宗教上の理由 第三話

まえがきに変えた登場人物紹介

田中真奈美…両親の都合で親戚筋であるところの、とある山里の神社に預けられる。しかしそこにはカルチャーショックが満載で…。
嬬恋真耶…本作のヒロイン(?)である美少女(?)。真奈美が預けられた天狼神社の巫女というか神様のお遣い=神使。フランス人の血が入っているがそれ以外にも重大な秘密を身体に持っていて…。
霧積優香…ニックネームは「ゆゆちゃん」。ふんわりヘアーのメガネっ娘。真耶の親友で真奈美にも親切。農園の娘。
御代田苗…同じく真耶の親友。つまり真耶と優香と苗で親友トライアングルということ。スポーツが得意で、ボーイッシュな言動が目立つ。

 「部活に行こう」
突然真耶が言った。そうだ、中学って部活があるんだよね。更衣室騒動とかもあったからすっかり忘れてたよ。それは今さっき、苗ちゃんと優香ちゃんによる真耶専用着替えルームの完成披露で解決したけど、二人は放課後材料を持って学校に戻りそれを作ってたから、部活をやる暇はなかったわけね。
 つうかさ、三人ともどの部活入ろうとかって決めてるの? え、決めてる? 小学校の卒業式後から体験入部できる制度があって、それでまっさきに部活入って、あたしが来る前まで毎日行ってた? でも、あたしが更衣室のことで騒いだりしたんで、部活の話が切り出せなかった? 本当はあたしを放課後色々な部活に案内してくれるはずだった?

 「ごめん」

 ホント、ごめん。あたしはひたすら謝った。三人とも笑って許してくれたし、改めて部活を案内すると約束してくれた。
 でもなぁ。正直、何がやりたいとか無いんだよなぁ。運動は嫌いじゃないけど、特にどのスポーツが好きとか無いし、かと言って文化部ったって、美術とか音楽とかも別に嫌いじゃないけど好きってわけでもないし、ましてや勉強は苦手だし。つかさ、あたし趣味ってないんだよね。何か一つのことに打ち込んでる子は友達でもいっぱいいたけど、その子達の気持ちがわからないっていうか、でも逆にそうできる彼女たちがうらやましい。
 「だから、見学に行くんじゃない。自分がやりたいこと見つけるために、さ?」
ゆゆちゃんが言う。昨日までは優香ちゃんって呼んでたけど、言いやすいほうで呼ぶことに決めた。
「ゴールデンウイーク前まで仮入部期間だし、まず体験してから決めればいいと思うよ? ちっちゃい学校だからそんなに部活の数も多くないけどさ、そのぶん選ぶのには迷わなくていいかもよ?」
言う通りだ。あたしは、ゆゆちゃんの言葉に甘えることにした。

 その日の放課後、あたしたちはいろんな部活を見学することにした。この学校の生徒数は、全学年合わせても120人くらい。40人くらいの新入生をいろんな部活で取り合うことになるから、どこに行っても大歓迎。あたしとしてはなるべく多くの部活を見たいんだけど、ほどほどにして次の部活に行こうとした時の、先輩たちの悲しそうな顔。ホントごめんなさい。でもできればあたし、全部の部活見てから決めたいんです。
 もっとも、勧誘のターゲットにはあたし以外の三人も含まれててね。
「御代田さん、バスケやる気になったんだ? いやー嬉しいなぁー、入ってくれたら百人力だよ」
スポーツが得意な苗ちゃんは、どこの運動部からも引っ張りだこ。
「あ~優香ちゃん来てくれたの!? やっぱ優香ちゃんの頭脳が文芸部には必要だよ」
勉強が得意なゆゆちゃんは、文化部で大人気。芸術のセンスもあるので、吹奏楽部や美術部からも熱烈なラブコール。
「おおっ、嬬恋か! 是非野球部のマネージャーやってくれ!」
村を守る神社の巫女である真耶は、どこでも人気者。でも女子マネージャーの希望が殺到するのは、ちょっと納得できないけど。

