救急患者の置き土産

救急患者の置き土産

夜中、けたたましいサイレンをならして一台の救急車が、ある救急指定病院に到着。

隊員「急病患者です。お願いします」
夜勤の看護師「どのような状態ですか」
隊員「ガン患者で、自宅で倒れて意識不明です」
看護師「担ぎこまれても、今晩は、当直の先生は耳鼻科の先生だけです」
隊員「我々も忙しくて、次々と搬送の依頼が来ているのです。この通りお願い・・・」
看護師「耳鼻科の先生じゃ無理です」
隊員「消防署だって人手が足りないんですよ、協力してください」
看護師「無茶なこと云わないで頂戴」
隊員「耳鼻科の先生だって、先生には変わりないでしょう。診るだけ診てください」
看護師「ああ、強引に置いていかれちゃつた。先生、大変です。危篤状態のガン患者を置いていかれました」
医師「弱ったなあ。オレ、外科の経験がないんだよ。仕方がない。ヒマつぶしになんとかやってみるか」
看護師「ヒマつぶしにですか」
医師「実家が魚屋だから、親父の包丁さばきは子供の頃からよく見ていた。思い出してやってみよう」
看護師「患者さんも魚と同じにされた」
医師「サア、手術室に連れて行ってくれ。オレ一人で手術は無理だ。手伝いが必要だなあ。掃除のオバちゃんがまだいるだろう」
看護師「呼んできます」
医師「それから、病院の前に住んでる葬儀屋さんと、畳屋の親父さんも至急呼んできてくれ」
看護師「葬儀屋さんはわかるけど、畳屋さんがなぜ必要?」
医師「手術が終われば、最後におなかを縫ってもらう」
看護師「なるほど・・・」
医師「全員集まったな。アレ、患者が眼を開いた。何かいいたそうだな。葬儀屋さん、聞いてみてくれ」
葬儀屋「私は、まだ生きていたい。だって・・・」
医師「歳を聞いてみろ」
葬儀屋「まだ、九十九歳だと云ってます」
医師「まだ生きたいのか。それでは各人配置について・・・。看護師さんは輸血の準備」
看護師「先生。輸血が足りません」
医師「しょうがないな。ナ スへ行って、赤い液体のものなら、なんでもいいから探してこい」
看護師「冷蔵庫にトマトジュ スと、トマトケチャツプがありました」
医師「赤けりゃなんでもいい。アレ、メスが見当たらないな」
看護師「収納箱にカギがかけられています」
医師「大急ぎで、食堂から出刃包丁と、刺身包丁を持ってきてくれ。葬儀屋さんは酸素吸入器をつけて。なんで頭につけるの」
葬儀屋「頭に三角巾をつけるクセがあるものもので・・・」
医師「オバちゃんは、からだを綺麗に拭いて・・・。オイオイ、デッキブラシで拭くヤツがあるか」
清掃員「タワシにしますか」
医師「トイレの清掃じゃないんだぞ」
看護師「先生。麻酔が見当たりません」
医師「ほっぺたを、思いっきりつねってみてくれ」
看護師「反応ありません」
医師「ヨシ。今度はお尻をつねってみて・・・」
看護師「反応なし」
医師「意識がないうち手術を始めよう」
畳屋「私は、何をやるんですか」
医師「アンタは、手術が始まったら血圧の数値や、呼吸の状況を監視してくれ。それでは始めるぞ。全員黙とう・・・」
清掃員「先に黙とうですか」
医師「遅かれ早かれ時間の問題だ。ヨシ、刺身包丁でオヘソの周りから切るぞ」
清掃員「三枚に下しますか」
医師「刺身の盛り合わせを造るんじゃない。これから世紀の大手術が始まるのだ」
葬儀屋「成功するといいですね」
医師「ぜったい成功する筈がない。このオレが保障する」
葬儀屋「大変な自信だ」
看護師「刺身包丁のサビがひどいですね」
医師「出刃包丁にするか」
看護師「先生。出刃包丁のサビの方がまだひどいですね」
医師「こういう時には、全身力まかせに・・・。ホラ、切れた」
清掃員「馬鹿とハサミは使いよう」
医師「みんな、お腹の中を見てみろ。きれいなものだなあ」
葬儀屋「先生もお腹の中は、はじめてですか」
医師「中学で理科の実験のとき、蛙の解剖で見たとき以来だ」
葬儀屋「ピクピク動いているのは心臓ですか」
医師「この患者の心臓は強そうだ。簡単には死にそうもないぞ。畳屋さん、血圧の状況を見てくれ」
畳屋「ケツの方は、昔イボ痔で永年苦しみました」
医師「アンタのお尻じゃないよ。血圧測定器の数字を確認してくれ」
畳屋「上が五百で下が三百です」
医師「そんな高い血圧があるか」
畳屋「あたしの持っている株が先週上がったので、ご祝儀相場です」
医師「儲けの話はあとだ」
看護師「先生。輸血が切れそうです」
医師「ナ スから水分の物なら、なんでもいいから探してきてくれ」
看護師「青汁の大瓶が有りました」
医師「ヨシ、輸血は青汁に交代。見てみろ、大腸がだいぶ腐っている。誰か厨房へ行って、ゴムホ スを十センチばかり探してきてくれ」
畳屋「何に使うのですか」
医師「そばで見ていればわかる」
畳屋「有りました。配管工事で余ったガス管を見つけてきました」
医師「ヨシ、それがいい。まず、ガンに侵されている大腸の患部を切り捨てる」
看護師「ハサミでいいですか」
医師「なんでもいい。ここからが腕の見せどころ・・・。新しい大腸と小腸をガス管でつなぐ」
看護師「先生、ぴったりですね」
清掃員「大成功。紙ふぶきをまきますか」
医師「新幹線の発車じゃないよ。畳屋さん血圧の数字を見てくれ」
畳屋「上が百四十、下が八十・・・」
医師「血圧が正常に戻った」
看護師「素晴らしい手術でしたね」
医師「輸血にトマトジュ スや青汁を使用したことで、体力の回復を驚くほど早やめた」
看護師「患者さんの顔色をみて・・・。健康状態の顔色に戻ってきましたよ」
医師「これで手術は完了。畳屋さん、最後はアンタの出番だ」
畳屋「お腹を縫うのにヘリをつけますか」
医師「ヘリなんか要らないよ。ガムテープで十分・・・」
看護師「患者さんが目を覚ましましたよ」
患者「ここはどこですか。あの世ですか」
看護師「とんでもない。こちらの先生の手術のお陰で助かったんですよ」
患者「先生のお名前をお聞かせください」
看護師「先生は、世界的にもガンの手術にかけては著名なガンモドキ先生です」
患者「豆腐屋さんみたいな名前だ」
看護師「気分はどうですか」
患者「なんだか、トマトジュースの味がするゲップが出てきます」
 
 


 

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