銃騎士物語 - Gun Knight Story -
『勇者のあかし』大会、町に二百年前から伝わる伝統行事。
町の西の外れにある大森林「帰らずの森」には野生のドラゴンが多数生息していた。
技術の進歩による「結界」がまだ無かった頃、ドラゴンは幾度と無く町に現れ、人々を恐怖させた。
腕に覚えのある剣士、術士などが帰らずの森へ行き、ドラゴンの親玉を倒し、彼らは町を襲わなくなった。
ドラゴンを倒した一行を人々が称え、以後、帰らずの森のドラゴンを倒せる者を「勇者」と呼ぶようになる……。
戦場において剣や槍が時代遅れになった世の中、戦士たちは武器を、銃に持ちかえつつあった。
大陸の外れ、緑に囲まれたある小さな町でのお話。
銃騎士物語 Ⅰ
戦場において剣や槍が時代遅れになった世の中、戦士たちは武器を、銃に持ちかえつつあった。
大陸の外れ、緑に囲まれたある小さな町でのお話。
町で毎年開かれる『勇者のあかし』大会、今回で二百回目である。
この大会の勝者には、大金と名誉が与えられる。
町の青年カデット・マーベリックは、今では数えるほどになってしまった「騎士パラディン」の息子であり、彼もまた父の後を継ぎ騎士になろうと、日々修練を重ねていた。
同世代の者は皆、「銃騎士ガンナイト」を目指しており、カデットは「時代遅れの田舎者」とからかわれていた。
「うるせいやい! 騎士道の何たるかも知らねえてめえらに、剣の良さが判ってたまるかよ!」
現在、庶民にとって銃はまだまだ高価で、一般市民が手に入れるのは容易ではなかった。父の姿を見て育ったカデットは、当然のように騎士を目指すようになった。が、内心では……。
「高いんだよ、銃は。そんな金、家中引っくり返したって出てこねえよ」
周りの連中、世の中の流れを見れば、騎士など無用ということには青年カデットにもすぐ解かった。本心を打ち明ける相手は、幼馴染みで恋人のリッシュ・ノーブルのみである。
「リッシュもさあ、やっぱ、剣振り回してる男より、銃騎士のほうがかっこいいと思うだろ?」
リッシュはカデットの一つ年下で、性格は楽天家、いつもニコニコ明るく、皆に可愛いがられている。
「あたしはどっちでもいいと思うよ? カデットならどっちもよく似合うんじゃない?」
今のところ二人はお互い好きあっていて、リッシュにとっては剣だろうが銃だろうが箸はしだろうがスコップだろうが、何でもいいのである。が、カデットはリッシュほど割り切れた性格ではなかった。
周りの連中がカデットをからかったりするので、ますますカデットは悩んでしまう。
「そのうちリッシュも、やっぱり銃ってかっこいいよね、とか言い出すかもな。なんとかなんねえのかな……」
そんなカデットの目に映ったのが『勇者のあかし』大会の看板だった。
「賞金五万! こ、これだっ!!」
「――ね、ね、おじさん、これは? 見たところ、けっこう古そうだしさ」
町外れの銃砲店で、店主の初老と若い女性が、なにやら話し込んでいた。
「あのね、おねえちゃん。あんたが銃、欲しいってのはよーく解かってるんだけどさ、うちの店の中にはどこ探したって、二百五十ぽっちで買える銃なんて一挺もないんだよ、すまねえけどね」
「んじゃさ、そっちの、そう、それは? グリップさびてんじゃん」
「一万! 一切まけられねえよ」
それから小一時間ほど同じ事を繰り返し、とうとうしびれを切らせた店主に女性は店を追い出された。
「ちぇっ、けちんぼーー!!」
女性の名はディージェイ、最近では特に珍しい女性剣士ナイトである。
かなりの腕前だが、彼女がその技術を身につけた頃には、もう騎士と銃騎士が入れ替わりだしていたので、彼女の活躍の場は殆どなかった。それゆえ、かなりの腕前というのも「自称」である。「剣士ナイト」の称号をその若さで持つところを見ると、言うだけのことはあるのだろうが。
「ここなら安いって聞いて、はるばるやってきたあたしは一体……」
ディージェイも先の青年カデットと同じく、剣を銃に持ち代えるべく日々頭を悩ませている一人であった。
「これからはやっぱ銃じゃなきゃねー」
誰にともなくつぶやき、ディージェイはとぼとぼと歩く。夕方、そろそろ辺りが暗くなってきた。
「今日はどこに泊まろっかなー、ったって、お金もあんまないし、また汗臭い部屋の固いベッドだな、こりゃ」
うつむいて歩くディージェイの少し先から男が走ってくる、カデットである。
「よーし! 申し込みも済んだし……賞金は俺様がいただきだ!」
ディージェイとカデットがすれ違う瞬間、道端で猫が鳴いた。にゃー。
ガァン!
凄い音がして、彼女の横で土煙が舞う。
「なんじゃ?」
そこには男――カデットが倒れていた。
猫のほうを見ようと体をくねらせたディージェイ、彼女の持っていた剣の鞘さやが、ちょうどカデットの目の前に突き出てきた格好になり、カデットは鞘に力一杯激突したのだった。
「ばかやろー! 気をつけろ!」
怒鳴ったのは、ディージェイだった。
いきなり倒された上、大声を浴びせられたカデットは、何が起きたか解からずぽかんとしていた。頭をあげるとそこには、凄い目つきで睨んでいる女性、ディージェイの顔があった。
「え? あ、ああ、すいません……」
意味も判らないままカデットは謝っていた。
「ちゃあんと前見て歩いてよ――」
「あーーー! い、痛てぇ!」
今度はいきなりカデットが叫んだ。見ると彼の右腕は……折れていた。
「わ、わ、何これ? ぷらんぷらんって、おい! すっげー痛いぞ!」
痛みがようやく脳にまで伝わったらしく、脂汗を流しながら叫ぶ。
「……腕、折れてるよ?」
ぼそりとディージェイが言い、その一言でカデットは、切れた。
「お、お、お、折れてるよ? どーすんだよこれ! 痛てぇー! だいたいてめえがいきなり、痛っ! 剣なんか突き出すから、ば、ばかやろー!」
銃騎士物語 Ⅱ
夜、カデットの部屋。
「あのさ、いまさらなんだけど……ごめんね?」
ディージェイが床に額をこするようにして謝っていた。医者の手当てを受け、言われた科白は「一ヶ月は安静にしなさい」だった。
「大会は三日後、とほほ」
ディージェイの言葉は殆ど耳に入っていないカデットだった。
「ちぇっ、人がこんなに謝ってんのに」
つぶやくディージェイをカデットがにらんだ。
「俺はな、今回の『勇者のあかし』大会に命かけてたんだぞ! ちったあ申し訳ないですって顔しろー!」
怒鳴られて再び土下座するディージェイ。
「うっさいガキね」
今度は口に出さず思っただけである。
「とほほ、やっと俺も銃騎士ガンナイトになれるはずだったのに……。賞金五万もパーか」
「銃騎士? 五万?」
カデットのぼやきを何とはなしに聞いていたディージェイが、急に立ち上がる。カデットの肩をがっしとつかみ前後に力一杯ゆする。
「何? 何? 銃騎士が何? 五万って? 何? なんなのよ!」
ディージェイの余りの勢いで、カデットは床に転げ落ちる。
『勇者のあかし』大会、町に二百年前から伝わる伝統行事。
町の西の外れにある大森林「帰らずの森」には野生のドラゴンが多数生息していた。
技術の進歩による「結界」がまだ無かった頃、ドラゴンは幾度と無く町に現れ、人々を恐怖させた。
腕に覚えのある剣士、術士などが帰らずの森へ行き、ドラゴンの親玉を倒し、彼らは町を襲わなくなった。
ドラゴンを倒した一行を人々が称え、以後、帰らずの森のドラゴンを倒せる者を「勇者」と呼ぶようになる……。
そんな話が元になって町の年中行事『勇者のあかし』大会が出来た。
銃の登場によりドラゴンを倒すことが昔ほど難しくなくなった今日こんにち、その大会は半分はお祭りのようなものに変わってしまった。
年を重ね、強くなったドラゴンがあまりいなくなったことも、お祭り化の一つの要因だった。
大会の審査内容は、狩ったドラゴンの大きさ、年齢、種類、使用した武器などで、もっとも強いドラゴンを倒した者一人がその年の「勇者」として称えられる。
賞金五万と、闘士ファイター、銃闘士ガンファイターの称号が与えられる。
ちなみに賞金五万は、平均的な家族の五年分の収入程度で、銃一挺の平均価格は二万……銃騎士ガンナイトに貴族が多い理由でもある。
「……ド、ドラゴンを倒すだけで五万! しかも銃闘士ガンファイター! よし、やる、あたしもやるー!」
