窓際ロックンロール

身の周りにいる変な人たちをモデルに、バンド活動を題材にした短編です。
ヒマな人はどうぞ。

 誰が呼んだか窓際族。
 貴族、民族、社用族。裸族、親族、太陽族。「族」は世間に数あれど、誰もが属したくないと思っているであろう「族」がこの窓際族であり、何を隠そう俺が今属しているのがこの窓際族なのである。
 一応簡単に説明しておくと、窓際族というのはどの部署にも所属することができず、窓際に座って外の景色を眺めたり、雑誌を読んだり、ただひたすら鉛筆を削ったりしている社員のことを「窓際おじさん」と呼んだのが始まりで、つまり役に立つとは決して思われていない社員のことだ。
 この話を分かりやすくするために言ってしまうと、俺は同期の霧ヶ峰源治とふたりで我社の窓際ツートップを形成してしまっている。何の自慢にもならないが、我らが大竹商事始まって以来の不世出のツートップ、濃縮窓際族というわけだ。濃縮窓際族、などという単語は日本語としてどうかとも思うが、つまり俺たちふたりは窓際要素がたっぷりみっちり詰め込まれ、「窓際族とはなんぞや」という問いに対する答えを体現し、「実録、これが窓際族だ!」というタイトルでもつければぴったりのふたり、というわけだ。
 俺も霧ヶ峰も同じ営業部(の隅っこ)に所属しており、クリーニング用品の営業をしているのだが、今のご時世、どの会社も飛び込み営業に対する視線は冷たい。
 「怪しい者ではございません」
 「悪徳商法ではございません」
 そんな弁解をするから誤解を避けられないのだということは、重々承知している。しかし、こればっかりはどうにも治らない。もちろん、営業成績も一向に上がらない。
 こうしてコツコツ切り崩してきた信頼も、今ではもう切り崩すものがなくなり、なぜ俺たちが今も会社に在籍していられるのかは、大竹商事七不思議のひとつと言われている。
 七不思議と言っても、語呂がいいからそう言っているだけで本当は七つもないし、他のものも霧ヶ峰のしょうもないイタズラが原因で作られた怪奇現象の類だ。つまり、俺たちが未だ正社員でいられるのは、怪奇現象と同じ扱いということだ。
 こうして俺たちは冷たい視線を背に受け、今日も健気に生きている。けっこう、しんどい。
 そんな俺たちはこの夏、自分たちなりのアイデンティティーをかけて、世の中の矛盾や偏見に体当たりをぶちかまし、世間が作った壁を壊そうとした。
これは、そんな俺たちの、一夏の青春ストーリーなんだが、まあ聞いてくれ。