 結局、入る部活は決められなかった。どこも嫌いじゃないけど、かといってこれがしたいというのも無い。
 夜布団の中に入ってもまだ悩んでいた。おかげでメールが夕方に来てたのに、そのときまで全然気づかなかった。

本文:真奈美生きてる?
   そっちの学校は楽しい?
   私テニス部に入ったよ
   先輩が厳しくて今日もヘトヘト…

東京の小学校の友達からだ。へーあの子テニス部に入ったんだ。男の子のテニス部員が活躍するアニメ好きだったもんなぁ。あの主人公と同じ赤いラケットほしがってたっけ。あたしはそこまでハマってなかったけど。
 先輩が厳しいのか。今日回ったところはどこの先輩も優しそうだったな。やっぱ生徒の数が少ないから、優しくしないとみんな逃げちゃうのかな。あたしが行くはずだった東京の中学校って、ほかにどんな部活があるんだろ。あたしあっちに通ったとしても、やっぱこうやって迷ってたのかな。でもあたし以外にも決めかねてる人、いると思うんだけどな…。

本文:元気だよ
   あたしは部活まだ決めてない
   みんなどうやって決めてるの?

そう書いて返信すると、すぐに返信が来た。

本文:あたしみたく入りたい部活が決まってる子もいるけど
   友達があそこ入ったから付き合いでって子も多いよ

ふうん。それもなんか消極的っていうか、他人に流されてる感じするなぁ…。

 でもそもそも、自分の意見を決めてないあたしにそれを批判する資格はないよなぁ。趣味が無いってのもそうだけど、何事も中途半端なんだなぁ、あたし。みんなは明日もあたしの部活見学に付き合ってくれるっていうけど、あたしの都合で連日みんなを連れ回すのもなぁ…。
 あれ? そういえば真耶って、何の部活やってんだろ? 苗ちゃんとゆゆちゃんも。自分のことばっか気になって、すっかりそれ聞くの忘れてたよ。
 明日、真耶に聞いてみるか。あいつに対してのわだかまりは、まだある。でも色々迷惑かけたし、それなのに良くしてもらったりもしてるし、それにゆゆちゃんとも約束したし。少しずつ、慣れていこうって。

 「あたしは家庭科部。苗ちゃんと優香ちゃんもだよ。あと顧問は渡辺先生だよ」
次の日の通学路。あーいかにも真耶らしいというか、あのおむすびの作り方見れば分かる。料理は相当得意だろうね。渡辺先生はサバサバしてるけど面倒見がよさそうだな。あれ、でもゆゆちゃんは似合ってると思うけど、苗ちゃんはなぜ? 運動部じゃないの?
「苗ちゃんはね、一つのスポーツだけやるのがイヤなんだって。苗ちゃんは小学校の頃から、いろんな部活の助っ人やってたんだよ。ほら、練習試合とかなら小学生でも出られるでしょ? 人数足りないときに苗ちゃんが代わりをするの」
生徒数が少なくて、サッカー部はフットサル部、バスケ部はスリーオンスリー部みたくなってるぐらいだから、これからも同じ事になると。だからどの運動部にも所属せず文化部に入ることにして、あらゆる要請を受けられるようにしたんだって。で、なんで家庭科部かというと、
「苗ちゃんと優香ちゃんとあたしは、お友達だからだよ」
はぁ。苗ちゃんって意外と自分の考えしっかり持ってると思ったけど、他人に合わせちゃうこともあるんだ。
 それはともかく。
「本当はね、昨日家庭科部も真奈美ちゃんに見て欲しかったんだけど、時間がなくなっちゃったから。残りいくつか部活を回ったら、最後に家庭科部行こうよ」
あたしの入ってる部活だし、あたしが一番好きな部活だから。お楽しみは最後にとっておいたの、と言いながらぺろっと舌を出す真耶。うん、異議なし。こうなったら全部の部活見てから決めよう。

