強く弱く
プロローグ
「はじめまして、小澤日和といいます。」
祐介は彼女の日和を両親に会わせるため、二人で横浜から山形の酒田へ出向いた。
こんにちは、狭いところだけど、さぁさぁなかへどうぞ。と祐介の母が嬉しそうに家の中へと促した。
「日和さんは祐介と同じ大学なんですよね?」
あっ、はい。緊張ぎみに答えると
「横浜で育ったの?」
「横浜に来たのは大学へ入ってからで高校までは厚木にいました。」
優しい声で話す祐介の母の隣で祐介の父はひたすらそうかそうかと笑顔でうなずいている。
そうだったのぉ、でも同じ神奈川ならご両親も安心ね。と続けて祐介の母が言うと祐介は少し眉間にしわをよせた。
「私、両親がいないんです。」
二人はえっと驚いた顔をしたが、日和は悲しそうな顔などせずに
「わたしがまだ一歳にもならないときに二人とも亡くなっていました。それから高校卒業までは孤児院で育ちました。」
運命がこちらに
大きな地震でもきたら崩れてしまうのではないかと思う程の古いアパートに男は住んでいた。部屋は六畳でキッチン、風呂付き、トイレは共用。アパートの周りは目立つような建物はなく夏には良い風が入る、ということが唯一の利点だろうか。その反面冬は隙間風に悩まされる。金さえあれば早くこんなアパートを出、もう少しまともなところへ移り住みたいが、資金を貯めるためにがむしゃらに働きたいとも思えなかった。最終学歴は中学で、高校は一年生の七月に、に特に問題を起こしたわけでもなく自主退学した。週5日ガソリンスタンドでアルバイトをしているが目標があるわけでもなくぼうっとしていると退屈のくせに月日はあっという間に流れてゆき、フリーターになってから二年が経とうとしていた。まあ、彼の唯一の娯楽は決して上手いとはいえないがギターだろう。まだ高校生だった頃、その学年の楽器をやっていた者を集めて結成されたバンドは年に数回小さなライブハウスで他のバンドと共にライブをしていた。客は少なく収入もあるわけじゃないがバンドは単純に楽しく感じた。音楽が好きなのか人前に立つのが好きなのかは分からないが、楽しいと感じていた。
その男工藤正孝はライブを終えギターを抱えて帰りを待つ者がいないあのアパートへ帰った。家に着いた途端なんとも言えない気持ちに襲われた。
ああ、、。
終わった、すべて終わったのだ。
元同級生と組んでいたバンドのラストライブで今日をもって解散というわけだ。そのことを正孝が伝えられたのはライブの一週間前で、正孝以外のメンバーは現在高校三年生で大学受験を控えている。正孝は社交的なタイプではない上に三ヶ月という短い期間しか高校にいなかったため知り合いはバンドのメンバーだけであった。ライブ終了後正孝はバンドがなくなるということで頭がいっぱいであったが、他のメンバーは大学受験の話で持ちきりだった。メンバーと悲しみにふける間も皆無。これからは一生一人なのだと強く実感させられた。
やることも考えることもないし風呂にでも入ってすぐ寝よう。正孝が床に入ったのはまだ午後九時半のことであった。
翌日、バイトが休みの日だったので散歩で出かけた。その足は自然と昨日ライブが行われた小さなライブハウスへと向かっていた。
ライブハウスへ辿り着くとふと我に返りなぜ此処へ来たのだろうと思った。そのとき入り口の近くに立つ女性が目に入った。女性というより女子と言うべきであろうか。ショートカットの黒髪で細身、身長は彼より頭一つ分ほど低く、同い年くらいだろうか。彼女は手に何かメモ用紙のような小さな紙を持っていて、目を凝らして見るとそれは昨日のライブのチケットだった。日付を間違えたのだろうか。そんなことを考えながら彼女をじっと見つめていると彼女は突然振り返り、お互い驚いた表情を浮かべた。
「工藤正孝」
「...え?なんで俺の名前知ってんの?」
「高校辞めた人でしょ?一年のとき隣のクラスだったから見たことある。」
あぁ。と正孝はこんなこともあるのかと、だがあまり高校を辞めたことについてはつっこまれたくなかったので手に持っていたチケットのことを尋ねた。
「これ前にもらったの、友達の弟のバンドがでるライブなんだけどチケット売れないからって。」
どうやら昨日のライブに一緒に出たバンドの奴からもらったらしい。
「そのライブ昨日だったけどな。」
「え?だってチケットに六月十二日って書いてる!今日十二日でしょ?」