 「おう楠、ベーシストが見つかったぞ」
 ここ一ヶ月、霧ヶ峰が挨拶がわりに使っていた言葉はこの日、ついに否定形から肯定文の過去形に変わった。なんの話かというと、俺たちがやっているロックバンドのメンバーの話だ。
 俺が中学生だった頃は日本のポップバンドの全盛期で、世間もレコード会社もみんな揃って景気がよく、様々なJポップバンドがデビューし、多くの大御所バンドがミリオンヒットを連発していた。そんな中、多くの例に漏れずギターを始めた俺は、Jポップではなく、ローリング・ストーンズやドアーズ、クイーンやレッド・ツェッペリン、クリームに夢中になった。キャンディーズにも夢中になったが、こっちはバンドマンたちには理解してもらえなかった。もったいない事この上ない。
 俺はゴミ捨て場に捨ててあったエレキ・ギターを持ち帰り、見よう見まねでキース・リチャーズに成りすまし、思い込みでジミー・ペイジが憑依した。バンドを組もうとメンバーも探したが、この手のロックンロールをやりたい同級生はいなかった。バンド活動に憧れたまま、今の年齢になってしまったのだった。
 社会人になってようやく出会ったのが霧ヶ峰だった。どうやら同じ匂いを感じ取ったのは俺だけじゃなく、ヤツも俺を見た瞬間ビビっときたらしい。どちらからともなく「バンドやってみないか」となった。演奏している楽器も俺がギター、霧ヶ峰がドラムと、ちょうどよかったのだ。
 先日、ふたりがよく遊びに行く練習用のスタジオの掲示板に、メンバー募集の張り紙を貼らせてもらった。それを見て興味がある人間は直接連絡を取るか、返答用紙に記入して、スタジオの受付に預かってもらうシステムだ。えらく非合理的で面倒でデメリット溢れるシステムだが、ここのオヤジは音楽スタジオのオーナーのくせに、根っからのアナログ人間だから仕方がない。不便も多いが、とにかく安いスタジオなのだ。もちろん、機材の不具合はしょっちゅうだ。
 スタジオには、さすがに同じ趣味の人がたくさんいたが、ベーシストがなかなか見つからなかった。演奏人口が多いギターや、楽器が演奏できなくても活動できるボーカルはすぐに見つかるが、曲を聴いただけでは魅力が伝わりにくいベースとドラムは演奏者が少ない分、見つかりにくい。バンドを組んだはいいがベーシストが見つからず、結局ギタリストがベースを弾き、あらたにギタリストを迎え入れるバンドもある。
 「おぅ楠、ベースは見つけにくいんじゃけぇ、俺によぉ感謝せぇやぁ」
 霧ヶ峰源治。大好きな「仁義なき戦い」の影響で、怪しさ以外に何もないエセ広島弁をしゃべる。契約を取れない理由もひとつはこのエセ広島弁だ。最近は観る映画が増えたのか、奇妙な関西弁が交じることもある。もちろん、こちらもエセである。生まれも育ちも栃木である。
 「ベース歴八年じゃと。結構長いのぉ。期待できるのぉ」
 そう言いながら、俺に応募の用紙を渡した。渡しても尚、横から覗き込んでくる。
 二十五歳。好きなバンドはレッド・ツェッペリンとザ・バンド、AC/DCとビートルズ。どれも偉大なバンドばかりだが、この歳では趣味の合う仲間はあまりいなかったろう。それで、個人練習していたスタジオで見つけた募集に、魂が反応したというわけだ。
 「ほぉ、スラップは苦手、か。そんなもんはえぇわぃ!ロックは小手先やのうて、心意気じゃけぇのぉ!俺わしかてリズム刻むんは苦手じゃわぃ!」
ガハハと笑った。リズム楽器担当のクセに・・・・・・。
 「あ、こいつ」
 「お、楠。知っとるんか?」
 霧ヶ峰が俺を見た。
 「この竹中っての、同じ会社だよ。霧ヶ峰は知らないのか?有名だぞ」
 竹中紀夫。今、飛ぶ鳥落とす勢いで俺たちを追い上げてくる、入社四年目の企画部社員で、通称・新人類。俺たちが窓際に築いた牙城は難攻不落だと言われるが、もしその窓際楼閣を落とす人間がいるなら、この竹中だと言われている。その窓際才覚たるや他の追随など到底許さぬもので、時代が時代なら、必ずやその噂はお殿様の御耳に届くであろう、というものであった。
 しかし、その竹中新人類が窓際族として特異なのは、彼は決してやる気のない社員ではない、ということだ。いや、むしろやる気だけなら大竹商事の誇り、歩く愛社精神、三男二女の父、柏崎専務をも凌ぐほどらしい。そのことから、彼も「部署のホコリ」を冠しているようだが、漢字が違うのだと人は言う。
 「そぉかぁ、期待の若手じゃったか。それはえぇ、わしら窓際の意地、見せちゃれるっちゅうもんじゃの。えぇぞぉ、わしらみたいな底辺の隅っこで生きならん人間の魂の叫びちゅうもんを、ロックで聴かしちゃろぅやないの」

 竹中と会ったのは次の週、退社後にスタジオでだ。同じ会社なのになぜわざわざスタジオで会うのかというと、もちろんそれには理由があった。以前見たテレビ番組で、出演していたミュージシャンが「初めて会った時にジャムるかどうかで、その後が変わってくる」という発言をしていたからだ。ミーハーな俺は、何でもすぐに影響を受ける。
 普段から人気のないスタジオなので、すぐにお互いを見つけることができた。
 「なんや、噂とはえらい違いじゃのう」
 スタジオに入ってきた竹中を見て、霧ヶ峰が呟いた。
 「なんや、わしらを若ぉしただけか、どえらいカッコしよる思うとったんじゃけど、普通じゃな」
 俺も、彼の外見には少々驚いた。てっきり霧ヶ峰と同じく世捨て人のような風貌をしていると思ったからだ。目の前にいる男は丸刈りに太く濃い、眉、厚い唇、少々古風な外見をしているものの、それほど突飛な雰囲気でもない。首元までボタンをとめた半袖シャツに赤いネクタイ、スーツには到底似合わないリュックサックを背負っていることも、普通ならアウトだろうが、噂が噂だっただけに、ごく普通のことに思えた。
 「俺は楠。ギターボーカルを担当しようと思ってるんだ。で、こっちは」
 「わしが霧ヶ峰じゃ。見ての通り、ドラムじゃ。よろしくのう」
 俺たち二人の自己紹介を、竹中は直立不動で聞いている。戦争映画くらいでしか見ることのない姿勢のよさだ。竹中は胸を大きく動かして息を吸ったかと思うと、大きな声で言った。
 「自分は!竹中凜太郎であります!ベース担当であります!よろしくお願い致します!」
 俺はびっくりして、誰もいないとは分かりつつもあたりを見渡した。すると、窓の外からこちらを眺めているおばちゃんたちと目があった。俺に負けず劣らずビックリした顔をしている。竹中の声は、外まで聞こえたのだろう。
 「自分は、バンド加入は初めてですので、ご指導のほど、よろしくお願い致します!」
 以上であります!とでも語尾につければ、そのまま上官に褒めてもらえそうな立派な軍人だ。
 ともかく音合わせだということになり、俺たち三人は部屋に入った。こじんまりした部屋にドラムとスピーカー四台、マイクセットが設置されている。オリジナル曲ももちろんあるが、最初はコピーから始めることになった。
 竹中は顔に似合わずリズム感がいいようで、心地よい低音がスタジオに響き渡った。これまた顔に似合わずジャズやブルースも嗜むということで、ルート弾きだけでなく、メロディアスなベースラインも弾きこなせている。そのイメージから、野太いルート弾き一本だと思っていたので、嬉しい誤算だった。
 スタジオから出た後は、三人で結成式をする為に居酒屋になだれ込んだ。
 「さっそく、オリジナル曲も練習しないとなあ」
 俺が言うと霧ヶ峰も上機嫌で続ける。
「ほうじゃのぅ。わしの想像しとったより竹中はうまいけえ、もうコピー曲はせんでええじゃないの。のう竹中」
「は、ありがとうございます!精一杯、精進させて頂きます!」
 軍人の竹中は、酒が入るとますます軍人になるようで、バンドなのだから会社など関係ない無礼講だと言っても、背筋をピンと伸ばして、終始正座だった。

