七日後の殺し屋 序章
※注意※ ワードからのコピペなので段落が消えてたりなどの若干のズレがあります。
見直しましたが見逃しがあるやもしれません。ご了承ください。…というか大目に見てね♪
この小説は完結済みのため、反響あれば続き載せます。
全部で15万文字以上あるので完読にはそれなりの覚悟が必要です(色んな意味で)。
この小説は5年ほど前に書いたものなので、素人に毛が生えた程度のクオリティです(今もそんなに変わらないケドw)。
自分は好きで楽しく自由に奔放に書くことをモットーとしておりますので、批判批評、またはその類はご遠慮願います。
あと、こちらのサイトでは今回初投稿です(照w)。
機能使いこなせていません。やりかた色々間違ってるかもです。
そのあたりもまとめて大目に見てください。
よろしくお願いいたします。
2015.1.14
七日後の殺し屋 序章
四月の第二週一日目
その日は三カ月ぶりの雨だった。
天を見あげればつい先ほどまで顔を出していた太陽は隠れ、一体どこから湧いて出たのか、いまは黒々とした雲で空が塞がれている。雫なんて言葉は生易しく、雨はまるで礫の如く容赦なしに地面を叩き、石畳で敷かれた道を数秒足らずで黒く染め、さらには羅列する墓石群も構わず濡らし浸食してゆく。
「雨が降るとは、聞いてなかったな」
俺は苦笑しながら独り呟き――否、恋人の前で呟いた。
文字どおり、彼女との再会に水を差されたかたちとなった。
偶然か、それとも必然か。彼女の命日はこれで二度目だったが、決まって雨が降る。傘は用意してこなかった。何故なら予報では今日一日晴れだったのだから。
纏った黒のロングコートは水を吸い、まるで己の罪そのもののように重くなり、髪を切るのを面倒くさがったおかげでやや伸びた蒼い髪は肌にべったりと張りつき気持ち悪いが、それでも俺は裁きを受ける罪人の如く雨をその身に受ける。鋭い瞳を向ける天の先からは幾億幾兆、あるいはそれ以上。無数の冷たい雫たちが俺を責めるかのように、さらに激しさを増してゆく。
ふいに、浮かぶ情景。
――あの日も、こんな雨だったな。
降りすさぶ驟雨(しゅうう)。流れる赤い血。震えた唇。涙は流していただろうか?
繋いだ掌。遠のく命。必死に呟く最期の言葉。雨が邪魔をする。
交わした約束。
頬に触れていた手が、落ちる。
瞳を閉じ、それでも彼女は――笑っていた。
以来、雨はこの上ない恵みであるにも関わらず、俺の心は雨が降るたび鬱に沈む。
「……帰るか」
その呟きすらも雨音に呑みこまれ、視線を彼女の眠る墓石へと戻した。
「じゃあなシエラ。生きてたらまた来る」
別れの挨拶はそっけなく、自嘲を浮かべ翻す。
コートはすっかりびしょ濡れだ。面白いくらい滴る水滴を見て、絞ればどのくらい水が出るか想像する。バケツ半分……いや、一杯はいって欲しい。そんなにはいかないだろうがこの世界では水は貴重だ。少しでもストックしておきたい。などと考えていると、背筋に寒気が過ぎった。もしこれで風邪をひいたらそれで消費して意味ないな、と自嘲は苦笑へと変わる。まあじっとしていても濡れるだけだ。早く帰って休むに越したことはない。と、俺は激しい雨とは真逆に呑気に考えながら歩きだした。
ばしゃばしゃと、ほとんど水をかき分けるかのようにして石畳の道を歩いていると、ふと気がつく。
俺より十歩ほど先。
そこに――水色の傘をくるくる回して雫を飛ばし、雨を弄んでいる少女がいた。
まだ若く、顔立ちから予想するに歳は十代半ほど。街を歩けば誰もが振りかえるであろう可愛らしい少女だ。
桃色の波うつ髪を肩よりも少し伸ばし、おでこ辺りにつけた白いリボンが愛らしく、赤み帯びた柔和な瞳は優しげでおっとりとした印象を見る者に与える。まだ春先のこの季節に寒くはないのか、服装は白のストールにピンクのキャミソール、下は白いフリルのミニスカート、膝丈の茶色のブーツ。肌の露出が若さの象徴、眩しく感じる。そして腰には用途不明の、ハートマークが描かれたふたつの小瓶をぶら下げていた。
鬱な空模様の下。彼女の周りだけはそれとは違う、酷く幻想的で、神聖で、しかし何処か危険な妖艶さも含ませ、目を逸らすことが出来ない空間が広がっているようだった。浮かべた笑みも無邪気というより、心が無い故に形だけは取り繕っているような、そんな不自然さを感じさせる。
「――こんにちは」
依然変わらぬ土砂降りのなかで届く、可愛らしいソプラノ声。自分の声音ですら雨音で上書きされてしまうような状況にも関わらず、彼女の声はまるで耳元で囁かれたかのようにはっきりと聴こえた。
今日は休日であるが、この場には俺と少女以外、他には誰もいない。
その言葉が自分に向けられたものだと気づいたのは、数秒後。
――少女の違和感に気づいたのは、その直後だった。
いまは季節の初頭。例年どおりであればそろそろ雨が降る時期だ。俺は職業柄、天気予報は欠かさずチェックするが、今日の予報では一日晴れ。毎朝の新聞はもちろんのこと、さらには理能(りのう)協会が独占権を得ている高性能の天候衛星からの情報を同僚から一週間先分まで教えてもらい、予報は今朝メールで尋ねた時点での最新情報を訊いているのだから、かなりの確実性を持って宣言することが出来る。
