても、何も反応は起きなかった。
「これが、今日最後のお勉強。さ、魔法の書を開いてご覧なさい?」
ライラは、手渡した書を開くように促す。
ダルバスが、魔法の書を開くと、驚きの声を上げる。
「こりゃ・・・!何も書かれていねぇじゃねぇか!」
ダルバスが見つめる魔法の書には、全て空白のページが広がっていた。
「よく考えてみて。今日、この魔法の書を買ったけれど、魔法は64種類もある。そして、私は今日ダリウス先生に教わるまで、残りの4種類の魔法を知らなかった。魔法を覚えるのはそれだけ大変なの。そこまで大変なものが、簡単に売っていると思う?」
ライラの問いに、ダルバスは、今日ライラが教鞭してくれた事を思い返す。
魔法を手に入れるには、たまに化け物が持っている魔法の巻物を手に入れるか、書写をして作り出すしかないと教えて貰った。
「ってことは、街で売っている魔法の書だけでは、駄目だってことか?」
何となく理解したダルバス。
「その通り。今、あんたが持っている魔法の書は、ただの紙だけの書。何の役にも立ちゃしないわ?」
ライラの言いたい事はわかったが、核心がわからないダルバス。
「・・・で、どうすれば、俺はライラが持っているような魔法の書を持つ事が出来るんだ?」
ダルバスは、ライラを促した。
「そう。そこで出てくるのが、書写ね。書写とは、強制的に魔法の巻物を作り出す事を言うの。そして、その巻物を魔法の書に登録する事により、初めて魔法の書を使って魔法を使う事が出来るのよね」
ライラはそう言うと、ペンを取り出すと、無地の巻物に魔法の文字を描いた。
「はい。これが、第1サークルでも使用した、光の矢の魔法よ?さ、その魔法の書をこっちに寄こしなさい?」
ライラは、ダルバスから魔法の書を受け取ると、書を開き、その間に今作成した巻物を挟み込んだ。
すると、魔法の書は青い光を放つと、巻物は消えてしまった。
その様子を、ダルバスは固唾を呑んで見守っている。
「さ。これで1つは終わり。書を開いてご覧なさい?」
ライラは、ダルバスに魔法の書を手渡す。
ダルバスは、魔法の書を開くと、驚愕の声を上げる。
「こ・・・こりゃ!光の矢の魔法が記述されているじゃねぇか!」
魔法の書には、第1サークルだけが表示され、ページをめくると、光の矢の魔法が記載されていた。
驚きを隠せないダルバス。
「これも・・・魔法の力か・・・」
魔法の書を見つめながら、沈黙するダルバス。
「そうね。でも、あんたはこれが出来る必要はないわ。魔法の書は、私が全て埋めてあげるから、少し待っていなさいな?」
ライラは、そう言うと、無地の巻物を取り出し、黙々とペンを走らせた。
ダルバスは、そのライラの背を、無言で見守るしかない。
暫しの時が流れる。
ようやく、ライラは全ての魔法の巻物を作り終えたのだろう。大きなため息をついた。
「ふ~っ!これを作るのも、大きな精神力が必要なのよね。さすがに疲れたわ?」
そう言うと、大量のスクロールを、ダルバスの目の前に差し出す。
見ると、ライラは明らかに疲れているようだった。多少ふらつく様な仕草も見せる。
「お・・・おい。大丈夫なのか?」
さすがのダルバスも、ライラの体調を伺う。
「あぁ。大丈夫よ。私は、少し瞑想をするから、あんたはその巻物を、さっきのように魔法の書に登録しなさいな?」
ライラは、そう言うと瞑想状態に入っていった。
ダルバスは、その様子を確認すると、先ほどライラが行っていたように、全ての巻物を魔法の書に登録していった。
 程なくして、魔法の書を完成させたダルバス。同時にして、ライラも瞑想から目覚めた。
「どう?出来た?」
瞑想から覚めたライラは、ダルバスを伺う。
「あぁ。多分な。これで、いいんだろ?」
ダルバスは、魔法の書をライラに手渡した。
「・・・。大丈夫ね。これなら、この先も問題ないわね」
ライラは、全てのページを確認すると、満足げにダルバスへ手渡した。
「これで、あなたは、いつでも魔法をつかえるわ?とはいえ、下級魔法だけだけれどもね。一応、念のためというか、私の性分として、全部の魔法は登録したけれど、上級魔法は諦めて貰うしかないわね」
ライラは、ダルバスの魔法の脂質に念を押す。
「うっせぇなぁ。明日には、第4サークル位マスターしてやるって言ってんじゃねぇか」
文句を言いながらも、自分専用の呪文の書を手に入れたのが嬉しいのだろうか。大事そうにしているようだ。
「あはは。まぁ、頑張ってね。上位が使えれば、それだけ古代竜の討伐が楽になるからね。・・・じゃ、湯浴みをしたら、また呼びに来るわね?」
ライラはそう言うと、ダルバスの部屋を後にする。
「おう!ありがとよ!」
ダルバスも上機嫌で、ライラを見送った。

 再び一人になるダルバス。
たった今手に入れた魔法の書を胸にしながら、ベッドに転がった。
新しい力を手に入れたダルバス。
そして、唐突な出来事だったが、ドラゴンを倒したダルバス達。
古代竜ではないが、ベスパー事件の時は、一太刀すら与える事が出来なかったドラゴン。
ダルバスは認識していなかったが、これは、年月をかけて努力してきた故の結果だろう。
「復習」という念の、善し悪しは別にしておいて、ダルバス達を大きく飛躍させた。
ダルバス達は、当時のダルバス達ではない。
3年もの月日の間に、鍛錬を続けてきたダルバス達。
そして、ブリテインで出会った人達との経験。
本人達も気が付いていないが、相当な実力を手に入れていた。
ダルバスは、思考錯誤をしていたが、何とも纏まらず、湯浴みをしてライラを待つ事とした。

 数刻後。
ダルバスの部屋を、ライラは再び訪れノックをする。
「ダルバス?いいかしら?」
ライラのノックを聞き、待っていたダルバスは声を上げる。
「おう。いいぜ。入りな」
ダルバスの返事と共に、ライラは部屋に入ってくる。
「おう。じゃ、晩飯どうする?ここの宿の飯は旨いのかね?」
ダルバスは、今宵の晩餐を期待しながら、ライラに声をかける。
「えぇ。そうね。これから、晩ご飯を食べましょ?・・・でも・・・ね?」
ライラは、少しとまどいを見せると、ダルバスに意外な発言をした。
「ね。ダルバス。私とデートしない?」
ライラの提案に、ダルバスは一瞬言葉を失う。
しかし。
「はぁ?デェト?それって、おめぇと、一緒に食事をするって事か?それとも、どこかに行って、飯を喰うってことか?いつもやってんじゃねぇか。ベスパーでもそうだったし、砂漠のど真ん中で床を共にして飯を喰ったり、ブリテインでは、ナオちゃん達とも飯を一緒に喰ったり、それが・・・。デェトなのか?」
ダルバスは、ライラの発言に対して、とまどいを見せていた。確かに、ダルバスの言う通りなのだが、今回のライラの提案に、とまどいを隠せないでいるようだ。
「はぁ・・・。この筋肉馬鹿は、やっぱり駄目ね。・・・とにかく!レディの私が、食事を一緒にしましょうと誘ってんだから!あんたは、とっとと私について来ればいいのよ!ほら!さっさとしなさい!」
ライラも、照れ隠しにダルバスを強引に連れ出す。
ダルバスは、抵抗することも出来ずに、宿の外へ連れ出されてしまった。

 宿の外は、既に帳が落ちていた。
「・・・飯はどうすんだ」
ダルバスは、何ともいえない気分で、ぶっきらぼうに、ライラへ尋ねる。
「あぁ。食事はこの中。心配しなくても、あんたの大好きなお酒もあることよ?」
ライラは、自分の傍らに抱えてあるバスケットを示す。
「で?どこで、飯を喰うんだ?」
宿の中で、食事をすると思っていたダルバス。突然の出来事に、戸惑っているようだ。
「さっき、デートしましょって言ったわよね。いいから、私に付いて来なさいな?」
ライラは、ダルバスの答えを待つ事もなく、歩を進める。
ダルバスは、頭をかきながら、ライラの後を追うしかなかった。

 ダルバス達が向かったのは、ムーングロウの東だった。
15分ほど歩くと、海岸が見えてくる。
お互いに殆ど無言で歩いていたダルバス達。
「さ、もうすぐよ」
ライラは、ダルバスを促すと海岸に歩を進める。
暫く歩くと、建造物が見えてきた。
「あれは・・・」
ダルバスは、闇夜に照らし出される建造物に目を凝らした。
ダルバス達は、その建造物に近寄る。
「どう?これが、ムーングロウ名物の天体望遠鏡よ?」
ライラは、望遠鏡に近寄ると、早速天体を確認する素振りをする。
ダルバスは、今まで見た事がない構造物に唖然としていた。
「天体望遠鏡?それって、なんなんだ?」
その言葉に覚えがないダルバス。
「天体望遠鏡はね、この地上より遙か上の、宇宙という世界を観る事が出来る物なの。ダリウス先生からも教わったけれど、この地上世界からは想像も出来ない空間が広がっているそうだわ」
ライラはそう言うと、望遠鏡を操作する。
「宇宙?俺には、よくわからんがな」
ライラを見ながら、空を仰ぐダルバス。
「あっ!月が見える!ほら!ダルバス!見てご覧なさいよ!」
望遠鏡を覗くと、ライラは、興奮しながらダルバスに望遠鏡を覗くように促した。
ダルバスは、苦笑しながら望遠鏡のもとへ足を運び、促されるがままに覗いてみた。
望遠鏡の中には、オレンジ色の月が目の前に浮かんでいた。そして、望遠鏡を動かすと、隣にはレモン色の月が存在していた。
両方の月には、今まで見た事もないような模様が見えたが、両方の月は、太陽の光をまんべんなく反射し、個々の美しさを競い合うかの様に、天空に鎮座していた。
「・・・綺麗だな」
ダルバスは、率直な意見を述べる。
「あらぁ?ダルバスから、そんな意見が聞けるとはね?ダルバスちゃんも、物を綺麗って感じる心があるのかしら?」
ライラは、ダルバスをからかっている。
「うっせぇなぁ。ここで、飯を喰うのか?腹が減ってんだよ!とっとと、飯にしようぜ?」
ダルバスは、恥を隠すかのように、ライラが抱えているバスケットを指さす。
「そうね。私が誘ったのはこの場所。ここで食事をしましょ?」
ライラはそう言うと、天体望遠鏡の傍らに腰を降ろすとダルバスも促した。
ライラに従い、腰を降ろすダルバス。
ライラは、バスケットから、焼き鳥やリブステーキ、チーズ、パン、ワインなどを取り出した。
「今夜は、ここでお食事しましょ?」
そう言うと、ライラはパンとチーズを頬張り始める。
ダルバスも、無言で焼き鳥とワインを手に取った。
ダルバスとライラも、どのような言葉をかけていいのかがわからないのだろう。
暫くの間、無言の食事が続いていた。
辺りには、海が波飛沫を上げる音だけが響いていた。

「ねぇ。ダルバス。今日は、私をドラゴンから守ってくれて、ありがとね?」
最初に口を開いたのはライラだった。
「あ?気にすんな。そんな事」
ダルバスは、迷惑そうに答える。
再び訪れる沈黙。
波の音を聞きながら、海に映る月の光を眺めていた。
「それより・・・。明日からも・・・、魔法の修行・・・よろしくな」
沈黙を破り、ダルバスが言う。
「・・・。私も厳しくするとは思うけれど、我慢してね?私、精一杯教えるから」
「おう。頼んだぜ?」
ダルバスの言葉の後には、再び沈黙が訪れる。
「はあ。それにしても、今日は驚きの連続だったな」
口を開いたダルバスは、今日一日の出来事を呟いた。
「そうね。でも、最大の収穫は、あなたの魔法の習得と、ドラゴンに勝利できた事かしらね」
ライラも、今日一日を振り返っているのだろう。遠い目で海原を見つめていた。
「まぁ、古代竜はどうなるかわからねぇけどな」
ダルバスは、ベスパー襲撃時の古代竜の姿を思い出す。
古代竜は、単体だったが、他のドラゴンより大きく、強かった。
今日と同じ戦術で勝てる保証はない。
「ねぇ。ココネ夫妻と合流したら、その後はどうするの?一応、目的地のあてはあるのよね?」
ライラは、出発前にダルバスから旅程は聞いていたが、殆どダルバス任せだったために、今後の旅程はあまり気にしていなかった。
「そうだな。奴等と合流したら、ムーングロウからやや北東にあるトリンシックっていう街に行こうと思ってる。そこで最後の準備を整えたら、トリンシックから北西にある、ダスタードっていう洞窟があるんだ。そこが、最終目的地だな」
ダルバスは頭の中で旅順をイメージする。
「トリンシックは聞いた事があるけれど、ダスタード?それって何?」
ライラは、街などの所在は聞いた事があるが、洞窟などの知識はほとんど無かった。
「俺も、あの事件の後色々と調べたんだ。敵討ちをするにしても、奴等ドラゴンがどこにいるのかわからなけりゃ、どうしようもないもんな。それでわかったのが、ダスタードだ。そこに、ドラゴン共はいるらしい」
「よく調べたわねぇ・・・」
調べごととは無縁そうなダルバスに、ライラは感心しているようだ。
「まぁ、俺も旅人とか行商人とかからの情報集めと、このブリタニアの伝記を読んだ位だけどな」
恥ずかしげに謙遜するダルバス。
「なんだ。あんたも、伝記などの本を読んだりするんじゃない」
勉強嫌いのダルバスをからかうライラ。
「うっせぇなぁ。俺も、たまにはそれくらいの事はすんだよ!」
ダルバスは、ワインを勢いよくグラスに注ぐと、それを飲み干す。
「それにしても、今でも謎よね。何故、そんな遠くからベスパーにまでやってきて攻撃したのかしら?飛んでくる方角にもよるけれど、ダスタードから東に来ればブリテインが途中に。西から来たとすればミノックがあるじゃない?なぜ、そっちを攻撃しなかったのかしらね」
「わからねぇな。今日だって、何故ドラゴンが現れたのかすらわからねぇからな」
これには、ダルバスも首を傾げざるを得ない。
「ま、理由はどうであれ。ドラゴン達が私達の街を壊滅させたのは事実。目的は変わらないわね」
ライラは決意を新たにしている。
「そうだな。それにはまず、こちらの戦力増強だな。俺の魔法の鍛錬と、ココネ夫妻との合流。これが、今後の目的となるな」
ダルバスも決意を固めているようだった。

 暫しの沈黙が流れる。
「綺麗な星空ね。あっ!ほら。流れ星!」
ライラは空を見上げると、雲一つ無い満天の星空に魅入っている。
「夜の空を、ゆっくり嗜むなんてした事がなかったぜ。確かに、綺麗だな・・・」
ダルバスも、ライラにつられて、ブリタニアの空を見上げていた。
「ね。ダルバス。私に背を向けて?」
ライラは、空を見上げているダルバスに声をかける。
「あ?どういう意味だ?」
そう言いながらも、ダルバスはライラとは逆の方向に背を向ける。
すると、ライラもダルバスと背を合わせると、ダルバスの背に寄りかかった。
お互いが、背をつき合わせている形になる。
「ほら。また、流れ星。あの星は、どこから来て、どこに行くのかしらね」
ライラはダルバスの背に寄りかかりながら、呟いた。
「さぁな・・・」
ライラの行動に、若干混乱しているダルバス。曖昧な返事を返す事しかできない。
今、ダルバスは鎧を身に纏っていない。ダルバスの背には、ライラの温もりが感じられた。
不思議とそれは、ダルバスが幼い頃に感じていた、母親の温もりにも感じ取れた。
「おふくろは、今の俺を見たら、なんて言うかな。仕事をほったらかしにして、ドラゴンを追っかけている俺を怒るかな」
ダルバスは、幼き頃の母親を思いだしていた。
「あはは。そうかもね。でも、心配はいらないわ?息子ダルバスは、ベスパーの為に一生懸命なんですものね?ダルバスのお父様も、同じ考えじゃなくて?」
ダルバスの呟きに、ライラは優しく答える。
「親父か・・・。怖かったよな。何かヘマをしたり、悪い事をすると、すぐに怒鳴ってゲンコツが飛んできたな。その時には、いつもおふくろが庇ってくれたんだよな・・・」
ダルバスの両親は、ダルバスが幼少の頃に事故で亡くなってしまっていた。しかし、それはダルバスの成長の糧となり、ダルバスは強く成長していったのだ。
ダルバスは、遠い昔の両親を思いだしていた。
「私もねぇ・・・。あの事件で両親を失ったけれど。親からは、沢山の事を学んだわ?」
ライラも、両親の事を思い出したのか、淡々と話を始める。
「お母様は、そうね。優しい人だったわ。魔法の事となると厳しかったけれど、それでも優しかったわね」
ライラは、母セルシアがライラの為に作った料理や、泣いているライラを慰めてくれた事を思い出していた。
「優しい、おふくろだったんだな。親父はどうなんだ?」
ライラの話を聞きながら、ダルバスは促す。
「お父様ね。今思うと、ちょっと過保護だったかもしれないわね?」
ライラは、記憶を手繰ると、少し笑ってみせる。
背中合わせになっているために、その様子はダルバスにも伝わっていた。
「何かあれば、おもちゃだ、お菓子だ。私のご機嫌を取るために、必死だったみたいね。私も甘え過ぎだったかしら」
「いい親父じゃねぇか。俺は親父から貰ったのは、ゲンコツ位しか覚えていねぇぜ?」
ダルバスは苦笑する。
「それも、両親の愛情よ。私が、お父様から貰った最後の愛情はビンタね」
それは、ドラゴン襲撃の時に、ライラが初めて貰った、父親ロランからの平手打ちだった。
当初は何がなんだかわからなかったが、両親を失って時間が経つにつれ、ロランの行動が理解できた。
「私。甘えん坊だったみたい。ゴメンね?ダルバス。私、あなたの言う通り、お嬢様だったかもね?」
ライラは、過去を呟くと、背後にいるダルバスに呟きかける。
「・・・。構わねぇさ。人間だものな。人生は紆余曲折だ。それなりの人生を楽しもうぜ?俺だって、こんなだからな。・・・ブリテインでは迷惑をかけたな。悪かったよ・・・」
ダルバスは、自分の行いも反省してみせる。
「もう、いいのよ。過去を振り返るのはやめましょ?・・・でも、もし亡くなった人と話をする事が出来るのであれば、やっぱり、お母様とお父様と話がしたいわね。そんな事、無理だってわかっているけれどね」
ライラは、両親であるセルシアとロランを思い返していた。
過去を振り返るなとは言っても、こればかりは忘れられない。
ライラは、空の星々を見つめているしかなかった。
「俺も・・・。両親や、友人のズィムやリウ、キリハとも会いてぇがよ。逆に、悲しみが深くなりそうで、それも怖いよな」
率直な意見を述べるダルバス。
「まぁ、それもそうよね。相手と会えたとしても、生き返るわけじゃないからね。・・・ま、どのみち、そんな話は夢物語かな」
ライラは、打ち寄せる波飛沫を見つめていた。

 暫くの沈黙が流れる。
ダルバスとライラは、失った人達の事を考えているのか。
お互いに、背を保たれながら沈黙していた。
「なぁ。必ずベスパーに帰ろうな?そして、帰りの道中では、リスタやナオちゃんなんかと、古代竜討伐の宴を盛大にやろうな?」
ダルバスは、後ろを振り向くと、わざとライラに強くのし掛かってみせる。
「当たり前じゃない。私達の目標は、ベスパーに帰るのも勿論だけれども、古代竜を討伐して、帰りにナオ達とパーティを開く事よ?そして、あんたは、リスタ隊長とサシで勝つ事。って、こっちのほうが難しいんじゃないかしら?」
ライラはそう言うと、クスクスと笑った。
「お、おめぇ!無理だと思ってんのか!その時には、必ず第4サークルの魔法を使えるようになってやる!それなら、あのパラディンリスタにも勝てるだろうよ!」
いきり立つダルバス。
「あはは。その心意気や良し!って、リスタ隊長は言うでしょうねぇ?」
ライラは、リスタの真似をしてみせる。
「おう。その時はよ、おめぇは応援だけでいいんで、パンツ一丁で立ってくれていればいいからよ?そうすりゃ、あのウブな野郎は鼻血吹いて勝手に自滅してくれるだろうからよ」
ダルバスは、リスタの純情さを思い出していた。
「それは、お断り。勝ちたいのだったら、あんたの実力だけで勝ち取ってみなさいな?」
ライラも、リスタの事を思い出しているのだろう。思い出し笑いをしていた。

「さ。食事も終わって、夜も更けてきたわ?そろそろ、帰りましょ?」
ダルバスの背にもたれかかっていたライラは、やや恥ずかしそうな表情を浮かべると、ダルバスから離れる。
「そうだな。明日も魔法の鍛錬か。悪ぃが、宜しくたのむぜ?」
ライラが、ダルバスの背から離れた事によって、若干寒さを感じているダルバス。
「わかっているわよ。容赦しないから、覚悟しておきなさいね?今日買った秘薬、全て使わせてやるんだから」
照れ隠しのためか、ライラは容赦ない言葉をダルバスに浴びせる。
「堪忍してくれよ・・・」
ダルバスも、ライラの意を汲んでいるのだろう。ライラに合わせていた。
「ま、宿に帰りましょ?もう、遅いわ?」
ライラは、ダルバスを促すと、宿へと足を運ぶ。
 海に映る月の光は、何事も無かったかのように、優しい光を放っていた。
夜の波飛沫が響く中、ダルバスとライラは宿への闇へと消えていった。

 翌日。
ダルバス達の姿は、ライキューム研究所にあった。
そこには、再びダルバスが魔法の特訓に取り組む姿がある。
「ヴァス・ア・ノク!ヴァス・ア・ノク!・・・ちきしょう。やっぱり駄目か」
「あんたね。誰が第4サークルからおっ始めろって言ったのよ。基礎は大事よ?さ、もう一度第1サークルから、第3サークルまでの反復練習をしなさいな」
早く上達をしたいダルバスを窘めるライラ。
「くそ・・・。仕方ねぇ」
ダルバスは、憮然としながらもライラの指示に従う。
「そうよ。その調子。詠唱が完全に成功するまで繰り返すのよ?」
ダルバスの魔法詠唱成功率は、まだ高くない。
先日のドラゴン戦の時には、たまたま詠唱は成功したが、もし失敗していたとすれば、また違う結末になっていたかもしれないのだ。
ダルバスは、失敗を重ねながら、同じ練習を続ける。
何度も精神力を回復させながら練習をしていると、既に昼を迎えていた。

 練習を続けるダルバス。
それを見ていたライラは、ダルバスに声をかけた。
「よく頑張っているわね。えらいえらい!じゃ、ご褒美に、ムーングロウの街でお昼ご飯を買ってきてあげるわね?」
ダルバスの練習ぶりに満足しているのだろう。ライラは、上機嫌でダルバスに提案をする。
「おぉ。そうか。じゃ、悪ぃけど、頼むわ」
ダルバスは滲む汗を拭うと、ライラにお願いをする。
「すぐ戻ってくるわ?それまで、練習していてね?」
ライラはそう言うと、ライキューム研究所を後にする。
ダルバスは、ライラの背を見送ると、黙々と練習を続けていた。

 程なくして。
練習を続けるダルバスに、声がかけられる。
「ダルバス・・・」
ダルバスが振り返ると、そこにはライラがいた。
「お!帰ったか。じゃ、早速昼飯にするかい?」
バスケットを片手にしているライラに、ダルバスは景気よく答える。
「・・・そうね。ねぇ、だったら、あっちでご飯食べましょ?」
ライラはそう言うと、ライキューム研究所の中ではなく、人目の付かない場所を指さす。
ダルバスは、ライラの行動に疑問を覚えるも、これもいつものライラの気まぐれだろうと気にする事もなく、促されるままに付いてゆく。
「ここなら、いいわね」
ライラは、廻りを見渡すと満足げな表情をする。
「ここで食うのか?」
ダルバスが促された場所は、食事をするのには、あまりに妙な場所だった。
ライキューム研究所内部からは、完全な死角になり、目の前は完全な断崖絶壁の海だった。
無理をすれば、腰を降ろして食事が出来ない事もないが、あまりに妙な場所だった。
「・・・そうよ。じゃ、早速、ご飯・・・食べましょ?」
ライラはそう言うと、無理矢理腰を降ろすと、バスケットから食事を取り出す。
「お・・・おう」
ダルバスは、釈然としないながらも、これも昨日のライラが提案したデートの一環なのかと思い込んでいた。
「はい。ダルバス。あ~んして?」
ライラは、パンを取り出すと、ダルバスに食べさせようとする。
「お・・・おいっ!そんなことされなくても、自分で食える!妙な事すんじゃねぇっ!」
突然の、ライラの尋常ではない行動に、ダルバスは慌てる。
そして、受け取ろうとしたパンは、受け損ね、崖下へと落ちていった。
「・・・落としたわね?」
ライラは、無表情でダルバスを見つめる。
「あ・・・、いや、その・・・。悪ぃな・・・」
突然の出来事に、ダルバスは、崖下に落ちていったパンを覗き込む。
その時だった。
ダルバスは、ライラによって、唐突に背中を力一杯押された。
「うおあぁぁぁぁぁっ!」
崖下を覗き込んでいたダルバス。
体勢を大きく崩し、滑落しそうになり絶叫を上げた。
渾身の力を込め、何とか滑落を留めるダルバス。
あまりの出来事に、ダルバスはライラを怒鳴りつける。
「この野郎!落ちたら、死んじまうじゃねぇか!冗談にも程があんぞ!」
ダルバスは、怒りを覚えると同時に、あり得ない行動をするライラを訝しむ。
「あははははっ!落ちなかったわね。・・・ねぇ、ダルバス。私、熱いの。一緒に海に入らない?」
ライラはそう言うと、外套を取り払う。
「お・・・。おめぇ・・・」
ダルバスは気が付く。普段のライラではない。冗談にしては、度が越えているからだ。
「ねぇ・・・。一緒に海に入りましょ?」
そう言うと、ライラは上着とスカート、そして下着すらもをも取り払ってしまう。
ダルバスの前には、一糸まとわぬライラが立ちすくんでいた。
「あ・・・、あ・・・、あ・・・」
ダルバスは、声が出なかった。
尋常では無い事態が起きているのは理解している。しかし、何が起きているのかが、全く理解出来ずにいた。
「ねぇ・・・。ダルバス・・・。私、体が熱いの・・・。海で体を冷やして・・・。ねぇ、いいことしましょ?」
ライラは妖艶な仕草を見せると、ダルバスにしがみつく。
ライラの生身の感触を感じながら、ダルバスは抵抗していた。
「おいっ!ライラ!おめぇどうしたんだよっ!こんなの、変じゃねぇかっ!」
ダルバスは、のし掛かるライラを押し返そうとする。
しかし、ライラは抱きつきながら、ダルバスの体を、崖に追いやろうとしていた。
このままでは、2人とも崖下に滑落してしまう。
「ねぇ・・・ダルバスぅ・・・。一緒に・・・ね?」
ライラは、ダルバスの上にのしかかると、更に崖っぷちに押しやる。
ダルバスは決意した。このままでは、2人とも滑落死してしまう。
「ライラ。悪ぃな」
ダルバスはそう言うと、詠唱を始める。
そして、掌に現れた氷塊を、ライラの顔面に叩き付けた。
まだ、ダルバスの魔法の威力は未熟とはいえ、ライラの顔面は氷に包まれる。
「きゃああああっ!」
ライラは悲鳴を上げると、その場に蹲る。
「熱いんだろ?少しは冷めたか?」
ダルバスは、不安そうにライラを見つめていた。
やがて、ライラの頭を覆っていた氷塊は粉みじんとなり砕け散った。
ライラは、力無く、その場に横たわっていた。
「ありえねぇ・・・。何が起きていやがるってんだ・・・」
ダルバスは、今起きた事を思い返していた。
食事を持ってきたライラ。
あり得ない場所での食事。
殺害行為とも受け取れる、ライラの行動。
そして、色仕掛け。
とても、普段のライラからでは、考えられない行動だった。
それでも、ダルバスが外套をライラにかけようとした時だった。
「う・・・ん・・・」
ライラが目を覚ます。
ダルバスは身構える。また、何か妙な事をしでかすのではないかと。
「お・・・。おい・・・。ライラよ・・・」
ダルバスは、不安と警戒が交じった様子で、ライラに声をかける。
「あれ・・・。ダルバス?私、どうしたの?なんで、こんな所に・・・?」
そう言うと、ライラは身を起こす。
顔の部分が寒いのだろうか、両手で顔を覆ったその時。
ライラは、一糸まとわぬ自分がいる事に気が付いた。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁっ!」
この世の物とも思えぬ絶叫を上げるライラ。
同時に、ダルバスへの平手打ちが放たれた。
パーンパーンパーンパーンと、ムーングロウ中へ響き渡ると思われるほどの平手打ちがダルバスを見舞った。
「この馬鹿!変態!痴漢!強姦!気違い!犯罪者!何考えてんのよっ!」
ライラは叫ぶと、ダルバスが持っていた外套を引ったくり、自分の体に纏わせて蹲る。
これには、ダルバスも憤慨せざるを得ない。
「な・・・何言ってんだ!てめぇが勝手に服を脱いだくせに・・・!」
ダルバスは、ライラが元の状態に戻ったとは理解したが、現状にパニックになっているようだ。
「それに・・・。おめぇ、さっき、俺を崖下に突き落とそうとしたよな?どういう了見だ?」
蹲るライラに、ダルバスは詰め寄る。
「・・・え?」
ライラは、外套に身をくるみながら、ダルバスへ視線を向ける。
「おめぇ、どうしちまったんだ?」
警戒しながらも、豹変してしまっていたライラに問いかけるダルバス。
「ね・・・。ねぇ。ここどこ?ライキューム研究所・・・よね?」
ライラは辺りを見渡す。
「そうだ」
ダルバスは、ライラの一挙一動を警戒しながら答える。
「・・・ダルバスが、こんな事・・・するはずが・・・」
ライラは、外套にくるまりながら呟いた。
「私・・・。ムーングロウで、食事を買った後・・・」
ライラは頭を抱える。
「ぐっ・・・。頭が痛い!どうやって、ここまで来たの?」
そう言うと、ライラは頭を押さえると蹲ってしまった。
「お・・・おい!ライラ!大丈夫か!」
蹲るライラを、ダルバスは心配する。
「だ・・・大丈夫よ。取り敢えず、服を着たいから、向こうを向いていて・・・くれるかしら・・・?」
ダルバスは、ライラの言う通り、ライラに背を向け、警戒しながらも着替えを待つ事にした。
「・・・。もう大丈夫よ。振り向いてくれて構わないわ・・・」
ダルバスが振り向くと、いつもと変わらぬライラがいた。
「・・・。なぁ。何があった?さっきのおめぇの行動は何なんだ?」
ダルバスは多少落ち着くも、ライラの行動は監視しているようだ。
「・・・わからない。逆に、私が聞きたいわ?私、何をしたの?」
ライラは、まだ痛む頭をさすっていた。
「何をしたって・・・。覚えていねぇのか?」
ダルバスには、理解が出来なかった。しかし、普段のライラとは思えないほどの行動。これには、ダルバスも釈然としないでいた。
「ねぇ。教えて。私、ムーングロウの街からの記憶が無いの。私、何をしたの?」
見ると、ライラの体は震えていた。
記憶がないのであればそうなるのだろう。気が付いた時には、一糸まとわぬ姿で、しかもダルバスを殺そうとしたのだと聞かされたのだ。
「本当に、覚えていねぇのか・・・。ムーングロウにいたときは知らねぇが、おめぇがここに来た時からのだったら説明してやるよ」

