月の沙漠

月の沙漠

 妻の三回忌が終わった。

 親戚たちが帰ってから、妻との思い出の河原へ行った。

 少しだけ昼寝でもしようと思ったのだ。

 その時に、不思議な夢……夢だったと思う。

 妻に会えたのだ。



  月の沙漠を はるばると

  旅の駱駝がゆきました

  金と銀との鞍置いて

  二つならんでゆきました



 妻が死んだのは、結婚してから二年にも満たない頃の事だった。

 つまらない怪我がもとで菌が入り、あっけないものだった。

 子供がいなかったのが、せめてもの救いだったと皆が言っていた。

 何が救いだと言うのか。



 妻と過ごしたのは、楽しい日々だった。

 休みの日には、川へ遊びに行った。

 私は魚の釣れない釣りをする。

 妻は小さな折り畳み椅子と文庫本を持って行く。



  金の鞍には銀の甕

  銀の鞍には金の甕

  二つの甕は それぞれに

  紐で結んでありました



 そして結局、昼寝をするのだ。

 二人で、川の音を聞きながら。

 風に柔らかく吹かれながら。

 裕福な暮らしでは無かったが、贅沢な休日だと自慢だった。



 夢の中では、いつもの日曜日のように、妻と二人で河原にいた。

 その日は、いつも以上に楽しかった。

 川の中に膝まで浸かって釣りをしている私に、妻が水をかけてきた。

 二人で、まるで子供のように水をかけあって遊んでいた。



 岸から私を呼ぶ声がした。

 親しい友人の声だった気がした。

 手を振って応えようと振り向いたが、誰も居なかった。



  さきの鞍には王子様

  あとの鞍にはお姫様

  乗った二人は おそろいの

  白い上着を着てました



「今朝は早起きして大変だったね。ご苦労様。お昼寝でもしたら? 」

 そう妻は言うが、もう時間は午後四時を回っていたので私は、

「せっかくの休みだもの、いまから寝ちゃったら時間がもったいないよ」



 そうだ、もったいない。

 妻と過ごす、大事なこの時間を昼寝なんかしてたら、もったいないじゃないか。



「だって、疲れてるでしょ。明日お仕事なんだから、身体、休めてね」

 いつだって、妻は私を気遣ってくれる。

「そうだね。じゃ、晩ごはんまで、少し寝ようかな」



 妻が私を見上げ、ニッコリと笑った。

 妻の笑顔が輝いて見えた。

 まるで、光りに包まれているようだった。



 愛しくて抱き締めようとも、かなわない。

 すぐ近くにいるのに、遠く離れて行くようで。



  曠い沙漠をひとすじに

  二人はどこへゆくのでしょう

  朧にけぶる月の夜を

  対の駱駝はとぼとぼと



 ――ああ、そうだった

    私の妻は死んだのだ

    この夢が覚めたら

    もうそこは妻のいない世界なのだ――



  砂丘を越えて行きました

  黙って越えて行きました



 眼を覚ましたら、そこはいつもの河原だった。

 愛し抜こうと誓った妻は、もうこの世にはいない。

 そのまま河原で少しだけ泣いてから、家へ帰った。



  了

月の沙漠

月の沙漠

妻の三回忌が終わった。 親戚たちが帰ってから、妻との思い出の河原へ行った。 少しだけ昼寝でもしようと思ったのだ。 その時に、不思議な夢……夢だったと思う。 妻に会えたのだ。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-29

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