そのぬくもりに触れたくて
ふと、ジョーは空を見上げた。
白い空に綿ぼこりみたいな輪郭のぼやけた小さな黒い点々。
「……寒いと思ったら」
受けとめてみると、手のひらで溶けて消える雪はひんやりと冷たい。
はあっと息を吐いてみると目の前が白くなる。
おそらく鼻の頭も赤くなってるんだろうなと、ジョーは軽く首をかしげた。
白い息とか、手のひらで溶ける雪とかで、生身の身体を持っていた頃と変わらない体温を持っているのだと実感する。
彼は、今も人と同じ体温を持っているのだろうか。
両手をダウンのポケットに入れて、空を見上げる。
先日久しぶりに見た彼は、もう体温なんてなさそうな、触れても冷たそうな身体になっていた。
――あの時は、そんなことをゆっくり考える暇も確かめる暇もなかったけれど。
瞬きをしながら、僅かに笑って下を向く。
目に入った雪が溶けて、涙のように目尻に溜まった。
しばらくそのままでジョーは足元に降っては溶けていく雪を見つめていたが、ぴくっと肩を揺らすと顔を上げた。
振り返らなくても判る、気配。
そして、聞こえてくる懐かしい声。
「ジョー!」
思わず嬉しくて緩みかけた頬をきゅっと引き締める。
「すまん、待ったか?」
走ってくる影にタイミングを合わせて、ジョーは振り向きざま綺麗なフォームで右腕を繰り出した。
「うおぐっ!?」
自分から突っ込んで行ったかのように見事に頬にパンチを受けて、ジェットが吹っ飛ぶ。
「――おいっ! いきなりなにすん……」
尻餅をついた状態で文句を言いかけたジェットを、無表情ですたすた歩み寄ったジョーがしゃがみこんで抱きしめた。
「……遅いよ。ずっと待ってたのに」
「悪い。メンテに時間かかっちまって……」
「ばか。今日のことじゃないよ」
「……ごめん」
ジェットが申し訳なさそうな顔をして、ジョーを抱きしめ返す。
「ずっと、ずっと、会いたかったんだから」
「……でもお前、記憶操作してたんだろ? 俺のことなんか」
「記憶なんかなくたって、会いたかったよ。顔も名前も判らない君に」
噛み付く勢いで、でも静かにジョーがジェットの台詞を遮った。
「……会いたくて、会えなくて、辛くて、淋しくて……僕がどれだけ空っぽになってたか判る?」
「……すまん……」
「どうせ、意地になっちゃうんだろうなとか、あの時の僕は判ってたけど……待ってた僕は判らなかったから、ただ、会いたかった」
「ごめん」
「いいけど。きっちり埋め合わせはしてもらうから。――とりあえず立とうか。地面に座ってたら冷えちゃった」
「あ、ああ」
先に立ち上がったジョーの手を借りてジェットも立ち上がる。
ぱたぱたとコートをはたいていると、ジョーがどこか恨めしそうな顔をしてジェットを睨みあげた。
「な、なんだ?」
「僕、冷えちゃったって言ったの聞いてた?」
「ああ……?」
ジョーが何を怒っているのか判らないが、とりあえず機嫌が悪そうなことは判るので、ジェットがおろおろと視線を左右に泳がせる。
察しが悪いジェットにジョーはぷっと頬を膨らませた。
「じゃあ、あっためてくれたっていいんじゃない? 入れてよ、中に!」
「へっ? 入れっ……」
ジェットが顔を真っ赤にして慌てだすが、ジョーはそんなことにはお構い無しに、ジェットのコートの前をばっと広げた。
「じ、ジョー!?」
ジョーがコートの中に入り込んで、ジェットにぎゅっと抱きつく。
「ほら、一緒に入ったほうがあったかいじゃないか」
「……あ、コートの中、ね」
ちょっとほっとしたような残念なような微妙な顔をしたジェットがぽりぽりと頬を掻く。
「今、違うこと考えたんでしょ」
「い、いや、別に……」
「でも良かった。今もジェットあったかいや」
「ん?」
「……もう、体温もなくなっちゃったのかなって思ったから」
ジェットがコートで包むようにしてジョーを抱きしめる。
「通常形態のときは昔と変わらないさ。確かめてみるか?」
「……夜にね」
ジェットがジョーの髪に顔を埋めて鼻をこすりつける。
ジョーはくすぐったそうに顔を上げた。
「お前は変わらないな」
「うん。……確かめてみる?」
「ああ。……夜にな」
「うん」
息がかかるほどに顔が近づく。
ジョーはゆっくりと目を閉じた。
20141226 HARUKA ITO (元ネタ YUKI HOSHINO)
そのぬくもりに触れたくて
①たまたま見かけた「しまむらダウン」の文字に反応
↓
②星野雪がダウン着たジョーのらくがきを描いてtwitterにあげる
↓
③リプのやりとりで妄想が広がる
という経緯で出来上がったものです。本当は星野雪がまんがで描く予定だったのですが、しばらくばたばたしていて描けそうにないから文で書いてとのことだったので書いてみました。