 ダルバスは、ライラが戻ってきてからの、一部始終をライラに説明した。
「・・・覚えていない。なんで、私、そんな事をしたの?」
ライラは泣きそうな目で、自問自答していた。
「わからんな・・・」
これには、ダルバスにも皆目見当が付かなかった。
「ね。ダルバス。これだけは信じて。私、あなたに対して殺意や敵意などないから!」
ライラはそう言うと、顔を覆った。
「・・・わかってるよ。だが、1つ聞いていいか?」
ダルバスは、少し思い悩むと、ライラに問いかける。
「何?」
ライラは顔を上げると、ダルバスの問いを待つ。
「あ~。言いにくいんだが・・・。その・・・。魔法を使いすぎておかしくなるって事は考えられるかい?」
ダルバスは、魔法を使う人達に対しての偏見は無かった。しかし、ダルバス自身が身につけた魔法の知識に関しては、まだ浅い。
中途半端に手に入れた知識。
ダルバスは、それ故に魔法の危険性を危惧していたのだ。
「な・・・っ!あり得ないでしょ!あんたは、私が教えた事を疑う訳!?おかしいでしょ!?」
ダルバスの発言に、真っ向から否定するライラ。
「あぁ。気ぃ悪くすんな。ただ、俺も魔法に精通している訳じゃねぇからよ」
釈明するダルバス。
「はぁっ!?それじゃ、魔法が出来る私は、気が違っているってこと!?ふざけんじゃないわよ!」
ダルバスの発言に、激昂するライラ。
「い・・・いや。そんな事言ってる訳じゃ・・・」
言葉を選ばなかった事に、ダルバスは釈明する。
「・・・もういいっ!あんたに、魔法を教えた私が馬鹿だった!後は、勝手にするがいいのよっ!」
ライラはそう言うと、駆け足でその場を後にした。
取り残されたダルバス。
どうすればよいかわからず、その場に佇んでいるしかなかった。

 ダルバスは、一人残されたまま、ライラが残していった昼食のバスケットを見つめていた。
そして、散らかった食事をバスケットに纏めると、ライキューム研究所の中に戻ってくる。
もしかしたら、ライラがまだいるかもしれないという期待を込め、辺りを見渡すが、ライラの姿はどこにもなかった。
「はぁ・・・。また、やっちまったな・・・」
ダルバスは、ため息をつくと肩を落とした。
恐らく、ライラはムーングロウの街へ戻っているのだろうが、このまま帰るもの気まずかった。
ダルバスは、考えた挙げ句、図書室へ向かうと、適当な書物へ手を伸ばす事にした。
少しでも、魔法の知識を覚えて帰れば、ライラの機嫌も直るであろうと判断したからだった。

 暫く書物を手に、読みふけるダルバス。
しかし、先ほどの謎めいた出来事や、専門用語ばかりの書物に、ダルバスは理解できないでいた。
次第に、無知と自分へのふがいなさに怒りが込み上げてきていた。
それが、貧乏揺すりとなり、机を揺らしていた。
すると。
「すみませんね。貧乏揺すりをやめて貰えませんか?」
声をかけられ、ダルバスは相手を伺う。
「あ・・・。あぁ。悪ぃな。ちょいと、苛々していてよ」
ダルバスは、相手を確認した。見覚えのある人物だった。
「また、お会いしましたね。先日はどうも。あの時も、私もちょっと苛ついていたのでね。その節は、失礼しました」
相手の人物は、ダルバスの気のせいだろうか、不敵な笑みを浮かべているようだった。
「お・・・。昨日の野郎じゃねぇか」
ダルバスが確認したのは、先日のドラゴン戦の後に、ムーングロウの入り口で遭遇した人物だった。椅子に深く腰を降ろし、青いローブを纏った男性。気味の悪い印象が残っていた。
「覚えて頂き光栄です・・・。ところで?昨日お会いした時には、同伴の女性がいたと思いますが?今は、ご一緒ではないので?」
青色のローブの男性は、相変わらず捕らえ所のない雰囲気で、ダルバスに接している。
「お・・・おぅ。今は・・・その・・・。別行動でな」
ダルバスは、心を許せぬ相手に、適当な返答をする。
「別行動・・・ですか。でも、先日はありがとうございます。あなたが、私に声をかけてくれなければ、私はドラゴンの餌食になっていたかもしれませんね?」
男性は、ダルバスに対して感謝しているのか、からかっているのか。
意味不明な発言をする。
「そうか。だったらよかったな。・・・それより、あんたは、魔法使いなのか?ここで勉強をしているのかい?」
意図の読めない相手に、ダルバスは話を逸らす。
「いえいえ。私は、魔法など殆ど使えません。ここに来たのは、単なる興味ですよ。くっくっくっ」
ダルバスの問いにも、明確な反応を示さない男性。
ダルバスは、薄気味悪くて仕方がなかった。
「そうかい。ま、貧乏揺すりは悪かったな。気を付けるんで、あんたも勉強に励んでくれよな?」
ダルバスは、これ以上、この薄気味悪い男性につき合う気は無かった。
「そうですね。こちらも、お邪魔して悪かった。それでは、また・・・」
男性はそう言うと、その場から離れていった。
「相変わらず、気持ちの悪い野郎だぜ・・・」
ダルバスは、男性を見送りながらぼやいていた。

 その後、暫く勉強をしているつもりだったダルバスだが、やはり、ライラがいないとどうしようもない。
本を本棚に戻し、ライラの恩師であるダリウスを捜してみるも、その姿はなかった。
気まずい気持ちを引きずりながらも、ダルバスはムーングロウの街へ戻るしかなかった。
 とぼとぼと馬の上に乗りながら、ダルバスはムーングロウの街へと歩を進める。
途中には、先日ダルバス達がドラゴンと戦った跡が残っている。
焼けこげた残骸。既に撤去されたであろう、ドラゴンの死体。
それらも、今のダルバスには他人事のように見えていた。
今のダルバスには、何故豹変したライラがいたのかが疑問に思えていた。
そして、毎度の事だが、またライラを怒らせてしまった。
それの収拾をどうすればよいのかが、ダルバスの頭を支配していた。

 足取り重く、ムーングロウの街へダルバスは足を運んだ。
ダルバスは、そのまま先日泊まったムーングロウ学生寮へと向かう。
ここなら、ライラは帰ってきているだろうと踏んだからだ。
見ると、ライラの愛馬のラッキーは、そこに繋がれていた。
安堵の笑みを浮かべ、馬のノイから降り、宿の前に繋ぐダルバス。
 と、その時だった。
一人の男性が、猛然と宿に突入していった。
ダルバスは、何事かと目を見張る。
程なくして、宿の中からは悲鳴と絶叫が響きわたった。
ダルバスは気が付いた。悲鳴の主はライラだと。
間髪おかず、ダルバスは宿の中に飛び込む。
カウンターにいたコンシェルジュは、何が起きたのかがわからないといった感じで、ライラの部屋の方を見ている。
ダルバスは、その様子を見て舌打ちすると、一目散にライラの部屋へ飛び込んでいった。
「ライラ!大丈夫か!」
部屋の中に入ると、そこには床に横たわったライラがいた。
頭部からは多量の血が流れ、ぐったりとして動かなかった。
傍らには、一人の男性が立ちつくしていた。
男性の片手には鈍器が握りしめられており、ライラの血と思われる物がベットリと付着していた。
しかし、ダルバスが飛び込んできたにもかかわらず、逃げる訳でもなく、攻撃してくる訳でもなく、その男性は身じろぎひとつしなかった。
しかし、今のダルバスには冷静な判断をする事は難しかった。
「うおおぉぉぉぉぉっ!」
ダルバスは激昂すると、斧を構え、男性に斬りかかった。
すると、今まで微動だにしていなかった男性は、瞬時に行動を開始した。
ダルバスの攻撃から身をかわすと、持っていた鈍器をダルバスの顔面に力一杯投げつけたのだ。
怒りに我を忘れているダルバス。男性からの攻撃は回避できなかった。
鈍器は、ダルバスの顔面に直撃する。
ダルバスが男性に前進していた勢いもあって、ダルバスはその場で卒倒してしまう。
すかさず逃げる男性。
「ま・・・待ちやがれっ!」
すかさず立ち上がると、ダルバスは男性の後を追おうとした。
その時。
「う・・・」
ライラが声を上げたのだ。
振り向くと、ライラは苦しそうな表情を浮かべていた。
ダルバスは、一瞬躊躇するも、男性の追跡を諦めた。
男性は、この一瞬を逃さず、姿は街の中へと消えていってしまった。
「お・・・おいっ!ライラ!しっかりしろ!目を開けてくれ!」
ダルバスが賢明に声をかけるも、ライラの意識はない。
頭部からは未だに出血が続いており、苦しそうな声を挙げていた。
「そうだ!治療院だ!おい!頼む!至急治療院の者を呼んでくれ!」
ダルバスは、外にいるコンシェルジュに助けを求めた。
コンシェルジュは、突然の出来事に慌てふためいていたが、ライラの現状を確認すると、すぐさま治療院へ走り出していった。
ダルバスは、ライラの体を静かに持ち上げると、傍らにある寝台へと乗せる。
「なぜ・・・、こんな・・・」
ダルバスは、錯乱していた。
先ほどの、ライラの豹変ぶりと、帰ってくればライラは何者かによって瀕死とも思われる傷害を負わされてしまった。
依然、ライラは目を覚ます気配がない。ただただ、苦悶の表情を浮かべていた。
ライラの頭部からは、おびただしい血液と脳症が流れ落ち、寝台を真っ赤に染めながら、部屋中に血の臭いが充満していった。
ダルバスは、どうにかして処置を施そうかとも思うが、混乱していて何も思いつかなかった。
このままでは、ライラは間違いなく死んでしまう。
ダルバスは、その恐怖に取り憑かれてしまっていた。
「ライラ・・・。目を開けてくれよぅ・・・。いくらでも火の玉くらってやるからよぅ・・・」
ダルバスは、目尻に涙を浮かべながら、ライラの前で項垂れていた。
ダルバスの脳裏には、今までライラと一緒に行動した時の事がよぎっていた。
幼少の頃一緒に遊んだ事や、物心付いた辺りの時、お互いの生活や恋人との相談。そして、今回の旅の内容など。
思い返せば、どれだけの時間をライラと過ごしたのだろうか。
記憶を手繰れば手繰るほど、ダルバスの心には切なさが込み上げてくる。
こんな事になるのなら、もっと優しくしておけば良かったと、後悔の念も込み上げてきていた。
そして、ダルバスは、ライラが自分にとって、一番掛け替えのない人物だと言う事と、それを失い掛けている事に気が付いていた。

 ダルバスは、まだ治療院の者は来ないのかと、宿の入り口を見るが、まだ来る気配はなかった。
ライラの頬に触れるダルバス。出血のために、ライラの顔からは血の気が引き、どんどん青ざめていく。
呼吸もゆっくりとなり、今にも消え入りそうな呼吸だった。
苦悶の表情は既になく、旅立ち寸前のようにも思えた。
「そんな・・・。ライラ・・・」
ライラの髪を優しく撫でるダルバス。
ダルバスは、思わず、ライラの唇へ自分の唇を重ねていた。
自分でも、何をしているかがわからない。しかし、ダルバスの唇には、冷たくなっていくライラの感触が伝わっていた。
その様子を感じたダルバスは、ついに発狂した。
「うわあぁぁぁぁぁっ!嫌だ!嫌だあぁぁぁぁっ!絶対に嫌だっ!逝かないでくれえぇぇぇっ!」
ダルバスは、頭をかきむしると、立ち上がり地団駄を踏んだ。巨体のダルバスが小さな部屋で暴れる事により、廻りの壁はキシキシと悲鳴を上げる。
と、その時。
暴れていたダルバスの懐から、魔法の書が落ちる。
それを拾い上げるダルバス。
この魔法の書は、先日、ライラが作ってくれた物だった。
ダルバスは、落ち着きを取り戻すと、魔法の書を抱きしめた。
ライラが、魔法の書を作っている時の後ろ姿が、ダルバスの頭を支配していた。
ライラが一生懸命に作ってくれた魔法の書。今となっては、一層に愛おしく思えていた。
すると。
「ん?あ・・・。俺・・・馬鹿じゃねぇのか。俺は、魔法を使えるじゃねぇか・・・!」
一度発狂した事により、冷静さを取り戻したのだろうか。
すぐさま、バックパックから秘薬を取り出す。
そして、ためらうことなく治癒魔法を詠唱した。
「イン・マニ」
すると、ダルバスの掌には、青白い光の玉が出現する。
しかし、ダルバスの手は震えていた。
人に対しての回復魔法を試みた事が無かったからだ。
ダルバスは、自身にかけた時の事を思い出しながら、ライラの頭部へと手を近づける。
すると、光の玉はライラの頭部へ吸い込まれ、やがて光は失われてゆく。
その様子を見守るダルバス。
しかし、いくら待てども、変化は見られなかった。
これは、ダルバスの魔法力が低いためだ。それと、ライラの重傷の度合いが尋常で無い事を物語っていた。
ダルバスは、再び治癒魔法をライラに施す。
しかし、依然大した効果を得る事が出来ない。
それでも、ダルバスは何度も同じ行為を繰り返す。
やがて、ダルバスの精神力は尽き果て、魔法が使えなくなってしまった。
殆ど変化が見られないライラ。相変わらず、血の気は引いたままだった。
「くそっ!くそったれがあぁぁぁぁっ!」
ダルバスは、自分の無力さを呪った。
もう少し早く、修行が出来ていれば、もっと真面目に練習していれば、魔法の効果も変わっていたかもしれない。
後悔の念が、ダルバスを襲う。
「こうなったら・・・」
ダルバスは、魔法の書を開くと、第4サークルのページを開く。
ここには、ライラが普段使用する、高位の治癒魔法が記されていた。
まだ、一度も第4サークルの魔法に成功した事がないダルバス。
それでも、試してみるしかなかった。
「神よ・・・。今までまともに祈った事もねぇが・・・。頼む!この一度だけでいい・・・。何とか成功させてくれ・・・!」
ダルバスは、まさに神に祈りを捧げると、魔法の詠唱を試みた。
「イン・バ・マニ!」
祈りを込めた魔法の詠唱だった。
しかし、奇跡は起こらなかった。祈りは虚しく、魔法の発動はおろか、発声すら出来なかった。
ダルバスは、何度も繰り返すが、やはり不可能な現実を突きつけられてしまっていた。
「神なんていねぇじゃねぇかよ・・・。こんクソがあぁっ!」
そう叫ぶと、ダルバスは、思わず魔法の書を床に叩き付けていた。
叩き付けられた魔法の書の廻りから、細かい塵が舞い上がる。
ダルバスは、慌てて魔法の書を拾い上げた。
ライラが作ってくれた魔法の書。ダルバスにとっては、大切な物だった。
と。ダルバスは気が付いた。魔法の書の一部が破れたのだろうか。本のすき間からは一枚の紙切れがはみ出していた。
ダルバスは慌てて、破れているページを開いてみた。
そこには、たった今、ダルバスが詠唱しようとしていた第4サークルの治癒魔法があった。
良く見ると、本は破れているのではなく、一枚の紙切れが挟まっていた。
そして、それは無地の巻物にライラが書き込んだ、魔法の文字が記載されていた。
「これは・・・。どういう事だ?」
抜け落ちた、1つの魔法。
と、その時。ダルバスは、ライラの授業を思い出した。
(いい?ダルバス。魔法はね、魔法の書を使用しなくても、書写した魔法の巻物単体でも使用できるの。でもね、それは一回きり。一度使用したら、それはもう使えないから注意することね?)
(それって言うのは、使い捨て魔法みたいな物なのか?)
(そうね。そう思ってくれて構わないわ。だから、大抵の魔法使いは、魔法の書に魔法を登録して使うのよ?)
それを思い出したダルバス。
巻物を懐に入れ、秘薬をおもむろに掴むと、すがる思いで、魔法を詠唱した。
「イン・ヴァス・マニ!」
詠唱した直後だった。
握りしめられた拳から僅かな煙が発すると、ダルバスの掌から青白い光の玉が出現した。
「お・・・、おぉっ!」
ダルバスは、驚愕の声を挙げた。
魔法の詠唱に成功したのだ。
信じられない様子で、ダルバスは光の玉を見つめる。光の玉は、第1サークルで使用する治癒魔法よりかなり大きかった。
ダルバスは、震える手でライラの頭部へと手を運ぶ。
チャンスは一度きりしかない。これに失敗したら、二度と出来ないのだ。
そして、再び光の玉をライラの患部へと押しやった。
光の玉は、ライラの頭部に入り、やがて光は失われてゆく。
その様子を、ダルバスは固唾を呑んで見守っている。
すると。何という事だろう。腫れ上がっていたライラの頭部は、ゆっくりと引いてゆく。
呼吸も穏やかなものになり、ライラは安らかな寝息を立て始めていた。
「まさか・・・。成功・・・したのか?」
ダルバスは、今の現象を、にわかには信じられないでいた。
懐から、巻物を出して確認すると、魔法の文字は消え、ただの無地の巻物になっていた。
それを確認すると、ダルバスは足の震えが止まらなくなっていた。
不可能とも思えた、第4サークルの詠唱。
それが、成功したのだ。
ダルバスは、ライラの患部を確認する。
回復は順調なようだが、やはりダルバスの魔法力の影響だろうか。傷跡は残っている。腫れも完全には引いていないようだが、既に出血は止まり、完全に一命を取り留めたようだ。
震える足を押さえつけながら、ダルバスは床にへたり込む。
「・・・」
ダルバスは、放心状態だった。
ライラが助かった事により、何も考えられなくなっていた。

 程なくして。
「こっちです!急いで!」
宿のコンシェルジュが、治療院のスタッフを引き連れて駆け込んできた。
それに気が付き、ダルバスは立ち上がる。
「お・・・。すまねぇな」
ダルバスは、この時に気が付いた。完全ではないとはいえ、ライラの治療をしてしまったのだ。
どのように弁明するかを悩み始めていた。
ダルバスが悩んでいるのをよそに、スタッフはライラの容体を確認する。
「これは非道い・・・。なんて非道い出血量だ」
ライラの血で赤く染まる寝台を見ると、すぐに傷口の確認がされた。
「・・・ん?」
ライラを診断するスタッフは、不思議そうな表情を浮かべた。
無理もない。既にライラの傷口はふさがれ、血まみれの寝台とは裏腹な状態になっていたからだ。
「これは・・・。もしかして、魔法による施術の跡か・・・?」
スタッフは、ライラの傷口を確認していた。
それを聞き、ダルバスは驚きの声を放つ。
「お・・・。わかるのかい?」
スタッフは、ライラの傷跡を念入りに調べている。
「これは非道い状態だったね。頭蓋骨が陥没して、脳にまで影響が出ていたようだ。よく死ななかったものだ・・・」
そう言うと、スタッフはダルバスを振り返る。
「そ、そうか」
ダルバスは、何と答えたらよいかがわからなくなっていた。
「君は、魔法を使えるのかい?しかも、この治療は高位系の魔法でなければ出来ないはずだ」
スタッフは、しげしげとダルバスを見つめる。見た目は、どう見ても戦士の格好だからだ。
「いや・・・まぁ。その通りだぜ」
ダルバスは観念したのか、魔法治療の行為を認めた。
ダルバスの答えを聞くと、スタッフは多少不満を込めた発言をする。
「なんだ。高位の魔法が使えるんだったら、私の出番はないじゃないか。何で、呼んだんだい?」
スタッフの言葉に、ダルバスは違和感を感じていた。このスタッフは、魔法治療に対して抵抗がないのだろうか。
「お、おう。そうなんだけどよ。これ以上、高位魔法は使えないんでな」
ダルバスは、バツが悪そうに答える。
「どういう意味だい?君は、魔法使いなのだろう?もう一回ほど、高位魔法をかければ、この娘は完治するじゃないか。私の魔法力では、これ以上は無理だがね」
その言葉を聞き、ダルバスは驚いた。このスタッフは、ブリタニアでも数少ない魔法治療が出来る人物なのだと。
「お、おめぇも、魔法を使って治療をするのか?」
「そう。ここムーングロウにある治療院は、魔法と医学を併用して、患者を治療している。君は、魔法使いみたいだから、魔法治療に抵抗はないだろう?」
スタッフは、悪びれる事もなく、自身をダルバスに紹介した。
「・・・なるほどな。なら、話が早いぜ」
ダルバスはそう言うと、ダルバスが施した治療の経緯をスタッフに説明した。
「なるほど。元々は、私と同じく高位系の魔法は使えなかったのか。しかし、考えたな。巻物の状態から魔法を詠唱するとはね。確かに、魔法の難易度は、巻物の状態の方が下がる物なんだよ。但し、君も知っているだろうが、一度使用すると、それは二度と使用できなくなる。魔法の書に登録しておけば、何度でも使えるからね」
スタッフの説明に、ダルバスは納得がいった。
なぜ、あれほど試みても詠唱が出来なかったのに、巻物の状態であれば成功できたのかを理解した。
「そうだったのか。知らなかったぜ」
ダルバスは、安堵の息を漏らす。
「さて、これ以降の治療は、医学の出番だね」
スタッフはそう言うと、ライラの治療の準備を始める。
寝台は、血まみれになっているために、一度、ライラを隣の部屋の寝台に移す事となった。
ダルバスは、ライラを抱えると、隣の部屋へと移動する。
そして、体に付着している血液を拭き取り、血まみれの服を、宿が用意した夜着に着替えさせた。
スタッフは、薬品や医療器具を取り出すと、ライラへ治療を施す。
既に治りかけているため、治療は殆ど時間がかかることなく終了する。
「これでよし・・・と。殆ど問題ないみたいだね。一応処置はしておいたから、心配しないでいいよ。ただ、頭部の傷口だが、残念ながら残ってしまうかもしれないね。まぁ、もしまた高位系の巻物を手に入れたら、それを使って治すといい」
スタッフは、完治の示唆をする。
「あぁ。それなら問題はないぜ。こっちのライラは、俺より魔法に優れているんだ。目が覚めたら、自分で治すだろうよ」
ダルバスは、自慢げにライラを紹介している。
「へぇ。凄いな。魔法使いは少ないのに、ここに3人も揃うとはね。しかも、この方は高位系の魔法も使えるとは」
スタッフも、この様子には驚いているようだ。
「まぁ、類は友を呼ぶとも言うからな。また何かあったら、宜しく頼むぜ?」
ダルバスは、魔法の仲間が増えた事により、嬉しそうな表情を浮かべる。
「そうだな。この方が目覚めたら、是非教えを乞いたいもんだ。羨ましい限りだよ。もっと魔法が使えれば、沢山の人を救う事が出来るからね」
ダルバスは、この言葉をライラに聞かせてやりたかった。
ライラとブリテインにいた時には、同じ治療院でも、魔女扱いされたと聞いている。
ここだったら、ライラは喜ぶ事だろう。
「まぁ、ともかく。お大事に。そうそう。この薬を置いていこう。目覚めた時に、まだ虚脱感などあれば、飲ませるといい」
スタッフはそう言うと、白い液体が入ったビンを、ダルバスに手渡した。
「おう。悪いな。じゃ、今夜はライラの看病をさせてもらうとするわ」
薬を受け取ると、ダルバスはスタッフに礼を述べる。
「そうするといい。・・・それより、襲撃した人物の捜索はしなくていいのかい?」
当然の質問だった。
「それも考えてはいるんだがよ。俺がここを離れたら、また危険が及ぶかもしれねぇ。とりあえず、後で衛兵を呼んで相談してみる事にするわ」
 ダルバスは、襲撃した者の顔を思い浮かべていた。
すると、今思い出すと、襲撃者はとても場違いな表情をしていた事を思い出す。
それは。恐怖だ。
襲撃者は、ダルバスが飛び込んできたにもかかわらず、何の警戒もしていなかった。
そして、いざ襲いかかってきた時の表情は、凄まじい恐怖にかられた表情をしていたのだ。
その時、ダルバスは激昂していたために、お構いなしに攻撃をしたのだが。
ダルバスは、首を傾げる。あのような恐怖に駆られた状態で、人に対して攻撃など出来るものなのかと。
「どうしたんだい?」
考え込むダルバスを、スタッフは見つめていた。
「あ・・・あぁ。なんでもねぇ。まぁ、後で衛兵と相談する事にするわ」
「そうか。それでは、私は帰る事にしよう。何かあったら、治療院においでなさい」
スタッフはそう言うと、宿を後にした。

 隣の部屋では、寝台の交換がされているようだった。
ドタバタと、人が動く音が響いている。
ダルバスは、安らかな寝息を立てているライラを見ると、改めて安堵を感じていた。
そして、考え込む。
結局、あの襲撃者の目的は何だったのか。物取りにしては様子がおかしかった。事実、何かを盗まれたような形跡はない。
なら、なぜライラが狙われたのか。恨みを持たれるような事を、ライラは過去にこのムーングロウで行ったのか。これも、考えにくい事だが、ライラが目を覚ましたら聞いてみるしかない。

 時間はまだ早い。夕暮れまでにはまだ時間があったので、ダルバスはコンシェルジュに頼んで、衛兵を呼んで貰う事にした。
程なくすると、数人の衛兵がダルバスのもとを訪れる。
ダルバスは、事件の成り行きを事細かく説明し、犯人の人相や逃走方向などを説明した。
衛兵達は、現場の調査を行った後、何かわかり次第連絡をくれると言い残し、捜査のために立ち去っていった。

 ライラは依然眠ったままだ。
ダルバスは、万が一の襲撃に備え、自分の寝袋をライラの部屋に持ってくると、今夜はライラの部屋で就寝する事にした。
早めの夕食を済まし、この日は早めに寝る事になる。
しかし、やはり熟睡は出来なかった。
部屋に施錠がしてあるとはいえ、木製の扉は斧などで叩き壊されたらそれまでだし、様々な事に警戒していると、ダルバスはなかなか寝付けないでいた。

 そして、寝付けぬままに夜が明ける。
窓からは、朝日が差し込み、鳥たちの心地よい声が鳴り響いていた。
ダルバスは、眠い目をこすると目を覚ます。
そして、すかさずライラを確認すると、まだ眠りに落ちているようだった。
ダルバスは少し不安になる。いつまで昏睡しているのだろうか。治療院のスタッフは問題ないと言っていたが、ライラが目覚めるまでは、不安は払拭出来ないでいた。
ダルバスは、簡単な朝食を済ますと、ライラの部屋で、ライラが目覚めるのを待つ事にした。
その間、ダルバスは魔法の練習に励んでいた。
攻撃系の魔法は、この部屋では使えないので、それ以外の魔法を反復練習する。

 練習をする事数刻。
ダルバスは、人の視線に気が付いた。
すかさず、斧を手繰り寄せるダルバス。
確認すると、窓の外から覗き込んでいる者がいた。
そこにいたのは、先日、ライキューム研究所でも会った男性だった。
ダルバスと目が合うと、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべ、その男性は立ち去ってしまった。
「なんなんだ、あいつは・・・。まさか、今回の事件に関わっているわけじゃねぇよなぁ・・・」
疑念を抱くも、証拠もないし、憶測すらできない。ダルバスは、気味悪がる事しか出来なかった。

 その後も、ダルバスは練習を続ける。
すると、手持ちの秘薬が底を突いてしまったため、申し訳なくもライラの秘薬を拝借する事にした。
ライラの荷物を漁るのも気が引けたが、秘薬だけならと、ライラのバックパックを開いた。
すると。
「あらぁ?私の荷物を漁るなんて、困ったちゃんねぇ?」
その言葉に、ダルバスは本気で飛び上がった。
振り返ると、ライラは横たわったまま、ダルバスへ微笑みかけていた。
「お・・・おめぇ・・・。目が覚めたか!」
ダルバスは、目を覚ましたライラに対し、安堵の息を漏らしていた。
「うふふ。相変わらず、魔法の練習に励んでいるようね?」
寝台の上で、ライラは嬉しそうな声を上げる。
「体は、大丈夫なのか?頭は大丈夫なのか?」
ダルバスは、ライラに近寄ると、不安げな表情を見せていた。
「頭が大丈夫かですって?馬鹿にしているの?私は、あんたのような、脳みそ筋肉馬鹿じゃないからね?」
ライラは、くすぐったいような笑みを浮かべると、ダルバスを見つめていた。
「だあぁっ!違う!頭の傷は大丈夫かって聞いてんだ!」
ライラが目覚めた事により、嬉しさを感じているが、やはり恥ずかしさは隠せない。ダルバスはぶっきらぼうに答える。
「えぇ。大丈夫よ?どっかの筋肉馬鹿が、力ずくで私を魔法治療してくれたからね?」
ライラは、そう言うと、仰向けになり目を閉じた。
「お・・・おいっ!大丈夫・・・なんだよな?」
ダルバスは慌てる。このまま、また目を覚まさなかったらどうしようかと思ったからだ。
「ダルバス・・・。ゴメンね?また、私、このムーングロウに来て、助けられちゃったわね?」
ライラは目を閉じながら、ダルバスに話しかける。
「あ?あぁ・・・。そんな事、気にすんなよ・・・」
ダルバスは、恥ずかしそうにしていた。
「まさか、あなたが第4サークルの魔法を成功させるなんて、思わなかったわ?」
そう言うと、ライラはおかしそうにクスクスと笑った。
と、ダルバスに疑問が発生した。
「お・・・。おい。俺が第4サークルの魔法を使用したなんて、なんで知っている?おめぇ、その時は昏睡状態だったじゃねぇか」
ダルバスは、今のライラの話を総合すると、話の辻褄が合わない事を指摘した。
「あぁ。御免なさいね。実は、私、全部ではないけれど、殆どの事がわかっていたのよね」
ライラは、寝台に横たわりながら話を続ける。
「実はね?私が、あの襲撃者に襲われた時、致命的とも言える怪我を負ったの。それで、そのまま気を失ったのだけれども、意識は残っていたのよね。今思えば、不思議な感覚よね。私は、私を見下ろしていたの」
ライラは、当時の状況を説明する。
絶命寸前だったライラ。肉体としての意識はないが、いわゆる魂としての意識はあったという。
ダルバスは、その話に聞き入っていた。
「いわゆる、幽体離脱とでもいうのかな。今でも、信じられないけれど、私は私の状態をこの部屋の中で見ていたわ。そして、私の体の血が抜けていった時に、あぁ、私は死ぬんだなって思ったの」
ライラは、自分の身に起きた事を淡々と説明する。
「そうしたらね。体がフッと空に浮く感じがしたんだけれど、何かの意思が、私を押さえつけたのよね。相手はわからない。もしかしたら、ご両親かもしれない。そして、自分の体を見ていたら、あんたが発狂して、第4サークルの魔法を成功させるところが見えたのよ。その瞬間、私は自分の体に戻って来られた訳。その後は、深い闇に包まれて、眠りに落ちたって訳なのよ」
ライラは、事の終始をダルバスへ説明した。
それを聞いて、青ざめるダルバス。
「見ていた・・・って事は、俺の行動も、見ていたって事か?」
ダルバスは、自分が困惑したり、ライラに唇を重ねたり、発狂したりしてしまっていた。それを見られていたと言う事は、ダルバスにとって、とても恥ずかしい事になる。
「ええ。見ていたわ?」
ライラは、容赦もなく現実をダルバスに突きつけた。
「それでね?私、今目覚めたんじゃないの。私は、今朝には目覚めていたんだけれども、体がだるいのと、あんたが魔法の練習に一途だったので、声をかけられなかったのよね?」
恥を隠そうとするダルバスに、ライラは追い打ちをかけた。
「ぐ・・・。いいじゃねぇか!ともあれ、おめぇは目を覚ました!取り敢えず、休めやっ!」
ダルバスは、ライラに背を向けると何も喋らなくなってしまった。
ライラからは見えないが、ダルバスの瞳には大粒の涙が溢れていた。
いつものライラが戻ってきた。一命を取り留めた。
ダルバスは、嗚咽を上げる事もなく、涙を流していた。

