手編みのマフラー

手編みのマフラー

「いまどき、手編みのマフラーだってよ。」
 マフラーの両端を持ち、ぶんぶんと振り回しながら友達とバカ笑いしている幼馴染の健太郎。小学校までは、相手にする女子もいなかったし、同性の友達すらいなかった健太郎なのに、中学に上がった途端、この有様だ。もともと、ルックスが良かった健太郎に人生最初のモテ期が到来した。
(みんな、あんな自己中のどこがいいんだろう……。)
 教室の戸口の陰で私はため息をついた。カバンをごぞごそと探り、中から一冊の本を取り出す。『初心者でも簡単!』と明打たれた編み物の入門書。私は、再びため息をついた。
「悪かったなあ。古くさくて!」
 大声で怒鳴りつけて、この本を投げつけてやりたかったが、私は意気消沈でそれをカバンに戻し、その場を離れた。

 もうすぐ、健太郎の14回目の誕生日だ。季節は冬。あたりは正月のめでたさの余韻を残していた。毎年、誕生日になれば「おめでとう」はいえど、何かをあげたことなんて一度もない。そんな私が去年の秋口から編み始めたマフラーはあと少しで完成しようとしていた。しかし、マフラーをあげたとして、さっきみたいに男友達とばか笑いされるのもしゃくに障る。
 帰宅した私は自分の部屋に閉じこもり、完成間近なマフラーを手に取った。あと二日もあれば完成しそうだ。健太郎の誕生日は一週間後、このままいけば余裕で間に合う。でもこの日、私は縫い棒に手をかけることなく眠りについた。
 翌日、私が通学路をとぼとぼと歩いていると、勢いよく背中に平手打ちを食らった。前のめりになる私の隣には、いつものように勝ち誇ったような笑みを私に向ける健太郎がいた。
「なに?」
 不機嫌な私につられてか、健太郎も瞬時に眉間にしわを寄せた。
「なにじゃねーよ。なんで置いてくんだよ、昨日も先に帰っちまうしよ。」
 小さい時から、家はお隣同士。なんとなくの流れが続いて、私たちは今でも一緒に登下校をしている。睨みを効かせる私に怪訝な表情の健太郎。
「なんだよ……。」
「別にぃ。」
 口を尖らせる私。健太郎は、私の機嫌を直そうと私の肩に腕を回す。
「なんだよ、機嫌 悪いじゃん。お前はそんな可愛くないんだから、せめて愛想ぐらいよく笑っとけよ。」
 その笑顔からは悪意を感じることはないが、悪気がない分、厄介だ。
「いいの! どうせ私は古くさいおばあさんなんだから。」
「はぁ?」
 不思議そうに顔をかしげる健太郎を置いて、私は走って学校へと向かった。

 もうマフラーなんて作ってやるもんかと思っていたけれど、健太郎の誕生日当日、白い毛糸で健太郎のイニシャルが入った真赤なマフラーが完成してしまった。しかも徹夜。眼の下にはクマ。鏡の前でそれを発見してしまった日には、妙な敗北感が私を包んだ。
 でも、作ってしまったものはしょうがない。捨てるわけにもいかないし、他の人にあげようにも、イニシャルをでかでかと入れてしまったから、誰にあげるにも苦労する。
「……よし!」
 手に持ったマフラーを握りつぶすようにガッツポーズを決めると、私は身支度を整え、家を出た。そこにはすでに、健太郎が立っていた。ここ何日か私は健太郎と出くわさないように登下校の時間をずらしていた。それに気がついた健太郎が私のクラスまで来たことがあったけれど、親友の京子のおかげで乗り切ることができた。
「よ。」
 少しぎこちなく、そんな挨拶をする健太郎。私はかばんの中にそのまま詰め込んだマフラーに手を伸ばした。しかし、それより早く健太郎は口を開いた。
「別に、誕生日だから待ち伏せてたわけじゃねーぞ。プレゼントなんかいらないからな! お前がこそこそ逃げ回るから……。」
 その言葉に、カチンときた。
「……いらない?」
 怒りがふつふつと込み上げてくる。
「あぁ、いらねーよ。お前からの誕生日プレゼントなんて気持ち悪いし。」
 それには、さすがの私も堪忍袋の緒が切れた。十数年間、健太郎の口の悪さには慣れっこだったけれど、今回だけは黙って引くことはできなかった。かばんの中でマフラーを握りしめた私は、一瞬その腕を引き抜くことを躊躇した。泣く気なんてなかったのに、目からは涙がこぼれる。
「悪かったわね! 古くさくて、おばあさんで、気持ち悪くて!!」
 そう言って、引き抜いたマフラーを健太郎に投げつけた。

 その日は、学校を休んでしまった。
 別にズル休みをしたわけじゃない。自分でも自分がこんなに、ひ弱な女の子だったなんてびっくりだけど、面と向かって健太郎に言われた「気持ち悪い」が耳の奥の方で響いて、吐き気がする。かといって、今の時間から家に帰る訳にもいかない。健太郎にマフラーを投げつけ、その場を走り去ったのはいいけれど、なんで引き返して、家の中に入り、自分の部屋に閉じこもり鍵をかけなかったんだろうと後悔している。途方に暮れる私は、目についた公園のブランコに腰かけた。小さな公園だ。ブランコと滑り台、小さな砂場が所狭しと並んでいた。
 私は、腕時計に目をやった。時刻は午前9時ちょうど。もうすでに一時間目の授業が始まっているころだ。
健太郎は何食わぬ顔で自分の教室で自分の席に座り、授業を受けているのだろうか。そう思うといっそう吐き気と悪寒がすごかった。そういえば、今日は朝から雪が降るとニュースで言っていた。ふと空を仰いだ。
「あ。」
 やはり雪が降ってきた。気づけば家を出たころより薄暗く、冷たい空気が辺りを包んでいた。コートを着込んでいても、足元から冷気が私の体を冷やしていく。だんだんと足先の感覚がなくなっていく。
「お前はバカか?」
 聞きなれた口調が聞こえてきたのは、もう雪も降り積もってきた頃。私の背後から近づく雪を踏む足音。ふわりと首元に柔らかい感触があった。マフラーだ。私が健太郎に投げつけたマフラーだった。私はハッとして振り返る。
 そこには、息を切らし、肩で息をする健太郎の姿があった。
「……なんで。」
 なんでここに健太郎がいるんだろう。だって今は授業中のはずだ。雪の降る中、私を探してくれたのだろうか。淡い期待が冷え切った身体を包んでいく。
「何でじゃねーよ。ほっとけるわけないだろうが……。」
 照れくさそうに言う健太郎は、私から視線を逸らし、続けた。
「あ、ありがとう。」
「え?」
「そのマフラー……。」
 そう言って健太郎は私の首にかけられたマフラーを指さした。私は嬉しくてたまらなかった。自分の首にかかったマフラーを握りしめた。

手編みのマフラー

手編みのマフラー

中学生の頃の甘酸っぱい恋になる前の恋。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-10

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