 そして放課後。
 残っていた幾つかの部活は、あまりピンと来なかった。残るは真耶たちの所属する家庭科部だけ。もしここが合わなかったら、今まで見たすべての部活の中から、もう一度記憶を頼りに決め直さなければならない。
 正直、真耶と同じ部活というのは抵抗がある。女装うんぬんもあるけど、それよりも「友達の付き合い」っていうので決める感じがなんかイヤ、なんだけど、そんな理由で避けるのも逆におかしな気がするので、まずは見ることにする。
 苗ちゃんを先頭に家庭科室へ。
「こんにちはー」
みんなで一斉に挨拶すると中からも、
「こんにちはー」
と返ってくる。声の主は上級生なのかな? 一人は料理のレシピ本を読み、もう一人は針と糸で何か縫っている。
「ごめんなさい先輩方。昨日今日と転校生の子の部活見学を手伝ってました。今日から復帰します。留守にしてすみませんでした」
ゆゆちゃんがぺこりと頭を下げる。でもそれは自分のせいなので、あたしもより深く頭を下げる。
「いいよー気にしないで。部長から聞いてるから。そちらが転校生の子かな?」
向かって右、レシピ本を読んでいたほうの先輩が言った。顔が似てる。双子なのかな?
「田中真奈美と申します。嬬恋真耶…さんの家にお世話になってます。今日こちらを見学させていただきます。よろしくお願いします」
もうこの挨拶もやり慣れた。果たして最後になるのか、それともまた別の部活で、今一度見学させて下さい、と言うことになるのか。
「篠岡美穂子でーす」
「篠岡佳代子でーす」
「私たち双子でーす」
見れば分かりますがなー! という苗ちゃんのツッコミがすかさず入る。これでワンセットの自己紹介みたい。まるでコント。息ピッタリ。
「美穂子先輩は料理が、佳代子先輩は手芸が得意なの。教え方も分かりやすいし優しいんだよ」
真耶が解説する。確かに優しそうな感じがする。明るそうな人たちだし。
「あ、二年生はうちらだけなんだ。今年は一年生が三人も入ってくれて豊作だなぁ。真奈美ちゃんだっけ? もしうちの部が気に入ったらぜひ四人目になってよ。歓迎するからさ」
美穂子先輩が言う。ストレートにラブコール受けるとやっぱ気持ちが動くよね。でも先輩は女の人だし、家庭科部だから男子いなそうだし、あたしに合ってる部活かもだよね?

 と、そのとき。
「ちーっす」
…男の人?
「あー、副部長こんにちは」
美穂子先輩の一言を皮切りに皆が挨拶。って、副部長って、今言わなかった?
「あ、ミッキー先輩、こちら昨日話した田中真奈美さんです。で、真奈美ちゃん? こちらが岡部幹人先輩。みんなミッキー先輩って呼んでるけど。今、美穂子先輩が言った通り、うちの部の副部長さん」
ゆゆちゃんの解説を聞くだけですでにクラクラ。まさかさっきの予想が早くも崩れ去り、よりによって副部長が男だなんて。まあでも他の部活でも男子はいるし、距離を置いて関われば大丈夫、かな。他の部でも男女一緒のところ多かったし、仕方ないのかな。
「先輩は生徒会役員でもあるの。だから部活はいつも来るわけじゃないから」
続くゆゆちゃんのセリフにほっ。
「あ、部長だけど、今日は用事で遅れるってさ。だから部長の紹介はあとでいいよな? 田中さん。全員揃うまで、ゆっくりしようぜ」
と、その岡部ことミッキー先輩。雑談タイムになった。