 ライラはその様子を察したのだろう。
暫く声をかける事はなかった。
そして、傷は治ったとはいえ、体力の回復はまだ時間がかかりそうだった。
痛む頭を押さえながら、ライラは再び目を閉じた。
 数刻後。
時刻は昼過ぎを迎えようとしていた。
「ねぇ。ダルバス。私、お腹空いちゃった」
ライラは目を開けると、ダルバスに声をかける。
「お。おう。そうか。確かに、てめぇは昨日の昼から何も食っちゃいねぇものな。わかったぜ、宿に何か作れねぇかを聞いてくるぜ。何が食いたい?ここで用意できなけりゃ、探してくるぜ?」
ダルバスは、確かに心配していた。先日から食事を摂っていないライラ。ライラの食欲を聞き、嬉しそうな声を挙げた。
「気にしないでいいわ。取り敢えず、お腹が膨れる物。御免なさいね。じゃ、お金を渡すからちょっと、待ってね」
ライラは、体を起こすと、自分の財布からお金を取り出そうとする。
「おい!起き上がって大丈夫なのかよ!金の心配はいらねぇから寝ていろって!」
ダルバスは、慌ててライラを窘める。
「いいのよ。ほら、お金を受け取りなさい?」
そう言うと、ライラはお金を寝台の上に置いた。
渋々と、それを取りに手を伸ばすダルバス。
その時だった。
ライラは、手を伸ばしたダルバスの手を引くと、ライラはそのままダルバスを自分のもとへと手繰り寄せた。
「私。今、正常よ?そして、お返し」
ライラは悪戯っぽい笑みを浮かべると、ダルバスを引き寄せ、唇へキスをした。
「・・・っ!」
突然の出来事に、ダルバスは言葉を失う。
「・・・。ありがとね?本当に私を心配してくれて・・・。嬉しいわ?」
ライラはそう言うと、恥ずかしそうに視線を逸らすと、ダルバスを押し離す。
「さ・・・。お昼ご飯をお願いね?」
ライラはそう言うと、布団の中へ隠れてしまった。
ダルバスは、一瞬呆然とするも、何事もなかったかのように、部屋を後にする。

 暫くすると、ダルバスはバスケットを片手に部屋に戻ってくる。
「ほら。昼飯だ。食えよ」
まだ恥ずかしさが残っているのだろう。ダルバスは、ぶっきらぼうにライラへ昼食を手渡した。
ライラは起き上がると、それを受け取る。
「ありがとう。お腹ペコペコだったのよね」
そう言うと、ライラはバスケットの中からパンとチーズを取り出すと、早速頬張っていた。
その様子を、何とも言えぬ表情で、ダルバスは見守っている。
「ほら。ダルバスも食べなさいよ。美味しいわよ?」
ライラはそう言うと、バスケットをダルバスに押しつける。
ダルバスは、ライラからバスケットを受け取ると、無造作にパンを取り出しかじっていた。
無言のダルバス。
「ね・・・ねぇ。ほら、さっきのはね?私の感謝の気持ち。私みたいな美女からの接吻って嬉しいでしょ?」
ライラは、ダルバスの態度を見て、慌てて釈明をする。
「あぁ?美女?そんなもん、どこにいんだ?」
ダルバスは憮然としながら、辺りを見渡してみる。
「ここにいるじゃない!ったくもぅ」
ライラは、文句を言いながらも、いつもの状態に戻れた事に安堵していた。
「あ~。本当の美女といいことしてぇなぁ?こりゃ、夜の街を徘徊するしかねぇかなぁ?」
ダルバスは、ライラの意図を汲んだのだろうか。ライラを茶化してみせる。
「目覚めの肩慣らしに、ちょっとあんたを燃やしてみましょうかねぇ?」
ダルバスの発言に、いつものライラの反応だった。

「それよりよぅ・・・。その・・・。先日は悪かったな。言い過ぎたよ」
ダルバスは、ライキューム研究所での出来事を謝罪する。
「いいのよ。私もあのような事の直後だったから、混乱していたのよね。こちらも悪かったわ。御免なさいね?」
ライラも素直に謝罪した。
「お・・・、おう。そう言ってくれると助かるぜ。
ダルバスは胸をなで下ろしていた。
「それより・・・。なんか、妙な事が立て続けに起こっているような気がしない?」
ライラは、ムーングロウへ来てからの出来事を思い返す。
「そうだな。ドラゴンの襲撃。ライラの豹変。そして、昨日の襲撃事件・・・。意味がわからねぇな・・・」
「そうよね。ねぇ。ちょっとおかしいと思わない?」
ライラもこの現状に、疑念を抱いていた。
「なぁ。ライラ。昨日に引き継いで無礼な質問で申し訳ねぇんだがよ」
ダルバスは、再びライラを怒らせないように、慎重に声をかける。
「何?気にしないでいいわよ?」
ライラは、ダルバスの意図を汲んだのだろう、質問を促した。
「その・・・。おめぇ。このムーングロウで敵を作ったり、過去に恨みなどを買うような事はしていないよな?」
恐る恐る、ダルバスはライラに問いかける。
「なるほどね。確かな疑問だわ。でも・・・」
ライラは、思い当たる節があるかどうか、暫く考え込む。
「ない・・・わよねぇ。あり得ないわ。ただ、ライキューム研究所では、私の資質を妬む者もいたけれど、それが今回の事件と結びつくのは無理があるものね」
ライラは、否定の意を見せる。
「だよなぁ・・・」
ダルバスは腕を組み、首を傾げた。
「ただの、偶然だったらいいんだけれどね。偶然じゃなく、誰かの意思が働いているとすれば、今後は注意が必要ね」
ライラは警戒を促す。
ふと、その時ダルバスは思いついた事があった。
「そう言えばよ。覚えているか?ドラゴンと戦った時に会った、あの薄気味悪い野郎だ」
「えぇ。覚えているわよ?何か、関係があるのかしら?」
ライラは疑問に思う。ライラが会ったのは一度きりだったが、確かに気味の悪い男性だった。
だが、それだけで、今回の事件の犯人と決めつけるには無理があるからだ。
「それなんだがよ。俺は、その後に2度ほど目撃しているんだ」
ダルバスは、事の経緯を説明する。
最初は、ドラゴン戦の時。次は、ライラが豹変した後。最後は、少し前に窓から視線が合った時など。
「ちょっと、おかしくねぇか?何かが起きた前後に、必ず奴の姿があるんだ」
「なるほどねぇ・・・。でも、それと今回の事件がどう結びつくのかしら?」
当然の疑問だった。
「それは・・・わからねぇ。奴自身が何かをしている訳じゃねぇからな」
ダルバスは、さすがに答えを出す事は出来ないようだ。
「偶然かもよ?小さい島や街だからね。人口もそんなに多くないしね?」
ライラが、その男性を思いだしている時だった。
突然の頭痛がライラを襲った。
「ぐ・・・あ・・・っ!頭が・・・痛い!」
突然の頭痛に、ライラは頭を押さえ込む。
「お・・・、おい!大丈夫か!」
ダルバスは慌てて、ライラの容体を伺う。
頭の傷口がまた開いてしまったのかと思って確認するが、それは無いようだった。
治療院のスタッフは、脳にまでダメージが及んでいたとも話していた。ダルバスはそれを危惧する。
ライラは、暫く蹲っていたが、程なくすると頭を上げた。
「だ・・・大丈夫。もう、痛みは引いたから・・・」
ライラはそう言うと、寝台に横たわった。
「大丈夫か?治療院のスタッフを呼ぶか?」
心配そうに、ダルバスはライラに声をかける。
「大丈夫よ・・・。ねぇ。それより聞いて?」
多少呼吸を乱しながらも、ライラは話を続けた。
「ねぇ。今の頭痛の瞬間。私、あの気味の悪い男性に、一度会ったような気がしたの。あれは、昨日ムーングロウの街へ昼食を買いに行った時ね。お店から出て・・・、その時に、確か・・・。ぐっ!頭が・・・っ!」
そこまで話すと、ライラは再び頭を押さえ込む。
「ライラ!」
ダルバスは、無我夢中で第1サークルの治癒魔法を、ライラへ施した。しかし、その効果は現れない。
「大丈夫・・・大丈夫だから・・・」
ライラは息を荒くしながら、呼吸を整えていた。額には、大粒の汗が浮かび上がっている。
ダルバスは為す術がない状態で、ライラを見守る事しか出来ない。
「・・・ふぅ。大丈夫みたい」
ライラは体を起こすと、軽く頭を振った。
「本当に大丈夫か・・・?そうだ、まだ頭に傷が残っているせいかもしれねぇ。ライラよ、ちと辛いかもしれねぇが、自分で残りの傷を治療したらどうだ?」
ダルバスは提案する。
「あ。確かにそうかもね。じゃ、ダルバス。ちょっと私のバックパックを取ってくれるかしら?」
ダルバスが、バックパックを手渡すと、ライラは2枚の鏡を取り出すと、自身の傷口を確認した。
そして、魔法を詠唱すると、患部の治療を行った。
残っていた傷口は、瞬く間に消えてゆく。
それを見ていたダルバス。
「は~。やっぱりすげぇな」
感嘆の声を上げる。
「・・・そう言えば、何であの時、魔法の書から巻物が飛び出してきたんだ?」
ダルバスは、第4サークルの魔法を詠唱した時を思い出していた。
ライラからは、魔法の書へ登録した魔法の取り出し方など教わった覚えはない。
「そういえば、そうね。そんな方法、聞いた事もないわ?」
ライラも、自身が昏睡状態の時にダルバスの様子を見ていたが、今思えば不思議な事だった。
「ねぇ、ダルバス。あんたの魔法の書を見せてくれるかしら?」
ライラは、ダルバスを促すと、ダルバスの魔法の書を手にする。
確認すると、確かに、ダルバスの魔法の書からは、第4サークルにあるはずの、治癒魔法だけが欠落していた。
「・・・あり得ない。聞いた事がないわ。一度登録した魔法が抜け落ちるなんて・・・」
ライラは、現実を確認すると、首を傾げていた。
「でも、この事態が無ければ、私は間違いなく死んでいたわね・・・」
ライラは、複雑な表情を浮かべていた。
「その・・・悪いがよ。俺がかんしゃくを起こして、本を叩き付けた時なんだよな。その時に、その巻物は現れたんだ」
ダルバスは、当時の状況を説明する。
「わかっているわ。見ていたからね。でも、そんな事あり得るかしら・・・。ねぇ。ダルバス。私のこの魔法の書を、力一杯床に叩き付けてみてくれる?」
そう言うと、ライラは自分の魔法の書をダルバスに手渡した。
「あ・・・?。いいのか?破れちまうかもしれねぇぞ?」
ダルバスは、書を手にするもとまどいを見せた。
「構わないわよ。破れたり、壊れたりしたら、また作ればいいからね?」
ライラは、躊躇うことなくダルバスを促した。
それを聞くと、ダルバスは立ち上がり、魔法の書を、力一杯自分の足下へ叩き付けてみた。
パーンという音を上げると、細かい粉塵を挙げ、魔法の書は悲鳴を上げる。
しかし、表紙に多少の汚れが付いただけで、変化は起きなかった。
何度か試みるも、魔法の書から巻物が出現する事は無かった。
「・・・駄目だな。同じ現象は起きねぇようだぜ?」
ダルバスは、魔法の書を拾い上げ、損傷箇所を確認する。
多少、表紙などには傷が入ってしまっているようだが、中のページには全く損傷は見受けられなかった。
「やっぱり、そうよね。そんな話、聞いた事がないわ?」
ライラは、ダルバスから魔法の書を受け取ると、状態を確認していた。
「なんで、そんな現象が起きたんだ?」
「さぁ・・・。もしかしたら、しつこくあんたが、不可能な第4サークルの魔法を詠唱したので、嫌気がさしたのかもね?あはは?」
ライラは冗談で誤魔化していた。
「嫌気って・・・。ありえるのかよ」
ライラの冗談にも、ダルバスは真面目に受け止めていた。
「冗談よ。普通は、そんな事あり得ないからね。・・・。わからないけれど。これこそが、奇跡かもしれないわね。あんたは、神に祈りを捧げた。そして、それを見ていた私は、あの世に行く寸前の時に、何かの意思に留められた。理屈や根拠は無いけれど、それらの意思が働いてその様な事になったのかもしれないわね」
ライラは、真摯に現実を受け止めている。
「わからねぇが・・・。そうなのか?」
ダルバスは、未だにその時の事態を飲み込めていないようだ。
「私にも、わからないわ。ともあれ。さ、空白になった巻物を寄こしなさいな?もう一度、魔法の書に登録しましょ?」
ライラは、ダルバスを促すと、空白になってしまった巻物に、ペンを走らせ、再度魔法の書に登録を行った。
「でも、備えあれば憂いなし、とはこの事ね。全部の魔法を登録しておいてよかったわ?していなかったら、私は今頃あの世に行っていたでしょうからね?原因は、わからないけれど、抜け落ちた魔法の巻物によって、私は救われたみたいだからね」
ライラは、感無量と言った感じで、魔法の書をダルバスに手渡す。

「悪ぃな。手荒な真似をしちまったが、今後は気を付ける事にするわ」
ダルバスは、ライラから魔法の書を受け取ると、大事そうに懐にしまい込む。
「いいのよ。ところで・・・。話を戻しましょ?」
ライラは、思い出したように話を続けた。
「ねぇ。さっきも言ったけれど、私、その気味悪い男性と会った気がするのよ」
ライラは、軽い頭痛を抑えながらも、ダルバスに説明する。
「あ?ライラも、奴に遭遇しているのか?」
ダルバスは、驚きの声を上げる。
「えぇ。定かでは無いのだけれど、ムーングロウの街で昼食を買って、店を出た後に、会った気がするのよね」
ライラは、頭痛を抑えながら、当時の状況を思い出していた。
「それで?奴は何をしたんだ?」
ダルバスは、核心を求める。
「それが・・・。覚えていないのよ。彼を見たのは、確かなんだろうけれども、その後は覚えていないわ?」
ライラは、記憶の糸を手繰ろうとしているが、どうにも思い出せないようでいた。
「ふ・・・ん・・・。なんとも、雲を掴むような話だな。奴が怪しいのは確かだが、何の証拠もありゃしねぇ・・・。会った後に、ライラの記憶がなくなるか・・・」
ライラの話を聞き、ダルバスは、ますます疑心暗鬼に陥っていた。
「私も、何かをされた覚え・・・記憶はないからね」
ライラも首を傾げざるを得ない。
「ねぇ。ダルバスは、その男性と会った後に、記憶がないなんてことあった?」
ライラも、その男性がダルバスにも何かをしたのかもしれないと言う疑念を抱いた。
「・・・。いや。多分ねぇぜ?記憶の空白は・・・ないな」
ダルバスは断言する。
「そうよね・・・。私、あの時一体どうしちゃったのかしら?」
ライラは、どうしても思い出せない記憶に、悩んでいるようだった。
「・・・。まぁ、わからんもんは、わからん。ともあれ、ここムーングロウの街は、今の俺達にとっては危険と判断しねぇか?おめぇの容体が回復次第、街を離れる事を考えた方がいいんじゃねぇか?」
ダルバスは、ムーングロウの街を離れる事を提案する。
「そうね。私も、同じ事を考えていたわ?どうする?今すぐにでも、出発する?」
ライラは、ダルバスの提案に乗ってくる。
「い、今すぐって。おめぇ、体調は大丈夫なのかよ?」
すぐさま行動の意思を見せるライラに、ダルバスは心配する。
「あぁ。大丈夫よ。どっかの筋肉馬鹿が、一生懸命看病してくれたからね?」
ライラは、そう言うと恥ずかしげな笑みを浮かべた。
「・・・ならいいけどよぅ。頭痛はどうなんだ?なんだったら、出発前に治療院に行って診療して貰ってもいいんだぞ?」
ダルバスは、ライラの体調だけが心配だった。
「ううん。大丈夫よ。確かに、このままでは私達に危険が及ぶかもしれないからね?善は急げよ?出発しましょ?」
ライラはそう言うと、寝台から降り、出発の準備を始めた。

 その時だった。
部屋をノックする者がいた。
ダルバス達は、身構える。
「ライラ殿とダルバス殿の部屋はこちらか。扉を開けられよ」
扉の外からは、衛兵の声が聞こえてきていた。
ダルバスは胸をなで下ろす。
「おう。ちょっと待ってくれや。今、開けるからよ」
そう言うと、ダルバスは、扉の施錠を外し、衛兵を迎え入れる。
すると、数人の衛兵が入り込んで来る。
「早速で、申し訳ないが、貴様らの荷物を確認させて頂きたい」
衛兵はそう言うと、ダルバス達の荷物の検査を促した。
「はぁ?どういう事だ?」
衛兵達の態度に、ダルバスは疑問を抱く。
ダルバスの言葉をよそに、他の衛兵がライラの部屋の扉を閉じ、施錠をしてしまった。
「ちょっと!あんた達は、昨日の襲撃者の情報を持ってきたのではなくて?」
ライラは、突然の出来事に言葉を荒げる。
「心配するな。貴様らの逃亡防止のための処置だ」
衛兵は、無表情に答える。
「逃亡防止?」
ダルバスは、衛兵の言葉に訝しむ。
「先日、貴様が目撃したという襲撃者だが。・・・明朝、死体となって発見された」
衛兵の言葉に、ダルバス達は衝撃を受ける。
「死体!・・・殺された?」
ダルバスは、絶句する。
「そうだ。そこにいる女性が殺傷行為をされたとはいえ、それを恨んでの復讐行為は禁止されている。ダルバス。貴様へは、犯人殺害容疑がかけられている。おとなしく、取り調べを受けるがいい」
衛兵の言葉を聞き、ダルバスは納得がいった。
要は、ダルバスが恨みのあまりに、犯人への殺害を試みたとの容疑がかけられているわけだ。
「いいぜ?俺は、昨日の事件から、この宿を出ちゃいねぇ。コンシェルジュにも確認して貰って構わねぇぜ?ほれ。荷物も全部調べな」
ダルバスは、そう言うと、抵抗を一切見せつけなかった。
衛兵達は、それを無視すると、ダルバスとライラの荷物を調査し始める。
「ダルバス・・・。大丈夫かしら・・・」
ライラは、不安そうな視線をダルバスに送っていた。
ライラはブリテインでの出来事を思い出していた。
ダルバスは、ブリテインでの喧嘩で、証拠不十分にもかかわらず、連行され、投獄されてしまった。
その様な事が、またここで起こるのではないかと、危惧していたのだ。
「大丈夫だ。俺は、何もしちゃいねぇ」
ダルバスは、ライラの肩を引き寄せると、安心するように促す。
 暫くすると。
「やはり、無いようだな」
衛兵は、残念そうに声を上げる。
「無い?何がだ?」
ダルバスは質問する。
「容疑者のお前に、詳しく話をする事は出来ないが。凶器だ。それが無いのだ」
衛兵は、ダルバスの斧を持ち上げると、苦笑いを浮かべた。
「貴様の獲物は、この斧で間違いがないな?」
衛兵は、ダルバスに問いつめる。
「おう。間違いないぜ?襲撃者の傷跡は、この斧で叩き切ったものなのかい?」
「いや。奴の体は、刀で心臓を一突きにされていた。しかも、抵抗する様子もなくな」
衛兵の話を聞き、ダルバス達は疑問を抱いた。
「抵抗していない?どういう事だ?」
「普通、人が争えば、体に無数の傷後が残るものだ。それが、今回の人物にはない。だからと言って、背後からいきなり刺された様な傷跡ではないのだ」
衛兵は、死亡した男性の状況を説明する。
「こんな言い方はしたくはねぇが、もし、俺が犯人だとして、凶器を海に投げ捨てたとしたらどうなんだい?」
ダルバスは、あえて自分に不利な発言をしてみせる。
これは、駆け引きだった。容疑をかけられている自分。そして、真相を探している衛兵。あえて、協力的な姿勢を見せてみた次第だった。
「それは、あり得ん」
衛兵は、真っ向からそれを否定した。
「なんでだい?」
「実は、先日からこの宿を警戒させて貰っていた。それは、無論襲撃者から貴様らを守るためだ。その時に警戒していた衛兵からは、貴様らはこの宿から出ていないとの報告を受けているからだ」
衛兵は、事の事実を伝える。
「なんだそりゃ?だったら、俺は容疑者から外れているじゃねぇか」
ダルバスは、衛兵の言葉に呆れ顔になる。
「確かにそうだ。但し、貴様が衛兵の目を盗んで、宿を抜け出したのかもしれない事を言っているのだ」
もっともな意見を述べる衛兵。
「なるほどな。てめぇの言う通りだ。ま、構わねぇ。気の済むまで調べてくれよ?」
ダルバスは、両手を挙げると、降参の意を表す。
「もう済んだので、その必要はない。それより、我々とご同行願おうか。殺害された人物が、貴様を襲撃した者と同じかどうか、確認したいのでな」
衛兵はそう言うと、ダルバス達に確認の準備を促した。
「ライラ。歩けるか?」
ダルバスは、ライラの体調を確認する。
「大丈夫よ。今すぐにでも、出発しようとしていたのですからね?」
ライラはそう言うと、簡単に荷物を纏めると、出発の意思を表した。
「では、ご同行頂こう」
衛兵は、ダルバス達を促すと、宿を後にした。

 時刻は、昼をとうに過ぎた頃だった。
衛兵達と一緒にやってきたのは、ライキューム研究所へ続く街の出口だった。
促されるままに付いてゆくと、そこには一人の死体が横たわっていた。
「ひっ!」
ライラは、短い悲鳴を上げる。
「辛いものを見せてしまってすまない。ただ、どうしても確認が必要なのでな」
衛兵はそう言うと、確認を求めた。
ダルバスとライラは、確認するために男性の死体へと歩みを寄せた。
男性の死体は、椅子の上に横たわっており、動く事はない。
ライラは、ダルバスの背後にしがみつき、自分を殺そうとしたであろう人物を確認していた。
男性の表情は、ダルバスが見た時と同じく、恐怖の形相のまま息絶えていた。
「間違いねぇ。こいつだ」
ダルバスは、ポツリと呟いた。
「間違いないか?」
衛兵は、ダルバスに問い寄る。
「ま、間違いないわ。彼よ・・・」
ライラも、男性を覚えているのだろう。しかし、ライラの記憶にはない人物だった。
ダルバスは、確認する。男性の胸元には、刀か槍で貫かれたであろう傷跡が残っていた。
ダルバスが、斧で殺害したとなれば、このような傷跡にはならない。
確かに、抵抗した後も無いようだ。男性の体には、貫かれた傷が1つしかないようだった。
「そうか。それならば、貴様達は罪に問われる事はない。真犯人は、別にいることだろう」
衛兵の言葉を聞き、ダルバス達は安心する。
「それじゃ、俺達は無罪放免って事でいいのか?」
「あぁ。当面はな。疑いが晴れた訳ではないが、証拠がないからな」
衛兵は、苦笑を浮かべる。
「そうか。ならよかったぜ。俺達は、出発しようとしていた直前だったからな」
「なるほど。一応、この後の行き先だけは聞いておこう。どこへ行くのだ?」
ダルバスの言葉を聞き、衛兵は念のために行き先を確認する。
「あぁ。そう、遠くないぜ。この島にいる、友人に会いに行くんだ。動物園の側だぜ?」
ダルバスはそう言うと、街の南方を指さす。
「わかった。もし犯人がわかったら、使いの者を走らせよう。すまなかったな。もう、行って構わないぞ」
衛兵はそう言うと、ダルバス達を解放した。
「わかったぜ。何かわかったら、連絡くれや」
ダルバスはそう言うと、現場を後にして、宿へと足を運んだ。

「さて、それじゃ、また面倒な事が起きる前に、出発するか」
ダルバスは、自分の荷物を纏めると、ライラの部屋へと足を運ぶ。
「おう。そっちは大丈夫かい」
ダルバスはライラに声をかける。
「ええ。大丈夫よ。それじゃ、出発しましょうね」
ライラは、既に完治しているようだった。足取りも軽そうだ。
ダルバス達は、宿の精算を終えると、宿を後にする。
その時に、ダルバスはココネ夫妻への手みやげとして、宿で数種類の酒なども購入していた。
「ココネ夫妻は、動物園の方にいらっしゃるのね。懐かしいわ。前にも行った事があるのよね」
ライラは、昔を思い出している。
「おう。俺も一回行った事があるんだがよ。面白ぇ所だよな。見た事もねぇ動物が沢山いるんだからよ」
このムーングロウの大陸には、動物園があり、様々な動物たちが鑑賞できるようだ。ダルバスも、昔を思い出していた。
「奴等は動物好きだからよ。だから、動物園の側に家を建てたらしいぜ?」
「ふうん。本当に動物が好きな方達なのね」
ライラは、どのような人物なのかを模索している様子だった。
「よし。それじゃ、出発しようぜ?」
ダルバスはノイに跨る。
ライラもそれに続いた。
途中、ダルバスは秘薬が切れていたので、錬金術の店で補充する。
ライラは、無地の巻物を買い込んでの出発となる。

 迷路の生け垣の脇を通り抜け、ムーングロウの街の南の出口に差し掛かった時だった。
ダルバスとライラは、驚きの光景を目にする。
青色のローブを纏った、あの男性が路肩の椅子に腰をかけて読書をしていたのだ。
「ダルバス・・・。どうする?」
ライラは、ダルバスに声をかけた。
「・・・。何とも言えねぇからな。・・・ここは警戒しつつも無視して行くとしようぜ」
ダルバスは、少し躊躇するも、関わり合いを持たない事を提案した。
ダルバス達は、馬の歩を進めると、男性の前を素知らぬふりして通り過ぎる。
すると。
「おや。お出かけですか?今日は、魔法の勉強はされないので?」
男性は、手持ちの本を閉じると、ダルバス達に声をかけてきた。
「お・・・おめぇさんか。おう。ちょっと野暮用でよ。そこまでな」
回避できなかった事に、ダルバスは苦笑いを浮かべるしかない。
ライラは、男性の視線から逃れるように、ダルバスの影に隠れる。
「・・・ところで、お連れの女性の方とは、先日お会いしましたね?なんでも、心あらずといった感じでしたが、大丈夫でしたか?」
男性は、ダルバスの背後にいるライラへ視線を向け、表現のし難い笑みを浮かべた。
「そ、そうね。私は、あなたに気が付かなかったわ。御免なさいね」
ライラは、男性の視線から逃れようと必死になっていた。
「ま、そう言う訳だ。先を急ぐんで、失礼するぜ?」
ダルバスはそう言うと、その場を後にする。
「そうですか。・・・これは考えないといけませんね。くっくっくっ・・・」
男性は、意味不明な事を言うと、含み笑いをしていた。
「あぁ?どういうことだ?」
ダルバスは振り向くと、疑念の声を上げる。
「あぁ。いえいえ、こちらの話ですよ。では、この辺で・・・」
男性は、そのまま街の中へと消えて行ってしまった。
「相変わらずだな・・・。ライラ、何もされていないよな?」
ダルバスは、ライラの反応を伺う。
「えぇ。大丈夫よ。でも、相変わらず掴み所がないわね」
ライラは、あの男性の薄気味悪さに、身震いを覚えていた。
「取り敢えず、警戒するに越した事ねぇな。奴が現れる時には、今まで何かしらの事件があったからな」
「偶然と、思いたいけれどね」
「尾行されると厄介だ。ちょっととばすぜ?ライラ?」
ダルバスは、ライラを促すと、馬に鞭を入れると、一気にムーングロウの街を後にした。
動物園までは、舗装された道が続いていたが、ダルバス達は、あえて少し道を外れ、木々が生い茂る場所を走っていった。
少し走ったところで、ダルバス達は馬の歩を止め、背後を振り返る。
「付けて来ている様子はねぇな」
ダルバスは、周囲にも警戒を配る。
森の中には、野生の馬や羊。そして、モンバットと呼ばれる攻撃性の高いコウモリなどが見受けられる。
「正直、もう関わり合いになりたくはないわね」
ライラが辺りを見渡していた時だった。
「あっ!」
ライラは短い声を上げ、空を指さした。
ダルバスが空を見上げると、遙か上空には、またしても、一頭のドラゴンが旋回していた。
「まさか・・・」
ダルバスは、また襲ってくるのではと警戒する。
しかし、ドラゴンは遙か海の上空で、旋回をしているに過ぎない。こちらに気が付いているかも疑問だった。
街からも離れているために、街からの警鐘は聞こえて来なかった。
「どう思う?攻撃はされていないけれど、また直後よ?」
ライラは、ダルバスに見解を求める。
「とは言ってもなぁ・・・。奴とドラゴンがどう結びつくかわからねぇしな。それとも、もともとここら辺の地域って、ドラゴンが現れやすい場所だったりするのかね?」
「そんなこと、無いと思うわ。今まで何度かムーングロウに来たけれど、ドラゴンなんて見た事もないし、たまにでも現れるなんて話も、聞いた事がないからね」
ダルバスに疑問に、ライラは否定した。
ダルバス達が首を傾げていると、ドラゴンはいつの間にか、空の彼方へと消えていってしまった。
「どうにも釈然としねぇが、先を進むしかねぇな。ほれ、もう少しだ」
ダルバスは、ライラを促すと、馬の歩を進める。
「仕方がないわね。どうにも理解できない事だけれど、今は警戒する事しか出来ないわね」
ライラは、仕方なくダルバスの後を追う事しか出来なかった。