カデットに話を聞き、目を輝かせるディージェイ。
「残念だな、申し込みは今日までだぜ。それにあんたにゃ無理だよ」
冷ややかな目でディージェイに言うカデット、いくらか仕返しのつもりらしい。
「申し込み? なんて事務的な。ロマンも何もないわね。それよりさ、何であたしには無理だと?」
いくらかプライドを傷付けられたディージェイがカデットに言った。
「そりゃそうさ。いくら最近のドラゴンが弱くなったっつっても、どこの馬の骨とも知らないあんたなんかにゃ無理だよ。腐っても竜ってね、強いぜ?」
カデットの言葉を聞き終わるとディージェイは立ち上がり、今度は両手を胸の前で組み、にやにやしだした。
「ふっふーん、なーめてもらっちゃ困るわよ。あたしはね、こー見えても剣士ナイトなのさ! ナイトよ、ナ、イ、ト! どーだ、びびったか、ガキンチョ」
得意そうな表情のディージェイにカデットは冷たく一言。
「へえ、すげえな。じゃ、がんばれよ、来年な」
窓の外はすっかり暗くなっていた。
そして、ディージェイとカデット、二人の心もまた暗かった。
銃騎士物語 Ⅲ
三日後、『勇者のあかし』大会当日。
「いやぁ、今年も数々の参加者だね。さて次は、格式高い騎士の家系、マーベリック家の長男、カデット・マーベリック! とそのお供の方ぁー!」
町の広場、大会の開始セレモニー会場には、右手を首から包帯で吊ったカデットとディージェイがいた。
「今回、カデット君は右手の負傷にも関わらず大会に参加! これぞ騎士、これこそ勇者というものです! 皆さん、拍手!」
周囲から歓声が沸きあがる。
「では、カデット君、一言どうぞ」
司会の八百屋のおやじがカデットをうながした。
「我がマーベリック家の騎士は、ドラゴンなんぞ片手で倒せるのです! 銃などなくとも、マーベリック流剣技で、ひとひねりだぁー!」
ひときわ大きく歓声が上がった。主に中年や老人で、皆、騎士に誇りを持ち、また、銃化の勢いに乗り遅れた者たちだった。
再び司会のおやじ。
「なお、今回カデット君には、怪我の心配から看護婦さんが付き添います」
ディージェイがにこやかに周囲に手を振る
「さて、そろそろ時間です。ルールは前回と同じです。登録してある個人、パーティーで行動して下さい。武器は自由です、といっても皆さん、銃のようですね。今年も銃の性能が勝敗を左右しそうです。時間は明日の日没までです。なお、怪我をしたり、或いは万が一、死亡するようなことがあっても大会委員会は一切関係ありませんので、あしからず。では、出発してください!」
司会の声と共に五十名ほどの勇者候補が森へ向かって駆けていった。
その殆どは大小さまざまな銃を持っている。中には大きなハンマーやボウガン、槍などを持つ者もいたが、彼らは「勇者」の肩書きを狙っているのではなく「特別賞」や「努力賞」(いずれも程ほどの賞金が出る)などを目指しての参加だった。
ちなみに昨年の勇者はこの町で二番目の金持ちの貴族、一番の貴族は一昨年の勇者である。当然、とても性能のよい銃を持っていた。
「いっとくけど、賞金の半分と称号は俺がいただくぜ? ディージェイ」
「判ってるわよ、ガキのくせにため口はよしてよ。ディージェイさんと呼びなさい」
右手の折れた剣士見習いと、看護婦剣士が、走りながら言い合っていた。
「まかしときなさい、ドラゴンの十匹や百匹!」
少々戻り、大会前日の夜、カデットの部屋。
「――そういうこと。とりあえずあんたは登録してるんでしょ? だから二人で森へ行って、あたしがドラゴンを倒す。で、あんたが倒したってことにするの」
いつの間にかカデットの部屋を宿代わりにしているディージェイ。
「その見返りが賞金の半分、か」
「お互い銃が欲しいってのは一緒なわけでしょ? 二万五千もあればいくらかましな銃が手に入るでしょ。あたしは剣士ナイトの称号持ってっからね、銃闘士ガンファイターなんてすぐなわけ、銃さえあれば」
「で、俺が勇者か」
「そうすりゃ、そのリッシュとかって彼女にもいいかっこ出来るでしょ?」
「べ! べ! 別に! いいかっこがしたいんじゃねえぞ!」
からかい口調のディージェイにカデットが怒鳴る。
「まあまあ、そうかっかしなさんなって。でね、あんたが一人で登録してるから……」
「看護婦、ねぇ」
そんな上品には見えない、と言おうと思ったが口には出さない。自信たっぷりにいうディージェイ。しかしカデットには、彼女がドラゴンを倒せるとはとても思えなかった。
「ま、何もしないよりはましか……。上手くいけば参加賞くらいはもらえるかもしれないしな」
大会一日目、帰らずの森、昼過ぎ。
その名に似合わずとてものどかな風景の森だった。
ドラゴンどころか鳥以外の動物は殆ど見当たらない。時々銃声が聞こえるので何かがいるのだろうが、やる気一杯のディージェイの前には、まだ何も現れていない。
「何よこれ? 「帰らずの森」なんてゲサな名前付けちゃってるわりに」
「近頃はドラゴンも随分と減ったからな。さっきの銃声だって熊か何かだろうな。こりゃ、先にドラゴン見付けた奴が勇者って事になりかねんな」
ガサッ。
そばの草むらから音がして、二人共足を止めた。
「よーし、ディージェイ、見てな。片手とはいえ俺はマーベリック家の次期の騎士だってところ、見せてやっから」
「は?」
音のした草むらにカデットが飛び込んでいった。
「覚悟ぉー!」
「なんのこっちゃ……」
何やら争っている音が数分。音がやみ、カデットが土だらけで出てきた。
「アースドラゴン、一丁あがりだ!」
「アース、ドラゴン? ……それ?」
満面の笑みのカデットの左手には、一メートルほどの「トカゲ」が握られていた。
「ああ、こいつの牙はとても鋭くてな。子供の足くらい軽く引きちぎる、恐ろしい奴さ。ま、俺様にかかりゃざっと――」
言い終わらないうちにディージェイはそばの切り株に腰掛け、昼食の準備を始めた。
「お、おい! なんだよディージェイ! どうしたんだ?」
「はぁーーーっ」
とても長い溜息。
「ねえカデット、参考までに聞くけどさ、去年の勇者が倒したドラゴンってどんくらいの奴?」
「え?」
アースドラゴンをそばに置き、カデットもディージェイの横に座った。
「去年? 去年のは凄かったぜ。銃の性能が良かったとはいえ、あれは凄いと思ったよ。二メートル近くのレッドドラゴンだった。全身を硬い鱗うろこで覆われていて剣では倒せない奴さ。強力な尻尾を持っててな、子供なら三メートルは軽く吹き飛ぶって恐ろしく強いドラゴンだ」
「二メートルって、高さが?」
「え? ははは! 何いってんの。そんなでかいドラゴンがいるかよ。長さだよ、頭から尻尾の先までだ。ん? どうしたんだ?」
ディージェイは頭を抱えてうつむいていた。
「何? どこか具合でも悪いのか?」
「さ、魚釣ってんじゃないんだから、なんて平和ぼけした町なの、ここは……」
「え?」
「アースドラゴン? ただのトカゲじゃないの……あほくさ」
小さくぶつぶつとつぶやくディージェイの声は、カデットには届いていないようだった。
「あたし昼寝する」
返事も聞かずに地面に転がるディージェイ。
「昼寝? き、危険だぜ! こんなところで! レッドドラゴンは昼でも出るぞ!」
「あっそ。そんときはあんたが何とかしなさいよ。じゃ、おやすみ」
「ディージェイ!」
その後、何度か叫んだカデットだったがディージェイは完全に寝てしまった。
「いくら俺が強いったって、そんなに頼られちゃなあ。ま、いいさ。ディージェイ、俺が守ってやるぜ!」
ぽかぽかと暖かな日差しが心地良い午後だった。
目覚めたディージェイと共に森の奥へと進んだカデット、何度かドラゴンに出会った。
「マッドドラゴンだ!」
「またトカゲじゃん」
「グラスドラゴンか、こんな奴が今時いるなんて!」
「緑色のヤモリ……」
「うわっ! ブ、ブルードラゴンだ!」
「ははは、変な顔ー」
カデットの言う○○ドラゴン、その全てが一メートルくらいのトカゲやヤモリだった。それはディージェイの知っているドラゴンとはかなり違ったものらしい。
「なあディージェイ。もう少し真面目にやってくれよ。こんなことじゃ賞金、他の奴に取られちまうぜ」
