異世界で魔王を倒せだと!(怒)

プロローグ?

「お兄ちゃん。ご飯ここ置いとくねー」
「あー」
 部屋の中にノックの音が転がり込んだと思ったら、元凶は妹だったらしい。
 それが原因で・・・

「だーらっしゃー!アイディアとんだー!」

 今、水無月春哉こと俺は、絶賛作業中である。と言っても、趣味程度の小説で、「俺は作家で生きていく」みたいなことではない。
『あっははは!さっすがあんたの妹さん。タイミング絶妙ね』
「あぁ、とんだ疫病神だぜ」
 笑いながら嫌味を言ってくる女に、うんざりとした口調で返事する。その女・・・こと雪ノ下真冬(自称)は、ネットで出会った作家の卵(笑)だ。
『今、とんでもないこと考えてなかった?』
「め、滅相もございません」
 なんで電話越しなのに考えてることわかるんだよ・・・
 某SNSで、「作家になりたいよん」と呟いてみたところ、リプを飛ばしてきたのがこの女だ。今はいわゆる作業通話というもので、俺はパソコンに向かっていて、おそらく向こうもパソコンを前にして小説を書いていることだろう。
 どんな小説を書いてるか?そんなのどうでもよいではないかっ。
『ってゆーか、あんたファンタジー小説とか、果てしなく頭の中ファンタジーなんじゃない?』
「黙れ。堂々と恋愛小説書いてるくせして、俺に何か言えた義理かよ」
『うっさいわね。第一次予選落ちた人』
「なにを言う。たかが第二にいったで、上から目線かよ」
『実際上じゃないの』
「対して変わらねぇよ」
 今日で・・・というか今回で三・四回目の通話になるが、二回目から大体こんな感じだ。アイディア出すー嘲笑うー言い返すーアイディア出すと、まぁこんな感じ。
 だがぶっちゃけると、ネット内で会ってここまで話せる人間はいなかったので、正直嬉しいところではある。向こうがどう思っているかは知らないが。
『あー、ちょいとお花摘み行ってくるわ』
「素直にトイレだと言え」
 ほんの数分、一人になるらしい・・・が、俺も小説の方がキリもいいし、最後にトイレに行ってからだいぶ経っている。
 通話のメッセージ欄に、『俺もいってくる』と残して席を立つ。
 俺の部屋は二階。幸い部屋から出てすぐ左手がトイレだ。

 用を足して、手を洗ってドアを開ける。

「ん?」

 目の前は自宅の二階の壁ではなく、一つの村が広がっていた。
「ん?」
 後ろを振り返るが、そこはトイレなどなく、同じく村の風景が広がっていた。

 わけもわからず疑問符を浮かべまくる俺氏。とりあえず現状確認するため携帯を取り出そうと、右手をポケットに手を突っ込もうとすると・・・
「あ・・・なん・・・」
 急に足の力が抜けた。その場で膝をつき、前に手をつく。
 四つん這いになったところで、俺の右側から人影が見えた。その人を確認しようと、自らの顔を上げようと試みるが、どうにもうまくいかない。辛うじて視認できたのはその人の下半身のみで、とりあえず学校の制服っぽいスカートを穿いているのがわかった。スカートということは女の人かな?
 いつもは意識しない「力の入れ方」に、全神経を集中させていると、俺の頭上から女の声がした。

「ちょいと場所を変えさせてもらうぜ」

 徐々に全身の力が抜けていき、終いには意識すら抜けていく中、一つの気付いたことを苦し紛れに声にした。


「だぜっ娘・・・だと・・・」

異世界とか言い出さないで・・・

 目を覚ました。
 俺の視線の先には二~三メートルくらい先に電球があった。同時に背中の圧迫感を感じて、俺が仰向けに寝ているということを認識する。
 体を起こすために腕と腹筋に力が入るのか少々心配になったが、思っていたよりも楽に体を起こすことができた。ひとまず安堵しつつ、周りに目を向ける。
 そこは部屋だった。一言でいうと質素。特徴はこれと言ってなくて、RPGで100ゴールドで泊まれる宿屋のような場所だった。
 木でできたドア。木でできたテーブル。と俺の寝ていたシングルベッド。まぁこんなところだ。
 それと一応窓があった。外の様子はカーテンが掛けられており見えない。
 俺は好奇心に駆られ、外の様子を見ようとベッドから出ると、この部屋のドアがキィィと音を立てて開いた。

「お、目を覚ましたのか」

 ドアを開けた人は、女の子だが、女子にしては背が高い。そしてその男口調には聞き覚えがあった。
「あ!さっきのだぜっ娘!」
「あははっ第一印象はそれか」
「タイツにチェックのスカート?」
「そういや声と下半身しか見てないんだっけか」
 俺はただ率直な感想を述べただけなんだけどなぁ・・・
 文字通り腹を抱えて笑っている目の前の少女は、何秒かかけて徐々に笑いを抑え、大きく息を吸うついでに上体を起こしてゆっくりと息を吐いて、両手を広げてこう言った。

「まずは自己紹介といこうか。私はアルディ。アルディ・クリム。魔術師をやっている。これからよろしくなマスター」

 ・・・なんて?
「魔術師!?・・・え、ま、マスター!?」
 果てしなく突飛な話で、つい声を上げる。がアルディはあくまで冷静に答える。
「そう魔術師。産まれてからずっと魔術師。そしてマスターはここに召喚され、私はマスターのサポーターとして派遣されてきたわけだ」
 こう答えてくれたが、わからないことが果てしなく多すぎる。
「い・・・いくつか質問するけど・・・」
「あぁ」
「魔術師ってのは?」
 俺はめんどうなことを避けて、極々簡潔に質問し、
「そのままの意味だが?」
 極々簡潔に答えられた。これじゃノーヒントじゃねぇか・・・
「く、詳しく・・・」
「えっと、あれはどれぐらい前の話だったかな・・・約五百万年前・・・」
「そんなに詳しくなくていい」
 両極端なやつだな・・・
 溜息をついて、質問の内容の方を詳しくする。
「魔術師ってのは、炎とか出したりできるのか?」
 俺の興味はこれだ。架空の「魔術師」という人種が目の前にいるのだ。聞かないわけにはいかないだろう。
 するとアルディは「そんなことか」と呟いて、はじめて会った時には履いていなかったズボンのポケットから手のひらサイズのメモ帳を取り出し、一枚切り取ってそれをぽけっとの中に戻した。
 疑問符を浮かべていると、「炎でいいのか?」とつまらなそうな視線を向けてきた。これくらい余裕だが?とでも言わんばかりの。
 だが、俺に魔術師の知識は皆無なため、無難なものにすがるしかなかった。
 素直に頷くと、アルディはメモ用紙を人差し指と中指で挟んで、
 ボッと火が灯った。

小説家になろう!下書き

 話を聞くと、この村は【静寂の村】というらしい。
 由来は城の加護によって守られていて、その上一番魔王城から遠いから、らしい。
 おっと、言い忘れてた。城と言うのは二つあり、一つは魔王城でもう一つはこの国・・・【サント・シャペル】の王様の住んでいる城らしい。
 サント・シャペルなる国は、アルディに聞いたところ、250平方キロメートルと言っていたが・・・いまいちピンとこない。
 まぁ、とりあえず国として成立しているらしい。
 アルディの出した地図は長方形で、対角線に城があり、静寂の村は(俺から見て上を北として)南西にある。そして、討伐対象である魔王は北東の城にいるみたいだ。しかも魔王城に入るには、道中の遺跡にある【スフェール】という特殊な石がいくつか必要らしく、遺跡の攻略もしなくてはならない。
 ・・・長旅になりそうだ。
 重要なのはどうやって魔王を倒すのか・・・
 それは!