今日は十三 と教えてるとまた驚いた表情をしたかと思うとすぐ戻りまあいいやと呟いた。どうやらそこまで興味があるわけではないようなので、また高校時代の話をされないように昨日のライブに俺も出て解散したという話もした。後から気付いたことだが、こんなにも人と話したのは久しぶりでバンドの解散で胸にぽっかり空いた穴は早くも少し埋められていた。彼女も心なしか楽しそうに見えた。自分もいつの間にか社交的な性格に変わったのもしれないと思うほどで、家に戻ってからもその日は一日中良い気分でいられた。ライブハウスから家に戻る前に買った夕食の惣菜もいつもより美味しく感じたし、暇つぶしで見るテレビも面白く感じた。悲しみでもう当分触れることができないだろうと思っていたギターもすんなりと弾けた。その音色はいつもより良い音をしていた。
運命がまもなく
正孝はその日布団に入ってもなかなか寝付けなかった。時刻は夜中の一時を回っていた。この胸の高鳴りは一体なんなんだろう。そうだ!と飛び起きはいていたジーンズのポケットから紙切れを取り出した。
「じゃ、私そろそろ帰るね。」
あ!待って!とポケットに手を突っ込みスマートフォンを取り出し、連絡先教えて。と言うと
「私ケータイ持ってない。」
高校三年生がケータイを持ってないということがあるのか。持って来るのを忘れたということならまだ分かるが、持ってないということがあるのか。そんなに俺に連絡先を教えたくないのか。すると彼女は鞄から手帳を取り出し、手帳に挟めていたペンをとって昨日のチケットの裏に何かを書いて渡した。
「ここにかけて佐藤りさに用があるって言えばいいから。じゃあね。」
彼女は去ってゆき、渡されたものを見てみると
xxx-xxxx
佐藤りさ
と書いてあり、家の固定電話の番号と彼女の名前が書いてあった。どうやら彼女は佐藤りさというらしい。
チケットに書かれてあるのを見てはまた眠れなくなった。しかし彼女は本当にケータイを持っていないのか。本当は持っているが俺を試したのではないだろうか。家にかけると厳粛な父が出る可能性もある。そのリスクをおってまで連絡できる男なのか試しているのだ。それができたらようやく彼女の連絡先を教えてもらえるのだろう。とか変な想像をして自分のスマホに佐藤りさという名前と番号を登録し、無理矢理目を閉じて寝た。
翌日目覚めがすごく良かった。いつもより念入りに洗顔をして髪も気合を入れてセットした。誰かと会う約束はない、いつも通りのアルバイトで、セットしても帽子を被れば何もなかったことになるのだけれど。
アルバイトもいつもより楽しく感じた。なるほど、働くことこそ生きがいと言う人の気持ちが分かる。明日も頑張ろうと思えたのはいつぶりだろう。
アルバイト帰りわざと遠回りをしてライブハウスの前を通って帰った。今日もここではなんのライブも行われてないらしく誰もいない、勿論彼女も。
ポケットからケータイを出し電話帳のサ行を開いたり閉じたり。
うわぁ、俺気持ちわりぃ。
思えばずっと彼女のことばかり考えている。彼女のことが好きになってしまったのか?あのたった十分ばかりの会話で?二十四時間あるうちのたった十分で人に恋をするのだろうか、いやでも一目惚れという言葉もある。一目惚れは二十四時間あるうちの一秒で恋をするのだから十分とは人を好きになるのに充分すぎる時間なのかもしれない。いや、しかしこれは久しぶりに人と触れ合えたことへの嬉しさかもしれない、そうだ友情なのだ。これは友情、友情だからと言い聞かせ 電話帳、サ行、佐藤りさ、電話をかけた。アプローチではなく友達になりたいという気持ちから今電話をかけています。
「はい、スミレ学園です。」
、、、スミレ学園?佐藤りさの家は学校なのか?いやどういうことだ。
「あ、工藤と言います。佐藤りささんお願いします。」
彼女に言われたことを思い出し伝えると、お待ちくださいと言われた。
「工藤正孝?」
なんだこの女は!ケータイを持っていないなど嘘をつきスミレ学園などよく分からない団体の電話番号を教え、やっと本人が電話が出たかと思えば もしもし?など可愛らしく言うわけでもなく俺の名前をしかもフルネームで。頭の中で美化しすぎていた、やはり十分では恋に落ちないのだ。
「スミレ学園ってなんだよ、びっくりしたじゃんちゃんとケータイ教えろよ。」
「だからケータイは持ってないんだってば。あーごめんあんまり長く話せないから。」
「ちゃんと教えろよ。」
「じゃあ今から会って話せる?」
今から会う?
「あぁ、じゃこないだのライブハウスにな。俺今近くにいるんだ。」
強く弱く