番外編 「少女コミックとかちゃおなどで百合」

番外編 「少女コミックとかちゃおなどで百合」

61 作

少女コミックとかちゃおなどで百合


ここを開いてくれたお友達!元気かなー?
・・・・・はぁーい。お返事ありがとう。
ご本の市場は厳しいらしいけど、みんなの元気なお声で、出版不況も降参、降参って逃げちゃいそうだね。


さて、前回したお話は覚えてるかな。
ジャンプちゃんとサンデーちゃんのお話です。最後まで読んでくれたお友達、ありがとう。
でもね、それぞれのお家にはたくさんの娘がいます。
小学館サンデーちゃんにもたくさんいたよね。
今回は、その小学館家の末の方の娘、少女コミックちゃんとちゃおちゃんのお話です。

前回のお話は知らないよおってお友達もいるだろうし、一緒になってもう一回だけ聞いてね。
小学館家は日本のとある出版系列ってことはお話ししましたね。
日本児童、とりわけ教育に熱心な家の人達なんです。本屋さんでご本を見つけたお友達はいるかな。
血族、全員で一生懸命本を作ってるみたい。
貴方の家は教科書。貴方の家は小説。貴方の家は経済、貴方は医療、貴方は保育・・・
すごいねえ。

中でもサンデーちゃんのお家、小学館さんは子供向けの雑誌を作ってる家柄でしたね。
このお家もみんなを喜ばすのを仕事にするのに、これまた最適と言うくらいに穏やかで他人を思いやる優しい人達ばかりなんだよ。
しかも血筋なのか、子供たちがするむずかしい疑問だって、忍耐強く理解させるのもニコニコと嫌がりません。どころか楽しく理解できるようにみんなで工夫を凝らすのだって嬉しそう。
お手本にしたいような、教科書通りのお家。


・・・・・そんなお家に、今、どんな想像をしましたか?
今日のお話の、少女コミックちゃんとちゃおちゃんのお家だよ・・・・・


これって軽いイジメじゃん。
少女コミックは長い髪をおおげさにかき上げながらついでに舌打ちをした。慣れてるから誰にも聞こえない程度に。

ここは千代田女学院。
日本の出版界の女子が集まるのにしっくりと来る学校だ。
古い校舎に創立当事の制服。ただようクラッシックさ。
ただ少女たちの話し声は華やかだが。
あちこちで上がる笑い声。
高くて、華々しい。高等部らしく子供と言うより、少女らしい声。
髪型やソックスも色を添えているか?自由な部分で自分をアピールしようと、一生懸命でまるで競いあう花のよう。


おどおどともう一度呼ぶのは級長のマーガレットちゃんだ。
「少コミちゃん?」
少女コミックだと長いので、大抵の人間は簡単にそう呼ぶ。
・・・教室の中、少女コミックちゃんは香りまでアピールしていたが。
ジバンシーのトワレ。ソックスのポイントはプレイボーイ。・・・ちょっと周りからは浮いている。

「少コミちゃん、修学旅行、どうする?」
呼ばれた少コミちゃんはイライラ、イライラ我慢した。
あーあ、ほんっとヤんなる。梅毒みたく扱わないでよ。
「・・・・・」
「あのさ、来年は受験だよね?だからこれが最後のみんなで行く旅行なんだけど・・・」
はは、梅毒と行っちゃ、伝染るんじゃない?
「特にプリンセスちゃんは国公立クラスになるんだしさ!もうみんなが揃う事なんて・・・・・」
そこまでだ。
少コミは立ち上がった。
スクールバックを持って、ただ無言で相手をにらむ。
マーガレットはびくっとおびえて声も出ない。
それを確認してから少コミは教室を出た。・・・・・背中で聞こえる華やかな笑い声が怒りを後押しする。
あーあ、もう全員死ね!

言いたいならハッキリ言えっつの。
少コミは足早に学院を後にした。
足音の荒さが聞こえてきそうだ。このムスメ、なかなか威勢がいい。
クラスのヤツら、みんなキライ!!



迎えは来ない。
学区内に家はある。しかも学区内は都内でも治安がいい住宅街だ。
特に少コミちゃんのお家の小学館家は、誰であろうと公共機関を使うようきつく指導してある。


クラスのヤツら、みんな大っキライ!
全員の笑顔が浮かんで歯噛みをした。
アイツ等、ぜーいん死ね!死ねばいい!!
華やかな笑い声が腹立つ。
そうですか、あたしはいかにもエスカレーター組ですか。
・・・あんたら、あたしに勝てないクセに。初等部からもらってきたトロフィー、校門にあるの見えないんですかー。


少コミは緑が多い住宅街を足早に自宅へ向かう。
ちょっとだけ、行きつけのクラブと迷ったが・・・。

こんな日はあのガキに限る。

なんで教師もあたしに眉ひそめるみたいな扱いなの?いたら困る、みたいな。
あたし小学館家の娘よ?
成績だって上位なの!・・・・・ほぼ、一位なの。
その辺の公立の娘と違うの!!


自宅までの都バスに乗る。
みんなが注目する。名門女学院の制服の飛びっ切りの美少女。

年に一度登校すればいいだけのお台場にある通信制の学校と比べてごらんなさいよ。あはは、一目瞭然。あそこの学生、小学館家の敷居もまたげるのお?

・・・ただ、あまり品格とかは感じないが。
バスも老人が立っている中、無言で携帯いじって降りる足取りも荒々しい。


少コミは無言のまま自宅へ向かう。
重厚な門扉。使用人たちが少コミに気付いたがすぐに関心が失せたようだ。


それすらもカンに触る。
なので子供部屋へと向かう。
叩きあけるように開けたドアは・・・
「ちゃお!」
自分の部屋じゃない。
「ちゃお、いないの?!」

チッ、と今度は人を気にせずに舌打ち。
いないなら部屋で待ってればいいか?初等部は帰るの早いはず。コロコロとでも遊んでるの?


そんな少コミにおずおずとした声が掛けられた。
「お姉ちゃん・・・」
少コミが振り返ると、いつものおびえる様な上目遣い。
「ご、ごめんね、えーと、今、教育係り長さんがお洋服をね・・・」
捨てられるのをおびえる様な、媚びるような上目遣い。
うっわー、最高に苛立たせてくれるわぁ。やっぱ腹立ってるときには、これが最強だわあ。

「お忙しい?」
険のある言い方にちゃおはおびえる。
「あたしとオベンキョする時間ないくらい?」
ちゃおの顔がすぐに晴れる。
「ううん!忙しくないよ!」
なんつー操作しやすいガキだ。
ちゃおには言い含めてある。

 勉強、と言ったらそのままの意味の「勉強」。
 オベンキョ、と表現したら・・・。


妹が後ろ手で自分の部屋を閉める。鍵も。あはは、このオンナ馬鹿だ。
そしてまた命令を待つ犬みたいな目つき。
「教えて?」
後押しするように少コミにせがむ。
少コミが目線で指すと、すぐにベットに腰掛けた。
「どうすんの」
「・・・」
「こないだどうしたの?」
ちゃおはもう疑う事ないみたいにベットに右かかとを掛けてから・・・
「ちょっと待って」
カーテンを自分で閉める。躾にソツ無しだ。

「面倒だから自分で脱ぐ」
ちゃおは迷ってからまず下から脱いだ。
綿素材のおぱんちゅとでも表現したいような幼児下着。うっわ、なにもかもが腹立つわあ。
なのに・・・。

ばっさりと上着を脱ぐ、頬は血が昇ってほんのり赤い。
息もすでにあがっている。
で、見上げてくる目は潤んでいる。
「早くぅ」
教えろ、とせがむその目は信頼しきって疑いがない。
あっははー。外の連中はこのムスメのこんな部分、誰が知ってるのやら。


学館ちゃおは、正直、スゴイ。
まだ初等部なのにその成績は学院で知らない者はいない。
しかも最近はモデルじみた事までしている。
ちゃおちゃんの着ている服だと同い年に飛ぶように売れる。
一種のブランドだ。
おない年の女の子はみんな右ならえ状態。
ちゃおが着ている今年の新作、次の日、完売。ちゃおの付けてるアクセは問い合わせ殺到。ちゃおの持ってる文具はみんなが揃える。


そんなちゃおに態度を改めない人物は、当然いない。
世間はもちろん、学校だろうが、教師、書生、教育係り・・・・・家族まで。
・・・そこが少コミの我慢がならないところだ。
・・・・・昔は・・・。
少コミは視線をわずかに落とした。
それこそ、あたしが主流を作り出す、みたいに活躍していたのに。
誰もあたしを知らないヤツなんていなかった。認めない人なんていなかった。学院にあるたくさんのトロフィーは・・賞状は・・・
・・・なのに・・
・・・・・なのに最近のあたしは・・・・・

「おねえちゃぁーん」
ちゃおが上ずる様な声を上げて、少コミは我に返った。
「もうらめぇ・・・・・」
シーツをぎゅっと握り締めている、小さいぷくぷくした指よりも少コミはもっと強く握り締めた。
みんなみんなこのオンナが持ってったんだ・・・!
少コミは更に手に力を込める。
だからだから、あたしは、このオンナから搾りとれるだけを取り上げてやる。
大事なものはみんな取り上げてやる。
我が家が抱えてる書生たちの態度まであからさまだ。みんなして、ちゃお様、ちゃお様ってコイツ付きになりたがって・・・。
まだ毛も生え揃ってないつるつるさが憎らしい。