死闘の末に倒したブルードラゴンを抱えて、カデットがぼやく。
「あんたなら一人で大丈夫よ。なんたってブルードラゴンを片手で倒しちゃうんだもん。あたしなら無理だよ、そんなに凄いこと」
かなりの皮肉のつもりで言ったのだが……。
「まあな。マーベリック家の騎士の手にかかりゃ、あのくらいのこと、どーってことないさ」
当人は一向に気付かない様子。
「はぁー。賞金はすっごく欲しいんだけど、あたしにも剣士ナイトとしてのプライドってもんがあんのよね。トカゲ狩って銃を手に入れたなんて、恥ずかしくて言えないし……」
ぼやくディージェイの目の前に、突然巨大なトカゲ、いや、イエロードラゴンが現れた。
「あ! 危ないディージェイ! 逃げろ!」
カデットが叫んだ。一方ディージェイは、
「ぎゃーぎゃーやかましくしないでよ」
飛び掛ってきたイエロードラゴンを素手でぶん殴った。吹き飛んだイエロードラゴンは太い木に背中をぶつけ、地面で気絶した。
「……す、すげぇ、こ、これが、剣士、ナイトの力……なのか?」
呆けてディージェイの方を見るカデット。
「あんた、寝ぼけてんじゃないの……ったく」
「あのイエロードラゴンを! それもあんなでかい奴を一撃で!」
「あんたさぁ、町から出た事ないでしょ?」
「へ?」
カデットへのディージェイの口調は、出来の悪い息子に対する母親のようだった。
「何で知ってんだ?」
「別に。世の中はさ、まだまだあんたの知らない事でいーーーっぱい、ってことよ」
「は?」
辺りはそろそろ暗くなりかけている。
銃騎士物語 Ⅳ
大会最終日の朝。
朝食を済ませ、森のさらに奥へ進んだディージェイとカデットは、別の参加者に出会った。去年の勇者、町随一の貴族の息子、ロブ・フォリオとそのお供三名。
彼の手には最新型のツーバレルライフルが握られていた。
「おはよう、カデット。今日もいい天気だね。ところでどうだい? 調子のほうは。いのししくらいは狩れたかな?」
ロブとお供が大声で笑った。
「今時、剣を使って大会に出る奴なんて、じじい達の他は君くらいじゃないか? 君もそろそろ銃を手に入れて、銃騎士ガンナイトになるための修行を始めたほうがいいんじゃないの?」
「う、うるせぇ!」
応えるカデットの声は、ロブのお供の笑い声でかき消された。ディージェイは「あたしには関係ない」という顔で離れて立っている。
飾りの沢山付いた銃をカデットの目の前で二度三度振り回しながら、ロブ・フォリオが続ける。
「今回、僕が勇者になったら、リッシュちゃんは頂くよ」
「な? ななな、なにぃ!」
血走った目でカデットがロブを睨む。握られたこぶしがわなわなと震えている。
「彼女みたいな素敵な女性が、今時、剣士ナイトや騎士パラディンなんて田舎者についていくわけないじゃないか。彼女にふさわしいのは強くて勇ましい、誇り高き銃騎士ガンナイトさ。僕のようなね。ま、君も少しは頑張りな。その古ぼけた剣でね」
笑い声と共に貴族集団は去っていった。
手近の岩を蹴って、カデットがわめく。
「うっせぇ! 銃がなんだってんだ! 俺の剣は古ぼけてんじゃねえぞ! 親父から受け継いだ由緒ある聖剣だ! そんな玩具みてえな銃になんか負けねえぞ! ……たぶん」
八つ当たりが終わり、座り込むカデットにディージェイが声をかけた。
「何なの、あいつ?」
「ロブ・フォリオ、金持ち貴族フォリオ家の長男、去年の勇者だ。すっげーヤなやろーさ」
「去年? 赤トカゲひっつかまえたって、あれか」
「レッドドラゴンだ!」
「いいわよ、どっちだって似たようなもんじゃないの。ふーん、あんたの恋敵ってわけね」
からかうディージェイだったが、カデットは溜息で返すだけだった。
「あんなやろうでも銃闘士ガンファイターだもんな。来年辺りは銃騎士ガンナイトか。ちっ! ロブなんぞにリッシュを取られてたまるか!」
「あんたも少しくらい言い返しゃいいのに。言われっぱなしじゃないの」
呆れた顔でディージェイが言った。
「俺だって言いたいことは山ほどあるさ。でも、あのやろうのいった事も本当さ、悔しいけどな。今時、剣士ナイトなんて流行んねえし、剣で銃にかなうわけもないし……」
「そうとは言い切れないわよ? 要は腕次第ってね」
「なぐさめはいいさ」
冷めた表情のカデット、ディージェイのほうはにこにこしていた。
太陽が随分と高くにある。そろそろ昼だ。
「もう昼か、急がねえと、あっという間に日没だな」
「ほーんとね」
険しい表情のカデットに比べ、ディージェイは何も考えていない風だった。
「なあディージェイ、もっと真剣にやってくれよ。この大会で俺の一生が決まるかもしれないってのによぉ」
「大袈裟ね。真剣にったってねえ、あたしの出番なんて全然ないじゃんか」
と、その時。近くで大きな銃声が聞こえた。
「近いわね」
「行ってみようぜ!」
「何で?」
渋るディージェイの手を引き、カデットは銃声のした方へと駆けていった。
銃騎士物語 Ⅴ
森の一番奥、開けて岩場になった部分に出た。
そこには、先ほどの貴族、ロブ・フォリオとそのお供、そして……ドラゴンがいた。
それは今まで見てきたトカゲとは全く違うものだった。
体長は五メートル近く、腕は人の胴体ほどの太さがあり、全身を強固な鱗で覆われている。頭には鋭い角が数本あり、口から覗く牙は肉切り包丁を連想させた。たえず不気味な唸り声を上げている。
岩場を棲家とする龍で、ロックドラゴン(岩龍)と呼ばれている種類のものだ。
「……」
驚きのあまり声の出ないカデット。彼は、ロックドラゴンを見たことが無いのはもちろん、これほど大きなドラゴンなど生まれてから一度も見たことがなく、また、このような大きな生物がこの世に存在するということすら知らなかった。
恐怖で全身汗まみれで震えている。
「ロックドラゴンじゃん、珍しい。こんなところにもいるんだ」
ディージェイの軽口は、もはや彼の耳には届いていない。
「た、た、た、助け……」
どこからか、か細い声が聞こえる。
それは、ロックドラゴンに睨にらまれて身動き一つ取れないほどの恐怖に包まれた、ロブ・フォリオの声だった。お供の三人は今にも気を失いそうである。
「なんじゃありゃ? ねえカデット、これくらいのロックドラゴンならさ、あんた勇者になれんじゃないの?」
にこやかに言うディージェイ。だが返事はなく、カデットは口をぱくぱくさせているだけだった。目は殆ど白目に近い。
「何やってんの、あんた?」
突然、ロックドラゴンの咆哮が辺りに響いた。
「ぎゃああああぁぁ!!」
ロブの叫び声もまた辺りに響く。お供の三人はとうとう気を失った。カデットがまだ声も上げず気も失わず立っていた。さすがは騎士の息子である。
「ちょっと! そこのあんた、何やってんの! 銃持ってんでしょ? さっさと撃ちなさいよ! 喰われても知らないわよー!」
ディージェイが声をかけるが、ロブには届いていない様子だ。彼の銃は地面を向いたままだった。
「ったくもう、世話の焼けるガキだこと。カデット、これお願いね」
カデットに自分の荷物を投げつけ、ディージェイは走り出した。荷物をぶつけられて始めて、カデットは我にかえる。
「え? あ? 何? どうした? 荷物? ……おいディージェイ! どこ行くんだよ!」
ロックドラゴンがロブ達との距離をじりじりと詰めてきた。大きく鋭い眼光はロブを捕らえて離さない。尾がふらふらと左右に揺れる。両者の中間辺りにめがけてディージェイが走っていく。
両手で剣を低く構えたまま足場の悪い岩場を跳ねるような格好でロックドラゴンとロブに近づいていく、が、剣は鞘さやに収まったままだ。
「ガキ! 銃を構えなさい! 早く!」
ようやく聞こえたらしいロブがディージェイの方を向く。
「た、た、助けて……」
その表情は、まことに情けないものだった。涙と鼻水と脂汗でぐちゃぐちゃになり、その上、恐怖で険しくなった顔、確かにガキである。ディージェイは剣を縦に構え、走りながらもう一度ロブに向けて叫ぶ。
「銃よ銃! ドラゴンに向けなさいってば!」
言われてロックドラゴンに向き直ったロブが見たものは……巨躯を上下させ突進してくるロックドラゴンの恐ろしい口だった。
「わぁぁーー!」
叫びながらも銃を構えたのはさすがであった。
ドォォン!
