practice(163)





 『マーシー』と私が名付けた人形は,歩いていける港の中で,一番海に突き出ている(何て呼べばいいのか,私が知らない)ところの釣り場にて見つけられた。お兄ちゃんが見つけた。あとで,「アタリはあるのに」ってブツブツ言っていた日で,寒い季節の暖かい日で,セーターを着たお爺さんと二人だった。お母さんに言いつけられて,家着のまま,私が身軽に駆け寄ったときに,ほれっ,と網の上に居た。苦手な魚だと思った。だから横から覗きこんだ時,キラキラとして長い髪が一番目立った。それから冷たそうな様子と,海の匂いは,周りを囲んで動いていた。お兄ちゃんが網を下ろして,見たことがない服とか,履いていない靴とか,気付くことが多くなった。
「誰の?」
 と最初に聞いて,さあ,とお兄ちゃんが肩をすくめて,
「貰っていいの?」
 と次に聞いて,さあ,なのか,まあ,なのか分からない(いいんじゃないか?って絶対言わない),返事を貰って,踏ん切りつかず,けど私は,もっと眺めたくて,もっと横から,覆い被さった。マーシーの綺麗なキラキラが見えなくなった。だから私はすぐに離れた。でも,最初よりは近づいた。瞼がない目とか,揃った手とか。膝立ちで座ったまま,私は耳を向けたりしなくても,洗面器で運ぶ水みたいな,ちゃぷっと返る音がすぐそこで聞こえた。
 諦めきれないお兄ちゃんは,釣竿を持って,歩いていた。
「ねえー,貰っていいの?」
 私は大きな声を出した。でも,お兄ちゃんには聞こえていなかったみたいで,曖昧な返事も貰えなかった。そこは港の中でも海に近くて,景色も広い。セーターを着て,動かないお爺さんが目印みたいだった。
 マーシーという名前は,後から付けた。



 

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-20

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