戯曲 酒呑童子(しゅてんどうじ)

戯曲 酒呑童子(しゅてんどうじ)

とある大学文化祭の劇です。

題名:酒呑童子

登場人物

語り部役:片桐 裕士 若松 清美 ※天狗と雪女は出番が被らない為交代で行う。

酒呑童子・青年A:片山 進士

天狗:片桐 裕士

雪女:若松 清美

狼男:金子 徹

その鬼は本当は優しい青年だった・・・

語り部(片桐)「みなさま、この度は我が大学の文化祭にお越しいただきまして誠にありがとうございます。
今からお化け喫茶での催し物としてお化けたちによる劇を行います。お化け喫茶の従業員が行います劇の為
劇中は飲食物の注文を承ることが出来かねますが、どうかご了承のうえ劇をお楽しみください」

語り部(片桐)「それでは、劇を始めさせて頂きます。題名は 酒呑童子 です」

舞台真ん中に青年Aが鬼の面を片手に持って現れる。

青年A(片山)「よ~し、今日はお祭りだ!この手作りした鬼の面を被って踊って大いに盛り上げるぞ~」

音楽が流れて、青年Aは鬼の面を被って踊りだす。

青年A(片山)「いや~疲れた~。でも祭りはすごい盛り上がったな~」

おもむろに青年Aは被っていた鬼の面を外そうとする。

青年A(片山)「あれ、変だな面が外れないぞ!おかしいな~」


語り部(片桐)「これ以降青年が被った鬼の面は顔から外れることはなく、次第に村人や家族から気味悪がられるようになっていったのです。
居場所を無くした青年は村を出て、行く充てもなく人気のない山奥へと入って行き、村の風景がよく見渡せる崖で呆然と立ち尽くしていたのです」

酒呑童子(片山)「なんでこんなことになっちまったんだ・・・」

天狗(片桐)「この変では見ない奴だな。何かあったか」

地面に座り込んでいる酒呑童子を見て天狗が話しかける。

酒呑童子(片山)「え・・・天狗!」

振り向いた酒呑童子は驚く

天狗(片桐)「なにも、驚くことはあるまい。お主もわしらと同じ人外の者ではないか」

酒呑童子(片山)「人外・・・」

語り部(若松)「人外と言われた青年はそのとき自分はもう人間じゃないんだと、人間じゃ居られないんだということに気づいたのです」

天狗(片桐)「なにやら思いつめた顔をしとるな。わしでよければ話を聞こう」

語り部(若松)「青年は天狗に起きたこと全てを話しました。自分は前は村に住んでた普通の人間だったことお祭りのときに手作りした鬼の面を被ったら外れなくなったこと、その後村人から気味悪がられて居づらくなったこと天狗はそれをただ黙って聞いていました」