―――――

「醒剣?」

 初めて聞く単語に疑問を浮かべるのは、もう何回目だろうか・・・だがしょうがない。今は覚えるところだ。
「醒剣というのは、剣自体に魔力の宿っているとても特殊な剣だ。そして、魔力の宿っている剣は、体内に魔力を宿している我々魔術師は使えない。理由は簡単。体内の魔力と剣の魔力とが消滅し合うからだ。マスターの住んでいたところでは人に魔力は備わっていないらしく醒剣を使っても、大丈夫らしい。要するに、マスターには醒剣を使って魔王を倒してほしいというわけ・・・だっ」
 アルディは言いながら立ち上がる。
「どこいくんだ?」
「どこにも行かないが?」
「じゃあなんで立ち上がって?」
「今から醒剣を出すからだが?」
「は?出す?」
「見ていればわかるさ。とりあえず動かないでいてくれ」
 この世界の住人であるアルディに言われてしまうと、従うことしかできない。仕方なくじっとしていることに。
 アルディは、腕を床と平行になるまで挙げて、何らかの詠唱を始める。


 ・・・全く何言ってるかわからん。
 詠唱を開始してから数秒後。
「おお」
 思わず声を出してしまった。
 アルディの手の平が徐々に光はじめた。なおも光を強めて・・・
「コード・ソード」
 そこは英語なんだね。
 アルディが詠唱を終えると、アルディの手の平が一際大きく光り、漆黒の鞘に包まれた剣が現れた。
「ほれ」
 アルディは、俺に宙に浮いているその剣の柄を握るように促す。
 俺は立ち上がって、剣の柄を握る。柄はちゃんと滑り止めの処理がされていて、すっぽ抜けないようになっていて、野球の公式バットくらいの重みを感じる。
「これが、醒剣・・・」
 今は刀身が鞘によって隠されているため、実感は湧かないが、俺は今剣を持っていると思うと、背筋に冷たいものが走る。
 アルディは先ほど集中して疲れたのか、フラフラと、俺の背後にあるベッドに行き、頭からボフッと音を立てて横になる。

 あとに聞いた話によると、醒剣は城の武具保管庫から空間転移でこの宿屋に出したのだと言う。
 細かい座標指定があるせいか、それは想像以上に疲れるものだったらしい。感謝感激だ。

 相当疲れたようなので、少し休ませることに。
 俺は、とりあえず剣を鞘から抜いて、刀身を見ることに。
 醒剣という名前がついているが、刀身自体は至って普通だった。
 まじまじと刀身を見ていると、背後から静かな寝息が聞こえてきた。
 アルディはどうやら眠ってしまったらしい。
 こう、眠っている人を見ると、自分まで眠くなる。異世界への召喚酔いという線もあるが・・・
 アルディに布団をかけてから、俺は床に横になる。
 現在時刻は15時。昼寝の時刻だ。

小説家になろう!下書き

 ガンッ・・・
「ってー・・・」

 俺は宿屋のベッドの脚に頭をぶつけ、目を覚ました。
 頭を押さえて、痛みが引くのを待つ。
 そのうち痛みは引いて、うずくまっていた体制から「はぁ」とため息をついてから、体を起こす。
 周りを見ると、当然の如く宿屋の部屋だった。
 意味のない確認を終えて、すぐそばにあるベッドに目を移す。
 そこには・・・
「・・・」
「・・・」
「お、おはよ」
「んー・・・おはようマスター」
 まだ横になっているアルディがいて、いまだ目は覚めていないようだった。
「・・・」
 目覚め悪すぎね?
「あの、アルディさん?」
「んー・・・」
「眠そうですね・・・」
「無理矢理起こされたからな」
 原因は、俺が起きるときにベッドの脚に頭をぶつけたからか。申し訳ない。
 とりあえずそっとしておいて、もう数分するとアルディは体を起こして、「ん~っ」っと体を伸ばす。
 そして・・・
 バフッと。ベッドに再び横になる。
 寝るんかい。

―――――

 結局、アルディが完全に目を覚ますまでに20分を要した。

「迷惑かけた。昼寝はあまりしないんだ」
 ベッドに腰かけているアルディは、目をこすりながら言う。
 昼寝は慣れていないということなのかな?まぁとりあえず、アルディは寝起きが悪い。ということがわかったな。
 必要のない情報を得てから、俺は寝る前にアルディから説明を受けたことを今ここで確認する。
「えっと・・・ここサント・シャペルって国は、今や魔王に支配されつつあって、それを阻止するためにアルディともう一人の魔術師が抜擢された。そしてそのマスター?として俺ともう一人の地球人がサント・シャペルに召喚された」
「あぁ、でもいい忘れていたが、魔王討伐に抜擢された魔術師は二人だけではない。厳密には百人近くが選ばれた」
「え、じゃあ地球人も・・・」
「いや、残念ながらその・・・地球?人は二人だけだ。醒剣が二本しかないからな。しかも召喚にもかなりの魔力を使う。王の魔力も無限じゃないんだ」
「な、なるほど・・・じゃあその百人の魔術師と協力すれば、楽に魔王討伐が出来るんじゃないか?」
「いや・・・」
 サクサクと話が進んでいたが、ここでアルディが言葉を詰まらせた。
 アルディは苦い顔をしながら、現状を俺に伝える。
「魔王討伐の任が下されてから一週間が経ったが、王様直々に選んだ魔術師八十人が既に戦線離脱している。しかも他二十人近くは準備に徹していて、未だ遺跡に足を踏み入れていない人達だ」
「え・・・」
 息を飲んだ。
 遺跡に足を踏み入れた八十人中八十人が戦線離脱ということは、ほぼ百%の確率で返り討ちに会っているということ。
 俺は初めて、地球人と醒剣の重要さを知った。
 俺とアルディも、遺跡に行ってただでは済まないかもしれない。
 だが・・・ここで立ち止まるわけには行かない。この国のため、アルディのために。
「アルディ」
「なんだ?」
「他二十人の居場所はわかるか?」
「いや、わからない」
「そうか・・・」
 他の魔術師と合流できたらまだ楽だったのだが、やはり思ったようにはいかないか・・・
 それなら・・・
「アルディ。とっとと行くぞ」
「は?どこに」
「遺跡に決まってんだろ」
 現状確認なんてしてる場合じゃない。

