星の棲家

星の棲家

 相手が未知のものであったりするとなぜ闘わなければならないのか……?
常に心の中の疑問符と隣り合わせで闘っている。
 ただ言えることは、闘うしか生き残る道はないのだということだけだ。
アキラもミズノも何も考えちゃいけないんだと言う。
僕はまだ16歳だ、死ぬには早すぎると思うし、闘うしか生き残る術は今のところない。

 僕らはただただ地球を守るため、ひいては人類の存亡を懸けて闘っているのだと説明されただけだ。
 地球上に住む人類100億の誰もがその未知のものの姿を見たことなど一度もない。
ただし、彼らが僕らを攻撃しているのも紛れもない事実だ。

 エッジワース及び、カイパー・ベルト上で鉱物資源を発掘、調査していた合衆国国籍のブラッドベリ社の太陽系資源探査船がその未知のものと遭遇したのは、20XX年12月24日――後にブラック・イヴと呼ばれるようになった、人類の歴史上最も衝撃的な出来事あるいは発端――。

 雪の降り積もる大通り公園を僕らは歩き続けた。
天空から舞い落ちる真綿のような雪が緑の眉毛に積もり僕は何度かそれに息を吹きかけた。
その度に僕らは凍てつくような寒さの中で幸せな気持ちでいっぱいになった。
 降りしきる雪の中で重なり合った足跡、踏みしめるたびにキュッ、キュッって鳴るんだ。
僕はそんな思い出を抱きしめている、今日も、明日も……。
二人で入った喫茶店で、真っ赤に点灯する巨大なツリーのようなテレビ塔を見つめ、心まで温かくなるココアを飲みながら付き合って初めてのイヴを過ごした。
 僕も緑も同じ幸福を抱きしめていたんだと思う。僕は緑の幸せそうな笑顔を見ているだけで満たされていた。
 帰り際、僕は見つけたんだ。君が凍てついた窓に書いた落書きを僕は忘れない、LOVEって書いてあったんだよね……君を、アイシテル。

 地球上の枯渇する資源からの脱却を求めて、人類は21世紀初頭から太陽系内惑星の積極的な資源探査に乗り出した。それは、一人の天才の発見によってもたらされた人類への神からの最も偉大な贈り物であると賞賛された。

 素粒子推進の実用化である。素粒子推進は、それまで1年費やした火星への航行をわずか一ヶ月に短縮したのだ。これで太陽系内全惑星への航行が可能になった。

 それまで、人類の繁栄は浪費であったのだ。いずれは、枯渇するであろう地球上の資源は、争奪戦から最悪の内部紛争をもたらし、冷戦以前の緊張は世界を震撼させた。
いずれは、この地球は死ぬのだ。誰もが分かっていたのだ。地球を捨てなければ人類の繁栄はないのだということ、未だ手付かずの資源の宝庫である太陽系に乗り出し、火星あるいは、アステロイド・ベルトその他の惑星の豊富な鉱物資源を発掘し、地球がその恩賜に欲しなければ、確実に人類は滅亡する……あるいは有限な資源争奪のための、戦争、紛争、などによって、そして地球規模の温暖化によって……。

 それまでの前時代的なジエット推進からの脱却。
 超ひも理論から派生した素粒子物理学の偶然の産物として発見されたクォークとレプトンの内部崩壊を利用した素粒子推進が実用化されたことによって人類はそれまでのカメの歩みから飛躍的に惑星間飛行の時代に移行した。
 いわゆるニュートリノ推進時代に突入したのだ。宇宙空間に無限にあるそれらを推進力に使うことは、人類の寿命という命題を差し引けば、恐らくは無限の航行が可能になったのだ。それも、光に近い速さで、人間の寿命を尺度にすれば永遠の航行が可能になったのだ。
 他の惑星の潤滑な資源の発掘、そして、地球への輸送が円滑に行われるようになって、各地で起こっていた何百と言う紛争は、一気に鳴りを潜めた。かつてない世界規模の本当の平和が地球に訪れようとしていた。

