小さいフラワー
3人の若者の小さな旅に関する物語である。
何かと煮えきらず、燻っている、3人の若者がいた。1人は何をしても、うだつの上がらない新崎渡、大学に在籍しているが、通学せずに、家でゴロゴロしているか、街中をぶらついているか、している坂田似樹。残る1人は高校を卒業して、就職活動もず、無職に甘んじている松井ちりである。
この3人は中学の同級生で、卒業以来会ってなかったが、高校を卒業した時、同窓会があり、そこで互いの境遇に共感して、またはちょくちょく会うようになっていた。何もすることがない3人だが、3人ともコーヒーが無性に好きで、そこだけは意見が別れることはなく、だから何かと言うと、喫茶店に集まり、何か相談事があったり、何か事が起こったりすると、すぐに喫茶店という風になった。
しかし事件が1回起こり、3人の間で語り草になった。その事件というのは3人でドライブしていると、なんと迷子になったのである。信じられないことだが、ちょっと遠出しただけなのに、坂田の運転で山の中腹の、訳の分からない所に出た。確かにその時話が盛り上がって、運転が疎かになっていたせいもある。仕方ないので、慎重に周りを見渡して、運転していると、公園に出た。でも公園には誰もおらず、道を聞こうにも聞けず、手持ち無沙汰でいると、なんと白さが際立っている犬がいた。飼い主らしき人はおらず、犬だけが凛々しく歩いている。怖い犬ではなさそうなので、3人で恐々近づくと、犬は尻尾を振って近づいて、3人の前に来ると、ペロペロ舐めてきた。3人は安心して犬を撫で撫でした。
「まあ、えらく可愛い犬だな」
「新崎、この犬引き取ったら、どうだ!!」
「しかしこの犬、野良犬みたいだが、どこか可愛げがあって、頼りありげにしている。新崎、この犬見所があるかもしれないぞ」
「でもなぁ~、所詮野良犬だぞ」
とここで松井が言う。
「私飼う」
「えっ。いいのか!!どこの犬かわからんぞ」
「いい。確かに素性は知れないけど、私の目にはいい犬に映っている。だから飼う。ちょっと家まで車に乗せていくしかないけど、いい?」
「嫌っていう訳にもいくまい。仕方ない。とにかく帰ろう。俺達は迷子になってるんだ」
「そうだな。早く家路を見つけないと大変なことになる」
坂田がそう言うと、3人は急いで車に乗り、犬も一緒に乗っけて、車を発進させた。
1時間後、知っている道を見つけて、そこを頼りに辿っていくと、さらに1時間後無事家に着いた。
新崎と坂田はいつも通りの生活に戻ったが、松井は家でゴロゴロしているのは変わらなかったものの、犬がいるので、ちょくちょく犬と遊ぶようになり、いい時間潰しになった。犬は見た目が可愛らしいので、松井は大いに可愛がり、散歩も行くようになり、いい運動にもなった。でも友達は少なく、あの2人以外は見せる人がおらず、ちょっと寂しかったが、散歩中、近所の若者とすれ違った時、話しかけられた。
「可愛い犬ですね」
「ええ、実はこの犬拾った犬なんです。だから礼儀作法がなってなくて」
「でも大きくもなく、小さくもなく、いい犬ですね」
「ええ、大いに気にいっています」
「いいですね~。それじゃ」
そう言って、若者は行ってしまった。それから楽しく犬の散歩が出来るようになった。
そうこうするうち、平穏な日々が続いていたが、ある日新崎がとんでもない話を持ちかけてきた。
「坂田、松井。聞いてくれ。実はある、秘密的なスポットを人から聞いてきたんだ」
「何だ?秘密的って?」
「実はそこは何でも封印されている場所で、村の人は誰も近づいていないが、知っている人は知っているという伝説の場所らしいんだ」
「どういうものなんだ?」
「それが石らしいんだ」
「石?」
「そう。なんだかしらけるんだが、その石は特別な石で、その石を持つと何かが起こると言われているらしいんだ」
「何が起こるんだ?」
「それはわからない」
「駄目じゃないか。そこが1番聞きたい所じゃないか」
「何でも奇跡的なことが起こるらしい」
「そんなの、迷信だよ」
「実は俺もそう思うんだが、でも行って見たくないか?」
「そうだなあ~。そこは遠いのか?」
