ゼダーソルン 来訪者

ゼダーソルン 来訪者

来訪者

来訪者

 教室にはだれもいない、すでにみんな会場へむかったあとのようだった。そんなワケで、ぼくはいそぎ荷物をカバンに放りこむと、正面玄関から校庭へ。校門をでたところでいつもの帰り道とは反対方向、学校の柵にそってのびるまっすぐな道をひた走る。この通りをぬけると、年中華やかなにぎわいを見せるティンガラント最大の繁華街があって、その奥にある中央広場のとなりに、メタリックな質感の屋根が人気のラ・カシャ駅や、たくさんの巨大複合ビルが立ちならぶ一帯があるんだ。
 そんな街の歩道はどれも広々として。
 けど、それでも毎回お別れ会の場を提供してくれる『ラビとヒーツ茶の店』、それにぼくの父さんと母さんが経営する三流のホテル『微笑みの(ひさし)』が入る複合ビル、ハロビルへたどりつくのはけっこう大変、面倒だったりするんだよな。
 特に今日は時間が悪い。だって、いつだって大勢の人でごったがえして、わっ、まただ。
 ほらね。
 そろそろ家に帰ろうって人たちも加わる時間だから、歩道は大混雑で、急げば急ぐほどだれかとぶつかりそうになっちまう。
 ハロビルは駅を通りすぎてすぐのところにあるから、中央広場をななめに突っ切ってくのが一番の近道なんだけど、そこだって人通りが多すぎて小走りするのが精いっぱい。さらに広場とハロビルの正面玄関前には、航路層へつながる行路口がいくつも設えられてるせいで、人の流れがメチャクチャなんだ。
 えっ、あれっ、その行路口にむかって歩いてくるのは、アープナイム史担当のフォーレ先生なんじゃないか。
「フォーレ先生、たしか参加できないって」
「サンか。うん、雑用が早くかたづいたんだ。それで例のメッセージレコーダーをあずかってきたんだけど、走行艇の中へ置き忘れてきちゃってさ。ごめん、いまから駐艇場にもどってとってくるよ」
「ああ、イニーにあげるのに先生たちのメッセージ入力たのんでおいたやつですね? だったらぼくがとりにいきます」
「いいの?」
「ハロビルの一般駐艇場ですよね? だったら管理棟にいる顔見知りのスタッフに挨拶したいと思ってたところだったんです。先生はアルファネにぼくがきたこと伝えておいてください」
「じゃあこれがカギだから。開け方わかるね」
 フォーレ先生は育ちがいいせいか、生徒をうたがったりしないんだ。おかげで生徒側のぼくらからすると、どんな先生よりあつかいやすい。これがほかの先生だと、走行艇にイタズラされるのを心配して、絶対にカギなんてわたしてくれるはずがないんだから。
「キューン、やっぱり遅れたんじゃない!」
 えっ。
「アルファネ?」
 しまった、油断した。てっきり会場内にいると思ってたのに、まさか正面玄関まででてきてたなんて。
「リノはおかし担当のミオティナたちを手伝いにいっちゃってアテになんないし。結局あたしだけが、あんたんちのホテルに挨拶しにいかなきゃなんないかもって、すっごく困ってたんだから」
 なるほど。それでぼくがくるのを待ち構えてたというワケか。キゲンは、もちろん悪いよな。
「ごめん。それあとで聞くよ。いまは駐艇場へいかなきゃなんないんだ」
「なにそれっ、挨拶はどうするの? もう、あんたたちってどうして計画どおりに行動できないの? すこしは指揮をとるあたしの身にもなってよね」
 わっ、まずい。アルファネのやつ、本気で怒ったみたいだぞ。だったらそれこそいまのうち、アルファネからの攻撃をかわすためにも、さっさと行路口から駐艇場へいっちまおう。
「それじゃ、あとで」
「キューン、逃げる気?」
 透明の壁に囲われた出入り口から中をのぞいたかぎり、ゆるやかな弧を描いて下の階へのびる自動階段のたぐいにしか見えない転移行路、通称『トンネル』はこうした緊急時につごうがいい。階段式の台の上に乗り、外の景色が見えなくなったのもつかの間、ぼくの体はさっきの居住層から航路層へ。ついさっきまでは見えてなかった、航路層側に設えられた行路口が目の前にちゃんとある。だから、ほらね、アルファネの怒鳴り声なんかもちっとも聞こえないんだ。