今日も確認の為にちょっとだけ・・・。
ちゃぷ、と音と一緒に
「・・・あんっ」
・・・・・やっぱきれいなまんま。だーれも中に入った跡がない。
だれもこの子を汚してない。

「だめだよぉ」
あはは、でもほんっとーに汚されてはないかなぁ?
「ど、どうしよう、早くぅ」
「こっから先は自分で」
少コミはそこでちゃおを突き放した。
少コミも息が上がっていたが、あえて腕を組む事で押さえつけた。
ちゃおを見下ろす。
「・・・え」
ちゃおはもじもじと太ももを閉じてこすり付けた。
「前、教えたでしょ?出来ないの?」
「で、出来なくは・・・」
更に顔を赤くしてもじもじしはじめて少コミは内心爆笑だ。
あはは~、もう覚えたか。

「『復習』したんだ?」
「・・・・・」
声は聞き取れないが、頭はこくん、と頷く。
「何回?」
ちゃおは今度ははっきり顔を赤くした。
「、は、な、何回って・・・」
「一週間は経った?天下のちゃお様はあれから何回、復習したのかなぁ~?」
「お、お姉ちゃ・・・」
「言えない?言えないよねえ、雑誌見てるファンに見せられないしねえ。誰かに知られたらどうしよ?」
「・・・・・」
「パパは?ママは?書生は、教育係り長は知ってるかなあ?」
「・・・・・~~~」
「・・・お姉ちゃんにも言えない?」

そこでちゃおははっきりと顔を上げた。
「お姉ちゃんなら言えるよ!」
それから意気込むように
「3回!3回だよ、一回目はね、教えてくれた次の夜。次の日、お姉ちゃん帰りが遅かったでしょ?だから帰ってくる前に寝たんだよ。
その時。明かり消してからもう誰も起こしに来ないだろうなって30分かな。
待ってからまず触ったんだけど上手くいかなくって、でも触りながら太ももも使うと上手に出来る事分かったんだよ。それでなんとかお姉ちゃんが教えてくれた通りに・・
・・・やっぱりお姉ちゃんはすごいね、私、何度もいじったんだけど・・・」
あんまりに立て板に水、ってくらいに言われて少コミは気圧された。
「わ、分かった分かった」
両方の手のひらで制する。
「お姉ちゃんは・・・なんでも知ってるよね」
あー、さっき躾にソツなし、なんて言ったけど・・・。
「やっぱりすごいなあ。お姉ちゃんはすごいなあ」
こういうのを・・・調教は万全って言うのかあ?
自分を熱心に見上げてため息をつく妹に少コミは思った。
ま、いっか。困る事はないでしょ。なんでも使える物が多いに越したことはない。

ちゃおは鼻歌まじりでスクールバックから教科書と文具を一緒に取り出した。

初等部の教室はヒヨコの飼育箱をひっくり返したようだ。
あっちできゃあきゃあ、こっちできゃわきゃわ忙しい。
これ、好きなんだよなあ。
ちゃおはシャープペンを目の前にかざしてうふ、と笑った。
教育係がなんでも揃えてくれてほんと嬉しい。
しかも私の好みも知ってるみたい。かわいいピンクと水色の取り合わせ。


「うっわ、またお前、そんなおこちゃま文具持ってぇ~」
仲のいいコロコロがさっそくつつきに来た。
ちゃおは実は微笑ましい気持ちだった。
「えへ。おこちゃまじみてるかな?」
「決まってんじゃん、アンタはボクよりもお・こ・ちゃ・ま!」

この二人の成績は初等部では肩を並べるようだし、おなじ家柄なので性格は似てはいないが仲はいい。
ちょっとだけ血は薄いがほとんど姉妹のように育った。お互いの実家だって、囲いがあるんだか、ないんだか。


「こーんなおこちゃまグッズ、いいかげん恥ずかしくて持てないよ。
えーっと、なんだっけな、ほら、クール!とかカッコイイ!とかそんなカンジ?」
「うんうん」
「そーゆー大人っぽいのがやっぱね!
そうゆうの目指して、フリルなんて卒業、卒業。
幼年部のコたちに任せとけばいーの!ってゆーかさぁ、ちゃおってそーゆーのばっかじゃん。ボクは恥ずかしくって買えないよ、そんな服、お店も入れなぁ~い」
「あはは」
ちゃおは和むような気持ちでコロコロに相槌を打つ。それから
「コロコロちゃんはオトナっぽいよねー」
言葉も添える。声色に不自然さはない。
「大人に決まってるよー。ちゃおって妹みたい、ちっこいし!」
ケタケタ笑うコロコロは知らない。
悔しそうにふくれたちゃおが、いろんな余裕からそれを出来ている事を。

「・・・ちゃおさぁ、知らないでしょ」
コロコロは声を落として、ちゃおの目に視線を据えた。
「大人になったらそんな服着れないよ」
「へぇ」
「着れるの、ボクら・・いや、ちゃおくらいだね。
大人になったら胸おっきくなるんだぞ。
お母さんみたいなの」
「へぇ」
「信じれる?なんでだと思う?
ちゅーするためなんだよ?
恋人はちゅーばっかするんだよ?それって気持ちいいからなんだよ?信じられないよねー!手をつないでるだけでもすごいのに、誰もいないとちゅーするんだよ。ドラマみたいな。でさ・・・・・」
身振り手振りで熱心だったのにコロコロははっ、と
「べ、別に興味あるとかそーゆーんじゃないぞ。今のは大人の知識のひとつだよ」
「う、うん・・・」
「アンタだけ特別ね。他にはシィー、だからね」
それにちゃおは優しくうなずく。
コロコロちゃんって可愛いなあ。

そのコロコロはちゃおの事をじーっと見た。
「ボクのおねーちゃん、アンタの事、好きそ~」
発見したように言う。
「・・・え」
「きっとおねーちゃんアンタの事、気に入るよ。
あ、おねーちゃんっていっこ上のサンデーお姉ちゃんね。
サンデーお姉ちゃん、ボクにいっちばんお作法とか道徳とかお行儀とかうんぬんうんぬん、だぁーい好きなんだもん。
サンデーお姉ちゃん、お前みたいな素直でお説教はきちんと守る子って好きそ。
ヤっだな~。中等部に上がって、あからさまにボクよりヒイキされたらボク、ちゃおの事なんて・・・」
そこでちゃおはやんわりと遮った。
「・・・・・べつに私、ヒイキとか興味ないし」
ちょっと声は低かったが。
「コロコロちゃんのお姉ちゃんも取ったりしないよ。べつに。
コロコロちゃんはヒイキとか興味あるの?」
「あるに決まってる!」
コロコロはぶー、とふくれる。
「先生だってヒイキの生徒には優しいし、かわいがるもん。特別扱い?ヒイキされた方がトクに決まってんじゃん、ヘンなの興味ないとか・・・。
あ。またまた発見!サンデーお姉ちゃんは絶対、ちゃおのそーゆー発言、大好きなんだよ?でさぁ・・・・・」
コロコロがきゃわきゃわ、きゃわきゃわ話し込むのにちゃおは笑ってあげられなかった。
それって好きって意味かな?
私、好かれてるのかな?そういえば・・・・・

・・・ちゃおの下校の足取りは遅かった。
そういえば私、お姉ちゃんから好きって言ってもらった事ってあったっけ?
・・・私はお姉ちゃんの事しか見てないのに。お姉ちゃんの事ばっかりいっつも考えてるのに。
今朝も早く目が覚めたからちょっとだけ『復習』したんだ。
ちゃおはスクールバックを前に持ちかえて、ちょっと顔が熱くなるのが分かった。
・・・やっぱお姉ちゃんみたいに上手に出来ないけど。すごいな、お姉ちゃんは何でも知ってて。


「あら、今帰り?」
歩いていると、横から声がした。
「サンデーさん・・・」
「コロコロと遊んでいかなかったの?
いつも相手してくれてありがとう。あの娘、元気すぎるでしょ?」

優しく顔を覗いてくれるのは、コロコロの姉のサンデーだった。
帰り道がほとんどおなじだから一緒になったんだ。
ちゃおはこのお姉さんは嫌いじゃない。むしろ・・・
「ううん、コロコロちゃんのそういう所、大好きです」
「やだ、無理しなくっていいのに」
くすくす、笑うのを見上げて思う。
好ましく慕っていたし、しかも最近、急に大人っぽくなって・・・
あれ?違うな。落ち着いた?って言いたいんだけど・・・でもこの言葉って合ってたっけ?


