残冬
ちょっとだけハードボイルドな元お父さんの活躍です。
今日もまた、とことん飲んでしまったようだ。
足元がふらついている。が、なんとか家までたどりつきそうだ。電機メーカーに勤めているが、海外との交渉がうまくいかず、今日も、憂さを晴らしに、いつものバー、ランプフィッシュで、晩御飯のカルボナーラを食べながら、テキーラをショットであおり、マスターに愚痴を吐き出していた。もうすぐアパートにたどり着く。そろそろ12時になろうという時間だ。アパートの入口あたりで、なにやら若い男たちがたむろしていた。見たところ、普通の高校生らしき子供が2人、こちらのほうを見ているではないか。時間も時間なので話しかけられて、何かトラブルにでも巻き込まれないかもしれないので、やり過ごそうとそちらの方を見ないで、建物のオートロックをはずそうとしたとき、若者たちが急にそろって声をかけてきた。
「お父さん」。
急によばれびっくりして若者たちを見ると、離婚した時に分かれてから会わないままになっていた
2人の息子たちだった。
「こんな夜更けになにをしている」
と問いただしたところ、長男の颯太が伏し目がちに
「お母さんがいなくなってしまった」
とつぶやいた。続いて次男の
健吾が
「もう一週間も帰ってきてないんだ。どこに行ったかも見当もつかなっくって」
っと涙がでそうになりながら、訴えかけてくる。
「とにかく、もう遅いし、寒いから家に入ってから詳しい話を聞くよ」
と言い、2人をアパートの中へと招きいれた。
部屋の広さは50平方メートル程度の1LDKだ。駅から少々離れているのが難点だが、知り合いを通じて安く貸してもらっている。部屋に入っコートを脱ぎ、子供たちにお茶をいれながら話かけた。
「よくこの家が分かったな。どこで聞いたの?」
と尋ねると、颯太が
「お母さんからの手紙に住所があって、何かあったら尋ねるようにって書いてあったので、それでお父さんのところに来たんだ。これ」
っていいながら手紙を差し出した。手紙を受け取り、お茶を飲みながら封筒から出して読んでみる。
「颯太、健吾へ お母さんはどうしてもでかけなければならない用事があるので、2~3日家を留守にします。お金を置いていくので、これでごはんを食べておいてください。万が一、一週間たっても帰ってこなければ、あなたたちのお父さんを頼って行きなさい。住所は・・・」
「どうしてお父さんの家の住所を知ってるの?」
と尋ねると、健吾が
「前に一度お爺ちゃんが興信所を使ってしらべさせたって聞いたことがあるよ」
と答えた。なぜ、そんなことをって感じながらも、
「そうか、今日はもう遅いんでここに泊まっていきなさい。」
と言いながら、客用のふとんをクローゼットから出して、洋室に2つひき、室内着を2セットだしてあげた。2人共相当疲れていたようで早々に着替えるとふとんに入り、ほどなくすると寝息をたてている。
一人になって考えを思いめぐらした。子供たちとは小学生の時以来あっていなかった。元妻があわさないよう家庭裁判所に申し立てを行い、父親に頼み凄腕の弁護士を立てて、無理やり押し切ってしまったものだった。そんな状態だったから今まで会うことも許されず、家族はなくなったものとして生きてきた。それを今更、私に子どもを託すということは、何かトラブルにでもまきこまれたのであろうか?。思いがけない子供たちの訪問ですっかり酒が覚めてしまったので、冷蔵庫の上に置いてある、フォアローゼスを取り出し、グラスに氷を入れ飲み始めた。あらためて寝顔を見てみると、颯太はますます私に似てきて、まるで、高校時代の自分を見ているようになってきている。健吾は、175CMある私よりも大きくなって、幼かった子供の頃の面影がうっすらとしか感じられないので、道端で偶然出会っても分からないかもしれないなあと思った。2人ともたくましくなったなあと感じながら、グラスを重ねていった。元妻は実家がお金持ちということもあり、普段はおっとりとした性格だった。世間に疎く、アイドルの追っかけなどしていたので、友人は多い方だったはずだ。子供もいつも出張でいない私にはあまり懐かず、幼い時は母親にべったりだった。結婚していた当時は、家を空けたりすることもなかったのだが、どうして今回2~3日も留守をすることになったのか?離婚してからの彼女の生活を垣間見ることもなかったので、想像もできないものだった。幸い明日は土曜日なので、子どもたちの住むマンションを訪れてみて、何か手がかりがないのか、探してみようと考えながら、ソファーでうたた寝をしたのだった。
翌朝、目が覚めると、子供たちはもう起きていて、冷蔵庫の中身を見て、ソーセージとスクランブルエッグをこしらえて、食べていた。ちょうど私の分も作ってくれていたので、
一緒に食事をすることとなった。
「これは颯太が作ったの」
と聞くと
「料理は健吾の担当なので、普段から健吾が作っているよ」
とのことだった。健吾に
「どうして普段から料理を作っているの?お母さんは作ってくれなかったの」
と聞くと
「毎日帰りが遅かったので、僕が料理を作ることになったんだ。けど僕は兄ちゃんみたいに勉強するのが得意じゃないから、将来はシェフにでもなろうかと考えているんだ」
と昨日の夜の疲れもふっとび元気な声で返してきた。
「そういえば颯太は高校3年生だけど大学はどおしたの?」
「もう合格したよ」
と有名国立大学の工学部の名前を出した。颯太は小さいころから物を知ることが大好きで、よく本を読んでいた。勉強もよくできたものだった。対象的に健吾は勉強は今一つだったけど、活発で友達が多い子供だった。案外、料理店でもするとはやるかもしれないなあと思いながら、今日一日の行動を考えてみた。私の車はZ4で2人しか乗れないので、まずは車が必要だなあと思い、法子に電話をした。
「おはようさん」
「なによこんな朝早くから」
「実は車を交換して欲しいのだが」
と言った後で事情を簡単に説明した。気の良い彼女は直ぐに車でやってきてくれた。私のアパートにつくなり、家に上がりこんで息子たちへのあいさつもそこそこ
「上の子はあんたに似てるけど、下の子はあんたに似ずイケメンやなあ」
法子は相変わらず、ずけずけ物を言う。息子たちは伏し目がちに彼女を見ていた。法子は私より7歳年下の40歳で見た目より若く見える。私は改めて、彼女を息子たちに紹介した。
「お父さんにこんな若い彼女がいるなんて、なんか変な感じやね」
と健吾がうれしそうに話す。何がうれしいのだろうと感じながら、法子を見ていた。法子の車、赤いフィアットの鍵を借りて、z4の鍵を手渡した。早速、法子と別れて、フィアットに乗り込む。横に座る颯太が
「お父さんと法子さんってどこで知り合ったの」
「いつから付き合ってるの?」
と、質問攻めにされた。彼女とは離婚する前からの付き合いでもう10年になるとは、さすがに息子にも言えないので、
「ご想像にお任せします」
と答えておいた。健吾は後ろでにやにやしている。車に乗って30分程で息子たちのマンション、私の元の家についた。ご近所様に合わないようにこっそりと家に入って行った。家に入ろうとすると、鍵が開いており、玄関に男物の靴が置いてあった。中へ進むと、元義父である康太郎がリビングで椅子に座りながら、珈琲を飲んでいた。