ロブの銃が大音響と共に火を噴いた。
弾丸はロックドラゴンの右前足に当たった、が、二、三枚の鱗が飛び散っただけで、その速度は全く衰えていなかった。ロックドラゴンには痛みとは感じられないほど、小さな傷でしかないようだ。
「アホガキ! まだよまだ! 撃てなんて言ってないでしょが! ……永久の地に潜む広き汝は、石のごときの沈黙の寛容なり。住まう荒野と深く結ばれし生誕よりの定めゆえ、汝は万象を長い目で見つめる。短命なる死すべき定めの生き物たちの傲慢さなど、汝には侮蔑の対象でしかない。我は求める、厳格なる野生と鉄のごとき盾を持つ汝の、豪腕な一撃を……」
剣を大きく振りかぶりながら、ディージェイは呟く。彼女は今、ロブの前、ロックドラゴンの道筋に辿り着いたところだった。ロックドラゴンの口が大きく広がる。距離は三メートルとない。
「ディージェイ!」
「助けてくれー!」
「うるさいガキどもね……」
剣をくるりとまわし、下からすくい上げるように振る、そして……。
「ベヒモス! たぁっ!」
剣の鞘がロックドラゴンの顎あごを捉えた。
力一杯に鞘を振り抜くと、何と、ロックドラゴンの頭が大きく上を向き、その体がわずかながら浮いた。
カデット、ロブ、そして銃声で目を覚ました三人のお供は、その様子を口を半開きにして見つめていた。
ロックドラゴンから唸り声が上がる。
「顎の下! 撃ちなさい!」
振り向いてロブに怒鳴るディージェイ。ロブは一瞬ぽかんとしていた。
「さっさとする!」
もう一度言われて、ロブは引き金を引いた
ドォン!
再び辺りに銃声が響き、それに重なりロックドラゴンの唸り声も上がった。ディージェイが鞘で殴った辺りに拳大の穴が開き、ロックドラゴンは口からどす黒い血を噴き出し、そしてその場に崩れ、辺りは静かになった。
「ったく、とろいガキね」
銃声が消え、ロックドラゴンの断末魔も消え、更にしばらくたってもロブは引き金を引いたままの姿勢だった。お供三人の口は開きっぱなしで、喉の奥まで見えそうだった。
「ディージェイ!」
カデットが走ってきた、が、何を言ったらいいのか判らないらしく、ディージェイとロックドラゴンを交互に見ているだけであった。深く息を吸い込み、そして吐く。それでようやく、いくらか落ち着いたカデットだった。
「ディージェイ!」
「何よ、うっさいわね。そうよ、あたしの名前はディージェイ。で、その次は?」
「す、す、すげえな! あんた! その……」
「んーーー?」
ディージェイの表情がにこやかに変った。
「すげえ! 俺、あんたを見直した! ……いや、そんな陳家なもんじゃねえ。俺、感動した!」
「ふんふん、それで?」
胸の前で腕組みをし、顎を少し上向きにしながら次の言葉をうながすディージェイの表情は、楽しげであった。
「ディージェイ! あんた、すっげぇかっこいい! 剣士ナイト……そう! まさしく剣士ってもんだ!」
「ま、それほどのことはあるけどねー」
感動のあまり、カデットはとうとう泣き出していた。ディージェイの両手を取りぶんぶん振り回しだした。
「すげえ、すげえ、かっこいい……剣士って、いいよ……すげえよ、ディージェイ……」
もう言葉になっていない。
カデットの感動が多少は収まった頃を見計らってディージェイが話す。
「いやー、そんなに感動されると、さすがのあたしもちいとばかし照れちゃうね。あのくらいのこと、実は軽いんだけどね……」
その言葉を聞き、再び涙を流すカデット。
「か、か、軽い! あんたって、もっと、もっともっともっと、もーーっとすげえのか!」
さすがにかなり照れくさくなり、頭をぽりぽりとかきながら言う。
「いちおう剣士の称号、持ってるしさ、誰でもあのくらいはどおってことないよ……ん?」
何気なく下を向き、ようやくロブ達の存在を思い出した。
「何やってんの、あんた?」
鞘の先で軽く突付かれ、ようやく我に返ったロブだった。
「え? あ?」
「どーでもいいけどさ、お礼の一言くらいあったって、いいんじゃないかしら? 勇者さん?」
我に返ったロブだったが、まだ先ほどの衝撃が尾を引いてるらしく、ロックドラゴンとディージェイ、カデットを順番に眺めながら、口をぱくぱくさせている。
「あ、あ、ありがとう! ございますっ! 一体何といったらいいのか……」
ディージェイとカデットが「こいつらボケてるから、ほっとこう」と言い合い、そろそろ昼食にしないかとディージェイが言い出した頃、ようやくロブが正気を取り戻したようだった。
ロブはガバッと起き上がり、ディージェイとカデットの前に走りこんできた。地面に正座し額をこすりつけながら言葉を続ける。
「あなたが助けてくれなければ私達は今頃……本当にありがとうございました!」
「判った判った、もういいってば」
カデットに加えてロブにまでこんな風に素直に感動され、さすがに面倒になったらしく、彼の言葉の終わらぬうちに歩き出した。
「いえ! 私の気持ちが! そうだ! 何かお礼を!」
「もういいって、大したことしてないしさ」
「そんな……」
更に続けようとするロブの目の前にいきなりディージェイの顔が現れた。
「あのね、あんたの気持ちはよーく判った。でもね、あたし、これでも剣士ナイトなのよ、ナ、イ、ト。人にほどこし受けるほど落ちぶれちゃいないの。そりゃお金はないけどさ」
そこまで言われて、ようやくロブは引いた。
「で、で、では、先ほどの化物を町に持ち帰って下さい。そうすれば大会の賞金が――」
「あげるわよ。倒したのはあんたじゃないの。いいわよね? カデット」
うなずくカデット。
「ディージェイが良ければいいさ。俺はなんもしてないから」
「じゃ、そういうことだから」
更に何か言おうとしたロブを置いて、二人は歩き出す。
「私の気持ちが……」
銃騎士物語 Ⅵ
昼食を済ませ、ふらふらと歩いていると、あっという間に夕方になった。
「なあディージェイ、そろそろ帰ろっか」
「ん? いいの? ドラゴン探さなくて。あんた、一匹も持ってないじゃないの?」
「賞金はちょっと惜しいけど、もういいよ。あんな凄いの見せられちゃあな。俺もさ、銃騎士ガンナイトなんてちゃらちゃらしたんじゃなくて、ディージェイ、あんたみたいな本物の剣士ナイトを目指すことにした」
カデットの顔が随分とりりしくなった気がしたディージェイだった。
「へー。いっちょ前のこと言うじゃないの。銃騎士がちゃらちゃらしてるかどうかは別にして、その心がけ、いいんじゃない? 頑張んなさい」
二人は町に戻ってきた。日没までにはもうしばらくあったが、大半の参加者は帰ってきていた。皆、それぞれがドラゴンを数匹持っていた。
「トカゲ、たしかにトカゲだな、あんなもん」
誰にともなくつぶやくカデット。
三人がかりで二メートル近くのレッドドラゴンを抱えている一行がおり、どうやら彼らが今のところ、優勝候補のようだった。
「カデットー!」
二人の方に女性が駆けてきた。カデットの恋人のリッシュだった。
「リッシュ!」
「怪我はない? 大丈夫だった?」
手を取り合いながら言葉を交わすカデットとリッシュ。ディージェイはそばの木箱に腰掛けて、くしゃくしゃになった煙草に火をつけていた。
「大丈夫さ。リッシュ。すまね……俺、ドラゴン一匹も倒してこなかったんだ」
「ドラゴン? いいわよ別に、カデットが無事なら……」
煙草をふかしながらディージェイはブーツでそばの石をごりごりといじっている。
「青春だねー」
二人には聞こえないよう、小声でぼやいている。
「俺さ、親父の跡を継いで、騎士パラディンを目指すよ」
「そう! お父様、きっとお喜びになるわ!」
「なんだ? こいつ騎士の息子なのか。ふーん、そういえば出発前に何か言ってたっけ」
ぶつぶつといいながら煙草をふかしていると、ディージェイの視界にロブ・フォリオが入ってきた。
「おーい、ガキンチョー」
ぶんぶん手を振るディージェイに気付き、ロブが走ってくる。
「ありゃ? あんた、さっきのロックドラゴンは?」
