24才のおしまいに

 「えぇー!どうしてですかぁ?!」
 
 わたしはすっとんきょうな声を上げて、遠回しに拒否の感情表現をした。

 「わたし、事務仕事しかやったことないのに挨拶まわりなんてできませんよぉ」
 「頼むよ、正子ちゃん」
 「ごめんね。家の人、そそっかしいもんだからカレンダーの数量、倍注文
しちゃって。今日、もう31日でしょ。少しでも配って欲しいのよ。ね、手伝って。
お願い」
 バイト先の電気屋夫婦に頭を下げられて、断われるほどわたし、強くない。
 「分かりました…行きます」
 「たすかったぁ!じゃ、これが顧客リストと地図と…それとこれカタログね」

 *

 ああ。まいった。はっきり言ってあたし、知らない人と顔会わせたりしゃべったり
するの、できるだけ避けたい性格。デスクワークっていうからこの小さな電気店の
お手伝いすることしたのに、年末の最後の最後で。ああ。まいった。
 店長からカード借りてガソリンたらふくしたあたしのアルトのハンドルは気の
せいか、重い。助手席にはカタログの所ジョージがおっきい口、開けてる。
ばかみたい。

 「え、と。ここだ」
 1件目。ああ、やだなあ。恐い男の人出てきたらどうしよう。

 ぴんぽん

 「はい」
 
 あう。低音の魅力。ひょっとして1年間の不幸、今日に集中してるんじゃないか
しらん。しくしく。
 出てきたのは背の低い肉体派の色黒なおじさま。パンチパーマがはまってるよ。
 怪訝そうに私のつまさきから頭の先まで、みてる。かちかち。舌の先がしびれる。
 「どちらさん?」
 あたし、ここに来るまで車の中で練習した台詞をせいいっぱいの勇気で1/3言って
尽きた。
 「あ、あの、中井電気なんですけど…」
 途端にパンチおじさんの顔がほころぶ。
 「ああ、中井さんかい。あんた、娘さん?」
 「い、いえ、バイトなんですけど…」
 店長の娘は小学校5年生。私、そんなに幼く見えるんだろうか。しかし、くじけてる
暇はない。
 「ほ、本年はお引き立て頂きましてありがとうございました。また、来年も宜しく
お願いします」
 「あ、ごていねいに、どうもどうも」
 そそくさと、カレンダーとカタログを渡して退散。ああ、こわかった。最初っから
これだもんなぁ。くじけるなあ。しかし座席の横には”むーんむーん”とカレンダー
とカタログが無言のプレッシャーを放っている。うう。こんな夢、見たことあるぞ。
これ「配り終えたら終わりね」って渡された広告ビラ。一生懸命配るのに全然なくなら
なくて、日がくれて寒くなってきて泣きそうなのに、両手にはいっぱいのビラが…。

 ぴんぽん

 「はあい」

 女の人の声。ああ、よかった。
 出てきたのはエプロン姿の若い女の人。

 「こんにちは中井電気です。本年中はお引き立て頂きありがとうございました…」
 しかし、彼女の目は私の手のカレンダーにすでに視線を送っていた。
 「あ、カレンダーね、そこおいといてくださる?わざわざ有難うね」
 顎で礼をしながらおいとまの挨拶もそこそこに扉が閉まる。
 (なんじゃ?最近の若い嫁は。年末の挨拶もできんのか?まったく)
 と、おばさんみたいな思考が働いてしまう。うう。

 リストは市内だけではなく隣町までカバーしていた。へえ、店長こんなとこまで
出かけてきたんだ。それに蛍光灯たったの2本とどけるだけのために。
 件数をこなす度に声が出るようになる、わたし。
 「よいお年をお迎え下さい」
 なんて、台詞も出るようになる。へへ。どんなもんだ。
 会う人もそれぞれ。「このくそ忙しい時に何しに来たの」と顔に書いてる人や、
丁寧に丁寧にお辞儀をしてくれて、いつ背中を向けて良いか分からないくらいの人や。
でも、みんな店長のお客さんなんだ。このみんながいつも伝票につけてる「名前」の
「人」。コンピュータに打ち込んでる「名前」の「人」。なんだか不思議な感じが
した。
 わたし、デスクワークをしていて名前をデータとしか扱ってなかった。数字のやり
取りのラベルとしか考えていなかった。でも実際は、「名前」は「人」だったんだ。

 途中、道を間違えて迷ってしまい、通りがかりの人に助けてもらったり、お客さんの
家の犬に噛まれそうになったり。それから、お店の制服との相性が悪かったのか激しい
静電気でアルトと放電実験してしまったり。でも、何とか5時にはお店に帰りついた。