「指揮だって? お別れ会の実行委員にリーダーはいないんだっての」
 さてと。
 それじゃ挨拶がてら、フォーレ先生の走行艇のありかを聞きにいってみることにしよう。ハロビルの駐艇場に直結した行路口をつかったおかげで、管理棟がすぐとなりにあるんだ。
「ああ、その艇ならヤーの5にあるな。この角を曲がって、つきあたりのよっつ手前さ」
「ありがとう」
 管理棟勤務のスタッフとは顔見知りなだけあって、フォーレ先生の走行艇がある場所をていねいに教えてくれた。なんだけど。
 さすがは複合ビルの駐艇場だ。
 ハンパなく広いから、距離や方向がいまいちピンとこない。こんなことなら、先生にも『微笑みの宇』専用駐艇スペースの位置を教えておけばよかったな。
 つきあたり、正面壁からよっつ、あれっ、…………迷子、かな。
 スカート丈が床とくっつきそうなくらいに長い、白っぽいドレスを着た女の子が通路のまん中にぽつんと立ってる。体の大きさからすると、ラウィンよりはずっと年上、初等部の二年ってところか。だとしてもたった一人でこんなところにいるのは危険だな。せめて管理棟に連れていってあげないと。
「なにしてるの」
 ぼくの声に気づいて振りむいたその顔は期待したよりずっとかわいい。金色の大きな目がキラキラ光って、つるんとしたおでこがほんのりピンク色に染まってて。けど。
「さがしていたの」
 かわいいのに、どことなくヘンテコなんだ。
 だって、まるで音波変換装置と合体したような形の、緋色のヘッドドレスで覆われたその頭には、髪の毛が一本も見当たらない。そのせいか、白い肌もどこか造り物めいて見えて。
「表へでたくて。出入り口がこのあたりにありそうな気がしたの。だから」
 仮装、じゃないんだよな。
 小さな体を包むロングドレスは、仮装用にありがちな安物にはまるで見えない、反対にものすごく高価そうだ。ドレスと一体になってるんだろう、肩衣から見え隠れする腕輪もずいぶん凝った造りのもののようだし。
「表っていうと、居住層へでたいってこと? それならトンネル、じゃなかった、あっちの転移行路をつかうんだ」
「えっ?」
 そうは言っても、ここからじゃ行路口は見えないな。
「ハロビルの玄関前にリンクしてるから、外へもでていけるよ。なんならいっしょにいく? だったらちょっとまって。えっと、ああ、あれだ。あっちに見える赤い走行艇に用があってさ」
 なんだよ。あと数歩も歩けばたどりつくって場所に、めざす走行艇があったんじゃないか。うん、さすがフォーレ先生の艇はとびきり高級なだけあって、まわりの艇がかすんで見える。へえ、カギを開けると自動で扉が斜め上にスライドするタイプだ。かっこいい。
「キミも近くへよって見てみなよ。中の計器がすごいんだからさ。コレ、小型の飛行船に変形して宙空域へも飛んでいける高級艇なんだぜ。持ち主の先生んちが富豪ってやつでさ、えっと、レコーダーは」
 なんだ、後部座席の上においてあるんじゃないか。
「……いいから」
「なに? まって、いまカギをかける。えっ?」
 手からレコーダーがすっとんだ? いや、ちがう。これは、……抜きとられたんだ!
「ダメだ! それ、いるんだから返せ」
 げっ、マジか。相手の腕ごとレコーダーをつかもうとしたぼくを、いともカンタンにかわしやがった。この女の子、動きづらそうなドレスを着てるワリに身が軽い。
「あまりゆっくりできないの。だからいますぐ話を聞いて」
「はっ?」
「あなたとトゥシェルハーテは一度だけ、ずっと前に遭ったことがあるわ。科学館、パルヴィワン移送装置が公開されていた科学館で。そのときトゥシェルハーテは一階のフロアにいたの。あなたは見学通路の踊り場にいて」
「えっと」
 話が見えない。
「待って、キミはだれ?」
「トゥシェルハーテ」
 知らない、変わった名前だ。
