アイノウタ

第1章

「よしっ」

春の体を包み込むような暖かい日差しが、畳の香りがほのかに香る部屋に差し込む。そこで俺は新たな生活を始めようとしていた。

地元では偏差値が高いと評判の、栄光高等学校に奇跡的にも合格した俺。
親も親類もびっくりしたほど、誰も合格できるとは思っていなかった高校に合格したのだ。
親はそれを地元の友人に自慢して回ったくらいだ。

そして誰よりも喜んでくれたのはお向いの家に住む一つ年上の、矢神実澪だった。

俺が生まれた時から、親同士が仲が良かったこともあって、一緒に遊んでくれた(らしい。実際俺は3~4才頃からしか記憶にない笑)。

俺が2歳位の頃には、大して体格も変わらない俺を抱っこしたまま階段から降りようとして二人とも仲良く落ちて鎖骨を折ったらしい。


そんな幼い頃からの姉ちゃんも、同じ栄光高等学校の二年生で尚更喜んでくれたようだ。


遅れたが、俺の名前は渡辺和之。見た目はパッとしない、そこらへんにいる感じの、まあそれなりにおしゃれした高校生だ。身長も高くない。どこにでもいる若者って感じかな。

今日は待ちに待った入学式。同級生にかわいい子はいるのか、いやそれ以前に友達がたくさんできるか、色々と不安だった。

今まで経験した二回の入学式とは訳が違う。中学の友達は一人もおらず、周りは知らない人でいっぱいだ。


校門を通り過ぎるといかにもインテリそうな、新品の制服を着た男女。比率的には丁度五分五分くらいか。
土間には名簿順にクラス分けがされていた。
「え~と?俺はどこだ?・・・お!あったあった!9組か。ずいぶんクラスがあるんだな、全部で13クラスもあるのか」

小学校も中学校もクラスが少なくって、誰一人としてしゃべったことがない奴は居なかったから少し驚いた。
「これだけ人数がいるとやっぱり三年間で一言もしゃべらない奴もいるんだろうなぁ」

「てか、だいたい9組ってどこだよ。何階だよ。」

土間でいきなり迷っていると

『お!来たな!新入生のガキンチョ!!』

後ろから聞きなれた声が聞こえたので振り返ってみると、実澪がいた。

「あれっ?なんでいるの?今日入学式でしょ?2年生は休みじゃないの?」


「私は新入生の誘導係りに任命されてるんだよ。教室まで案内してあげるよ。」


不意に実澪に手を握られ、教室まで連れて行かれた。
その先の教室では、緊張感に溢れた空間があり、一瞬ひるんでしまった。

「ここが1年9組だよ。久しぶりにきたなぁ。」

「え?なんで?」

「だって私も9組だったもん。」


そんな話をしていたとき、後ろから声をかけられた。

「すいません。教室にいれさせてもらってもいいですか?」

俺が振り返ると、そこには今まで見たことがないくらい顔の小さな女の子が立っていた。

(あ、かわいい。この子)

一瞬俺がそんなことを思っていたときに

「あっ、ごめんね!」
実澪は軽く頭を下げ、教室のドアへの道を開けた。

すれ違いざまに名札を見たところ『小木曽茜』と書いてあった。

(茜ちゃんか・・・後で声かけてみよ)

「・・・い!・・・・・・おいっ!!」

俺がこれからの高校生活でのバラ色の未来を妄想している間に、不意に腹を実澪に殴られた。


「クッハ・・・いってえ!!」

「見とれてんじゃないの!和ちゃんには私という美人が近くにいるだろうが!!」

「・・・あっそ。じゃ、俺はバラ色の高校生活に足を踏み入れることにするよ。」


実澪のその言葉を冗談としか受け取れなかったことが実澪を傷つけてしまった。

俺は実澪に軽く手を振って教室の自分の席の方へ向かっていった。

「・・・冗談にしか聞こえない・・・か。」

実澪の顔には寂しさが滲み出ていた。



入学式も終わり教室に帰ってきた俺は、誰に話しかけようか迷っていた。

(とりあえず、隣の席の子に話しかけてみるか。名前は・・・須田・・・さんか・・・)

「須田さん、俺隣の席の渡辺です。これからよろしくね。」


「・・・え?あ・・どうも。私は須田玲奈です。よろしくね。」


(うわぁ・・・すっごく細いけどめちゃめちゃ可愛いじゃないか!!)

俺は、玲奈のあまりの可愛さに一瞬見とれてしまった。

「え?私の顔に何かついてる?」

「え・・い・・・いや!!な!!何も!!!」

「?」

「いや、可愛いなあと思ってさ」


(隣の席がこんな可愛かったら授業どころじゃないな)

「え、えぇぇ!!・・・ぁ・・・・すいません。大きい声でちゃった///可愛くなんかないよ・・・」

玲奈のこの反応に俺は心を根こそぎ掴まれて、一瞬にして惚れてしまった。

今日は入学式と簡単なオリエンテーションで学校は終わり、ひとまず家に帰った。




「ただいまー」

「おかえり。どうだった?高校生活は楽しめそう?」

台所で昼ご飯の用意をしていた母親がひょっこり顔を出した。

「まあボチボチかな。」


そう言い残して、着替えるために自分の部屋へ向かった。「ん?」

ふと携帯を見ると着信があったようだった。

履歴を見てみると、実澪からだった。

「やばっ!30分も前じゃん!」

実澪に電話をかける。


『もしもーし』

「もしもし?ごめん!なんだった?」

『学校一緒に帰ろうと思ってさ。もう家着いちゃった?』

「うん。ごめん。」

『おい!すぐ謝るんじゃない!大した用事じゃないし!』

「ごめ・・・」

『こら!』

「ごめん!・・・おおう・・また言ってしまった。ハハ・・・」

『ハア、もういいわ・・・それより1時くらいに部屋に来れる?』

「ああ、分かった。大丈夫、行けるよ。」

『そんじゃ、また1時に!』

プチッ・・・

(1時か・・・まず飯食おう。)

