自立
ある、公園の土管の中。
2匹の野良犬が暮らしていました。
犬の名前はリリーとミルク。
リリーはミルクより少しお姉さんです。
最初は、お父さんもお母さんも一緒に暮らしていました。
でも少し前に怖い人間がやって来て、お父さんとお母さんを連れて行ってしまいました。
リリーとミルクは上手く土管の中に隠れていたから連れて行かれませんでした。
その日から二人ぼっちになりました。
土管の外に出ると怖い人間に捕まるかもしれない。
だから2匹はお腹が空いても、土管の外には決して出ようとはしませんでした。
この公園には、沢山の野良犬が集まってきます。
ミルクは真っ白でとても綺麗だったので、オス犬たちに人気がありました。
夜になると、ミルクが土管から少しだけ顔を出して吠えます。
よく響く鳴き声にオス犬たちは、あっという間に集まってきます。
それぞれが今日捕まえてきた獲物や、見つけてきた餌をミルクにプレゼントします。
ミルクは、オス犬たちに向かって嬉しそうに尻尾を振ると餌を土管の中に運んでいきます。
その後は人間に見つからないようにオス犬たちと楽しくおしゃべりしたり、仲良しの他のメスの野良犬と土管の入り口でじゃれたりして遊びます。
その間、リリーはいつも土管の奥でもらった餌を食べやすく砕いたり、獲物のお肉を噛みちぎって器用に分けてミルクを待ちました。
二匹は土管の外には出ることはありません。
でも、いつからかミルクが食べ物を貰って、リリーが食べ物を食べやすくして、それを二匹で分けて食べる。
そういう風に役割り分担をしていました。
リリーもミルクと同じ真っ白で綺麗な犬だけど、おしゃべりをしたり遊んだりするよりも、土管の中から見える綺麗な星空を眺めたり自分の毛並みを整えたりすることが好きでした。
太陽がポカポカ暖かい日のこと。
ミルクとリリーは土管の中でお昼寝をしていました。
すると、土管の入り口の方から人間の声が聴こえます。
リリーはびっくりして飛び起きたけど、ミルクはすやすや眠っています。
お父さんやお母さんみたいに連れ去られたら、どうしよう。
リリーはお姉さんの自分がミルクを守らなきゃいけないと思いました。
あまり近づく事のない土管の入り口に、恐る恐るリリーは向かいました。
「あー!いたー!」
そこには、一人の人間の女の子がいました。
リリーはミルクを守るために一生懸命怖い顔をしました。
でも、女の子は怖がってくれません。
ミルクのように上手くはないけど、何回か吠えてみましたが女の子は笑っています。
「こんにちは!」
女の子はニコニコしながら、リリーの頭を撫でました。
リリーがびっくりして逃げようとすると、女の子は言いました。
「怖くないよ、こっちにおいで。」
この女の子は、お父さんやお母さんを連れて行った怖い人間じゃないのかな?
リリーが少し考えていると、女の子がカバンの中から何かを取り出しました。
「はい!これあげる!」
目の前に置かれた餌は、匂いを嗅ぐとすごく美味しそうな匂いがしました。
リリーが餌をくわえたのを見て、女の子は嬉しそうに笑いました。
「また明日くるね!」
そう言って女の子は帰ってしまいました。
餌を土管の中に運んで行くと、ちょうどミルクが起きてきました。
少しお腹が空いていた二匹は女の子のくれたパンという餌を分け合って食べました。
いつもミルクは沢山食べるから、半分こにはならないけどリリーはお姉さんだからミルクには好きなだけ食べさせてあげました。
だから、リリーの方がミルクより少し体は小さく痩せっぽっちでした。
その日から、毎日のように女の子はやって来ました。
パンだけじゃなくて、女の子は色んな物をリリーにくれました。
学校で作ったクッキー、食べきれなかったオニギリ、給食で余った牛乳、近くのコンビニで買ったからあげ。
全部ミルクとリリーは分け合って食べました。
だけど、女の子がリリーの耳にリボンを結んでくれた日は分けっこが出来ませんでした。
お姉さんのリリーは我慢して、夜に餌を集めてくれるミルクのためにリボンはあげてしまいました。
すると次の日、女の子はとても悲しそうな顔をして餌を置いたらすぐに帰っていきました。
リリーも何だか悲しい気持ちになりました。
夜になると、いつものようにミルクは餌を集めて、おしゃべりして、遊んで、楽しそうにしていました。
貰った餌を食べやすくしながら、いつもは何とも思わないのにリリーはミルクが少しだけ羨ましくなりました。