「パルヴィワン移送装置で科学館って言ったら」
 それはラプンツール科学館にちがいない。
「小さなカプセルみたいなのが突っこんできて」
 えっ。
「それに気づいたシャパロが、とっさに反対方向へはじき返したの。トゥシェルハーテはとなりにいて、あのときもこれに似た黄色っぽいドレスを着ていたわ。覚えていない?」
 それは。
「三年生の校外授業。あの日は、いろんな意味で大変だったから、ものすごくよく覚えてる」
 フィフがはじきそこねたプラップのコマを、ぼくの腹めがけてはじきかえした男がいた。そしてもう一人、たしかにドレス姿の子どもがいて。
「トゥシェルハーテにとっても特別な日だったし。特にあなたのことは波長ごと覚えていたから、もしかしたらって思ったの。そしてこうしてたどりつけたからには、それだけの理由があるんだわ。だからお願い、トゥシェルハーテといっしょにきて」
 忘れてなんかはないはずだ。なのにどこかが噛み合わない、おかしい気がする。
「いまからあのときの科学館へ、お願い」
「えっ、ああっ、ちょっ、待て!」
 なにぃっ、レコーダーを持ったまま走りだしちまったぞ。
 冗談じゃない。あれには先生たちからイニーヘのメッセージ映像が入ってるんだ。いまさら入力をやり直すなんてできっこないし。
「とり返さなきゃっ、追いかけて」
 なんて自分に言い聞かせてる場合でもない。すでにあの子、トゥシェルハーテはゲート横の補足通路から駐艇場の外へでていってしまってんじゃないか。くそっ、カバンがジャマだ。どこか。
「キューン。なんだ、さわがしいけどなにかあったのか?」
 あれは。
「リノ、どうしてここにっ?」
「うん。実行委員全員で進行の最終確認するからおまえを連れてこいってアルファネがさ」
 説明するのに立ち止ってるヒマはない。
「えっと、そうだ! さっき走ってった女の子、迷子なんだ。ぼく送ってくからあとはたのんだ。ぼくら生徒ぶんのレコーダーはカバンの中にあるからよろしく」
「なに、おいっ、キューン?」
 ごめん、リノ。ぼくの代わりにアルファネにどなられて。
 カバン、思わずリノめがけて放り投げちまったけどヘイキだったかな。ふり返ってようすをたしかめたいけれど、ダメだ、いまは走行路へむかって走るあの子を見失わないよう追いかけるのが精一杯。
「いたっ、反対側の補足通路」
 いくつもの住宅街や繁華街と歩行専用路がからみ合ってできてる居住層とはちがって、航路層はその名のとおり、走行艇や貨物艇、特殊運搬艇の走行路と駐艇場だけでできていると言っても言いすぎじゃない造りになっている。だからって歩行者が出入りできないワケではなくて、こまらない程度に歩行者用補足通路も完備されてるんだ。いろんな標識や地図がとり付けられていて、ひと目でそこが居住層のどのブロックとリンクしてるかわかるようになっている。子どもにだって、迷うことなく目的地までの移動が可能だから、よほどのことがないかぎり、あの子の足は止まらないはず。そのうえ学校からずっと走ってきてたぼくの足には、まだ疲れが残ってるらしくって。さっきからあの子とのあいだにある距離がまったく縮んでないんだ。
「あのときの科学館って言ってたから、行き先はラプンツール科学館にちがいないんだけど」
 走行路の天井からつるされた標識からすると、やっぱりそうだ、すでにぼくらが中央広場周辺をはなれて、ラプンツール科学館がある緑地公園にリンクする路へ差しかかったことを示してる。一般がつかえる科学館専用行路口はなかったはずだから、そろそろ居住層へ移らないと。うっかり科学館より奥に建ちならぶ博物館や、巨大農業プラントの敷地内へ迷いこむ、なんてことにでもなったら面倒だ。
「あれっ、姿が見えない! いなくなってる」
 すこし目をそらしただけだったのに。
 すでにどっかの行路口から居住層へ移ったのかもしれないな。それにしても足が速い、すばやい子だ。これは思ったよりてこずるかもしれないぞ。