「娘がいなくなったんだってな。健吾から電話をもらって家に来たんだよ。どうしてこんなやつに相談する前に家にこないんだよ。颯太、健吾?」
マンションの前にエラそうなマジェスタが止まっていたので、まさかと思ったがそのまさかだった。
「じいちゃんに言うと、お母さんが怒られてしまうと思って」
「子供を一週間もほったらかしにするなんて怒るに決まっているだろう」
意を決して話に割って入った。
「美和の携帯には電話されましたか?」
「朝電話してみたら通じなかった。」
「そうですか。最近いつ電話されましたか?」
「3日か4日前に家内が電話でしゃべってたよ。」
とするとここ2,3日の間に連絡が途絶えてしまったようだ。
「家の中に何か変わったところがありました?」
と尋ねると、
「そんなもの一緒に住んでいないから分からん。」
と高圧的に康太郎が答えると、颯太が、
「リビングに飾っていた、コローの絵がなくなってるんだ」
と答えがかえってきた。見てみるとリビングのテレビの上に絵が飾ってあった後がついていた。これはいったい。絵など持って一体どこに。
「他になくなっているものはある?」
と颯太に聞くと
「服とかは全部おいているみたいだけど、指輪やネックレスがいくつか無くなっているみたい」
と答えがかえってきた。宝石箱を開けてみると、私がかって送った安物の指輪やネックレスは置いてあったが、母親からもらったサファイヤやダイヤの指輪などが無くなっているようだ。
「通帳は」
と颯太に聞くと、
箪笥の中を開けて
「なくなっているよ」
と答えがかえってきた。この家から金目の物がごっそりなくなってしまっているようだ。車はどうかと思い、玄関のカギ置きを覗いてみると、メルセデスのキーがかかったままになっていた。
「どうやって絵まで運んでいったんだろう」
と康太郎に問いかけると
「わしはしらん。状況が分かったのでもう帰る。あとは警察にでも任せておけ。」
と言って帰って行った。あとに残された私たちは、他に無くなっているものがあるかと探したが、特に見つけることもできず、また、家の中に特に不審な物も見つけることができなかった。洗濯物も外に干したまま、金目の物を持って、車も使わずに、どこに行ってしまったのだろうか?とりあえず、警察に行方不明となっている旨を届にいき、そのあと、遅い昼食を取りにファミリーレストランに入った。
食事をしながら、健吾が
「そういえばお母さんがいなくなった日、僕に学校休めないかって聞いてきたよ。僕はなんの用って聞いたんだけど、まあいいやって言ってた。」
「颯太は同じこと聞かれた」
というと訝しそうな顔をしながら、
「いいや」
とだけ答えた。食事を終えて、ファミリーレストランを出て、車に乗り込んだ。
彼女の車は禁煙なことを忘れて、たばこを吸おうとして、思いとどまり、いったん車を降りて外でたばこを吸いながら、手がかりについて考えてみた。いくら自由奔放な人だったからと言って、子供をよりによって私に預けていくようなことはないだろう。よっぽど
会わすのも避けていたというのに。また、絵まで持ち出したのに車は置きっぱなしだなんて不自然である。ここは第3者と一緒に出掛けたと考える方が自然である。この線で話の筋道をつけて行った方が良さそうであろう。
たばこを吸い終わると、車に乗り込み、まずは絵からあたることにした。絵は簡単に見つかった。颯太から美和の行きつけの画廊、石田画廊を聞き訪ねてみると、入り口のショーウインドの所にうやうやしく飾ってあった。入り口前に車を止め、店を訪ねていく。
「いらっしゃませ」
と店に入ると声がかかり
「颯太君に健吾君、どうしたの」
と訝しそうに私のことを見て言った。
「美和がコローの絵を持ってきたようだけど」
と尋ねると
「ああ、これね、一週間程前に美和ちゃんが買い取って欲しいと持って来たんだよ。とりあえず店に置いていてお客さんにあたってみようかっていったんだけど、どうしても今すぐお金が必要だからって即金で買い取ってほしいっていわれて」
「それで」
「700万で買い取らせてもらいました」
「お金はそのまま渡したの?」
「いいえ、知り合いが社長を務めているインフィニティって会社に振り込んでくれって言われて、金曜日に振り込んでおいたんですが、そのあとお礼の電話があって、それっきりで」
「ひとりできたのですか」
「店に入ってきたのは一人だったけど表にミニバンが止まっていたから、その人と来たみたいよ」
「どんな人だか覚えていますか」
と聞くと、店主はうーんと考え込んだが
「ちょっとここからじゃあ見えにくくってわからないなあ」
と答えがかえってきた。ここまでしかわからず、お礼を行って車に戻った。
「颯太、健吾、お母さんの友達でインフィニティって会社の人が居た?」
と尋ねたが、二人とも心当たりがないようで首を横に振っている。もう、夜も遅くなったので、ひとまず家に帰ることにした。
家に着くと、駐車場にZ4が止まっていた。
中に入ると法子が食事の用意をしてくれていたようでいい匂いがしてくる。なにやら、シチュウのような物をバゲットにつけて食べるようだ。颯太と健吾はおなかがすいていたようで、椅子に座ると黙々と食事を始めた。
「元奥さんの行方は分かったの?」
と法子が問いかける。絵の話、インフィニティという会社の話を説明すると、法子は
「インフィニティって会社、どこかで聞いたことがあるのよね。どこだったかしら」
と必死に考えるも
「きっと思い違いよね」
と答えた。4人で一緒に食事をした後、法子は
「今日はお預けね」
と意味深な言葉を後にz4に乗って帰って行った。さて、子供たちをどうしよう。自分の
家へ帰すわけにもいかず、康太郎のもとに置いておくのも気が引けるので、しばらく家に置いておくことにした。着替えや学校の制服などとりに戻って、家に帰ってくると10時過ぎになってしまった。、颯太が風呂に入ると健吾と2人きりになってしまった。我が子ながら何年も会ってないので、会話がない。困ったなあと思っていると颯太から話かけてきた
「お父さんってもっと散らかった家に住んでるかと思った。一緒に住んでた時、いっつもお母さんに部屋を散らかせて怒られてたからね」
「そりゃあ一人になれば片づけてくれる人いないからね。もっとも散らかるほど
物もないしなあ」
「ずぼらでぐうたらなイメージしかないからなあ」
と言われてはっとした。そういえば忙しくて全然かまってあげれなかったなあ。そんなことを考えていたら、颯太が風呂から出てきた。
「じゃあ次は僕が入るね」
といって健吾が風呂に入って行った。
今度は颯太の番である。
「・・・」
会話がなりたたない。颯太は何か思い出そうと考えているような表情をときよりみせながら、考えにふけっている。その横顔をながめながら、ソファーで一服しながら、「本当に大きくなったなあ」と感じていた。別れた頃の思い出がしみじみとよみがえってくる。そうこうしているうちに、健吾が風呂から上がってきた
「今日は遅いのでもう寝ろよ」
というと2人ともすごすごと布団の中に潜り込んだ。法子に布団を借りとけばよかった。今日もソファーで寝るはめになってから気づいた。煙草に火をつけながら、今日一日の事を考えていた。
