教へて下さひ。2

拝啓
教えて下さい。僕には今どうすればいいのか分からないのです。困っているのです。
 
 僕はたぶん同じ学校の、同い年の女の子に恋をしています。たぶん学校は同じなのですがきっと学科が違うからでしょう、同じ校舎にも居ませんから逢えません。 しかし、芸術の授業でのみ隣同士の席になって少しだけお話をすることが出来ます。好きで好きでたまらないのです。だがこの気持を彼女に伝えることなど出来ませんでした。それどころか彼女に気持ちがバレてしまって今までの様におしゃべりが出来なくなってしまう事すらも恐ろしかったのですから。

 何をしていても彼女のことが頭から離れません。しかし、何故か分かりませんが頭に浮かぶ彼女の顔はいつも同じ顔で、ニッコリと笑っているのです。

 彼女のどこが良いのかと聞かれると、上手く答えられません。もし、僕が例えば「優しいところ」なんて言えてしまったら優しい子ならば彼女じゃなくてもいいというコトになってしまいます。彼女でなければダメなのです。確かに彼女はそれ程の美女かと云うとそうではないかもしれません。しかし、僕は彼女を好いてしまったのです。もうどうしようにもないのです。

 先日、可笑しなことですが夢を見ました。僕がバスに乗っていると、向かいの席に彼女が突然座ったのです。僕が驚くと彼女はニヤニヤと笑って

「お前の驚く顔は初めて見たよ」

と言うのです。

「そりゃあ大変に驚いたんだもの。しかし、なんで君がこんなところに居るんだよ。用事があると言ってたじゃないか。」

「うん。ちょっと時間があったからね。少し寄ったんだ。けどもう行かなくちゃ。」

そう言って彼女はスッと消えたんです。僕はますます彼女が好きになりました。
 
 あれだけ逢いたい逢いたい。逢って少しでもいいからお話をしたい。そう思っていたのに、何故か途端に彼女に逢いたくなくなったりもするのです。彼女と廊下ですれ違うのも恥ずかしくなりました。気持ちは相変わらず好きで好きでたまらないのに彼女に逢いたくないのです。あれだけ逢いたいと思い焦がれていたのに途端に逢いたくないと思うようになったのです。

 僕は情けなくてたまらなくなりました。彼女に逢いたくて仕方がなかったり、彼女に逢いたくなくなったり、彼女が他の男と廊下を歩いていただけで、どういう仲なんだろうかなどと考えて一喜一憂する自分が大変に情けなくなりました。恥ずかしくて仕方がありませんでした。

 僕は明日、彼女に時分の想いを告白しようと決意しました。たといフラれてしまっても、素直に諦めようという決心がついたからです。学校からの帰り道。彼女が電車に乗る駅に行くまでに言おうと決意しました。
 


・・・・・ヴンンン――――――ンンンン・・・・・・・。

 僕はフッと眼を開きました。白いペンキ塗りの天井から裸電球がタッタ一つぶら下がっていました。僕はその真下の固い、冷めたい人造石の床の上に、大の字型なりに長くなって寝ていたようなのです。あたりを見回してみると青黒いコンクリートの壁で囲まれた部屋でした。

「おかしい・・・・・・・」
 
 白い、新しいゴワゴワした木綿の着物が二枚重ねて着せてあって、短かいガーゼの帯が一本、胸高に結んでありました。そこから丸々と肥ふとって突き出ている四本の手足は、全体にドス黒く、垢だらけになっていて・・・そのキタナラシサ・・・。

 何が何だか分からなくなりました。僕は一体どこに連れて来られてしまったのか、ここはどこなのか。不安でいっぱいでした。すると突然、壁の向こうから

「・・・お兄さま。お兄さま。お兄さまお兄さまお兄さまお兄さまお兄さま・・・・・今のお声を・・聞かしてエ――ッ・・・・」
 
 僕は愕然として縮み上りました。思わず僕は後ろへ振り返り、この部屋に僕意外の人間が居ないことを確認しました。

「・・・・お兄さまお兄さまお兄さまお兄さまお兄さま・・・・お隣りのお部屋に居らっしゃるお兄様・・・あたしです。あ、あたあたあたあたしです。・・・・・あたしです。あたしです。エ――ッ・・・・・お兄様お兄様お兄様お兄様・・・おにいさまア――ッ・・・」
 
 それは確かに若い女の声と思われました。けれども、その音調はトテも人間の肉声とは思えないほど嗄しゃがれてしまって、ただ、底悲しい、痛々しい響ひびきばかりが、混凝土の壁を透して来るのです。

 僕は部屋にあったベッドのシーツを被り。ガタガタと震えていました。この状態で落ち着いて要られるものでしょうか。不安で不安でなりませんでした。すると、ギィィィという私の部屋のドアが開いた音がしました。先ほどの声の女がここにやってきたのかと思い僕は気が気ではありませんでした。

「お目覚めになりましたか。」

 そう言う男の声に私が振り向くと背丈は2mもあろうかという白衣の男性が立っておりました。話を聞くと僕は何か珍しい病でかなりの間、この病院へ入院していたそうなのです。

「先生、僕はいつからここへ入院しているのでしょうか。何時頃になれば退院して学校へ戻れるのでしょうか。僕は学校へ行きたいのです。」

 「君は、かなり混乱しているようです。目覚めたばかりなのだから無理もないでしょう。君はとうの昔に君の賛成のもと、治療に専念するという理由で学校はやめてしまったではありませんか。」

 其れを聞いた瞬間にすべてを理解しました。頭のなかが真っ白になりました。自分でも分かるほどに体の体温が下がり、意識が朦朧とし、目の前が真っ暗になったような心持ちがして、血の気が引きました。認めたくありませんでした。いえ今でも認めたくありません。しかし、認めざるをえないでしょう。全ては私が入院している最中に見た夢だったのです。何もかも夢だったのです。エス子など居ないのです。どこにも居ないのです。居ないのです。彼女が生きた痕跡どころか、生まれた痕跡も写真すらもないのです。しかし、教えてください。僕は夢の中にしか存在しない彼女が好きなのです。好きで好きで仕方がないのです。もう告白することもフラれることも出来ないのです。

ねえ 教えて下さい。困っているのです。

教えて下さい。困っているのです。

困っているのです。

教へて下さひ。2

教へて下さひ。2

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-14

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