神と文字の協奏曲
拙い文章で申し訳ないですが、楽しんでもらえれば幸いです。
0【START】
「お兄ちゃん!お兄ちゃんしっかりして!ねえ!嫌だよ!死なないで!」
夕日に照らされる公園。園内に設置されている鐘楼は何年も前に取り壊された寺院のものだ。その青銅は夕日を真っ向から浴びている。もしも今が通常の状況ならば、その光景を目にした者は感動したりするのだろう。しかしその公園のほぼ真ん中、ブランコの柵にもたれ掛かりしゃがむ少女は兄であろう男性を抱きかかえ嗚咽混じりに涙を流し叫んでいる。
兄の腹部には西洋の物と思われる両刃の剣が深く刺さり、背中からその切っ先が僅かに顔を出している。
傷口から止まることなく流れ落ちる血液はみるみる兄を抱える少女の手のひらを紅く染めていく。血液と同じように少女の涙もまた止まることなく流れ落ちていく。
梅雨が明ける寸前で湿度は高いにも関わらず、その公園を吹く風は喉を傷めてしまうほどに乾燥し、冷たかった。
少女は学校用のスクールバッグから携帯を取り出すと救急車を呼ぶためにロックを解除するべく画面に触れた。かわいらしいピンク色の携帯は手のひらの血液が移り鮮やかな紅へと変わった。
兄を抱きかかえるのと逆の手で携帯を耳に当てると程なくして女性の声が聞こえてきた。
「助けて!お兄ちゃんが!」
少女は向こうの女性の声を塗りつぶすように可能な限り早口で助けを求めた。しかし女性は極めて冷静に、しかし早口で少女に問った。
『落ち着いて下さい。火事ですか?救急ですか?』
その妙に落ち着いた態度に焦りや苛立ちを覚えながらも少女は答えようとした。
「きゅうきゅ…」
手のひらにざらついた様な妙な違和感を覚え、兄に目をやる。そこには体の色が徐々に土色に変わっていく兄がいた。それ以上の異変は兄に刺さっている剣がどんどん薄く透明になっていっている。横幅10センチほどの剣の腹には地面の芝生が透けて見えるようになっていった。
「え…どうして…」
少女の口からは疑問の符がこぼれおちる。
『どうしました?もしもし?』
電話の向こうの声はすでに少女には届いていなかった。少女の頭の中は目の前のあり得ない現象になんとか理由を付けようと必死だった。
やがて兄の土色の体はひび割れ出した。
そのころには、西洋剣は完全に消えていた。さらに少女に追い打ちをかけるかのように兄の体は足の方から崩れ落ち始めた。
「お兄ちゃん!」
少女は泣き叫びながら砂へと変わりつつある兄を抱きしめた。やがて兄だった砂にもう人の形は無く、ただの砂が溜まっているだけだった。
「なんで…?どうして?」
声にもならないような嗚咽を漏らしながら、少女は必死に腕をいっぱいに伸ばし砂になった兄をかき集めようとした。しかしそれで兄の体が戻るわけもなく、次第に砂を握ろうとする手はゆっくりになり、やがて砂の上で少女は動くことをやめた。
少女微動だにせずただ兄の遺体と思われる砂の山に涙を落していった。
少女には目の前で起きた出来事が信じられなかった、というよりも何が起きているのかすらわからなくなっていた。砂は風により徐々に飛ばされていった。
電話の向こうでは少女のいたずらと思ったのか、通信が切断された無機質な機械音だけが連続してなっていた。その音と重なって砂利をふみ鳴らしながら何者かが近づいてくる音がした。
少女が顔をあげるとそこには夕日に照らされている男の影がいた。少女は涙で腫れた目をこすり未だ嗚咽の漏れる口を無理やり開いた。
「だ、誰?!」
少女の声には恐怖が僅かに混じっている。
「お前こそ、誰だヨォ」
男はそういうと、少女の答えを待たずに片手を地面に着いた。
「S,W,O,R,D」