だらけたディージェイに対し、ロブは背筋を伸ばし、全身がこわばっている。緊張しているらしい。
「は、はい! あれはやはりあなたが倒したようなものであり、私がそれを横取りするような真似は、その、出来ません! なので、あそこに置いてきましたです!」
「ふーん、意外に真面目なのね」
「はっ!」
ロブが敬礼の格好をした。何か勘違いしている風だったがディージェイは特に気にしない。
「わ、わ、私も、剣士ナイトになるべく、日々精進することにしました!」
「そう? 頑張ってね」
「はっ! では、失礼致しますっ!」
一礼するとロブはぎこちない足取りで去っていった。しばらくして会場の辺りから歓声が上がった。
「ねえカデット、何かあったみたいよ?」
あつあつの二人にディージェイが声をかけた。
「何だろう、行ってみよう」
ディージェイ、カデット、そしてリッシュは歓声の上がった方へ向かった。
「な! 何と! 凄いことになりました!」
広場の中央に組まれた台の上で、司会の八百屋が叫んでいだ。
「こんな凄いものを、私は物語でしか知りません! 小山ほどもあるドラゴンです! まるで神話の世界の出来事のようです! これを倒したのは、大地主グレス家の長男、ギム・グレス、その人です!」
司会の八百屋にうながされ、男が周囲に手を振る。
そこには、数時間前、ロブ達を恐怖させ、ディージェイが倒したあのロックドラゴンの死骸が置かれていた。
「何言ってんだ! あれはディージェイが!」
カデットが叫ぶが歓声の方が大きく誰にも聞こえていない。ディージェイは澄ました顔でその様子を眺めている。
「では! 勇者ギム!」
言われて、ギム・グレスが歓声を手で制してから、喋りだした。
「いや実際、私も驚いたよ。この恐ろしい怪物が岩場にいたのを見付けた時は。こいつが私達の方を睨みつけ、そして襲ってきた。しかーし! 私に恐怖は無かった。こんな恐ろしい奴がもし町に現れたら、そう考えると恐怖など消し飛んだ。何としてもこの怪物を倒さねば! 私は怪物に立ち向かった! 死闘の末、何とか倒すことが出来たのだ!」
ギムが言葉を切ると、周囲から大歓声が沸く。
先のロブ達やカデットの例を出すまでも無く、この町の住人は体長五メートルを超える生き物など一度も見たことはない。そんなものは、それこそ物語の中での出来事だと誰もが思っている。それが今、目の前にいる。騒ぐなというほうが無理というものだ。
「ディージェイ! あいつ……」
カデットは必死にディージェイに訴える、が、当のディージェイは先ほどから変らず澄ましている。
「なあ、ディージェイ」
「いんでないの? あたしはさ、別に人に褒めてもらうためにあれ倒したんじゃないし。そもそもあいつを倒したのは、さっきのロブとかいうガキじゃない。あたしはちょこっと手伝っただけよ」
さらっと言うディージェイだったが、カデットの方は全く納得できない様子だった。
「くそ! 我慢できねぇ! 俺が言ってやる!」
「やめといたらー?」
面倒くさそうに言うディージェイの制止を振り切り、カデットは広場の中央へ向けてずんずんと歩いていく。
「――その時! この恐ろしい怪物の尾が我々の頭上に振り上げられ……ん? 何だね、君は?」
ギムが演説を中断し、目の前に現れたカデットをわずらわしそうな目で見る。
カデットは大きく息を吸い込み、そして吐く。
「そのドラゴンはお前が倒したんじゃないだろ!」
そう叫んだのは、カデットの隣から顔を突き出したロブ・フォリオだった。
「ロブ?」
いきなりの大声でカデットは驚いていた。
腰に手を当て、ロブが続ける。
「そのドラゴンは、あそこにいる誇り高く勇敢な剣士ナイト、ディージェイさんが私を救うために倒したのであり、お前などではない!」
ロブの言葉で一瞬呆けたギム・グレスだったが、すぐにその表情は笑顔に変り、そして大声で笑い出した。
「剣士ナイト? は! はーっはっはっは! お前、確かロブ家の長男、だったな。何を言い出すかと思えば。お前にはこの怪物が見えんのか? こんな恐ろしげな生き物をお前は今までに見たことがあるか? 剣士だと? 剣士ってのはあれか? 剣をぶんぶん振り回してるあの時代遅れのことか? そんな奴らにこの怪物を倒す力なんてあるわけがないだろうが! 第一、こいつの鱗は剣なんかじゃ傷一つ付かないぞ?」
にやにやしながら言うギムをロブが睨む。
「とどめは私の銃だが、それを可能にしたのは彼女の剣だ!」
再び大声でギムが笑った。
「なあロブ。お前がこの怪物を見て驚いているのはよーく判ったよ。だがな、自分がとどめを刺したなんて嘘は、みっともないからやめたほうがいいぜ。だったら何でお前がこの怪物を町に持ってこないんだ?」
「私は! 彼女の手伝いをほんの少ししただけで、倒したのはあくまで彼女だから――」
「はっ! もういい、もういい。ロブ、早く家に帰ってベッドに潜り込んでな」
ギムの言葉と周囲からの罵声でロブは会場の隅へ追いやられてしまった。
「なんて奴だ……」
ロブと共に隅に追いやられたカデットがつぶやく。ロブは悔し涙をこらえ、体を震わせている。
「私は、私は何と言われたって構わない。だが奴は剣士ナイトを侮辱した! 以前の私も奴と大差なかったが、今は……くそっ!」
そばにあった樽を蹴飛ばし涙をぬぐうロブ。見ると彼の腰にはいつの間にか剣が下がっていた。
「なあカデット、一体どうしたらいい? あんな卑怯な奴を許せるか?」
「ガキンチョー、なーに熱くなってんの」
いつの間にかディージェイが二人のそばにやって来ていた。隣にはリッシュもいた。
「ディージェイさん!」
「ディージェイ……」
相変わらず涼しげなディージェイ。
「言いたい奴には言わせときゃいいし、ロブだっけ? あんたがあのロックドラゴンを倒したってのは、あんたが一番よーく判ってんじゃん。剣士がその剣を振るうのはさ、誰かに見せる為でもお金の為でもないのよ。ねえカデット、あんたもお父さんにそんな風に言われたことない?」
「……ある、けど……」
「人に何を言われようと、認められなくても、我が道、信じる事を貫く。何より自分に誇りを持つこと、それがさ、本当の剣士や騎士だって、あたしはそう思うよ」
ディージェイの言葉にカデットとロブは頷く。が、やはり悔しさは隠せないようだった。
「そのお嬢さんの言う通りだ、カデット。そしてロブ・フォリオくん」
ディージェイの後ろから年配の男が声をかけてきた。
がっしりとした体格、堀の深い顔には立派な髭があり、その腰には古びた剣が刺してある。
「親父……」
「へ? あんたのお父さん? ってことは……騎士パラディン?」
「初めまして、息子が色々と世話になったようで、遅ればせながら、ありがとうございます」
深々と頭を下げるカデットの父。騎士、ランス・マーベリック。
慌てて手を振るディージェイ。
「いやいやいや! あたしは別になんもしてないです! 人に礼をされるようなことはなにも!」
しばらくして頭を上げると、ランス・マーベリックはにっこりと微笑んだ。
「剣士、騎士としての誇り……あなたのような若い方がそんな風にいうのを、久しぶりに耳にしましたよ。最近は皆、銃を好んで使いたがりますからね。こんな田舎町では、本当の剣士ナイトや騎士パラディンは、もう数えるばかりになりました。私を含め、皆、老人ばかりですがね。カデットが、息子が銃騎士ガンナイトになりたいと言うのなら、それでも良かろうと思っておりましたが、どうやら……」
息子、カデット・マーベリックを見るランス。
「俺は、騎士、ランス・マーベリックの息子。親父の剣、使わせてもらうぜ!」
にっこりと微笑んで応えるカデット。
「修行仲間も出来たようだし、なあ、ロブくん?」
言われて、こちらも微笑むロブだった。
「リッシュちゃんをめぐっての恋敵って奴ね」
二人に向けディージェイが言い、一同に笑いが起こる。
遠くではギム・グレスの演説がまだ続いていた。日没が近いらしく、辺りは暗くなってきていた。
「そういやさ、ディージェイ。あんた、なんで銃なんて欲しがってたんだ? あれだけの腕があるのに」