 それと呼応するようにNASAからの衝撃的なニュースが毎日新聞紙上或いはTVを賑わした。
 幾つもの彗星が地球の軌道上を通過するというニュース。何者かが故意に修正するようにそのうちの何個かは、地球と衝突する可能性があることを警告するというコメントをまるで出来損ないのオウムみたいに繰り返し論じ、今すぐ地球規模の協力の元に何らかの排撃手段を講じなければ、人類は滅亡するであろうことは明白であると結論付けていた。

 今日もタイタン・ベースからオールトの雲上から発生した軌道を変更したC1689X長周期彗星を破壊したよ緑、この軌道だと間違いなく地球と衝突するそうなんだ。
 だんだん、地球を襲う彗星の数が増えている。彼らも必死なんだろう、闘うしかないんだよね、闘うしか、でも、そんな呵責は今のところない。闘っているという実感がないんだ。何しろ相手は彗星だからね。
僕らは日々闘っている。君を守るために……僕は、愛する君だけのために闘っているんだ。

 火星は、すでに六百万の人口だそうだよ、もう飽和状態なんだそうだ。何しろ人口大気の下で希薄な人口酸素を精製して暮らしているんだからね、一攫千金を夢見て、あの君が住む地球で裕福な余生を送りたい人々が大挙押し掛けたんだから無理もないね。
 火星で産まれた子供たちは火星人って呼ばれるの? ああ、今笑ったね……久しぶりに見たよ君の笑顔……。

 バトラーでパトロールしていると赤い大地に無数に開いた横穴、そこに住む人々、ほら、
その大地は昇る太陽に照らされて長い、長い影を作るんだ。その長大な影もまた赤いんだよ。まるで、地球で見たカッパドキアみたいだと思ったよなぜなんだろう、なんだか懐かしい風景みたいに思えたんだ。
 万里の長城みたいな隆起した岩石の筋が延々と幾重にも延びた赤い大地を、バトラーで飛んでいると、闘っていることを忘れてしまいそうだ。一瞬の平和に身を置くと、ストレンジャーの存在すら忘れてしまう。火星は取り合えず平和を保っている。


「レッド・メールが来たんだ」
僕はそれだけ言うのがやっとだった。
緑は聞いたとたん僕の胸に顔を埋めて泣いた。
泣き続けた。僕の胸にバイカル湖ができるんじゃないかってほど泣き続けた。
「なんで、なんでトオルが国連防衛軍なんかの兵士になんなきゃなんないの!なんでよ!」
「でも、誰かがやんなきゃならない……」
「あたしたちまだ16よ、高校生になったばかりよ。他にもいっぱいいるじゃない、なんでトオルなの!」

 最新の対異星人排撃兵器バトラーを操縦するには特殊な能力が必要なのだそうだ。
日本から選抜されたのは男女合わせて二百人……どういう選抜基準で選ばれたのか、一切朗かにされてはいないけれど、どうやら、自身のDNAあるいは遺伝子と関係があるらしい。

 太陽系内から運ばれてくる豊富な鉱物資源は、地球の崩壊をすんでのところで食い止めた。
 石油一辺倒の社会からの脱却は急速に進む。特定の地域に密集していた石油、そしてその独善的な利権の構造が崩れ、資金源を失ったテロも沈静化してゆく。先進国の社会が石油の呪縛から逃れた時、世界は絵空事であった紛争のない社会、太陽系全域から運ばれてくる豊富な資源、人類が夢見た平和、それがもたらす永遠の停滞が訪れた時、地球は進歩の歩みを止めた。
 それまでに排出された二酸化炭素、それに伴う天候異変、温暖化を修正するには、恐らく百年はかかるだろうというのが著名な環境学者の一致した意見だった。
 地球は歩みを止めた。資源の浪費も、生産も、老化した地球上では食料の生産以外は全てその時点で凍結されたのだ。
 誰もが平和を享受する理想的な社会、それは、進歩のない社会でもあった。そして、超高齢化が進んでゆく社会。極端に少なくなった若者は、地球を離れ火星へ、あるいは木星へと太陽系の辺境を目指したのだ。
 それは進歩こそが究極の人類の宿命なのだと誰もが理解していたからに他ならない。
進歩の止まった世界は死んだも同然なのだ。
 第三惑星は既に忘れ去られた存在になっていった。