 男の先輩が来たことで顔がこわばっていたらしく、
「楽にしていいのよ? 分からないことあったら何でも聞いてね?」
と佳代子先輩に心配そうな顔で言われた。あ、平気です平気ですと笑顔で答えつつ、お言葉に甘えて色々聞いてみることにした。
 「活動は毎日なんですよね?」
「ううん、うちは平日は火水木だけ。それと土曜。」
と美穂子先輩。
「運動部は毎日やってるところもあるけど、文化部はだいたいそんなもんだよ。うちの学校、ビシバシ部活やる感じじゃないから。掛け持ちしている子も多いしね。そうしないとメンバーが足りないとかあるから。あと部活の数少なかったでしょ? そのかわり冬限定でスキー部とスケート部ができたりするから。そのぶん文化部は人が足りなくなるし、だから話しあって活動日を分散させるの」
「まあでも、うちらここ専門だから部活やってない日もダベリに来たりするけどね。そのへんは全然自由」
と佳代子先輩。
「つか普段からダベリのために来てるようなもんじゃんよ」
ミッキー先輩がオチをつける。違いますー真面目にやってますー、とほっぺをふくらませてのちに笑う美穂子先輩。みんなノリがいいなあ。ようし、どんどん聞いちゃえ。
 「渡辺先生が顧問って聞きましたけど、先生って教科社会でしたよね?」
「家庭科の先生は別にいるよ。でももうお歳だから渡辺先生に顧問を譲ったの。うちらが家庭科室の掃除とかしっかりする代わりに、自由に使っていいって。本当は先生、社会科関係の部活、例えば歴史部とか郷土部みたいの? そういうの作りたかったらしいんだけど、生徒少ないから新しい部活は作れないでしょ? だから家庭科部でも社会科っぽいことやるのよ」
うえー。社会苦手ー。数学よりいいけど、歴史も地理も苦手ー。
「あ、勉強じゃないのよ? あくまで家庭科部だからさ、郷土料理作ったり伝統衣装着たりするの。あ、巫女さんの衣裳も作るんだよ」
フォローする佳代子先輩。そして真耶が口を挟む。
「お祭りの時とかうちの神社のお手伝いもしてくれるんだよ。お料理とか巫女の服とか必要でしょ? いつもありがとうございます、先輩方」
どういたしましてと先輩方。真耶はすごく礼儀正しい。
「あとボランティアで村の施設とか掃除することもあるよ。ボランティは結構よくやってて、裁縫で作ったものを幼稚園とか老人福祉センターに送ったりもしてるの」
今年から戦力も増えたしね、と美穂子先輩がわくわくした感じで言う。うんうん、真耶と、ゆゆちゃんと…。
「ニャン子がね」
「ニャン子?」
「ああ、苗ちゃんのことね。苗っていう字の左にケモノヘン付けてみて? わかんない? じゃあ書いてあげるよ。ほら」