天狗(片桐)「なるほどなそういうことじゃったか。しかし、そのお面はわしの力でも取ることはできんようじゃなにやら特殊な力が働いているようでの」

酒呑童子(片山)「そうですか・・・」

青年は落ち込む

天狗(片桐)「そう落ち込まずとも、その姿でも生きるすべはあるぞ。現にこうしてわしは生きとるからの」

酒呑童子(片山)「この姿で生きるのですか?」

天狗(片桐)「そうだとも、生きる術はいくらでもあるものだ。ただ、生きるものたちは今までの習慣があるがゆえにそれを失ったとき全てを失ったような顔をする」

酒呑童子(片山)「しかし、方法があるとしてもそれがわからなければ何にもならないではないですか」

天狗(片桐)「まずは友達を作ることじゃな。すべてはそこからだ」

酒呑童子(片山)「友達?」

天狗(片桐)「そうじゃ、友達さえ居れば。一人でさえ居なければ。意外となんとかなるもんじゃて。どれわしの友人を紹介しよう ついて参れ」

酒呑童子(片山)「ちょっと? 天狗さん~」

天狗はそのまま舞台右側に歩く、それを追って青年Aも歩く。

語り部(若松)「こうして、天狗に言われるがままに、天狗の後を追いかけた青年がついた場所は山奥にある洞穴でした」

天狗(片桐)「ほれ、ここじゃ着いたぞ。」

酒呑童子(片山)「ここはなんですか?」

洞穴を天狗が指差す。

天狗(片桐)「わしの友達の狼男の家じゃよ」

青年Aは驚く。

酒呑童子(片山)「えぇぇぇぇぇ~! 狼男!!!」

天狗(片桐)「怖がならくてええ、顔は怖い奴じゃがいい奴じゃて」

天狗(片桐)「お~い! 狼男! ちょっと話があるんじゃが 出てきてはくれんか!」

天狗が大きな声で叫ぶ。

狼男(金子)「なんだよ~。折角気持ちよく寝てたとこなのによ」

狼男が洞穴から出てくる。

天狗(片桐)「すまないな、わしの友達を紹介したくての」

狼男(金子)「友達~?」

天狗(片桐)「そうじゃ、わしの友達の~~~」

天狗が青年Aに近づき小さく耳打ちをする

天狗(片桐)「おまえさん、名をなんというんじゃ」

語り部(若松)「青年はこのとき、自分が人間だったときの名前を言おうとしました。しかし、それでは不振がられるのではないかという不安が青年の頭によぎったのです。そこで、とっさに青年は自分の腰につけてるひょうたんを見てとっさに天狗に言ったのです」

酒呑童子(片山)「酒呑童子(しゅてんどうじ)」

天狗(片桐)「わしの友達の酒呑童子じゃあ。お前さんにも紹介しておこうと思っての~」

狼男(金子)「お~そうか 俺は狼男って周りに呼ばれてる。よろしくな!」

狼男は手を青年Aに差し出す。

酒呑童子(片山)「こちらこそ。よろしく」

狼男と握手をする。

天狗(片桐)「よし、挨拶も済んだことじゃし、狼男、お前さんにひとつ頼みがあるんじゃが」

狼男は胸を張りながら言う

狼男(金子)「おう、俺に出来ることならなんでも言ってくれや」

天狗(片桐)「実はな酒呑童子はまだこちらに来たばかりでな友達がわしとお前さんしかおらんのじゃ。それでじゃが、お前さんの友達を酒呑童子に紹介して欲しいんじゃが」

狼男(金子)「そういうことならお安い御用だ。じゃあ、早速案内するから着いてきな」

天狗(片桐)「酒呑童子、後は狼男の後に着いて行けばよい。後はお主の頑張り次第じゃからなわしはここで別れるが元気でやりなさいよ」

酒呑童子の肩をポンと天狗が叩く。

酒呑童子(片山)「どうも、何から何までありがとうございます。それでは失礼いたします」

手を振って天狗は二人を見送る。

舞台が一度暗くなって、語り部が交代する。

語り部(片桐)「こうして、狼男の後に着いて行った青年・・・いえこれからは酒呑童子と呼びましょう。酒呑童子は狼男と共に山を二つほど越えた先にある一際大きな山へと向かって行きました。そこの山は標高の高さゆえに頂上付近には雪が積もっており、気温もかなり低く酒呑童子は体を振るわせながら狼男の後を必死に着いて行きました」

狼男(金子)「よ~し着いたぞ」

狼男が立ち止まる。

酒呑童子(片山)「着いたって、一面雪だらけですよ」

狼男(金子)「まぁ、待ってろって。お~い、雪女居るんだろ出てきてくれ~。ちょっと話があるんだ~」

大きな声で狼男が叫びます。

酒呑童子(片山)「雪女・・・」

酒呑童子がつぶやく。

語り部(片桐)「狼男が大声で呼ぶと急に強い風が吹いてきました。たまらず、目をつぶった酒呑童子は風がおさまった後に再び目を開けました。
するとそこには、白い着物を着た女が立っていたのです」

雪女(若松)「なんだい、狼男急に呼び出して」

狼男(金子)「お~わりぃな。ちょっと紹介したい奴が居てな」

雪女(若松)「紹介?」

狼男(金子)「あ~こいつだよ。酒呑童子って言うんだ。まだこっちに来たばかりの奴でな、まぁ仲良くしてやってくれよ。」

酒呑童子(片山)「酒呑童子っていいます。よろしくお願いします」

雪女(若松)「へ~、新入りかい珍しいねこんなところに。まぁ、私は雪女って周りでは呼ばれてるよ。よろしくね」

雪女(若松)「それにしても、妙な奴だね。鬼なのにオドオドしちゃってさ」

狼男(金子)「まぁ、鬼だからって言って、みんながみんな気が強いわけじゃないだろうさ」

狼男(金子)「で、どうするよ?」

酒呑童子(片山)「え?」

狼男(金子)「これで俺の友達も紹介したわけだけど、お前これから行く充てあるのか?」

酒呑童子(片山)「いえ、これといってないんですが」

雪女(若松)「だったら、お前さんとこのねぐらに泊めておやりよ」

狼男(金子)「そうだな、俺んとこ来るか。広さだけは十分あるからな」

酒呑童子(片山)「よろしくお願いします」

語り部(片桐)「こうして、酒呑童子は狼男のところに世話になるようになりました。初めは人間では無い者の生活に戸惑いはありましたが狩の仕方や風習などに徐々に慣れていき、早一年が過ぎようとしていました。」