このちゃおの感想は、実は的を得ていた。
中等部の制服が浮いていたようなこの間までとは違った。
地に足の着いている、肝の据わった様子。しっとりとした空気も生んで、元から清潔そうな彼女をより美しくて好ましい先輩に思わせた。
・・・理由はちゃおには分からなかったが。

「あの娘から元気、ぶん取ってくれない?
そうだ!ちゃおちゃんがやっちゃって。こう、えいやっ、って。元気すぎて家でもみんな手を焼くのよぉ?」
「そんなあ」
明るく笑ったちゃおに、
「・・・今、元気、要らない?あのコは余りすぎ!引き取ってよ~」
と、心配りをされて好意は確定になる。
そういえば歩調もずいぶんゆっくりにしてくれてる。コロコロちゃんが無条件でなつくのもうなずけちゃう。

「サンデーさんは部活は・・・そっか、入ってないんですね?」
「そうね。図書室の当番と・・
付属図書館は来た事ある?本の入れ替えの時は結構、遅くまでかかるのよ?」
「わあ、すごいんですね!」
「うん。将来、司書の資格だけでも取りたいの」
きっと資格だけになっちゃうだろうけどね、と付け加えた。


緑が深い住宅街の午後は時間もゆっくりだ。
二人の歩調のように。風向きだけがちょっとだけ変わったが。
「どうしてですか?サンデーさんならきっと・・・」
「ううーん。お父様やお母様が許してくれないわよぉ」
苦笑して首をすくめる。
「その代わり、出来るだけ素敵な、我が家を思いやってくれるお方を選んでくれると嬉しいかな。信用できる家柄の」
言葉の外に何かを感じてちゃおは聞き流すだろう事にあえて食いついた。
「・・・・・サンデーさんのパパとママが?」
「うん。きっとお父様とお母様に任せれば大丈夫だけれど」
ちゃおはサンデーが不安なさそうに笑ってるのに、余計に不安が抑えられなかった。
「す、好きとか・・・」
「?」
「好きとか関係なく、ですか?」
胸がどきどきするのがちゃおにも分かった。
「サ、サンデーさんの気持ちは?その、だって、こ、恋とか・・・・・」
サンデーは珍しく言葉に詰まった。
困ってしまったようだ。
気まずい空気も流れくる。歩きながら、言葉をあれこれ選んでいるような間も。

「誰かにお話できない?」
しばらく歩いてから、ちゃおの背丈に大げさに合わせるようかがみこんだ。
「私たち、せっかくおなじような環境だもの。ちゃおちゃん、学院にお友達がたくさんいるんだし・・・。
そうだ!コロコロと一緒の学年さんだから、ちゃおちゃん、いい相談相手になってあげてくれないかな。
一緒の学院で、一緒の学年さんなんだから・・・きっと、あの娘とは、話が合うと思う。
ナイショの事だってどんどん喋ってくれていいのよ。あの娘、物覚え悪いから次の日には忘れちゃうわ。ふふっ」
ちゃおは明るく話すサンデーにため息を隠せなかった。
ダメよ。
コロコロちゃんはちっともオトナじゃないもの。あの娘からオトナの匂いなんてちっともして来やしない。

ちゃおが家に帰ったら教育係り頭が待ち構えていた。
「ちゃお様、新しいデザインのお洋服が届いております」
「・・・・・」
ちゃおは元気なくうなずく。
それにおかまいなく、
「新作をそろそろ雑誌で発表しないと。メーカー側も待っておいでです。
文具もそろそろ、入れ替えお願いしたいのですが」


「え?」
ちゃおはそこでやっと返事を返した。
「あれ・・気に入って・・・」
「ですが、我が家と提携している企業からの要請です。
新しいキャラクター文具を展開したいそうです。
きっとちゃお様もお気に召すと思いますよ?ちゃお様のお年頃の女の子の好みをチームを組んで研究を重ねてですね?
・・・・・」
ちゃおはなんだか思うところがあったようだ。

「・・・今日は疲れちゃったんだけどな」
明るく顔を上げて教育係りたちに詫びるように、
「学院でね?・・・そう!今日の体育、徒競走だったの。もうコロコロちゃん、足速すぎ~私、手をひっぱられちゃって・・・・・
・・・」
ちゃおの言い訳に、全員があまり隠そうともせずに失望の表情になった。
言い訳内容にもあまり興味なさそうだ。ただ不満そうに、
「・・・・・そうですか。では、ご気分がよろしい時にでも」
「うん!お願いね!みんなの用意してくれるお洋服も文具も大好き!」
明るい笑顔を作り続ける。
なんだかこれ・・疲れるなあ・・・・・。

子供部屋の、自分の部屋に入る。
扉を閉めて、ふぅ、とため息をつく。

「あーら、お疲れ?」
聞きなれた声
「お姉ちゃん!」
ちゃおの顔が晴れた。
「そんなわけ、ないっか。ちゃお様はみんながちやほや、面倒みてさしあげてるしねーぇ?」
ちゃおは本当は言いたい事があったけど、我慢した。
それよりもお姉ちゃんに捨てられるほうがよっぽど怖い。・・・こんなすごいお姉ちゃんに。
「オベンキョ出来ないくらいお疲れ?」
「まさか!」
スクールバックを勉強机に放り出して、ちゃおは姉だけを仰ぎ見つつ・・・

「・・・・・あんたさあ」
「?」
少コミは以前から思っていた疑問を口に出した。
「あたしの言うなりになって、それで人生おしまい、でオッケーなんだ?」
飽きれたように腕を組んでちゃおを見下ろす。
窓からの逆光にちゃおは目を細めた。
「オッケーだよお」
えへ、と笑う。
「私、お姉ちゃんの言いつけはきちんと守るもん」


うわ、キモ。
少コミは思わないでもなかった。
・・・自分が仕込んだにもかかわらず。
「一生?」
「うん!一生!」
「でもさ」
少コミはちゃおに近づいた。
「あんた、あたしが外でオトコと遊んでるの知ってるでしょ?」
遊んでる、に力を込めて少コミは言った。
「で。あんたはあたしの言うなりで、あたしに染められて、それで一生終わってもいいって訳ね」
「もちろん!」

「一生をお姉ちゃんが染めてぇ」
そう言うちゃおは千切れんばかりに尻尾を振ってご主人様を見上げる子犬のようだ。
この時・・・。
少コミの総毛は最高潮に達した。
隠さずに「キモッ」って叫んでから突き離そうとして・・・


「あっそ」
あまりの事に峠を越してしまった。
もうちょっと遊ぼ。
「それで、途中で私があんたに飽きたらどうすんの?」
ちゃおの表情が固まった。
「え・・・」

「あんたに一生、かかりっきりになると思ってるのお?
あはは、あたしにたっくさんオトコいるの知ってるんでしょ?その内、気に入ったオトコが本命になるんだろうねぇ~」
ちゃおまで歩いたらそのまま顔を覗き込んだ。
「そしたらあんた、邪魔だし、もういいや」
ちゃおは制服のスカートをぎゅっと握った。飲み込んだ息は短い。
「は・・・・・」
「途中で放り出されたちゃお様はどおするのかなあ~?」
「・・・・・」
「途方にくれる?
あ、ちょろちょろあたしに付きまとうのよしてねえ?あたしはあたしで忙しいしぃ」
まるでいたぶるのを楽しむように目を細めてにっこり笑う。
ちゃおの握った手が震えて・・・・しかも震えがしだいに全身に回ってきたようだ。止まらない震え。
そんな。そんな・・・。
「さ、オベンキョしましょ。あんたで遊ぶの楽しいし。ストレス解消には最高だわあ」
ちゃおの肩を抱いてベットに連れて行く。
いつもは喜んで足取りも軽いのに・・・・・ちゃおはまるで連行される、と言ってあげたいくらいだ。おぼつかない足取り。
魂が抜けたような、とはこんな状態を言うのか・・・・・。

・・・その日以来、ちゃおは自分でも何をして何を言ったかさっぱり記憶がない。
教育係り達があれこれと着せ替え人形みたいに着せたり替えたり、文具いじったり写真撮ったり愛玩犬連れてきて抱かせたり・・・・・

・・・ダメ。覚えてない。
あれから数日かは経っているはずだが。


今日もフラフラ、フラフラと学院を歩いていた。
「よお、ちゃおちゃん、裏口にどした?」
ちゃおははっと顔を上げた。
学院に併設してる資料室の、裏口に自分がいるのをやっと気付いた。

教えてくれたのは中等部の先輩だ。
「マガジン先輩・・・」
講談マガジンだ。裏口への階段に座り込んで雑誌を読んでいる。
資料室は学院併設だから、大学院生から幼年部まで誰でも利用する。
普段なら会わないだろう先輩にも会えて、人気の学生に熱をあげてるコなんかは実は重宝してる。

マガジンは横に置いてあったポカリを差し出して
「飲む?
もしかして睡眠不足?なんだっけ、飲んだら寝起きの俳優もシャキーンってなるヤツ。あれみたくなったりして」
そう言って、カラカラ笑う。
ちゃおはそれどころじゃない。

あ。・・・でも。
マガジンをじぃーっと見る。
そういやこの先輩は・・・

「マガジン先輩って、恋愛にお詳しいですよね」
マガジンはおや、とちゃおを見た。
初等部だっけ。
ちゃおの制服を確認。興味持つお年頃?
ちゃおはマガジンににじり寄るように
「マガジン先輩、今、お時間ありますか?」
「あるにはあるけど・・・」
「私の相談、聞いてくれますか?」
「ん?いいけど?」
マガジンは急に隣に座ったちゃおを見下ろして、ちょっとワクワクした。
なんだか面白そなニオイじゃん。


「マガジン先輩はとっても恋愛経験豊富ですよね」
あからさまに言われると、かえって爽やかだ。
「まあね~」
「それって、おいくつ位からですか?」
「覚えてないなあ」
マガジンはすっとぼけてから

「ちゃおちゃんにはお姉さんたくさんいるんだし、オレに聞かなくってもお姉さん達に聞けば?」
軽く誘導。
「・・・・・それじゃ、意味ないです」
ちゃおは視線を落とした。
「ソトですませなきゃ。そういう事は」
マガジンは可笑しさに口元が緩んでしょうがない。
この学院、もしかしてすげぇ面白いんだ?