 「猫」

 なるほど! 面白い! あたしもこれからそう呼ぼうかな、いいよね、ニャン子ちゃん?
「…」
あれ、ニャン子ちゃんというか苗ちゃん、反応がないぞ、ってヘッドホンして手に何か持って、あー、携帯ゲームやってるんだ。…って、いいの? 部活中だし、学校だよ? ここ。
「ああ。うちの学校規則ゆるいからさ、教室で出さなければ大体何でも持ってきていいんだよ? あ、ごめんね話に参加しなくて。この時間にイベント仕込んどいたんだよ。もう終わったから」
あたしがしゃべりたがっていたことに今気づいた苗ちゃん改めニャン子ちゃんが、ゲームをかばんにしまいながら言う。やっぱり自由なんだね、この学校。
「こないだも言ったけど、真耶はわりときっちりした服装してるけどね。それも好みの問題でさ、だらしなくさえしてなければ服装もうるさくないし。つか、ニャン子って呼び名恥ずかしいじゃん」
今さら苦笑するニャン子ちゃんこと苗ちゃん。この呼び名は時々にしよう。それにしても苗ちゃん、すごく部活に馴染んでない?
 「苗ちゃんって、昔から先輩たちと知り合いだったんですか?」
「うーん、あたしたちは別の小学校だったけどね、ただ嬬恋真耶ちゃんとそのお友達の評判は随分前から聞いてたよ。すごく可愛い女の子三人組が天狼神社にいるよ、って」
佳代子先輩が言う。当の三人は顔を赤らめている。美穂子先輩が続ける。
「で、中学に入ってからさっき言った伝統衣装のお話でね、神社でお祭りがあって、そのとき会ったの。だから私たちは、三人とも前から知ってるの」
「真耶ちゃんにはね、村の人ほぼ全員会ってるんじゃないかなぁ。村長さんの名前と顔は知らなくても、真耶ちゃんはみんな知ってると思うよ」
気を取り直したゆゆちゃんが言う。巫女として、人々を迎えるのがお祭りの時の真耶ちゃんの大事な仕事の一つなんだってさ。
 「岡…ミッキー先輩は、真耶たちのこと知ってたんですか?」
おそるおそる聞いてみた。男の人に話しかけるのは抵抗があったけど、この和気あいあいの中なら行けそうな気がしたから。
「ああ。俺ん家診療所なんだよ。うちの集落だと大体みんなうちにかかるから。ゆゆもニャン子もうちにかかってるし。まー二人はあんまり来ないけどな。丈夫だから。真耶はしょっちゅうだな」
あーそうなんだ。でも特に真耶は男にしては華奢だし、医者のお世話にはなってそうだよなー。こないだは神社の石段を景気よく登ってたけど、単に慣れてるだけみたいだし。体育やったら女子よりも先にヘタッてたし。
 それにしても、後輩たちも先輩に対して遠慮せず色々言うよね。これも聞いてみるか。まあ、ストレートに聞くのもなんだし…。
「普通、先輩の呼び方って、苗字プラス先輩、って感じじゃないですか。結構みんな、下の名前で呼んでますよね?」
そうねえ…と少し考えこんでから、ミッキー先輩が答えてくれた。
「まず、先輩って呼び名自体、この学校では皆使うとは限らないんだ。さん付けとかで呼んでいる部活もあるし、そのへんは部による、かな。で、うちで下の名前で人を呼ぶことが多いのは、そもそも俺と部長が幼馴染で、下の名前で呼び合ってたからだろうな。美穂子と佳代子は双子だから苗字だとややこしいだろ? しかも真耶も、小さい頃から俺らのこと知ってる。条件が重なったんだな。」
へー。真耶がもともとミッキー先輩を知ってたのはさっき聞いたけど、部長先輩もそうなんだ。

 でもその部長さんがまだ来ないよね。
「もうすぐ来るんじゃない?」
時計を見ながらゆゆちゃんが言う。
「待ち遠しいでしょ、ね? 真耶ちゃん」
真耶が慌てたのが分かった。あからさまにあたふたしながら、
「そ、そんなこと無いよ? べ、別に?」
ふーん、とゆゆちゃんが意味深な表情。苗ちゃんが、
「出た。ゆゆのジト目だ」
こういうのジト目って言うんだ。苗ちゃんの使う言葉は時々聞いたこと無いのが出てくるなぁ。
「まぁ待ってなよ、もうすぐ来るから」

 「こんちはー」
戸が開いて、低めの男の人の声。
「ぱっ」
と、真耶の表情が明るくなるのが分かった。
「こんにちは、タッく…池田先輩!」

 「池田先輩」のすぐそばに、真耶が駆け寄る。
「こ、こんにちは、す、すごく待ってて、来てくれて、良かった…」
少しうつむき加減で、顔を赤らめながら。
 「池田先輩」の、制服の袖をつかんで。
 そのまま、身体を寄せて。

 この雰囲気って、もしかして…。

 「来たねー、憧れのセンパイが」
「つか、王子様っつったほうがいんじゃね?」
「もうロマンティックが止まらないよねー、って古いか」
皆口々に好きなことを言う。ああやっぱそうなのかな、そうするとソワソワしてた理由も納得いくけど。
 「別にいいって、先輩なんて呼ばなくて。昔みたくタッくんでいいって」
「…じ、じゃあ…タッくん…今日もよろしくね?」
 真耶に促されるように、「タッくん」が中に入ってくる。
「あ、新入生来てるんだよな、俺は池田卓哉。一応この部の部長なんで、よろしく」
はあー、男の人が家庭科部の部長なんてねー。本当ならもっと驚いてるところだし、拒否反応も出るはずなんだけど、それよりも余りに衝撃的な光景が目の前で繰り広げられてしまっている。
「ミッキー先輩も言ってたけど、タッくん先輩と真耶ちゃんは、幼なじみなんだよ」
「いいよねー幼なじみ。王道だよねー」
「つかすでにフラグ立ちまくってるじゃん。もうパラメータ上がりまくってんよ」
 あ、あの、やっぱりこれって、そういう、こと?
「ああ、タッくん先輩はね、真耶ちゃんの」
あたしと、当事者二人以外の全員が口を揃えた。
「初恋の人!」