酒呑童子(片山)「狼男見てくれ!、うさぎが取れたぞ!」

狼男(金子)「おぉ~!やったな酒呑童子!また、お前の上手い飯が食えるな」

酒呑童子(片山)「あぁ、またうまいもの作るよ」

語り部(若松)「酒呑童子は人間だったときのことを活かして、今まで生肉のまま肉を食べていた狼男に肉を焼いて食べることを教えました。
それが狼男には珍しかったようで、それ以来狼男は焼いた肉が好物になりました。そして今晩もその焼いた肉で楽しく二人で洞穴で食事をしていたときのことです。洞穴に一年ぶりに会う天狗が尋ねてきたのです」

天狗(片桐)「元気でやっとるかの?晩飯中邪魔して悪いの~」

狼男(金子)「お~天狗じゃねぇ~か、久しぶりだな。折角だから飯食ってくか?」

天狗は手を出して拒否するジェスチャーをしながら言った。

天狗(片桐)「いやいや、わしは大丈夫じゃよ。それよりちょっと酒呑童子に話があるんじゃが少し連れて行ってもよいかの?」

狼男(金子)「ああ、別にかまわねぇよ」

天狗(片桐)「じゃあ失礼して、酒呑童子ちょっとよいか」

酒呑童子(片山)「はい、わかりました。狼男ちょっと言ってくるよ」

狼男(金子)「おう、酒呑童子、早く戻って来ないと肉俺が全部食っちまうからな!」

酒呑童子(片山)「ああ」

語り部(若松)「こうして、天狗と酒呑童子は洞穴から出ると、一年前に二人が会った、崖まで酒呑童子は天狗に連れて来られました」

酒呑童子(片山)「ここは、懐かしいですね」

天狗(片桐)「そうじゃな、わしとお前さんが初めて会った場所じゃからの」

酒呑童子(片山)「話とは何ですか?」

天狗(片桐)「実はな、一年前にお前さんのそのお面取る術は無いとわしは言ったんじゃがの。その後いろいろ調べておったら一つだけそのお面を取れるかもしれない方法が見つかったんじゃよ」

酒呑童子(片山)「それは、本当ですか!」

天狗(片桐)「しかし、どうする。お前さん今の暮らしそれなりに楽しく過ごしているように見えたのじゃが、それでも聞くかの?」

語り部(若松)「酒呑童子は考えました。たしかに狼男と一緒に暮らす生活は楽しく、人間のときには得ることができなかった親友と言う関係を築き始めていました。しかし、もし戻れる方法があるなら、あの母から向けられた軽蔑の目を無くす方法があるならと思い、酒呑童子は人間に戻れる方法を天狗から聞くことにしたのです」

天狗(片桐)「お前さんのそのお面はな、その出来の良さゆえにお面が魂を持ってしまった。いわば九十九神のような状態になっておるつまり、お面とその魂を切り離せばいいわけじゃ。その方法はな雪山の奥に祠があってな、その中にある鏡に魂が憑いたお面を映せばお面と魂を切り離せるわけじゃ」

酒呑童子(片山)「じゃあ、このお面が外せるようになるわけですね!」

天狗(片桐)「おそらくな、しかしお面が外れたらもう二度と被ってはならぬぞ!被ろうとしたものなら、引き剥がされたお面の魂が恨みを持ち今度はお前さんの理性さえも奪い、お前さんは凶暴な鬼へと変わってしまうからの。場所などの詳細は雪女に伝えてある。もし、お前さんにその気があるのなら雪山に住む雪女に訪ねるといい」

酒吞童子(片山)「教えてくださって、ありがとうございます。天狗さん」

深々と頭を下げる。

天狗(片桐)「わしはたまたま知ったことを教えたまでじゃて。実際やるかどうかはお前さんが決めることじゃからの」

語り部(若松)「酒呑童子は悩みました。もし、人間に戻ろうとするなら。自分が実は人間だったことなどを洗いざらい狼男に話さなければならないこと。
そうすることで、狼男を傷つけて怒らせてしまわないか。いっそのこと黙って人間に戻って姿を消そうか。しかし、今まで親切にしてくれた友にそんなことはできませんでした。酒呑童子はその晩は洞穴に戻り、狼男と楽しく夕食を済ませました。そしてその晩、洞穴から見える星空を見ながら酒呑童子は人間に戻る決意を固めたのです」