俺は母の飯をわずか3分で平らげた。

「相変わらずお腹の中はブラックホールね」

「誰に似たのやら・・・」

「ほほぅ・・・晩ご飯はいらないのね?」

「いやっ!!それだけはご勘弁を!母上様!」

「それでよろしい」


・・・・鬼母だ・・・

1時ごろになったので、実澪の部屋へ向かった。

俺は矢神家には、インターホンを押さなくても入れる。それほど仲が良い証拠だ。

「お邪魔しまーす」

「ああ、カズ君。高校入学おめでとう!実澪と同じ高校なんて、おばちゃん嬉しいわ~」

この人が実澪の母親。
俺の第2の母親みたいな人だ。実の親に相談できないことも、この人になら相談できる。
尊敬すべき人物だ。

「ハハハ!ありがとう、おばさん。・・実澪って帰ってます?」

「ええ、さっき帰ってきたところよ。あ、カズ君、実澪にご飯持って行ってくれない?」

「いいですよ。」

「ありがとう。・・・・はい、これね。よろしく。」

おばさんからお盆を渡された。

(矢神家は、今日はトーストか。)

受け取ったお盆を持って、階段を上る。
実澪の部屋は二階の突き当たりの部屋だ。

コンコン

『ほへーい』

ガチャ


「なんつう返事の仕方だよ。」

「うるさいわ!」

実澪から強烈なツッコミが飛んでくる。

「グハッ」

さっき食べた昼飯がリバースしそうになるほどの威力・・・
そしてなんとか持っていたお盆はひっくり返さずにすんだ。

「うぅ・・・こ・・これ・・昼飯だとさ・・」

そう言い残して俺は絶命した。


「おぉーい、カズちゃ~ん。なんで死んでるの~」

「誰が殺したんだよ。」

「誰だっけ?」

「・・・・もういい・・」


もう来慣れた実澪の部屋。ベッドからカーテンからほぼ全てがピンクに統一された正に
<ザ・女の子の部屋>
である。

実澪の部屋はいい匂いがするので、俺は実澪の部屋が昔から大好きだった。

「友達出来た?」

不意に実澪から声をかけられた。

「トモダチ?ナニソレオイシイノ?」

ドスッ


「・・・・ごめんなさい・・・」

「朝会った、ちょっと顔の小さな子とはしゃべったの?」

「いや、そういえば話しかけるの忘れてたな・・・」


そう言ってふと顔をあげるとベッドの上に腰掛けている実澪と目があった。

ピンクのジャージに膝上20cmの短パンを来た実澪が今まで感じたことのないくらい美人に思えた。

「そういえばさ、この前言ってたスカウト断ったの?」

「ああ、あれね。断った。芸能界なんて興味ないもんね。」

実澪は数週間前に地元の商店街を俺と一緒に歩いていたときにスカウトに声をかけられていた。
実澪の返事に正直なところホッとしている自分に気づいた。

「もったいないけど、よかったわ。」

「え!?カズちゃん今なんて言った?」

「よかったなって。実澪が遠くに言ったら俺が世話できなくなっちゃうだろ。」

「はは。それもそうだね。うん。ちょっと嬉しいかも」

「そんな真面目に返されたら恥ずかしいだろうがッ」

俺は実澪に軽くヘッドロックをする。

「きゃーーー!いやーーー!ゴメンなさーい!!」

実澪はベッドにタップをする。

俺が腕を離そうとすると、実澪は手を握ってきた。

「どうしたんだ?今日の実澪おかしいぞ?あ、いつもか。」

「・・・・・・」

「あ、あれ?」


「・・・カズちゃん・・・クラスにかわいい子いた?」

「? まあ、ボチボチ」

「私より?」

「ッッどうしたんだよ。マジで。」

「あ・・あのね。私とカズちゃんってちっちゃいときから一緒にいたじゃん?だから最近まで気付かなかったんだけど・・・」

「何にだよ?」

「す・・・・・・好き・・・カズちゃんのことが好き・・・なんだよ。」

「っす?え?マジで?」

「やっぱおかしいよね。私・・・ごめん。」

「・・・・・いや・・・・・・・俺も・・・。」

「え?」

「俺は昔から実澪のことが大好きだったよッ!!」

ここが実澪の家だということも忘れてかなり大声で言ってしまった。

実澪の顔を見ると、大粒の涙が溢れていた。

「嬉しい・・ありがとう」

「泣くなよ。俺が泣かせたみたいだろ?実澪には泣き顔は似合わんって。」

そう言って実澪を軽く抱きしめた。
今まで小さい時から姉のように思って慕ってきたが、実澪からの告白で俺の気持ちが大きく変わったのは事実だ。

5分くらいだろうか。俺と実澪はずっと抱き合っていた。

実澪の心臓の音が聞こえる。実澪の心臓の動きが分かる。実澪の呼吸が聞こえる。


ああ、俺は実澪のことが好きなんだ。絶対に手放しちゃいけないんだ。
こんなに大切なもの、失いたくない・・・


「カズちゃん・・・大好きだよ・・・ずっと一緒にいたいよ・・・」

「うん、俺も。ずっと実澪といる。絶対に離れない。大好きだ・・・」


チュッ・・・

軽く唇が触れ合う。
目の前の実澪が目を開ける。

その時の実澪の笑った顔は死んでも忘れられない、大切な俺の宝物となった。



翌日・・・


『行ってきます!!』

俺と実澪は一緒に家を出た。


