飛ぶ鳥を落とす
人気作家Kに盗作疑惑が浮上したのはKが新作を発表してすぐの事だった。
新人作家SがKの新作が、Sが次作の為に書き上げている作品に酷似していると指摘した事が発端であった。Sは自らのブログに次作の構想や設定等を事細かく公開しており、今や流行新人作家であるSのそのブログは有名タレントに負けずとも劣らないアクセス数を誇っている。それを見たKが自分のアイデアを盗んだのではないのかとKの新作を読んでSは疑念を抱いた。
Sは新人作家ながらもその人気は今や飛ぶ鳥を落とす勢いで、かたや人気作家Kはネームバリューはあるものの初期の様な勢いが薄れている事は周知の事実であった。しかし世間はSの盗作だと言う主張に首を縦に振って同意する事はしなかった。
Sが指摘する通りに、Kの新作にはSがブログに公開していたSの次作の構想や設定等と類似している点が何点かあったが、ではまるっきりの盗作なのか?と考察すると、それを盗作だと決めつけるには余りにもKに無礼過ぎる、ごく自然な類似であった。
「単なる偶然でしょう。アイデアが被る事は良くある事です」
Kは明確な否定も反論もしない。それをすれば同じ土俵に上がる事になり泥試合になると踏まえての発言であった。Sは納得がいかず、告訴も考えた。
そもそもどちらが先にその作品を思いついたかなど立証する事は出来ないのではないか?Sがブログに次作の内容を公開する以前からKがその作品を書き始めていたかもしれない。一語一句同じであればそれは正に盗作だと言えるが、多少の類似は偶然だと主張されれば勝訴する見込みは無い。というのが弁護士の見解であった。
盗作か?偶然か?
人気作家Kが盗作するはずは無いと世間はこぞってKを擁護した。偶然の類似。言葉や発想には限りがあるのだし、世の中に似ている作品など探せば山ほどある。そして先に発表したものがオリジナルになる。人気作家Kに盗作疑惑を抱くなどとは何と身の程知らずなのか、と新人作家であるSは非難された。Sを擁護する人もいたが、そんな人間はごく僅かだった。
たいした才能も無いくせに、勢いだけで売れている自信過剰な新人作家だと世間はSを批判し始めた。
自分の考え違いだったのか?Sは自分の考えが信じられなくなり、少しばかり構想や設定が似ているからと言って、盗作されたと騒いだ自分を責めた。人気作家のKの作品をSも何冊か読んだ事があるし、Kの作風や世界観が無意識に自分の脳内にインプットされていて、インスパイアされていたとしたら…今回のKの新作と自分の次作が偶然にも重なり合っただけなのかもしれない。それが事実だとすれば、逆にS自身がKの世界観を盗作していた事になる。そもそも人気作家であるKが自分の様な若輩者の作品を盗作するはずが無いのではないか…Sは自分の傲りを恥じた。Sはそれ以降はブログを閉鎖し、新作情報や執筆内容を一切公開する事は無かった。
Kの新作は盗作疑惑の話題も拍車を掛けていた事は否めないが大ベストセラーになり、その年の名だたる文学賞を受賞した。
「世間を騒がせた作品がこの様な名誉な賞を頂き誠に光栄に思います。奇しくも同じアイデアを持っていたS氏には誠に申し訳ありませんが、彼にはとても才能があると私は感じていますし、彼ならばこれから先に必ず、私など思いもつかないような素晴らしい唯一無二の作品を発表してくれると信じている次第でございます」
世間はKのそのスピーチを聞き、さすがに素晴らしい作家だと賞賛し、やはりKは盗作などしていない、と人々は確信した。そしてKに才能を認められたSは、もう小説を書けなくなってしまっていた。
思いつくアイデア、テーマ、シチュエーション、全てが既に発表されている作品に類似しているように思えたからだ。何処かで読んだ事のあるような台詞、いつか見た事のあるような情景。誰にも、どの作品にも影響されていない作品や作家がこの世の中にあるのか?と考えると、答えは自ずと見出される。どの作品にも、どの作家にも、どれかに、誰かに影響されているであろう部分が必ずと言っていい程あるのだから…
Sが新作を発表しても、盗作されたと言っていた本人が実は盗作していた、とバッシングされる事は目に見えていた。斬新な、新鮮な作品などもう無いのだ。誰かがもう既に書いてしまっているのだからー
誰もが目にする事が出来るインターネットにこの様なアイデアを公開するなどとは、よっぽど誰かに盗作されたいのだな、と自室の書斎のパソコンの画面を眺めながらKは思った。若いとは本当に大胆で無防備過ぎる。そして少し焚き付けるとすぐに炎上する。本当に面白いくらいに計算通りに事が運んだ。これで勢いのある飛ぶ鳥を落とす事が出来た、とKは安堵しパソコンに保存していたSのブログの情報を全て削除した。
飛ぶ鳥を落とす