 どっひぇーーーー!!
同じ部活に初恋の人がいるとか、いかにもラブコメとかで出てきそうなシチュエーションだけどさ。ただ。

 男同士じゃね?

 いや、そういうので区別とかしちゃいけないのは分かってるけど、実際目の前に突然現れたらビビるってば。ま、この人達は全然動じていないと言うか、見慣れてる感じだけど。真耶がタッくん先輩を連れてこっちに向かってくる。
「おおー、花嫁候補のエスコートだねー」
「熱いねー、お二人さん」
まあこの人たちは、男女のカップルとして見ているんだろうけど。でもそれを差し引いてもさ、ちょっと騒ぎ過ぎな気がするけど…。
 もっとも、当人は動揺してるけどね。
「あ、そ、そういうのじゃないから! あ、あの、べ、別に、先輩として尊敬してるって、そ、それだけだから!」
って、そう言いながらなおいっそう腕をぎゅっと握りしめたら言い訳にも説得力ないですがな。

 「真耶ちゃんとタッくん先輩はね、赤ちゃんの頃から一緒なんだよ。先輩の家がお寺でね、昔は神仏混合といって真耶ちゃん家の神社と先輩ん家のお寺はワンセットでお参りする習わしだったの。だからその名残で、それぞれの子供も仲が良くて、よく遊びに行ってたみたいよ。お風呂も一緒に入ってたみたい」
ゆゆちゃんが小声で解説してくれた。まあ幼なじみ同士風呂に入るってよく聞くし、実際男同士だけど、こんな女みたいのと入るってのはどうなんだろう。つか真耶がいよいよ顔赤らめてるし。聞こえちゃってたのね。蚊の鳴くような声でやめてよ、って言ってる。
「こいつん家の寺が幼稚園もやっててさ、俺も真耶も通ってたんだよ。真耶は卓哉にいつもひっついてたな。年少組と年長組の差なんて全然気にして無くて、卓哉の教室に侵入したりしてな。しまいには先生もあきらめて一緒に面倒見てた。卓哉が小学校進んでからも、下校してくるのずっと待ってるんだよ。希和子さん迎えに来ても動きやしない。タッくん待つの! って」
一方、聞こえても構わない的にベラベラしゃべるミッキー先輩。いやーそのエピソードは当人にはキツイと思うけど…。案の定真耶がミッキー先輩の服の袖引っ張って、必死で首を横に振ってるよ、と思ってたら、ミッキー先輩がさらにとどめをさした。
「あと幼稚園で、将来なりたいものを聞いたんだよ。卓哉んとこの幼稚園も子供少ないからさ、年少から年長まで一緒とかよくあるんだよ。そこで真耶がさ…」
「ミッキー先輩それ言わないで!」
飛びついてとめようとする真耶。
「お嫁さん! って言ってさ、さらに…」
先輩はひらりと身をかわすと続ける。
「タッくんのお嫁さん! ってさ」

 一同大はしゃぎ。
「うわ、それ言っちゃう? 本人キツイっしょ~」
「完全愛の告白だねー。つかプロポーズ?」
「ねえねえ、式はやっぱ神式で三三九度のつもりだったの? それともウエディングドレス着たい感じ?」
皆口々にそんなこと言って、真耶をからかって。あたしも楽しいからつい加担しちゃったんだけど。そう、最後の結婚式うんぬんは、あたし。