「で?」
マガジンは
「なんでおソトで済ませなきゃいけないの?お家の事情?」
「・・・・・そんなカンジです」
そっか。やっぱあの家はお堅いのか。

「それで・・マガジン先輩は・・・・・男の人と・・・キスとかした事ありますか?」
ちゃおの質問が、興味というよりも真剣さが感じられて、
「ん?なんで?」
「・・・・・男の人とのキスって気持ちいいのかなあって」
本当は更にその先が知りたいちゃおは、でも一生懸命に押さえる。
「あはは。ドラマとかで見て?」
「・・・・・それもそんなカンジです」
「知らなくっていいんじゃね?
その内にあんたに安心・安全・身元確かな殿方を当てが・・・
連れてくるんじゃ?おとーサマとおかーサマが」


「それじゃ意味ないんですっ!」
やっぱり真剣さが消えなくて、マガジンはミョーに後輩を持て余す。
「だから、自分で知らないと!ソトで!」
「う、う~ん、でも知らない方が、値打ちあるって、たくさんこの世になくない?」
ポカリを一口飲んで、
「ファーストキスとか、ほら。知らないからこそ値打ちある、みたいな」

しょうがないから突っ込んだ事も言ってやる。
「需要と供給ぅ~。
欲しい側は知ってるコよりも知らないコにお値段を高く吊り上げる。
ちゃおちゃんなんかは、まさに、ソレ。
なんにも知らないコ。まっさらなコ。だからみんなが高い値段を付ける。
このまま高い値段付けられっぱなしのがトクじゃぁ~ん」
ケラケラ笑ったマガジンはこの時、ちゃおを軽く見ていた。
当たり前だけれど、理解できないだろうなあ、と。
なので意味を噛み砕いて教えてあげようとしたマガジンより先に・・・・・。

「・・・・・知って、そこで終わるんだったら私、それっぽっちですよ」
ちゃおの目はずっとマガジンに据えられたままで、そして声も真剣なままなので
「は・・・」
「きっと、そうなんですよ。
私、ちっとも魅力なんて感じない。
マガジンさんの言ってる通りに、周りが望むようになんにも知らされずにされるがまま、与えられるまんま・・・」
「・・・・・」
「それで一生を乗り切れたら、まだ、マシかもしれません。
まだマシ、程度ですけど。
もっとサイアクは途中でお仕着せしてくれる人達が私を放り出しちゃったら?
目も当てられなくないですか?
それこそ私、途方にくれちゃいます。なんにも知らないのに放り出されて。一人で。
それなら、知ったほうが残る物、まだあるんじゃないかって。
知ってしまって、後悔しちゃったぁ~、とか、じゃあどうすればまた這い上がれるのかな?とかの、その・・知恵と言うか、工夫と言うか。
まだ私には残るんじゃないかって。比べてみて」

マガジンはちゃおを改めて見るような気持ちになった。


これが小学館クオリティー!
もう一度ペットボトルに手を伸ばしたのは唾ごと飲み込みたかったからだ。
このムスメも頭悪くねぇ~。
悪くない、考えてる。初等部だし方向があやふやなだけで、考えようとしてる。
考える力を持っている。
一ツ橋グループ血筋、恐るべし。


マガジンはヒヨコがピヨピヨ鳴いてるの見てる気持ちをまず止めた。
ちゃおに向き直る。


「知りたい?」
「はい!」
「じゃ、お姉ちゃんと試してみよっか」

「え・・・」
「平気、平気。女の子同士のキスならファーストキスにカウントされないって。
だから、オレ、男の人役をやったげる。
ドラマとかで雰囲気分かるよね?」
ちゃおは途中でちょっと顔が曇ったが、後は真剣にうなずく。
「オレは男がどーやるか大体分かるから、それ、したげる。
それでまず、納得してみれば?
親族、同性、ノーカン、ノーカン」
「・・・・・」
「初級からやったげるから、ちゃおちゃんはそれで納得して、ステップアップ。オッケ?」
ちゃおは説得にいろいろ不満そうな表情をしていたが、マガジンはほぼ気にならなかった。
ま、初等部だし考え中か。

「・・・・・分かりました。それでお願いします」
「じゃー、まずは目をつむる」
ちゃおは素直に目をつむって、マガジンに顔を寄せる。
おお!なんだか気合を感じる。
笑いをかみ殺してマガジンはちゃおの肩辺りを持って唇を寄せて・・・・・。

けど、ちょと、待たぁぁぁぁーーーーーーー!!!
キスのはじまりから途中、最中、ずーっと、マガジンはツッコミ続けた。
体がきちんと続けてはくれるが・・・・
『知りたい』ぃ~~~~~?!
「ん・・・・・」
知りたいって事は、それは知識がないっつ事だよね?!

ちょ、おま・・・!

その設定、無理あるだろッ。
そんなレベルじゃなくって、慣れている、とかじゃなくって・・・


「せんぱぁーい・・・」
うわ、舐めんなーーー!!おま、ちょ、舐めんな、そもそも舌出すな、おま、おま、ちょ・・・・・!

・・・・・一通りツッこむと、マガジンは冷静になった。
ああ、なるほど。
「んー・・・」
ちゃおをリード出来るほど冷静になった。
なあ~んだ。つまりそーゆう意味か。
こりゃ、びっくり。つか、結論から頼むわ。


・・・ヒヨコにはヒヨコ語しか通じないって事?
じゃ。
マガジンは好奇心がじわじわ沸いてくる。

『誰と』はこちらで焙り出しますか!
マガジンはワクワクする気持ちを抑えられない。
訊ねても答えるかどうかは、さっきの会話のあやふやさで疑問なのは分かった。
じゃー、焙り出しましょ。
面白そうなニオイ、やっぱ、ビンゴ。

一通りを済ませてから、ちゅっと音を立ててマガジンはキスを終了した。
「ど?」
ちゃおに笑顔を向ける。

完璧に頼れる先輩、の笑顔。

「・・・はい・・」
ちゃおは納得がいかなそうな表情だ。
「今のは初級。ちゃおちゃん、ナカナカ筋がいいゾ!」
マガジンが適当に請合うと、ちゃおの表情が明るくなった。
「はい!」
「じゃ、初級編、ちょこっと豆知識~」
ちゃおのぷくぷくした手をとる。さて、どうしよ。
「きゃ!」
ちゃおの指を口に含んで、丁寧に舐めてあげる。
小さい爪と指の際も、どんどん口に含んであげて丁寧に・・・

マガジンは上目遣いで訊いた。
「これは知ってた?」
「なんなく・・・」
ちゃおはぼんやりと答えた
「初級のキスの常識だぞ?」
「常識・・なんですか・・・?」
「そ。これで初級編、ステップアップ?」
やっぱりいい加減な事を言う。
まだぼんやりしてるちゃおに
「納得行かない?」
「いえ・・・」
「ん?」
「足の指じゃないんだなあって・・・・・」
この時のマガジンの心の中の可笑しさったら。

・・・と、言うわけでここ最近の、マガジンちゃんのご機嫌はいい。
鼻歌まじりに購買でポカリを買ってからそのまま資料室へと向かう。
足取りは軽い。
資料室なんて寄り付きもしなかった彼女が。どころか最近の常連。

何故かと言うと一番自由が利く、と見当をつけたからだ。
学院生なら大学院から幼年部までが出入り自由。

融通の利き、いいね。
しかも裏口を自分の縄張りにもする。
ここなら絵本目当ての幼年部もわらわら来ないし、たいがい一人になれる。
オレにご用事の方はこちらまで、と設定して・・・。


「・・・珍しいわね、あんたが勉学なんて」
舞台は作った。撒き餌もまいた・・・。

で、役者到着。
この時のマガジンの内心は、イタズラ成功!とやり遂げた感が一番だった。が、そ知らぬ振りで雑誌をめくり続ける。
「オトモダチも不思議よお?
従妹なんかは「もしかして読書に目覚めたんじゃ!」なーんて大喜びだけどねえ。そーりゃ結びたくっても結びつけれないわあ」
マガジンは、
「そっスかあ?」
相手をちらっと見てからすっとぼけた。
「!先輩に対して、立ち上がらないのって失礼じゃない?」

ま、妥当かぁ。
マガジンは高等部の制服を見て一人ごつ。
噛み付かんばかりににらみ付ける少女コミック。

マガジンはこの先輩についての記憶をさぐる。
わりと昔はスゴかったんだよね。
でも最近は・・・
「あんた見てるとムカつくわあ」
「そっスかあ?」
なるほど。このヒトなら初等部のちゃおちゃんなんて赤子の手をひねるよりも簡単かも。
「先輩を先輩と敬わないのがムカつくわあ。
そもそも、あんた達、最近、暴れすぎなのよ。ちょっとは大人しくすれば?暴れすぎなせい?その人を小バカにした態度。
あんたなんてパンツ見せてればいいのよ。
立ち上がりなさいよ!立ち上がって今日のパンツ開帳しなさいよ。
目覚ましテレビのコーナーみたいよねー!『きょうのパンツぅ~』」
マガジンは意外に熱くなってる相手にかえってヒいた。
「はあ・・先輩が座ったらいかがスか?」

少女コミックはマガジンを前に怒りで腹わたが煮えくり返りそうだった。
学院の全員、家の全員もみーんなムカつくけど、このオンナまでムカつく!!

