キノコ狩り(6)
六 脱出
「おい、起きろ」誰かが俺の頭を揺すっている。俺は目覚めた。目の前に、小人のじいさんがいた。手には、俺のキノコを持っていた。
「約束通り、キノコ傘を返しに来たぞ」
キノコは、数日たったせいか、少ししなびていた。こんなキノコを見つけられたら、それこそ、再び、殴る蹴るの暴行を受けてしまう。
「あ、ありがとう。だが、もういいんだ。それは持って帰ってくれ」
「そういう訳にはいかない。俺も小人だ。小人に二言はない。借りたら返すのが、俺たち小人の法律だ。さあ、返したぞ」
小人のじいさんは、俺の頭にしなびたキノコを突き刺した。キノコは、俺の血や体液を吸い取ったのか、見る見るうちに、色つやが戻った。
「さあ、約束を果たしたぞ。わしは帰る」
「ちょっと待ってくれ。小人のじいさん、いや、あなたに頼みがある」
「小人は余計だが、あんたには世話になった。一つぐらい頼みは聞いてやるぞ」
「俺をこの檻から逃がしてくれ」
俺は、正坐して、手を合わせ、頭を垂れた。さっき植えられたばかりのキノコも同様に頭を垂れている。
「いいとも」俺の誠意が伝わったのか、小人はあっさりと承諾してくれた。
「だが、そんな大男じゃ、この檻から抜けられない。わしのように、小人になってもいいか?一生、小人のままだぞ」
究極の選択だ。このまま、キノコ人間として一生を終えるのか、はてまた、このじいさんにように、小人になって、この檻から抜け出して一生を暮らすのか。俺は決めた。小人になる。現状維持では駄目だ。現状打破こそ、俺の生き方だ。俺は、じいさんに頼んだ。
「よし、わかった」
じいさんは、柱をよじ登るとシャワーの栓を緩めた。シャワーは、キノコの傘の部分にだけ当たった。キノコはどんどんと大きくなる。反対に、俺の体はどんどんと小さくなった。とてもじゃないけれど、頭のキノコが重すぎて支えられない。キノコに押しつぶされそうだ。
「今だ。頭のキノコを取れ」俺の体がじいさんと同じくらいの大きさになった時、じいさんが叫んだ。俺はありったけの力を振り絞り、頭からキノコを外すと、キノコの傘にはさまれないように飛び出た。キノコは、だるま落としのだるまのように、体の俺がいなくなっても地面に真っすぐに屹立した。
「うまくやったな」じいさんは地面に降りて来て、地面に座り込んでいる俺の手を引っ張ってくれた。俺は体が小さくなっているため、たやすく檻から抜け出ることが出来た。
「さあ、早く逃げないと、大変なことになってしまうぞ」
「どいうことだ」俺はじいさんの背中に話し掛けた。
「今にわかる」
「もう一つのお願いだ。俺と同じように檻に入れられているキノコ人間たちも助けてやってくれ」
「時間がない」
「お願いだ」
俺の必死の思いが伝わったのか、じいさんは、俺と同じように、キノコ人間の、頭のキノコだけを成長させ、反対に、体は収縮させ、檻から抜けださせた。もちろん、俺もじいさんの指導の下、手伝った。檻の中のキノコたちは等身大にまで成長し、地面にすくっと立っている。
今、この店舗にいるのは、小人のじいさんと、俺ほか六人の元キノコ人間で、今は小人の、計七人だった。
「さあ、行くぞ。ぐずぐずしてられない。その前に、何か隠す物がいるな」
じいさんは、俺たちの体中から落ちたキノコを拾った。俺たちの体が小さくなったので、キノコは小人の等身大の大きさだった。
「さあ、みんな、一人一本ずつ持て」
「外は、雨でも降っているのか」
俺はじいさんに尋ねた。じいさんが、ニヤッと笑った口の中は、ヤニもなく、白い歯だった。
「外に出たらわかる」
じいさんがキノコを持って外に出る。俺たちも、それぞれキノコを持って、じいさんに続く。何しろ、キノコは俺たちの等身大の大きさだ。いくら繊維質だからといっても、かさばるし、小人になった俺たちには重い。不平を言うもののいた。特に、ばあさん小人だ。
「ぶつぶつ、言うな。命がかかっているんだぞ。元のキノコ人間に戻りたいのか」
じいさんの声に俺たちは黙った。
「来たぞ。道を避けて、草むらに隠れ、キノコ傘で自分を隠すんだ」
じいさんが叫んだ。俺たちは、何のことかわからないまま、じいさんの言う通りにした。何か音がする。一つや二つではない。何かが行進する音だ。それも、俺たちの方に向かってくる。
「いいか、何もしゃべるんじゃないぞ。音も立てるな」じいさんの口調は厳しかった。草の茂みとキノコ傘の隙間から何かが見えた。キノコだ。キノコが行列をなしている。それも、十や二十じゃない。百、いや、二百、いや、数えられないほどの大群をなしている。足があるのか、ないのかわからないが、滑るようにして、前に進んでいる。俺たちは、思わず驚きの声を上げようとしたが、「しっ」というじいちゃんの声に機先を制され、押し黙った。
キノコの大群たちは、俺たちに気がついたのか、気付いていないのか、わからないが、次々と俺たちの前を通り過ぎた。キノコたちの行き先は、俺たちの店、キノコ店だった。
キノコの大群が通り過ぎて、しばらくの時間が立った。その間、俺たちは、蚊に血を吸われようが、アリに足を踏まれようが、身動き一つせず、じっとしたままだった。
「さあ、行くか」じいちゃんがゆっくりと歩き出した。手にはキノコ傘は持っていない。
そのことを尋ねると「もう大丈夫だろう」
俺たちは、じいちゃんを先頭にして、歩きだした。
「あいつら、キノコたちは、何をする気ですかね」
「さあ、わからんなあ。ただ、察しはつくけどなあ」
じいさんは、キノコ店の方を振り返りながら、呟いた。
「さあ、行くぞ。お姫様がお待ちかねだ」
「お姫様?」
「そう、お姫様だ」
踵を返し、早足で歩くじいさん。俺たちはじいさんに急いでついていった。
キノコ狩り(6)