美和は急に金が必要だったようだ。それも何千万というお金を、康太郎にも相談せずに用立てる必要があったようだ。もうひとつ、なぜ、美術品の代金を自分の口座ではなく、インフィニティーという会社にふりこませたのだろう。この2点をもとに明日から洗いなおしていく必要があるなと感じながら、眠りについたのだった。朝目覚めると、まだ子供たちは眠りについていた。昨日のバケットが余っていたので、バケットを切り、上にスクランブルエッグやソーセージやツナなどを載せて食べ始めた。食べ終えて珈琲を飲んでいると子供たちが起きてきた。
「おはようおとうさん」
と健吾が欠伸しながら話かけてきた
「結構ちゃんとしたごはんを作れるんだね。感心したよ」
「そういわれるとなんだか照れくさいね」
などと話ながら、子供たちは思い思いの物を乗せてバゲットを食べていた。冷蔵庫を開けながら、グレープフルーツジュースを飲み始めた。
「颯太に健吾、お母さんの友達関係とかわかる?」
と問いかけて見ると、颯太が
「お母さん、絶対付き合ってる彼氏がいたよね、健吾?」
「いっつも電話で長話しているので、誰って聞いたらフィットネスクラブのインストラクターの人っていっていたからその人なんじゃない?」
って答えがかえってきた。
「その場所分かる?」
「駅前のホテルの中にあるフィットネスクラブだよね」
と颯太に尋ねる。
「そうそう、ティップオンデュオってところ。」
とのことだった。ここは法子も通っている所でもあった。早速、法子に電話を入れてみる「おはよう。今日もまた早いわね。何か分かった?」
フィットネスクラブの話をすると、
「もしかしたら顔ぐらい覚えているかもしれないね。写真ある?」
さすがに分かれた前の嫁の写真はない。たしか美和の家に子供たちと3人で写っている写真があったことを思い出し、
「美和の家にいけばあるので、ちょっと寄ってくれない?」
と頼み、住所を教えた。美和の家で待っていると、ほどなくして法子がやってきた。入るなりいきなり
「すごい家に住んでいるのね。とてもあなたの給料で買えたとは思えないね」
あいかわらずずけずけ物を言う女だ。
「私の給料ではとてもじゃないが買えないよ。美和が父親から買ってもらったものだよ」「ふーん」
といいながら中を見渡す。そんなことをいっている法子も実家が貸しビル業をしていて
市内に何棟ものアパートを所有しているお金持ちである。実は今住んでいるアパートも法子の親に安く借りているのであった。リビングに入り、法子に写真を見せてみる。
「あったことがあると思うけど、よく覚えてないなあ。フィットネスクラブの友達が何人かいるから、あたってみるわ」
と答えて、写真を持って部屋から出て行った。美和のパソコンを開き、メールの中を探ってみることにした。が、特に目を引くような内容の物がなかったが、中村という男と仕事で泊まるようで、ホテルの予約の手続きをお願いしている文面が出てきた。美和の仕事はネイルサロンの店の経営だ。市内に何件かあるようだが、泊りででかけるような仕事ではない。いったい何のために中村という男と出かけたのか?調べようにも手立てがない。とほうにくれていると法子から電話がかかってきた。
「友達に聞いたら、元奥さんたしかにインストラクターの男と仲がよかったみたいね」
「その男の名前はもしかして中村?」
「そうそうどうして名前を知っているの」
「メールに名前があったんで、もしかしたらと思っていた」
「とりあえず会いに行くしかないようね」
と話をして電話を切った。その間、息子たちは、洗濯物を取り入れて、旅行鞄に服など荷物を詰めていた。
「お母さんが帰ってくるまで、お父さんの家に泊まっていいよね」
と健吾がうれしそうに話してくる。
「いいよ。」
とだけ答えてマンションを後にした。
アパートに戻ると法子が先にやってきえて、
昼食を作る準備をしていた。
「お昼パスタでいい?」
というと鍋にパスタを投入していた。
ちょっと遅めのパスタを食べながら、法子と打合せをした。
「まずはフィットネスクラブに入ってみないと。あそこは一間会員お断りのところだから、私の紹介で一日体験してみるのが一番ね」
「そうしよう」
「じゃあ、お昼を食べ終わってから一緒にいく?」
と言われた。まずは相手の顔がわからないことには真相にもたどり着くことができないと思い、
「まずは様子見にいくか?」
と答えた。
「じゃあ僕たちは留守番だね」
と健吾が話に加わった。
「子連れでフィットネスクラブはさすがに怪しいので、少しの間家で留守番してて
くれる」
と答えると、颯太が
「僕たちもなにか思い出すことがあるか考えておくよ」
「何か思い出しても自分たちだけで動かないようにしておいてね」
「分かった」
と答え、留守番することをしぶしぶ同意した。
z4に乗って、フィットネスクラブの入るホテルへと向かった。車の中でたばこをくわえると、法子は露骨に嫌な顔をする。
「いい加減そのたばこ止めれないの?」
「考えごとをするとつい」
といいながら煙草に火をつけた。
中村という男に会って、なんて話せばいいのだろう。元旦那ですが、元嫁がいなくなったので探しているのですが、どこか知らないですか?とでも聞けばいいのか、話し出すタイミングをどうすればいいのか、ずっと考えていた。法子が何かを話しているが、ラジオから流れるディープパープルの歌にかき消されている。ほどなくしゃべるのを止めておとなしく座っている。このおしゃべりなところがなければ美人なのになあと思いながら、車を
走らせていた。
車をホテルの駐車場に止め、フィットネスクラブに入っていった。一日体験コースを頼み
色々、注意事項等の説明の後、着替えを行い入っていった。ほどなくして法子もやってきた。一緒に並んで、サイクリングを漕ぎながら、従業員をしげしげと眺めていた。誰も中村という名前の人物がいなかった。法子はサイクリングを終え、器具での運動をすべく別の場所へ移動した。その時、スーツ姿の男が階段から降りてきた。一目でわかった。この
男が中村であることを。というのも、美和が追っかけをしているアイドルグループの圭に
そっくりだからである。胸のあたりが隆起しており、いかにも鍛え上げたかのような体格をしている。自分と比較すると嫉妬のようなものを感じてしまいそうなので、やめておいた。その男は階段を降り切ると、事務室の方に入っていった。法子を呼び寄せ、いきさつを話してから、事務室の前の鏡の前で柔軟体操をしながら、中村が出てくるのを待っていた。10分ほどで、中村が事務室から出てくると法子にこの男だと小声でささやいた。
「知ってるわ」
と法子がつぶやいた。一旦、着替えてからフィットネスクラブを出て車に乗り込んだ。法子の説明では、フィットネスクラブに以前通っていた、京子という女性と以前おつきあいしていたようだ。法子は以前京子に写真を見せられていたのでその時に
「彼氏」
と紹介されていたそうだ。その後1年前くらいまでつきあっていたようだが、別れてしまったとのことだ。
「京子に話をきくことができる」
「一度聞いてみるわ」