実澪と付き合うことになった。小さい時から一緒にいてくれた実澪と・・・


俺は今まで生きてきた中で一番の充実感を感じていた。


学校に行くまではいつものように他愛の無い話で笑いあった。

学校の土間につくと、別れを惜しむように実澪が寂しそうな顔を浮かべた。


「大丈夫!昼休みに会いに行く!!絶対だ!!」

「約束だよ?私、待ってるからね!!」

約束を交わして別れた。


教室に着くと、自分の席に向かった。

まだ二日目、ということもあってか、どことなく緊張感にあふれる中、
その空気を破るひとりの男が現れた。

「おっはよーーー!!!!!」


クラス中がその男に視線を向ける。

何を隠そう、その男こそ俺の唯一無二の親友となる「庄司勇太」である。
しかしこの時点ではまだ俺と勇太は一言もしゃべったことのない関係であった。

勇太の席は俺の三つ前の席である。
それほど離れた席の俺に、何を考えたのか勇太は話しかけてきた。


「よっ!俺は庄司勇太。勇太って呼んでくれよ。」

「おっ・・おう。よろしく。俺は渡辺和之。カズって呼んで。」

「よろしくな!カズ。・・・ところでさ・・・」

「?」

「うちのクラスに小木曽茜って子いるだろ?あの子可愛いよな!」


俺は思わず慌ててしまった。
なぜならその小木曽茜本人が勇太の後ろに立っていたのだ。


「私がどうかした?」


「ぅへええぇぇ!!!」

勇太は今まで聞いたことがない声で驚いた。

「い!!いや!!小木曽さん、おはよう!」

「ん?おはよう!」

小木曽さんはしっかりとした声で挨拶をした。多少ハスキーだった。しかし、その声がまた可愛かった。

「小木曽さん、おはよう。」

俺は半分笑いながら挨拶をした。


「おはよう!」

小木曽さんは元気よく返してくれた。その時の笑顔がまた一段と眩しかった。


「おはよう・・・」


今ひとつ元気のない挨拶が聞こえる。線の細いその声の主は玲奈ちゃんだった。


「玲奈ちゃんおはよう!」

いきなり「玲奈ちゃん」と呼ばれたことに一瞬顔を上げたが、またすぐに顔が下がる。

「・・・どうしたの?」

「私、朝が思いっきり苦手なんだ・・・起きて2時間ぐらいはずっとこのテンションだよ。」

「そうなんだ」

俺は実澪と玲奈ちゃんの意外な共通点を見つけた。
実澪は玲奈ちゃんほどではないだろうがが、二度寝の達人である。

一度起きてから、二度寝の体制に入るまで2秒とかからない。

「今日から授業だよね。ついていけるかな~」

小木曽さんは不安そうな顔を浮かべる。


「おっ、小木曽さんなら大丈夫だよ!」

勇太はまだ少しどぎまぎしながら答える。

「そうかなあ・・・あ、愛李だ。愛李、おはよー」

そう言うと、愛李と呼ばれた少女に向かって歩き出す。
愛李は小木曽さんに向かってダッシュしてくる。

「オギちゃんおはよーーー!!!」

愛李は小木曽さんにジャンピング抱きつきをかました。

小木曽さんは愛李の勢いに負けてその場に押し倒される。
・・・・そのとき愛李と小木曽さんの下半身にあった、白いものを俺と勇太は見てしまった。
もちろん、彼女たちは知る由もなく、俺たちは顔を見合わせて思わずニヤけてしまった。



そんなこんなで、いろいろありながらも高校生活二日目、待望の昼休みがやって来た。

俺は弁当を持って、誰よりも早く教室をでる。

「コラーー!!渡辺!!!先生より早く教室を出る奴があるかーーー!!!」


先生の静止する声も俺には聞こえなかった。

二年生の学年棟まで2分とかからなかった。驚異的な記録だと我ながら感心する・・・「久美!!」

そこが二年生の教室であることも忘れて、大声で実澪を呼ぶ。
クラス全員が

「誰だ?」

みたいな目線を送る。

「カズちゃ・・・カズ!!」

呼びなれない呼び方に俺は一瞬力が抜けたが、実澪に向かって大きく手を振る。
実澪が、弁当を持って俺の隣に来るまで10秒もかからなかった。

「約束、守ったぞ。」

「うん・・」


「レイちゃん、誰?これが例の彼氏?」

「あ、栞。・・・まあね。かっこいいだろーー」

「栞」と呼ばれた少女の名札を見やると、「高柳」と書かれていた。

「実澪に彼氏!?嘘っ!あれだけ断り続けてきたのに!!」


そんなに告白されていたのか・・・やっぱり実澪はモテるんだな・・・

「ちょ・・ちょっと!!もういいよ!!カズ!!ご飯食べに行こ!!バイバイ!栞」

実澪は強引に俺の手を引っ張っていった。
周りの年上の男たちの目線に二人とも気付いていなかった。



「うわー、実澪の弁当旨そうだな」

屋上で広げられる弁当箱たち。
女の子らしい大きさの弁当には小さめのおにぎりが一つ、色鮮やかな野菜、冷凍食品では絶対にないものが詰められていた。


「ほんと?今日は私が作ったんだよ。」

「え?これおばさんが作ったんじゃないの?・・・大丈夫か・・・?」

「それ、どーいう意味?」

「ん?旨そうってこと!」

パクッ

実澪の弁当にあった、肉じゃがのじゃがいもをいただく。

!?