朝になるのももどかしい気持ちで、朝一に従妹のサンデーに問い詰めた。
サンデーは素直に教えてくれた。
あのコはいいのよ。
昔っから素直ってか従順っつか、あたしならキレるだろう事にニコニコしてる。

・・・なんでこんなオンナと仲がいいのか理解できないわあ。
先輩を前に平然と挨拶もしない。雑誌を閉じもしない。
少コミは駆けつけて来て、説明なしでまず殴ってやろうと思ったけどさすがに自分を抑えた。マガジンの喧嘩の強さは中々に有名だ。
殴れない、態度が気に入らない、いろんな事が少コミのイラ立ちを加速させる。
「あはは、なーにが初級編のキス、よ」
「はあ?」
マガジンは雑誌をめくり続ける。
「なに言ってんスか?」
「すっとぼけないでよ!!あんた性格悪いわよ、あんた・・・あんた人の家の妹に一体なに教えてんのよ?!」
「だからあ。イミ分かんないスよ」 


少コミは怒りで目の前が真っ赤になるかと思ったが、とりあえず一呼吸おいた。
目の前の後輩は一筋縄で行かないと悟ったのだ。
少コミもそんなに頭も悪くなければ場数も踏んでいる。

なので、一呼吸置く。
「あっははー、最近、あんたらご機嫌ねえ」
・・・・・でも出てきたその言葉から察するに、あんまり冷静になり切ってないが。

昨夜、久しぶりに妹と「遊んで」あげて、それが発覚した。
最初から様子は違っていた。
いつもの頼るべきはご主人様のみ!みたいな様子がなかった。
ちょっとだけ目つきが違う?と言うか。
「お姉ちゃぁん」
「なにぃ?」
少コミは面倒そうにキスの合間に返事する。
「初級編のキスはもういいよぉ」
はあ?どうしたのこのムスメ、頭イカれた?
しょきゅーへん?ピアノのバイエルの話?

ちゃおはそのまま少コミの手をとる。
舐め始めた。忠実な犬のようだ。
だが・・・。
そこで見上げた目が、いつもと違う。
「上手?」

犬は意思を持たない。
命令だけを聞く。
人形もだ。されるがままで、遊び飽きて、ほおっておいても文句も言わない。

ちゃおの目は、いっつもそんな目だった。
意思が感じ取れない、そんな目。

でも今は・・・。
「ねえ、上手?ったらぁ~」
「はあ?あんたさっきから何を・・・」
「えへ、私、これからもっとオベンキョするんだぁ」
意思でキラキラ光っていた。

「お姉ちゃんに近づけるように!初級編をマスターしたばっかだけど、私、筋いいって。もう今のでステップアップしていいってオーケーでたよ~」
見たことがない目つきだ。
まさか・・・。
あはは、まさか。
このコは我が家でも特別、大事に守ってきて・・・教え込むのもあたしだけなはず。

少コミは舐められてる指が、震えてくるのが自分でも分かった。
「は、ははは・・・オ、オベンキョって・・・・・」
「?まだヘタかな。でもその内、お姉ちゃんくらいには上手になるよ。すぐなるよ、だって筋、いいって」
「ははは・・」
「初回でそう言ってもらえたって事はさ、きっと私も結構、中々だと思うんだ。
だよねぇ、だって私、お姉ちゃんの妹なんだしさ、素質が元々・・・・・」
少コミはそこで立ち上がった
「ちょっと!!どういう事?!!筋?!
なんで教えてない事まで知っ・・・しょ、初級って、あんた・・・・・!!!

少コミは思い出すだけで腹の中が煮えくり返りそうだったが、なんども呼吸を整える。それを何回か繰り返してから、
「そうだ。
あんた、中等部でも特に、男需要当て込んでるわよね。あはは、伝授して欲しいくらいだわあ。後輩なのに」
「はあ」
「秘訣ってスカートの丈かしらぁ。上着もあんた、短くしてない?」
マガジンはおおまか分かったので、お座なりになりだす。
「はは、校門出ると、もっと短くするんスよぉ」
スカートのウエストを折り上げる手付きをする。
「あ、あははは・・・」
「でも先輩には適わないっスよお」
手をぶんぶん振って、横に置いてあるポカリに手を伸ばす。


「あはは、あんた何かと小ずるいわよねえ」
「えぇー?」
「学院のウチとソトを使い分けてさ。恥ずかしくってあたし、出来ないわあ」
「はぁ、キャラっスか?」
あっさり言って、ポカリに口付けた。
「簡単っスよ。
メリハリ付けるだけですし」
やはり手をぶんぶん振って、カラカラ笑う。

少コミの頭から落ち着きとかはとうに消え失せていた。
固くした拳が痛いくらいだ、と言う事に気付けないほど。
「あははは、メリハリなんて。一種の芸当よお。凡人には真似できな~い。
簡単なんて謙遜はいいわよお~。あんたが謙遜なんて、聞いてる方が鳥肌だわあ」
まるで反比例だ。マガジンの気持ちはどんどん冷める。
「『べっ、別に私、先輩の為に謙遜したわけじゃないからね?!』」
少コミは怒りで握った拳が震えるのを止めることが出来なかった。
「みたいスかね?」


マガジンがお座なりさを止めないから、少コミの冷静さは更になくなっていく。
「あんたさ、多重人格なんじゃない?!」
「『ふみゅう。イジメないでぇ』」
くすん、と付け足し。
「!あんたみたいな精神異常、妹に近づいて欲しくないッ」
「『お前が言うかにょ(笑)』」
「だから・・・!先輩に対して礼儀とか知りなさいよ、恥も知らないわけ?!」
「『ワタクシがまたドジを?』」
雑誌から目を離さない返事が終わらないので、少コミは声が荒くなる一方だ。
もう怒りでなにがなんだか分からない。
どうにもこうにもならなくって、出せるだけの大声でマガジンに怒鳴りつけた。
「だから近づかないで!!
あのコにも、私にも、一切、近づくな!!
つーかあんた死ね!死ね!今すぐ死ね、死んだほうがよっぽど地球に優しいわよ!!!」


・・・マガジンも。
面倒、からうっとうしい、に達した。
このオンナ、しつけぇ。
この学院の歴史の授業聞いてて、もっとイカス人物かと思ったのに・・・。
ガッカリじゃん。マガジンは雑誌を閉じた。

勢いを付けて立ち上がって、少コミの真向かいに視線を合わす。
きょとん、と真っ白であどけない表情を作って小首をかしげる。
「お姉ちゃんが心配なら、私、もうマガジン先輩には近づかないっ!」
ちゃんと声まで作って、まっすぐな視線で言い聞かせる。
それから先輩のすぐ横を通り過ぎた。

今ので納得してくれるかな~。
そのまま中等部に走りながらマガジンは胸のうちで勘定した。
また絡んできたらどーしよ。あ、予鈴だ。
もっと速度を上げてからマガジンはちらっと振り返った。
案の定、少コミが追っかけてこなかった。立ちっ放しだ。なので深く息を出す。やれやれ。

こちら、初等部。
教室では、コロコロちゃんがそわそわしっぱなしだった。
「ねえ、ちゃお、具合悪いのぉ?」
「うん・・・」
「はあ?!ダメじゃん、具合悪かったら保健室、行こ?ガッコ休めるよ?」
「・・・うん・・・・・」

友達のちゃおの様子が・・・おかしい。
いや、それを通り越している。
朝からだ。
いっつもはツツけばすぐに反応を返してくれる。そんな愛くるしい、カワイイ妹分が何を言ってもかえってくるのが生返事だけなんて。
ど、どーしよ・・・。
コロコロは姉貴分としてはここでなんとか面目躍如したい気分だ。

サ、サンデーおねーちゃんに頼って・・・・・。
ううん、ダメダメ!あのおねーちゃんはきっとお小言しか言わないよ。
そうだよ、ボクのがずーっと大人だし成績だって悪くないのに。子ども扱いばっか。

・・・・・ちゃおにだってするかもしんない。

ちゃおの様子はそれどころじゃない。
コロコロははらはらと妹分を見守る。
深刻そうな表情で、ヘタにツツいたら、これ、泣いちゃうよ?
それくらい、コロコロにも分かる。肌で感じる。

サンデーおねーちゃんじゃ、これ、きっとダメだ・・・。ボクが、ボクが、ボクが、なんとかしないと、ボクが・・・・・。


「!」
ちゃおが今日、何回目か分からないため息をついた時にコロコロがひらめいた。
「!そうだ!相談しよ!」
「うん・・・・・」
「ボクと、それとガンガンおねーちゃんに相談しようよ!」
ガンガン、と名前が出たところではじめてちゃおが顔を上げた。