 「うっ」
いち早く苗ちゃんとゆゆちゃんが真耶の様子の急変に気がついた。取り繕うようにごめんねと言うがもう遅い。
「うええええ~」
あーあ、泣いちゃったよ。つかさ、ひどい泣き方だなあ。涙拭いもせずに。
「あー。久しぶりだねえ。真耶が泣くのも」
またか、ってな具合に苗ちゃんが言う。
「え? 結構泣くの?」
あたしは聞き返す。
「結構どころか、この子超泣き虫だよ? 真奈美ちゃん来てから泣いてないのが奇跡なくらい。真耶ちゃんごめん~。もう言わないから、ね? ね?」
横からあたしに手早く説明すると真耶を慰め始めるゆゆちゃん。
「だって、だって、うえっ、うえっ、うえええええ~」
真耶の泣き方が一層勢いを増す。もう何言ってるかわからない。みんなで必死に謝って、慰めて。でも効果ゼロ。
「ニャン子か優香が慰めれば大抵泣き止むんだけどなー。今日は手強いなー」
やれやれ、と言った表情のミッキー先輩。
「やっぱ卓哉が絡んでるからかねー。こいつ自分のことで泣くのは珍しいからな。大体他人が辛い目にあったとか、動物が死んだとかそういうので泣くんだけど。なあ、そんなに昔のこと言われるのが恥ずかしかったか? 悪かったよ、悪かった、な?」
「違うもおおおおおお~」
真耶の泣き声がまたデカくなる。つかマックスのレベルいくつよ? って感じで。困惑するミッキー先輩。みんな途方に暮れちゃって、ましてあたしなんか何も出来なくて、ゆゆちゃんまで涙目になっちゃって。

 「…ふぎゅひゅっ」
突然、泣き声が止んだ。というか、何かに包み込まれるように、ふわっとなった。
「…俺らの思い出を、他人に知られたくなかったんだよな? 俺がそういうの嫌だって知ってたんだよな? 分かってるよ。ありがとな」
声だけじゃなかった。真耶の上半身が、先輩の身体に包み込まれている。ああそうか、とミッキー先輩。
「コイツ真耶とのこと、幼稚園の頃も結構からかわれてさ、そのたび真耶が割って入って泣くんだよ。あたしが好きなだけでタッくんは関係ないよ~、って。つってもコイツ、ケンカとかするタチじゃないだろ? とにかく泣いてわめくんだよ。泣きすぎて戻すのだってしょっちゅうでさ。それでみんなからかうのやめて収まるんだけどさ」
まだ真耶は泣いている。
「よしよし、泣いていいぞ、いくらでも」
という先輩の胸に顔を押し付けて泣く真耶。それをしっかりと抱きしめる先輩。その光景はまるで、そう。

 完全に恋人同士。

 結局、先輩の胸の中で落ち着いたのか、ほどなく真耶は泣き止んだ。みんなで真耶に謝って問題解決。
 もっともミッキー先輩だけは茶化す姿勢を変えなかった。
「やっぱり夫婦関係は健在だねー」
でももうタッくん先輩も真耶も怒ったりはしない。真耶は顔を赤らめては、いる。
「ま、昔からからかう筆頭はコイツだったしな」
半ば呆れ顔でタッくん先輩が言う。なんだ主犯かよ。でも今はいい思い出だよ、と笑うタッくん先輩と。そしてぶー、と頬をふくらませる真耶と。もうさっきみたいな抗議の姿勢は見られない。
 やっぱり、幼なじみにはかなわない。

なんとか場も収まり、トークタイム再開。真耶はタッくん先輩の隣にちょこんと座る。
 そういえば気づいたけど、真耶って、やたらと人に引っ付く。腕を絡めたり、顎を他人の肩に乗せたり、背中から抱きついてもたれかかったり。しかも誰もがそれを拒否せず受け入れている。相手は別にタッくん先輩に限らない。そうなると先輩の胸にダイブするのも必ずしも恋愛感情とは言えないのかな。
「まだ恋愛とじゃれ合いの区別付いてないんじゃないかな。でも卓哉のこと好きなのは確かだけどな。他の男子と比べて特別なのは間違いない」
と、ミッキー先輩が小声で。うーん。どっちなんだろ。あたしにはまだよくわかんない。