 今日はバンドを結成してから、はじめてのライブだ。いつも通っているスタジオで知り合った大学生のバンドがインディーズ・レーベルからCDを出すことになったのだが、それを記念して仲のいいバンドを誘ってライブをしようということになったらしく、誘ってくれたのだ。
 「楠さん、昔のバンドとか詳しくて、いつも教えてくれるんで」
 と、リーダーの児島くんが言ってくれたのがありがたかった。
 俺たちはトップバッターだ。いわゆる前座かもしれないが、ライブハウスの空気を暖めるという重要な使命がある。
 「竹中、こんなはライブ初めてか?」
 「いえ、自分は高校の頃に、ヘルプで何度か・・・・・・」
 「自分のバンドで、オリジナル曲のライブは?」
 「初めてであります!」
 大きな声で叫ぶと背筋を伸ばした。
 「ほぉかぁ。自分のバンドいうんはヘルプとは全っ然違う。気持ちえぇぞぉ」
 霧ヶ峰が嬉しそうに竹中の肩を抱いた。俺も反対側から挟むように竹中の横に立ち、肩を抱いた。
 「特に俺らの曲は、世間に立ち向かう本物のロックだからな。間違いなく、最高のライブになるぜ」
 竹中はごくんと息を飲んだ。確かにライブは緊張するが、今の竹中はこれから戦場に赴く兵士のようだ。実際の兵士を見たことはないが、映画ではこんな感じだった。えらく大げさなヤツだ。
 偉そうに言ったが、俺だって今までヘルプでしかライブはしたことがない。自分のバンドでオリジナルを、となると、やはり初めてだ。
 客はざっと五十人ほど。小さなライブハウスなので、ほぼ満員だ。児島くんのバンドがインディーズ・デビューしたこともあってか、チケットも結構売れているらしい。その分俺たちも多くの観客の前で演奏ができるから、ありがたいことだ。全員の視線が俺たち三人に向いている。
 果たして俺たちのバンドは動き出した。三人編成で、音に厚みを持たすことができない為、できるだけ疾走感が出るようにベースは高速のルート弾き、ギターはコード弾き中心に編曲した。初めてのライブなので、バンドに勢いを付けるためにもハードな曲だけにした。それが功を奏したのか、思いのほか盛り上がった。
 「おう楠、ええのう、やっぱりライブは!」
 シンバルを叩きながら、霧ヶ峰が吠えた。霧ヶ峰の声がいいのか、俺の神経が冴え渡っているのかは分からないが、大きな音の中でも、ヤツの声はハッキリと響いた。たぶん、俺の神経が冴え渡っているのだろう。
 初めてのライブとしては大成功だった。もちろん、最後に出てきた児島くん率いるインディーズ・バンドに比べると、盛り上がりは小さなものだったかもしれないが、俺たち三人にはそんなことはどうでもよかった。なにより大事な船出を最高の形で終えることができたことが、最高に嬉しいのだ。
 ライブの打ち上げが終わった後も、俺たちの興奮はさめず、そのまま近くにあったバーになだれ込んだ。三人ともビールに注文し、小さな乾杯を交わした。