カデットの言葉に、ディージェイの顔はあからさまに引きつった。
「え! あ? あー、そ、そう、そのー、そうよ! あの、た、頼まれたのよ! そう! 友達にさ、頼まれちゃってさ! あたしが旅に出るって言ったらさ、じゃあついでに銃を買ってきて、ってね!」
その笑顔はとてもとてもぎこちなかった。見ると冷や汗だか脂汗だかでびっしょりになっている。
「へえ、そうなんですか。それは、申し訳ないことをしましたね」
すまなさそうに言うロブとは目を合わせず、ひひと笑い続けるディージェイ。
「……(い、言えない! あんだけかっこいいこと言っといて、実は剣士がダサいから銃騎士になりたかったなんて、口が割けてもいえんぞ!)」
おろおろするディージェイの気持ちなど全く気付かず、ロブが、なら自分の銃を譲ろうか、などと言い、ますますたじろいでしまう。
「い! いいのよ、そんなこと! べ、別に急いでるわけじゃないしさ! ま、まあ、そのうち手に入れるから!」
「あら? 何かしら、あれ……」
取り繕うディージェイの横で、空を見上げたリッシュが何気なく言った。
リッシュの指差す方向には、一羽の鳥が飛んでいた。
何とか話をそらそうとディージェイも空を見上げる。
「え、あ、あら、本当ね。何かしらー。鳥、烏からすかな? ……ん?」
瞬間、笑顔が消えた。
ディージェイの様子を見て、一同も空を見上げた。
その鳥のシルエットは降下してきた。すぐそばを飛んでいると思われたその影は、予想外にどんどん大きくなっていく。距離感がわからない。
「……アーマー、ドラゴン……」
銃騎士物語 Ⅶ
そろそろ日没だというのに、勇者ギムの演説はまだまだ続きそうだった。
群集の中の一人の女性が、空を見上げて呆けている。
「何だ、あれは?」
つられて周囲の者も上を見た。夕日で紅い空に巨大な影があった。一瞬の静寂、そして……。
「ば、化物だぁぁーー!!」
一人の男が叫び、一気に群集はパニックになった。
大きな地鳴りと共に、影が広場の中央に降り立った。
あまりの大きさなので、それがドラゴンだと判るのにしばらくかかる。
顔の先から尾までの長さは二十メートル近く、一枚が盾ほどもある赤い鱗うろこが全身をびっしりと覆っている。背には巨大な翼があり、広げれば三十メートルはゆうに超えそうだった。その巨大な口からのぞく無数の牙は、夕日色に輝いていた。
群集はあっという間に散り散りになる。
演説を続けていたギム・グレスは、その巨大な「ドラゴン」のほうを見たまま、口を半開きにし、完全に固まっている。
ぶん、と風を切る音がして、ドラゴンの顔がギムを捉える。大きすぎてそれと判りにくい目がごろりと動き、威嚇であろう咆哮を上げた。
空気がびしびしと震え、ギムはぺたりと座り込んだ。
「アーマードラゴン(重殻龍)、でかいな。ロックドラゴンの死体につられてやってきたのかな?」
広場に向けて走るディージェイがつぶやく。少し後ろにカデットとロブもいた。
「ディージェイ!」
「あんたら、何やってんのー?」
「え? い、いやー」
どうやらつられて走っていただけのようだった。
「まあ、見てなさいって。剣士ナイトのさー、かっこいいとこ、見してあげるからさ!」
にこにこしながら二人に手を振り大声で怒鳴ると、ディージェイは広場のアーマードラゴンへと駆けていった。立ち止まり、顔を見合わせるカデットとロブ。
「かっこいいとこ……って?」
広場中央に組まれた演説台に辿り着いたディージェイが、今年の勇者、ギム・グレスに声をかける。
「よっ、勇者さん。このアーマードラゴン倒してよ、ね?」
片目をぱちりとしながらディージェイが言うと、驚いたことにギムが立ち上がった。
「おう! 任せておきなさい!」
ギムは自慢の最新式のフリントロック式ライフル銃をアーマードラゴンの鼻だか額だかに向けて構えた。
どうやら彼は、あまりの恐怖のため、目の前で起こっていることを理解できていないようだった。脳の限界を超えた出来事のおかげで恐怖心も吹き飛んでいた。
ギムが最新式の銃の引き金を引くと、ロブ・フォリオの銃の数倍の音がしたが、アーマードラゴンの巨大さの前では、それはあまりに頼りなかった。
カキッ! と軽い音がして、弾丸はアーマードラゴンの皮膚にいとも容易く弾かれた。
「どうだ!」
叫ぶギム、完全に我を忘れている。
「なんのこっちゃ」
言いながらディージェイは剣を鞘から抜き、荷物袋から取り出していたゴーグルをつける。
「よーし、久しぶりの本気、やるか……」
両手で剣を握り、全身に力を込める、と、彼女の髪の毛がざわりとなびいた。直後、ディージェイのいた場所に埃が舞い上がる。
一呼吸後、ディージェイは十五メートルほど先にいたアーマードラゴンの眼前に出現、舞い上がった埃が地面に落ちるより速くに。
「だああぁぁぁ!」
ディージェイが叫び、アーマードラゴンもまた叫ぶ。
巨大な口が開き、ずらりと並んだ牙の奥が光る。轟音と共に喉元が高熱を発し、上下の顎を開いたそこから炎球が爆裂した。
爆音が広場の演説台や何やらを全て吹き飛ばし、ディージェイのいた辺りは炎球で大穴と化していた。
「ディージェイ!」
カデットが叫ぶ。ロブは口を空けたまま身動き一つ取れないでいる。遠くにいるリッシュは顔をそらし、ランス・マーベリックの腕にしがみついていた。ランスは爆音のした地面、その上を鋭い眼光で捉えていた。彼の視線の先に、ディージェイがいた。
空中で姿勢を立て直しながら、剣を大きく振りかぶっていた。
「生意気な奴ね」
くるりと体を回転させ、アーマードラゴンの頭部目掛けて降下していく。
「そりゃっ!」
ディージェイの剣がアーマードラゴンの首筋を捉えた。鈍い音がして、鎧と化した皮膚が辺りに飛び散り、そこから赤黒い体液が噴き出した。
唸り声をあげ、その巨大な翼をはばたかせるアーマードラゴン。
「ばーっちりね」
ドラゴンの頭部の角の一つを蹴って着地したディージェイが、にこりと微笑む。
「よーし、とどめだい!」
再び剣を構えた、が……、その剣からビシリと小さな音がした。
「ん?」
そして、彼女の剣は音を立てて派手に砕け散った。
「ありゃ? やっぱ安物は駄目ね……」
刃のない剣を眺めているディージェイに向かって、空中からアーマードラゴンが迫ってくる。炎球が強烈な速度で降り注ぐ。
「やばっ!」
慌てて飛びのくと、地面に激突した炎球が再び爆発して、灼熱の大穴が開く。地鳴りと共に降り立ったアーマードラゴンが大地を蹴ってディージェイへ突進してくる。
「うーん、ひょっとして、ピンチ? か?」
刃の砕けた剣を構えて、猛進してくるアーマードラゴンを睨む。
と、風を切る音と共に、一本の巨大な剣がディージェイの足元に刺さった。
「お? これって、ひょっとして、龍斬剣?」
彼女の身の丈ほどある剣、その握り部分には小さな宝石飾りが付いている。
「使ってください!」
声の主は、ランス・マーベリックだった。
ディージェイはその剣を握り、上から下までを眺める。
「国宝クラスの術式武具……ドラゴン、バスター、か」
つぶやき、ランスに向けて軽く手を挙げる。ランスは微笑みで応える。
その剣、ドラゴンバスターを再び握り直し、構え、突撃してくるアーマードラゴンを鋭く睨みつける。
「よーし、来なさい、トカゲちゃん」
アーマードラゴンが咆哮をあげ、ぐんぐんと迫ってくる。と、ディージェイもまたアーマードラゴンに向けて走り出した。
突き出した右腕をぐいと引いて、顎の下で構えたディージェイは、腰を少し落としてから、つぶやいた。
「……気候の支配に潜り込む汝は、可憐で無感情な暴君なり。住まう大気と深く結ばれし原初よりの定めゆえ、汝は万事を長い目で見つめる。軽やかな生き物たちの緩慢さなど、汝には悪戯の対象でしかない。我は求める、幾百の鋭い短剣を背に隠し持つ汝の、不意の一撃を……ジンニー!」
駆けつつディージェイは口走り、彼女の周囲に風が舞う。ランス・マーベリックからの剣を構えつつ、更に言葉を続ける。
