ペルソナ

 「バイバーイ」
 高校入学からもうじき2年がたつ。いつからだったか、僕はいつも友人と一緒に帰宅し、この十字路で別れる。そこから2分。角を1つ曲ったところに僕の住むアパートがある。
 一人暮らしの部屋に戻ると、僕はつけていた仮面を外し壁にかける。胸から腹にかけて悪寒があふれ、トイレに駆け込み、吐く。訳もわからず、涙があふれ、食べたものを、胃液を、どす黒い感情を、嗚咽とも悲鳴ともつかぬ呻き声とともに、吐く。
 すべてを吐き出して、落ち着くまで約30分。これが僕の帰宅後の儀式だ。
 部屋には、壁一面に僕自身の顔をした仮面が掛けられている。みんな同じ顔だが、それぞれ役目が違う。
 いい子の仮面、悪い子の仮面、大人の仮面、子どもの仮面、スポーツマンの仮面、ひ弱の仮面、社交的の仮面、内向的の仮面、女好きの仮面、女嫌いの仮面、クールの仮面、情熱的の仮面、強気の仮面、弱気の仮面、上品な、下品な、テレビ好きの、サッカー好きの、頭のいい、物分りの悪い、頑固な、意固地な、楽しい、嬉しい、優しい、利己的な、詩の好きな、犬の嫌いな、自分を好きな、自分を嫌いな、世界に絶望した、楽天的な、弱虫な、卑怯な、甘ったれな・・・。
 いったい全部でいくつあるのか見当もつかない。だが、これが僕の全て。
 これを付けず外出することはないし、人と会うこともない。遊びに来た友人には、壁の仮面は見えないようだ。
 この仮面がいつからあったのか、正確には僕は覚えていない。ただ、随分小さい頃からあったような気がする。
 この仮面は不思議で、つけるとその通りの人間になれる。「そういう人」として、必要な時に、必要な行動を、必要に応じてとってくれる。どんな場所でどんな人といてもその場にあわせた対応ができる。
 仮面を付けてなかった頃のことは思い出せない。思い出したくないのかもしれないし、それはどちらでも良い。ただ、今はもう仮面をつけずに人と接したらどうなるのか、想像する事さえできない。
 仮面をつけるようになって最初の数年は、特に問題はなかった。だが、いつからか家に帰り、自分の部屋に戻って仮面を外すと、いいようのない感覚を覚えるようになった。
 それは、砂をかむような、醒めかけの夢のような、明るいのに物がうっすらとしか見えないような、うす暗い灰色な感覚だった。
 その後、徐々に徐々にその感覚は明るさを無くし、暗さを増していった。そうしていつしか、漆黒になりきれずに苦悶するさまざまな色を、無理やり混ぜ合わせた色になる頃には、僕の「帰宅の儀式」は日常の一風景になっていた。
 でも僕は寂しいとか、つらいとかは思わない。
 数ある仮面の中に、「マンウォッチングが趣味」というものがある。それを付けて街に出てみると、ほら、あっちにもこっちにも僕と同じように仮面をつけている人がいる。
 アハハ、あの人は外れかかってる、気をつけないと危ないよ。あれ、あの人の仮面は薄いなぁ、大丈夫かぁ?
 そう、僕は一人じゃない。
END

ペルソナ

初出 HP 2003.01.05(日)

ペルソナ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-15

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