 宴もたけなわの頃、俺の後ろで女性の声がした。
 「あら、アンタたち、さっきそこでライブしてた子らじゃない?」
 振り向くと、そこに異様にケバケバしいおばちゃんがいた。妙に大きなパーマが頭に乗っかっている。大きすぎるからか、顔を振ると、若干ずれたタイミングでパーマも振られる。微妙な揺れの余韻も相まって、バネのおもちゃみたいだ。
 この頭を、俺は知っている。知っているどころか、同じ会社の、先輩だ。
 鈴木悦子女史。入社以来十八年間、資料室に毒キノコのごとく生え、一度の異動歴もなく、資料室のことならファイルの位置からカビの位置までその全てを知り尽くし、部屋に巣食うネズミたちの頭領として絶対君主制の頂点に君臨している彼女は、資料室の怨念であり地縛霊だ。俺は資料室に行くことがないから噂でしか知らないが、それはそれは奇怪な鈴木ワールドが広がっている、とのことだ。
 人間よりも他の哺乳類、特に齧歯類に愛情を注ぐ鈴木女史は、一日の大半をメルヘンワールドと資料室を行ったり来たりしていて、ネズミさんたちと楽しくお話しながら過ごしている。独り言が多いと言われているのも、彼女にとっては独り言なんかではないのかもしれない。会話の相手は、ちゃんといる。
 鈴木女史だから被害は少ないが、それでも同じ会社の社員に見つかったのはまずい。歌詞の中には世間と戦う決意がふんだんに含まれている。受け取る側が、後ろ向きで前かがみなヤツだったら、会社への悪口と受け取る可能性は、十分にある。
 「ありがとう、ございます」
 俺はなんとかごまかせないかと、霧ヶ峰と竹中の方を見たが、奴らは俺に丸投げの姿勢でそっぽを見ている。なんなら向こうでやれと言わんばかりの態度だ。
 「バンドやってたんだ」
 「ええ、なんとか、やってます」
 「ふうん、面白いことやってるのねえ。羨ましいわあ」
 「ええ、それなりに、やってます」
 鈴木女史は、独特のネバネバしぶとくまとわりつく視線で、俺を眺め回している。獲物でも見るような目だ。彼女はまだ何か話したいようだが、俺は手に持った焼酎をゆっくり傾け、ゆっくり飲んだ。その間、鈴木女史はギラつく微笑を浮かべて俺の顔を見ている。不気味だ。
 わざわざ聞かなくても分かる。鈴木女史は、加入したいのだ、俺たちのバンドに。入城したいのだ、窓際楼閣に。
 助けろ。そういうつもりで霧ヶ峰と竹中に視線を送ったが、霧ヶ峰ははなからそっぽを向いており、俺の視線を感じたのか飲んでいたウイスキーをぐいっと飲んで、むせた。竹中は突然口笛で「お正月」を吹き出した。漫画みたいなごまかし方だ。
何も言わないヘタレ男三人にしびれを切らしたか、鈴木女史が言った。
 「あたし、明日会議があってさぁ。出なくちゃいけなくてねぇ」
 「はあ。お疲れ様です」
 「そういえば、山中さんも来るのよねぇ」
 嫌な脅しだ。山中というのは俺と霧ヶ峰の直属の上司だ。営業部では「鬼山中」で通っており、過去には他社から「大竹商事のブルドーザー」と呼ばれ、恐れられたこともあるという。感情的に怒鳴ったりはしないが、声が大きく口調が荒い。その上正論しか言わないものだからたちが悪い。成績最下位、窓際最上位の俺たちは目の敵にされており、ことあるごとに叱られている。
 「山中さんが、なにか・・・・・・」
 俺は恐る恐る聞いてみた。鈴木女史は手に持った酒を覗き込みなが言った。
 「最近、営業部の若い子たちが心配だって、そう言うのよぉ。ほらあ、山中さんて豪快そうに見えるけど、仕事に対してはきっちりしてるでしょう。だから、みんなの意見を聞いてみたいって」
 「何の・・・意見でしょうか」
 「だから、若い子たちに関してよお。どうやったらもっとやる気を出すのか、とか。普段なにをやってるのか、とか」
 鈴木女史は俺の目を覗き込んだ。
 「誰か、バンドやってるのか、とか」
 酔いが覚めたのがハッキリと感じ取れた。今、警察の尋問に引っかかっても、問題なくパスできるのではないかと感じるくらいだ。だが、鈴木女史は更に畳み掛けてきた。
 「そのバンドは、メンバーを募集しているのか、とか」
 俺はゆっくりと二人の裏切り者の方へと目をやった。なんだか妙に白い顔をして、打ち上げとは思えない静けさで佇んでいた。鈴木女史は、俺の肩を掴んで爪に力を入れた。痛いのは、肩ではなく、どこか体の奥底だった。