「岩に住まう永遠の強さの汝は、山のごとき不動の忍耐なり。住まう大地と深く結ばれし原初よりの定めゆえ、汝は万事を長い目で見つめる。短命なる死すべき定めの生き物たちの性急さなど、汝には軽侮の対象でしかない。我は求める、堅牢なる意志と鋼のごとき鎧を持つ汝の、強靭な一撃を……」
アーマードラゴンの巨大な口が光り、今までで一番大きな炎球が、ディージェイに向け、放たれた。
「グノーム! たぁっ!」
炎球めがけてドラゴンバスターを振ると、炎球は彼女の体を避けるように四散して、周囲が爆裂する。
町の広場だったそこは、炎と煙と埃、瓦礫と穿たれた穴、まるで戦場のようである。
「さあ、おしまい、よ!」
ディージェイが走りながらドラゴンバスターを構え直す。その刃が夕日色に紅く光る。
突進から一転して翼をはばたかせたアーマードラゴン、その巨躯が浮く。ディージェイの視線がドラゴンと地面との間に出来た、わずかな隙間に向いた。
上空からの炎球攻撃へ転じようとするアーマードラゴンと、駆ける速度を更に増すディージェイ。わずかな隙間、地面とアーマードラゴンの腹部の真下をくぐり抜けつつ、鈍く輝くドラゴンバスターを、一閃。
「剣士ナイトが奥義、術式抜刀・硬装閃刃疾風隼斬り! ……なんつってー」
アーマードラゴンの叫び声が広場だった戦場に響き、そして、その巨体が浮いたまま真っ二つとなり、ぐらりと揺れ、盛大な音と共に地面に落ちた。
ふう、と溜息を一つ、剣を一振りし、刃に付いた赤黒い体液を落とすと、ディージェイはカデットとロブ、ランスとリッシュの方を向き、にっこりと笑った。
「要は、腕次第、ってね」
それが合図のように、周囲から大歓声があがった。
「ディージェイ! やったー!」
群集を蹴散らさん勢いでカデットとロブが満面の笑みで駆けてくる。
カデットがディージェイに抱きつこうと手を広げたが、辺りから何百という群集が現れて、彼は地面に転げてしまった。
「本物の勇者様だー!」
「怪物を倒したぞー!」
皆、口々に叫び、広場は大騒ぎになった。
群集に押されるようにしてディージェイは、司会の八百屋のおやじが待ち構える、瓦礫の山の上に上がらされた。
「勇者様万歳ー!」
しばらくして、ディージェイが群集を手で制した。
「あのー、あたし、勇者じゃなくて、剣士ナイトなんすけど……」
三度四度、歓声があがる。
「剣士万歳ー!」
人々にもまれながら、カデットとロブも声を上げていた。ランスとリッシュは、その様子を離れたところから、笑みと共に眺めている。群集の中からカデットを見付けたディージェイが手招きをした。必死の思いで人波をかき分け、瓦礫で即席された台の下まで来た。
「すげえよディージェイ!」
泣きながら言うカデットの腕を無理矢理に引っ張り、瓦礫の台に上げるディージェイ。そして再び群集を制し、静かになったところにディージェイは言う。
「あのドラゴンを倒したのは、この人の剣のおかげです!」
そして片目をぱちり、「あと、よろしく」と言うと、ディージェイは瓦礫台を降りていった。
「へ? よろしくって、何を?」
訳がわからず、きょとんとしているカデットに向けて、またまた大歓声。
「マーベリック家、万歳ー! 騎士パラディン、万歳ー!」
またもや大騒ぎが始まった。
銃騎士物語 Ⅷ
「はぁ、疲れるわ……」
人目のつかない所で、ディージェイがぼやいていた。そこにランスとリッシュがやって来た。
「いやはや、見事な腕前ですね、ディージェイさん」
微笑みながらランスが言う。ディージェイは立ち上がり、一礼した。
「いえ、あなたの剣のお陰です。龍斬剣ドラゴンバスター、とてもいい剣ですね」
「もういい年ですし、私にあの剣はもう使いこなせませんよ。あなたのような方に使って頂いて、剣も喜んでいます」
ディージェイは頭を左右に振り、瓦礫台の上で群集に手を振っているカデットの方を見た。
「ドラゴンバスター、あの剣にはもっとふさわしい人がいますよ」
にっこり笑い、ディージェイは言った。
「そうなってくれるといいのですが」
ランスもカデットを見る。
「リッシュちゃん。まあ、ゆっくり見守ってあげてね。彼、きっといい騎士パラディンになるよ」
リッシュの肩を軽く叩き、ディージェイが微笑むと、リッシュはうなずいた。
「はい!」
「では、失礼します」
再び一礼すると、ディージェイは広場とは反対側に向けて歩き出した。その背にリッシュが手を振る。
辺りはすっかり暗くなっていたが、広場ではまだまだお祭り騒ぎが続いていた。町の住民全員が集まり、その騒ぎは明朝まで続いた。
……その後、カデット達の町で銃を持つのは狩人くらいで、他の者は皆、剣を握り、日々、その腕に磨きをかけていた。
『勇者のあかし』大会の賞金は、いつのまにか消えたディージェイにかわりカデットが受け取り、その資金でマーベリック家は新しい道場を構えた。
町の若者は勿論、昔、剣士や騎士として活躍した中年や老人までもが、その道場に通いつめ、その町はいつしか『騎士の都』として、周辺の国々に知れ渡るようになった。
ロブとカデットは、お互い良きライバルとして競い合い、共に腕を上げていった。彼らは今、闘士ファイターであり、数年後には剣士ナイトになるであろうことは誰の目にも明らかだった。
アーマードラゴンを倒した龍斬剣ドラゴンバスターは「聖剣」と呼ばれ、今はカデットが持っている。
ちなみに、リッシュをめぐる争いには、まだ決着が付いていないようだ。
リッシュの気持ちはカデットと決まっているのだが、父、ランス・マーベリックに「しばらく待って下さい」と言われているので、二人の婚姻はもうしばらく先のことになりそうで、ならば私が、とロブがアタックをかけているのだ。
「――ねぇ、ならさ、そっちの……そう、それそれ。それはどお? 結構古そうじゃん?」
「駄目駄目、それはうちで一番安い銃だがな、パーツだって売れねえよ」
「じゃさ、その隣のそれは? でっかい傷ついてるからさ……」
「あのね、お嬢さん。いくらうちが町で一番安いっていってもね、二百しか持ってねえってんじゃ話にもなんねえよ。さ、もう帰んな」
「引き金だけでもいいからさ、ほら、あっちの――」
『勇者のあかし』大会から二週間後、あの町から西にずっといったところにある別の町の銃砲店で、若い女性と店主が言い争っていた。
女性の名前はディージェイ。若くして剣士ナイトの称号を持つ。
彼女は今、銃騎士ガンナイトになるべく、その第一歩として、なんとか銃を手に入れようと各地の銃砲店を巡っていた……。
西の町の銃砲店。ディージェイは、とうとう店から追い出された。
勢いよく閉まる扉を睨み、そばにある柱をブーツで蹴飛ばすと、暮れる夕日に向かって叫んだ。
「ちぇっ……けんちぼーー!」
『出演』
ディージェイ~本名不明。剣士ナイトの称号と卓越した腕を持つ。敵は貧乏
カデット・マーベリック~闘士ファイター、騎士パラディンの息子で剣士ナイト見習い
ロブ・フォリオ~闘士ファイター、銃闘士ガンファイター見習い、カデットのライバル
ギム・グレス~銃闘士ガンファイター、自称勇者
ランス・マーベリック~騎士パラディン、カデットの父、龍斬剣ドラゴンバスターの所有者
リッシュ・ノーブル~カデットの恋人
八百屋のおやじ
町の住民A女性
町の住民B男性
その他、住民多数
『銃騎士物語ガンナイトストーリー - Gun Knight Story -』――完
銃騎士物語 世界観解説
「称号一覧」
・剣士ナイト~地方自治体に所属、登録されるが行動範囲に制限はない。主に剣を使って戦い、聖剣、魔剣などの能力を自在に発揮できる
・騎士パラディン~国営騎士団に所属、登録されるが行動範囲に制限はない、国家公認の剣士。戦闘時に剣士を統率することもある
・闘士ファイター~地方自治体、宗教団体などに所属、登録されるが行動範囲制限は宗教団体所属の場合のみ。主に剣を使って戦うが槍なども含まれ、素手での格闘にも特化している。騎士の指揮下に入る場合もある