「え・・・」
「えっへへー、ボク、ガンガンおねーちゃんとお友達なんだゾオ~?」
得意そうなコロコロは、予想した返事が返ってきて余計に得意さが増す。
「まさかぁ。ガンガン先輩みたいな方がコロコロちゃんなんて・・・」
「だ・か・ら!アンタとボクは違うの!アンタよりずーっと大人!大人のお付き合い出来るの!」
ちゃおの視線がずっと自分から離れなくてコロコロの得意さときたら。
「しかもガンガンおねーちゃん、こないだボクの事、親友って言ってくれたんだよ?」
「まさか!」
「信じられない?じゃ、今から会わせたげよっかあ~?」
コロコロの得意さは、ちゃおの視線がいつもの自分を見る気色からどんどん変わったからだ。明らかに同級生にはしない目。
・・・・・なので親友、の前に「ちいさな」と、その後に「さん!」とあやすような笑顔で付け加えられたのは黙っておく。うぅ~。あれはキズ付くよぉ~。
「うん!会いたい!会わせて?
・・・・・」

と、言うわけで連れ立って中等部の中庭に入る。
ヒヨコ2匹でピヨピヨ転がってるようだ。片方のヒヨコがきょろきょろして・・・
「ガンガンおねーちゃん!」
目当ての相手を見つけてすっかり馴染んだように駆け寄る。

ほ、本当だったんだ・・・。
「あら、コロコロちゃん?」
編み物をしていたようだ。
緩やかな動作で顔を上げて、編み棒ごと膝に置く。
「何編んでるの~?」
「セーター。冬のためにね」
「天然石ビーズ止めちゃったの?」
「うふ、ちゃんとポイントに編みこむわよ」
「ハー!やっぱ器用~」
「でも編みすぎちゃって。これはどなたかに差し上げるんだろうし、じゃあ網目にも悩んじゃうしで、もう。どうしよう・・・」

やり取りが日常をうかがわせた。
「ねえ、ねえ、じゃあさ一緒にひと休みしようよぉ」
「?」
「・・・だ・・だ、だ、だって、ガンガンおねーちゃんはボクと遊びたくってしょうがないんだもん!
ね?ね??」
「うふ、そうよ。その通りね」
「だ・・だってさぁ、ボクら・・・親友だもんね!
ね!ね!!」
「そうね。
今日はお友達も一緒?」
優しく視線を向けられてちゃおは頬に血が昇る気がした。
「やったー!今の聞いた?ねえ、ちゃおったら!・・・・・」
信じられないよ、こんな大人っぽい先輩がコロコロちゃんを相手にするなんて・・・。
コロコロが横でぴーちくぴーちく興奮したように何か言ってるがちゃおには届かない。

ゆったりとした動作が安心感を持たせてくれる。
長身な方なのかな。でもちっとも怖いなんて思わない。反対だわ。
優しいまなざしのその背後には裏付けられた物を感じさせる。例えば、理性、とか分別、教養とか?そんな雰囲気の?
「あ、あの!は、はじめまして!」
ちゃおはあせってお辞儀をする。
「こちらこそはじめまして。
嬉しいわ、コロコロちゃんがお友達連れてくるなんて」
「このコがガンガンおねーちゃんに会いたいって言ったんだよ」
「あら。それは光栄ねえ」
「このコね、ボクの妹分なんだよ。
で、ガンガンおねーちゃんの親友のボクとしてはほっとけなくって」
「まあ、可愛らしい事」
「はにゃぁ~~~ん~~」
懐くコロコロを膝に撫でながら丁寧にお辞儀を返してくれる、しぐさも自分に向けられる優しい視線も、何もかもが安心感を誘う。


「でも元気なさそうねえ」
ガンガンちゃんは表情をくもらせる。
「うわ。そのとーり」
「あら」
「それが今朝からこのコ、元気ないんだよぅ~。
なので本日はボクとガンガンおねーちゃんで、ちゃおの悩み秘密会議を開こう!ってのが課題で~す」
えへへ、と笑うコロコロは置いておいて。
ガンガンはちょっと考えた。
ちゃおちゃんの表情。
じっと見つめる。これは深刻だわ。


「ねえ、コロコロちゃん」
ガンガンは顔を上げた。
「何、何ぃ~?」
「さすがコロコロちゃん。
とってもいい思いつき!
でも・・困ったな。冷えてきちゃったのに・・・カーディガン、教室に置いてきちゃった」
「えぇー?」
「コロコロちゃんならハヤテのごとく!に持ってきてくれるわよね。
だって足速いんだもの。・・・私のロッカー、開けてくれていいのよ。これ、キー」
渡されて、コロコロの表情は驚きに晴れた。

「中等部の教室に、一人では不安?」
コロコロはすくっと立ち上がった。
「まさか!すごい、一人で入って勝手に開けて?」
「もちろん。だって親友だもの」
「え、えへへ、もお、しょうがないなあ~。ガンガンおねーちゃん、世話焼かせるんだからぁ~。
・・・・・」
言葉の割りに得意満面のコロコロは簡単にすっ飛んで行った。

で、ガンガンはちゃおに向き直る。
「コロコロちゃんが持ってきてくれるまで、お話してくれない?」
「え・・・」
「私がまだ知らない事。二人はもう話し合ったこと。ちょうどいいわ。教えて?」

ちゃおは・・・むしろ都合がいいのに驚きだ。
うわあ。もしかして私って運がいいのかな。
「あっ、あの・・・その、それが・・れ、恋愛の悩みで・・・・・」
ガンガンはうなずく。
「まあ」
「だから実はコロコロちゃんがいない方が・・・」
「あら・・じゃ、カーディガンは?」
「はい!なんだかラッキーです。帰ってくるまで、聞いてくれますか?」
「もちろんよ。私でよければ」
・・・こうしてまんまとヒヨコがもう一匹ガンガンの手の内に落ちてきた。

「ガンガン先輩は、れ、恋愛で悩んだりしますか?」
ガンガンはゆったりと
「どうして?」
「え、えっと・・・その、恋愛って難しいなあって誰かに話したくって・・・・・」
「そうよねえ。私もそうよ。人に話さなきゃ不安になっちゃったりして」
「そう、そうなんです!私だけかな?って」
「ね。他の人も一緒、って分かるだけでも安心したりして」
「おなじです、おなじ!」
二人で笑いあいながらちゃおは驚いていた。
さっきからずっとモヤモヤしていた物がすぐに言葉になった。
どころかするすると出てくる。
それがガンガン相手だから、と気付いたのはかなり後になってからだ。

「しかもちゃおちゃん、ナカナカ筋がいいゾ!」
「は?」
「はしかは小さい頃にかかっておけって、ちゃおちゃんは聞いたことがない?」
「あります!あります、それ」
「それとまったく一緒なの。
風邪って言ってもいろんな風邪があるじゃない?
流行風邪、インフルエンザ、スペイン風邪・・・。
特に恋には一生治らない熱病だってあるのに。ちゃおちゃんの筋は羨ましいくらいよ。素質があるのかな?」
だんだん雲行きは怪しくなる。
「ほ、本当ですか?!」
「本当、本当~。
ちいさい頃にかかったら、じゃあどうすれば乗り越えられるのかな?とかの、その・・知恵と言うか、工夫と言うか。
ちゃおちゃんの身に付くと思わない?」
「すっごく分かります、それ、すっごく!!」

この時・・・。
ちゃおがもうちょっと大人なら。
ガンガンが安心させるような、頼りがいのある笑顔でいながら・・・実は目は笑ってなかったのに悟れたかもしれない。
その目は、こう表現するしかない。


面白くって、しょうがない。
いい化学反応を起こしそうな理科実験の対象を見るような・・・。

「どうして私の考えてる事が・・・」
「うふ、じゃあおねーちゃんが魔法の鏡になってあげよっか?」
「は?」
「ほら、鏡さん、鏡さん、教えて?っておとぎ話に出てくるわよね」
「鏡・・・」
「で、質問した事を鏡が教えてくれるの。
おねーちゃんがちゃおちゃんの、魔法の鏡役をしてあげる」
「・・・・・」
「それでちゃおちゃんの解決方法を出来る限りに鏡さんが答える、なんてどう?
あ、いっくら魔法でも・・・隠し事されちゃったら全部は映されないゾ?」



ちゃおは・・・まるで魔法を聞いているようだった。
目の前のガンガンを見上げた。
鏡?魔法の鏡?
映す?
そっか。鏡に向かって訊ねて、それで鏡からお返事が返ってくるおとぎ話のアレね。
おしばいなら・・・・・

「・・・・・ねえ、鏡さん」
「はい?」
ちゃおはちょっとだけためらったが、向けられる笑顔は優しいままだ。
なのでぐっと歯を食いしばった。
解決しなきゃ・・・。自分で、自分で・・・・・!