と言って電話をかけだした。2~3分話をしていたがようやく了解を得たようで、電話を切り
「OKだってさ」
とにこやかに答えた。京子の家は駅の近くの閑静な住宅街にある大きな一戸建てである。法子がドアのベルを鳴らすと大型犬らしき犬の鳴き声とともに、40歳くらいのきれいな女性が顔を出した。法子いわく10年ほど前まではモデルの仕事をしていたのだけど、業界の仕事がいやになり辞めてしまったようだった。今は父の経営する居酒屋チェーン店の本社で経理を担当しているとのことだった。
「あら、今日は彼氏もつれてきたのね。まあ上がって下さい」
と家の中に通された。リビングにつくと
「お茶でも入れますからそこでくつろいで待っててね」
と言われとりあえず、ソファーに腰を掛けた。法子の友達はなぜかお金持ちの親を持っている人ばかりのようである。間もなくすると京子が珈琲を入れて戻ってきた。ちゃんとドリップされた珈琲の良い香りがする。
「総一郎について何か知りたいんだって?」
と京子が話しかけた。いままでのいきさつを話すと
「あんな金に汚い男とは付き合ってられないわよ。私も言われるまま5000万円絞り取られて、もうお金がないというと、そのままポイよ。やってられないわ」
とのこと。詳し話を聞くとこういうことだった。件のフィットネスクラブに入会した際、どこからか親が金持ちなのを聞きつけて、しつこく迫ってきて2年前から交際をする。も、自分のしている事業で損失ができて倒産しそうだともちかけられて、2回にわけて5000万円貸したが勝手にお金を使ってるのを父にばれて、怒られてからは、もう出せないと断るとぱったと連絡が途絶えた。お金を返してもらおうと何度も家に押しかけたが、つれなくあしらわれ、今は弁護士に任せて交渉をおこなっているとの事。話を終えた際はっと思い
「その会社の名前は何というの?」
と尋ねると
「たしかインフィニティーという会社だったと思うけど」
法子と顔を見合わせた。
「その会社なにをやっているの?」
と法子がたずねると
「コンサルティング会社みたいな話をしていたけど、本当に仕事をしているのかは、よくわからない」
と答えた。総一郎の家の住所を聞いてから家を出た。時刻はもうすぐ7時になろうとしていた。車に乗り込み、煙草に火をつけた。法子が煙たそうな顔をしながら
「とうとうインフィニティまでたどりついたわね」
とうれしそうに話した。たしかにたどり着いたが、京子の話からすれば、美和もなんだかの金銭トラブルに発展している可能性が高いと思われる。居場所が不明ならば一刻も早く
探し出さなければ、大変なことになる可能性もある。そう思いながら、総一郎の自宅へと
向かった。駅前の繁華街から少し離れたところにある高層マンションに総一郎の家兼オフィスがあった。31階のその家のベルを鳴らしてみたが留守のようだった。このまま張り込みしておこうかと思ったが、美和も家にいれば出てこれる状態であれば、出てくるだろうと思い、後ほど張り込むこととした。部屋の電気はついていない。まだ、かえってないのだろう。法子もそう思い、ひとまず一旦家に帰ることとした。家に着くと、健吾が長めの昼寝の最中だった。一方の颯太は、洗濯物を取り込み、私のシャツにアイロンを掛けて
くれていた。
「悪いね。シャツにアイロンかけてもらって」
と話しかけると、うつむき加減に
「いいよ。いつも自分のシャツアイロンかけてるし」
とぽつりと言った。夕食の時間はとうに過ぎている。健吾を起こして、ランプフィッシュにて遅めの夕食を取ることにした。
「あら、今日はいっぱいでどうしたの」
とマスターに声をかけられた。「
たまには売り上げに協力しないとな」
とかえすと法子に
「のりさんお久しぶり。こんな大きなお子さん作ったの」
と冗談めかしていうと、健吾が
「お父さんの息子です」
と訂正を入れていた。まだ高校一年では冗談も通じないようである。
「ここのカツサンドうまいよ」
と私が言うとみんなでカツサンドを食べることとなった。
ビールをこよなく愛する法子以外はジュースを頼むとマスターが奥へと入って行った。息子たちに今日の昼以降の出来事を説明した。すると颯太が
「ああその人みたことがある。お母さんが飲みに行って深夜に送ってもらってた人だ。夜中コンビニから帰る途中に見かけたよ。たしか車はベルファイアだったかなあ」
「ワゴン車、インフィニティ、間違いなく美和は総一郎と一緒にいたようだね」
と私が結論づけた。
食事を終えると、子供たちを家に送って、そのまま法子と総一郎の家に行き、張り込むこととなった。時刻は9時。まだ、総一郎の家には明かりはついていない。車は赤いフィアットだと目立つので、近所の知り合いの修理工場の社長にお願いして、白のデミオと交換
してもらっている。車をマンションの近くの駐車スペースに止めながら、煙草に火をつけた。
「なんだかんだ言って、私の車だと煙草が吸えないから交換してもらったのじゃないの」と鼻をつまみながら話してくる。
「そんなわけないよ。」
と煙を吐き出しながら、窓を少し開けた。しばらくしてから、マンションのお客様用駐車場にベルファイアが止まった。
私と法子はすばやく車を降りて、総一郎が自動車から降りるのを待った。ほどなくして下りてきたので、総一郎に続いて2人はマンションのロックをかいくぐり中に入り込んだ。
そして、同じエレベーターに乗り込み32階を押した。総一郎は31階を押している。エレベーターが上がっていく。その間に総一郎に話しかけた。
「中村総一郎さんですね」
とたんに総一郎が抵抗しようとした。すかさず法子が抑えつける。彼女は護身術3段の腕前だ。
「おれが何したっていうんだよ」
とその体に似つかずか細い声を発した。
「片倉美和って知っているよね?どこにいるか教えてくれないか」
というと
「あの女、俺が苦労して貯めたお金をもったままどこかに消えてしまったんだよ。だから俺もあいつのこと探しているのだけど全然見つからなくって困っているんだよ」
「とりあえず手を放してくれよ」
と情けない声で嘆願してきたので、法子に向ってうなずくと、法子は手を緩めた。
「じゃあ残りのことは家で詳しい話を聞かせてもらうね」
と言って、持っていた鍵を奪い、家の鍵をかけて入って行った。
家に入ると総一郎も観念したようで、
「お茶で良いですか」
とこの招かれざる客たちにお茶をいれてくれるようだ。
「お構いなく、それより詳しい話を聞かせてもらえますか」
といいながら、ソファーに座るよう促した。
「いったい美和とどんなトラブルがあったのですか?」
と怪訝そうに見つめる総一郎。元夫であること、子供たちに頼まれて美和を探していることなどを説明した。
「なんで前の旦那が」
と言いかけて途中で話を止めた。法子が手を伸ばしたからだ。
「わかったよ。話すよ」
といいながら、美和との関係を話し出した。
1年前、フィットネスクラブに入会しに来た時に初めて知り合い、本当にお金持ちであることが分かり接近。深い恋仲となっていった。
その後、京子の時と同じく、会社の経営が危ないと言っては、数百万円のお金を使わししていた。その後、もう支払うお金がないような話になって別れ話をしようとしたところ、
