ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 中章「出会い」

10年近く前。
私が、ウルティマオンラインというゲームをプレイしていた時に、作成した作品です。
作品の内容は、今(2015年)の、ウルティマオンラインの仕様とは異なります。
作品の世界観は、当時(2004年近く)の記憶を頼りに執筆しています。
ウルティマオンラインを、当時からプレイされていて、そして今でもプレイされている方。
そして、既に引退されていて、当時を懐かしく思っていられる方。
興味がございましたら、ご一読頂ければ幸いと存じ上げます。
なお。
ウルティマオンラインの世界を、小説に転じているため、実際のウルティマオンラインの世界(仕様)とは、違う部分が多々あります。
例えば、人間は不死ではないなど・・・。
それを踏まえて、お読み頂ければ幸いです。

ブリテインで様々な出会いをしたダルバスとライラ。その先には、何が待ち受けているのか・・・?


中章


 辺りには、賑やかな光景が広がっていた。
いや、騒がしい場所が開けていたと言った方が良いかもしれない。
辺りには、幾つもの露店が並び、自分の商品をきらびやかに並べていた。
中には、お客に自分の店をアピールしようと、けたたましく叫び続ける人もいる。
 露店が並ぶ道の前には、沢山の人が行き交い、そして様々な人種がひしめいていた。
露店の前の道を挟む向こう側には、石造りの巨大な建物があった。
人々は、その建物の中を往来し、ひっきりなしに、人が群れを成していた。

 ここは、ブリタニア最大の都市。ブリテインだ。
ブリタニアの中で、最も巨大な町であり、人口の集中するところだ。
町中には、露店商以外にも、様々な店がある。
ブリテインに来れば、買えない物はないとさえ言われていた。
 町の構成は、大きな河を境に分けられ、西部と東部とに分かれる。
西部と東部は、橋で繋がれていた。
 西側には、ブリタニアを治める王。
ロード・ブリティッシュがいる、ロード・ブリティッシュ城がある。
他にも、北部第一銀行や、劇場、宿屋などがひしめき合っていた。
 東部には、八徳の寺院や、宝石商、酒場などがある。
 西部は、商店街。東部は住宅地と考えてもよいだろう。
 地域から外れるが、北にはロード・ブラックソン城や、西の町はずれには、動物などを預ける厩舎などもある。

 おびただしい人の群れを、すり抜けていく者達がいた。
一人は、筋肉質な茶褐色な肌を持つ男性。
もう一人は、ブロンズ色の髪を、肩まで伸ばした女性だ。
ダルバスと、ライラである。
 ダルバス達は、多くの露天商の前を通過していた。
露天商と対面にある、石造りの大きな建物は、ブリテイン第一銀行だ。
 銀行前には、この様に、よく露店が開かれている。
お金の動く銀行の前では、商品がよく売れるからだ。
「ようやく、ブリテインに着いたわね。懐かしいわぁ、この活気」
ライラは、立ち並ぶ露店に目を輝かせながら、歩いている。
「ふん。俺には、うるせぇだけだがな」
ダルバスは、まとわりつくような騒ぎに、少々いらついている様子だ。
「あ、ねぇねぇ。素敵なアクセサリが売っているじゃない。ダルバス。ちょっと待ってよ。少し見てみたいから」
ライラはそう言うと、近くの店に駆け寄る。
「あぁ?おめぇ、俺たちは、遊びで来ているんじゃねぇんだぞ!」
振り返りざまに、ダルバスは叫ぶが、ライラはすでに店の商品を品定めしていた。
「いいじゃない。ちょっとだけよ」
訝しむダルバスをよそに、ライラ品定めに夢中だ。
「ったくよぅ。これだから、女ってのは嫌だぜ」
ダルバスは、露店の脇に立つと、商品に夢中なライラを、軽蔑するような目で見ていた。
「何!?何か言った!?」
愚痴るダルバスを、にらみつけるライラ。
「いや、別に?」
反論するライラに、ダルバスはひるむ様子もない。
「あんたねぇ。ここまで、どれだけ大変な旅だったと思っているのよ。少しくらい、この様な時間があってもいいじゃないのよ!」
しらけた態度をとるダルバスに、ライラは更に噛みついている。
その様子を見ていた、露店の店主は思わず、2人に話しかけた。
店主は、白い半袖のシャツに、青色の短パンといった、こざっぱりとした身なりで感じの良い愛想笑いを浮かべている。
「まぁまぁ、お二人さん。こんな所で、喧嘩しないで。どうですか?おひとつ、男性の方から、こちらの女性へ、アクセサリの一つでもプレゼントでもなさったらどうです?」
そういうと、店主は、自慢の商品を目の前に広げる。
途端に、ライラの目が輝き始めた。
「いい事言うわねぇ・・・。あら、これなんて素敵じゃない?」
早速、アクセサリを身につけてみるライラ。
「くだらねぇ・・・」
はしゃぐライラをよそに、ぼやくダルバス。
「こっちは、どうかしらねぇ・・・」
ライラは夢中だ。
 無理もないかもしれない。
ベスパーがドラゴンに襲われた事件以来、ライラは町の復興と、そして、更なる修行の為に、身だしなみを気にしたり、このような場所で楽しむと言う事を、殆どしていなかったのだ。
事件前は、家庭が貴族であったため、色々な事を楽しんだりもしたのだが・・・。
「まだ、決まらねぇのか?早くしようぜ?」
ダルバスの気持ちは、いらだつばかりだ。
「うっさいわねぇ・・・。すぐ決めるから、黙っていて!」
待てども、なかなか決めないライラ。
その様な中、店主がダルバスに声をかける。
「そちらも、どうですか?男性が身につけても見栄えの良いアクセサリーを揃えておりますが」
愛想笑いを浮かべる店主。
「いらん」
ぶっきらぼうに答えるダルバス。相当、苛ついているに違いなかった。
が、更に店主は追い打ちをかける。
「その様な事、言わずに・・・。ささ、これなんか、どうでしょうか?」
店主は、適当にアクセサリを見繕うと、ダルバスの前に差し出す。
「いらねぇっつってんだろうが!」
ダルバスは、怒声を上げる。
体格のよいダルバスが怒鳴ると、かなりの威圧感があった。
「す・・・。すみません・・・」
萎縮する店主。
「ダルバスねぇ。この人を脅して、どうすんのよ。可哀想じゃないの」
ライラは、間に割り込むと、店主をかばう。
「脅してなんか、いねぇじゃねぇか。そいつが、しつけぇから、怒鳴っただけだ!」
「それをね、脅しっていうのよ!ったくもう。騒ぎを起こさないでよね。店長さん、ごめんなさいね」
「それくらいを、脅しっていうか?」
ぼやくダルバスを無視すると、再びライラは品定めを始める。
ダルバスはため息をつくしかなかった。
「おう。店長さんよ。ちょっと、聞きてぇことがあるんだがよ」
ダルバスの質問に、引き気味の店主。
「は、はい。なんでしょうか?」
「俺たちゃ、これから、ムーングロウに行きてぇんだがよ。この町から、船の定期便があるだろ。いつだ?」
先ほど、ダルバスに怒鳴られたからだろうか、店主はダルバスの質問も、怒鳴っているように聞こえる。
「そ、それなら、町の南西にある、ブリテイン港から行けます。ただ、その・・・。時間までは・・・わかりません」
時間がわからない事を、怒られるのかと、萎縮する店主。
「そうか。ありがとよ」
もちろん、時間がわからないのは当然であろうから、ダルバスは怒るはずもなかったのだが。
「これに、しましょうかしらね」
目的の商品が見つかったのだろうか。ライラは、嬉しげな声をあげた。
ライラは、一つのイヤリングを選んだようだ。
イヤリングは銀で出来ており、細かい彫刻が施されていた。
中央には、小さめのサファイアが埋め込まれている。
「おいくらかしら?」
「300gpになります」
ようやく商品が売れる事に、店主は内心安堵しているのだろう。
「ダルバス。300gpだってよ?」
ライラは、悪戯っぽくダルバスに話しかける。
「あぁ!?なんで、俺がおめぇの買い物の金を出さなきゃなんねぇんだ?」
突然の成り行きに、ダルバスは慌てる。
「だって、さっきもこの人が、男性から女性にお一ついかが?って言っていたじゃない。ねぇ?」
ライラは、店主を振り返る。
慌てる店主。
「あ、あれは、その・・・。冗談でして・・・。別にそちらの男性の方がお金を払わなくても・・・」
再び、ダルバスの怒りに触れるのを恐れたのだろう。店主は、口を濁す。
「ほら!あんたが、店長を脅すから!可哀想じゃない!罰として、お金を出しなさい?」
ライラは、この場の雰囲気を利用しているのだろう。悪戯っぽく、ダルバスに商品をねだっている。
「おめぇなぁっ!・・・ったくよう。こうなんのを、わかってやってるだろ!」
ぶつくさ文句を言いながら、財布を取り出すダルバス。
「300gp?そんなもんでか?おぅ、50gpにまけろや」
無茶な値切りに踏み込むダルバス。
「50gp!?さすがに、それは・・・」
店主は、困惑を隠しきれない。
「ちょっ!あんたねぇ!50gpなんかに値切ってどうすんのよ!無茶しないで頂戴!それに、プレゼントする物を、貰う本人の前で値切る訳!?どうかしてんじゃないの?」
叫ぶライラを無視するダルバス。
「無理か?じゃ、75gpだ」
「それでもちょっと・・・。200・・・いえ、230gpでしたら、なんとか・・・」
さすがに、言い値で買われてしまう訳にはいかない。店主は粘る。
「じゃぁ、80でどうだ?」
ダルバスは、店主の言う事を、まったく聞いていない。
「いい加減にしなさいよ!300gpでも、安い位よ?」
一歩も引かないダルバスに、ライラは苛立ち始める。
「仕方ねぇなぁ・・・。じゃぁよ、200でどうだ?おめぇ、さっき、ちらっと200gpでもって言ったよな?ん?」
言葉に詰まる店主。
「・・・わかりました。200gpでお売りします」
店主は諦めたようだ。渋々と、商品をライラに渡す。
ダルバスは、財布の中から金貨を取り出すと、店主に渡した。
「じゃあよ!船の情報ありがとな!おめぇさんも、商売頑張るんだぜ?」
そう言うと、さっさと人混みの中へ歩を進めていってしまう。
「ちょっと、待ってよ!まだ、買った物を身に付けていないじゃない!」
慌てて、ダルバスを追おうとするが、ライラは、店主に一言くわえた。
「ご免なさいね。相手が悪かったみたいね。これは、お詫びとして貰って頂戴ね?」
ライラはそう言うと、自分の財布から、さらに50gpを渡した。
「あ・・・その・・・。毎度あり・・・」
予想外のライラの行動に、店主は驚いたのだろう。
そのまま、走り去っていくライラを、ただ呆然と見つめていた。
それでも、売り上げは250gp。結局、50gp値切られてしまっている。

 このブリタニアでの通貨はgpが主体だ。
お金は、金貨で作成され、最低1gpコインから成り立つ。
コインの種類は、1gp。5gp。10gp。50gp。100gp。500gp。1000gp。5000gp。1万gp。5万gp。10万gp。100万gp。1000万gp、と、幅広い振り分けがされている。
 コインの生成は、ブリタニア政府下のもとで、厳重な体制の中で生成される。
金山から採取された金は、一度全て政府に集められる。金山は、盗掘などを防ぐために、厳重な警備に守られていた。
そして、採取した金を、ブリタニアの流通統計などにより、金貨を作成していくのだ。
金は、金貨の形にならないと、価値がないようになっている。
そうしないと、ただの金塊も、通貨としての価値がついてしまうからだ。
それと、偽造防止のために、金貨には特殊な焼き印が押されている。
金貨の価値は、大きさではない。
単純に1gpに対して1000万gpでは、1に対しての1000万倍の大きさになってしまうからだ。
金の量による価値を防ぐためには、この特殊な焼き印が必要だった。
焼き印は、溶かした金の中に、極秘の染料を混ぜ込み、それを金貨に焼き付けるのだ。
焼き印の形は、金貨の価値である数字だ。
これらの見極め方は、通貨を生産している工場か、銀行でしか出来ない。
 だが、実際使われる金貨は、1万gp以上を使う人は少ない。
10万gpや、100万gpなどは、店を営んでいる人が、商品の仕入れなどで使うくらいで、一般の人が使う事は、まず無いと言える。
小銭が貯まった時は、銀行に行けば、大きな金貨への換金も可能だ。

「ダルバス!置いていかないでよ!」
後を追うライラ。
人をかき分け、既に人混みに紛れたダルバスを追う。
が、ダルバスを見つけるのは、簡単だった。
普通の人はあまりしない、モヒカンの髪型と、人一倍大きい背丈だ。
程なくして、ライラはダルバスへたどり着く。
「もぅ!私を置いていくなんて、どうかしているんじゃないの!?」
ライラは、ダルバスの横に並ぶと、歩を合わせる。
「別に、置いていってねぇじゃねぇか。ほら、こうして一緒に歩いているんだからよ」
ダルバスは悪びれる様子もない。
「馬鹿じゃないの!?私もあなたも、この土地は、初めてではないとは言っても、殆ど土地勘はないでしょ?」
文句を言いながら、ライラはダルバスに着いていく。
 混雑している場所は、通り過ぎたようだ。
銀行は、遙か後方に見え、辺りには、商店と思わしき建物が建ち並ぶ。
銀行とは違い、建物は木造の物が多いようだ。
「へいへい。ライラお嬢様の護衛の私目は、常にお嬢様の事を気にかけるようにしますぜ?」
ふてくされるライラを、ダルバスは茶化している。
「まったくもぅ・・・。まぁいいわ。早速、イヤリングをつけてみましょ?ちょっと、待ちなさいな」
ライラは、握りしめていたイヤリングを、自分の耳たぶへとつける。
その様子を、ダルバスは黙って見ている。
「どう?似合うかしら?」
耳に付けたイヤリングを、顔を振ってダルバスに感想を求める。
「しらね。そんなもん、耳に付けて、邪魔じゃねぇのか?」
相変わらず、デリカシーのないダルバス。
「あんたねぇ・・・。女の子が、自分を見てって言っているのよ?お世辞にも、何か言ったらどうなのよ?」
ライラは、予測は付いていたが、予想通りのダルバスの反応に、ため息をつく。
「はぁ?女の子?ん?どこにいるんだ?」
ダルバスは、ふざけてライラを無視してみせる。
「目の前にいるでしょうが!・・・ったく。ほんっとうに、あんたには、デリカシーって物がないのね!」
そう言うと、ライラは、さっさと先に歩いていってしまう。
「くっくっくっ。いい歳して、女の子、か。笑わせてくれるぜ」
ダルバスは、苦笑しながら、ライラの後を追う。

 ここ、ブリタニアに住むブリタニアンの寿命は、平均して60歳くらいだった。
体の治療をする薬や、傷を癒す魔法などはあるが、それでも、人間は寿命には勝てない。
寿命の短い人間は、40歳位で、天寿をまっとうする人もいる。
逆に、長寿の人間は、80歳くらいまで生きる人もいた。
 ただ、神の教えを司る、伝道師と呼ばれるグランドマスターなどは、長寿だと言う話も聞く。
なんでも、100歳くらいまで生きていた人もいるという噂だ。
 ダルバスとライラの年齢は25歳。
平均寿命からすると、彼らを、男の子や女の子と言うのには、かなりの無理がある。
一般的には、お兄さん、お姉さん。
もしくは、見た目によっては、おじさん、おばさんになってしまうかもしれなかった。
もちろん、ダルバスとライラを、おじさん、おばさん呼ばわりしたら、本人達は激怒するのだろうが。

「おぅ。土地勘がなかったんじゃ、ねぇのかよ?」
とっとと、先に歩を進めるライラに、ダルバスは問いかける。
「なんとなくは、覚えているわよ。要は、今夜の宿まで行けばいいんでしょ?」
問いかけるダルバスに、振り向く事もなく、ライラは先へ進む。
「まぁ・・・。そりゃ、そうだがよ・・・」
 ダルバスはライラの後に着いていく。
商店街を通り抜け、ひときわ大きい階段の前へ、2人はやってくる。
「この先よ。着いてきなさいな?」
ライラは、そういうと、階段を昇り始める。
 ここは、ブリテインの西部の中央に位置していた。
西部も、北部と南部に分けられている。
分けているのは、巨大な城壁だった。
北側が、高い位置になり、その間を、城壁と階段で繋がれている。
南部は、商店街。
北部は、ロード・ブリティッシュ城などがある。
その中には、宿屋や、他の商店なども紛れ込んでいた。

 階段を上り続けるダルバス達。
階段は、石造りで頑丈な作りになっている。
階段を昇り終えると、巨大な城壁が目の前に立ちはだかった。
「すごいわねぇ・・・。ベスパーでも、この様な城壁はないわよね」
 ライラは、立ち止まると、城壁を見上げる。
城壁の高さは、ライラの背丈の5倍はあるかとも見える。
城壁の石は、正確に切られ、鮮やかなまでに積み上げられていた。
その城壁の間に、北側へと通じる通路が設けられていた。
城壁の上には、衛兵達が数人往来しており、ブリテインの治安を観察している。

 衛兵が見守っているとはいっても、ブリテイン自体は、平和そのものだ。
衛兵が出動する時は、盗賊ギルドに属する窃盗団などが現れた時や、町中で暴力を振るう者。後は、酔っぱらいなどの騒ぎを収めるにしかすぎない。
 衛兵達の行動は、俊敏だった。
被害にあった者や目撃者が衛兵を呼び立てると、すぐさま飛んでくる。
中には、衛兵の目を逃れて逃げてしまう者もいるが、大きい被害にはならない。
 だが、犯した罰に対しての法は厳しい。
捕まえられた罪人達は、問答無用で牢屋へ投獄される。
それが、些細な窃盗や、傷害であったとしてもだ。
 人によっては、厳しすぎるとの批判もある事は確かだ。
だが、これがブリタニアの平和を維持出来るのであれば、と言う声も少なくない。
それを考慮してか、投獄された人達は、罪の大きさにもよるが、大抵は、数日の後に、釈放と言う事も少なくない。
しかし、町の中で、明らかに人命を奪おうとするような行為にいたっては、その場で衛兵に処刑される事もあった。
処刑。すなわち、死を意味する。

「さ、こっちよ」
城壁の下を通り抜けると、ライラは宿に案内する。
 宿は、城壁を通り抜けると、すぐ、目の前にあった。
宿の看板には、スィート ドリームズと書かれてある。
木造ながらも、2階建てで、立派な風合いを醸し出していた。
「おめぇ・・・。ここって、結構高いんじゃねぇのか?」
ダルバスは、立派な宿を見上げながら、明らかに、とまどいを見せる。
「そう?そうかもね。でも、ここは、ブリテインの中で、一番サービスの良い所なのよ?」
そういうと、ライラはスタスタと歩を進めると、宿の扉を開けてしまう。
「お、おい!ちょっと、待てよ!」
慌てて、ダルバスはライラの後を追う。
 宿の中は立派だった。
木造とはいえ、入り口の側にはカウンターが設けられ、何人ものウェイターが往来していた。
宿の中は清潔そのもので、床には絨毯が敷き詰められている。
たとえ、宿に泊まらなくても、来る人に好印象を与えるだろう。
「一晩泊まりたいんだけれど、お部屋は空いているかしら?」
ライラは、早速カウンターにいるコンシェルジュに話しかける。
「ええ。開いていますよ。お二人様ですね?お部屋は、ダブルでよろしいでしょうか?」
早速来た客に、丁寧な対応をするコンシェルジュ。が、何か勘違いをしているようだ。
「ちょっ!馬鹿言わないでよ!なんで、これと一緒の部屋になんなくちゃいけないのよ!」
コンシェルジュの発言に、ライラは声を荒げる。
「失礼いたしました。では、シングルで、二部屋と言う事でよろしいでしょうか?」
即座に、自分の非礼を詫びるコンシェルジュ。
「そうね。そうして頂戴」
その様子を見ているダルバス。
「おい・・・。おめぇ。俺を、これ、扱いはねぇんじゃねぇか?」
少々憤慨なダルバス。
「当たり前でしょう!?なんで、あんたと同じ部屋で、しかも、同じベッドで寝なくちゃいけないのよ?」
振り返りざま、ライラはダルバスを睨みつける。
「いや、そりゃ、そうだけどよう・・・。これ、扱いは、ないんでないかい?」
ダルバスは頭をかく。

 事実、この2人の間柄を見ると、第三者からしてみれば、夫婦や、恋人の様な関係と見られても仕方がないのかもしれない。
先ほどの、露店の店主も、未だに勘違いしているのかもしれなかった。
 ダルバスとライラは、幼なじみだ。
しかし、付き合いが長いとは言っても、それが、恋愛感情に結びつくのは難しい。
お互いを、知りすぎているからだ。
お互い同士、知りすぎている故に、恋愛感情に結びつかないのだ。
 だが、逆に言えば、お互いに知っているから・・・いや、理解し合えているから故の結束は強い。
ダルバスが、ライラに対して傍若無人な態度を取っても、ライラが、暴言罵倒をダルバスに放っても、お互いがわかっているからこそ、許し合えるのだ。
 これが、幼なじみであり、お互いを知り尽くしている故の、強みなのかもしれなかった。
 事実、ここまで来る間、2人は幾度もキャンプで床を共にした。
だが、お互いにわかっているからこそ、異性という者同士で、問題は無かったのだ。
それ以前に、お互いの、その様な、性、というものに興味が無かったとも言える。

「うっさいわよ。あんたは、これ、で十分なの」
ライラは苦笑いを浮かべると、早速宿泊の手続きを行う。
「まぁ、構わねぇがよ。ところで、一泊いくらなんだ?」
一番の核心に触れる。
「ご夕食と、ご朝食を含めまして、お一人様2000gpになります」
そう言うと、コンシェルジュは、価格表を2人の前に差し出す。
「あぁ!?2000gp!?ぼったくりじゃねぇか!」
ダルバスは、悲鳴に近い声をあげた。
「いいじゃない、これくらい。ここはね、私が前にお父様達と来た時に泊まった宿なの。この宿が、一番落ち着くのよね」
そう言うと、ライラは宿泊帳にサインをしてしまう。
「はぁ・・・。これだからよぅ・・・。お嬢様は困るぜ。もっと、安い宿でもいいじゃねぇか」
ダルバスは、ため息をつくと、わざと、その場にしゃがみ込んでみせる。
「あんたねぇ!ここまで、どれだけ辛い・・・」
文句をいうライラを、ダルバスは遮る。
「へいへい。ライラお嬢様には、私目では逆らえませんですぜ。どうぞ、御勝手に!」
半ば、諦めたのと落胆の意を込めて、ダルバスは精いっぱいの皮肉を返す。
「ったくもう!」
コンシェルジュは、ダルバスの反応を見て、多少うろたえている。
それを、ライラはなだめる形になった。
「ごめんなさい?それじゃ、これでよろしいですわね?」
ライラは、書き終えた宿泊帳を、コンシェルジュに押しつけた。
「え、ええ。それでは、ご宿泊と言う事にさせて頂きます。ご夕食は、いかがなさいますか?ご要望であれば、お部屋まで、ご用意をさせて頂きますが?」
あくまでも、丁寧なコンシェルジュだ。
「そうね。お部屋まで運んで頂けるかしら?」
言葉弾むライラだ。この様な事も久しぶりなのだから、無理も無いかもしれない。
「俺は、いらん」
即座に答えるダルバス。
「え?ダルバスはご飯食べないの?」
不思議そうな、ライラ。
「ここのお食事はおいしいのよ?食べなさいよ。一緒に食べましょ?」
ライラは、不思議そうだ。
それに対して、ダルバスは不敵な笑みを浮かべながら、答える。
「ライラよぅ。おめぇ、ここに来たからには、それなりに楽しむって事を言ったよな?」
「え、えぇ。それは、そうだけれど・・・。
ライラは、ダルバスが何を言おうとしているのかがわからない。
「じゃ、俺も、俺なりの楽しみ方をさせてもらうわ」
「どうするのよ?」
訝しむライラ。
「そういや、俺、このブリテインで遊んだ覚えが殆どないんだよなぁ。ま、夜の町でも楽しませて貰うとするわ」
そういうと、ダルバスはライラに不敵の笑みを浮かべた。
ライラには、それが不快な笑みにも見えた。
「へぇ・・・。夜の街ねぇ・・・。これだから、男ってのは・・・。不潔よね!」
ライラは、嘲笑とも怒りとも思える表情を浮かべる。
「じゃ、お部屋に案内して頂けるかしら?」
そういうと、ライラは宿のベルボーイに部屋の案内を求める。
「俺も、荷物だけは置いていくか」
ダルバスも、ライラの後を追う。
「あらぁ?別にいいのよ?あなたは、夜の街を楽しんできなさいな?」
ライラは、ダルバスの行動に不満なのだろう。精いっぱいの皮肉を送っていた。
「ば、馬鹿野郎!おめぇ、何か勘違いしていねぇか!?俺は、酒を飲みに行くだけだ!おめぇが思っているような・・・」
「はいはい。ダルバスちゃん?あまり遅くならないで帰ってくるのよ?いい子だから、心配かけさせないでね?」
言葉に詰まるダルバスを、軽蔑の眼差しで攻撃するライラだ。
「ったくよう。酒を飲みに行くだけで、なんで、おめぇにそんな白い目で見られなきゃいけねぇんだ?なんだったら、おめぇも、来りゃいいじゃねぇか」
夜の街に遊びに出ると言う事を、多少後ろめたく思ったのだろう。
確かに、恋愛関係ではないとは言え、女性と旅をしている身のダルバスだ。かなり、不謹慎ともいえるかもしれない。
「お・こ・と・わ・り!私は、お酒や綺麗なおねぇさん達より、ここのお食事のほうが、よ~っぽどいいわ。あなたは、あなたで楽しんできなさいな?」
ダルバスとライラで口論しているうちに、ベルボーイは部屋の前まで案内する。
ベルボーイから見れば、恐らく、2人の口論は痴話喧嘩にしか見えないのだろうが。
「ライラ様は、こちらになります。ダルバス様は、こちらのお部屋になります。よろしいですか?」
ベルボーイは、丁寧に確認を取る。
「かまわないわよ。ダルバスもいいわよね?」
ライラの語調を、探ろうとしているのだろうか。ダルバスは、平静を保ってみせる。
「あぁ、かまわんぜ。まぁ、寝られりゃ、俺はどこでもいいんだがよ」
多少、皮肉を込めるダルバス。
「ま、あなたは、せいぜい楽しんでいらっしゃい?じゃね?」
そう言うと、ライラは部屋の扉を閉じてしまう。
「お、おい!」
ダルバスは苦笑いを浮かべる。
その様子を、ベルボーイは、黙って見ていた。
「てめぇ!何見ていやがる!部屋の案内は済んだだろうが!」
閉じられたドアの前で、気まずくなったのだろう。
ダルバスは、ベルボーイに当たり散らす。
「あ・・・。失礼いたしました。では、失礼させて頂きます」
とまどいながらも、ベルボーイは丁寧な態度で、その場を後にした。
「ったくよぅ・・・。酒を飲みに行くくれぇ、いいじゃねぇか」
ブツブツ文句を言いながら、自分の部屋に入るダルバス。

 部屋の中は、それなりに、立派な作りをしていた。
床や壁は、綺麗に磨き上げられ、窓から差し込む夕日を反射している。
家具も、クローゼットや小物入れなど、所々に金細工が設けられ、贅沢な雰囲気を醸し出していた。
ベッドも、シングルとは思えないほど大きく、がっしりとした太めの木材に支えられ、布団は羽毛の高級な物だった。
 この宿。スィート ドリームズは、ブリテインでも有数の宿だった。
貴族であったライラは、昔、ブリタニアに来る時には、いつもこの宿を利用していたものだ。
1泊2000gpなどと言う金額は、通常の庶民には、なかなか出せない金額だ。
 普通の宿の金額は500gp位だろう。
その相場から考えれば、この宿は、かなり高級な部類に入る。

 では、なぜ、ダルバス達がこの様な贅沢を出来るのか。
現実は、贅沢ではないのが現状だ。
今回は、ライラのわがままで、この宿を選んだに等しい。
ダルバスもライラも、所持金は、少なくはないが、この様な生活をしていたら、すぐに金が尽きてしまうだろうというほどだ。
 ダルバスは、ベスパー崩壊前から崩壊後、そして今に至るまでに溜めたお金の一部を持ってきていた。
確かに、それなりの金額はある。
ライラも、両親が残した財産は、莫大な物だった。
だが、旅に出るのに、親が残した全財産は持っては行けない。
当面の旅費と、生活費を持ってきたにしか過ぎないのだ。
 しかし、この様な生活を続ければ、2人の財布は、瞬く間に空になってしまうだろう。
 旅は、まだ長い。
路銀は、なるべく節約しなければならないのが、現状だった。

「まぁ、仕方ねぇか。とりあえず、ブリテインを散策してみるかね」
ダルバスは、手持ちの荷物を適当にまとめると、部屋を後にする。
「おぅ。ライラ。じゃ、ちょっくら出かけてくるからよ」
ライラの部屋の前まで来ると、ノックと共に、ダルバスは声をあげた。
「どうぞ、御勝手に?私は、私で楽しませて貰うからね?夜をお楽しみなさいな?」
ドアの向こうから、皮肉めいた答えが返ってくる。
「だからよぅ・・・。そんなんじゃ、ねぇって言って・・・」
ダルバスは言葉に詰まる。
「いいのよ?行ってらっしゃいな?」
追い打ちをかけるライラ。
「ああもぅっ!面倒くせぇなぁ!じゃぁな!行って来るぜ?」
そう言うと、ダルバスは宿を後にする。

 ダルバスは、ライラの本音を理解していなかった。
ライラは、この日だけでも、ダルバスと一緒に夕食を共にしたかったのだ。
お互いに、まったく見知らない土地ではないとは言え、今回は目的が違う。観光ではないのだ。
ライラ自身の気持ちを落ち着かせるためにも、ライラはダルバスを引き留めたかったのだ。
 が、ライラ自身、このブリテインで、わがままを行ってしまった。
それが仇になり、ライラはダルバスを引き留める事が出来なかったのだ。
 でも、お互いに無理は無いのかもしれなかった。
この旅に出てから、お互いに、本当の心休まる時間はなかった。
ライラにしても、ダルバスにしても、この様な心の羽を伸ばす時間は必要なのかもしれなかった。
 旅自体に、急ぐ理由はない。
ダルバスとライラの宿敵である古代竜は、どこにも逃げないのであろうから・・・。

 ダルバスは、宿を出ると、東にある河へと向かう。
ブリテインを東西に分ける河には、随所に橋が設けられ、街人達を往来させていた。
夕暮れを迎えた、橋の架かった河は、鮮やかな黄金色を放ち、観る者を陶酔させる。
 勿論、ダルバスは、その様な光景を眺めるという心得はなかった。
橋を渡り終えると、海岸方面へ足を運ぶ。
程なくして、酒場が見えてくる。
 酒場は、ユニコーンの角亭と言う名前だ。
店の前は、断崖絶壁の海が広がり、美しい夕焼けを映し出していた。
 看板には、白馬に角の生えた動物。一角獣が掘られていた。
ユニコーンとは、馬に似た生物だ。
馬と違うのは、頭部に生えた長い角。そして、鮮やかな鬣(たてがみ)だ。
 ユニコーンは、最近まで伝説の存在と考えられていたが、近年、その正体が確認された。
ブリタニアから離れた土地である、イルシェナーという土地で、冒険家達により、その存在を確認される。
 それからという物、テイマーと呼ばれる調教師は、イルシェナーに足を運ぶ事になる。
勿論、目的は、ユニコーンを手なずかせ、ブリタニアに連れてくるのが目的だ。
しかし、不思議な事に、ユニコーンは、人間の女性にしか、なつかなかった。
原因は不明で、未だに解明が進められている。
 ブリタニアに連れてこられるユニコーンは、高い値で取引がされていた。
値が高すぎる故に、ユニコーンを見かける事は少ない。
 それに、ユニコーンを騎乗生物とすることも出来るらしいが、それには、相当な動物の扱い方が慣れていないと無理とも言われている。
 それと、新生物の発見に伴い、ユニコーンの乱獲を反発する声も少なくなかった。
珍しい生物故に、高く売れる。
仕入れる調教師と、それを金に換える事を快く思わない人達の対立もあるという。

 時間が若干早いせいだろうか。
客足はまばらで、店内には、数人の客しかいなかった。
「おぅ。ごめんよ。店はもう、やっているよな?」
ダルバスは、店のドアを押し開く。
「いらっしゃいませ。ユニコーンの角亭にようこそいらっしゃいました。お一人様ですね?こちらへどうぞ」
ウェイターが、ダルバスをカウンターへ案内する。
 時間が早いのだろう。店内の客はまばらだ。
店内には、幾つかの机とテーブルが設けられ、その上にはボードゲームが置かれている。
ボードゲームは、バックギャモンやチェスやダイスなどがある。
ブリタニアンの、庶民的なゲームだ。
酒を飲みながら、これらのゲームを楽しむ人も多い。

「何をお召し上がりになりますか?」
カウンター越しに、マスターが注文を伺う。
「そうだな。とりあえず、ワインをくれや。ボトルごとな。お、それとよ、羊のステーキと、チーズもくれや」
早速注文をするダルバス。
 ワインは、ブリタニアの酒でも一般的な物だ。
種類は、数え切れないくらいあり、その地域でしか飲めない物もある。
ワイン以外にも、リキュールや麦酒などの、様々な酒が、人々を楽しませている。
「お待たせいたしました」
混雑時ではないからだろう。程なくして、ワインと料理がダルバスの前に並べられる。
羊のステーキは、香草が練り込まれた山羊の乳から作られたバターと檸檬が添えられ、溶けたバターが食欲をそそる香りを醸し出していた。
ワインは、濃い紫色をしている。
これは、ブリテイン産の赤ブドウをもとに作られていた。
味は、やや強めの酸味で、アルコールが強めなのが特徴だ。
「さて・・・。まずは・・・と」
 ダルバスは、目の前に置かれたボトルをつかむと、勢いよくグラスに注いだ。
そして、グラスの中のワインを、一気にあおる。
ワインは、ダルバスの喉を焼くと、瞬く間に、ダルバスの五臓六腑へと吸収されていった。
「く~っ!たまんねぇなぁっ!」
空になったグラスに、再びワインをつぎ足すダルバス。
その様子を、マスターは、苦笑いしながら眺めている。
本来、ワインとは、香りを楽しみながら、ゆっくり、たしなむ物だからだ。
「さぁーて、喰うかね」
ダルバスは、用意されたフォークをつかむと、ステーキを串刺しにする。
そして、そのまま、ステーキを頬張った。
ダルバスに、ナイフとフォークを使って、食事をすると言う事を求めるのは、難しいのかもしれない。
「うめぇなぁ。ここんところ、乾燥肉と、乾燥パンしか喰っていねぇからよ」
ダルバスは、肉とチーズをむさぼりながら、なにげにバーテンダーに話しかける。
マスターは、この様な客の扱い方も心得ているのだろう。あたりさわりのないように、ダルバスを相手にする。
「ほう。お話を伺いますと、旅をなさってきているようですね」
マスターは、空いたグラスに、ワインをつぎ足す。
「おうよ。俺はな、ベスパーからここまで来たんだ。ムーンゲートさえ開いていればよ?こんな面倒な旅にはならなかったんだがな?」
ダルバスは、マスターが注いだワインを、一気に飲み干した。
すかさず、マスターはワインを注ぐ。
「ベスパーですか・・・。この様な事を伺っては失礼ですが・・・」
相手の反応を伺いながら、言葉を進めるマスター。
「その・・・。あの事件を体験されたのですか?」
あの事件。
むろん、それは、ドラゴン襲撃の事を表す。
「そうだ」
ダルバスは、別に気にする事もなく、答えを返した。
 いままで、ダルバスはこの様な質問を幾度されたかも覚えていないほど、人から聞かれた。
最初は、興味本位で聞かれる事に腹を立てたものだが、今となっては、慣れてしまっていると言った方が良いかもしれない。
「そうでしたか。あれから、ベスパーは復興されたと聞きます。さぞかし、大変な思いをされた事でしょうね」
バーテンダーは、あまりに在り来たりな答えを返した。
その様な対応も慣れてはいるとは言え、ダルバスは多少皮肉めいた感じで答える。
「はっ。そりゃそうよ。俺らが、どれだけ苦労したかなんて、この平和なブリテインで暮らしている連中にはわからんだろうよ」
ダルバスは、目のマスターは、迂闊な発言をした事に気が付いたのだろう。
すぐさま、機転をきかせた。
「迂闊な発言をしてしまったようですね。どうですか?お詫びと言っては申し訳ないのですが、当店の自慢の一品をサービスさせて頂きたいのですが?」
別に、ダルバスは今のやりとりで、いらついていたりはしなかった。
「お?俺は別になんとも思っちゃいねぇが?ま、サービスしてくれると言うんなら、頂戴しますかね」
意外な展開に、少々驚くダルバス。
「いえいえ。軽率な発言をお許し下さい。では、準備をして来ますので・・・」
マスターはそう言うと、厨房へ入ってゆく。
 しばらくして、バーテンダーは、この店の看板メニューであろう、料理を持ってくる。
「おっ!すげぇじゃねぇか」
ダルバスは、目の前に置かれた巨大な皿に目を見張る。
皿の上には、一匹の鶏の焼き物が置かれている。
羽をむしられたニワトリの表面には、程良く油がしたたり落ち、食欲をそそられる匂いを発していた。
「どうぞ。お召し上がり下さい。ニワトリの中には、色々な具材が入っておりますので・・・」
マスターは、早速、ダルバスの皿に盛りつけようと、ニワトリの丸焼きにナイフをいれようとする。
「ちょっとまてや。いくらなんでも、これは、俺一人じゃ食いきれねぇ」
そういうと、ダルバスは店内を見渡す。
「誰か、付けますか?」
マスターも、こうなる事を予想していたのだろう。
「わかっているじゃねぇか。ん?誰が、この店で一番人気なんだ?」
目を輝かせるダルバス。
「そうですね・・・」
マスターは、少し、じらすような素振りを見せると、店内でテーブルを拭いている女性に声をかける。
「ナオちゃん!こちらのお客様のお相手をして貰えるかい?」
ナオと呼ばれた女性は、すぐさま振り返る。この様な状況に慣れているのだろう。
「は~い。今行きまーす」
軽快な声をあげると、颯爽(さっそう)と、ダルバスの元へやってくる。
セミロングのストレートな黒い髪を持つナオ。
あからさまに、はだけた胸元と、短めのスカート。短めのスカートからは、色白の美しい脚が伸びていた。
この様な店では、当たり前の格好なのだろう。
 ナオは、慣れた様子でダルバスの横に座る。
「初めまして。ナオと言いまーす」
屈託のない笑顔を浮かべるナオ。
「おぅ。俺は、ダルバスってんだ。よろしくな」
むろん、ダルバスも、この様な席には慣れている。
「見た感じ・・・。あなた、ブリテインの人じゃないでしょ?」
当たり障りのない会話から入っていくナオ。
「お?わかるかい?でも、なんでだ?」
ダルバスも、相手の感応を伺っているのだろう。それとない、対応をする。
「うーん。なんていうのかしらね。ダルバスさんは、旅行者丸出っていう、雰囲気があるのよ」
ナオはそう言うと、早速目の前にある鳥の丸焼きを切り分ける。
「そうか?まぁ、当たっちゃいるけどな」
取り分けられた鶏肉を、早速ほおばるダルバス。
「わかるわよ。だって、あなたを見ていると、警戒心丸出しだもの。旅行者ならではよね」
ナオは、悪戯っぽく笑いかけると、ダルバスの瞳を見つめる。

 確かに、ダルバスは無意識のうちに、警戒をしていたのかもしれない。
初めてではない土地とはいえ、このブリテインで自由な行動をするのは、初めてといってもよかったかもしれなかった。
 ベスパーも、それなりの人口を誇っているのだが、やはり、ブリテインの繁栄には勝てない。
大都会に来て、無意識に警戒してしまうのも、無理はないのかもしれなかった。

「おめぇ、さすがだな。客の扱いに慣れているぜ」
核心を突かれた事に、多少困惑しているのだろう。ダルバスは、グラスを一気にあおる。
「いい飲みっぷりねー。あら、もうないじゃない?どう?もう一本?」
ダルバスは、無言でうなずく。
「マスター!ワイン、もう一本追加ね!」
ナオは、厨房にいるマスターに声をあげる。
店内の客は、まだ少ない。他の客に気を配る必要も、少なかった。
「ねぇ。私も、何か頂いてよろしいかしら?」
これが、酒場の常套手段だ。
もちろん、客はそれを理解して来る。
「あぁ。構わんぜ。好きな物を喰いな」
久しぶりの、この様な場面だ。ダルバスも、気をよくしているのだろう。
ナオの要望に、快く応じる。
「ありがと。マスター!麦酒と、チーズの盛り合わせね!」
厨房の奥からは、景気の良い声が帰ってくる。
「嬉しいわぁ。あなたのような素敵な男性に、食事を頂けるなんて」
そう言うと、ナオはダルバスにすり寄ってみせる。
「おいおいおい。おめぇさんには、彼氏はいねぇのか?こんな所を見られたら、俺は、彼氏に殺されちまうぜ?」
言葉では抵抗を見せるが、内心悪い気はしないのだろう。ダルバスは、今の状況を楽しんでいた。
勿論、これは、酒場ならではのサービスであり、金を払っているのだからと言う事は、重々承知はしている。
「お馬鹿さんねぇ・・・。そんな人いたら、私はここにはいないじゃない」
その言葉が、嘘か本当かはどうでもいいのだろう。
今は、客と店員。いわば、需要と供給が物をいう。
 そうこうしているうちに、ナオが注文した麦酒とチーズの盛り合わせが並べられた。
「それじゃ、今夜の出会いを祝って、乾杯しましょ?」
ナオはそう言うと、麦酒の入った杯を、ダルバスの前に掲げる。
「そうだな。乾杯しようぜ!」
ほろ酔いのダルバス。
ナオに差し出された杯に、自分の杯を交わした。
お互いに、交わされた杯を飲み干す。
 麦酒は、その名の通り、麦から作られた酒だ。
麦を蒸らし、その後発酵させて、蒸留水と混ぜ合わせて作られる。
アルコールは、ワインと比べて弱い物の、それなりの強さはあった。