 一分でも早く剣に慣れて、魔術師の負傷者を少なくしないとな。

小説家になろう 下書き

 俺、水無月春哉がここサント・シャペルに召喚されてから、大体二週間が経過した。
 王様が選んだ約100人の魔術師たちは、アルディを含め10人しか戦場に立っていないのだと言う。
 このままでは先が思いやられるが、何度も言う通り、立ち止まってはいられない。醒剣の使い方にも多少は慣れてきたし、アルディが魔術を使う時の立ち回り方も、魔物の種類や弱点もそれなりに覚えた。
 まだまだ遺跡攻略は進めたいのだが、そろそろ・・・
 そろそろこの時期だ。

 俺たちは今、静寂の村から遺跡を一つまたいだ先にある【旅人の村】に来ていて、この村で一番安いと言われている宿屋で、ぐだ~っとしていた。
 部屋のど真ん中に置かれた円形のテーブルに突っ伏している俺は、顔だけ動かしてアルディの様子を確認する。アルディの方は、部屋の端っこに置いてあるベッドのにうつ伏せに寝ていた。
 話しかけてみていいものか、否か・・・迷ったが、口を開かなければ事は進まない。俺は体を起こしてアルディに話しかける。
「なぁアルディ」
「んー」
 アルディはうつ伏せのまま、体をピクリとも動かさないで返事をした。俺は特に気にせずに話を進める。
「もう一人の地球人のことなんだけどさ」
「ん」
 今度は反応を示し、顔だけこちらに向けた。ものすごく眠そうにしているのが窺える。時間も遅いし、この件は後日になるだろう。
 アルディはシャワー上がりで、今にも寝そうなので単刀直入に話す。
「そろそろ合流しないか?」
「・・・」
 合流というのはまぁそのままの意味で、もう一人の地球人と会って共闘し、遺跡攻略の効率を上げようというものだ。
 その旨をアルディに話す。
 アルディは動かずに「んー」と唸ってから、口を開いた。
「たしかにそのほうがいいだろうなーでもさがすのにはてがかりがなさすぎる」
 アルディではないのではないかと思うほど、言葉に覇気がない。眠気恐るべし。
 話すこと自体後日にすりゃよかったと、少々後悔しつつも、アルディに手がかりについて提案する。
「手がかりか・・・村の人に話を聞いてみるとか?それか王に直接聞いてみるとか」
 アルディは静寂の村を出る直前に城に顔を出して、魔術師についての情報を得ていた。もう一度城まで戻るのは気が引けるが、今後の攻略効率が増すのならそれでいい。
 が、俺の考えはアルディの一言によって打ち崩された。
「めんどくさい」
「んなっ!?」
「しょうじきあそこはにがてなんだ・・・しかもそのためにしろにもどるとか・・・面倒だ」
「なんでそこだけはっきりなんだ!」
 「面倒」のところだけばっちり目を開いて、はっきりとした口調で言ったアルディ。もう何度、アルディのわがままに付き合ってきたことか・・・今までは「この国の住人だから」と大目に見てきたが、少し言っておく必要があるな。
「ったく・・・んなこと言ってんじゃねえよ。もう一人の地球人とサポーターを含めた四人での立ち回りとかいろいろ重要になってくるだろ。一刻も早くだな・・・」
「それは、マスターと劣らない戦闘能力を持っている人の話だろ」
 アルディは俺の言葉を遮り体を起こして、なおも言葉を繋げる。
「それは本当に使える人間なのか?静寂の村を出る直前に城に行った時、そいつの話が出なかったのは、城に行った時にはまだそいつが動いていなかったからだぜ?サポーターには『マスターが魔王を討伐してくれるというのなら報告しに来い』とだけ王に言われたんだ。マスターは『魔王討伐に手を貸す』とはっきり言ってくれた。だから城に顔を出して、マスターについて報告した。未だに動いていない人間の情報なんて持っていないと思うし、そうなっていたら王は私たちにしか期待していないと思うぜ?」
 マシンガンの如く放たれたアルディの言葉は、確かに一理あった。
 よくよく考えれば、もう一人の地球人と言うのは名前はおろか性別すらわからないし、王様も教えてくれやしない。しかも未だに地球人が動いていなかったら、眼中にないときた。どれだけ無責任な王様なのか・・・ランダムで選んだ地球人が必ず魔王討伐に手を貸すとでも思ったのだろうか。それともアルディともう一人のサポーターがマスターを必ず魔王討伐に向かわせるということを信じた結果なのか・・・
 悪い結果だと情報は何も得られずに、約一週間の時間の無駄使いになる。良い結果だともう一人の地球人の情報が入り、合流・共闘となる。
 後者の場合はうまくいきすぎた場合だ。実際どうなるかわからない。
 でも、俺は城に戻るという選択肢しか挙げていないのかというと、答えは否だ。
 考えている時間的にも、行動に移す時間的にも、これしかない。
「城に向かうのは止めだ」
「妥当だろうな。このまま二人の方が断然効率が・・・」
「が、俺はもう一人の地球人を見逃したりはしない」
 今度は俺がアルディの言葉を遮る。
 アルディはどうやら、俺が数秒前に言ったことを忘れたらしい。
「村の人たちに聞くという選択肢もあるだろう」
「・・・なるほど。でもそれは静寂の村に戻って最初から調べるのか?それじゃ城に戻って話を聞くのよりも時間がかかるんじゃないか?」
 そういえばアルディは頭固いんだった・・・しかも「なるほど」ってことは聞いてなかったのかよ。
 俺は少々落胆しつつも、アルディに詳しく説明する。
「い、いや、旅人の村から先の村にかけてだよ。それならもう一人の地球人が動いていなかったら自然と情報は入らないし、動いていたならば最低でもこの村まで来ているはずだ」
 旅人の村は、いわば第二の村だ。途中にある遺跡も魔物の数は少ないし、醒剣があれば大体何とかなる。
 説明を聞いたアルディは、思案し、頷いた。
「マスター割と頭いいのか。それなら遺跡攻略のスピードに支障はあまり出ないしいいんじゃないか?」
 アルディも納得してくれたようだ。
 多少のネガティブシンキングによって、しんみりした空気になってしまったが、一件落着だ。

 それにしても・・・「割と」かぁ。

小説家になろう 下書き

  と、いうことでもう一人の地球人についての情報収集に入る。
 あの話し合いから翌日。
 先日店で買ったパンを食べながら、アルディは話しかけてきた。
「マスター。昨日も言ったが地球人についての情報は何一つ持ち合わせてないぞ?」
 アルディの言う通り、俺たちに地球人についての情報は得ていない。
 が。
「ふっふっふ。アルディ!これを見ろ!!」
 アルディは『それ』を見ても疑問符を浮かべるだけだった。それも当然だろう。
 俺がドヤ顔で取り出したものは・・・
「携帯だぁーーー!!!」
「おおおぉぉぉ!!!ってなんだそれ?」
「まあまあ落ち着きたまえよアルディ君」
 俺は、この世界に召喚されて、いざという時に使おうと電源を切っておいたのだ。
 携帯の電源をONにすると、日本時間をデジタル時計で示していた。
 ここサント・シャペルにはデジタル時計すらないので、アルディはその時点で目を輝かせていた。
 俺の考えはこうだ。この携帯でこの世界の情報を・・・あれ?