 程なく歩くと、石造りの建造物が見えてくる。
「懐かしいな。動物園か」
森から抜け出ると、ダルバス達は動物園の前で歩を止めた。
「ねぇ。折角だから、ちょっと見てみない?」
ライラは提案する。
「そうだな。夕刻までもう少しあるな。少しくらい構わんだろ」
そう言うと、ダルバスは馬を壁際に待機させた。
 ダルバス達は、動物園の中へと足を運ぶ。
動物園の中からは、様々な動物たちの声が聞こえてくる。
動物たちは、種類別に檻に入れられていて、人間に害をなす事はない。
ここは、公共の施設故に、入場料などは取られる心配はない。
しかし、入り口には募金を求める箱があり、ダルバス達は、少額ながらもGPを入れていた。
「色々な動物たちがいるわねぇ・・・」
ライラは、檻越しに動物たちを見ていた。
檻の中には、狼や白熊など。そして、モンスターと思える生き物がいた。
「うふふ。狼さんは可愛いわね。ほら、おいでなさい?」
ライラは、狼に声をかけると、手持ちの乾草肉を、狼に与えてみる。
「おい。勝手にエサをやっていいのか?」
ライラの行動に、ダルバスは訝しんでいた。
「まぁ、本当は駄目なんでしょうけれど、ちょっとだけよ。問題ないんじゃない?」
狼たちは、ライラの差し出した乾草肉に、嬉しそうにかぶりついていた。
 その後も、園内を廻るダルバス達。
すると、驚くべきものも展示されていた。
「こ・・・こいつは、ドラゴン?」
ダルバスは、驚愕の声を上げる。
しかし、よく確認すると、それはドラゴンではなく、類似種のドレイクといわれるモンスターだった。
姿形はドラゴンと似ていても、飛行能力はなく、ドラゴンの退化した種族だった。
ただし、檻の説明書きには、怒らせると火を吹きますとの記載があった。
無論、この檻には炎を通さない檻で作っており、見学者に被害が及ぶ事はない。
「面白いわねぇ。前に来た時は、こんな沢山の種類はいなかったわね」
ライラは、辺りの動物やモンスター達を見渡す。
「面白いっちゃ、面白いが・・・。ちょっと、俺は複雑な気分だぜ」
ダルバスは、閉じこめられている動物やモンスターを見つめている。
「どういう事?」
ライラは、ダルバスに問いかける。
「まぁ、動物はまだいいんだけどよ。モンスターの類もいるだろ?動物もそうだが、奴等は本来野生動物だ。それらを、いくら適応した環境を作ったとしても、ここに閉じ込められているのはどうなのかな・・・ってな」
ダルバスは、例え化け物だとしても、人間の都合により、見せ物にされているモンスター達を哀れんでいた。
「・・・確かにね。あんたの言う通りかもね。本来は、自由にこの世界を歩いていたんですものね。でも、それを言ったら、動物園の存在価値もなくなるのではなくて?」
ライラは、折から鼻を突きだして甘えている、狼の鼻を撫でていた。
「まぁ。それを言っちゃ、身も蓋もねぇがよ」
ダルバスは頭をかく。
「ま、所詮動物だかモンスターだがわからんが、それを使役したり閉じこめたりするのは、人間のエゴってことだろうな。ココネの嫁も調教師だ。それを言い始めたら、きりがねぇからな」
「そうね。私達だって、ラッキーやノイを使役しているからね。それが、動物たちにとって、本当の幸せかどうかなんて、わからないものね?」
ライラは、そう言うと、狼達に最後のエサを与えた。
「ま。そんな話をしていても仕方がねぇ。そろそろ行くとするか?」
ダルバスは、ライラを促す。
「そうね。可愛い動物たちを見ていたいけれど、そろそろ行きましょ?」
ライラは、ダルバスの促しに賛同すると、この場を後にする。

 ダルバス達が、動物園から出てくると、そこにはあり得ない人物を確認する事になる。
動物園から出てくるダルバス達。その左手には、椅子に腰掛ける青いローブを纏った男性がいた。
「なっ!?」
ダルバスは、ライラを自分の背後に隠すと、思わず身構えていた。
「あぁ。また、お会いしましたね。奇遇ですね、こちらにいらしたのですか。私も狼や犬などが好きでしてね、こちらに来てみた次第なのですよ。可愛いですよね?」
男性は、ゆらりと立ち上がると、ダルバスに話しかけた。
「実は、先ほども、あなた達を動物園の中で見かけたのですが、いい雰囲気だったので、声をかけづらかったのでね・・・。くっくっくっ・・・。ところで、何を身構えているので?」
男性は、警戒心を露わにしているダルバスを問うた。
「い・・・いや。なんでもねぇ。でもよ。一つ聞いていいか?気を悪くしたら申し訳ねぇが・・・。あんた、俺達をつけ回していねぇよな?」
ダルバスは、躊躇しながらも、男性に核心を求める。
「つけ回す?何のために?私は、あなたの名前すら知らないのですよ?確かに、ここ数日でお会いする事はありましたが、そんな事、何のために・・・?くっくっくっ・・・」
男性は、捕らえ所のない雰囲気を醸し出していた。
「まぁ、小さい島ですからね。このような、すれ違いも珍しくはないでしょう。・・・。またお会いする事もあるかもしれませんね・・・。さて、そろそろ夕刻を迎えます。私は、そろそろムーングロウの街へ戻らせて頂きますよ・・・」
男性は、そう言うとダルバス達に背を向け、歩き始めた。
しかし、ダルバスはあまりに不自然なこの状況に声を上げた。
「待ってくれ。・・・悪ぃんだがよ。あんたの、名前を教えてくれねぇか?」
ダルバスは、下手になりながらでも、相手の情報を得ようとしていた。
その問いに、男性は振り返る。
「おやおや。それはおかしな質問。相手の名を問うのなら、そちらから名乗るべきでは?」
男性の問いかけに、躊躇するダルバス。
しかし、このやりとりには、ダルバスも身を明かすしかなかった。
「俺は・・・。ベスパーから来た、ダルバス・ランド。こっちは、ライラ・ルーティンってんだ」
ダルバスは、仕方なく自身を明かした。
「ベスパー!?」
男性は、目を輝かせると、ダルバスに対して、非常に興味を持った視線を送る。
「お・・・。おう。そうだがよ・・・」
ダルバスは、また、ベスパー事件を根ほり葉ほり聞かれるのかと警戒する。
「そうですか。ダルバスさんは、ベスパーの出身でしたか。くっくっくっ・・・。これは、面白い・・・。なるほど。それなら・・・」
男性は、可笑しさが隠せないと言った感じで、腹を抱えていた。
「て・・・てめぇっ!それとこれとが、どういう関係があるって言うんだっ!」
ダルバスは、ベスパーの事を笑われていると思い、言葉を荒げる。
「いや、失礼しました。こっちの話でね。では、私の名も明かしましょう。私の名前はコウダイ。コウダイ・コウメイ。以後、お見知り置きを・・・」
そう言うと、コウダイは薄気味の悪い笑みを浮かべた。
「あんた・・・。ベスパーでの事件を知っているの?」
沈黙していたライラは、コウダイへ質問する。
「えぇ。知っていますよ。あの事件は、悲惨だったらしいですね。勿論、私は知る由もないですがね?」
コウダイは、ライラの質問に、曖昧な返事を見せる。
「あんたと、ドラゴンの関係は?」
ライラは、荒唐無稽とも思える質問をする。
「はぁ?何の事を言っているか、私にはわかりませんね。あなた、私の何を疑っているので?確かに、あなた達と初めて会ったのは、ドラゴンが空を舞っていたときでしたがね?」
コウダイは、何を言われているのかがわからないとでも言うように、両手を上げてみせる。
「それなら!私は、あんたと会った後に、記憶がないのよ!あんた、私に何かやったんじゃない!?」
ライラは、今までを思い返すと、感情が高ぶり、思わずコウダイに詰めよりかける。
「お・・・。おいっ!ライラ!落ち着け!」
何より、証拠がない。これ以上の問い詰めは、逆に不利になるだろうと、ダルバスはライラを押しとどめる。
「何を言っているか、わかりませんね。ともあれ、私はあなた達に嫌われているようだ。もし、不幸にも、またお会いした時には、ご容赦願いますよ?なにせ、小さい島ですからね。くっくっくっ・・・」
そう言うと、コウダイは動物園を後にしてしまった。

「おい!ライラ!あれは、言い過ぎだろう!」
まだ、肩の息を荒くしているライラを宥めるダルバス。
「ゴメン。確かにやり過ぎだったかもね」
ライラは、今のやりとりを謝罪する。
「でもね?疑念をかけるのは犯罪じゃないわ?相手が無実だったら、確かに申し訳ないのだけれどもね。ちょっと、今回ばかりは・・・ね?」
ライラは、髪の毛を弄ると、釈明を求めていた。
「まぁ。そうだがよぅ・・・。俺も、確かに奴・・・コウダイに疑念を抱いているぜ?でも、決定的な証拠がねぇからなぁ・・・」
ダルバスは、頭をかいてみせる。
「何もかもが結びつかないからね。ドラゴン、私の記憶喪失、襲撃者。共通点がまるでないわ?唯一、結びついているかもしれないのが、その前後にコウダイがいるってことよね。でも、それだけじゃ・・・ね」
ライラも、この事態には頭を抱えていた。
「まぁ。悩んでいても仕方ねぇさ。もし、今回の出来事に、コウダイが関与しているなら、いずれ尻尾をだすだろう。それを待つしかねぇな」
ダルバスは、コウダイの立ち去った方向を見据えていた。
「まぁいい。取り敢えず、ココネの自宅へ向かうとしようぜ?ほれ、こっちだ。付いてきな」
そう言うと、ダルバスはライラを促すと、動物園を後にする。

 動物園から少し南に行ったところに、目的の家はあった。
ここら辺には、危険なモンスターなどは住み着いていないため、土地が高価な町中ではなく、このような場所に家を建てる人達は多い。
「ここだ。久しぶりだな」
ダルバスは、一軒の民家の前で馬の歩を止める。
家は2階建てで比較的新しく、家の脇には小さなガレージが建てられていた。
「へぇ。立派なお宅じゃない」
ライラは、家を見上げていた。
「それじゃ、早速呼んでみるかね」
ダルバスはそう言うと、家の扉をノックする。
「おう。久しぶりだな。ダルバスだ。ココネの旦那はいるかい?」
暫くすると、家の中から物音がして、扉は開けられた。
現れたのは、メガネをかけた一人の男性だった。
「おお!ダルバスじゃないか!久しぶりだな。もうそろそろ来るとは思っていたが・・・。さぁ、上がれよ」
男性は、ダルバス達を家の中に招き入れる。
「ココネ。久しぶりだな。元気にしていたかい?」
ダルバスは、久しぶりに会えた友に、嬉しげな表情を浮かべる。
「お前も、元気そうだな。少し、たくましくなったんじゃないか?」
ココネは、ダルバスの壮健さに喜んでいた。
「ところで、そちらの女性は?」
ココネは、ライラの紹介を促した。
「あぁ。前に文でも書いた事があるがよ。今回の計画を持ち出したライラってんだ」
ダルバスはそう言うと、ライラに挨拶を促した。
「初めまして。私はライラ。ライラ・ルーティンよ?宜しくね?」
ライラは、軽く膝を曲げると、ココネに挨拶をした。
「こちらこそ、初めまして。ココネ・ワカリモです」
ココネも、ライラに挨拶をする。
「さぁ。そんなところに突っ立ってないで。家に上がってくれよ」
ココネは、部屋の扉を開けてダルバス達を促した。
と、その時。
ココネが扉を開けた瞬間、2頭の犬が飛び出してきた。
「こらこら。ロジャー、クーネル!お客様の前だ。粗相をするんじゃない」
来客に興味津々の犬たち。ダルバス達の前で、興味気な視線を送ってきていた。
ココネは、ダルバス達に甘える犬たちを制している。
「可愛いわね。私、犬も好きなのよね」
ライラはそう言うと、ロジャーとクーネルの頭を撫でる。
犬たちは、嬉しそうにしているようだ。
「さぁさぁ。こっちに入って」
ココネは、ダルバス達を部屋に案内した。
部屋の中はこざっぱりとしていて、犬たちが飼われているケージや、人間や犬がくつろぐ事が出来るソファーなどが置いてあった。
ダルバス達が部屋に入ると、2匹の犬も、嬉々として付いてくる。
「さぁ。くつろいでくれ。ピヨンを呼んでくるから。今はジャイアントラットの世話をしているかな。ちょっと待っていてくれよ」
そう言うと、ココネは上の階へと足を運んでいった。
その様子を、ダルバス達は見送る。
「ジャイアントラット・・・。ネズミ?」
ライラは、心配そうにダルバスを見つめる。
「心配すんなって。ネズミも結構可愛いぜ?」
ダルバスは、そう言うと苦笑いを浮かべた。
 程なくすると、ココネは一人の女性を引き連れて部屋に戻ってきた。
女性の両手には、ジャイアントラットが入ったケージが抱えられ、大事そうにしていた。
「あ、ダルバスじゃない。お久しぶり!」
女性は、ダルバスを見ると、懐かしそうな表情を浮かべる。
「おう。ピヨン。久しぶりだな。旦那と相変わらず元気にしてっかい?」
ダルバスは、ピヨンを見ると、懐かしげに声をかけた。
「連れを紹介するぜ。文にも窘めたが、ライラだ」
ダルバスは、ライラを促すと、再び紹介をする。
「初めまして。ベスパーから来たライラよ。ライラ・ルーティン。宜しくね?」
ライラは、ピヨンに挨拶をする。
「私は、ピヨン。ピヨン・ワカリモ。こちらこそ、宜しく」
ピヨンと名乗る女性は、ジャイアントラットが入ったケージを床に置くと、ライラに握手を求め、ライラもそれに快く応じていた。
ピヨンは、床に置いたケージから、ジャイアントラットを外に出す。
「ちょ・・・」
ライラは、ダルバスの影に隠れようとした。
「可愛いでしょう?この子は、私が調教している子。ほら、ゴージャス。お客様に、挨拶しなさい」
ピヨンはそう言うと、ダルバス達にゴージャスを差し出す。
ジャイアントラットのゴージャスは、つぶらな瞳で、ダルバス達を見つめていた。
ダルバスは、無言のままゴージャスを掴むと、自分の胸元へ持ち上げてみた。
ジャイアントラットは大きく、ネコくらいの大きさはあった。
しかし、ゴージャスは抵抗する事もなく、ダルバスの腕の中でじっとしていた。
「可愛いじゃねぇか。大人しいしな。これが、調教師ピヨンの力か」
ダルバスは、感心したようにピヨンを見ていた。
「調教だけでもないよ。私はね、あんたも知っている通り、動物が大好きなの。調教って言うと、動物を使役しているような感じがするけど、私は人間と動物との共存を考えているの」
ダルバスは、ピヨンの発言を聞いて、昔ベスパーにキリハと遊びに来ていた事を思い出していた。
「あぁ。そういえば、そんな事を言っていたな」
「そ。そして、昔はいなかったけど、今いるこのロジャーとクーネルも、本来飼われていたにもかかわらず、人間達に非道い仕打ちを受けていたの。それを、引き取って来たんだよ?」
ピヨンは、ロジャーとココネを自分の元へ呼びつける。
2匹の犬は、甘えた様子で、ピヨンに腹を出していた。
「ま、暫く会わなかったうちに、俺達もこのような生活をしているって訳さ」
ココネは、妻を自慢するかのように、現状を説明した。
ライラは、その様子を聞きながら、傍らにいるゴージャス見つめていた。
そして、そっとその背を撫でてみる。柔らかい体毛の感触が、ライラの掌に伝わる。
「きぃ~~」
声を上げるゴージャス。思わず、ライラは身を強ばらせていた。
「大丈夫。噛み付いたりはしないよ?」
ピヨンは、ライラの様子を見て、苦笑を浮かべる。
「ね。ねぇ。この子って。ペットよね。その・・・食べる訳じゃないわよね?」
ライラは、失礼と思いながらも、ココネ夫妻へ問いかける。
「・・・。うちの子食べちゃイヤ」
ピヨンは、苦笑いを浮かべながら答える。
「まぁ、確かに、うちは珍しいと思うよ?ジャイアントラットを飼っている家なんて、まずないだろうからね」
ココネは、その様子を笑いが堪えきれないとでも言うように、答えていた。
「さて。食べるという話が出たどころで、そろそろ晩ご飯にしようか。実はね、ダルバスが来ると聞いていたんで、色々と準備をしていたんだよ」
ココネはそう言うと、嬉々として、蓄えていた食材を取り出した。
その様子を見て、ピヨンは頭を抱えた。
「この馬鹿ね。ダルバス達が来るって言うんで、ちょっと前から大量の肉を用意していたんだよね。はぁ~。私は野菜中心の生活をしたいのに、これじゃあ・・・」
「たまにはいいだろ?折角、ダルバス達が来てくれたんだ。ほら、肉をつけ込むタレも作った。今夜は、盛大にいこうじゃないか」
ココネは悪びれる事もなく、準備を進める。
「肉か!俺は、大歓迎だぜ?」
様々な食材を見て、ダルバスは期待の声を上げる。
「ほら、土産だ。おめぇも好きだろ?」
ダルバスは、ムーングロウの街で購入した、数種類の酒を取り出す。
「お。いいねぇ。わかっているじゃないか。ダルバス」
ココネは嬉しそうに、ダルバスが差し出した酒を受け取る。
「じゃ、食事は外だ。ガレージの中で食べよう」
ココネは、一同を促すと、家を出て、ガレージの中に案内する。
ガレージの中には、簡単なキャンピングコンロが設置され、いつでも、外で食事が楽しめる準備がされていた。
「これは、俺が作ったんだ。勿論、このガレージもな?」
ココネは、自慢げに自分の作った施設を披露していた。
「へぇ。凄いわねぇ。ね、ダルバス。あんたは、こんな物作れるのかしら?」
ライラは、からかうようにダルバスに尋ねる。
「あ~。無理かもな。俺には、こんな繊細な物は作れねぇかもな。どうせ、筋肉馬鹿では駄目だろうって、言いたいんだろ?」
ダルバスは、苦笑しながら素直に答えていた。
「わかっているじゃない。ま、あんたが出来るのは、砂漠にある岩塊を斧で叩き崩す事くらいかもね?」
ライラはそう言うと、可笑しそうに笑い声をあげる。
「さぁさぁ。それでは、楽しい晩餐といこうか。食い物は沢山ある。心配しないで、沢山食べてくれよ?」
ココネはそう言うと、キャンピングコンロの上に、これでもかと言うように、食材を置いて焼き始める。
コンロの上からは、瞬く間に食材が焼ける香ばしい香りが立ち込め始める。
そして、焼けた食材を、ピヨンやダルバス達の皿に、ココネは盛りつけていった。
それを頬張るダルバス達。
「お!こりゃ旨ぇな!ココネの旦那。いい仕事しているぜ?」
ダルバスは、よそられた食事を、勢いよく掻き込んでいく。
「確かに、美味しいわ。ありがとうね?」
ライラも、予想していた以上の料理に、舌鼓を打っていた。
ピヨンも、食事を楽しんでいたが、一人ため息をついていた。
「はあ・・・。こりゃ、明日から、相当絞らなきゃいけんね・・・」
肉メインの食事に、ピヨンはふざけて頭を項垂れてみせる。
その様子に、ココネは意を介する事もなく、今宵の宴にふけっていた。
ダルバスが持ってきた酒を飲み、ココネ達は、昔話へ没頭してゆく。

「今更だが、ベスパーの話は悲惨だったな。良く頑張ったよ」
ココネは、ダルバスの事情を知っているのだろう。労いの言葉をかけ、空いたダルバスのグラスへワインを注ぐ。
「まぁな。逆に言えば、おめえさんは運がいいぜ?あの時に、いなかったからな?」
ダルバスは、ワインを片手に、当時を振り返っている。
「ねぇ。ココネさん達は、いつからダルバスと知り合ったの?」
ライラは、ある程度の情報は知っていたが、詳しい話は知らなかった。
「あぁ。ココネ、ピヨンでいいよ。ダルバスとは、旧知の仲だ。ライラ。気にしないでくれ」
ココネは、気の知れた仲間となるよう、ライラを促した。
「ありがとうね。じゃ、単刀直入に聞くわね?ねぇ、ココネ。私達の目的は、ダルバスから聞いているわよね。私達の目的は、古代竜を討伐する事。ダルバスからも、聞いているけれど、あなた達は、本当に私達に付き合ってくれる訳?」
いい感じで、盛り上がっていた宴だが、ライラはそれを利用して、ココネ達の真偽を計ろうとしていた。
それを聞くと、ココネは真面目な顔になる。
「そうだな。俺達は、ベスパーの事件を体験した訳じゃないが・・・。キリハだ。彼は、私の大事な仲間だったからな。それが、ドラゴンに殺されたとなれば、私も黙っていたくはない。私も、戦士だ。出来る事なら、ドラゴン達に一太刀を与えたいと思っていたんだよ」
ココネは、自分の心境を淡々と語り始めた。
「ダルバスからの話を聞く限りでは、かなり難しい事はわかっている。それでも、キリハへの哀悼として、せめて一太刀だけでも、と言うのが本音かな。とはいえ、勿論死ぬ気はない。あくまでも、キリハへの恨みが果たせれば、といった感じだろうな」
ココネは、難しい表情を浮かべると、本音を吐露する。
その様子を見ていた、ピヨンが重い口を開いた。
「私もね、なんでそんな事をするのかと、ココネを問いただした。でもね、ココネや私にとっても、キリハは大事な人だった。そして、その復讐を考えていたのが、あなた達。そして、ライラ。あなたが、凄い魔法使いだからと聞いて、私も決心が付いたの」
ピヨンは、事の経緯をダルバス達に説明する。
「・・・。ねぇ、ピヨン。一つ聞いていいかしら?私は、魔法使いよ?いいの?」
ライラは、自分が魔法使いである事を、改めて示していた。
「そうね。正直言うと、嫌というか、信じられない。勘違いしないで欲しいけど、私は魔法使いを嫌っている訳じゃない。・・・怒らないで?見た事がないから、信じる事ができないの。御免なさい」
ピヨンは、率直な意見を述べた。
「なるほど・・・」
ライラは、腕を組んだ。
既に、夜の帳は落ちている。
ココネ邸からは、ロジャーとクーネルが、主を捜す声が響いていた。
「おう。ライラ。何だったら、今、おめぇの力を披露してみねぇか?先日の、爆発の魔法でもいい、治癒の魔法でもいい。何かしら、おめぇの実力を見せてみたらどうだ?」
悩むライラを、ダルバスは提案していた。
「そうね・・・」
言われるも、ライラはどのようにして、自分の力を見せるかを悩んでいた。
「悩む事はねぇ。そこら辺にある木々を、爆破してみろや?」
物騒な提案をするダルバス。
「そんな事が出来るのか?是非、見て見たいものだ」
ココネは、興味を示しているようだ。
「私も、見てみたい。私達は、あなた達に付いていって、ドラゴンに殺されたくないからね」
ピヨンは、ライラ達を傷つけないように気を付けながらも、ライラの実力を求めている。
「わかったわ。魔法の力を、証明してあげる。ねぇ。壊したり、燃やしたりしていい木はない?」
そう言うと、ライラは、ココネ邸の辺りを伺う。
下手に火を付けたり、破壊したりして、近隣の住宅に被害が出ないかを危惧しているからだった。
「あぁ、それなら、目の前の木がいいだろう。前から抜根を考えていたからな。これなら、燃えても壊れても、問題ないかな?」
ココネはそう言うと、自宅前にある数本の木々を指さす。
「わかったわ。折角の木々達を、攻撃してしまうのは申し訳ないけれど、今回ばかりは堪忍ね?・・・気を付けて。雷鳴が轟くので、耳を塞いでいてね?」
ライラは、そう言うと、魔法の書を取り出し懐へしまう。
ココネ達は、耳を押さえると、固唾を呑んで、ライラの様子を伺った。
ライラは秘薬を取り出すと、詠唱を始めた。
「ヴァス・オゥオト・グラゥヴ!」
ライラが詠唱し、右手をを空に翳すと、雷鳴を轟かせ、一筋の稲妻が目の前の樹木を襲った。
樹木は、一瞬にして両断され、炎に包まれてゆく。
「おおっ!」
「凄い!」
ココネ達から、驚きの声が挙がる。
ライラは、その様子を確認すると、更なる詠唱を始めた。
「ヴァス・オゥオト・フラム!」
ライラが、燃えさかる木に手を翳すと、それは大爆発を起こした。
木っ端微塵になる樹木。
燃えさかってはいたが、それは、粉々になる事により、鎮火してゆく。
「まだよ」
ライラは、そう言うと、再び詠唱を始めた。
「ヴァス・フラム!」
そして、掌に現れた火の玉を、容赦なくダルバスの顔面に叩き付けた。
ダルバスは、何となく、予測はしていたが、ダルバスの顔面は炎に包まれる。
「なっ!?」
ココネ夫妻は、驚きの声を上げる。
「があぁぁぁっ!」
ダルバスは、顔面を押さえつけ悶絶する。
「もう一つ」
ライラは、意地の悪い笑みを浮かべると、ルビーをダルバスの前に放り出し、詠唱を開始した。
「クァル・ヴァス・クロスレェン・イリィエル!」
すると、土の精霊が、瞬時にダルバスの前に出現し、ダルバスの頭を押さえつけると、頭突きをダルバスに見舞っていた。
「ぐあぁっ!痛ぇっ!」
悲鳴を上げるダルバス。
「なっ!」
ココネは、目の前に現れた土の精霊を見ると、思わず腰の獲物を引き抜いていた。
「てめぇ!ライラ!やりすぎじゃねぇかっ!・・・痛ぇっ!」
ライラの魔法に、翻弄されるダルバス。
ダルバスは、悲鳴を上げていた。
それを見ていたココネ達は、これも、ライラの魔法だと認識し、獲物をしまう事になる。
ライラは、魔法の詠唱を終えると同時に、土の精霊は崩れ落ち、ただの岩塊へと姿を変えてゆく。
そして、ダルバスいびりにより、負傷したダルバスへ、ライラは治療を施す。
「イン・ヴァス・マニ!」
ライラが詠唱すると、青白い光がライラの掌に現れ、それは、ダルバスの傷口へと入ってゆく。
そして、その光は消えてゆくと、ダルバスの傷口は消えてゆくのだった。
「これが、私の魔法の力。ご理解頂けました事?」
ライラは、蹲るダルバスを無視すると、自身の力を証明してみせた。
「この野郎!ライラ!やりすぎじゃねぇかっ!」
土の精霊から、頭突きの乱打を喰らったダルバスは、ライラへ文句を放つ。
「いいじゃない。私の魔法の証明が出来たんだからね?あんたが、多少怪我をしないと、回復魔法の証明もできないからね?」
ライラは、クスクスと笑うと、自分の行った事を悪びれる様子もない。
「これが、魔法の力・・・。私、初めて見た・・・」
今起きた出来事を、信じられないとでも言うように、ピヨンは絶句していた。
「ダルバス。大丈夫か?」
ココネは、ダルバスに近寄ると、火傷や怪我の確認をする。しかし、それらは魔法の力により、消し去られているようだ。
「お~痛ぇ。毎度の事だが、大丈夫だぜ」
ダルバスは、頭をさすると、無事な事を証明する。
「毎度の事って、ライラはいつもこのような事を、ダルバスにしているのか?」
ココネは、恐る恐るライラへ視線を送る。
「あぁ。俺は、しょっちゅうライラに燃やされているからな。いつ、焼き肉されるかわかったもんじゃねぇ」
ダルバスは苦笑いを浮かべる。
「あ、あはは。勘違いしないでね。その・・・いつもって訳じゃないから。土の精霊で、ダルバスを試しに殴ってみたのは、今回が初めてだし・・・ね?」
ライラは、髪の毛を弄りながら釈明していた。
「試しって・・・。普通はやらないよ」
ピヨンは、ライラの発言に多少呆れているようだ。
「まぁ。ライラの力量はわかった。これなら、一緒に旅をしても大丈夫そうだ」
ココネは、安心した表情を見せると、席に戻り、皆に食事の再開を促す。
一同は、促されるままに食事を再開した。

「ところで、ここまで来るのは大変だったろう。ベスパーからは、何事もなく来られたのかい?」
ココネは、今までの旅の内容を話すよう促す。
「何事もなくって言うには・・・なぁ?」
ダルバスは、ライラと顔を見合わせる。
「・・・。結構、波瀾万丈な旅をしているかもね」
ライラは苦笑する。
ダルバスは説明した。
ブリテインでは、ダルバスが投獄されてしまったり、リスタとの試合。ブリテインで出会った人々など。
そして、ムーングロウに来てからは、ダルバスの魔法。ドラゴンとの戦闘。ライラの変貌。襲撃によりライラが死にかけた事。そして、コウダイという不気味な人物など。
ココネ達は、その話を興味深げに聞き入っていた。
「ま~。ライラが死にそうになった時は、さすがにこの旅も終わりと考えていたからな。さすがに、あの時は参ったぜ」
ダルバスは話を終えると、ココネは思い出すように呟いた。
「そう言えば、確かにここ数日、ムーングロウの街から警鐘が聞こえてきたな。あれは、ドラゴンが原因だったのか」
ここからでは、ドラゴンの飛来は見えにくいのだろう。ココネは納得がいったかのようにしている。
「それにしても、ダルバス達は強いね。ドラゴンに勝ったんでしょ?」
ピヨンは、尊敬するようにダルバス達を見つめる。
「ああ。俺達も少し意外だったがな」
ダルバスも、当時を振り返る。
「ねぇ。あなた達ここに住んで長いんでしょ?コウダイという人物を知らない?」
ライラは、コウダイの姿格好を説明すると、所在を確認してみる。
「コウダイ・・・知らないな。ピヨン、心当たりはあるか?」
ココネは心当たりがないのか、ピヨンに見解を求める。
「さぁ・・・?私も知らないね」
ピヨンは記憶を手繰ってみる。
「旅行者じゃないのか?たまたま、長くムーングロウの街に滞在しているのかもしれない。この島は小さいし、人口もそんなに多くない。全員を知っている訳じゃないが、その様な特徴を持った人物だったら、記憶に残るかもしれないからな」
ココネは、コウダイなる人物を思い出そうとするが、やはり記憶にはないようだった。
「そうよねぇ・・・」
ライラは、雲を掴むような表情となる。
「確かに、ここムーングロウに来てから、不可思議な事件が起きているようだな。ライラの記憶がなくなったり、なぜライラが襲撃されたのもわからないし、その犯人が殺されたというのも、謎だよな」
ダルバス達の話を聞き、ココネも首を傾げる。
「まぁ、そう言う訳なんで、街を危険と判断した俺達は、街を離れたって訳さ」
ダルバスは、両手を上げるとふざけて見せた。
「偶然・・・にしては、おかしい話だよね」
ピヨンも原因を画策するが、答えなどは見つからない。