狼男(金子)「ううんん~、よく寝たなもう朝か」

語り部(片桐)「狼男は朝目覚めると洞穴の外に座って空を眺めている酒呑童子を見つけました。そしていつものように声をかけました」

狼男(金子)「おう、酒呑童子早起きだな~。おはよう」

酒呑童子(片山)「あ、狼男おはよう」

狼男(金子)「どうした、元気ないようだけどなんかあったか?」

狼男は座っている酒呑童子の背中をポンと叩く。

酒呑童子(片山)「いや、なんでもないよ。それより今日の昼飯でも取りに行かないか?」

狼男(金子)「お、いいな~。またお前のうまい飯が食えるな!」

語り部(片桐)「こうして、二人は昼飯の食材を取りに川原に向かいました。最後に肉ばかり食べてきた狼男に魚のうまさを教えようと酒呑童子なりの狼男への恩返しのつもりで」

狼男(金子)「どうした、酒呑童子川原なんかに来て、水を飲みにきた獲物でも取るのか?」

酒呑童子(片山)「いや、魚を取るのさ」

狼男(金子)「魚?しかし、俺は魚なんて食ったことねぇぞ」

酒呑童子(片山)「だからこそさ。魚は焼いて食べるとうまいんだよ」

狼男(金子)「へ~そうなのか。それじゃ張り切って魚取らないとな!そりゃ!」

狼男は勢いよく川に飛び込む。

酒呑童子(片山)「はは、そんなんじゃ魚は取れないよ。いいかい?こうやって魚に気づかれないように後ろから近づいて。そら!」

酒呑童子は両手で握った魚を頭の上に掲げる。

狼男(金子)「ほっほ~。すげぇ~な酒呑童子」

語り部(片桐)「酒呑童子は狼男に魚の取り方を教えながら魚を取っていき二人で10匹の魚を捕まえました。そして川原で焚き火をして、魚を串に刺し、左右に五本づつ地面に刺して並べました」

酒呑童子(片山)「うん、よく焼けてる。ほら、食べごろだぞ食べてみてくれ」

狼男に焼き魚を渡す。

狼男(金子)「本当にうまいのか?」

恐る恐る口に焼き魚を運ぶ。

狼男(金子)「おお!、こりゃうまい!」

酒呑童子(片山)「だろ?、これがうまいんだ~」

しばらく、二人で黙々と食べ続ける。

酒呑童子(片山)「なぁ、狼男、話があるんだが・・・」

狼男(金子)「あぁ、どうした?」

しばらく、酒呑童子は思い詰めた表情のまま黙っている。

酒呑童子(片山)「今まで黙ってたけどな・・・。実は俺、もともとは人間なんだよ・・・」

狼男(金子)「何言ってんだよ、人間がそんな顔してるわけないだろ」

狼男は冗談だと思い、鼻で笑いながら言う。

酒飲童子(片山)「聞いてくれ、本当なんだ狼男この鬼の顔は実はお面なんだよ」

狼男は真剣な顔つきになり言う。

狼男(金子)「どうやら、冗談じゃないみたいだな・・・」

語り部(片桐)「酒呑童子はすべてを話しました。昔は人間で村に住んでいたこと、自分で作った鬼の面を被って取れなくなったことによって人間の世界で住みづらくなって天狗に助けられたこと」

酒呑童子(片山)「今まで黙っててすまなかった!」

狼男(金子)「関係ねぇよ。俺の知ってるお前は今のお前だ昔のお前は関係ない。だが、なぜ今になってそのことを話そうと思ったんだ?」

酒呑童子(片山)「それはな・・・」

語り部(片桐)「酒呑童子はお面を外す方法を知ったこと、母親から軽蔑のめで見られたこと、そしてどうしてもその軽蔑の目で見られたことが忘れられず、母親にもう一度人間に戻った姿で自分を見て欲しい願いを話しました」