 この世界ってインターネット回線って存在するのか?

「・・・」
「ん?どうしたマスター。私はこの機械についてもっと知りたいぞ」
 パスコードを入力し終えて、携帯の画面上部の『圏外』の文字を見て、俺の思考が停止する。


―――――

「バカか・・・」
「すんません・・・」
 よくよく考えればわかることだ。っというより、考えるまでもなくわかることだった。
 異世界の携帯が異世界で使えるわけがない。
「ふりだしだな。というよりふりだしから全く動いてないな」
「・・・」
 言葉も出ない。
 携帯はサント・シャペルでは使い物にならないことが分かった。
 となると・・・やはり口頭での情報収集になるのかー・・・

―――――

 一人目。旅人の村の宿主。俺より。
「おはようございますー」
「おはよう」
「この宿屋に、剣を身に付けている客はいませんでした?」
「アンタ以外は記憶にないな」
「そうか・・・ありがとうございます」
 情報0。

 二人目。八百屋の店主。アルディより。
「おはよう」
「あら、おはよう」
「最近、ここら辺で変わったことってないか?」
「変わったこと・・・ん~特にないわねぇ」
「そうか・・・ありがとう」
 情報0。

 三人目。四人目・・・情報は得られず。
「なぁマスター」
「なんだ?」
「村の役所とかに行った方が早いんじゃないか?」
「それ先に行こうか。半日無駄になったじゃねぇか」

 役所にて。八人目。受付嬢。俺より。
「こんにちわ」
「はい、こんにちわ」
「この村について、最近変わったことってないか?」
「なにか・・・とは?」
「えっと・・・宿屋に漢字の使われた人が止まりに来たとか」
「『水無月春哉』さん・・・でしょうか?」
「それ、俺ですね・・・」
「申し訳ありません。 春哉さん以外で該当する人はおりませんね」
「そうですか、ありがとうございます」
 情報0。

 これといった情報は何一つ入らずに、村を歩く俺とアルディ。
 これだけ聞いて情報が入らないということは、この村ではない?
「どうするんだ。マスター」
 どうする・・・か。
 まぁ立ち止まっていてもしょうがない。この村に何日もいるわけにはいかないし・・・
「次の村行くか」
 言うと、アルディは頷いて、地図を取り出した。
 運が良いことに、次の村までは多少歩くが途中に遺跡はなく、道中にいる魔物を掃討するだけで済みそうだ。
「行くか」
「そうだな」

 現在時刻は12時。

小説家になろう 下書き

 道中の魔物を掃討しながら着いた村は、【多勢の村】という名前らしい。

 名の通り、心なしか村人の数も多いように思える。

 現在時刻は13時。村を出る直前に、朝食のあまりであるパンを食べてきたが、アルディも俺も物足りない感じだった。
 なので、この村に来てから一番最初にすることは、昼食だ。

 俺とアルディは、ちょっとしたレストランに入店。
 昼時なためか、それともここが多勢の村のためなのか、それともどちらもかはわからないが、ある程度人が多くいた。

 故に、いろいろな話・噂が聞いて取れた。

 俺と歳が遠くない女子たちの話。
『最近、怪我人が増えているみたいね』
『あー通り魔でしょ?』
『この村を襲う魔物も多くなってきてるみたいだしね。外出るの控えようかな』
『魔物のことは知ってるけど、通り魔はただの噂って話だよ?』
『いやいや、外を見てみなよ。あれ見て同じこと言える?』

 そこまで聞いてから、俺とアルディも外を見る。

 そこには、右肩を押さえて歩いている男性がいて、右手の甲には血が流れていた。

 無意識にテーブルの上の昼食に視線を戻す。
 俺は、アルディに視線を向けると、アルディはいつになく真剣な表情で、けがをしている男性を見ていた。

 俺は、アルディの様子を窺いながら食を進めるが、アルディは男性を見送るまで一度も手を動かさなかった。

 数秒して男性を見送ったアルディは、一度目を閉じて、やがてゆっくりと俺を見て「マスター」と話を切り出した。

「マスター。あれは恐らく地球人によるものだ」
「・・・根拠は」
「右肩の手で押さえられている部分は、剣で切られたものだった」
「あぁ、俺も見えたよ。でも醒剣かどうかはわからなかったんだが・・・」
「そ、それは私もだが・・・」
「?剣って、部隊のやつらも使うんだったよな?そりゃイレギュラーな事態だが、部隊のやつらっていう可能性も・・・」

 俺はてっきり、醒剣で切られたものだと断定できたのだと思っていたが、どうやら違ったようだ。

 剣で切られた。というだけなら、それすら魔物の可能性だってあるし、村に侵入してきた魔物を倒す討伐部隊だって剣を用いるはずだ。

 アルディは視線を落とすが、また、一昔前を思い返すようにゆっくりと口を開く。

「部隊の人たちって可能性もあるが、・・・部隊の人は人を傷つけることはしない」

 長年、この世界で生きていたことによる経験談なのか、最後は自信を持って言い切ったアルディ。
 なら、俺が言い返せることは何もない。

 しかも、今までにないほどのてがかりだ。確定的な手がかりではないが逃すわけにもいかないだろう。

「んじゃ、行くか」

 まだ、俺もアルディも昼食を半分ほどしか食べていないが、急ぎの用事だ。席を立って、会計を済ませる。

 なんか手軽に出入りできるって、ファミレスみたいだな。

 ファミレスの外に出ると、地面には男性の右手の甲から垂れていた血痕があった。

「これ辿れば、なにかわかるか?」
「まずは行動だぜ?マスター」
「だな。行くか」
「あぁ」

 相手は通り魔の可能性が大。仲間になってくれるのか不安だが、会わないことには話が進まない。

 「ここか?」

 ここは「本当に村なのかよ!?」というぐらい村感のない場所だった。

 周りにあるものは、コンクリートの壁と・・・血痕。

 これを見るに、ここが事件現場と視てまず間違いないだろう。

 この付近にいると思われる通り魔を探すために、俺はアルディにある提案をする。

「この付近に人がいるのかわかる術式ってないのか?」

 言うと、アルディは溜息をついて肩をすくめた。

「あるにはあるが、その手の術式の展開は苦手なんだ」

 そういえば初めて遺跡に行って、魔術について聞いたとき「魔術師にも術式の得手不得手がある」と言っていたような気がしなくもない。

 アルディは「一応やってみる」と言って、地面に私物のチョークで術式を描き始めた。
 動く手はあくまでスムーズだ。だが、アルディは「得手不得手と言うのは、魔力を術式に乗せるときだ」とわけのわからないことを言っていた。

