不具の島

【京子】

竹櫛探して何処行くか 朱色の池で踊る象
対の二人は蓋の猫 霞んで消えた数珠の文字
今や昔も終の駅 進み進んで何処へ行く
降りる者はいるけれど 入る者はいない駅
回り巡ってくるくる回る
誰もいない電車が回る

懐かしい唄が聞こえた。何処で聞いたのか、いつ聞いたのかは全くもって記憶にないけれど。私は確かにこの唄を知っていた。

【京子】
夕陽で朱くなった土手の道を、私は早希ちゃんと歩いていた。
早希ちゃんは不思議な子だった。私が初めて会ったのはまだ小学3年生の時だったが、その時から早希ちゃんは不思議な子だった。どこが?どこがと聞かれても困るのだ。それはまるで中途半端な不思議さだったからどうにも伝えようが無いのだ。都会の人から見て田舎に見える町が、田舎の人から見たら都会に見えるように、どうにも中途半端で形容しがたい不思議さが早希ちゃんにはあった。その見えない部分が魅力的に思えて、私はもう2年間も彼女と一緒にいる。
「ねぇ知ってる?欠けてる子どもは不具の島に行くんだよ。」
早希ちゃんは私より1、2歩先を歩きながら唐突にそんな言葉を投げかけた。
「ふぐのしま?」
私が思わず聞き返すと、早希ちゃんはくるりとこちらを向いた。
「そう。不具合のフグで不具の島。私ね、明日行く事になったんだ。」
早希ちゃんがあまりに日常的な口調で話すので私は思考が追いつかず、そうか。明日は土曜日だから早希ちゃん旅行に行くんだと、私は見当はずれなことを考えながらへぇと適当な相槌をうった。
「そうなんだ。お父さんとお母さんと行くの?」
「ううん。1人で行く。」
「えっ?1人で?」
思わず聞き返す。私たちはまだ小学5年生だ。1人で旅行なんて聞いたことも考えたこともなかった。
「当たり前だよ。不具の島には1人で行くんだよ。1人でね、電車に乗って行くの。だから京子ちゃんとも今日でお別れだね。」
早希ちゃんはそう言うとピタリと足を止めた。あまりにあっけらかんと言われて一瞬言葉を失う。早希ちゃんは私が喋る前に両手を大きく空に向けて伸ばした。そして満面の笑みで私にこう言ったのだ。

「でもね京子ちゃん。私とっても楽しみなの。だって向こうには私と同じ子しかいないんだもの。きっと楽しいわ。あぁ、とっても楽しみ。」

その日から、
早希ちゃんは行方不明になった。

夕暮れは早くて寒くて、私はあまり好きではなかった。早希ちゃんがいなくなってから色んな人が色んな場所を探したけど結局彼女は見つからなかった。いや、見つかりたくなかったのかもしれない。早希ちゃんにとってここはさぞかし生き辛かっただろうから。架線の上を電車がゆっくりと走る。そこに彼女はいるのだろうかと考えたがすぐにやめた。
川の冷たい空気を受けながら、何もない土手を私はただただ早歩きで帰っていった。