狼男はしばらく空を見上げて考える。

狼男(金子)「そうか・・・行けよ・・・」

酒呑童子(片山)「狼男・・・」

狼男(金子)「それが、お前の願いなんだろ?だったらやらなくちゃいけねぇ~。悔いがないように」

酒呑童子(片山)「ありがとう・・・本当にありがとう!」

狼男(金子)「まぁ、しかし出発は明日にして今日は最後の晩飯に付き合ってくれよな」

酒呑童子は両手で顔を覆い泣きながら

酒呑童子(片山)「あぁ、今晩は楽しく過ごそう」

語り部(片桐)「こうして、酒呑童子と狼男は最後の晩飯を一緒に食べて、今までの楽しかったことを思い出しながら過ごしました。そのまま疲れていつの間にか眠りにつき、朝を迎えると酒呑童子は眠っている狼男に何も言わずに洞穴から出て行きました」

語り部(片桐)「酒呑童子はこのお面に憑いている魂を切り離すための鏡の在り処を聞くために雪女の元に向かいました」

酒呑童子(片山)「お~い、雪女出て来てくれ聞きたいことがあるんだ~」

語り部(片桐)「雪山にたどり着き酒呑童子が雪女を呼ぶと、初めて雪女と会ったときと同じように強い突風が吹き、おさまった後に雪女は姿を現しました」

雪女(若松)「アンタ、ホントに行くのかい」

雪女は心配した目をしながら酒呑童子に言った。

酒呑童子(片山)「ああ、行くよ。だから教えてくれないか鏡の在り処を」

雪女はしばらく、酒呑童子を見つめる。

雪女(若松)「わかったよ。ついて来な、分かりづらい場所にあるから直接連れてってあげるよ」

酒呑童子(片山)「ありがとう」

語り部(片桐)「このとき、雪女が詳しい事情を聞かないでいてくれたことに酒呑童子は感謝をしました。なぜなら、酒呑童子自身もこれでよかったのかと思い、迷いをすべて捨てきれてなかったからです。そんなことを思いながら険しい雪山の道を雪女の後について歩いていきました」

雪女(若松)「着いたよ」

語り部(片桐)「目的地に着くと、そこには人一人が入れるほどの大きさの木製の古びた祠がありました」

雪女は祠を見つめながら言った。

雪女(若松)「この中に天狗が言っていた鏡があるよ」

語り部(片桐)「雪女は雪山の風にその長い黒髪をなびかせながら振り向きもう一度酒呑童子に問う」

雪女(若松)「本当にいいのかい?」

酒呑童子はまっすぐ雪女の方を見て言った。

酒呑童子(片山)「ああ、もう決めたんだ。」

雪女(若松)「そうかい、じゃあ私の役目はここまでだね。じゃあ、元気でやるんだよ」

語り部(片桐)「雪女はそう言うと、雪山の突風が吹くのと同時に酒呑童子の前から姿を消した」

酒呑童子(片山)「ありがとう、雪女・・・」

語り部(片桐)「酒呑童子は一言そうつぶやくと、ゆっくりと祠に向かって歩き始めました。木製の板でできた扉を開けるとそこには、
壁、床、天井、扉の裏側にすべて鏡が一面に貼り付けられている空間がありました」

酒呑童子(片山)「ここに、入ればいいのか」

語り部(片桐)「酒呑童子は直感でそう思いました。祠の中に入り、扉を閉め、酒呑童子は座ってひたすらお面が外れるのを待ちました。すると、急に顔とお面の触れているところが焼けるように熱くなり、たまらず酒呑童子は祠から飛び出しました」

酒呑童子(片山)「あぁぁぁ!なんだったんだ?今のは?」

語り部(片桐)「酒呑童子は気が動転して、地面に手を付けた状態でひれ伏していました。そのとき、酒呑童子は視界の中に鬼の面が地面に落ちているのを見つけたのです。」

酒呑童子(片山)「はは・・・。取れた、本当に取れた!」

語り部(片桐)「酒呑童子はお面が取れたことを確認すると、両手を挙げながら、はしゃいで喜びました」

酒呑童子(片山)「これで、これで母さんに会える!」

語り部(片桐)「酒呑童子は長らく共にした鬼の面を祠に収め、自分が生まれた故郷へと帰って行きました」

酒呑童子が舞台右端に走って行く。

語り部(片桐)「酒呑童子はただ走りました。雪山を駆け下り、狼男と生活を共にした山を抜け、生き続けるきっかけをくれた天狗と出会った場所を通り過ぎついに村に到着しました」

