ALONES
ALONES : S
これはある終息の物語。
はじまる前から終わりが見えていた、そんな世界の。
叶わぬ願いを抱いた魔物と、
養い親に裏切られた勇者と、
たった一人の魔王の、
誰も知らず、分かりあえなかった、物語。
ALONES : 02
崩れかけた遺跡――コロシアムに一人で立ちつくす。
俺の内面はこの廃闘技場のようなものだった。
外側ばかり、名前ばかり大袈裟で、その実、中には何もない。
がらんどう。
青年は閉ざしていた瞳を、開いた。
ALONES : 02
空虚。
上を見上げれば、自分の目によく似た色――蒼褪めた虚空だけがある。
足元を見れば、頽れ折重なる魔物の屍から滲みた血が、紅のマントの色をさらに濃くした。
雪のように白い髪を、自身と敵の流した赤色で染めて。
「勇者」は一人で、物語を終わらせようとしていた。
ALONES : ever
傷つき傾いだ巨体が灼熱の大地に沈む。
火山の噴火の地響きが伏した肉体に直接とどく。
無骨な爪は折れ、竜のような鱗は剥げ、折れた翼の感覚はもう、無い。
刃に裂かれた傷口からはとめどなく鮮血があふれた。
この赤い色と時を同じくして私の命も零れ落ち、尽きるのだろう。
私の命を終わらせたのは「勇者」だった。
ALONES : ever
「もうお前はヒトに化けることをしなくなったんだな」
白髪に青い目をした人間が私に問う。
その身に流血のような深紅のマントを纏って。
なぜか悲しげな光をその目に宿して。
「お前が何を考えているのかわからない、人間の考えることは魔物にはわからない」
残り少ない命を削るようにして私は応えた。
「あの方のお考えも……私などには」
あの方は異端だった。
あの方の孤独を癒したいなど、そんな厚かましい願望ではなかった。
これは私のエゴだ。
ただ私があの方に寄り添いたかったのだ。
なぁ、アルフ、お前はあの方の側をはなれて――対峙しようというのか。
その青い瞳であの方に対峙しようというのか。
死に際の私の問いに、人間が答える。
「――人と魔は、共には生きられないから」
いまや人間になった青年が――「勇者」が答える。
「だから俺が終わらせに行くんだ」
ALONES : 00
それはとてもとても美しく――儚げで。
きっと、私のような無骨なものが触れれば壊れてしまうだろう。
深紅の瞳は、硝子細工の危うさで私を魅了する――闇の輝きだった。
ALONES : 00
強大すぎる魔力のために成長を止めたあの方は、力の強大さに比して、儚げな容姿をしておられた。
まるで脆弱な人間のように。牙もなく、爪も持たず。
ただ、あの方は王者のみが持ち得る風格と闇の魔力を備えていて――だから我々はあの方を玉座に据えた。
脆い硝子細工の美しさに我々は屈服したのだ。
魔物には、とても見えない魔王。
異端の魔。異形の魔物たちの中において、あの方は異様だった。
華奢な身体は人間には魔物の王として恐れられ、
魔物たちには「自分たちとは違う」畏怖すべき存在として迎えられた。
あの方に近づきたくて、私は醜い姿を変身させた。
岩肌のような鱗の皮膚を隠し、隠しきれない皮膜の翼を縮こませるようにして。
あの方の高貴な魂に近づきたかった。
それだけだった。
「なぁガルグイユ、お前はいつもヒトに化けているのだな」
あの深淵の紅い瞳で一瞥されるだけで良かった。
魔物としての長い生のほとんどを玉座で過ごすあの方は、常に退屈を持て余しているようだった。
「ガルグイユ、見てくれ、面白いものを手に入れたんだ」
「人間の子……でございますか」
「廃闘技場の奴らが寄越したのさ――魔物みたいなヒトの子さ」
白い髪と赤い目をした、傷だらけの子供。
私が触れることも叶わぬお方に、その幼子は小さな手でしっかりとしがみついていた。
魔物しかいない城で、なぜか異形の子供は殺されなかった。
あの方の酔狂で生かされた。
人間の子の成長は――早い。
あの方が直々にアルフと名づけられたその子供は、幼子から少年へと成長した。
「アルフ、おいで」
魔王さまが人の子供をひいきしているのは誰の目に見ても明らかで、
少年が他の魔物たちからの嫉妬をかうこともままあった。
少年は力を求めて剣を習い始めたようだったが、所詮、魔物どもの馬鹿力とは勝手が違う。
「また城の奴らに苛められたのか、馬鹿だねぇ」
優しい言葉とともに差し伸べられる手。
それが、うらやましくて。
気が付いた時にはその細い頸に手をかけていた。
鋭い爪が柔らかな肌に食い込み、傷をつけた。
魔法の素養があり、剣を修めたとはいえ、たかが人間の子供。
「非力な人間風情が、なぜあの方のそばに――!」
それは少年にとっては理不尽な暴力だっただろう。
だが、抵抗しなかったのは同じ思いが少年の中にあったからなのかもしれない。
怒りのまま口から離れた言葉は取り返しもつかない。
「人と魔は共生できない」
少年の目が絶望に揺れる、揺れる。
それは迫りくるおのれの死に対してではなく、私の言葉を受けてのものだった。
赤い目、あの方に似た紅のまなざし――!
