星に願いを

 街の外れにある天文台を訪れた頃には、もう陽もだいぶ傾き、街全体が琥珀色に染まりつつあった。
 天文台のさび付いたドアをそっと……開けようとしたのだけれど、いつも通りにギイと派手な音をたててしまい、奥に居たササキさんにいつもの調子で、おう坊主また来たか、と声をかけられた。
 ここを訪れる度に、誰かが来てもわからないなんて不用心だ、と説教の一つもくれてやろうと思うのだけど、このドアがあるから大丈夫だというササキさんの軽口を実証してしまう、という不本意な結果に終わっている。
「あけまして、おめでとうございます」
「うん。ちょうど良かった、そろそろ『便り』が来る頃だ」
 敗北感に打ちひしがれながらも人並みに年賀の挨拶を奏上した僕に対して、返礼の一つもないのはいい歳をしたオトナとしてちょっと問題があるように思う。
「コーヒーでも飲むか?」
 僕の胸中を知ってか知らずか、妙に機嫌の良いササキさんの好意に僕は素直に頷いた。

 こんな世の中で星など眺めて何になるのか、中学生は道草など食わずに勉強しろ、と周囲の大人たちは口を揃えて非難した。
 でも、僕は天文台通いを止めるつもりはサラサラない。
 喧騒とは無縁の場所というのもあるけれど、僕はここで星を観察しているというササキさんの話が好きだった。
 ササキさんはいかにもうだつがあがらないといった感じの、年齢的にはもう初老って言っていいくらいだろうか、まあとにかくいわゆるひとつのサエナイ感じのオジサンだ。一応ここの唯一の職員らしいけれど、掃除以外の仕事をしているのを皆目見たことがない。
 それが今日に限っては妙にそわそわして落ち着かない雰囲気だった。
 その原因が、部屋の隅に鎮座している古ぼけた装置だということは、ササキさんの視線からなんとなくわかった。
「『便り』ってなに?」
「新地球、って知ってるか?」
 ササキさんは頷く僕を横目に、電気ポットに水を注ぐとスイッチを入れた。
「ずっと昔、この星に見切りをつけて出て行った連中……正確にはその連中の子孫、ということになるのかな。当時は無謀とか散々言われたらしいが、なんとか安住の地を見つけたってわけだ」
 子供のころ、絵本で見たことがある。たしか三百年くらい前の話だったと思う。
「少し前までは、あちこちに天文台があってな、色々込み入った情報もやりとりしていたらしいが、先の戦争でそれどころでなくなってしまった」
 十五年前の戦争の話は僕も学校で習った。
 戦後、天変地異が重なり復興は思うように進まず、生活環境の改善……平たく言えば食料の増産が今の政府の最重要課題だ。
「困ったことに、どうやらあちらも似たような状況らしい。それでも細々と『通信』を続ける天文台は、お互いいくつかしぶとく生き残っているようでな。ここもその一つってわけだ。まあいつまで維持できるかわからんけどな……」
 その時、「受信機」と書かれた古ぼけた金属の箱が、今にもかすれそうな音色で鳴動を始めた。
 ポットからは盛大に湯気が吹き出していたが、ササキさんの視界には入らないことを知ってるかのように、パチンと音を立てスイッチが切れた。
「おっと、噂をすればなんとやら、だ。復号するからちょっと待ってろ」
 そう言うとササキさんはポットにはお構いなしで、「受信機」につながる別の装置を見つめたまま、しばらくカチャカチャといじっていたが、受信した電文を読み上げた。
『明けましておめでとう! お久しぶりです。お元気ですか? こちらはなんとか元気でやっています。星暦二七六年一月一日。TEハイラル天文台』
 そして今度は「送信機」と書いた装置に向かって鍵盤を叩き始めた。入力した文字列がモニタへ浮かび上がる。
『お便りありがとう。そっちも大変だろうけれど、こっちも似たようなもんだ。でもなんとか無事でやっています。星暦二七七年一月一日。新美原市天文台』

 ササキさんは一通り『送信』の儀式を終えると、肩の荷が下りたと言わんばかりの弛緩した表情になり、やっと僕にコーヒーを淹れてくれた。
 ちょっと苦みのきついコーヒーを啜りながら、僕はササキさんに『受信』の日付の間違いを指摘した。もう年も明けたのだから二七七年じゃないか、と。
 ササキさんは苦笑いしながら教えてくれた。
「この通信機はだいぶ旧式でな、どうやら先方に届くまでちょうど一年かかるらしい。昔はもっと性能の良い装置もあったらしいがなんせこんなご時世だ。使えるだけでも有り難い、と考えるべきだろうな。あちらさんも似たような環境なんだろう」
 ――つまり、さっき打った電文が届いてまた返事が届くまで二年もかかるってこと?
 僕がそう尋ねるとササキさんは少し寂しそうに笑いながら頷いた。
「なんせ遠いところだしな……。でもまあこの広い宇宙でお互い無事ってことが確認できた、この星空の中に同じことを考えながら星空を見上げている連中が居るってだけでなんだかちょっと嬉しくならないか?」
 そう言ってササキさんは古ぼけた望遠鏡を覗かせてくれた。
 
 僕はレンズの向こうで瞬く星に、一年後、ずいぶん間延びした年賀の挨拶が無事に届くことを願った。

星に願いを

星に願いを

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-02

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