 驚愕、とはこのことだ。
 ギターを持った鈴木女史は、既に鈴木女史ではなかった。もっちゃりした体型ともっさりした頭から想像できない華麗な指さばき。荒々しくも情熱的なステップ。時折発する咆哮のようなシャウト。ヘビメタよろしく頭を振るが、そもそもの頭がやたらと大きいもので、特撮映画の怪獣みたいだ。俺も、おそらく他のふたりも、マタンゴを思い出した。
 「鈴木さん、あんたも、大したもんじゃのぉ。わしゃ、度肝抜かれたわい」
 「びっくりッス」
 「自分は、感動致しました!」
 「抜いた度肝、返してくれんかのぉ」
 弾き終わった鈴木女史は肩を上下させて息をしている。魂が抜けたみたいに返事をしない。いや、できない。当たり前だ。一曲弾いただけだが、彼女の体力は尽きてしまった。体力がないわけではない、と思いたい。ロックというのは、それほど魂を使って演奏するのだ、と信じたい。
 鈴木女史が俺たちのバンドに侵入したのは、例のバーで会った次の日だ。俺が入社すると、営業部のドアに俺の名前が書かれた茶封筒が、セロテープで貼ってあった。
 「来たれ資料室」
 茶封筒の表面には、でかでかと丁寧に筆文字でそう書かれていた。俺はそれを引っぺがした。今更それを恥ずかしいと思うような社会人生活など送ってはいないが、面倒だとは思う。
 霧ヶ峰にどういう事か教えろと迫られたのだが、あまり記憶が定かではない。休憩時間に資料室まで行ったのは覚えている。部屋の中からネズミの声を聞こえ、げんなりしたことも記憶にあるし、その後鈴木女史が出してくれたやたらと味の濃い緑茶も、ぼんやりだが頭の隅っこにひっかかっている。
 しかし、俺の記憶はいったんそこで途切れ、気付いた時には何やら鈴木女史をバンドに加入させる云々の契約書が俺のサイン入りで机の上に置かれており、俺のケータイの待ち受けもギターを構えた鈴木女史になっていた。
つまりそういう事なのだ。
 だが、彼女の加入は正解だったということを、俺たち三人は心の底から思い知った。目の前で燃え尽きている鈴木女史は、体力にこそ問題があるようだが、テクニック的には俺たち三人をはるかに凌駕するものを持っていたのだ。
 「一曲で倒れられたら、ライブできんのと違うかのう」
霧ヶ峰がずけずけと言った。鈴木女子は、屈んだ体制から上目使いに俺たちを見て、にやっと笑った。笑い切れていない目が、怖かった。
 「つ、次の練習は、いつ・・・?」
 俺は今週の日曜日だと伝えたが、鈴木女史に聞こえていたかどうかは定かではない。

 日曜日、四人編成となったバンドは新たなスタートを切った。鈴木女史の腕前はこの前十分知ることができたので、今回はコピーはせずにオリジナル曲の編曲から始めた。ギターがもう一本加わったことで、コード以外のメロディーを付けることができ、更に厚みを持たせることができる。
 新しく作った曲も三曲ある。今回はバラードにも挑戦することになった。俺はアルペジオで弾きながら歌うことができないので、今まで演奏したくてもできないオリジナル曲がいくつかあったのだ。鈴木女史は、アルペジオはあまり得意ではないと言っているが、それでも俺が弾くよりは断然いい。
 余裕が出てきた竹中がコーラスに参加することになった。最初は軍歌みたいになるのではないかと心配したが、上手くはないものの味のあるコーラスで、曲に個性を与えている。バンドに限らず、チームというものはメンバー同志お互いに影響を与え合うものだ。うまく回りだしたバンドでは俺も気持ちよく歌えるし、ボーカルがノれると演奏もしやすい。リズム隊のドラムとベースがリズムよく演奏できると、また他の楽器もう気持ちよく演奏できる、という具合だ。全てがうまく回りだしていた。会社での成績は一向に上がらないが、そんなことはどうでもいい。俺たちは早速次のライブに向けて動き出した。

 「楠、霧ヶ峰、それに竹中。こんな所で何をしているんだ」
 「おお、専務殿。いつも、ご苦労様ですのぉ」
 霧ヶ峰は片手を上げて軽く挨拶した。柏崎専務は深呼吸すると、物々しく言った。悪人ではないのだが、この喋り方が必要以上に話し相手にプレッシャーをかけるのだ。いつも腰の後ろで組んでいる手も怖い。
 「霧ヶ峰、その喋り方をどうにかしろ」
 「変ですかいのぉ。じゃけど、わしも格好つけにゃぁ、なりませんけ・・・・・・・」
 「成績で格好をつけたまえ。プライベートでお前が何してようと構わん。趣味がるなら打ち込めばいい。いい仕事には休息も必要だ。だがね、会社にいる時くらいは仕事に専念しくれないか」
 全くもって、純度一○○パーセントで柏崎専務が正しい。全方位的に正しい。だが、この後の説教が長い。
 「まさかお前、お客様に対してもそんな口調で話しているんじゃないだろうな」
 「いや、そがな事、ないと思うんですけどのぉ」
 「今も出ているぞ。無意識じゃないのか」
 霧ヶ峰は口を抑えた。
 「あのな霧ヶ峰、いや、楠もだ。お前たちは自分の成績を知っているのか」
 「はい、もちろん存じあげております」
 霧ヶ峰がこんな調子な分、俺は必要以上に慇懃に答えた。
 「私も社長も、少々成績が悪くても、そう簡単に社員を切り捨てたりしたくない。だがな、会社という組織は利益を生み出して運営していかなければならないんだ。個人の感情を挟むこともそう簡単ではない」
 「でも、専務。よく末端の社員の成績なんかお知りで」
 「当たり前だ。上に立つ者が部下の事を知らんでどうする」
実に立派な上司だ。皮肉抜きに非の打ち所がない。厳しいながらも部下からの信頼が篤いのも頷ける。
 「とにかくだ。今お前たちは利益を挙げることに集中しろ。方法はひとつじゃない。頭を使え。分からないことはどんどん質問しろ。分かったな」
 そう言うと、柏崎専務は去って行った。
 「利益追求、ねえ」
 俺がため息交じりに呟くと、霧ヶ峰も続いた。
 「ロックじゃないのお。のう、竹中」
 肩に腕を回され、竹中は大きな声で「そうであります」と答えた。どんな時でも元気な竹中も、さすがに少ししょげているように見えた。