「まぁ、いいさ。取り敢えず、ここまで来れば安心だろ?少しの間、厄介になるぜ?」
ダルバスはそう言うと、料理を掻き込み、ワインを煽る。
「・・・ところで、ココネ達は私達の旅に付いて来てくれると言うけれど、時間は大丈夫なのかしら?」
ライラは、相手の都合を伺う。
「ああ。大丈夫さ。私は戦士だが、普段はムーングロウの役所から、簡単なモンスターの駆除の依頼や、衛兵の手伝いなどをしている。依頼はこちらの都合で受ける事が出来るから心配はいらないよ」
ココネは、自分の仕事の説明をする。
「私も大丈夫。調教師とは言っても、趣味でやっているようなものだからね」
ピヨンも、大丈夫な事を告げる。
「そう。ならよかったわ。でも・・・」
言葉に詰まるライラ。
「どうしたの?」
ピヨンは首を傾げる。
「あの、悪く思わないでね。その、ピヨンは調教師よね。ドラゴンと戦う事など出来るのかしら?」
ライラは、バツが悪そうにピヨンに問いかける。
「ああ、そう言う事。ちょっと待ってね」
ピヨンはそう言うと、裏庭の方へ姿を消してしまった。
暫くすると、ピヨンは一頭の白馬らしき動物を引き連れてきた。
見ると、その白馬の頭部には、見事なまでの角が生えており、首もとには鮮やかな鬣があった。
「それは・・・っ!ユニコーン?」
ライラは驚愕の声を上げる。
「そう。この子はユニコーンのグレイシー。かなり強いよ」
ピヨンは、自慢の子とでも言わんばかりに、ライラの前へグレイシーを連れてくる。
 ユニコーンとは、最近イルシェナーで発見された動物だった。
調教師達は、自分の腕を磨き、最終目標がユニコーンやナイトメアになるという。
ユニコーンは、女性の調教師にしか調教する事が出来ず、逆にナイトメアは、男性にしか調教出来ないと言われていた。
また、調教して乗りこなすのも難しく、使役するには卓越した調教能力が必要だった。
「へぇ。初めて見るが、立派なもんだな。強いってことは、戦闘能力があるって事かい?」
ダルバスは、グレイシーの鬣を撫でてみる。グレイシーは甘えるようにして、ダルバスに頬を擦り寄せていた。
「そうだね。じゃあ、今度は私が強さを証明するね。ねぇライラ。さっき、何かを召還したよね。あれも、戦うんでしょ?」
「あ、土の精霊の事ね。ええ、勿論よ。ダルバスを殴った時は、加減していたけれどね」
ピヨンは、土の精霊を知らないのだろう。ライラは説明した。
「そう。だったら、その土の精霊とこの子を戦わせてみない?」
ピヨンは提案する。
「え・・・えぇ。構わないけれど。大丈夫?怪我をさせちゃうかもしれないわよ?」
ライラは、グレイシーの怪我を心配する。土の精霊は、死んだり消えたりしても、いくらでも再生可能だが、生身の生物はそうもいかない。
「大丈夫。私、獣医も出来るからね。それに、そんな事心配していたら、ドラゴンと戦えないよ?」
ピヨンは心配していないようだ。
「まぁ、怪我はいいけど、殺すのだけはやめてくれれば大丈夫」
ピヨンは、ライラに念を押す。
「それって言うのは、グレイシーは戦闘慣れしているって事だよな?」
ダルバスは、会話に割り込む。
「そう。ココネが委託されたモンスター討伐などで、たまにやっかいなのがいるの。その時に、この子が出ていって手伝うんだよ?」
ピヨンは、自慢げにグレイシーを誉める。
「そう。なら、大丈夫そうね。まぁ、怪我をさせてしまったら、私も治癒魔法が出来るからね。安心してね?」
ライラはそう言うと、ガレージから出て、再び土の精霊を召還してみせる。
土の精霊は、ライラの指示に従い、その場で待機していた。
ピヨンとグレイシーもガレージから出ると、土の精霊と対峙する。
「それじゃ、始めましょうか」
ライラは、待機の指示をやめる。
「いいよ。じゃ、グレイシー。あいつをやっつけなさい!」
ピヨンは、グレイシーに土の精霊への攻撃指示を出す。
即座に動くグレイシー。
グレイシーは俊敏だった、土の精霊の前に瞬時に近づき背後に回り込むと、力一杯蹴りを叩き込んだ。
大きく体勢を崩す土の精霊。
グレイシーは、すかさず土の精霊の前に回り込むと、立ち上がり、体勢を崩している土の精霊を踏みつけようとした。
しかし、正面に回り込んだのが、仇となる。
土の精霊は、立ち上がったグレイシーの腹を目掛けて、強烈な拳を下から叩き込んだ。
悲鳴を上げ、グレイシーの体は、一瞬宙を舞う。
しかし、地に着地すると体勢を崩すことなく、そのまま土の精霊へと突撃していった。
グレイシーは、頭を低く構えると、そのまま土の精霊へ体当たりをする。
鈍敏な土の精霊は、回避する事が出来ない。
グレイシーの頭には、鋭利な角がある。
角は、土の精霊の右肩を貫通した。
そして、ギシギシと首を振り回し、土の精霊の傷口を広げていった。
土の精霊は、懐に飛び込んだグレイシーを逃さなかった。
左手で、グレイシーの顔面を殴りつける。
しかし、それが徒となった。
殴りつけられたグレイシーの顔は、角ごと自身の右腕ごと吹き飛ばしてしまった。
右腕を失った土の精霊。
左右のバランスを崩し、その場に倒れ込む。
殴り飛ばされたグレイシーも、一旦その場に転げ落ちるも、すぐさま体勢を立て直す。
そして、倒れている土の精霊の頭を、グレイシーの角で粉砕した。
ライラは、なんとか土の精霊を立て直そうとするが、頭部を粉砕された事により、立ち上がらせる事は不可能だった。
グレイシーは、止めとばかりに、土の精霊の首の中に角を差し込むと、土の精霊の体を粉砕した。
決着は着いたようだ。
粉々になった、土の精霊の中には、ルビーが輝いている。
「・・・。負けたわ。惨敗ね」
ライラは、試しの戦闘だったとはいえ、悔しそうな表情を見せる。
「これが、私のグレイシーの力。ごめん。やりすぎちゃったかな?」
ピヨンは、グレイシーの功績に喜んでいるようだったが、ライラの心境を伺っているようだ。
「いいのよ。悔しいけれど、あなたのその力は、大変心強いわね」
ダリウスから教わった、最後の魔法。それは、大変心強いものだったが、それを上回る人物がいる。古代竜討伐を考えれば、喜ばしい事だろう。ライラは、素直に力の差を受け入れていた。
ピヨンは、グレイシーの傷の度合いを確認する。
傷は、軽くはないようだ。
腹を殴られた事により、グレイシーの肋骨は数本折れているようだ。顔も、骨にヒビが入っているようで、徐々に腫れが膨れていっているようだ。
「ごめんね。痛かったよね」
早速、治療を試みようとするピヨン。
「あ。私が治療してもいいかしら?」
ライラは、治療の提案をする。
「その、獣医学は、私はわからないけれど、瞬時に怪我を治療したいのであれば、魔法の方が早い事よ?」
ライラは、物理的治療と、魔法治療の差を説明する。
「ありがとう。でもね、この子は私の大事な子。ライラの治療を信じない訳じゃないよ。でも、この子の治療は私にさせて」
ピヨンはそう言うと、ライラの提案を、丁重に断った。
「わかったわ。・・・うふふ。あなた、本当に動物が好きなのね?」
ライラは、ピヨンの様子を見ると、嬉しそうな表情を浮かべる。
「痛かった?今、治療をするからね。痛いかもしれないけど、我慢して」
ピヨンはそう言うと、早速グレイシーの治療を施していた。

「どうだ?うちのグレイシーは?強いだろう?」
ココネは、今の戦闘を振り返ると、自慢げにピヨンとグレイシーを披露していた。
「そうだな。悔しいが認めるぜ。まさか、ライラの操る土の精霊をぶっ殺してしまうとはな」
ダルバスは、落胆と興奮が交じる中、ピヨンの力を認識していた。
「ほら。妻の勝利祝いだ。もっと食って飲めよ」
ココネは、妻の勝利が嬉しいのだろう。更に大量の食材を取り出すと、調理を始める。
ダルバスは、再び腰を降ろすと、ココネの提供する食事を楽しんでいた。
ライラは、ピヨンがグレイシーに施す施術を、興味げに見ているようだった。
「これなら、おめぇらを信用できるな。悪ぃが、正直、戦力になるかを危惧していたんだぜ?」
ダルバスは、自分たちの気持ちを吐露する。
「ははは。まぁ、仕方がないさ。俺だって、今でもドラゴンと戦えるのかすら不安だからな」
ココネは、率直な気持ちを述べる、
「悪いな。俺達につき合って貰っちまってよ」
ダルバスは、旧知の友に、感謝の言葉を述べる。
「でもまぁ・・・。お前も、かなり強気の女性と付き合っているな。強気のお前が、何度も燃やされているのに我慢しているって事は、お前にとって、本当に大事な女性なんだな?」
毎度の勘違いを受けるダルバス。
しかし、ダルバスは否定しなかった。
「いや・・・。まぁ。そうだな・・・」
普段であれば、否定するダルバスだったが、今は、否定の意を示さない。
「もしかして、既に結婚しているのか?名前は違うようだが?」
ココネは、ダルバスに核心を迫る。
「いや、そんな訳じゃねぇんだがよぅ・・・」
ダルバスは否定する。
「そうか。まだ、お付き合いの途中って訳だな?」
ココネは、ダルバスを茶化している。
「いや・・・。それも・・・なぁ?」
ココネの問いに、ダルバスは曖昧な態度を見せている。
 確かに、今回の旅を通じて、ダルバスの心境に大きな変化が現れていた。
ライラは、ただの幼なじみであり、今回の旅もその延長上だった。
ライラを、異性という目で見た事は殆ど無かったのだ。
しかし、ライラの死を目前とした時に、ダルバスの心境に変化が生じていた。
失いたくない。過去や最近を振り返り、ライラと過ごした時間がどれほど長かったのか。ライラが、自分にとって、どれだけ大事な人物なのかを、その時に初めて実感したのだ。
ダルバスは、今まで何度か異性との付き合いはあった。しかし、性格の不一致故か、長続きする事はなかった。
これは、ライラも同じようで、身の上話の相談をされた事が何度もある。
その時は、お互いに幼なじみの兄弟のような感じで、お互いに何の気にも触れていなかったのだ。
しかし。今回の旅では、ダルバス達はお互いに助け合って旅をしてきていた。
ダルバスは、初めてライラの存在意義に気が付いている。
先日、ライラを失うと思った時の焦燥感は、ダルバスの気持ちを反映していた。
「ははは。お前も、相変わらずだな。どうだ?俺みたいに、彼女を待ち伏せしてみれば?」
ココネは、苦笑いを浮かべると、自分がどのようにして、ピヨンを我が物にしたかを語る。
ココネは、モンスター討伐中に大怪我をしてしまい、治療院へ入院した。
その際に、当時、病院に勤めていた看護師に一目惚れをしてしまったという。
それが、今のピヨンだ。
ココネは退院後、ピヨンの帰宅途中に待ちかまえていて、猛アピールしたそうだ。
それが功を奏し、結婚出来たと言う話だった。
「俺、ストーカーみたいだろ?」
ココネは、苦笑すると、グラスの酒をあおる。
「いや・・・。俺と、お前とでは、意味合いが違うからなぁ・・・」
ダルバスは、空いたグラスへ酒を注ぎながら、ココネの恋愛談を聞くも、ライラへの想いは否定しなかった。
「なんだ。煮え切らない野郎だな・・・。なぁ、ライラ、ちょっといいか?」
ココネは、ピヨンと一緒にグレイシーの治療に立ち会っていたライラを呼び戻す。
「お・・・おい!てめぇ、何するんだ?」
訝しむダルバスをよそに、ココネはライラを呼び戻す。
「何?私、もうお腹一杯なんだけど?」
ライラは、ココネの呼びかけに戻ってくる。
「いい試合だったな。残念な結果にはなったが、ほら、もっと食べろよ」
ココネはそう言うと、皿に食事を盛り分けるとライラに手渡し、強引にダルバスの横に座らせた。
「いや、お腹が一杯だと・・・」
ライラは、ココネの勧めに難色を示す。
「いいから、いいから」
強引に、食事を勧めるココネ。そして、ピヨンへと、合図を送っていた。
ピヨンは、ココネのコンタクトを理解したのだろう。
「はい。これで、治療は終了。痛くてごめんね」
そう言うと、ピヨンはグレイシーから離れ、ライラの脇へ座り込む。
「それじゃ、罰ゲームの始まり!負けたライラは、ダルバスと王様ゲームをしてみよう!」
多少悪酔いをしているココネ。
「王様は俺!はい。ここに一つのパンがあります!それを、ダルバスとライラは両端からかじって貰いましょう!」
ココネは、一つのパンを取り出すと、両端をダルバスとライラにくわえるように指示する。
「あぁ?てめぇ、悪酔いしてんのか?」
ダルバスは、ココネの提案に訝しむ。
しかし、ライラは、ココネの提案を察したのか、パンを受け取る。
「ほら。私負けちゃったじゃない?あんたのせいよ?バツゲームさせられちゃってるじゃない。仕方がないから、あんたも罰ゲームしなさい?」
「俺のせいって・・・!俺は、関係ねぇじゃねぇか!」
ダルバスは、声を荒げる。
「うっひゃいわよ!ひゃやく、ファンをくふぁえろっへ、言っへんの!」
ライラは、パンをくわえながら、ダルバスに攻め寄る。
ライラの形相に、ダルバスは仕方なく、パンの片方を口にくわえる。
「はい~。王様の命令です。そのまま、パンを食べて行きましょう~」
酔っぱらいのココネは、上機嫌でダルバス達に命令を下す。
ダルバス達は、ココネの命に従いながらも、もそもそとパンを食べてゆく。
しかし、互いの顔が近づくと、当然止まってしまった。
「あら?ココネの命よ?食べて?」
ピヨンもおかしそうに腹を抱えると、先を促した。
しかし、ダルバスとライラは、お互いの視線を逸らしたまま、動く事はない。
「はい。罰ゲーム終了!罰ゲームを完了できなかった君たちには、更なる罰が待っています!」
そう言うと、ココネはピヨンに合図を送る。
そして、顔を付き合わせている、ダルバスとライラの顔を、ココネとピヨンは押しやった。
強引に、キスをさせられるダルバス達。
さぞかし、驚く事と、反発を招く事を期待するココネ達。
しかし・・・。
「ふぅ。ご馳走様。楽しい罰ゲームだったわ?」
ライラは、口に含んだパンを飲み込むと、不敵の笑みをココネ達に浮かべる。
「馬鹿野郎共が・・・」
ダルバスは、ライラから視線を逸らすと、憮然としていた。
「ゴメンね?あなた達の意図はわかったわ?でもね・・・?」
ライラは、恥ずかしげな表情を浮かべると、話を続ける。
「今日ね・・・。私、ダルバスの唇を奪っちゃったのよね?今日は、これで二回目よ?」
ライラは、赤裸々に事実を突きつける。
「お・・・おいっ!あれは、てめぇのトラップだろうが!俺は、その・・・」
そこまで言うと、ダルバスは黙りこくってしまう。
「何よ!最初に私の唇を奪ったのは、あんたじゃない!よくも無抵抗な死体直前の私を相手に、好き勝手してくれたわよね!・・・あはははは?それとも、私の様な美女からの接吻は恥ずかしかったかしら?ダルバスちゃんも、リスタ隊長のように、ウブなのね?」
ライラは、事実ではあるが、恥を隠すように、冗談をほのめかす。
「うるせぇっ!」
ダルバスは背を向けると、ライラの言葉を遮断した。
それを見ていたココネ達。
「これは・・・。いや、熱い熱い・・・。余計な事をしたかな・・・」
ダルバスとライラの様子を見たココネ。余計な事をしたと、呆然としていた。
「若いっていいね」
ピヨンも、この様子を見て、顔を赤らめていた。
「ま、そう言う事なの。お気遣いありがとうね?」
ライラも、顔を赤らめながら、釈明をしていた。
「冗談じゃねぇぜ・・・」
ダルバスは、現状が納得できないのだろうか、憮然とした態度を取っていた。
「あはは。ね、ダルバスちゃん?強力な味方が付いたのよ?今夜は、盛大にいきましょ?」
ライラは、恥ずかしんでいるダルバスに声をかけると、自らダルバスの杯に入っている酒をあおってみせる。
「美味しいわね。ね。もっと食事やお酒はないの?お腹一杯だったけれど、ココネが用意した食事を食べたいわ?」
ライラは、焼かれている食材を口に運ぶ。
「・・・こりゃ、ダルバスも適わないな。ダルバスには勿体ないほどの女性だ・・・」
ココネは苦笑すると、新たな食材をコンロに並べてゆく。
「なによ。ライラのような女性ががいいわけ?」
ピヨンは、ココネにヤキモチを見せる。
「馬鹿を言うな。俺と、お前の心は糸電話で繋がっている。その糸を絶つ奴なんていないよ」
ココネはそう言うと、ピヨンの肩を抱き寄せた。

 その様な事をしているうちに、時間は深夜を過ぎていた。
ココネ邸での、久しぶりの楽しい宴は終わり、就寝する事になった。
一同は湯浴みを済ませ、リビングへ集まる。
「じゃ、今夜は男女別に寝ましょう」
ピヨンは提案する。
ピヨンとライラは、二階の部屋に。ココネとダルバスは、一階の部屋に就寝する事を提案する。
ダルバス達も、それに異論はなかった。
「構わねぇぜ。それにしても、今日も色々とあった。さすがに、疲れちまったからな?」
ダルバスは、今日一日を振り返る。
ライラの回復、衛兵達からの疑念。そして、コウダイとの遭遇。ココネ邸に来てからのやりとり。
肉体的に、疲れた事はしていないが、やはり精神的には疲れているのだろう。ダルバスは、大きなあくびをしてみせる。
「そう?じゃ、私達は上で寝るね。じゃ、お休みなさい」
ピヨンとライラは、そう告げると上に上がっていった。
 その様子を見ていたダルバス。
「なぁ。旦那。鬼がいなくなったところで、もう一杯どうだい?」
ダルバスは含み笑いを浮かべると、自分のバックパックからワインボトルを取り出す。
「さすがダルバス。わかっているじゃないか」
ココネは嬉しげな表情を浮かべると、ダルバスに付き合う。
ココネは、台所からグラスを持って来ると、布団に入り込み、ダルバスにグラスを促す。
家の2階に入る事が出来ないロジャーとクーネル達は、野郎2人のやり取りに、興味津々な様子で、布団の傍らに寝そべっていた。
 ココネは、酒のつまみを枕元に並べると、ダルバスにつまむ事を勧める。
「ほら、食えよ。お前の好きな、鳥の薫製だ」
ダルバスは、それに手を伸ばす。
「なぁ。本当にいいのか?俺達に付き合って貰ってよ?」
ダルバスは、鳥の薫製をかじりながら、ココネに声をかける。
「構わんさ。俺も、ベスパーが攻撃され、キリハが死んだと聞かされた時には、正直我を失いかけたからな。・・・なぁ。ドラゴンって、どんな奴等なんだ?」
ココネは、ドラゴンの容姿を見た事はない。率直な質問を、ダルバスへ向けた。
「そうだな・・・。ドラゴンって言っても、単体ではねぇな。種類は、赤、茶、白、黒などがいるぜ。そして、それらを統率しているドラゴンが古代竜だ。黒っぽい胴体に、桃色の羽を持つドラゴン。それが、俺達が狙う親玉だ」
ダルバスは、ドラゴンたちの容姿を、事細かに説明しながら、ココネの空いたグラスへ、ワインを注ぐ。
「強いんだろうな・・・」
ココネは、ドラゴンの強さを予測する。
「まぁ、俺もそう思っていたんだがよ。さっきも話した通り、ライラと戦ったら、あくまでも単体での話だが、勝ててしまったんだよな」
ダルバスは、ドラゴン戦の話を取り出す。
「先ほどの話だと、ダルバスも少しは魔法が使えるのだろう?それが、役に立ったって事か?」
ココネは、話を思い出しながら、ダルバスに問いかける。
「まぁな。確かにその通りだぜ。俺が、魔法を使わなければ、ドラゴンとの戦いに勝てたとは思えねぇ」
ダルバスは、当時を思い出しているのだろう。
もし、あの時ダルバスが詠唱失敗などをしていれば、もしかしたら、ここにはいなかったのかもしれない。
「なるほどな。まさか、お前が魔法使いになろうとは、キリハも予測していなかっただろうな」
ココネは、布団の中で苦笑している。
「なぁ。俺は、魔法使いになっちまった。おめぇさんは、魔法使いに嫌悪はないのか?」
ダルバスは、率直な意見をココネに求める。
「そうだな。正直、お前には悪いが、魔法使いへの嫌悪はある。薄気味悪いし、自分でも差別だというのはわかっている。でもな、お前が文に窘めたライラだ。それを見たピヨンは、興味を示したんだ。俺が愛しているのはピヨン。それを、どうして否定できる?ま、仲間だから許せる、信用できるというものあるがな」
ココネはそう言うと、苦笑いをダルバスにしてみせた。
ダルバスは、その時に理解した。
やはり、自分たちは招かれざる客では無かったのだと。
しかし、様々な試行錯誤があり、今の自分たちがある。
これは、友人の理解故がある事を、感謝せざるを得ない。
ダルバスは、改めて友人の大切さを理解していた。
「ココネ。俺は、キリハを通じとてとはいえ、おめぇと友で良かったと思えた日はねぇぜ?ありがとうな・・・」
そう言うと、ダルバスは、ふざけて隣にいたココネを抱きついてみせる。
「ったく。気持ち悪いなぁ。俺は、男と抱きしめ会う趣味はないぜ?そんな事やってんだったら、ライラを優しくしてやれよ?」
ココネは恥ずかしそうに、ダルバスを押し放つ。
「ははっ!そうかもな。でも、しらふでこんなことしたら、俺はライラに燃やされちまうからな」
ダルバスは、顔を押さえ悶絶するふりをする。

「それより、今後はどうするんだ?」
ココネは、今後の予定を伺う。
「あぁ、そうだな。すぐ出発してもいいんだが、少し滞在させてくれねぇか?魔法の練習がまだ完全じゃなくてよ」
「構わないぜ。俺達は、お前達の都合に合わせるから、好きなだけ滞在するといい」
ココネは、ダルバスの提案を快く快諾していた。
「そう言ってくれると助かるぜ」
ダルバスは、ココネへ感謝の意を見せる。
「さ。そろそろ、寝ようぜ?久しぶりとはいえ、ピヨンは恐妻でな。あまり、やんちゃをしていると、今度は俺も燃やされてしまうよ」
ココネは苦笑しながらそう言うと、就寝を勧めた。
「ああ。そうだな。今日は、寝るとするか。旨い晩飯ありがとうよ?」
ダルバスは同意すると、枕元のランタンを吹き消した。
部屋の中には、ダルバスとココネのイビキが響いていった。
犬のロジャーとクーネルは、ダルバスとココネの側に寝そべると、一緒に寝息を立てているようだった。

 その頃。
ライラとピヨンも、布団にくるまりながら話をしていた。
「ねぇ。ピヨン。本当に、私達の旅に付いてきてくれていいの?古代竜を倒すなんて、はたから聞いたら、かなり阿呆みたいな話よ?」
揺れるランタン炎は2人の影を揺らしている。ライラは遠慮がちにピヨンへ問いかける。
「確かにね。私もかなり悩んだ。でも、ココネがやる気だったし、さっきも話したけど、キリハは私達の大事な仲間。私も、一太刀くらいは古代竜へ与えたいの。でも、やっぱり一番の動機は、ココネの気持ちかな。私、彼を尊重したいからね」
ピヨンは、自分の気持ちを率直にライラへ伝える。
「そう・・・。本当にココネは、あなたにとって大事な人なのね」
ライラは、ピヨンに優しげな視線を送っている。
「当たり前じゃない。私達は夫婦よ?お互いの意見を尊重できるから、一緒に生活が出来るの」
ピヨンは、今の生活に満足がいっているとでも言うように、断言してみせる。
「羨ましいわね。・・・でも、私達に付き合ったら、事件やドラゴンによって、あなた達にも被害が及んでしまうかもしれないわ?それでも、いいの?私は、今日あなた達に初めて会ったのよ?」
それでも、ライラは今後に及ぶであろう危険を示唆する。
「いいの。ココネがそれを望むなら、私はそれに付いていくだけ。ゴメンね。ライラ。私はあなた達の意見を尊重しているのではなく、ココネを信じているから付いていくの」
ピヨンは、自分の本音を吐露する。
「構わないわ?それがピヨンの本音なのね。嬉しいわ?」
ライラは、ピヨンの本音を聞けた事により、胸をなで下ろしていた。
古代竜討伐の旅に、無理矢理他人を巻き込めない。ライラは、ピヨンの決意を聞き安堵を覚えていた。
「ねぇ・・・。それよりさ。あんたと、ダルバスはどういう関係なの?・・・もう、ゴールしたの?」
ピヨンは、ダルバスとライラの関係に、興味を示していた。
ピヨンの枕元には、ゴージャスのケージが置いてあり、ゴージャスは既に寝入っているようだ。
「か・・・関係だなんて・・・ねぇ?私とダルバスは、ベスパーでの幼なじみ。そして、ドラゴン襲撃を受けた被害者同士の付き合い。それだけよ?」
ライラは、改めて突きつけられた内容に困惑していた。
「ふ~ん。それだけには見えないけどね。・・・ねぇ。今日初めてキスをしたんでしょ。どんな感じだったの?」
ピヨンの容赦ない問いに、ライラは赤面した。
「あ・・・あれは、その・・・。ダルバスが、私が死にそうだった時にキスをしてくれたから、そのお礼にと・・・」
ライラは、困惑しながら釈明していた。
「してくれた。って、事は、ライラはそれを望んでいたんだよね?」
ピヨンは、意地悪くライラを追いつめる。
「そっ!それは・・・その・・・」
ライラは言葉を失う。
「あは。ゴメンね。初めて会ったのに、根ほり葉ほり失礼だったかな」
赤面するライラに、ピヨンは詫びを入れる。
「い・・・。いいのよ。気にしないで」
その様子を見ているピヨン。ピヨンには、ライラが愛おしくも思えていた。
「ねぇ、ライラ。幸せになろ?古代竜を倒して、あなたも幸せになるの。私達のようにね」
ピヨンはそう言うと、傍らに横たわっているライラの頭を撫でる。
「幸せ・・・」
ライラは、その言葉を呟いていた。
ライラは、幸せという言葉を聞き、思い悩んでいた。
幸せとはなんだろう。確かに、両親が健在だった頃は幸せだったと言える。
しかし、本当の幸せとは何か。
自分たちが、古代竜を討伐して、ベスパーに帰るのが本当の幸せなのか。
そもそも、人間としての幸せは何なのか。お金なのか、良い伴侶なのか。地位や名誉なのか。
今のライラには、縁遠くも思えた。
でも、今は・・・。自分を必死で心配して守ってくれている人がいる。それは・・・。
「幸せ・・・」
ライラは再び呟く。
「そ。ライラの・・達の・・・悲願を達成して、あんたはダルバスと一緒になる。最高の幸せじゃない?」
ピヨンは、ライラ達の未来予想図をイメージさせる。
「ちょ・・・っ!それは、飛躍しすぎよ。私とダルバスが一緒にだなんて・・・。考えた事・・・」
「あるよね?」
ピヨンは意地悪そうに、ライラの語尾を繋ぐ。
「・・・」
ピヨンの追撃により、ライラは言葉を失う。
「私も毒舌なほうだけれど、ピヨンも違った毒舌なようね」
ライラは苦笑する。
「ごめんごめん。言い過ぎたよ。恋愛や結婚なんて、個人同士のやりとりの問題だからね」
ピヨンは慌てて釈明している。
「もぅ・・・」
思いも寄らぬ強敵に、ライラは縮こまってしまっているようだ。
「でも、早くその日が来ないかな。そうしたら、必ずココネとお祝いに行くからね?」
ピヨンは、そう遠くない現実を予想しているのだろうか。楽しみげな声を上げる。
「と、とにかくその話はお終い!・・・もう、寝ましょ?」
ライラは強引に話を中断すると、布団に潜り込んでしまった。
「あは。この話は、私達だけの話にしておきましょうね。それじゃ、お休み」
ピヨンは、ランタンの火を消すと、布団に入り込む。
闇が辺りを支配するが、ライラはなかなか寝付けないようだった。

 翌日。
ダルバス達は、リビングで朝食を食べていた。
ピヨンが作った料理で、二日酔いに良いと言われるリンゴ風味のハーブティなどを頂く。
「さて。これからどうするよ?」
食事を終え、満足げなダルバス。
「あ、俺はロジャーとクーネルの散歩に行ってくるから」
ココネは、犬たちとの、朝と夕の散歩は欠かさないようだ。
「私は、菜園の手入れかな」
ピヨンは、窓の外にある、自製している植物を指さす。
見ると、よく手入れされたキウイやヘチマなどが育っている。
「へぇ。よくやるわね。あまり、食べ物には困らないかしらね?」
ライラは、感心しているようだった。
「これだけじゃないよ。雑草みたいに見えるのも、人が食べられる物があるんだよ。今、朝食で出したのも、その一つだね」
ピヨンは、自慢げに答えていた。
「なるほどなぁ。良くやるぜ。・・・で、俺は魔法の練習に励むとするかね」
ダルバスは、懐から魔法の書を取り出してみせる。
「あんたは、その方がいいかもね。私は、ちょっと違う鍛錬を行う事にするわ?」
「違う鍛錬?どういう意味だ?」
ダルバスは、ライラに説明を促す。
「ほら、昨日グレイシーちゃんと、私の精霊を戦わせて、私が負けちゃったじゃない?あれは、私の操り方が駄目だったせいなのよ。まだ、慣れていないせいね。だから、私は召還魔法の練習をするってこと」
ライラは、先日の内容から、練習内容を説明する。
「じゃ、グレイシーを貸そうか?」
ピヨンは、練習相手を提案する。
「あ。それは、まだいいわ。私は私の方法で練習するので、もし、グレイシーちゃんを借りたい時は、またお願いするわね?」
「それよりおめぇ。外で練習するつもりか?昨日は夜だったからいいが、真っ昼間に精霊なんて召還していたら、近隣の人間に、私は魔法使いだって明かすようなもんじゃねぇのか?ここは、ライキューム研究所じゃねぇんだぜ?」
ダルバスは、ライラの行動に懸念を抱く。
「あ。そうか。どうしようかな・・・」
ライラは、ダルバスの指摘に悩んでいるようだ。
「だったら、ガレージの中で行うといい。ガレージの前に垂れ幕を引いておけば問題ないだろう」
ココネは提案する。
「そう?じゃ、お願いしていいかしら?」
「お安いご用だ。ちょっと待っていてくれ。垂れ幕をかけてこよう」
ココネはそう言うと、早速準備をしに外へ足を運んでいった。
程なくすると、ココネは戻ってくる。
「用意は出来たよ。後は、好きに使ってくれ。でも、精霊を暴れさせて、物を壊すのだけは気を付けてくれよ?」
「わかったわ。ありがとうね。じゃ、私、早速始めるわね」
そう言うと、ライラは早速練習のために、ガレージへと足を運ぶ。
「俺も、ガレージの中で練習するとするかね。確かに、俺も外で魔法をぶっ放しているのはまずいからな。悪ぃな、じゃ、暫くガレージを借りるぜ?」
ダルバスも、そう言うとライラの後を追った。
「練習もいいが、それ以外・・・もな?」
ココネは、ダルバス達に聞こえない声で、ダルバス達を見送った。
「じゃ。俺は、ロジャーとクーネルの散歩に行ってくるから、後は頼んだよ?」
ココネは、そう言うと、ロジャーとクーネルを呼びつける。
二頭の犬たちは、嬉々としてココネに付いていった。
「うん。わかった。私は家事をしているから、よろしくね」
ピヨンは、毎日の出来事に慣れているのだろう。快く、ココネを送り出していた。
 ガレージには、ダルバスとライラがいた。
「じゃ、私は自分で練習を続けるから、あんたは、今日も頑張りなさいよ?」
ガレージの片隅にいるダルバスに、魔法の練習を促すライラ。
「わかってんよ。ところで、おめぇは、どうやって練習すんだ?」
既に、魔法使いとしては完璧を極めていると思えるライラ。それ以上、どのようにして鍛錬するのかが、ダルバスは気になっていた。
「まぁ。見ていなさい?」
そう言うと、ライラはルビーを足下に置く。
「クァル・ヴァス・クロスレェン・イリィエル!」
ライラの詠唱とともに、土の精霊が姿を現す。
そして、ダリウスから借りた琥珀を取り出すと、それも足下に置く。
「クァル・ヴァス・クロスレェン・フラム!」
ライラが詠唱すると、更に火の精霊が出現する。
「お、おぉっ!」
ダルバスは、初めて見る火の精霊に驚愕していた。
人の形をした、燃えさかる火の精霊。熱を感じはするものの、それは建物自体に延焼することはないようだった。
「大丈夫よ。他に燃え移らないように指示しているからね。ファイアエレメント・・・火の精霊・・・。凄いわね」
ライラも、初めて召還した精霊に、興奮を隠しきれないでいた。
「それで?どうやって、練習をするんだ?」
ダルバスは、土の精霊と火の精霊が対峙している中、ライラに問いかける。
「そうね。じゃ、見ていてご覧なさい?」
ライラは、そう言うと、2つの精霊に対し攻撃指示を行う。
すると、対峙していた精霊達は、取っ組み合いの戦闘を始めた。
無論、ガレージ内に保管されている物には注意を払う。
「・・・。なるほどな。要は、精霊を使っての戦闘訓練をするという訳か。俺には出来ねぇが、よくわかったぜ」
異なる精霊が戦闘する様子を見て、ダルバスは納得がいったようだった。
「そ。わかったら、あんたも魔法の練習に励みなさいな?」
精霊のコントロールが難しいのだろうか、ライラは、ダルバスを振り返ることなく、魔法の練習を促していた。
「わかったぜ。そっちも、気を付けてな」
ダルバスは、ライラの様子を伺いながらも、自身の練習を始めた。