「私ね・・・お姉ちゃんが好きなの」
本当に魔法の鏡に訴えかけるようにちゃおは漏らした。
「・・・・・」
「お姉ちゃんしか見てないのよ?お姉ちゃんさえいればいいの、他になんにもいらないの。
だって他に何にも魅力をかんじなくない?
染めてくれていいの!染めて、お姉ちゃんが使い勝手いいように染めていいって、最初から言ってるんだよ?!」
ちゃおは興奮してきて、だんだん叫ぶような口調になってきた。
「・・・・・だってお姉ちゃんは、知ってるんだもん。
大人が味わってるヒミツの味も」
「・・・・・」
「それを知ったら不利なんだよね?
マガジン先輩が言ってたの、なんとなく分かるの。知らないほうが有利。知ったら不利。
でも、なんどもなんども立ち上がってる。
いつも、最後は立ち上がってる。それはお姉ちゃんが、持って生まれた物かもしれない。それとも生きている間に備わった物?
どっちでもいいよ。
それもみんなひっくるめて、欲しいの。
それごと、お姉ちゃんが欲しいの。
目の前にいる、立ち上がったすごいお姉ちゃんを。
お姉ちゃんを自分の物にして、全部を知っちゃいたいの。
自分の物にしちゃって、頭の先から、指の先まで、全部、あのお姉ちゃんを知りつくして、味わいつくしちゃいたい」
「なるほど、なるほど?」
「・・・・・我がままって分かってるの。身勝手だって。
でも、私のもの、みんなあげたよ!全部、全部、あげた!
鏡さんは知ってるでしょ?お姉ちゃんのためなら、成績なんて興味持たない、お姉ちゃんの都合のいいように使って。私の成績なんてみんなお姉ちゃんの為に使ってくれたらいい。
みんな使ってくれていいのに・・・。
・・・・・分からないよぉ。どうすればいいの、鏡さん、教えて、教えて他にどうすればお姉ちゃんの心を私の物に出来る方法があるの?!
どんな手も使っちゃって、もお私、方法も道具もなんにもないよお、もしもトランプなら手詰まりだよお、私、私はお姉ちゃんしか好きじゃないのに、なのに私にはもおなんにも残ってないよお・・・・・」

・・・実はこの時、ちゃおが反対に魔法にかけられていた。
過激と言っていい発言にもまったく動じない先輩の笑顔に。

あらあ、そうなのぉ。
しかも探りをいれる手腕がこの先輩、マガジンよりもさらに素早い。
へえ、あそこの姉妹はそうだったのねえ。
成績のご公称はお家の事情かと思ったけど、こんな裏の裏事情まであるなんて。


そして。ガンガンは悟られないように笑顔を深くして思案した。
・・・・・どうしたらもっと面白くなるかしらぁ?
好ましい理科の実験対象を見る目つき。

「だいたい、分かりました」
本当にお告げを聞いた者が、その結果を伝える口調だ。
こほん。咳払い。こ、この先輩・・・。
「はい!」
「安心して。まだ、ちゃおちゃんには方法が残ってます」
「え・・・」

「押してだめなら引いてみろ、って言葉は知ってる?」
「し、知ってます!知ってます」
「恋愛における、この基本力学をマスターしちゃいましょ。
しかもちゃおちゃんの力は強いわ。初等部じゃもったいないくらい」
「そ、そんなぁ・・・」
「その力で、前に引いて、後ろに引いて、右に引いて、左にも引いて・・・力のサジ加減はそれこそレッスン、レッスン。
ぐるんぐるん引いちゃいましょ。
あ、引くのはいろんな物を引いてみてもステキよ。周りの誰でも物でも親でも教師でも使えるものは使っちゃうといいわ」
「はぁ」

本当に。本当にちゃおの年端もいかない幼さが悔やまれる。
この時のガンガンの目がまばたきも惜しい、ってくらいに輝いているのを気付けない幼さが。

「なんなら学院、ぜんぶをぐるんぐるん引っ張っちゃう勢いでね。
自分のお家だってステキなお道具!ちゃおちゃんのお家ならいい人材、いるんじゃない?」
「そ、それは・・・」
「・・・・・・・お相手が欲しいのよね?」
低い声にちゃおはこくっとのどが鳴った。
でも力強く。
「はい・・・!」
「じゃあどーんと行っちゃえ!
どんなテを使ってでもいいのよ?周りも巻き込んで、迷惑なんて気にしない気にしない。
だって・・・私たちの、乙女の恋だもの!!
乙女の恋は正義!何よりも優先させていいの!」
うふ、と笑ってから「でも違法かな、って迷っちゃうテは成人まで我慢ね?」と優しく付け加えた。

ちゃおは・・・感心のため息を吐ききった。
コロコロちゃんがお友達にしてもらえたのが心底不思議。
目の前の笑顔は、頼れて、しかも理知にあふれている。
自分を優しく諭す口調は落ち着いた声色で、応援する部分では明るく笑いをまじえてくれる。
諭してくれる内容も、最初から最後までちっとも乱れもない。


ちゃおは突然、立ち上がった。
「分かりました!」
興奮気味に返事をする。
それからあわてて
「あ、そ、相談にのってくださって、ありがとうございます!
・・・ガンガン先輩は本当にすごいんですねえ・・・頭もいいし、冷静で余裕があって、大人びてて・・・・・」
「うふ。可愛らしい事言っちゃって」
「コロコロちゃん・・いいなあ」
羨ましそうにほぅ、と息を吐く。
「?」
「だってこんなすごい先輩と仲良しなんて・・・」
「あら」
やはりちゃおは気付かない。
「ちゃおちゃんとも仲良くしたいんだけどなぁ」
「え・・・」
「だってちゃおちゃん・・・素直ないいコなんだもの。
またお話し、しましょ?」
「は、はい!こ、こちらこそ、そんな事言っていただけるなんて・・・!」
ちゃおはぴんっと背筋を正して答えた。
そして疑問もなくきびすを返して
「私、家に帰ります!」
今来た道を走っていく。

あ~あ。せめて・・・。
この場にマガジンちゃんあたりがいてくれたら、即、声を上げてくれたのに。

あの目を見ろ!
きっと指差して一喝してくれる。

ちゃおの肩を揺さぶって、
『こんな香ばしい素材、逃がすもんか』、なんてねちっこい目!
しかも話が首尾一貫とか、頼れるとか・・・そもそも、お前、今、秘密をゲロられたんだぞ、あのオンナに大事な大事な秘密なんだろ?!

・・・・・残念な事にしばらくして帰ってきたのは・・さっぱり使えない、コロコロだったが。
「あれ?ちゃおはあ?」
「すっかり元気になって帰って行っちゃったの」
「はあ?」
「うふふ、あんまりに元気でコロコロちゃんの事まで忘れちゃったのね。まるで別人みたい」

嘘は言っていない。そのまま編み物に戻るガンガンを見る、コロコロの目は尊敬一色に染まる。ため息も。
「へぇ~。・・・あ。でも・・・カーディガンだけどさ、その・・・ロッカー中探したけど・・・・・・」
コロコロを優しく撫でながら、
「ん?やだ、もしかして私、家に忘れてきちゃった?」
「!やっぱね!もー、ガンガンおねーちゃん、ボクがいないとぜんっぜんダメなんだからぁ」
「ねえ。まったくダメねえ」
「あははー!
・・・」
愛おしむような目で見つめてもらいながら、まったく別のことに悩んでいる事に気づけないコロコロなのが残念としか言いようがない。
ガンガンの興味はすぐに二人の訪問前に戻った。
セーターの胸元の網目を真剣に悩みだす。天然石で自然に北斗七星を編み込みたいらしい。死兆星、込み。
懸命にぴーちくぴーちく訴えるコロコロなんて心地いいBGMぐらいだろう。
あ~あ、本っ当、残念。
・・・・・。
・・・。

・・・・・少女コミックの足取りは遅かった。
今日、後輩を問い詰めた、その時・・・。いや、その前からだ。
頭に血が昇って、もう何がなんだか分からない。いつからだっけ?イヤな思い出だらけで思い出したくもない。
心配?は?誰が誰を?

こんなの、あたしじゃない。

いつにない足取りの少コミは考える。
あたしはもっと、冷静なはず。きちんと物を考えれる。
馬鹿にするヤツは馬鹿にすればいい。あたしにはきちんと土台があるはず。あたしを作ってきた、土台が。歴史が。
・・・・・そうだ。あたしは、そこら辺のムスメとは違う。
そうなんだ。違うはずだ。


気付いたら家にもう着いていた。
ヤだな。どうしたんだろ、さっきからぽーっとしてる。
屋敷内、騒がしい。
どうしたんだろ・・・。


「・・・どうしたの?」
気だるく少コミは一人を捕まえて訊ねる。
「少女コミック様!」
捕まった者は興奮して少コミの元気が無いのも気付かないような様子だ。
「その、教育係りの一人が使える人材を見つけたようです!」
「・・・・・」
「お台場にある通信制の学校はご存知ですか?」
「は・・・」
「その学生の中で非常に未来有望な人材がいたようです。
嬉しい事ですね。もしかして教育係長は書生の一人として小学館家に迎えるかもしれません」
「あ、あはは・・・」
「お台場の通信制の学校は現在、他家様も注目されているんですよ?人材発掘にも熱心で、特に講談家の方々などは・・・・・」