 そのときは特に気にせず、「アルディは支援系魔術の術式の展開は普通よりも遅い」とだけ、心のメモに書き込んで置いた。

 どのくらい時間かかるのかなーと手持無沙汰になった俺は、意味もなく左腰に携えてある「醒剣」の柄を握った。

 すると、ふと、俺の第六感が俺に語りかける。
 『クルゾ』と。

 「・・・ッ!!!アルディ!伏せろ!!」
 「え・・・?」

 ガッキィ・・・!と耳を劈くような衝撃音が辺りに響く。

 それは後方からただならぬ殺気を感じた俺が、奇襲を仕掛けてきた相手を迎撃した音だ。

 要するに、相手も剣士。恐らくこいつが通り魔だ。

 俺は鍔迫り合いのまま相手を観察する。

 髪は長く、肩甲骨あたりまである黒い髪の毛は顔の前まで垂れていて、表情を見ることは出来ない。せいぜい確認できるのは、青く澄んだ瞳のみ。
 とても通り魔とは思えなかった。

 容姿からして、相手は女の可能性が高い。それがために、相手は俺に力負けしている。

「ん・・・くっ・・・」

 苦し紛れに声を漏らして、剣を押す通り魔。だが、言っちゃ悪いが・・・相手の剣は軽い。

 話をする時間を作るために、俺は一度相手を押し返して醒剣の力を使う。

「エヴェイユ・ポトー・・・コードアイス!!」

 ギィイン!と地面に突き立てた剣を中心に、音を立てて出現したのは氷の柱だ。

 俺の詠唱の間に態勢を立て直した通り魔は、一歩遅かったようで、剣を振り下ろすも氷の壁に阻まれて、剣閃は俺にまで届かない。

 これで、相手が諦めるのを待って交渉に持ち込む。

 なにもしない、氷の柱の中にいる俺を見てなのか、ただ単に氷の壁が破れないからなのかはわからないが、通り魔は苛立ちを募らせる。

 なおも氷の壁を叩き続ける通り魔に「諦めようぜ」と声をかけようとして、

「your die・・・」

 と、とてつもなく物騒な言葉を通り魔は口にした。

 そして俺は、その言葉を口調を声を知っている。

「え・・・真冬?」

 今までイヤホン越しでしか聞いたことのなかった言葉は・・・自信はないが雪ノ下真冬のものだ。

 自分自身でもわけがわからずに呟く。が、俺の言葉に目の前の女の子は動きを止めた。

 相手も俺を見て「春哉?」と呟く。

 確信した。

「そう!俺だ!水無月春哉!!」

 言いながら氷の柱を形成させていた醒剣を地面から抜く。

 俺とアルディは共闘を申込みに来ただけ。相手が知り合いとあらば、交渉するのにはもってこいだ。

 なのに。

「・・・会いたくなかった」

 真冬の反応は思ってもいないものだった。

 真冬は、俺から一歩二歩と後ずさり、首を横に振る。真冬の目に浮かぶのは、涙。

 「え・・・」

 混乱したまま、俺の足は動かなくなる。

 そして、真冬は闇に飲まれるようにして消えて行った。

これからは?

 俺の後ろで一部始終見ていたアルディが、俺の真横に来て話しかけてくる。

「知り合いなのか?」
「・・・」

 一応知り合いではあるのだが、あんな接し方をされたら本当に知り合いなのか疑わしくなる。
 俺が返答に困っていると、アルディは質問の内容を変えてきた。

「互いに名前は知っているみたいだが・・・真冬と言ったか、『会いたくない』ってどういうことだ?」
「・・・それを聞きたいのは俺の方だ」

 ほぼ無意識に口から出た返答とも独り言とも思える俺の呟きは、自分でもわかるくらい覇気のないものだった。

 俺の言葉を聞いて、アルディは肩を竦める。

「そんな落ち込むことなのか?別に遠くに行ったわけじゃないんだぜ?追えばいいだろう」

 アルディはさらりとそんなことを言う。

 俺が疑問符を浮かべていると、アルディは真冬の消えた位置まで歩きながら、真冬を空間転移させた魔術についての説明を始める。

「あの魔術は闇魔法の空間転移だ。闇魔法は通常、攻撃用魔術の枠組みなわけだが、空間転移は支援系魔術の枠組みに入る。それで今の魔力の流れは私の・・・私の知り合いによるものだ。あいつは遠距離に人間大のものを空間転移させることが出来ない。となると、真冬とやらはまだ村の中だろう」

 途中、言葉に詰まった部分があったが、恐らく気のせいだろう。
 アルディの知り合いとあらば、その言葉は信じるべきか。

 手がかりはある。アルディも「村の中」と断言した。

 だが・・・

「だが・・・」
「?どうした」

 真冬は俺に面と向かって「会いたくない」と言ったのだ。普通に考えて、会いに行ったら迷惑だろう。

 俺がもう一人の地球人と協力したいのは、あくまで「効率」の話だ。魔王討伐が遅くなるが、無理に真冬を巻き込ませる必要はない。

 どうするべきか、考えがまとまらないでいると、アルディが舌打ちして喋りだす。

「なっさけねぇなぁ~マスター」
「あ?」

 アルディの挑発的な物言いに、ついイラッとしてしまう。

 しかし、アルディの次の言葉は思ってもいない言葉だった。

「マスターは女一人としてあしらえられないのか?」
「は、はぁ?」

 その言葉を耳にして、俺は情けない声を漏らす。

「たかが、ほぼ同い年の女子じゃねぇか。『春哉のことが好き』ぐらい言わせられるようにすればいいじゃねぇか」
「・・・」

 開いた口がふさがらないとはまさにこのこと。呆れた。心底呆れた。

 アルディの言っていることは、全く筋が通っていない。そこら辺、アルディは理解しているのだろうか?

 だが、

「マスター。そういう笑い方するんだな」

 ケラケラと、からかうようにアルディは言う。

 俺は無意識に笑っていた。「アルディはアホだな」そう思いながらも、頬が緩んでしまう。

 それを見て、アルディはなおも続ける。

「動かねぇと、なんにも始まらねぇぜ?」
「知ったような口を聞くな」

 互いに、互いを突っぱねるような言い方をするが、俺とアルディは、笑みを浮かべていた。

捜索

「ここで最後か」

 あのよくわからないアルディの説得から一時間。俺とアルディは宿屋巡りをしていた。

 宿屋に行っては名簿を見せてもらい、次の宿屋に・・・といった感じに村の中の宿屋をまわっているうちに、最後を残すのみとなった。

 探しているうちに、俺が「偽名の線は?」とアルディに問いたところ「埒が明かねぇ」と言うことで、ひとまずはスルーに。

「居なかったらどうする?」

 俺が、もっとも不安なことをアルディに問う。

「さぁ?」
「おい・・・」
「ま、結局失敗なんだったら、当たって砕ける方がいいだろ。何もしないよりかはマシだ。居なかったら私たち二人で魔王攻略だな」
「やっぱそうなるか」

 ここで、話に区切りがついたため、俺たちは宿屋の中に入る。

 先ほどまでと同様に、宿主に名簿を借りて、部屋番と名前を一人一人確認。すると、見覚えのある文字があったと同時に見覚えのない文字もあった。

「真冬・・・か、神無月?」
「クラン・・・」

 一時間ほど前に言っていた「知り合い」のことだろうか?アルディの方も思い当たる文字があるようだ。

 真冬とクランとやらの住む部屋は、どうやら205室のようだ。

 幸い、206室が空いていたため、俺は宿主に泊まり代を払ってから206室の鍵を貰う。

 これで、ようやく話が出来る。

神無月真冬

 俺とアルディは206室ではなく、205室・・・真冬のいる部屋の前に来ていた。

 俺は、ここにきてようやく、真冬にどう話しかけるべきか考え始めた。

 あの接し方からして、避けられているのは明らかだ。それならアルディに先に行かせるべきか?