「ねぇ。ダルバスさん。旅をなさっているみたいだけど、どの様な目的なの?」
ナオは、空いたグラスを、マスターに代わりを求める。
即座に、麦酒を継ぎ足すマスター。
「目的か・・・。まぁ、この平和なブリテインで育っている、おめぇさんには、言ってもわからねぇだろうなぁ」
ダルバスは、グラスを傾けると、皮肉めいた口調で、ナオを相手にする。
「なによぉー。私には、言えないのぉ?それとも、極秘任務なのかしらぁ?」
酒場で働いているナオには、この様な客にも、慣れているのだろう。
巧みに話術を使いながら、ダルバスの口を薦めさせようとする。
ダルバスは、その様な状況も慣れているのだろう。
情報収集の意も込めて、口を開いた。
「くっくっくっ。まぁ、おめぇさんに言っても理解出来ねぇだろうがよ・・・」
ダルバスは、嘲笑を浮かべると、話を続ける。
「俺たちはなぁ、敵討ちをするために、旅を続けてんだ。わかるか?ん?」
謎めいた口調で、ダルバスはナオの顔をのぞき込む。
「敵討ち・・・?」
意外な発言に、ナオは多少驚いている様子だ。
「俺たちはな、ベスパーから来たんだよ。おめぇさんに、この意味がわかるか?」
敵を討つためにベスパーから旅をしている。
この意味がわからない人間は、恐らくいないだろう。
ドラゴン襲撃事件。
この事件は、ブリタニアで知らない人間はいないとも言える。
「え・・・、あ・・・その・・・。ベスパーから来たの?えと・・・。敵討ちっていうのは、ド・・・ラゴン?」
意外なダルバスの発言に、とまどいを隠せないナオ。
 今から見れば、3年前の話だ。
いくら、ブリタニア内部の話とは言え、別都市に住むナオや他の住民にとっては、他の街の事件などは、既に過去の話となっている。
ものすごく、大きな事件があった。でも、それは、過去の話。
悲しい話ではあるが、その様な認識があるのは確かだ。
被害者意外の人達から見れば、所詮、第三者の話なのだ。時間が経てば、風化してしまうのも仕方がない話ともいえた。
「おうよ」
わかりきった反応とはいえ、ダルバスは苦笑いを浮かべる。
「ドラゴンに挑む?無理じゃない?」
ナオは、率直な意見を述べる。
「はっ!無理じゃない?か。俺らの気持ちをわかっていんのかねぇ?」
格段ダルバスは怒りを見せる訳でもない。目の前のグラスを、一気にあおる。
ダルバスの意中を察したのだろう。空いたグラスにワインを注ぎながら、ナオは言葉を付け加えた。
「あ・・・。そういう意味じゃなくて・・・。その・・・」
その場を取り繕おうと、ナオは必死だ。
「まぁ。気にすんなや。おめぇさんの言いてぇこともわかるしな。ま、今だけでも、俺たちを楽しませてくれや?」
幾度となく、この様な場面を体験させられたダルバス。
事件の当事者以外に、被害者の気持ちをわかって貰おうとするのが無理なのは、わかっていた。
「ごめんね。私も、事件の噂話しか聞いていなくて・・・」
これも、ダルバスにとっては、いつもの事だった。
「構わねぇってことよ。ほれ、喰えよ」
そういうと、ダルバス自ら料理を取り分けて、ナオに手渡す。
とまどいながら、ダルバスから料理を受け取るナオ。
「そういえば・・・。さっきから、俺たち、って言っているわよね。それって、誰?友達でもいるの?」
ナオは店内を見渡すと、ふと疑問に思う。
ここには、ダルバスしかいない。連れはいないのだから。
「あ・・・あぁ。連れがいんだ」
ナオの質問を受け、多少困惑を見せるダルバス。
無理もない。
同行者であるライラをほったらかして、今があるのだから。
「へぇ・・・。その人も、敵討ちをしようとしているの?」
至極当然な質問が帰ってくる。
「あ、あぁ。そのようなもんだ。それに、敵討ちの話は、あいつが考えたもんだしな」
やや、言葉を濁すダルバス。
「そうなんだー。ごめんね。ダルバスさんの事をわからずに、私、勝手な事を言っちゃったみたい。でも、なんでその人は・・・。その・・・、相棒って言った方がいいのかな?なんで、今、ダルバスさんと一緒にいないの?」
ダルバスにとっては、痛い質問だ。
「そ、それはよぅ。奴は・・・その・・・。女だからよ・・・」
そう言うと、ダルバスは、目の前にある、ボトルを握りしめると、一気に飲み干してしまった。
「ふぅ~い・・・」
さすがに、酔っぱらってきたダルバス。視線が中を漂い始めていた。
「ちょ・・・っ!大丈夫!?」
飲み終えたボトルを、乱暴に置くダルバスを見て、ナオは心配そうな声をあげた。
「大丈夫だ。おぃ、もう一本な・・・」
足元は、まだ大丈夫なようだが、酔っぱらいの兆候を見せるダルバス。
「本当に?・・・マスター!もう一本お願いね」
「あいよ!」
相変わらず、景気の良い声が帰ってくる。
 店にしては、慣れたものなのだろう。
酔っぱらいの相手は、心得ている。
「それより・・・。同伴者が、女性だって言ったけど・・・。いいの?」
ナオは、先ほどのダルバスの言葉が気になっていた。
「何が・・・言いてぇんだ?」
持ってこられたワインボトルを、ラッパ飲みするダルバス。
「ちょっと・・・。そんな飲み方をしていたら、死んじゃうわよ!」
さすがに、ダルバスの酒の飲み方に異常を覚えたのだろう。ナオは、ダルバスから、ボトルを奪おうとする。
「うるせぇ!」
ナオが奪い返すのに抵抗するダルバス。
「女が・・・、なんだって・・・?」
やや、泥酔気味のダルバス。
ナオは、無理矢理ボトルを奪うのは危険と察知したのだろう。それ以上の、行動は諦めるしかない。。
「そうよ。あなたには、女性を同伴させているんでしょ?こんな所で、相方を放置しておいて、良いわけ?」
ナオは、予想通りというか、勘違いをしているようだった。
女性同伴で、旅をしている。
勘違いを招いていても、仕方がないのかもしれない。
「けっ!お前さんは、俺様の相手をしていりゃいいんだよ!俺様の相方なんて、店の都合からすりゃ、関係あるめぇよ?金さえ払えば、いいんだろうよ?」
更に、ワインをあおる。
泥酔状態のダルバス。
ナオに、容赦ない言葉を浴びせる。
「あのね。いくら、私がこの様なお店で働いているとは言ってもね、私たちは、お客様を第一に考えるものなの。酔っぱらって、私たち女を求めるお客様は、お断りしますからね。それに何?俺様、って。何様のつもりよ!」
ダルバスの態度に、堪忍袋の緒が切れたのだろうか。座っていた椅子を立ち上がると、ダルバスを睨み付けた。
「うるせぇなぁ・・・」
そういうと、ダルバスは、カウンターに突っ伏してしまった。
その様子を、マスターは見ていたのだろう。すかさず、間に入った。
「ナオちゃん!何言っているの!お客様は、酔われているんだから!押さえて!」
酔っぱらって、カウンターにうつぶせになっているダルバスに聞こえないように、マスターは、ナオに囁きかける。
「どうせ、今ナオちゃんが言った事や、ダルバスさんが言った事も、覚えてないのでしょうから、もう少し・・・ね?」
マスターは、そう言うと、ナオにダルバスの相手を続ける事を促す。
渋々戻るナオ。
「ほら。ダルバスさん?こんな所で寝ていたら、風邪を引くわよ?」
ナオは、ダルバスの体を揺する。
「んぁ・・・」
既に、泥酔状態のダルバスは、生返事を返す。
「お会計を、させてもらうわよ!1300gpね」
いくら酔っぱらいの相手は慣れているナオとは言え、今回は、さすがに頭に来ているのだろう。
語調を荒くして、ダルバスに飲み代を請求する。
「ナオちゃん!穏便に!」
危なっかしげに、ナオに注意を促すマスター。
 端から見れば、ナオが怒るのは、筋違いかもしれない。
何故、客であるダルバスの事を怒らなくてはならないのか。
まして、ダルバスの同伴である女性を放置してある。
知り合いからすれば、怒りも湧くのだろうが、ナオにとっては、まったく知らない第三者であり、お客の戯言でもある。
所詮、ダルバスは客でしかないのだから。

「あぁ・・・。すまねぇな・・・。勝手に、持っていってくれや・・・」
泥酔しながらでも、多少今の現状がわかっているのだろうか。
ダルバスは、うつぶせになりながらでも、懐から財布をナオに渡す。
「1300gpね・・・。はい、有り難く頂いたわよ」
財布から、代金を取り出すナオ。
ちょっとだけ、多くかすめ取ってやろうという気持ちも働くが、さすがに良心が働く。
ナオは、正規の金額だけ徴収すると、財布をダルバスの懐に押し込んだ。
「わりぃな・・・」
テーブルに突っ伏したまま、反応するダルバス。
「はい。ダルバスさん?相方さんが、待っているんでしょ?早く、帰ってあげないと」
ナオは、そう言うと、ダルバスの体を揺する。
「まぁ・・・まてや・・・」
ダルバスは、起きる気配がない。が、酔いつぶれて寝てしまっているようでもないようだ。
単純に、酔いつぶれて、意識はありながらも今を過ごしているようにも見えた。
「もぅ・・・」
ナオはぼやくと、ダルバスをそのままにする。
この様な状況は、酒場では珍しくない。日常茶飯事とも言える。
「ナオちゃん。しばらく、そのままにしておいてあげなよ。その人も、疲れているんだろうからね」
ナオの事を気遣っているのだろう。マスターは、ナオに優しい言葉をかける。

 その様子を、少し離れた、円卓テーブルから見ている者達がいた。
その者達は、男性2人だった。
2人は、テーブルに向かい合い、ダイスを楽しんでいた。
「なんだぁ?あいつは?」
一人の男性が、テーブルに伏したダルバスを、嘲笑の目で見ていた。
革で出来た鎧を纏い、黒い短髪の髪型をしている。
「ふん。所詮、酔っぱらいだろ?フィンド、お前、あんなのが気になるのか?ほら、早く振れよ」
男は、フィンドと呼んだ相手を促す。
「なんかよぉ、あいつみたいのを、負け犬、っていうんじゃねぇ?そう思わねぇ?グラン?」
フィンドは、目の前にいるグランの言葉に従い、ダイスを振る。
「まぁな。ベスパーの事件は知っているがよ。あんなの、たいした事件じゃないしな」
グランは、ダルバスを見下した感じで眺めていた。
グランも、フィンド同様、革鎧を身に纏っている。
「おい、あいつを、からかってみねぇか?」
フィンドは、嘲笑を含んだ目で、グランを見つめる。
「やめとけよ。酔っぱらいを相手にしても、仕方ないだろ?」
既に、ほろ酔い加減の2人。
グランは、フィンドを、たしなめる。
「いいだろうよ。ああいう、酔っぱらってしか、強気になれねぇ奴を見っとよ。放って置けねぇんだよなあ。ああいうのを、社会の屑って言うんだよな」
そう言うと、フィンドは席を立ち上がる。
「おいっ!やめとけって!」
グランは、立ち上がるフィンドを制止しようとするが、酒の力も入っているのだろう。フィンドは言葉を発した。
「おいっ!そこの、ダルバスとやらよ!お前さんの話は、丸聞こえだな!」
グランの制止を振り切ると、フィンドは続ける。
「あぁ?ベスパーの敵を討つだって?そんで、ドラゴンを倒す?へっ!笑っちまうぜ。お前さんみたいな、酒を飲まなくちゃ、強気になれねぇ奴に、何が出来るっていうんだ?」
強烈な罵声を浴びせるフィンド。
「おいっ!やめろ!相手は、所詮ベスパー事件とは言っても、負けた奴なんだ!」
立ち上がっているフィンドを、席に戻そうと必死のグラン。
 酔って、うつぶせにはなっているが、寝込んでいるわけではない。この2人のやりとりは、しっかりダルバスの耳に届いていた。
「あぁ!?てめぇ、俺に喧嘩売ってんのかっ!」
泥酔しているとはいえ、2人のやりとりは、ダルバスの怒りに火をつけるには十分すぎるほどだった。
即座に、立ち上がろうとするダルバス。
が、酒の力で、足元がふらつく。
「うぉっ!」
短い悲鳴を上げると、豪快な音をたて、近くの机を巻き込み、倒れ込んでしまう。
けたたましい音をあげる店内。
一瞬にして、店内にいる客や従業員から視線を浴びる事になる。
「ぎゃははははっ!」
脚がもつれ、床に転がるダルバスを指さすと、誰が見ても不快を覚えるであろう表情を浮かべ、フィンドは笑い転げた。
 その様子を、マスターである店主は見ていたのであろう。
すぐさま、間に割ってはいる。
「お客様!困ります!他のお客様の御迷惑になりますので、おやめ下さい!」
ダルバスとフィンドの間に割って入る、マスター。
「あなたは、この方の心の辛さをわかっていないようです。他のお客様にご迷惑をおかけする方がご来店頂いても、困ります!」
マスターは、ベスパーでの出来事を、重く受け止めているのだろう。
必然的に、ダルバスの擁護にまわってしまっていた。
「あ?あんた。うざいよ。俺たちゃぁ、客だぜ?あ?それを、この酔っぱらいふぜいを庇うのか?いいから、そこをどけ!」
そう言うと、フィンドは、腰にあるブロードソードを引き抜く。
途端に、店内に悲鳴がわき上がっていた。
「おいっ!こんなくだらん店で、問題を起こす気か!」
慌てて、フィンドの右腕を押さえるグラン。
「うるせぇよ。決めた。こいつと、この酔っぱらいを、叩きのめしてやる!」
むろん、こいつ、とは、マスターの事を指す。
「覚悟しな。こんな、くずの酔っぱらいを庇ったことを、後悔させてやる。所詮、ベスパーでドラゴンに追われて泣きわめいていた奴だろう。ドラゴンより、俺の剣で散る事を、有り難く思うんだな」
フィンドは、そういうなり、ブロードソードの切っ先を、マスターの首元に押しつける。
「ひ・・・。その様な事は・・・お止めを・・・」
マスターは、恐怖のあまり、身動きが取れないでいた。
店内に、ひときわ大きい悲鳴が響き渡る。
「待ちな」
床にうずくまっていたダルバスは、身を起こしていた。
「はははっ!この馬鹿。まだ、生きているなぁ。は?ダルバスちゃんとやらが、先に死にたいのかねぇ?」
フィンドは、バーテンダーに突きつけていた剣を、ダルバスの方に向ける。
「馬鹿だぜ。こいつ?」
そう言うと、フィンドは、自分のテーブルにあるワインボトルを、一気に飲み干す。
「ほら。俺は、これでもまだ、大丈夫だぜ?俺は、お前とは違って、弱虫じゃないからなぁっ!」
フィンドは、飲み干したボトルを、床に叩き付けると、ダルバスに、にじみよる。
叩き付けられたボトルが、音を立てて割れる。しかし、店内には、奇妙な静けさが漂い、ダルバスとフィンドの対峙が見張られていた。
「おいっ!フィンド!面倒を起こすな!こんな奴を相手にしても、仕方がないだろうが!」
グランは、必死になだめる。
「うるせぇよ。俺はなぁ、こんな奴を見ていると・・・」
「おい。てめぇ、フィンドってんだな。てめぇ、さっき、なんて言った?」
ダルバスは立ち上がると、グランに抗議をしているフィンドの胸元をつかみあげるダルバス。
「お、おいっ!離せ!」
突然、胸ぐらをつかみあげられた事に、驚いたのだろう。フィンドは、抵抗を見せた。
「もう一度しか言わねぇぜ?・・・。てめぇ!さっき、なんて言った!」
ダルバスの語調とは裏腹に、ダルバスは、怒鳴りつけると、フィンドを、元の座っていた席に、座らせる。
持ち上げたフィンドを、椅子に置いたと言う表現が正しいかもしれない。
ダルバスが立ち、フィンドとグランは、座る形になっていた。
「何を言ったかだって?へっ、所詮酔っぱらいか。覚えていねぇのかよ?」
思いの他、ダルバスの力に、驚いたのだろうか、フィンドは、強がりを見せる。
「そうか。おめぇは、答えられねぇか。じゃ、体に聞くしかねぇなぁ!」
そう言うなり、ダルバスは、再びフィンドの体をつかみあげる。
とっさに、フィンドはブロードソードを握りしめるが、ダルバスの行動には間に合わなかった。
先ほどの、千鳥足のダルバスではなかった。
ダルバスは、フィンドを軽々と持ち上げると、そのまま目の前にある円卓テーブルに向けて叩き付けた。
人間の体重と、ダルバスの力を込められた重量は、豪快な音を立てると、円卓テーブルを粉々に粉砕した。
「ぐああぁっ!」
フィンドは、悲鳴を上げると、その場にうずくまる。
「てめぇ。俺を・・・。俺らを、負け犬だと?ドラゴンから逃げ回っていた弱虫だと?」
ダルバスは、全身を戦慄かせると、うずくまっているフィンドの顔面を、力一杯蹴り上げる。
「ふざけた事言ってんじゃねぇぞっ!おらぁっ!」
とっさに、フィンドは両手で顔をガードするが、酒の力を借りているダルバスの力には、無防備に等しかった。
ダルバスの蹴りは、フィンドがガードした両手を難なくはじくと、そのままフィンドの口元を直撃した。
悲鳴はなかった。
蹴りの直撃をくらったフィンドの口元から、数本の歯が飛び出し、鼻血が弧を描きながら、フィンドは側にあったイスを粉々にしながら壁に叩き付けられた。
床に落ちたフィンドからは、何の反応もなかった。
抜けた歯の傷口から、血が定期的に噴き出しているところを見ると、死んではいないようだ。
「こ、この野郎!」
間髪おかず、グランは、自分の獲物を引き抜くと、ダルバスに斬りかかった。
グランも、ブロードソードを愛用しているようだ。
「いいぜ?かかってこいや?」
ダルバスは、微動だにせず、グランの剣を全身で受け止める。
グランは、ダルバスの左半身上から、斜め下に向かって、剣を振り下ろす。
ガキンッ!という鋭い金属音を立てると、グランの剣は振り抜かれる。
すると、ダルバスの羽織っている外套は切り裂かれ、頬と首、それに右腕には、うっすらと血がにじみ出していた。
破れた外套の下からは、青色の鎧が見える。
青色の鎧。
これは、バロタイト鉱石から作られた物を意味する。
並大抵の武器では、壊す事は出来ない。
「ほら、俺は、この通り、武器は持っちゃいねぇ。もう一度、斬ってみるか?」
ダルバスは、両手を差し出すと、武器を持っていない事を示す。
「それとも何か?おめぇらは、武器を持たねぇと、強くなれねぇのか?ん?」
ダルバスは、グランににじみよる。
「お、お前こそ、防具に身を包まないと、強くなれないのかよ!」
殆どダメージのないダルバスに、あからさまにうろたえるグラン。
「そりゃ、お互い様だろ?さ、やんのか、やんねぇのか!とっとと、かかってこいやぁっ!」
予想外の展開なのだろう。
グランは、明らかにとまどいを見せている。
フィンドは、武器を持っていたにもかかわらず、勝ち目がなかったのだから。
「てめぇ・・・。所詮ベスパー事件って言ったよなぁっ!負けた奴だと!?知った事言ってんじゃねぇやぁっ!」
グランが動く前に、ダルバスは動いていた。
とっさに、グランは剣を振りかざすが、ダルバスはその懐に潜り込むと、強烈なタックルを見舞う。
吹き飛ぶグラン。
間髪おかず、床に崩れ込むグランの体を持ち上げるダルバス。
そのまま、酒場の入り口に向かって、叩き付けた。
木で出来たドアは、豪快な炸裂音と共に、グランの体を迎え入れた。
再び、地面に転がるグラン。
全身にまとわりつく木の破片と共に、強烈な痛みがまとわりついていた。
「社会の屑だぁっ!?ふざけた事言ってんじゃねぇやぁっ!」
ダルバスは両膝を抱えながら、そのままグランの胸元に飛び降りる。
ボギィッ!
巨体のダルバスに飛び乗られた肋骨から、鈍い音が響く。
「がふぁっ!」
悲鳴とも、あえぎともつかぬ声をあげるグラン。
途端に、口元から血混じりの泡を噴いていた。
「はぁはぁはぁ・・・」
ダルバスは、荒い息づかいを漏らしている。
「ちきしょうが・・・」
ぼやくと、ダルバスは、店内に脚を運ぶ。
「おぅ。けが人が出ちまったぜ。誰か、医療班を呼んでくれねぇか?」
 辺りは、奇妙な静けさに満ちていた。
誰が見ても、この騒ぎの火付け役は、グランとフィンド達だ。
だが、グラン達が獲物を抜き、ダルバスに襲いかかっていったにもかかわらず、彼らはダルバスにより地に伏せられてしまった。
酔いの力を借りているとは言え、恐ろしいほどの力だ。
「おい。なに、黙りこくってんだ?おい、マスターよ。けが人だぜ?医療班を呼ばねぇと・・・」
 ダルバスが不審そうに声を発した時だった、ダルバスの背後。すなわち、店の入り口から、ただならぬ声を発する者達がいた。
「おい!お前!傷害罪並びに、器物破損で連行する!」
ダルバスが、振り向くと、そこには武装した兵士達がいた。
ブリテインの街を守る、衛兵達だった。
衛兵達は、見た目にも屈強だ。
騒ぎと内容を聞きつけてきたのだろう。衛兵達は、10人位いるようだ。
「あぁ!?なんで、俺が連行されなきゃ、ならねぇんだ?」
ダルバスは、再び身構える。
 無理もないかもしれない。
状況を知らない者から見れば、この有様は、ダルバスが暴れて被害が出たようにも見えてしまうからだ。
恐らく、状況を知らない通行人からの通報なのかもしれなかった。
これだけの人数で来たのも、ダルバスの力の報告を受けたからかもしれない。
「捕らえろ!」
衛兵の隊長らしき人物が、号令をかける。
「ちょ・・・、ちょっと待てやっ!」
あまりの理不尽な取り扱いに、ダルバスは言葉を荒げる。
ダルバスの言葉を無視すると、衛兵たちは、一斉にダルバスの体を縛り上げようとする。
「この野郎!待てって、言っているだろうがぁっ!」
ダルバスは、衛兵の一人を左手で掴むと、力一杯顔面を殴り飛ばした。
大きくよろける衛兵。
が、衛兵が倒れることはなかった。
それどころか、無言のまま、さらなる力でダルバスに襲いかかる。
 しかし、ダルバスにとっては、予想外の展開ではなかった。
衛兵たちは、戦うための職業だ。
それなりの、訓練を受けている。
いくら、ダルバスの力が強いとは言っても、ダルバスの素手の1撃や2撃では勝てないことはわかっていた。
しかし、ダルバスの武器である斧を振るった場合は、話は別かもしれないが。
「これ以上抵抗すると、この場で処刑するぞ!」
殴られた衛兵を見ると、隊長は、ダルバスに勧告する。
これは、脅しではないことはわかっていた。
「ちきしょうめ・・・!」
ダルバスは、拳を納めるが、身じろぎしながらの抵抗はしていた。
 その時だった。
その様子を見ていたマスターが、割って入ってくる。
「お待ち下さい!」
隊長は、不審げにマスターを眺める。
「なんだ?邪魔をすると、お前も引っ捕らえるぞ!」
傍らにある槍を握りしめると、警戒心をあらわにする。
「いえ、私の話を聞いてください!」
バーテンダーは、一息つくと、言葉を続けた。
「その方は・・・。ダルバスさんは、悪くありません。この惨状の火付け役は、彼らなのです!」
バーテンダーは、店内と店外にうずくまっている、フィンドとグランを指さした。
 その様子を、ダルバスは呆然と見ていた。
いくら、発端が彼らだとしても、ダルバスは暴れて、店内の物を破壊してしまった。
まさか、店主から擁護を受けるとは思っていなかったからだ。
「嘘を申すな。貴様は、この男に脅かされているのだろう?」
隊長は、多少、嘲笑を込めて、言葉を発する。
「いいえ!本当です。彼らの治療をした後に、問いただせば、わかるはずです!それに、彼らは私に刃を向け殺害の意思を見せました。それを、ダルバスさんが助けてくれたのです!」
バーテンダーは必死だった。
このままでは、被害にあったはずのダルバスが、罪に問われてしまう。最悪、処刑も考えられた。
 その様子を見ていた、店内の客からも声があった。
「マスターの言っていることは、本当だよ」
「最初に、獲物を抜いたのは、彼らだからね」
事件のとばっちりを受けたくないのだろうか、それでも、遠慮がちに、店内に声が飛び交う。
「おめぇら・・・」
 意外な状況展開に、ダルバスは驚いていた。
このような場合、所詮、酔っぱらいの喧嘩としか見てくれない場合が多いからだ。
そして、人々は、巻き添え御免と、いっさい関わり合いにならないことが多い。
だが、今回の場合は、明らかにフィンドとグランに非があるのは、誰が見ても一目瞭然だった。
それに、ダルバスがベスバー出身であり、ドラゴン襲撃事件での被害者という、同情があったとも思えた。
その様子を、隊長は眺めていた。
「ふむ・・・。真実はわからぬが、彼らにも非があるようだな」
 隊長は店内の様子を眺めていた。
床には、粉々になった机や、ワインボトルの破片。それに、フィンドが流した血痕などが付着していた。
普通の喧嘩にしては、少々度が過ぎるようにも見える。
「そうでしょう!?ですから、ダルバスさんを、釈放してあげてください!」
多少、理解を示してくれた隊長に、安堵の表情を見せる店主。
だが、即座に無情な答えが返ってきた。
「ならぬ。どちらに非があるとはいえ、こやつは、人を傷つけた。倒れている二人の様子の容体が安定するまでは、牢屋にいてもらうぞ」
そういうと、即座にダルバスを引き連れていこうとする。
 すでに、ダルバスの体には、幾重にも縄が巻き付けられていた。
こうなれば、いくら怪力のダルバスとはいえ、逃れることは出来ない。
「そんな・・・」
店主は愕然とする。
「はぁ・・・。仕方ねぇなぁ・・・」
ダルバスは、平静を取り戻したのか、観念したのか。口調は、いつものダルバスに戻っていた。
「ダルバスさん・・・」
申し訳なさそうに、マスターはダルバスを見つめる。
「連行しろ。そこの二人は、大至急治療院へ運べ」
隊長は、衛兵たちに指示を出す。
衛兵の数名が、フィンドとグランの搬送へと廻った。
「来るんだ」
衛兵は、ダルバスに槍を突き立てると、歩くよう促す。
「おう。騒ぎを起こしちまって、悪かったな。後で、詫びに来るからよ。お、それとよ、ナオちゃんよ。気を悪くさせちまって、悪かったな!」
ダルバスは、歩き始めると、店主とナオに声をかける。
「あ・・・いえ。決して、そのような・・・」
店主は、現在の状況に納得がいかないのだろうか。とまどいを隠しきれずにいた。
「いいの。私も、あなたの気持ちが分かっていなかったみたい。後で、牢屋っていうのかな?行くからね」
ナオも、現在の状況にとまどっている様子だ。言葉を選びながら、ダルバスに接している。
「ほら、何をしている!速く歩け!」
衛兵は、ダルバスの背中に、槍を突き立てる。
「うっせぇなぁ。もう、抵抗はしていねぇじゃねぇか」
ダルバスは、槍を突き立てている衛兵に、悪びれる事もなかった。
「お。そうそう」
衛兵が、ダルバスをつついているのも無視すると、ダルバスは、後ろを振り返る。
「わりぃんだけどよ。このことを、俺の連れに、連絡してくれねぇか?連れはライラって言うんだが、この町の、スィート ドリームズって言ったっけか?そこに、泊まっているからよ。連れのダルバスが、問題を起こしたって言えば、わかっと思うからよ?」
 そう言うと、ダルバスは、苦笑いを浮かべながら、衛兵達と夜の街に消えていった。
その様子を、店主とナオは、黙って見送るしかなかった。

 ダルバス達が闇の中に消えた後、マスターは口を開いた。
「ナオちゃん。暫く、お店の方を頼んでいいかな。私は、ダルバスさんが連行された旨を、彼のお連れさんに、連絡しに行って来るから」
マスターは、そういうと、店内に戻り、早速準備を始めようとしていた。
その様子を見ていたナオ。
「あ。マスター。いいわよ。私が連絡しておくから。マスターは、お店を続けて」
準備をするマスターを、ナオは遮る。
 店内には、数組の客がいた。
騒ぎは落ち着いたとはいえ、店にいる客達には、それなりのざわめきは残っていた。
 ダルバスが、この店を訪れた時は、まだ夕焼けが差し込んでいたが、今は、既に外は漆黒の闇だった。
それなりの、客は、店内にはいる。
「え?いいのかい?ナオちゃんに任せてしまって?」
ナオの発言に、多少とまどいを見せる店主。
「ううん。いいの。私も、ダルバスさんに、お詫びもしないといけないと思って・・・」
事の成り行きを、自分にも非があるように振る舞うナオ。
「何を言っているんだい。今回の出来事は、ナオちゃんには関係ないでしょ?お客様同士での諍いなんだから」
マスターは、ナオの真意を探ろうとしていた。
「いいから。ここは、私が行って来るね。スィート ドリームズって言っていたわね。じゃ、行って来るね」
ナオは、そう言うと、店を後にする。
その様子を、マスターは不思議そうな顔で見ていた。
「ふぅ。なんだか分からないけど・・・。私も、明日、ダルバスさんの所へ行かなくちゃねぇ。彼は、悪くないのだからねぇ・・・」
店主は、そう呟くと、散らかった店内の掃除を始めていた。

 ナオは、真っ先に、ライラの泊まっている、スィート ドリームズへと、足を運んでいた。
宿内に入ると、きらびやかな光景が、ナオの視界に飛び込んでくる。
「立派なお宿ね」
独り言を呟くと、ナオは、コンシェルジュに、対応を求めた。
「ねぇ。ここに、ダルバスさんって言う人が泊まっていると思うんだけど、その人のお連れの方っています?」
突然訪れた、ナオの訪問に、コンシェルジュは顔をしかめる。
「え・・・と・・・。あなた様は、どちら様でしょうか?」
明らかに、警戒心の色を見せる、コンシェルジュ。
 無理もない。
見た目、どう見ても、夜の女、の格好をしているナオだ。
まして、宿泊しているダルバスは、女性であるライラを連れている。
訝しい目で視られても、仕方がないと言えた。
「あ。私ね?私は、この先の、ユニコーンの角亭っていう酒場で働いている、ナオっていうの」
明らかに、警戒されている事を認識したのであろう。
ナオは、言葉を選びながら、丁寧に説明する。
「えとね・・・。その・・・。ここに泊まっているダルバスさんが、お店でちょっと、トラブルを起こしてしまったの」
相手に誤解を招かないように、慎重に話を進めるナオ。
「でね。その・・・。問題があったんで、お連れの方に、そのことを、お伝えしたいのよ」
とまどいの仕草を見せながらも、連れである、ライラを呼ぼうとするナオ。
「・・・。そうでしたか。少々お待ち下さい」
コンシェルジュは、側にいたベルボーイを呼び止めると、ライラに連絡をするように、伝える。
「ありがとね。でもね、決して、私は怪しくないからね」
異様な雰囲気に囲まれてしまったナオは、その場を取り繕うとする。
「ええ。わかっていますよ。では、少々お待ち下さい。そこの、椅子に、おかけになっては?」
ややパニックになりかけているナオを、落ち着かせようとするコンシェルジュ。
夜の街。
この様な対応にも、慣れているのだろう。
「わかった。そこで、待たせて貰うね」
 ナオは、言われたとおり、側にある椅子に腰をかけて、ダルバスの連れであるライラを待つ。
ナオが困惑するのも無理はなかった。
ここの宿は、あまりにも、高級すぎるからだ。
まさか、あのようなダルバスが、この様な宿に泊まっていたとは思いもしなかったのだから。

 暫くすると、階段から、一人の女性が降りてきた。
ライラである。
「私を呼んだのは、あなたかしら?」
ライラは、ベルボーイが案内した、ナオの前に立つ。
「あ・・・。初めまして。私、ナオと言います」
ナオは、ライラを見つめる。
ライラは、何事があったのかと、不思議そうに、ナオを見つめていた。
ライラは、既に食事を終えたのであろう。
湯浴みを終え、既に、就寝前の様にも見えた。
「あなたは・・・?」
勿論、ライラに、ナオの記憶はない。
「あ・・・その。あなたは、ダルバスさんの、お連れですか?」
ライラの背丈は、ナオより、若干大きいようだ。
ナオは、ライラを上目づかいで、見上げる形になっている。
「そうだけれど・・・」
ライラは、ひと息置きながら、言葉を続ける。
「もしかして・・・。あいつ、何かしたの?」
ライラの表情には、ただならぬ不安とも、怒りともつかぬ表情が浮かび上がってくる。
とまどうナオ。
「あ、いえ。・・・でも・・・。そうなんです」
ライラの表情を伺いながら、ナオは話を進める。
「実は、ダルバスさんが、私のお店に来て・・・。その・・・。喧嘩をしてしまったんです」
ナオは、ライラの様子を伺っている。
勿論、ナオの考えの中では、ダルバスと、ライラの関係を気遣っているのだろう。
それは、大きな勘違いなのだが。
だが、ライラの言葉からは、予想外な言葉が返ってきた。
「やっぱりねぇ・・・。問題を起こすんじゃないかって思っていたけれど・・・」
ライラは、頭をうなだれる。
そのライラの仕草を見て、ナオは、ライラに語りかけた。
「あの・・・。あなたの恋人が、衛兵に捕まってしまったのよ?なぜ、そのような・・・?」
普通は、恋人が連行されてしまったなどと聞けば、相手はかなり焦りを見せるのだろう。
だが、ライラに、その素振りは見えない。
それどころか、怒りの表情が見え隠れしているようにも見えた。
もちろん、恋愛関係でなくても、知り合いや友人であるならば、やはり慌てるのだろうが。
「あのねぇ。確かによく勘違いされるんだけれど、私達、そういう関係じゃないの。おわかりかしら?」
ライラは、苦笑いを浮かべると、即座に、ナオの思い違いを訂正する。
「え?あ・・・そうなんですか。私、てっきり恋人を待たせて、夜の町で遊んでいるのかと思って・・・」
ナオは自分の勘違いに気がつき、語尾を濁らせる。
「まぁ、そう思われても仕方がないわね。でも、ダルバスも馬鹿ねぇ。私を連れているなんて言わなければ、こんな誤解招かなかったでしょうに。ねぇ?」
ライラは、ダルバスがナオの前でどの様に振る舞ったのかを想像して、楽しんでいるようだ。
その様なライラを見て、ナオも、思わず同調していた。
「そうだったんですかぁ。私、勘違いしていました。ごめんなさいね」
ナオの発言を聞き、笑みを見せているライラに、更に発言を続ける。
「ダルバスさんったら、ひどいんですよぉ?あなたのことを置いておいて、お前は俺の相手だけしてりゃいいんだよ。ですって?私、てっきりお連れのあなたのことを、恋人だと思いこんでいたので、思わず怒っちゃったの」
ライラに対しての、初対面の警戒心が解けたのだろうか、ナオは、言葉を弾ませる。
「あらぁ?それで、許しちゃったのかしら?あれはね。もっと怒られた方がいいのよ?そうでもしないと、いつまで経ってもあの馬鹿には、わからないのでしょうからね」
ダルバスが、ここにいないことをいいことに、ライラは痛烈な言葉を並べる。
むろん、ダルバスがここにいても、大して内容は変わらないのだろうが。
「あはは!そうね。もっと怒っちゃえばよかった」
本来、ナオが、ここに来た趣旨から会話ははずれ、二人は笑いあっている。
「それで?ダルバスは、今、どこにいるのかしら?」
ようやく、話が脱線していることに気がついたのだろう。ライラは、真顔に戻ると、ナオに訪ねる。
「あ、いけない!笑い事じゃ、なかったんだっけ・・・」
本来の内容を思い出し、ナオは唐突に顔を曇らせる。
「どうしたの?」
ライラは、唐突に黙りこくってしまったナオを不審げに見つめる。
「その・・・。ダルバスさんは、お店にいた二人の男に人に喧嘩を売られて、その二人をやっつけちゃったの。それでね・・・」
言葉を詰まらせるナオ。
「はぁ・・・。どうせ、ベスパーの過去のことでもつつかれたんでしょ」
ライラは、悩む素振りもなく言い切った。
「え?どうして、わかったの?」
これからが、肝心な話だったのだが、ナオは驚く。ライラは、その現場を見ていないのだから。
「そうねぇ。あのね、あのダルバスは、乱暴者だけれど、彼から人に喧嘩を売ることは絶対にないのよね。それに、言葉遣いが荒いから、年中怒っているようにも見えるけれど、それもないわね」
ライラは一息入れると、続ける。
「彼が本気で怒るとすれば、それは、あの事件のことを悪く言ったり、馬鹿にされた時かしらね。ま、それ以外でも、必要以上に攻められれば、話は別でしょうけれど。それは、まずないでしょうしね」
完璧なライラの推理に、ナオは驚愕の表情を浮かべる。
「すごい・・・。そこまで、わかるなんて」
ライラは、ナオの驚く様を見て、くすぐったいような笑みを浮かべた。
「まぁ。私たちも長いからね?。それ位は、お互いにわかるのよね」
その発言を聞き、ナオは即座に、答えた。
「やっぱり、お二人とも、恋人みたい。普通、そこまでわからないもん」
ナオは、からかうように、冗談を言っている。が、また話が脱線しているの気がついていない。
「残念ねぇ。あなたのご期待通りになれなくて?」
ノイの冗談を、軽く受け流すライラ。
「また、話がずれているわね。それで?」
ライラは、本題を促す。
「あ。ごめんなさい。話が途切れちゃったね」
ナオは、一瞬ためらいを見せると続けた。
「さっきも言ったけど、二人をやっつけちゃったのね。そしたら、丁度その時に、衛兵さん達が来ちゃったの。ダルバスさんが二人をやっつけた直後だったんで、ダルバスさんが酔って暴れて、相手に怪我をさせてしまったように見られちゃったの」
ナオはそこまで話すと、しばし沈黙した。
「衛兵が来たの!?連行されたって言ってたけれど、まさか、処刑されたりは・・・していないわよね?」
さすがに、ライラは不安になる。ただの喧嘩ならまだしも、衛兵が絡んでくるとなると、事は大事になりかねないからだ。
ブリタニアの法は厳しい。些細な罪でも、即、牢屋行きか、下手をすれば、処刑されることもある。
「ううん。処刑はぎりぎり免れた。でもね、その後、牢屋に連行されちゃったの」
ナオの言葉を聞き、安堵を漏らすライラ。
「はぁ。よかった。それだけなのね?ほかに、ダルバスに怪我とかはないの?」
ようやく、ダルバスを気遣う様を見せるライラ。
その様子をみて、心なしかナオの表情が明るくなったかのように見える。
「ちょっとだけ、切り傷があったみたい。相手の刀を、全身で受け止めて見せたりしたからね」
ナオは、自分の頬と、腕を指さして、傷の状態を説明する。
「ったく。相変わらず馬鹿ねぇ。そんな事をして、大怪我でもしたら、どうする気かしら」
ライラはぼやくと、もう一つの心配が、彼女の頭をよぎる。
怪我をしたのは、ダルバスだけではないのだ。
ダルバスが叩きのめした相手は・・・。
「そういえば・・・。ダルバスに喧嘩を売った相手はどうなったのかしら?」
ライラの質問に、ナオはとまどう。
少なくとも、軽傷ではないからだ。
「よくわからないけど・・・。一人は、前歯が数本折れてしまったみたい。それに、もう一人も、肋骨を折ったみたいで、口から血が混じった泡を吹いていたみたい」
あまり想像したくない光景に、ナオは目をつぶる。
「あまり、軽傷とは言えないみたい」
ナオは一言、付け加えた。
「ダルバスに喧嘩を売るなんて・・・。何考えているのかしらねぇ。並大抵の人間じゃ、彼には敵わないっていうのに・・・」
ライラは、大きくため息をつくと、行動を開始する。
「じゃ、ちょっと待っていてね。今、準備をしてくるから」
そういうと、足早に階段を上っていく。
「わかった。外で待ってるね?」
ライラの背に向け、一言声を送ると、ナオは外に出て待機する。
正直、この宿の雰囲気に、馴染めないというのが本音のようだ。

 程なくして、ライラはやってくる。
「じゃ、行きましょうか?あ、ダルバスにやられた二人の様子を見たいから、治療院を先に案内していただけるかしら?」
そういうと、ライラはナオに道案内を求める。
「え?治療院?それなら・・・」
ナオはそう言うと、宿の入口から数歩歩くと、隣の建物に移動する。
「ここ」
ナオは、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「そこ!?なによ、すぐ隣だったんじゃない」
 治療院は、ライラ達が泊まっている宿の、すぐ隣にあった。
建物は木造の一階建てで、結構、質素な作りだ。
「そういえば、さっき、宿の外が騒がしかったわねぇ・・・」
ライラは、先刻の事を思い出しているのだろう。
「あの騒ぎは、ダルバスの馬鹿が、原因だったのね」
そう言うと、2人は治療院の扉を開ける。

 治療院の中は、外見と同じく、質素な作りだった。
扉を開け、その奥には、寝台が4つほど並んでいた。
建物の中には、数名の医療スタッフと思われる人間が往来している。
スタッフ達は、慌ただしく動き回っていた。
「おい!そっちの泡吹いている方の容態はどうだ!」
一人のスタッフが、声を荒げている。
「良くないです!脈拍が、安定しません!」
もう一人のスタッフも、声を荒げる。
「強心剤を投与しろ!そこにある、ビンに入った、白い薬品だ!」
激しいやりとりに、ライラ達は呆然としていた。
ライラ達が入ってきた事に、彼らは気が付いていない様子だ。
「ねぇ・・・。ちょっと、聞きたいんだけれど・・・?」
ライラが、声を発すると、ようやく、側にいたスタッフがライラ達に気が付く。
「何!?今、忙しいんだから!急患?じゃなければ、そこで待っていておくれ!」
スタッフはそう言うと、入り口近くにある椅子を指さす。
ライラ達は、その椅子を見るが、それに座る事はない。
「あのね。そこにいる患者なんだけど、さっき、私のお店で怪我をした人達なのよ!」
とりつくしまのないスタッフに、ナオは声を大きくする。
「ええ!?関係者なの?」
スタッフは、関係者が来た言う事に、多少の安堵感の表情を浮かべる。
「うん。それで・・・。どうなの?この人達は?」
ナオは、寝台の前に足を運ぶと、2人の様子を伺う。ライラも、その後に続いた。
ナオの発言に、スタッフは表情を曇らせる。
「こちらの、歯が折れている方は、問題はないのですが・・・。こちらの、泡を吹かれて、肋骨が折れている方は、よろしくありませんね」
治療院のスタッフの発言に、ナオは表情を陰らせる。
「それって、どういうこと?まさか・・・」
ナオの発言を遮るように、スタッフは続ける。
「この方は、内臓を・・・。肺に傷を負われているのです。刀で切られたわけでもないのに、どうやったら、喧嘩だけでこの様な傷を負ったのか・・・。不明です。今のところ、強心剤で保っていますが、下手をすると、今夜が峠かもしれません・・・」
スタッフは、残念そうに首をうなだれる。
「傷薬を飲ませても、駄目なの?」
ナオは、心配そうに、泡を吹いている人間。グランの顔をのぞき込む。
「無理です。既に、呼吸が困難な状態なので、強心剤を飲むだけで、噎せかえってしまう状態なので・・・。これ以上飲ませたら、窒息する危険性も・・・」
スタッフがそこまで言葉を発した時だった。
「薬以外にも、治療する方法は、あるわよ?」
それまで、黙っていたライラが、ナオとスタッフ達に話しかける。
ライラの発言により、スタッフ一同の視線を、ライラは浴びることになる。
ライラは、グランのベッドに近寄ると、様子を確認する。
グランの意識はなく、昏睡しているようにも見える。
しかし、呼吸は不定期で、時折、激しくむせかえるような呼吸を見せていた。
「全く・・・。あいつ、馬鹿じゃないの?売られた喧嘩とはいえ、相手を瀕死にさせてどうするってのよ・・・。ま、あなたも、相手が悪かったわね?」
ライラはそういうと、グランの胸元を探り始める。
その様子を見ていたスタッフは、慌ててライラを止めに入る。
当然だろう。
関係者とは思えるが、それでも、突然の部外者が、患者をいじろうとしているのだ。慌てて当然である。
「ちょっと!あなた、患者にさわらないで!」
スタッフは、グランに対して、何かをしようとしているライラを慌てて引き留める。
「あぁ。ごめんなさいね?だって、このままじゃ、この人は危ないと思ってね?」
ライラは、悪びれる様子もない。
「とにかく・・・。あなたは治療院の人ではないのですから、余計なことはしないで下さい」
スタッフは、ライラの容姿と行動をいぶかしんだ。
ライラは、どう見ても、治療院や、医学の知識を持った人間には見えないからだ。
「えーっとねぇ・・・。さっきも言ったんだけれど、薬が駄目なら、ほかの方法もあるのよ?」
スタッフ達は、ライラが何を言おうとしているのかが、理解できなかった。
「薬意外に、どんな治療方法があるって言うんですか」
無粋な表情を浮かべるスタッフ達。
「薬が駄目なら、後は神頼みか、魔法くらいしかないですよ・・・」
そこまでスタッフは発言すると、突然沈黙する。
ほかのスタッフが、口を開いた。
「もしかして・・・。魔法・・・?」
再び、ライラにスタッフ全員の視線が集中する。
「魔法?え?ライラさんは、魔法使いなの」
離れた場所で見ていたナオは、驚きの言葉を発する。
「魔法使いなんて・・・、本当にいるのか?」
ほかのスタッフが、怪訝な表情を浮かべる。
魔法使い。普段生活をしている中では、あまり使うことがない言葉だ。スタッフ達は、歯切れが悪いように、発音をしているような感じもする。それに、本来魔法を使う人を、魔法使い、などという呼び方はしないだろう。正式名称はないとも言える。

 ライラは、スタッフ全員の視線が、怪訝な物へと変わっていくのを感じ取っていた。
無理もない。
魔法自体が、忌み嫌われているこのブリタニアでは、魔法を使う人間を快く思わない者もいる。
理由はない。
魔法を嫌う。大半の人は、無条件に、魔法を嫌っている場合が多かった。差別に近いとも言える。
魔法を使える人間は、このブリタニアでもそれほどいないが、大抵の人が、魔法を使えることを隠している。

 ただ、ほかの治療院などは、魔法を治療の方法を取り入れているところもあった。
治療院も千差万別で、魔法を頑として受け入れないところもあれば、魔法の力を借りて、治療を行うところもある。
なぜ、このような差が出るのか?
それは、魔法そのものを、患者が受け入れない場合があるからだ。
いくら、魔法で治癒を出来たとしても、患者がそれを拒んでしまっては、治療院存在の意味がなくなってしまうからだった。
魔法で治療をする。
魔法を嫌う人々にとっては、それはオカルト宗教のような、怪しい治療法に見られてしまう場合が多いのだ。
 事実、魔法による治療を行う治療院は、オリジン神を信仰している。
もちろん、魔法の力が、神の力と考えているからだ。
 ただし、魔法による治療とは言っても、それは、あくまでも簡単な魔法だけだった。
高位魔法を操れる、治療院は、皆無といってもいい。
魔法そのものを使える人間が少ないからだ。
使えたとしても、簡易魔法。
今回のように、グランのような重症患者は、簡易魔法を使っている治療院では、一命は取り留めても、恐らく完治は無理だろう。
したがって、当然、今現在の医学との併用と言うことになる。
ブリタニアにある治療院で、魔法による治療を行っている治療院は、1割にも満たないといわれていた。