・修道僧モンク~宗教団体などに所属、登録されるが行動範囲制限は宗教団体所属の場合のみ。肉体を鍛錬して鋼と化し、武器ともする格闘のエキスパート。凡庸な武器も、高い格闘技術で能力を最大限に引き出せる
・魔術師グル~精霊と契約して、その力を授かって行使する者のこと。詳細は下記
・銃闘士ガンファイター~地方自治体に所属、登録され、行動範囲が一部制限される。主に剣と銃を使って戦う。弾丸の使用は所属団体の許可が必要だが、事後報告で良い
・銃騎士ガンナイト~国営の銃騎士団に登録されるが行動範囲に制限はない。非常召集を受けることもある。聖剣、魔剣を含む剣とあらゆる銃を自在に操り、無許可発砲が許されている。現代最強と呼ばれる称号だが、称号を取得するだけならば、それほど難しくはない
・聖杯騎士ホーリーナイト~聖杯の祝福を受けた騎士。聖杯とは神と天使の加護を与えるとされるもので、伝説上の存在である。聖杯騎士も称号の一つだが、あらゆる制限を受けない特殊なもの。一般的には国営騎士団を統率する
※修道僧、銃騎士、聖杯騎士を除く称号には、三級~一級{サード、セカンド、ファースト}の階級があり、例えば剣士が騎士への昇格試験を受けるには、一級剣士で実戦が一年以上必要である
※騎士と銃騎士以下の称号取得は、筆記試験と簡単な実技で取得可能なので、能力が伴わずに称号を名乗る者が大勢いる
※報酬は基本的に所属団体から支払われるが、単独で狩りの依頼を受けたり、勇者のあかし大会に参加する、といったことも許可されている
※どれがもっとも強いのかは個人の技量により、称号はあくまで対外的な「肩書き」にすぎない。
「術式と魔術師グルと結界」
・白魔術士ライトグル~生属性の力を使う~森、海、大地の精霊と契約して、回復、加速、硬化、増強、蘇生などを行う
・黒魔術士ダークグル~死属性の力を使う~火、水、死の精霊と契約して、攻撃、防御などを行い、結界を作る能力を有する
・赤魔術士レッドグル~生属性、死属性の両方を使う。白魔術士と黒魔術士の両方の能力を持ち、結界を作る能力も当然有する
・輝魔術師ライジングル~全属性魔術を使い、かつ、何柱かの神々と守護天使とその下の天使達の加護と能力を授かったもの。創造系魔術も使う
・闇魔術師ラグナグル~輝魔術師の対極で、何柱かの冥府の王と悪魔達の加護と能力を授かったもの。破壊系魔術も使う
・召喚術士サマナー~精霊、神、天使、悪魔などを直接呼び出して支配下に置く。魔術師の上位で、最強とされる
※魔術師グルとは精霊との契約を行う能力がある者の称号で、基本的には国家に所属する。筆記と実技の認定試験あり
※銃騎士が赤魔術士の能力を有するとほぼ無敵だが、世界でも数人しか存在しない
※また、輝魔術師と闇魔術師は赤魔術士の上ではなく、全く別の存在で称号ではない。先天的に持つ能力で精霊とその上位から力を得てそれを使うが、どこにも属していない
※召喚術士が扱う能力は魔術師とは根本的に違い、かつ、絶大な力を持つ
※剣士の中には魔術士と同じ能力を持つ者もいる。ディージェイは一級剣士ファーストナイトの称号を持ちつつ、風と大地の精霊(後述)と契約しているので、硬化、加速と増幅能力が使えて、これによってアーマードラゴン、ロックドラゴンを倒した。また、劇中にてディージェイが使用した国宝の龍斬剣ドラゴンバスターには魔術的処理(術式)が施されおり、使用者の魔術と共鳴・同調する能力があるが、故に本来の能力で使いこなせる人間は極めて少ない
「結界とドラゴン」
ドラゴンを含む凶暴な生物を街などに侵入させない装置を「結界」と呼ぶ。
黒魔術による障壁を機械技術で擬似的に作り出す装置だが、膨大な電力と莫大な資金が必要なので、大型都市の首都や宗教組織の総本山といった場所にしか設置されない。
地方の小さな街には数名の黒魔術師が配備されており結界を作るが、レッドドラゴン・アーマードラゴン級のモンスターの場合、擬似結界を抜ける能力があるので、これには黒魔術師か剣士が対応することが一般的である。街によっては駐留する闘士、銃闘士がこれに対応することもある。
擬似結界のない街などにレッドドラゴン級のモンスターが出現した場合、剣士、闘士などが非常召集される。主要な都市部の場合は駐留する銃闘士、騎士、赤魔術士がこれに対応する。
「精霊」
自然界に存在するあらゆる全ては精霊と呼ばれる者が司る。中でも四大精霊と呼ばれるものが有名だが、他にもさまざまな精霊が存在し、また、同じ要素に複数の精霊がいる。以下に代表的なものを抜粋。
・風の精霊~ジンニー、シルフィード~天候と大気を司る。加速、浮遊など
・大地の精霊~グノーム、ベヒモス~大地を司る。硬化、増幅など
・水の精霊~アンダイン、ウンディーネ、クラーケン~海と湖と河を司る。回復、防御など、
・炎の精霊~ウルカヌス、サラマンダー、エフリート、 フェニックス~火を司る。強壮、蘇生など
・光の精霊~シャイン、グロウ
・闇の精霊~ノワル、イリガル
・勇気の精霊~ブリュンヒルデ、ブレイバ
・怒りの上位精霊~ヒューリー、レイジ
・悲しみの上位精霊~バンシー、ソロー
・火と土の複合精霊~ラーヴァ
・炎と氷の複合精霊~フロストサラマンダー
「術式と呪詛コール」
精霊の力を契約によって使う行為を「術式」と呼ぶが、上位の天使、悪魔、神々や冥府の王族の力の行使も含む。召喚術士の召喚は含まない。一般に四大精霊とその眷属の能力は魔法陣、聖水といった道具を能力者が手順通りに使うことで発現する。
上位の術式者グルはこれらを口述で簡易化した呪詛じゅそを使って、道具や手順を用いず直接、精霊に呼びかけ能力を分け与えられる。呪詛は一定の文法で成立しており、言語や発音が異なっても意味が同じであれば同じ効果が得られる。
但し、召喚術士はこれらとは全く違う能力・手順を扱う。
「呪詛コールの構成と文法例」
・完結文(Text=テクスト) 呪詛全体
・文(Sentence=センテンス) 句から句まで
・句(Phrase=フレーズ) 語の並び
・語(Word=ワード) 意味を持つ単語
「呼び出す精霊の属界」 風、大地、水、炎、光、闇、勇気、憤怒、悲壮など
「精霊の性質(性格)の確認」 術者が対象を把握・認識していることを示す。ここまでは術式能力がなくても可能
「術者と精霊の関係」 契約開始。四大精霊の場合、代償はないが(術式能力を有することが代償)、上位の天使族などの場合、具体的な代価が必要となる
「行使したい能力の要求と、精霊の名称」 契約完了。対象が同意すれば能力が発動する
口述術式の呪詛は大まかにこの四つのセンテンスで成立する。
(例)ディージェイが使ったベヒモス(大地、硬化)、ジンニー(風、加速)、グノーム(大地、増強)
・永久の地に潜む広き汝は、石のごときの沈黙の寛容なり。住まう荒野と深く結ばれし生誕よりの定めゆえ、汝は万象を長い目で見つめる。短命なる死すべき定めの生き物たちの傲慢さなど、汝には侮蔑の対象でしかない。我は求める、厳格なる野生と鉄のごとき盾を持つ汝の、豪腕な一撃を……ベヒモス
・気候の支配に潜り込む汝は、可憐で無感情な暴君なり。住まう大気と深く結ばれし原初よりの定めゆえ、汝は万事を長い目で見つめる。軽やかな生き物たちの緩慢さなど、汝には悪戯の対象でしかない。我は求める、幾百の鋭い短剣を背に隠し持つ汝の、不意の一撃を……ジンニー
・岩に住まう永遠の強さの汝は、山のごとき不動の忍耐なり。住まう大地と深く結ばれし原初よりの定めゆえ、汝は万事を長い目で見つめる。短命なる死すべき定めの生き物たちの性急さなど、汝には軽侮の対象でしかない。我は求める、堅牢なる意志と鋼のごとき鎧を持つ汝の、強靭な一撃を……グノーム
ベヒモスとグノームは同じ大地属性なので文法が似ている。誤った文法を用いると使用者に危険が及ぶ場合もある。特に「術者と精霊(等)の関係」は精霊ごとに異なり、ここを誤ると呪詛返カウンターコールしのようなことが起きる。
以上。
銃騎士物語 - Gun Knight Story -