 そう思って後ろにいるアルディに視線を向けると、

「・・・」

 (後ろには行かせん)と言わんばかりの仁王立ちだった。その上、見る限りだと動く気もないらしい。

 俺は観念して、真冬への接し方について思考する。が、唐突に背中を押される。それが原因でドアにぶつかりそうになる。

 犯人は紛れもなくアルディ。
 俺は声を抑えながらも叫ぶ。

「~~・・・んだよ!!」
「早く行け」
「こ、声・・・!!」

 しかし俺の努力も空しく、部屋の中から『誰かいるんですか?』と声がする。

「どーすんだっ・・・!!」
「知るか。マスターがどうにかしろ」

 そこまでやり取りをすると、カチャッとドアの開く音が鳴る。

 ドアを開けたのは真冬で、ドアノブを握ったまま硬直。俺とアルディも動かない。いや、俺は動けなかった。

 最初に動いた・・・というより、口を開いたのは真冬だった。

「リング・・・」
「・・・懐かしい名前出したな。スノウ」

 リング・・・というのは、俺のネット名である《spring》スプリングという名前をもじったものだ。まぁ最後の三文字をとっただけなんだが。

 俺も真冬のネット名である《snow》で呼ぶ。

 真冬は悲しそうな表情で喋りだす。

「本当に春哉なんだね」
「信じてなかったのか?」
「いえ・・・だってこんなのって・・・ないじゃない」
「そう・・・だな」
「・・・」

 真冬は部屋に戻るタイミングを失ったようだった。ドアノブを握ったままうつむいている。

 アルディはもともと話す気はないようだ。

 ・・・このまま無言で部屋に戻られても困る。交渉するなら早い方がいいか。

 俺は、まだ考えのまとまっていない中、一言一言噛まないように気を付けながら口を開く。

「なぁ真冬。協力・・・しないか?」

 返事はない。

「魔王を倒してくれって、クランってやつに聞いたんだろ?」

 なおも返事はない。

「魔王を倒せば、元の世界に戻れるんだ。だから」
「・・・にいい」
「え?」

 ようやく返事をしてくれたが、よく聞き取れずつい聞き返してしまう。

 すると真冬はうつむけていた顔をゆっくりと上げ、話し出す。

「別にいい。って言ったの。元の世界に戻れる保証なんてないんだし・・・そもそも元の世界に戻ったところで、んっ」

 唐突に、真冬が声を詰まらせた。

 原因は、アルディが真冬のシャツの胸ぐらを掴んだためだ。

 アルディに声をかけようとするが、アルディの表情が俺を動かさない。

 アルディは怒っている。

 真冬が俺たちに協力の意思を示さなかったから?

 違う。

 真冬が魔王と対峙する前から、諦めていたから?

 いや、違う。

 アルディは、違うことに怒っている。

 アルディは真冬の顔を自分の数センチ目の前まで引き寄せ、今までに聞いたことのない声音で言う。

「貴様は・・・父さんの言うことを疑うっていうのか?」
「え?父さん?」
「へぇ・・・」

 初耳なため、疑問符を浮かべる俺だったが、真冬は意味深に微笑をたたえている。

「王ってあなたのお父さんだったのね。それなら話が早いじゃない。あなたのお父さんに『今すぐマスターたちを元の世界に戻してください』と言えばいいだけでしょ?あなたのマスターも元の世界に帰りたがっているようだし、なにも命を懸けて」
「黙れ・・・」
「魔王を倒さなくてもねぇ?」
「黙れって言ってんだろ!!」
「アルディ!」

 俺はようやく動けるようになり、アルディの肩を引く。それによりアルディの手は真冬から離れ、アルディは俺の方をキッと睨んだ後に、うつむいてしまう。

 真冬は「ようやく話した・・・」と、言いながら襟元を直して、

「こんな魔物だかなんだかわからないやつらに殺されるなんてごめんよ。死に方くらい・・・自分に選ばせてよ・・・」

 寂しそうな声音で言った。

 ここで、「俺がお前を殺させたりはしない!」とかっこよく言えたらよいのだが、残念ながら俺は剣を握ってまだ二週間だ。人一人どころか、自分を守るので精一杯だ。

 打つ手なし。

 真冬が、「さようなら」と言って部屋に戻ろうとする時、

「姉さん・・・」

 205室の奥から出てきた一人の女の子が、アルディを見てそう呟いた。

クラン

 アルディを見るその子は、アルディよりも、真冬よりも小柄で内気そうな女の子だった。

 恐らく、この子が真冬のサポータである【クラン】なのだろう。

 クランは俺と目が合うと、ハッと何かを思い出したかのように話し出す。

「は、初めまして。クランティフ・クリムと言います。よろしくお願いします」
「クラン」

 律儀にも、ぺこりと頭を下げるクランに、真冬が声をかける。

「『よろしく』じゃないわよ。もう会うことはないわ」

 そう言うと、真冬は部屋に戻ろうとする。が、クランはその場から動こうとしない。

 クランは真冬に、静かに・・・それでいて力のある視線を送り、口調も、あくまで静かに喋り出す。

「マスター。私は怒っています」
「え?」

 アルディは感情を露わにした結果、「真冬の胸ぐらを掴む」といった行動に出たが、クランの方では感情を抑えていながらも、自ら口で「怒っている」と言った。

「姉さんは王のことを『父さん』と言いました。妹であるワタシも王は父親です。そして、マスターはワタシの言葉を・・・父の言葉を信じてはくれなかった」
「聞いてたの・・・」
「聞こえた・・・が正しいですけどね。ワタシのことを信じる信じないは別として・・・父の言葉を信じてくれなかったのは・・・」

 クランは言葉を発しているうちに、怒っていると言うよりも、だんだん寂しそうになっていった。

 真冬はクランの言葉を最後まで聞いて、青く澄んだ目を俺に向け口を開いた。

「・・・春哉。あなたはアルディの言葉を信じて疑わなかったの?」

 それは・・・もちろん俺だって、アルディの言葉を百%信じているとは言い切れない。真冬の言う通り、魔王を倒して地球に戻れる保障もない。

 真冬も「王が父さんだなんて初耳だ」と思っているかもしれない。

 だけど、俺は・・・

「俺は、もうアルディを信じるって決めたんだ」

 言うと、三人は俺を見て目を見開いた。

 三人とも表情はほとんど同じ。驚き。

「なん・・・で?」

 真冬は俺に「信じられない」と口外に漏らしながら問う。

 なんでってそりゃぁ・・・

「俺はアルディの『マスター』として、アルディを『信じなきゃいけない』と思っただけだ。しかもこの世界は俺と真冬からしたら【異世界】だ。知らないことが多すぎる。知らないこと。覚えること。経験することばかりだ。だからこの世界の協力者に頼るしかない。疑ってちゃ進む物も進まないしな」