 程なくして、ココネが帰ってくる。
ガレージの中を覗くと、驚きの声を上げた。
「これは・・・。凄いな」
無理もない。見た事のない精霊達が、ガレージの中で殴り合いをしているのだ。
「お帰りなさい。大丈夫よ。ガレージを傷つけたり壊したりはしないわ?」
ライラは、一瞬振り返るとココネに声をかける。
ライラの練習は様々で、今は風の精霊と水の精霊が取っ組み合いをしているようだ。
「そうか。そうそう、ちょっと話しておきたい事があるんだ」
ココネは、そう言うと話を聞くように促す。
「お、何かあったかい?」
「わかったわ」
ライラは、精霊達に待機の指示を与える。
「練習中に悪いな。それでなんだが、昨日ダルバス達が話してくれた人物かはわからないが、コウダイと言ったか?似た人物に遭遇したんだよ」
ココネの発言に、ダルバス達に緊張が走った。
「会ったのか?どこでだ?」
ダルバスは核心に迫る。
「あぁ。犬たちの散歩の途中だがな、いつも動物園の方まで行くんだ。そうしたら、コウダイらしき人物がいてな、軽く挨拶をしたら、犬が好きなのかね。ロジャーとクーネルの頭を撫でて、そのまま去ってしまったよ」
ココネは、その人物の特徴を説明する。
「保証は出来ねぇが、コウダイの野郎かもしれねぇな」
ダルバスは腕を組む。
「ねぇ。ココネ。失礼な事を聞いて御免なさい?その・・・、コウダイに会ってから、ここに帰るまでの記憶はある?」
ライラは、自分が奇妙な経験をした事を思い出す。
「いや?普通に覚えているよ?」
ココネは、帰り道の内容を簡単に説明してみせる。
「そう・・・。やっぱり関係ないのかしら・・・」
ライラも、腕を組むと考え込んでしまう。
「それ以外は、その人物との接触はねぇんだな?」
「そうだな。会話は殆ど無かったからな。まぁ、無理矢理思えば、お前達の言うように、やや薄気味悪い男性だったかもしれないな」
ココネは、男性の事を思い出す。

 その時だった。
家の中から、ピヨンの悲鳴が上がった。
「ど、どうしたの!あなた達!ちょ、待って!」
悲鳴が聞こえるや否や、家の中から猛獣のような雄叫びが聞こえたかと思うと、家から飛び出したロジャーとクーネルがガレージに飛び込んで来た。
突然の出来事に、ココネ達は犬たちを見つめる。
犬たちは、狂犬のような形相を浮かべ、ダルバス達を睨み付けていた。
「おい!ロジャー!クーネル!どうした!お客様に粗相をする・・・」
ココネが犬たちを制しようとした時だった。
犬たちは、一目散にダルバスとライラへ襲いかかった。
「があああぁっ!」
ロジャーは、問答無用とでも言うように、ダルバスへ襲いかかる。
その様子は、昨日添い寝していたロジャーとは思えないほどの豹変ぶりだった。
そして、クーネルはライラへと襲いかかる。
「きゃあぁぁっ!」
ライラは、襲いかかるクーネルの攻撃をかわすと、悲鳴を上げていた。
「おい!ピヨン!すぐに来てくれ!」
ココネは、犬たちを制するも、ピヨンを大声で呼びつけていた。
と、その時には既にピヨンはガレージの中に到着していた。
「こら!ロジャー!クーネル!なにやってるの!大人しくしなさい!」
ピヨンの手には、調教用の鞭が携えられていた。
ピヨンはそれを振るうと、犬たちへ牽制をを放っていた。
しかし、犬たちは何かに取り憑かれているかのように、ダルバス達への攻撃をやめなかった。
ダルバス達も、さすがに反撃は出来ない。
犬たちの攻撃をかわしながらも、かすり傷を負いながら、攻撃を回避していた。
「ゴメン!ライラ!いつもは、こんなんじゃないんだけど・・・!」
鎮まらない犬たちに、ピヨンは焦りを覚えていた。
犬たちを鎮まらせようとするピヨンをよそに、クーネルはライラの足下へと噛み付いていた。
「痛っ!やめて!」
ライラは、クーネルを振り解くと苦悶の表情を浮かべる。
見ると、ライラの足首にはクーネルの歯形がくっきりと残っており、血が滲んでいた。
「ライラ!・・・この野郎!」
ダルバスは、思わず斧を手にするが、ライラはそれを制する。
「やめて!絶対に攻撃しないで!」
ライラは、犬たちへの擁護にまわっていた。
「しかし・・・っ!」
ダルバスは、猛り狂う犬たちを牽制しながらも、とまどいを見せた。
「いいから!私に任せて!」
ライラは叫ぶと、バックパックの中から、リュートを取り出すと、徐(おもむろ)に演奏を始める。
騒然となる現場には、ライラが奏でる美しい音色が響き渡った。
すると。
音色が鳴り響くと、興奮していた犬たちは、途端に攻撃を停止した。
戦意を喪失したという表現が正しいのかもしれない。
ライラが暫く演奏を続けると、ピヨンは犬たちを宥め始める。
ライラの演奏と、ピヨンの調教が続くと、犬たちは次第に落ち着きを取り戻していった。
そして、完全に落ち着きを取り戻すと、犬たちは心配そうにダルバス達の元へと足を運ぶ。
「ちょ・・・」
ライラは、さすがに警戒せざるを得ない。
しかし、ライラの警戒をよそに、クーネルはライラの傷口へ、申し訳ないとでも言うように、舌を這わせていた。
「これは・・・」
ダルバスとライラは、同時に声を上げていた。
「ごめんなさい。普段は、こんなこと絶対にしないんだよ?」
ピヨンは、目尻に涙を浮かべながら、ダルバス達に謝罪をしていた。
「あり得ない・・・。こいつらが、人を攻撃するなんて・・・」
ココネも、現状の理解が出来ないようだった。
「いや・・・。まぁ、いいけどよぅ・・・。ライラ。怪我は大丈夫か?」
ダルバスは、ライラを気遣う。
「え。えぇ。大丈夫よ。本気で噛まれてしまったけれどね」
ライラはそう言うと、自身に治癒魔法を施していた。
程なくして、傷は跡形もなく消えてゆく。
「御免なさい!御免なさい!許して!私の、監督不十分だった故に・・・っ!やっぱり、この子達は、あなた達を捨てた人間を恨んでいるの・・・!?」
ピヨンは、そう言うと、ライラ達の前に泣き崩れた。
「お・・・、おい!」
ダルバスは、ピヨンの態度に狼狽える。
「取り敢えず・・・。家に入ろうか・・・」
その様子を見ていたココネは、皆を促した。
そして、念のために犬たちをガレージの中に紐で繋ぐと、ダルバス達を家の中へ誘導した。

 興奮覚めやらぬ様子で、リビングに集まるダルバス達。
暫くは、誰も声を発する事はなかった。
誰もが、疑心暗鬼になっていたためだ。
ダルバス達は、ここ、ムーングロウに来てから、様々な奇妙な体験をしてきている。
今回の現象も、その延長上なのだと考えていた。そして、早くもその迷惑をかけてしまったのではないかと。
そして、ココネ夫妻は、ダルバス達が来た事により、妙な事に巻き込まれてしまったと考えていた。
 しかし。
ココネ達は、これまでのダルバス達の旅の経緯を聞いていて、それを踏まえた故の旅の決断だった。
自分たちに、何かしらの危害が及ぶかもしれない。
理由や原因はわからないが、早くもその影響を受け始めているのかもしれないと、ココネは考え始めていた。
 最初に口を開いたのはココネだった。
「あ~。そのな。取り敢えず、詫びを入れさせて貰おう。悪かった。躾の出来ていない犬たちだったかもしれない。許してくれ」
ココネは、そう言うと、ダルバス達に頭を下げた。
その様子を見ていたピヨン。
「私からも、お詫びをさせてもらうね。私も、予想外だった。御免なさい。ライラ、ダルバス」
そう言うと、ピヨンも申し訳なさそうに、ココネと一緒に頭を下げる。
その様子に、慌てるダルバス達。
「い、いや。止めてくれよ!俺達は、気にしちゃいねぇからよ・・・」
ダルバスは、そう言うと、ライラに視線を送る。
「そうよ?止めて頂戴な?私達は、これっぽっちも、気にしていない事よ?」
正直、ライラには釈然としないところもあったが、今回の事は、気にしないよう勤めていた。

「それより、またか・・・。なぁ、ライラ。どう思う?」
ダルバスは、ライラに問いかける。
「そうねぇ。やっぱり、コウダイが現れた直後・・・ね」
ライラは、そう言うと、傍らに申し訳なさそうにに座り込んでいた、クーネルを抱きかかえる。
「クゥーン」
ライラの足を噛んだクーネルの怒りの形相は既になく、甘えるようにライラの顔を舐めていた。
「ねぇ?クーネル。あんた、また私の体を噛みたい?」
クーネルの舌をくすぐったそうに、ライラはクーネルに問いかけた。
その問いに、クーネルは申し訳なかったとでも言うように、ライラの腕の中で腹を見せていた。
「・・・なぁ?ロジャー。おめぇはどうなんだ?」
ダルバスは、自分の足の上に横たわっているロジャーに声をかける。
ロジャーは、一瞬ダルバスの声に振り向くも、我関せずとも言うように、ダルバスの足にもたれかかりながら、また寝入ってしまっていた。
「おめぇよぅ。おめぇが、俺の足先で寝ているから、俺、動けねぇんだぜ?」
ダルバスは、足先に感じるロジャーの温もりを感じながら、苦笑いを浮かべるしかない。
その温もりからは、先ほどの凶暴さは、微塵にも感じる事は出来なかった。

「なんで、あんな事をしたんだろ。ゴメンね?ダルバス。ライラ」
ピヨンは、その様子を見ながら、再びダルバス達へ謝罪をした。
「構わんよ。おめぇらを、信じない訳じゃねぇ。気を悪くしたら、悪ぃが、所詮動物だろ?機嫌が悪い時もあるだろうさ」
ダルバスは気にしていない様子だった。
「そんなこと!この子達は、私達の大事な家族。所詮、動物だなんて・・・」
気を遣った、ダルバスの発言だったが、ピヨンにはショックを与えていた。
「あ・・・。悪ぃな・・・」
ダルバスは謝罪する。
その様子を見ていたココネは、意図的に話題を逸らす。
「なぁ。さっき、ライラがやったのはなんだ?楽器を演奏していたよな?」
ココネは、犬たちを沈めた時を思い出す。
ライラが、リュートを演奏した事により、犬たちは鎮まった。
普通から見れば、信じられない光景だ。
「あぁ。あれは、音色を魔力に変える物ね。魔法と音楽を一体にしたものと思ってくれて構わないわ?」
ライラは、その時の様子を説明する。
しかし、それだけでの説明では、ダルバスを始め、誰も理解が出来なかった。
「意味わかんねぇんだが?」
ダルバスも、ライラの力量は知っているつもりだったが、実際に演奏を魔力に変えてみるのは初めてだった。
「そうね。この技は、沈静化って言うんだけれども、動物やモンスターの戦闘時に置いて、相手の戦意を一時的に喪失させる技なのよね」
ライラは、先ほどの演奏の意味合いを説明する。
「でも、その効果はいつまでも続かないわ。放っておけば、いつかは復活するし、相手に何かしらの衝撃を与えれば、沈静化は解けてしまうからね。さっきは、沈静化をかけたこの子達に対し、ピヨンが宥めてくれたから、事が収まったってわけ」
事の始終を説明しならがら、クーネルの頭をさするライラ。
クーネルは、既にライラの膝元で熟睡しているようだ。
「調教でも、似たような事があるけど、それとは違うの?」
ピヨンは、動物を使役する事に長けているが、能力の違いに興味を示している。
「少し・・・というか、全く違うわね。私の、演奏能力は、動物やモンスターを使役する力は無いわ?厳密に言うと、扇動という力を使って、相手を使役する事は出来るけれど、それは一時的なもの。グレイシーちゃんを、恒久的に自分の物にする事は出来ないわね?」
ライラは、音楽を魔力に変えると言う事と、調教の力の違いの説明をする。

「なるほどね。わかった。・・・。でね?ライラ。今回の件は、わからないんだけど、お詫びをさせて?」
ピヨンは、ライラの一通りの説明を聞くと、申し訳なさそうに提案をする。
「何?別に、気にしなくていいわよ?」
ライラは、不思議そうに、ピヨンへ返す。
「私ね、裁縫も得意としているの。要は、お針子ね」
ピヨンは、そう言うと、側にあった引き出しから、大量の布の生地を取り出す。
「へぇ。凄いじゃない。あなた、裁縫も出来るのね。・・・でも、心配いらなくてよ?さっき、クーネルに噛まれた時は、服は破れていないからね?」
ライラはそう言うと、自分の服装に損傷が無い事を見せる。
「ううん。そう言う事を、言っているんじゃなくて。ほら、ライラの服装というか、装備っていうのかな。ただの服じゃない?これから、ドラゴンや他の敵と戦うっていうんじゃ、あまりに弱いかなって思ったの。だから、ちょっと強い生地で服というか鎧を作らせて貰えない?」
ピヨンの提案に、ライラは目を輝かせる。
「そんな事が出来るの?デザインは、どんな感じかしら?」
ライラは、ピヨンが取り出した生地を、食い入るように魅入っていた。
「あは。話は聞いたけど、ライラはお洒落には無頓着なようね。わかった、ダルバスに気に入られるようなデザインにするね」
食い入るライラをからかうように、ピヨンは生地の剪定に入る。
「ちょ・・・っ!」
ライラは、今の会話が聞こえないように、ピヨンの会話を遮る。
「大丈夫。聞こえていないよ。ねぇ、それより、あんたの趣味ってどうなの?胸元ボーンの、足下露出全開が好み?それとも、清楚にいった方がいい?」
ピヨンは、ライラをからかいながら、ライラに提案を求める。
ピヨンは、ダルバスに視線を送ると、ダルバスとココネが会話をしている事を確認する。
「なっ!何言ってんのよっ!私は、今のままでいいの!」
ライラは、小声でピヨンにオーダーしていた。
「了解。じゃ、ライラはロングスカートで、上半身はドラゴンの爪と炎に耐えられる、色気のない鎧と・・・。承りました・・・」
ピヨンは、ライラに対し、何とも言えない笑みを浮かべると、ライラの体の採寸を始める。
「ちょ・・・。大丈夫なんでしょうね」
ライラの体をまさぐるピヨンに、ライラは不安の声を上げる。
「大丈夫。私の服や、ココネの服も、全部私が作ったんだよ?安心して。ほら、腕上げて」
ライラの不安をよそに、ピヨンは採寸を進める。
「よし。これで採れたかな。いい体型しているね。羨ましいな。じゃ、これから作るんで、ちょっと待ってね」
ピヨンはそう言うと、目の前にある生地と格闘し始めていた。
その様子を、ライラは見つめていた。
なるほど。確かにピヨンは裁縫に慣れているようだった。
手際よく、生地を裁断し、服を繕っていった。
「おう。ライラ。どうしたよ?」
ココネと話していたダルバスは、ライラに声をかける。
「あ。あのね。ピヨンが、私のために新しい服を作ってくれるそうなの。今私が来ている服より、強い生地を使ってくれるそうよ?」
ライラはそう言うと、服造りに没頭し始めたピヨンを指さす。
ピヨンは、真剣な眼差しで服造りをしていた。
それを見ていたココネ。
「あぁ。ピヨンを本気にさせちまったな。暫く時間がかかるだろう。放って置いてあげたほうがいい」
ココネは笑みを浮かべると、ライラを呼び寄せる。
「そう・・・、みたいね」
ライラは、ピヨンの様子を確認すると、ダルバス達の元へ腰を降ろす。
「信用して欲しい。ピヨンが繕う物は最高だ。今後の旅の助けになるだろう」
腰を降ろすライラに、ココネはピヨンの腕の良さを自慢していた。
「俺も、何か作ってもらえねぇか?」
ダルバスは、羨ましそうに、ピヨンをみている。
「お前は、戦士だから鋼鉄の鎧があるだろう。ライラは、か弱い女性だぜ?軽くて良い物が必要だろ?」
ココネはそう言うと、苦笑を浮かべていた。
ダルバス達は、ライラの服を作り始めたピヨンを、見守っているしかなかった。

 ピヨンが一生懸命な中、ダルバス達は今後の話を進める。
「なぁ。今というか、早速というか・・・。やっぱり、妙な現象が起きていると思わねぇか?」
ダルバスは、ライラに語りかける。
「そうね。・・・ねぇ。ココネ。あなた達の犬は、今までこのような事はあったの?」
ライラの率直な質問に、ココネは真面目な顔で答える。
「断言していい。全くない。ありえんよ」
ココネの回答に、ライラは暫く沈黙する。
「どうした?」
ダルバスは、ライラに問いかける。
「ねぇ。あくまでも、例えなんだけれども・・・。私は、魔法や音楽を使って動物やモンスター達への、一時的な使役が出来る。攻撃を止めたり、互いに戦闘をさせたり・・・ね?」
ダルバスとココネは、ライラが何を言おうとしているのかを待っている。
「そして、調教師のピヨンは、動物やモンスターを使役し、自分の物にする力を持っている」
ライラは、一息置くと、続けた。
「だったらね?私とピヨンの力を持ってして、人を操る事って出来るのかしら?」
そこまで言うと、ライラはあり得ないとでも言うように、首を振って見せた。
「どういう意味だ?」
ココネは、先を促す。
「私とピヨンの力では、動物やモンスターを使役出来るけれど、人までもを操れないと言う事よ」
ライラの発言を聞き、ダルバスは今までの出来事を思い出していた。
ライラの豹変と記憶喪失。そして、ライラを襲撃した人物。更に、人間ではないが、ロジャーとクーネルの襲撃事件。
「まさか・・・。あり得るか?」
ダルバスは、疑念の言葉を上げる。
「だから!あくまでも、例えと言っているの。魔法や音楽や調教の力以外を使って、人を操るなんて聞いた事がないわ?」
ライラは、諦めが交じった表情で、肩を項垂れて見せた。
しかし、ダルバスはライラが提案した案件について、無下にする事はなかった。
「要は、おめぇは、コウダイが何かしらの力を使って、今回の事件を引き起こしているんだと言いてぇんだな?」
「あくまでも、例え・・・だけれどもね?」
「だったら、動機は?多分だが、俺達はコウダイに恨まれる事はしちゃいねぇ。つけ回される理由もねぇぜ?」
「・・・」
ダルバスの問いに、ライラは答えようがなかった。
 確かに、ダルバスもコウダイを疑っていたが、これと言った明確な理由が見つけられないでいた。
それ故に、未だに疑心暗鬼にならざるを得なかった。
「それに、ライラの仮定が正しかったとして、ドラゴンまで操るか?不可能じゃねぇか?」
ダルバスの問いに、ライラは答える。
「・・・私が、最初に疑問を覚えたのは、私達がドラゴンと戦った時よ。最初は攻撃をしてこなかったドラゴン。それが、コウダイに声をかけた途端、私達は襲われた。もともと、人を襲わないと言われていたドラゴンよ?おかしいと、思わない?」
ライラは、苦し紛れに返答をする。
「いや・・・。しかしなぁ・・・。ベスパーも、ドラゴンに襲われているのも事実だ。だが、今回の件は、証拠もねぇし、根拠も・・・なぁ?なぜ、俺達がムーングロウに降り立ったその日に、ドラゴンやコウダイの餌食にならなきゃいけねぇんだ?」
ライラの疑念も確かだが、やはり、決定打がない理論に、ダルバスは躊躇せざるを得なかった。
「・・・わからない」
ライラも、ダルバスの問いに、沈黙せざるを得なかった。
 ダルバス達のやり取りを見ていたココネ。その場を宥めるかのように声をかける。
「まぁまぁ。悩んでいても、仕方がないだろ?コウダイとやらを、危険と判断するのであれば、うちらも出発するか?」
ココネは、出発の提案を始める。
「まぁ、そうなんだがよぅ。本当にいいのか?既に、不安要素が見え隠れしているんだぜ?いいのか?」
ダルバスは、ココネの提案に躊躇する。
「何言ってんだ。だったら、俺はお前らをここまで呼ばないよ。この先、苦難が待ち構えているのは見えている。そして、ピヨンもこの俺に付いて来てくれるしな」
ココネは、気にしない様子を見せている。
「それより、あなた達が、旅に出かけたら、犬やネズミはどうするのかしら?」
ライラは、膝元にいるクーネルの頭を撫でる。
「あぁ。それなら、心配はいらない。近所の友人に、暫く世話を頼む事にするさ。まぁ、本音を言えば、自分たちの世話から離れるのは、正直辛いがね」
ココネは、本音をうち明けると、苦笑を浮かべた。
「犬やネズミは、あなた達の家族同然の存在でしょ?いいのよ?無理はしないで?」
ライラは、ココネ達を気遣う。
「ありがとう。でも、気にしないでくれ。俺は、キリハの仇も討ちたいからな」
ココネは、自分の気迫をダルバス達に示していた。
「そうか。そう言ってくれると、心強いぜ」
ダルバスは、ココネに感謝の言葉を述べる。

「だったら・・・。ダルバス。私も確認しているけれど、あんたの魔法の練習の成果を見せてご覧なさい?」
ライラは、ダルバスに練習の成果を見せるように促す。
「お・・・おう。もう、殆ど大丈夫だぜ?第3サークルまでの、詠唱の失敗はねぇと思うが?」
ダルバスは、そう言うと、徐に詠唱を始める。
そして、ダルバスは、机の上に置かれた食器に手を翳す。
すると、食器は手を触れていないにもかかわらず、宙に浮き上がった。
「お・・・おぉっ!」
ココネは、突然の出来事に声を上げる。
ダルバスは、食器を元の位置に戻すと、再び詠唱を始めた。
詠唱を終えた直後、ダルバスの姿は消え、瞬時にピヨンの背後へと出現した。
「きゃっ!」
突然、背後にダルバスの気配を感じたピヨン。短い悲鳴を上げていた。
「驚かせちまったかい?悪ぃな?」
ダルバスは頭をかく。
「集中していたからね。いつ来たかわからなかったよ」
ピヨンは、ダルバスが魔法を使ったとは思わず、自分が集中していたから近寄ってきたのに気が付かなかったと思っているようだった。
「ライラの為に、悪ぃな。頼んだぜ?」
ダルバスはそう言うと、ライラ達の元へ戻る。
ピヨンは、再び作業に没頭しているようだった。
「どうよ?」
ダルバスは、ライラへ自慢げに自分の魔法の力を披露していた。
「合格ね。これなら、大丈夫よ」
ライラは、短期間での、ダルバスの成長に満足げな答えを返した。
「本当か?」
ダルバスは、ライラの率直な評価に驚きを隠せないでいた。
「本当よ。・・・よく頑張ったわね。これなら、詠唱失敗などはなく、突然の出来事にも対処出来る事よ?良くできました!」
ライラはそう言うと、ダルバスの頭を、軽く撫でてみせる。
「気持ち悪ぃなぁ」
ダルバスは、ライラの行動に恥ずかしがっているようだ。
「あはは!まぁ、いいじゃない。これで、免許皆伝よ?それでも、今後の精進は怠らない事ね?」
照れるダルバスを、宥めるライラだ。
「あ、そうだ。ちょっと、待ってね」
そう言うと、ライラは、バックパックから何枚もの無地の巻物を取り出すと、それに魔法の文字を書き込んでいった。
暫くすると、その巻物達をダルバスに手渡す。
「はい、これ」
「あ?俺の魔法の書は、既に全部のサークルが埋まっているぜ?まだ、登録をするのか?」
ダルバスは、その巻物を受け取ると、不思議な顔をする。
「馬鹿ね。あんた、巻物の状態で第4サークルの魔法の詠唱成功をさせたのを忘れたの?教えていなかった私も悪いけれど、巻物の状態であれば、魔法の詠唱は成功しやすいの。今渡した巻物は、第4サークルの物よ?また、いざという時に役に立つかもしれないからね?持っていなさいな?」
ダルバスは、ライラの言葉で思い出す。
魔法の書で、第4サークルの詠唱は不可能だったが、巻物の状態では詠唱が出来て、ライラの命を救う事が出来たのだ。
「なるほどな。確かに、おめぇの言う通りだ。ありがたく受け取っておくぜ?」
ダルバスは、巻物を大事にバックパックにしまい込んだ。
 その様子を見ていたココネ。
「ふ~ん。魔法ね。俺には、よくわからんがな」
少なくとも、魔法使いには好意的ではないココネ。ダルバス達のやり取りに、不可思議な感触を覚えているようだ。
「あぁ。悪かったな。薄気味悪ぃ所を見せちまったか?」
ダルバスは、慌ててココネに釈明をする。
「構わんさ。昨夜もお前には言ったが、確かに魔法使いに対しての偏見はあるが、ピヨンにはそれがほとんど無いし、何より仲間のお前達だ。信用せざるを得ないだろう?」
ココネはばつが悪そうに、頭をかいている。
「ココネ。御免なさいね。私達に協力してくれるのに、私達は魔法使い。嫌なら、別にいいのよ?」
ライラは、ココネの反応を見て、遠慮をしないで欲しい旨を伝える。
「あぁ。いいって。少なくとも、君達は悪でも、俺達に害をなす存在でもない。というか、仲間じゃないか。悪かった。俺の態度が悪かったよ」
ココネは、自分が取った態度を謝罪していた。
「いいのよ。こちらこそ御免なさいね?ありがとう」
ライラは、このぎこちない協力者に、感謝の意を述べた。

 ダルバス達が、お互いの存在価値を確認している時だった。
ピヨンの嬉しげな声が上がる。
「出来た!ねぇライラ。出来たから、早速着てみてよ」
振り返ると、ピヨンが革の鎧らしき物を手に、ライラを手招きしていた。
「早いわね。どんな服かしら?」
ピヨンの声に、ライラは嬉々として近寄る。
ピヨンの傍らには、赤い色をした厚手の革鎧とチュニック、そして、やはり革で出来た籠手とスカートとスカーフががあった。
「これが、装備一式。似合うと思うよ?」
ピヨンは、自慢げに披露している。
「ありがとう。じゃ、早速着替えてみるわね?」
ライラは嬉しそうに、装備一式を受け取ると、隣の部屋に足を運ぶ。
「あぁ。あと、これ。ココネ、ダルバス受け取って」
ピヨンはそう言うと、ダルバスとココネに、一枚の布を放った。
それを受け取るダルバス達。
「あ?なんだ、これは?」
ダルバス達は布を受け取る。
「外套。あんた、外套が無いでしょ。その生地は、炎に強い耐性を持っているから、ドラゴンと戦っても、ある程度の炎は防げるよ?」
そう言うと、ピヨンはダルバスとココネに笑みを浮かべると、ライラの後を追った。
確かに、ダルバスは先日のドラゴン戦で、外套を失っていた。
ダルバスが使っていた外套は、普通の生地で出来ていた物だった。無論、ドラゴンの炎に耐えられる物ではない。
「相変わらず、あいつは仕事が速いな。俺達の外套まで用意するとはな」
ココネは、ピヨンの仕事ぶりに苦笑していた。
「本当に、俺達の分まで用意して貰えるとはな。なんだか、申し訳ねぇぜ・・・」
ダルバスは、感無量とでもいうように、新しい外套を羽織っていた。

 すると、着替えを終えたライラが、部屋から出てきていた。
「ちょ・・・。ピヨン。胸元が気になるんだけれど・・・」
ライラは、恥ずかしそうに胸元を押さえながら、ダルバス達の前に姿を現す。
「ねぇ。ライラ。少しはお洒落しよ?綺麗よ?ライラ?」
ピヨンはそう言うと、恥ずかしがるライラを、ダルバス達の前に引き連れてくる。
それを見ているダルバス達。
「はい!これが、ライラの新しい服装。・・・。どう?ダルバス?」
ピヨンは、悪戯げにダルバスに感想を求める。
「ちょ・・・。止めてよ・・・」
ライラは、ピヨンの言葉を遮っていた。
「・・・知らね。服装なんて、どうでもいいじゃねぇか。それより、その服というか鎧が、ドラゴンと戦う時に、役に立つんか?」
ダルバスは、新しいライラの服装に、迷惑そうに視線を逸らしていた。
ライラの服装自体、大した変化はない。
しかし、ピヨンが用意した服は、多少胸元が強調された物になっており、ダルバスはその箇所に違和感を感じているようだった。
ココネは、それに口笛を吹いて見せる。その様子を見て、ピヨンはココネに厳しい視線を送っていたが、ココネは首をすくめると、素知らぬふりをしていた。
「ねぇ。ピヨン。首もとが寒いわ?これじゃ、ドラゴンの炎を受けたら・・・」
不満を言うライラ。
「大丈夫。だったら、これを着けて?」
ピヨンは、そう言うと、一枚のスカーフをライラの首もとに巻き付ける。
「これも、炎に強いよ?それに、胸元も隠せるしね?」
ピヨンは、ライラに巻き付けたスカーフを整える。
「ダルバスを落としたい時は、これは取るの」
ピヨンは小声で、ライラに話しかける。
「もぅ・・・」
ライラは、不満げな表情を浮かべながらも、ピヨンのいいなりになるしかなかった。
「あ、そうそう。あとね、ライラの服装に、ちょっと細工をして置いたの」
ピヨンは、そう言うと、ライラ専用の外套を手渡す。
「この外套はね?というか、鎧もそうなんだけど。ライラは魔法使いでしょ。魔法を使うたびに秘薬をバックパックから取り出すのは大変だと思ったんだよね。なんで、外套と鎧には、沢山のポケットを付けておいてみたの。これなら、種別ごとの秘薬をポケットにしまっておけるよね」
ピヨンは、作ったポケットの使い方をライラに提案する。ダルバスも、外套を確認すると無数のポケットがある事を確認していた。
「なるほど・・・。確かに、これは便利ね。バックパックの中では、いつも秘薬がごちゃ混ぜになっていたからからね」
ライラは、ピヨンのアイデアに感心しているようだった。
「こりゃ、確かに便利だ。秘薬が簡単に取れていいかもな」
ダルバスも、このアイデアに満足しているようだ。
「あは。気に入ってくれて嬉しいよ」
ピヨンも、ダルバス達の反応に満足しているようだった。