旨い・・・・

「どう?」

実澪が心配そうに上目遣いで俺の顔をのぞき込む。

「いやいやいやいや!!!旨すぎッス、姉さん!」

ボカッ

「姉さんって言うな!」

「・・・旨いっす、あねg・・ハウッ」

言い終わらないうちに実澪に腹部を殴られる。

「吐くだろ!!」

「そんなに不味い?」

「だから、旨いって。」

「・・・嬉しい・・・」


今日の昼食の時間はなんとも幸せな時間だった。
こんなに楽しく、美味しく幸せな気持ちでご飯を食べたのは初めてじゃないか、と思うくらい幸せだった。



その日の夕方、俺は用事があるから、と言って実澪に教室で待っていてくれと頼んでいた。


「カズちゃん遅いナ・・・」

実澪は俺が来るのを教室で一人で待っていた。


「おー、矢神。まだ帰らないんか?もう下校時間過ぎただろ。」


そこに現れたのは実澪のクラスの担任の田所先生だった。

「先生!あ・・・んと・・・人待ちです。」

「そうか・・・一つ話があるんだが5分だけいいか?」

「・・・?はい。」

「最近何かいいことでもあったのか?」

「え!?なんでですか?」

「いや、俺も教師をやって長いからな。矢神、男ができたろ。」

「は!!?」

「いや、それはいいことだと思うんだが、授業中ボーッとしすぎだぞ。今日はずっと外を見てただろ。ありゃ男が出来た時の目だ。」

実澪は田所に完璧に当てられ、顔が真っ赤になる。

「いや・・・まあ・・・その・・・」

「いや、いいと思うぞ。若いうちは恋してナンボだからな。はっはっは!!」

「そ、そういえば先生って教師何年目なんですか?」

実澪は話題をそらしたくて無理やり話題を変えた。


「ん?そうだな27年目かな。」

「先生って大変ですか?」

「う~ん・・・まあ大変と言えば大変だけど、お前らが学校を卒業してくれればすごく嬉しいな。まあ、卒業せずに辞めていく奴も多いけどな・・・」

「私・・・先生になりたいんです。でも、大変だったら嫌だなって。」

「矢神。それは心からの言葉か?」

「はい。」

「だったら、まだ若いんだ。心の声に従っていろいろやってみろ!レールの上ばかり歩いてると、人生終わってしまうぞ!!」

「・・・はい!!」

「まあ、せいぜい今は渡辺と仲良くすることだな。あいつは教師の俺から見てもいい奴だと思うぞ。じゃあな。気を付けて帰れよ!!」

「!!!」(なんでカズちゃんと付き合ってるって知ってるんだろう・・・)




もうすぐ春も終わろうとしている5月。

俺と実澪はあいも変わらず、幸せな日々を送っていた。

「おーい、カズー!起きろー!!」

「うーん・・・・・・」

俺がゆっくりまぶたを開けるとベッドの横に実澪が立っていた。
じっと俺の顔を見つめるその瞳は、相変わらず綺麗だった。

「おい!いい加減起きてよ!!」

実澪の瞳に思わず見とれていたようだ。


「なんだよー・・・今日日曜だろー。ゆっくり寝かせてくれよー。今日は久しぶりに部活ないんだよー。」


俺はこの間、実澪を待たせていたとき、勇太に連れられて野球部に入部した。そう。半ば無理やりに・・・。しかも初心者なのに・・・
そこまで強くはない部ではあったが、体育会系のノリに慣れていない俺にとっては日々大変だった。


「わかってるよー。」

「わかってるんだったら、寝かせてくれー・・・・・・グゥ・・・」

「おいコラ!起きて!今日の約束忘れたの!!??」

「なんかあったっけ・・・?」

「あーー!!忘れてる!今日はデートに連れていってくれるんでしょ!!」

「・・・あー・・・忘れた・・・」

「・・・ふーん。そういうこと言うんだ・・・」

バフッ!!!!!!

「ハウッ・・・」

まさにダイビング。きれいに俺の腹に実澪が降ってきた。

「・・・・・・・・・・・・・イッテえよ!!!このやろ!!」


「きゃーーー!いやー!やめてー!!」

俺は実澪のほっぺたを引っ張った。
まあ、その伸びること伸びること。

「はめへー。ハフー。いはいよー。」

「ごめんなさいは!?」

「ごへんなはい・・・」

涙目で上目遣いに謝る実澪に、俺は思わずニヤけてしまった。

(こ・・・これは・・・・・・いい遊びを見つけた・・・)


俺がようやく着替え出すと、

「流れで謝っちゃったけど、悪いのはカズだからね!!」

と、少しふてくされたように実澪は言った。
そしてその顔もまた可愛い。

「わかってるって。ごめんごめん。」

「むぅーー。反省してない。」

「悪かったって。ごめん!!」

俺は手を合わせて頭を下げた。
実澪は少し顔を赤くして言った。

「・・・ほんとに悪いと思ってる?」

「思ってる思ってる。」

「・・・じゃあ・・・キスして?」

そう言うと実澪は恥ずかしそうに顔を下に向ける。


「ごめん!」

そう言うと俺は実澪の頬に手をあて、唇と唇を重ねる。


「・・・許す・・・」

「え?」

「許してあげる!!その代わり今日は私のショッピングに付き合うこと!!」

「了解です!!姉さん!!」

「姉さんは余計!!」





「うーー・・・ちょっと熱いな・・・。」

実澪と繋いでいるその手にもじっとりと汗をかいている。
てっきりデパートに行くものだとばかり思っていたら、地元の大きな商店街にやってきていた。


「あ!これ可愛くない?」

「これ!カズ、かっこよくない?」

「うーん。これもいいなあ。」


(そういえば、俺のこといつの間にか「カズ」って呼ぶようになったなぁ)


「ああ、そうだねー。」

俺は気のないふりをしていたが、実はこんなにもはじけた姿の実澪はあまり見たことがなかったので新鮮だった。


3時間後・・・・・・


「あー、いっぱい買っちゃったなー。お金使いすぎたかな・・・」

「そりゃ、これだけ買えばね。相当使ったんじゃない?」

「お財布スッカラカン!」


そんなことをいいながら歩いていると、ふと店のショーケースに並んでいる水着が目に入った。

(そういえばもうすぐ夏だなー。海行きたいなー。)


「そういえばもうすぐ夏だなー。海行きたいなー。」

口に出さずに頭の中でつぶやいたことが隣から聞こえてきた。

「って思ってたでしょ?」

「あ、ああ。すごいな。そっくりそのまま考えてた。」

「伊達に何年も一緒に過ごしてないよ。カズの考える事はなんでもわかるの!」

「そりゃ、すごい。俺も久美の考えてること当ててあげようか。」

「ほう。」

「お腹がすいた。」

「残念。ハズレー!正解は、カズと一緒に海行きたいな、でした!」

「いいな。一緒に行きたいな。でもなー・・・部活がな・・・」

「いいよ。待ってるから。無理しなくていいよ。私はカズと一緒にいれるだけで十分。」

「悪いな。」

「ううん。いいの。私はそれがいいの。」




翌日から、授業後に地獄のような練習が待ち受けていた。1年生の俺にはそこまで熱を入れる理由もなかったが、
3年生は次の大会で負けたら引退なのだ。熱が入らない訳がない。