足元が崩れていくような、とはこんなカンジかな~、と少コミはぼんやり考えた。
あー、もう、あたしは・・・・・・

そのまま、フラフラ自分の部屋に向かう。
子供部屋だけがちょっと離れているので、人もあまりいない。
誰も会わずにすむ。ちょっと自分の部屋のベットに・・・・・

と、思っていたら今、一番会いたくない相手が自分の行く手を遮っていた。
遮る、と言う表現がぴったりだ。
ちいさな体で、これ以上行かせるもんか、なんて気迫たっぷりだ。
・・・あー、このムスメがこんな自分の意思、みたいな目つきするの生意気ぃ~。


「お姉ちゃん」
生意気っつか、そこから調子狂いっぱなしなんだ・・・・・。
ああ、このオンナに狂わされっぱなし。ヤだな、このオンナはあたしの思い通りになってりゃいーのよ。
「お姉ちゃんの成績、いーくつだ!」
しかも挑戦するような目つき。
なんだ、ヘンなモノでも食べたか?
「はあ?」
「あたしの成績、いーくつだ!
お姉ちゃんはウソ付いてませんか!ウソ付いて、自分が一等賞、みたいに世間にウソ付いちゃってまーせんか!」

少コミは面倒そうに
「それが?」
「・・・!え、えーっと・・私が本当の事を言い出したらお姉ちゃんは困らないかなぁ~。
どうしよ。私、なーんだか本当の事、無性に言いたい気分~」
挑むような目つき。
少コミはぴーちくぴーちく何か言ってるなあ、と聞いていた。
「・・・・・アンタはいくつ?」
「へ?」
「6年生だっけ?
アンタはいーくつだ」
面倒そうに相手する。
「!12歳だよ!でも・・・
5年後はお姉ちゃんとおない年だよ!私がおない年なんだよ、怖いでしょ、心配でしょ。どうする?!」
目つきが変わらないのに、なんだか少コミは可笑しいような気分になってきた。

「そ。アンタが17の時、あたし22。
さて、どうしよう」
ちゃおの据えられていた目が揺れた。

あぁ・・・ヤバイな。
なんだか落ち着く。
可笑しくなって、自分でも苦笑が抑えられない。

「!だ、だってすごい17歳になってるもん!
合コンだって行ったり、香水つけたり、スーパー17歳だもん!」
くすくす、少コミは笑い声まで漏れてきた。
「22に敵うような?」
「な、なってるもん!お姉ちゃんみたいなのになってるもん!すごい17歳だもん」
「その5年間、あたしが何にもしないと?」
「・・・ぅ」
「きっちり成長してるわよ?アンタが言う、そのお姉ちゃんが22。
さて、どうしよ」


なんだか・・・落ち着く。
この娘を相手してると。
この関係が。
これはペットみたいな物?お人形?あは、癒しってヤツ?



「ま、また5年経ったら22だもん!
・・・・・また・・追いつくもん」
気付いてるんだろうなあ。いつまで経っても追いつくはずないの。
ちょっと口を尖らせて言ってる、そのカンタンさが可笑しい。

でもペットは・・・・・喋らないよね。
人形も。少コミはちゃおを見下ろしながら、くすくす、くすくすと笑いが抑えられない。
ちょろちょろ、ちょろちょろ、おなじ学校なんて通わないし。

こんな面白いものまでくれない。
さっきまで威勢良く挑むような目つきだったのに、今は落ち着きなく視線をうろうろさせている。
だって・・・会話できないもんねぇ。
会話できる相手には、イヤな気持ちにもなる。不快な気分もするだろうに・・・・
なのに・・・なんだか落ち着く。なんだろうなあ・・・・・・本当、なんだろうね、この気持ちは。

「オベンキョして?」
「!う、うん。オベンキョして!」
「昨日、お姉ちゃんが、叱ったのに?」
「・・・・・あ、あれから他の人とはしてないもん。
約束は、やぶってないもん」
「なのにお姉ちゃんに並ぼうとしてるんだ?」
「な、なるもん!
!そう!本とか読むもん!お姉ちゃんが教えてくれるのとは別にね!だったら他の人とのオベンキョとは違うもん!」


ダメだ。笑いが止まらない。
ちゃおは会話しながら一生懸命、何事か呪文のように必死につぶやいている。暗示掛てんのか?応援の呪文?
でも、それに気付かれてるって分かってないらしい。
なんつーカンタンなガキだよ。

あんまりに可笑しくて、少コミは目の端をぬぐった。
「ね!今日はあたしの部屋入れてあげよっか」
「う、うそっ」
ちゃおの顔がすぐさま晴れた。
姉の部屋には入れてもらったことがないからだ。
姉は誰も部屋に入れない。入ってきたらこのムスメは烈火のごとくに怒る。思春期の少女らしく。
「本当、本当」
ちゃおはまた何か口の中でつぶやいたようだったが、それは何だったのか後で訊くことにして、
「あたしの部屋でオベンキョは?」
「・・・・・」
ぽかん、と口を開けているちゃおの手をとった。

「イヤ?」
「う、ううん。だって・・・」
「だって?」
「だって・・・そんな、さっきの今に・・・・・」
「はあ?さっきの今ぁ?」
ちゃおの手をつないでだとドアを開けられないので少コミはスクールバックを床に置いた。
「う、うん・・だって、そんなにすぐに効果が・・・」
ちゃおの信じられない、と言うような声色の続きは少コミはスルーした。それも併せて、訊けばいい。

「・・・・・あんたさあ、ファーストキスって知ってる?」
「!も、もちろん!」
ちょっとちゃおはすねたように口を尖らせた。
この間、先輩が言っていた事を思い出す。同性、親族、ノーカウントだっけ。
「じゃー、更に処女は?」
「と、当然だよ、もちろん、それも・・?知ってるよ」
「へえ。何、ソレ。お姉ちゃんに教えて?」
「はじめて、って事だよ?はじめて。価値あるんだよ」
ちゃおの頭は忙しくマガジンの言っていた事を思い出そうと記憶がめぐる。
「へえ。じゃ、もしもお姉ちゃんがそれまで取り上げたら、アンタどうする?」
「!!
嬉しいに決まってるよ!なんでもあげるよ、価値あるもの、なんでもお姉ちゃんにあげるに決まってる!!!」
即答されて、少コミはさすがに事の重大さに唾を飲む。
そこから更に今まで自分のやって来た事にも。
妹を改めたように見る。あたしは・・・・・あたしは・・・・・・・



・・・もう一度、考えなきゃ。
自分を取り戻して、で、もう一度考えよう。
もう一度だ。改めて、もう一度、何もかもを。


このコ相手にじっくり会話して。
どうやらこの妹は特別らしい。
少コミは気付いていた。実はさっきから。
あたし、ペース、取り戻せてるじゃん。
自分の手を握り返すちいさめの手をから妹に目線を変えた。
自分を見上げる、嬉しそうな目。


なにもかもの意味を含めて少コミは明るく言った。
「よっしゃ、もっかいスタート!」
そのまま、妹の手を引いて自分の部屋に招き入れる。
「あたしの知ってる知識、アンタに言って聞かせてあげる。
アンタはアンタの秘密にしてる事、ちゃっちゃと吐く!
で、またスタート!」
「うんうん!」
「あたしはやってきた事の意味もなんもかも、みーんな教えたげる。
思ってることもみんなアンタに話してあげる。
それ聞いたら、アンタもみんなあたしに話す。
どう?」
「うん、うんうん!!」
「話す、答える、話す、答える。
お互いで。
これ、会話って言うんだよ?知ってた?」
ちゃおは嬉しそうにうなずきっぱなしだ。
「・・・・・教えて?あんたの気持ち」

ドアを閉めてからある事に気付いて、少コミはこんどは爆笑、と言うくらいに大笑いした。
はじめて、って・・・
「お、お姉ちゃん・・・?」
あたしこそ、女相手なんてはじめてじゃん!
女相手だって!バッカじゃね?サイアクじゃん、あたし、女相手ってあんた・・・!
・・・バカだ、あたし、バカだ、これじゃ中等部の後輩なんかに舐められた態度取られるのも無理ないわ。

「なんでもない、ない。
アンタ、聞いてくれるんでしょ?」
「もちろん!話して?」
「で、今日は誰とどんな話したの?コロコロ?」

「違うよ、今日はすごいんだよ!」
「へー」
「びっくりなんだから。
コロコロちゃんってばすごい先輩と仲良しでね?・・・・・
・・・・・
・・・」
少コミがはじめてちゃおを入れてから、部屋の扉を閉める。
ダメ押しのように鍵がかかる音。


日本有数の出版社の大きな大きなお家。知らない人はいないくらいに大きなお家。
なのに、なんて小さな小さな可愛らしい音。
こっそりと・・・大きなお家で交わす、小さな娘、二人だけの合図みたいに。


 



                                      
                             
 
                      長い間、ご愛読ありがとうございました!
            今後の少コミちゃんとちゃおちゃんの未来にご期待ください!!

番外編 「少女コミックとかちゃおなどで百合」

番外編 「少女コミックとかちゃおなどで百合」

2007年ごろpink-bbsにて投稿されていた作品の転載です。 スレッドの更新が滞ってから長年経つので、作者の方の許可を得ておりませんが、好きな作品なので勝手ながらここに転載させていただきました。 作品の一部は18禁となっております。18歳以下の方、ご了承ください。 http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/lesbian/1172759176/ ※リンク先は18禁掲示板となっております。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-01-09

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted