砕け散った夢の欠片達

砕け散った夢の欠片達

夢は叶う、未来は君の手の中にー

渋谷のスクランブル交差点の付近にデカデカとその文字は、大きなビルの大きなスクリーンに映しだされている。最近良く流れているCMのキャッチコピー。これを見る度に俺はいつもイライラする。
夢は叶う?は?奇麗事言ってるんじゃないよ。世界中の人間の夢が叶うとでも言うのか?冗談じゃない、と怒りさえ感じる。夢が叶うのはほんの一握りの人間だと言う事くらいは今の時代、小学生でも理解しているはずだ。

信号が青に変わった瞬間に一斉に歩き出す波の様な人、人、人。この中に夢が叶った人間は果たして何人いるのだろう?あんたの夢は叶ったかい?俺は全員にそう聞きたい衝動に駆られる。

俺の子供の頃の夢はF1レーサーだった。その夢は果たして叶ったか?もちろん叶っている訳がない。今ではしがない車屋のしがないセールスマンだ。俺は車を売りたかった訳じゃない。車に乗りたかったんだ。イヤな客に愛想笑いして車を買って貰いたかった訳じゃない。颯爽とカッコイイF1レーサーになりたかったんだ。けれど、夢を追い続けたところで叶う筈もない。夢だけでは生きていけない。生きていく為には金がいる。金を稼ぐ為にはやりたくない仕事だってしなくちゃいけない。

夢が叶う事を諦め、生活の為、金を稼ぐ為に夢だった職業とはかけ離れた仕事を仕方なくこなしている人間がこの世には星の数ほどいる。悲しいが俺も紛れもなくその中の一人だ。だから夢は叶う、などと言う奇麗事が俺は大嫌いだ。

そもそもF1レーサーにどうやったらなれるかなんて誰も教えてくれなかった。誰か教えてくれよ、F1レーサーにどうやったらなれるんだい?

今日もクタクタに疲れて家路に向かう。今日午後に相手をした客は羽振りが良さそうで、即決を期待していたが散々焦らされた挙句契約は保留にされた。なんだよ買う気も無いのに来るんじゃねぇ。イライラしながら家の玄関のドアを開けるとチビ達が飛んで来る。七歳の娘と五歳の息子。パパおかえり、と纏わり付く。寄るな、触るな、俺にひっそりと一人で愛しいコレクションのスポーツカーのミニチュア達を愛でさせてくれ、と思うけれどなかなかそうはさせて貰えない。

急いで着替えて食卓に付くと、とっくに晩飯を済ませているはずのチビ達がまたもや纏わり付く。飯くらいゆっくり食いたいもんだよ。娘がパパ見て、と自分が描いた絵を俺に見せる。すまん、絵が下手過ぎて何を描いているのか俺には分からん。

「大きくなったらケーキ屋さんになるの」
娘がうれしそうに言う。将来の夢というタイトルで小学校で描いてきたのよ、と妻が補足する。ケーキ屋だったら叶うはずだ。悪くない。

「そうか。良い夢だな。頑張れよ」
俺は素っ気なく娘に言う。夢は叶う、などとは口が裂けても言うものか。夢を叶える為には才能と努力が必要だ。お前にその才能があるか?努力をする覚悟はあるか?ケーキ屋になるにはパティシエの資格を取る必要があるぞ。高校を卒業したら製菓の専門学校に通わせてやらなくては、と俺は考える。

「ぼく大きくなったらえふわんのれーさーになる!」
次に息子が嬉しそうにそう言ってはしゃぎ出した。おい、その手に持ってるミニチュアカーは俺の大切にしているランボルギーニカウンタックじゃないか!勘弁してくれよ…しかもF1のレーサーは俺の夢だ!俺の夢を取るな!

妻がそろそろ寝なさいよ、と子供達を寝かし付ける。俺は息子が遊んでいた手垢でベタベタになったミニチュアのランボルギーニカウンタックをアテに、ほろ酔い気分でスマートフォンでF1レーサーにどうやったらなれるかを検索する。息子がF1レーサーになれるなんて息子には悪いが父親の俺でも思わない。思わないが、どうすればなれるのか、ぐらいは教えてやりたいと思う。力になってやりたい、導いてやりたいと思う。それが親の務めのはずだ。息子の夢は多分叶わない。そして息子の叶わなかった夢を誰かがきっと叶えるのだろう。そして金を手に入れる。叶わなった誰かの夢の欠片達を拾い集めて…

子供達がやっと寝静まり、キッチンで洗い物をしている妻に俺は聞いた。
「ママは夢とかあったのか?」

妻は洗い物を終え手を拭きながらクスクスと嬉しそうに笑う。
「夢ね、あったけどもう叶ったみたい。…三人目出来たみたいなの」

妻の夢は余りにささやかで叶っても金は手に入らない。けれど、その夢は金では決して手に入れる事が出来ない。やった!と俺は心の中でガッツポーズ。その夢に俺は多いに協力出来ていたはずだ。

砕け散った夢の欠片達

砕け散った夢の欠片達

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-05

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