夜が明ける前にミルクは眠ります。
リリーは、ミルクが眠った後も餌を砕いたり、噛みちぎったり、全部食べやすくするまで眠れません。
やっと終わって眠る頃には朝になっていることもあります。
でも、リリーは自分がお姉さんだから我慢していました。
その日の夕方。
いつもより少しだけ遅く女の子はやって来ました。
もうリリーは女の子を怖いと思わなくなっていました。
時々、女の子はリリーが餌を取ろうとするとイタズラをして、なかなか取らせてくれないことがありました。
でも、女の子が楽しそうだからリリーは怒ったりしません。
最近は女の子のイタズラが遊んでいることと同じだと分かったからです。
今日はいつもより女の子は遊んでくれて、リリーも遊びに夢中になっていて気付いたら土管の外に出てしまっていました。
リリーが、そのことに気付いて急いで土管に戻ろうとすると女の子にヒョイっと抱えられました。
痩せっぽっちで体の小さいリリーは人間の力にかないません。
そのまま女の子はリリーを抱っこして、土管の上に座りました。
すると、オレンジ色の綺麗な夕陽が見えました。
綺麗な景色が大好きなリリーは、そのまま暖かい女の子の腕の中で夕陽が沈むまで土管の外にいました。
リリーが夕陽を見ていると、女の子が言いました。
「あのね、うち引っ越したんだ。お家が変わったの。」
女の子の顔を見ると、いつもより嬉しそうに笑っています。
「だから、うちにおいでよ!一緒に住もう!」
女の子の言葉の意味を理解した瞬間、リリーは物凄い力で女の子の腕を抜け出して、土管の中に戻っていきました。
暗くなっても、女の子は土管の前でリリーを呼んでいましたがリリーは出て来ませんでした。
リリーは、ミルクを独りぼっちに出来ないと思ったのです。
夜になって、少ししたら女の子は帰っていきました。
何だか寂しそうな、そんな女の子の背中を見てリリーは胸が痛くなりました。
夜になって、またミルクの自由な時間がやってきます。
今日はいつもより星が綺麗な夜でした。
ミルクの鳴き声で集まるオス犬も増えてきました。
餌を食べやすくしながら、リリーは星空を眺めていました。
ミルクのいる反対側から少しだけ外に出て、星空を見上げるとキラキラと輝く星がリリーに降り注ぐように瞬いていました。
もう、外は怖くない。
本当はリリーは外に出たかったのです。
土管の中からずっとずっと、外を見ていました。
春は桜の花びらを、夏は時々空に輝く花火を、秋は色とりどりの落ち葉を、冬は自分たちより真っ白な粉雪を。
いつかは、外に出たいとリリーは思っていたのです。
目から溢れる涙の意味は自分が一番よく分かっていました。
ふと、後ろを振り返りました。
今日は少し早くミルクは切り上げたようで、食べやすくした餌を食べていました。
そっとリリーはミルクに近付くと、まだ貰ったばかりの餌の砕き方や噛みちぎって食べやすくする方法をミルクに教えました。
でも、ミルクはなかなか上手く出来ませんでした。
次の日も、その次の日もリリーはミルクに教えました。
女の子がその間、リリーのところに来なかったのはきっと雨が続いていたからでしょう。
その内、ミルクのために餌を食べやすくしてくれるオス犬たちが現れました。
一生懸命リリーは教えたけれど、ミルクは出来なかったからオス犬たちにやってもらうことにしたようです。
リリーは、少し悲しい気持ちになりました。
けど、これで自分がいなくてもミルクは大丈夫だと思いました。
やっと雨が上がった日の昼間に、久しぶりに女の子はやって来ました。
水たまりをよけながら、沢山の餌を抱えて。
リリーが土管から顔を出すと嬉しそうに女の子は近寄ってきました。
餌をいつものように土管の中に運ぶと、リリーは思い切って自分から土管の外に出てみました。
水たまりに太陽の光が反射してまぶしいくらい明るい外。
女の子は、嬉しそうにリリーを抱き上げて言いました。
「うちの家族になってくれる?」
あの日、一緒に見た夕陽が沈んだ山の方を見るとキレイな虹がかかっていました。
くぅん…
リリーは女の子の言葉に応えるように、小さく鳴きました。
女の子の腕に抱かれて進む、広い広い夢にまで見た外の世界。
青く澄んだ空に、薄くかかる綿菓子のような雲。
それに負けないほど輝くまぶしい太陽と山にかかるキレイな虹。
美しいその景色は、まるでリリーの自立を祝福しているようでした。
自立