美和の方からちょっとあぶないが金になる話があると持ちかけてきたとのことだ。そのためには2億円必要で、お互い一億ずつ出そうということになって、絵を売った700万円と残り9300万円を会社の口座に振り込んできた。総一郎もなんとか一億円をかき集めて会社の口座に振り込んだとたん、美和が会社の口座から2億円丸ごと自分の口座に振り込みをさせ、こつ然と姿を消したとのことだった。
「お金は何に使う予定だったんだ」
と総一郎に問いただすと、
「絵画の地下売買だよ。アメリカからオキーフの盗品の絵を受け取って、日本にいる収集家に15億円で売る予定だって聞かされてたよ。俺が知っているのはそこまで、あとの段取りはすべて美和がやっていたから分からない」
と話すとうなだれた。
「どうせこいつが集めた1億円は、京子のような女性から集めたもんだから、気を使う必要ないよ」
と法子が言い放つと部屋から出て行った。一応、私は、何か手がかりがあったら連絡もらいたいといって携帯の電話番号を渡し法子について出て行った。
「ああっ、あんな男見ると腹が立つ」
法子は車に乗り込んでも、まだ、怒りがおさまらないようだった。
「でもあれだけのイケメンだったら、法子だってだまされるかもね」
って冗談でいったら、きりっとした目をしながら、
「なんだか興奮してきたら、したくなってきちゃった」
と言いながら、唇を重ねてきたしかたがないので、法子の家にちょっと寄ることにした。
朝、法子のベットで目を覚ますと5時半だった。今日は月曜日、子供たちは卒業式だといっていたので、起こさなければと思い、家へ戻った。家についたら、颯太が起きて歯磨きをしていた。健吾はまだ寝ている。
「おはよう颯太」
と声をかけると、
「お父さんも朝帰りなの?」
と歯ブラシを口に突っ込みながら返事を返してきた。
「お父さんもって?」
聞くと、
「健吾もどっかに出かけて今しがた帰ってきたところ。」
「どこに行ったか知ってるか?」
と尋ねたところ、首を横に振った。
「健吾は今日は学校いかなくていいの?」
と聞くと顔を洗い終わって顔を拭きながら、
「こいつは高1だから休みだよ」
って答えた。
「お母さん卒業式に間に合わなかったなあ」
というとあきらめ顔で
「もともと来てくれるとも思ってなかったよ」
と言いながら、珈琲をコップに注ぎいれた。
「もう子供じゃないし大丈夫だよ。お父さんこそ、早く会社に言ったら、遅刻するよ。」と言われた。会社には積み残した仕事がたんまりあるが、今年の3月までに取らなければならない、リフレッシュ休暇を取得しようかと考えていた。
「いいんだ。今日から一週間会社を休もうかと思うんだ。」
「それって僕たちの為、それともお母さんの為?」
「どっちの為ってわけじゃないよ」
と言いながら、自問自答してみた。小さいときめんどう見てあげれなかった子供の為だろうか?いや、自分自身の為に、何かを超える為にやっているような気がしていた。颯太が学校にいってから、会社へ電話をし、一週間の休みをもらい、休み中の仕事の対応を課長に一任してもらうことにした。さて、手がかりがなくなった。さすがに絵画取引などどうやって行われるのかも分からない。法子に聞いてもわからないことだろう。
と、なると、本当は行きたくないが、康太郎に聞くのが一番手っ取り早い気がしてきた。
借りていたデミオを返し、フィアットに乗り換えて、美和の家の近くの康太郎の家に向かって走っていった。家の前に車を止めると、これでもかというような成金らしい家を見上げた。一保険の代理店から、今は誰でも知っている保険ショップの頂点に立つに至った男の家である。過去にはあぶない橋もわたり、黒い関係も週刊誌などでとりざたされたこともあった。玄関のベルを押すと、ちょうど康太郎の会社の専務である、岩崎が帰ろうとしていたところだった。創業時からの社員である岩崎は、康太郎の右腕として色んな意味で
活躍しているようである。
「なんでお前がこんなところに来るんだよ」
と岩崎から罵声を浴びせられた。
「来たくはないのだけど、どうしても尋ねることがあるから、しかたなしにね」
「おまえみたいな出来損ないがくるようなところじゃないぞ。何しに来た」
「君には関係のない事だよ」
と軽くかわして、中に入り込んだ。家に入ると、元義母のゆり子が玄関まできていた。とても70歳には見えない、美貌はいつみても感動すら覚える。どうしてこんな、
偏屈おやじと結婚したのか、不思議でならない。
「美和は見つかりました?」
と問われて
「いや、どこにいるのか皆目見当もつかないので、お話を伺いに寄せてもらいました」
と説明すると、奥から
「中に入れ」
と康太郎が命令口調で怒鳴りながら、顔を出した。私は靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて、すごすごとリビングに向かった。リビングには大きな油絵がかざってあるだけで、あとはソファーとテレビがあるだけのごちゃごちゃしていないシンプルな部屋だった。
「まだ美和は出てこないのか?」
と高圧的に話す康太郎。いままでわかっている状況を話すと康太郎は何か考えながら、ときどきうなずき、話を聞いていた。全部話し終えると、康太郎が
「おそらく絵の買い手は、協参会の黒澤だろう」
と右翼の名前を出した。なにやら、黒澤という男は闇取引で絵画などを政財界の重鎮に売買する取引をやっているとのこと。美和とも面識があるので、まず間違いないとのことだった。昼食を法子と一緒に取ることになった。法子の家の近くのイタリアンの店で落ち合う約束をした。
「黒澤って、かなり危ない仕事をやっている男よね。表向きはバーやキャバクラなどの経営者って肩書きだけど、裏では暴力団とのつながりがうわさされている」
「ああ、かなりあくどいようだなあ」
「もう美和さん探すのをやめた方がいいよ。あなたに危険な目にあって欲しくないから」と法子が心配そうに話す。
「ここまで来たら、あとには引けないよ。もうちょっとで美和を子供たちに会わせてあげれそうだから」
「本当に気を付けてね」
と心配そうな法子の言葉を遮るように携帯が鳴った。健吾からだ。
「どうした健吾」
「お母さんから電話があった。いま港島町にいるって。うまくいけば明日帰れるってさ」「そうか、元気にしてたか?」
「うん大丈夫そうだったよ」
と言って電話が切れた
港島町は倉庫などが並んでいる文字通りみなとに面した町だ。昼間は倉庫業者が開いているから、結構人通りも多いが、夜になると人通りもなく、さびしい場所でもある。とりあえず明日、帰ってくることが確実になったので、これ以上探す必要がなくなった。しかし
ながら、何かしら言いようのない胸騒ぎがあり、このまま待っている気にもなれないので
黒澤が経営するバーにでも、夜に行ってみることにした。法子とはレストランで別れ、いったん家に帰ることにした。
車を駐車場に止めると、アパートの中に入った。健吾が出迎えてくれる。
「お母さん無事でよかったね。」
「明日の何時頃帰って来るって言ってた。」
「時間は分からないけど、早く帰るねって言ってたよ」
ということは取引がうまくいったのだろうか?それともだめになったのだろうか?