「よーし!次!!レギュラーはバッティング練習!!1年生は後ろで球拾ってやれー!!」

「ウーーッス!!!」


全員に指示を出すこの人は野球部のキャプテン、3年生の日比谷 崇(ひびや たかし)先輩。
個性豊かなうちの野球部員達をまとめるキャプテンシーは尊敬に値する。

成績優秀、運動神経抜群、それでいて超がつくほどのイケメン。
学校内にファンクラブが存在するほどだ。


日比谷先輩が野球部の「陽」なら、野球部の「陰」は、我らがエース、2年生の飯山 俊介(いいやま しゅんすけ)先輩だ。

こんなちっぽけな弱小チーム(とは言っても、地区予選で8強クラス)になぜいるのかわからないが、中学で全国2位のチームのエースだったらしい。

力のある直球は140キロを超え、カーブ、スライダー、ツーシームを武器に相手に冷静に立ち向かう、孤高のエース。そして、次期キャプテンだ。
・・・が、何といってもこの先輩、とても暗い。なんというか、周りを寄せ付けないオーラを放つ人物である。

この二人によって栄光高校の野球部は成り立っていると言っても過言ではない。


キーン、キーン・・・

乾いた金属音が鳴り響き、1年生の部員10名が必死に球に食らいつく。

俺がふと校舎の方に目をやると、2年生の教室から実澪が練習を見ていた。
実澪も俺に気づいたらしく手を振っていたので、俺も手を振り返した。


キャプテンはそんな気の抜けた俺を見ていたようだった。


「渡辺!!!学校の周り20周!!走ってこい!!!」


「えー。マジか・・・」

「何か言ったかー!?」

「何も言ってません!!走ってきます!!・・・はあ・・・」
こんな毎日が続いていた。


金曜日、練習が終わり、今日も筋肉痛を引きずりながら、実澪の待っている図書室へ行こうとしたとき、キャプテンに呼び止められた。


「おい、渡辺。ちょっといいか?5分だけだ。時間は取らせない。彼女も待ってることだしな。」

「あ、はい!大丈夫です。なにかありましたかか?」

「いや、そんな大したことじゃないんだ。これは1年生全員に聴いてることなんだが、お前はどこのポジションを希望してるんだ?」

「あ、はい!俺は外野手志望です!」

「やっぱりか・・・」

「え?どうかしたんですか?」


どこか納得していないというか、腑に落ちないキャプテンを見て少し不安になる。


「俺は、お前にピッチャーをやって欲しいんだ。」

「え?だって、ピッチャーは飯山先輩がいるじゃないですか。」

「俺がなんのためにお前に学校周りを何十周も走らせてたかわかるか?」

「なんでって・・・気を抜いてたからじゃ・・・?」

「ピッチャーは足腰が強くなきゃダメなんだ。俺は最初から、お前をピッチャーにしたかったんだよ。」

「だって、俺ほぼ初心者ですよ!?」

驚いた。野球をやったことがあると言っても友達と遊びでやっていたぐらいだ。
そんな男にピッチャーを任せるなんて。


「俺は、お前のフォームに惚れてるんだ。」

「はぁ。」

「お前のその肘と肩の柔らかさ!太ももと足の筋肉のバランス!・・・とにかく、俺が引退するまではなんとかピッチャーとして練習してくれ。ヤマに次ぐピッチャーがいないことがあいつに負担をかけてる。だから練習はヤマと一緒の量をこなしてもらう。頼んだぞ。」

ヤマというのは、飯山先輩のあだ名だ。

「い!飯山先輩と同じ量ですか!?」

「それだけじゃないぞ。ルールも覚えなきゃいけないからな。頭も体もこれからさらにハードになるぞ。覚悟はいいか?」

(覚悟も何も・・・ほぼ強制的じゃん・・・)

「・・・はい!やります!がんばります!」

「よし!頼んだぞ!」

キャプテンとの話も終わり、勇太とも別れて、実澪のところに向かう。

7時を回り、既に図書館には誰もいなかった。
その中に一つ、机に顔を伏せている塊があった。

「実澪。お待たせ。」

「ん・・・、あ、練習終わったんだ。」

「悪かったな。先に帰っててもよかったんだけど。」

「んーん!私が待っていたいんだから、カズは気にしなくていいの!」

「うん。ありがとう。」

「さ!帰ろ!」

実澪は俺の手を握ると俺を引っ張って図書館を出た。
辺りは薄暗く、しかし、日中の蒸し暑さが残っていた。


俺はさっきキャプテンに告げられたことを実澪に全て話した。
実澪はこう見えても小学校と中学校はソフトボール部に入っていた。

「え!!?カズがピッチャー!?すごいじゃん!!」

「すごくないって。無理やり任された感があるし。大体飯山先輩がいるから俺の出番はないだろ。」

「でも、あの日比谷先輩に任されたんでしょ?ってことは、期待されてるってことじゃん!」

「うん・・・そうだといいけど。」

「カズがマウンドで投げてる姿、見てみたいなぁ。」


実澪はそう言いながら俺の顔を見る。その目は真っ直ぐで、汚れのないものだった。
俺はその目を見ていると、なんだかわからないが、とにかく頑張ろうという気持ちになった。


「・・・わかった。やれるだけやってみるよ。ただし!実澪は俺に野球のルールを教えること!」

「え!?だって私ソフトボールしかやったことないんだけど。・・・ううん。わかった。教えてあげましょう!」

「ありがとう。」


俺は実澪を握る手に少し力をいれた。それは、覚悟を決めたこと、頑張ろうと言うことを実澪に、口に出さずに伝えたことと同意だった。


それから、俺は必死に飯山先輩の練習に耐え、自分でもわかるくらいにメキメキと力を付けていった。
ソフトボールのルールしか知らないはずの実澪も、俺の練習が終わるまで、図書館で野球のルールブックを読みあさり、それを俺に教えてくれていた。


