sea

雪の降る日の海はいつもより静かで穏やかだった。

「ねぇ、海に行こう」
彼女は本に栞を挟んで笑う。
僕は窓の外に目を向ける。外は静かに雪が降っていた。
「外、雪だよ」
僕の声に彼女はため息をつく。
「だから行くの」
彼女は本を棚に差し込むと上着に袖を通す。
僕も重い腰を持ち上げ上着を羽織りマフラーを巻く。

外に出ると思っていたよりは気温が低くなく、雪の中に足を踏み込むとふわりとした感覚があった。
隣を歩く彼女はまっすぐ前を見ていた。
一面真っ白の世界に彼女が立つと彼女は少し世界から浮く。
白に反するような黒い髪と瞳が雪を静かに吸い込む。

冬の海はかなり寒かった。
さすがの彼女も海に入る気はないらしく。
ジッと雪を飲み込む海を眺めていた。
暫く僕らの間には波の音しかしなくて。
「さすがの雪も波の音は飲み込めないね。」
彼女はそう言って寂しそうに笑った。
「今、積もってる雪に耳を当てたら貝殻のように波の音がするかな、それとも雪は積もった雪は波の音を吸収して消してしまうのかな。」
そう言って彼女は雪の中に倒れこむ。
「風邪引くよ」
声をかけても彼女は返事をしなくて目を瞑り耳をすましていた。
「聞こえないね」
そう言って立ち上がる。
「春が来て雪が溶けて海に帰るんだよ、だからきっと雪は海だ。雨もきっと。全部この世界は海で出来てるんだよ。」
そう笑って小さくクシャミをする。
「もう帰ろう、帰って暖かい紅茶飲もうよ」
僕は彼女の頭に降り積もった雪を払う。
夏に見た海よりずっと静かだったけど、夏の海よりずっと優しくて大きく見えた。

sea

sea

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-02

CC BY-NC-ND
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