私の獣のような縦長の瞳孔がキッと鋭くなった。
いっそこの目を潰してやろうかと思った。
ふいに白髪の少年が口を開く。
不自由な咽喉から空気を絞り出すようにして。
「お…れは、魔物では…な…いのか…――あのひとは、」
あのひとは、人間ではないのか――
ヒトの脆弱な肉体。少年の深淵の眼差し。
深紅の――
私はぎょっとして少年を放した。
あの方を「ヒト」などと――!
それは私の中にもあったが言えずにいた恐れだった。
あの方は本当に――魔物なのだろうか。
強大な魔力を持ち、しかし脆弱な魔王。
私の憧れた美しい硝子細工。
あの方は本当に――
ヒトのような魔王。
魔物のような子供。
そして――――私。
ヒトに化けた、魔物。
まがい物ばかりだ。
「人間をあんな風にいたぶるなんてお前らしくもないな」
自分の所有物が臣下に殺されかけても、あの方は気にしていないようだった。
「なにを考えているんだ」
玉座で笑うあの方と、階に跪く私――私にはそこに高次元の隔たりがあるように思われた。
あなたこそ、何を考えていらっしゃるのですか――?
まもなく、私は灼熱の魔峰、火山の守りを命ぜられ。
あの方のもとをはなれることになった。
やがて白髪の青年がコロシアムの魔軍に派遣されたと、風の噂で知った。
ALONES : 01
ねぇアルフ、
僕のかわいい子。
人にはじかれ、魔物にもなりきれなかった哀れな子、
君に新しい呪いをかけてあげる。
――――あれは嘘だったのだと思う。
ALONES : 01
俺の髪は生まれつき白かった。雪崩を呼ぶという白魔のような髪。
実の両親は俺の外見を疎ましがって捨てたらしい。
人々は俺を蔑んだ。
「化け物」――と。
そう、呼ばれるたびに、俺は呪われていった。
いつしかこの瞳は赤く染まり、魔物の目となった。
「へぇ、おもしろいね」
魔王の城に連れてこられて初めて会わせられたのは、
玉座にふんぞり返った黒衣の魔性だった。
魔王と呼ばれるその魔性は、今まで見たどんな魔物とも違っていた。
恐ろしい爪も、鋭い牙も持たず。
あえてあげるなら獣のような耳と巻き角をそのひとは持っていた。
「お前、ヒトに呪われて目が赤くなったか」
紅い、目。
俺のよりもっと深い、紅の。
このひとは俺と同じようなひとだろうか。
それとも、俺と同じような魔物だろうか。
どっちでもいい、俺の近くにいてくれるだろうか。
「そう、お前、僕の子供みたいだね。僕の子供におなりよ」
突然できた養い親は、まったくもって何を考えているのかわからないひとだった。
臣下とむきになって遊戯に興じていたり、平気で弱い魔物を殺したりもすれば、
月夜の中庭で静かに佇んでいる時もある。
何でもないような顔で人間の国を滅ぼす命を下すのに、
その同じ唇で俺の名を呼び寄せるのだ。
くしゃりと俺の頭を撫でる。雪のように白い髪を梳くように。
恐ろしい爪をもたない、優しい、手で。
俺が魔王の気に入りであることは、王城の魔物たちには我慢ならないことだったらしい。
嫌がらせは日に日にひどくなり、生傷の絶えない日は無いくらいだった。
「また城の奴らに苛められたのか、馬鹿だねぇ」
殺されないのは、このひとが俺に目をかけているからで。
でもこのひとは俺が虐げられているからといって助けてくれるわけでもなく。
「強くおなりよ、アルフ」
自分に力があれば。誰に恥じることもない、自分の力があれば。
一人でも生きていくための。
俺は対抗策にと剣術を覚え始めた。
少しは才があったのか、癒しの魔法も使えるようになった。
それでも、本物の魔物には――どうやっても。
岩をも砕く、強靭な牙。百里を駆ける駿脚。
自由に絶空を飛び回るための皮膜の翼。
なんて、羨ましい。
かなうなら、いっそ魔になれれば良いのに。
魔物のような人間の子。