そう唱えると、ゆっくりとその手を上げていった。すると空間に亀裂が入ったかのように手と地面の間に生えるかのように先ほど兄の体に刺さっていたものと同じ西洋剣が現れ、再び男は口を開いた。
「こーんな剣が刺さった死体を見なかっタァ?もう消えちまったカァ」
すぐに少女は理解することができた。
この剣、この男は理由も方法もわからないが兄を殺したのだと。
「も、もしかしてあんたがお兄ちゃんを殺したの?…」
「なんだヨォ、見たならすぐに教えてくれって、お前あの男の妹カァ?」
「どうしてよ、なんでよ!」
少女は怒鳴った。その声に驚いた数羽の鳥が近くの梢から飛び立った。
「なんでって言われてもナア、そうだ、じゃあ1つ教えてやる」
そういうと男は嬉しそうに人差し指を立て言った。
「俺は『文字型』覚えておけ、怨むんだ…俺を怨むんだゾォ」
嬉しそうな声色で男は言うと踵を返した。少女は何度も足を動かし男を追いかけようとするが、体は全く動かなかった。
そしてついに男の姿は見えなくなった。
いつの間に時間が経っていたのか、あたりは夜の闇に包まれようとしていた。そして再び少女は嗚咽の混じった叫びをあげた。
「も、文字型…こ、殺してやる…ああああああああああああああぁぁ」
そこから先はとても聞きとることのできない少女の怒り、もしくは悲しみの叫びだった。
すでに暮れつつある夕日は最後の力を振り絞るように少女の涙を紅く照らした。
1【ICE】
初夏の太陽は、夕方でも燦々と陽の光を降らし空の高い所に位置している。目の前の窓から見える林と呼ぶには少し木々の少ない木立ちはその光を受け、生き生きと風に揺れている。
とてもこの木立ちの向こう側に開発途中の荒れ地が広がっているとは思えない。
ここ富谷総合病院は半年前に開発途中のこの土地に建てられた病院だ。富谷というのは地名ではなく、この土地の所有者の名前、富谷碁次郎が付けられたのだ。
この街では最大規模の病院だ。もともと大きな病院がなかったからこそ、この将来ある土地で買収競争に勝てたのだろう。
ここはもともと俺の住む住宅街と少しの飲食店とスーパー、そして残りはほとんどが山か森だった。その山を越えた先がニュータウン化の進む地域だったのだが、富谷氏がこの山や森が続く地域を買収したことによりさらにニュータウンを大きくし、やがては俺の住む地区と繋がり大きな1つの街となる予定だそうだ。しかし当の本人富谷氏が難病にかかり、開発は遅れ荒れ地化の進んだ現状に人によっては賛否両論だ。
しかももともとこの開発地区の近辺に住んでいた人は開発による騒音の被害に悩まされていたそうだ。
「れーーん!!!!!ちゃんと寝てなきゃだめじゃん!!!!」
もし、俺がその開発に意見できるなら、この隣で騒いでいる幼馴染の事も含めて騒音反対運動に参加しただろう。
「お前がうるさいから寝れないんだろ!!!」
病院用の強く固定されている筈のベッドが軋み不協和音を立てるほどに俺は強く反動をつけて飛び起き、声の主を激しく一喝した。
俺の目の前に現れたのは、何やら気に食わない事が有るらしく顔を顰めている幼馴染、山本弥生だった。彼女はその大きく涙を流しているわけでもないのに濡れているかの様に潤んだ瞳をこちらに向け言い返してきた。
「言っておくけどね廉!あたしが来なきゃだっれもお見舞に来ないさみしい人だよ!君は!!ホンとだったら感謝されるところだとおもうな!」
そういうと弥生はこちらに背を向け数秒ごとに片目だけ開き俺の様子を窺っているようだった。その態度はまるで感謝するのが当たり前!とでも言っているかのようだ。
(ああ、うざい…)
「言っておくけど、お前に感謝する理由なんか全くないぞ!お前が勝手に来たんだろ!」