いつの間にか夕方。そろそろ帰る時間なので、あたしからの最後の質問。

「ところで、なんで部長さんと副部長さん、揃って男の先輩なんですか? やっぱり、男女での家事分業は良くないとか、そういうやつ?」
「うーん、それも理由のうちの一つだけどな」
ミッキー先輩が、考えながら答える。
「男女の役割が固定されるのは良くない。それは当然大きいな。ただ俺の場合、卓哉がここにいたからだな。俺は生徒会もやってるから部活はそうそう出られないし、でもどこにも入らないわけにも行かないだろ? その点ダチのこいつがいるところなら、融通も効くってわけさ」
となると、その卓哉先輩はなぜ家庭科部に、ってことだけど。なんか分かった気がする。

 真耶が、家庭科部に入ると予想して、待ってたんだ。

 ほら、真耶がさ、家庭科部に神社のこと手伝ってもらって嬉しいって言ってたじゃん。だから家庭科部は身近な存在だし、料理も得意だからきっと入るだろうって予想してさ、って。そう思うほうがロマンチックじゃない?

 なんてね。

 でも、これは言えると思うの。人が何かに所属するとき、好きなこととか、やりたいこととか、そういうのだけが理由になるわけじゃないと思うんだ。
「あの人がいる」
そういう理由も、あっていい、そう思ったんだ。もしかしたら、ゆゆちゃんや苗ちゃんも、やりたいことって二の次だったのかもしれない。真耶が言ってた
「お友達だから」
って、本当なのかもしれない。

 友情に、やりたいことが、ついてきたんだ。

 と、ゆゆちゃんに振ったら、どうかな? って言ってたけど、多分そうだと思う。あの三人には、すごく固い絆がある感じがする。

 うーん。それにしても。
 この村に来てから、これまでのあたしの常識がひっくり返るようなこと色々あったけど。今日のも結構ショッキングだったなぁ。
 ただなんでだろ。昨日までのようなムカつきとかイライラとか、そういうのがあんまり無いんだよね。直接あたしが損したり得したりしないからかな? まー傍目には、真耶と先輩の絡みは面白いよね。
 それにしても、真耶があんなに感情をあらわにして泣くなんて思わなかった。いつも冷静な感じでニコニコしてたのに。
 やっぱ、心を許している人の前では喜怒哀楽が出るのかな。だとしたら、あたしまだ真耶に対して心を開いてないのかもしれない。

 でも。
 決めた。家庭科部に入ろう。楽しそうだから。楽しそうな人たちがいるから。絶対、退屈しないと思うから。
 流されてるわけじゃないよ。友達がいるから、っていうのはきっかけではあるけど、入る理由ではないもの。自分で決めたの。
 楽しいことは、やりたいことに、いつかきっと変わる。そう思う。趣味とかやりがいとか、難しく考えることも無いんだ。そう気づいたの。

それに。

 真耶と、喜怒哀楽を分かち合えるようになりたい。
 とまでは、思わないけど。
 もうちょっと観察してみたい。なんだこいつ、って思うこともあるけど、見てて飽きないんだもの。

宗教上の理由 第三話

一気に登場人物が増えました。真奈美と部員たちの苗字は、深夜放送ファンならニヤリとするところかもしれません。

宗教上の理由 第三話

村のはずれの、ちっぽけな神社。東京からやってきた真奈美は、そこに住まう青い目の巫女と出会います。その巫女―真耶と真奈美は仲良くなるように思えました。けれど、真耶の身体には、ある秘密があったのです。 『宗教上の理由』シリーズ第三弾です。学園モノといえば部活、ということで今回は真奈美の所属部活動が決定します。そして真耶のとっぴな言動に今回もビックリさせられる真奈美。ただツンツンしていた彼女にも心境の変化が?

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-12

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著作権法内での利用のみを許可します。

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