青イ光ニ包マレテ
青色のイルミネーションは緻密に計算され、一つ一つ丁寧に配置された。青色には微妙なグラデーションを付け、滑らかな波の動きをプログラミングにより表現し、大胆で繊細な海の動きを再現していて、音響には本物の波の音が使われていた。
綺麗だね、素敵だね、素晴らしいね、それを見つめる人々はそれぞれに歓喜の声を上げた。初めて見る海に感動し、泣き出す人もいた。海ってこんなに綺麗なんだね、こんなに心が落ち着ける場所なんだね。故郷に帰って来た様な優しい気持ちになれるんだね。
まるで本当の、本物の海にいるみたいだー
海をイルミネーションで再現するシー・イルミネーション・プロジェクトが発表された時、人々は多いに喜んだ。海が見たい、海を見れるんだ。期待は膨らみ、そして完成した海のイルミネーションは人々の想像以上に素晴らしいものだった。
たくさん賞賛の声が上がる中でイルミネーションの海を見ていた一人の老人がポツリと呟やいた。
「こんなもの、本物の海じゃない…」
それを聞いていた小さな子供が、本物の海ってどんなの?と老人に尋ねる。
「本物の海はな、もっともっと広くて大きくて、空のずっとずっと先まで続いてるんだ。波は小さな波から大きな波まであって、寄せては返し、返しては寄せ、砂浜には波の飛沫が残っていて…空気は塩気が混じっていて、身体にまとわり付く。それから匂いがな…潮の匂いがするんだ。それが何とも言えん懐かしい匂いで…」
老人はそう語ると目を閉じて海の音を聴きながら、音は本物だから間違いない、と自分に言い聞かせる様に呟やいた。
「この海はキラキラしててとっても綺麗だよ」
「本物の海も、太陽の光を浴びてキラキラしていたさ。朝陽を浴びて白く輝き、夕陽を浴びて赤く輝いていた。その輝きは…こんなもんじゃない。こんなもんじゃないさ…」
「この海は青だね」
「本物の海も青だ。けれど光を浴びて色々な色に変化するんだ」
すごい、と小さな子供は目を輝かせた。側でその会話を聞いていた男がお爺さんもっと詳しく話しを聞かせて下さいと老人に声をかけた。
「突然申し訳ありません。私はこのシー・イルミネーション・プロジェクトチームの者です。お爺さんは本物の海を見た事がお有りになるんですね?貴重なお方だ。ぜひ詳しく話しを聞かせて頂きたい。今後の参考にさせて頂ければ」
「参考になんかならんよ。本物を見た者にしか分からないだろう」
「そうかもしれません。けれど皆見たいんですよ、海を。本物には遠く及ばないかもしれませんがそれでも、見たいんですよ」
老人は目を閉じて、本物の海を懐かしむ様に波の音に耳を傾けている。まだ幼かった頃に見た海を。朝陽に輝く海、夕陽に輝く思い出の海をー
「…波の音はいいな。本物だから。そうだ、いっそ大きなスクリーンに本物の海の映像を映し出したらどうだろうか?映像なら残っているだろう?砂浜はもちろん本物にして、砂だったらそこらじゅうに溢れているからな。貝殻なんかもその辺に置いて…」
そこまで言って老人は言葉に詰まった。光が眩しすぎていけないね、と目尻には涙が光っている。
地球温暖化の影響により海は少しづつその面積が減って行き、何年も何十年もかけて徐々に砂漠化していった。そして地球の七割を占めていた海は、今ではもうほぼ全てが砂漠化してしまっている。宇宙から見た地球は今では青色ではなく、茶色になってしまっていた。
本物の海を見る事など今では夢の様な事で、海を実際に見た事のある人でさえ、もうあまり存在しなくなってしまっていた。
「それは素晴らしいアイデアですね。映像ならもちろん残っています。お爺さん、ぜひご協力の程よろしくお願い致します」
プロジェクトチームの男はそう言って頭を下げ、老人は黙って頷いた。
「大きなスクリーンで本物の海が見たい!」
小さな子供がはしゃぎ出す。それを聞いていた周りの人々もそれはいいな、と騒ぎ出した。昼間の方がいいんじゃない?今度は晴れた日に、皆で。
青イ光ニ包マレテ