「そうよ。その人は、魔法で治療してあげる」
 短い沈黙の後、ライラは、ややばつが悪そうに、話を切り出した。
スタッフ達は、突然の出来事に、どう反応したらよいのかをとまどっていた。
「それにね、そこの二人は、私の連れがそんな目に遭わせたのよ。連れは、今、牢屋に放り込まれているから、私が何とかしなくちゃね?」
ライラはそういうと、呆然としているスタッフを脇目に、自分のバックから秘薬を取り出す。
両膝を床に着け、グランの前で、魔法の詠唱体制に入るライラ。
が、スタッフの一人がライラを押さえた。
「ちょ・・・。何するんですか。あなたは、治療院の方ではないでしょう。余計なことは・・・」
スタッフが喋るのを、途中で遮るライラ。
「大丈夫よ。少なくとも、今より、状況が悪くなることは絶対にないから」
魔法治療を取り入れていない、この治療院の立場としては、患者を魔法で治癒されるなどと言うことは、御免被りたいのだろう。
まして、魔法を使っているところなど、見たこともないのだろうから。
「もしかして、魔法医療を取り入れている、どこかの治療院の方ですか?」
スタッフは、再び、ライラを観察する。
どうみても、治療院に勤めているようには見えない。
「いいえ?ごくごく普通の、一般人よ?」
ライラは、苦笑いする。
「魔法治療をしている治療院も、たいした魔法は使えないって言うじゃないか。それに、本当に、魔法を使っているのかねぇ?誤魔化しているんじゃないのか?」
魔法自体を軽視しているのだろうか。スタッフの一人からは、皮肉めいた発言が飛び出す。
「まぁ、いいから。もし、様子がおかしくなったりしたら、衛兵を呼んでもいいわよ?」
そういうと、ライラは再びグランの前に跪いた。
事実、グランの容態は悪化する傾向に見られた。確かに、何も手を打たないのであれば、ライラで試してもよいのかもしれない。それに、治療に失敗したとして、グランが死亡したとしても、ライラの責任にすればよいと思うスタッフもいた。
スタッフ達は、黙ってライラを見つめていた。
もちろん、ライラが、おかしな事をしようとすれば、すぐにでも取り押さえられる位置にいる。
 ライラは、秘薬を両手で握りしめると、目をつぶり、魔法詠唱を始める。
ライラが今使用している秘薬は、ニンニク、薬用にんじん、マンドレイクの根、蜘蛛の糸、などだった。
魔法を使うには、地水火風の精霊の力を借りるという。
もちろん、精霊達は人間の目に映ることはない。
 詠唱を始めてから、数秒後。
「あ・・・」
ナオは、小さい声をあげる。
ライラの両手の中から、僅かな煙が出てきたと思うと、その後に、ぼんやりとした青白い光が現れた。
ライラは、両手を離すと、右手をグランの胸部にかざす。
不思議なことに、ライラが手を動かすと、光もライラの手について行く。
光の核は見えない。
ただ、漠然と、ライラの手のひらの空間に、青白い光が浮かび上がっていた。
そして、グランの患部の真上に手をかざすと、光はライラの手から離れ、グランの体内へと入り込んでいった。
体内に入った光は、内部から薄く光を漏らしていた。
その様子を、その場にいる一同は、固唾を飲んで見守っていた。
グランの胸元に入っている光は、やがて、その光が衰えてゆく。
そして、光は、完全に消えてしまった。
ライラは、その様子を、ただ黙って見つめていた。
「・・・な、なにも、起きないじゃないか」
先ほど、魔法の事を皮肉っていたスタッフが声を放つ。
ライラは、それに対して、返事を返す事もなく、成り行きを見守っていた。
暫くすると、グランの患部に、変化が現れる。
ダルバスによりへし折られた、あばら部分は、骨折により、真っ赤に充血していた。
それが、徐々に消えていったのだ。
充血は、ゆっくりと消えていき、それに伴い、グランの呼吸も安定した物になってゆく。
暫く見ていると、充血は完全に消え、何事もなかったかのようになっていた。
「そ、そんな馬鹿な!」
スタッフの一人が、グランに駆け寄る。
「あぁ、もういいわよ?これで、私の役目は終わり」
ライラは、そう言うと、その場を離れる。
すかさず、スタッフ達は、グランの廻りに群がっていた。
が、ライラが立ち上がった時だった。
ライラの足元がよろけ、倒れそうになる。
「危ない・・・!」
すかさず、ナオが、ライラの体を支えていた。
「あ・・・。ありがとね。・・・、久しぶりに、治癒の魔法を使ったから・・・」
ライラは、苦笑すると、ナオに優しくほほえむ。
「今使った魔法はね、体の再生化を促す魔法なの。この魔法は、慣れないと、結構精神力の消耗が激しいのよね」
ライラは、そういうと、隣のベッドに座り込む。そのベッドには、フィンドが寝ているのだが。
「信じられない・・・。骨が・・・。元に戻りかけている・・・」
スタッフ達は、驚愕の表情を浮かべながら、グランを診察していた。
「あぁ。まだ、駄目よ」
グランをいじり廻しているスタッフに、ライラは話しかける。
「傷の殆どは、治りかけているけれど、骨は、そう簡単には治らないわ。そうね、今夜安静にしていれば、その後は、大丈夫だと思うけれどね。まぁ、命の心配は、もう、しなくてもいいわよ?」
ライラは、消耗した精神力を養おうと、目をつむると、瞑想状態に入る。
「信じられん・・・。これが、魔法の力なのか・・・」
初めて見る、魔法の力に、ただただ驚くしかないスタッフ達。
「ライラさん。凄い・・・。ねぇ、ライラさんは・・・」
ナオは、ライラに話しかけるが、途端に口をつぐむ。
ライラは、明らかに瞑想状態で、精神力を回復しようとしているのが分かったからだ。
スタッフ達も、それに気が付いたのだろうか、ライラに話しかける事はしなかった。

 暫くすると、ライラは瞑想から覚めていた。
待ちかまえていたかのように、スタッフが、ライラに声をかける。
「大丈夫ですか?」
ライラの体調を心配するスタッフに、恥ずかしそうな笑みを浮かべるライラ。
「ええ。私は大丈夫よ。久しぶりに、治癒の魔法を使ったからね。ちょっと、疲れちゃっただけよ」
ライラは、大きく深呼吸する。治療院に置いてある、薬の香りが、ライラの鼻孔をついた。
「初めて、魔法という物を見ましたが・・・」
スタッフは、言いにくそうに、言葉をつなげる。
「他の、魔法を使っての治療をしている治療院は、やはり、あなたと同じ魔法を使うのですか?」
 当然、わき上がる疑問だった。
いままで、自分たちがやってきた治療の成果と、ライラが魔法を使っての治療の成果では、結果を見れば、雲泥の差がある事が分かったからだ。
だが、現実は違う。
「どうかしらね?私も、魔法を使う治療院のお世話になった事はあるけれど・・・」
ライラは、言葉を濁らす。
自分の方が、遙かに優れた魔法を使う事が出来るからだ。
こればかりは、産まれ持った資質なので、どうしようもないのは、分かっているのだが。
一般の魔法を使う治療院では、今、ライラが使った治癒の魔法を使える人は、殆ど、いないだろう。
彼らが使う魔法は、ライラが使った魔法の、数ランク下の、簡易的な治癒の魔法だ。
「多分、私が使った魔法とは、違うわね。治癒に、もっと、時間がかかるかも・・・ね」
語尻を曖昧にするライラ。
あまり、魔法に長けている事を、世間に知らせたくないからだ。
この発言で、スタッフ達は、初めて認識した。
ライラは、ブリタニアで数少ない、魔法を使いこなせる人間なのだと。
だが、これが、賛賞へとつながるとは、限らない。
魔法を使えれば使えるほど、怪しき者と、捉えられる場合が多いからだ。
「へぇ。あんた、魔女だったんだ」
スタッフの一人が、強烈とも思える言葉を発する。
ライラは、多少眉をひそめるが、何食わわぬ表情を保っていた。
魔女。
これは、魔法に長けている女性への、侮辱的な言葉だった。
明らかな、差別用語である。
「まぁ、そう言われても、仕方がないわねぇ・・・」
明らかな、批判を受けるライラ。ライラは、慣れているのか、耐えているのか、その場を荒らさないように、堪えているかにも見える。
その様なライラをみて、ナオは、声を荒げた。
「なによ!何で、人の命を助けた人を、魔女なんて呼ぶの!?あなた達には出来ない治療を、ライラさんはしたのよ!?感謝の一言くらい、言ったらどうなのよぉ!?」
ライラを魔女と呼んだスタッフに、ナオは食って掛かる。
それを見たライラは、ナオをなだめる。
「いいのよ。いつもの事だしね?」
ライラは、荒れるナオをなだめると、スタッフ達に振り返る。
「ところで、もう一人の方の治療もしたいんですけれど、よろしいかしら?」
ライラは、自分が魔女だと呼ばれた事に臆することなく、次の治療を促す。
一瞬、スタッフ達の間に、沈黙が流れるが、他のスタッフの一人が、口を開いた。
「構いませんよ。どうか、お願いします」
そのスタッフは、どうぞ、という身振りを示すと、ライラに、治療の続きを促した。
だが、それを見ていた、ライラを魔女と罵ったスタッフは、反対する。
「馬鹿!これ以上、魔女の力を借りるつもりか!これでは、ここの治療院の意味がないだろう!」
真っ向から、反対姿勢を見せる。
「お前の言いたい事は、分かる。俺も、魔法は受け入れたくない。でもな、そろそろ、考え方を変えてもいいんじゃないかって、思ったんだよ」
どことなく、ライラの擁護に廻っている。
「じゃ、何か?ここを、魔法専門の治療院にしろってか?はっ!俺は、魔女の仲間入りはしたくないね。冗談も、程々にしてくれ!」
相変わらず、痛烈な言葉を放っていた。
「いや。なにも、いきなり、そこまでしろとは、言わない。でもな、魔法も、俺らの文化であるし、それに、魔法医療は、既に取り入れられている所もある。今回の事は、俺らの未来の事の経験と考えて、あえて、経験してみようじゃないか」
ライラを擁護するスタッフは、賢明に説得していた。
「はっ。勝手にしろよ!俺は、今のスタイルを変える気はないからな。お前なんて、魔女の使う魔法の言いなりになっていればいいだろ?」
2人のやりとりを見ていたライラ。
「じゃ、文句はないわね?こちらの方の治療もさせて頂くわよ?」
ライラは、2人の返事を待つことなく、フィンドの前に跪くと、再び、魔法の詠唱体制に入る。
程なくして、ライラの手のひらから、神秘的な光が溢れ出す。
その光は、フィンドの、顔の中へと吸い込まれていく。
フィンドの場合は、顔面の細かい傷と、歯の損傷だけだった。
回復段階の見た目は、殆ど分からなかった。
 治療が終わると、ライラは立ち上がる。
今回は、よろめく事はないようだ。
「終わったわよ?それとね、この人の場合、歯、なんだけれど。こればかりは無理ね。抜けた歯がここにあれば、元の位置に添えるなどして治療が出来るんだけれどもね。なくなってしまった物は、再生は出来ないの。諦めて貰うしかないわね」
ライラは、残念そうに報告する。
それに対しても、痛烈な言葉を返される。
「はっ。魔法で治療出来るって言っても、所詮それだけかよ。完璧に直せない癖に、よく、魔法を使って治療しますだなんて、でかい態度をとったもんだ」
さすがに、その発言には頭に来たのだろう。ライラは、反論する。
「じゃあ、何かしら?あなた達は、魔法を使わなくても、この人の、歯を元通りに出来るのかしら?出来るもんなら、やってみてほしいわねぇ!?」
鋭い目で、スタッフを睨みつけるライラ。
その目には、明らかに怒りが宿っている。
「そ、それは・・・。出来るはずが・・・。で、でも・・・。魔法で治癒出来るって言うくらいなら、それくらい出来て当たり前だろ?」
苦し紛れに、答えは返ってくる。
「へぇ・・・。もしあなたに、人知を越える力があったとするわねぇ?そして、人々が、この石ころから、牛を作り出して見ろって言われたらどうするかしらね?出来るわけ、ないわね?そして、なんで、人知を越える力があるのに、なんで出来ないんだって、言われたらどうするかしら?」
ライラの発言に、黙りこくってしまうスタッフ。
「力や知識があってもね。人間は、万能じゃないのよ。おわかりかしら?」
誰も、ライラに反論することはなかった。
「ま、もういいわ。二人とも快方に向かっているみたいだし。明日、もう一度ここに来るわね?」
ライラはそういうと、治療院の出口へと向かう。スタッフ達は、声をかけることも引き留めることも出来ず、呆然とライラ達を見送るしかなかった。
ナオは、この体験したことのない雰囲気にいたたまれない様に、ライラに付いてゆくしかなかった。

 そして、治療院を後にすると、一人のスタッフがライラ達を追って、治療院の外に駆けだしてくる。
「あ・・・。ちょっと待ってください!」
追いかけてきたのは、先ほど、ライラの擁護にまわったスタッフだった。
突然呼び止められ、ライラとナオは、振り返る。
「なによぉ。まだ、何かいちゃもんつける気なの?」
ナオは、警戒心を露わにする。
「どうしたのかしら?」
ライラは、別段慌てる様子もないようだ。
スタッフは、ライラ達の前に回り込むと、立ち止まった。
「あの・・・。お詫びをさせてください」
予想外の発言に、ナオは驚きの表情を見せる。
「先ほどは、うちのスタッフ達が、あなたに対して、無礼をしてしまったことを、許して欲しいのです」
スタッフは、ライラに対して真摯に訴える。
「いいのよ。魔法を使う以上、ああいうのは、慣れているの。気にしない事よ?」
ライラは、詫びをしに来たスタッフの心を、快く思ったのだろう。笑いながら、対応をしているようだ。
「しかし・・・」
とまどうスタッフ。
意外にも、ライラがさっぱりしているからだ。
普通であれば、差別用語を使い、罵られたりすれば、激怒するのが当然なのだろうから。
「いいからいいから。気にしないで頂戴ね。あなたが、謝りに来てくれただけでも、充分よ。ありがとうね」
「いや、しかし、あなたは、たとえ魔法とはいえ、人の命を救いました。それは、医療をする側から見て、とても重要なことなのです。私たちは、人の命を救うのが仕事です。それが・・・、うちのスタッフには、わかっていなかったようで・・・。申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるスタッフを見て、ふと、ライラに疑問が浮かび上がる。
このスタッフは、やけにライラに対して擁護的だった。
「頭を下げるなんて、やめてちょうだい?それより。ねぇ・・・。あなたは、もしかして、魔法に興味があるの?」
確かに、先ほどに、魔法を取り入れる医療もよいと言うようなことを言っていたからだ。
「あぁ。先ほどの話ですね」
スタッフは、多少とまどいながらも続ける。
「実を言うと、私も魔法は嫌・・・、いえ、受け入れにくいのです」
ライラを傷つけないようにとする配慮だろうか、スタッフは、言葉を選ぶ。
スタッフの心を、ライラは察したのだろうか。思わず、口元がほころんでいた。
「でも、先ほどの、魔法の治療を見て、少しは魔法を受け入れてもよいのではと、思ったんです。確かに、興味本位だけですけどね」
スタッフはそういうと、恥ずかしそうに頭をかく。
「そう・・・。興味を持つだけなら、構わないのではなくて?でも、中途半端に行動すると、私みたいに、差別の目で見られるから、注意した方がいいことよ?」
ライラは、スタッフに注意を促す。
しかし、ライラは、このスタッフが魔法を使えることはないだろうと考えている。
魔法を使うには、生まれ持った魔法力が必要だからだ。
資質を持っている人間であれば、修行をすれば、ある程度は身に付くようだが、普通は不可能な場合が殆どだ。
まして、生まれつき魔法力が高い人間は、遺伝といえ、かなり希有な存在だ。
「そうですね。魔法とのなれ合いは、多分ないと思っていたのですが、今回のあなたの治療をみて、多少興味を持っただけです」
確実に、魔法に対して興味を持っていますとは、言いにくいのだろう。スタッフは、曖昧な表現で誤魔化しているようだ。
「まぁ。気をつける事ね。魔法のことを調べたいのなら、ムーングロウにある、ライキューム研究所がいいわよ?あそこには、あらゆる資料があるからね」
ライラは、これ以上、魔法に関して教える気はなかった。
魔法を使える、もしくは知識があると言うことは、その人を、不幸にしかねないからだった。
「そうですか。近いうちに、研究もかねて、魔法医療を取り入れている治療院にも、行ってみたいと思います」
スタッフは、遠慮がちに、ライラに笑いかける。
「今回は、本当に申し訳ありませんでした。あなたの人生に、幸があることをお祈りしています」
スタッフは、丁寧な態度で、ライラ達に別れを告げて帰っていった。

 ライラは、走り去るスタッフを見送りながら歩き始める。
「なんだか、あなたまで巻き込んでしまったみたいね。ごめんなさいね」
隣を歩くナオを、ライラは気遣う。
「え?ううん。私は気にしていないから大丈夫」
ナオは、治療院での出来事を殆ど気にしていない様子だ。
「それにしても、凄いんだね。ライラさんって、魔法を使えるんだ。尊敬しちゃうな」
ナオは、屈託のない笑顔を浮かべると、ライラに笑いかけた。
「え?そうなの?私は魔女なのよ?そう、こわーいね?」
ライラは、この時点で、ナオが自分に対して、魔女、と言う偏見を持っていない事に気が付いていた。
それを理解しているからだろう、ライラは、魔法を詠唱する素振りを見せて、ナオをからかって見せていた。
「あは。ライラさんは、魔女なんかじゃないわよね。だって、あんなに素晴らしい・・・。ううん。あんなに瀕死の人を救えるんだもん。絶対に、魔女だったり、悪い人なわけないもん」
ナオは、半ば尊敬の眼差しで、ライラを見つめている。
 夜の帳は、既に落ちている。
治療院を後にした2人の周りには、静かな空気が流れていた。
街の街灯には灯が入り、落ち着いた雰囲気が流れていた。
通行人は少なくないが、昼間の喧騒からすれば、嘘のように静まりかえっていた。
「何言ってんのよ。私はね、普通の一般人と変わりはないわ。そ、あなたと同じくね」
ライラは、多少気恥ずかしさを隠しながら歩を進める。
「いいなぁ。私も魔法が使えれば、色々と便利なんだろうけどな」
魔法を使えるという意味を、あまり重視していないのだろうか。
ナオは、自分の気持ちを吐露する。
「馬鹿言ってんじゃないわよ。魔法なんてね。使えればいいってもんじゃないのよ。さっきも見て、よくわかったでしょ?」
無邪気にはしゃぐナオを見て、ライラはなだめる。
 魔法が使える。
それは確かに、生活において、役に立つ事が多いのは確かだ。
しかし、それに対してのリスクが多い事は明らかなのだ。
「で?これから、ダルバスに会いに行きたいんだけれど。彼は、どこにいるのかしら?」
これ以上、魔法の話を続けたくなかったのだろう。
ライラは、意図的に話を変える。
「あ、そうね。ダルバスさんは、さっきも言ったように、投獄されてしまったみたいなの」
ナオは、現実を認識したのだろう。すぐさま、ライラの先頭を歩き始めた。
「牢屋はね、この町の北にある、ブラックソン城にあるの」
そう言うと、ナオはライラを誘導し、歩き始めた。
「私、牢屋って行ったことがないんだけれど・・・。やっぱり、暗くてジメジメした所なのかしら?」
ライラは、一般的な牢屋のイメージを思い浮かべる。
「さぁ・・・?私も行った事がないもん。わかんない」
ナオは首をかしげる。

 ブリタニアの法は厳しい。
些細な罪でも、罪人は牢屋へと投獄される。
最悪、投獄される前に処刑される事も多々あるほどだ。
ダルバスは、処刑は免れたものの、投獄という羽目にあっているらしい。

「ま、あの暴れん坊のダルバスには、丁度いい場所かもね?これからの事を考えると、少しは頭を冷やしておかなくちゃいけないかもしれないしね」
ライラは皮肉めいた口調で、ダルバスがいるであろう牢屋の中を想像しているようだ。
その様子をみて、ナオは思い立ったように、ライラに訪ねる。
「あ・・・、その、これから、ってのは・・・」
ナオは、ダルバスの話を聞いていて、思い出したのだろう。
この2人の、本当の目的を。
「その・・・。本当に、ドラゴンをやっつけにいくの?」
すぐさま、ナオは続ける。
「あ、ゴメンね。興味本位で聞いている訳じゃないの。その・・・。ダルバスさんも同じ事を言っていたし・・・。本当にドラゴンなんかと闘えるのかな・・・って」
ナオは、ダルバスの怒りを思い出しながら、言葉を選びながらライラに訪ねる。
「あぁ。ダルバスから聞いたのね。どうせ、酔っぱらってべらべら喋ったんじゃないの?」
ライラは苦笑いを浮かべると、話を続けた。
「そうよ。私たちはね、ドラゴン・・・いえ、古代竜を討伐するために旅をしているの」
憂い気な目で、ナオを見つめるライラ。
ライラの言葉の意味。そして、決意は、常人には理解しがたいものがある。
それを理解してでの、眼差しなのだ。
「古代・・・竜?」
ナオは考え込む。
ドラゴンという言葉は知っていても、古代竜という言葉を聞くのは初めてだ。
「それって、ドラゴンなんでしょ?ライラさん達は、ドラゴンを、古代竜って呼んでいるの?」
その方面に関しては、全く知識のないナオ。仕方がないとも言える。
「ま、そう思ってくれても構わないわよ?強いて言えば、そのドラゴンの親玉ね」
まるで、妹を諭すかのように、ナオに接するライラ。
ナオがその件に無知でも、ライラは優しい目でナオを見つめていた。
「そうなんだ・・・。ドラゴン。強いんだろうな。でも、ライラさんなら大丈夫かもね。だって、魔法が使えるんだもん」
ダルバスに対して、「無理じゃない?」と言ってしまった事を反省しているのだろう。
ナオはライラに対して、出来るだけ刺激を与えないように気を付けていた。
その様子は、ライラにも伝わったのだろう。
「うふふ。ありがと。まぁ、なんとかなるんじゃないかな。ダルバスもいることだしね」
そう言うと、ライラは歩を進める。
 実際。ライラ達がドラゴンや古代竜達と戦い。そして、倒せるのか。ベスパーの街の敵を取れるのか。
現実問題としては、全くわからないのが現状だった。
当面の目標は、ムーングロウにいるという、ダルバスの知り合いを訪ねる事だ。
そこには、何かしら、ヒントや味方がいるのかもしれなかった。
 ライラは暫く黙り込むと、空を見上げながら歩いていた。
空には満点の星空が輝いていた。
中空に鎮座する二つの月は半月で、それでも満面の光を放っている。

「ここを過ぎれば、もうすぐね」
ナオは、ひときわ大きい石造りの建物を迂回しようとしていた。
「あら、懐かしいわねぇ。ここ、昔に来た事があるわ」
ライラは立ち止まると、目の前の建物を見上げた。
 建物はアーチ状の積石が幾重にも連なった門があり、その両脇には小さな池がある。
時間は遅いとは言え、まだ、建物の中には明かりが灯っていた。
「え?ライラさんは、このお店に来た事があるの?」
ナオは、少々驚いたようだ。
「そうね。何度かブリテインに来た事があるけれど、ここは錬金術のお店よね。昔、ここにお母様と一緒に、魔法を使うための秘薬を買いに来た事があるのよ」
ライラは懐かしそうに、建物を見つめる。
建物自体は、丁寧に扱われているのだろうか、石造りの頑丈な建物は、立派な建て構えをしている。
「へぇ・・・そうなんだ。私はここで買い物をするときは、お薬しか買わないもんね。秘薬・・・薬草っていうのかな?それは、私には調合出来ないしね」
魔法使いのライラと、普通の生活をするナオ。
やはり、錬金術の店の利用の仕方は違うようだった。
「ま、今はここに用はないわ。ダルバスの所へ急ぎましょ?」
ライラは、ナオを促す。
「わかった。こっちね」
 2人は、錬金術の店を迂回し、石畳の通路を歩いてゆく。
程なくして、城塞らしき物が、2人の前に現れた。
「ここ」
ナオは立ち止まると、大きい橋の前で立ち止まる。
目の前にある城塞は、池の中央に存在し、そこへ行くには、目の前にある橋を渡るしかないようだった。
「これって・・・」
ライラは、池の中央にある城塞を見つめる。
「これって、ブラックソン城じゃないの?たしか・・・結構前から、城主は不在という噂を聞いたけれど・・・」
橋の向こうに見える城塞は、城壁に松明が灯され、夜の城を浮かび上がらせていた。
城壁の上には、数人の衛兵達が徘徊し、お世辞にも雰囲気が良いとは言えないようだ。
「ブリテインの牢屋はね、このブラックソン城にあるの」
ブラックソン城を遠目で見るライラを横目に、ナオは橋を渡し始める。
「なんか、嫌な所ね。ま、牢獄もあるんだから、仕方がないかもしれないけれどね」
ライラは、ナオの後に付いてゆく。
 城門の前には、一人の衛兵が立っていた。
近づく2人に対して、衛兵は不審げな表情を見せているようだ。
「止まれ。この様な時間に、どの様な用件だ」
あからさまに警戒を見せる衛兵。
無理もない。
時間は深夜だ。
例え、女性2人とはいえ、ナオは夜の女の格好をしている。
そして、ライラは普通の格好をしているとはいえ、このコンビは、ある意味不自然かもしれなかったからだ。
「あ・・・」
ナオが発言しようとしたその時。
ライラはそれを制すると、自身が口を開く。
「夜分、ご免なさいね。あのね、先刻、ここに連れてこられた、ダルバスっていう男がいると思うのよ。ここで、間違いないかしら?」
ライラは、臆することなく、衛兵の前に立つ。
ナオは、その後ろで見ている形になってしまっていた。
「ふむ。確かに、先ほど一人の男が連れてこられた。そなた達は、その男の連れか?」
ライラの発言により、衛兵のある程度の警戒心は解けたのだろう。
「そ。私と、こっちは、彼の連れなの。会う事が出来るかしら?」
ライラは衛兵に、自分たちを中へ入れるように促す。
「わかった。今、確認するので、ここで待たれよ」
衛兵はそう言うと、城壁の向こうへと消えていった。
 城壁の門は、大きい引き上げ式の鉄格子だ。
これが、更に深夜になれば、この城門は降ろされるのだろう。
「私も連れでいいの?一緒に行って、大丈夫なの?」
ナオは、心配そうにライラを見上げる。
「大丈夫よ。そこまで、相手も確認しないでしょ。それに、あなたも現場を見た当事者なんだからね」
不安がるナオをなだめるライラ。
無理ないかもしれない。
牢獄など、普通では、なかなか来る事のない場所なのだから。
 暫くすると、先ほどの衛兵が戻ってくる。
「待たせたな。先ほどの男は、ダルバスと言ったな。確かに、ここに連れてこられている。これは、彼が所持していたのものだ。間違いないな?」
衛兵はそう言うと、一枚の破れた外套を差し出した。
外套の首元には、ダルバスの名前が刺繍されている。
「間違いないわね。ダルバスの物よ。それで、ダルバスに会わせて頂けるのかしら?」
差し出された外套を、本人の物と確認すると、ライラは、衛兵に先を促す。
「よかろう。では、案内する。こちらだ。着いてくるがよい」
衛兵は、ライラ達に着いてくるよう促す。
城門をくぐり、中庭に到着すると、ライラは辺りを見渡す。
中庭には、立派な生け垣があり、正面には、鉄で出来た大きな扉。そして、庭の随所には、見事といえるほどの石像や彫像が配置されていた。
「こちらだ」
衛兵は、城門を入ってから右手の方にある石像の方へ向かう。
石像の右手には、地下へ通じる階段があり、一行はその階段を下っていく。
階段は、かなり奥深くまで続いているようだった。
石造りで出来た階段の壁には、ランタンが置かれ、通る者の足元を照らし出している。
「かなり、深いわねぇ・・・。牢獄へ通じているからかしら?」
ライラの呟きに、衛兵は何も言わず、地下へと足を運ぶ。
ナオは、不安そうにライラへ身を寄せ、着いてきているようだ。
 長い階段を降りきると、そこには小さい部屋があり、もう一人の衛兵が机に座っていた。その一角には、頑丈な鉄格子で出来た扉があった。
恐らく、その扉の先が、囚人達が投獄されているのだろう。
「この先に、その男はいる。面会は構わんが、騒ぎを起こしたら、ただじゃすまさんぞ?」
衛兵はライラに念を押すと、机にいたもう一人の衛兵に、扉の開錠を促す。
「わかっているわよ。ダルバスも、牢屋に放り込まれた位の方が、良い薬なのよね?むしろ、ダルバスの頭を冷やしてくれた、あなた達に感謝しなくちゃね?」
衛兵の威嚇に臆することなく、ライラは茶化してみせる。
「まあよい。ダルバスとやらは、この一番奥にいる。面会が終わったら、速やかに戻ってくるのだぞ」
ライラの素振りに衛兵は顔色を変える事はない。
地下牢に、重い鉄の音を響かせながら、扉は開かれる。
ライラ達が扉を抜けると、扉は再び閉じられる事になった。
「まったく・・・。衛兵達には、愛想ってものがないのかしらね?ねぇ?」
ライラは、苦笑いを浮かべると、しがみつくように着いてきたナオに笑いかける。
「え?ええ、そうね・・・。私、こんな事初めてで・・・。なんか、私達まで悪者にされているみたい」
ナオは、今の状況に、多少困惑しているのだろう。
薄暗い地下牢を目の前に、やや興奮気味な表情をしていた。
 地下牢には、幾つかの部屋があり、全てが重い鉄格子で封鎖されていた。
しかし、牢屋に投獄されている者は少なく、時間が遅い事もあるのだろう。投獄されている者は殆どが寝ているようで、起きている者も、不審気な視線をライラ達に向けているだけだった。
「やだ・・・」
囚人達の異様な目線に気が付いたのだろう。
ナオは、ライラの服に掴まる。
「大丈夫よ。相手は格子の向こう。心配はいらない事よ?」
平然と歩を進めるライラ。
牢屋の中は、意外と清潔だった。
粗末とはいえ、石のベッド。それに藁の布団。便所も水洗で、悪臭を放つ事はない。
 ライラは、牢獄の一番奥の部屋に足を運ぶ。
格子越しに部屋を覗くと、一人の男がいびきをかきながら、石のベッドに横たわっていた。
薄暗い部屋だが、体格から見て、ダルバスだろう。
ダルバスは、下着以外まとわぬ体でいた。
恐らく、彼の身にまとっていた物は、衛兵達によって、没収されたのだろう。
ライラは、小さな声でダルバスに呼びかける。
「ダルバス・・・。起きなさいよ・・・」
ライラの呼びかけに、ダルバスは起きる気配を見せない。
「ダルバスさん・・・」
ナオは、ライラの横で、ダルバスに話しかける。
だが、一向にダルバスは起きる気配を見せない。
「仕方ないわねぇ・・・」
ライラは小さいため息をつくと、牢屋の入り口の方へ視線を配り、自分のバックパックの中から秘薬を取り出す。
「静かにしていてね?」
ライラは、ナオに口を紡ぐように合図をする。
「あ・・・」
ナオは、何かを言おうとしたが、ライラがこれから何かをするのであろう事を察したのだろうか。ライラの行動を見守っていた。
 ライラは、秘薬を握りしめると、小さい声で詠唱を始めた。
魔法を使おうとしている事は、ナオにもわかる。
ライラは、詠唱を終えると、自分の手のひらを、鉄格子の鍵穴へと近づけた。
すると、鍵穴から赤い煙が見えたと思うと、カチャリといった、小さな音が聞こえる。
「何を・・・?」
言葉を発するナオを、ライラは静かに口を塞ぐ。
そして、ライラが鉄格子を押すと、それは静かに開かれたのだ。
もちろん、鉄格子には鍵がかけられてあったはずだ。
鉄格子の音を立てぬよう、ライラは、そっと扉を押し開く。
その様子に、気が付いた者はいないようだ。そう。ダルバスさえもだ。
ライラは、牢獄の中へと足を運ぶ。
ナオも、現状にとまどいながらも、ライラに着いてゆく。
「ダルバス・・・。起きなさいったら」
ライラは、ダルバスの耳元でささやく。
しかし、ダルバスは、先ほどの酒の酔いも残っているのだろう。
気持ちよくいびきをかきながら、起きる気配はなかった。
「まったく・・・。世話が焼けること・・・」
ライラはそう言うと、再びバックパックの中から、秘薬を取り出す。
ナオには、ライラが何をしようとしているのかがわからなかった。
鉄格子を開いたところで、ダルバスを逃がす事ができるのか。
まして、その様な騒ぎを起こしてよいものなのか。
今のナオには、黙って、今の成り行きを見守るしかない。
ライラは、再び詠唱を始める。
数秒の後、ライラの掌には、小さい小さい火の玉が現れる。
「いい?こういった馬鹿な男にはね、こうするのよ?」
ライラはナオを振り返り、表現のしがたい笑みを浮かべる。
そして、ダルバスに振り返り様、思い切り手を振りかざすと、掌の火の玉を、ダルバスの顔面めがけて叩き付けた。
ナオが制する暇もなかった。
ライラが放った火の玉は、寸分違わずダルバスの顔面に直撃した。
魔法の威力は加減しているのだろう。
しかし、一瞬とはいえ、ダルバスの顔面は炎に包まれた。
「ぐあああっ!あちぃっ!」
何が起きたのかわからないダルバス。
悲鳴を上げ、飛び起きる事になった。
「お目覚めかしら?ダルバスちゃん?」
悲鳴を上げるダルバスに、見下すような視線を送るライラ。
ダルバスは、まだ、何が起きたのかを理解出来ず、顔を両手で押さえつけていた。
「ちょ・・・っ!やりすぎなんじゃない!?」
うろたえるダルバスを見て、ナオは、あからさまにうろたえる。
「大丈夫よ。ちょっと、熱いだけだからね?」
ナオの訴えに、ライラは苦笑いしている。
見ると、ダルバス自慢のモヒカンからは、煙が上がり、先端は焦げてチリチリになっていた。
だが、それ以外の火傷や傷はないようだ。
「あぁ・・・?おめぇ・・・。おめぇら・・・。なんで、こんな所にいやがんだ?」
ようやく、現実を理解したのだろうか。
ダルバスは、目の前にいる2人を不思議そうに見つめる。
「ライラに・・・。ナオちゃんだよな?なんで、ここにいんだ?」
ナオは、心配そうにダルバスを見つめるが、言葉が思い浮かばないのだろう。ダルバスとの目線を併せにくそうに、伏せていた。
ダルバスは、ライラに問いかける。
「おめぇ、もしかして俺に魔法をかけ・・・」
ダルバスが言葉を発したその時だった。
ライラの両手が、ダルバスの頬を交互に捉える。
パーン、パーン、という音が、牢獄全体に響き渡った。
それと同時に、ライラは大声を上げた。
「この馬鹿!何考えてんのよ!私がどれだけ心配したか、わかってるの!?心配かけさせんじゃないわよ!」
ライラはダルバスを怒鳴りつけると、怒りの目でダルバスを睨みつける。
ナオは、あまりに突然の出来事に、呆然としていた。
まさか、魔法でたたき起こしたダルバスに対して、往復の平手打ちをするとは、予想もつかなかったからだ。
「あんたねぇ!私にこれ以上心配かけさせてどうすんのよ!あんたが、処刑されるかもしれないって気持ち、あんたにはわかるわけ!?それに、喧嘩相手を瀕死にさせてどうすんのよ!あんたは、馬鹿よ!」
ライラは、ダルバスに罵声を浴び続ける。
「あ、あの!ライラさん!気持ちはわかるけど・・・その・・・落ち着いて!」
明らかに取り乱しているであろうライラを、ナオは宥めかける。
その様子を理解するダルバス。
「あ・・・、その・・・。すまねぇな・・・」
興奮するライラ。そして、それを宥めるナオ。
その様子を見て、ダルバスは、今の自分に置かれた現状を、はっきりと理解したのだろう。
「ナオちゃんよ。悪かったな。奴らに挑発されたとは言え、俺も大人げなかった。すまん・・・」
ダルバスは、普段の元気はなく、しょげている。
「馬鹿じゃない?あんたも、いい大人なんだから、軽々しく喧嘩なんかするんじゃないわよ?」
ライラも落ち着いたのだろう。座っているダルバスに視線をしゃがみ込んで合わせる。
「私たち、これから何をするのか、わかっているわよね?私たちには、大事な目的があるでしょ?」

 ライラが言葉を発した時だった。
牢獄の入り口の方から、ただならぬ声が聞こえてくる。
「なんだ!今の音と叫び声は!」
衛兵達の声だ。
むろん、音と叫び声は、ライラがダルバスを平手打ちした音と、その後の声になるのだろう。
程なくして、数人の衛兵が、ダルバスの牢の前に集まる。
ダルバスの牢は、施錠してあったにもかかわらず、扉は開き、中にはライラとナオがいる。
「き、貴様ら!どうやって、牢の中に入った!」
興奮さめやらぬ様子で、衛兵達は、ライラ達に槍を突きつけた。
「やだ・・・。どうしよう・・・」
ナオは、突然の出来事に、ライラにしがみついていた。
しかし、ライラは慌てる様子なく、平然としていた。
「やっと、来たわね。あなた達、もう少し、警備をしっかりしたほうがいいんじゃないの?」
いきり立つ衛兵を前に、ライラはうすら笑いを浮かべてみせる。
「なにぃ!?」
衛兵達は、ライラの言葉の真意を探っているようだ。
「いいかしら?結論から言うわね?」
ライラはひと息置くと、ためらわず次を続ける。
「鍵がかかっていなかったの。鍵がかかっていなければ、開いてしまうのは当然よね?」
苦笑いを浮かべながら、ライラは格子を指さす。
「いいわよ?私たちを調べて下さいな?私たちは、盗賊や泥棒ではないの。鍵を開ける道具など、持っていないのですからね?それに、彼を逃がすために侵入したのであれば、とっくの昔に動いていると思いますけれど?」
そういうと、ライラはナオを自分の横に立たせると、鍵を開ける道具をない事を示そうとする。
「鍵をかけ忘れたなんて・・・。そんなことが・・・。おい!こいつ等を調べるんだ!」
そういうなり、衛兵達は、ライラとナオの体を一斉に調べ始める。
「ちょっと!変なところ触らないでよ!」
突然の出来事に、ナオは言葉を荒げる。
「いいから。私たちは、何も悪い事をしていないのだから、我慢しましょ?」
ライラは、荒れるナオをなだめる。
「おかしい・・・。こいつ等は、鍵を開けるような道具は何も持っていないようです」
首を傾げる衛兵。
「だから、言ったでしょ?これは、鍵をかけ忘れた、あなた達の怠慢なのよ?それに、別に、彼を連れ出そうとした訳じゃないんだから。別に、いいでしょ?」
 無論、衛兵達が牢屋の鍵をかけ忘れたわけではない。
鍵を開錠したのはライラ本人なのだ。
しかし、それは魔法を使っての開錠だ。
魔法を忌み嫌うブリタニアンにとって、それを理解したり、納得するのは不可能に近いのだ。
そして、ライラはダルバスを今、この場から逃がすつもりはないのだから。
 ライラが先ほど使った開錠の魔法は、風の精霊を使った物だ。
風の精霊を鍵穴に送り込む事により、鍵は解除される。
しかし、あまりに複雑な施錠や、高位魔法のかけられている施錠は、開錠困難な場合もあるという。
「さ。どうします?衛兵さん?私たちを、証拠不十分で逮捕するおつもりかしら?」
ライラは、衛兵達の前に一歩進み出ると、両手を差し出しする素振りをしてみせる。
「施錠し忘れたなんて、そんな馬鹿な事が・・・。しかし、こいつ等は・・・」
衛兵達は、理解しがたい現実に、困惑しているようだ。
その様子を背後から見ていたダルバスは、鍵を開錠したのは、ライラの魔法であると確信していた。
勿論、それを衛兵達に話す事はない。
「しょうがねぇなぁ」
ダルバスは、石造りのベッドの上に座り直すと、衛兵達に話しかける。
「鍵が開いていたのは、本当だぜ?そりゃ、誰だって、こんな所に放り込まれたら、まず扉を開けてみたくなるものなぁ」
含み笑いを浮かべるダルバス。
「ま。開いてはいたんだけどよ。そこで、逃げちまってもな?どうせ、おたくらに処刑されるがオチだからよ。そのまま逃げようとする馬鹿も・・・」
ダルバスがそこまで喋った時だった。
「貴様は黙っていろ!」
隊長らしき人物は、ダルバスを怒鳴りつけると、手持ちの槍をダルバスめがけて投げつけた。
槍はダルバスの頭部をかすめると、そのまま後ろの石壁に突き刺さった。
「お~。おっかねぇ。わかったよ。黙ってりゃいいんだろ?」
突き刺さった槍を見つめながら、かすめた頭部をさするダルバス。
「しっかし、すげぇ力だぜ。石壁に槍を・・・。ああっ!俺の髪が!髪が焦げてんじゃねぇかっ!てめぇ、ライラ!」
ダルバスは声を荒げる。
「貴様ぁっ!黙れと言うのがわからんのか!」
にじみよる衛兵。
その様子を見て、ナオはすかさずダルバスと衛兵の間に割って入った。
「待って。ご免なさい。私から、よく言い聞かせるから」
そう言うと、ナオはすかさずダルバスの元へと近寄る。
「ダルバスさん。お願いだから、静かにして」
その後、ナオは小声で続けた。
「また、ライラさんに叩かれたいの?今、あなたの髪の毛が焦げた事を伝えたら、ライラさんが魔法を使った事がばれちゃうじゃない」
ナオの言葉により、現実を理解したダルバス。
苦笑いを浮かべると、無言で再び頭をさする。
「いい?ダルバスさんは、無実なの。これ以上、事を荒立てないでね?」
そう、ダルバスに耳打ちすると、ナオは再び衛兵達の元へと戻る。
「ごめんなさい。彼、少し、混乱しているみたい」
隊長は、笑いかけるナオを押しのけると、ダルバスに問いかける。
「貴様、本当に、この鉄格子が開いていたというのか?」
威嚇するように、再びダルバスに槍を突きつける。
「あぁ。本当だぜ」
ダルバスは、両手をあげると、ふざけて降参の仕草をして見せた。
「ならば問う。なぜ、逃げぬ?」
突然、不可思議な質問をする隊長。
「なぜ・・・って。そりゃ、ここから逃げんのは、不可能だからだろうがよ。ま、警護している衛兵が、1人か2人位なら、魔がさすってこともあるかもな」
意味不明な質問に対して、ダルバスは不審気な表情を浮かべる。
事実、牢屋に投獄されたら、逃げるのは不可能に近いだろう。
万一牢屋から逃げ出す事に成功しても、町中で衛兵達に掴まるのは目に見えていた。
「貴様の真偽を確かめたくてな」
隊長はうなずくと、一人の衛兵を呼び立てる。
「先ほど、1人ならとか申したな。では、この男を倒してこの部屋を抜け出してみせよ」
そう言うと、その男を、入り口付近に待機させる。
「はぁっ?俺は、逃げる気はねぇぞ?何言ってんだ?」
あまりの出来事に、ダルバスは理解が出来なくなっていた。
「ねぇ。私たち、ダルバスをここから逃がすつもりはないの。明日、正式な審査がされるのでしょう?なぜ、こんな事を?」
ライラも、突然の話の成り行きに、少々困惑しているようだった。
「貴様ら、勘違いをするな。先ほども言ったように、この者が本当に逃走する気がなかったかどうかの、真偽を確かめるだけだ。もちろん、逃走を企てようと等すれば、即処刑だ。わかっているな?」
「だから、逃げる気はなかったって、言っているじゃねぇか」
ダルバスは、ふてくされる。
隊長は、ダルバスの言葉を無視すると、もう1人の衛兵から槍を受け取り、それをダルバスに手渡した。
「さぁ。これで、そこにいる男を倒して、この部屋から抜け出てみせよ」
渡された槍を見つめるダルバス。
「おいおい。こんなもん渡されて、相手に怪我をさせちまったら、どうすんだよ」
そう言いながらも、ダルバスは手渡された槍の感覚を確かめていた。
渡された槍は、パイクと呼ばれる物だった。
形状は、普通の槍と一緒だが、先端の刃の他に、かぎ爪状の刃がついているのが特徴だ。
「相手をするのは、この監獄でも一番の猛者だ。それより、自分の怪我を心配した方が良いのではないか?」
隊長は、やや嘲笑気味の表情を返す。
「いいのか?遠慮はしねぇぜ?」
ダルバスは、相手をにらみつける。
相手の衛兵は、ダルバスよりやや細身だが、筋肉質で、見るからに屈強そうだ。
「遠慮はいらん。かかってこい」
そう言うなり、衛兵は入り口の前を塞ぐような形で、戦闘の構えを見せた。
「あ~、悪ぃんだけどよ。俺は、出来れば斧の方がいいんだが。あるかい?」
構える衛兵をよそに、ダルバスは隊長へ伺う。
ダルバスは、武器である斧を所持して町には出てきていなかったのだ。
「かまわぬ。御主の真偽を確かめさせて貰うとしよう」
隊長は、1人の衛兵に指示をすると、斧を持ってくるように命ずる。
程なくして、両刃の斧が、ダルバスの元へと届けられた。
「私たちは、下がっていましょう」
ライラは、ナオの肩を引くと、部屋の隅へと移動した。
「でも・・・」
ナオは心配そうに、ダルバスと衛兵を見つめていた。
「大丈夫よ。ダルバスの力を信じてあげなさい?あなたも、ダルバスの力を見たでしょ?」
「それは、そうだけど・・・」
ライラは、何故、今この様な事をダルバスにさせるのかが、わからなかった。
この様な事をして、なんになるのか。
答えは、結果を見てみるしかないのだろう。