 ついにライブの日が来た。
 以前、ライブに誘ってくれたインディーズ・バンドの児島くんが主催するライブで、最近仲よくなった高校生バンドも出演するらしい。
 俺がライブハウスに到着すると、高校生らしき若者五人組がいた。おそらく彼らだろう。
 「あ、こんにちは!」
 一人が俺に気付いて挨拶すると、残りの四人も彼に続いて大きな声で挨拶をしてきた。いいヤツらだ。
 「こんにちは!」
 負けずに竹中が大きな声で挨拶をした。
 「あ、君たちか?児島くんが言っていた高校生バンド。うまいらしいじゃん」
 俺が言うと、赤いギターを持った少年が照れながら、「そんなことないですよ。僕らなんか全然です」と言った。
 「ひょっとして社会人バンドですか?」
 ドラム担当なのであろう、スティックを持った女の子が聞いてきた。ドラムが女の子と言うのも珍しい。
 「おう。バリバリの社会人。いいなあ、君らはまだまだ若くて」
 「そんなことないですよ。社会に出てもバンド続けるって、凄くかっこいいと思いますよ。どんな会社なんですか。やっぱりクリエイティブ系とか?」
 「いやいや、そんなかっこいいもんじゃないよ。普通のクリーニング用品の会社。みんな同じ会社なんだよ」
 俺が言うと、さっきの赤いギターを持った少年が、なんだか嬉しそうに言った。
 「あ、僕の父もクリーニング用品の会社で働いてるんですよ」
 どうやら彼は俺と同じくギターボーカルらしい。
 高校名を聞くと、県内でもトップレベルの進学校だったので驚いた。ロックとは社会に反抗するキッズの音楽だと思っていたので、そういうキッズたちは勉強が不得意なものだと信じ込んでいたのだ。
 「ほおかぁ、じゃあこんなの親父さんも、苦労されとるんじゃのぉ」
 「まあ、そうですね。色々と悩みはあるようです。あ、そういえば聴きに来てくれるとか言ってたんですよ。恥ずかしいんですけどね」
 「そうかそうか!ええのお!がはは!」
 共通の話題が見つかったからか、霧ヶ峰と少年は話が弾みだした。同年代のバンドと仲よくなることは結構あっても、年下の高校生バンドと仲よくなることはあまりない。若い世代のロックを知るのにはいい機会かもしれない。
 「最近の高校生って、どんなの聴くの?」
 「僕らは邦楽ロックですね」
 そう言って彼が挙げたバンド名を、俺はよく知らなかったが、このバンドの曲を聴けばちょっとくらい分かるかもしれない。
 「あ、すいません。僕ら、出番なんで」
 そう言うと彼は頭を下げながら、他のメンバーと一緒にステージへと向かった。すぐに音楽が聴こえてきた。高校生にしてはコード進行もベースラインも作りこんでおり、好感が持てる。もちろん荒い部分もあるが、まだまだ若いのでこれから伸びていくに違いない。
 最後の曲が終わると、彼らは観客たちに、ありがとうございましたと大きな声で挨拶し、俺たちとバトンタッチした。
 「どないじゃっった?初めてのライブは」
 霧ヶ峰が聞くと、興奮冷めやらぬ様子でボーカルの少年が言った。
 「いやあ、めちゃくちゃ緊張しました!でも、めちゃくちゃ楽しいです!」
 「がはは!そうじゃろうそうじゃろう!」
 ふいにステージに上がったちょいおっさんとバリバリのおばさんに、ライブハウスは少しざわついた。鈴木女史はともかく、俺や霧ヶ峰、竹中はまだ二十代なのだが、高校生バンドのすぐあとなので、おっさんに見える。特に、竹中の見た目は年齢不詳だ。
 俺はマイクの前に立ち、言った。
 「俺たちは、この腐った社会に一石投じる為にロックをやってる。ここにいるみんなはまだ分からないこともあるかも知れねえけど、これから社会に出たら、いろんな理不尽やら矛盾やらを目の当たりにして、それを大人の事情で片付けられて腹立つことも増えるだろう。いい歳こいた大人が何言ってんだって思うかもしれねえ。でも、大人になっても、そんなくだらねえ社会と戦ってもいいんだって、いや、戦っていかなきゃいけねえんだってのを伝えたくて、ロックやってる。俺なんか毎日戦ってるよ。成績成績ってせっつかれてよ。だから俺たちは、そんな思いを社会にぶつけたくて、ロックやってんだよ。ダメな大人の愚痴かも知れねえけど、でも、大人と呼ばれる年齢になっても、大人たちと闘っていいだってことを知ってほしいと思って、ロックやってる」
 一拍置いて、拍手が沸き起こった。ロックを愛好するキッズたちは、どの時代も大人たちの支配を受けることを嫌い、支配からの卒業を望むのだ。俺たちは社会人的にはダメな大人かもしれないが、支配されることを嫌っていたキッズだった頃、なりたかったのは常に社会に抵抗できる大人なのだ。俺たちは、そういう人間になれたのかもしれない。