「健吾、お昼は食べたの?」
と聞くと、
「朝に買い出しに行ったので、晩御飯も心配なく」
と答えがかえってきた。少し時間があるので、煙草を吸いながら、珈琲を入れ始めた。
少し、ソファーの上でうとうとしていた。ふと気づくと、颯太が帰ってきていた。
「卒業おめでとう」
というと、びっくりしたような顔で
「ありがとう」
と返ってきた。
「これから、着替えて友達とごはん食べにいってくるよ」
といって手を出してきたので、一万円を渡すと
「まいどあり」
といいながら鼻歌を歌いながら出て行った。それを見ていた健吾も
「ついでに俺も」
と言って、手を出してくる。
「じゃあ、今日の晩御飯代と併せて」
と1万円渡すと、ポケットの中にねじ込んだ。
「じゃあ晩御飯にするね。今日はピザを焼くよ」
「そんなものこの家で作れるの?あるのは温め専用のレンジだけなのに?」
というと
「魚焼きグリルで焼けるんだ」
といいながら、生地の上に具を乗せて、魚焼きグリルで焼いていく。ものの2~3分で一枚を焼き終えた。
「すごいな健吾。そんなに簡単にピザがやけるなんて。」
3枚焼き終えて、食事にした。イタリアンピザである。上手にさくさくに焼けている。
「健吾はやはり将来はシェフかな?」
というと照れくさそうに
「将来は海外に料理の修行に行きたいんだ。だから語学の勉強もしなきゃ」
「お前は、色々将来についても考えてるんだな」
私が健吾ぐらいの頃は毎日、遊ぶことしか考えてなかった。
幼馴染だった美和とよく遊びに行ったものだった。遊園地のジェットコースターで嫌がる私を無理やり乗せて楽しんでみていた美和の姿を思い出した。ごはんを食べ終えると、
「出かけるところがあるから」
と言って、健吾に留守番を頼んだ。黒澤の経営するバーに行ってみようと法子を誘って、バーのある駅前までタクシーに乗ってやってきた。
法子は今日は飲まないようで、z4が店の前にうずくまっていた。
「朝から晩まで悪いね」
と声を掛けると、
「毎度の事なんでいいよ、別に」
とわくわくしているような感じがかえってきた。時刻は9時過ぎ。店に入ることにした。コトーという名前のショットバーである。店内にはマスターと常連の客であろう、
サラリーマン風の男が一人と、カップルが一組すでにいた。いつもいきつけのランプフィッシュを暗くして、お洒落にした感じだ。アートブレーキーがかかっていた。曲名までは
しらないがよくきく曲で、店の雰囲気にあっている。右側のカウンターが開いているので
そこに2人とも座り、私はビールを法子はジンジャエールを頼んだ。あたりさわりのない話を30分ほどしていたところ、彫の深い50代の男が一人で入って来た。
「おはようございます」
とマスターが挨拶をした。どうやら黒澤のようだ。何もいわずにジンライムが出てきた。その男はなにやら小声でマスターと話をしている。その間に2人して店を出ることにし、会計を頼み、z4へ戻ってきた。店の前にはレクサスが止まっていた。運転手とおぼしき男が、車を出て煙草を吸っている。
「あの車が黒澤の」
といいかけたところで、黒澤らしき男が店からでてきた。後部座席に乗り込むと車が出た。法子がすかさず、数台間を置いて車を出した。その後、黒澤は何軒か店によりながら、車で移動を続けた。結構どの店も月曜日なのにはやっているようだ。そうしてる内に、急に国道に乗り込むとレクサスは加速し、港島町方面に走っていった。法子はトラックを避けながら、すこし距離を開けてついていく。なかなか大した腕前だ。そうこうしているうちに、港島町の倉庫の一つに車が止まった。少し離れた所に車を止め、ライトを消して動きを待った。
数分もしない間に黒澤が倉庫から走って出てきた。運転手にすぐ車を出すよう指示をし、あわてて出て行った。
「何かあったようよ」
と法子が言うか言わずの内に車から飛び出し、倉庫へと向かった。倉庫の扉を思い切って開けた所、薄明りの中で美和が拳銃で胸を撃たれ、目を見開いたまま死んでいた。一緒になって入ろうとする法子を制し、警察への連絡を行った。
警察での取り調べはそれほど時間を要さなかった。第一発見者であるにもかかわらず、どこからも硝煙反応が出なかったのと、康太郎が出張ってきたため、警察も事件とは関係ないと見て取ったからか、2人とも朝には開放された。息子たちは、康太郎と同じく憔悴しきった顔をしていた。
「お母さんとは対面したのだな」
と聞くと、颯太が
「うん」
と返事を返すのがやっとだった。
「いったい誰が」
と康太郎がつぶやいた。健吾は口をへの字に
曲げたまま、一言も言葉を発せずにいた。私は子供たちの頭をなでてやりながら、
「かならず犯人を捜してやるからなあ」
と自分自身に話かけていた。
しばらくして、子供たちは康太郎と一緒に帰っていった。法子と2人きりになった私は、
まだ手が震えていた。怖くはないのに手の震えがおさまらず、法子に手を握ってもらって
いた。
「犯人を捜すなんて無理よ。あなたの命も狙われるかもしれないのに」
と法子が訴えるのもまるで耳に入ってこなかった。いつもなら逃げてる自分が立ち向かっていくなんて考えもつかなかった。しかし、息子たちの顔を見ると自分でこの一連の事を何とかしなければという感情がふつふつと沸いてきて止めることができなかった。警察を出て、Z4に乗り込むと、煙草に火をつけ、今後について考えてみた。しかしながら、何の手がかりもなく手詰まりかと思えた所、法子が
「オキーフの絵はいったいどこに?」
とヒントをくれた。この絵を追っていくといつか犯人に出会うはずである。まずは黒澤に会って話を聞くことから始めようと思い、もう一度夜にコトーへ行ってみることにした。
美和の通夜が営まれた。颯太は相変わらず、口をへの字にしたまま、涙流さずこらえていたが、健吾は人目もはばからず、大泣きしていた。何か不自然さを感じながらも、焼香を
済ませ、足早に帰ってきた。家に帰ると法子が待っていた。さすがに元嫁の通夜に訪れるとは言わなかったが、心情はいかなるものだろうか?帰るなり、喪服を着替え、コートを羽織りながら、2人で出かけて行った。コトーに到着した。目の前にあるタイムズに
z4を止め、中に入って行った。時刻は9時ちょっと前である。入ると黒澤がもう椅子に
腰かけていた。
「黒澤さん」
と声を掛けると
相手の男は一瞬たじろぎながら