「いくぜ?」
ダルバスは、斧を構える。
普段、自分が使っていない斧とはいえ、やはり槍よりはこちらの方がしっくり来るようだ。
「両者構え!・・・勝負開始!」
隊長が、槍を石の床に突きつけたのを合図に、勝負は開始された。
 開始と同時に、ダルバスは一目散に相手に突撃していった。
武器のリーチは、相手の槍の方が長い。
相手の射程距離に入る寸前、ダルバスは、斧を衛兵に向け投げつけた。
とっさに、それをよける衛兵。
斧は衛兵をかすめると、通路の壁に激しく当たり、石壁を粉砕する。
破片が衛兵を襲う。
破片から顔を守ろうと、衛兵は片手でガードする。
衛兵は鉄製の鎧で全身武装していた。
したがって、石の破片ごときではダメージを与えられない事はわかっていた。
しかし、顔だけは別だ。
細かい粉塵は、鉄仮面の間から覗いている、目があるからだ。
 衛兵が飛び退いた瞬間、ダルバスは衛兵の懐へと飛び込む。
そのまま、落ちている斧を持ち上げると、斧の柄で、衛兵のあご下を突き上げた。
ガキッと鈍い音と共に、それは衛兵の手っ甲ではじかれる。
そして、斧の柄をはじくと、逆に槍の柄で、ダルバスの顔面をはじき飛ばした。
吹き飛ぶダルバス。
ダルバスは、転がりながら、再び部屋の中へと戻される形となった。
「っきしょ~」
はたかれた顔面をさするダルバス。
さする手の顔からは鼻血が出ており、手のひらには、血が付着していた。
「ダルバス・・・」
ライラは心配そうに、ダルバスを見つめていた。
ナオには大丈夫と言った手前、あまり不安そうな態度はとれないのだが・・・。
 再び構えるダルバスに、衛兵は突進する。
槍を下から振り上げ、ダルバスの胸元に狙いを定める。
ダルバスは防具を身につけていない。一撃でもまともに攻撃を喰らえば、ひとたまりもないだろう。
 空気を引き裂く鋭い音と共に、槍は振りかざされる。
ダルバスは素早く前進すると、それを左腕でガードした。
ミシリと言った感覚と共に、ダルバスの左腕に激痛が走る。
そのまま飛ばされそうになるのを、全体重で堪え、残りの右手で構えている斧を、力一杯衛兵の胴体めがけて振りはなった。
とっさに槍でガードする衛兵。
しかし、渾身の力を込められた斧の一撃は、槍を叩き折ると、それはそのまま衛兵の腹部を直撃した。
激しい金属音が室内に響き渡る。
斧の重さにまともに捉えられた衛兵は、そのまま壁へと叩き付けられる。
鉄の鎧を着ているとは言え、衛兵の鎧には、大きなへこみが出来ていた。
しかし、壁に叩き付けられた衛兵は、すぐさま立ち上がると、再び構えの姿勢を取った。
彼の両手には、折れた槍が握りしめられている。
折れた柄を投げ捨てると、刃のついている方をダルバスに向け構えた。
再び、ダルバスが襲いかかる。
槍は、既に半分以下の長さになっていた。
振りかざしても、ダルバスのリーチには届かないだろう。
衛兵は、折れた槍を、そのままダルバスへと投げつけた。
この至近距離からでは、避ける事は出来ないと踏んだのだ。
だが、ダルバスは放たれた槍をよけようとはしなかった。
再び、左手でガードすると、槍は、ダルバスの左腕に突き刺さる。
槍は、ダルバスの骨に突き刺さり、ダルバスの腕と一つになった。
それに顔をゆがめる事もないダルバス。
武器を失った衛兵に対し、強烈な一撃を見舞う。
背後が壁であったため、衛兵はかわす事が出来なかった。
両腕でガードするも、ダルバスの斧は再び腹部を直撃した。
壁に叩き付けられ、崩れ落ちる衛兵。
ダルバスは、斧を頭上に構えると、力一杯振り下ろした。
が。
ダルバスの斧は、衛兵の首もと直前で振り留められた。
衛兵は、意識はあるものの、動かなかった。
いや、動けなかった。
最後のダルバスの一撃で、体がしびれて、動けなくなってしまっていたのだ。
 ダルバスは、そのまま振り返ると、部屋の出口へと向かう。
そして、部屋の外に出ると、斧を捨て、左腕に刺さっている槍を、引き抜いた。

「それまで!勝負あり!」
隊長は、ダルバスに部屋の中へ戻るよう促す。
途端に、衛兵達は、床に転がり込んでいる同僚の元へと駆け寄った。
ライラ達も同様に、ダルバスの元へと来る。
「ダルバス!大丈夫!?」
ライラはすぐさま、ダルバスの傷口を確認する。
どうやら、ダルバスの左腕の骨は折れてしまっているようだ。
「ダルバスとやら。御主の真偽。確認した」
隊長は、負傷した衛兵をすぐさま治療するように命じる。
「いってぇ、何がわかったってんだ?結局、俺も、あいつも怪我をしちまったじゃねぇか」
荒い息をしながらも、ダルバスは隊長に悪態をつく。
「貴様が、本当に逃げる気が無かったのかどうかを、確かめたかったのだ。それだけの力量があれば、ここを抜け出せたかもしれぬ」
隊長は、運ばれていく衛兵を見ると、苦笑いをする。
正直、ダルバスがここまで衛兵を相手に闘えるとは思っていなかったのだろう。
まして、ダルバスは防具を身につけていないのだ。
「どういう試し方なのよ!ヘタしたら、ダルバスさんが死んじゃう所だったじゃない!」
初めて表情らしき物を見せた隊長に、ナオは食って掛かる。
「すまぬな。少々手荒い方法だったが、勘弁して欲しい」
荒れるナオをなだめる隊長。
「それにしても、貴様強いな。よほどの戦士と見受けるが」
傷ついたダルバスを、座るように促す。
「当たり前よ!ダルバスさん達はね、これからドラゴンをやっつけに行くの。とーっても強いんだから!」
 ライラは、ナオの発言を聞き、とっさに黙らせようとしたが間に合わなかった。
出来れば、この内容は派手にはしたくないのが本音だ。
「ドラゴンだと?」
隊長は暫く考え込む。
「もしかして、貴様ら、ベスパーの人間か?」
隊長は、ダルバス、ライラそして、ナオを不審気に見つめる。
「だとしたら、どうなのかしら?」
しばしの沈黙の後、ライラは口を開く。
「そうね。私たちの目的は、ドラゴン。いえ、古代竜を倒す事。何か、言いたい事でもおありで?」
ライラの発言は、その場の雰囲気を変えるには十分すぎるほどだった。
「古代竜?貴様ら、死ぬ気か?」
隊長は、ライラの発言に唖然とする。
無理もない。
古代竜を見た者すら殆ど皆無だというのに、それを倒そうとする。
端から聞けば、ただの戯言にしか聞こえないのだろう。
「そいつの言っている事は、本当だぜ?」
ライラと隊長のやりとりを見ていたダルバス。
「俺等はな。確かに、ベスパーの人間だ。そんで、おめぇさんも知ってんだろうが、ベスパーは、ドラゴン共によって、滅茶苦茶にされちまった」
ダルバスは、負傷した左腕を押さえながら、淡々と話し始める。
「俺たちはな・・・っと、言っておくが、そこにいるナオちゃんは違うがな。彼女は、そこの店で働いている女の子だがよ。俺等とは関係ねぇ」
ナオに苦笑いを浮かべるダルバス。
「俺たちは、おめぇさんの想像通り、古代竜をぶっ殺しにいく途中なのさ。ま、理解してくれってほうが難しいかもしれねぇがな」
ダルバスはライラを見つめる。
その瞳には、決意とも覚悟ともいえる眼差しがあった。
ライラは、その瞳を、憂い気な目で見つめていた。
古代竜討伐。
誰が聞いても、無謀すぎる話だろう。
これが、ドラゴンや、その古代竜達が頻繁に人間を襲うのであれば、話は違うのかもしれない。
それならば、人間達もそれなりの対応や準備もするのだろう。
しかし、ドラゴンたちが人間を襲ったのは、今にも過去にも、ベスパーを襲ったのが一回きりなのだ。
いわば、ドラゴンと人間は、隔絶された存在なのだ。
ブリタニア史上に残った惨劇とはいえ、それは、それだけの話。
人間側にとっては、これ以上ドラゴンを刺激しない。
それだけの話だった。
もともと、人間を攻撃しないはずであったドラゴンと戦うと言う事自体が、世間一般からすれば、おかしな話に見えるのも無理は無かった。
「貴様ら、何を言っているのか、わかっているのか?ドラゴン共を相手に、貴様らが・・・」
隊長がダルバス達を諭そうとした時だった。
「てめぇに、何がわかるっていうんだ!てめぇ!家族はいるか?友人はいるか?恋人はいるか?それらが、皆殺しにされてみろってんだ!てめぇに、俺等・・・、ベスパーの人間の気持ちなんて、わかってたまるかってんだよっ!」
ダルバスは立ち上がるなり、隊長の胸ぐらを掴み上げる。
ナオは、慌ててダルバスを止めようとするが、隊長は、抵抗をする素振りを見せなかった。
「そうか・・・。すまなかった。貴様らの決意が、私にはわからなかったようだ。すまぬ」
うなだれる隊長。
「いや・・・。こちらも、悪かった。感情むき出しで、人を傷つけたり、あんたに絡んで悪かったよ」
ダルバスは、掴み上げていた隊長を静かに下ろした。
「いや構わぬ。報告では聞いていたが、確かに気性は荒いようだが、今回の件は、お主に非は無いのかもしれぬな」
隊長の発言に、目を輝かせるナオ。
「え?じゃあ、このまま釈放してくれるの?」
ライラも同じ気持ちだろう。
しかし。
「それはならぬ」
「え?」
予想外の隊長の言葉に絶句するナオ。
「このダルバス殿の力量と真相と、貴様らの言い分はわかる。だが、法は法だ。ダルバスが傷つけた者達からの調書を取らねば、まだここから出す事は出来ぬ」
予想外の展開に、とまどいを隠せないライラ達。
「なに。心配するな。貴様らの言い分と、酒場の情報を集めれば、このダルバス殿の罪も晴れよう。はははっ!」
隊長は、晴れ晴れとした笑みを浮かべると、笑い飛ばした。
「それって・・・」
ナオは恐る恐る隊長を見上げる。
「あぁ。心配には及ばぬ。恐らくダルバス殿の罪は晴れるだろう。無論、この力馬鹿がこれ以上暴れなければの話だがな?」
隊長は、優しげな目でダルバスを見つめる。
「・・・隊長の旦那。それって、俺の事を言っているんですかい?」
ダルバスはばつが悪そうに頭をかく。
「当たり前だろうが!貴様は今刑に服しているのだぞ!今夜はおとなしくしているがよい!」
隊長はダルバスに叱咤をするが、その目には怒りの表情はなかった。
「まぁ、貴様らも今宵は休がよい。ライラ殿と申されたかな?何日かかるかはわからぬが、ダルバスが叩き伏せてしまったという2人の調書が取れれば、恐らくダルバスは無罪となる事だろう」
 どうやら、ダルバスが叩き伏せてしまったフィーンドとグランの体調まではここには伝わっていないようだったが。
「あぁ、あの2人はですね。ライラさんの力によって・・・」
全てを見てきたナオが、意気揚々と話そうとしたが・・・。
ライラはナオの言葉を遮り続けた。
「えぇ。問題ないみたいですわよ?私も治療院に行って見てきたんですけれど、思ったより軽傷だったみたいですわね?明日にでも回復しているのでは?」
迂闊な発言をしそうになったナオ。ライラの意図を察したのだろう。無言で謝罪をした。
(ゴメン。ライラさん)
不安げな目でライラを見つめるナオ。
(いいのよ?)
優しい目で答えを返すライラ。

 「おおそうか。では、明日にでもきゃつらの調書を取るとするか」
意外と軽傷との報告を受け、隊長は笑みを浮かべた。
「おぉ。では、早速なのだが、明日の朝、我々と同行頂く事は出来ぬだろうか?加害者と被害者との関連を纏めたいのでな」
隊長の提案により、早期解決が見えてきたダルバス達。
「お心遣い感謝いたしますわ。それでは、明日の早朝、またここに伺いますのでよろしくお願いしてもよろしくて?」
最大限の謝辞を述べるライラ。
「了解した。ダルバス殿はまだ釈放は適わぬが、せめて明日の調書を取るまでは堪忍願いたい」
「構わねぇぜ?俺は、高級な宿なんかじゃなく、寝られりゃ、何処でも構わねぇからな?」
ダルバスは、茶化しながら、ライラを見つめる。
「・・・もう一発喰らわないとわからないかしらねぇ?」
ライラはバッグに手を入れると、魔法を詠唱するふりをする。
「おっと。これ以上怖いお嬢様方を怒らせると、俺の身も危ねぇ。金は取られるわ、火の玉吹っ飛んで来るわで、さっさと寝るとしますかね?」
そう言うと、ダルバスは、石畳のベッドにすかさず潜り込む。
が・・・。
「痛ってえぇ~~~」
驚く一同。
ダルバスは、先ほどの戦闘で、左腕を負傷しているのだ。
骨が折れている状態で・・・。
「大丈夫か?ダルバス殿!?」
「大丈夫!?ダルバスさん!?」
「あんた・・・。馬鹿でしょ?」
隊長とナオとライラから心配と嘲笑を貰うダルバス。
「ぐ・・・あ・・・。だ・・・大丈夫だ!明日はライラが何とかしてくれる・・・はず!・・・だよな?」
ダルバスは、懇願の視線をライラに送る。
無論、これは魔法治療を願っている事になる。
「さぁ~?私に何か出来るのかしらねぇ~?私は医者じゃないし~?まー、旅の相方って意味合いでは看護してあげてもいいけれどねぇ~?」
ライラは、自慢のブロンズ色の髪を、指でクルクル巻きながら素知らぬふりをする。
「なっ!てめぇライラ!てめぇだったら、まほ・・・」
悶絶するダルバスの口を押さえたのはナオだった。
「ね?今日は寝ましょ?これ以上、ライラさんに迷惑をかけるつもり?明日まで、我慢し・ま・しょ?」
ナオの発言と行動に気が付いたダルバス。
無論、それはライラが魔法使いとばれぬことだった。
「・・・わりぃ」

 「何を話しているのかな?」
ダルバス一同のやりとりがわからない隊長。
「あっ!いえ、なんでもないです。ダルバスさんがさっきの戦闘で痛いらしいんですが、明日まで我慢するそうです」
ナオは、精一杯の擁護に勤める。
「?そうか?ともあれ、今日は女性達は帰るがよい。夜も更けている事だしな。よければ宿までの護衛を付けようか」
意外な隊長の提案だったが、ライラ達は丁重にお断りすることにした。
「大丈夫よ!だって、ライラさんって、もの凄い強いんだもんっ!ドラゴンをやっつけに行く人だからねっ!」
ナオはライラと腕を組む。
「あ、あはは。まぁ、そういう事なのよね。大丈夫よ。無事に宿まで帰るから」
ライラは戸惑いながらも、この無邪気なナオに合わせるしかなかった。
「そうか。ならば、このままお別れする事にしよう。では、明日の正午にお会いする事にするか」
護衛を断ったライラとナオ。
「では、また明日の正午にお会いします事よ?」
「バイバ~イ。また明日ね?」
牢獄の門を抜けると、隊長に挨拶を交わすライラとナオ。
それを見送る隊長。
その時。
「おぉ。すまぬな。私の名を申していなかった。私の名は、リスタだ。リスタ クライシスと申す。明日、ここを訪れたら私の名を申しつけてくれ」
本日最期の挨拶を貰ったライラとナオ。
「あぁ、ごめんなさいね。私もきちんとした挨拶をしていなかったわ。私の名は、ライラ。ライラ ルーティンよ?」
ライラは名乗ると、腰をかがめて挨拶をする。
「あ・・・、私はナオ。ナオ フレイアと言います」
「ライラとナオか。良い名前だな。では、また明日の正午にここでお会いする事にしよう」
リスタはそう言うと、踵を返しブラックソン城へ姿を消していった。

 ブラックソン城を後にしたライラ達。
時間は既に深夜になっていた。既に人通りもなく、居酒屋などの飲み屋も店じまいをし、犬や狼の遠吠えだけが木霊していた。
水面に映る半月の2つの月も地平線に影を落とし、ブリテインには静寂が訪れていた。

「は~・・・。怖かったぁ」
闇夜の明かりに照らされながら、ナオは呟く。
「やっぱり、怖かった?」
傍らを歩くナオに、ライラは語りかける。
「当然ですよ~。初めての牢獄に、ダルバスさん達の戦闘ですよ~?怖いに決まってるじゃないですか~」
ナオの反応は、ライラから見ると「怖い」というか「初めて見る斬新なもの」に興奮してきた子供のように見えていたのかもしれない。
無論、ナオは率直な意見を言っている訳だが。

「ごめんなさいね?あのダルバスの馬鹿につき合わせてしまったんですものね?」
歩きながら、ライラはナオに呟く。
「ば・・・馬鹿なんてっ!とんでもないですっ!ダル・・・いえ、あなた達は、ドラゴン・・・古代・・・竜?に立ち向かおうとしているんでしょう?・・・ごめんなさい!私にはわからない世界です!」
ナオは今持っている知識で、相手に無礼のないように言葉を探す。
それが、ライラにはとても嬉しかったのだろう。優しげな笑みをナオに送っていた。
「うふふ。ありがとね!私にも、ナオのような妹がいればよかったのに」
ライラはそう言うと、傍らを歩いていたナオを抱きしめる。
「ちょ・・・。ライラさん。やめてよ~。恥ずかしいよぉ・・・」
恥ずかしがるナオ。
「ありがとね。ナオ。ダルバスの事を伝えてくれていなければ、私達の旅がどうなっていたかはわからないわ。あの馬鹿。たまに暴走するからね。あなたがいてくれてよかった・・・。ナオ。ありがと・・・ね?」
ライラはナオを優しく抱きしめると、額にキスをした。
「恥ずかしいですよぉ~」
ナオはライラの腕の中で拒むふりをする。
「でもまぁ。今回の件はダルバスにとってはいい薬だったかもね。これで、暫くはおとなしくする事でしょうね」
ライラはナオの抱擁を解くと、ブラックソン城を振り返る。
「・・・痛すぎる薬みたいだったけどね」
苦笑いを浮かべるナオ。

 2人は闇夜のブリテインを歩き、ユニコーンの角亭の前まで到着した。
時間は深夜のせいか、既に店じまいをしてしまったようだ。
「どうするの?お店は閉まっちゃたみたいだけれど?」
ライラはナオに問いかける。
「この時間じゃね。後かたづけも終わったみたいだし、店長に悪い事しちゃったかな」
店を見ると、片付けたとはいえ、入り口の扉は粉砕し、片付けられた瓦礫が店の脇に積まれてあった。
入り口の前には、グランが残したであろう血痕も生々しく残っていた。
「はぁ~・・・。これ、全部ダルバスがやらかした暴挙なのね?」
現場の壮絶さを目の当たりにして、ライラは項垂れる。
「弁償するのに、いくらかかると思ってんのよ~。あの馬鹿ぁっ!」
項垂れるライラに、慌てるナオ。
「え?あ、その。暴挙とか・・・その弁償とかは、ダルバスさんがする必要はないと思いますよ?」
ライラはふざけて、恨めしげな顔でナオを見つめる。
「だって、全ての原因は、あの男の人達だし、弁償はあの人達にしてもらいます!」
ナオは必死にライラを元気づけようとしている。
「うふふ。そうね。だったら明日、リスタ隊長に、きっちりと調書を取って貰わないとね」
顔を上げるライラ。
「そうですよぉ。明日頑張ろう?」
ナオは顔を輝かす。
「それで?あなたはどうするの?お家に帰るのよね?家はどこにあるのかしら?」
「あ、私はちょっとお店の中を確認してからにするね。家はこのお店の一室を借りているんで心配しないで」
「それなら安心ね。家が遠かったら送っていこうと思っていたんだけれどね」
ホッとするライラ。いくらブリテインが平和だとは言っても、犯罪が無い訳ではない。暗い夜道を、ナオ一人で帰らせる事に不安も感じていたのだ。
「それじゃ、私は宿に帰る事にするわね。明日の正午にブラックソン城で落ち合いましょ?」
「はい。ライラさんも気を付けて帰ってね?変な人もいるかもしれないから気を付けて」
「大丈夫よ。変なのが出てきたら、燃やしてやるんだから」
「あはは!そうね!」
ライラは手を振ると、宿へ向かい歩を進める。
ナオはライラが見えなくなるまで、見送っていた。

 翌日。
ライラは出発の準備を整えると、チェックアウトをし、宿の精算を終える。
宿の外に出ると、ライラは一人呟いた。
「なんで、私がダルバスの分まで払わなくちゃいけないのよ。後で倍にして返して貰う事にしましょうかね?」
ライラの手には、ライラとダルバスの荷物があった。
無論、ダルバスの荷物をそのままにはしておけないからだった。
まして、ダルバスの斧は大きく重たく、ライラは背負って歩くような形となってしまった。
ライラは、その奇妙な格好を、すれ違う通行人に不思議な目で見られながら、ブラックソン城へ向かう事にする。

 ブラックソン城に到着すると、既にナオは到着していた。
「あ!ライラさんだ!」
嬉々としてライラを迎えるナオ。
「こんにちはナオ。昨夜は色々とありがとね?」
挨拶をするや否や、ライラは重たい荷物を地面に降ろす。
「うわー。凄い荷物!私、手伝いに行けば良かった」
ここまで持ってきたライラを気遣うナオ。
「あぁ。いいのよ。私も今朝になって気が付いたからね。まったく・・・、ダルバスの荷物は重いったらありゃしない」
「ゴメンね。わかってれば、私、お手伝いに行ったのにな」
ナオは、ダルバスの斧の重さを確認すべく、ちょっと持ち上げてみた。
「おっ、おっも~い。ライラさん良く持ってくる事が出来たね。ライラさんも力持ちなんですねぇ?」
ナオは斧を持ち上げてみるが、持ち上げるのが精一杯のようだ。
「あぁ。それなら・・・ね」
「何?」
「ほら、私には魔法があるでしょ?それをちょっと利用したのよ」
「え?どういう意味?もしかして、荷物を浮かべる魔法があるとか?」
無論、魔法という世界をしらないナオには、未知の領域だ。
「あはは。そんな魔法があったら便利でしょうね。でも、違うわよ。私が使ったのは、一時的に筋力を上げる魔法よ」
そう言うと、ライラはナオの胴体を掴むと、ヒョイと持ち上げて見せた。
「うわっ!ライラさん凄い!」
ナオの体型は小柄な方ではあるが、やはり人間としての重量はある。
それを、女性が軽々と持ち上げている事に驚嘆したようだった。
と、その時だった。
突然、ライラの腕がブルブルと震えたかと思うと、一気に力が抜ける。
「やば!」
「きゃっ!」
2人が悲鳴を上げると同時に、ライラとナオは地面に崩れ落ちる。
「いった~」
「いた~い」
お互いに起きあがると、ぶつけた箇所をさすっていた。
「ナオ、御免なさいね?どうやら、魔法の効力が切れてしまったみたいなの。迂闊だったわね」
ナオを確認すると、転んだ程度なので怪我はないようだった。
「そうだったのか~。気にしないでね。私は平気だから」
「ありがとうナオ」
そう言うと、ライラはナオの服に付いた砂埃を丁寧にはたいてあげた。
ちなみに、今ナオは「仕事中」ではないので、服装は青い長袖のシャツに革のロングスカートといった、至って普通の服装だ。
「でもやっぱり、魔法って便利なんですね~。普段の生活で使えたら便利だろうなぁ。薪で火をおこすのも、昨日の魔法だったら、簡単なのにな~」
ナオは改めて魔法の力を感心していた。
「まぁ、便利な時もあるけれどね。でも、昨日の治療院でのような出来事は良くある事なのよ?万能とは言えないわね?」
ライラも自分の砂埃を払いながら、魔法の利便性をナオに説明した。

 と、その時。
ブラックソン城の奧から一人の男が出てくるのが見えた。
「リスタ隊長が来たわね」
ナオは昨夜の出来事を思い出したのか、さりげなくライラの背後に隠れる。
リスタの格好は、昨夜と同じなのだろうが、日中に見ると、またイメージが変わっても見えた。
磨き上げられたプレートメイルや盾など。太陽の光を浴びて輝いていた。
「お待たせした。両者とも揃ったようだな」
リスタは2人に挨拶を交わす。
「昨夜は、騒ぎを起こして申し訳ない事をしてしまいましたわね。ごめんなさいね?」
ライラはリスタに頭を下げる。
「何、気にする事はない。鍵をかけ忘れたこちらにも非があるのでな」
むろん、リスタはライラが魔法で鍵を開鍵したななどとは、ゆめゆめ思ってもいない。
「ありがとう。それで?これからどうするのかしら?治療院へ行けばよろしいのかしら」
「そうだな。私と共に治療院までご足労願おうか」
歩を進めるリスタだったが、ライラは呼び止める。
「あ、この荷物をここで預かって頂けないかしら?もう、重たくって重たくって仕方がないわ?」
「おお。そうであったな。では、早速城内へ運ぶとしよう。しばし待たれよ」
そう言うと、リスタは全ての荷物を軽々と持ち上げると、城内へ運び込んでいった。
「凄い・・・。魔法も使っていないのに・・・」
ライラの後ろから、感嘆の声を上げるナオ。
「まぁ、私達は女性だしね。リスタ隊長もダルバスも戦士だから、それなりに鍛えてあるのよね」
内心ライラは安堵していた。
自分たちで荷物を持つとしたら、また魔法を使わなければならないだろうし、魔法の効力が切れるたびに、こっそりかけ直していたのでは大変だろう。

 と、ここでライラはちょっとした悪戯を思いつく。
「ねぇ、ナオ。あなたも、魔法使いになってみる気はない?」
「えぇ!?どういう事?私、魔法使えないよ?」
唐突なライラの発言に驚くナオ。
「そうね。厳密に言えば、魔法使いになった気分にさせてあげるわよ?」
突然のライラの提案に、ナオは全く理解できない様子だ。
「ちょっと動かないでね」
そう言うと、ライラは周りに人がいないかを確認して、バッグの中から秘薬を取りだすと詠唱を始めた。
程なくすると、ライラの手の平から白い煙が立ち上がり、その煙をナオの身体に纏わせた。
煙は暫くナオの身体に纏っていたが、程なくすると雲散霧散する。
「一体何を・・・?」
当然、魔法をかけられると言う事自体の経験がないナオ。不安な表情を隠しきれない。
「大丈夫よ。怖い事なんてないわ。あなたを力持ちにしてあげたのよ」
クスクスと笑うと、ライラは近くに転がっている大きめの石を指さした。
石の大きさからみて、重量はダルバスの斧と同じくらいに見える。
「あの石を、頭上まで持ち上げてご覧なさい?」
石を見つめるナオ。
「え~。無理よぅ。重たいじゃないですか~」
即座には、ライラを信じる事は出来ない。
「いいから。ものは試しよ。持ってご覧なさい?」
そう促すと、ライラはナオを石の前まで導いた。
ナオは半信半疑ながらも、石を両手で持ち上げようとする。
「・・・え?」
石は軽々と持ち上がり、ナオのお腹の辺りまで持ち上がった。
「軽い!」
そう言うと、そのまま頭の上まで持ち上げてしまった。
「・・・信じられない。これ・・・。軽石じゃないよね?これが、魔法の力なの?」
ナオは、持ち上げた石の種類を見極めようとしながらも、やはり怖いのだろうか。石はすぐ降ろしてしまう。
「どう?魔法使いになった気分は?」
ライラは悪戯っぽく笑う。
「やっぱり凄い!ライラさん凄い!」
ナオは満面の笑みを浮かべてライラにしがみつく。
と、ふと疑問に思う。
ライラは、何故このような事をしたのだろうか。
確かに、面白い現象ではあるが、今ここでする意味があるのだろうか。
「でも、ライラさん。なんで突然こんな事を思いついたの?」
率直な質問をライラにぶつける。
「なんて事ないわ。ただの気まぐれよ。でもね・・・?」
ライラはナオに顔を近寄らせると、何やら小声で説明し始めた。

 暫くすると、リスタが戻ってきた。
「お待たせしたな。荷物の方は、城内の方で厳重に預からせて頂く。ご安心召されよ」
「助かりましたわ。この用事が終わりましたら、受け取りに伺います事よ?」
ライラは深々とお辞儀をし、礼を述べる。
「それとですね?突然で申し訳ないのですが、昨日のお詫びといってはなんですが、手品など見てみたくありません事?」
「手品だと?」
突然のライラの提案に、リスタは驚いているようだ。
「それは構わぬが・・・、今ここでか?」
いきなり手品など、何を考えているのかと、リスタは訝しむ。
「えぇ。簡単な手品ですが、このナオがご覧致します事よ?」
そう言うなり、ナオが口を開いた。
「は~い!私が手品を披露しちゃいま~す!では、今からリスタ隊長を軽くして、私が持ち上げちゃおうと思いま~す」
そう言うと、ナオはリスタの前に立ちはだかる。
「私を持ち上げるだと?笑止!私はそれなりの体重もあるし、防具も身につけているのだぞ。いくら手品とは言え、そなたのようなか細いおなごが持ち上げる事など出来るはずがないではないか。そのような戯れ言を申すのではない」
正直信じがたい内容に、リスタは笑いを隠しきれないでいた。
「は~い。信じられないのも無理はありませ~ん。でも、手品だから出来ちゃうので~す!では、リスタ隊長を軽くするおまじないをかけま~す!」
そう言うと、ナオはリスタの前で祈祷をするような素振りを見せ、リスタの腰元を掴む。
「やれやれ・・・。無駄だと申すのに・・・」
呆れ顔のリスタ。
「それでは持ち上げちゃいま~す!」
ナオは力を込める。
普通であれば、成人男性でもリスタを浮かせる事すら不可能であろう。
「ふんっ!」
いくら魔法がかかっているとはいえ、先ほどの石のようにはいかない。
ナオが力を込めると、リスタの身体が少し浮かび上がる。
「うぉっ!」
驚愕の声を上げるリスタ。
ナオは更に力を込めると、地面から拳5つ分位までの高さまでリスタを持ち上げた。
そして、身体をクルクルとリスタを持ち上げたまま回転させた後に、地面へと降ろした。
あまりの出来事に、驚愕を隠せないリスタ。
「信じられぬ。本当に、この私の身体を持ち上げてしまうとは・・・。まるで魔法のようではないか」
まさにその通りなのだが、無論種明かしはしない。
「魔法じゃありませ~ん。手品で~す。これにて終了で~す!」
ナオは元気良く挨拶をすると、手品の終わりを告げる。
「種明かしが欲しいところだが、手品であれば、それは無粋と言うものだな。いや、良い体験が出来た。感謝するぞ」
リスタはナオに礼を述べる。
「うん。隊長さんが喜んでくれてよかったよ」
ナオも、まんざらではない気分だ。
それを見ているライラは、笑いを堪えるのに必死な様子だ。

 まさに魔法のような手品を披露して満足がいった一行。
「さて手品をもっと楽しみたいところだが、いつまでも遊んでいる訳にはいかぬからな。そろそろ行くとしよう」
リスタは、ずれた装備を手直しする。
「そうね。では行きましょ?」
リスタを先頭に、ライラ達は治療院へと足を運ぶ。
治療院はそれなりに混んでおり、軽い怪我人や、咳き込んでいる人達などがいた。
奧の寝台を見ると、フィンドとグランがいて、寝台の上に座り込んで、何やら話しているようだった。
「よかった。回復しているみたいね」
ライラは安堵のため息を漏らす。
「私は複雑だな。だって、あの人達がお店に来なければ、ダルバスさんが捕まる事もなかったし、お店も壊れる事もなかったからね」
複雑な心境を語るナオ。
「まぁまぁ、あんなのだって死んでいいってわけじゃないでしょ?」
「それは、そうだけど・・・」
「それと、うっかり手を挙げたりしたら駄目よ?まだ、さっきの魔法の効果が残っているかもしれないからね?」
ライラは耳打ちする。
すると。
「どのようなご用件でしょうか?お怪我ですか?ご病気ですか?」
ライラ達のもとに、一人のスタッフが声をかけてきた。
「私は、ブリテインの衛兵の隊長を務めるリスタという者だ。先日の夜、喧嘩が原因でここに運ばれてきた男が2名おるだろう。その者達から、調書を取りに来たのだ。お目通し頂けるかな?」
リスタは名乗ると、手早く用件を伝える。
「あぁ。昨夜の方ですね。奧の寝台にいますよ。回復もしているので、会話も可能です」
奧の寝台を指さすスタッフ。
と。
「あ!あなたは昨日の・・・」
声を上げるスタッフ。このスタッフ、昨日ライラ達を追いかけてきて謝罪を行った者だった。
と、ライラはリスタに気が付かれぬように、自分の口に指を当てた。
無論、これは、昨日の魔法治療には触れないでくれとの意味があった。
魔法自体犯罪ではないが、リスタに魔法のことを知られると、少々面倒くさい事になりかねないからだった。
そのことにスタッフは察したのだろう。
「あ、昨日お見舞いに来てくれた方達ですね。どうぞ、ご自由にお通り下さい」
スタッフは一礼すると、足早に他の患者のもとへ向かう。
「さ。行きましょ?」
ライラはホッと胸をなで下ろすと、治療院の奧へと足を運ぶ。

 寝台に近づくと、フィンドとグランがなにやら話をしていた。
と、突然ライラがリスタとナオを制止した。
フィンドとロランの会話が耳に入ったからだ。
厳しい視線をリスタとナオに送ると、2人とも理解したのか素知らぬふりをし始めた。

「酒に毒を盛って殺るってのはどうだ?」
「いいかもな。奴は昨日の酒場には現れないかもしれない。だが、他の酒場や宿には現れるに違いない」
「探し出して、マスターを脅して毒を仕込むか」
「いい考えだ。残念ながら力では適わないようだが、これなら殺れる」
「間違えて他の客を殺しちまったらどうする」
「知った事かよ。ダルバスの野郎。俺に恥をかかせやがって。ぜってーに殺してやる!」
「おい。衛兵がいるんだ。静かにしゃべれよ」
気絶していたフィンド達は、ライラの事を知らない。衛兵もまさか隊長だとは思ってもいないだろう。
ナオは相手の顔を覚えていたが、フィンド達はダルバスのイメージが強く、隣にいたナオはよく覚えていないようだった。
まして、フィンド達はダルバスが投獄されている事を知らない。彼らは、今でもこのブリテイン内を、ダルバスが鼻歌交じりに徘徊していると思っているのだろう。

「・・・聞いた?」
ライラはリスタ達に目配せをする。
「確認した」
「非道い・・・」
フィンド達が相談していたのは、紛れもなくダルバス暗殺計画だった。
「前言撤回しようかしら。あのまま、くたばっていた方がよかったかもね?でも、死なれたらダルバスに殺人罪の容疑もかかるし・・・。はぁ、助けてやったのが、徒となったかもしれないわね」
ぼやくライラ。
「ん?助けてやったとはどのような意味だ?ライラ殿は医学の心得でもあると申すか?」
ライラのぼやきを聞き逃さなかったリスタ。疑問に思うのも当然だろう。
「あ、その・・・。ライラさんも、少し医学の知識を持っていて、昨日ここであの人達の治療に荷担したの。それで、あの人達は助かったんだよ?」
慌てて、ナオは補足する。
「なるほどな。なれば、なおのこと。恩義を徒で返すなど問答無用。この場で叩き伏せてくれようぞ」
激昂するリスタ。しかし、ライラはそれを宥める。
「いいのよ。公開処刑などで、人の血を見るのも嫌だし、無駄に人命を奪わないで。あの馬鹿共には、投獄などの正式な裁きをして欲しいの」
「しかし・・・。人の命を奪おうとしているきゃつらには、制裁が・・・」
戸惑うリスタ。
「いいから。私達は彼らの命を奪う事は望まない。いい?」
ライラは真摯な眼差しで、リスタに訴えかける。
「・・・。あいわかった。特例ではあるが、きゃつらの命はライラ殿に免じて、今は預かる事にしよう」
そう言うと、リスタはフィンド達の寝台に歩みを寄せた。

 突然の衛兵の訪問に驚くフィンド達。
「な・・・なんだよ。衛兵か?」
フィンドはためらう。
「お主ら、先日の夜に、ユニコーンの角亭にて騒動を起こした者達だな?」
リスタの質問に対し、一瞬の沈黙が流れる。
「あ、あぁ。そうですよ。私達は、酔っぱらいのダルバスって野郎に、いきなり殴りかかられたんだ。あの野郎、問答無用で襲いかかって来て、ダイスゲームを楽しんでいた俺達を、あっという間にボコボコにしやがったんですよ」
フィンドは悪びれもなく、昨夜の事をリスタに報告する。
「嘘よっ!最初に挑発したのは、あんた達じゃないっ!」
フィンドの発言を聞き、思わず言葉を荒げるナオ。
「なんだ?あの女は?」
グランはナオを睨み付ける。
「私、知っているんだからね!あなた達が、ダルバスさんを挑発して、攻撃して、それで反撃したダルバスさんにやられちゃったんじゃないっ!」
事の一部始終を説明するナオ。その目には、涙さえ浮かんでいた。
「ば・・・、馬鹿言うな!俺達は、奴に襲われただけだ!それで、仕方なく刀を抜いたが、それでも・・・その・・・駄目だったけどな」
グランは、肯定しようと必死だったが・・・。
「嘘を申すな!既に、その時にいた客からの事情聴取と、このナオからの聴取は済んでいる!そして、店のマスターへの殺傷未遂!武器を持たぬダルバスへの斬りつけ!これを、どうもって、お前らの無罪を証明すると言うのだ!」
リスタの一喝により、フィンド達は黙り込む。
「よいか。そして、傷ついたお前らを治療したのは誰だと思っている!それは、ここにいるダルバスの旅の相方であるライラ殿だぞ!彼女は責任を感じて、お前らの治療をしたというのに、それをなんと心得ているのだ!」
それを聞いて、フィンド達は、信じられないといった表情になる。
「あなた達、馬鹿ね。私の店に来てそんな事をして。特にグランさんは瀕死だったんだよ?肋骨が折れて・・・。死んでもおかしくなかったんだよ?それを、このライラさんが助けてくれたんだからね」
我慢できなくなったのだろう。ナオがぽつりと呟く。
一瞬ライラは慌てたが、魔法には触れていないので、落ち着く事になる。
「肋骨が折れてだって?折れてないじゃないか。嘘を言うのもたいがいにしな」
グランは、胸元を探ると、これといった負傷をしていないのを確認する。
「あなた。馬鹿ね。この世には、凄い治療法があるんだよ?ライラさんは、それが出来るの。お礼の一言でも言ったら?」
ナオは淡々と呟いて、グランを諭す。
グランは思い出す。
ダルバスの巨体で、アバラが折れた感触と記憶。そして、肋骨が肺に突き刺さり、吐血をした記憶。確かに、あれは夢ではない。
「まさか・・・。本当に、この一夜で折れた骨が・・・?」
狐に包まれたかのような顔になるグラン。
「嘘か本当かを信じるのはあなた次第。でも、これが現実だよ?」
表情を変えず、ナオは現実のみを語る。
「罪を認めるか?お前らには、挑発罪・脅迫罪・器物破損罪で拘留の罪状が出されている。おとなしく投降するか、この場で切り捨てられるかを選がよい」
リスタはフィンド達に詰め寄る。
「ちょ、ちょっと待て!ダルバスを挑発したのは認めるよ!でも、俺は店の物を何も壊しちゃいないぜ?壊したのはダルバスだろ?」
何とか罪を軽減しようと抗うフィンド。
「馬鹿者が!お前が、人を挑発しなければ、このような事態には至らなかったはず!しかも、お前は店のワインボトルを叩き割っているだろうが!」
激怒するリスタ。今にも抜刀してもおかしくない状態だった。
「隊長~。抑えてね~」
ナオは、ビクビクしながらリスタに呟く。
そして。
「お前ら。これだけの罪で済むと思うなよ?お前らが先ほど画策していた、殺人計画。これを知らぬと思ったか!」
リスタの発言により、青ざめるフィンド達。
「そ・・・それは・・・。頭に来たので、仕返しを考えてはいましたが・・・。その・・・冗談です」
完全に下手になってしまったフィンド達。言い訳のしようが無いようだった。
「冗談で済むか!大馬鹿者がっ!お前ら、ダルバスの暗殺であれば、一般市民を巻き込んだり、人を脅しても構わないと画策していたな!言語道断!このブリテインの治安を脅かす者には天誅を下す!」
そう言うと、リスタはスタッフに声をかけた。
「つかぬ事を伺うが、ここにいるのは罪人だ。早速投獄の準備をしたいのだが、治療は済んでいるのか?連行しても構わぬだろうか?」
その問いに対し。
「大丈夫だと思います。先日、そこにいるライラさんが治療に協力してくれたので、思いもよらず早く回復したみたいですね」
と、スタッフからは、フィンド達にとって絶望の言葉が発せられた。
「そうか。ご協力感謝する」
そう言うと、外に待機していた衛兵達に合図すると、数名の衛兵達が治療院に入ってきた。
「皆、患者達に配慮せよ。ここは治療院だ。騒がず速やかにあの者達を連行するがよい」
「はっ!かしこまりました!」
衛兵達はリスタの指示通り、フィンド達を拘束する。
「お、おいっ!俺は怪我人だぞ!もう少し優しく・・・。痛ぇっ!」
「ふ、ふざけんなっ!俺は何も悪い事などしていないっ!」
フィンドとグランは抵抗をするが、衛兵達の前では無意味な行為だった。

「これで・・・」
ライラは期待の目をリスタに向ける。
「あぁ。全ては終わった。ダルバスの罪は晴らされよう」
リスタはライラに優しく語りかけた。
すると・・・。
「よかった。これでダルバスも釈放される。旅が続けられ・・・」
そう言うなり、ライラは床に崩れ落ちてしまった。
「ちょ・・・。ライラさん!大丈夫!?」
慌てて、ナオがライラを支えるが、ライラの意識はない。
「ど、どうしたというのだ!おい!治療班!怪我・・・いや病気・・・いや・・わからぬ!とにかく大変なのだ!至急来てくれ!」
倒れ込んでしまったライラ。治療院にいたという事が幸いしたのだろう。
ライラはすぐさま寝台に搬送される事が出来た。

 程なくして。
ライラは寝台の上で目を覚ました。
「ここは・・・?」
ライラは、寝台に寝かされた状態で当たりを見渡す。
目を開けると、目の前には、涙を一杯に浮かべたナオがいた。
「ナオ・・・」
力無い言葉でナオの頬に手を添える。
「よかった・・・。ライラさんが目を覚ました。もう!死んじゃったかと、思ったんだよ?」
ナオはそう言うと、大粒の涙を流しながら、ライラに抱きついた。
「うふふ。大丈夫よ。ありがとね?心配かけちゃったかな。安心して、力が抜けちゃったみたいね。ごめんなさいね?」
ライラは、ナオを優しく抱きしめる。
ナオは、ライラの腕の中で大泣きしていた。
その時、治療院のスタッフが近寄ってくる。
「意識を取り戻したようだね。精神的に疲弊していたようでの現象みたいだね。少し休んでいけば大丈夫かな?ま、所詮魔法使い。死ぬ時は死ぬってことかな?あはは!」
目を覚ましたばかりには強烈とも思えるスタッフの発言。
この言葉には、さすがのナオも激昂した。
「あんた、それでも治療院のスタッフなの!?人の命を助ける人の言葉なの!?」
言うや否や。
ナオの右手が、スタッフの頬を捉えた。
バーンという炸裂音と共に、平手打ちをされたスタッフは吹き飛んだ。
豪快な音と共に、スタッフは壁に叩き付けられる。
「うそ・・」
ナオは自分のしてしまった事に驚く。
相手を引っぱたいただけのつもりが、相手を吹き飛ばすとまでは思わなかったのだ。
どうやら、先ほどの筋力を上げる魔法の効力が、まだ残っていたようだ。
「いって~・・・。なんつー馬鹿力な女だ・・・」
無論、それが魔法の力だとは思わないスタッフ。
「ご・・・ごめんなさい。こんな事になるなんて・・・」
ナオは、床にへたり込み謝罪する。
「くそ・・・。まぁいい。先日の魔法も、現実に治療に効果がある事を見ている事だしな。挑発して悪かったよ。ま、魔法を治療には認めないけどな。というか、お前みたいな力馬鹿の治療はしたくないよ。まるで、せん妄状態の患者みたいだ」
幸い、スタッフに大きい怪我はないようだ。反撃をしてくる様子もない。
リスタ達は、フィンド達の連行のために治療院の外で活動しているので、内部の様子は伝わっていないようだ。
「その・・・ごめんなさい。怪我はないですか?」
予想外の出来事に、ナオは慌てふためく。
「大丈夫だよ。痛いけどな。・・・お~痛ぇ。これだから、女は怖い怖い」
そう言うと、スタッフは、逃げるようにもとの業務に戻っていった。
それを見ていたライラ。
「うっ!うふふふふ。あははははっ!」
寝台の上で笑い転げるライラ。
「ナオ!あなた最高っ!」
ライラは起きあがると、ナオを力一杯抱きしめた。
「ちょっ・・・。ライラさん苦しいですぅ・・・」
ライラの腕の中でもがくナオ。
「御免ね。なんか、妙におかしくなっちゃって。最高に面白いわね」
ライラは、笑い涙を浮かべながら、ナオを離す。
「心配かけちゃったわね。もう、大丈夫よ」
寝台から起きあがるライラ。
「え?もう大丈夫なの?」
慌てるナオ。
「えぇ。確かに疲弊していたのと、安心が重なって虚心してしまったみたい。大丈夫よ。病気や怪我じゃないからね?」
ライラは、軽くストレッチをしてみせると、自分が大丈夫な事をアピールする。
「よかったぁ。ライラさんが崩れ落ちた時、どうしようかと思っちゃった」
ようやく復活したライラに、ナオは安堵の笑みを浮かべた。
「・・・私、どれくらい寝込んでいたのかしら?まさか、数日も経っていないわよね?」
不安げな表情を浮かべるライラ。
「あ。心配しないで。15分位しか経っていないから」
ナオは時計を見つめる。
「そう。よかった・・・。じゃ、これからダルバスを迎えに行けばいいのね?」
安堵の息を漏らすライラ。
「そう・・・なるかな?今、リスタ隊長が、彼らを拘留しているみたいだから、その後になるのかな?もうそろそろだと思うけど」
ナオも、ブリテインの法律に詳しい訳ではない。
犯罪者が拘束され、今その手続きが行われているといったイメージしかなかった。
「そう?じゃ、とりあえず治療院を出ましょ?」
ライラはそう言うと、身の回りの荷物を整理し、寝台を後にする。
「あ御容体は大丈夫ですか?」
声をかけてきたのは、先日謝罪をしてきたスタッフだった。
「えぇ。大丈夫みたい。私もちょっと、疲れていたみたいね。ご迷惑をおかけして申し訳なかったわね?」
ライラは突然の入院に謝罪する。
「いえ。こちらこそ、先日の非礼をお許し下さい。今でも、まだ反発する声はありますけどね」
「いいのよ。世の中、そんなもんなんだから。ま、昨日も話したけれど、興味があるのであれば、ライキューム研究所へ行ってご覧なさい?」
「わかりました。時間が取れれば行ってみたいと思います」
謙虚なスタッフに手を振り、ライラ達は治療院を後にする。

