姉弟
目の前に差し出された陶磁器のカップ。
「あぁもう、しつこい!いらないって言ってるでしょ!」
「なんでそんなこと言うのお姉ちゃん…。僕がせっかくいれたのに……。」
「だからそれが余計なお世話だって言ってんの!」
もうこのやりとりは何回目だろうか。
弟の秋は、姉の私からしてみても、親や他人から見てもわかるくらいのブラコンというやつだった。寧ろ気づいていないのは本人くらい。ブラコンの弟なんて嫌で嫌で堪らないのに、親は親で、ひとりしかいない姉弟なんだから仲良くしなさいと言うばかり。友達だって、可愛い弟がいて羨ましい、なんて言うだけ。私はその、女々しくて、いつまでも子供みたいで、いつまで経っても姉から離れられないその甘ったれた考え方に腹が立つのに。
どうしてこうなってしまったんだろう。昔は私だって、秋が可愛くて仕方なかったし、たくさん甘やかしたりもした。けどそれは子供の頃の話。いつまでも子供扱いするはずがないのを一般常識だと思っていたのだが、その常識が秋には当てはまらなかったようだった。中学生にもなったらきっと思春期を迎えて、いつの間にか姉なんて必要としなくなるものだとばかり思っていたのに。秋は中学生になっても、高校生になっても、大学生になってもその態度が変わることはなかった。大学を卒業して就職した今も、だ。秋は25歳、私はもう28歳になる。結婚だって考えた方がいい歳なのに、秋にも私にも、恋人が出来た事がなかった。
いつまでこんな生活を続けるのだろうか…。私としては、秋が自然と姉離れが出来たならそれが理想だと思っていたのだが、秋のメンタルは鋼より強く、私がどんなに冷たく強く当たっても全くそんな素振りすら見せることはなかった。
「お姉ちゃんどうしたの…?」
「うわっ、な、なに!」
いつの間にか秋の顔が間近にあったので、つい突き飛ばしてしまった。秋は私よりうんと背が高いから屈んで覗き込んでいたみたいで、そこまで力をいれてなかったはずなのにすぐにバランスを崩してよろけた。ああもう、背高いくせに薄っぺらいからそんなんなっちゃうんだよ、と言いたかったけど何故だか私に似合わない我慢をした。
「えっと……ごめん、大丈夫…?」
思えば、私が最後に秋に心配の言葉を投げかけたのはもう随分前の話だった。ましてやちょっとよろけただけでは有り得なかった。今日はたまたま、偶然、気まぐれで、何となく。意味なんてなかった。それでも秋は、途端に顔がぱっと明るくなり、例えるならそう、彼の周りに花が咲いたような、そんな感じ。そして私の手を取って、握り締めた。もしかしたら、彼の顔を見ることすらも久しぶりだったかもしれない。少し長めの前髪から覗く秋の目は、宝石みたいにきらきらと輝いていて、口元なんてゆるゆるで……まるで本当に子供のようだと思った。
「僕は大丈夫だよ!お姉ちゃんありがとお!」
にこりと笑った秋に、心臓が一度だけ大きく跳ね上がったような、そんな気がした。
こんな感情を彼に抱くのはいつぶりだろう。いや、もしかしたら初めてかもしれない。直接声に出しては言えないけれど、やっぱり我慢出来なくて、私の唇は勝手に「かわいい」と、確かにそう動いていた。
姉弟