「確か今年はサンタ解禁日だったよな」

「確か今年はサンタ解禁日だったよな」

昔は今ほど充実した毎日を送れませんでした。
ネットの幼い時代は、手紙なんかが主流でしたが、今はもう携帯一つで何もかもできる時代です。
そんな時代から見離された2人のお話。

子供の頃のクリスマスなんて呑気なもんだった。
何も焦ることがなかったからな。プレゼントさえもらえればそれでよかったんだ。
それがどうだ。少し大きくなった今は、クリスマスにそれ以上を求めなくちゃいけない。例えば恋人。例えば友人。
そうして俺たちは“プレゼント”なんてもんを求めることはなくなっていくわけだな。

でも今年のクリスマスは一味違うらしい。

『今年のクリスマスはなんと!2000年ぶりにサンタ解禁です!今年良い子にしていたみんなは…』
てなことをテレビが言っていた。
要するに、子供の頃の想像上でしか生きていないはずの『サンタさん』が、この世に現れて、いい子にしていた子にプレゼントを配って回ると言うのだ。
…くだらない。

いつからこの国は腐ってしまったのだろう。
いつから世の中は狂ってしまったのだろう。
いつから俺はここまで落ちぶれたのだろう。

冷たい風が音を立てながら俺の横を通り過ぎていく。
ビルの淵に座っている俺に、早く飛べ。早く飛べ。と追い討ちをかけるような風だ。
確かにこの風の言う通りかもしれない。もうこの世に未練なんかないんだから、ここに来た段階で早急に飛ぶべきだ。
しかしながら、この街の消えない明かりが作り出す幻想的な風景に飲み込まれてしまって、僕の中で『何か』が生まれてしまったんだ。あと少しだけ、あと少しだけと、その『何か』が俺に縋り付く。

クリスマスシーズンのこの街は、いろんなところから来た人たちで溢れる。
隣街から外国人までそれはもう、幅広く。
『綺麗なものを見るために金を惜しまない人』が集結した街は、三日間ほど幸福に包まれる。
断言してもいい。100%の幸福に満ち溢れるのだ。
そんな風景を見せられた俺にも、ため息をついて空を仰ぎながらコーヒーを啜るくらいの幸福がプレゼントされた。
でも俺は死ななければいけない。
この世界は僕には向いていないんだ。

「本当にそうかな?」

女の声が聞こえた。
俺は驚いて振り返る。そこにはサンタクロースを連想させる赤と白の服を身に纏った変態がいた。
「なにその目…まるで変態を見てるみたいだよ?」
それは自虐ネタか何かだろうか。女は不思議そうに俺を見つめる。
「とりあえずどうかな?君もプレゼント欲しい?」
女は腰にさげている白い布袋を指差した。
「人生最後の話し相手が変態か。悪くねぇな」
「本当に死んじゃうの?寒野雪斗さん」
“かんのゆきと”俺はその名で呼ばれて驚いた。どうやらこの変態は俺のことを知っているらしい。
「死ぬよ。さっきも言ったが、俺にこの世界は合わないんだ」
「どう合わないの?」
「話す義理はない」
「あるよ。だって私はあなたの人生最後の話し相手かもしれないんだよ?」
そう言われてみれば確かにそうだ。
誰にも話さずここにきたから、おそらく最後の会話は2.3日前のコンビニの店員とだ。確かにそれじゃ味気ないな。
「深い理由はないが、俺はこの世のルールと不釣り合いなんだ」
「そんなの誰だってそうだよ。うまく適合できてる人は一握りしかいないはず」
「話は最後まで聞け。ルールの中でも“曖昧なルール”があるだろ」
「…暗黙の了解、ですか?」
「やるな。当たりだ」
すると変態は子供のような笑顔を作って、当たった当たったと喜びながらクルクル回った。
「私と一緒だね。あなたもそうだったんだ」
変態は回るのをやめ、俺の横に腰掛けた。
「お前と一緒?冗談もほどほどにしてくれ」
「いや、一緒だよ。だって私もそれが嫌で死のうとしたんだもん」
変態は笑顔で言った。
「だから私はサンタになったんだ。みんなの笑顔を見るために」
「そうか」
俺は胸ポケットからZIPOOと煙草を取り出して、火をつける。
「一本貰えますか?」
「やめとけ。初心者が吸っていいもんじゃない」
「愛煙家です。そんな安い煙草を吸ってるあなたがタバコを語らないでください」
そう言うと、変態は俺から煙草を取り上げて、一本取って返した。口にくわえると、俺の方をじっとみる。
俺が渋々火をつけてやると、げほげほと咳き込んだ。
「不味すぎますよこれ」
そう言いながらも吸い続ける。どうでもいいが、とことんおもしろい変態だ。程よい馬鹿さ加減というのか、はたまた、計算高いというのか、怒ろうにも怒れない。それどころか少しだけ笑顔になれそうだ。
「今から死ぬ人がどこか楽しそうなのが気に食いませんね。どうでしょう。私が背中を押してあげましょうか?二つの意味で」
「そうだな。俺はたぶんあと一歩のことで死ねないはずだ。だからここにいつまでも座って変態サンタと話をしてるんだろう」
「変態じゃありません。私は歴としたサンタなのです」
「じゃあプレゼントを配ってこいよ。良い子のみんなに」
「サンタの仕事はプレゼントを配ることじゃありません。幸せを配ることです」
「なら幸せを配ってこいよ」
「そうですねー。あなたみたいな頭のお堅い人には私の気持ちはわからないでしょうね。この街の風景を見て気付きませんか?あなたも『それ』を見たからこそ、飛ぶことを躊躇したのではないのですか?」