 「おかえり!ご苦労様!コーヒー入ってるからね」
 「うわお!うれしい!ちょうど欲しかったんだぁ!」

 香ばしい湯気とクッキー。おいし。その時、店長が帰ってきた。
 「あ、終った?ごくろうさま!」
 「おい!かあさん、あれあげた?」
 「いいえ、おとうさんからあげなくちゃ」
  ?
 店長は封筒を持ってきた。
 「はい、今月の給料とボーナス。気持ちだけだけど」
 「え?!!うれしい!店長!愛してるっ!」
 「こらこら、これで年越せるだろ?今年は世話になったね。また来年も宜しく
頼むね」
 家電業界は不況まっただ中。某メーカーでは社員のボーナスは一部現物支給だと
いうのに。
 わたし、挨拶まわりでは1回も出なかった声と気持ちでほんとの年末の挨拶が、
言えた。
 「ほんとうにありがとうございました!来年も宜しくお願いします!」
 

 「藤家のおじさん!あれ、とってある?!」
 「おや、正子ちゃん久しぶり。給料良かったのかい?」
「そ!ボーナスだよ、ボーナス!」
 「ほぉ!そりゃ良かったね。ほれ、ニッカ・フロムザバレル」
 「わかってるって、で、2本ね!」
 「2本?いいけど、あまり飲むなよ」
 「大丈夫!はい、1本はおじさんにお歳暮!」
 「へぇ!こりゃまた気前がいいねぇ!いいのかい?」
 「うん。今年はお世話になりました。来年も宜しくお願いします」
 「これはこれは、ごていねいに。じゃ頂いておくよ。ありがとさん」

 コンピュータを立ち上げ、ネットに入ろうとしたとき、電話のベル。
 「はい、もしもし。池田です」
 「もしもし正子ちゃん?」
 秋子おばちゃんだ。親戚の中でも一番の世話焼き。いい意味でも悪い意味でも。
 「正子ちゃん、今年も帰らないんだって?」
 「うん。飛行機も電車も混でるからさぁ。それに正月だからって行くのなんだか
わざとらしくって」
 「でも、みんなが集まれるのはお正月しかないのに」
 「うん。ごめんね。お金もなかったし」
 「ところで今年の正月で正子ちゃんも25でしょ?そろそろ考えないと…」
 そう。わたしの誕生日は1月1日。正月生まれの正子ちゃん。家の親、ネーミング
センス、極悪。
 「その話ししたら、電話切るって約束だよん」
 「そう言わないの。ほんとに良く考えなさい。ほら、おばさん紹介したあの人…」
 がちゃ
 女に二言はない。わたしはいさぎよいのだ。

 買ってきたウイスキーにお湯を注ぎ、牛乳を落とす。友達には「絶対変!」とか
言われたけど、いいのよ。これが。牛乳の脂肪がアルコールで胃壁が荒れるのを
防ぐし、苦いウイスキーが甘くなるのだ。香りを壊さずに。
 わたしは暖かい格好をし、湯気の上がるそれを持ってベランダへ出る。
 満点の星空。
 もう数分でわたし、25。四捨五入したら30なんて暗い考えがよぎる。ぷるぷる。
 なんで正月なんてあるんだろう。この明日の日が1月1日なんて。良く考えたら変。
誰が決めたのかな。時間の長さは長すぎて、始めも終わりも分からない。でも人間には
始めと終わりがある。このウイスキーの飲み方を教えてくれたおじいちゃんも今年、
亡くなった。やはり時を区切るのは命短い人間が自分の余命を数えるために発明したん
じゃないかな、なんて思う。人間製時間。あ、やだ。縁起でもない。このウイスキーの
せいなんだ。こら、覚悟しろ。もう二杯は飲んでやるからな。

 あと数秒で今年が終る。隣町のスケートリンクでは3年前の私たちがやったように、
会場の知らぬどうしが声を合わせてカウントダウンし「おめでとー!」なんて叫ぶん
だろう。そして向こうに見える公園では暴走族の少年少女達が零時になると同時に
アクセルをふかし、新しい年を迎えるのだろう。
 でも、わたしは今度は、一人。ベランダで自分の区切りを星の軌道に見つけようと
ウイスキーを片手にしてる。
 人間よりずっと長い命を持つ星には人間製時間なんて関係無しに、私たちの「去年」
を引きずりながら回転して行くんだろうこと、半分わかってた。でも。
 わたしは、年が開けたら去年のわたしに言わなくちゃいけない。
 「わたしはまだまだいろんな事を見ていろんな事を知ります。大変お世話に
なりました」
 そして今年のわたしに。
 「今年も宜しくお願いします」

 ウイスキーの湯気のせいか、星のとげとげがたくさん見える。

 さあ。もうすぐ。24のおわり。

24才のおしまいに

24才のおしまいに

24歳独身女子の大晦日

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-29

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