 ここまで長く喋ったのはいつ以来だろうか。と俺は心の中で苦笑し、最後に「それに・・・」と笑って付け足す。

「この世界に召喚されたところで、『魔王討伐』以外することがないからなんだけどなっ」

 じっとしているのは主義ではない。そりゃ家で小説を書いているときだってあるが、アイディアに詰まった時は外にランニングをしに行ったものだ。

 俺が結論を言っても、三人は黙ったまま・・・硬直状態に陥っていた。


 数秒の沈黙。


 笑っていた自分の表情が次第に苦笑いに変わっていった時、真冬が唐突に大声を出して、この場の沈黙を破った。

「あ~もう!」

 俺を含め、真冬以外の三人の肩がビクッと震える。

 何事か、と、真冬を注目。

 真冬は注目されているのに慣れていないのか、顔を赤くしながらもなお声を張る。

「わ、わかったわよ!やればいいんでしょ!!」

 真冬は吹っ切れたのか、むしゃくしゃした様に言っていたが、割とすぐに落ち着きを取り戻し、溜め息を一つついてからクランとアルディに向き合う。

「私も、クランを信じるわ。アルディにもついていく・・・から、その・・・よろしく」

 ちゃんと真冬も魔術師姉妹を信じてくれるようで何よりだ。

 ・・・あれ

「あの俺は」
「嫌よ、悪いけど男の人とはなるべく関わりたくないの。ごめんなさい、無理」
「えぇ~」

 真冬は俺の言葉に早口で捲くし立てる。

 俺は真冬に散々言われて涙目になり、魔術師姉妹は俺を見て優しい笑みを浮かべる。

 その二人の笑みを見て、俺も無意識に苦笑いする。

 一応、真冬も魔王討伐に協力してくれるようだし、一件落着か。


 でもなんで真冬はあんなガチな顔してたんだ・・・なんかしたっけかな、俺・・・

新パーティ

 昨日はとりあえずその場で別れ、そのまま隣の部屋に泊まった。

 翌日。

「ん・・・」
「おはよう、マスター」
「・・・あぁ」

 朝八時。起きる時間だ。

 基本的にアルディのほうが早く起きて、朝飯を用意する。
 アルディは料理が得意なようで、いつもは市販のパンなのだが、気分がいい日はフレンチトーストなど調理をしたりする。

 どうやら今日は気分がいいらしく、部屋には甘い香りが漂っていた。

 俺は寝ぼけ眼のままちゃぶ台の周りにある座布団の一つに座る。

 アルディも安物の赤いエプロンを取りながら俺と向かい合って座り、二人で食前の挨拶を。

「「いただきます」」

 これまた安物のナイフとフォークで食を進める中、俺は一つの疑問を口にする。

「そういえば、真冬たちに集合時間とか伝えた?」
「ん・・・いや、集合場所なら伝えたが、時間までは・・・」
「それって真冬たち、早めに集合場所に来てる可能性ない?」
「・・・まぁ、クランのマスターとクランの性格から考えて、その可能性もなくはないな」

「待たせたら真冬おこじゃね?」

「「・・・」」

 現在時刻は朝八時五分。

―――――

 あのいい匂いのフレンチトーストを大急ぎで胃に詰め込み、着替えて、歯を磨き、地図・剣等の準備をする。この間五分。

 現在時刻は朝八時十分。集合場所は宿屋前。

 俺とアルディはドキドキしながら宿屋のドアを開ける。

「「「「・・・・」」」」

 無事合流・・・
 とはいかず、

「はぁ!?」
「「・・・ッ」」

 真冬が唐突に大声を出して、俺とアルディに体が強張る。時間について怒られるのかと思いきや、そうではなかった。

「な、なな、なんでこの宿屋から出てきたの!?」

 予想外の問いに、俺とアルディは顔を見合わせ、首を傾げる。
 理由は一つだ。

「真冬たちと仲間になったからだが?」
「仲間になった覚えはない!特に春哉とは!!私はクランとアルディの指示に従うだけ!」
「それって、魔王討伐のことだろ?目的は同じだ。仲間と同義じゃねぇか」
「違うったら違うの!!」

 真冬の声が大きいため、耳を塞ぎながら注意するが、俺では逆効果みたいだ。

 声を張って疲れたのか、肩で息をする真冬は「ハッ・・・」と声を漏らして、もう一つの疑問を持ったようだ。

 今度はなんだろうと思っていると、真冬は震えた指をこちらに向け、またもくだらない質問をしてくる。

「も、もしかして同じ部屋に二人で寝泊まりしているの?」

 その質問に対して、今度はアルディが溜息をついて呆れ口調で答える。

「そうだが・・・問題あるか」
「問題大アリよ!!」
「・・・?どこが」
「年頃の!男子と!女子!あーもう!!」

 叫ぶだけ叫んで、顔を背けてしまう。

 また、俺とアルディは顔を見合わせ、首を傾げる。

「なぁどうしたんだよ」
「なんでもない・・・」

 声をかけるが、今度は素っ気なく返されてしまう。

 拗ねてしまった・・・訳がわからん・・・

 どう機嫌を取るかと思案していると、村の出入り口から聞こえる騒ぎによって、この場の空気はガラッと変わる。

 俺を含めた四人は騒ぎのする方に視線を向けるものの、ここから距離があり、その上一直線ではないため、視認することは出来ない。

 俺とアルディは、騒ぎのする方を見ながら作戦会議をする。

「どうする」
「行くしかないだろ」
「二人は任せてもいいか?」
「あぁ、だが魔物の可能性もある。気を付けてくれよ?マスター」
「もちろんだ」

 俺は走る時に邪魔にならないように、左の腰に携えている醒剣を鞘ごと腰から外すと、静止を促す声があった。

「待ってください」
「・・・なんだクラン」

 声の主はクランだったようだ。それをアルディが対応する。

「ワタシたちも行かせてください」
「いや、一大事だ。マスター一人で片付くだろうし、時間がかかるようなら私が後から追い着いて後方支援すればいい。また遺跡に向かった時にしてくれ」
「それは・・・でも、マスターもワタシもいち早く・・・」
「だから、今じゃなくてもいいって言ってるだろ。お前は、」
「アルディ」

 これから勃発しそうな姉妹喧嘩に俺が口を挟む。

 訳はというと、真冬も俺同様に剣を鞘ごと手に持ち、走る準備ができていたため。

「全員で走れば問題ないだろ。なによりこの時間が無駄だ。真冬、走れるよなぁ?」

 俺は真冬に煽るような口調で言う。
 プライドの高い真冬のことだ、反応を示すだろうと顔色を窺うと、

「・・・バカにしないでよね?」

 ヤッバイ。どうやら地雷を踏んだようだ。

 どれだけ嫌われているのかと涙が出そうになるが、そこはグッと堪える。

 俺はアルディに「どうだ?」と視線を向けると、アルディは諦めたように溜息をつく。

「行こう。マスター」
「あぁ」
「クラン、出るよ」
「はいっ」

 直後、俺たち四人は村を疾走する。

骨の騎士

 一位はなんと、クランでした。

 !!??