そして3週間後・・・

「集合!!」

『おう!!』

野太く、そして力強い声がグラウンドに響きわたる。
それまでアップをし、それぞれで練習メニューをこなしていた部員たちがキャプテンのもとにダッシュで駆け寄る。


「今日はレギュラーチーム対補欠と一年生合同チームで紅白戦を行う。勝敗に関係なく、いいプレーにはそれなりに評価をする。つまり、例え負けたとしても、能力を認められればレギュラーに抜擢されるということだ。だけど、これだけは間違えるんじゃないぞ。」

キャプテンはいつも以上に部員ひとりひとりの目を見つめていった。

「野球はチームプレーが大事だ。これを軽視する奴は、いくらいいプレーをしても評価はしない。レギュラー組にも言っておく。プレー次第でレギュラー落ちもありえるんだ。全員が協力して、いいプレーをしよう。」

この言葉にレギュラー陣も目の色が変わり、全員にキャプテンの喝が響きわたった。


「レギュラー組は、背番号通りの守備位置、打順もこの前の練習試合の時のままで行く。それから、お前たちが先攻だ。」

『おう。』

レギュラー組はそれぞれがベンチに向かい、試合に向けて準備を始める。


「レギュラー以外は集合しろ。これからポジションと打順を発表する。呼ばれなかった者もいつでも試合に出られるように準備をしておけ。」


俺は勇太の隣で名前を呼ばれるのを待った。ちなみに勇太は小学校、中学校と野球部で、遊撃手の経験があった。

「1番、遊撃、庄司勇太。」

「は!はい!!」

「やったな、勇太!」

「おう!」


「8番、投手、渡辺和之。投手はお前しかいない。頑張って最後まで投げ抜いてくれ。」

「はい!!」



スタメンが発表され、俺たちは各自ポジションにつく。

「頑張って~!」

観客席では、愛李と小木曽さんが応援していた。その隣には実澪と高柳さんがいた。
実澪は祈るように手を組み、俺を見ていた。




俺は投球練習を始める。


暑い。


でも、心地よい暑さだ。緊張はしていない。ちゃんとボールに指がかかっている。変化球の曲がりも悪くない。

(行ける。)


根拠のない自信が俺を包んでいた。抑えてみせる!

1回の表、レギュラーチームの攻撃。

1番、二塁手、片山先輩。部内で一番足が速く、打球を転がされたら内野安打は覚悟しなければならない。


俺はゆったりとしたモーションから球を投げる。

1球目、外角低めに直球。シュルシュルという気持ちのいい音を立てて、キャッチャーミットに収まる。

「ストラーイク!」

2、3球目は内閣高めにボールがスっぽ抜ける。1ストライク2ボール。

4球目はカーブを外角にもっていき、片山先輩はこれをカットする。

5球目、三振を取りに行った直球が真ん中に入っていった。

これを見逃すはずも無く、打球は二遊間をきれいに抜けていく。


『ナイバッティング!!!』


一番出してはいけないバッターを出してしまった。大体、経験の浅い俺はクイックモーションが苦手だ。


2番、右翼手、堂本先輩。これぞ2番、というバントの名手。

初球、ランナーを気にして、ボールは外角高めへ。

2球目は直球が内角をえぐり、ストライク。


(?バントはしてこないのか?)


心配になり、ここで一球牽制をする。

「タイム!」

キャッチャーの結城将太が俺のところにやってくる。彼は中学時代はキャッチャーを経験していたそうだ。

「カズ、そんなに心配しなくていいよ。まだ1回だぞ?走られたら走られたでいいじゃないか。バントされたらバントされたでいいじゃないか。一つ一つアウトを取ればいいんだよ。大丈夫だ。お前の球は先輩たちでもそんなに打てやしないさ。」

