practice(161)

mute




 毎日取り替えているようでしょう?ちらつきなんて微塵もない,ほら,どうです?入ってみて分かるでしょう?この明るさ,間違いのないように,相手先の電話番号を調べようと胸元から取り出し開いた手帳を覗き込むと,それを覗き込む,自身の影がむしろ邪魔になるぐらいです。だからここを利用する皆さん,こうやって,肘を「ぐいっ」と伸ばして,その蛍光灯の近くで,番号を見ながら,口にするんですよ。ふんふんの,ふんふん,ってな感じです。今はプッシュ式なので,受話器片手にそこにかける,ということもそれほど難しくないですけどね,前のタイプだとそう簡単でもありません。受話器を握る指をこう,ぴんと立ててですね,大体は黒のボールペンで書かれた番号を,こう,見ながら下にダイヤルして,戻し,またダイヤルして,戻し,を繰り返す訳です。慣れていればいいんですけど,いや,慣れていなくとも出来そうですが,うっかりがあるんですよ,これが。「一」を回したかと思えば「二」だったり,「八」かと思えば,「六」だったり。そうなると受話器を本体の横に引っ掛けて,釣り銭口に落として,ため息をつきながら,かけ直しです。急いでいる時にこんなことが起きやすいから,厄介なんですよね。いらいらする人も少なくないです。回数によらず,BOX横に常駐している,私どもみたいな電話番に八つ当たりする人も勿論です。ドアを開けっ放しの方が,大体といったところでしょうか。記憶をざっと洗った程度の,当てずっぽうなものですが。言われることは,そうですね,どういうことなんだよ,おいっ!とか,なんとかしろよ,こらっ!みたいな。私ども電話番はそんな時,致し方ありませんというメッセージを繰り返します。規則などに明記された決まりではないんですけどね,電話番の間で評判よく,長年にわたって踏襲されているやり方なんです。そして手のひらを上にして,こう,横に差し出す。「電話を早くおかけになった方がいいのでは?」,あるいは,「お電話は,宜しいのですか?」と,まあそういう意味です。この動作に腹を立てる人も多いんですけれども,まあ,電話番としては利用できる機会を,利用したい皆さんに,なんて標語みたいな役割を主として担っていますから。こうしない訳にはいかないんですよね。事前告知のない長電話に対しては,(ひそひそ声で)聞き耳を立てているわけでなくても聞こえるお話の内容が,どんなに大切そうなものであってもですよ,(もとの大きさに戻って)こう,コンコンと,失礼にもお知らせしなければなんぐらいですから。いやはや,本当に。
「じゃあ,もう一回言うよ。『ソーダ味だ,近くで買った。』。その後に『いつ使えるの?それ。』。うん。うん。いや,違う。違うよ。いくつじゃない,『いつ』だ。さっきから待ってるんだから。BOXの前で。だから『いつ』,『いつ使えるの?』。」
 かさかさ,聞こえます?風が吹いてますものね,今晩は。雲も随分と動いています。ぐるぐる,ぐるぐる。おかしな擬音ですけどね,付けるならこれかな,なんて思うのです。可笑しいですか?しかし屋外の電話番はですね,そういう観察もします。雨でも降ったら一大事ですから。傘もあるのですよ,私は雨合羽派ですが。こうして,(バッと勢いよく)大きく開くのです。残念ながら,利用者の皆さんへの貸し出しは行っていません。これは電話番個人が持参するものですから。問い合わせて貰えば,その点がすぐに分かります。電話番をサービス業と捉えたとしても,そこまでのサービスは致しておりません,申し訳ありません,とね。しかしながら,その点への理解は十分に行き渡っているとは言い言い難い,というやつでして,にわか雨に出くわした利用者の方とのトラブルに発展しがちです。貸せだなんだ,とね。ある意味,電話をして貰えば早い話なのですが。電話番が電話を私的に利用することは憚れること,なので,繰り返しその辺りのことをお伝えになる,というところでしょうか。BOX内の明かりはそういう時も,周りをよく照らしてくれます。
「『十円足りない。』。うん,いや,俺のことじゃなくて。そう,『十円足りない。』。」
 両替は融通がつけば,ええ,応じます。休憩時間もありますし,あ,意外ですか。メンテナンスの時間が一日十五分は組まれていまして,これは定期的に通知済みなので。それでも不都合があるのは承知してますが,これは規定にも基づきます。ええ,深夜もだから,利用可能です。整備の方は手際よく。はい,それでですね,その休憩時間に間食を済ませます。軽いものですね。すぐの食べ終えられるものを。小銭はそれで得られますから,足りれば。細かいものをあえて買ったり,なんて,だからしちゃいますけど。
「うん,取り敢えず,そこまで。続きはこの電話を切ってから,そうだな,いや。ごめん,だいぶあとかも。」
 会館への近道,ですか。そうですね,丁度そこの階段を上って,一旦駐車場に出るのですが,そこのフェンスを開けて,ひとつめの角まで真っ直ぐ。そこを右に曲がって,パーラーまで,外に海の家にありそうなテーブルと椅子が外に置かれたパーラーなんです。のぼりも立っているので,分かると思います。そこを通り過ぎて,さらに右。塀で出来た狭いそこを抜けて,大通り。右手は別の大通りになっているので,左に向かって,信号を三つ。そこまでいけば,向かい側に会館の屋根を見つけられます。ええ,あの塗りたてのやつ。ここから迂回するより早いですよ。以前,担当していたBOXがそこにあります。
 ええ,大丈夫です。聞くより,道のりは単純ですし。
「じゃあ,そろそろ。」
 ああ,そろそろのようですね。では,こちらへ。ええ,その線です。見えますでしょう?
「うん,また。」
 会館へは,またなぜ?こんな時間に。ああ,なるほど,それは徹夜で並ばなければいけないかもしれませんね。え,ああ,申し訳ない。こちらの早合点ですね。明後日ですか。なるほど,早めの行動が肝心ってやつですね,それは。その日,その時間だと,担当は別のものになりますか。体調不良とか,よっぽどのことがなければ。ところで,どうです?明るいでしょ?支給されたこの制服のボタンとか,路面の肌理の粗さが目立ちます。
「『がちゃ。』かな,『かちっ』かも。微妙なんだよなー,そこ。あ,どうぞ。」
 はい,どうぞ。ご利用有難うございます。まずは明るさを堪能して下さい。それから目を慣らして。足元にはご注意を。段差が少しあるようなので。ちらつきはありませんよ。そこは保証致します。
 


 コンビニですか?T字路の一角にあったコンビニであれば,すぐそこ。移転したものに関しては分かりかねます。



 ではごゆっくり。時間が来れば,こう,(コンコンと)お知らせいたします。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-06

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