 あの入道雲を憶えているかい緑……初めて手を繋いだあの河原の新芽の香りをいっぱいに含んだ風の歌を覚えているかい、そして突然の夕立を、僕らは、雨が勢い良く滴る公園の阿舎で雨宿りしたんだよ……憶えているかい、緑。
 
 額に滴る雫をかき分けて僕らは初めてのキスを交わしたんだ。今でもその感触を憶えている。君の柔らかな唇、そして高鳴る胸の鼓動、どれもがまるで夏の嵐みたいに一辺にやってきて、僕の胸は張り裂けそうだったよ、緑……。
今だって胸に手を当てるとあの鼓動が甦るんだ。
 君の潤んだ瞳、項や、吐息、どれもが僕の中でひっそりと息づいているんだ……。

 土星の無数にある衛星をしらみつぶしに捜索するのは殆ど不可能と同義語だよ、不毛だ。
緑、君に見せてあげたい……土星の輪って、近付いてみるとまるでそこにもアステロイド・ベルトがあるみたいに広大なんだ。、剥き出しの鉱物資源を掘削する無数の商業宇宙船団の姿は壮観だよ。僕らの任務はその掘削船団の護衛なんだ。でも油断はできない。そこにもストレンジャーの罠があるかもしれないから。無数の衛星の間をバトラーを操り、擦りぬけてゆくのは、何度トライしても最高のストレス解消法だよ。
 訓練は日増しに厳しくなってゆくけれど、君がくれたお守りさえあれば僕は乗り切れる、大丈夫だからね。今だって、胸のお守りを握り締めているんだ、緑、きっと逢えると僕は信じてる……。

 =トオル、とっても苦しいの、あなたからの一月ごとの、デスク・レターを開くたびに
あたしの心がきしむのが分かるの、トオル、トオル、逢いたい、とっても……夜空を見上げて泣くしか今の私にできるこっとってないの!逢いたい……=

 ストレンジャーの痕跡は太陽系の全てで見つかっている。
 我々が文明を築くはるか以前から彼らはこの地球に飛来し、あるいは月の上に、太陽系の全ての惑星にその足跡を残した。
 NASAの多くの科学者たちが認めるのは、彼らがこの太陽系の資源を使い果たし、そして、去っていったのだということ。
 畑に食物が育つように、下地を作って、この太陽系を後にしたのだ。
 何千年か、何万年かの時を隔ててまたここに資源採掘のために戻ってくるはずだったのだ。

=トオル、もう泣くのはおしまい。だってどうにもならないことって、この世界にはいっぱいあるんだしね、今はどこにいるの、木星、それとも土星の近く?
離れてくんだね、あたしたち……強くなるよ、あたし……距離を縮める魔法があればいいのにね、ああ、また弱音だ……最低だねあたし=

 ガニメデ・エウロパ・ベースが攻撃されたそうだ。復旧するまで君との連絡は当分できない。

 あの教室の匂いが忘れられない。カーテン越しに真夏の気配が支配する校庭の部活の活気あるざわめきが甦ってくる。
 白状すると、緑、一度だけこのバトラーのエッグ・ベースで泣いたんだ。
 大声で泣き喚いたよ、僕らはこんなに離れてるけれど、確かに繋がってるんだよね、信じたいんだ! そう確信したんだ、だって君の泣き声が聞こえたんだもの……あの暗闇の彼方に君がいると確かに感じたんだ! 緑、緑、泣き言はもう言わない。繋がってるんだよ、僕ら……。

 初めてストレンジャーと交戦した。僕らが人類で初だろうねきっと……アキラもミズノも興奮していたよ、初めて彼らを視覚したんだからね。
 今までは彗星爆弾を排撃するっていう任務ばかりだったからね……。
 実体のない幻を追いかけているようなものだったんだ。
 今はもう分かっている、ストレンジャーはとうとうその実体を現したんだ。
 僕もアドレナリンが体内を掛け巡ったよ! 未知なるものはその姿を現したんだからね。