 外に出ると、フィンド達の連行は済んでいるようだった。
リスタは、残った衛兵達に次の指示を出しているようだ。
「おお!もう歩いて大丈夫なのか。どこか具合が悪いのではないか?」
リスタは、ライラの体調を気遣う。
「心配おかけしてごめんなさいね。でも、もう大丈夫。緊張の糸が解けて、倒れちゃったみたいね」
謝罪するライラ。
「そうか。わからなかったとは言え、ライラ殿とダルバス殿には、こちらもかなりの負担をかけていたようだな。すまぬ」
「いいのよ。気にしないで頂戴ね」
くすぐったいような表情を浮かべるライラ。
「ねぇ。ダルバスさんはどうなるの?」
ナオは、すがるような視線をリスタに送った。
「おお。すまぬな。では、これよりブラックソン城に戻り、ダルバスの釈放手続きをしようぞ」
リスタは、残っている衛兵に、ダルバス釈放の手続きをするよう促すと、衛兵は駆け足でブラックソン城へ向かっていった。
「これで、ようやく解決したわね。は~、昨日の夜から今までが、異常に長く感じたわよ」
「大丈夫?また倒れたりしない?」
不安げな様子を見せるナオ。
「さすがに、もう大丈夫よ。ありがとうね?」
「さて、我々も出発するとしよう」
リスタはそう言うと、ブラックソン城へと足を運ぶ。
「そういえば、ダルバスさんって怪我をしているんだよね。大丈夫かなぁ」
道中、ナオはライラに話しかける。
「大丈夫でしょ?出来れば、腕一本じゃなく、全身の骨でも折ってクラゲみたいにでもなって、行動不能になっていた方が、あの馬鹿にはいい薬なのよ」
物騒な発言をするライラ。
「ライラさん・・・。本気で怖いです」
冗談なのはわかっているが、戦慄するナオ。
「はははははっ!最近のおなごは怖いと聞くが、誠なのだな」
2人の会話を聞いていたリスタは、笑い声を上げた。

 賑やかに会話をしながら歩いていると、程なくしてブラックソン城へ到着する。
牢屋の階段を下り、入り口までたどり着くとそこにはダルバスが腰を下ろしていた。
左腕の負傷か所には、添え木がされ、包帯が巻き付けられていて、治療は施されたようだった。。
「ようやく牢屋からも棄てられたみたいね。牢屋も、この困ったちゃんの扱いにはさぞかし困った事だったでしょうねぇ?」
開口一言。強烈な皮肉を放つライラ。
「痛烈・・・」
ナオは苦笑いを浮かべるしかない。
「お・・・おめぇ。俺を生ゴミや躾の出来ていねぇガキみたいな言い方するんじゃねぇっ!」
わかってはいたが、ライラの強烈な皮肉に反論するダルバス。
「あらぁ?そのまんまね。わかっているじゃない」
わざと見下すような態度をとるライラ。
と、との時。
ナオは、側にあった机を持ち上げようとする。そして一人頷くとダルバスの前に立った。
「ダルバスさん?ちょっと御免ね?」
言うや否や、ナオの両手がダルバスの両頬を捉える。
パーンという音が牢屋に響き渡り、一瞬の静寂が訪れた。
「な・・・、いきなり何しやがる!」
突然の出来事に戸惑うダルバス。無論、ライラとリスタも目を丸くしていた。
「ダルバスさん!あなた、ライラさんがどれだけあなたを心配したかわかっているの!?」
叫ぶナオをライラは制止するが、ナオは構わず続けた。
「ライラさんはね、あなたが釈放されるとわかった時、倒れ込んで気を失ってしまうほど緊張していたのよ?確かに、今回の件は、あの男達が原因だけど、ダルバスさんも、少しはライラさんの気持ちをわかってよ!」
ナオの目には、うっすらと涙さえ浮かんでいた。
「ちょ・・・ナオ。いいから。いいから・・・ね?」
ライラはナオを宥める。
「ダルバス。良かったわねぇ。ナオはさっきまで『手品』で、もの凄い力持ちになっていたのよ?その力で、あんたの顔をはたいていたら、あんたの顔はペシャンコになっていたでしょうねぇ?」
ナオが先ほど机をいじったのは、魔法の効果が切れているかを確認するためのものだ。そして、切れているのを確認した上で、ダルバスに平手打ちをしたのだ。
「悪かった・・・。すまねぇ。・・・その、ライラよ。迷惑をかけちまった。許してくれ」
ナオとライラの気持ちがわかったダルバス。素直に詫びを入れると、しょぼくれてしまった。
「ははは!やはり、最近のおなごは強いのだな。ダルバスよ、これ以上女性に迷惑をかけぬよう勤める事だな」
リスタは事の成り行きを優しい目で見つめている。
「まぁ、いいわ。今回は、かなりきついお灸になったみたいだけれど、これに懲りたら、簡単に喧嘩なんかするんじゃないわよ?」
ようやく安堵の息を漏らすライラ。無論、本当に怒って等はいなのだろう。
「ダルバスさん、ごめんなさい。でも、私ライラさんと一緒にいて、どれだけ心配していたかがわかったから・・・」
ナオは、ダルバスの前にちょこんと座り込むとお辞儀をする。
「いいってことよ。俺も悪かったからな。というか、なんで俺は、昨晩と今とで女性陣からビンタを喰らわなきゃいけねぇんだ。恥をかきっぱなしじゃねぇか」
ダルバスの呟きに、一行からは失笑が漏れた。
「ところで、問題のあの男性2人は?」
フィンドとグランの所在が気になるライラ。逃亡でもされて、また襲いかかってこられたら面倒だからだ。
「あぁ、あいつらなら、俺と入れ違いに牢屋にぶち込まれたぜ。くっくっくっ。すれ違う時の、あの恨めしそうな顔ときたら。お前らにも見せてやりたかったぜ」
おかしそうに振る舞うダルバスを、リスタは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「まぁ、可哀想だけれど仕方がないわね。それで?どのくらい投獄されているのかしら?」
それも、ライラの気になるところだった。自分たちの行き先は殆ど知られている。釈放された後に、逆恨みで追いかけてくる事を警戒しているのだ。
「それなのだが、これから審議のため、明確な日数は出ていないのだ。ただ、本来であれば公開処刑されてもよいほどの罪なので、数日で釈放などは、絶対にありえぬな。恐らく数年に渡る刑期となるだろう」
「そう。それなら、暫くは安心して旅を続けられるわね。追いかけてこられたら困るからね」
胸をなで下ろすライラ。

「そして?お主らはこれから旅を続けるのか?すぐにでも出発されるのかな?」
リスタの発言により、ナオはライラ達との別れが来た事に気が付いた。
僅か一日とはいえ、様々な出来事があり、ライラとも姉妹のように仲良くなれた。
そう思うと、非常に名残惜しさがこみ上げてくる。
「ねぇ。すぐに出発するの?」
ナオはライラの袖を掴む。
「そうねぇ・・・。どうしようかしら・・・」
ライラは悩み込む。
旅自体は、それほど急ぐ理由もない。しかし、ブリテインに長く滞在する理由もないからだ。
「ね。今夜は私のお店で食事をしない?ほら、ダルバスさんも怪我をしていることだし・・・ね?」
ナオは理由をつけながら、せめて今日一日だけはと、引き留めようとする。
「そうね。私もナオとお別れするのは辛いからね」
ライラとナオのやりとりを、ダルバスはポカンと見ていた。
いつの間にか、仲良くなっているライラとナオ。
自分が投獄されている間に、何があったのかが、全く理解できなかった。
その時。
「私の話も聞いて頂いてよろしいかな?」
リスタが口を開いた。
「ライラ殿は、治療に長けていると伺った。折れた骨も、翌日には治るほどの腕前があるとかな」
「え・・・えぇ。」
突然のリスタの質問に戸惑うライラ。
「無論、この後にダルバス殿の治療を行われるのだろうが、明日には完治していると思って良いのかな?」
「個人差はあると思うけれど、多分・・・ね」
これに関しては、あまり追求されるのは困る。ライラは表現を曖昧にする。
「それで・・・。本来勤務中に私情を挟むのは良くないのだが・・・。ダルバス殿の治療が終わったら、私と手合わせを頂けないだろうか?」
「手合わせ!?」
リスタの提案に、ダルバスとライラは同時に声を上げた。
「いや、先日のダルバス殿の力量を見て、相当な戦士とお見受けした。ダルバス殿が万全な状態で、一度手合わせを頂ければ幸いと思ってな。私も隊長を務めさせて頂いているからには、それなりの自信もあるのでな」
それを聞いたダルバスは、嬉しそうな声を上げた。
「嬉しいねぇ。俺も、喧嘩なんかじゃなく、試合として力を振るいてぇもんだ。隊長に勝てなければ、ドラゴンなんて到底無理な話だからな。勿論、容赦しねぇぜ?」
鼻息を荒くするダルバス。
「おぉ。手合わせ頂けるか。無論、こちらとて容赦などする気はない。首を洗って待っておるのだな」
嬉々とするリスタ。
それを見ていたライラは頭を抱える。
「はぁ・・・。これだから筋肉馬鹿の男達って・・・。脳みそまで筋肉で出来ているんじゃないかしら」
がっくりと肩を項垂れて見せた。
「でも凄い。町を護る衛兵の隊長さんと、旅行者のダルバスさんが試合をするなんて。なかなか見られないよ?」
ナオも不安そうではあるが、この展開に心を躍らせているようだ。
「はいはい。筋肉馬鹿達のお話はわかりました。じゃあ、今夜は宿を取って、晩ご飯はナオと一緒に食べましょ?」
「ほんと?じゃあ、私、お店に先に行って、店長と話してくる!う~んとご馳走を用意して待っているからね!」
ライラの発言を聞き、ナオは狂喜乱舞した。
「余り無理しないでね」
喜ぶナオを、ライラは宥める。
「ううん。いいの。あっ!良かったら隊長さんも来て下さいね!それじゃ、私行くから。夜になったらまた来てね!」
そう言うと、ナオは意気揚々と牢屋の階段を駆け上がっていった。
それを見送る一行。
「なんか・・・。俺の知っているイメージと違うな」
首を傾げるダルバス。ダルバスのイメージは、夜の時のナオしかなかったからだ。
「いい子じゃない。私、すっかりあの子のことが気に入ってしまったわ?ダルバスも、ああいう子が好みなのかしら?」
茶化すライラ。
「ば・・・、馬鹿野郎!そう言う意味じゃねぇ!おう、隊長さんよ。明日の試合はいつ、何処でやる気だい?」
強引に会話をそらすダルバス。
「そうだな。では明日の正午でどうだろう。場所は、このブラックソン城の中庭でいかがかな?」
「わかったぜ。それまでには傷も癒えてるだろうから、そっちも万全の支度をしておくんだぜ?」
「言われるまでもない。明日を楽しみにしようぞ」
約束を交わすダルバス達。
「それじゃ、私達も、今日はおいとましましょうかね?」
時刻はそろそろ夕刻に差し掛かろうとしている。ライラは帰宅を提案する。
「そうだな。はぁ・・・またあの宿か。まぁいい、今夜は石畳じゃなく、柔らかいベッドで寝る事にするか。っと、隊長さんよ。さっきナオちゃんが言っていたが、これも何かの縁だ。一戦交える前に、一緒に食事と洒落込まないかい?」
「いや、お心遣い大変感謝する。しかし、今宵は遠慮させて頂こう。公務がまだ残っているのでな。それに、明日の試合のために万全の準備をしたいのでな」
ダルバスの提案に、丁重な断りを入れるリスタ。
「そうか。気合いが入ってんだな。俺も、今日は深酒せずに、明日の準備をするとしますかね」
ダルバスも気合いが入るのだろう。頭の中では、隊長との戦術が駆けめぐっていた。
「さて、貴様らの荷物はここに届けてある。これを持って宿まで行くがよいだろう」
部屋の傍らには、ダルバスとライラの荷物が置かれていた。
「感謝いたしますわ。それでは、今日は帰る事にしますわね。また明日、お会いしましょうね」
ダルバス達は、各々の荷物を手にすると、リスタに別れを告げた。

 ダルバス達は、ブラックソン城を後にすると、先日の宿へと足を運ぶ。
「お~痛てて。ライラよ。悪ぃが、宿に着いたら魔法での治療を頼むわ」
まだ腕の骨が折れているダルバス。歩いているのも辛そうだ。
「情けないわねぇ・・・。骨の一本や百本で悲鳴をあげているんじゃないわよ。それでも男なの?ほら、寄こしなさいな」
ライラはそう言うと、ダルバスのバックパックを奪い取る。
「お・・・おい。それ、結構重たいぜ?」
慌てるダルバス。
「うっさいわね!あんたは、その馬鹿みたいに重たい斧だけを持って来ればいいの!右手が空いていれば問題ないでしょ?」
そう言うと、ライラは先にスタスタと歩いていってしまう。
「・・・こりゃ、適わねぇな」
ダルバスは頭をかくと、ライラの後を追いかける。

 程なくして、ダルバス達はスィート ドリームズに到着する。
ここは、ブリテインではトップクラスの宿だ。決して安い宿代ではない。
ライラは、ダルバスの不満を考えて多少躊躇するも、今夜もこの宿に宿泊する事に決めた。
「先日もここでお世話になったのですが、今夜もここに宿泊をしたいの。お部屋は空いているかしら?」
ライラは、コンシェルジュに訪ねる。
「えぇ。空いておりますよ。では、先日と同じく、シングルを二部屋でよろしいですか?」
対応したコンシェルジュは、先日と同じ人だ。先日の接客を覚えているのだろう。
「えぇ。そうね。それでお願いね。あ、でも、夕食は今夜はいらないわ。明日の朝食だけお願いね」
夕食はユニコーンの角亭で食べるので、その旨を伝える。
「かしこまりました。では、お部屋にご案内いたします」
先日同様。ダルバス達は部屋に案内される。
ダルバスとライラは、お互いの部屋に入り、ようやく落ち着く事が出来た。

 そして。
「ダルバス?治療をしたいんだけれど、いいかしら?」
ライラは、ダルバスの部屋をノックする。
「おお。いいぜ。入ってくれて構わないぜ」
ライラが扉を開けると、そこには下着一枚のダルバスがいた。
「あんたねぇ・・・。私、一応女なんだけれど?レディを迎え入れるのに、なんて格好しているのよ」
呆れ顔のライラ。
「あ?何を今更言ってんだ?こんな事、昔からしょっちゅうじゃねぇか。なんだったら、おめぇもパンツ一丁で来いや?あぁ、すっぽんぽんでも、構わねぇがな?うひひ?」
下ネタ全開のダルバス。相変わらず、デリカシーなどない。
「それじゃ、ただの変態女じゃないの。はぁ。火力全開で燃やしたくなってきたわね。ま、いいわ。とっとと、治療をするわよ?」
ため息をつきながら、ライラはダルバスの傍らに座り込む。
「っと、誤解すんなよ?俺は、昨日から湯浴みをしていねぇ。湯浴みをしようとしていたところに、おめぇが来たんだからな」
ダルバスは慌てて体裁を取り繕う。
「はいはい。わかりました事よ?じゃ、とっとと治療して、とっとと滾る熱湯にでも飛び込みなさいな?」
ライラは嘲笑すると、バッグから秘薬を取り出し、ダルバスの治療を試みる。
「悪ぃな。俺も、明日に備えて、早く治しておきてぇからよ」
「はいはい。わかったから、筋肉馬鹿は黙っていなさいな」
そういうと、ライラは詠唱を始める。
程なくすると、青白い光がライラの掌から現れ、光は中を舞う。
ライラが、ダルバスの左前腕部に手をかざすと、光はその中へと入り込んでいった。
青白い光は、ダルバスの左前腕部の中で発光していたが、程なくすると消えていってしまった。
「お?」
「まだよ!まだ、身体を動かさないで・・・」
ライラは興奮するダルバスを制すると、暫く身体を動かさないようにダルバスを諭す。
待つ事数十秒。ダルバスは、自分の身体に起こった事象を理解した。
「・・・お。おぉっ!治った。治ったじゃねぇかっ!痛みも殆どねぇ!すげぇ!これが魔法の力か!」
正直、ダルバスも、ライラの魔法の力は何度か目にした事はあるものの、実際の恩恵を受けた事は無かった。
「よかった・・・わね。面倒・・・かけさせんじゃ・・・ないわよ・・・」
そう言うと、ライラは、床に崩れ落ちる。
「お・・・おい!ライラ!どうした!?しっかりしろ!」
突然の出来事に、ダルバスは慌てふためく。
力無く横たわったライラを、ダルバスは抱え込み、ベッドに乗せた。
「うふふ。ありがとうねダルバス。・・・でもね?馴れ馴れしく私に触ってんじゃないわよ?」
そう言うと、ライラは素早く詠唱すると、掌に現れた小さい小さい火の玉を、ダルバスの顔面に押しつける。
「ぐあぁっ!てめ・・・何しやがんだっ!」
ダルバスは、顔面を押さえつけ悶絶する。無論威力は最小限に抑えてある。火傷などの心配はない。
「心配してくれて、ありがと。でも、お触りは、だ・め・よ?」
これは、ライラの照れ隠しだった。
やはり、まだ緊張の糸は切れていなかったのかもしれない。
気を付けてはいたが、ダルバスの治療を行う事により、安心したのだろう。
治療院の時もあるが、やはり、まだ完全に安心していなかったのかもしれない。
「うふふ。私はファイアエレメント。迂闊に触ると、火傷をすることよ?」
横たわるベッドの上で、優しく微笑むライラ。
「・・・。何を言ってやがるっ!俺にはてめぇが訳わからんっ!治療をしてくれたのには感謝するぜ?でも、いきなり崩れ落ちるわ、火の玉ぶつけられるわ、理解不能と言うしかねぇっ!」
ライラの行動と微笑みが、交錯しているのだろう。ダルバスは困惑を隠しきれなかった。
「あははははっ!ダルバスちゃんも子供ねぇ?こんな幼稚な手に引っかかるとはね?」
ライラは起きあがり、ダルバスを見つめると、腹を抱えて笑い転げた。
勿論、これもライラの照れ隠しに過ぎない。
心配してくれたダルバス。でも、素直に受け入れる事が出来ない。
それ故の対応だった。
「なんなんだ。おめぇ・・・。倒れ込んだと思ったら、今度は爆笑していやがる。・・・なぁ、本当に身体は大丈夫なのか?疲れているんだったら、今夜は、このまま休んでもいいだぜ?」
ダルバスは、普段は見せない優しさをライラに向ける。
それが、ライラの笑いの壺に入ったのだろう。
「めっずらしいわねぇ?ダルバスが私の心配をしてくれているの?これは、天変地異が起きても、おかしくないわね?古代竜も、今頃即死しているんじゃなくて?あははははっ?」
ライラは、笑い転げる。
「てっ!てめぇ!俺は本気でお前の事を心配してんだぞっ!それをなんだっ!笑い転げるなんて失礼じゃねぇかっ!」
ライラの様子を見て、ダルバスは憤慨する。
「そうね。ごめんなさいね。ね。でも、ダルバスは本当に私を心配してくれたのよね?」
ライラは、わざと真顔に戻ると、悪戯っぽくダルバスを見つめた。
「お・・・おぅ。当たりめぇじゃねぇか」
ライラの視線から目をそらすダルバス。
それに対して、笑いと恥ずかしさがこみ上げるライラ。
「ま、いいわ。とりあえず、昨日湯浴みもしていないこんな臭いベッドになんかいられないしね」
ライラはそう言うと、身を起こしベッドから立ち上がる。
「く・・・臭いって、おめぇっ!俺は座っただけだ!寝ころんでもいねぇんだぞ?」
ライラに翻弄され続けるダルバス。
「はいはい。これから湯浴みをするんでしょ?私も湯浴みをするから、その後に食事に出かけるとしましょ?」
ライラはダルバスをあしらうと、部屋から出て行ってしまった。
治療を終えたダルバス。なんとも言えない気分になり、ダルバスは湯浴みをするしかなかったようだ。

 数刻後。
湯浴みを終えたダルバスとライラは、宿のフロントで合流する。
「ふ~ん。ようやく生ゴミから、ただのゴミに生還する事が出来たみたいね。ま、臭わないだけ合格点を上げる事よ?」
相変わらず毒舌のライラ。
「ゴミって・・・。はぁ。最初、この宿に来た時は『これ』扱いだったのに、ゴミに降格かよ!もういい!今回の事件は全て俺が悪い!何とでも言えやっ!」
半ばやけくそ気味のダルバスだった。
「はいはい。そんなゴミダルバスちゃんでも、まだ旅は待っているのよ?さ、お食事に行きましょうね?」
ライラはそう言うと、ダルバスの背を押し、宿を後にした。

 時は夕暮れだった。
とは言え、陽は既に水平線に消えかかり、程なくして夜が訪れるだろう。
ライラは、途中川にかかった橋で足を止める。
川には、消えかかりそうな陽が、名残惜しそうに川面に光を残していた。
「綺麗ね・・・。私達ベスパーも、川や橋が多かった町だけれど、ベスパーで見る夕焼けとブリテインでは全く違うのね」
足を止めたライラはポツリと呟く。
「あ?そんなもん、どこでみても、全く変わらねぇじゃねぇか」
つまらなさそうに、川面を見るダルバス。
「ベスパーか。みんな元気にしているのかな・・・」
ライラは思い出す。
ベスパーでの事件はもちろんの事、失ってしまった両親である、ロランとセルシア。そして、数少ない魔法の素質を持った友人達との切磋琢磨した一時。ベスパーを復興させようとして、一致団結した人々。
そして、ダルバスと古代竜打倒への復習を誓った日々。
しかし、感傷に浸っていても仕方がない。ライラには成すべき事が目の前にある。
ライラは、それを多い出す。
「ったく。相変わらずのデリカシーのない筋肉馬鹿ね。ま、確かに私達は先に進まなければいけない。そうでしょ?だから、あんたも少しは、夕焼けを楽しむって事くらい理解しなさいな?」
目の前の風景を楽しむ余地もないダルバスを一蹴すると、ライラは歩を進めた。
「まったく・・・。女の考えている事は、理解出来ねぇなぁ・・・」
ダルバスは、頭をかきながらライラの後を追うしか出来ないようだ。

 程なくして、ユニコーンの角亭に到着するダルバス達。
見ると、扉は修復され、店の脇に置いてあった瓦礫は撤去されていた。
店の前の血痕も、洗い流されたのだろうか、見る影もなかった。
「あんたが、ここで行った残虐行為は、既に隠滅されたようねぇ?よかったわね?」
ライラはダルバスを振り返る。
「あ~。悪かったよ!くどいようだが、俺が悪い!だから、今夜は旨い飯をたらふく食おうぜ?銭も俺が全て出す!」
ダルバスは、まな板の上の鯉のようになり、ライラを宥める。
「あぁ、そう。じゃ、私とナオで、最高級のお食事とお酒を頂くとするわね?遠慮はしないわよ?」
投げやりのダルバスを後に、ライラは店の扉を開けた。

「あっ!待ってました!ライラさん!」
元気な声で迎えたのは、無論ナオだ。
店の準備をしていたナオは、嬉々として真っ先にライラに飛びついてくる。
「ナオ。今日は、このダルバスが、どんな高級料理やお酒でも、ぜ~んぶ奢ってくれるんだって。だから、遠慮無くご馳走を出して頂けるかしら?」
ライラはナオとじゃれ合いながら、ダルバスを茶化す。
「ふざけた事言いやがって・・・」
しかし、ダルバスには反論の余地が無い事はわかっている。
すると。
「ダルバスさんじゃないですか!」
声をかけてきたのは、マスターだった。
「大丈夫でしたか?当店のナオから話は伺いましたが、何でも大変な思いをされた事と伺いました。先日は折角ご来店頂けたのに、大変な目に遭わせてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
非常に丁寧な対応をするマスターに、ダルバスはとまどいを隠せない。
「いや・・・。待ってくれ。俺も、おたくの店に迷惑をかけちまった。酔っぱらっていたとはいえ、店の物を壊したりしちまったからな。弁償させてもらう。いくらだ?」
ダルバスも、自分のした行いに反省しているのだろう。マスターに対して、最大限の謝辞を述べた。
「と、とんでもない!あれは、あの男性客2人が行った暴挙です。あなたは、被害者なんですよ?攻撃をされたら反撃をする。当たり前じゃないですか!それに、私はあなたに命を助けられました。あの時、ダルバスさんが起きあがらなかったら、私は殺されていたでしょう。そのような命の恩人あなたに、損害賠償を求めるなんて、出来ませんよ!修理費用はあの2人に請求します!」

 マスターは、あくまでも謙虚だった。
確かに、ダルバス達が、ベスパーでのドラゴン襲撃に対する被害者だという擁護意識があって故の、ダルバスへのひいき目があるのは否めないかもしれない。
しかし、先日の事件はダルバスだけでなく、マスターでさえ刃を突きつけられるという被害を受けている。
これは、ダルバスが擁護を受けても仕方が無いとも言えた。
「いや・・・そう言ってくれるのは嬉しいが・・・、事実、俺はこの店の備品を壊してしまっているからなぁ・・・」
困るダルバス。それを見かねたのか、ナオが口を開いた。
「何言ってるの?そもそもは、あの馬鹿な2人がダルバスさんに絡まなければ、こんな事には無かったはずでしょ?大丈夫。お店の損害は、あの2人に請求するし、リスタ隊長もわかっているから」
ナオは、困惑するダルバスを宥める。
「そうよ?私も昨晩この惨劇を見た時に、どうやってダルバスを調理してやろうかと本気で悩んだんですからね。ま、ナオが事の真実を話してくれたから、多少は安心したけれど、それでもダルバスは許し難いわね?」
ライラは、ダルバスを追撃する。
「あ~わかったよっ!なんで、そこまで俺は追いつめられなくちゃなんねぇんだ?おう!マスター!この店で最高級の酒と料理を出してくれ!山盛りでな!金の心配はしねぇでいいぜ!?」
ダルバスは観念したかのように悲鳴を上げる。
「かしこまりました。しかし、ナオからの陳謝もありますので、格安でご提供させて頂きます」
マスターもこのような状況を楽しんでいるのだろう。暴利をむさぶることは無いようだ。

 その後。
ダルバス達のテーブルには、次々と沢山の料理と酒が振る舞われた。
先日の鶏の丸焼きや、チーズの盛り合わせ、ステーキ、揚げ物、魚料理、野菜の煮込み料理、挽肉を焼いた物など。そして、お酒はワインを始め、麦酒、芋酒、米酒など、数え切れないほどのご馳走が皆の舌を楽しませた。
なお、この日のナオは、「仕事」ではなく、客としてライラ達と食を楽しむ事となる。
今夜は、ライラとナオもお酒を嗜み、美味しい料理に舌鼓を打つ。
ダルバスも、明日の試合があるというのに、上機嫌で酒をあおっていた。
「ダルバスさんってね。お酒が入って上機嫌になると偉そうになるんですよぉ?だって、自分の事を『俺様』って言い始めるからびっくりしちゃった」
ナオは麦酒を片手に先日の事をライラに語る。
「ああ。いつもの事よ。気にしない事ね。全く、本当に何様のつもりかしら?」
ライラはナフキンで口元を拭うと、軽蔑の視線をダルバスに送る。
「おぅ!俺様は俺しゃまだ!大層なことらねぇか。ヒック!」
既に酔っぱらいのダルバス。
ライラとナオは、ダルバスの様子を見ながら苦笑いするしかなかった。
さすがに、今夜はダルバスに絡む客もなく、安心して食事を取る事が出来た。
そして、宴が始まってから数刻。
楽しい宴はたけなわとなった。

「あー美味しかった!宿の食事も良かったけれど、私はこっちのお店の料理の方が好きね」
ライラはお腹をさすると、笑みを浮かべる。
「良かった!ライラさんのお口に合わなかったらどうしようかと思っていたの。お世辞でも嬉しい!」
ライラの感想を聞き、満面の笑顔を浮かべるナオ。
「お世辞なんかじゃないわよ?本当に美味しかったんだから」
ライラは本心からの発言だ。それに、食事には雰囲気という物も大きなスパイスとなる。今宵は本当に楽しい一時が過ごせたのだろう。
「そうらじぇ?またたりゃふく、くわしぇてくれよ?」
既に呂律が回らないダルバスだ。
「ったく・・・。明日試合があるというのに、本当に馬鹿なんだから。まぁいいわ。マスター、ごちそうさま。おいくらになるかしら?」
ライラはマスターに精算を求める。
「あ、では100GP頂きます」
提示された金額に驚くライラ。
「え?100GP?桁が2つ違うのでは?」
ライラが驚くのも無理はない。
ダルバスが先日食事をした時は1300バーツだった。ライラも、それくらいの相場は心得ている。
だから、今日の様な大盤振る舞いのような食事の時は、最低でも軽く7~8000GPはいくと見積もっていたのだ。
「え?マスターいいの?って、私達は大助かりだけどね?」
これにはナオも驚いていた。
「高すぎるかな?じゃあ、5GPでいいよ。あぁ、お金が無いのであれば別に無期限でツケにしても構わないけどね」
おくびれる事もないマスター。
「・・・マスター。もしかして、ふざけているか、酔っぱらっているか、壊れちゃった?」
あまりの金額に、ナオは訝しむ。
「いいんだよ。今回は、ダルバスさんは命の恩人であり、釈放祝いでもあるからね。遠慮なんかいらないよ。なんなら、もっと食べていくかい?」
上機嫌なマスター。先にナオが色々と根回しをした事もあるが、よほど、ダルバスとライラが気に入ったのだろう。
「お心使い感謝いたしますわ。でも、本当によろしいの?お金の心配は、ダルバスがいるから気にしません事よ?」
感謝を延べながら、さすがのライラも躊躇せざるを得ないようだ。
「おい。マシュターが、いいって言ってんらから、甘えりゅことにしようじぇ?マシュター。ありゅがとうな」
酔っぱらいながらも、事を理解しているのだろう。ダルバスも感謝しているようだ。
「あんたは黙っていなさい!・・・仕方ないわね。じゃ、ダルバス。約束通りご馳走になるから、とっとと支払いなさいな?」
そう言うと、ライラはダルバスに支払いを促す。
「しょう、大声だしゅんじゃねぇよ。ひょれ、財布だ。勝手にしひゃらってくれ」
そう言うと、ダルバスは懐から財布を取り出すと、ライラに手渡す。
「もう!この酔っぱらいが!」
ライラは、ダルバスから財布を引ったくると、お金を取り出す。
「マスター。さすがに100GPって訳にはいかないわ。10000GPでもお支払いしますわ?」
ダルバスの財布故に容赦のないライラだ。
「いいえ。結構でございます。正直、お金を頂くのも心苦しいのですから」
マスターはあくまでも拒否をするらしい。
「ふ~。仕方がないわねぇ。じゃ2000GP。これでも破格すぎるとは思うけれど、私達の事を思いやって頂けるのであれば、せめて私達の気持ちとして受け取って頂けるかしら?」
ライラは根負けし、正規の金額の支払いを諦めたようだ。しかし、タダ同然の金額には納得いかないのか、これだけは譲れないと言う態度にでる。
「・・・。かしこまりました。不本意ではございますが、あなた様のお気持ちとして2000GPお受け取りいたします」
マスターもライラの気持ちを汲んだのだろう、差し出されたお金を恭しく受け取った。
「なんか、本当に申し訳ないですわね。また、お会いできる機会があれば、今度はこちらがご馳走を振る舞わせて頂きますわね?」
ライラは恐縮すると、腰を屈めて礼を述べる。
「いいんですよ。私も感謝をしたいですし、私の店の料理を絶賛頂けました。店を経営する私の冥利に尽きると言うものです。ありがとうございました」
マスターも感無量なのだろう。最大限の感謝の言葉を述べる。
「じゃあ、ライラさん達は、今日はお別れかな?明日もリスタ隊長と試合もあるしね?私も応援しに行くから。ダルバスさんも頑張ってね!」
ナオは今日の別れを惜しみながら、明日の約束をかわす。
「おぅ。あしぃたはよぅ。絶対に、あにょ、きゃたぶつなリシュタをボコボコにぃしぃてやっから、たのしゅみに、まっていりょや?」
既に、足下がおぼつかないダルバス。
「酔っぱらいは黙っていなさい!そうね。明日がそんな事になるとは思っていなかったけれど、でも、これも古代竜討伐の試練としては通過しなければならないかもね。ナオ。明日は応援宜しく頼むわよ?」
ライラはダルバスを一喝すると、ナオに声援を求めた。
「勿論ですよぉ~。絶対に、隊長に勝って、ぎゃふんと言わせてね!」
既に勝ち気満々なナオ。既にこちらの勝利を確信しているようだ。
「うふふ。ありがと。でもまぁ、ダルバスがこんな状態じゃあ・・・ねぇ?」
足下がおぼつかないダルバスを見ると、ライラはため息をつく。
「うっしぇえなぁ・・・。俺様は、しゅこし酔っぱらっているだけらろ!ひょら、今日はとっちょと帰って寝りゅろっ!」
「こりゃダメだわ・・・」
完全に酩酊しているダルバス。ライラは頭を抱えた。
「・・・とまぁ。私はこの馬鹿を宿まで連れて行かないといけないので、今夜はおいとますることにしますわね?」
いたたまれなくなったのか、ライラは別れの言葉を送る。
「・・・ちょっと、私も心配。ダルバスさんを信じたいけど・・・ね」
ナオも、ダルバスの様子を見ると、素直にエールは送れないのかもしれなかった。
「じゃ、今夜はご馳走様ね?また明日、ブラックソン城の前で会いましょ?ほら!この酔っぱらいの筋肉馬鹿!とっとと宿に帰んのよっ!重いじゃない!私にしがみつくんじゃないわよ!燃やすわよ!?捨てるわよ!?」
多少、ライラも酒が入っているのだろう。千鳥足のダルバスを暴言罵倒しながら引きずって行く事となった。
「いぃつもの事だけどよぅ。そりぇにましぃて、今日のおみゃえ、怖くねぇか?」
「うっさい!酔っぱらいは死ね!」
ナオは、その様子を羨ましそうに、見えなくなるまで見送っていた。

 翌日。
ダルバスは激しいノックにより目を覚ます事になる。
「あ~。ダルバス様ぁ?起きていらっしゃるかしらぁ?もう、朝食の時間なんだけれどぉ!そろそろ、起きて頂けますかねぇ?」
ノックの張本人は、無論ライラだ。
やや二日酔い気味のダルバス。強烈なノックにより目を覚ます事になる。
「お・・・おぅ。ライラか。ちょっと待てや。今、出るからよ」
ダルバスは、眠い目をこすると、上着を羽織り扉を開ける。
「ようやく目覚めたようね。ダルバスちゃん?・・・って、お酒臭い!」
扉を開けると、室内に充満した酒の匂いと、ダルバスが発する酒気がライラを襲う。思わずライラは鼻を覆った。
何の事かわからないダルバス。
「ん?酒臭ぇか?まぁ、昨夜は結構飲んだからな。って、俺どうやってここまで帰って来たんだ?店を出た後までは覚えているんだがなぁ?」
ダルバスは、頭と腹をポリポリとかく。
「臭っさっ!あんたねぇっ!今日は、リスタ隊長との試合があるんでしょ!二日酔いになっている場合じゃないでしょうが!それに、酩酊したあんたをここまで連れてきたのは私なのよ!?感謝しなさいよ!」
緊張感の無いダルバスに、ライラはご機嫌斜めなようだ。
「あ~。そう言えばそうだったな。でも、試合は午後だ。全く問題はないぜ?起こしてくれて、ありがとよ?朝飯でも食えば、全く問題ねぇだろ。ちょいと待ってな。今、着替えるからよ」
ダルバスは素早く着替えると、服と鎧を装着する。
「ほれ?これで、いつでも戦闘準備万端だぜ?じゃ、朝飯を食おうぜ?」
ダルバスは、不機嫌なライラをよそに、ロビーへと向かう。
「まったく・・・。本当にわかっているのかしら」
ライラはふてくされながら、ダルバスの後を追う。

 朝食は、宿のロビーで宿泊客達が食事を摂る事が出来る。
今日の朝食は、鶏団子などが入った具だくさんのコンソメスープとパン。それと、スクランブルエッグとソーセージ。飲み物は、ミルクと果物を搾ったフレッシュジュースなどだ。
「か~。さすがに一泊2000GPも取るだけあるぜ。朝食も旨ぇなぁ!」
恥も外見もなく、出された料理を豪快に掻き込むダルバス。
「はぁ・・・。あんたと一緒に食事をした私が馬鹿だったかしら。これじゃ、私もあんたと同類に見られるじゃない」
見ると、周りの宿泊客達は、ダルバスの豪快な食べっぷりに、奇異の視線を向ける客も少なくない。
「気にすんな、気にすんな。飯なんて、お上品に食ってたって不味くなるだけだぜ?」
ダルバスは、ソーセージをフォークで串刺しにすると口に放り込む。
「相変わらずねぇ・・・」
呆れるしかないライラだ。

 食事を終えたダルバス達。
「さて、どうするよ?約束の正午までは、まだ時間があるぜ?」
ダルバスは満足げに腹をさすっている。
「そうね。私、秘薬が残り少なくなったから、ちょっと調達してくることにするわ?ダルバスはどうする?一緒に行く?それとも、適当に時間を潰す?」
ライラはダルバスの行動を促す。
「そうだなぁ。秘薬なんぞ見に行ってもつまらねぇし、俺は適当に町を見て廻る事にするわ」
「そう?じゃ、正午にブラックソン城で落ち合いましょ?」
「わかったぜ」
 食事を終えたダルバス達は、宿をチェックアウトする。
「それじゃ、ブラックソン城でな」
「わかったわよ。いい?絶対に面倒を起こすんじゃないわよ?」
ダルバスに釘を刺すライラ。
「うっせぇなぁ。わかっているに決まってるじゃねぇか」
ダルバスは悪びれる様子もなく頭をかく。
「本当かしら・・・。まぁいいわ。それじゃ、私行くわね」
「おう。後でな」
そう言うと、お互いは目的の方向へと足を向けた。

 ダルバスは、これといったあてもなく、ブリテインの町を徘徊する。
ブリテイン第一銀行前まで行くと、先日同様に、沢山の行商達で賑わっていた。
装飾品などのアクセサリや、武具・木材や資源などの素材・馬やジャイアントビートルなどの騎乗生物なども販売されていた。
ちなみに、ジャイアントビートルとは、カブトムシを巨大化したような生物で、昆虫にもかかわらず、調教師の手にかかれば、騎乗できるほど人になついていた。
行商は販売するだけではない。中には必要なものを求めて、声を張り上げている人達もいる。
求める物は様々で、素材や、自分の身丈にあった武具。家財道具や食料品など。
売り手と買い手の交渉が一致すれば、商談成立となっていた。
この交渉はお互いに必死だ。
売り手は高く売りたいし、買い手は安く仕入れたい。
この駆け引きを楽しむ人達も少なくなかった。
 その中で、ダルバスは一人の行商に気が付いた。
販売していたのは、馬だ。
行商の傍らには、数頭の馬が並んでいた。
これから先も長い旅路が予測される。
馬があれば、旅程は大幅に短縮できるのではと踏んだのだ。
ダルバスとライラも乗馬は出来る。問題ないとも言えた。
少し悩んだ挙げ句、ダルバスは行商に声をかけてみる事にした。
「おう。兄ちゃんよ。馬を売っているんかい?」
「いらっしゃいませ。馬をお求めですか?」
行商は、調教師なのだろう。傍らには、調教用の鞭が携えられていた。
「その馬なんだがよ。人間には慣れているのかい?」
ダルバスは馬達を品定めする。
「もちろんです。私が調達したこの子達は、皆いい子ですよ。特に、こちらの茶色の子と白い子は特にお勧めですね」
そう言うと、行商はダルバスの前に2頭の馬を手繰り寄せる。
素直に2頭の馬達は着いてくる。馬らしく、優しい瞳をしていた。
「馬具は別売りかい?」
この馬達には、馬具は着いていない。
「いえ、お買い求めいただければ、無償で馬具はお着けいたしますよ」
行商はそう言うと、後ろに置いてある馬具を指さす。
「ふ・・・ん・・・」
ダルバスは腕を組んだ。馬があれば、旅路は楽になるのだが、馬の世話を考えながらの旅になる。
そうなれば、馬の水やエサなども考慮しなければならなかったからだ。
そんなダルバスの思慮を知ってか知らずか、行商は提案する。
「あと、この子達の水やご飯は、数日分だけですがご用意する事も可能ですよ?」
この一言に、ダルバスの心は傾いた。
「本当か?それで?一頭いくらになる?」
乗り気になり始めたダルバス。
「一頭5000GPでいかがでしょうか?」
金額を提示する調教師。
が。
「あぁ!?馬ごときで5000GP!?ボッタクリじゃねぇか!」
ダルバスは驚嘆の声を上げる。
「馬の調教自体はそれほど困難では無いのですが、この2頭に限っては、もの凄い時間と手間をかけているので、それくらいの金額になってしまうのです」
行商は申し訳ないように、事情を説明する。
「それにしてもなぁ・・・。高すぎるぜ。それだったら、いらん。他の行商を当たるか、厩舎に行って、もっと安い馬を探す事にするわ」
諦めかけたダルバス。商談を諦めようとすると、行商は別の提案を投げかける。
「それなら、これならどうでしょうか。馬は一頭4000GPでお売りします。そして、馬具もここにある物ではなく、最高の大工がこしらえた物を用意いたします。また、馬の食事も数日分とは言わず、10日分をご用意いたしますがいかがでしょうか?」
行商の提案に、ダルバスは悩んだ。正直、路銀はまだあるが、散財したくないのも事実だ。
「どうするかなぁ・・・」
悩むダルバスに、行商は畳み込むように提案する。
「それなら、どうでしょう。馬とは関係ありませんが、失礼無ければ、あなた様の外套を新調させて頂きますが?」
行商はそう言うと、破れて羽織っているだけの、ダルバスの外套を指さす。
ダルバスの外套は、先日の事件で、グランに切られてしまっていたからだ。
「勿論、名前の刺繍もさせて頂きますよ?」
行商は、ダルバスに詰め寄る。
「そうか。そこまでしてくれるんだったら、買ってもいいぜ?ただな・・・?」
ダルバスは不敵な笑みを浮かべる。
「2頭買うからよ。1頭500GPにしろや?」
先日同様。強引な値切り交渉に入るダルバス。
「500・・・!さすがに、それは無理です。強引過ぎますよ!」
突然のダルバスの提案に、さすがに抵抗する行商。
「無理か?じゃあ550でどうだ?」
無理を言うダルバス。
「絶対に駄目です。この子達は、私が手塩にかけて調教してきました。あなたの提案は非常識です」
ダルバスに臆することなく、真っ向から否定する行商。
「非常識・・・か。わかった。じゃ、2500ならどうだ?」
さすがに、ダルバスも無茶を言っているのはわかったのだろう。妥当な金額から交渉を始める。
「あなた、相場って物をわかっていますか?私も売りたいですが、あなたが提示した金額では、私は大赤字になってしまいます。この子達を育てた育成費などがいくらかかったかわかりますか?あなたの求める金額には応じる事は出来ません」
行商は真面目な顔になると、ダルバスを全面否定した。
「ちっ!そうマジになるなや。仕方ねぇ。3000ならどうだ?」
食い下がるダルバス。しかし。
「それでも無理です。私が4000GPと提案したことと、馬の食事やあなたの外套などを考えると、採算が取れません。これ以上食い下がるのであれば、お手数ですが、他を当たってください」
全く譲る気配のない行商。本心はわからないが、相当な腕前なようだ。
「やるねぇ。気に入った。だったら3800!どうだ?こちらも大きく譲歩したぜ?2頭買うんだ。これくらいは勉強してくれよ?」
普段であれば、強引な値切りに踏み込むダルバスだったが、今回の相手は手強い。それ故に、ダルバスは交渉を楽しんでいた。
「3800GP・・・」
行商はしばし沈黙する。
そして。
「まぁ・・・いいでしょう。2頭お買い頂けるんですからね。わかりました。1頭3800GPで、2頭を7500GPでお売りいたしましょう」
行商は諦めたかのように決断した。
「あ?2頭だったら、7600GPじゃねぇのか?」
予想外の金額に、ダルバスは首を傾げる。
「いいんですよ。きりの良い金額で、お売りしますよ」
気っ風の良い行商に、ダルバスは上機嫌になってしまった。
「おめぇ、商売上手だなぁ!気に入った!それじゃ、更に注文させて貰うわ。馬の水とエサを更に10日分。それを500GPでどうだ?」
馬に詰める限界と思われる、馬の水とエサを注文するダルバス。
これには、行商も顔を明るくした。
「ありがとうございます。では、合計で8000GP頂きます。よろしいですか?」
商談がまとまった事に、行商は喜んでいるようだ。
「わかった。金だ。受け取りな」
ダルバスは、自分の財布から金を取り出すと、行商に手渡した。
すると、行商は当然の質問をする。
「馬は2頭お売りしましたが、もう一人はいかがなさいましたか?お一人で2頭を連れて行くのですか?」
行商は首を傾げた。
「あぁ。もう一人連れがいんだ。気にしなくて、大丈夫だぜ?でも、合流するまで、もう一頭はどうするかなぁ」
買ってしまったはいいが、ライラとの合流までを悩むダルバス。
「あぁ。それでしたら、このブリテインの西にある厩舎へ預けられるといいですよ。短時間、長期間にかかわらず、あらゆる生物を預かってくれますからね」
行商はそう言うと、西の方を指さす。
「お、そんな便利な場所があるのか。わかったぜ。早速行って見る事にするわ」
「お買いあげ、ありがとうございました」
頭を下げる行商。
「いいってことよ。こっちも、強引な値下げ悪かったな。ま、お前さんも頑張って売るんだぜ?」
「ありがとうございます。あ、外套と馬具ですが、こちらで用意しておきますので、正午過ぎに取りに来て頂けますか?あと、外套に名前を入れたいので、あなたのお名前を教えてください」
「お。そうだったな。俺の名前は、ダルバス ランドだ。出来れば、外套の色は青で頼むぜ。午後には用事があるんだが、それ以降でも、まだ行商は続けているよな?」
「えぇ。夕刻まで行商を続けていますので、都合の良い時間に来てください」
「わかった。その頃には取りに来るから、宜しく頼むぜ?」
そう言うと、ダルバスは二頭の馬の手綱を引き、厩舎へと向かった。