 ラブソングなど歌わない。そんなのは対バンするバンドがいくらでも演奏できる。俺たちには俺たちにしかできないロックがある。組織に組み込まれることを嫌い、大人たちに型にはめられることを嫌うキッズたちに、必ずしも組織に組み込まれる必要などない、自分の意思を何よりも大事にする生き方もあると、伝えるのは俺たちにしかできない。俺たちのアイデンティティーを、今この場にぶつけなければならない。
 見ろ。ここにはキッズだけじゃく、組織に組み込まれてしまったサラリーマンだっている。どこかで見たような人物だと思ったが、そういえば俺も初めてライブハウスに行った時はあんな感じで緊張していたものだ。そうだ、このサラリーマンは、昔の俺なのだ。俺は、五メートルほど前にいるそのスーツの中年男性に向かってほほ笑んだ。しかし、彼は怪訝な表情を浮かべるだけで反応はない。やはり緊張しているようだ。でも、大丈夫だ。これから俺たちと一緒に、普段の鬱憤を晴らす為に、大暴れすればいい。
 霧ヶ峰はシンバルでリズムを取り、曲が始まった。
 ディスト―ションがギンギンに効いたギターと、歪んだベース音がうねりを上げる。もともと激しいパンク調の曲だったが、鈴木女史が加入してくれたおかげで、更に音に厚みが増した。効果的に入れたミュート音がスピード感を演出する。最高のライブになりそうだ。
 先ほど演奏を終えた高校生たちが、いい具合にライブハウスを盛り上げてくれていたらしく、客は最初から絶好調だった。
 二曲目三曲目と続き、四曲目は少し大人しい曲になったが、それでも盛り上がりが衰えることはなかった。
 シンバルが鳴り響き、ギターがうねる。いよいよ最後の曲だ。観客たちの盛り上がりも絶好調だ。しかし、どうしても気になっていることがひとつあった。それはさっきから視線に入るスーツの中年男性だ。俺はてっきりキッズに囲まれてノリ方が分からないものだとばかり思っていたが、どうやらそうでもないようだ。楽しもうという気持ちが感じられない。過去の自分に重ね合わせ、見たことがあると思ったのは気のせいか。いや、見たことがあるのはたしかだ。
 その時、俺の背中に電流が走った。見たことがあるはずだ。俺はその顔を知っている。そして、彼も俺の顔を知っている。もう一度、俺は何かの間違いであってくれと祈りながらそっとスーツの中年男性の方に目を向けた。
 間違いない。つまり・・・・・・、マズい。
 あまりにもマズい。しかし、今更もう止められない。
 もう一度チラリと見る。やっぱりあの中年男性は我社の誇り、歩く愛社精神、三男二女の父、柏崎専務だ。俺たちがステージに上がった頃は怪訝な目でこちらを見ていたが、今ではある種の確信の得、なおかつ怒りに満ち満ちた表情を浮かべている。怒鳴りたいのを必死にこらえる時独特の表情、唇を口の中に畳み込んで噛んでいる。俺の神経が冴えに冴えているのか、唇の周りから血の気が引いて青白くなっているのが見える。
とてつもなく、マズい。
 なぜだ。なぜここにいる。なぜ専務がこんなライブハウスに、しかもスーツを着て来場しているのだ。
 そういえば、俺たちの前に出番を終えた高校生が、父親のクリーニング用品会社がどうのとか、今日見に来ているから照れるとか、そんなことを言っていた。俺は適当に聞き流していたが、あのガキんちょが柏崎専務のご子息だったとは。そういえば似ている。ちくしょう。ヤツがもう少し老け顔だったら、もう少し髪が薄かったら、なんなら名刺でもくれたら・・・・・・、気づけたのに。しかも。
 気づいている、俺に。確信している、俺だと。
 俺は、長いイントロを利用し、ゆっくりとドラムセットの向こう側に座っている霧ヶ峰を見た。俺の視線に気付いた霧ヶ峰は、額に汗を浮かべながらにやりと笑い、親指を突き立て、叫びやがった。
 「おぉ、クライマックスじゃのぉ!」
 何を言ってやがる。
 俺は返す気にもなれず、左側に立っている鈴木女史に目をやった。せめて鈴木女史は気づいていてほしいと願ったが、ダメだ。陶酔して、でかい頭をもっさもっさと振り回している。これでは何も受け付けないだろう。何も期待はできないが、とりあえず竹中に目をやると、一目でダメと判断できる形相をしている。目も完全にイッてしまっている。
 そろりと、もう一度柏崎専務の方に目をやった。依然俺を見ている。その目には、溢れんばかりの怒りが宿っている。ここからでは見えないが、拳を握りしめているのがオーラで分かる。ちくしょう、俺ばっかり見んじゃねぇ。