人間の――
なぜ、魔物の城にあって自分が殺されないのか。
自分よりさらに異端の姿をしたあのひとは――
ヒトではないのか、あのひとも、――この俺も。
――――そうだったらいいのに。
喉元に鋭い爪がかかる。
裂けた皮膚から、ぷつりと赤い血の球が浮き上がり、こぼれる。
闇の翼と銀の角、そして縦に開いた瞳孔。
石鬼竜――魔物が、俺を責めていた。
人間たちから魔物と蔑まれたこの俺を、
人間風情が――と。
魔物が俺を人間呼ばわりするのだ。
魔物が、宣告する。
「人と魔とは共生できない――」
なら、俺はどこで生きればいいんだ。
それとも、要らないのか、俺なんて。
所詮は偽りの「子供」だったのだ。
俺がようやく青年の域に達しようか、といった頃のことだった。
それは唐突な関係の遮断だった。
「それは僕の色だからね、返してもらうよ」
白魔のような髪はそのままに、俺は赤い瞳を失くした。
有無を言わさず両目を貫通したのは魔法の強烈な冷たさだった。
魔法の衝撃から覚めた時、俺の瞳は氷のような青い色になっていた。
新しい呪いだと、うそぶいて。
呪いをかけたのではなく、奪ったのだ。
あのひとは俺から魔物の目を取り上げた。
なぜ。
相も変わらず、何事もなかったかのように次の瞬間にはあのひとは笑っていて。
いつもの気まぐれなのか。
「アルフ、お前、廃闘技場にお行き」
あのひとに似た赤い色を失って、
お前はもうここには要らないのだと、そう言われた、気がした。
廃闘技場への出立の日、姿見の鏡に映る自分の目は冬の空のように冷えていた。
白魔の髪。剣を提げた、人間の青年。
十年前から姿の変わらないあのひとの背をいつの間にかおいこしていた。
せめてもの意趣返しに、魔の色の――深紅のマントを身にまとう。
この世界でたった一人の、深紅の眼差し。
あのひとには俺なんか最初から必要なかったのか。
たった一人で、世界を相手取る、悪の魔性。
あのひとが何を考えているか、少しだって俺には分からなかったんだ。
ALONES : never
きっと世界には僕と同じいきものはいないのだろう。
人間とも魔物とも違ういきもの。
永い、永い時間の中で。
僕は――、一人だ。
冷たい石の玉座に一人、僕は座って頬杖をついている。
作り話の舞台でも見るように、世界は僕の目の前を過ぎ去っていく。
人に化けるのが得意な変わり者の臣下も、偽りの魔物の子共もここにはもういない。
僕に寄り添おうとして、できなかった者たち。
あるいは彼らならこの胸の空虚さを埋めてくれるかもしれないとも思ったが。
舞台を役者が次々降りていくのに、それを客席で一人で見ているのもつまらないから。
だから自分で追い出した。
僕は――、ひとり。
自分を滅ぼす「勇者」を、待っている。
僕を滅ぼせるほどの強い者を。
「はじまり」と――自分で名付けた子を。
魔王を演じて、滅びがやってくるのを――待っている。
夕闇を迎え、燃える空のような赤い瞳で。
誰もいない玉座の間は、がらんどうで。
たとえばこの世界をすべて壊しつくしてその破砕片を詰めても、
この胸の虚はこれっぽっちも埋まらないのだろう。
とうに世界の理解の範疇を越えていたのだ。
ここは、僕の舞台。
これは、僕が世界を終わらせる物語。
内側へと崩れゆく外形。
僕が僕を終わらせる――たったひとりの終焉の、物語。
ALONES : never
ようこそ、世界の終りへ。
ALONES
結局一番悪い(わがままな)のは魔王様かもしれない。ある意味魔王様の自殺志願に世界含めまわり全部巻き添えです。
設定というかイメージ元はあるフリーゲームのキャラクターなんですが、オリジナル要素増し増しになってしまってただの創作です。
具体的な表現がない、空っぽで停止していて中二病で詩的なファンタジーが書きたかった。