 ダルバスが馬を引いていくと、なるほど。馬達は良くなれているようだった。
ダルバスの誘導に逆らうことなく、馬達は着いてくる。
「は~。一流の調教師が手なずけると、こんなにもなるもんなんだな。こりゃ、納得だぜ」
立ち止まり、ダルバスが馬の頭を撫でてやると、馬は甘えるようにダルバスに頭を擦りつけてくる。
「これから、宜しく頼むぜ?過酷な旅になるかもしれねぇ。旅路は長いが宜しくな?」
ダルバスは馬達を諭すと、厩舎へと足を運ぶ。

 厩舎は、ブリテインの西郊外にあった。
厩舎には、様々な動物が預けられていた。
馬は勿論、ジャイアントビートルや、ユニコーン。他にも見た事がないような生物など。
いわゆる、調教師が調教可能な動物や、果てはモンスターなども預けられているようだった。
これらの生物は、調教師が調教し、生物たちが暴れたり、喧嘩などをすることはない。
皆、厩舎の中でおとなしくしていた。
 その中には、厩舎を管理する調教師もいた。ダルバスは、彼に馬を預ける事にした。
「すまねぇが、馬を預かってくれねぇか?」
調教師に声をかけるダルバス。
「お?客か?いいぜ。預かるのはその馬二頭でいいんだな?」
気さくに応じる調教師。
「あぁ、少しの間。預かってくんねぇかい?」
「勿論だ。厩舎は空いている。1日30GPだが、構わないか?」
「おう。今日の夕刻頃には取りに来るからよ」
と、ダルバスは何かを思いついたようだ。
「おっと。預けるのは一頭だけにするわ。それで、相談なんだが、そこに置いてある馬具をちょいと借りる事は出来ねぇかい?」
ダルバスは厩舎の片隅に置いてある馬具を指さす。
「あぁ。構わんよ。もう一頭の馬を引き取る時にでも、返してくれればな」
ダルバスの提案に、調教師は快く応じてくれる。
「ありがとよ。じゃ、後でもう一頭を引き取りに来るからよ」
そう言うと、ダルバスは馬具を馬に取り付ける。
馬具は使い込まれていたが、損傷している事はないようだ。
馬具を借りたのは、先ほどの馬を購入した調教師との約束の時まで、時間があるからだ。
それまでを、馬に乗ってそこら辺を散策する魂胆だった。
「悪いな。じゃ、ちょっくら行ってくるぜ?」
ダルバスは馬に跨ると、鞭を入れ厩舎を後にした。

 ダルバスは、これといったあてもなく馬を走らせてみた。
とは言え、全くの無計画ではなかった。
ブリテインの北には、デスパイズと言われる洞窟があり、そこにはトカゲ族や双頭の巨人、人に害をなす精霊達が住み着いているとの事だった。
噂には聞いていたので、午後の試合のため、ウォーミングアップも兼ねて見に行ってみるつもりだ。
ダルバスは地図を確認しながら、山脈のある北を目指した。
 
 なお、ブリテインや他の街から外に出るのには、ある程度の力と勇気が必要だ。
街を守る衛兵達にも守備範囲に限界があり、基本的に守る範囲は街全体だけだった。
街を大きく外れると、さすがの衛兵達もそこまでは守備や警護は不可能だ。
街から外れた場所で活動するには、自身の責任が必要となる。

 ダルバスは目算する。
距離的に、デスパイズに着いて、少しだけ見たら、すぐ引き返さないと、午後の約束に間に合わない計算となる。
暫く馬を走らせると、山脈は近づき、崖の間を縫うように上り坂が続いていた。
「この先か」
ダルバスは呟くと、上り坂を登ってゆく。
すると、途中に関所のような物が設けられているのを確認した。
近づくと、一人の衛兵が立っており、近づくダルバスを制した。
「待て、旅行者の者か?」
「あぁ、そうだぜ?ここは通ってもいいのかい?」
ダルバスは、馬の歩を止めると、衛兵に尋ねる。
「この先には、化け物が蔓延る洞窟がある。物見遊山で行くのであれば、止めておくのだな」
衛兵は、危険を認知しない旅人などが迂闊に通過しないように見張っているようだ。
「あぁ、それなら知っているぜ。一応、俺も戦士なんでな。ま、力試しをしようって訳だ」
そう言うと、ダルバスは背負っていた斧を衛兵に見せる。
「それなら構わないが、くれぐれも化け物共に襲われて、我々の手を手こずらせないようにな」
そう言うと、衛兵は通過の許可を出した。
「わかっているぜ。ちょっと見たら、すぐに戻ってくるからよ」
そう言うと、ダルバスは再び馬の歩を進めて関所を通過した。
曲がりくねる山道を登ると、途中開けた場所に出る。
このような場所にも、家は建ち並び、中には洞窟で必要になるであろう、ランタンや薬。武具などを売っている店も存在した。
「は~ん。こんな所でも、ちゃっかり商売してんだな」
暫く歩くと、再び山道が見えてくる。
「あと少しか」
ダルバスは、馬に鞭を入れると、一気に坂を駆け上がっていった。
山頂に辿り着くと、目の前には大きな洞窟が口を開けていた。
洞窟の奧からは、化け物共の鳴き声であろう不気味な雰囲気が醸し出されていた。
山頂に、動物の気配はなく、ひっそりとしている。
「少し見てみるかね」
ダルバスはランタンに火を灯すと、中に足を踏み入れる。
洞窟の規模は大きく、馬ごと入ることが可能なようだ。

 洞窟に入ってすぐに気が付いた事があった。
それは、人の手が加えられていると言う事だ。
洞窟の入り口に入ると、人が手を加えたであろう階段があり、それは洞窟の地下と上部へとで道が分かれていた。
いつ、誰がこのような事をしたのかはわからなかったが、かつて、ここは人が住んでいたのかもしれない。
ダルバスは臆することなく馬を進めた。
理由は特にないが、ダルバスは上の階段を選んだようだ。

 階層を上がると、辺りには異様な空気が流れていた。
廻りを見渡すと、人骨や動物の骨などが散乱している。
無論、これらは、踏み入れてはならない地に踏み込んでしまった人間やその他の生物なのだろう。
警戒するダルバス。
既に、察知されているのだろう。
外訪者への殺気が満ちあふれていた。
洞窟に巣くう異形の者達は、外部からの侵入を快く思わない。
無論。彼らの住処だからだ。
逆に言えば、異形の者達は洞窟からは出てくる事は殆どない。外界との接触を快く思っていないからだろう。
 ダルバスは、ランタンの灯を頼りに、慎重に歩を進めた。
その時。ダルバスの頭上から、けたたましい雄叫びを上げながら飛び降りてくる影を確認した。
馬上から、すかさず構えるダルバス。
轟音と共にダルバスの目の前に現れたのは、双頭の巨人だった。
身長は、ダルバスの1.5倍ほどあるだろうか。
頭が2つ、胴体は1つの巨人は、ダルバスの前で威嚇を行っていた。
「悪ぃな。ここは、お前らの巣窟らしいな。俺は邪魔な存在かい?」
ダルバスの問いに対し、巨人は見当違いな反応を示す。
「く・・・食い物。お・・・俺の食料・・・。旨そう。食べる」
双頭の巨人は、ダルバスに対しての敵意ではなく、食欲を示しているようだった。
「喋れるんかい。でもなぁ、俺はお前らのディナーになりに来た訳じゃねぇしなぁ・・・」
窮地とも思える展開に、ダルバスは臆する事はない。
「なぁ。このまま、この洞窟を見学させてもらう訳にはいかねぇかい?」
ダルバスは無駄とはわかっていても、苦笑いをしながら、無理な願いを告げる。
「喰いたい。喰わせろおぉぉぉぉぉっ!」
問答無用の、双頭の巨人。ダルバスの言葉など理解せず、ダルバスに襲いかかってきた。
「やっぱりな。言葉なんぞ、通じないか」
ダルバスはそう言うと、斧を構えた。
そして、巨人がダルバスに畳みかけると同時に、ダルバスの斧が一閃した。
ダルバスの斧は、双頭の巨人の片方の首を捉えると、そのまま首を一刀両断した。
悲鳴を上げる巨人。
血しぶきを上げながらよろめく。
しかし・・・。
「うおぉぉぉぉぉっ!喰いたい!喰わせろ!」
双頭ある片方の首を跳ねられたのにもかかわらず、なおも襲いかかってくる巨人。
「・・・。化けもんが」
この時のダルバスには、慈悲の心など無い。
倒れ込むように突き進んでくる巨人に、無慈悲の斧の一刀をを見舞った。
ダルバスの放った斧の一撃は、残ったもう一つの首を捉え、巨人は断末魔を上げる事もなく息絶えた。

 ダルバスは、その様子を見て何とも言えない表情を浮かべた。
「これが、俺達が望んでいた・・・。そうなのか?」
思い悩むところがあるのだろう。自問自答するような表情を浮かべるダルバス。
しかし。
漫然とするダルバスに、新たな敵が襲いかかろうとしていた。
轟音をたてながら、洞窟の奧から石の塊のような「人物」がダルバスに迫ってきていた。
「・・・あぁ?なんだあれは!?」
ダルバスが斧を構えると、接近してくる敵であろう物体を確認した。
それは、人の形をした岩の人形だった。
「あれは・・・。アースエレメントか?土の精霊・・・」
このままでは危険と判断したのか、ダルバスは下馬をしてランタンを床に置くと、土の精霊を迎え撃つ事にした。
馬を、自分の背後に追いやると、ダルバスと土の精霊は対峙する事になる。
土の精霊は、有無を言わさずダルバスに襲いかかってきた。
もともと言葉という概念がないのだろうか、フシューフシューといった威嚇とも思える音を発していた。
どうやら、こちらは食欲ではなく敵意なようだ。
「こっちの方が、厄介そうだな」
そう呟くと、先手必勝と言わんばかりに、ダルバスは土の精霊に突撃した。
「胴体ぶった切ってやんよ」
水平に斧を振り回し、斧は土の精霊の土手っ腹に命中する。
ガキンッという鋭い衝撃が走る。
しかし、再度攻撃を仕掛けようとするが、斧が胴体にめり込んでしまい、斧はなかなか抜けなかった。
「斧がっ!ちきしょう!」
斧を引き抜くのに気を取られたダルバス。土の精霊はそれを逃さなかった。
土の精霊が振りかざした拳は、ダルバスの顔面を捉え、ダルバスは吹き飛ばされた。
兜を被っていないのが不幸だった。一瞬、気が遠のくのを感じる。
しかし、床に転がり落ちると、何とか正気を戻すダルバス。
「いって~。なんちゅ~力だ」
ダルバスが頬をさすると、大きく腫れ上がっており、口の中を裂傷したのだろうか、口元には血が滲んでいた。
すぐさま立ち上がると、再び土の精霊と対峙する。
土の精霊自体の動きは鈍足で、すぐさま襲われる事はないようだ。
ダルバスは、間合いを計ると、全速力で土の精霊にタックルを見舞った。
力加減は、先日グランにタックルした時の比ではない。
まさに猪突猛進のごとく、全身の力を込めたタックルだった。
しかし、ダルバスのタックルでは土の精霊を倒す事すら出来なかった。
それでも、体勢を大きく崩す土の精霊。
それだけで十分だった。
ダルバスは、斧の柄を両手で掴むと、両足で土の精霊を思い切り蹴飛ばした。
その衝撃も加わり、斧は抜け、土の精霊は大きくよろめくと地面に倒れ込んだ。
ズシーンといった振動が、洞窟内に響き渡る。
ダルバスが、この期を逃すはずもない。
ダルバスは地面を蹴り、斧を大きく振りかざすと、土の精霊の頭部に向けて振り下ろした。
ガシャッという音と共に、斧は頭部を捉え、頭部は粉々に砕け散る。
動かなくなった土の精霊。ダルバスは、土の精霊の生死を確認すべく、土の精霊に近づいた。
「やれやれ。厄介な野郎だったぜ。まさか斧が食い込む・・・」
と、呟いた時だった。
土の精霊がピクリと反応すると、のぞき込んでいるダルバスの腹を目掛けて強烈な一撃が見舞われた。
回避しようのないダルバス。
土の精霊の拳は、ダルバスのみぞおちに命中する。
「がふぉっ!」
バロタイトで造られた鎧とは言え、衝撃はもろに無防備のダルバスの肉体を捉えた。
ダルバスは胃液を吐き出すと、その場に身悶えた。
次の攻撃を危惧し、体勢を立て直そうとするが、身体がしびれてしまい、思うように動けないダルバス。
しかし、土の精霊からの攻撃はなかった。
「油断した・・・ぜ。なぜ・・・攻撃・・・してこない」
ダルバスは何とか身を起こすと、土の精霊へ目を向ける。
見ると、土の精霊の身体は大きく崩れ、既に屍になっているようだった。
恐らく、渾身の力を込めた最期の一撃だったのだろう。
頭を破壊すれば、生物は即死するといった固定概念を持っていたダルバスの落ち度とでも言えるかもしれかった。
安堵の息を漏らすダルバス。
「危なかったぜ。まさか、こんな展開になるとはな。こりゃ、先が思いやられるぜ」
そう呟くと、立ち上がり、口元の胃液を拭い取る。
今度こそは大丈夫と、砕け散った土の精霊を確認する。
確かに、既に絶命しているようだった。
と、粉々になった破片の中に、光る物を発見した。
ダルバスは恐る恐る、斧で破片をより分けると、光る物に手を伸ばした。
手に取ると、それは見事なルビーだった。
ダルバスは話を思い出す。
この世に存在する精霊は、宝石がコアとなり、それに精霊が宿る事により、肉体を形成しているのだと。
ダルバスも、大昔に聞いた事があるだけで、実際に目にするのは初めてだった。
ルビーから精霊の魂は既に抜けているのだろうか。ルビーは澄んだ輝きを放っている。
「こりゃ、いい戦利品かもしれねぇな」
ダルバスはほくそ笑むと、ルビーをバックパックにしまい込んだ。

 すると、洞窟の奧から、鈍い足跡が複数聞こえてくる。
恐らく、この騒ぎを嗅ぎ付けて、他の化け物達がやってくるに違いなかった。
戦いのコツを覚えたダルバスは、もう少し肩慣らしをしたかったが、約束の時間が迫っている。
「もう少し、暴れたかったが、仕方がねぇ。お前らの相手は、また今度してやんよ」
そう言うと、ダルバスは馬に跨り、洞窟の出口を目指す。
 外に出ると、短時間だけ洞窟にいたとはいえ、外の光はかなり眩しい物だった。
ダルバスは、ランタンの灯を吹き消すと、もとの山道を引き返していった。
関所まで戻ってくると、衛兵に声をかけられる。
「くっくっくっ。思った通りだな。なんだ?その面は?」
衛兵は笑いを堪えるように、腫れ上がった顔のダルバスを指さす。
「うるせぇっ!ちょっと油断しただけだ!」
怒鳴り返すも、どうにも反論できないダルバス。
「まぁ、命あっての物。良い教訓になっただろう?今後、無茶は控える事だな。それと、兜を身につける事を推奨するが?」
荒れるダルバスを諭す衛兵。
「わかったよ。今後は気を付けるとするぜ?」
そう言うと、いたたまれなくなったのか、ダルバスは馬に鞭打つと、全速力でブリテインへ向かうしかなかった。

 暫くすると、ブリテインに到着する。
約束の時間までは、もう少し時間がありそうだった。
ダルバスは、リスタと一戦交える前に、腹ごしらえをすることにした。
先日泊まった宿の向こう隣には、治療院をはさみ、グッドスイーツというパン屋があった。
ダルバスは馬を下りると、店内に入る。
店内では、昼食用のパンが焼かれているのだろうか。何とも香ばしい香りが食欲を引き立てる。
ダルバスは、メニュー表を確認すると、注文する事にした。
「おう。パイと、マフィンとミルクを2つずつくれや」
「いらっしゃいませ。少々お待ち下さい」
店員は対応すると、焼きたてのパンを手渡してくれた。
「いくらだい?」
「34GPになります」
ダルバスは金を支払うと店を後にする。
袋からあふれ出す、パンの香りが香ばしい。
ダルバスは、ブラックソン城の前で、ライラと昼食を摂るつもりだ。

 ダルバスがブラックソン城の前まで行くと、城壁の傍らにライラの姿が見えた。
ライラは、秘薬の調達だけだったので、さほど時間はかからなかったのだろう。髪を弄りながら、暇を持て余しているようだった。
「おう。今帰ったぜ」
ライラに声をかけるダルバス。
すると、ライラは驚愕の声を上げた。
「な・・・。どうしたのよ!その顔は!またどこかで喧嘩してきたわけ!?」
信じていたのに、裏切られたとでも言わんばかりだ。
「それに、その馬はどうしたのよ!」
確かに、馬も驚きの1つだろう。今まで、馬など連れてきていなかったのだから。
「お、おい。慌てんな。勘違いすんなって」
驚愕するライラを宥めるダルバス。
「確かに、この怪我は殴られたもんだが、相手は人間じゃねぇ。化けもんだ」
ダルバスは、事の経緯を事細かく説明した。
それを聞いたライラは、ようやく安心したようだった。
「相変わらず、馬鹿ねぇ。馬を手に入れたら、まさかそのまま力試しに行くなんて、誰が想像着くっていうのよ?」
呆れるライラ。
「まぁ、そう言うなって。ウォーミングアップのつもりだったし、約束の時間にも間に合ってんだからよ。お、そうそう。土産だ。受け取りな」
そう言うと、ダルバスは土の精霊から手に入れたルビーをライラに手渡す。
それを見たライラは、目を丸くした。
「どうしたのよこれ!すごい立派なルビーじゃない!」
ルビーを受け取ると、ライラは目を輝かせる。
「なに。土の精霊をぶっ殺したら、それが出てきたからよ。おめぇにくれてやるよ。女は宝石が好きなんだろ?」
しかし、それを聞いたライラは、少々恐怖を覚えたようだ。
「精霊から宝石って・・・。この宝石って、大丈夫なんでしょうね?」
この疑問は、ダルバスも思ったが、既に精霊は宿っていないと判断し、持ち帰った次第になる。
「大丈夫だと思うがなぁ・・・」
頭をかくしかないダルバス。
ライラは、ルビーを見つめる。ルビーは太陽の光を吸収し、穏やかな光を放っていた。
「ふぅ・・・ん。ま、大丈夫そうね。ありがたく頂いておくわ。後で時間があったら、何かのアクセサリーにしましょうね」
そう言うと、ライラは大事そうに懐にしまい込んだ。
「それより、そんな顔じゃ、リスタ隊長に顔向けが出来ないじゃない。とっとと治すわよ」
ライラは辺りを見渡し、人がいない事を確認すると、先日同様に、ダルバスに魔法治療を施す。
「お、悪ぃな。じゃ、早速頼むわ」
「全く・・・。あんたと一緒に行動していると、秘薬がいくらあっても足りないじゃないの」
文句をいいながらも、手早く治療を終えるライラ。
治療が終わると、ダルバスの顔の腫れと痛みは、瞬く間に消えていった。
「相変わらず凄ぇな。助かったぜ」
そう言うと、ダルバスは昼食用のパンを取り出した。
「ま、昼飯でも喰って、午後の試合まで待つ事にしようぜ?」
早速、パイを頬張るダルバス。
「あら、珍しく気が利いているわね。じゃ、私も遠慮無く頂く事にするわね」
「珍しく、は余計だ」

 昼食を摂るダルバス達。
天気は快晴で、ブラックソン城の前を、心地よい風が吹き抜けてゆく。
「ねぇ。今日の試合に勝てなければ、この先は厳しいでしょうね」
食事をしながら、ライラは口を開く。
「まぁ、それもそうかもしれねぇが、さっきも化け物共と戦ってみたが、人間と化け物ではちょっと違うかもしれねぇな」
ダルバスは、先ほどまで腫れていた頬をさする。
「それって、どういう事?」
マフィンを頬張りながら、ライラは、ダルバスの真意を探る。
「う~ん。なんて言うんだろうな。人間との戦闘は、お互いの駆け引きみたいな所があるじゃねぇか。だけど、化け物共の場合は、殆ど駆け引きのような所はないんだよな。言い方を変えれば、目の前にある、あからさまな落とし穴にすら平気で落ちていく奴等なんだよな」
ダルバスは戦いのイメージをライラに説明する。
「いまいち良く意味がわからないけれど。私、肉弾戦なんて野蛮な事はやりませんからね?」
まだイメージが湧かないライラ。
「んー。なんつーかな。単純な話だけで言えば、力。いわゆる腕力だよな。それだけで見れば、化け物共の方が圧倒的に上だ。リスタ隊長の渾身の拳と、化け物共の渾身の一撃では、間違いなく化け物の方が上だろう。ただ、これは単に力比べだけの話であって、人間には武器や防具、そして知恵などを使ってそれを補う事が出来る。しかし、化け物共は、ほとんど道具を使ったりするだけの知恵はねぇんだ。それが、人間と化け物共の戦い方の違いとでも言うのかもしれねぇな」
言葉を選びながら説明をするダルバス。
「ふ~ん。要は戦術次第ってところかしらね」
何となく納得するライラ。
「まぁ、そんな所だ。あのベスパーの事件でも、衛兵達は知恵を絞って少しはドラゴンをぶっ殺したみてぇだし、ライラの両親も弓と魔法でドラゴンと戦ったって聞いたからな」
ライラは、その時には地下室にいたので、両親達の戦いぶりや最期は見届けていないものの、ドラゴンを倒した功績は、近くにいた人々に伝わっている。
「ま、私達の戦術が、これからどれだけ有効かってことになるわね」
「そう言う事だ」

 ライラは一呼吸おくと、ダルバスに提案を持ちかける。
「ねぇ。ダルバス。リスタ隊長に、私が魔法を使える事を説明した方がいいかしら?」
突然の提案に、ダルバスは驚いた。
「あ?なんで、そんな事を言う必要があるんだ?そんな事をしたら、先日の事も疑われちまうし、何よりどんな目で見られるか、わかったもんじゃねぇじゃねぇか」
困惑するダルバス。
「それも、そうなんだけれどね。もし、リスタ隊長と試合をするのであれば、これから先にある戦闘を模擬したものにしたいのよ。リスタ隊長は相当な腕前のようだし、古代竜と戦う時は、あなたと私の力で戦う事になるわけでしょ?」
ライラの目は、先を見据えているようだ。
「まぁ、そりゃそうだが。それって、今日の試合に、ライラも参戦するってことだろ?でも人間同士の試合に2対1ってのは卑怯じゃねぇか?」
ダルバスは、戦士としての誇りもある。ライラの提案にはあまり乗り気がしなかった。
「それは、リスタ隊長と相談するわ。駄目であれば仕方がないでしょうね。それに、魔法の話をしたって、牢屋の鍵を開けたのまでは、魔法とは気が付かないわよ。まぁ、手品はばれるでしょうけれどね」
確かに、魔法の世界を知らなければ、どのような魔法が存在するのかさえわからない事だろう。
「手品?何の話だ?でもまぁ、そこまで言うなら、止めはしないぜ?ただ、どのような受け止められ方をするかは、おめぇ次第だぞ?」
ダルバスは渋々納得をした。確かに、ライラの言う事にも一理あるからだ。
なお、ナオとの手品の件は、その時投獄されていたダルバスは知る由もなかった。
「わかっているわよ。とりあえず、承諾を得たとしての戦略は考えていた方がいいわね」

 食事を終え、リスタとの戦略を練っていると、遠くからナオが歩いてくるのが見えてくる。
「ナオが来たみたいね」
ライラはナオを指さす。
「お。応援隊の到着か」
ライラは、立ち上がるとナオに向かって手を振った。
それに気が付いたナオは、駆け足でライラ達のもとへと向かってきた。
「こんにちは!ライラさん。ダルバスさん!」
元気良く挨拶するナオ。
「こんにちは。昨日はご馳走様ね。美味しかったわ。なんだか、今でもマスターには申し訳ないわね」
ライラは昨日を振り返る。
「ううん。いいの。あの後も、マスター上機嫌だったしね」
ナオは、嬉々としてライラ達が帰った後の説明をする。
「それは良かったわ。また機会があればお店に行くわね」
「ほんと!?絶対に待っているから!」

 ライラ達がじゃれ合っていると、程なくしてリスタが城門から姿を現した。
「皆、揃っているようだな」
リスタは全員を見わたした。
「おう。ウォーミングアップも万全だ。早速、試合と行こうぜ?」
ダルバスは、早くも鼻息を荒くしている。
「まぁ、待ちなさいな。私がさっき話した事を忘れちゃったのかしら?」
急かすダルバスを抑えると、ライラは一歩前に出る。
「何か、お話でもあるのかな?」
リスタはライラに問いかける。
「ちょっと、ご相談があるの。そうね、昨日の手品の種明かしをしたいのよね」
ライラは遠回しに話を切り出し始めた。
「手品?昨日のか?いや、それはありがたいのだが、これから試合と言う前にか?後には出来ないのか?」
先日同様。唐突の提案に、リスタは驚いているようだ。
「まあ、私が今からすることを見て頂ければ、わかりますことよ?」
そう言うと、ライラはバックパックから秘薬を取り出す。
その様子を見ていたナオは慌てた。
「ちょ、ライラさん!もしかして・・・?」
まさかの事態に、ナオは驚愕する。
「大丈夫よ。じゃ隊長さん。昨日の『魔法のような』手品の種明かしを致しますわね?」
そう言うと、ライラは詠唱を始めると、掌から現れた白い煙を自分自身に纏わせた。
リスタは目の前で起きている事が全く理解できず、ただライラを見つめていた。
「それでは、もう一度同じ手品をお見せするわね」
そう言うと、ライラはリスタの胴体を掴むと、再びリスタを持ち上げて見せた。
「おぉっ!」
驚愕の声を上げるリスタ。リスタを地面に降ろすと、リスタは未だに信じられない表情でいた。
「どう?これが、種明かし。おわかり頂けました事?」
ライラは意地悪そうに、リスタに問いかけた。
「いや・・・。先日と同じで、この魔法のような手品の種はわからぬな」
リスタは腕を組んだ。
そして。
「魔法のような手品・・・。もしかして、お主、本当の魔法使いなのか?」
あまりに突拍子もない自分の考えだったが、それくらいしか思いつかなかったのだ。
「うふふ。そうよ。私は魔法使い。魔女なのよ?」
ライラの自虐的な発言とも取れる内容に、ナオは青ざめた。
街を護る隊長クラスの人間に、そのような事を明かして良いのか。
先日の治療院のような事にはならないのか。
ナオは、事の成り行きを見守るしかなかった。
「本当か?冗談では、余りにつまらなさすぎるぞ?」
リスタは未だに、ライラを魔法使いなのかを信じられずにいた。
「本当よ。こんな時に冗談は言いませんことよ?」
ダルバスは、事の成り行きを難しい表情で眺めていた。
これが、吉と出るか凶と出るか。
凶であれば、今後のダルバス達の行動に支障が出かねないからだ。
 暫くの沈黙が流れる。
そして、おもむろにリスタは笑い声を上げた。
「ふっ!ふははははっ!なるほどな。これで、これまでの貴様らが起こした奇妙な現象は説明がつくと言うもの」
笑い声を上げるリスタ。
この笑いが何を意味するのかを、ダルバス達は見守った。
「私を軽々と持ち上げたり、折れた骨が1日で治るなどおかしいとは思っていたのだ。さすがに、魔法で鍵までは開けられぬであろうが、仮に出来たとしても面白い話だ。はははははっ!」
ライラは、リスタの言動に注意を払っていた。
「ご理解頂けたようですわね。どうします?私を魔女として対処します?」
ライラは、やや挑発的にリスタに語りかけた。
すると、意外な反応が返ってくる事となった。
「戯れ言を言うのではない!魔女などという差別的な表現をするとはなんだ!自虐も程々にするがよい!」
リスタはライラを一喝する。
一行は夢でも見ているような感じだった。
「隊長。それでは・・・」
ナオは、心配そうに隊長を見つめた。
「うむ。自分を魔法使いと明かすには、相当な度胸が必要であったことであろう。もしかしたら、私が何かしらの理由をつけて、貴様らを迫害したり、活動を妨害されたりするかもしれないと考えていたであろうからな。しかし、心配は無用だ。私はそのような偏見の目でライラ殿を扱う事はせぬ。安心されるがよい」
リスタの発言に、一行は胸をなで下ろした。
「ご理解、感謝いたしますわ」
ライラは、恭しく膝を曲げた。

「それで?今、そのような事を明かすには、意味があるのであろう?」
リスタは核心に迫る。
「話が早くて助かりますわ」
ライラは、先ほどダルバスと相談した内容を、リスタに伝えた。
「なるほど。模擬戦闘とな。しかし、ダルバス殿の言うとおり2体1ではこちらがかなり不利になるのではないか?ダルバス殿に夢中になっている時、魔法を打ち込まれたりしたら、こちらはひとたまりもないのではないか?」
さすがに、ライラの提案には難色を示すリスタ。
「いいえ。私からリスタ隊長への魔法攻撃は一切致しません事よ?」
これには、ダルバスもリスタも首を傾げる。
「どういう意味だ?」
ダルバスは、ライラの真意が計りしれないでいた。
「さすがに、攻撃魔法を放つとリスタ隊長がかなり不利になるので、私が使用する魔法は、ダルバスへの支援魔法だけ。それに、最初は支援魔法は使わないわ。ダルバスが明らかに不利な状況になった時だけ使用する。それと、ダルバスへの回復魔法の支援も禁止。瀕死になる度に回復では、収拾がつかなくなりますからね?これで、いかがかしら?」
ライラの提案に、リスタは暫し沈黙する。
「ふむ。まあ良いだろう。それに、私には魔法ではないが、通常の人間では持っていない能力を持っている。今回の試合ではその能力を使用しようと思っていたので、問題はなかろう」
リスタの発言に、ライラは安堵するも、ライラ達の興味を十分に惹くであろう内容も含まれていた。
「能力・・・?」
一同が発言する。
「まぁ。私が魔法を忌み嫌わない理由の1つでもあるな。能力の内容は、当然今明かすと都合が悪いので、試合でご覧頂く事にしよう。勿論、そちらの魔法の内容も説明頂く必要はない」
リスタは、今能力を明かす事はなかった。
「それと。ライラ殿が試合に参加されると言う事だが、そうなると試合相手として、私もライラ殿に刃を向けざるを得ぬが、それもご了承の上かな?」
リスタは、ライラを女性としても、攻撃の危険がある事を示唆する。
「もちろん宜しくってよ。私も魔法使いの端くれ。そう簡単にやられたりしません事よ?第一、そんな事を言っていたら、古代竜などと戦えなくて?古代竜は女性だから攻撃しないなんてことありませんものね?」
ライラは臆する事もなく、試合に挑む覚悟を見せる。
「あいわかった。貴様らの覚悟は立派なり。では、そろそろ試合開場である中庭に向かうとしようぞ」
「わかったぜ。とっとと試合をすることにするか」
ダルバスは嬉々としてリスタの後に続く。
ライラは、苦笑いしながらリスタ達を追った。

 中庭には、10人ほどの衛兵達が隊列を組んでリスタ達を迎えた。
リスタ達は、その中央に佇むと声を上げる。
「ただ今より、ダルバス・ライラ両名と、私、リスタクライシスとの試合を始める!」
「はっ!」
リスタの号令により、衛兵達は一斉に敬礼を送る。
「試合のルールを説明する!試合は2対1での戦いとなる!試合の決着は双方のどちらかが動けなくなるか、降参宣言を発した時に決着するものとする!また、試合開場はこの中庭のみとし、そこから外や城内への移動は逃走行為とみなし敗北とする!なお、相手への殺害行為は絶対の禁止行為とする!」
リスタは一息つくと、ライラへ付け加えた。
「魔法の使用は、補助魔法の使用は可能とし、攻撃魔法の使用は禁止とする!なお、例外として回復魔法の使用は、試合の収拾つかなくなる恐れがあるため、使用禁止とする!」
この発言に、ナオは慌てふためく。
「ちょ・・・隊長さん。ライラさんが魔法を使う事を、そんな大声で言わなくても・・・!」
焦るナオに、リスタは語りかける。
「心配無用だ。ここにいるのは、私の信用出来る部下達だ。それに、皆、先ほど私が話した能力の使い手になろうとしている者達だ。魔法に対して偏見を持っている者はおらぬので、安心するがよい」
リスタの言う事は本当なのだろう。ナオは納得するしかないようだ。
「それでは、試合を始めるとする!審判!ここへ!」
リスタが審判を呼びつけると、ナオと衛兵達は壁際まで下がり、試合開始を待った。
「では双方中央へ」
審判が声を発すると、両者は中庭の中央に対峙した。
と、リスタが部下から受け取った物がある。
それは、一降りの刀と盾だった。
「これが、私が得意とする戦闘スタイルだ。ダルバス殿、ライラ殿。貴様らの力、特と拝見させて貰うぞ」
緊張はしているのだろうが、リスタの言葉には期待と楽しみが見え隠れしていた。
「へっ!ヤリ使いだと思っていたが、刀と盾使いか。関係ねぇ。その能力とやらを楽しみにしているぜ。返り討ちにしてやんよ」
ダルバスは舌なめずりをすると、リスタを挑発する。
「魔法の力を舐めんじゃないわよ?」
ライラも負けじと挑発をする。

「両者構え!・・・始めっ!」
審判の合図と共に、真っ先に動いたのはライラだった。
詠唱をしながら素早く壁際まで移動すると、瞬時にライラの姿が消えた。
衛兵達のどよめきが流れた。
しかし、リスタはそれに意を介する事もなく、ダルバスと刃を交えていた。
ライラの存在は気になってはいたが、いきなり攻撃を仕掛けるつもりはなかった。
当面は、ダルバスとの押し問答をするつもりだったのだ。
斧と刀の刃を交える両者。
ギリギリと、金属の押し合う音が響き会う。
しかし、両手持ちのダルバスの腕力には適わないリスタ。
せめぎ合いをした挙げ句、ダルバスの斧は、リスタの刀をはじき飛ばした。
「弱ぇっ!」
ダルバスは、リスタの胴に狙いを定めると、横一線に斧を振るう。
しかし、その斧の一撃は、リスタの盾によりあっさりと受け止められてしまった。
それでも、重量のある一撃を受けたリスタは、砂埃を上げながら地面を滑る。
「遅いわっ!」
リスタは叫ぶと、盾で防御しながらダルバスに突きを見舞う。
俊敏なリスタ。
突然の攻撃に、ダルバスは回避を試みるも、リスタの突きはダルバスの頬を捉えていた。
ダルバスの頬に、一筋の血が流れ落ちる。
ダルバスは回避し、攻撃を受けながらも、後転しながらリスタの足を払った。
足払いはリスタのスネを直撃し、地面に転がり落ちるリスタ。
ダルバスは素早く体勢を立て直すと、転んでいるリスタの胴体目掛けて斧を振り下ろした。
リスタは盾で防御するも、転んでいる状態では間に合わず、ダルバスの斧は盾をはじき飛ばすと、ダルバスの一撃は鋼鉄の鎧を、直撃した。
「がはっ!」
悲鳴を上げるリスタ。
しかし、決定的なダメージを与えていないと判断したダルバス。その場からの反撃を警戒して、間合いを取る。
その判断は正しかった。
間合いを取ろうとした瞬間、リスタの刀はダルバスの鼻の切っ先を捉えていた。
間合いを取ったダルバスの鼻先からは、うっすらと血が滲んでいた。
再び対峙する2人。
「やるな貴様」
不敵な笑みを浮かべるリスタ。
「へっ。てめぇこそな」
滴る血を拳で拭うダルバス。
 ナオは試合の様子を震えながら見ていた。
戦うダルバスやリスタの姿は、先日の喧嘩とは全く異なり、まさに真剣勝負だからだ。

 この様子を、ライラは固唾を呑んで見守っていた。
ライラは、リスタからの攻撃から逃れるために、体を透明にする魔法で隠れていた。
無論、これは魔法使いであるライラが、リスタからの攻撃をまともにくらったらひとたまりもないからであった。
しかし、この魔法には弱点がある。
それは、ライラが大きく動いたり、声を発するなどして魔法の詠唱をすると、その効果は消えてしまうのだ。
ライラは、次のタイミングを虎視眈々と伺うしかなかった。

対峙していたダルバスとリスタ。
先に動いたのはリスタだった。
「おおおぉぉぉっ!」
盾を構えると、雄叫びを上げながらダルバスに突進してくる。
シールドバッシュと言われる戦法だった。
盾は、身を守るだけの物ではない。時には武器にもなる。
リスタは、盾でダルバスに体当たりをする。
しかし、それを両腕でガードするダルバス。
リスタの猛突進により、ダルバスは後方に押しやられる。
そして、リスタは盾で突き上げながら、盾の角を利用して、ダルバスの顎下に叩き込もうとした。
しかし、これがリスタにとって仇となった。
この戦法を、ダルバスは知っていたのだろう。
リスタが盾を振り上げた瞬間、ダルバスは体を後ろに仰け反らし、斧を下段に構えると、振り上げた盾を更に上へと跳ね上げた。
ガキィーンと言う音が、中庭に響き渡る。
一瞬体が浮き上がるリスタ。バンザイをしているような格好のままリスタは跳ね上げられる。
その期を、ダルバスは逃さない。
振り上げた斧を、力ずくで戻すと、リスタの胴体へ向かって横一線に放った。
斧はリスタの胴体を確実に捉えると、豪快な金属音と共に、リスタは吹き飛ばされる。
「ぐ・・・は・・・」
中庭に転がるリスタ。
「なんだ?もう終わりかい?俺が、盾を使った戦法を知らなかったとでも思ってんのかい?おら、隊長さんの能力とやらを見せてみろや。もしかして、これで終わりじゃねぇよなぁ?」
ダルバスは、転んでいるリスタを挑発する。
すると。
「ふっ!ふははははっ!これは強い!ダルバス殿の強さがこれほどまでとはな!だが・・・。後悔するがよい。いいだろう。我が能力を披露しよう。後悔するがよい!私の敵は貴様のみだ!」
リスタが何やら詠唱をするような仕草を見せると、リスタから発せられる気配に、ダルバスは恐怖を覚えた。
リスタの敵意というか殺意というか・・・。
それらの全てが、自分に向けられた気がしたからだ。
「な・・・なんだあいつは」
異常な雰囲気に圧倒されるダルバス。
「行くぞ!」
リスタは、ダルバスに突進すると、刀の一刀を見舞った。
しかし、それはダルバスの胴体に対してであって、バロタイトの鎧を纏っているダルバスには、殆ど通じないはずだった。
しかし。
ガァンッ!豪快な炸裂音と共に、ダルバスの体は空に浮いた。
「が・・・は・・・」
ダルバスは今までにない感触に見舞われる。
地面に転がり落ち、体勢を立て直すダルバス。
ダルバスが今感じた感触は、人間の物でも化け物の物でもない。
未知の力だった。
言うなれば、人間以上化け物未満といった感触だ。
この世に、そのような人間が存在するのか。まして、あのような軽い刀で、いくら切れ味があったとしても、ダルバスを浮かすようなダメージを与えられるのか。
ダルバスは困惑していた。
「て、てめぇ。何をした」
荒い息をするダルバス。
「ふふふ。これこそが、我の真の力。思い知るがよい!まだ私の力は倍増するぞ!」
リスタは再び詠唱するような仕草を見せると、ダルバスに襲いかかる。
ダルバスは防御を試みるが、斧で防御したにもかかわらず、易々と斧を跳ね飛ばし、ダルバスの頬に傷を残した」
圧倒的な力の差を見せつけられたダルバス。
「馬鹿な・・・。刀と斧で、ここまで違うとは・・・」
間合いを置きながら、にじり寄るダルバス。
「まだわからぬか。貴様をターゲットとしてしまった以上、貴様に勝ち目はない。覚悟するのだな!」
そう言うと、リスタは再びダルバスに斬りかかる。
リスタの振りかざす刀に対し、ダルバスは斧で応戦するが、刃同士が重なり合うと、力負けするのはダルバスだった。
「馬鹿なっ!」
両手で重い斧を持っているダルバスに対し、片手で軽い刀をもっているリスタ。
普通であれば、ダルバスが力負けする事などないはずだ。
リスタは、ダルバスの斧を弾き返しざまに、ダルバスの首元に一閃を放つ。
ダルバスが装備している鎧は、首元をガードしているが、それでもあまりの衝撃によろけるダルバス。
無論、これは試合故だ。殺意があるのであれば、首のすき間に狙いを定めていた事だろう。
「どうした。これで終わりか?今、私が貴様に対して殺意があったとすれば、既に終わっていると思うのだがな」
リスタは不敵な笑みを浮かべると、ダルバスを挑発する。
「ふざけんじゃねぇっ!これで、終わりと思うなよっ!?」
声を荒げるダルバス。
しかし、圧倒的な力の差に、ダルバスに策はないように見えた。

(いけない。このままでは、ダルバスは負けてしまう)。
明らかに不利な状況に立たされているダルバスを見て、ライラは行動を開始した。
ライラは魔法の詠唱を始める。
その途端に、ライラの姿は現れる。
「ふ。ようやく現れたか。しかし、邪魔はさせぬ。何をしようとしているかわからぬが、地に伏せるがよい!」
姿を現したライラに対し、リスタはライラに対して攻撃を仕掛けようとする。
しかし、ライラは素早くダルバスの背後に隠れると、魔法をダルバスにかけた。
「作戦通りだな。ありがとうよ」
ダルバスの廻りには、白い煙が舞っていた。
これは、ダルバスの筋力が増強される魔法だった。
「じゃ・・・ね」
ライラは、素早く詠唱を始める。
「はっ!また姿を眩ます気か!笑止!我が剣にて地に伏せてみせようぞ!」
リスタはそう言うと、側にいるダルバスを無視すると、傍らにいるであろうライラに斬りつけた。
しかし。
リスタの剣は空を切り、手応えを感じることはなかった。
「・・・む!?」
リスタは訝しむ。確かにここにいたライラの手応えが無いからだった。
すると。
「はぁい?リスタちゃん?私はここよ?」
ライラの声に振り返るリスタ。
ライラは、一瞬のうちに全く別の場所に移動していた。
「な・・・!」
絶句するリスタ。
ライラが使用した魔法は、短距離ではあるが、瞬間移動が出来る魔法だった。
驚くリスタをよそに、ライラはまた姿を消してしまう。
そして、ライラがリスタに声をかけたのも、戦略のひとつだった。
「旦那。俺を無視して余所見とは余裕だなぁ?」
ダルバスの声に気が付く瞬間、傍らに佇むリスタの胸元を掴み上げると、渾身の力を込めて空に放り上げた。
「おおぉっ!」
リスタは悲鳴を上げる。
通常の筋力ではあり得ない力だ。
しかし、ダルバスはライラの魔法の力で、強靱な力を手に入れていた。
リスタは、ズ・ズンといった音を立てながら地面に叩き付けられる。
ダルバスはとどめとばかりに、リスタに追撃を試みるが、そうもいかなかった。
ダルバスがリスタに近づく前に、リスタは立ち上がり、迎撃の姿勢を見せたからだ。
「ちっ!そう簡単にはくたばらねぇか」
苦笑するダルバス。
と、その時だった。
背後に気配を感じたかと思うと、ライラは再びダルバスに魔法を唱える。
「素早く・・・ね?」
そう言うと、ライラは再び逃れるために詠唱を始める。
それに気が付くリスタ。
「逃がさぬ!」
リスタはライラを追撃しようとするも間に合わなかった。
また迂闊に、ダルバスの懐に飛び込む訳にもいかない。
「この・・・ちょこまかと・・・」
リスタは苦虫を噛みつぶしたような表情になる。
それを見ていたダルバス。
「さて・・・。魔法の力を見て貰おうか?」
ライラが先ほど施した魔法は、敏捷力を上げる魔法だ。
通常の人間ではあり得ない俊敏さを手に入れた事になる。
「覚悟しな。これが、戦士と魔法が手を取り合った力だ」
ダルバスはそう言うと、リスタに襲いかかった。
リスタは盾を構えるも、ダルバスの動きには間に合わなかった。
人間とは思えない俊敏さ。ダルバスは、リスタの盾を難なくはじき飛ばすと、再びリスタの胴体へ斧を放つ。
盾を失い、斧の直撃を受けたリスタ。
リスタは、ダルバスの一撃により城壁に叩き付けられる事となる。
勝負はついたように見えた。
崩れ落ちた瓦礫の中にうずくまるリスタ。
審判は、リスタに駆け寄ると声を上げる。
「勝負あり!勝者ダル・・・」
勝敗を決したかのように、声を上げる審判。
しかし。
「待てっ!私はまだ、負けてはいないっ!」
驚いた事に、降参宣言をしないリスタが、瓦礫から起きあがってくる。
「なんつータフな野郎だ・・・」
疲れを見せないリスタに、ダルバスは口元の血を拭うと、呆れるしかなかった。
「くくっ!ここまで、我を脅かすとはな。ダルバス殿。貴様の力を認めようぞ。だが、この我の力の前で、貴様の力が通じるかな?」
満身創痍にも見えるリスタだが、未だ体力は残っているようだ。負けを認めるどころか試合続行の意思を見せる。
「お・・・。おい、これ以上試合を続けるのも無駄なんじゃねぇか?」
さすがに心配を見せるダルバス。
ライラも、これ以上の戦闘は不可能だと判断していた。
「愚か者共が。・・・。皆の者。下がるがよい。これから始まる戦いは、皆の者を巻き込むかもしれぬからな・・・」
それを聞いた衛兵達は、慌てふためいた。
「やばい!リスタ隊長がキレたぞ!この場にいてはマズイ!逃げるんだ!」
早々に逃げ出す衛兵達。
「え?え?何よ?」
試合を見ていたナオは、理解が出来ない。
「馬鹿!巻き添えを食らいたいのか!いいから、こっちに来い!」
衛兵はそう言うと、戸惑うナオの腕を引くと、遠巻きにしてダルバス達を見守る。
「ヤバいな~。隊長、本気になっちゃったよ」
「ここまで、被害が来なければいいんだけどな~」
「だ、大丈夫だって。隊長だって理性はあるんだろうから。・・・多分な」
衛兵達は、各々の恐怖を口にする。
ナオは、それを聞くと、更なる恐怖に包まれていった。
「どういう事?ライラさんと、ダルバスさんは大丈夫なの?決着はついているじゃ・・・むぐ」
ナオの独り言は、衛兵達にふさがれる事になる。

