翡翠の夜


揺れ動く燭台の明かりのもと

転がりし翡翠の指輪

(いぶし)銀の台に刻まれし刻印も(さだか)ならずして

渡りし指も数知れず

果たして その辿りし奇異な運命を語るすべなく

ただ悠久の昔 地の底深くに生まれしよりこのかた

放ちし類稀(たぐいまれ)なる緑色(りょくしょく)の輝きを 今もなお保ち続けるものなり


今この時 ここに現れし若き()の子はその深き輝きの中に

心を奪われし人の面影を垣間見てか

ただひたすら己の夢を手に入れんとするあまり

人の定めに打ちひしがれ惑わされ

(まこと)の心さえも捧げ尽くしてもなお(あきらめ)ざるをもって

なけなしの財を投げ打ち手に入れし指輪の輝きに

最後の望みを賭けたり もし願いが叶わざる場合は

その人もろとも身を打ち滅ぼさんと想い詰めたり


その夜は耽々と更け 望みの朝は刻々と近づきたれど

灯下に転がりし指輪に意思あろうはずはなく

その放つ輝きに異変が起ころうはずもない


ただ己を取り巻く運命の行方を今また一つ

その眼に見えぬ記憶の中に留めんとして

新たなる主の心を宿し 今宵も静かに翡翠の夜は

その底知れぬ緑の輝きとともに更けていった

翡翠の夜

翡翠の夜

  • 韻文詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-22

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