笑いは銀河系を救う「お笑いバトル」(2)

二 夫婦漫才 七夕織姫・彦星  

 笹の葉さらさら、落ち葉に揺れる、お星様、キラキラ、のお囃子にのって、男と女の二人が舞台の真ん中に登場した。舞台の裾には、夫婦漫才 織姫・彦星の名札がかかる。

「はあい、皆さん、こんにちは」
「何、言ってんねん。今は、夜やで。こんばんは、や」
「はあい、皆さん、こんばんは」
「いやに、今日は、素直でんな」
「それより、自己紹介や」
「あっ、忘れてたわ」
「わてが、七夕彦星です」
「わたしが、七夕織姫です」
「二人合わせて、棚からぼたもちです」
「誰が、棚からぼたもちや。七夕や。七夕織姫や。ぼたもちやあらへんで。それに、こんな、べっぴんさんつかまえて、ぼたもちやないで」
「悪い、悪い。つい、ほんまの事、言うてしもうた」
「何がほんまのことや。よけい、悪いわ。それに、もう漫才、始まっとんかいな。最初の挨拶がないで?」
「それでは、皆さま、少しの時間、お付き合いいただきたいと思います」
「よろしくお願いします」
「それにしても、織姫さん、久しぶりやなあ」
「久しぶりやて、この前、会ったばかりでしょう」
「この前や言うても、一年前やで」
「何、言うてんのん。わたしら、宇宙に住む者にとっては、一光年が一年みたいなもんや。人間の言う一年なんて、一秒にも当たらんで」
「そりゃそうやけど、ここは地球やから、一年は長いんとちゃうか」
「一年もあっと言う間や。知らん間に百年が来て、あんたは、あの世やのうて、宇宙行きや」
「なんや、お前。今日は、いやに突っかかるなあ」
「突っかかってないで。ほんまのこと言うとるだけや。それよりも、あんた、わたしに会いたかっただけとちゃうか」
「そんなことあらへん」
「ほら、年甲斐もなく、顔が赤うなっとるわ。そりゃ、わたしは、宇宙一べっぴんの織姫様さかい、いろんな人からちやほやされているんで、あんたが心配するのも無理ないわ」
「いや、無理はしてないで」
「人間、いや、宇宙人は素直にならなあかんで。会いたかったら、会いたかったって、ストレートに言わな。わたしら、結婚して、何年になるんかいな」
「何年やったろ。もう忘れてしもうたわ」
「何をとぼけとんのや。それとも、頭がもうろくしとんだけかいな」
「相変わらず、きついなあ」
「これぐらい言わな、あんたにはわからんのや。それなら、出会った時のことは覚えてまっか」
「それは覚えとるわ。確か・・・」
「確かやて、情けないなあ。そんなうろ覚えでは困るわ。お客さんが不審がるやろ。そんなんやったら、あたしが説明するわ。確か・・・」
「お前も言うとるやないか」
「あたしはええねん。数億の男どもから求愛されたんや。いちいち覚えとったらきりないわ」
「なんやそれ。そんな話、初めて聞いたわ」
「あんたのこと思って、今まで、黙っとったんや」
「それなら、死ぬまで黙っとって欲しかったわ」
「あんたがカバに後ろ向きに歩かせて、車を引きながら、荷物を運んどって、柳の下で、日傘をくるくる回し取るわたしに一目ぼれしたんやったんかいな。ああ、あの時の感動が思い出されるわ」
「何、一人で身もだえしとんのや。俺が連れとんたったんは、カバやないわ。牛や。それに、なんで、俺がカバに後ろ向きに歩かせなあかんのや」
「それは、あんたがバカやからや」
「そんな落ちかいな」
「お後がよろしいようで」

 二人が舞台から去った。拍手が鳴る。司会者が舞台の真中に立つ。
「さあ、今のお笑いはどうでしたでしょうか。さあ、お笑い電気はどの程度、発電されたでしょうか。さあ、発電量を見てみましょう」
 舞台の上手に電光掲示板が映し出された。
「十笑いです。残念。これでは、銀河系の全ての扇風機が一回転しか動きません。アンドロメダ星雲の流れ星さえ、防ぐことはできないでしょう。このままでは、銀河系の命運はどうなるのでしょうか。それじゃあ、次のお笑い芸人に期待しましょう。さあ、次の芸人は・・・」