 ダルバス達が、ピヨンの仕立てた物に満足している時だった。
ココネは、次の提案を促していた。
「それで?どうする?すぐにでも、出発するか?」
ココネの問いに、ダルバス達は決意を見せていた。
「あぁ。おめぇらが、問題なければ、すぐにでも出発してぇな。詳細はわからねぇが、既に問題は起き始めているようだ。そっちの都合に合わせるが、可能であれば、すぐにでも出発しねぇか?」
ダルバスは、ライラの様子を伺いながら話を進める。
ライラも、ダルバスの提案には異論がないようだった。
「そうか。ピヨン。どうする?俺は、問題はないと思うが?」
ココネは、ピヨンに同意を求める。
「私も同感。問題ないと思うよ。じゃ、早速出発の準備をする?」
ピヨンは、一連の流れに覚悟を決めているようだった。
「わかった。じゃ、俺は、ロジャーとクーネルとゴージャスの世話を、友人に頼んでくる。その間、旅の準備は任せたよ?」
そう言うと、ココネは立ち上がる。
「お・・・おい。いいのか?話はしていたが、先は長いぜ?それに、動物たちの世話も、他人に任せるのも大変じゃねぇのか?」
ダルバスは、わかっていたとはいえ、この旅立ちの様子に、不安を隠しきれないでいた。
「何を今更。お前が、俺達に文を寄こした際に、このような事態は予測していたよ。気にしないでくれ。・・・じゃ、ピヨン。準備は宜しくな」
ココネはそう言うと、動物たちを引き連れて、家を後にしてしまった。
「・・・いいの?ピヨン?」
ライラは、心配そうにピヨンを見つめる。
「しつこいよ。ココネがいいって、言っているんだから。私は、それに付いてゆくだけ。じゃ、長旅になりそうだから、私も支度をするね。ちょっと、待っていてね」
ピヨンはそう言うと、早速準備を始めていた。
ダルバス達は、その様子を黙って見ているしかなかった。
 ピヨンが準備する様子を見ていると、かなり周到な用意をしている事がわかった。
食料は勿論。傷ついた装備品の修復道具や、グレイシーの餌など。そして、探検に必要と思われるランタンや寝袋。そして、各種消耗品などを、手際よくバックパックに納めていっていた。
その様子を見ていたダルバス達。
「は~。旅慣れしてんだなぁ・・・」
ピヨンの様子を見ながら、ダルバスは感心した声を上げていた。
「当然よ。私は、ココネの仕事に付いていく事が多々あるの。これくらいの準備は、当たり前ね」
ダルバスの声を聞き、ピヨンは黙々と必需品を、バックパックに詰めてゆく。
「こりゃ、ココネには、勿体ねぇほどの、嫁さんだな」
ダルバスは、苦笑すると、頭をかいていた。
「ライラ!あんたも黙って見ていないで!ほら!あんたも、彼のためにアピールするの!」
ダルバスに誉められたピヨンは、恥隠しのためにライラを手伝わせる。
「ちょ・・・!・・・のためって・・・!」
ライラは、言葉を濁らせながらも、ピヨンの手伝いをする羽目になる。
ダルバスは、ピヨンの意図はわかっていたが、あえて素知らぬふりをしていた。

 程なくすると、ココネが戻ってくる。
「犬とジャイアントラットは、預けてきたよ。シャドウの奴だったら、きちんと世話をしてくれるだろう」
ココネはそう言うと、苦笑いを浮かべる。
「何だ?その、シャドウって奴は?」
ダルバスは、苦笑いを浮かべるココネに問う。
「あぁ。ちょっと、お前らから見れば、薄気味悪い仲間なんだがな。毒と血が好きな仲間なんだ。って、勘違いするなよ?そう言う研究をしている奴で、俺達を毒殺したり、血を吸ったりする奴じゃないからな?」
ココネは、慌てて釈明する。
「あぁ。わかっているよ。おめぇの友人に、そんな危険な奴がいる訳ねぇからな」
ダルバスは、ココネを信用している。ココネの釈明に、苦笑で返していた。

 ダルバス達が、シャドウに感謝している時だった。
「はい!準備は出来たよ。いつでも出発は出来るよ?」
ダルバス達が振り返ると、ピヨンが準備万端な旨を伝えていた。
「そうか!じゃ、早速出発するか?」
ココネは、ダルバス達を促す。
「本当に・・・。いいんだな?」
ダルバスは、ココネの真偽を促す。
「くどい!お前らは、俺達を弄びに来たのか?既に、ペットたちはシャドウに預けた。後戻りをしろとでも?」
ココネは、ダルバスに詰め寄った。
「・・・悪かった。俺は・・・俺達は・・・。最高の仲間を得たようだな」
ダルバスはそう言うと、ココネの首を抱きしめた。
ライラは、その様子を見ながら、新たなる決意を固めていた。
「ピヨン・・・。ありがとう。宜しくね?」
ピヨンに視線を送るライラ。
「勿論よ。じゃ、出発しよ?」
ピヨンは、ライラ達に出発を促す。
一同は、ピヨンの発言により、志気を高めているようだった。

「それで?この後はどうする?」
ココネは、今後の旅順をダルバスに問いただす。
「あぁ。取り敢えずは、ムーングロウの街に戻る必要があるな。その後に、トリンシックへの船旅が待っている。多分、半日も船に揺られれば着くと思うぜ?」
ダルバスは、旅程をココネ達にイメージさせる。
「俺達も、キリハに会いに、ムーンゲートを使ってベスパーに行った事はあるが、船旅はほとんど無いな。お前達は、船旅でここまで来たんだろう?どうだ?船旅は?」
ムーンゲート以外での移動をした事がないココネ達。船旅の感想を求めていた。
「・・・。いや・・・。お勧めはしねぇ・・・」
ダルバスは、苦笑いを浮かべる。
「あぁ。ダルバスちゃんはねぇ。船に乗った途端、吐きっぱなし。情けないったら、ありゃしないわ?」
ライラは、ブリテイン港から、ここムーングロウに来るまでのダルバスの様子を説明すると、可笑しさを隠しきれないとでも言うように、腹を押さえていた。
「て・・・、てめぇっ!」
ダルバスは、反論しようとするも、出来ないでいた。
「はいはい。瀕死のダルバスちゃんは、私の膝枕で死にそうになっていたからねぇ?」
ライラは、その時の様子を説明していた。
「・・・」
ダルバスは、反論のしようがなかった。
「・・・。やっぱり熱いな。というか、惚気は結構。・・・俺も、船酔いをしたら、ピヨンは介抱してくれるかな?」
ココネは、ピヨンに視線を送る。
「ライラみたいに魔法は使えないけど、グレイシーの角はお見舞いしてあげるよ?」」
ピヨンの照れ隠しに、ココネも沈黙をせざるを得ない。

「と・・・。ともあれ。出発しようか」
ココネは、言葉を失いながらも、出発を提案する。
「わかったぜ。じゃ、また問題が起きる前に、出発するとするか」
ダルバス達は、自分たちの荷物を纏めると、ココネ邸を後にする。
家に施錠をし、出発の決意を新たにするココネ達。
遠くのシャドウ邸からは、ロジャーとクーネルが主人を捜す声が聞こえてくる。
「ごめんね。ロジャー。クーネル。ゴージャス。私達も、やらないといけないことがあるからね。帰ってくるまで、シャドウに可愛がって貰うんだよ?」
ピヨンは、シャドウ邸の方を見つめると、動物たちに謝罪をしていた。
ピヨンの傍らには、グレイシーが控えており、今後はグレイシーが彼らの供となっていた。
「さ。じゃ、行きましょ?」
ライラは、ココネ達の雰囲気を察すると、先に進むように促した。
「わかった。じゃ、ココネ。私の後ろに乗って?」
ピヨンは、グレイシーに跨ると、ココネを促す。
ユニコーンであるグレイシーは、女性であるピヨンの命にしか従わない。ココネは、ピヨンにならい後ろに跨る形になる。
「よし。じゃ、出発だ!」
ダルバスは、ココネ夫妻へ未練を残さないように、ノイへ鞭を入れると、一気にムーングロウの街へと馬の歩を走らせた。
それに続く、ライラとココネ達。
自宅を後にして、一同はムーングロウの街へと向かった。

 動物園を脇に見ながら、ダルバス達は馬を疾走させてゆく。
またコウダイがいるのではないかと警戒していたが、動物園や、ムーングロウの街の入り口には確認する事はなかった。
そのまま、生け垣の迷路を脇に見ながら、港に到着するダルバス達。
「さて。時間はまだ早い。船は、まだあるんじゃねぇか?」
ダルバスは、傍らにある出船所を指さした。
その先には、学者の財と書かれた出船所があった。
「変わった名前だな。出船所なのに学者?」
ココネは、その名前に不思議がっていた。
「あぁ。これは、ムーングロウ故ね。ムーングロウは、魔法の街。だから、学者とか学生寮とかの名称を付けているところが多いのよ」
ライラは、ムーングロウの街の説明をしてみせる。
「私達も、ムーングロウに住んで長いけど、そこまで気にした事はなかったね」
ピヨンも、ライラの博識に驚いているようだった。
「ま、ともあれ、今日出船する船があるかどうか、聞いてくるぜ?ちょいと、待ってな?」
ダルバスはノイを降りると、出船所の中へ消えていった。

「おう。ちょいと、聞きてぇんだがよ。トリンシック行きの船は、あるかい?」
ダルバスは、カウンターにいる男性へ声をかける。
「あ。ありますよ。間もなく出船です。お乗りになりますか?」
カウンターの男性は、出船間近な故を、ダルバスに伝える。
「そうか!ちょっと、待ってくれ!」
ダルバスは、そう言うと外に走り出した。
「おう。ギリギリ間に合ったようだぜ?すぐにでも出船するらしいが、乗るか?」
ダルバスは、ココネ達に出発を促す。
「そうか。それはいい。じゃ、乗り込もう」
ココネは、ピヨン達を促していた。
「急ごうね」
「いいタイミングね。急ぎましょ?
ピヨン達は、そそくさと乗船準備を進めていった。

 ムーングロウからトリンシックまでの船旅は、1000GPほどだった。
各々料金を支払うと、早速船に乗り込む。
まさに、ギリギリだったのだろう。
ダルバス達が、船に乗り込むと同時に、船は錨を上げ、大海原へと帆を進めた。
船の規模は、それほど大きくない。
寝泊まりするような部屋もなく、休みたかったら、大部屋で雑魚寝する位しかないだろう。
「危なかったな。ギリギリだったぜ」
ダルバスは、胸をなで下ろす。
「船旅は、半日かからないそうよ?夕刻を過ぎた頃には着くんじゃなくて?」
ライラも、タイミング良く乗り込めた事に、安堵しているようだった。
ダルバス達は、馬とユニコーンを、所定の場所に繋ぐと、甲板に腰を降ろしていた。
「船旅か・・・。久しいな。でも、天気も快晴。この上ない旅じゃないか」
ココネは、久しぶりの旅に、満悦しているようだった。
「あんたは、新婚旅行の時に船で吐きまくっていたからね。いい想い出じゃない?」
ピヨンは、当時を思い出すと、ココネをからかっていた。
それを聞いていたライラ。
「あらぁ?ダルバスちゃんは、まだ、大丈夫なのかしら?」
からかう視線を、ダルバスに送っていた。
「ば・・・。馬鹿野郎!俺は、まだ大丈夫・・・。う・・・。多分・・・。うぇ・・・」
ライラの心配は的中しているのだろうか。既に、ダルバスは船酔いの兆候を見せ始めていた。
「馬鹿言うな。俺は、あの時の俺じゃ・・・。・・・うぷ・・・」
ココネも強気を見せるが、揺れる船に翻弄されているようだった。
 その様子を見て、ライラは笑い声を上げていた。
「これは、私達の勝ちね!?普段は、強い野郎共だけれども、船の上では、私達の勝ちよね?」
ライラは、可笑しさが隠せないとでも言うように、ピヨンに笑いかけていた。
「確かに、情けないね。私達は平気なのに・・・」
ピヨンは、ダルバスとココネの様子を見ると、複雑な表情を浮かべていた。

 と。その時だった。
「おや。ダルバスさんとライラさんじゃないですか」
その声に振り返った瞬間。
ダルバスとライラは驚愕する。
そこには、コウダイがいたのだ。
「奇遇ですね。あなた達もトリンシックへ向かうので?驚きましたよ」
コウダイは、このタイミングを本気で驚いているようだった。甲板の椅子に座りながらダルバス達を見つめていた。
「な・・・」
ダルバス達は、声が出せないでいた。
まさか、ここでコウダイに遭遇するとは思ってもいなかったからだ。
「おや。あなたは、明朝お会いした方ですね。ワンちゃん達。可愛かったですよ?」
コウダイは、そう言うとココネを見つめる。
コウダイの笑みに、ココネは背筋が凍るのを感じていた。
「あ・・・。あぁ。今朝の人か。ロジャーとクーネルを可愛がってくれて・・・。その、ありがとう」
コウダイの冷たい笑みに、ココネは曖昧な答えを返すしかなかった。
(間違いねぇ。ココネが遭遇したのはコウダイだ)
ダルバスは、小声でライラに伝える。
(そうね。でも・・・)
ライラは、一連の出来事に困惑しているようだった。
それは、何もかもが、今までの事件と繋がりを持たないからだった。
「おう。また、会ったな。おめぇさんも旅の途中かい?」
ダルバスは、当たり障りのない会話を促す。
「くっくっくっ。すみませんね。私は、あなた達に嫌われているようなので、ムーングロウを後にしたつもりなのですがね。まさか、行き先まで同じだとは・・・」
コウダイは、ダルバス達の意図を茶化すかのように、含み笑いを浮かべていた。
「いや・・・。そんなつもりはねぇんだがよ・・・」
ダルバスは、不気味ではあるが、コウダイの存在を再認識していた。
コウダイは敵なのか。しかし、それにはあまりに証拠がなかった。
不気味である以外、コウダイには疑念をかける余地が無かった。
ライラは、著しくコウダイを疑っていたが、やはり証拠や動機など思い当たる節はなかったのだ。
「まぁ。私もこんな風体や性格なのでね。確かに、廻りから気味悪がられているのです。どうです?私は、あなた達と仲直りがしたい。一緒に、食事でもいかがです?」
コウダイは、唐突とも言える提案をダルバスに突きつける。
「お・・・おう。どうするよ?」
ダルバスは、困惑した顔をしながらライラ達を振り返る。
「構わないわ。食事をしましょ?」
ライラは躊躇わずに答えていた。
確かに、危険かもしれないが、相手の情報も掴みたかったのだ。
コウダイが、どこまで自身を明らかにするかはわからなかったが、些細な情報でも手に入れる必要があると、ライラは考えていた。
「ダルバス達がいいのなら、俺達も構わないよ」
ココネも、ライラと同じ気持ちなのだろうか。快く、提案に応じていた。
「そうか。だったら、昼飯と洒落込むかい?」
ダルバスは苦笑いを浮かべると、コウダイの提案を承認した。
「これはこれは。私は、あなた達に、思いの外嫌われていなかったようだ。くっくっくっ。では、中で食事としましょう」
コウダイは、そう言うと、皆を船内へと誘う。
ダルバス達は、警戒を隠しながらもコウダイに続くしかなかった。

 船内の造りは、質素な物だった。
船が、あまり大きくない故だろうか、食堂も、せいぜい20人ほどで、満員になると思われた。
しかし、食事はそれなりの物が提供されていて、長旅を続ける旅人を飽きさせないようになっているようだ。
「ねぇ。私食べたいものがあるの。注文していいかしら?」
席に着くなり、ライラは食事の注文を促した。
「あ?構わんぜ。好きなもん食いな」
食欲を見せるライラに、ダルバスは素直に応じていた。
「私、鳥のローストが食べたいのよね。皆さんもいかがかしら?」
ライラは、皆を振り返ると、注文を促していた。
皆は、ライラがよほど腹を空かせていたのだろうと解釈し、無言で頷いていた。
「そうそう。だったら、お酒も少し頂きましょうかね?」
ライラは、そう言うと、注文を始めていた。
「コウダイさんはどうかしら?何かお好きなお酒でもあって?」
ライラは、コウダイを振り返ると注文を促していた。
「くっくっくっ。・・・コウダイでいいですよ。ライラ?注文は、あなたにまかせましょう」
コウダイは、ライラの様子を見ながら、含み笑いを浮かべていた。
 ライラが、昼間から酒を勧めるのには、ライラの魂胆があったからだ。
コウダイに酒を勧める事により、少しでも口を緩めようと言う事だった。
成功するかはわからない。しかし、やれる事はやってみようと、ライラは考えていた。
 その様子を、ダルバスは無言で眺めていた。
ライラの意図はわかっている。この行動が、吉と出るか凶と出るか。
やってみなければ、わからないといった感じだった。

 程なくして、料理が皆の前に運ばれてくる。
鳥のローストと、パン、チーズなどだ。
そして、ワインなどのアルコール類なども、皆の席に運ばれてくる。
「なんだか、申し訳ないですね。私が食事の提案をしたのに、ライラが全てをやってくれるとは」
コウダイは、事の成り行きに苦笑いを浮かべていた。
「いいのよ。それより、コウダイ。先日の動物園では御免なさい?ちょっと、色々あったんで、私苛々していたの。あなたに、当たり散らしてしまったわね?」
ライラは、コウダイに謝罪を述べた。
無論、これは本心ではない。コウダイの、警戒を緩めるが故だった。
「くっくっくっ。気にしないでください。・・・。さあ、乾杯しませんか?」
コウダイは、杯を持ち上げると、乾杯の意思を示していた。
「乾杯!」
皆は、警戒を隠しつつも、コウダイの音頭に合わせる。

 時刻は昼を過ぎた頃だった。
ダルバス達以外にも、食堂で食事を楽しむ人達が溢れかえっている。
単身の旅行者や、行商での旅人。カップルでの旅行など、食堂は賑わっているようだ。
「・・・。それで?コウダイの旦那。あんたは、トリンシックに行って、何をするつもりなんだい?」
食事をしながら、いきなり核心を突く質問をするダルバス。
「あぁ。もちろん、ダルバス達に嫌われたから、ムーングロウを出るというのは冗談でしてね。なに、野暮用ですよ」
ダルバスの質問にも、コウダイは明確な答えを返す事はなかった。
「それより、あなた達こそ、何故にトリンシックへ?」
コウダイは、相変わらず冷たい笑みでダルバス達を見つめている。
「あ、あぁ。俺達は・・・」
ダルバスの言葉が詰まった時だった。
「あ。私達はね。見ての通り、新婚旅行の途中なの。この、ココネ夫妻も、新婚ホヤホヤ。一緒に、旅をしようって事なのよ?」
そう言うと、ライラはダルバスの腕に絡みついてみせる。
当然。これは嘘だった。
ダルバスも、一瞬拒絶の反応を見せるが、ライラの意図を汲み取り、抵抗はしなかった。
「ま。そういう訳なんだ。俺達のような熱々な夫婦達を、邪魔出来る奴はいねぇぜ?」
ダルバスはそう言うと、ライラの肩を手繰り寄せてみせる。
「ま、俺達も・・・な?」
ココネも、ピヨンの肩を抱きしめていた。
「くっくっくっ。そうですか。私は、お邪魔したみたいですね。末永く、お幸せに・・・」
コウダイは、そう言うと、ワイングラスを煽る。
その隙を逃さず、ライラは酒をつぎ足した。
「いい飲みっぷりね。さぁ、仲直りをしたいのでしょう?私も、誤解をしていたわ?御免なさいね?ほらもっと、飲みましょ?」
ライラは、胸元のスカーフを取り外すと、コウダイの横に座り込む。
「私も、嬉しいな。うちの犬たちを可愛がってくれたんでしょ?私も、動物が好きだからね。可愛がってくれる人は大歓迎だよ?」
ピヨンは、そう言うと、ライラと挟むようにコウダイの横に座り込む。
その様子に、コウダイは多少慌てる様子を見せていた。
「くっくっくっ。お嬢様方。何をなさっているので?」
両手に花の状態になったコウダイ。身じろぎが出来なくなっていた。
「ねぇっ!ダルバス!私への酌はどうしたのよ!さっさと注ぎなさいよ!コウダイにもね!」
ライラはそう言うと、ダルバスへの酌を求めた。
現状を理解しているダルバス。
「お・・・おぅ。悪ぃな。つか、おめぇ、飲み過ぎじゃねぇか?」
ダルバスは、苦笑を浮かべながらも、ライラとコウダイへの酌をしていた。
「ほら!ココネ!私達も負けちゃうじゃない!とっととお酒持ってきてよ!」
ピヨンも、事態を理解しているのだろう。ココネに演技を促していた。
「悪い悪い。コウダイが、そこまで飲むとは思わなかったよ。ほら、遠慮しないで、もっと飲んでくれよ?」
ココネは、慌てるふりをしながら、ピヨンとコウダイの杯を満たしてゆく。
コウダイは、注がれる杯を空けざるを得ない状態になっていた。
「いや・・・。ここまで・・・とは・・・。これは、考えざるを・・・得ない・・・ですね」
飲め飲め攻撃に、コウダイは意味不明な言葉を、発し始めていた。
ダルバス達は、身構えていた。
コウダイが、これから何かをするのではないかと。
しかし。
「これが、私が求めていた・・・。いや、いや、いや。違う・・・。こんなの・・・。私の、恨みからすれば・・・」
コウダイは、視線漂わずといった感じで、独り言を呟き始めていた。
その様子を、ダルバス達は固唾を呑んで見守っていた。
(飲ませ過ぎちまったか?)
ダルバスは、小声で皆に話しかける。
(お酒は強くないみたいだね。もう少し、様子をみようか)
ピヨンも、小声で答えていた。

 コウダイを見ていると、何やら不思議な動作をしていた。
通りすがりの船員に、右手を振り上げる動作をしながら、声を発しているようにも見えた。
「・・・せ。・・・を、・・・せ」
その時だった。
「うぉっ!」
目の前の船員は、ビクンと体を震わせると、辺りを見渡していた。
「なんだ!?誰か、私を触ったか?」
船員は、食堂を見渡すと、驚きの声を上げていた。
「・・・。気のせいか?」
船員は、身震いをすると、そそくさとその場を後にしていった。
その様子を見ていたダルバス達。
(どう思う?)
ライラは、小声でダルバスに問いかける。
(わからねぇ。コウダイは、何かをしようとしたみてぇだがな。何が起きたんだ?)
ダルバスも、今起きた現象に、理解不能としか言いようがないようだ。
(ねぇ。私達も、取り敢えず酔っぱらいのふりをしながら、話を進めた方がいいんじゃない?)
ピヨンは、そう言うと、自分のグラスに入っている酒をあおってみせる。
「ほら。コウダイ。飲み過ぎなんじゃない?」
ピヨンはそう言うと、酩酊しているコウダイの体を抱え上げた。
その時だった。
「やっ!」
ピヨンは、持ち上げたコウダイの体を手放していた。
コウダイの体から伝わった、表現のしにくい感覚。
例えるなら、コウダイの体から出てきた茨が、自分の体に絡みつき、支配されるような感覚だった。
「どうしたっ!」
ココネは、ピヨンの元に近づく。
「いやっ!」
ピヨンは、ココネにしがみついていた。
足下には、酩酊して寝込んでいるコウダイがいた。
その様子を見ていたダルバス。
警戒しながら、コウダイの体に触れてみた。
ダルバスが、コウダイの体に触れると、とても奇妙な感覚に襲われていた。
それは。
憎悪。怒り、苦しみ。挫折。虚無。虚空。絶望。
ありとあらゆる、負の思念だった。
それらが、コウダイの体から茨となり、触る人物にまとわりついてきているようだった。
「これは・・・」
ダルバスも、このままコウダイの体に触れているのは危険と判断したのか、思わずコウダイの体を手放していた。
「どうしたの?」
ライラは、ピヨンとダルバスの行動に、不安を覚えていた。
「いや・・・。なんと言ったらいいか・・・」
ダルバスは、言葉を噤んでしまっていた。
人の体に触れて、相手の感情が流れ込んでくるなど、普通は無いからだった。
「なぁ。ライラ。魔法使いになったから、相手に触れて、相手の感情を読むと言う事は出来るか?」
ダルバスは、率直な質問を、ライラにぶつける。
「え?そんな事、出来ないわよ。何を言っているの?」
ライラは、そう言うと、コウダイの介抱を試みる。
「待て!コウダイを介抱するなら、用心してくれ。いきなり抱えるのではなく、最初は触れるだけ・・・な?」
どう説明したらよいのか。このまま、コウダイを放置する訳にもいかないが、介抱するには、最大限の注意が必要だと言う事を、ライラに示唆していた。
「わかったわよ」
ダルバスの示唆を理解したライラ。
コウダイの、首もと部分に触れてみる。
その時だった。
ライラの脳裏に、コウダイの思念が入り込んできていた。
憎悪。怒り、苦しみ。挫折。虚無。虚空。絶望。
ライラは、それと同時に頭痛を覚えていた。
「ぐっ!」
ライラは、片手で頭を押さえ込む。
「ライラ!」
ダルバスは、ライラを気遣っていた。
「だ・・・。大丈夫」
ライラは、頭痛を抑えながらも、コウダイからの思念を受け取っていた。
「これは・・・ライキューム研究所?子供が苛められて・・・?女性の・・・先生・・・?」
不思議な事に、コウダイに触れていると、見た事がないビジョンが、ライラの脳裏に浮かび上がってきていた。
「崖が・・・、飛び降りた・・・?ここは・・・。ムーングロウ?ドラゴン?私達・・・?」
ライラは、頭を押さえながらも、見えているビジョンを呟いている。
「・・・え?これは、どこ?洞窟?ドラゴンが一杯・・・。え・・・。これは、ベスパー?なんで、ここが・・・?」
コウダイから送られる、様々な思念は、ライラを混乱させるには十分だった。
しかし、ライラはなるべく多くの情報を得ようとするが故に、現状に耐えていた。
次に見えたビジョンは、あまりに驚愕な光景だった。
燃えさかる町並み。逃げまどう人々。その上空には、多数のドラゴン達が乱舞していた。
「これは・・・ベスパー・・・」
凄惨な光景ではあるが、懐かしい光景でもあった。
そして、視線が移ると、そこにはライラにとって、かけがえのない人物達が映し出されていた。
それは、両親であるロランとセルシアだった。
古代竜と対峙している両親達。
そして、激しい戦闘の後、古代竜の尾によりはじき飛ばされ、絶命するセルシア。
その後、ロランが古代竜の炎により火柱と化す様子。
それらの様子が、ライラの脳裏に容赦なく入り込んできていた。
「いやあぁぁぁぁぁっ!」
ライラは、コウダイから離れると、頭を抱えながら蹲ってしまっていた。
ライラの体は細かく震え、涙を流していた。
「ライラ!」
ダルバスは、ライラの肩を押さえる。
「どうした!何があった!」
ダルバスは、先ほど感じたコウダイからの思念を、ライラがまともに受けてしまったのかと危惧していた。
「ダルバス!ダルバス!お母様が!御父様が!古代竜に・・・っ!」
ライラは、大粒の涙を流しながら、ダルバスにしがみついていた。
ライラの両親が、古代竜に殺された時は、ライラは自宅の地下室にいた。
そして、両親の最期を聞いた時には、イメージしか抱けなかったのだが、実際に自分の脳裏に現れたのは、無論、この時だけだった。
「ライラ。落ち着いてくれ。何があった?」
荒れるライラを制すると、事態の説明を促した。
ライラは呼吸を整えると、何とか落ち着きを取り戻し、現状を説明する。
「・・・。私がコウダイの体を触った時、ありとあらゆる負の概念を感じたの。その後に、コウダイの記憶とでも言うのかな、それらが私の脳裏に入って来たのよね」
ライラは、今自分が感じた内容を、ダルバス達に説明し始めた時だった。
「待て。この話は、今ここでしない方がいいんじゃないか?」
ココネは、声を小さくすると、警戒を促した。
ココネの声に、一同の視線は、寝込んでしまっているコウダイに注がれていた。
「確かに。寝てはいるようだが、この話を聞かれるのは厄介だな」
ダルバスも、ココネの案に頷いていた。
「どうする?ここに放置って訳にもいかないよ」
ピヨンは、今の状態に懸念を示す。
「仕方ねぇ。ちょっと危険だが、皆で船室に運ぶしかねぇな」
「大丈夫かしら?」
ライラは、今の現象に危機感を覚えていた。
「構わないよ。コウダイは、俺達で運ぼう。ピヨンとライラは手を出さないでくれ」
ココネは、自分とダルバスで運ぶ事を提案する。
「私も手伝うよ。ライラは見ているだけでいいから」
ピヨンは、自分も手伝う意思を見せていた。
「そんな・・・。私だけだなんて嫌よ。私も手伝うわね」
ライラは、自分だけが手伝わないのは不服と言わんばかりのようだ。
「いいのか?」
ダルバスは、先ほどのライラの様子を思い出すと、ライラを心配していた。
「いいのよ。さ、早速船室に運んであげましょ?」
ライラはそう言うと、皆を促した。
ダルバス達は、無言で返事を返すと、コウダイの体の周りに集まる。
「手足を皆で持っていこう。俺は右手。ダルバスは左手。ピヨンは右足。ライラは左足だ」
ダルバス達は、まるで今にも爆発寸前の爆弾を扱うかのように、そっとコウダイの体を持ち上げてみる。
「ぐっ・・・」
誰ともなく、苦痛の声を漏らす。
頭に流れ込んでくる、あらゆる負の思念。
「急いで、運びましょ」
ライラは、皆を促していた。
しかし、ライラとダルバスとピヨンは、少し違和感を覚えていた。
それは、先ほどより、流れ込んでくる思念がかなり弱いという事だった。
それでも、不快な感覚には違いない。
ダルバス達は、手際よく船室へとコウダイを運び込んでいた。
 船室には、数人の客がいて、読書にふける者や、雑魚寝をしている者達がいた。
ダルバス達は、コウダイを船室の隅に寝かせると、船室に用意してあった毛布を掛ける。
コウダイは、目を覚ますことなく、眠りに落ちているようだった。
ダルバスは、無言で皆を促すと、船室を後にし、甲板へと足を運んだ。