【夏実】

郵便屋さん 落し物
葉書が10枚落ちてます 拾ってあげましょう

ドスンッ!!
大きな音がしたと思ったら夏実の机がなくなっていた。その代わり机のあった場所にはニヤニヤと意地の悪い笑い方をしているクラスメイトがいる。
「ごっめーん。ゴミだと思って捨てちゃったー。」
「ばかー。ゴミまだあんじゃん。ゴミ箱はいるかなぁ?あ、机と一緒で外に捨てちゃう?」
夏実の机は窓から投げられたみたい。あーあー、くだらない。くだらなすぎて泣けてくる。
「泣けばいいと思ってんの?」
違うってば。くだらなくて泣いてるの。あれ?でも違うのかも。ツンと鼻をさすような感情がなんだか分からなくて、もしかしたら悲しくて泣いてるのかもしれない。髪を無造作に掴まれて目線があったクラスメイトは誰だか分からなくて、ただ下品な笑い声だけが強く印象に残った。
「こらー!机落としたの誰!?先生びっくりしたじゃない!」
ガラッと教室のドアが開いてい担任が夏美の机を持って入ってくる。途端夏実を掴んでいた手は離れて、かわりに両肩にポンっと優しく手が置かれる。
「ごめん先生〜!みんなで遊んでたらテンション上がっちゃって…ほら、夏実の机なんだらとり行きなよ!」
清々しい笑顔。アカデミー賞を日本のいじめっ子小学生はみんな取れるんじゃないだろうか。先生は呆れたような、それでいて健全で仲の良いクラスメイトを見て微笑ましいようなそんな慈愛に満ちた目で夏実を見る。
「また夏実さん?ダメよ。危ないから。」
馬鹿な教師だ。毎回夏実の机は窓から消えていくのに、そんな事実を気付こうともしない。いや、気付いても見ようとしていないのかも知れない。
「ほら、プリントも落ちてたわよ。」
少し砂がついたプリントを笑いながら渡される。酷い世界だ。机やプリントは拾ってくれるのに、こんなに傷付いて教室に這い蹲る少女を拾ってはくれない。
嘘にまみれた教室は夏実以外の人にとってはこの上なく楽しい教室なのだろう。

気付いたら日は落ちかかっていた。茜色の空はもう半分暗い色になっていて、教室はとても静かだった。
夏実は教室をぐるりと見回す。誰もいないと思っていた教室にはまだ人がいた。ドアの前に女の子がいた。名前はなんだっけか。同じクラスかも分からなかった。ただその子は何だか不思議な雰囲気で、その子の周りだけ世界がボヤけているようだった。夏実はそれがなんだかとても幸せそうに思えて思わずその子を凝視した。
「不具の島に行こう。」
その子はそう一言いって消えてしまった。でもその一言で夏実には十分だった。
夏実は考えていた。ずっと考えていたことだった。
紙は拾ってもらえるのに何で自分は拾ってもらえないのか。それは拾う人が悪いんじゃない。紙が悪いからいけないんじゃないかと。

窓の枠に手をかけて広い空を見る。もう茜色の景色はなく、ただ真っ暗でもない夕方と夜の間の藍色の空が広がっていた。
(夏実は不具の島では誰かに拾ってもらえるだろうか…)
ふとそう思い夏実は両手を大きく空に向けて伸ばした。すると遠くか近くか、電車の音が聞こえたような気がして、夏実は小さく微笑んだのだった。

【佳奈、由佳】


ねぇ由佳、ここはどこ?
ここはね佳奈、電車の中だよ。

ガタンゴトン。ガタンゴトン。
赤い赤い世界の中で2人は向かい合って座っていた。

でもね由佳、私たちもう何日も何年も何億とずっとここにいる気がするわ。
それはそうよ佳奈。私たちはここでやることがあるじゃない。

(すまない、すまない、やらなきゃいけないんだ…あぁ、恨まないでくれ。)
遠い昔の蚊の泣くようなか細い声で同じような事を言われた事を思い出した。
悲しいような怖いような恨めしいような、そんな事もあったと他人事のように思い、同時にここにいる意味も思い出す。

どうして私たちはダメなのか。それは2人一緒だから。
2人で1人にはなれない。でもそうならなければ私たちは死んでしまう。

あぁ、そうだわ。そうね由佳、私たちは戻れないし行けもしないのね。ここで彼女たちを待ってまるで無機質の改札機のように通り過ぎるのを待つのね。
えぇ、そうよ佳奈。私たちはあそこへは行けないの。だって佳奈は欠けていないもの。私も欠けていない。でも満たしているわけでもない。
そうね由佳。私はあなたと離れる世界ならいらないわ。2人でいなければいけない世界なんてどちらも嫌よ。
そうよ佳奈。だから私たちはこの電車から降りないわ。私たちが1人であるために。2人で1人であるために。

電車は走る。同じ道を延々と、丸く丸く走ってく。
貴方が電車に乗りたいなら、私たちが乗せましょう。
不具の島まで乗せましょう

不具の島

不具の島

ホラー超短編集。 不具の島。それは欠けた子供の行き着く島。不具の島とは何なのか。そこに魅せられてしまう子供たちの超短編集

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-01-15

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  1. 【京子】
  2. 【夏実】
  3. 【佳奈、由佳】