酒呑童子が舞台右側から出てくる。

酒呑童子(片山)「帰ってきた、帰ってきたんだ!」

語り部(片桐)「酒呑童子は久しぶりに母親の居る家に帰る為に、幼いときに何度も通ったあぜ道を一歩一歩懐かしみながら歩いて行った。そして、家の前に着くと、ドンドン と2回家の戸を叩いた。酒呑童子もさすがに、一度軽蔑の目を向けてきた母親の居る家にノックなしで戸を開けられる勇気はなかった」

語り部(片桐)「戸が開くと、そこには久しぶりに見る母親の姿がありました。酒呑童子はあのときの軽蔑な目で見られたことを思い出し震える体と唇で必死に声を出す勇気を体中からかき集め言いました」

酒呑童子(片山)「た、ただいま、母さん」

語り部(若松)「何がただいまですか?家に息子なんて居ませんよ?」

酒呑童子(片山)「あ・・・あ・・・あぁぁぁぁぁぁぁ!」

語り部(片桐)「酒呑童子は母親の放った言葉が信じられず、けたたましい泣き声と同時に雪山の祠から一直線に家へと向かって来た道のりを今度は逆に家から雪山の祠に向かって走りだしたのです。気が動転して、何回も転び、目は大きく見開き、涙はポロポロと溢れ出してきます。それでも走るのはやめずに涙で滲む視界の中でただただ走り続けました」

酒呑童子(片山)「嘘だぁ・・・嘘だ・・・こんなこと・・・」

語り部(片桐)「すっかり夜になり、吹雪の吹き荒れる中、雪山の祠のある場所に戻って来た酒呑童子は気が動転した状態で、雪の上にうつ伏せで倒れこみました」

酒呑童子(片山)「そうだ、お面を被れば、こんな苦しみをあじ合わなくて済むかもしれない」

語り部(片桐)「酒呑童子は冷静にはいられずに、天狗が言った言葉も忘れ、おもむろに祠の扉を開き、中にある鬼の面を手に取りました」

酒呑童子(片山)「もう、人としては生きてはいけない。なんでもいいんだ、生きる道を下さい」

語り部(片桐)「酒呑童子はそうつぶやくと、鬼の面をゆっくりと自分の顔に当てました」

酒呑童子(片山)「あぁぁぁぁ~!」

語り部(片桐)「酒呑童子は顔の皮をひっぺがされるような激痛が顔に走り、たまらず祠から飛び出たのと同時に雪面に倒れこみました。
次第に痛みが徐々に薄れていくと、酒呑童子の心に何かが語りかけてきました」

語り部(片桐)「おのれ・・・おのれ・・・。よこせ・・・よこせ・・・。と鬼の面が酒呑童子の体や意識を蝕みはじめたのです」

酒呑童子(片山)「あぁぁぁぁ!やめろ~やめろ~!俺は愛されたかっただけなんだ!ただそれだけなんだよ!」

語り部(片桐)「そんな、酒呑童子の訴えも鬼の面に宿った魂には届かず。酒呑童子は鬼の面に体も意識も洗脳されしまったのです」

酒呑童子(片山)「うぉぉぉぉぉぉ!」

語り部(片桐)「酒呑童子はけたたましい雄たけびをあげ、夜の吹雪吹き荒れる雪山の中へと消えていきました」

照明が暗くなる。

語り部(若松)「それから酒呑童子の行方はわからなくなりました。数年経った頃、風の知らせで、遠い都の土地で人を襲った鬼が都の陰陽師に討ち取られたとの知らせが天狗の耳に入ってきました。その鬼は腰にひょうたんをつけていたそうな・・・。」

照明が明るくなり天狗が舞台真ん中に背中を向けて座っている。

天狗(片桐)「酒呑童子・・・。これは供養の杯じゃ・・・」

語り部(若松)「満月の夜に初めて酒呑童子と会った場所に座り、天狗は杯を天高くあげて寂しそうに酒をクイっと飲み干しました」

語り部(若松)「以上で 酒呑童子 の劇を終了させていただきます。皆様ご視聴の程、誠に有難うございました」

舞台に四人並んで、同時に礼をする。

戯曲 酒呑童子(しゅてんどうじ)

戯曲 酒呑童子(しゅてんどうじ)

どんなに凶暴でも、きっとその者にはそうなった理由があるのだろう。 それはもう手遅れな者かもしれない、まだ間に合う者なのかもしれない。 もし、間に合う者なら、その者が良き者と出会うことを願いたい。

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更新日
登録日
2015-01-21

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