 彼らの戦闘マシーンを撃ち落す瞬間、彼?彼女と視線が合ったよ。
NASAの科学チームが死体を回収していったから、彼ら、彼女?の秘密が徐々に朗かになるだろう。
 
 なんて美しいんだろう……言葉にならないほどだよ。木星の軌道上に発生する数千キロに及ぶ稲妻はまさにゼウスの振るうスレッジ・ハンマーそのものだよ、緑、この光景を君と分かち合いたい。太陽系の美しさは想像を絶するほどだよ……闘いの場にいることすら忘れてしまいそうなほどね。

 今、このベースで囁かれている噂……まことしやかにね、どうやら僕らはストレンジャーの子孫らしいんだ。バトラーも、彼らが火星上に残した遺跡から発掘された膨大な記録装置の内容を解析して造られたらしい。
 だからかな、バトラーを操るには特殊な能力がいるってのはまさにこのことなのかな……ストレンジャーの子孫、おかしいだろ緑、この噂が本当なら僕は、僕の祖先たちを殺戮してるんだ。そして、彼らだって彼らの子孫が棲む地球を攻撃してるんだ。

 この広大な宇宙で僕らは独りじゃないってストレンジャーと闘って初めて知るなんてね、ちゃんと繋がってたら僕らは仲の良い隣人になれたかも知れない。
 彼らが僕らのアダムとイヴだったのかも知れないんだから……。
 彼らが先に攻撃を仕掛けてきたっていってるけれど、今となってはそんなこともう誰も気にしはしない。僕らは結局闘い続けるしかないんだ、生き残るためにね……緑、僕は君のためにね、絶対に死ねないんだ! 絶対に……。

ストレンジャーの噂をもう一つ……彼らは僕らを試してるっていうんだ。太陽系を飛び出して、外宇宙に乗り出してゆくのに人類が相応しいかどうかをね、彼らは力ずくで試してるっていうんだよ。まさに神の仕業じゃないか、そうだろう、僕らは神と闘ってるんだろうか? 

 まもなくこのタイタン・ベースからエリス・ベースを経由してオールトの雲に向かって僕らは出撃する。
僕らは太陽系を飛び出す最初の人類ってことになるらしいよ、今、国連太陽系防衛軍長官の訓示が有ったんだ。
 緑、必ず帰ってくる。どうやら、そこにストレンジャーの基地があるらしい。詳しいことは極秘らしくて僕らには分からないけれど、とにかく、これが終われば、一応任務が終了するらしい。もうすぐ地球に帰れるんだ!

 すごい数の編隊がエリス・ベースから太陽系を飛び立ってゆく。僕らももうすぐ出発だ、緑、君に逢いたい。
望みはそれだけだ、ただ、君に逢いたい……。

 =国連太陽系防衛艦隊XX15/Sep/20XX/000215687通信履歴詳細=
第一次オールトの雲攻撃隊……交戦後消息を絶つ……乗員1300名の生死は現在不明=

 訓練が終わって今天王星の軌道上に静止している。バトラーの中は快適だけれど、強化チタンの外装の数ミリ先は、絶対零度の世界だ。確認されただけでも60個ほどの衛星が僕の視界を覆っている。
 漆黒の闇の中に浮かぶ天王星とその衛星群……なんて、壮大なパノラマなんだろう、その先には果てしない暗闇があって、そのさらに先には180億光年というとてつもない永遠が待ち受けているんだ。

 緑、僕らはこんなに遠く離れてしまったけれど、ほら、すぐそこに僕は君の吐息を感じられるんだ。あの初めてのキスの時に頬に触れた吐息をね、緑、距離なんかで僕たちは引き裂かれたりはしない。
 この場所にいるからこそ僕は信じられるんだ。この絶対無の場所、太陽系の辺境で僕は大声で叫びたいんだ! 緑、愛している、いつまでも、信じている、この世界が存在するという神秘以上に、僕は……緑、永遠に君を愛している……。


          <了>

星の棲家

星の棲家

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-12

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