今日は一日晴れです、と。
つまり今日のこの雨はまさに予想外のもの。原因の予想くらいは出来るが、大抵こういう異常気象はどこぞの理能者(りのうしゃ)か理術師(りじゅつし)の科学者が大規模な実験を行った時、理(ことわり)が狂わされ異常をもたらしたのだろう。世界の理への過干渉は危険極まる行為で、大半は地震や暴風が発生したりとロクなことが起きないが、今回は稀に起こる幸運な事故だったようだ。
にも関わらず、いま眼の前にいる少女は、傘をさしている。
「……お前、何者だ?」
俺は本能的に腰を落とし、いつでも動ける体勢をとった。
あの傘は雨を凌ぐためのものではなく、予め用意していた装備(、、)。恐らくは敵の――俺の理術(りじゅつ)を防ぐためのもので、防火加工でも施されているのだろう。いままでに盾や鎧で装甲してきた奴ならいたが、傘なんて可愛らしいものを用意してくる奴は初めてだった。
無駄だと予想しつつも、心中で干渉門へのアクセスを試みる。結果は無論、完全にアウト。火の理の残滓どころか水の理の塊しかない雨の中では第一門すら開けやしない。
迂闊だった。雨が降りだす前に帰ればよかった。後悔しても遅いが悔やまれる。コートを絞ればバケツ一杯の水が手に入るだの何だの、せこいこと考えてる場合じゃなかった。火の理術師である俺の弱点は雨であることくらい、誰よりも自覚していたのに。
ただ、その弱点自体がこの世界では貴重なもの。雨に至っては年に数回しか降らないものだから失念しがちで、今日のは突発的だったので尚更だった。奥の手はあるにはあるが正直あまり使いたくはなく、内心焦る俺とは対照的に、少女は冷静に口を開いた。
「ラーク=サラマンダー様ですね。初めまして。ノア=ナパイアと申します」
口調こそ礼儀正しいものの、傘をくるくる回す手は止まることなく、少女は辺りに雫を撒き散らし続けている。高名な火の理術師たる俺に会いにきたということは、ただのファンか、理術の教えを乞いたい勉強熱心な理術師志望か、あるいは――殺し屋の類。外見に惑わされたりなどはしない。能力の優劣に見た目は関係ないからだ。そして何より、少女の名乗った名が、少なくとも彼女が一般の人間でないことを証明した。
――『ナパイア』。
希少性の高い雨よりも現実的に火の理術師が最も苦手とする、火の理能者の持つ血族名だ。しかし、だとしたら傘の意図がまた解らなくなる。もしも火の理能者であるならば、俺相手に防火性傘なんて必要ないはずだ。
「ん、俺のファンの子? わざわざ会いに来てくれたのかな」
口調は軽々しく、表情は和やかさを装って、実際はただのずぶ濡れ青年である俺は有名人の営業スマイルの如く、気楽な人柄を演じる。ファンの子であるはずがないことくらいは判っていた。残念ながら。
今日が俺の休暇であること、そしてこの場所へ来ることを知っているのはシエラの妹か事務所の連中、それと恐らくは理術協会だけだ。悔しいが思うほどファンが多くないことには気づいている。彼女が理術師志望である可能性も絶対にない。理能者は自身と同系統の理術を扱うことが出来ないからだ。その身に流れる古代人の血が同系統の理術を拒絶するから、ということは理能・理術両学校で習う常識。まあ、彼女のナパイアの名が嘘であれば、これ以上はない救いとなるのだが。
滝のように降る雨の間から垣間見える少女の口元に、薄い笑みが浮かんだ。
「そうですね……好きですよ。ラーク様のようなひと」
先の俺のふざけた問いの答え。意外にも、好印象であったようだ。
……そうか、そうだ。
今日が恋人の命日であるものだから、俺は無自覚の内に普段よりマイナス思考になっていたのだろう。それか職業病の一種だ。普段から他人を疑って警戒ばかりしているものだから、その癖が出てしまったのだ。少し考えれば判ること。こんな可愛い美少女が殺し屋なはずないのに。外見に惑わされたりしない? 人は見た目が八割だとは九割だとか、そういう話を聞いたことがある。意味あいが違うかもしれないが。
それに、殺し屋が標的を様づけで呼ぶはずもない。
「そう、ありがと。でもサインと握手は事務所から禁止されてるんだ。悪いね」
言っておいて調子づいてる発言だと我ながら思う。だがどちらにしろ、どこぞの自称・事務所のエース気どりのあいつとは違い、俺自身そういうのは柄じゃないと思っているし苦手でもある。稀に見る美少女なので少しもったいない気もするが……あとで愛弟子にばれたら面倒なので、涙を呑んで我慢しよう。浮気ダメ絶対精神である。俺は何て一途な男なのだろう。実際に呑んだのは涙ではなく雨の雫だったが。
「そうですか、残念です。それじゃあ――仕事の話をしましょうか」
少女の回す傘が、ぴたりと止まる。
仕事の話? ファンの子が? ……じゃなくて。
「いや、仕事って言っても、今日は休暇――」
「ラーク様」
たった、一言。
名前を呼ばれただけで、俺は黙らされた。
いや、違う。これは――戦慄。
少女の赤み帯びた瞳が、嗤う。
「あなたを――殺しにきました」
それが『七日後の殺し屋』と呼ばれる史上最悪の殺し屋である彼女との、最期の七日間のはじまりであると知ったのは、これより少しあとのことだった。
七日後の殺し屋 序章