ミットで胸を二、三度叩かれる。

「そうだな。頼りにしてるぜ。相棒!!」

「任されよう!」


結城はそう言うと走って下の位置に座る。俺は深呼吸し、一瞬だけ実澪の方を見る。
一瞬見ただけなのに、落ち着くことができた。

「ヨッシャーー!!打たせていくぞ!!バックちゃんと取れよー!」

結城が野手陣を盛り立てる。


吹っ切れた俺は、堂本先輩を2球続けて内角への直球で三振に打ち取る。

3番、三塁手、キャプテンの日比谷先輩。勝負強い打撃とバットに当てる技術はチーム1の能力だ。


2球目に片山先輩に盗塁を許すものの、日比谷先輩をショートゴロ、4番の大友先輩をセンターフライに打ち取り、1回を無事、無失点で終えた。


「ふぃーー。こりゃ疲れるな。」

ベンチ内に笑いが巻き起こる。

「はい、これ、タオルね。」

と、俺のタオルを手渡してきたのは、1年生のマネージャー、松本花音。
小さな体で、一生懸命部員を支えてくれるため、部員にも人気があった。

「おう、ありがとう。」

俺は一言礼を言うと汗を拭い、スポーツドリンクを少し飲むと、結城とキャッチボールを始める。


1回の裏、俺たちの攻撃。

先頭打者は勇太だ。

「勇太くーん!がんばれー!」

愛李と小木曽さんが黄色い声を飛ばす。
ところが勇太は集中して聞こえていないのか、声のする方には目もくれないで打席に入る。


レギュラーチームの先発は当然飯山先輩だ。
投球練習を見る限り、調子はそこそこといったところだろうか。


「勇太ー、落ち着いてよく見て行けよー!!」


1年生の、試合に出ている者、出ていない者双方が必死に声をだしていた。
俺もキャッチボールの合間合間にできるだけ声を出すようにしていた。


勇太は1球目、2球目と見逃し、1ストライク1ボール。

3球目、4球目をカットして、粘る。


俺とは比べ物にならないくらい、ミットがいい音を立てている。伊達に中学No.2の投手なだけある。

しかし、それに食らいつく勇太を俺はすごいと思った。


そんなことを思っている間に打球はセンターの前にポトリと落ちていた。


『ナイバッティーーン!!!』

なんと勇太は飯山先輩の5球目をきれいに打ち返していた。

「よーし!先頭バッターが出たぞ!続いて行けよ!!」


俺は味方ベンチを鼓舞する。


ところが、現実はそんなに上手くいかない。

2番、3番、4番と三球三振に倒れ、あっという間に攻守交代になる。

「大丈夫大丈夫!!まだまだ試合は始まったばかりだぞ!!!切り替えてきっちり守るぞ!」


結城の大きな声が味方に響く。


「よっしゃ!!」

俺も一つ大きな声を出してからマウンドに向かう。


「2回の表!!締まっていくぞ!!」

『おう!!!!!』





「いやー、ぼろっかすにやられたな。」

「ああ、あれだけやられると逆に気持ちいいわ。」

結果は17対0で負けたが、俺と勇太は笑顔だった。

俺も先輩たちを抑えることができたのは1回だけだった。


「でもさ、」

「ん?」

「投げるのって、気持ちいいな。」


俺はすっかりマウンドでの気分に魅せられてしまった。


「今日は結城が引っ張っていってくれたから、あれだけの点差で済んだと思うよ。」

「そうだな、あいつはすごい。投げてて気持ちいいからな。」


実際、結城はレギュラーでもやっていけるんじゃないかと思うほど、上手い。
・・・と、俺と勇太が反省会をしている時だった。


「カズ!」

後ろから実澪がやってきた。愛李と小木曽さんも一緒だった。その後ろには花音もいた。


「お疲れ様。」


「負けちゃったけどな。」


俺は軽く笑って話す。

「でも、かっこよかったよ。勝ち負けなんか関係ないもん。」


「ヒューヒュー!お熱いですね~。あー、暑い暑い。俺にもこんな風に励ましてくれる人いないのかな~」

勇太が冷やかす。と同時に実澪は真っ赤になる。
後ろでは愛李たちも大笑いしている。


「でもさ、実際、俺と先輩たちとの差なんてこんなもんだよ。まだ始まったばっかだよ。」

「そうだな。」

「そうだよねー。私たちは私設応援団としてこれからもカズ君達を応援するからね!」


小木曽さんが微笑みながら言う。


「いやー、こんな可愛い子達が球場にいたら男共が何するかわかんないぞ。」

勇太が大笑いしながら言う。


「お!勇太に100点あげよう!」

俺たちは笑いながら家路についた。


この試合が俺たちにとって大きな転機となることは、翌日判明するのだった。



「よく頑張ったね。今日、すごいいっぱい投げたんじゃない?」


俺の体をマッサージしながら実澪が聞く。


「そうだなー。150球は投げたかな。もっと投げたかな?でも、興奮してて、あんまり疲れてない気がするんだよな。」

「いいから、動かないの!マッサージしないと、明日の練習に響くよ!?」


実澪は、ルールブックで野球のルールを覚えると共に、どこで仕入れたのかマッサージ法まで体得して、練習のあった日は必ずマッサージをしてくれるようになった。

それこそ最初は痛みを伴ったものの、最近では本当に気持ちよくマッサージしてくれるようになった。

俺は実澪に感謝してもしきれなかった。
実際、実澪の支えがなかったら、飯山先輩と同量の練習メニューなんてこなせなかっただろう。


「実澪。」

「ん?どうかした?痛かった?」

「いや、すっげー気持ちいい。・・・ありがとうな。」

「何が?」

「いや、俺のためにこんなにしてくれて。実澪も勉強しなきゃいけないのに。」

「そういうことは言わないの。私が好きでやってることなんだから。」

「うん・・・ありがとう。」

「そういうことを言ってくれるだけで嬉しいよ。」

穏やかな気持ちで、マッサージを受ける。

俺は・・・実澪を大切にしよう。絶対に。ずっと離さないぞ。



翌日、キャプテンに呼ばれて3年生の校舎にやってきた。


「ここが3年の校舎か。何か、歴史を感じるな・・・」


壁には歴代の3年生たちが書いたであろう落書きが壁を埋め尽くしている。
なかには昭和○年と書かれているものもあるから驚きだ。

「おう、渡辺。やっと来たか。1分遅刻。ジュース奢れな。」

「え?マジですか?」

「先輩の呼び出しに遅刻してくる1年坊主なんてな。」


キャプテンは意地悪そうに笑いながら言った。


「すいませんでした。」

「いいよ、1分位気にしない。まあ、あと10秒で2分だったけどな。」

・・・この先輩は、ずっと時計見てたのか?
俺は呆れながら要件を聞く。

「それで、用っていうのはなんですか?」

「ああ、お前に背番号入りのユニフォームを渡したくてな。」

「・・・・・・は?」

「クックック。お前の反応、面白いな。」

「いや、え?どういうことですか?」

「昨日の内容を見たら、2・3年も文句は言わないだろう。」

「いや、だってめった打ちでしたよ?」

「投手経験のない奴で、あれだけの期間であそこまで成長されたら、俺だって背番号をあげたくなるさ。」


そう言うと、キャプテンは机からユニフォームを手渡す。


「あれ?これ3枚ありますけど・・・」

「1枚はお前のだ。あとの2枚は、庄司と結城だ。」

「ほんとですか!!??ありがとうございます!!」

「ああ、本当だよ。でも・・・お前自分の時より嬉しがってないか?」

「え?本当ですか?」

「ああ、本当にお前は面白い奴だな。」


1年生の校舎に戻ると、俺は結城と勇太にユニフォームを手渡す。


「うえええ!!!??マジで!?」


二人の反応は俺のツボにハマる。


めでたく?俺たちは背番号をもらい、ついに物語は夏の大会へと向かう。

第2章


「ふえーーん・・・」


実澪が部屋で涙を流す。

「しょうがないだろ。風邪ひいてるんだぞ?」

「だって!私見にいけないじゃん・・・」

「まあ、今回はしょうがないな。あと2日で治せるならいいけど。」

「治す!絶対に!」


「でもさ、俺は多分・・・というか絶対に出れないぞ?先輩がいるし。」

「それでもいい!私、見に行きたい!!」


ここまで実澪が駄々をこねるのは見たことがない。それだけ今回の試合を楽しみにしていてくれたんだろう。
実澪の気持ちが痛いほど伝わってくるから、俺はできるだけのことをしようと思った。