「ああ、ちょっと遠い。車で2時間ぐらいかかる」
「松井、どう思う?」
「あたしは最初からそんなこと信じないけど、見てみたい気はする」
「新崎、道はわかるんだろ?」
と坂田は言う。
「ああ、それはわかってる」
「ここのところ、何にもない日々が続いているから、いっちょう行ってみるか?」
「行こう!!」
松井は答えずに、冴えない表情をしたまま、離れた。
そして当日新崎の家に集まった。新崎の車で行くことになり、坂田は電車で来たが、松井は時間になっても来ないので、連絡すると、寝坊してしまって、ちょっと遅れるから、待っててというものだった。松井は来ると、表情が冴えないので、どうしたと聞くと、
「実はあたし不安なのよ。今から行く所大丈夫なの?」
「それはわからないけど、道はわかってるし、危険な所ではないから、大丈夫だよ」
「本当?」
「本当だよ」
松井は一息ついて、
「じゃあ、行こう」
そこで3人は車に乗り込み、新崎が車を発進させた。
しかししょっぱなから、天気予報では晴れと言っていたのに、突然雨が降りだした。
「何だ、雨かよ」
「あっ。でもここらへんは曇っているけど、他は晴れているから、多分通り雨だよ」
「だといいけど」
と松井はぶすっとした顔で言う。
しばらくすると言葉通り雨は止んで、晴れてきた。でも何気に松井が、
「嫌な雨」
と言った。
しかしまたしばらくして今度はマクドナルド店で休憩していると、なんと中学の同級生が1人でバーガーをパクついている。新崎が見つけたので、坂田と松井に顎で示すと、2人とも驚いて、3人顔を見合わせた。
「話しかけてみようか」
と新崎はえらく乗りげに言う。
「やめとけよ」
と坂田は消極的である。
「もう出よう」
しかし松井が、
「ちょっと話しかけてみよう」
「えっ」
「これも何かの縁かもしれない」
松井はスタスタ歩いていって、同級生の所に行くので、新崎と坂田は慌てて後を追った。
「伊藤君、久しぶり」
松井が言う。
伊藤は顔を上げて、松井を認めると、のけ反る程驚いて、ハンバーガーを吐く所だった。
「どうしたの?」
そして新崎と坂田も認めると、
「新崎君と坂田君まで」
「いやぁ~、実は3人である所に行く途中なんだ。そしたら伊藤君がいたんで、思わず、話しかけたんだ」
「そうなんだ。突然なんで、びっくりしたよ」
「ところで伊藤君はこんな所で何をしてるんだ?」
「実は勤めていた会社辞めたんだ。色々あってさ、だから毎日なすことなく、ぶらぶらしているんだ」
「へぇ~、じゃあ今暇してるんだ」
松井が言う。
「伊藤君もよかったら一緒に来ない?」
伊藤はジュースをこぼしそうになる。
「そうだ。そうしなよ。実は俺達今からある秘密的なスポットに行く所なんだ」
「秘密的なスポットって?」
「そこにある力が秘められた石があるらしいんだ。それを見に行くんだよ」
「面白そうだな」
「そうなんだ。どう?」
「じゃあ、お言葉に甘えて、俺も一緒に行こうかな」
「よし、出発だ」
伊藤の席もギリギリ確保して、4人車に乗せて、新崎は車を発進させた。
そして石があるという街にまでは着いた。
「着いたぞ」
「着いたって、ここはどこだよ?石なんてどこにもないじゃないか」
「実は石があるという街への道は知っているんだが、そこからは知らないんだ」
「なんだよ、それ。どうするんだよ?」
「いや、街の人に聞けばわかるだろうと」
「でもその石って、有名じゃないんだろう?」
「そうなんだが、なんとかなるだろうと」
新崎はコンビニに車を停めた。
「ちょっとここで聞いてくるよ」
「大丈夫かよ」
「大丈夫さ」
新崎はコンビニに入っていく。
店員は客と応対している。
「すいません」
新崎は聞く。
「ここらへんに有名な石があると聞いてきたんですけど、場所はわかりますか?」
「石?何ですか?それ」
「ある力が秘められた石がここらへんにあると聞いてきたんですけど」
「さあ、私は知りません」
店員は隣にいる店員に聞く。
「知ってる?」
「そういうものは知りません」
「そうですか?どこかに知ってる人って心当たりないですか?」
「さぁ~、石なんて聞いたこともないからなぁ~」