 中庭には、不気味な静寂が流れていた。
「ダルバス達よ。よくもここまで私を追い込んだ。だが、それを後悔するのだな・・・」
リスタは対峙するダルバスに語りかける。
「あぁ?負け惜しみか?何を今更・・・」
ダルバスは呆れ顔で応じる。
ライラは、尋常ならぬ雰囲気故に、まだ姿を現す事はない。
「よく聞け。これから私が使用する能力は、正直このブリテインの街の中で使用してはならぬものかもしれぬ。が、貴様らの力に敬意を表し使わせて貰う事にしよう。しかし、私もこの能力は余りに強力すぎて使うのもためらうのだがな」
リスタは、これから行うであろう自分の能力について語る。
「あぁ?ってことは、まだ決着はついていないってことだよな。面倒くせぇなぁ。とっとと、てめぇの必殺技なりなんでも見せろや?」
事の成り行きが見えないダルバス。先を促す事になる。
「その心意気やよし。では、見るがよい。我の本当の力を!狂戦士となる私の力を!」
リスタは再び詠唱のような素振りを見せると、未知の力を解放した。
見ていると、リスタの筋骨は隆々とし始め、鎧を内側から弾き飛ばさんほどになる。
「な・・・っ!」
驚愕を隠しきれないダルバス。
「あははははっ!我は無敵なり!刃向かうものは、全て叩き潰してやる!」
リスタは、そう叫ぶと、ダルバスに襲いかかる。
ダルバスはその攻撃に驚愕する。
先ほどのリスタの動きとは全く異なるからだった。
速度や腕力。
すかさずダルバスは攻撃をかわすが、ギリギリと言った方が正解だった。
魔法で、腕力と敏捷性を上げているダルバス。
それでも、今のリスタ相手に補えるかどうか。
リスタが言っていた「能力」を、今理解する事になる。

 リスタは刀を振り上げると、力任せに振り下ろす。
刀は飛び退いたダルバスの床を捉えると、石畳を粉砕した。
「なんだっ!あの馬鹿力はっ!」
床を転がりながら叫ぶダルバス。
恐らく、ダルバスの渾身の一撃を持ってしても、あのような破壊力を出す事は不可能だろう。
「我は無敵だ!皆殺しにしてくれるわっ!あははははっ!」
リスタは叫ぶと、刀を縦横無尽に振りかざす。
ダルバスは、リスタの豹変振りに気が付いた。
リスタの言動が、通常の時に比べると別人の様に変わってしまっている。
そして、確かにターゲットは自分になっているのだが、それにしても攻撃対象が曖昧すぎるのではないか。
これでは、試合に関係ない連中に攻撃が及んでしまうのではないか。
「おいっ!リスタ!てめぇっ!試合の相手が俺だって事を忘れてんじゃねぇだろうなぁっ!」
リスタの異様さに、ダルバスは自分に意識を向けるべくリスタに怒鳴りかける。
「勿論だ。お前を倒さずして、ブリテインの平和はない!うははははっ!」
意味不明な言葉を並べるリスタ。
そう叫ぶなり、リスタはダルバスに襲いかかる。
ダルバスは構えるが、リスタの一撃がダルバスを襲う。
斧でリスタの攻撃をガードするダルバス。
しかし、その一撃は余りにも重く、ダルバスは斧ごと吹き飛ばされた。
「が・・・っ!」
怪我はないが、あまりの一撃にダルバスは愕然となる。
「あんなのに、勝てんのかよ・・・」
ダルバスは呟くと、リスタの攻撃に警戒した。
しかし、リスタを見ていると、確かに自分を捜しているようなのだが、目はうつろになり、攻撃対象はリスタの目に入る者をターゲットにしているようにも見えた。
リスタの射程距離から遠のく衛兵。
「リスタ隊長!ダルバス殿はあっち!あっち!」
衛兵はナオを自分の背後に隠すとダルバスを指さす。
ナオは、衛兵の後ろから、豹変してしまったリスタを恐る恐る覗き込んでいる様だ。
これを見て、ダルバスは理解した。
リスタが使用している能力は、力だけの能力なのだと。
そして、力、俊敏、体力などは上がっているのだろうが、理性をやや失うと言ったデメリットを持った能力なのかもしれない。
「野郎!とち狂ってんじゃねぇぞ!」
ダルバスは叫ぶと、リスタに斬りかかる。
しかし、リスタは俊敏だった。
「ウジ虫共が!吹き飛べ!」
詠唱のような仕草を見せると、リスタの体の廻りから眩いばかりの閃光が発した瞬間、強力な爆圧がダルバス達を襲った。
何が起きたのか。理解する間もなくダルバスは吹き飛ばされる。
と、同時にライラの悲鳴があがる。
「きゃあぁっ!」
爆圧はライラをも捉え、ライラは壁に叩き付けられてしまった。
当然、魔法の効果は消え、姿が露わになってしまっている。
「う・・・あ・・・」
体にまとわりつく痛みを堪えながら、ライラは身を起こす。
「あははぁ~。見つけたぞ。魔法使いめ」
リスタはおぞましい笑みを浮かべると、ライラへとにじみ寄る。
「しまっ・・・」
ライラは慌てて姿を消そうとするが、突然の出来事に、秘薬を旨く取る事が出来ないでいた。
「まじぃっ!」
ダルバスは全速でリスタを追うと、両足に飛びつきリスタを転ばせた。
転んだリスタをダルバスは自分の方へ引き寄せようとする。
「邪魔するなぁっ!」
リスタは身をよじると、刀の柄でダルバスの顔面をはじき飛ばした。
まさに、容赦のない一撃だった。
バキィ!と音を上げ、ダルバスの顔は一瞬折れ曲がったかのようにひしゃげた。
しかし、ダルバスはリスタの足を離さなかった。
「うおぉっ!」
渾身の力を込め、リスタの足を持ち振り上げると、ライラとは逆の方向に投げ飛ばした。
「ライラ!今だ!」
ダルバスはライラに姿を隠すよう促す。
ライラは無言で頷くと、再び姿を消した。
体勢を立て直すダルバス。
しかし。
視界が眩み、足がおぼつかない。
ダルバスは、先ほどのリスタの攻撃によって、軽い脳しんとうを起こしてしまっていた。
「くそ・・・。やべぇ・・・」
立っているのがやっとのダルバス。
投げ飛ばされたリスタは起き上がると、ダルバスへ突撃してきていた。
その時。
ライラが姿を現したかと思うと、突進するリスタの目の前に突如として石壁が出現した。
「なっ!?」
リスタは回避する事も出来ず、ドガーンという激しい衝突音と共に、石壁に激突してはじき飛ばされた。
中庭にどよめきが走った。
全走力で石壁に突撃してしまったリスタ。
その衝撃で、リスタも軽い脳しんとうを起こしてしまったようだ。
立とうとするも、なかなか起きあがれないでいた。
これは、ライラがダルバスへの攻撃を防ぐ為に行ったものだった。
幸か不幸か。リスタはその障壁に突撃していった次第になる。
魔法攻撃はしない約束だったが、これはグレーゾーンになるのかもしれない。

 ダルバスはその間に立て直す事が出来た。
「上出来だぜ。ライラ?」
ダルバスはライラを探すも姿はなかった。既に魔法で姿を消したのか、いつの間にか紛れ込んだ鶏しかいなかった。
暫くすると、石壁は雲散霧散して消えてゆく。
ようやく立ち上がったリスタ。
その顔には、普段のリスタとは思えない怒りの形相を浮かべていた。
「うおぉぉぉぉっ!この、魔法使いがあぁぁぁっ!どこだぁっ!殺してやる!皆殺しだあぁっ!」
リスタは発狂とも絶叫とつかない雄叫びを上げると、再びダルバスへと駆け寄った。
既に、体勢は整えてあるダルバス。
リスタの振りかざした刀を、斧で受け流した。
力と力で刃を受け合うと、ダルバスの方が不利になってしまっていたからだ。
「物騒な力を披露してんじゃねぇっ!」
刀を受け流すと、仕返しとばかりに、リスタの首もとへ斧を放つ。
無論、リスタの首も鎧で守られている。間違っても、首を跳ねるなどという事はない。
斧は首もとへ命中し、体勢を大きく崩すリスタ。
しかし、倒れたりする事はなく、体勢を崩し際に刀での突きがダルバスを襲った。
「甘い!」
突きはダルバスの左肩を直撃し、激しい衝撃がダルバスの左肩に走る。
「ぐあっ!」
思わず悲鳴を上げるダルバス。
すかさず間合いを取るが、ダルバスの左腕は痙攣し、斧をまともに掴めなくなってしまっていた。
「きしょ~」
血混じりの唾を吐くダルバス。
と、その時背後に気配を感じると、魔法をかけられる感触があった。
いつの間にライラは姿を現したのだろうか。
だが、それを考えている暇はなかった。
ダルバスは、打ち据えられるリスタの攻撃に、斧ではじき返すのが精一杯だった。
右手だけで斧を操り、リスタの刀を弾く。
カーンカーンカーンカーンと、刃の交じる音が響きあい、ダルバスは防戦一方となる。
「うぁははははっ!勝負あったな!地べたに伏せるがいい!」
リスタはダルバスを嬲るかのように追い込んでゆく。
そして、ついに力負けしたダルバスの斧は、大きくはじき飛ばされた。
「やべぇっ!」
無防備になるダルバス。
「終わりだ!死ねぇっ!」
リスタは叫ぶと、ダルバスの胴体を叩き切った。
激しい金属音が響き渡る。
誰しもが、決着が付いたと判断した。
しかし。
意外な事に、ダルバスのダメージは少ないものだった。
確かに、衝撃と痛みはあるのだが、本来想像していたほどのダメージはない。
「まだ死なぬか!ならばもう一撃!」
ダルバスはすかさず斧で防御するが、刃は斧を弾くと、再びダルバスの胴体を直撃する。
「ぐ・・・」
それでも、鈍い痛みは走るが、とても致命傷を与える事は出来ないようだ。
渾身の一撃を加えても倒れないダルバス。
これは、ライラの魔法の加護だった。
先ほどライラが使用した魔法は、ダルバスの体に対して、物理的な力が加わった場合、それを緩衝するものだった。
「な、なぜだ!」
困惑するリスタ。
その隙をダルバスは逃さない。
「くたばんのは、てめぇなんだよ!」
ようやく痺れが消えてきた左手も使うと、リスタの胴体を左上から右下へと斧を叩き込む。まさに、ダルバスの渾身の力を込めた一撃だった。これで、相手が倒れなければ、負けも覚悟をしていた。
「がはぁっ!」
斧の直撃を受けたリスタ。
相当なダメージが入ったのだろう。
思わず、片膝をつくリスタ。
「ちっ。まだ倒れねぇか。タフな野郎だ」
ダルバスは、とどめとばかりに、斧の平でリスタの顔面をはじき飛ばした。
無条件に、ダルバスの攻撃を受け入れるリスタ。
リスタは地面に崩れ落ちていった。

 決着が付いたかのように思われた。
しかし。
ダルバスがリスタに近寄った瞬間。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
リスタはけたたましい雄叫びを上げ飛び起きると、盾でダルバスの下あごに狙いを定めた。
ダルバスは、予測こそしていたものの、長い激しい戦闘と体力の消耗で回避は不可能だった。
ダルバスも、斧を振り回すと、再びリスタの顔面を狙った。
ほぼ同時だった。
両者の放った攻撃は、互いに命中し、ダルバスは意識が遠のくのを感じていた。
一瞬、時が止まったかのように両者は固まり、そして地面へと倒れ込んでいった。

 静寂が流れていた。
両者は死んだかのように動かない。
そして、狂戦士化していたリスタの体は、次第にもとの体へと戻っていく。
ナオは、この様子を見て、涙を流していた。
あまりに激しい戦い。恐怖と興奮が混じり合い、ナオはただ涙を流すしかなかった。
審判が両者の側に立つ。
そして、ダルバスとリスタを確認し、試合続行不可能と判断した。
「試合終了!本試合は、引き分けとする!」
衛兵達に、落胆と安堵とも言えるどよめきが広がった。
「救護班!直ちにリスタ隊長とダルバス殿の救護に当たれ!」
審判は救護班を呼びつけると、気を失っているダルバスとリスタを、救護室へと搬送させた。

 試合は、引き分けという意外な結末で終わりを告げた。
衛兵達は、興奮覚めやらぬ様子で、自分達の持ち場に戻っていく。
そのような中、ナオはライラを探していた。
「ライラさん?もう試合は終わったんだけど?どこにいるの?」
ナオは、ライラを探す。
試合が終わったのであれば、ライラは隠れている必要はない。
なのに、ライラの姿はどこにもなかった。
「救護室に行っちゃったのかな・・・」
すると、ナオの足下で、人懐っこそうにまとわりついている鶏がいた。
「うふふ。可愛い!・・・ねぇ鶏さん。ライラさんを知らない?」
ナオは鶏を抱き上げると、頬ずりをして、ふざけてみる。
すると。
「私はあなたの手の中にいるわよ?」
突然声を発する鶏。
「きゃああぁっ!」
突然の出来事に、ナオは鶏を放り投げる。
バタバタと羽ばたきながら、鶏は地面に落下した。
すると、その途端。
鶏は不思議な光を発したと思うと、その姿をライラに変えた。
「ラ・・・ライラさん?」
まさに、目が点になるナオ。
「非道いじゃない。私を放り投げるなんて?」
悪戯っぽい目でナオを見つめるライラ。
ナオは、すぐに理解した。これも、魔法なのだろう。
「ご、ごめんなさい。あまりに驚いちゃったんで・・・」
ナオは謝罪する。
「あはは。いいのよ。私も悪戯が過ぎたわね」
「でも、魔法で鶏に変身出来るんだね。魔法って何でもありなんだね」
ナオは感心する。
「何でもって訳じゃないけれど・・・。でも変身できるのは鶏だけじゃないわ。犬や熊などの動物。他にも化け物にもなれるし、果ては女性の私が男性に変身することも出来るのよ?」
ライラは変身できる種類を説明する。
「へぇ・・・。でも、何で鶏なんかに変身していたの?」
素朴な疑問をライラに向ける。
「あぁ。試合が始まってから、私が姿を消したり表したりしていたのは見ていたわよね?だけど、タイミングが難しいので、リスタ隊長がひっくり返っている間に、鶏に変身していたのよ。変身していても、魔法は使えるからね?おかげで、リスタ隊長は私がずっと魔法で隠れていると思い込んでくれたわけ。まぁ、秘薬を鶏の両足で掴むのは大変だったけれどね?ま、これは魔法を知らない人達の前でしか出来ない戦法ね。知っていたら、変身したとばれて、私は焼き鳥にされちゃうわ?」
ライラはようやく戦術の種明かしをした。
「ふーん。だったら、化け物に化けて一緒に戦った方がよかったんじゃない?」
「それは、駄目よ。私はリスタ隊長に対しての魔法を使用した攻撃は許可されていないし、しかもいきなり化け物が現れたら、魔法を知らない衛兵達に、私は袋叩きになるわよ」
もっともなライラの説明に、ナオは頷く。
「隊長。もの凄く強かったね。ダルバスさんも大丈夫かしら・・・」
ナオは試合を振り返る。
「さっき様子を見たけれど、一応大丈夫そうね。後で、魔法治療をするので、明日には回復すると思うわよ?」
ライラは鶏状態の時に、2人の体調を確認していた。
「なら、安心だね。でも、ライラさんもダルバスさんも、やっぱり強いね。引き分けとはいえ、隊長相手にこれだけ戦ったんだもん」
「そうねぇ。でも、まさか隊長があのような能力を持っているとは思わなかったわ?ダルバス一人だけだったら、全く勝ち目は無かったでしょうね。能力とは言っても、優れた戦闘能力に、ちょっとした必殺技みたいな物があるのかもしれない位にしか考えていなかったものね」
ライラは試合を思い出すと、身震いをした。
狂戦士化したあの力で、もし自分が斬りつけられていたかと思うとぞっとする。
しかし、古代竜と戦うのであればそのような未知の危険も当然の事だし、今回の試合は、ダルバス達にとって、良い模擬戦となったのかもしれない。
「私も驚いちゃった。あまりに人間離れした強さだったからね」
ナオもリスタの豹変振りに驚いているのだろう。
「結局あの力って何だったのかしら?魔法に似ているようだったけれど、秘薬を使うなどの事もしていなかったみたいだし・・・」
ライラは首を傾げる。
「まぁ、とりあえず試合も終わったし、ダルバス達も救護室に搬送されたみたいだから、私達も行ってみる?」
ライラはブラックソン城を指さす。
「そうだね。心配だし、行ってみよ?」

 救護室には、防具を全て取り外されたダルバスとリスタが横たわっていた。
2人ともまだ意識は回復せず、昏々と眠りに落ちている。
ただ、心なしか2人の表情には満足げな物も見て取れた。
その様子を見て、ライラはぼやいた。
「はぁ・・・。筋肉馬鹿達の考える事って、私には理解不能だわ・・・。こんなズタボロの状態になるのが何が楽しいっていうのよ」
2人の寝台の横に立つと、複雑な表情を浮かべる。
「痛そう・・・」
ナオは2人の傷を見ると、思わず目を背けた。
ダルバスとリスタも、顔面は大きく腫れ上がり、胴体には無数のアザが出来ていた。
「ったく。ダルバスは一日に何度、顔が変形すれば気が済むっていうのよ」
ため息をつくライラ。
「え?何度もって、ダルバスさん、今日も何かやったの?」
ライラの呟きに、ナオは心配そうに尋ねる。
無理もない。ダルバスのイメージからすると、また喧嘩をしたのかと思ったのだ。
「あぁ。違うわよ。この馬鹿。試合前にウォーミングアップだとかいって、北の方にある洞窟で化け物達と遊んで来たのよね。それで、顔を腫らして帰ってきたってわけ」
それを聞いて、ナオは大笑いしてしまった。
「あははははっ!ダルバスさんらしい!」
すると。
「ちょっと!救護室では静かにしてくれないか!」
衛兵に窘められるナオ。
「っと。ごめんなさい」
ナオは慌てて口を塞ぐ。
と、ナオは思い出す。怪我人は2人だけではないのではないか。試合に参加していたライラの傷は大丈夫なのか。
「そういえば、ライラさん、隊長に攻撃されて一度壁にぶつかったよね。大丈夫なの?」
心配そうに訪ねるナオ。
「あぁ。大丈夫よ。かなり痛かったけれどね。骨が折れたり、怪我はないから心配はいらないわ」
まだ多少の痛みは残るが、ライラへのダメージはそれほどでもないようだった。
「そう。それなら安心した。怪我がなくてよかった」
ナオは安堵する。大好きなライラに怪我でもあったら、心配でならないのだろう。
「それじゃ、始めますかね」
ライラはそう言うと、側にいた衛兵に声をかける。
「ねぇ。あなた、さっきの試合を見ていた人かしら?」
衛兵達は、リスタ隊長以外は、顔全体を覆う兜を被っている。一見見た目は誰も同じだ。
「あぁ。見ていたよ。凄かったね。引き分けとは言え、斧と魔法とで隊長を伸してしまうんだもん。いい試合を見せて貰ったよ」
衛兵は、満足げな発言をした。
「なら、話が早いわね。私は魔法を使って治療が出来るの。リスタ隊長とダルバスを治療してもいいかしら?」
ライラが危惧したのは、魔法を見た事がない衛兵達への提案だった。
リスタの話によれば、ここにいる衛兵達は、魔法に対しての嫌悪は無いようだったが、それでも用心する事にない。
「ああ。実は、私達もライラ殿にそれをお願いしようとしていた所なんだ。隊長とダルバス殿は、命に関わるほどではないが、回復が早くなるに越した事はないんでね。魔法だったら、もっと早く治療が出来るんだろう?」
ライラにとっては、最高の答えが返ってきた事になる。
「それでは、治療をしてもよろしいかしら?」
「勿論です。あ、私も見ていてもよろしいですか?お邪魔なら、この場からおいとましますが」
謙虚な衛兵。
「大丈夫よ。何だったら、他のお仲間を連れてこられてもよろしくてよ?」
先日の治療院とは逆に、受け入れ態勢のライラ。
気分が良いのだろう。ライラは人集めを促した。
ライラの提案に、衛兵は信じられないといった態度を示す。
「本当ですか!では、手の空いている皆を連れてきます。少し待っていてください!」
そう言うと、衛兵は喜び勇んでその場を後にした。
その様子を見ていたナオは、何とも言えない表情となる。
「不思議・・・」
ナオが首を傾げるのも無理もない。
先日の治療院では、ライラは魔女扱いされ、治療こそ出来たものの終始白い目で見られたからだ。
無論、中には魔法に対する興味を示し、ライラの行動に対し肯定的な態度を取るスタッフがいたのも確かだが。
「これは、リスタ隊長の人徳故かもしれないわね」
ライラは、試合前のリスタの言葉を思い出す。
(ここにいるのは、私の信用出来る部下達だ。それに、皆、先ほど私が話した能力の使い手になろうとしている者達だ。魔法に対して偏見を持っている者はおらぬので、安心するがよい)
恐らく、リスタは魔法とは別にしても、それに類似した力を持っているのだろう。そして、部下達はリスタに追いつこうと、日々切磋琢磨しているのかもしれかった。
「みんな、魔法使いになりたいのかな?」
事の成り行きをまだ理解出来ないナオ。見当違いな解釈をしているようだ。
「うふふ。ちょっと違うかもしれないけれど、そうかもね?彼らは、リスタ隊長を尊敬しているのよ。かなり物騒な能力だったけれど、あの力は、街を護る衛兵さん達にとっては魅力的なのかもしれないわね?」
妹のようなナオに、ライラは優しく説明する。
「でも、私はあんな力いらないな。だって、人じゃないような体になっちゃうし、あんな事になったら、誰もお店に来なくなっちゃうもん」
率直な感想を述べるナオ。
「あははっ!確かにそうかもね。でも、ナオにあんな阿呆みたいな力はいらないわ。だって、ナオにはこれだけ魅力的な性格があるんですからね」
そう言うと、ライラは優しくナオの肩を引き寄せた。
ナオは恥ずかしげにしているようだ。

 暫くすると、複数の足音が聞こえてくる。
衛兵達だろう。
待っていると、十数人の衛兵達が救護室になだれ込んできた。
殆どの衛兵達は武装したままの格好だ。
事件ではないとはいえ、さすがにナオはライラの背後に回り込む。
ライラも、あまりの人数に多少戸惑う物の、毅然とした態度を取っていた。
「揃ったようかしら?では、魔法による治療を始めます事よ?」
臆することなく、魔法による治療宣言をする。
「あ、待ってください。まだ揃っていません。もう少し待ってください」
口を開いたのは、ここにいた救護班の衛兵だった。
そして、廻りに付け加える。
「お前ら、隊長を治療してくれる人に失礼だろうが!兜を取れよ!」
救護班が廻りを促すと、衛兵達は各々兜を取り外す。
そうこうしているうちに、残りの衛兵も到着すると、廻りを見渡すし兜を取り外した。
ようやく、治療を見学したい衛兵達が集まったのだろうか。
狭い救護室には20人ほどの衛兵が詰めかけていた。
「・・・臭っさ」
ナオは思わず鼻を覆った。
汗まみれの野郎共がひしめく部屋。
部屋の中は、酸味を帯びた何とも言えぬ悪臭が漂っている。
ライラは気にすることなく治療を開始する。
「じゃ、治療を始めます事よ?」
「お願いします」
救護班はライラを促す。
ライラはためらうことなく、リスタの傍らにしゃがみ込むと、バックパックから秘薬を取り出し詠唱を始める。
その様子を、衛兵達は固唾を呑んで見守った。
ライラが使う魔法を、リスタの能力と重ね合わせて見ているのだろうか、中にはブツブツと呟く衛兵もいた。
程なくすると、ライラの掌の中には、青白い光が現れ、ライラはそれをリスタの顔にかざす。
すると、光はリスタの顔面に入り込むと、暫く淡い光を放っていたが、消えてゆく。
その後、リスタの顔の腫れや傷跡はゆっくりと引いていくのだった。
「おおおっ!」
衛兵達が驚嘆の声を上げる。
衛兵達の驚きをよそに、ライラは治療を続けた。
「まだよ。次は胴体ね」
ライラは再び詠唱をすると、青白い光をリスタの胴体へと忍び込ませる。
程なくして、ダルバスにより付けられたであろうアザは、消えていった。
「凄い・・・。これが魔法の力か・・・」
「リスタ隊長も、似たような事をするが、これほどまでとは・・・」
「魔法と・・・同じなのか?違うんだよな・・・?」
衛兵達からは、どよめきが漏れた。
ライラは、衛兵達から気になる発言を聞くも、次はダルバスの治療へと体を向けた。
衛兵達の鎧が、ガチャガチャとライラの動きに併せて鳴り響く。
ライラは苦笑すると、ダルバスへの治療を開始した。
治療箇所は、リスタとほぼ同じだった。
顔面を治療した後に、胴体の治療。
ダルバスも、腫れ上がった顔や、胴体のアザも、程なくして消える事となった。
治療を終えたライラ。
「ふ~っ!連続しての治療魔法はさすがに堪えるわね。ちょっと待ってね」
そう言うと、ライラはダルバスの寝台に座り込むと、瞑想を始めた。
これは、先日の治療院でナオも見ていた。
精神力の回復を試みているのだろう。
ナオと、衛兵達は固唾を呑んでライラを見守っている。
ライラが瞑想に入ってから数分。
ようやく、ライラは目を覚ます。
「ごめんなさいね。もう、大丈夫。っと、リスタ隊長もダルバスも大丈夫な事よ?」
目を覚ましたライラの発言に、衛兵達からどっと安堵の声が溢れた。
「ありがとうございます!致命傷ではなかったとはいえ、隊長がここまで本気になって、負傷したのは初めてだったのです。助かりました!」
救護班は、心からのお礼を述べた。
「いいのよ。私もリスタ隊長から、魔法は気にするなと言われたので、大手を振って治療をすることが出来て良かったわ」
ライラも、感無量なのだろう。満面の笑みを浮かべていた。
それを見た一人の衛兵が声をかける。
「感謝はしているのですが・・・。その・・・。私達の前で、魔法の披露は問題ないのですが、このブラックソン城に勤めている衛兵達以外の前では、自重された方が良いと思います。リスタ隊長以外が率いる衛兵達は・・・」
提案する衛兵に、ライラは言葉を遮った。
「わかっているわよ。ここで、このような事をしているのも、リスタ隊長のおかげ。私だって、そこまで馬鹿じゃないわよ?ま、例外もあるけれどね?」
注意を促す衛兵に、ライラは礼を述べる。

 すると、リスタが呻き声を上げた。
「う・・・うん。ここは・・・?」
身じろぎをしながら、リスタは目が覚めたようだ。
「隊長!」
「ご無事でしたか!」
「まだ起きてはなりません。暫しご自愛を!」
衛兵達は、各々にリスタの安否を気遣った。
「ここは・・・救護室か。そうか、試合は終わったのだな・・・。ここにいるという事は、私は敗北してしまったのか・・・」
力無く言葉を発する。
これに関しては、ライラは何も言う事はなかった。
「そんな!隊長は、ご健闘されました!隊長は負けてはおりません!」
「残念ながら、ダルバス殿を叩き伏せる事は出来ませんでしたが、悔しくも引き分けに・・・」
「相手は2人!隊長がご了承されたので卑怯とは申しませぬが、これは当たり前の・・・!」
衛兵達は各々の思いと気遣いをリスタにぶつける。
「そうか・・・。引き分けか。・・・うぅっ!体が痛い!狂戦士化したのが災いしたか・・・」
リスタは呟くと、再び目を閉じる。
「隊長!」
「隊長!」
衛兵達はリスタに心配そうな声をかけ、ライラを見つめる。
「あ~。その、ごめんなさいね。私が出来る治療は、傷の回復だけ。体力の回復までは出来ないのよ」
ライラはバツが悪そうに髪をいじる。
その様子を聞いていたのだろうか。リスタは再び目を開く。
「済まぬな。ライラ殿が治療を施して頂けたのか。感謝するぞ。なに、心配召されるな。ゆっくり養生すれば、程なくして回復するであろう」
リスタの言葉には、狂戦士化した別人のような表情はなかった。
狂戦士化が解けた事により、平常心を取り戻したのだろう。
「どれ、ダルバス殿の具合はいかがかな?隣にいるとお見受けするが。悪いな、正直、狂戦士化してからの記憶が殆ど無いのでな」
そういうと、リスタは体を起こし、ダルバスの様子を伺おうとする。
しかし。
「う・・・がっ!」
完全に完治していないリスタ。狂戦士化した体は、いわゆる筋肉痛状態になり、痛みが全身を支配していた。
「無理するんじゃないわよ?寝ていなさいな?」
ライラは起き上がろうとするリスタを宥める。
「いや、しかし・・・」
無理に起き上がろうとするリスタ。
「いいから、寝ていなさいって言ってんのよ!この筋肉馬鹿!」
今まで、リスタに対して優しく恭しい態度を取っていたライラだが、この時ばかりはライラの自我が炸裂する。
ライラの豹変振りに、リスタは苦笑する。
「くっくっくっ。やはり、今時のおなごは怖いな。かたじけない。では、少し休ませて頂く事にしよう」
リスタは戦く(おののく)ふりをすると、素直に寝台に横たわる。
このライラの態度には、衛兵達も唖然とするしかなかった。

 すると、時同じくしてダルバスが目覚める。
「んぁ・・・。ここはどこだ・・・?」
ダルバスは体を起こそうとするが、うまくいかないようだ。
「お、ダルバス殿も目覚めたようだな」
隣に横たわっているリスタは、嬉しそうな声を上げる。
「ここは、ブラックソン城の中よ。ようやく目覚めたわね、もう一人の筋肉馬鹿。どう?こてんぱんにされた気分は?」
目覚めたダルバスに、強烈な言葉を投げかけるライラ。
「おう・・・ライラか。無事で良かったぜ。怪我はないか?リスタの野郎に変な事はされてないよな?」
まだ、意識がもうろうとしているのだろうか。視線漂わぬ中、ダルバスはライラの安否を気遣っていた。
「なっ!大丈夫に決まっているじゃない!何変な事を言ってんのよ!」
予想外のダルバスの反応に、ライラは顔を赤らめる。
普段は、傍若無人なダルバス。それが、目覚めの開口一言が、自分への安否の確認が来るとは思っていなかったからだ。
「と・・・とにかく!あんたは・・・、あんた達の試合は引き分け!要は、力馬鹿同士がぶつかっても決着が付かなかったって事よ!」
ライラはぶっきらぼうに言い放つ。
ナオは、その様子を見ながら笑いを堪えきれないでいた。
すると、ようやくダルバスの意識がはっきりしてくる。
「試合・・・そうだ!試合の結果は!・・・引き分けだと?」
ダルバスは寝台から飛び起きようとする。
「痛ぇっ!」
ダルバスは両腕で全身を抱え込むと悶絶した。
ダルバスも同様、魔法で駆使した体と、通常ではあり得ない戦闘をした後故に、全身筋肉痛になっているようだった。
「俺は・・・。俺達は負けたのか?」
ダルバスは、試合を思い返しながら呟く。
正直、最期のリスタとの交わりは、殆ど記憶にない。
ダルバスに背を向けるライラに対し、ナオが説明する。
「ううん。負けてもないけど、引き分け。最後は、ダルバスさんと隊長が相打ちになって終わったんだよ?」
ナオが説明すると、その時の事を思い出すダルバス。
お互いの渾身の力を交えた一撃。
ダルバスの記憶は、そこで途絶えていた。
「そうか・・・。勝てなかったか・・・」
ダルバスは、寝台に横たわりながら遠くを見つめていた。
暫くすると、ダルバスの目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。
それを見ていたライラとナオ。
「ダルバス・・・」
心配そうにダルバスを見つめるライラ。
ライラはダルバスの気持ちを汲んだのだろう。
リスタに勝利をする事が出来なければ、古代竜の討伐など不可能に近い・・・と。
ダルバスの心を汲んだライラ。
「何泣いてんの?はぁ?馬鹿じゃない?あんたねぇ、今回のは模擬戦闘ってのわかってる?実際の戦闘だったら、私、魔法を炸裂させてんだけれど?リスタ隊長なんて、瞬時に決着が着いていたに決まってんじゃない。それが何?試合が引き分けに終わっただけで、メソメソと。あんた、男でしょ?先を見なさいよ!何だったら、私が一人でリスタ隊長を燃やして先に進んでもいいのよ!?」
端から見れば、あまりに思いやりのないと思われる言葉を発するライラ。
「・・・のっ!黙って聞いていりゃ、言いたい放題言いやがって!そんなこたぁ、言われなくてもわかってんだよっ!だが・・・」
言葉に詰まるダルバス。
「何よ?」
意地悪く、ダルバスに詰め寄るライラ。
「あんたの力不足。力馬鹿だけでは先には進めないわよねぇ?」
追い打ちをかけるライラ。
「・・・今日という日こそ、てめぇを憎たらしく思った事はねぇぜ」
ダルバスは寝台から無理矢理体を起こすと、ライラを睨み付ける。
「が・・・。おめぇの言うとおりだな。はらわた煮えくりかえりそうだが、てめぇの言うとおりだ。俺にもっと力量があれば、こんな無様な試合にはならなかっただろうな」
肩を落とすダルバス。
しかし、それはライラの真意とは異なっていた。
「はぁ?!あんた馬鹿!?あんたは、一人で古代竜を討伐する気?私は!?私の存在はどこにいるのよ!?」
ライラは、ダルバスの心を汲んだつもりが仇になった事に激昂する。
「私が言いたいのはねぇっ!あんたの力や心が弱いと言う事を言ってんじゃないの!私達はパートナーでしょ!?あんたは隊長との試合に負けた気分に浸っているようだけれども、その敗北は私も同じなのよ!例え古代竜に打ち勝ったとしても、どちらかが敗北・・・死んでしまったら、何にもならないじゃない!」
ライラは、事の思いを全て吐き出す。
「私達が古代竜を討伐して、ベスパーに帰る。これが、本来の目的でしょう?今私達がいる所は、旅の途中じゃないの!隊長との試合をして、勝った負けたはいいけれど、問題は私達が生きていることじゃない!あんたが考えている事は、自分の勝ち負けだけじゃないの!私達の、本当の存在意義をわかってよっ!」
そう言うと、ライラはしゃがみ込み、大声を上げて泣き叫んだ。
試合の緊張も解けたのだろうか、ライラは人目もはばからず泣き叫けぶ。
衛兵達も、このライラの行動にたじろぐしかなかった。
これには、さすがのダルバスも閉口せざるをえない。
あまりのライラの様子に、思わずナオは駆け寄る。
「ライラさん・・・」
ライラに寄り添うも、どのような言葉をかけたらいいかわからないナオ。
泣き叫ぶライラを、優しく抱きしめるしか方法は無かった。
「ね・・・ライラさん。落ち着いて。落ち着いて・・・ね?」
ナオは一生懸命、ライラ宥める。
ライラは、ナオにしがみつくと大粒の涙を流していた。

 その様子を見ていたリスタ。
体を起こしながら呟いた。
「・・・貴様らの覚悟は、本当なのだな。疑っていた訳ではないが、今、まさに真意を確認した」
リスタは、再び体を起こすと、重なり合うライラ達を見つめる。
「当たりめぇだ。まぁ、ライラとのすれ違いはしょっちゅうだが、今回は、ちとショックだがな」
ダルバスも体を起こすと、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。
「くはは!お主も女難だな。おなごの心を、もっと理解したほうが良いのではないか?」
ダルバスの確信を突くリスタ。
「けっ!堅物のてめぇこそ、どうなんだよ?女難どころか、女っ気すらねぇんじゃねぇのか?」
ダルバスはリスタを茶化す。
それに臆する事を見せないリスタ。
「ふむ。女難というか・・・。我々の『聖職者』には、もともと、そのような俗世からは隔絶されている世界ではあるな」
リスタは、自分のいる世界を淡々と話し始める。
「あぁ?『聖職者』?それって、そこら辺に徘徊しているオリジン神の使いのことかい?」
ブリタニア各地には、オリジン神の教えを説くべく、グランドマスターに仕える「野良唱導」と呼ばれる人物が徘徊している事がある。彼らは、旅行先で路頭に迷った人達を助けたり、路順を示唆したりして、人々の役にたってるという。
「いや、それとは違う」
リスタはきっぱりと否定する。
リスタは一息入れると、事の成り行きの説明をし始めた。
「私が・・・いや、ここにいる衛兵達が魔法を忌み嫌わない所から説明しようか」
リスタの真面目な姿勢に、ダルバスは耳を傾ける。
「私はな、パラディンと呼ばれる聖職者なのだ」
真相を明かすリスタ。
「パラディン?」
聞いた事がない言葉に訝しむダルバス。
「聞いた事があるわ。確か、イルシェナーを発祥とした信仰よね?」
ライラは顔を上げると、リスタに呟きかける。
「お・・・。そうなのか?」
号泣していたライラに、ダルバスは申し訳なさそうに話しかける。
「イルシェナーで、新たな信仰があるとの話を聞いた事があるわ。それも、神に仕えながら心身を鍛え、人間が神の領域に近づくほどの力を得るために、信仰する人達があるとね」
ライラは記憶の糸を手繰り寄せる。
「あ?そこまでわかってんだったら、先に説明してくれてもいいじゃねぇ・・・」
ダルバスが不満を述べると、ライラの怒りは炸裂する。
「この、脳みそ筋肉馬鹿!そこまで、先読み出来る訳ないでしょっ!」
ライラは叫ぶと、両手の平に出現した火の玉を、ダルバスの顔面に叩き付ける。
これは、泣き顔を見せたライラの照れ隠しではあるが、結構容赦ない。
「熱ぃっ!」
両手からの炎に悶絶するダルバス。加減が弱かったのか、ダルバスの顔には火傷が残っているようだ。
ライラはすかさず治療魔法を唱えると、ダルバスの治療を行った。
ライラからの、立て続けの攻撃と回復。
「・・・。なんで、こんな目にばかり遭わなくちゃいけねぇんだ・・・?」
プスプスと、自慢のモヒカンから煙を上げながら、自分に突っ込みをいれるダルバス。
それを見ていた一同からは、爆笑が溢れ上がった。
これには、さすがのリスタも笑いを堪えきれない。
「わははははっ!ダルバス殿は、ライラ殿にやられっぱなしだな!これは愉快!わははははっ!」
筋肉痛を堪えながらも、腹を抱え笑い転げるリスタ。
「・・・笑い過ぎよ。リスタちゃんも、燃やしてさしあげましょうかしらねぇ?」
ライラは、リスタに対して詠唱の素振りを見せる。
「いや。すまぬすまぬ。貴様らの漫才に、思わず吹き出してしまったのでな?くっくっくっ・・・」
リスタは今だ笑いが冷めやらぬ様子で、ライラに謝罪する。
「ま、いいわ。話が戻るけれど、私が知っているのはそこまで。あなたは何者?パラディンって何?」
ライラは、話の核心を求める。
「そうだな。ライラ殿が申した話は、ほぼそのままだ。話を戻そうか。私達が魔法を忌み嫌わぬ理由は、そこにある。私が習得したパラディンの力は、魔法と類似した力があるということだ。従って、この力・・・能力は、おいそれと簡単に、人前では披露が出来ぬ力なのだ。理由は魔法と同様に、奇異の目で見られる恐れがあるからだな」
リスタの発言に、ライラ達は未だに理解が出来ないようだ。
「魔法はライキューム研究所などに行けば、ある程度の情報は得られるけれど、そのパラディンの能力は、誰が教えてくれるのかしら?」
当然の疑問だった。
魔法は、忌み嫌われているとは言え、ライキューム研究所などには魔法の継承者が存在する。いわゆる先生という者が存在する訳だ。
「その疑問も当然だろう。信じられぬかもしれぬが、私はイルシェナーにあるアンク・・・。いわゆる神の生命を象徴した模造物だな。それに祈りを捧げる事により、神からの啓示を頂く事が出来るのだ。・・・とはいえ、これだけでは語弊があるので言い換えるが。無論、オリジン神からの直の言葉を頂くのではない」
リスタは少し悩むと、話を続ける。
「言葉での表現が難しいのだが、アンクの前で祈りを捧げると、頭の中にイメージ・・・とでも言うのか。それが浮かび上がってきてな。そのイメージに従って鍛錬を行うと言うものなのだ」
説明がしにくいのだろう。リスタは言葉を選ぶ。
「それなら、誰でもパラディンになれるって事かい?俺でも?」
率直な疑問を投げかけるダルバス。
「いや。そうでもないのだ。まず第一に必要なのは、戦士としての体力。これだけであれば、ダルバス殿でもパラディンになれるのだが、もう一つが問題だ」
「もう一つ?」
「それは、素質だ。ライラ殿ならおわかりになると思うが、パラディンになるのは魔法を使用する者のように、特殊な素質がなければならない。そして、その素質は誰しもが持っているものではなく、一部の限られた者なのだ」
リスタは部屋の中にいる衛兵達を見渡す。
「素質の確認はどうすればわかるんだい?」
もっともな質問だった。
「アンクに祈りを捧げて、イメージが浮かぶか浮かばないか・・・かしらね」
ライラは腕を組む。
「さすがはライラ殿。その通りだ」
ライラの明晰ぶりに、リスタは少々驚いた様子だ。
「魔法も似たようなものね。勉強をして魔法の知識を得たとしても、いざ詠唱して魔法が発動しなければ、その時点で魔法が使えない事が判明するの。ある程度は、努力で補う事は出来るけれど、使えるのは簡単な魔法だけになるわね」
ライラの説明に耳を傾ける一行。
「となると、ここにいる衛兵達はどうなんだい?皆、リスタ隊長と同じほどの使い手ってことか?」
ダルバスは、衛兵達を見つめる。すると、衛兵の中には、とんでもないとでも言うように手を振る者もいた。
「いや。私以外の衛兵は、ほとんどの者に素質はない。ただ、ライラ殿の魔法と同じでな。努力によっては、多少の能力を得ることができるのだ。そのために、皆私のもとで、毎日切磋琢磨しているという訳だ」
リスタの説明に納得のいったダルバス。
「にしてもよ。パラディンの能力って、一体何があるっていうんだ?」
ダルバスは先ほどの試合を思い出す。確かに、普通の人間の戦いぶりではなかったからだ。
「ああ。それについても説明しよう」
リスタの説明に身を乗り出すダルバスとライラ。
「試合を思い出して欲しい。まず、最初に使った能力は『敵対集中』という技でな。あれは、敵と見なした者のみに対し、攻撃性が高まるといったものだ。ただし、これには弱点があってな。敵と見なした者以外の存在がわかりにくくなり、戦場では他の者からの攻撃が回避しにくくなるという特徴もあるのだ」
ダルバスは思い出す。確かに、あの時リスタは「自分の敵はダルバスのみ」と発言していた。その時に、敵対集中の技を発動したのだろう。自分が狙われているという恐怖を感じたのもそのためだ。
「次に使ったのは、ライラ殿が使用した、腕力が上がる魔法。あれと似た効果を持つ技だ。一時的にだが、相手が最も弱いと思われる部分に攻撃がいくために、戦闘が有利になる技だな」
ダルバスは、斧で力負けした時を思い出す。恐らく、ダルバスの戦闘スタイルで、防御という面では、斧だけでは弱かったのかもしれなかった。
「次に使用したのは、狂戦士という技だ。この技は己の心を暴走させ、一時的に筋力が倍増するというものだ」
ダルバスはこの能力にかなりの興味を示す。無論、この技を使用した以降のリスタはあまりにも異常だったからだ。
「貴様らも見たであろうが、あの技は諸刃の剣に等しくてな。身体の能力が上がるのは良いのだが、技を使用すると自我を失い見境がつきにくくなる。そして、技を使用した以降の記憶も曖昧になってしまうのだ。・・・ところで」
リスタは一瞬口をつぐむ。
「あまり記憶にないのだが、私は貴様らに無礼な事などはしておらぬよな?」
リスタは記憶を手繰るも、思い出せないようだった。
「あぁ、気にすんな。不気味な雄叫びを上げたり、自分は無敵だとかほざいたり、殺戮試合でもねぇのに皆殺しにしやるとか叫んでいたり、あと、え~っと何があったかなぁ?」
ダルバスはリスタをからかうかの様に、次々と状況説明をする。
「ま・・・待て!もういい!わかった!よくわかった!すまぬ!」
多少思いつくところがあったのだろうか、リスタは赤面するとダルバスの発言を遮った。
ライラとナオは、その様子を見ていて笑いが堪えきれないようだ。
「すまぬな。つまりは・・・そう言う技なのだ。恥ずかしい限りだ。改めて詫びさせて頂こう。すまなかった」
頭を下げるリスタに、ダルバスは気にする様子もない。
「別にいいって事よ。そういう技なんだろ?仕方ねぇじゃねぇか。ま、悔しいが、サシでやり合った場合は、あの能力には勝てる気がしねぇがな」
ダルバスは苦笑いを浮かべるしかない。
「そう言って貰えると助かる。感謝するぞ」
リスタは素直に謝辞を述べる。
「さて、話を続けようか。最後に使用した技だ。あれは、自信の精神力を瞬時に高め、それを一気に解放する技だ。そうすると、自分を中心に空気の爆発が起こり、廻りの物を吹き飛ばすといった技になる。これは、完全に攻撃系の技だな」
この技は、姿を隠していたライラにとっては厄介な技だ。能力を知らなかったこともあるが、ライラの所在がわからずに、至近距離で発動されたらひとたまりも無いだろう。
「以上が、パラディンの能力だ。何か質問はあるかな?」
説明を終えたリスタは、ダルバスとライラに質問を促す。
「俺も、パラディンの素質があるかどうかを確認する事は出来るのかい?」
ダルバスも、この先斧一本だけでの戦闘は厳しいと考えていた。自分も、何か特殊な能力があればと考え始めていた。
「無論だ。ただし、イルシェナーへはムーンゲートを使用しなければならぬし、仮にムーンゲートが出現してイルシェナーに行き、パラディンの素質があったとした場合、その後に修行をしなければならぬぞ?修行は数年にも渡るものだ。旅をしながらでは出来ぬであろうな」
現実の厳しさを語るリスタ。
「言われてみれば、その通りだな。簡単にはいかねぇか」
悔やむダルバス。
「まあ、一朝一夕にはいかぬだろうな」
リスタも、こればかりはどうしようもなかった。
「まあいい。これからのことは、旅をしながらでも考えることにするぜ」
取り敢えずは、次の目的地であるムーングロウへ渡らなければならない。