「そうですがなにか?」
と返答してきた。
「昨日の夜の事を聞きたいのですが」
と話すと訝しがりながら
「警察の人?」
と質問を返してきた。
「警察ではないですが、昨日の夜、港島の倉庫にいましたよね。あなたが、美和を殺したじゃないかと疑っているんですが」
「たしかに港島の倉庫には行ったが、そのときにはもう片倉さんはなくなっていたよ」
「それを誰が照明できるのですか?私たちが第一発見者となって警察に搾り上げられたのですが、あなたが現場にいたことはしゃべっていません。なんなら今から警察に話してもいいんですよ。たたけば何か別のことも出てくるんではないですか?たとえば盗品の売買とか?」
「いったい何が聞きたいんだ。」
「オキーフの絵の取引の全貌が知りたいだけですよ」
「昨日の夜港島で待ち合わせをして、オキーフの絵の写真を確認し、今日の朝9時に事務所に届けてもらう段取りだった。現物を画廊店の店主に真偽を見てもらってから15億の支払をする予定だったんだ。」
「その店主って石井?」
「そう、石井画廊店の石井だよ」
「今、オキーフの絵はどこにあります」
「片倉さんは貸金庫にしまっているといってました。私の事務所がある横の銀行の」
貸金庫の中か。美和の所持品に鍵はなかったはずだし、いったい誰が鍵を持っているのだろう。黒澤から聞ける話はここまでのようだ。お礼をいって車に戻った。
「なんか石井って男も怪しいわね」
と車に乗るなり法子が話かけてきた。
「いや、やつは所詮、画廊屋なので、そんな大胆なことできそうにはなかったけどね」
「だったら誰が犯人なのよ」
「それは貸金庫の鍵を持っているやつが一番怪しいのかなあ」
とにかく犯人より先に鍵を手に入れることだ。鍵が犯人まで導いてくれるだろう。たばこを吸いながら、明日、怪しい人物にあたってみようと考えていた。おそらく間違いないだろう。とりあえず家へ向かって車を走らせた。
次の日の朝、法子と遅めの朝食を食べていた。
突然、携帯がなった。
「お父さん、今日のお母さんの葬式には来るの?」
健吾からだった
「でる予定だけどなにか?」
「いや、来るのかなあと思って」
「葬式の後、康太郎の家に
帰ったらまた電話もらえるかな?ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「僕もお父さんと話が有って」
「じゃあまた電話するんだよ」
と言って電話を切った。
「颯太君、それとも健吾君?」
と法子が尋ねてきた。
「鍵の持ち主からさ」
と答えると、法子がいぶかしげな顔をしてくる。
冷たい雨が降っていた。美和の葬式はたくさんの参列者でごったがえしていた。知った顔
に出会うと面倒なので、後ろの方の席に座った。葬儀の間中、離婚の原因について考えていた。所詮、金持ち育ちの美和とは、一般庶民の私との暮らしでは合わない所が多すぎたのだ。康太郎の会社の役員をしていたから、仕事をしなくても、私の給料より多いサラリーをもらっていた。お金の価値観の違いが大きかった。金遣いが荒くて、咎めるとよく言い争いになった。最後には私の方が稼いでいるのだからって言われるとぐうの音も出なかった。そんなことを考えながら、葬式を終えると足早に帰ってきた。
家では法子が待っていて、軽食を作ってくれていた。法子も親がお金持ちだけど、親から引き継いだ駐車場の家賃収入だけで暮らしている。親の会社に入ればもっともらえるもの
の今の所はこれで十分だといっていた。ブランド物もほとんど持たず、服装にもお金をかけていなさそうなので、とても金持ちの娘には見えなかった。そこが私と合うのだろうか
「今夜の予定は?」
と法子が尋ねる。鍵の持ち主に会ってから、話の方向が決まるだろう。
「今日は法子のフィアットを使うね」
と言いながら、軽食を食べ始めた。食べ終わった後フィアットとz4の入替をした。エンジンをかけると、2気筒特有のぶるっとした振動があった。パワーがないが、車体が軽いので、800cc程度の排気量でも、ほかの車に比べても遜色のない走りをする。ただしそれは乗員が2名までで、4人乗るとさすがには知らない。普段人を乗せて走ることが少ない、法子にはぴったりの車であろうと私が購入をすすめたのであった。彼女も満足げではある。そのまま石井画廊に寄った。
「マスター先日は色々有難うございました」
と私がいうと
「美和ちゃん亡くなったんだって」
と返事が返ってきた。
「実は今日寄せて貰ったのは、近く、オキーフの絵が手に入りそうなので真偽を見てもらえないかと思って。頼めるよね」
と話を振ると
「いやあ私も見たことが無いので、真偽を見極めることができるかどうか分からないよ」と興味なさげな表情で答えがかえってきた。
「いいや。それでも見せにくるね」
と言って店を出た。このときマスターに頼み一つの種を蒔いた。
午後5時をすぎたころ携帯がなった。
「今戻ってきたので会えないかなあ?」
健吾からだった。
「30分ぐらいで行けると思うので待っていて」
「わかった」
康太郎宅へ向かった。家の前に車を止めると、颯太と健吾が待っていた。
「健吾のやつ勝手に行動するから」
と颯太が怒っていた。
「まあまあ、それで貸金庫の鍵を持っているのは健吾だよね」
「うん」
「渡してもらえるかなあ」
「はい、これ」
と言って貸金庫の鍵を受け取った。
「事情を話してごらん。お母さんと一緒に何してたんだい」
「どうして、お母さんと一緒だったこと知っているの」
「まずは法子の家に泊まっていた日、健吾は夜から朝にかけて出かけていたよね。それと通夜の時、大泣きしてたよね。あれだけ人前では泣かなかった健吾が大泣きしてるってことは何か知っていると思ったよ」
「そうなんだ。お父さんってなかなかするどいね。あの夜、お母さんが絵を受け取るためのお金を運ぶのを手伝ったんだ。おおきなジュラルミンケースを2つ。それを外国の人に渡すと絵を受け取ってから、いったんお父さんの家に帰って行ったんだ。その後、
みんなが出かけた後にまた、お母さんから電話があって銀行で待ち合わせをし、銀行の貸金庫に絵を預けると、鍵を持っていてほしいと言われて預かっていたんだ。」
やっと話せて安心した表情へと変わっていった。
「後は私が引き継ぐことにする。お前たちは一切かかわるな。ただし、貸金庫が開けれるのはおそらく健吾だけだから、それだけ明日付き合ってね」「じゃあ明日9時に迎えにくるよ」