「わかりました」
新崎はコンビニを出た。どうしようかと迷っていると、犬を連れた少年が歩いてくる。俺もあんな時代があったんだなと思っていると、犬が新崎の所に来て、じゃれだした。
「あれ、なついてる。おじちゃん気に入られたみたいだよ」
と少年は言った。
「この犬、普通の犬みたいだが、なんか不思議な犬だね」
「なんで?」
「いや、ただのカンさ。俺のカンは当たるって有名なんだ」
「実はそうなんだ。この犬、人の心が読めるんだ」
「まさか」
「犬だから、なんとなくだと思うけど、なんかそういう行動を取るんだ」
「へぇ~、あっ。俺行かないと」
「あっ。うん」
2人同時に背中を向けると、新崎が振り向いて、
「一応聞くんだが、ここらへんにある、有名な石って知ってる?」
「あっ。その石知ってるよ。なんでおじちゃん知ってるの?」
「えっ。知ってるの?石って言っても、普通の石じゃないよ。ある力が秘められた石だよ」
「そうだよ。自分の家の近くで、管理されているんだ」
「えっ。本当に?なんで?」
「自分は山の方に家があるんですけど、その山の一角に安置されているんです。ちゃんとした祭壇に飾られていますよ。石は小さいんですけど、しっかりと保管されています」
「ええ~、ちょっと待ってて」
新崎は車の方へ走っていき、他の3人を呼んできた。説明はしたが、少年だったので、皆一様に驚いている。
「君、石のこと知ってるの?」
坂田は信じられないという顔で聞く。
「うん。知ってるよ」
新崎は言う。
「えっと、じゃあ、その石の所まで案内してもらえるかな。実は俺達、その石を見にきたんだよ」
「いいよ。家の近くだから、お安い御用さ」
「よし、じゃあ、行こう」
「僕が石について、詳しく説明してあげるよ」
と5人は車に乗り込み、発車した。
車は少年に促されれるままに進んでいく。
「おじちゃん達どうして石のこと知ってるの?」
「いや、人から聞いてさ。単なる噂だとは言っていたんだが、1回この目で見たくてさ」
「ふーん、でも僕に会えたから、よかったものの、会わなかったら、どうするつもりだったの?」
「なんとかなるなるだろうと」
「なんとかって、その確率は極めて低いよ」
「そうだな」
車は道がわからないなりに行っているので、極めてゆっくりだ。
「実はその石はね、力が秘められているんだ」
「どんな?」
「それがね、確率的には5分5分なんだけど、ある人には効き目があって、ある人には効き目がないみたいなんだよ」
「人を選ぶ訳か」
「そうなんだ。そして石を持つとどうなるかって言うと、効き目がある人には、まず体中にパワーがみなぎってくるそうなんだ。それがすごいパワーで、気を失って、倒れる人もいたそうなんだ」
「へぇ~、そしてそれからどうなるの?」
「今度は徐々に精神的に落ち着いてくるそうなんだ。それがこの上なく晴れ晴れしい気分になるんだって」
「へぇ~、いいなぁ~、それ」
「でしょ。だからいっぺん試した方がいいよ」
「君はどうだったんだ?」
「僕は試したんだけど、なんの効果もなかった。すごく近くにあるのにね」
「そうなんだ。なんか楽しみだな」
「でしょ。僕も。実は効果があったという人はまだこの目では見たことないんだ」
「そう」
「うん。だから楽しみ」
そうこうするうち、車は山の中腹の、あまり人気のない、人家の集まりに出た。その中央にこじんまりとした神社がある。
「ここだよ」
4人は車を降りると、周りを見渡した。
「ここ?」
「またえらく寂れた所だな」
「そんなこと言わないでよ。ここは結構神聖な場所と言われていて、評判がいい所なんだ。確かにコンビニはないし、煙草の自販機も遠くまで、行かなきゃいけないけど」
「うーん、そうなんだ」
3人は胸いっぱいに空気を吸い込んでみる。
「あまり実感が湧かない」
3人とも一様に首を捻る。
「まあ、いいや。石は神社の中にあって、祭壇に飾られているから、そこに行こう」
少年が行こうとすると、新崎が、
「ここは結構遠くから来る人いるの?」
「うん。結構来るよ。でもあまり知られてなくて、神社関係の人が多いみたい。たまに遊び人風の人が来るけど、それは稀で、ちゃんとした人が多いよ」
