痛いのはどっち?

「痛いって言えよ」
言葉と共に突き立てられたのはシャレにならない包丁。
包丁の幸せな使い方は料理だけですよ、なんて軽口が湧いた次の瞬間に激痛に見舞われる。
「痛いって言って」
無表情に見下ろすのは、見知った僕の顔だったので。
こいつになら殺されても仕方ないのかなぁとぼんやり思った。
焼け付くような背中の痛みでどうも意識がはっきりしない。
「痛い…よ?だから、やめてくれる?」
「やだ」
もう二三箇所、続け様に刺された。ぐさぐさぐさ。
痛い。死なない。死なない。急所なのに死ねない?
ここでようやく夢であることに気がついた。
「どうして」
こんなことするのって聞こうとしたら泣きそうになってる僕が目の前にいたので、
メンドクセーと思いながら慰めることにした。泣きたいのはこっちだった。
夢の中なのにあちこちが燃えるように痛い。おまけに血まみれ。
なんんでそれなのに痛そうな顔をしているのはそっちなのか。
「きらいだっ!たのしそうにわらってるおまえなんかきらいっ!」
吐き出される言葉はまるで駄々をこねる子供のようだけど。
「俺はおまえだけど」
「しってる、だから」
ゆるせない。「僕」をおいてけぼりにしてしあわせになった「俺」をゆるせない。
そう、重ねて言ったら睨まれた。
うざったい前髪から覗く底なし沼のように暗い僕の目。
ぽんぽんと頭を撫でてやったら跳ね除けられた。痛い。素直じゃない。かわいくない。
「僕はおまえなんだから、お前の考えてることぐらい分かるよ。見捨てられるのが怖くて、でも素直にそう言うこともできなくて、根暗。僕とお前との間に分からないことなんてあるわけないだろ」
「でも、俺のこと忘れたでしょう?」
ふと、僕の顔を覗き込んでくる。微笑すら浮かべて行ったその言葉に、ざわりと肌が粟立つのを感じた。
「堀さんと出会って、もう僕のことなんか見えてないんでしょう?ねぇ、頭の奥が捻れておかしくなるような苦しさも、透明な暴力ももう忘れたでしょ」
毒気がない無邪気とすら言っていい顔でそう言い放つ、彼が泣きそうなのが分かった。
とても、よく。それは、かつての俺が縛られていた感情であったので。
「だから」
と、そのままの顔で僕は続けた。
「だから、忘れないように、なの。夢の中だけでも、赦して。ね?」
逆手に持った包丁がまた俺の急所、つまり心臓に突き刺さるけれど俺は残念ながら死んでやることはできなくて、堪え切れずそのまま泣き出した僕を俺は抱きとめることにした。震えていることに今さら気づく。
「俺に赦される必要なんかないだろ。俺はお前で、俺はお前から目を背けない。それに…」
どうしても少し口ごもってしまう。それでも俺は続けた。
「俺はもうお前のこと居なかった振りしないから。忘れようとしたりなんてしないから」
そう言い終えて、一呼吸ついて僕の方を見ると暗い暗い沼の底のような、感情の読めないあいつの目が少しばかり光を灯したように見えた。
「きっとそれは君のこれからに影を落とすよ」
「そうなったとしても、俺は、その影も含めて、俺自身なんだと、思う」
言い切るのには、勇気が必要だった。
けれど、彼の背中の震えは少しずつおさまっていくようだった。
抱いているせいで顔は見えなかったけれど、くすりという笑い声さえ聞こえた、直後。
「ふうん、なら精々君のこと苦しめるから」
立ち直りの早いやつ、でも、そのかわいげのなさが僕だよ。
「ああ、いつでも出てくれば?今度はお茶でも飲みながら語りたいな」
僕が、顔を真っ赤にしたのは気のせいではないだろう。
「ばっかじゃないの?…ふん、じゃあまたね」
どん、と包丁を抜かれたのと同時に激しい衝撃を感じて覚醒する。
それが、いつまで経っても起きてこない僕に業を煮やした堀さんの飛び蹴りだったのは言うまでもない。
「心臓圧迫はよくない、よくないからやめよう堀さん待って俺まだ死にたくないっ…!」

痛いのはどっち?

痛いのはどっち?

堀さんと宮村くんの二次創作です。 宮村が見た夢の話。 過去宮と宮村。 若干痛い表現が含まれるのでご注意ください。

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-01-19

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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