「そんなこと言ってないで、廉は雷に打たれたんだよ?ちゃんと寝てんしゃい!」
「だからそうさせてくれって…」
彼女の言うとおり、俺は雷に打たれるという宝くじに当たるにも匹敵しそうな不運に遭遇してしまった。
おそらく雷が当たったのは、右腕の上腕だろう。肩より少し下の位置に火傷のような痕がある。こんな火傷の痕は初めてみた、それに全く身に覚えが無いのだ。
というのも雷に打たれたショックなのか、俺には雷に打たれた後はもちろん、打たれる直前の記憶までもすっぽりと消えてしまっていた。
切れ長で鋭い目つき、高校の規則が緩くなんとなく染めてしまった金髪の頭、人を怖がらせたいわけでもないのに低く怒っているかのような声。これ等が原因で高校の連中からは避けられ、友達などほとんどいない俺は唯一俺を怖がらない弥生と事件の日も学校から帰路に着く所であった。弥生と別れるまでの記憶はあるのだが家に帰った記憶はなく、どこで雷に打たれたかは思い出せなかった。
雷が落ちる場所と言ったらサッカーや陸上などの競技場といった平面なところのはずだが、俺はそんなところに寄った記憶も用事もない。
そう思うと疑問が1つ。
「なんでお前は俺が雷に打たれて病院にいるって知ってるんだよ?誰が俺のことここまで運んでくれたんだ?」
すると弥生は不思議そうに俺のベッドの手すりを握り身を乗り出してきた。
「ほんっとに、何にも覚えてないんだね!一応学校で連絡があったんだよ、雷に打たれたとは言わず、入院とだけだったけど、先生に聞いたら雷に打たれたらしいって、お医者さんから聞いたけど、救急車を呼んでくれたのは女の子らしいよ、場所は鐘楼公園だったけな!」
(鐘楼公園?)
俺の家のすぐそばにある、人工的に作られた山の上にある公園だ。もともとその土地にあった寺院を取り壊し公園を作ったのだが、その際、鐘楼だけは残そうということになり、公園のシンボルになったのだ。山を造った際に植えた木々が多すぎて日当たりが場所によってはあまり良くなく、過疎化している公園だ。
俺もいくら家の近くだからといって滅多に行くことはない。そんな俺がその公園で雷に打たれるなんて信じられない話しだ。
「あんな木に囲まれたところで雷に打たれることなんてあんだな…」
弥生ははっとしたように口と目を大きく開き言った。
「あっ!それね、お医者さんも言ってたよ!なんかね側撃雷ってやつらしいと、雷のときは木やなんかを伝って体に電気が流れることが有るんだって、体にも雷に打たれた症状が出てたからそれは間違いないって」
弥生は少し心配そうな顔をして笑った。
俺は自分自身を無理やり納得させるべく腕を組み深く頷く動作を取った。どうやらおれは間違いなく鐘楼公園で雷に打たれる事故にあったようだ。全く覚えていないが、現に記憶の断片を失い困惑しているのだ。これは間違いない事なのだろう。しかしどう考えても俺があの公園に行く用事が見当たらない。
「なあ、俺その日鐘楼公園に行く用事なんか言って無かったか?」
「ううん、言って無かったよ、特に何にもなしにまた明日って」
「おかしいのはもう一つ
「え?まだ何かあるの?」
俺は弥生のはっとした顔に呆れた。
(少し考えればわかりそうなものだが…)
「お前はどこまで頭が悪いんだよ…」
「そんなことないよ!廉が変なことばっかり気にするんでしょ」
弥生は馬鹿にされたことに怒っているのか、顔を顰めて俺をにらみつけてきた。もとが大きな眼の為睨みつけられているとはいえ迫力は全くない。
「俺は雷に打たれたんだぞ?なのに記憶が無いのは確かにヤバい症状だけど、他に全く症状が見られないむしろ元気だ。」
「アーはいはい、そんなの喜びなよ、元気なことは良い事だよ?」
俺は苛立ちを隠せないよう
神と文字の協奏曲