未来人
とある少年
突如平原に現る
あたりを見回してもどこかわからず
どの方向にもなにもないようにみえる
空には太陽が
地には草が生え
顔には微風を感じる
歩き出すがどこへいくかはわからず
足が勝手に前へ出る
体力だけを消耗する意味のない歩行かもしれないが
とりあえず自ら行動しないと自分のおかれた状況がいったいなんなのか
まったくわかりそうにない
しばらく行くと
地面になにか落ちていた
拾って取り上げてよくみると
なんだかわからないが食器の破片のようだ
昔人がこのあたりに住んでいた印かも
今は誰もいないようすだが
時間をさかのぼるとここには町があって市場があって
大勢の人で活気づいていたのかも
商人の威勢のよい声や荷車をひきずる音
そして売られてゆく鶏の鳴き声が自分の遠い記憶に響いたような気がした
日中なのに音がまったくしないのが奇妙だ
耳が聞こえなくなったのではない
ためしに「あー」というと
確かに自分の声が「あー」ときこえる
しかし声帯がふるえる振動を大気がとらえて伝搬し耳に伝わったのでなく
自分の骨と肉をとおして聞こえるようなかんじである
息は苦しくないので空気は存在しているが
音が伝わらないようである!
となると
直接人と会話できないしテレビもミュート状態ラジオも聞けない
後ろから車が近づいていてもわからないしクラクションも役立たず
夏の夜の花火もその絵柄は楽しめるが
空中に花火が咲いたすぐ後の「ドーン」という体に感じる心地よい衝撃はなくなる
電車の走る音や工事現場の騒音
通勤中の耳障りな他人の携帯電話の会話を聞かなくてすむ
静かでいいけど
自分の声しか聞けない世界って…
他人としゃべることに意味がなくなるので
耳はもちろんそのうち声帯も退化するだろう
そして口を開け閉めするのは食事するときだけで
顎や唇を動かす筋肉も衰えるはず
脳の言語野もそのうち使わなくなって
文章も書かなくなって絵でコミュニュケーションするようになるのかも
ようするに目で「しゃべる」ということ
映画館や野外コンサート場もなくなるだろう
補聴器なんてまったく無意味
野球場へ行っても観衆の一体感からくる陶酔感も湧かず
音楽会もなくなるね
自分の内の声だけきいていると
他人の声をきかないようになるので会話がめんどうになり
そのうち人間に本来備わっている聴覚という能力が使われなくなりやがて退化する
それは人間の総合的な能力というかもっと根底にある感受性が失われるということにもなりそうだ
少年はそんな世界にまぎれこんだのかも
しばらく歩きつづけると
むこうから二人やってくる
「こんにちは」と言っても挨拶を交わすようすはなく言葉を発しない
しかし目でなにか物を言わんとしているようでこちらの様子をうかがっている
彼らの目は大きいが口が小さい
そしてもっと奇妙なのは
耳たぶが退化してメガネがかろうじてかかるくらい極端に小さくなっていることである
音の伝わらない世界に住んでいる人だというのはなんとなくわかる
聞こえないという機能の喪失が顔の形にも現れていて
どことなく宇宙人っぽい形相で顎がとんがっていて全体的には先進的なようにもみえるが
頭がよさそうかどうかはよくわからない
これはひょっとして未来の地球人か?
少年はそうおもった
彼らは互いに顔を見合わせなにか目配せのようなしぐさをしばらくして
またこちらをうかがいながらすれちがった
身振り手振りのような動きをするでもなく
目だけで意思疎通の「会話」ができるのかもしれない
住んでいる環境の変化がそうさせたのか
それとも人類の進化あるいは退化がそのような人をつくりあげたのか
不快な「雑音」「騒音」聞きたくない事に耳を塞ぎ
歩いているとき、ジョギング中、電車の中、車の中で自分の好きな楽曲を大音量で直接耳に注ぎこんでいるうちに聴覚が退化したのかもしれない
あるいは全てのコミュニケーションが携帯端末の発達により活字ベースすなわち「目」でするようになった結果かもしれない
活字ベースだとたしかに機械的にこの地球上のすべての人の「会話」を検閲するのが音声よりかんたんにできるしまたそれらを一時記憶させるのも容量が少なくてすみそうだ
便利さを求めいっしょうけんめいつくって進化させ使ってきたものが人の能力を退化させている
そう少年はおもうと自分にはまだその能力が完全に失われてないことに気づき
ふりかえって出来る限りの大声を張り上げるように口をパクパクさせながらさっき行き過ぎた未来人にむかって走っていき握手を求め必死でその手を通してその未来人と会話をしようとするのであった
未来人