「・・・はぁ・・・。わかった、母さんとおばさんに頼んで、なんとかするよ。」

「本当に!?行ってもいいの!?」

「ああ。ただし!!試合当日までに熱が下がらなかったら・・・」

「大丈夫!私なんとかするから!ありがとうカズ!!」


実澪が俺に抱きついてくる。

「う、うわ!こら!病人は安静にしてなさい!」

「あはは、カズ、あったかくて気持ちいい!」



「なんとかならないかな。」

俺は母さんとおばさんに頭を下げる。

「あんた、そういうことをして、もし実澪ちゃんに何かあったら責任取れるの?」


母さんが俺に詰め寄る。


「責任、って・・・」

「そうでしょう?もしその日無理をして、肺炎とかになったら苦しむのは実澪ちゃん本人なのよ?」

「まあ、実澪の体は私に似て丈夫だからそんなことにはならないとは思うけど・・・」

おばさんは軽く笑いながら言う。

「でも、私も今回は賛成できないな。」


「でも、当日までに熱が下がったら・・・」

「熱が下がったら、まあいいことにしましょう。ね?それで手を打ちましょう?」


おばさんが妥協案を提案してくれる。

母さんはまだ何か言いたそうだったが、それ以上何も言わなかった。

「でもねぇ・・・ねえ?祐子ちゃん、あの小さかったこの子達が、まさか付き合うことになるとはねえ。」

祐子というのは俺の母さんの名前だ。

「ほんとに。大きくなったわねぇ・・・。しかも実澪ちゃんなら私も安心だわ。」

親の会話を聞いて、俺は恥ずかしくてたまらなくなり、その場から逃げるように出ていく。
実澪の部屋へ入ると、

「どうだった?」

と聞いてきた。


「ああ、やっぱり当日までに熱が下がらないと行かせられないって。」

「・・・やっぱり。」

少し下をむいて何かを考える風をみせる。
そして、再び顔を上げると、笑顔で答える。

「大丈夫!治してみせましょう!見せましょう。私の底力を!」

それは2011年のプロ野球、東北楽天ゴールデンイーグルスの嶋選手が開幕戦で言った、有名なセリフだった。

と同時に部屋の中は笑い声に包まれる。



あっという間に時は経ち、今日は地区予選1回戦当日。

対戦相手は俺たちと同じくらいのレベルの、いや、俺たちの方がレベルは上と思われる、東高校。


キャプテンはロッカールームで俺たちを集め、話し出す。

「よし、みんな、気合入れていくぞ。相手は俺たちよりも弱いかもしれない。でも絶対に気を抜くな。
試合が終わるまで気を抜くんじゃないぞ。いいな?」

全員が頷く。


「それじゃあ、スタメンの発表だ。」


「1番二塁手、片山。
2番右翼手、堂本。
3番三塁手、日比谷。
4番中堅手、大友。
5番一塁手、伊藤。
6番左翼手、佐川。
7番投手、飯山。
8番捕手、結城。
9番遊撃手、庄司。」


結城と勇太は思いっきり大きな声で叫ぶ。

『はい!!!!!』続けてキャプテンは言う。

「1年生の二人には結果は期待しない。でも一生懸命やってくれ。それから、渡辺もいつでも出られるように肩は作っておけ。」

「はい。」

「よし!!行こう!!俺たちの強さを見せつけてやろうじゃないか!!」


『うおおーーーーーっす!!!!』全員に気合が入る。

しかし、結城と勇太は緊張でガチガチに固まっていた。


俺は二人に囁く。


「練習だと思えばいい。苦しい練習に耐えてきたろ?大丈夫だよ。なるようになるさ。やれることはやってきたんだから。」


二人は少し緊張が解け、三人で笑いあった。


「よし!行こう!」

「頑張ろう!!」



その頃スタンドでは・・・


「いえーーーーい!!行けーーー!!栄光高校ーーー!!!」


人数の少ない応援席でその声は一際目立つ。

その声の主はというと、もちろん実澪だ。

さっきまで実澪の隣にいたはずのおばさんと母さんは少し実澪と距離をとっていた。


その声はまだロッカールームにいた俺たちにも聞こえた。


「おいおい、この声は誰かさんの彼女の声じゃないか?」


片山先輩が意地悪そうに笑いながら俺の方を見る。

俺は苦笑いしながら


「誰でしょうね?」


と答える。

ロッカールーム内に笑いが響く。そのことが1年生に和らぎを与えることになった。


「あ!出てきたよ!!おーーい!!カズーーー!!がんばれー!!」

俺は恥ずかしすぎて、顔を真っ赤にしながらも一応手を振る。


隣で見ていたおばさんが、耐えられなくなったのか、実澪に落ち着くように促す。

「実澪!周りを見てみなさいよ。恥ずかしい・・・」


われに帰って辺りを見回すと、多くの観客の目線が自分にむいていることに気づいた。
顔を真っ赤にすると、ストン、と腰を下ろす。


その様子をベンチで見ていた俺たちは笑いが止まらなかった。

「渡辺、お前の彼女最高だな!!」

「はは・・・いや・・・」

俺は苦笑いをするだけだった。

アイノウタ

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  • 小説
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更新日
登録日
2012-02-15

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