そう言うと、少年が歩きだしたので、3人は後をついていく。
神社に人気はなく、静かな所である。1人掃除をしている坊さんがいる。
「ねぇ~、石見てもいい?この人達に見せたいんだ」
「おお、久しぶり。えっ、石?ああ、いつもの場所にあるから、見てくればいいよ」
「ありがとう。神主さんに言わなきゃならない?」
「いいよ。いいよ。自分が後で一言言っておくよ」
少年はまた歩き出す。そして神社の片隅にある祭壇にまでたどり着くと、
「あれだよ」
確かにあまり新しくはないが、しっかりと祭壇に飾ってある。石は大きくもなく、小さくもなく、丸い形をしている。
「見た目は普通だな」
「うん。でも実際触ってみると、ずっしりと重みがあって、ぐっとくるよ」
「君には秘められた力はわからなかったんだろ」
「うん。そうなんだ。残念ながら」
「俺達は触られるかな?」
「あっ。そのことを聞かなきゃならなかった。忘れてた。ちょっと聞いてくるよ」
「あっ。いや、そんなに触りたい訳じゃないし」
「遠慮しなくてもいいよ。折角遠くから、来たことでもあるし」
少年はそう言うと、さっさと行ってしまった。
5分程してから、戻ってきた。
「触ってもいいそうだよ。でも気をつけるようにって。神主さんが言うには、あなた達には荷が重すぎるかもしれないけど、悪いものじゃないからって」
「えっ。俺達のこと見てたの?」
「見てはないけど、神主さんにはお見通しなんだよ」
「ふーん」
新崎と坂田はしばらく石を見ていると、松井がいつの間にか前に出て、石を取って、手に取った。
「本当だ。重い」
「おい、大丈夫か?」
新崎と坂田が急いで駆け寄る。
「はい」
と松井は言って、新崎に手渡す。
「重い」
「俺にも寄越せ」
坂田は言う。
「確かに重い。重量感がある。でもなんともない」
坂田がそう言うと、
「なんかあたし目眩がしてきた」
松井が言う。新崎は、
「そうか?俺はなんともないぞ。坂田は?」
「俺も何も感じない」
でも次の瞬間松井が新崎に倒れかかってきた。
「大丈夫か?」
新崎は松井をしばらく支えて上げて、元に戻した。
「ああ、大丈夫」
松井は深呼吸をしたり、肩を上下させたりして、気持ちを落ち着かせた。
「ああ、びっくりした。一瞬意識が飛んでしまった」
「お姉さん、大丈夫?」
「うん。急だったものだから、でも今はちゃんとしてる」
「よかった。おじちゃん達は?」
「俺は何も感じない」
「俺も」
2人は言う。
「そう。でも僕初めて見たな。効果があったという人は」
「……………」
「……………」
「……………」
「それじゃ、とにかくこの神社を出よう」
4人は黙ったまま、境内を歩いて、出口まで行った。
空は晴れ渡っていて、空気が清々しい。
「おじちゃん達、これからどうするの?」
「新崎、どうする?」
坂田は言う。
「もう帰ろうかな。見るべきものは見たし」
「ねぇ」松井は言う。「あたしさっきからちょっと不安なんだけど」
「何が?」
「何かはわからないけど、胸騒ぎがする」
「それは多分さっきの石のせいで、ちょっと不安になってるだけさ」
「そうだといいけど」
「あっ。犬を見れば、ほっとして、また元気が出てくるさ」
「そうね」
ずっと黙っていた伊藤がやっと口を開く。
「俺もそろそろ帰りたい」
「ああ、伊藤君、ずっと黙ってたから、全然気づかなかった。石は触ったの?」
「触ったよ。俺もちょっと気分が悪いんだ」
新崎は皆を見回して、
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。秘密のスポットと言っても、たいしたことはなかったが、まあ、話のネタにならないこともない」
坂田は言う。
「そうだな。ちょっと面白かったな」
少年が口を開く。
「もう帰るの?」
「うん。帰るよ。神主さんによろしく言っておいてくれ」
「わかった。自分もいつか効果が来ることを楽しみにしてるよ」
「そうだな」
「じゃ」
「じゃ」
4人は車に乗り込み、車を発進させて、少年からどんどん遠ざかって行った。
小さいフラワー