 意を、決した。
 俺はゆっくりとマイクに近づき、大きく息を吸い込んだ。そして、大声で、歌った。
 「ちっぽけな会社にfuck off! つまんねぇ価値観スイッチ・オフ!」 
 柏崎専務は自社製品に誇りを持った、歩く愛社精神だ。こんな暴言を放置できる男ではない。
 「外回りだって楽じゃねぇ  『不審者じゃねぇ?』 そう言われんのは俺らだけじゃねぇ」
 そもそも、その外回りで成績を出していない俺たちだ。その俺たちがキャンキャン喚いても、何の説得力もない。遠吠え以外のなんでもない。
 「専務、商品全部売れって、そりゃ無茶だって 部長も不調で仰ぐ頭上 苦しい口調で吐くのは「ちくしょう」 専務、お前は出来んのか? 全部、お前に売れんのか?」
 このライブハウスの音響の良さが恨めしい。俺だけに当たるスポットライトが口惜しい。目が合うと、最高の笑顔で親指を立てる音響のお兄さんが憎たらしい。とにかく柏崎専務、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・。
 突然、スタジオでもコーラスなんかした事がない竹中が、マイクに近づくのが目に映った。
 「オォォォォォ!イェアァァァァ!」
 びっくりして顔を向けると、マズい。目が、イってる。
 「会社の偉そうなヤツらぁ!若いからってナメんじゃねぇぞぉ!」
 おい、竹中、やめろ。訳の分からん語りを入れるな。他のいつでも入れてくれていい。でも、今だけはやめてくれ。
 「毎日毎日、売り上げ売り上げ。親父ども、金が全てじゃねんだよ!Yeah!!」
 なぜか、客席から歓声が沸き起こった。会場はいい具合に盛り上がっている。しかし、客席では約一名が怒りで震えている。そしてステージ上では約一名恐怖で震えあがっている。
 「専務かなんだかしらねぇけどよぉ!利益追求だけが全てじゃねえだろう!」
 この前のお説教のことを言っているのだろう。体温が下がるのが分かる。ライブハウスが盛り上がれば盛り上がるほど、俺の頭は冷静になっていく。
 「どうせ聞いてなんかいねえだろうけど、俺みたいな末端社員の叫びなんか届きゃしねぇだろうけど、それでも俺は、俺らは、下っ端は・・・・・・ロックやるんだよ!!」
 安心しろ、竹中。お前の叫びは本人に届いている。嫌というほど。震えるほど。
 「ロックってのは魂なんだ。響いてくれ!そして、答えてくれ!」
 きっと響くはずだ、評価に。そして答えてくれるだろう、降格という形で。
 「専務ってなんだよー!」
 そう叫ぶと、観客たちが楽しそうに「なんだよー!」と叫んだ。
 教えてやろう、竹中。専務というのは、会社のエラい人だ。お前が気付いたかどうかは分からないが、今観客席でこっちを睨んでいる人だ。うちの会社でいう、柏崎さんだ。
 「専務―!!」
 竹中が叫ぶと観客たちも続いて叫ぶ。それが何度も繰り返された。竹中がトリップし続けるので、俺たちも演奏をやめることができず、エンディングはかれこれ二分間に及んでいる。
 「せ・ん・む!せ・ん・む!せ・ん・む!」
 既に趣旨が変わっている。それでも、この奇妙な盛り上がりは止みそうもない。大体、どうしてこんな事で盛り上がっているのだ。インディーズでもない俺たちのライブとしては、これ以上ないほどの大成功だろう。しかし、ライブが成功すれば成功するほど、社会人ライフは失敗に向かう。
 大歓声の中、柏崎専務は胸ポケットから携帯電話を取り出した。メールは使えない簡易式のもので、仕事用として会社から支給されているものだ。専務はそれを何やらいじりながら、出口に向かって歩き出した。
 演奏は終わっていないし照明が落ちたということもないが、俺は視界が暗くなるのを感じていた。スポットライトが消えるよりいくらか早いタイミングで、俺は暗闇に包まれた。

窓際ロックンロール

原稿用紙40枚ほどの短編を、小刻みにしてみた。

窓際ロックンロール

窓際族の楠と霧ヶ峰は、新しいバンドメンバーとして同じ会社の変わり者、竹中を加入させる。初めてのライブを成功させるが、そのライブを見た会社随一の変人、鈴木に見つかり無理やり加入されてしまう。それでもうまく回りだしたバンドだったが、ライブ中大きな障害に出会ってしまう。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-09

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