『それ』とは何だろう。俺はもう一度街を見渡す。

深夜だというのに、どの家も明かりが付いている。
イルミネーションの前でカップルが肩を寄せ合っている。
店は賑わい、路上は暖まり、まるで街全体が“熱”を帯びているようだ。

そこで俺は笑った。
「なるほどな。この街に合って、俺にもあんたにも無くて、俺を止めた『何か』の正体でもあり、あんたが仕事をする以前からそこにある『それ』か」
「そうです。今この日本で、いや、世界で、私たちだけに無いものです」

“幸せ”

二人は声を合わせて言った。

「“たったこれだけ”か。今の俺たちにないものは」
「そうです。でも“たったこれだけ”がないだけで、私たちは絶望の淵に立たされているのです」
「まぁ、ビルの淵に座ってるんだけどな」
二人は顔を見合わせて笑った。
「サンタさんはなんて名前なんだ?」
俺は変態サンタの手を握る。
「私の名前は“白雪あられ”です」
「あられちゃんか。いい名前だな」
「名前にいいも悪いもありませんよ」
「いや、ある。俺が気にいったらいい。気に入らなかったら悪いだ」
「自分勝手ですね」
「仕方ないだろ。俺に合わない世界が悪いんだ」
「全くもって同感です」
「そうか。よく考えると、これもこれで幸せなんだが、これは小さな幸せだ」
「確かに。じゃあ私たちにとって幸せとはなんでしょう」
「それは“この世界から離脱すること”だと思うんだ。でもさすがに同感できないだろ?」
「そうですね。同感できません。ですが、“二人で世界から離脱すること”なら、同感できます」
「自分勝手なやつだな」
「あなたにだけは言われたくないです」
ここまでで、もうよかった。
俺たちはお互いに目を瞑る。

“メリークリスマス”

それが2人の最後の言葉だった。

イルミネーションに飾られた大きなクリスマスツリーの下では、大勢のカップルが身を寄せ合っていた。
街も相変わらずガヤガヤしていて、
一人で歩いている人、
友達と歩いている人、
家族で歩いている人、
いろんな人で溢れていた。
案外平凡に見えるが、みんな幸せなのだ。
『幸せの定義』というのは人それぞれだけど、『何とでも繋がれる時代』になった今、『孤独』という二文字は、消失したと言っても過言じゃない。
水面下では誰もが誰かと何らかの形で繋がり、お互いの孤独を埋め合える。

そんな世の中に見放された『2人』
彼らの『幸せの定義』は、
“心から分かり合える自分に似た哀れな人との最後”だった。
それは、普通の人にとっては『最低最悪の不幸』かもしれない。でも彼らにとっては『最高最善の幸福』だったというわけだ。

「確か今年はサンタ解禁日だったよな」

幸せとはなんでしょうか。
幸福とはなんでしょうか。
大小さまざま、好みもさまざま。
無限にある幸せを、あなたは無事見つけられていますか?
焦らないでください。
時間はあります。
ゆっくりでいいんです。
探し求めるのに期限なんてありません。
二人でゆっくりと、ゆっくりと。

「確か今年はサンタ解禁日だったよな」

クリスマスにふと考えた。 「もう死ぬか」 それを実行するまでの1時間30分ほどの小さな話です。

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更新日
登録日
2015-01-07

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