 舞台の上では、司会者が賑やかに騒いでいる。彦星は織姫に目もくれずに、楽屋から立ち去ろうとする。
「今日の仕事はこれで終わりやな」
 彦星は織姫の顔も見ずに言う。
「そうです」
 織姫が彦星の背中に頷く。
「ほな、帰るで」
「あんた、得点は気にならんの」
「そんなもん、どうでもええわ。第一、笑いで電気をおこして、それで扇風機を回して、アンドロメダ星雲をどこかに吹き飛ばそうなんて、最初から、無理な話や。それこそ、漫才や。お笑いや」
「そりゃそうやけど。それやったら、なんで、あんた、この舞台に立ったん?」
「客を笑うためや。わしは漫才師やけど、客を笑わせても、自分は笑われてはないで。客を笑うために、この舞台に立ったんや。ほんまに、笑いでアンドロメダ星雲を吹き飛ばそうと考えとる奴がどれだけおるんかと、その客のバカ面を見に来たんや。ほんなら、客席は満杯や。一体、どうなっとんのや。明日にでも、この地球が、銀河系が吹き飛ばされるんやで。なんで、みんなは逃げもせんと笑うとるんや。ほんま、お笑いや。末期的症状や。今日は、ほんまに笑わせてもろたわ」
 彦星は黒い言葉を吐き捨てた。
「そんなこと言うたら、お客さんに失礼やで。お客さんは、笑いに来とんのや。そのお客さんを笑うなんて、どうかしとるで。あんた」
「まさか、お前まで、笑いで、アンドロメダ星雲を吹き飛ばせると思うとんのか?」
「わたしにはわかりやしません。ほんでも、このまま何もせんままというわけにはいかんのと違いまっか。わたしらは、漫才師でっせ。お客さんが笑いを求めとんのやったら、どんな状況でも、どんな理由でも、舞台に立たなあかんのと違いまっか。お客さんに笑うてもらわなあかんのと違いまっか」
 彦星は横を向いたまま黙っている。
「あんた、何か、あったんかいな。わたしら、夫婦漫才やで」
「夫婦は舞台の上だけでたくさんや」
先ほどの舞台の上とは違って、冷たい態度の彦星。
「そない言わんでも、ええやんか。もうすぐアンドロメダ星雲がやってくるんやで。ぶつかったら、あんたも、わたしもこっぱ微塵や。それやったら、もうちょっと一緒にいようよ。晩ごはん、まだやろ。近所に、美味しいお好み焼屋を見つけたんや。熱いお好み焼を、二人で、ふうふうしながら食べよ」
「何がお好み焼屋や。それに、何がふうふうや。もう、漫才は終わったし、わしら二人は夫婦も終わったんや。今さら、やさしい言葉を掛けられてもう手遅れや」
「そんなことないで。アンドロメダ星雲がぶつかってくるんで、こうして、銀河系の人々が一致協力して、笑いで世界を救おうとしているんやおまへんか。何でも手遅れなことははありまへん。ここであきらめたら、それこそ終わってしまいます。なあ、あんた」
 彦星の体にすがりつく織姫。
「うるさいわ。笑いで、アンドロメダ星雲がどこかに行くと思うとんのか。そんなんマンガや、漫才の世界や」
「あたしら漫才師やで」
「そういう意味やない。言葉だけでは、アンドロメダ星雲の方向は変えられんというこっちゃ。世の中には出来ることと、出来んことがあるんや。出来んことに、いつまでもしがみついていて、どうするんや。ええい、離さんか」
「それでもええのんや。アンドロメダ星雲がやってきてもええのんや。あたしは、あんたにしがみつきたいんや。ひょっとして、あんた、まだ、あのさそり座の女とつきあっとんのか?」
「もう、別れたわ。俺の大事な牛に一刺ししやがって。そのせいで、俺の大事な牛は死んでしもうたわ。宇宙警察に届けたけど、あの女、銀河系から、別の星雲へ逃げたらしいわ。アンドロメダ星雲かもしれん。くそ」
 ふてくされ、空の彼方を見上げる彦星。
「ほな、わたしともう一度、やり直そう。あんたの子どもの太郎も待ってるで」
 その時、強風が襲い、街全体が大きく揺れた。アンドロメダ星雲の流れ星が地球の側を通り抜けたのだ。ビルはギッコン、バッタンとシーソーのように揺れ、ビルの中の人々は多勢に無勢と転がり続けた。地上の人々は眠たくもないのに地面に転って、つかの間の休憩を楽しんだ。そんな中でも、織姫は強風にも、何事にもびくともせず、仁王立ちのままだった。
「うわー」
 彦星は膝まづいて、織姫の胸にすがりつく。
「わし、昔から、お化け屋敷やジェットコースター、コーヒーカップが苦手なんや」
「そうか、そうか」
 織姫は彦星の頭を、髪の毛を、背中をさする。
「もう大丈夫やで。流れ星は行ってしもたで。あたしがおるから大丈夫や。さあ、あんた、家へ帰ろう。あんたの家へ帰ろう」
 彦星と織姫は手をつなぎ、仲睦まじく家に帰るのであった。

笑いは銀河系を救う「お笑いバトル」(2)

笑いは銀河系を救う「お笑いバトル」(2)

二 夫婦漫才 七夕織姫・彦星

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-17

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