 甲板に出ると、日中の穏やかな陽ざしがあり、心地よい海風がダルバス達の頬を撫でていた。
「ふ~!まるで、真っ暗闇の洞窟から出てきたような感じだ」
ココネはそう言うと、目を閉じて大きく深呼吸をしていた。
皆も同じような感じで、新鮮な外気を吸い込んでいるようだった。
「しかし、未だに訳わかんねぇぜ。一体、ありゃ、何だったんだ?」
ダルバスは、今起きた不思議な現象に、腕を組んでいた。
「ねぇ。一度話を纏めてみない?このままじゃ、訳がわからないわ?」
ライラは、甲板に皆を座らせるよう促した。
「それじゃ。ちょっと纏めてみるわね」
皆が腰を降ろすのを確認すると、ライラは話し始める。
「まず。私達が船に乗り込んだらコウダイがいた。そして、コウダイは私達に仲直りをしたいと、食事の提案をした。ここまでは、いい?」
皆は、無言で頷いていた。
「私はコウダイに何かをされる前に、自分で食事の注文をした。そして、コウダイの口が少しでも軽くなるようにと、お酒を勧めた」
「飲ませ過ぎちまったみてぇだがな」
ダルバスは、苦笑しながら口を挟む。
「もぅ。揶揄を入れないで!・・・で、コウダイの目的は、トリンシックでの野暮用。理由は、明確にしなかったわね。そして、私達は旅の理由を知られないように、新婚旅行と偽った」
ココネとピヨンは、苦笑いを浮かべながら、ライラに続けるよう促す。
「そして、コウダイにお酒を飲ませるために、私とピヨンは色仕掛けでコウダイを泥酔させた。・・・まさか、あんなに早く酔いつぶれるとは思わなかったけれどね」
ライラは、苦笑いを浮かべながら、一息入れる。
「問題は、この後ね。コウダイが発した言葉。何かを望んでいたようだけれど、その後に恨みという言葉を使い否定していたようね」
「恨みって何だろうね」
ピヨンも不思議に思っているようだ。
「私にもわからないわ?ゴメンね。続けるわよ?そして、その後にコウダイは船員に向かって何かをしようとしていた。そして、船員は何かに触られたのかと思い辺りを見ても何もないので、勘違いかと思い気にしなかった」
ライラは、この点が一番気になっていた。
仮定ではあるが、コウダイは人を操る事が出来るのではないか。
コウダイが手を上げた事により、相手に何かしらの影響があるようにも見えたからだ。
しかし、もしかしたら、それはパラディンのような能力で、全く別の能力かもしれないとも考えてもいたのだ。
「そして、コウダイの体に触れると、負の思念に支配される感触がある。そして、私の思念に入り込んできたのは、恐らく、コウダイの記憶。幼少の頃かしら?ライキューム研究所が見えたわね。そして、もしかしたら苛められていた。他にも、崖から飛び降りるような映像。そして、私達がドラゴンと戦っている時。あとは、どこかはわからないけれど、どこかの洞窟。その中には多数のドラゴンがいたわ。そして、最後に見たのは・・・。私の両親が殺される所ね」
ライラは、語尾を詰めるも、ライラが見たビジョンを説明してゆく。
「そして、私達は、泥酔したコウダイを皆で運んだ。でね?その時なんだけれど、皆も感じなかった?コウダイから感じる負の思念が弱かったのよ。どういう事かしら」
ライラは、一通り話を纏めると、皆に意見を求めた。
「俺も感じたぜ。最初に触った時は、放り投げたくなるくらいの不快感だったが、運んだ時はそれほどでもなかったな」
「私も同じ。何故だろ」
ダルバスとピヨンも同感していた。
「俺は、わからないな。運ぶ時以外は、コウダイに触れていないからな。というか、あれより強い感触だったら、俺も放り出すかもしれないな」
ココネは、その様子をイメージしながら首を振っていた。
「もしかしたら、みんなで触れたから、思考の流れが分散されたのかもしれないわね」
「そうなのか?」
「わからないわ。仮定での話よ」
ライラはそう言うと、首を振ってみせる。

「以上が、大体の纏め。一体、コウダイはどういう人物なのかしら?」
ライラは、ダルバスに問いかける。
「いつも、椅子に座っている奴だ」
ライラの問いに、ダルバスは苦笑しながら答える。
「はぁ?あんた馬鹿?こんな時に、冗談言ってんじゃないわよ」
「だって、出会うたびに、あいついつも椅子に座ってねぇか?さっきも、甲板の椅子に腰を降ろしていたしな?動物園でもそうだったと思うし、確か、初めて会った時も、道の椅子に座っていたような気がするぜ?」」
ダルバスは、苦笑しながら釈明していた。
「馬鹿の意見は却下。他には、何かあるかしら?」
ライラは、ダルバスの意見を無視すると、他の意見を求める。
「まあ、決定的な事は、ベスパーやダルバス達を攻撃したドラゴン。これは、何かしらの形で、コウダイが関わっていると思っていいんじゃないか?ライラは、その思念を感じ取ったのだろう?」
ココネの意見に、ライラは深く頷いていた。
「そうね。偶然にしては、出来すぎだわ?確かに、ベスパー事件の時に、コウダイはベスパーにいて、その光景を見ていたのかもしれない。前に、コウダイは、私は知る由もないって、言っていたけれどね」
ライラは、動物園の前で交わした会話を思い出していた。
「ライラは、コウダイの思念から、両親が殺られる所その物が見えたんだろ?普通、そんな危険な場所にいるもんか?もし、本当にベスパーに来ていたんだったら、逃げ回るなり、戦うなりの記憶じゃねぇか?人が殺されるところを、悠長に見ていられるもんかねぇ?」
ダルバスは、首を傾げていた。
「そうよねぇ」
ダルバスの指摘に、ライラも悩まざるを得ない。
「ねぇ。コウダイは、人や動物を操れるかもしれないって話だけど、その話はどうかな」
沈黙していたピヨンが口を開く。
「さっき、コウダイを触った時に、絡みつくような感じがして、体が支配されそうになったよね。それと、コウダイが船員に手を上げた時に、船員が見せた反応。これは、どうかな」
ピヨンは、先ほど体験した内容を思い出す。
「なるほど。確かにな。でも、俺達は誰も操られているようには見えねぇぜ?」
ダルバスは、自分や皆を確認している。
「わからないけど、泥酔していたからじゃない?もし、本当に人を操る事が出来るのなら、酩酊していたら難しいんじゃないかな」
仮定を立てるピヨンだが、無論確信はない。
「俺達に、敵意や悪意があるのなら、出会った時点で何かされるんじゃないか?」
ピヨンの仮定に、ココネは質問をぶつける。
「さぁ・・・。わかんないよ」
ピヨンも、言葉に詰まってしまう。
「もしかしたら、複数というか、私達が廻りにいたからじゃないかしら。仮に、コウダイがダルバスを操って何かをさせようとしても、私達がダルバスを袋叩きにして正気に戻せばいいだけの話だからね」
ライラは、自分がダルバスを殺害しようとした時の頃を思い出していた。
ライラは、ダルバスが放った魔法の衝撃により、正気を取り戻したからだ。
「なるほど。だったら、そこにいる俺達全員を操っちまえばいいんじゃねぇか?」
率直な疑問を述べるダルバス。
「多分、だけれど。コウダイは、一人しか操れないんじゃないかな。理由は、さっきみんなでコウダイを運んだ時よ。一人で触った時と、みんなで触った時は、感触が全然違ったでしょ?さっきは、コウダイが泥酔していたから操られなかったけれど、しらふだったら危なかったかもね」
ライラの推理に、皆は感心したように頷いていた。
「だがよ。もし、コウダイがドラゴンを操るとなると、矛盾が生じねぇか?ベスパーの時は、数え切れねぇほどのドラゴンがいたんだぜ?もし、一人しか操れないとなると、あのドラゴン達の説明はつかなくなるぜ?」
ダルバスは、ライラの推理の矛盾を指摘する。
「・・・。わからないわね」
ダルバスの指摘に、さすがのライラも沈黙してしまう。
「行き止まりか・・・」
ココネも、事の成り行きを見ていたが、さすがにこれ以上の推理は困難と判断していた。
皆はため息をつくと、暫くの沈黙が続いた。

 空は快晴で、海は凪いでおり、船は順調にトリンシックへと進んでいた。
時刻は午後3時を越えた頃だろう。
もう数刻もすれば、船はトリンシック港に着く予定だった。
「はぁ。わかんないわね」
ライラはそう言うと、甲板に寝ころんで空を見つめていた。
ライラは考える。一連の事件と、コウダイは関係ないのではないか。
疑心暗鬼に陥りながら、架空の想定をしていても仕方がないのではないのかと。
どこにも確証がない事案に、ライラは思い悩んでいた。
 ライラが見上げる空には2つの月があり、夜になれば美しい光を放つ事だろう。
その月の下を、一組の渡り鳥が飛んでいた。
V字型の編隊を組み、船と一緒にトリンシック方面に羽ばたいていた。
ライラは、その渡り鳥達の数を、無意識に数えていた。
渡り鳥は20羽くらいだろうか。悠々と空を舞っている。
「・・・ん?」
ライラは、ふと何かを思いついたかのように起き上がる。
そして、もう一度渡り鳥達を凝視していた。
「どうした?何か思いついたのか?」
ダルバスは、ライラに声を掛ける。
「ねぇ。やっぱり仮定でしかないのだけれど、聞いて貰えるかしら?」
ライラの発言に、皆の視線が集まる。
「ほら、あの渡り鳥達を見て貰えるかしら?」
ライラはそう言うと、空を舞う渡り鳥達を指さす。
「どういう意味?」
ピヨンは、ライラの言おうとしている先がわからなかった。
「渡り鳥の先頭を飛んでいるのって、リーダー格の鳥よね。もし、リーダーだけを操ったら、行き先も変えられるし、他の行動も取らせる事が出来るんじゃないかしら」
ライラの発言に、ダルバスはすぐに言わんとしてる事に気が付いたようだ。
「なるほど!ドラゴン達の場合は、リーダーであろう古代竜を操れば、それに従う他のドラゴンも操れるってことか!」
ダルバスは、目を見開くと、感心した様子を見せていた。
「そうか。古代竜に、他のドラゴンを命令するように操れば、それは可能だな」
ココネは、ライラの明晰ぶりに驚いている。
「ま。あくまでも仮定の話だけれどもね?」
ライラは、恥ずかしそうに首をすくめていた。
「いや。でもライラは凄いよ。私も、長い間調教師をしているけど、そう言う発想はなかったな」
ピヨンも、ライラの発想に驚いていた。

「少し、話が見えて来たんじゃないか?」
ココネは、表情を明るくしていた。
「そうね。あくまでも、私達の勝手な仮定だけれども、コウダイが人やドラゴンを操るという話は組み上がったわね」
ライラも、この話のまとまりには満足がいっているようだ。
「そうすると、次だな。根拠だ」
ダルバスは、最も難問と思われる議題を提案する。
「それも、難問よね・・・」
新たな難問に、ライラは再び腕を組む。
「コウダイが関与していると思われるのは、まずベスパー事件。ムーングロウでのドラゴンとの戦闘。ライラの豹変。ライラへの襲撃事件。そして、今朝の犬の事件・・・だな」
ダルバスは、記憶を辿りながら、コウダイが関与していると思われる事件を纏めあげる。
「どれも、殺意が絡んだ内容よね」
ライラは、事件を思い返す。
「そうだ。だが、何故俺達やベスパーが狙われるのかが謎だ。コウダイが、俺達に何かしらの敵意を抱いていると仮定したら、どこかに、その理由があるはずだ」
ダルバスの説明に、ライラは驚いたような顔をしている。
「なんだよ?」
ダルバスは、ライラを訝しむ。
「いえ、普段は考える事が嫌いなダルバスが、今日は良く喋るなってね?」
ライラは、普段あまり見せないダルバスの様子に、笑いが込み上げていた。
「うっせぇなぁ。魔法の時みたいに、たまには頭を使う時もあんだよ!」
ダルバスは、ライラの突っ込みに恥ずかしそうにしながらも、話を続ける。
「まず、ライラが見たという、コウダイの記憶から手繰ってみねぇか?」
ダルバスは、ライラが見たという記憶を思い出す。
コウダイが幼少の頃、ライキューム研究所で、苛められていたかもしれないと言う事を、ダルバスは思い出す。
「なぁ、ライラ。おめぇがコウダイの記憶をみたって言う、コウダイの幼少期だがよ。苛められていたのか?」
ダルバスは、ライラに質問を投げかける。
「そうね・・・。私も、断片的にしか見ていないけれど、もしかしたら、コウダイは、苛められていたのかも・・・しれないわね」
ライラは、記憶を手繰るも、明確な答えは出せない。
「でも、それがダルバス達への攻撃要素となるのか?」
ココネは、ダルバス達の会話を聞きながら、疑念を抱いていた。
「・・・ないでしょうね。少なくとも、私がいた時のライキューム研究所では、コウダイはいなかったし、苛めなども見た事がないわ?まぁ、コウダイが幼少の頃はわからないけれどね?」
これには、ライラもお手上げ状態のようだった。
「だったら・・・。ねぇ。コウダイが苛められていたという前提の話だけど。コウダイは、幼少の頃から苛められていて、その後はわからないけど、人との付き合いが旨くいかなくなった。そして、ライラが見た崖から飛び降りる・・・。自殺とでも言うのかな。でも、死ねなかった。その繰り返しで、人という人物を対象に、恨みを持っているんじゃないのかな」
ピヨンは、ライラが見たビジョンを元に、仮定を組み上げてみていた。
ピヨンの、突拍子もない仮定に、ライラ達は言葉を失う。
「そこまで、絶望的な人には見えないけれど・・・」
ライラはそこまで言うと、口を噤んだ。
コウダイに触れた時の、ありとあらゆる負の思念。
それを、思い出すと、一概に否定は出来なくなっていた。
 人は、一度挫折や敗北を味わうと、立ち直れない人がいるという。
立ち直りたくても、一度築き上げた自信が崩壊すると、それが負のスパイラルとなり、自我が崩壊してゆくとも言われていた。
「・・・かもね」
ライラは、改めて肯定の意思を見せていた。
ライラも、魔法や音楽の知識を身につける故に、自身との葛藤を続けていた事を思い出す。
ライバルに先を越され、悔しい思いをした事もあった。
いくら努力をしようとも、どうにもならない事も多々経験した。
そして、ライバル達の努力虚しく、ライラは先に進んでいく事もあったのだ。
お互いに、切磋琢磨してきたとはいえ、実力と現実。
こればかりは、どうしようもない事実だったのだ。
「・・・逆恨みか?」
ココネは、ポツリと呟く。
「コウダイは、人間への逆恨み故に、ベスパーを攻撃した。そして、ムーングロウへ来たダルバス達を、ドラゴンを使って攻撃したが、返り討ちにあった。それを更に恨んだコウダイは、ライラを操ってダルバスの殺害を試みるも失敗。そして、失敗したライラを恨んで、地元の人間を操って、ライラの殺害を試みるも、これも失敗。仕方がないので、ロジャーとクーネルを操って、ダルバスとライラの殺害を試みた。そして、それも失敗。さすがに諦めたのか、コウダイはムーングロウから去ろうとしていた。これが、一連の流れかもしれないな?」
ココネは、自分なりの筋道を立ててみていた。
「あって・・・いるかも、しれないわね」
ココネの、荒唐無稽とも思える思案に、ライラは軽く頷いていた。
「でもよ。やっぱり、俺達がコウダイに狙われる理由はないぜ?これが、ベスパー出発からコウダイに付けられているとすれば、話は別だが、少なくとも、その様な事は無いと思うぜ?」
ダルバスは、ココネの意見に賛同するも、その意見には違和感を覚えていた。
「まぁ。わからんが。コウダイが気まぐれでダルバス達をドラゴンで攻撃した時かもしれないな。まさか、仕掛けたドラゴンが返り討ちに逢うとは、思ってもいなかったんじゃないか?」
ココネは推測する。
「気まぐれって・・・。俺・・・達は、最初コウダイに会った時に、ドラゴンは危険だからって、街に避難するように促したんだぜ?親切を、仇で返したってことか?」
ダルバスは、当時の様子を思い浮かべると、ココネの意見に憤慨を見せていた。
「だって、わからんだろうよ。あらゆる人間に敵意を持っているのだったら、それも考えられないか?もしかしたら、その時にいたドラゴンを操って、ムーングロウの街を襲おうとしていたのかもしれない。それを邪魔したお前達に、コウダイは攻撃をしたのかもしれないんだぞ?」
憤慨するダルバスを、ココネは宥めていた。
「まぁ、そう言われるとなぁ・・・。反論は出来ねぇぜ」
ダルバスは、ココネの推測に舌を巻いていた。
「ココネの仮定が正しかったとしても、ベスパーが狙われる理由はあるのかしら?」
ダルバスとココネのやり取りを見ていたライラ。
「それは・・・。わからないな。普通に考えれば、首都ブリテインを狙うだろうしな」
ライラの問いには、ココネも言葉を塞ぐしかない。
「ま。それはいいわ。でも、コウダイの意図は、少しはわかったかもね。コウダイは、人間を恨んでいる。それ故の凶行かもね?」
ライラは、釈然としないながらも、何となく話を纏めていた。
「でもよ、おめぇを殺そうとした人物が殺されたのは、どう説明する?」
ダルバスは、ライラを襲撃した人物が、何者かによって殺害された事を思い出す。
「相変わらず、推測にしか過ぎないけれど、犯人はコウダイよ」
ライラは、躊躇わずに答えを放っていた。
「根拠は?」
ダルバスは、ライラの答えに、根拠を求めていた。
「いい?私は、恐らくコウダイに操られて、ダルバスを殺害しようとした。そして、それは失敗。その直後に、私は殺されかけた。そして、私を殺そうとした襲撃者は、その後に殺害された。これは、何を意味するのかしら?」
ライラは、意味深にダルバスに問いかける。
暫く、悩むダルバス。
「・・・殺害に失敗したから、その当事者を抹消する・・・っていうことか?」
ダルバスは、悩むも答えを導き出していた。
「その通り。私は、あなたの殺害に失敗した。だから、コウダイは他の人物を操って私を殺そうとした。しかし、それをも失敗に終わったから、私の襲撃者自身を、コウダイ自らがもう一度操って殺害した。勿論、これらは証拠を残さない故にね?最後の相手は、コウダイが操っていれば、抵抗無く殺せたでしょうね?」
ライラの発言に、ダルバスはその惨状を思い出していた。
抵抗することなく、殺害された男性。
その形相は、恐怖に引きつっていた。
コウダイに、無理矢理操られていたのであれば、ライラ殺害時にも恐怖が浮かぶであろうし、コウダイに殺害される時にも、恐怖に顔が歪んでいたに違いない。
しかし、ライラがダルバスを殺害しようとした時は、ライラは最初は普通というか、友好的だった。
これは、ダルバスとライラの関係を、コウダイが認識していたからかもしれない。
いきなり、ライラが襲いかかるのではなく、油断させるように、コウダイが操っていたのかもしれなかった。
 ライラの説明に、ダルバスは頷いていた。
「なるほどな。確信はねぇが、おめぇの言う通りかもしれねぇな」
ダルバスは、ライラの推理に確信は持てないが、納得せざるを得ないようだった。

 確証はどこにもないが、コウダイという人物像が、何となく纏まったダルバス達。
誰ともなく、安堵の息を漏らしていた。
「それで?俺達の、今後の身の振りはどうしようか?もうすぐ、トリンシックに到着するぞ?」」
ココネは、今後の成り行きを求める。
「コウダイを・・・。どうするか。かしらね」
ライラも、この後の行動に、細心の注意を払っているようだ。
「まさか、俺達の仮定だけで、コウダイの首を跳ねる訳にもいかねぇからな」
ダルバスも悩んでいるようだった。
「物騒な事、言わないでよ」
ピヨンは、ダルバスの発言に難色を示していた。
「・・・。取り敢えず、コウダイの成り行きに任せてみねぇか?俺達と供に行動するのなら、それでもいいし、コウダイが野暮用とやらで勝手に行動するのであれば、それでも構わねぇ。迂闊に詮索するのも危険じゃねぇか?」
ダルバスは、事の成り行きをなすがままにする事を提案する。
「そうね。特に、私達の目的が知られるのは危険だわ?取り敢えずは、トリンシックで、暫く落ち着いていた方が安全かもね」
ライラは、ダルバスの提案に賛成しているようだった。

 しかし、ダルバスはライラの発言に、とまどいを見せる発言をする。
「なぁ。俺達の目的って、古代竜討伐だよな。でもよ、今の話を統合すると、古代竜というか、ドラゴン達は、コウダイの被害者なんじゃねぇか?古代竜達が、自分の意志とは関係無しにベスパーを襲ったとなると、俺達が古代竜達を討伐する意味って、どこにあるんだ?」
ダルバスは、今回の旅の目的の根底を覆す発言をする。
「・・・。確かに、そうね」
ライラは、ダルバスの発言に、言葉を失い掛ける。
「倒すはコウダイか?・・・俺達の仮定が合っていれば・・・の話だがな」
もともと、ドラゴンは人を襲うものではないとされていた。
しかし、ライラ達が考えた仮定を当てはめると、今までの一連の事件での符号は一致する。
しかし、やはり証拠が無い故に、ダルバス達は再び疑心暗鬼に陥るしかなかった。
「・・・。ともあれ、旅の方針は変えないで、進んでみるのがいいんじゃないのか?」
沈黙した場に、ココネは旅を進める事を勧める。
「そうね。だって、ドラゴンは本当は人を襲わない友好的なものなんでしょ?実際に遭遇してから判断してもいいんじゃないかな」
ピヨンも、ココネの意見に賛同していた。
「そうね。そうよね・・・」
纏まりかけた話だったが、ダルバス達の意見により、ライラは再び疑心暗鬼に落ちていくしかなかった。

 その時だった。
甲板にいたダルバス達の背後から、扉を開け出てくる人物がいた。
「くそ・・・。こんな事になるとは・・・。考えなくては・・・」
それは、紛れもなくコウダイだった。
コウダイは、頭を押さえながら、船首へと足を運んでいた。
ダルバス達に気が付いている様子はなく、フラフラとしながら、船首に備えられていた椅子に横たわってしまった。
「・・・起きたか。こっちには気が付いていねぇようだが?」
ダルバスは、小声で皆に警戒を促す。
「コウダイは、私達と仲良くしたいと近寄ってきたから、今は、コウダイに併せてあげた方がいいかもね」
ピヨンは、事を荒げない旨を提案する。
一同は、ピヨンの提案に賛同の意を示していた。
ダルバス達は、コウダイの元へと足を運んだ。
コウダイは、椅子に横たわり息も絶え絶えといった様子だった。
「おう。コウダイ。酔いは醒めたかい?」
椅子に横たわるコウダイに、ダルバスは気さくに声を掛けた。
「・・・。くっくっくっ。これは、やられましたよ。まさか、食事の提案をした私が、あなた達に酔い潰されるとはね・・・」
コウダイは、頭を押さえながら、ダルバス達に皮肉を送っていた。
「くははっ!悪かったな。嫁のライラと、ピヨンも、結構な酒豪なんでな。おめぇには、ちと刺激が強すぎたか?」
ダルバスは、コウダイの一挙一動を警戒しながらも、嘘を並べ立てる。
「もう。コウダイは、お酒に弱すぎ。船室に運ぶのも大変だったんだよ?」
ピヨンも、ダルバスに乗じて演技をしていた。
「どうだ?もっと飲むか?」
ダルバスは、バックパックからワインボトルを取り出すと、コウダイに突きつける。
「・・・。そう言う事ですか。・・・。くっくっくっ・・・。いや、遠慮しておきましょう。私はこの後・・・。野暮用があるのでね・・・」
コウダイは、ダルバスが突きつけるワインボトルを押し放つと、椅子から立ち上がった。
「私も、迂闊でしたね。くっくっくっ・・・。もう少ししたら、トリンシックに到着でしょう。ダルバス。仲直りが出来て良かったですよ・・・?」
コウダイは、表現しがたい笑みを浮かべると、ダルバス達に一礼をすると、船内に戻っていった。
その様子を、一行は何とも言えない気分で見送っていた。
「相変わらず、捕らえ所がねぇな」
ダルバスは苦笑いを浮かべる。
 船の前方には、トリンシック港が遠くに見える。
陽は傾き始め、間もなく夕刻を迎える事だろう。
「取り敢えず、下船の準備をしない事?」
ライラは、皆に下船の準備を促していた。
「そうだな。コウダイの様子も気になるが、取り敢えず準備をしようぜ?」
ダルバスは頷くと、早々に準備を始めていた。
繋がれていた、馬とユニコーンの世話をしながら準備をしていると、程なくして、船はトリンシック港へと到着する。

 船が、港に着岸すると、船の中からは多数の旅客が陸へと足を運ぶ。
その中に、コウダイも紛れ込んでいた。
「おう。コウダイの旦那。これから、どうするんだい?」
ダルバスは、コウダイへ声を掛けていた。
「あぁ。私の事は、お気になさらずに。それより、あなた方は?ここトリンシックへ滞在するので?」
コウダイは、まだ酒が抜けないのだろうか。頭を押さえながら、ダルバス達の予定を伺っていた。
「そうだな。正直、行き当たりばったりの旅なんでよ。今日は、この街で泊まる宿を探す事にするぜ?」
ダルバスは、コウダイの問いに、当たり障りのない回答をしていた。
「コウダイはどうするの?この後、私達食事をするけど、一緒に食べる?」
ピヨンも、適当な対応をコウダイにしていた。
「いやいや。私はご遠慮しておきましょう。ご覧の通り、私は酒にはあまり強くないのでね。また、酔い潰されたら適いませんから・・・。くっくっくっ・・・。それに、わたしはやる事がありますのでね・・・」
コウダイは、ピヨンの提案に断りを入れていた。
「そうか。だったら、一緒の行動はここまでだな。ま、おめぇさんも元気でやってくれよ?」
ダルバスは胸をなで下ろすと、コウダイに別れを告げる。
「そちらも、お元気で。・・・また、お会いするかもしれませんがね?」
コウダイは、そう告げると、ダルバス達に背を向け歩き去っていった。
土地勘があるのだろうか。迷う様子を見せる事はなかった。
その様子を見ていたココネが、ダルバス達に提案をした。
「どうする?尾行するか?俺が行こうと思うんだが」
ココネは、コウダイの追跡を提案していた。
突然の、ココネの提案に戸惑うダルバス達。
「ちょ・・・。ココネ!何を言っているの?そんな、危険な真似はさせないよ!」
ピヨンは、ココネの提案に、即座に否定をしていた。
「そうよ。もし、あなたがコウダイに操られでもしたら、どうするの?命の保証は無い事よ?」
ライラも、ココネの提案には難色を示していた。
「俺も、その提案には納得は出来ねぇな」
ダルバスも、腕を組む。
その様子に、ココネは口を開いた。
「いや。勘違いしないでくれ。俺は、完全にコウダイを尾行する訳ではない。コウダイを見張りつつ、この街で何をするのかだけを確認しようと思っているだけだ。危険は、侵さないよ。もとより、死ぬ気などないからな」
周りの心配を受け、ココネは釈明していた。
「しかしなぁ・・・」
ダルバスは、ココネのさじ加減がわからず、躊躇していた。
「心配するなって。ちょっと見てくるだけだ。ピヨンも、わかってくれるよな?」
ココネはそう言うと、ピヨンの瞳を見つめていた。
「・・・。わかった。あなたがそう言うのなら、私は止めない。でもね、約束して?絶対に、危険は侵さないで。私達の目的は、キリハの敵討ち。あなたが殺される事じゃないよ」
ピヨンは、ココネの真摯な態度に根負けしたように頷いていた。
「ありがとう。まぁ、街の中だけだ。それでも、十分に気を付けるよ。じゃ、見失うといけない。俺は行くよ?」
ココネはそう言うと、ダルバス達の返答を待つ間もなく、走り出していった。
その様子を、ダルバス達は、呆然と見送るしかなかった。
「ココネ・・・」
ピヨンは、心配そうにココネの後ろ姿を見送っていた。
「ピヨン・・・」
ライラは、ピヨンの傍らに立つと、そっと肩を引き寄せていた。
「ねぇ。大丈夫だよね?ココネはコウダイにやられたりはしないよね?」
ピヨンは涙目になっていた。
「ねぇ。ピヨン。ココネは、あなたにとって大事な人なんでしょ?信じてあげましょ?」
震えるピヨンに、ライラは優しい言葉を投げかけていた。
「・・・。そうね。ライラ達は、もっと過酷な旅を続けて来たんだからね。ライラもダルバスを信頼して愛しているようだから、私もくじけていては駄目ね」
ピヨンは、ライラの言葉を受け止め、苦笑を浮かべていた。
「ちょ・・・!ダルバスを・・・しているって・・・!」
ライラは、ピヨンからの反撃に、とまどいを見せていた。
「あは。いいのいいの。ライラ。ありがとね。私、ココネを信じるって言葉を、暫く忘れていたよ。思い出させてくれて、ありがと。そうね、あの人なら、絶対に大丈夫」
ピヨンは、そう言うと、ライラの額にキスを送っていた。
「・・・と、ともあれ。今日の宿を探しましょ?ダルバス!私は・・・私達は、あんたの指示通り付いてきたのよ!?どこか、いい宿でも知っているんでしょうね!?とっとと、案内しなさいよ!」
ライラは、ピヨンを押し離すと、ダルバスに詰め寄っていた。
「お・・・おぅ。一応、調べてはいたがな・・・」
ライラの、八つ当たりとも思える態度に、ダルバスは困惑していた。
「気が利かないわね!とっとと、案内しなさいよ!」
ライラは、照れ隠しの為に、ダルバスに当たり散らしている。
「・・・。へいへい。ライラお嬢様には、適いませんぜ?こちらでございますぜ?お嬢様方?」
ダルバスは苦笑しながら、ライラ達を宿へ誘導し始めた。


※文章があまりに長すぎたため、終章は3部に分けさせて頂きます。
この後のお話は、2/3でお楽しみ下さいませ。

ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 終章「愛と絆」1/3

予想以上に文章が長く、終章は3部に分けさせて頂きます。
続きは「ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 終章「愛と絆」2/3」よりお楽しみ下さいませ。

ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 終章「愛と絆」1/3

ウルティマオンラインという世界の中での、お話となります。 モンデイン城にある、宝珠の破片。 その中にある、ブリタニアという世界。 ベスパーという街がドラゴンに襲われました。 ドラゴンへの復讐の念に燃えた、主人公であるダルバスとライラ。 旅を続け、ブリテインからの船旅でムーングロウに到着したダルバス達。 ここで、ダルバスとライラは、新たな力と仲間を手に入れます。 しかし、様々な事件に巻き込まれるダルバス達。 そして、彼らの前に姿を現す、謎の青いローブの人物。 宿敵である、古代竜の討伐は叶うのか。 彼らの旅は、大詰めを迎えていた・・・。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-01-22

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