 「「クラン!?」」

 いつの間にやら俺たちの前にいたクランに、真冬と俺は驚愕する。

 俺の一歩後ろを走っていたアルディが、走ったのにも関わらず息を一ミリも乱さずに補足説明をする。

「クランが使ったのは【強化魔術】だな」
「き、強化魔術?」

 わくわくするような専門用語を聞いて、期待に胸を膨らませながらアルディに聞き返すが、アルディは「説明は後だ」と言って村の唯一の出入り口を指さす。

「まずは、あれをどうかしないと。だぜ?マスター」

 ふむ、まぁ最もである。

 アルディの指さしたのは、人型の【魔物】。

「スケルトンナイト・・・」

 クランが、魔物の一応の名を呟く。
 魔物に正式な名前はついていないが、外見があれじゃあな・・・

 どういうことかと言うと、理由は簡単簡潔。村の出入り口の周りを、カランコロンと軽やかな音を立てながらうろうろしているのは、骨の騎士なのだ。

 読んで字の如く、ガイコツが剣と盾を持っている。

 敵の数は二体。身長は二メートルそこそこと言ったところだろうか。

 スケルトンナイトの目的は一体なんなのか・・・
 魔王からの命令なのか、それとも単に気まぐれでここまで来たのか・・・

 いずれにせよ、スケルトンナイトを排除する他ない。幸い、負傷者は少ないし、これならアルディの治癒魔術でも十二分に間に合うだろう。

 それに、クランもいる。アルディ曰く「治癒魔術に特化した魔術師」とのことだ。そちらは任せて大丈夫だろう。

 問題は、俺と真冬がスケルトンナイトにどう対応するかなのだが・・・

 ちらりと、真冬の方に視線を向ける。

「・・・」

 っと、そういえば魔物と対峙するのは初めてなんだっけか。

 俺も初めて魔物に対峙した時は驚いたものだ。
 こう、つい二週間前のことを思い出しながら俺は一歩踏み出し、後方にいる魔術師二人に向けて指示する。

「アルディ・クラン。手、出すなよ?」
「「え?」」
「俺が・・・仕留める!!」

 二人の疑問をよそに、俺はスケルトンナイトに向かって走る。

 一応真冬と比べたら、俺は二週間先輩な訳だ。


 それなら先輩らしく、剣技の見本を見せてやろう。

VSスケルトンナイト

 俺が二体のスケルトンナイトに向かって走り出すと、スケルトンナイトの方も俺に気付いた様で、その内の一体が鉄の盾を構え、もう一体が俺の後方に回り込む様に移動する。

 俺は走ったままの勢いを無理に殺そうとせず、醒剣を鞘から抜いて、そのままの勢いで盾に剣を振り下ろす。

 ガァン!と耳の劈くような音が辺りに響き、俺の腕が多少痺れる。

 すると、後ろから剣閃が聞こえた。俺は腕の回復も込めて、しゃがんでそれを回避する。

 後ろから襲ってきた剣は、俺の真上を通り過ぎて、目の前のスケルトンナイトの盾に当たり、またも大きな音が鳴る。


 これにより目の前のスケルトンナイトは盾を弾かれ、後方のスケルトンナイトは前につんのめる。


 二体のスケルトンナイトが体勢を崩した。


「ラッキー・・・」

 無意識に呟いた。
 それほど好奇なものだった。

「ふっっ!」

 痺れた腕も回復した俺は、鋭く息を吐いて、しゃがんだ体勢から右足を軸にしその場で時計回りに一回転。

 前につんのめっていたスケルトンナイトには腹部(?)にクリティカルヒットして、骨がその場に散らばり生命活動を停止する。が、もう一方のスケルトンナイトには右手首に当たっただけで、倒すには至らなかった。

 スケルトンナイトはまだ体勢を立て直せていないし、右手首に醒剣が当たってくれたことにより、スケルトンナイトの右手に握られていた剣が地面に落ちていたため、追撃は容易だ。
 このチャンスを生かす!

 スケルトンナイトの弱点は、先程倒したやつを見る通り腹部(?)だ。

 そこに向かって、俺はめい一杯に突きを放つ。

「はぁぁぁあああ!!!」

 気合と共に放った突きは、見事にスケルトンナイトの弱点に当たり、先程と同じように目の前のスケルトンナイトがバラバラになる。

 すると、何秒か先に生命活動を停止したスケルトンナイト(亡骸)が、紫色の粒子を飛ばして爆散した。

 その爆心地には、粒子と同じ色をした石ころがある。

 その名は【核】というもの。
 名の通り、魔物を活動させるために必要不可欠なもので、人間で言う心臓の役割をしているらしい。

 核は村で換金できるらしく、俺たちはそれを集めなければならない。

 俺が地面に落ちている核を回収しようと一歩踏み出すと、負傷者の回復を終えたのか、アルディがそれを回収した。

 間もなく二体目のスケルトンナイトの亡骸も爆散し、核を落とす。
 それは、位置的に俺の方が近いので俺が拾う。

 核は基本的にアルディが集めているから、俺はひょいと核をアルディに投げる。

 アルディはそれを片手で受けると、俺の目を見て微笑んだ。

「さすがだな、マスター。もう手慣れたか?」
「あぁ、そうだな、おかげさまでな」

 そう言って、俺も笑って返した。

 そういえば、真冬は魔物を見てどう思ったのだろう?
 そう思って、周りを見て真冬の姿を探す。

 真冬はクランと一緒に村人と話していた。

 ・・・見てなかったのかよ!

「・・・どうした?」
「なんでもない・・・」

 無意識の内に肩を落としていたようで、アルディが俺の真横に来て心配の視線を向けた。

 それを手を上げて答えると、村の門とは真逆の方向から、パンパンパンと、ゆっくりと拍手する音が聞こえた。

「お主、なかなかやるようじゃな」

 俺とアルディは声のした方向に振り向く。
 真冬とクランも話を止め、俺たちと同じ方向を向いた。

 そこには・・・

「いやー本当にすごいな。

異世界で魔王を倒せだと!(怒)

異世界で魔王を倒せだと!(怒)

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 冒険
  • アクション
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-12-27

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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  1. プロローグ?
  2. 異世界とか言い出さないで・・・
  3. 小説家になろう!下書き
  4. 小説家になろう!下書き
  5. 小説家になろう 下書き
  6. 小説家になろう 下書き
  7. 小説家になろう 下書き
  8. これからは?
  9. 捜索
  10. 神無月真冬
  11. クラン
  12. 新パーティ
  13. 骨の騎士
  14. VSスケルトンナイト
  15. 16