わをん  その参

わをん その参

そんなことでも
そんな俺でも
やりたいことぐらい
あるんだよ

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ここでなぜ今更ということがあるかもしれないが、いくとについて語らせてもらう。いくと。性別は男。僕と同い年。そして僕の親友を騙り、常に僕のそばにいる。嘘くさい笑いを常に浮かべているが目は決して笑っていない。白を嫌い、灰色を好む。中途半端は嫌いだが、はっきりさせることもあまり好きではない。気づいたときにはそばにいて、気づいたときには消えている。もしそうなったら、探しても見つからない。出てくることを待つしかない。


あれは僕が小学生のとき、そのときは(今もだか)なぜか家族ぐるみで仲が良いらしく、僕の家でお泊まり会をしていた。無論。僕の部屋で、いくとのみが泊まりにきた。そのころは母親が優しかったころだから、楽しいお泊まり会という感じだった。あのときまでは。
僕が風呂から出て自室に戻ると、文字どおり、いくとが消えていたのだった。さっきまでちゃんと居たのに。最初は、ただの悪ふざけで、ただのかくれんぼをしているのだと思った。だから探した。

<いくと君?どこ?もういいかい?もう探すよ?もう。ちゃんと言ってくれたらいいのに。僕は探すのが苦手なのに。なんでいつも勝手に始めちゃうのかな…………>
のような具合で。因みに僕の部屋は広くない。15畳ぐらいで。だからすぐに終わるだろうと思った。思っていたが、そうはいかなかった。残念ながら。しばらく探したのにもかかわらず見つけられなかった。最終的には家全体にまで探す範囲を広げ、親にも(父親はいなかったから、母親だが)探してもらった。

結果は、見つからなかった。
だから、次にいくとの親に連絡する判断を下した。今では考えられない母親の真っ当な判断である。
返答は今でも疑問に思うものだ。僕の母親が言うに彼女は<ああ。いつものことですのでお気になさらず。放っておけばいつかは出てきますよ。たいしたことはございません>と言ったそうだ。
分からない。
分かりたくもない。
今でも過去でも素直な感想だ。
僕の母親は狂ったが、いくとの母親は最初から狂っている。
現在進行形。
人のことは言えないけれど。
どちらにしても。


恐ろしいものだ。

<2>

いくとのフルネームは冷泉 育人という。
レイセン イクト。
冷たい泉から育った人。

いくとはこの名前をひどく嫌っていた。名字を嫌う理由は冷たいという漢字が入っているから。自分も冷たい母親と同じように周りから冷たいイメージを持たれてしまうのではないかという怖れ。名前を嫌う理由は名付けられた由来から。人を育てる人間ように。人から育てられる人間になるように。
<皮肉だよな>彼はそう言いながら笑った。<人から育てられているという意識を持っていない人間のくせに。誰からも育てられてないはずなのに。向こうは育てようとすら思ってないのに、そんな名前をつけられるなんてね。えへへ。気持ち悪いね>彼は遠くを見ながら笑っていた。相変わらず、目は笑っていない。
可哀想に。
そんなことは思えなかった。
思いたくなかった。
だって。
今の僕のことを考えたなら、僕だって、いくとと同じように。
止めようか。
こんな話。



…………今更無理か。
ご免なさい。

19日目 教室

「おはようございます。明日は土曜日でお休みなのですが、浮かれないように気をつけて今日を過ごしましょう。こういう日にはよく問題やケガを――――」
担任の話を適当に聞き流しながら僕は窓から空をみた。現在8時30分。曇っていていかにもこれから雨が降りそうな、不吉な天気。気持ちのよい天気とは言えない。あまり見ていて楽しいものではない。
担任は淡々と話を進める。

この担任には感情が無いかのように平坦な声が特徴だ。もっと明るく感情豊かにすれば美人だからモテるんじゃ、と思ったりしている。育人もそんなことを言っていた。気が合う訳ないからあいつは嘘をついたのだろうと思う。育人は常に線引きをしている。何かあると、君はダメ。君は大丈夫、と。周りでより許容範囲の人間に近づき、アウトの人間からは離れる。近づいていくのは自分から、相手から近づけば逃げる。そこに過去は関係ない。どれ程仲が良かったとしても、どれ程の恩を周りに売っていたとしても、相手が自分の壁の、自分のテリトリーに入ってくれば必ず除外する。<寂しい>と言っていた。矛盾していることを気づきながら、彼はいつも怯えていた。人から育てられる人間なのに、自分から人を突き放す。なんて。
悲しい以外になんと表現すればいいのだろう。


出席をとり、最後に今日の予定。
帰りのHRでは少し作業がある、そうだ。やれやれ面倒くさい。早く帰してくれればいいが。まあ、この担任は副担任と比べ仕事が早い。別に心配することは無いだろう。
一番心配なのは、多分、むーちゃんだ。
むーちゃん。
ごめんね。
でも僕は悪くな――――ごめん。
これこそ、言い訳で戯れ言で僕の母親のようだ。
僕は母親とは違う。
彼女とは違う。
あんな奴と一緒にするな。
くそったれ。




始業のチャイムが鳴った。

わをん その参

続きます

わをん その参

被害妄想と性格の悪さが足された少女と頭の悪い少年の淡い青春その11

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-27

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  3. 19日目 教室