 とりあえず駆けこんだ行路口が、科学館の正面玄関前を通る遊歩道とつながってたのはラッキーだった。けど。
「入るの? もうそろそろ閉館するよ」
 やっぱり。時間が時間だから、入場口に立つ係員によび止められた。だからってここで引くワケにはいかない。あのレコーダーは絶対にとり返さなくちゃいけないんだ。
「中で友だちとまち合わせてるんです。ぼく、時間に遅れちゃって」
「だったらいいけど、急いでもどってきてよ? あと数分で閉めるから」
「ありがとう」
 気のいい係員で助かった。ではお言葉にあまえて館内へ。 
 閉館時間が近いだけあって来館者がほとんどいないはずの館内は、ずいぶんと静まりかえっていてなんだかさびしい。ちょうど学校の放課後の教室や廊下の雰囲気と似てるかも。
「二年前の、フィフとのことが引っかかって、一度もきてなかったけど」
 見たかぎり、柱の位置も展示物の配置も変わりない。見学用立体通路もあのときとおなじみたいだ。上がってみようか、別なフロアに移動してしまってるならともかく、ここにいるのなら、見下ろして探したほうがあの子の姿を見つけやすい。
「退役になったばかりのパルヴィワン移送装置が展示用に運び込まれたって聞いてたけど、動力炉はまだ古い型のままみたいだな」
 交換するのはこれからか。
「やっぱりさ。学歴とか差別とか、ぼくらの毎日がこんなに窮屈なのは、この装置のせいだよな。そこんとこがわかればわかるほど、パルヴィワンなんてどうだってよくなっちまうものなんだけど」
 カツン
 あっ、いま上で音がした。
「それは、過去を繰り返さないためにも考案された、なくてはならない社会システムだったのですって」
「えっ」
 この声は、
「上?」
 まちがいない、あの女の子の声だ。
 すぐに見つかってよかった。これでレコーダーをとりもどすことができれば、お別れ会がはじまるギリギリで会場へもどれるぞ。
「ところで。ねっ、この装置、どうすれば動くの?」
 声が近い。このスロープを上がった先の踊り場あたりか。
「動くって? まさか、だって展示用にことごとく分解されてんだぜ。動力炉を囲むいくつかのゲートだって、中っ側は特設見学通路に改造済みなんだし」
「もとどおりにできない?」
「ムリ。別室に展示された完全体だってレプリカ、ニ分の一スケールの模型なんだ。大体部品全部がここにあるワケじゃないんだからさ。なんだったらさがしてみる? 新しい型が館内に運びこまれたって朝のニュースで言ってたから、まだ完全な状態でどこかに保管されてるかもしれないよ」
 そんなはずあるワケがない。てきとうな大きさに分解して運びこんだにちがいないんだ。けど、小さな。それも女の子に、頭ごなしになにもかもがダメってのは絶対になしだ。だからここは話の的を微妙にずらして。ぼくが近づいてもおびえることがないよう、キゲンもとりつつ。
「女の子がさ、装置をつかってみたがる一番の理由を知ってるよ」
 いた、見つけた。
 思ったとおり。スロープを上がってすぐの踊り場、柵にもたれてこっちを見てる。
「あれだろ? アープナイム・イムがパルヴィワン移送装置をつかってパルヴィワンへわたるときに垣間見ると言われてる、この世の真の姿のイメージ画」
 できるだけゆっくりと近づいて、あれっ、なんだよ、むこうから近寄ってきてるんじゃないか。
「たくさんの膜や粒がいろんな色に光り輝く、そのようすがすっごくキレイでさ。TⅤや広告、絵本なんかにもつかわれて、よく見かけるものだから、小さな女の子なんかは夢中になっちゃいやすいんだよな」
 そう言や、朝、家をでる前。
「ぼくの妹のラウィンも同じなんだ。今朝もぼくに読んでってせがんで持ってきた本に、その画像があって。えっ、あれっ?」
 女の子、トゥシェルハーテが、ぼくへと手を差しだして。これは、ええっと、手をつなげばいいのかな?
「それは、あんなふうな景色なのかしら?」
 誘われるままに手をつないでみたものの、なにかが起こるワケもなく。ただ。トゥシェルハーテのもう片方の腕が前方にのびて、ずっと遠くを指差しただけ。
「うん、そう、大体あんなふう」
 そこに見えるのは、緑色の闇の中に漂うたくさんの膜と粒。
「いろんな色に光り輝いて、本当、キレイなもんだよね」
 …………って。
 はあっ?

 なんでそれが見えてんだ?

ゼダーソルン 来訪者

 『トンネル』はクラインの壺から発想したもので、アープナイム文化圏の宙空都市は表と裏、両方をつかって構成されているという設定。

ゼダーソルン 来訪者

あの日のことはよく覚えてるはずなのに、なにかがおかしい。その答えを探すヒマもなく、キューンは突然の来訪者に振り回されて。小学5年生~中学1年生までを対象年齢と想定して創った作品なので漢字が少なめです。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-18

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著作権法内での利用のみを許可します。

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