「それで?貴様らはこれからどうするのだ?さすがに、この状態で今日出発ということもあるまい?」
リスタは今後の予定を訪ねる。
「そうだな。まだ体は万全じゃねぇし、出発は明日の朝になるかなぁ」
ダルバスは体を動かし、体調を確認する。
「そうねぇ。このまま強行軍で出発する理由もないし、出発は明日にしましょうかね」
ライラも、出発は明日と考えていたようだ。
「それなら、今日はこのまま救護室に泊まっていかれるがよい。私も、少し体を休ませたいのでな」
リスタの提案に、ナオの目が輝く。
「本当!?それなら、私の店の料理を持ってきてあげる!昨日みたいにお店に来て貰うのは無理みたいだから、私、ここに晩ご飯持ってくる!」
このような形になったとはいえ、ライラ達の滞在期間が延びたのが嬉しいのだろう。ナオは狂喜乱舞していた。
「リスタ隊長も、今日は一緒に食事をしません事?ナオのお店の料理は絶品よ?」
先日は同席できなかったリスタ。ライラの提案に快く応じた。
「そうだな。では、試合後の打ち上げとして、私も食事を頂くことにしようか」
「へへっ!そうこなくっちゃいけねぇな」
ダルバスもリスタの対応を喜んでいるようだった。
「おお。そうだ。出発が明日になるのであれば、船の手配はよろしいのか?お節介でなければ、部下に切符の手配をさせるが?」
リスタの提案は、ダルバス達にとってありがたいものだった。
「そう?じゃ、甘えちゃおうかしら。できれば、ムーングロウ行きの、朝の便があれば助かるわね」
ライラは素直に提案を受け入れることにする。
「わかった」
リスタは頷くと、側にいた衛兵を使いに走らせた。
「ありがとう。お代は、衛兵さんが帰ってきたらお渡ししますわね」
礼を述べるライラ。
「なに。金はいらぬ。今回の試合を申し込んだのはこちらだからな。受けてくれたお礼として、船代くらいは支払わせて頂こう」
太っ腹のリスタだ。
「寛大なお心遣い、感謝いたしますわね」
ライラは感謝の意を表した。
と、その時。ダルバスは思い出したように呟く。
「あ、やべぇ。忘れるところだったぜ」
「どうしたのよ?」
首を傾げるライラ。
「あ~。隊長さんよ。船の使いついでで、申し訳ねぇんだが。もう一つ頼まれて貰ってもいいかい?」
申し訳なさそうに、ダルバスは口を開く。
「なんだ?遠慮せず申してみよ」
「さっき、馬を買ったんだがよ。厩舎に預けたまんまなんだ。そして、馬を引き取る際に、借りていた馬具を返して来て貰いてぇんだ。それと、馬を売ってくれた商人から、まだ受け取っていない物があんだよな。それを、衛兵さんに取ってきて貰うってことは出来るかい?商人は第一銀行の前でまだ行商をしているはずだぜ。名前は告げてあるんで、問題はねぇと思うが」
ダルバスは商人との約束がある旨を説明した。
「お安いご用だ。引き取ってきた馬は、もう一頭の馬と一緒に、城の厩舎へ入れておくことにしよう」
リスタはそう言うと、再び他の衛兵を使いに走らせた。
「助かったぜ。自力で行けねぇこともねぇが、今の状態じゃちょっときついからよ」
ダルバスは、ばつが悪そうに頭をかく。
「気にすることはない。それは、私も同じ事。ともかく、今日は良く休んで食べて、明日の鋭気を養うことにしようぞ」
そう言うと、リスタはナオに話しかける。
「ではナオ殿。今宵の晩餐は、そなたに任せて構わぬのだな?」
リスタの問いに、ナオは元気良く答える。
「うん!ご馳走い~っぱい持ってくるから、楽しみにしていてね?」
ナオは、既に夜が待ちきれない様子だ。
「ははは。では楽しみにしているぞ。それより、一人で持ってくるのは辛かろう。時間の指定を頂ければ、部下を何人か送るが?」
リスタはここいる人数を目算する。
「あ。そう言って頂けると助かるな。マスターと一緒に持ってこようと思っていたんだけど、やっぱりきついかな?」
ナオは、頭に浮かべる料理の数を算段すると、少し無理なことを把握しているようだ。
「ナオ。ここにいる筋肉馬鹿達は役に立ちそうにないから、私も手伝うわよ?」
ライラは、自分も手伝うことを提案する。
「あ。ライラさんは、ここで休んでいて。ライラさんも、怪我はないとはいえ、試合で疲れているでしょ?食事の運搬は、私と衛兵さん達で持ってくるから」
ナオは、精神的にも疲れているライラを制すると、丁重に断りを入れた。
「なんだか、申し訳ないわね。それじゃ、今日はナオに甘えちゃおうかな。ゴメンね?」
「いいの。昨日の料理に負けないくらいのご馳走を持ってくるからね!じゃ、リスタ隊長さん。日が暮れる頃に取りに来てね!」
「今宵は私のおごりだ。贅沢な食事を期待しているぞ?あぁ、酒は城にある物を提供させて頂こうか」
「うん。わかった!それじゃ、また後でね!」
ナオはそう言うと、先日同様に、嬉々としてブラックソン城を後にする。
「やれやれ。何とも元気な娘な事よ」
ナオの後ろ姿を見ながら、含み笑いをするリスタ。
「ふふ。やっぱりダルバスもリスタ隊長も、ナオのような娘が好みなのね?」
ライラは、リスタの様子を見ると、男性陣をからかう。
「馬鹿かおめぇは!?」
「な・・・!私はそのような意味合いでなど・・・!お前達!いつまでここにいるつもりだ!とっとと、持ち場に戻るがよい!」
焦るダルバスとリスタの様子を見て、衛兵達は苦笑しながら持ち場に戻っていった。

 暫くすると、一人の衛兵が船の切符を持って戻ってくる。
ダルバス達が確認すると、出発は明朝だった。
明日には、ナオとリスタとの別れが待っていた。
 そして、もう一人の衛兵が帰ってくると、片手には青色の外套が携えられており、二頭の馬はブラックソン城の厩舎へと運び込まれたことが報告された。

「ようやく出発の目処が立ったわね」
ライラは切符を見ながら呟く。
「そうだな。ブリテインに4日も滞在するとは思わなかったがな」
ダルバスも、予想外の滞在に驚いているのだろう。
「ま、どっかの馬鹿が面倒を起こさなければ、もっと早く出発出来たんでしょうけれどねぇ?」
ライラは、皮肉げにダルバスに嘲笑を送る。
「ぐ・・・。うっせぇなぁ!そのおかげで、俺達は隊長との模擬戦が出来たし、おめぇはナオと仲良くなれたじゃねぇか!人生経験だぜ?めでたしめでたし!」
言い逃れが出来ないダルバスだが、無理矢理終始を締めくくろうとしている。
「人生経験ね・・・。ま、そこの部分だけは賛同してあげる。リスタ隊長との模擬戦は、今後の参考にもなるしね」
ライラは、呆れながらもダルバスに同意した。
その会話を聞いているリスタ。
「失礼だが、貴様らは夫婦などの相方ではないのか?先ほどから、真意を計っていたのだが、いまいちわからぬのだが?」
案の定、誤解を招く形になったダルバス達。
「あぁ!?こいつとか!?」
「あんた馬鹿!?燃やすわよ!?」
ダルバスとライラの反応に、驚くリスタ。
「いや・・・。詫びるべきなのだろうか。誰がどう見ても、そのようにしか見えなくてな。私もそう言う世界には不慣れなのだ。すまぬな」
リスタはタジタジしながら、この話題から離れる。
「大丈夫よ。リスタちゃんには、ナオちゃんがいるものね?私達が旅立った後は宜しくね?あの子は優しくていい子よ?きっと、鍛錬で傷ついたリスタちゃんを、優しく介抱しれくれるのではなくて?」
ライラは、この手では純心なリスタをからかう。
「ざ・・・戯れ言を事を申すな!か・・・介抱など卑猥な・・・!聖職者である私は女人禁制の世界!あり得ぬ!」
リスタは女性に対して耐性がないのだろう、ライラの冗談に対しても、しどろもどろな受け答えをしていた。
「介抱を卑猥って・・・。くっくっくっ。おう、ライラ。隊長殿は試合の後でお疲れのようだ。ちょっくらパンツ一丁になって、てめぇの体温で隊長殿を介抱してやれよ?」
リスタにとっては冗談とも思えない発言だ。
このダルバスの下ネタの冗談だが、この時ばかりは、ライラも乗り気になっていた。
「そうねぇ・・・。あまり、気が進まないないけれど、お世話になったリスタ隊長ですからねぇ。魔法の回復だけじゃ駄目かしら?お下の世話もしないとかしらね?」
そう言うと、ライラは赤い外套を取り払い、その下に纏っているシャツを脱ぐふりをする。
一瞬だが、ライラの美しい白い腹と胸元が露わになる。
「やめろ!私は聖職者だ!そのような戯れなど許さぬ!」
リスタはそう言うと、寝台の布団の中に潜り込んでしまった。
とても、歴戦の戦士とは思えぬ行動に、ダルバス達は大笑いをしてしまった。
「あははっ!隊長は純情ねぇ!?ねぇ、ダルバスのように大馬鹿下ネタ野郎になれとは言わないけれど、少しは外の世界を見るのも宜しくなくて?」
ライラは、そういうと、ふざけてスカートをパタパタさせてみせる。
リスタは、その挑発に対して反応を示すことはない。
布団の中で、この冗談が終わるのを待っているようだ。
「戦闘になれば最強なのに、この手の話には弱いのね。可愛い!リスタ隊長!」
普段はこのような悪のりには参加しないライラだが、今だけは面白くて参加してしまったライラだった。
「おう。じゃ、俺の前でパンツ一丁になってくれよ。あ、パンツも取っ払ってくれても構わねぇぜ?うひひ?」
悪のりに乗じているダルバス。
「あんたは、夜のおねぇさんを追っかけていればいいの。ったく、リスタ隊長もだらしないわね。今日の試合も、私が下着姿で突っ立っていれば、鼻血吹いて勝手にくたばっていたかもしれないわね」
そう言うと、身だしなみを整え、外套を羽織るライラ。
「なんだ。最初からそう言う戦術にしておけばよかったじゃねぇか。そうすりゃ、俺も隊長も楽しめたってもんなのによ。ほれ、今からでも遅くないぜ?とっとと脱ぎな?」
ダルバスは笑いを堪えることなく、ライラをからかう。
「あんたを燃やして、地獄にたたき落としてからだったら、考えてもいいかもねぇ?」
ライラは、いま行った行動に多少後悔しているのか。嘲笑を込めてダルバスを見つめる。

「このような冗談は、堪忍していただけないか」
リスタは、布団の中から語りかける。
「あら、ごめんなさいね。隊長には刺激が強すぎたかしら?」
ライラは、笑いを堪えきれず、リスタが羽織っている布団をめくった。
布団から顔を出すリスタ。
「すまぬな、女人禁制故に耐性がないのだ」
ウブな部分を見せるリスタ。
「ほう。じゃ、こういうのはどうだい?」
ダルバスはそう言うと、唐突にライラのスカートをめくり上げる。
「きゃああぁ~っ!」
城中に響き渡るような悲鳴を上げると、スカートの裾もとを抑えるライラ。
下着が露わになったライラに、リスタは卒倒する。
「・・・っ!」
リスタの無言の絶叫が響くとともに、ライラのひじ鉄がダルバスの顔面を捉えた。
「がふっ!」
ダルバスは顔面を抑え悶絶する。
「・・・。次にやったら、あんた、本気で殺すからね!」
ダルバスを睨み付けるライラ。
「けっ!もったいつけんなよ!パンツなんぞ、見られたって減るもんじゃあんめ?純情なリスタ隊長へのサービスだよ、サービス!」
そのようなライラに、ダルバスは悪びれる様子はなかった。
「どうやら、本当に死にたいようねぇ?」
ダルバスに詰め寄るライラ。
「わ、わかった!だから、これ以上の火の玉は勘弁してくれ!」
ダルバスはふざけたように、ライラへの降参を求めた。
「ったく。このエロ筋肉馬鹿達が!」
ライラは、身だしなみを整えると、リスタ達を睨み付けた。
「わ・・・私は決してライラ殿の下着を見ようなどとは・・・」
リスタは釈明する。
「何!?何か言った!?」
ライラの形相に、リスタは黙るしかない。
「いや・・・。すまぬな・・・」
もはや、隊長としての威厳がないリスタ。
しかし、それでも、このダルバスとリスタの2人の存在に魅了されていたのかもしれない。
リスタは、この奇妙な出会いを無意識に感謝していた。

 ダルバス達が、楽しいじゃれ合いをしている頃。
ユニコーンの角亭では、戦場の様な有様になっていた。
「次の料理はまだ!?ほら、早く持っていって!冷めちゃうじゃない!」
「無茶言わないででよナオちゃん!こっちも厨房全回転なんだからさ!」
ナオとマスターの激しいやりとりが続いていた。
「ほら、料理が出来たんだから!あなた達はブラックソン城へ運ぶ!急いで!冷めちゃうでしょ!?」
ナオは、到着した衛兵達に叱咤激励すると料理を運ばせていた。
「みんなは、お腹を空かせて待っているの。今日は、リスタ隊長の大盤振る舞いよ!とっとと、料理をお城まで運んでね!?」
ナオは、衛兵達に指示すると、大量の料理を運ばせてゆく。
「ナオちゃん!お金の問題じゃなくてっ!時間的に無理があるって言ってんのっ!」
マスターは悲鳴を上げる。
「それをなんとかするのが、マスターの腕前でしょ!何とかしてよね!」
無茶な注文を突きつけるナオ。
「昨日に引き続き、ありがたい話だけど、あまり無茶を言わないで!」
厨房を引き受けるマスターは悲鳴を上げる。
「ごめんね、マスター!わがまま言って御免なさい!でも、ライラさん達とは今日限りなの。私の、最後のわがままと思って、お願い!」
ナオは、無茶とも思えるお願いをマスターに告げる。
「わかったよ!限界はあるけど、あの人達のためだ。おい!そっちのオーブンはもう焼けているんじゃないのか!?」
マスターは、ダルバス達の為に、スタッフ一丸となって料理の提供をしてくれていた。
 次々と運ばれていく料理達。
全てを作り終わった時には、完全に日が暮れていた。
騒然となっていた厨房も静けさを取り戻し、マスターは放心状態だった。
最後の料理を衛兵に手渡すと、ナオは厨房に戻ってくる。
「マスター。無理言って御免なさい。ありがとうね。じゃ、私行って来るから!」
そう言うと、ナオは再び厨房を後にした。
「あぁ。最後の夜だ。存分に楽しんで、おもてなしをしてきなさい」
走り去るナオに、マスターは優しく声を投げる。
「うん!わかった!」
返事を返すと、ナオはブラックソン城へと走っていった。

 ナオがブラックソン城へ到着すると、救護室はまるで宴会場のようになっていた。
大量の料理は床に並べられ、ダルバス達は賑やかな宴を開いていた。
「あ、ナオ。先に頂いているわね?」
ライラはそう言うと、自分の横に座るように促す。
「よかった。全部届いているみたいね」
ライラの傍らに座るナオ。
「ナオ殿。すまぬな。これほどの料理を作るのも大変であったろう」
リスタは、料理を片手に労いの言葉をかける。
「ううん。大丈夫。マスターと衛兵さんが頑張ってくれたからね」
ナオは気恥ずかしげに答えた。
「これで、本当にナオ達との最後のお食事になるわね」
寂しげにしているライラ。
「そんなことないよ。確かに明日でお別れは寂しいけど、古代竜をやっつけたら、またここに戻って来るんでしょ?その時に、また一緒にご飯食べよ?」
ナオも寂しいのはわかっているのだが、あえて前向きな姿勢を見せる。
「そうね。ナオの言うとおりだわ。私達は目標を達成してベスパーまで帰る。最後なんて言っていたら駄目ね」
ナオの態度に、ライラは自分の姿勢が前向きになっていないことに気が付かされる。
「おう。そうだぜ。古代竜をぶっ殺した頃には、俺の腕も上がっているだろうからよ。今度こそ、サシで隊長を叩きのめしてやるからよ。楽しみに待っていろや?」
ダルバスはワイングラス片手に上機嫌な様子だ。
「ふっ。笑止。こちらも日々鍛錬を行っているのでな。そう簡単にはやられはせぬぞ?」
リスタも酒が入り、上機嫌なのだろう。ダルバスの挑発を、快く受け止めていた。
「さ、リスタ隊長?今夜は私がお酌をするから、沢山飲んでね?」
ナオはリスタの脇に移動すると、麦酒を勧めた。
酌を受けるリスタに、ダルバスは声をかける。
「お?今度はナオちゃんのが見たいのかい?」
そう言うと、ふざけてナオの背後からスカートに触れるふりをする。
「な・・・」
焦るリスタ。無論、さすがにそこまでの悪戯はしないダルバス。
「ダルバス・・・。やったら本気で殺すわよ?」
当然冗談とはわかっていても、呆れ顔を隠せないライラだ。
「ん?どうしたの?私の何を見たいの?」
不思議がるナオ。
「ナオ。ダルバスは変態だからね。気を付けなさいな」
意味がわからないナオだった。

 このようにして、楽しい宴は過ぎてゆく。
今日の試合の話。皆の昔話や体験談。今後のダルバス達の旅の予想や予定など。
話は尽きることなく、夜も更けていった。
そして、宴もたけなわになる。
皆は、今日の汗を流すべく、湯浴みをして就寝することとなった。
ナオも今日はここで泊まることとし、ライラとナオは隣の救護室で休むこととなる。
男性陣は寝入ったのだろうか。隣の救護室からは、低いいびきが聞こえてくる。
 そのような中、ライラ達は布団の中で話を続けていた。
「ねぇ。ライラさんの故郷って、どのような所なの?」
ナオは、布団にくるまりながら話しかける。
「そうね。私達の街ベスパーは、どちらかというと観光地ね」
「観光地?どんな?」
「街の名物は、街の至る所に架けられた橋かしらね。あちこちに橋があって、そこから見る夕日は絶景よ?ここブリテインでも見たけれど、また違う美しさがあるわね」
ライラは故郷を思い出しているのだろう。脳裏には故郷のベスパーが浮かび上がっていた。
「橋が沢山あるって事は、川が沢山あるってことだよね。いいなぁ、見てみたいな」
ナオは想像を働かせると、ナオなりのベスパーを思い浮かべる。
「後は、そうねぇ。ここブリテインほどではないけれど、ベスパーもそこそこ大きな街かもね。宿屋はブリテインより大きいし、ギルドなども多くあるわね」
「ふぅん、私ベスパーに行ってみたいな。ライラさんの故郷が見てみたい」
「うふふ。その気になれば行けるわよ。もし、私達の帰り道に、ナオの時間が取れるのであれば、一緒に行ってみる?まぁ、ムーンゲートが開いていないと、ちょっと長い旅になるとは思うけれどね?」
ライラの発言に、ナオは目を輝かせる。
「ほんと!?私、絶対に行く!だから、ライラさん達も必ず古代竜をやっつけて戻ってきてね!」
ナオの心は、既に旅行気分になっているようだ。
「約束するわ。私達は必ず、ここに帰ってくる」
ライラは、自分に言い聞かせるように約束をする。
「みんな、元気にしているかな。なんだか、私も早くベスパーに帰りたくなっちゃった。とっとと、古代竜を討伐しなくちゃね?」
「ライラさんのお友達って、どんな人達なの?」
「色々よ。でも、魔法を使う人達が多いかな。ま、他にもいたけれどね」
ライラの発言に、ナオは気が付いた。あまり触れるべきではない部分だったのかもしれない。
「あ・・・御免なさい。私、迂闊だったかな・・・」
他にもいた。というのは、ドラゴン襲撃で亡くなった友人のことを指しているのだろう。
「いいのよ。既に過去の話だし、気にしないでいいわ?」
ライラは特に気にする様子もないようだった。
 しばしの沈黙が流れる。
「古代竜ってやっぱり強いのかな?」
ナオは、独り言のように話かける。
「そうね。少なくとも、リスタ隊長よりは遙かに強いでしょうね」
「大丈夫?」
ライラの答えに、ナオは心配そうな声をあげる。
「まぁ、何とも言えないわね。ただ、この後にムーングロウへ渡るんだけれど、なんでもダルバスの友人がいるそうなのよ。多分、討伐の仲間が増えるってことなんだろうけれど、数が集まれば何とかなるんじゃないかしら?」
絶対の自信はないが、ナオに心配もかけたくない。ライラは可能性を示唆する。
「ほんと?みんなで袋叩きにすれば、勝てるよね?」
古代竜どころか、ドラゴンも見たことがないナオ。イメージはつきにくい。
「そうね。絶対に勝てるわよ」
ライラはナオを安心させる。
「絶対だよ?」
ナオは約束する。
「約束するわ。さ。明日は早いわ。今日はもう寝ましょ?」
ライラはナオに寝るように促す。
「うん。もっとお話ししたいけど、明日寝坊して船に乗り遅れたら大変だもんね。・・・じゃ、お休みなさい」
「お休み・・・」
ライラは寝台の脇に置いてあるランタンの灯を吹き消す。
辺りは闇に包まれ、その中にライラとナオの寝息だけが響いていた。

 翌日。
ダルバス達は、城で朝食の提供を受け、出発の準備を始めていた。
馬を連れて行くために、厩舎へ向かう。
厩舎の中には、衛兵達が乗るための馬が多数いて、その一角にダルバス達の馬は繋がれていた。
「立派な馬ねぇ・・・」
ライラは、たてがみを優しく撫でる。
「可愛い!」
ナオは優しい瞳の馬の愛らしさに、たまらないといった感じだ。
「おう。高かったんだぜ?なんと、二頭で7500GPだ。かなりぼったくられちまったが、確かに良く調教できた馬だし、今後もこれで旅順ははかどるんじゃねぇか?」
ダルバスは、自分の功績と言わんばかりに胸を張る。
「結構な値が張るわねぇ。ま、馬を使うのはいいことね。ベスパーを出る時には、馬の調達が出来なかったからね」
ライラは、珍しくダルバスの行いを誉めていた。
「で?私はどちらの馬に乗ればいいのかしら?」
ライラは茶色と白色の馬を眺める。
「あ?どっちでもいいぜ。好きな方を選びな」
ダルバスは選択を促す。
「じゃ、私。この白い子にするわね」
ライラはそう言うと、早速馬に跨ってみる。
馬は抵抗する素振りもなく、おとなしくしていた。
「いい子ねぇ。よく調教出来ているじゃないの。・・・そうだ、この子に名前を付けてあげなくちゃね。ねぇ、ダルバス。そっちの子にも名前を付けてあげなさいよ」
ライラは馬の名前を付けることを提案する。
「名前ねぇ・・・。考えたこともねかったぜ」
ダルバスは頭をかく。
「この子の名前は・・・ラッキーでどうかしら。私が幼い頃に飼っていた犬の名前なんだけれど、いいわよね?」
名前を決めたライラ。同意をダルバスに求める。
「あ?勝手にしたらいいじゃねぇか」
ダルバスは特に関心を示していないようだ。
「こいつの名前ねぇ・・・」
ダルバスは悩む。
今までペットを飼ったこともないし、すぐに名前は浮かばなかった。
それを見ていたナオ。
「ねぇ、ダルバスさん。だったら、私がこの子に名前を付けてもいい?」
思い当たる名前があるのだろうか。ナオはダルバスに提案する。
「おお。それは助かるぜ。あまりに変な名前じゃ困るが。いいぜ?任せるぜ?」
ダルバスは喜んで、馬の命名をナオに託すことにした。
「じゃあ、この子の名前は、ノイ!それでいい?」
その名を聞き、ダルバスは首を傾げる。
「それって、どういう意味なんだ?」
ノイという言葉に覚えがないダルバス。
「う~ん。方言みたいなものかな。ノイっていうのは、小さいとか、少しっていう意味があるの。この子はもう大人だけど、いつまでも小さい子馬のように可愛らしくって意味で名付けたんだけど・・・駄目かな?」
ナオは、不安げにダルバスを見上げる。
「なるほどな。ありがとよ。じゃ、お前は今からノイだ。これからもよろしくな?」
そう言うと、ダルバスはノイに跨る。
ノイも暴れることなく、ダルバスを迎え入れたようだ。
「あははっ!ノイも喜んでいるみたい!ありがとうね!」
ナオはそう言うと、ノイの頭を撫でる。ノイは甘えるように、ナオに頭をすりつけていた。

「じゃ、そろそろ港に行きましょうかね」
ライラは皆を促す。
「そうだな。そろそろ行かねぇと、船に乗り遅れちまうからな」
ダルバスは頷く。
「ナオ。私の後ろに乗りなさいな」
ライラは、ナオを促す。
「う・・・。私、馬に乗ったことがないの。大丈夫かな」
ナオは、乗馬経験がないことに難色を示した。
「操るのは私よ。ナオは私にしがみついていれば大丈夫。ほら、乗ってご覧なさい?」
ライラが促すと、ナオは恐る恐るライラにしがみつきながらラッキーの上に跨った。
「ほら、大丈夫でしょう?それじゃ、行くわよ?」
ライラは、ラッキーに鞭を入れると、一気に厩舎を後にする。
ダルバスも、その後を追った。
「ちょ・・・ライラさん!早い!きゃ・・・。怖いからっ!」
悲鳴を上げ、ナオはライラにしがみつきながら、目指すはブリテイン港になる。

 ブリテイン港は、ブラックソン城から南西の位置にある。
港には、ムーングロウ行きの船が待機しており、輸送する貨物の搬入が行われていた。
船はそれほど大きい訳ではないが、そこそこ立派な外見で、50人ほどは乗ることが出来るだろう。
 見ると、船に乗船する場所にはリスタと、数名の衛兵が待機していた。
「おぉ。ようやく、来られたか。待ちわびたぞ」
リスタはダルバス達を迎えると、嬉しそうな声を上げた。
「おう。待たせたな。今朝の朝食、旨かったぜ?これで、今日の鋭気も養えたってことよ」
ダルバスは、リスタを良いライバルと認識しているのだろう。今日の再開を喜んでいた。
その中、ナオに声をかける人物がいた。
「ナオちゃん。昨日はお疲れさまね。ゆっくり、休めたかい?」
声をかけたのは、ユニコーンの角亭のマスターだった。
「マスター!来てくれたの!?」
思いがけない人物に、ナオは口元を押さえた。
「当たり前じゃないか。私の命の恩人をお送りするんだ。これくらいは、当然だよ」
マスターはそう言うと、ナオとダルバス達に笑いかける。
「あ~。なんだか、申し訳ねぇなぁ?何だかんだ言っても、店を壊しちまったからな。正直、複雑な気分だぜ」
ダルバスは、率直な気分を述べる。
「先日も言いましたが、あなたは私の命の恩人です。気持ちよく送らせて頂けませんか?」
マスターの、あくまでも謙虚な態度に、ダルバスは言葉を失っていた。
「それに・・・」
マスターはダルバスに耳打ちをする。
「昨夜のお食事代ですが・・・。リスタ隊長さん、なんと5万GPも支払ってくれたんですよ!」
マスターは、こっそりとほくそ笑む。
これには、ダルバスも堪えきれなかった。
「くははっ!そうか。それは良かったな。ま、営業努力としてナオちゃんにも給金を大盤振る舞いしてやってくれよ?」
ダルバスも、リスタの大盤振る舞いに感謝せざるを得なかった。
「勿論ですよ!ダルバスさん。この数日とはいえ、ありがとうございました」
マスターはダルバスに感謝の意を述べた。

「何コソコソと話をしているの?」
ナオは、ダルバスとマスターの様子を訝しんでいた。
「あぁ!いやいや。これからの店の発展をどうすればいいかな~って、ダルバスさんと相談していたんだよ」
マスターは、怪しさ全開でナオを誤魔化そうとする。
「・・・変なの?」

「さあ・・・。そろそろ出発ね。ナオ、リスタ隊長、マスター。短い期間に色々とあったけれど、ありがとうね。そして、忘れられない想い出をありがとう」
ライラは全員を振り返ると、万感の思いを込めてお礼を言う。
「私は・・・私達は、このブリテインでの経験を、必ず活かしてみせる。様々な思いは交錯するけれど、必ずこの地に帰ってくることを約束しますわ?」
ライラは感謝の辞を述べると、全員に恭しく腰を屈めた。
「俺も・・・その・・・よぅ。皆には迷惑をかけたが・・・」
慣れていない場面なのだろう。ダルバスはしどろもどろしながら、皆に話しかける。
「リスタ隊長よ。試合、楽しかったぜ?次こそは俺が勝たせて貰うからよ、首を洗って待っていろや?」
ダルバスがリスタに拳を掲げると、リスタも拳を突き合わせる。
「無論だ。貴様が帰ってきた時に腑抜けであったら、この刀のサビにしてくれるわ。精々精進してくるのだな」
リスタは不敵な笑みを浮かべる。
「ナオちゃんよ。そっちにも、色々と迷惑をかけたな。すまん。帰ってきたら、また皆で食事をしような?」
ダルバスは、ナオに謝罪を述べる。
「気にしないで。私も楽しかったし、何よりライラさんとお友達になれたからね。でもいい?この後、絶対にライラさんを泣かすような事はしないでね。もし、そんなことがあったら、唐辛子一杯の料理を食べさせてやるんだから!絶対の約束よ?」
ナオは、悪戯っぽい笑みを浮かべると、ダルバスにしがみついた。
ダルバスはナオの頭を優しく撫でると、約束を誓う。
「あぁ。約束するぜ。ライラを困らせるのは当然の様にするだろうが、お互いの絆とを裏切っての涙はさせねぇ。約束するよ」
ダルバスは、しがみつくナオに約束をしてみせる。
「それと、もう一つ。必ず、生きてライラさんとここに戻って来ること。死んだら、私、殺しに行くからね?」
ナオの矛盾した発言にも、ダルバスは優しく答えていた。
「あぁ。それも大丈夫だ。死んだ後に、殺されたくもねぇからな?」
そう言うと、ダルバスはしがみついていたナオを、優しく引き離した。
 それを見ていたライラ。
「あ~あ、やっぱり野郎共は、優しい子が好きなのね。ナオ。ダルバスとリスタ隊長のあしらいは任せたわよ?」
ライラは、ふざけてナオに話しかける。
「ちょ・・・!私はそんな意味ではないですよ!?」
焦るナオ。
「あ、当たり前だ!私はそんな不埒なことは考えてはおらぬ!」
否定するリスタ。
「あぁ?馬鹿か?てめぇら?」
苦笑いを浮かべるダルバス。
「ま、ともあれ。マスター。あんたには感謝しているぜ?」
ナオの傍らで事の成り行きを見守っていたマスター。
「あんたが何と言おうと、俺は店で暴れてしまった。これは、紛れもない事実だからな?」
そう言うと、ダルバスはリスタを見つめる。
当時、ダルバスを逮捕したのはリスタだからだ。
リスタは、苦笑しながら会話を見つめていた。
「何度も言いますが、あれは、ダルバスさんに仕掛けた男性2人のせいです。あなたに非はありません。それに、ダルバスさんは、私の命を救ってくれた恩人なのですから、あなたにそのような謝辞を頂く訳にはいきませんよ!」
マスターは、あくまでも、ダルバスは恩人であり、ダルバスに非はないと言い張る。
「ありがとうよ。俺も、見たくれと行動がこんなだからよ?結構勘違いされんだ。理解してくれたマスターに感謝だぜ?古代竜をぶっ殺して、ここに帰ってきた暁にはよ、また盛大に、ユニコーンの角亭で打ち上げをさせて貰うからよ。その時は宜しくな?たっぷりと、酒と料理を用意して待っていてくれよ?はははははっ!」
ダルバスはそう言うと、笑い声を上げる。

 程なくすると、出船を合図する鐘が響き渡った。
間もなく出向だろう。
「もうすぐ、ムーングロウ行きの船が出るぞーっ!乗船されていないお客様はいないかー!」
船からは、客の誘導を促す船員の声が響き渡る。
「ライラさん・・・」
ナオは、名残惜しそうに、ライラに抱きついた。
「ナオ・・・。約束したわよね。私達は・・・必ず帰ってくるから・・・」
ライラはそう言うと、ナオを抱きしめた。
「それまで・・・待って・・・いてね?」
「うん・・・」
ライラとナオは、目尻に涙を浮かべながら抱擁していた。
それを見ていたダルバス。
「あ~、リスタの旦那。俺達も、次の再開を約束して、泣きながら抱き合うかい?」
この場の雰囲気に耐えきれなくなったのだろうか、ダルバスはリスタに冗談を投げかける。
「いくら女人禁制な生活を強いられていたとしても、貴様との抱擁は絶対に断る!反吐が出るわ!」
ダルバスの冗談に、真っ向から否定するリスタ。
「くっくっくっ。相変わらずの堅物だねぇ?冗談に決まってんじゃねぇか」
ダルバスは、リスタをあしらう。
「じゃ、マスターとだ!」
ダルバスは、マスターに視線を送ると、抱きつくふりをした。
「絶対に、ご遠慮被ります!」
真顔で否定するマスター。
「ちっ!どいつもこいつも・・・。洒落って物がわかんねぇのかねぇ?」
洒落の矛先を失ったダルバス。
抱擁し会うライラとナオを見ているしかなかった。

 程なくすると、最終の乗船案内が入った。
「タラップを上げるぞ~!乗り遅れのお客様はいないか~っ!」
これ以上の時間はなかった。
ダルバスとライラは、乗船を急ぐ。
「ここまでね。じゃ、ナオ、リスタ隊長、マスター。また帰ってくるからね?」
ライラはナオを優しく引き離すと、最後の別れを告げる。ナオは、まだぐずっている。
「おう!ありがとうな!古代竜ぶっ殺したら、また帰ってくるからよ!また食事をしようぜ!?」
ダルバスとライラは、馬を引きながら船に乗り込んでいった。
甲板の上には、行商や旅人などが溢れかえっていた。
船の甲板から下を見下ろすと、見送りの人達が沢山いるのが見て取れた。
「ライラさーん!必ず帰って来てねー!」
ナオは手を振っている。
「ダルバス殿!貴様が帰ってくるまで、私も精進を続けるぞ!帰ってきたら、見事私を討ち果たして見せるがよい!」
旅立つダルバスにエールを送るリスタ。
「お二人供、良い旅を!見事悲願を達成し、ここに戻ってくる日をお待ちしていますよ!最高の料理を用意してお待ちしておりますからね!」
マスターは、ダルバスとライラに対してエールを送っていた。
 タラップが上げられると、碇が上げられ、帆を張る旅船。
ナオ達の声援を受けながら、ゆっくりと船は大海原へと進んでいった。
やがて、船は大陸を後にし、ナオ達の姿は見えなくなっていった。

「・・・見えなくなっちゃったわね」
ライラは大陸を見つめると、寂しそうに呟いた。
「あぁ・・・。そうだな」
ダルバスも、遠い目でブリテインを見つめていた。
「ま、どうせ、また戻って来るんでしょ?今は過去を振り返らないで、先を見つめましょ?」
ライラは、ナオの言葉を思い出していた。
(そんなことないよ。確かに明日でお別れは寂しいけど、古代竜をやっつけたら、またここに戻って来るんでしょ?その時に、また一緒にご飯食べよ?)
自分が前向きではなかったことを思い知らされた、あの一言。
ライラは、改めて前を向き始めていた。
「随分、前衛的になったようじゃねぇか?ライラ?これなら、先も明るいかもしれねぇ・・・ウプ・・・」
ライラをからかうダルバスだったが。
「どうしたのよ?」
突然のダルバスの容体を心配するダルバス。
「う゛・・・。き゛ぼち゛悪ぃ・・・」
そう言うと、ダルバスは甲板へ駆け寄ると、海に向かって嘔吐していた。
「あははははっ!ダルバスちゃんともあろう者が、船酔いとはねぇっ!これは、私の魔法ではどうとも出来ないわね!」
ライラはそう言うと、笑い転げた。
「て・・・てめぇ。この苦しさがわからねぇのか・・・。うぉえぇぇぇっ!」
ダルバスは悪態をつくと、ライラを睨み付けるが、船酔いには勝てないようだ。
それを見て、ライラは笑いが抑えられない感じだった。
「ほら。出すもの全て出して。出したら、少し船室で休みなさいな?」
ライラは、ダルバスの背をさすると、ダルバスを介抱する。
「お、おぅ。すまねぇな・・・」
ダルバスは、ライラに引きずられるような形で、船室に移動していった。
「ここで、少し休んでいなさいな?船は丸一日もかかるそうよ?到着は、明日の朝でしょうね」
ライラは、ダルバスの傍らに座り込むと、旅程を説明する。
 ブリテインからムーングロウの港までは、結構な距離があった。
方角はブリテインから南東。
ダルバス達の故郷であるベスパーからであれば、ほぼ南の位置に存在するムーングロウだが、ムーングロウからの直行便がないために、ブリテインまで足を延ばしているのは否めなかった。
首都ブリテインからであれば、殆どの地域に船便は存在していた。
「くそ・・・。船でやられちまうとはな・・・。どれ、リスタの野郎が大好きなパンツでも・・・」
そう言うと、ダルバスはライラのスカートを掴むとひらひらさせる。無論、今回は逆にダルバスの照れ隠しの為だ。船に乗った途端の船酔い。これは、ダルバスにとっての恥部かもしれなかった。
「次にやったら殺すって言ったわよねぇ?このまま、海に突き落としてあげましょうか?」
ライラは、ダルバスが冗談でやっているのは理解している。
苦笑しながら、ダルバスをあやしていた。
「ちっ。てめぇの手の平の上ってのが気にくわねぇぜ・・・。まぁいい、俺は少し眠るぜ・・・。悪ぃな・・・」
ダルバスはそう言うと、船酔いに負けたのだろうか。
ダルバスは、安らかな寝息を立て始めた。
ライラは、ダルバスの頭を自分の膝元に抱え上げると、優しい目でダルバスを見つめていた。

 旅船は、順調にムーングロウへ進んでいた。
帆は朝日の光を眩しいばかりに反射して、大海原を進んでゆく。
大勢の人が乗り込んでいる旅船。
しかし、この中で、ダルバス達の運命を知るもの達はいない。
商売や旅行などで、期待と不安が交錯する船内で、ダルバス達の志を汲む者はだれもいなかった。
朝日を受けながら、様々な期待を積んだ旅船はムーングロウを目指す。

 旅船は、穏やかな風を受けながら、帆を進めていった。
決意を改めたダルバス達。
ブリテインで得た新たな出会い。
これらが、今後どのようにダルバス達の旅に影響するのか。
答えを知るものはないだろう。
ダルバス達を乗せた旅船は、ゆっくりとムーングロウを目指して進んでいった。



編集後記。

※この内容は、私のHPから転用しています。
したがって、この編集後記は、星空文庫様へ登録時への内容とはやや異なります。
編集後記は、参考までに一読頂ければ幸いと存じ上げます。
消していない理由は、序章・中章・終章へ繋がる意味合いとして残しております。

 はい。
ほぼ十年ぶりに近い、UO小説の更新となります。
UOを引退してから数年。
小説の更新を約束していながら、これだけの時間が経ってしまいました。
しかし、過去の呟きにもありますが、作りかけのUO小説を読み返してみたら、創作意欲が湧いた私。
それによって、今回「中章」を作成したに至ります。

 読んで頂いておわかりになった方もいらっしゃると思いますが、この小説での世界設定は私がUOを引退した頃の話となります。
小説を再編するために、今のUOに入ってみましたが、当時の記憶とは別物になっていました。
デスパイズやシェイムは別のダンジョンになっており、UOの世界観も私が知るものではありませんでした。
従って、誠に申し訳ないのですが、今回(今後)の編集は、私が昔知っていたUOの世界が基準となります。
今のUOの世界に慣れるには、相当な時間がかかりますので、ご了承願います。

 また、当時、序章を作り上げた際に、すぐにこの中章を手がけていた私。
途中までのデータは存在していたのですが、データ消失などの為に、更新を断念した経緯があります。
そして、昔に作ったこのお話を見つけた私。
再び、創作意欲が湧き創った次第ではありますが・・・。
10年と言う歳月。
私の、文書作成能力は、かなり異なっていると判断頂ければ幸いです。
昔書いていて中断したのは「ダルバスの牢屋での戦闘直後」までとなります。
その後に執筆したのは、ごく最近。言葉遣いや表現など。そこを境に変わっている可能性があります。
校正はして、矛盾のないようにしていますが、おかしな所があれば突っ込みを頂ければ幸いです。

 ちなみに、昔想定していたシナリオと、かなりズレての構成となってしまいました。
ネタバレをすれば、海を渡ったダルバス達。
ここでシナリオ終了ではなく、まだ先があったのですが・・・。
ネタ的に、次に練り込ませて頂きます。

 なお、序章でもありますが、UOの常識とは異なる部分がかなりあります。
例えば、パラディンの能力や、魔法の使い方など。
これらはネタであり、バグではなく仕様と思って頂ければ幸いです。

次は、最終章。
どうなるか。
私の気合いとネタが持つかどうかを祈って頂ければ幸いです(苦笑

ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 中章「出会い」

10年ぶりに、中章を執筆しました。
ウルティマオンラインという世界。
既に、私の知る世界ではありませんでしたが・・・。
久しぶりに、執筆途中だった中章を読み返し、再び創作意欲が湧きながら、この中章を執筆したに至ります。
既に、終章も出来上がっているのですが、様子を伺いながら投稿できれば良いなと考えています。

ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 中章「出会い」

ウルティマオンラインという世界の中での、お話となります。 モンデイン城にある、宝珠の破片。 その中にある、ブリタニアという世界。 ベスパーという街がドラゴンに襲われました。 ドラゴンへの復讐の念に燃えた、主人公であるダルバスとライラ。 長い旅を続け、ようやく首都ブリテインにたどり着き、そこで様々な人との交錯があります。 味方、友人、敵。 それらの「出会い」をしながら、彼らは旅を進めます。 古代竜討伐。 荒唐無稽とも思える、その、結末は・・・?

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-15

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著作権法内での利用のみを許可します。

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