と言って別れた。
夕ご飯の買い物をしてから法子の家に立ち寄った。ストーブに当たりながら、法子のポトフを作る姿を眺めていた。
どうして、法子と結婚しなかったのだろうか。
いままでつきあっていくなかで何度かチャンスはあったのに、何故かお互い結婚について
は避けて通ってきたようだ。そんなことを考えながら、うとうとと睡魔がやってきてやがて眠りに落ちてしまったようだ。
目が覚めると、ポトフはとうにできあがっていて、法子がぼんやりと外を眺めていた。外は寒そうな風の音を出していた。
「いつの間に眠ってしまったようだね」
と声を掛けると法子はこちらを振り返り
「そうだね。用意するわ」
と言ってキッチンに入って行った。
「法子、ここからはもう私だけで犯人を捜すよ。相手は拳銃を持っているようなやつなので何かあったら大変だ。私も法子を守ってやれる自信がない。まあ法子の方が護身術をやっていて、強いのは間違いないけど。君をこれ以上危険な目に合わせるわけにはいかないんだ。どうか了解してくれ」
と必死に頼んだ。すると法子は
「あなたがそう言ってくることは分かってたわ。あなたと何年付き合っていると思っているの?」
「じゃあわかってくれたんだな?」
「わかったわ。ただし本当に危ないと思ったら、逃げてね。あなたって箍が外れると、すぐ無茶をしてしまうんだから」
「分かった。食事にしよう」
と言って、ポトフに手を付けた。
食事を終えて煙草を吸いながら、珈琲を飲んでいた。美和を殺したやつはだいたいめどが
ついている。しかしそこまでしてお金、しかも大金が必要な理由が分からない。まあ、最終的には捕まえてみて話を聞けばわかることだろう。
翌朝、9時に康太郎の家の前に着いた。颯太と健吾が門の前で待っていた。軽く挨拶を交わすと、2人とも車に乗り込んできた。10分ほど車を走らすと、銀行に到着した。健吾が札と身分証を見せるとうやうやしく金庫室に通された。たくさんの貸金庫がある場所から一点を指さし、健吾がうなずいた。そこに鍵を差し込むと中から、あざやかな花を描いた絵が出てきた。絵を取り出すと中には手紙が入っていた。
「この手紙を読んでいるってことは私はもう死んでいるのね。あなたとは色々あって離婚したのですが、子供たちを託せるのはもうあなたしかいません。子供たちに危険が及ばないよう、もう事件の幕引きをお願いいたします。あなたは何が何でも生き残って、この子達の面倒を見てやってください。よろしくお願いいたします 美和」
早速絵を持って、銀行の外に出た。車を走らせて、子供たちを康太郎の家の前で下した。
「おとうさん、大丈夫?」
と健吾が心配そうに見つめている。
「もうこの件は忘れていいよ。後はお父さんに任せておきなさい」
というと、車を走らせた。車を走らせて、石井画廊に向かう際、後ろから白のクラウンがつけてきているのが分かった。特段隠れてついてきている様子ではなく、まさについてきているような状態だ。こちらも気にするようなしぐさを見せずに、石井画廊まで車を走らせた。
店の前に車を止め、絵を持って画廊に入っていく。店主と話そうとした所、クラウンから
人が下りてきて、店に入ってきた。康太郎の右腕の岩崎だった。
「やっとその絵に会えた。こっちへよこせ」
と言って拳銃を差し出してきた。
「やっぱり岩崎、お前か?美和を殺したのは?」
「そうだよ。俺にはどうしても金が必要だった。康太郎の会社は15億円の赤字を出して倒産間際なのさ。そのために美和が用立てようとして、今回の事件を起こすことを事前に知ったのだ。そこで横取りして黒澤に売りつけようと考えて、張っていたら倉庫の中に入っていった。そこで後を追いかけたがばれてしまって、どうしょうもなく口封じをしたってわけさ」
「そんな理由で美和を殺しやがって」
「さあ、もう絵を渡せ」
「いやだと言っても力ずくで奪っていくだろうから、渡すよ」
としかたなく絵を手放した。
「もう黒澤は絵を買ってくれないよ」
後ろ向きになった岩崎に言葉を投げかけた。岩崎は振り向きながら、
「すでに新しい買い手をみつけてあるから心配無用だよ」
と言って車に乗って去っていった。店主が笑いをこらえている。
「あなたも人が悪い。ここにある店の中に予め偽物を用意させて、そっちを持って
いかせるなんて。私もこれでは共犯ですな」
「石井さんには無理を聞いてもらって感謝していますよ。よく引き受けてくれた。」
「いえいえ片岡家の方々には若いころより親子2代にわたってかわいがってもらいましたので、これくらいお安い御用ですよ」
と言って本物のオキーフの絵を取り出した。
「これからどうなさるおつもりで」
と聞かれ
「岩崎との会話は携帯に録音しているし、これと絵を持って警察に行くわ」
と答え、店を後にした。
警察へいくとほどなくして、岩崎は逮捕された。康太郎は今月末を持って、会社をたたむことにしたようだ。
次の日、美和のマンションで颯太と健吾と待ち合わせをしていた。朝マンションに向かうと2人とも起きてソファーの上でくつろいでいた。入るなり、健吾が駆け寄ってきた。
「お父さん有難う。危なくなかった?」
と聞かれて、
「それほどでも」
と見栄を張って答えた。法子が
「本当は怖かったくせにね」
とちゃちゃをいれてくる。
「今回の事件はこれで解決したけど、お前たち、今度どうするんだ?2人で住まわせるわけにもいかないし、もうちょっと広い家を借りて、一緒に住むか?」
というと颯太が
「僕たち考えたんだけど、この家でお爺ちゃんとおばあちゃんと一緒に住もうかと思っているんだ。会社も倒産してしまった今、住む家がないと思うんだ。いままでお爺ちゃんにお金のことでお母さんがお世話になったので、それも有って。いいかな?」
「お前たちが決めたのならそれでいいと思うよ」
「お母さん、かなりの額の生命保険に入っていてくれたので、僕たちが大きくなって
働くまで十分すぎるお金があるしね」
と健吾が引き続き
「お父さんと法子さんの邪魔する気もないしね。早く一緒に住んでしまったら」
と茶化してくる。
「そんなことは心配しないで時々遊びにおいでよね」
というと法子も
「今度はおばちゃんの家にも遊びに来てね」
と言った。
ベランダから外へ出ると強い風が吹いていた。
けど、それは冬の残りの寒さではなく、春の
それのようであった。 完
残冬